報酬
ソーナスに限らず、町の門というやつは、夜のとばりが下りるころに閉まり、そうして日が昇るころまでは、町を揺るがすような緊急の事態でもない限り、大抵閉じたままだった。
ハティの存在自体はすでに報告されていたし、そのルールを破ってまで伝えるほどのこともなく、アルダとクレアは、まんじりともせずに開門までの時間を、ソーナスの門の側で過ごしていた。
クレアが名乗って領主の権限を行使すれば入れて貰えるだろうが、クレアはそういうごり押しをするタイプではなかったのだ。
「クレア様は、お休みなられてもかまいませんよ」
「いや、大して時間もかからないだろう。このまま起きているよ。ポコ~おいで~」
クレアはポコを膝の上にのせて、みょーんと伸びる様子に、小さく声を上げたり、その手触りを楽しんだりしてくつろいでいるようだった。
どうも、その騎士然とした態度とは裏腹に、年相応に、可愛いものが好きなように見えた。
アルダはその様子を微笑ましく眺めながら、焚火を絶やさないように枝を集めたり、火の番をして朝が来るのを待った。
途中、メインからハティ等の亡骸を、森の入り口付近まで運び終わったと連絡が来たため、クリムゾーナを護衛に残し、小用に向かうふりをして、遺跡山の入り口付近まで行って、採取した薬草類や討伐した魔物たちを受け取った。
圧巻はハティを担いできた、パンデモニウムルプス達だった。
「これ、運べるんだ……」
唖然とするアルダを尻目に、パンパンに膨らんだ採取袋や、グレイウルフを初めとする討伐した死体類がどんどんと積み上がっていく。
アルダは大袋を全部取り出すと、片っ端から解体して、かさばらないものや高価なものだけを大袋にしまい、一杯になるたびにカード化していった。
ハティをどうするのかは迷ったが、何かの擬装に使えるかもと、解体せずにカードにした。ポケットをひとつ占有されるのは痛いけれど、ここはやむを得ないところだろう。
グレイウルフは一体何匹いたのか分からないが、最初に持っていた6匹を含めて72匹目を解体したところで袋の方がいっぱいになった。
ウリボアと呼ばれる、夜の森だけに現れる、最上の肉がとれる中型の猪型魔物も、最上の部位だけに絞ってはみたが、それでも12匹が精一杯だった。いわんや、オークなどは解体する余裕すらなかった。
「待って待って。もう無理だから。むーりー!」
とはいえ、これほど大量の魔物の死体が、森の入り口に転がっていては非常にまずい。
仕方がないので、それらは穴を掘って埋めてもらい、終わったところで、従魔たちを順番にカードにした。
「ええ?!」
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1.エレン
2.クリムゾーナ lv.44 x 6
3.クリムゾーナ lv.54 x 7
4.クリムゾーナ lv.43 x 5
5.パンデモニウムルプス lv.23 x 4
6.パンデモニウムルプス lv.15 x 7
7.テンペストウルフ lv.17 x 10
8.クリムゾーナ lv.64 x 4
9.クリムゾーナ lv.56 x 5
10.ハティの死体
11.大袋 x 12
12.大袋 x 12
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アルダは思わず声を上げた。
ハティを討伐したからだろうか、クリムゾーナたちのレベルが大きく上がっていて、レベルがバラバラになっていたのだ。これは非常にまずかった。
「いくらなんでも上がりすぎなんじゃ……クリムゾーナって高位階なんだから、そのへんの魔物を倒しても――」
その時アルダは、従魔たちは、本来ただのゴブリンやグレイウルフにすぎないことを思い出した。
「もしかして、元の魔物のレベルが上がって、それにレベル補正がかかってるってことか?」
それなら、簡単にレベルが上がるのも分かる気がする。だが――
「このままじゃ、ポケットの数が……」
アルダは、仕方なく、最高レベル以外のクリムゾーナとパンデモニウムルプスを実体化して、それぞれに、あと何回強くなったような気がしたら戻ってくるように指示すると、遺跡山へと送り出した。
いかに夜の遺跡山とは言え、彼らのレベルを脅かすような魔物はいないだろう。
「遅くなっちゃったな。クレア様に心配をかけていなければいいけど」
そう危惧していたアルダだったが、クレアはポコに頬をうずめて、ぐっすりと眠っていた。
「ポコ、何かしたの?」
そう訊くと、ポコが、にょーんと伸びて、うん、とも、ううん、ともつかない動きをした。
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夜の遺跡山は魔物の数も多い。どうやら従魔たちは、うまくレベルを調整してくれたようで、なんとか許容範囲に収まっていた。
今後は少し気を付けておかないと、大変なことになるぞとアルダは気を引き締めた。
∽∽∽∽∽∽∽∽∽
1.エレン
2.クリムゾーナ lv.64 x 4
3.クリムゾーナ lv.56 x 12
4.クリムゾーナ lv.56 x 11
5.パンデモニウムルプス lv.23 x 11
6.テンペストウルフ lv.17 x 10
7.
