第一章・第九話 ≪アビス≫への誘い
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「はいよ。かけうどんお待ち」
「おー。サンキューおばちゃん。ジーク、これ知ってるか? ゼラウム大陸の清って国の料理なんだが」
俺と同じテーブルに移動してきたサングラスの男の下に、椀が運ばれてくる。
のぞき込むと、薄黒い汁に白い麺が浸かっていた。
見たことのない料理だ。
「いや。初めて見る」
「しこたま飲んだ次の日に食うと神の味なんだわこれが。――うん。うめぇ。ジークも食ってみるか?」
「いや。俺はもう朝食は済ませたから結構だ」
俺がそう返すと、隣に居たメイドがすこし慌てたように口をはさんできた。
「ジーク様。こちらは≪レギオン≫第十六師団長を務めておられるギャスパー・ギース様です。士官学校の学舎はレギオン本部ともつながっていますので、本部の方々もよくお見えになります。
……ですから、少し言葉遣いには気を付けてください。ギャスパー様達はジーク様の上官であり、教師ですので」
ああ、そうか。
あんまりにも長い間≪アビス≫で暮らしていたから、忘れていた。
ウィンリィも、年上の人には敬語を使いなさいと言っていたっけ。
「これはすまない――いや、すみませんでした」
こんな感じでよかったっけ?
たどたどしく謝った俺に、ギャスパーと呼ばれた男はカラカラと笑った。
「別にいいよオレは。そういう軍隊のカタッ苦しいのオレも苦手だしねぇ」
そして麺を器用に啜りながら、俺に話を振ってくる。
「ジーク。お前のことは聞いてるぜ。なんでも≪特待入試≫で黒の第五階梯をたった三小節の圧縮詠唱でぶっ放して、試験会場の≪悪魔≫を三分の二も消し飛ばした挙句、負傷した受験生を≪ヒール≫で助けたとか」
「そのとおりです」
「――ぷはっ」
肯定するとギャスパーは堪えかねたように噴き出した。
「その通り、と来たか。認めちゃうわけだぁ。コイツはすげぇや」
なんだか小馬鹿にするような調子だ。
何か俺、変なことを言ったか?
「いやぁお強いお強い。超高速詠唱で黒と白をどっちも使いこなすなんて、師団長クラスにも出来ないことだぜそいつは」
ああそうか。
そういえば昔、ウィンリィとミスティに言われたことがある。
俺はこの世でただ一人、白魔法と黒魔法のどちらもを使える全魔法士だと。
ギャスパーはそのことに疑いを持っているのだろう。
だとしたら、あまり良くない。
メイドとかならともかく、彼は≪レギオン≫の師団長。つまりこれから共に戦う俺の仲間ということだ。互いの実力はちゃんと把握しておくべきだ。
「お前みたいな天才が≪レギオン≫に入ってくれれば、大遠征は成功したも同然だぜ。いやー頼もしいねぇ」
「それは≪アビス≫を甘くみすぎだ。……です。俺は一人で五年間『第三深度』で粘っていましたが、結局『第四深度』の攻略は出来なかった。俺一人で出来ることなんてたかが知れています」
「――く、くく、ハハッ。この上『第三深度』と来ちゃったかぁ。盛るなぁ。設定特盛だねぇジーク。面白い。でも『たかが』なんて謙遜することはないぜ。黒も白も扱えて、そのうえ『第三深度』で五年も生き抜いた勇者だ。オレなんかよりずっと強いんだから」
「はい。それは間違いなく」
「ジーク様!?」
正直に答えると、窘める様な口調でメイドが口を挟んできた。
「師団長にそんなことを言ってはいけませんっ。失礼ですよっ」
「……失礼? 敬語は使ったが」
「そういう話ではなくっ」
「彼は俺の上官なのだろう。そんな人間相手に実力を誤魔化す必要はない」
他の師団長は知らないが、少なくとも目の前の彼よりは俺の方がはるかに強い。
それは見ればわかる。
