採取報告
アルダは、薬草の入った大袋を一つ取り出して担ぎながら、町の門をくぐった。
一応、クレアから魔法のポーチを貰ったことになっているので、大手を振ってホルダーを使うことができるのだが、そこは小心者のアルダだ。面倒が起こる原因はなるべく排除しておきたかったのだ。
それでも意気揚々と、ギルドへと戻ってきたのは、夕方というには早い時間だった。
「こんにちは、アルくん」
「どうも。それで、早速ですが、薬草の清算をお願いします。後、魔物素材の買い取りをお願いできますか?」
「え、珍しい。アルくん初めてじゃない? 解体してあるの?」
「はい」
「なら、向こうの買い取りカウンターでカードと一緒に提出してくれれば大丈夫」
「わかりました。それで、これが薬草です」
「うわー、ホント助か……る?」
そう言ってアルダが足元から持ち上げた大袋をみて、ニールは、思わず固まった。
「アルくん、もしかして、それ全部?」
「はい、多いほうがいいんですよね?」
「そりゃそうだけど……これ、午後だけで採取するような量じゃないでしょ」
「ええ、まあ」
「まあいいか。足りないよりはありがたいもんね。確認にちょっと時間がかかると思うけど――」
ニールは、最近は採取する人が少なかったから、薬草も増えていたのだろうと、そう考えた。
「じゃ、その間に、買い取りカウンターに行ってきます」
「いいわ。じゃ、後でね」
そう言って、ニールは、大袋を抱えて、奧に引っ込んでいった。
アルダはそのまま、酒場とは反対の方向にある、素材取引カウンターに足早に向かった。
そこには、顔は見たことがあるが名前は知らないオッサンが腕を組んで立っていた。
なにしろ個人で討伐依頼なんか受けたことがなかったし、ゴブリンを単体で倒したところで、素材など持ち帰らないから接点がなかったのだ。
「買い取りをお願いします」
「おう、獲物はなんだ?」
「グレイウルフです」
「そりゃなかなか大物だな。ここのところハティ騒動でずいぶん増えてるみてぇだが……」
グレイウフルは大きい個体なら、全長は3ミールを越える。
「じゃあその辺に置いて貰えるか? で、その頭の上の見たことない色のスライムも獲物か?」
「これは友人ですよ」
「ほー。ぼうずは従魔師だったのか。悪かったな」
オッサンはポコに向かって謝った。見た目は怖いけど、いい人っぽいようだった。
カウンターの中の少し開けた大きなテーブルを指定されたアルダは、小さく頷くと、グレイウルフの素材が入った大袋を、いかにもポーチから出すような振りをして取り出した。
そうして、まずは3袋、27体分の素材をテーブルの上に並べた。
「おお?! お前、その若さでアイテムボックス持ちなのかよ?!」
提出カウンターのオッサンは、アルダの思った通りに勘違いをしてくれた。
マジックポーチのようなアイテムは、アイテムボックスと総称されている。
ホルダーを完全に人目に付かないよう使うことは不可能だ。それなら既存の何かの組み合わせに見えるようにしようとしたのは間違いじゃなかったようだ。
「ええ、まあ。主に預かっている小さいものですが、なんとか」
アイテムボックスは、非常に高価だが、容量が小さければそれなりの数が存在していた。
大抵は誰かが使っているため、すぐに使い始められる魔紋未登録のものはほとんど出回らないというだけだ。
もちろん、駆け出しが持てるようなものではないが、親の使っていたものを非常に面倒な魔紋再登録処理をして引き継いだ、なんてこともないことはないのだった。
すごく面倒な処理に時間をかける程度の価値は充分にあるのだから。
もちろん時間経過が緩やかになったり、容量が家一つ分くらいもあるようなものは、存在自体が大変稀少で国家レベルの宝物だったりする。
「素材とはいえ、グレイウルフが27体も入りゃ充分だよ。ふーん、状態も悪かねぇ。皮もきれいなもんだ。ただ、一体どうやって倒したのかがよく分からねぇな」
クリムゾーナ達がしとめたグレイウルフは、どれも一撃で首の後ろを砕かれて倒されているため、見た目がとても綺麗だ。切ったり刺したりした傷がどこにもない。
さすがはアイテムボックス持ちだ、良い腕してるな、とおっさんがバンバン背中を叩いてきて、地味に痛かった。
「まあ、いいか。全部で44,500Fだな。状態が最高だから1割り増しだ」
そう言いながら、おっさんは、金貨を4枚、銀貨を4枚、小銀貨を5枚渡してくれた。
「ありがとうございます」
グレイウルフの素材が1体あたり1,500Fだと言われても、アルダには高いのか安いのか判断が付かなかった。討伐したことがないからだ。
