第一章・第三話 レギオン士官学校特待生入試
≪レギオン≫の士官学校。
それは此度の大遠征に備え、急遽設けられた教育施設だ。
何しろ百万単位の軍。
兵も足りないが、同様にこれを統率する下士官も不足している。
そこで一年後の大遠征を目標に、現場指揮官として使い物になるよう、徹底的に教育するそうだ。
まあ俺としては、≪アビス≫に行けるならどちらでもいいが、しかし権力は有って損になるものじゃない。
兵より下士官の方が選べる行動も多いだろう。
「レギオン士官学校≪特待枠≫入試は、≪レギオン≫の特殊演習場で行われる。これから馬車でお前達をそこへ連れていく」
ベイズに導かれるまま、俺は軍用馬車の荷台に乗り込む。
中にはすでに十人ほどの受験者が、馬車の両脇に身を寄せ合っていた。
俺は小柄なので、何とか僅かな隙間に滑り込んだ。
すると隣の女性が顔を顰める。
「あらなによ貴方。またずいぶんと小汚い格好ね」
俺より少し年上か。
よく手入れされた長い赤毛。
傷一つない高そうな装具。
どこかの国の貴族だろうか。
「一体誰の推薦かは知りませんけど、身なりくらいは整えたらどうですの。そんなドブネズミみたいな有様では≪特待枠≫推薦をしてくれた団長の顔が立たないでしょうに」
「推薦? 団長? なんのことだ?」
「≪特待入試≫は≪レギオン≫に100ある師団のうち、師団長誰かひとりの推薦がないと受けられませんのよ。そんなことも知りませんの?」
初耳だった。
いやそもそも≪特待入試≫なんてものがあること自体知らなかったから当然なんだが。
俺はあの検査官にこっちに連れてこられただけだ。
とすると彼が師団長なのだろうか。
……あまり強そうにはみえないが。
しかし、
「ともかく、あまり私に近づかないでくださいませ」
わからない事だらけでも、隣の少女が俺のみすぼらしい格好に嫌悪感を抱いているのはわかった。
一応洗って清潔にはしているが、染み付いた汚れはなかなか取れない。
ここ数年気にする人目もない生活を送ってきたから忘れていたが、目に見える不衛生さをそのままにするのは周囲への配慮に欠ける。
これは俺の落ち度だ。
だから俺は彼女に向き直り、目を見て謝罪した。
「俺の格好で不快な思いをさせたならすまない。長く人里を離れていたので持ち合わせがなかったのだ」
「…………っ」
「≪レギオン≫に入隊すれば給金が出ると聞いている。その金で装具は改めるつもりだ。今は見逃してもらいたい」
「……、ベ、別にそこまで気になってるわけではありませんけど」
目を見て謝罪すると、彼女は一度驚いたように目を見開いた後、顔を赤らめ目をそらしてしまった。
嫌われたか。
どうも俺は第一印象が良くないらしい。
ガリアで道を聞いたときも同じような反応をされた。
……たぶんこの顔なのだろうと思う。
懲役検査でもからかわれたが、俺の顔は結局15になっても男らしくならなかった。
背も伸び切らず、体もほそっこいままだ。
この顔の作りも女なら自慢できるかもしれないが、男では気持ちが悪い。
なよなよしてる感じがして、俺は嫌いだ。
俺だってソルのようなカッコイイ男になりたかった。
でも、どうも俺にはそういう資質がなかったらしい。
長い髪を切れば多少はましになるかもしれないが、この髪はミスティとウィンリィが好きだと言ってくれたものだ。
あの二人と再会するまで、残しておきたい。
たとえ再会するのが骸であっても。
「そうだ。いいものを差し上げますわ」
と、俺が自分のコンプレックスについて考えていると、彼女は手帳を取り出し、何かを書きはじめる。
メリル・アン・クロイシュ。
名前だろうか?
そしてそのページを千切ると、俺に渡してきた。
「もしお金があんまりないなら、これを持ってガリア首都のネルトリンゲン商会を尋ねなさい。母方の親戚がやっている店ですの。いい装備が安く買えますわよ」
「……いいのか?」
「っ、あ、貴方が顔立ちのわりにあまりにみすぼらしい格好をしているから、気になっただけですわっ」
驚いた。
俺のみすぼらしさにあきれて、気をまわしてくれるとは。
どこにでも優しい人間がいるものだ。
「ありがとう。とても助かる」
「っ……! ふ、ふん。お礼は良いわよ。それより貴方の名前を――」
と、そのときだった。
「おやぁ? この馬車はずいぶんといい匂いがするなぁ。なんでかなぁ?」
馬車が動き出す直前、一人の女が荷台に上がってきた。
女の子だー!
ついに女の子たちの登場です。
前話がおち●ちんランドだっただけになんという清涼感。
まあ女の『子』ってのは作者から見た話しで、ジークから見れば大抵お姉さんなんですけどね。ええ。




