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第一章・第八話 レギオン士官学校オリエンテーション

「レギオン士官学校へのご入学おめでとうございます。ジーク様」


 俺の下に合格の知らせを持ってきたのは、≪レギオン≫の紋章を刺繍したベールで顔を隠したメイドだった。


「これからわたくしマーガレットがジーク様を士官学校までご案内しますので、準備が出来次第お声掛けくださいませ」


 俺よりも背が小さい。

 年下だろうか。

 ともかく、俺は別に荷物なんて持ってきてはいなかったので、すぐに宿を出た。


 そのあと船に乗り、五日ほどの船旅を経て俺たちは到着する。

 人類が一度は放棄した土地。

 ミッドガルド大陸に。

 水平線の向こうに見える港町を指し、メイドのマーガレットが言った。


「ジーク様、見えてきました。あれがミッドガルド唯一の街にして、人類の『最前線基地』、城塞都市≪エインヘリアル≫でございます」

「ああ、知っている」

「もしや≪エインヘリアル≫は初めてではないのですか?」


 俺は頷く。

 食料は≪アビス≫で自給自足していたが、やはり剣や防具といった装備は自分ではどうにもならない。

 そういったものを調達するのに、俺はこの≪レギオン≫が作った都市≪エインヘリアル≫を利用していた。


「世界各国の物資が集まる面白い場所だ」

「まさしく。≪エインヘリアル≫は何処の国のものでもない、≪レギオン≫加盟国の共同都市でございます。故に関税が存在せず、世界中の物資が集まってくる商いの都でもあるのです」


 確かに、≪エインヘリアル≫で買えないものはない。

 珍しい食べ物も、金属も、宝石も、人間だって買える。

 恐ろしいことに闇市のほうにいけば≪悪魔≫すら売っているくらいだ。


 もちろん≪レギオン≫は≪悪魔≫の生体販売を禁止しているが、禁止しているからこそ相場が高騰しうま味が増す。

 まったく、逞しいというか、怖いもの知らずというか。


「よろしければ道中、街の案内をいたしましょうか? まだ朝の八時ですから、時間にも余裕がございますし」

「いやいい。観光には興味がない。すぐに目的地へ連れて行ってくれ」


 見知った土地だ。

 今更回りたいところもない。


「かしこまりました。……せっかく予習したのに(小声)」

「ん? 何か言ったか?」

「いえ。なんでもありません。それでは学舎のほうへご案内いたします」


          ×××


 ここエインヘリアルは≪レギオン≫の規模拡大に比例し拡張に拡張を重ねた結果、実に六重の高い城壁に覆われた、不格好な多層構造になっている。


 中心であり中枢の第一層には≪レギオン≫の本部があり、隣接する第二層には≪レギオン≫の関係施設や、≪レギオン≫に協力している≪国錬(国際錬金術研究機関)≫の出張所などが入っている。


 士官学校もこの第二層に存在していた。

 

「ここが大遠征で小隊を指揮し≪アビス≫に挑む勇者を育てる学び舎。≪レギオン≫士官学校です。

 ≪レギオン≫本部と連結した場所にあり、有事の際は司令部の一部としても機能できるようになっています」


「ずいぶんと豪奢な建物だな。士官学校にここまでの装飾をする意味はあるのか」


「はい。士官候補生は剣術、黒魔法、白魔法、いずれかが扱えなければ推薦を受けることが難しいので、これらを学べる裕福な家庭――特権階級のご子息が必然的に多くなります。

