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99/120

99 オトコ そのロマン

過去最長かもです。

細かい誤字修正を入れてあります。

 


「そういう訳でチカラを借りたい。報酬は出すからさ。」


「こっちからお願いしたいくらいだから報酬はいらないわ。」



「相変わらずオレ達の意思は無視かよ。」


「でも今回は私達も望む所だし良いんじゃない?」



 2014年10月4日20時10分。NTグループ会長のコンドウ邸に現れたマスターは、事件の説明と件の街への応援要請を行っていた。

 トウカは二つ返事でOKするが、後ろのハロウはブツクサ言っている。


 要請内容は市街のゾンビの除去と生存者の避難所への誘導。

 人員はハロウとヘミュケットを指名した。トウカとスイカ、さらに傭兵達は今回はお留守番である。


 対してNT側もその街に存在している会社と連絡が途絶えていた。

 報道は規制され自衛隊も出ていて、さらに現場には魔王の結界が張られていて手が出せなかった。なので是非とも調査をしたいところであった。


「うわ、何だこの群れ!?本当にここが日本なのかッ!?」

「まるでアメリカの漏洩事件を思い出すわね。」


 そんなわけで諸注意を受けた上で某県某市に降り立った2人だったが、初っ端からゾンビのバーゲンセール状態の場所、街の南北に伸びる大通りに下ろされた。位置的には駅からやや北側である。


「それでは頼みましたよ。生存者を発見したら街の中心の交差点にある避難所へ誘導してください。オレはやることが目白押しなので、ここで失礼するよ。何かあったらその端末で指示を仰いで下さい。」


「あ、おい!……行っちまったよ。」


「シュン、戦闘準備!ひさびさに大暴れが出来そうね!」


 360度ゾンビだらけの大通り。ヘミュケットはやりがいを感じて背中から翼を出し、爪も伸ばす。彼女は交通事故からの医療事故で吸血鬼になった女で、それ以降は意図的に化物を生み出す輩を滅ぼす事が大好物になったのだ。

 つまり黒幕だけでなく、感染を広げるゾンビもその対象となる。


「しょうがねぇ、社員の安否も確認しなくちゃ行けないしな!」


 ハロウは腰に下げた日本刀を抜いて構える。その見事な業物は緑色に輝く妖刀キヌモメン・ワビサビである。ついでに左目が赤くなり、心臓が戦闘モードに入り左の手足が硬化して鉄の防具を纏った様な状態になる。


「準備完了だ。今度こそミキモトをぶっ飛ばすぞ!」

「ええ、この身体の代償を支払わせてやるわ!」


 政府お抱えのライバル企業の不始末で自社に損害が出たのなら、落とし前は付ける必要がある。


 そう、2人は元々ミキモトグループに明確に敵意を持っていた。


「ヘム、まずはこの辺を片付けて系列会社を目指すそう!」


「了解、シュン!背中は任せて!」


 ハロウはゾンビの群れに妖刀を振りながら突撃し、ゾンビを空間ごと切り裂いていく。続いてヘミュケットは3mほど浮きながらコウモリ型の弾を次々と打ち出して、彼のサイドや背中を狙うゾンビの身体を破壊していく。


