キリーク・レッドリーフ
サンカッスル領はエルニル連邦の文化的な中心だ。
アラノール王家の血筋を引くとされる、アロシア家が治める領国で、アロシア家は、便宜上エルニル連邦の代表として位置づけられていた。
その領都ケイにある、エルニル高等学院には、各領国の子供を始めとして、エルニル連邦の優秀な学生が集められていた。
なにしろ交通機関が発達していない世界だ。遠方へ戻る学生に配慮して、学院は春と秋のシーズンに120日間開かれていて、間の夏と冬にはそれぞれ60日間の休暇が挟まっていた。
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1期の31~3期の30:春シーズン
3期の31~4期の30:ラエア(夏季休暇)
4期の31~6期の30:秋シーズン
6期の31~1期の30:リーウ(冬期休暇)
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キリークは姉と共に、今年の終わりには、学院を卒業する予定の最上級生だった。
同学年に在籍しているとはいえ、彼と姉は双子どころか、母親さえ違う。貴族あるあるなのだった。
その手紙は、春シーズンも、残り僅かになった頃、学院にいたキリークの元へと届けられた。
「ソーナスの巨大な狼、ね」
手紙の内容はやや眉唾だったが、もしも本当なら、自分が跡継ぎに選定されるための大きなアドバンテージになるかもしれなかった。
姉のクレアは、非常に優秀で、もしかしたら父親は、女子であることを棚に上げても彼女を跡継ぎに指定しかねなかった。なにしろレッドリーフ家は、貴族としては異例のことながら、来年は長子が成人するというのに、未だに嫡子が決められていなかったのだ。
彼の母親は、それを非常に恐れていた。
テルセラの30。彼はラエアが始まる前日、授業が終わると同時に旅立った。
そのことに、翌日になって気が付いた姉のクレアは、いつもなら帰領するにしてもギリギリの日程なのに、何があったのだろうかと心配になって、急ぎ、その後を追いかけたのだ。
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「母上、ただいま戻りました」
居間に入ってきたキリークが母カタラーナに帰郷の挨拶をした。
馬を乗り継いで、急ぎ帰領したキリークは、先ほど領都のスウィフトへと戻って来たところだった。
「キリーク、よく戻ってきましたね」
カタラーナは立ち上がって、キリークに近づくと、抱き寄せて頭をポンポンと叩いた。
「は、母上、もう子供ではないのですから、そのような……」
赤くなって抗議するキリークから、微笑みながら離れると、真剣な顔になって言った。
「そうですね。もう子供ではない。……あなたは自分の立場が分かっていますか?」
「はい、もちろんです」
「それならよろしい。今年はあなたにとって、大切な年になります。来年の成人の儀には……」
「もちろん私が嫡子として選ばれてみせます!」
それを聞いてカタラーナは優しい笑みを浮かべた。
現在、レッドリーフ家の嫡子が決められていないことには、わけがあった。
当主のデルマン・レッドリーフにはふたりの妻がいた。
最初に妻に迎えたのはサラ・ミルリーフ。ミルリーフ男爵家の長女で、デルマンとは学院時代に大恋愛の末、周囲の反対を押し切って結婚した。
当然、同じ貴族派の貴族連中や、父親からも強い反発が巻き起こった。
それでもなんとかやり過ごしていたが、2年経っても子供ができないことを盾に取られ、3年目には、反男爵家派の後押しで、バリエンヌ侯爵家から、次女のカタラーナが嫁いでくることになったのだ。
カタラーナは貴族派の連中にサラとの婚姻を認めさせる条件として、恋愛は恋愛、家は家と区別をして、ふさわしい家からも嫁を取ることを了承させられた結果としてレッドリーフ家に嫁いできた。
しかしデルマンは、サラを第一夫人に据え置いたまま、カタラーナを迎えたため、侯爵家の派閥からは、大きな不満が巻き起こる。折しも新婚のカタラーナを差し置いて、サラの妊娠が発覚したため、不満はさらに大きくなった。
デルマンは過熱する侯爵派の不満を恐れて、出産までサラを男爵家に帰したほどだった。
そうしてサラがいなくなった本家では、侯爵派の面々から、デルマンが毎夜子作りを押し付けられていた。それに辟易した頃、ついにカタラーナの妊娠も明らかになったのだった。
翌年生まれたサラの子供は、女の子だった。
全体的にはサラに、目元はデルマンに似た美しい子で、将来はきっと美人になるぞと、デルマンは親バカを発揮していた。
その後を追うようにして生まれたカタラーナの子供は、男の子だった。