 なので、施設もそれなりのものを用意しているのでございます」

「…………」


 そうか。

 剣術や魔法にはそんなに金がかかるのか。

 それを惜しみなく与えてくれたあの三人にはどれだけ感謝してもし足りないな。


「それではまず寮舎である≪白鳥館≫へ向かいましょう。手荷物を自室に置いた後、学校施設のオリエンテーションを始めます」


 士官学校学生寮は学舎のすぐ向かいにあった。

 長い翼廊を広げた、輝くような白い壁面の三階建ては白鳥の名にふさわしい。


 無数の窓にはすべてガラスがはめ込まれていて、貴族の大邸宅かと見まごうばかりの外見だ。


 そしてその絢爛さは外見だけではなかった。

 内装も外見準拠だ。

 長く伸びる大理石の廊下には臙脂色の絨毯が敷かれ、高そうな絵画や彫刻が衛兵のように立ち並んでいる。


 通された自室もこれまた豪奢で、精緻な彫刻や金細工の施された調度品が備え付けられていた。

 とくに目を見張るのは天蓋付きの、人間が三人は一緒に眠れそうなベッドだ。


「……この部屋を俺一人で使うのか」

「はい」


 恐る恐る尋ねる俺に、メイドは即答を返す。……マジか。


「……なんだこのベッドは。沈む……。とんでもなく柔らかいぞ」

「良質な羽毛で知られるハンブルク王国産のベッドです。包み込まれるような極上の寝心地で、皆様の疲れを癒してくれるでしょう」

「寝心地……」

「それと、士官候補生の皆様には、雑事を忘れて勉学と訓練に勤しめる様、専属のメイドがあてがわれます。

 ジーク様付のメイドはわたくしマーガレットになりますので、掃除、洗濯、買い物、――ご用の際は何なりとお申し付けください」

「あ、ああ……」


 おかしい。

 俺は≪アビス≫にもう一度挑むために軍隊に入ったはずなのに、なんだか貴族みたいになっているのは何故なんだ。

 困惑を引き摺ったまま、俺は学舎のオリエンテーションを受ける。


「ここは最新の肉体工学に基づいたトレーニングが行えるトレーニングルームです。

 隣にシンラ王国から派遣された一流の按摩士が控えていますので、トレーニングの後はぜひご利用ください。ちゃんとしたアフターケアはトレーニングの効果を倍化させます」

「…………」


「こちらは魔法の研鑽を行うための図書室です。古今東西、あらゆる国の魔法の知識がここには集められています。

 奥には瞑想専用の暗室があり、そこは極めて完璧に近い防音が施されているので、皆様の集中力を極限まで高める手助けをしてくれるでしょう」

「…………」


「ここは中庭です。休憩時間にご学友と談笑されるのもよし。昼休みに芝生の上で昼寝するのもよし。恋人とのちょっとしたデートにもよし。ご自由に活用してください。

 ああ、わたくし達スタッフに事前にお話しいただければ、バーベキューパーティなどのちょっとしたレクリエーションイベントも実施できますので、なんなりとお声がけください」

「……至れり尽くせり、というやつか」


「そしてここが士官学校の食堂になります。様々な国からいらっしゃる士官候補生の皆様のニーズにお応えすべく、世界各国の一流シェフが勤務しています。

 一応その日その日の定食もございますが、注文すれば大抵のものは作ってくれます。エインヘリアルには世界各国から色々な食べ物が集まってきていますから。

 そういえば港から真っすぐここに来たので、朝食がまだでしたね。丁度いいので済ませてしまいましょう。ジーク様、何かリクエストはございますか?」


「……なんでもいい」

「かしこまりました」


 しばらくするとメイドが俺の座るテーブルに焼いた小麦のパンに薄切りベーコン、瑞々しいレタス、トマトを挟み、卵黄のスパイスソースで味をつけたサンドイッチを運んでくる。


