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∽連環∽ - catenation -  作者: 之 貫紀
第1章 ハティ
1/36

テルセラ6節の1 始まりの日

高熱にうなされながら見た妄想の中で、印象的だったものです。

そういうのって旬のものなので、急いでまとめてみました。


夢の中だとクレアがもっと年上だったんですが、物語中の時間のつじつま合わせでひとつ違いに orz... カルルク(乙嫁語り/森薫)目指していたのになぁ。


第1章は27話構成です。

1日3話更新で、24日でプロローグが終わり、5月いっぱいでこの章が終了する予定です。


では、しばらくお付き合いください。

 テルセラ6節の1(*1)。

 その日、アルダは大きな荷物を背負って、急峻とは言えないが、緩やかでもない、土がむき出しになっていて木々の少ない山肌を歩いていた。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 あたりはすっかり夏の様相を呈していて、ただ山を歩くだけでも汗ばむ季節になっていた。いわんや、重い荷物を持って、足場の悪い山の斜面を歩くとなると……

アルダは額の汗をぬぐうこともせずに、無心になって、交互に足を動かし続けていた。


 まばらに木の生えた山の斜面は、気を抜くとあっという間に土が崩れ、足どころか、命までもが取られそうになる。

背中の大きな荷物が、背負縄をきつく肩に食い込ませることで、自分たちの重さをこれでもかと主張していた。


「おい、ぐずぐずするんじゃねぇ!」

「くっ……」


 罵声を浴びせられた上方を見上げることどころか、まともに返事も出来なかったアルダにできたことは、一心不乱に少し前の地面を見据えながら、両足を動かし続けることだけだった。

彼の前には、9人の男女が、同じ山の斜面を足早に登っていた。あと数刻で夜が訪れる。


「荷物がなきゃ、野営の準備もできないからな。急げ!」


 急げと言われても、大きな荷物を背負わされた自分が、余計なものを何も持っていない身軽な連中と同じ速度で歩けるわけないだろ、そもそも案内役(ガイド)で雇われたはずなのに、なぜ隊列の最後尾でポーターのような作業を割り振られているのか、と、イラッとした時、アルダの頭の上からにょーっと伸びた触手が、落ち着けと言わんばかりにペシペシとおでこを叩いた。

そこには、淡い水色の透き通った塊が、ぽよよんと震えていた。


「わかってるよ」


 アルダは苦笑いして小さく呟きながら、透き通った塊をポンと叩いて答えた。

そこで震えているのは、ポコ。もう10年も昔、アルダがまだ4歳の頃、始めて従魔にした友達だった。


 ∽━…‥・‥…━∽

 

 ここ、エルニル連邦では、10歳になると教会で聖与の儀が行われ、神さまから職業が与えられる。それは才能と言っても良いだろう。

魔物を使役できるのは、本来、従魔師――巷では魔物使いって呼ばれている――の職業を得た者だけだ。

 それをまだ4歳のアルダが、スライムとはいえ従魔を持ったのだから、それはもう大変な騒ぎになった。すっかり天才扱いだ。


 従魔師は知識の職業でもある。

将来、従魔師になることが決まったようなものだったアルダの両親は、彼に文字や計算、そうして従魔師の知識を得るための書物を、二人がいなくなるまで与え続けた。

 

 そうして彼は10歳になったとき、当然のように従魔師の職を得た。


 だが、この職の評価は難しい。

 なにしろ、同じ職業レベルの従魔師でも、契約した魔物によって、強さも用途もまるで異なるのだから仕方がない。

職業レベルよりも、連れている魔物の評価が従魔師の評価だと言っても過言ではなかった。


 天才と呼ばれてから10年。従魔師の職を得てからでも4年が経った今、アルダの従魔は1匹のスライムだけだった。

つまり、その評価は、贔屓目に言っても高くない――どころか、有り体に言えば最低だ。


 スライムの従魔では満足に闘うこともできず、冒険者になったところでせいぜいが薬草取りやポーターのまねごとが精一杯。

初心者同士で臨時のパーティを組んだとしても、すぐに足手まといになって捨てられる。(いわん)や、固定パーティを組んでもらうなどということは夢のまた夢でしかなかった。