 10年前、当時のサイトの悪魔と共に世界中の製薬工場を襲った2人は当時以上のワザとチカラでゾンビを蹴散らしていくのであった。



 …………



「ハァハァ、上手く撒けたか?ハァハァ。思った以上にタフなヤツだったぜ……。ゼェゼェ。」



 21時。全力でメリーさんとの背面取り合戦を行っていたユウヤは、心身共に疲労が貯まって途中で隙きを見て逃げ出した。

 公園側へ向かう予定だったが東にズレて、駅から続く大通りまで来てしまっていた。


「ハァハァ、くそー、どんどんハグレて行くな。さっさと西に行ってメグミに合流しないと……今なら気づかれずに――」


「それはどうかしら!!」


 しゅばっとユウヤの背中にメリーさんが現れた。特に襲って来る事もなく、疲労困憊のユウヤを見てドヤ顔している。


「しつこいヤツだなっ!こっちはもう遊んでいる暇なんて無いんだからさっさと何処かへいってくれよ!」


「しつこいとは何よ!そっちから色々触っておいて、飽きたらポイ!?ニンゲンはいつもそうよね!」


「うぐっ。そう言われると強く否定はできないけど、少し休ませろ。人間は息を吸う生き物なんだ。すぅぅはぁぁぁ、すぅぅはぁぁぁ。」


「他の女の子相手にそんなに深呼吸しちゃってカノジョに知られたらどうなっちゃうのかしら?」


「誤解を招く表現はよせッ!それにメグミとはこんな事では何ともなりはしねえからよ。」


 強く主張するユウヤだったが、内心あのオーラが飛んでくるんだろうと確信していた。


「ふーん。そんなこと言って飽きたらポイするんじゃないの?私をすてたニンゲンみたいに。」


「どんだけネガティブ思考なんだよ。お前、そんなんだから捨てられ

 たんじゃね?」


「まぁ、なんて失礼な!おしとやかな、物言わぬ人形だったわよ!こうなったのは捨てられてから!持ち主に文句言うために、日本語だって覚えたんだから!」


「お、おう。なんだ、お前結構頑張り屋なんだな。」


「な、なによぉ。おだてても何も出ないんだからね!」


 脳もない人形が、恐らく海外から海を渡って生きていくというのは想像するだけで難しいだろう。いつからかは知らないが言語を覚えるとなれば相当な苦労があったハズ。


 それを素直に褒められてモジモジするメリーさん。


「「「グルルルルルル?」」」

「「「グロオラアアア?」」」


「おいおい、ちょっとヤバくなってきたみたいだぜ?こっちはガス欠間近だって言うのに……」


 大通りで浮気相手との痴話喧嘩のような口論をしてれば、当然ギャラリーの気を引いてしまう。彼らの周囲はゾンビだらけだった。

まだ距離は詰められてないが、そうなるのも時間の問題だ。



「わわ!ちょっと、どうするのよコレ!」


「よし、任せたぞメリーさん。オバケパワーでなんとかしてくれ。」


「ななななな、何勝手なこと言ってるの!?私だって消耗しててこの数相手は無理よ!男ならちゃんと女の子は守りなさいよ!」


(まったくどの口が……メリーさんもガス欠かよ。じゃあさっきの勝負は引き分けか。)


 思考で若干の現実逃避を挟みながら戦闘態勢に以降しつつ、メリーさんを煽りに掛かる。


「もしかしてゾンビが怖いのか?親戚みたいなもんだろう?」


「バカ言ってんじゃないわよ。あんな連中、私の国にはいなかったわよ!特に素っ裸で手足内蔵ぐちゃーなオンナは何!?露出狂にしては時代を先取りしすぎでしょう!?」


(露出狂の時代っていつか来るのか?)


 他にも全身包帯男や自分で頭を持ってたり、損耗の激しいゾンビが多く見られる。


「とにかく、ニンゲンだって生まれの違いで好き嫌いするじゃない!オバケだからって一緒くたにしないで欲しいわ!」


 ネットで日本文化、と言うかニンゲン文化に触れた彼女は人間同士の闇の部分も知り得ていたらしい。彼女の言う通り、彼女とこの連中を同列視するのは失礼だったようだ。


「ごもっともだな。そんじゃぁもう一踏ん張りしますか、ね!」


 ユウヤは速度を変化させて近場のゾンビたちを格闘術で殴り倒していく。しかし多勢に無勢、攻撃を回避するスキマも少ないので少しずつ後退しながら戦う。だがそれは包囲を狭められるだけである。


(独りでこの数はきついか。あまり使いたくはないが、ショットガンで包囲の穴を作るしか無いか?)