8.
9.
10.ハティの死体
11.大袋 x 12
12.大袋 x 12
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その後、空が白み始めたころ、門が開いた。
アルダは、クレアを起こすと、彼女の宿まで送った後、足早にギルドへと向かった。
「あ、おかえりなさい」
そういうニールに、ポコが頭の上で、さっと触手を上げて答えたのをみて、彼女は目を丸くした。
「そのスライムちゃん、そんなだっけ?」
「最近ちょっと色が変わりましたけど。珍しいですか?」
頭の上のポコの振る舞いは、アルダには見えない。だから、色が変化したことだろうと考えたのだ。
スライムの色は、生息地や食べ物などに影響される。実際千差万別だから、それほど目立たないだろうと思っていただけに、彼女がそれを指摘したのは意外だった。
「んー……そういわれれば、ちょっと不思議で、綺麗な色だよね」
「どうも。それで、依頼の件ですが――」
クレアに貰った、依頼完了の書類をニールに提出する。
「ああ、やっぱり領主のお嬢様だった?」
そこにはクレア・レッドリーフのサインがあった。
「え、ニールさん、クレア様のことに気がついていたんですか?」
「まあ、以前お見かけしたこともあるし、名前もクレアだしね」
だから、アルくんにお願いしたのよと、悪びれもせずにそう言うニールに、アルダは少し文句を言った。
「それなら、もっと早く言ってくれれば。僕、もしかしたら凄い失礼なことを言ったりしたりしたんじゃないかと、気が気じゃないんですけど」
「まあまあ。ご本人が名乗られない以上、なにか事情があるかも知れないでしょ」
そう言って、ニールはアルダにレッドリーフの嫡子に関する有名な話を聞かせてくれた。
「へえ。そんな話が」
「結構有名な話だよ。弟君のあと、間髪をおかずに姉君がいらっしゃったんだから、何かそれに関わることなのかなと。お二人の成人も年明けに迫ってるし」
「え、クレア様って、まだ成人前なんですか?」
「ああ、結構大人びてるもんね、クレア様。それで、なんかあったの?」
「い、いえ、そんなはずないでしょう? で、でも、クレア様って領主になりたいんでしょうか?」
アルダは夕べ話したクレアのイメージが、どうしても領主に結びつかなかったので、話をそらしがてら、そう言ってみた。
「へえ、随分親しくなったみたいだね」
ニールからは逃げられない! 彼女はニヤニヤしながら、アルダに突っ込みを入れてきた。
「いや、なんとなく! なんとなくですから!」
アルダはニールの掌の上で、いいように転がされ続けていた。
本来なら、朝一番は、冒険者が依頼を引き受けに来る時間帯なので忙しいはずなのだが、ハティ騒動の余波で森に入る者が少なく、冒険者の姿はまばらで、ギルドには閑古鳥が鳴いていた。
つまりニールは暇だったのだ。
∽━…‥・‥…━∽
「ではこちらが依頼料になります」
散々、アルダを弄った後、ニールはすました顔でそう言って、カウンターのトレイの上に金貨2枚を取り出した。
「え? 20,000Fって多くないですか? 前金ももらってますよ?!」
アルダが引き受ける程度のガイドは、大体1日2,000Fだ。緊急だとか夜だとか、そういうことを込みにしても8,000Fがせいぜいだろう。
「そうね。緊急だったのと、評価が高かったのが高報酬の理由だよ」
ニールによると、クレアが依頼完了書で、アルダをすごく褒めていて、依頼料を割り増しで支払うよう書いてあったのだという。
「ナニをしたのか、凄く興味があるんだけど」
ニールは再びアルダをからかおうとしていたが、アルダはそれを苦笑いでごまかして、金貨を受け取った。
ともあれ、ここでの金貨2枚は、正直、非常に助かった。
1フロリ無しでどうしようと困っていたアルダにとっては、まさに旱天の慈雨だったのだ。
実際には数多くの採取素材や討伐素材があるのだが、今すぐ売り払うと、昨夜何があったのかを突っ込まれかねず、売り方に悩んでいたところだったアルダにとって、ここでの金貨2枚は問題を先送りにできるだけでもありがたかった。
「ありがとうございます。じゃ、もう今日は疲れたので、宿に帰って寝ます」
「あー、それなんだけど……」
「はい?」
ニールの話では、ハティ討伐の影響で、主要な宿はみな埋まっているということだった。とくに安くてまあまあの宿はすでにどこも一杯ではないかと言うことだ。
アルダは、ギルドを出てすぐに、今まで使っていた宿を数件回ってみたのだが、ニールの言ったことが大げさではないことがよく分かった。
「なんてこった……」
もちろん一部の豪商が使う、金貨が飛んでいくような宿には部屋があるだろうが、そんなところに泊まれるはずが――
「そういやあったね、そう簡単には埋まらない部屋」
アルダは仕方なく、その部屋を求めて、朝露の恵み亭へと足を向けた。