 それでも彼は、スライムの従魔を別の何かに変えようとは思わなかった。

従魔師になるまでの6年間で、ポコはすっかり彼の家族になっていたからだった。


 ∽━…‥・‥…━∽


 どうにか山の斜面を登り切って、少し平坦な場所にたどりついたアルダは、どさりと背中の荷物を下ろすと、深く息を吐いた。


「おい、なにを休んでいる。さっさと野営の準備をしないか。すぐに暗くなるぞ」


 そう話しかけてきたのは、高価そうな鎧に身を包んだ騎士然とした男で、向こうに座っている貴族の坊ちゃん風の男――キリーク様と呼ばれていたっけ――に傅いていた4人のうちの一人だった。近衛ってやつだろうか。


「あ、すみません。すぐに」


 アルダはその男を見上げると、急いで立ち上がって、荷物をほどき始めた。男は、ふんと鼻を鳴らすと、自分の主の方へと歩いて行った。


「僕はガイドとして雇われたはずなんだけどなぁ……」


 確かにガイドが、食事の用意をする場合もないとは言わないが、それには契約が必要だ。アルダは、まったくもうと思いながらも、仕方なく食事の準備を始めた。

ここで言い争っても、ろくなことにならないことは分かり切っていたからだ。


 向こうでは砂の牙の連中が、腰掛けてくつろいでいた。


「……まあ仕方ないか」


 頭の上では、ポコが「不条理なのはいつものことさ」とアルダを慰めるように震えている。

そうしてアルダは、もくもくと一人、野営と食事の準備をした。幸い、キリークが食べる料理は、向こうの側近が準備をするようだった。


 貴族が食べる料理なんか作ったことのなかったアルダは、それだけでも助かったと胸をなでおろしたのだった。


 ∽━…‥・‥…━∽


 キリークが食事を終えて、休むためにテントに移動した後、他のメンバーはたき火を囲みながら遅い食事をとっていた。


「スライムが従魔ねぇ……そんな使えない魔物はさっさと使いつぶして、他の魔物に乗り換えた方がいいんじゃないの?」


 パーティの回復役で紅一点のパーラーが、特に悪気もなさそうに、そう言った。


「だめだめ。こいつの職業レベルじゃスライムくらいしか契約できないんだって」


 リーダーのサリュートは、アルダを雇うときに、そのステータスを確認していた。ただ、勝手にそれをあかすのはマナー違反もはなはだしいのだが。


「ええ? もう何年も従魔師なんだよね?」

「あはは……」


 アルダは適当に愛想笑いをしながら、器のスープを飲み干した。


 ステータスには、いわゆる強さの象徴であるレベルとは別に、職業自体のレベルが存在している。

 

 従魔師が従えられる魔物は、例外もあるが基本的には職業レベル以下のものだけだし、それが低いうちは、従えられる数だって1体だけだ。

 

 従魔師の職業レベルは、魔物と契約したり、従魔を育てることで上がっていくが、職業レベル1で従えられる魔物は弱いので、従えたところで、それを使って効率的にレベルを上げることなどできはしなかった。


 だから、最初のうちは、契約後、すぐに無理矢理戦闘させるのだ。

勝てばラッキーだし、負けても次の魔物と契約すればいいわけで、それを繰り返すことで、職業レベルを上げて行くのが普通だった。そうしてより強い魔物と契約することで、更なる高みを目指すのだ。


「まあ、昔からの付き合いだし、僕らは友達ですから」


 そう答えるアルダの頭の上で、ポコが嬉しそうにぽよんと震えた。


「スライムが友達ねぇ」


 お前、友達いなさそうだもんなと言った目つきで、パルクルが呟く。パルクルはこのパーティの盾職で、重戦士の職業持ちらしい。

 最後のひとりのメンバーは、大柄な前衛職のベッセルだ。寡黙な人で、今も黙々と食事を続けていた。


 何しろポコと契約したのはアルダが4歳の時だ。当然レベルは1だったし、職業レベルに到っては存在もしていなかった。

 あれから10年が経ったけれど、戦闘なんか危なくてさせられないし、従魔師の職を得た時だって、6年も一緒に育ったポコとの契約を破棄するなんて考えもしなかった。

なにしろ、一度解放した魔物と、もう一度契約できるなんて話は聞いたことがなかったからだ。アルダは、ただポコと一緒にいたかったのだ。


 それにポコが弱い魔物だと言っても、従魔師にはレベル補正というスキルがある。

従魔のレベルに(現在の職業レベル÷契約時のレベル)の補正が加えられる、一見すごそうなスキルだ。アルダがポコと契約したときのレベルは1だから、なんと補正が1が付いて、今のポコのレベルは2になっているはずだ!