 疲労で大技が使えない以上、ショットガンで突破を図るのが得策かとユウヤは考える。しかし弾薬はそう多くもなく、せめて学校に戻る算段がつくまでは温存しておきたい。


「もう、情けないわね!スキを作るから逃げるわよ!!」


 見てられなくなったメリーさんが残った僅かなチカラで転移する。



「今、あ な た の う し ろ に い る の 。」



 包囲網の最前列の後ろを取った彼女は、妖力まじりの名言を放つ。

 すると恐怖に怯えた数体のゾンビが動きを止める。


「今よ、こっち!」


「ナイスアシスト、メリーさん!」


 ズドォン!ズドォン!


 ユウヤは素早く彼らをすり抜け、包囲網後方のゾンビはショットガンで強制的にノックバックさせて脱出する。


 路地を1本戻った所で年代物のビルの中に隠れて息を整えるユウヤ。

 入り口は半壊していたが、身を隠すのにはちょうど良かった。時刻は21時15分と言ったである。


「ふう、助かったぜ。やっぱ有名人は違うな。」


「言っておくけどあれが最後だからね。何処かでチカラを補充しないとこれ以上は私が消えちゃうし。」


「そうか、悪かったな。大事な所で出し惜しみするなんて、オレらしくない真似をしちまった。補充ってどうするんだ?」


「怪異的な何かがあれば取り込んでチカラが増すわ。でもあのゾンビ達はイヤね。あれはオカルトに似せた人工物だし。」


「オレに出来そうなコトはあるか?」


「まってね。くんくん。んー、さっきから貴方の端末からいい香りがするのよね。」


「これか?オレのスマホは別に普通のやつだぜ?」


 ユウヤはスマホを取り出してメリーさんの顔の前に持っていく。

 特殊部隊仕様で多少の細工や機密的なアプリは入っているが、元は市販されているモノと同じである。


「そうこれ!お邪魔しまーっす!」


 ヒュンッ!と風切り音が聞こえてメリーさんがスマホの中に入ってしまった。


「お、おい!?なんだ?大丈夫なのか!?」


「あんたの端末に取り憑かせてもらったわ!この中凄いわよ。邪念が渦巻いててとっても美味しいの!彼女の写真とか一杯あるし少しくらい食べても良いよね!?モグモグ。幸せーッ!」


「な、何て言う事をしてくれたのでしょう……」


「良いじゃないの。この際一緒に行動しましょ?私は私を捨てた子に会いに学校へ行く。あなたも自分の家である学校に行く。この状況なら一緒の方が合理的じゃない?大丈夫、私を捨てたりしない限りはもうあなたに害をなす気はないから。よろしくね?」


「待て、今ひどく不穏な言葉を聞いた気がしたが?だがまぁ、贅沢言ってる場合じゃなさそうだな。あんまり余計なことするなよ?それとオレの名前はユウヤだ。あんたよばわりは止めてくれ。」