それに喜んだのが、侯爵家血筋のキリークを嫡子にしようとする勢力だ。そうして、辺境伯の家にキリーク派が生まれたのだった。
彼らの目的は、カタラーナを第一夫人とし、キリークを嫡子とすることだ。
サラは、その性格もあって、万事控えめにデルマンに使え、クレアを育てた。
クレアは女の子であったため、キリーク派からも、特に大きな嫌がらせを受けたりはしなかった。いかに先に生まれたとはいえ同じ歳なのだ。いずれは男子であるキリークが嫡子に選定されると信じていたのだ。
そうして、エルニル歴261年、クレアが8歳の年に、サラが病気でなくなってしまう。
酷く落ち込んだデルマンを献身的に支えたのは、カタラーナだった。なにしろ、これで念願の第一夫人になれるのだ。キリークの後ろ盾は万全、クレアの後ろ盾は心もとないものだろう。
彼女の機嫌も良くなるというものだった。
しかし、エルニル歴263年、問題が持ち上がる。
その年行われた聖与の儀で、キリークが得た職業は騎士だった。西の辺境を守るレッドリーフ家の後継ぎとしては十分な職業で、キリーク派もその結果に安堵していた。
ところが、そのしばらく後にクレアが得た職業は、聖騎士だったのだ。それで、話が一気にややこしくなった。
エルニル連邦は、領国の集まりで構成された国だ。
領国どうしが、その権益をめぐって争うことも、さほど珍しいことではなかった。ただ、南の帝国や西の暗黒の森などの大きな脅威には、ともに立ち向かうというだけの繋がりだった。
そのため、各領の後継ぎは、その領が決めることであって、とくに連邦が口を出したりしない建前になっていた。
だから、家を継ぐのに男女の優劣は建前上は存在しなかった。今では男子が継ぐことが当たり前のように行われているとはいえ、女当主の家が無いわけではなく、大きな問題は存在しなかったのだ。
何しろ聖騎士の職業は、エルニル連邦の歴史の中でも、数えるほどしか登場していない。
しかも、そのすべてが偉業をなしていると来ては、そんな子供を領主にせずに他領へと嫁がせるなど、財産の流出に他ならなかった。
しかもデルマンはクレアを気に入っていた。
男子ではないという、ただそれだけの理由で嫡子にするのを見送ってきたのではないかという憶測もあって、聖騎士を授かった今となっては、このまま彼女を嫡子にしてしまうかもしれない恐れがあった。
カタラーナと実家のバリエンヌ侯爵家、それにキリーク派にとって、それは非常に望ましくない事実だった。
優れた職を得たクレアを跡継ぎにしようとする勢力が、いつか力を得るのではないかと汲々とした結果、表向きは二人が成人するまで嫡子の席は空けておき、その際ふさわしいと思われる子供を嫡子として選ぶことが提案された。
究極の先送りである。
デルマン自身は、それで二人が16になるまで嫡子問題を棚上げにできこともあって、力なく頷いた。
逃避である。
そのような力学が働いた結果、レッドリーフ家では貴族家にあるまじき、嫡子の不在が続いていたのである。
学院を卒業するまであと3期、その後は運命の成人の儀まで半期しかない。そうして、キリークは、点数を稼ぐための活動を開始したのである。
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そうして現在。
エルニル歴268年、3期5節の10の、午後も遅くなってからのことだった。
地響きを立てながら、ものものしい馬車が、20名程度の騎士を引き連れて、ソーナスの街中を進んでいた。
「なんだなんだ? ありゃ、なにごとだい?」
「どうも領主様の馬車のようだが……遺跡山の狼の件かな?」
「ああ? ありゃ、ただの噂だろう? 酒の席のネタじゃなかったのか?」
ここしばらくの間、遺跡山の奥で巨大な狼を見たという話がいくつか、まことしやかに語られていた。しかし、これといった証拠はなく、ほとんどの冒険者は、酒の席でのヨタ話くらいに考えていたのだ。
遺跡山――古の言葉で、オロン・エリンと呼ばれるその丘陵地帯は、暗黒の森――エルニル連邦成立前のアラノール王国時代には、エリンヴォルン、アラノール成立以前の、古の言葉では、モル・タウレと呼ばれている危険な森――に接していて、時折大物が境界を超えて現れる。
「しかし、そういわれりゃ、フォレストウルフを見かけることが増えてるって気はするな」
「遺跡山の浅いところでフォレストウルフを見かけることは稀だったんだがなぁ……その分普通のウルフが減ってるか?」
「いや、そっちは変わらないだろう」
最近ソーナスでは、浅い場所の魔物が増えていた。そのため、もしかしたら、暗黒の森から何かが境界を越えて、遺跡山へと住み着いたのではないかとまことしやかに囁かれていたのだ。