「そこを共有しておかなければ、作戦に支障が出るだろう」
「ハハハハハッ! こいつはイイや!」
途端、ギャスパーが手を打って笑いだす。
「いやいやジークの言う通り。仲間同士で隠し事なんてする必要はない! お前は正しい! これからの≪レギオン≫を背負って立つ人材はこうじゃねえとな!」
どうやら彼は俺の考えを汲んでくれたようだ。
事実報告にもいちいち忖度をしないといけないようではたまらない。
柔軟な上司の存在はありがたい。
「……そんな強いお前に折り入って頼みがあるんだが、聞いてくれるか?」
ふと、ギャスパーが身を乗り出し、俺に囁いてきた。
「なんでしょうか」
「実はな、≪レギオン≫は今、来る大遠征に向けて『第三深度』の情報を集めるため、『第三深度』に複数の観測所を作ってるんだが、そこの観測所の一つからの定時連絡が途絶えたんだ」
「何時から?」
「三日前だ。――で、本部からオレにこの調査命令が来たんだが、代わりにお前に行ってきて貰いたいんだ」
「ギャスパー様!? ジーク様はまだ士官候補生ですよ!?」
「こーいうのはより強い人間が行った方がいいに決まってるだろぉ。適材適所ってやつさ。なあ? お前もそう思うだろ。ジーク」
全くその通りだ。
早速、実力を隠さなかったことが生きた。
俺にこれを断る理由はない。
「わかりました。俺が様子を見てきます」
「ジーク様!?」
「彼の言うことが正しい。この話、『第三深度』に慣れている俺が一番適任だ」
「ハイ決まりー! いやー頼もしい後輩を持ってオレは幸せだぁ! ハハハッ!」
こうして俺はオリエンテーションをいったん中止し、『第三深度』の観測所に向かうことになったのだった。
×××
「信じられません。士官候補生に調査任務を押し付けるなんて。人間性を疑います」
ジークが押し付けられた任務のために立ち去った後、彼付のメイドマーガレットはベールの下からギャスパーを睨んだ。
「そこまで言うことないだろー」
「この件はあとで本部に報告させていただきますから」
「おおこわいこわい。別にいいじゃねえのよ。大体本人だって言ってたじゃん。自分の方がオレより強い。自分の方が適任だってさ」
「そんなの嘘にきまって――」
「嘘じゃねえさ」
「え」
普段から軽薄なギャスパーにしては珍しい、真剣な声音で彼は言う。
「最初はオレも試験官のオッサンの頭がおかしくなったんだと思ってたがな。でもオレだって傭兵としてそれなりに場数をくぐってきてる人間だ。
纏ってる雰囲気を見れば≪アナライズ≫なんか使わなくてもある程度の実力はわかる。
直に逢ってわかった。アイツとんでもなくツエエよ。ダリアちゃんとかとおんなじ雰囲気を纏ってる。
……ただ、『運』の方はどうかな?」
「運?」
「≪アビス≫を生き抜くのに最も大切なもんさ」
ギャスパーは服のポケットからカードを取り出す。
彼が好きな賭博に使うトランプだ。
彼はそれをショットガンシャッフルで混ぜながら、言う。
「今回定時連絡が途絶えた≪β34観測所≫に詰めていたのはさ、第九師団長のゲイル・スタッフォードとその精鋭だったのよ」
「っ!?」
「オレは運よくこのヤベエ任務をオレよりお強いジーク君に丸投げできた。でも、オレの代わりに≪β34観測所≫に行くことになったアイツの運は、はてさてどんなもんだろうな」
そしてやりすぎなくらい混ぜたカードの山、その一番上をめくる。
それを一瞥し、ギャスパーは失笑する。
「あらら。お気の毒」
現れたのは死神の札。
禍々しい悪魔が描かれたジョーカーだったからだ。
現在AM3時・・・なんとか今日も一話完成・・・
ストックがもう切れてるので安定更新は出来ないかもしれませんが
可能な限り早く書き続けまする・・・!
更新予約しておやすみなさい。。。