 呪い振り撒くメグミといい、多人数に分身するアイカ達といい、何故かオカルト的な女に好かれる傾向にあるユウヤ。

 今度は本物のメリーさんに取り憑かれるというモテっぷりだ。だが仲間と合流して、家には絶対に帰る必要がある。彼は諦めて彼女を受けいれて、自己紹介をするのだった。


「はいはい、ユウヤ。私はメリーよ。私は回復のためにユウヤの履歴を漁ってるから、復活するまで頑張ってね!」


「余計なコトすんなって!!」


「あ、彼女以外のハダカの画像ハッケン!モグモグ。」


「や、やめろって!」


 ある意味証拠隠滅してくれる優しいメリーさん。だがユウヤからしてみれば彼女の目を盗んでネットで集めた、秘蔵のヌード画像コレクションが消えていくのは忍びない。


「誰だ!?誰かそこに居るのか!?」


「生存者!?すみません、ゾンビに追われて一時避難をしてました!」


 奥からの声に正直に答えると、その方向から人影が近付いてきた。


「待て、近づくな!ケガはしていないか?気分はどうだ?」


「あ、ああ。それは大丈夫、一応プロなんだ。この装備が守ってくれている。」


 男に緑色に輝く日本刀を向けられて、両手をあげるユウヤ。

 そのスーツと追加装甲を見て、相手はユウヤが特殊部隊だと気がついたようだ。


「お前はミキモトの所の?まぁいい、誰かと会話していなかったか?他に仲間が居るのか?」


「いや、それは……信じて貰えるかわからないが――」


「はい。私よ、お兄さん。メリーって言うわ。」


「……驚いたな。ミキモトグループはAIの立体映像を実現していたのか?」


「いや、こいつはさっき会った本物のオカルトだ。オレは政府の特殊部隊のユウヤ。あんた達は何者なんだ?」


「へぇ。ミキモトにも人外カップルがいるとはねぇ。」


 バサバサとコウモリが羽ばたく音が聞こえ、ユウヤのすぐ後ろに怪しげな……翼を生やした化物風の女が現れる。


「お、おい!オレは怪しい者じゃない!妙な真似するなよ?あんた達は何者なんだ!?」


 ユウヤは前後を挟まれ、身動き出来ない状態だ。


「何者ってお前なぁ……この会社に侵入してきたのはお前の方だろ。他人の家に勝手に入って怪しい者じゃねえってどの口が言ってんだ?」


 男が指で示した方を見ると、NTグループの事務所である事が看板に表示されていた。


「か、会社!?失礼しました!!」


 まるで日本人のフリして押し込み強盗をする犯罪者のような真似をしてしまい、深く頭を下げるユウヤであった。



 …………



「今はマスターもカナさんも手が離せなくて……先程の打ち合わせでは特殊部隊は利用すると仰ってましたので、放置が一番だと思います!」


「オーケー、シオンちゃん。○○○○にはそうすると伝えてくれ。」


「わかりました!」



 21時25分。マスターに連絡が取れず、魔王邸のシオンに伝言を頼むとハロウは部屋へ戻る。緊急時とは言え魔王と連絡が取れる事は、ミキモトの手の者に知られたくはないので廊下でやりとりしていた。


 この街は通信が遮断されているので普通の回線は使えないが、端末にマスターのチカラを使って空間を超越する通信ならば問題なく外部と連絡がとれるのである。



「ふうん。つまりユウヤ君も何も知らないのね?」


「ああ、精々水道水に仕組んだのが教授達だろうという事だけだ。仲間も街に散らばってて、早く合流したい。だから開放してくれると助かるんだが?」


「それはシュンが戻ったら決めてもらうわ。」


 へミュケットは伸ばした爪をユウヤの首筋に当てながら話を聞いていた。そこへハロウが戻ってくる。


「なにか判ったか?」


「いいえ、ほとんどもう知ってる事だけよ。この子の仲間が街に散らばってるから合流したいんですって。シュン、どうする?」


「ま、良いんじゃね?だがその前に1つ手伝って欲しい。」


「手伝うって何をだよ。そもそもあんた達は何なんだ?」


「NTの関係者でちょっと特殊なチカラ持ち。それ以上は言えねえな。お前だって言いたくない事くらいあるだろう?」


 ハロウは左腕を硬化させて見せながら、コレで納得しろと伝えてくる。


 彼のチカラは空間を直接切り裂き破壊する「討伐付与」であり、本来はこんなチカラは使えない。

 近年マスター絡みでちょっとしたトラブルが発生し、その副産物で使えるようになったモノであるが……今は関係ない。


「オレ達はお前の所の事件に巻き込まれた、系列会社の安否の確認と救助に来たんだ。残念ながらほぼ全滅だったがな。だがこの先にあるモールに生存者の気配があった。その調査を手伝ってもらう。」


「だそうだけど、ユウヤ君はどうする?」


 首をちくちくと突つきながら決断を迫るヘミュケット。


「わかった、けどそこが終わったら開放してくれよ?オレの彼女、怒らせると怖いんだからよ。」


 本当なら今すぐ彼らとお別れしたい所だ。しかし拒否すれば後々の事も今現在の事も面倒な事になりかねない。


 具体的には今回の事件で無事に済んだとしても、NTグループに弱みを握られてボロボロになる可能性。もう1つはこのまま首がポロリしてしまう可能性。


「それは結構。早速行くとするか。なんか武装した人間が立てこもって居るみたいでな。人手が欲しかったんだよ。」


 2人は1度現場に行ったが、怪しい集団に威嚇されて戻ってきていた。生存者は生かす方向で行動しているので、自分達が戦うことで虐殺を行う訳にもいかなかった。彼らでは手加減が難しいのである。


