超越者
ソーナスの門をくぐった時、二人だけだったことに驚いたアルダは、念のためにクレアに聞いてみた。
「クレアさん。従者の方とかは?」
「いない。君と私の二人だけだ」
上流階級に所属しているように見える彼女が、一人の従者もつけずに単独で遺跡山に入ろうとしていたのだ。
しかし、そのあと、すぐにアルダはその理由を理解した。
クレアとずっと一緒にいて、従魔を実体化するタイミングがなかったアルダたちの目の前に、グレイウルフが現れたのだ。
「下がれ!」
そういうと同時に、アルダの前に出たクレアは、剣を一閃してグレイウルフを両断した。
大男のベッセルが思いっきり振り回したクレイモアの直撃を受けても倒れなかったグレイウルフが、彼女が剣を振るだけで、バタバタと倒れていくのだ。
なるほど、これなら従者なんかいらないし、自分の戦闘能力なんかなくてもいいわけだ、と思わず納得していた。
「クレアさん、解体は?」
「必要ない。とにかく急ぎたいんだ」
カラーウルフの素材は、それなりの値段になるが、完全の放置して先を急ぐようだ。死体はすぐに他の魔物の餌になるだろう。
何故そんなに急いでいるのか、アルダにはまったくわからなかったが、依頼主の希望に添うのが冒険者なので、特に尋ねもしなかった。
アルダたちは、強行軍と言える速度で野営ポイントに向かっていた。
そうして、ふたりは、日が落ちる前に、なんとか野営ポイントに辿り着いていた。
「ここが野営ポイントです。今夜はここで休んで、明日から周囲の遺跡群を案内します」
そこは、森の少し開けたところにある、8ミール四方くらいの平たい岩の上で、昔の誰かによって、四隅に魔物よけのアイテムが設置されている場所だった。
ハティの騒動の影響か、今は誰も利用していないようだった。
「ああ、よろしく頼む」
クレアはそう言って、腰のポーチに手をやると、そこからふたり用くらいの小さなテントを取り出した。
「凄い! 魔法のポーチですか?!」
「ああ、容量は大したことがないが、こういうときには便利だな」
「便利だなって……冒険者垂涎の的ですよ、それって」
アルダは苦笑いしながら、四隅の魔物よけのアイテムに魔力をチャージして歩いた。
このアイテムは、岩の上だけの狭い範囲とはいえ、少しの魔力をチャージするだけで、一晩くらいもつ、魔物よけの結界が発生するようにつくられている。
そんな稀少なアイテムが盗まれていないのは、それが冒険者にとって重要な施設であることもさることながら、それが岩と一体化しているため、そこから切り離すとただのガラクタになってしまうためだ。
実は、数か所あるポイントのひとつは、ずっと以前にガラクタになっていた。誰かが試した結果だろう。さすがに巨大な岩毎持って行くのは難しい。おかげで他のポイントは被害から守られることになったのだ。
アルダが魔力をチャージして歩いている間に、クレアはてきぱきとテントを設営していた。
アルダはそれを見て、上流っぽいのに、案内人に押しつけたりしないんだなと、妙なところで感心していた。
野営の準備を整えて、水の入った鍋をたき火の上にかけると、アルダはクレアに話しかけた。
「じゃ、僕は少し採取に行ってきます」
「もうじき暗くなりそうだが、大丈夫なのか? ついていこうか?」
クレアは、アルダが戦闘はできないと言っていたのを思い出して、心配するように言った。
「いえ、大丈夫です。お湯でも沸かしながらゆっくり休んで待っていて下さい」
そういうと、アルダは素早く岩の上から飛び降りた。
従魔たちに採取をさせようと考えているアルダにとって、彼女についてこられた方が困るのだ。
岩から少し離れて森の木々に隠れると、アルダはホルダーから、最もレベルの高いクリムゾーナたち4体を実体化した。
跪くクリムゾーナ達を前に指示を与えようとしたアルダだったが、クリムゾーナだけでもすでに20体以上はいる。念話だと番号付きで感じられるが、便宜上のインデックスのようだから、いつも同じ個体に同じ番号が付くとは限らないようだった。
「やっぱ、名前がないと不便だよなぁ……」
大抵の従魔師は気に入った従魔に名前を付けていた。それは名前を付けた時点でより強い絆が生まれると信じられていたこともあったが、単に区別できないと不便だからでもあった。
ほとんどの従魔師は、多くても片手の数で数えられる程度の従魔しか従えることができなかったため、さほど問題ならないようだったが、アルダ程多くの魔物を従魔にしている場合、名前を付けると言っても、なかなか思いつくことも覚えることも難しい。
そこでアルダは、リーダーにする個体に名前を付けることで個性を与え、全体を区別しようと考えた。
「お前達は今から、メイン、エドウェン、ナイル、カンフィだ、よろしくね」
(名前 凄い)
(((凄い)))
(メイン)
(エドウェン エドウェン)
(ナイル 良い)
(カンフィ カンフィ)
4匹は噛みしめるように自分の名前を繰り返すと、満足そうな顔をした。
それを見たアルダは、少し罪悪感に襲われた。
なにしろそれは、今は無きアラノール王国の言葉で、1番目、2番目、3番目、4番目という意味だったからだ。
それにもかわらず、4匹はとても喜んでいた。従魔が主から名前を授かることは、なかなか名誉なことのようだ。
