第一章・第二話 徴兵検査
案内された天幕では、裸の男たちが身長や体重を計っていた。
流石に自ら望んで徴兵検査を受けに来ている者達だ。
皆、逞しい体格をしている。
結局大して身長が伸びなかった俺からすれば羨ましいことだ。
俺がその天幕に入ると、
「……またずいぶんとヒョロっこいガキだな」
検査官と思われる中年男が、ねめつけながら俺のコンプレックスをついてきた。
その悪態が周囲の注目を集め、
「え? 女?」
「いや男だろ体つきが」
「ハハ。またずいぶんと可愛いのが来たもんだ」
「お嬢ちゃん。迷子か? ハハハッ」
ゲラゲラと男たちが嘲笑する。
まあ気にするようなことじゃない。
俺の顔つきが男らしくないことや身体が小さいことは事実だが、それを口にされたところでなにがどうなるというわけでもないんだ。
俺にはこの身体しかない。
しかし、
「≪レギオン≫は遊びじゃねえ。帰んな」
周りの連中はともかく、検査官がこれでは困る。
「遊びじゃないことはわかっている」
「いいやわかっていない。何もわかっていない。ここはお前のような女も知らねえようなガキが来ていいところじゃねえ」
「おいおいオッサンいいじゃねえか。検査くらいしてやれよ~」
「そうだそうだ。さっさとストリップしろよカワイコちゃん」
「キサマらは黙って自分の検査をしてろ!!」
検査官は下品なヤジを怒鳴りつける。
それから俺を追い払うように手を払った。
「とっとと家に帰って親孝行でもしな」
……たぶんこの検査官は善意で言っているんだろう。
だが悪いが余計なお世話だ。
俺はちゃんと募集条件の満15歳を満たしているし、なにより、
「親は死んだ。ミッドガルドで」
「……!」
「俺に出来る親孝行は復讐だけだ」
「…………服を脱げ」
話の分からない頑固おやじというわけでもないようだ。
俺は言われた通り、その場で装具を脱ぐ。
途端、周囲が口笛を吹いたり、手拍子を打ってはしゃぎ始めた。
俺をからかっているのだ。
だが……手拍子も口笛もからかいも、すぐに聞こえなくなった。
誰もかれもが俺を見て青ざめている。
理由はわかる。
俺の身体だ。
五年間、俺は≪悪魔≫がそこら中に跋扈する≪アビス≫の『第三深度』にいた。
当然、何度も傷を負い、何度も死にかけた。
≪悪魔≫の巨大な角で腹をえぐり取られたこともある。
酸で焼けただれたこともある。
牙で喰い千切られたこともある。
そのすべてが古傷になって、俺の身体に残っているのだ。
検査官が信じられないものをみる目で尋ねてくる。
「お前、一体何をしてきたんだ……」
俺は正直に答えた。
「何もできなかった。だからこのザマなんだ」
この傷は俺の弱さの証だ。
あまり他人に見せたいものじゃない。
だが、俺がただの子供ではないことをわからせる役には立ってくれた。
「………………身長と体重を計ったら、問診と≪アナライズ≫を受けろ」
「わかった」
俺の身体が気持ち悪かったからだろう。
周りの連中はそれっきり、遠巻きに俺を見てひそひそ話すだけで絡んでることはなくなり、身体測定はスムーズに終わった。
身体測定の後は、数分簡単な問診を受け、健康状態をチェック。
最後に≪アナライズ≫でステータスを調べて、徴兵検査は完了した。
検査で問題が見つからなければ、そのあとは別会場に移動し、≪レギオン≫の入団試験を受けることになるらしい。
だがその移動の段になって、俺だけが先ほどの検査官に呼び止められた。
「ジーク・トリニティ。お前は行かなくていい」
「何故だ」
まだ帰れというつもりかと、苛立ちを感じながら睨みつける。
だがそういうわけではなかった。
彼は言った。
「お前には、別会場で士官養成学校の≪特待枠≫入試を受けてもらう」
×××
数分前。
徴兵検査で志願者のステータスを計る係の白魔法士が、検査官ベイズの下へ駆け込んできて、驚きを隠せない表情で彼に言った。
「ベ、ベイズ検査官……! これを見てください……!」
そう言って彼がベイズに見せたのは、先ほどベイズとひと悶着あった少年の≪アナライズ≫結果だ。それを目にして、ベイズは絶句した。
名前:ジーク・トリニティ
年齢:15歳
性別:男
ATK:999
DEF:999
DEX:999
SPD:999
INT:999
「…………」
「こんなステータス、長く白魔法士をやってますが見たことがありません!」
「……ただ、あの子なら納得できる」
「え? どういうことですか?」
「お前もあの身体を見ただろう」
「ああ、すごいキズでしたね。顔があんなにきれいなのにもったいない――」
「そうじゃない」
そっちではないとベイズは言う。
「ぱっと見こそ細く小さい印象が強いが、よく見れば豹のような無駄のない筋肉の鎧を纏っている。それに計測結果を見てみろ。体重の項目だ」
「……あれ? 言われて見れば、見た目に反してかなり重いですね」
「あの見た目で60キロはかなりどころじゃないぞ。恐ろしいほどに高密度な筋肉を搭載している証拠だ。ああいう筋肉は普通の鍛錬では身につかない」
力強く、しかし鈍重になることのない、パワーとスピードを両立させた戦うための肉。
それはもはや『進化』だ。
そういう身体が求められる環境――すなわち命を賭けた死線に身を置き、自らを研ぎ澄ませ続けなければ、あんな体は作れない。
「……あの少年、何者なんでしょうか」
「わからん。……ただ、トリニティという名は聞いた覚えがある」
ベイズは思い出す。
確かいつぞやかのオーレリアとガリアの交流演習。
その打ち上げでオーレリアの兵が口にした、ミッドガルド最強の傭兵団の名だ。
あの少年がその名を持っているのは偶然か、あるいは関係者なのか。そこまではわからないが――、
ともかくこんなステータスを見せられた以上、彼を普通の入団試験に連れて行くのは時間の無駄でしかない。
「この少年はレギオン士官学校の≪特待枠≫入試会場へ連れていく」
「だ、団長の推薦もなしに、ですか?」
「事後承諾になるが今から取り付ける」
ベイズは言い切った。
「どうせ、――埋もれられるような力じゃない」