「お2人さん、お2人さん。端末から読み取った限り、彼の恋人って本当にヤバそうよ?具体的にはゾンビ化よりヒドイわ。だから早めに終わらせてあげてね。」


 メリーさんがその情報を取り込んで、まるでお菓子をいっぱい食べたかのような幸せそうな顔で忠告する。

 だが「大した事ないだろう。」とか、ヒステリーを含んだやかましい痴話喧嘩、くらいの気持ちで深くは考えないハロウ達だった。



 …………



「おい、おまえら!酒飲むのも良いが見張りはちゃんとしろよ!?」



 21時35分。ショッピングモールのスーパー「コンドル」で、迷彩服に身を包んだ男たちが好き放題に飲み食いしていた。彼らは本当に軍人というわけではなく、サバゲーマー達である。


 今日のコスプレ広場のイベント中、街が大騒ぎになった際にこの場を確保して救助を待つことに決めたのだ。車も駅も使えないのなら、ある意味では賢いと言えるのかもしれない。


 彼らは12人の集団で、改造された競技用のエアガンやボウガンを所持している。この街には腕の良い工務店があるのでそこで強力な改造を依頼した物である。


 もちろん他の一般人達も20人は逃げてきているが、隅の方へ一纏めにされていて実質サバゲーマー達が仕切っている。


「リーダー!もうバリケードでソンビ達は入ってこないし、さっきの妙な2人組みも追い払ってからは来てないし少しくらいは休ませて下さいよ。こういうの、憧れだったんですよ。男のロマン的な?」


「バカっ、そういう時が一番危ねえんだよ。」


 リーダーと呼ばれた男が口答えした男を軽く小突く。世の中油断大敵なのでその考えは間違ってはいない。映画やゲームで有りそうなこの状況に浮かれたくなるのも解るが、それだけでは生き延びられないと解っているのだ。


「良いから見張っとけ!オレたちみたいなゲーマーは近づかれたら終わりなんだからな!」


「へーい。」


 飲んだくれてた男は入り口にふらふらと移動していった。


 彼らの武器は遠距離系が殆どで、後はちょっとしたナイフくらいだ。エアガン等も改造してあるとは言え、パワーと生命力だけは有るゾンビ達には大して通用しない。追い払えれば御の字と言った所だ。


(もうチームは4人も減っちまった。逃げ込んだ市民連中はもっとだ。だがここの飯の量なら数日は行ける。ゾンビ物お約束の滅菌作戦とかされなきゃ、充分に生き延びられるはずだ!)


 この状況を作るのに犠牲者を出しながらの接近戦をした彼ら。そのリーダーは死んだ仲間達の為にも、なんとしても生き延びようと気を張っていた。



 ガシャアアアン!ガシャアアアン!



「な、何事だ!?」


「リーダー!さっきの2人組が、仲間を連れて戻ってきました!なんかみんな、バケモンみたいに強くて!!」


「総員戦闘準備!」


「「「了解!」」」


 慌てて入り口へと向かう面々だったが、酒が入ってるせいか動きはとても鈍い。


 リーダーが入り口を確認すると、店内の棚やらカート等で制作したバリケードが3人の男女によって豆腐のように蹴散らされていった。


「撃ち方用意!投げ物もだ!」


 リーダーの号令で半数がエアガンを構え、もう半数がお手製火炎瓶や香辛料爆弾を構える。


「ってええええええ!」


 タタタタタ、タタタタタ! ヒュンヒュヒュヒュン!