「さて次は、っと……ん?」
ふと開いたホルダーの左側、左綴じの本なら表紙裏に当たる部分に、
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MP 283/291 → 251/291
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という文字があることに気がついた。
「え、これってもしかして」と、袋の入った大袋を実体化すると、表示が変化した。
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『MP 251/291 → 250/291』
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「やっぱり、使われているMPなのかな? それにしては数字が変だけど」
そうして、そのまま大袋をカード化しても、表示は変化しなかった。
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名称 大袋
分類 アイテム
状態 99/100
存在値 1 (1)
解説 いくつかの袋が入った大きな袋。
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(以前は気にしなかったけれど、減った値1に対応しているのは、存在値と書かれている部分だけだ。これはいったい何だろう?)
そう考えながら少し注視していると、急に説明が表示されて驚いた。
「わっ」
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存在値
そのものの存在の大きさを表す値。職業補正なしの値になる。
99を越えるものは表示できない。
()内は実体化に必要なMPで、RMPとも言う。
RMPは、存在値×種族補正値×対象のレベル
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説明を見てもよくわからなかったが、()の中が実体化に必要なMPのようだった。
やはりさっき表示されていた数値は、アルダのMPのようだった。
「え? じゃあ僕のMPって、291もあるわけ?!」
余りのことに思わず声が漏れた。
MPの量はアラノール王国の研究によって大まかな計算式が確立されていた。
アルダの記憶では、LV * MP基準 * (1+JLV*職業補正/100) * INT素質値だったはずだ。
基準値は10が、補正値と素質値は1.0が平均的な値だ。
素質値は生まれながらに持っている値で、基準値は後天的に鍛えることでのばすことができる値だと言われている。そして補正値は、職業によって補正される値だ。
例えば、職を得る前に体を鍛えまくって、STRやVITの基準値を大きく上げていたとしても、得た職業が魔法職だったりすると、職業補正でその行為自体が無意味になったりするのだ。
これを避けるために、多くの人は職業を得る前には偏った訓練をしないのが常識だ。
もっとも、最近では、偏らせることで職業をある程度選択できるのではないかとも言われていた。4つの時に従魔を得たアルダが当然のように従魔師になったように。
とは言え、それを調べるには、多くの人間に人生を掛けさせる必要があるため、大規模に確かめられたことはなかった。
アルダはギルドカードを取り出して、自分のステータスを確認した。
ギルドカードには、ギルドでステータスを確認したときの値が記載されている。さすがに自動で更新されたりはできないようだった。
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アルダ(従魔師) LV.2 / JLV.1
HP 18
MP 28
STR 12
VIT 16
INT 31
AGI 24
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「やっぱり28だったよね」
各ステータスの値は、大雑把にいえば、大体レベル×10になる。通常ならだが。
「つまりいつの間にかレベルが29に! ……は、あり得ないよね」
そんなレベルになっていたとしたら、従魔のレベル補正がほとんどなくなっているはずだ。
自分の今のステータスをもの凄く知りたいが、せっかく再登録をしなくてすんだのだ、ギルドに知られることは避けたかった。
もしも、ギルドカードの再発行が必要になっていたら、ステータスチェックを避けては通れなかっただろう。
「うーん、なんとか自分のステータスを……」と考えた瞬間、ホルダーの裏表紙に、求めていたものが、鮮やかに浮かび上がった。
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アルダ(従魔師) LV.3 / JLV.482
HP 144/144
MP 250/291
STR 18
VIT 24
INT 46
AGI 36
