身バレ
「よー、アルダ。お前死んだんだって?」
門のところで、よく見知った衛兵が笑いながらそう言った。名前はミスル、10年以上ソーナスの門を守っている質実剛健な男だ。
こつこつと採取依頼をこなしているまじめなアルダに好意的で、歳は10以上離れていたが、友人のように振る舞っていた。
「耳が早いね」
死んだことにされたアルダが3日後に戻ってきた事件は、すでにあちこちでネタにされているらしかった。
「門番は情報が命みたいな所もあるしな。でも、そうやってるのを見ると、復帰はうまくいったのか?」
確かにギルドカードの失効は回避したけれど、荷物も貯金も全部なくなっていたわけで、うまくいったとはとても言えなかったが、それを話しても始まらない。
「なんとかね」
「まあ、生きているうちに死んだことを経験するなんて、滅多にできるこっちゃねぇし、良い経験をしたと思えばいいさ」
ミスルは冗談半分に笑いながら言った。
深刻な事態を冗談で軽くするのは、前線にいる者達に共通の傾向だ。もちろんアルダもそれをよく知っていた。
「まあね。最近ミスルはどう?」
「忙しいぜ。ハティ騒動のせいで夜回りなんかも強化されてな。討伐が終わるまではこのまんま――」
ミスルの話が突然とぎれた。
不思議に思ってミスルを見ると、彼の視線はアルダの腰の辺りで、凍り付いたように固まっていた。
「ミスル?」
「お、おま……従騎士になったのか?!」
「はぁ?? なんでそれを?!」
アルダがクレアのエスクワイアになったのは、ほんの数時間前に過ぎない。
いくら情報が命の門番だって、それを知っているはずがなかった。
「いや、だって、お前よう。その短剣」
ミスルは、アルダの腰の短剣を指さした。
「これが?」
「いや、お前、それって、従騎士の短剣じゃねーか」
「え、そうなの?」
ミスルによると、アルダが腰に差している短剣は、従騎士の身分を証明する証明書のようなものらしかった。しかも刻印は領主のレッドリーフ家。
「しかもカントンにユニコーンまであるじゃねぇか」
「なにそれ?」
カントンは紋章学でディミニュティブと呼ばれる小さなチャージの一種で、レッドリーフのユニコーンはクレアを表している。何しろ彼女は聖騎士なのだ。
よく見ると、確かに紋章の左上の小さな四角の中に、ユニコーンが描かれてた。
「つまりその短剣を持っているやつは、クレア様の従騎士だと大々的に宣伝しているようなもんだってことだ」
「それで変な顔をされていたのか!」
アルダは、この短剣を腰に付けたときのクレアの表情を思い出した。
自分から、おおっぴらにしないでくれとお願いしたのに、それを見せびらかすように腰に付けてたんじゃ変に思われるのも当然だ。
「教えて下さればよかったのに……」
「それで、なにがどうなったら、アルダがクレア様の従騎士になれるんだ?」
ミスルは興味津々でそんなことを聞いてきた。
何しろアルダは数日前まで、まじめなだけが取り柄の、悪く言えば、ザコ冒険者だったのだ。しかも成人前と来ている。
「ミスルって紋章にも詳しいんだね」
アルダは露骨に話題を変えた。
「ちぇ、そんなに露骨にアピールしてたのに、秘密なのかよ。……ま、よその冒険者はともかく、領民なら自分の領主様の紋章くらいは、大抵知ってるさ」
アルダは知らなかったが。
「いや、ほらカントンとか」
「それは門番のたしなみだ」
貴族がやってきたとき紋章で相手のことを判断できないと、大変なことになる場合がある。そのためにベテランの門番は近隣貴族の紋章についてそれなりに詳しかった。
「まあいいや。アルダは依頼か?」
「うん。薬草とかが足りないらしくって」
「採取に行くのか?!」
「うん。なんだか品薄で困ってるって聞いてさ」
「困ってるなんてもんじゃねぇよ。ハティのせいで森に入る初心者がいなくなったせいで供給が減ったところに、討伐のせいで売り渋るやつまで出てるというし。アルダが採ってきてくれりゃ、そりゃ助かるだろうぜ」
「まあ、とりあえず言ってみるよ」
「ああ、狼連中には気をつけてな」
「ありがとう」
そう言って門をくぐると、彼は、森へ向かって歩き始めた。
そして、少し門から離れると、急いで腰から短剣を外し、ホルダーから取り出した袋の中に入れて再びしまい込んだ。
