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∽連環∽ - catenation -  作者: 之 貫紀
第1章 ハティ
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陰謀

「ふむ」


 ファーインレットの領都スゥイフトにある領主の館では、いましがた早馬で届いた手紙を読んだ、デルマン・レッドリーフが鼻を鳴らした。


「あら、あなた、どうなさいました?」


 妻のカタラーナは、バリエンヌ侯爵家の次女で、キリークの生母にあたる。

普通の妻は積極的に政務に口を挟んだりはしないが、カタラーナは、何かと言うとデルマンに、さりげなく助言と言う名の口出しを行っていた。


「いや、ソーナスの件だ」

「まあ、何かありましたの?」

「うむ。冒険者ギルドの長が言うには、ハティと同一の個体かどうかは分からないが、強力な魔物らしいものを確認したそうだ。なんでもエルニル連邦軍が必要な規模の魔物だから、せめて領軍の応援がほしいと言ってきおった」


 デルマンが困ったように眉根を寄せると、カタラーナは驚いたような声を上げて、デルマンの方へとにじり寄った。


「まあ、ギルドに討伐依頼を出されたのでは?」

「そうなのだが、ギルドだけの手には負えないかもしれないと泣き言が書いてある」


 まあ、と、手に持つ扇子で顔を隠したカタラーナは、良いことを思いついたような素振りで、彼に言った。


「今はキリークに替わって、クレアがソーナスに滞在しております。レッドリーフを代表して、かの聖騎士様に討伐していただいてはいかがでしょう」


 そう助言されたデルマンは、少し渋るように言った。


「確かにクレアは優秀だが、ギルド全体が投げ出すような案件だぞ?」


 レッドリーフ辺境伯家は、武門よりの家だ。

 現当主は、デルマン・レッドリーフ辺境伯。若き日には騎士として身を立てようとしたこともあったが、才能にはあまり恵まれていなかった。

代わりに貴族政治の世界では非常に有能だった彼は、今ではファーイントレットをエルニル連邦を代表する領国としての地位へと押し上げていた。


 今回の討伐については、暗黒の森に接する領地を預かる身としては仕方がないこととはいえ、あまりに大規模な出兵ともなると、大きく財政を圧迫する上に、後背にある領国の蠢動を唆しかねなかった。

エルニル連邦などと言ったところで、領国はそれぞれ独立した国のようなものだ。250年以上たった今でも、領土や民の奪い合いは、少なくない頻度で続いていた。


 そういった事情もあって、できれば冒険者への依頼程度ですませたかったのだ。

ギルド全体を巻き込む依頼など、ギルドに借りを作るだけでなく財政的にも非常に大きな持ち出しになる。いわんやそれに領軍を参加させるとなると……


 もちろん、本来、レッドリーフ子飼いの騎士団がその任にあたれば、直接的な物資の金額だけですむ話ではあったのだが、レッドリーフ家の騎士団が一騎当千だったのは昔の話。

暗黒の森に対処するとは言え、境界(エトペル)を越えて、強大な魔物がやってくることはほとんどなかったし、小物は冒険者たちが片付けるのが、魔物討伐の常だ。

都合、騎士団の出番は徐々に失われ、今では、門閥貴族の3男以下が集い合う、一種のサロンと化していた。


 クレア・レッドリーフは、レッドリーフ家の長女だったが、御先祖様の剣の才能を色濃く受け継いで生まれてきた。

騎士団に所属するとすぐに、抜きんでた才能で頭角を現し、誰ともなく姫騎士などと呼ばれるようになった。もっとも当の本人は、何が姫騎士だ、騎士は騎士だろうと、その呼称にいたくご不満な様子だったが。

いずれにしても、技術だけを見れば、歴代の騎士団長を凌ぐ勢いだったのだ。


「聖騎士様も領軍ではないですか。それに、ギルドがその手に負えないと言うのであれば、そちらの依頼もキャンセルできましょう」


 カタラーナは相手が求めているとおりのことをするのだから、何も問題ないと強調するようにそう言った。


「しかしクレアは――」


そうして、確かな手応えで、デルマンの急所を貫いた。


「ここでクレアが名を成せば、名だたる殿方が彼女の元にはせ参じるのではありませんか?」


 それを聞いたデルマンは、思わず黙り込んでしまった。

学院の卒業まで、あと半年だというのに、クレアには婚約者の一人もいないというのが、もっかのデルマンの心配事だったのだ。


 それは、とびぬけた美貌と実力を兼ね備えた彼女に、男たちがしり込みしてしまったのが原因だし、勇気を振り絞った男たちを、クレアが叩きのめしてしまったのが問題だったのだが、遠く離れている領地にいるデルマンには、そんなことは知るよしもなかった。

適当な家に道具として嫁がせるには、聖騎士の名前は重すぎたため、デルマン自身、クレアの嫁ぎ先を決めかねていたというのもあった。


「それに、そうすれば、ハミルトン公にお約束していた宝剣をお贈りすることもできるのでは?」


 この突然の持ち出しで、デルマンが、ハミルトン公爵にしていた宝剣を譲る約束が、予算不足で執行できないはめに陥りそうなのだった。

しかたなく、しばらくお待ちいただけるようお願い申し上げるという、政治の世界で泳ぐことが本業のデルマンにとっては、屈辱と言える手紙をしたためているところだった。


 確かにクレアが、それを討伐できるというのであれば、財政的には圧倒的に少ない負担で済むだろう。

ギルドへの特別依頼にしてしまえば、何人が参加するのかは知らないが、それぞれへの支払いに、ギルドの取り分、そして使われる物資の提供など、使われる金貨の枚数は何十倍、何百倍にも跳ね上がるだろう。

しかも倒した魔物の素材は、依頼対象のハティ以外は冒険者のものだ。ハティの素材にしてもギルドと折半となると、とても元が取れるとは思えなかった。


 それでも、出るかも知れない被害に比べれば安いものなのだが、とはいえ、出ていない被害と支出を秤にかけられる人間は希だった。


「そうだ、な……」


 デルマンは少し考え込むと、すぐに顔を上げた。


「よし、クレアとソーナスのギルドに手紙を書く。早馬の準備を!」


 どんなに愛していた女でも、亡くして7年も経てば、すべてがモノトーンの感傷にすぎなくなっていてもおかしくはない。

デルマンは娘を愛していたが、今の立場は、それ以上に重要なものなのだ。


 それを聞いたカタラーナは、扇子の影で、口角を美しくゆがめていた。


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