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アルダは一瞬呆然としたが、驚きながらも、これ幸いと自分のステータスを確認した。
いわゆるステータスは、特にレベル3の平均値から逸脱はしていようでホッとしたが、MPやHPはかなり高い。
ことここに至って、心当たりはあの腕輪しか――
「よんひゃくはちじゅうに?!」
腕輪の効果かな、などと考えながらステータスを見ていた視界の隅に、あり得ない数値が映っていた。
何度まばたきしてみても、その数値に変化はない。
人類の職業レベルはカンストしても99だ。おとぎ話の主人公だってレベル99で神さまの課題をこなして〈超越者〉になるのだ。
「もしも本当に482だったとしたら……」
従魔補正レベルは、職業レベル/従魔にしたときのレベル、だ。
つまりレベル2で従魔にしたゴブリンには、241の補正がかかっていることになる。もし、元々のレベルが1だったとしても従魔になったとたん――
「レベル242のゴブリンになったってことか……ドラゴンでも倒せそうなレベルだな」
本当にそのレベルでドラゴンが倒せるのかどうかは分からないが、それくらいありえない数値だった。
また、急激にレベルを上げると魔物は進化すると言われている。だから魔物が集まっている場所では、ユニーク個体や上位個体が生まれやすいらしい。
一気に240以上レベルが上がったゴブリン――それがクリムゾーナに進化した理由なのだろう。
アルダはもの凄く混乱していたが、この数字には見覚えがあった。
「まさか……」
唯一アルダが実体化できなかったそれ。ポケットの中で優しく微笑んでいる美女のカードに目を落とした。
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名称 エレン(アルタエルダ)
分類 従魔 lv.482
状態 100/100
存在値 -- (--)
解説 ********
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そこには確かに lv.482 の文字が刻まれていた。
従魔にできる魔物のレベルは、職業レベル以下のものだけだ。つまり――
「レベル482の従魔を従えるために、職業レベルの方が482になったってこと?!」
――あり得ない。
いや、目の前の数字が正しいなら、それは実際に起こっていることなのだけれど、どう考えてもあり得なかった。
あの気絶していた3日のうちに、一体何があったのだろうか?
どんなに考えたところで、もとより知らない知識にたどり着くことなどできはしない。もはや確かめることができるかもしれない方法は、ひとつしかなかった。
「彼女を実体化させて、聞いてみる……って、ただそれだけなんだけど――」
実体化に必要なMPの値は -- となっていて表示されていない。おそらく99を越えているのだろう。頭の上のポコが、大丈夫か? と言うように体を震わせた。
「――ここでまた気絶して3日が過ぎちゃったりしたら、大問題だよね」
こんなところで3日も気絶してたら確実に魔物の餌になる。クレアさんが気付いてくれたとしても、それはそれで大いに足を引っ張ることになるだろう。
「やっぱり、今はやめとくよ」
アルダはそう言って、ポコをポンポンと叩いた。
「とにかく準備を急がなきゃ。次は彼らのお供だけど……」
跪いている4体のクリムゾーナを横目に、アルダは、クリムゾーナカードが12枚はいったポケットを見た。これを全部実体化すると、8x12で、MPが96も必要になる。
足りるとは言え、結構な数値だ。遺跡山で何かあったりしたら厳しいことになるかもしれなかった。
なにかいい方法はないだろうか。アルダが、そう考えた瞬間、今度はステータスが表示された場所に何かのリストが表示された。
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現在の LV で利用可能なホルダーの機能
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スキル名称 JLV 説明
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カード化 1 従魔をカードにする。MP不要。
実体化 1 実体化時にMPを使用する。
リアライズのパワーワードで、
カードを確認しなくても使用できる。
カード鑑定 1 カード化すると鑑定できる。機能の説明付き。
ポケット 1 ポケット数は、LV.12以下は12。以降はLVと同じ。
スタック 10 スタック数は LV*4。最大 256(lv.64)
リペア 20 カード補修。存在値分のMP使用で完全回復。
クールタイムはカード毎に1時間
放置だと特別なMP使用なしで、1日後に回復。
解体 40 カード内の魔物を素材に分解する。MP1消費。
リアライズポケット 40 ポケット内一括実体化。
必要なMPは、スタック数x(lv.10のRMP)。
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「え?」
そこには現在のレベルで利用できるホルダーの機能が一覧されていた。