そこに、巨大な狼のようなモンスターの目撃情報だ。噂は一気に千里を駆け抜けた。
どうやら、冒険者の損耗率も少し上がっているようで、ギルドが調査する準備を進めているという噂がそれに拍車をかけた。
そうして今回の領主の馬車の登場だ。
格好の酒の肴に、冒険者たちは、昼間っから大いに盛り上がっていた。
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整列した20名の騎士を引き連れた馬車が、ソーナスの冒険者ギルドの前に止まる。
道を行き来していたものたちは、一体何事かとそれを遠巻きに眺めた。
馬車から降りてきたのは、薄い茶色の髪をした成人したかどうかの歳に見える、やや線の細い、いかにも貴族の坊ちゃん然とした男だった。
不快そうにギルドの汚れた扉を見ながら、供の一人に顎で扉を指し示すと、ギルドの扉はその男によって勢いよく音を立てて開かれた。
依頼から戻ってきた冒険者達が集う時間には、まだ少し早かったが、それでもその場にいた少なくない数の冒険者は一斉に扉の方を振り返った。
しんと静まるギルド内をぐるっと睥睨した男は、そのまま受付に向かって歩いていった。
「ようこそ、ソーナスの冒険者ギルドへ。本日はどのような御用でしょうか」
男が近づいてくるのを見て、我に返った受付のニールは、手順通りの挨拶を行った。
観察力は受付の重要な能力だ。開け放たれた入り口からみえる馬車の紋章に、彼女は確かに見覚えがあった。
「Cランク以上のパーティに、遺跡山の調査を依頼したい」
「調査依頼をCランク以上に、ですか?」
ランクは、冒険者ギルドが、冒険者たちを功績によって区分けしたもので、駆け出しのGランクから始まって、頂点のSランクまで8つのグループに分類されていた。
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S 神
A 超一流
B 一流
C ベテラン上位
D ベテラン
E 一人前
F 初心者
G 駆け出し
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Cランクと言うと、ベテランの上位だ。CとB、BとA、そしてAとSの間には、努力だけでは埋まらない壁があるとされている。
つまり、通常の冒険者なら、それは最上位のグループにあたるのだ。単なる調査依頼をこなすようなランクではなかった。
「何か特別な条件がおありですか?」
ニールがそう尋ねたのは、遺跡山の調査依頼は、通常Eランクの仕事であり、かなり面倒な場所でもDランクで充分だったからだ。
「我々を連れて行くのが条件だ」
そう言って、キリークは儀礼用の短剣を取り出して、その柄を彼女に見せた。
そこに刻まれた紋章は、馬車のものと同じだった。彼女の記憶が確かなら、この領を治めているレッドリーフ辺境伯家のものだった。
身分証明に使われる儀礼用の探検は、持ち主がその家の直系であることを証明している。つまり、これを持っている男子は、キリーク・レッドリーフ以外いないということだった。
ニールは、以前遠目に見た記憶を掘り起こしながら、目の前の男がレッドリーフ辺境伯の息子のキリークに違いないと確信した。
仮にそうでなくても、レッドリーフ家の儀礼用の探検をかざされたのだ、そう取り扱うしかなかった。
確かにここのところ、遺跡山では魔物達の姿がいつもより多く目撃され、噂にはなっていた。しかし、だからといって、いきなり領主が息子を派遣するなどということは、本来あり得ないことだ。
「――し、失礼ですが、なにか特別な情報をお持ちなのでしょうか?」
あまりのことに顔を引きつらせたニールがそう尋ねると、キリークはバカにするように口角をあげて、「そんなことはお前には関係ない。期間はとりあえず1節だ。あとはその時の状況による」とだけ告げた。
これ以上突っ込んでも不興を買うだけだと割り切ったニールは、様々な疑問に蓋をして、ビジネスライクな話をしようと心に決めた。
「失礼しました。それでしたら、1節ほどお待ちいただければ、いくつかのパーティが戻って――」
「すぐだ」
「――は?」
「このギルドの受付嬢は耳が遠いのか? 今このときからだと言ったのだ」
「こ、高ランクのパーティは、いつでも待機しているわけではありません。あらかじめ予約して日程を調整しておかないと、予定が――」
「今すぐ出せと、この私が言っているのだ! 金か? それなら必要なだけ払おう!!」
ニールは絶句した。
