重槍
「ギルド長はいるか!」
冒険者ギルドに飛び込んできたのは、常在パーティではソーナス最強の一角、Bランクパーティ「重槍」のリーダー、”城壁”ライデルだった。
「どうしたんですライデルさん。ハティの討伐は6節の10ですけど」
「それとは関係……いや、あるのかもしれんが、とにかくギルド長と話がしたい。取り次いでくれ」
「……分かりました。しばらくお待ち下さい」
人格者で、普段から無理を押し通したりはしないライデルの態度に、尋常ならざるものを感じたニールは、すぐに頷いてギルド長を呼びに言った。
∽━…‥・‥…━∽
「それで、何を見たって」
ギルド長はライデルを前に、出されたお茶をすすりながらそう切り出した。
中々うまいお茶だな、誰が買ってきたのだろう、などと、その時点では余裕の構えを崩していなかった。
「それが何かはわからん。近づけもしなかったからな。なにか酷く強力な魔物が、雷撃を打ちまくっていたんだ」
「雷撃?」
「ああ、ものすごい威力と回数だった。遺跡山からは結構離れていた俺たちの所まで、空気が焼ける刺激のある匂いが漂ってきていた」
話の内容が実に不穏なものだと言うことを理解したギルド長は、カップを置くと打って変わってまじめな顔で身を乗り出した。
「件のハティではないのか?」
「違う。はずだ」
「はず?」
ギルド長は片方の眉を上げた。
「ハティにあって生還した連中がいるんだろ? あれと出会って生きて帰れるやつがいたとしたら、今すぐSランクになれるだろうぜ」
「なんと」
「そもそもあれが例のハティだというのなら、俺たちでは束になってかかっても相手にならんぞ」
「それほどか」
「ああ、うちのミーナが言うことには、強力な魔術師数十人分どころではない魔力が集まるのを感じたとか」
ミーナは重槍のメンバーで、優秀な火の魔術師だ。実力のある魔術師のなかでも、特に魔力を感じる力に秀でていた。
「数十人分だと?」
「ああ。分かっていることはそれ以上ってことだけだ。もしかしたら100倍かも知れないし、1000倍かも知れない。上は見当もつかなかったよ」
「そんなバカな。夢でも見てたんじゃないのか?」
「俺もそう思いたいね」
重苦しい沈黙が部屋の中におちた。
二人とも何も話さないまま、時間だけがのろのろとカタツムリが歩くような速度で過ぎて行った。
しばらくして、ライデルが、重々しく口を開いた。
「もし、あれがこっちに来るようなら、エルニルの連邦軍でも出てこなきゃ止めようがないと思うぜ」
「お前たちでもか?」
「誰かに行けと強要されるって言うんなら、すぐにでもソーナスから裸足で逃げ出す自信があるね」
「ギルド全体では?」
「適切な装備が必要だ。いくら人を集めようが、それがなけりゃサンダーレインの一発で、屍の山ができるだけだろ」
サンダーレインは、ただでさえ稀少な雷魔法の主力呪文サンダーボルトの広範囲上位呪文だ。
込められた魔力の量に応じて、複数本のサンダーボルトを広範囲に雨のようにばらまく魔法で、使いようによっては、1発で1軍を相手にすることができるしろものだ。
それに対抗できるような装備を、一冒険者ギルドが人数分揃えることは不可能だった。
「それで、相手はなんだと思う?」
「まったくわからねぇ」
ライデルは投げ出すようにそう言うと、どさりと背もたれに体を預けた。
「雷属性のドラゴンあたりかとも思ったんだが、そんなに巨大なヤツなら影くらいは拝めたはずだ。だからもっとずっと小さなヤツだろう。高さだけなら10ミールはないだろうな」
「小さいとはいえ10ミールなら十分大型だな」
「20ミールを超えるようなドラゴンじゃないってだけで、少しはマシだろ」
「小さくて雷属性の魔物……ヌエとかか?」
「ヌエか……」
ヌエは数年前帝国で討伐されたことがある、クリーチャー種の魔物だ。
確かに雷を操るが、所詮は個レベルの魔法であり、それほど強力な範囲魔法を使ったという話は伝わっていなかった。
「いや、ヌエじゃ弱すぎるな」
ライデルがそう言い切った。彼が目撃した雷撃は、ヌエが10匹いても難しい気がしたのだ。
「ヌエで弱いのかよ……なら、クァールならどうだ」
「ブラックデストロイ? そりゃ架空の魔物だろ」
「目撃談も結構あるが……」
「眉唾ってやつがな」
ライデルは背もたれに預けていた体を起こして、前かがみになると、ギルド長と顔を突き合わせて言った。
「ま、1匹で大都市を滅ぼすブラックデストロイってのが本当にいるんだとしたら、確かにヤツはそんな感じだったぜ」