〈カード化〉、〈実体化〉および、〈カード鑑定〉は、いままでもそれと意識しないで使っていた。
〈スタック〉というのは、同じポケットに入れられる枚数制限のことらしい。現在アルダのレベルは3だから、12枚しかスタックできないということのようだ。
ポケット数やスタック数がレベルによって増えるというのは朗報だったが、従魔師の強さ=従魔の強さという現実がある以上、ポケット数やスタック数よりも、彼にとっては〈従魔レベル補正〉の方が重要だ。
だから、アルダは、今すぐレベルを上げるつもりはまったくなかった。
そして、いままで一度も使ったことがない機能が、〈リペア〉と〈解体〉、それに〈リアライズポケット〉だった。
「〈リペア〉って……カード化しておけば傷ついた従魔でも1日で回復するってこと? それに〈リペア〉を使えば、存在値のMPを使って即時回復させられるって事なのか」
〈リペア〉は、回復魔法の従魔版のようなものだった。
実体化した使えないのは不便だったが、それほど大きな代償を支払わなくても、従魔を元気にできるというのはありがたい。
〈解体〉も便利そうだったが、ポケット数やスタック数に制限があるため、解体したらどうなるのかを試さないと怖くて使えそうにない。
素材がバラバラにカード化されたりしたら、あっという間にあふれ出すだろう。
「あれ? そういえばカード化してホルダーに入れずにおいたらどうなるんだろう?」
そう思って、大袋で試してみたところ、カード化した時点で自動的にホルダーに収まり、ホルダーから取り出した時点で自動的に実体化した。
カードとしてホルダーから取り出すことは、今のところできないようだった。エレンを取り出してみなくてよかったと、アルダは胸をなでおろした。
もっともカードとして取り出して調べなくても、ポケットをタップしたり、そう意識したりすれば、収まっているカードは一覧で表示された。
いちいちホルダーから取り出さなくても、カードの確認は出来るのだった。
ついでに、昼間確保しておいたグレイウルフの死体で〈解体〉を試してみたところ、解体すると空きポケットか、解体結果が含まれているポケットに、『解体結果(グレイウルフ)』というカードが作られた。
6体を全部解体すると、「解体結果(グレイウルフ)×6」と表示されたので、もしかしたら、解体結果アイテムとしてどんな魔物も同一ポケットにスタックすることができるのかもしれない。
しかし、解体結果を実体化すると、「グレイウルフの肉」とか「グレイウルフの皮」とか「グレイウルフの牙」とかが別々に実体化し、2度と解体結果カードに戻すことはできなかった。
「解体結果を実体化させる時は、気をつけなきゃ」
アルダは散らばった素材を大袋に詰め込みながら、そう呟いた。解体結果の実体化に必要なMPは1で、単なるアイテムとしての扱いのようだった。
最後に残った〈リアライズポケット〉が、どうやら目的の機能のようだった。
それは、ひとつのポケットの中身を、一度に実体化させるスキルだ。
必要になるMPは、そこに入っている(カードの枚数)×(対象がレベル10の時のRMP)ということだろう。ポケット内のカードの平均レベルが10以上なら、バラで実体化させるよりもお得なようだった。
「んー……おお! クリムゾーナ×12のポケット、バラならMP96だけど、〈リアライズポケット〉ならMP24だよ!」
これなら実体化しても大丈夫そうだったので、×12のポケットを〈リアライズポケット〉で実体化した。
斥候用にテンペストウルフはちょっと大きいので、サイズがグレイウルフとさほど変わらないパンデモニウムルプスを実体化しようとしたのだが、〈リアライズポケット〉では11体を実体化してしまうし、そもそも実体化コストが1頭当たり18ととても高いことに気が付いた。
「4体でいいんだけどなぁ……」
ネームドの4体をリーダーに、クリムゾーナ×3とパンデモニウムルプス×1を加えて、4チームを編成したかったのだ。
どうにかならないだろうかと、ホルダーを弄りまわしていると、ポケット内のカードは、任意の空ポケットに、任意の枚数を移動させることができることに気が付いた。
アルダは喜んで、4体のフォルダと、7体のフォルダを作ると、4体のフォルダを〈リアライズポケット〉して、予定通りのチームを4つ作った。
「メインとエドウェンのチームは、僕の護衛と周辺の警戒。魔物は倒していい。クレアさんには見つからないようにね」
2チームは頷くと、すぐに森へと溶けていった。
「ナイルとカンフィのチームは、植物の採取をお願い」
アルダは、サンプルの株と袋入りの大袋を取り出すと、ナイルとカンフィに手渡した。
サンプルの株を、全員で覗き込みながら見ていた2チームは、アルダの方を振り返って頷くと、こちらも森の中へと溶けていった。
空はそろそろ赤くなり始めていた。アルダは、お湯も沸く頃かなと考えながら、野営地に向かって歩き始めた。
一体何がどうなっているのか、今でもはっきりとは分からなかったが、自分のジョブレベルが482になっていたことだけは確かだった。
「超越者、ね」
なんとなくそう呟いたアルダは、ひとつ重要なことを忘れていた。
自分にはレベル1で従魔にした相棒がいたという事を。