 一斉攻撃を仕掛けるサバゲーマー。改造されたガス式のエアガンが軽快な音を立てて連射される。殺傷能力は無いが、痛みによる怯み狙いである。


 続けて袋詰にされた香辛料や火炎瓶、更には栓を緩めたガスボンベなどが次々と投下される。


「これで、やったか!?」


 爆発炎上も辞さない危険行為で距離の有る内に仕留めようとしたリーダー。棚に身を隠しつつ思わずフラグっぽい事を口走る。しかしもう5秒は経っているが、火災は”まだ”起きていない。


「なんだと!?」


 見れば放物線を描いて飛んでいくそれらは、まだ着弾していなかった。そしてそれらをとんでもない速度で回収する男が1人。


「あいつ!ユウヤとか言う、モノホンの特殊部隊じゃねえか!」


「特殊部隊て、あの政府お気に入りの!?」


「マジかよ!こんなおもちゃで勝てる相手じゃねえ!」


 ユウヤの正体をひと目で見抜いたミリオタなリーダー。その驚きの声で仲間達がパニックに陥る。ユウヤは香辛料は弾いて回収した火炎瓶の火を消して、ガスボンベも栓を戻して床に置いていた。


「よーし、お前ら!観念して出てきな!今回は防いでやったが、次は無いと思え!チャンスが、じゃねえぞ?命が、だ!」


 半分身体が化物な男が日本刀を掲げながらこちらに声を掛けてくる。


(さすがに分が悪いな。……しかたねぇ、覚悟決めるか。)