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「森まで来てみたのはいいけれど……」
アルダの持ち物は結構一杯で、これ以上何かを採取するのは難しかった。
「適当に時間を潰して、ギルドへ戻るしかないか」
ハティを討伐したせいか、付近にグレイウルフの気配はない。
護衛がいるとはいえ、ポコとふたりでは少し心許ないので、斥候にパンデモニウムルプスを実体化した。
テンペストウルフは大きくて目立つが、パンデモニウムルプスなら、遠目にはグレイウルフに見えなくもないだろう。
「わふー」
パンデモニウムルプスのフレーバーテキストには、酷く恐ろしいことが書かれていたが、額の角を除けば、ものすごく毛並みの良いグレイウルフだと言い張ってもいいくらいのサイズだし、これはこれで愛嬌があって可愛いと言っても良いような気がしてきた。
まるで犬のようにお座りをして頭を下げ、なでるがままにされている姿を見ると、阿鼻叫喚と共に現れる破壊と混沌の使者は一体何処へ行ったんだろうと不思議な気がした。
アルダ達は、暖かそうな日だまりをみつけて、下草の上にごろんと寝ころんだ。遠くで鳥が鳴いている。
「平和だねー」
アルダがそう呟いた瞬間、少し離れた場所で狼の悲鳴が上がった。
(ベリア:ウルフ 捕縛)
(ガルサ:ウルフ 4 逃走)
体を起こしたところへ、ベリアがウルフを引っ張ってきた。パンデモニウムルプスはあくびをしている。
そういえば、ウルフを従魔にするのは初めてだな、と思いながらそれに触れて支配した。
ウルフはいつも通り光に包まれると、毛色の黒っぽい、普通の狼か、大きめの精悍な犬といった外見に変化した。体高は1ミールもないだろう。
カード化すると、空きの少ないホルダーに格納された。
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名称 ファントムウルフ
分類 従魔 lv.2
状態 100/100
存在値 1 (0)
解説 ウルフ種の第3位階。空間に溶け、虚像を操る、不可視の狩人。
惨劇の嵐が吹き荒れた時、後には何も残りはしない。
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どうやら見えない従魔らしい。
第3位階でレベルが2しかないってことは、カラーウルフと同様、ウルフ系の位階は、レベル80くらい毎に上がるのだろう。
レベル3のアルダの従魔補正は+160(JLV482/LV3)だ、それがレベル2のウルフに適用された結果、レベル2のファントムウルフが生まれたのだろう。
この従魔の特筆すべき点は、実体化時のMP消費の低さだ。なんと0。出し入れ自由なのだ。
「だけどこれ、ホルダーが一杯で空きポケットがなかったらどうなるんだろう?」
重要なことなので、アルダは試してみることにした。
〈リアライズポケット〉で、12体のクリムゾーナを実体化すると、近くにいる魔物を捕獲してくるように指示をした。
ファントムウルフはもう少し欲しい。クリムゾーナは護衛としては最強だろうが、その姿はあまりにも怪しかった。それなら、例え見つかっても犬に見えるファントムウルフの方が、幾分マシだと言えるだろう。
しばらく待っていると、次々と魔物が捕獲されてやってきた。
とはいえ、森の浅い部分なので、主要な魔物は、ゴブリンとウルフ、そして時々フォレストウルフ程度なのだが。
フォレストウルフは従魔にしても、さほど見た目が変わらなかった。
そしてフォレストウルフはカード化しない、というかできないことが判明した。
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名称 フォレストウルフ
分類 従魔 G lv.166
状態 100/100
存在値 5 (83)
解説 森の生活に特化した狼。
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フォレストウルフは従魔にしても位階が上がらなかったのだ。森に特化していて上位階がないという事なのだろう。
その分レベルが160オーバーになるわけで、どんなステータスになってるのか、見た目が変わらないだけに恐ろしい存在だった。
フォレストウルフだと思って手を出したら、相手はレベル160だったなんて、冒険者にとっては悪夢でしかないだろう。