「とても美味しいトマトが南のモスマン大陸から入ってきたそうなので、BLTサンドを作ってもらいました。どうぞお召し上がりください」

「……いただきます」


 歯を入れると「バリッ」と軽快な音と共にカリカリに焼けたパンの外側が砕け、もちもちの内側の弾力が舌を喜ばせる。

 喰い千切り、噛み締めると、シャキシャキとしたレタスとトマトの甘さが口の中いっぱいに広がり、それをベーコンの塩味とソースの酸味が引き締めている。


 ……美味い。

 美味すぎる。

 小麦のパンなんて数年ぶりに食べたが、記憶の中にあるものより断然美味い。


 これは、ダメだ。


「この後は教室と大講堂、そして聖堂の三か所を回る予定ですが、ここまでの施設の利用方法について、ご不明な点はありませんか? なんなりとお尋ねください」

「……いや。大丈夫だ」


「なによりでございます。士官候補生の皆様が大遠征までの間、勉学と鍛錬に励めるようわたくし達スタッフ一同も全力で応援いたしますので、どうかこの場所で力をつけて、≪アビス≫に打ち勝ってくださいませ」

「……どうだろうな」


「どう、とは?」

「率直に言って、こんな場所で育った連中が≪アビス≫で役に立つとは思えない」


 メイドに言っても詮無いことだとは思うが、つい口をついてしまった。


「それは、どういう意味でしょうか?」

「過保護すぎる」


 それは学舎の外観を見たときから思っていたことだ。


「トレーニング設備はまだいい。基礎も身についていない人間には必要なものだ。だがあの寮室はいただけない」


「わたくしには、非の打ちどころのない立派な設備に思えますが」

「だからこそだ。毎日あんなベッドで眠っていては夜営で眠れなくなる。早々に身体を壊すぞ。そしてこの飯もだ。美味すぎる」


「美味しいと、ダメなのですか?」

「≪アビス≫の食い物は基本的に不味い。特に『第三深度』からは食い物自体が少ない。こんな文化的な生活に浸っている人間が、虫や蛇を喰えるとは思えない」


「む、虫!? で、ございますか? いえ、それは、食べるものではないのでは……」

「そういう反応になる」


 環境のストレスが人間の精神にもたらす影響は馬鹿にならない。

 ≪アビス≫の環境は最悪中の最悪だ。

 何しろ人類の生存圏の外側なのだから。

 

「こんな環境が当たり前になっている人間がいけば、ストレスだけで発狂しかねないぞ」


 ≪悪魔≫と戦う以前の問題だ。

 まさかベッドとシェフを持って≪アビス≫に往くつもりではないだろうな……。


「それにしてもジーク様はずいぶんと≪アビス≫に詳しいのですね?」

「五年ほど住んでいた」

「はい?」


 俺の言っている言葉の意味が理解できなかったのだろう。

 メイドははてなと首を傾げる。


 別に隠すことでもないが、信じてもらう必要がある話でも無いので、俺はそこで会話を切ってサンドイッチを頬張った。

 そのときだった。


「あ゛~、頭いってぇ……、くそー。オレはもう二度と酒なんか飲まねェぞ。神に誓う」


 食堂の扉を押し開き、顔色の悪いサングラスの男が姿を現す。


「おやおや、ギャスパーさん。また飲みすぎかい?」

「ああ、おばちゃん。アレ作ってくれアレ。ちゅるちゅるする二日酔いで食うとめっちゃうめぇやつ」

「清国のかけうどんだね。ちょいとまってなー」

「ふぅー。…………うん?」


 男は俺の近くのテーブルに腰掛けると、そこでようやく自分以外の客がいることに気付いたようだ。

 俺達の方に顔を向け、尋ねてくる。


「あれ。もしかしてお前、士官候補生か?」

「そうだ」

「へぇ。またずいぶんと若いな。ダリアちゃんと同じくらい…………――」


 と、そこでサングラスの奥にうっすら見える男の目が細められた。

 まるで、何かに気付いたように。


「……お前、名前は?」

「ジーク」

「……へぇ。お前があのジーク君かぁ」


 答えると、男は無精ひげの残る口元を笑みの形にゆがめた。


ちょっと長い一話になっちった・・・


ついにブクマが30超え!

ポイント評価してくれた読者さんもいました

ありがとう!ありがとう!

読んでくれてる人がいるとわかるとやっぱりモチベがあがります。

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