つまりアルダの職業レベルは未だに1だってことなのだけれど……


 皆に弄られながらも、アルダは、「あはは……」と笑ってやり過ごしているだけだった。


 ∽━…‥・‥…━∽


「しかし、あの坊ちゃん、どうしてこんなに急いでいたんだろうな?」


 アルダが食事の後始末を始めたころ、パルクルが不思議そうに、そう言った。

今回の依頼は、支払い自体は美味しかったが、手続き自体はあまりにも不自然だったのだ。


「面倒に巻き込まれるのは御免だ」


 いままで何も話さなかった寡黙なベッセルが、ぽつりとそうこぼした。


「さあな。詳しいことは分からんが、あの歳じゃまだ学院生だろ? 夏の休みが終わるまでにケイに戻らなきゃいけないとか、そんな理由じゃねーの?」


 サリュートもパルクルが言っていることはもっともだと感じていたが、何しろ払いが良かった。

そんなことはおくびにの出さなかったが、ライルの怪我が長引くようなら、いかにCランクと言えども手元不如意になりかねなかったのだ。


 キリーク・レッドリーフは今回の依頼主だ。


 依頼内容は、遺跡山(オロン・エリン)――アルダたちの住んでいるソーナスの街の近くにある丘陵地帯だ――の魔物の調査で、それ自体はそれほど珍しいことではない。


 エルニル連邦の西側、つまりアラノール大陸の西側には、暗黒の森(エリンヴォルン)と呼ばれる不可侵の大森林が広がっていて、魔物の世界を形作っていた。

 レッドリーフは、エルニル連邦の西の果てにある、ファーインレット領を治めている領主で、エルニル連邦内の序列としては辺境伯を拝していた。

つまり、暗黒の森と接している、この領国の連邦内での役割は、暗黒の森の脅威から連邦を守る盾になることなのだ。


 そして、ファーインレットの中でも、もっとも暗黒の森に近い場所にある街がソーナスだ。

 

 ソーナスは、数多くのアラノール時代の廃墟が点在しているところから遺跡山と呼ばれている、魔物と人の世界を隔てる丘陵地帯の調査や監視を行うために作られた集落が大きくなった街で、今でもその役割を果たしていた。


 暗黒の森と人間の世界の間は、アラノール時代に作られた、『境界(エトペル)』という結界のようなもので区切られていると言われていた。もっとも、それは荒い網のようなもので、小物はそれほど影響を受けずに通過させてしまうということだ。

 それに、アラノールが滅亡してから、長い時間が経っているため、あちこちでその効果が薄れてきているのではないかとも言われていて、ことに遺跡山はその効果が薄い地域として知られていた。


 そのため、遺跡山には、時折ゴブリンやオークの集団が住み着くことがあり、この集団を放置しておくと、さらに『境界(エトペル)』の力が弱まって、ついには上位種の侵入を許して大きな被害をもたらすことになる。ゆえに、この山のモンスターは定期的に調査され間引かれているのだ。


 とは言え、それでもキリークの依頼は、あまりにも突然すぎた。


*1) この世界(アラノール大陸)の暦

1年は6期に分けられる。1期は60日。1期は6節に分けられ、1節は10日。

各期には名前があり、1/18なら、プリメラの18、またはプリメラ2節の8と呼ばれる。1/10ならプリメラ1節の10となる。

省略表記として、各々、1-18, 1-2-8 と書かれる。


1(プリメラ) 1-1が新誕祭。人は皆0基点の数えで歳をとる。

2(セグンダ)2-30が春分。

3(テルセラ)3-60が夏至。

4(クアルタ)

5(クインタ) 5-30が秋分。

6(セクスタ) 6-60が冬至。


現代日本の暦への置換は、1~6期が1月~12月の2ヶ月毎に対応し、日を30で割った余りから10を引くと大体同じ日になる。

テルセラ6節の1は、日本で言うなら、6月11日ごろ。


なお時間は、地球と同じ24時間で、単位も時間・分・秒を採用しています。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白いです。頑張って下さい。
[気になる点] ❭テルセラ6節の1は、日本で言うなら、6月11日ごろ。 6節なら6月21日ではないのかな? 3期目の最終節だし。 Dジェで慣れているとは言え、一行目から注釈付きでしかも理解に苦しむ内…
[良い点] お、新作ですか。 夢で見た物語を形にって出来そうで出来ないですよね。 とりあえず書き留めては置くんですが、あとで読んでもなんのこっちゃな内容だったり(笑) [一言] これからも楽しみにして…
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