秘密
「ただ、あまり、おおっぴらにはしないでいただけると助かります」
あっさりとエスクワイアになったアルダだったが、それを声高に主張するのは、さすがに抵抗があった。
なししろ自分は、平民で、世間的には最弱のレベルに近い冒険者なのだ。何を言われるか分かったものではない。
ホルダーを使う際に、言い訳をしなければならない範囲で、こっそりと知られることが肝要だ。
「それはそうだな。私が自らエスクワイアに選んだとなると、色々と好奇の目もあるだろうし。ポーチのための形だけだから、今まで通りにしてもらっていていい」
「ありがとうございます。でも、一応、それっぽい仕事もしようと思います」
そういうとアルダは、部屋の隅で、レベル56のクリムゾーナを2体実体化した。
その瞬間に膨れ上がる、強大な存在感に、クレアは思わず立ち上がって、腰の剣に手をかけていた。
「ア、アルダ殿! それは!!」
「大丈夫です。僕の従魔たちですから」
従魔の召喚――クレアにはそう見えた。
それは従魔師の職業レベルが80以上で身につくスキルだ。
14歳のアルダが、職業レベル80以上のスキルを使うなど、どう考えてもおかしいのだが、現れた魔物の異常さに、そんな常識は吹き飛んでいた。
「じゅ、従魔? それが?」
「はい。それに、もうエスクワイアなんですから、アルダとおよび下さい」
「あ、ああ……そうだな」
跪くクリムゾーナたちを見ながら、クレアはおそるおそる椅子に座り直した。
「今から、お前には、彼の人の護衛を任せる」
「ギッ」
「そのために、まずはお前に名前を授ける」
((名前!))
クリムゾーナ達から喜びの波動が伝わってくる。従魔にとって名を付けられることは、やはり喜びのようだった。
それにメイン達に名前を付けてから、名前の付いた者達の念話が流暢になった気もした。それは、知性などにも影響を与えるのかも知れなかった。
「ティリス」
(ティリス……ティリス)
「サンド」
(サンド!)
アルダはそれぞれのクリムゾーナの前に立つと、まるで騎士を叙するかのように、彼らに名前を付けた。
「ティリスとサンドは、クレア様の護衛だ。後で服を与えるが、人に見らないように、クレア様に害を為そうとするものを排除せよ」
((排除する!))
「人の場合はなるべく殺さず捕縛。魔物や獣は殲滅して良い」
((殲滅!!))
「クレア様の意識がある場合は、クレア様の指示に従うように」
((従う!))
「というわけで、ティリスとサンドです」
呆然と名付けの儀式を見守っていたクレアは、「あの時の気配はこれだったのか」と、呟いた。野営地で感じた強大な気配と、先ほど感じた存在感がよく似ていたのだ。
「アルダ殿、いやアルダ。気遣いは大変ありがたいのだが、災害級にすら見える魔物を、日頃から侍らせるというのは、立場上ちょっと、な……」
「それはそうでしょう。後で服を着せて小柄な人に見えるようにしたいとは思いますが、通常は――」
そう言ってアルダが、2匹に合図を送ると、2匹は立ち上がってクレアの影に消えていった。
「え?」
「彼らは影に潜めるのです。何かあるまでクレア様の影に隠れていますから、ご安心を」
それを聞いてクレアは大きくため息をついた。
「こんな見たこともない魔物を従魔にしているとは。アルダにかかれば王でも公爵でも、暗殺など、やりたい放題なのではないか?」
「ご希望ですか?」
「やめてくれ」
「ですよねー」
くだらない軽口で笑いあうと、緊張した空気も幾分か解けたように思えた。
「彼らは呼べば出てきますし、彼らに言えば僕にも伝わります。残念ながら僕からの連絡は、彼らからクレア様に伝える手段がないのですが」
そういうと、ティリスがにゅっと影から顔と手だけを出して「ぢょど、あなせる」と、濁った声で発音した。
それを見て、クレアは驚きの余り絶句した。
「会話できる従魔、だと?」
主人の指示を受け入れる従魔はいる。従魔のイメージを主人になんとなく伝える従魔もいる。
しかし相互に意思の疎通が相当なレベルで行えた上に、主人以外と話までできる従魔となると――それはもはや、おとぎ話の領域だった。
「ク、クレア様、できるだけ内密に」
初めて喋るのを見たアルダも、その事実に顔を引きつらせていた。さすがにこれは異常だったのだ。
「あたりまえだ。こんなことを報告したら気が触れたと思われるだけだ」
クレアは、もう一度アルダを見つめて訊いた。
「……一体アルダは何者なのだ」
「クレア様のエスクワイアですよ」
アルダはクレアに向かって、悪戯っぽく微笑んだ。
∽━…‥・‥…━∽
昼前にクレアと買い物に出たアルダは、さらに2体のクリムゾーナに、ベリアとガルサという名前を付けて、自分の影にも潜ませた。
「それにしても、アルダはどこで勉強を?」
「4歳の時に従魔を得まして」
「それは凄い」
「そのこともあって、両親から従魔師の本をそれなりに与えられました。でも、どうしてです?」
「いや、私につけた2体の従魔、ティリスとサンドだったか。あれはアラノールの言葉で、『ガード』と『盾』だろう?」
「あはは。名前を考えるのが苦手で……」
「いや、良い名前だと思うぞ」
「ありがとうございます」
自分につけた、ベリアとガルサも、それぞれ、『保護する』と『守護する』のアラノール語だ。
二人は、クリムゾーナ用に、深いフードの付いた、顔まで覆える布の服を4つ購入した。店主によると東の果てにある国のニンジャという職業が着ているとされている服だそうだ。
料金は、何の変哲もないポーチの分も含めてクレアが支払った。
その後クレアは、午後からハティ討伐の打ち合わせがあるとかで、自分の宿へと戻っていった。
そして、エスクワイアになった記念だと、1本の短剣を授かった。
少し儀礼的な感じもしたが、切れ味は良さそうだったので、礼を言って腰につけると、クレアが妙な顔をした。
アルダは不思議に思ったが、別れ際に、たまにあのお風呂を使わせて欲しいと言われて、そんな疑問は吹き飛んでしまった。
なにしろ、クレアが直接あの部屋を借りても、お風呂にポコが浮いていないと効果はないのだ。
エスクワイアとしては、まじめに稼いで、朝露の角部屋に泊まれるようにしておく必要があった。4日で金貨一枚。これはなかなか大変だ。
「さて、ポコ。まじめに採取するふりをしに、森にいこうか」
屋台で買った、昼食代わりの串焼きをホフホフと頬張りながら、アルダは門に向かって歩き始めた。