ギルドの夜
クレアがアルダの部屋を訪れていた頃、ギルド長の執務室には、ライデルがワイズを訪ねていた。
「それで、領主は軍をだすって?」
”城壁”ライデルが、クレアの所から戻ってきた、ギルド長に尋ねた。
しばらく前に領都から早馬が届いた。領主に送った手紙の返事が来たのだろう。その手紙を見たギルド長は、すぐにクレアを訪ねて出ていったのだ。
どんな話が書かれていたにしても、この件が書かれていないことはありえない。
「ああ。領軍? は出すそうだ」
ライデルはぐっとガッツポーズをした。
だがなぜか、ワイズの顔色は優れず、半分疑問符が浮かぶような言い方をしていた。
「なんだよ、それにしちゃ暗いな。でな、例のハティ、まだ最初に見つかった遺跡辺りをうろついて――」
「いや、それはもういいんだ」
そう言って言葉を遮られたライデルは、憤って言った。
「――なんだって? いいわけないだろう?!」
ワイズはライデルをちらりと見ると、首を横に振り、諦めたように肩を落とした。
「ハティの討伐依頼は取り下げられた」
「……おいおい、俺の耳がおかしくなったのか? 今、取り下げられたって、聞こえたが」
ライデルは、我が耳を疑ったが、ワイズはその通りだと首を縦に振った。
「どういうことだ? たった今、俺たちはあいつの痕跡を見つけてきたところだし、それに領軍も出張ってくるんだろ?」
「レッドリーフから通達があった」
「なんて?」
「ギルドの手に負えないというのなら依頼をキャンセルする。後は領軍のクレア様に任せる、だそうだ」
「……はぁ? お前、一体なんて書いたんだ?」
あまりの内容に、一瞬素に帰ったライデルは、思わずギルド長をお前扱いした。以前はそう言う関係だったのだ。
「お前の言ったとおりさ。連邦軍が必要になるレベルの魔物がいるかも知れないと。もしそうなら、ギルドだけでは手に負えないと。そうして領軍の援軍を仰いだんだ」
ライデルはあまりの内容に、浮かしかけていた腰を、どさりと落とすと、椅子に深く背を預けた。
「それでキャンセルかよ。……ここまでの調査費用は出るんだろうな?」
「ギルド持ち出しだがな」
「おいおい……それで領軍はいつくるんだ?」
いくら領軍でも、それなりの数がいなければ、ハティと渡り合うことは難しい。
それなりの装備も必要になるし、討伐の日付に変更がないのなら、そろそろ大群がソーナスの街にたどり着いていてもいい頃だが……
ギルド長は引き出しから、金属のカップと強い酒を取り出すと、おもむろに栓を抜いてカップに注いだ。
それを見たライナスは、嫌な予感に襲われた。
「もうすでに派遣済み、だそうだ」
「派遣済み? 一体どこに?」
「俺が最初に言っただろ? 領軍?とな」
「……まさか」
酒が注がれたカップをじっと見つめながら言葉を絞り出していたギルド長は、おもむろにそれをつかむと、一気に煽り、そうして、深い息を吐いた。
「――クレア様のワンマンアーミーだそうだ」
「ばかな……クレア様はなんて?」
ワイズは、頭を左右に振りながら、まじめな顔をしてこう言った。
「今のうちに、ソーナスから逃げ出す算段をつけておいた方がいいかもしれん」