「それで、討伐報酬は受け取ったのか?」
「え? それって討伐部位の提出で受け取るやつですか?」
「まあ、そう言うことも可能だが、討伐はカードに記録されているんだよ」
そんなことは冒険者の手引きに書かれていなかった気がする。
「ええ?! 知りませんでした! どういう原理なんです?」
「しらん」
「ええ~」
「そうは言ってもカードのことは知ってるだろ? ありゃアーティファクトの一種だから、誰にも原理なんかわかんねーよ。ただ、正しく動作していることが分かるだけだ」
ものすごく脆弱な基板の上に築かれたシステムに思えるが、これで、何百年もの間、問題が起こっていないということは、きっとそういうものなのだろう。
「それって、従魔が倒しても記録されるんですか?」
「されるはずだ。従魔をダンジョンに放り込んだまま、のんびり暮らしているヤツがいたからな」
それは従魔じゃなくて奴隷なんじゃとアルダは思ったが、客観的に見れば似たようなものなのかもしれなかった。
魔物に間違えられて冒険者に討伐されることが多いから勧められないんだがな、なんて、男は笑って話していた。
やはり放し飼いの従魔には、そういった問題があるようだった。主が冒険者への反撃を認めていない場合は、なおさらカモになるようだ。
森チームもそうならないように気を付けよう。
それよりもアルダは、今聞いた話で非常に焦っていた。
従魔の討伐がカードに記録されるなら、ハティや、大量の魔物の討伐もそれには記録されているはずだからだ。
(これって、ちょっとまずいかも)
「そ、その討伐記録って、普通に確認するものなんですか? 僕、申請したことがなかったんですけど」
「いや、討伐依頼の申請が行われたときだけ確認するんだ。こちらが勝手に確認すると、貯めてるヤツがいたときに、手続きの時間が異常に長くかかってしまうからな」
それでも自分の稼ぎを申告しない冒険者なんかいないから、問題になることはないらしい。
また、一度確認すると記録は消えるので、無限に溜まっていくと言うこともないようだった。
「それって、ずっと貯めておくとどうなるんですか?」
「ずっと貯めておく? 報酬を受け取らずにか? そんなヤツは普通いないだろうが、確か最大1024件までしか記録できないはずだから、それ以上討伐すると古い記録が消えていくらしいぞ」
(それだ!)
「あ、ありがとうございました。参考になりました」
「おお。最近素材の入荷が滞っているからな、そのうちまた持ってきてくれるとありがたいな」
「わかりました」
∽━…‥・‥…━∽
「おまたせー」
素材を売った後、ギルドのロビーのベンチに腰かけて待っていると、しばらくしてからニールが戻ってきた。
「全部で214株もあったよ。今、ちょうど1.2倍になってるから、5,100Fだね」
そういって、ニールが、銀貨5枚と小銀貨1枚をトレイの上に置いた。
確かに薬草採取で5,100Fは破格だが、所詮は一株20Fの薬草は、1.2倍にしたところで雀の涙に過ぎず、中堅以上の冒険者がわざわざ受けるような依頼ではなさそうだった。
「ありがとうございます」
「ううん。こちらこそ。って、さすがアルくんだよね。薬草のエキスパートが本腰を入れるとこうなるんだ」
「いえ、今はあまり誰も森に入っていないようでしたから……」
「うんうん、採り放題だよねー」
魔物さえいなきゃな! という声がギルドにいる初級冒険者全員から聞こえた気がした。
「薬草以外でも、いろいろ足りなくてさ。とくに魔月草が」
「魔月草か……」
魔月草は、MP回復ポーションの主要素材で、魔素の濃い場所に生える性質がある。つまりは強い魔物が出やすい場所ということだ。
遺跡山周辺の森では、奥まった谷間なんかに生えている。採取時の危険度も高く、なんと1株300F。
このあたりで採取される植物の中ではダントツに高価だが、それでも薬草15株分なので、難易度と効率を秤に掛ければ薬草の方がマシだということになりかねなかった。
「わかりました、考えてみます」
「うん。でも、魔素の濃い場所だから注意してね」
「それはもう」
ニールが差し出したギルドカードを受け取ろうとして手を伸ばしたアルダは、ニールがそれを引っ込めたのを見て嫌な予感に襲われた。
「そう言えば、素材を売りに行ったんだよね? 討伐も確認しておいてあげるね!」
「ちょっ! ニールさん!」
アルダは慌てて手を伸ばしたが、間に合わなかった。
ニールは凄くいい人なのだが、アルダの世話を焼きすぎるところが玉に瑕なのだ。それがここへ来て裏目に出るとは!