料金の問題ではないのだ。紹介したくても、このギルドに、今すぐ動けるCランク以上のパーティなどいない。ベテランの上位がお茶を挽いているなんてことは、ほぼありえないからだ。いくら領主の息子であろうとも、無い袖は振れなかった。
どう説明しても、今すぐ斡旋しろを繰り返すキリークに、困惑するニールが涙目になったころ、横から男の声が聞こえた。
「いくらでも払うって?」
ふたりは揃ってその声の方を振り向いた。
「サリュートさん!」
ニールはその男のことをよく知っていたが、キリークはそうではない。うさんくさいものを見るように目をすがめながら男を見上げた。
「なんだお前は?」
「なんだとはご挨拶だな。あんたが探しているCランクパーティのリーダーだよ」
サリュートは、Cランクパーティ砂の牙のリーダーだ。
砂の牙は、若くしていくつもの危機を乗り越えた経験を持つベテランと言えるパーティだが、危険な任務を請け負う傾向が強く、メンバーの損耗率もそれなりに高かった。
今回も、スカウトのライルが怪我をして療養中だったため、Cランク以上のパーティとしては珍しく、依頼を受けずにソーナスに滞在していたのだ。
「ほう、ではお前が私の依頼を引き受けてくれると言うのか?」
サリュートは、どこの坊ちゃんか知らないが随分偉そうだなと、その男を観察しながら、「まあ、条件が折り合えばな」とだけ言った。
「ふん。さすがは冒険者、礼儀を知らぬものたちばかりか」
「そうだな。あんたがどこの誰だかわかって、俺たちを雇うと言うのなら、なるべく改めるとしよう」
サリュートが肩をすくめながらそう言うと、キリークの立てた青筋に焦ったニールが、慌てて彼のことを説明した。
「サリュートさん。こちらは、レッドリーフ辺境伯様のご子息で、キリーク様と仰います」
「ほう、ご領主様のご子息でしたか。こいつは失礼」
サリュートは右手を左胸に当てて頭を軽く下げたが、膝をついたりはしなかった。
「サリュートさん。砂の牙は確かにCランクのパーティですが、今はライルさんが……」
当然ニールは砂の牙の事情を知っていたため、心配そうにサリュートに問いただした。
「まあな。だが遺跡山の調査だろ? 代わりの案内役さえ用意して貰えば、俺たちだけだって戦力的にはまったく問題ないさ」
実際、遺跡山に出た変異種の討伐などならともかく、単なる調査にCランクのパーティは過剰戦力だ。
怪我をしているライルの代わりになるような、高ランクの冒険者は望むべくもないが、遺跡山の案内役だけなら、そんなに高ランクである必要はないだろう。
ニールの頭には、あるひとりの冒険者の名前が浮かんだ。ポーターや案内人を2年以上勤めている彼は遺跡山にはとても詳しかった。
レベルは低いけれども、遺跡山にCランクパーティで間に合わない魔物がいるとは思えないから、戦闘ができる必要はないだろう。
彼女は、その冒険者にあった時のことを思い出していた。
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ニールがアルダに初めて出会ったのは、2年前の新誕祭からそれほど経っていない、朝も早い時間のことだった。
「まあ。Gですか?」
ニールはアルダのカードに書かれた、Gの文字を、少し驚いたような顔をして見つめていた。
Gランクは、ギルドに登録したてのものが、仕事の適性を見るために与えられるランクで、普通は数件依頼を達成したところで、初級のFランクに上がるものだ。
すでに2年も冒険者をやっているのに、未だに駆け出しのGランクというのは、少々珍しかったのだ。
アルダが、自分の頬に血が上るのを感じたとき、頭の上からにょーっと伸びた触手が、落ち着けと言わんばかりにペシペシとおでこを叩いた。
そこには、淡い水色の透き通った塊が、ぽよよんと震えていた。
「わかってるよ」
アルダは、苦笑いして小さく呟きながら、透き通った塊をポンと叩いた。
「職業は、従魔師ですね。従魔は――」
ニールは、アルダの頭の上を見ると、クスリと笑って尋ねた。
「そのスライムさん、ですか?」
「はい。ポコっていいます」
従魔師の職を得たところで、すぐにそれを役立ててお金を稼げるわけではない。
だから職業を得たとき、ついでに冒険者の登録はしたものの、村では祖母の手伝いで、いろいろなものを採取しながら、わずかなお金を稼いでいただけだった。
冒険者だった両親は、アルダが小さい頃、冒険に行ったっきり戻っては来なかった、それ以来、彼は、ずっと祖母の世話になっていたのだ。
そんな風に、よくしてくれていた祖母も、とうとう前節に亡くなった。彼女の最後の言葉は「自由に自分のために生きなさい」だった。
その日の空は、雲一つ無く晴れ渡り、青く透明に透き通っていた。あまりに明るく能天気な空の様子に、彼はひとしきり涙を流した。