それに、高レベルになったからだろう。実体化する際に必要なMPが83ポイントもかかるのだ。これを運用するのはとても無理だ。
試しにそのまま解放してみると、実体化して元のフォレストウルフに戻ったが、MPはリリース分しか使用されなかったので、助かった。
〈解放〉は従魔師の〈従魔契約〉と対をなすスキルで、一度リリースされた魔物は再契約できなくなるらしい。もちろん従魔補正は元に戻る。
従魔が従魔師から解放される条件は、どちらかの死かリリースしかない。
従魔師が死んだ場合、従魔の解放はすぐには行われず、時間が経つに従って少しづつ元に戻っていくところが通常のリリースとは違うところだ。
ホルダーが一杯の時は、カードにしようとしても、カードにはならなかった。だが、それ以外に影響はないようだ。
ゴブリンは、頭が少しアーモンド型に変化し、スマートになった。
体が少し大きくなり、肌の緑が暗くなって黒に近づき、さらには指が伸びて、器用さが増したようだ。そうして、頭だけが血にまみれたように赤い魔物に変貌した。
クリムゾーナは精悍で、どちらかといえばカッコイイと言える見た目だったが、今度のヤツは一言で言うと不気味だ。
夜道で出くわそうものなら、裸足で逃げ出したくなるような、そんな造形だった。
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名称 レッドキャップ
分類 従魔 C lv.62
状態 100/100
存在値 2 (8)
解説 ゴブリン種の第2位階。
地獄の尖兵隊長。闇の中で蠢く、その赤い兜が、見る者の悪夢を体現する。
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レベルを考えると、ヒューマヌス系(人型の魔物)は、レベル100毎に位階が上がるようだ。
「しかし、地獄の尖兵隊長って……このままだと僕の従魔は地獄の軍団になっちゃうんじゃないの?」
そう呟くと、ポコが諦めろと言わんばかりにペチペチとアルダの額を叩いた。
そんなことを繰り返しながら、しばらくして気がつくと、周りのあちこちで、草むらがうぞうぞとうごめいていた。
「って、なにこの数?! こんなに従魔にしたっけ??」
かなりの数がいそうな感じだ。しかもこの中で一番弱いのは、推定レベル160オーバーのフォレストウルフなのだ。
「まずい……やりすぎた?」
アルダは生来楽観的だ。でなければスライム一匹の従魔師を10年間も続けられるはずがなかった。
まあ、なにかあったらリリースすればいいか、くらいの気持ちで、ポケットからはみ出した従魔達を森チームとして、しばらく森で生活させることにした。
「冒険者が来たら、なるべく逃げて見つからないようにすること。やむを得ず追い詰められたら倒しても仕方がないけど、なるべく戦闘は避けてね」
そう言うと、全体から肯定の意識が届く。これだけ数がいると言葉にもならないようだ。大勢が一度に喋っても、内容が理解できないのと一緒だ。
最初期に従魔した魔物のなかから、レベル56のクリムゾーナを1体、カウンという名前を付けて、森チームのリーダーに任命した。
カウンは、アルノールの言葉で『首長』を意味している。森チームの首長だからカウン。相変わらずアルダのネーミングセンスは安易だった。
ゴブリンは生まれてすぐ死んでしまう可能性が高いので、繁殖力も旺盛だが、そのレベルも大抵は2か3だ。
生まれてすぐ2になると、4になる前に死んでしまう者が多く、幸運に恵まれて3になったとしても、4になることはほとんどない。
そのため従魔化した時のレベルにばらつきが少なかった、というより2種類しかいなかった。レベル62と63のレッドキャップだ。
ウルフも同様に、レベル1か2なので、ファントムウルフもばらつきはあまり多くなかった。
アルダは、それぞれレベルの揃っている12体だけをカード化して、残りは森チームとして全体の面倒をカウンに任せることにした。
ファントムウルフは、12体の交替制で周囲の警戒と護衛をして貰うことにした。護衛班だ。
最長1日交替にしておけば、ポケット1個で24体の運用ができる。しかもこれだと、食事が不要だ。
そうしていつの間にかアルダの従魔たちは大所帯になっていった。