(まずい! ハティが表示されたりしたら詰む! な、なにかいいわけを……)
「ちょっと! アルくん!! なにこれ?!」
ニールは素早く顔を寄せてくると、驚いたように小声でそう言った。
アルダはそのとき、終わった……と思った。都合の良い言い訳は全く思いつかなかった。
「カンストしてるわよ! 一体いつから貯めてたのよ?! もったいない」
「え?」
「そういえば、僕、討伐申告をしたことが無かったから……」
「4年分ってわけね。それなら仕方ないか……って、すっごい量」
ハティ討伐の後、レベル調整で送り出したクリムゾーナたちと、森の浅い場所で森チームが魔物を狩りまくってくれたようで、ハティの記録は流れ去り、ほとんどがゴブリンとウルフで埋まっているようだった。
アルダは、助かったと、額の汗をぬぐった。
「だけど、これなら、さっきの素材も結構あったんじゃない? どこに置いといたわけ?」
ニールの何気ない質問に、アルダはつい、「あ、このポーチの中に」と、答えてしまった。
「ええ?! アルくん、いつのまにアイテムボックスを?!」
ニールが上げたその声は、それほど大きくはなかったが、耳ざとくそれを聞いた、まわりの人達からざわっという声が上がった。
(うわ、やべぇ)
「いえ、クレア様にお借りしたものなので」と、慌ててニールに説明した。
それを聞いた周りの連中から、こそこそ話す声が漏れ聞こえてきた。
「じゃあ、あの噂は本当だったのか?」
「噂って?」
「どっかのクソザコ従魔師が領主の娘に取り入って従騎士にして貰ったって話だよ」
どうやら、短剣を腰に差して歩き回った効果は、思ったよりも大きいようだった。
「ええっと……アルくん?」
ニールが彼に気を使って、心配そうに話しかけてくる。なにしろ自分の上げた声が周りに聞こえたのが発端なのだ。
「クソザコ従魔師は酷いな」
アルダは苦笑いしながらそう言って、気にしていないことを彼女に伝えた。
「あれ、アルくん、なんだか余裕じゃない?」
そう言われれば、少し前だったら、そんな風に言われても愛想笑いで、肯定も否定もしなかったような気がした。
そんな話をしながらも、討伐情報を集計していたニールが、アルダのカードをトレイの上に置いた。
「ふー。さすが4年分。ちょっと凄いよ?」
さらっと、明細が書かれたメモが置かれていたので確認すると、ウルフが546で54,600F、ゴブリンが355で、35,500F。そしてフォレストウルフが97で、19,400F、グレイウルフが26で26,000F。
合計で、135,500Fとあった。
ニールは黙ってトレイの上に、金貨13枚と銀貨5枚、それに小銀貨を5枚おいた。声にしなかったのは、まわりに対する配慮だろう。アルダはそれを素早く回収した。
そっと彼に顔を近づけたニールは、まわりに聞こえないようアルダの耳元で囁いた。
「おめでとう」
それを聞いて、初めてアルダはお金を稼いだ実感がわいてきた。
今度ニールにもお礼をしようと思いながら、ペコリと頭を下げると、そのままギルドから出て行った。
それを見送りながらニールは、あれほど魔物を倒しているアルダのレベルが、どうして未だに2なんだろうと、首をかしげていた。
∽━…‥・‥…━∽
185,100F。アルダが今日、エスクワイアになった日に稼いだお金だ。
2日前、全てを失ったアルダは、服も予備の装備もなにもなかったので、夜までかけて必要なものを買い集めた。