村に残っても、祖母のように機が織れるわけではないし、これを機会に両親と同じ冒険者で生きていこうと、近隣で一番大きなギルドのある街、ソーナスへと出てきたわけだ。
「なにか特別なスキルや、アピールする点はありますか?」
ニールが、柔らかな笑みを浮かべながらそう尋ねた。
今は、アルダが、パーティを募集したり、紹介して貰えるようにするために、アルダの情報をギルドに登録している最中だ。
スキルなどは故意に秘匿する冒険者も多かったが、スライム1匹だけを従えた、ランクGの従魔師を受け入れてくれるパーティを探すのは難しい。少しでもなにかあればという彼女なりの心遣いだった。
「ポコがスライムボックスのスキルを持っています」
アルダがそう言うと、ニールは、思わず目を見張った。
スライムボックスというのは、スライムの体内に物を保存するスキルで、何かを入れてもスライムの大きさや重さは変わらない、アイテムボックスのスライム版だ。
「それは……空間属性のスライムというのは非常に珍しいですね」
そう聞いて、アルダは頭を傾げた。ポコは空間属性と言うよりは、癒し系だと思っていたからだ。
主の役に立とうとするのは、従魔の特徴だ。
主と従魔のつながりが強くなればなるほど、自分の種族や属性の範囲で可能な限り、主が必要な力を使えるようになるらしい。
ポコも、最初は、転んですりむいた膝を治してくれる程度だったのだが、一緒に採取を繰り返しているうちに、いつの間にか体の中に荷物を持ってくれるようになっていたのだ。
「どのくらいの容量ですか?」
「10Kg(*1)くらいです」
それを聞いたニールは、少し残念そうにしながら、内容をメモした。
10カグムでも、薬草などの採取にはとても便利だ。とはいえ、ポーターのような仕事に使うには容量が小さすぎた。
「カードに記録されたステータスは、現在のもので更新されました」
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アルダ(従魔師) LV.2 / JLV.1
HP 18/18
MP 28/28
STR 12
VIT 16
INT 31
AGI 24
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「これで登録は終了です。ソーナスの冒険者としてのご活躍をお祈りいたします」
ニールが微笑みながら、ギルドカードを差し出した。
アルダはそれを見て、冒険者になってから2年も経っているのにレベルが2って、我ながら凄いなと苦笑しながら、お礼を言って窓口を後にした。
その後もアルダは、戦闘を行わない依頼を引き受け続け、遺跡山については誰よりも詳しくなっていった。
通常は、浅い場所での採取依頼を卒業したら、あとは討伐依頼に切り替わるため、遺跡山そのものについて、大雑把なことは知っていても詳細についてはよく知らない冒険者が出来上がるものだ。
しかし、それはアルダには当てはまらなかった。戦闘を避け続けた結果、彼のレベルは未だに2だったのだから。なにしろ戦ったら死ぬ可能性が高いのだ。いかにモンスターと出会わないか。それは彼の特技だと言ってもよかった。
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ニールは、遺跡山の案内ということに限れば、どんな希少な植物でも採取してくるアルダを信頼していた。
なにしろ2年間も、毎日それだけをやってきたのだ。もはやベテランの上位だといっても過言ではない。
そうしてアルダは、ニールの推薦で、砂の牙に雇われることになったのだ。
キリークは、すぐにでも遺跡山に入りたがったが、日はもう傾きかけていたし、準備もある。
明日の朝から依頼を遂行することにして、今日のところは解散した。
食料などは、キリークの方で準備をするという事だったが、アルダは知らない人をあまり信用していなかった。
自分とポコに必要なものは、あらかじめ準備をして、ポコの中へとしまっておいた。
「たった10カグラでも、二人分なら余裕だよね」
そう呟きながら、ポコと仲良く、宿の固いベッドに寝っ転がると、やがて眠りの中へと落ちて行った。
*1) カグム
重さの単位。基本単位はグーム(グラムですね)。補助単位が付くと、長音がなくなるルールがある。
補助単位には次のものがある。
ミ(m)1/1000
セ(c)1/100
デ(d)1/10
カ(K)10^3
メ(M)10^6
ギ(G)10^9
テ(T)10^12
つまり1000グームが、1カグムとなる。
同様に長さは、単位がミール(メートルですね)
つまり1000ミールは、1カミルとなる。