以前なら買わなかったようなものや、少しランクの高いものも、つい購入してしまった。
こんな大金を見たのは生まれて初めてだったので、ちょっと浮かれていたのだ。
そうして、アルダはその足で、朝露の恵み亭へと戻った。
「おや、お帰り」
ライザがアルダに声をかけてきた。
しばらくの間、角の部屋に泊まろうと思っていたアルダは、そのことをライザに告げようとした。
「あ、ライザさん。角の部屋のことですが――」
「ああ、お代は頂いてるよ」
「は?」
なんでも、あの後クレアがやってきて、次節の分の宿代を払っていったそうだ。
「ケアルタ1節の終わりまではゆっくりしな。その後も泊まってくれるとありがたいけどね!」
ライザは豪快に笑いながら、アルダの背中をバシバシ叩いてそう言った。
∽━…‥・‥…━∽
部屋にはいると、早速ポコは湯船に浮かびに行った。
クレアが宿代を払ってくれたと聞いて、アルダには、急に従騎士になったことの現実感が生まれていた。
「うーん。早まったかなぁ」
何もしていないのに対価をいただくというのは、なんとなくヒモになったみたいで気持ちが悪い。
「というか、一体僕は何をすればいいんだろう?」
考えたところで、騎士のことなど何も知らないので、まるで見当が付かなかった。
仕方がないので今度聞いてみることにして、買ってきた物の整理を始めた。着替えやタオル、鍋などの生活用品や野営用品、それに――
「石鹸なんて初めて買ったな」
あまり匂いのしない、冒険者向けのものだったが、良質の石鹸はかなり高価だった。
「もしかしたら、クレア様がお使いになるかも知れないし……いやいやいやいや、僕も使ってみたかったんだよ」
ひとりで突っ込みながら、ポコを追って、お風呂に入った。
生まれて初めて石鹸を使って頭と体を洗い、経験したことのないさっぱり感に浸りながら、湯船にゆっくり体を沈めた。
目の前を流れていくポコを眺めながらくつろいでいると、不意に念話が届いた。不可視で周囲にとけ込んでいるファントムウルフの護衛班だ。
(ファントム3:主をつける不振な男 4)
さすがに第3位階ともなると、ビースト系でも意思が言葉になる。
「……ギルドでちょっと目立っちゃったからなぁ。襲われるのは、嫌だなぁ」
(ファントム各自居場所を報告)
(ファントム1:主部屋の前)
(ファントム2:宿の裏手)
(ファントム3:表の不審者の後)
(ファントム4:表の不審者の横)
(ファントム5:クレアの部屋)
(ファントム6:主部屋の屋根)
(ファントム7:森でご飯調達中)
(ファントム8:ギルド入り口)
9-12は僕の部屋だ。
(ファントム3と4はそのまま見張って、話の内容も聞いておいて)
((了解))
(後はそのまま継続)
((((((了解))))))
「しかし、透明になってクレア様の部屋にいるのって、なんだか犯罪臭いな……」
ふと気配がしたので横を向くと、紅の人達が、ふたりで湯船に浸かって満足そうにしていた。
「……気持ちいいか?」
((サイコー))
クリムゾーナ達もだんだん慣れてきたのか、他人のいないところでは意外とフリーダムな行動をするようになったな。
その時、一抹の不安に襲われたアルダは、慌てて念話を繋いだ。
(ティリス、サンド。クレア様のお風呂には入るなよ。絶対はいるなよ!)
(ティリス:了解)
(サンド:了解)
アルダは、なんとか間に合ったかとほっとすると、そのまま肩まで湯船に浸かった。