 リーダーは少し迷ったが出ていかない余地はなかった。どうせプロには勝てやしないのだ。


「いま出ていく!みんな、武器を床に置け!」


「ほう?意外と話が分かりそうだな。」


「ユウヤ君が凄かったもんね。ちょっと意外だったわ。ケホケホっこの袋、ニンニク入ってるとか勘弁してよね。」


 床に落ちた香辛料爆弾を遠くへ蹴飛ばすヘミュケットは、それでも耐えられないのか霧になってハロウに纏わり付く。これだけは地味にダメージが通ったようだ。


「あんたがリーダーか。よくもまあ、荒らしてくれたもんだぜ。」


「それで?オレたちをどうするつもりだ?」


「君達の事情は大体判っているつもりだ。大方映画やゲームに感化されての行動だろう。実際に命が掛かっていたワケだしまあ、解る。」


「それで?話のわかるあんたは何者だ?特殊部隊まで連れてきてよ。」


「NTグループの次期社長、コンドウ・ハロウだ。ウチの従業員は無事なんだろうな?」


「「「えええええ!!」」」


 これにはユウヤとメリーさんもビックリで、モブ達に混ざって声をあげている。そんな事はお構い無しで質問を続けるハロウ。


「答えろよ。ヒトの店を占拠して食い散らかして、従業員も居ないとなれば……君達には相応の賠償を求めることになるが、どうなんだ?」


「あ、ううっ。」


 シャキンと緑色の刀を首に突きつけられてシドロモドロなリーダー。その時ヒュン!と風切り音が聞こえてハロウに向かって何かが飛んで来た。


「危ねえ!とりゃっ!」


 ユウヤがすかさず飛び出して、飛来するボウガンの矢を空中で掴み取る。そのまま器用に横回転して投げ返し、相手の左腕を貫いた。


「ぎゃあああ!いてえ、いてえよおおおお……う、ガクッ!」


「早さでオレに勝てるヤツは居ないってね!」


 悲鳴で無力化を察したユウヤは素早く相手の後ろに回り込んで、首に一撃入れて気絶させる。それを見たハロウは感心して声を掛けた。


「ご苦労、ユウヤ君。ミキモトをクビになったらウチに来ると良い。SPとして高給を約束するよ。」


「悪いが、彼女の夢に付き合うと決めてるんだ。他を当たってくれ。」


 将来はメグミと一緒に医療に携わるのも良いんじゃないかと、少ない2人の時間で話し合っていた。


「へえ、良い男なのは顔だけじゃないようだ。ま、覚えておいてくれ。それでは話し合いといこうじゃないか。」


 今度は全員を並べて手を頭の後ろで組ませて座らせた。先程の怪我人はそのまま転がしてある。


 ハロウは従業員や現状ついて詳しく聞き取りをしている。


 ヘミュケットは霧状のまま、不服そうな者を従順にする”サポート”を行っている。頻繁に悲鳴が聞こえてくるがユウヤは気にしない事にした。


「ハルさん、栄養ドリンクを少しもらうぜ!」


 ユウヤは一応断りを入れてから栄養剤を幾つか確保した。さっそく一本開けて飲み干すと、身体に元気が駆け巡っていく。


「ふうう、市販品でもミキモト製はそれなりに効くなぁ。」


「ユ、ユウヤ?ちょっとマズイかも……」


「どうしたんだよ。メリーさんも飲むか?」


 彼女は小さいままの身体でスマホから上半身を出して、ガタガタと震えている。スマホのバイブレーションもONになってる辺り、芸が細かいと言えるがどうやらそんな場合でもないらしい。


「西の方で急激に怨念が――呪いが溢れてる!心を強く持って、余波が来るかも!」


「何だって!?ハルさん、何か来る!精神防御!!」


「これから北の避難所に、ッ!? はあああああああああ!!」


 ハロウもヘミュケットも何が何やら判らないが、とりあえず気合を入れてチカラを高める。メリーさんは素早くスマホ内に退避した。

 オカルトなお菓子が大好きなメリーさんすら恐怖する、そんなレベルの怨念が近付いてくる。



 ブアアアアアアッ!!



 その時、強力な精神波が彼らの居る空間を通り過ぎていった。


「うぐぐ……これはッ!?」

「な、なかなか激しいわね!」


「この波動、メグミかッ!?」


「「「ぐあああああああッ!」」」


「「「うわああああああッ!」」」


 ヘミュケットが霧の状態のままハロウを包み、その核心部分を彼が変形した左腕で庇う。つまり相互に庇い合うことでダメージを分散させた。ユウヤは何度も経験している精神波に多少は余裕がある。


「に、逃げろおおおおッ!!」


「「「うわあああああッ!!」」」


 サバゲーマー達はモロに食らってしまい、発狂を疑われる程の悲鳴をあげた。いや恐怖に飲まれた彼らはそれぞれの武器を持って建物の外へ逃げ出し始めたので、疑うまでもなく発狂していたようだ。


 近くに一纏めで隔離されていた一般人達も恐怖に飲み込まれるが、こちらは震えて身動きが取れなくなっていた。


 禍々しいオーラに触れていたのはほんの僅かな時間だったが、この有様である。


「あ!こら、落ち着けお前ら!!……ユウヤ、説明を!」


 我先にと逃げるサバゲーマー達に声を掛けるも無視されてしまう。

 恐らく彼らの耳にはハロウの声は届いていない。気絶していた者以外、全員逃げてしまった。

 仕方がないので心当たりの有りそうなユウヤに説明を求めてみた。


「オレの彼女のチカラだ。今の出力は相当ピンチってコトだと思う。悪いがオレはすぐに向かわせてもらうぜ!」


「解った、協力に感謝する!残った皆は北へ移動するぞ!街の中央交差点に避難所が設置されている。そこまで走れ!」


(中央に避難所?いやそっちは後回しだ。とにかく急ごう。方角的にはここから西の公園か!)


 ユウヤはもう他の者たちに見向きもせずに走り出していった。


 この場に一般人は20人程残されている。彼らが居なければ、或いは彼らをここに置いておくならばハロウはユウヤに付いていくつもりではあった。

 しかし彼らに課せられた仕事は生存者の誘導である。それを反故にするわけには行かないし、ここのバリケードは既に破壊済み。ならば現代の魔王であり昔の戦友が設置した避難所の方が安全だという判断を下した。何人辿り着けるかはさておいて。



「まったく、あいつの彼女ってどんなバケモンなんだよ。よくあんなのに晒されて付き合っていられるな。」


「シュンはヒトの事言えなくない?自分で言うのもなんだけど。」


「……ヘムは良いんだよ。ずっと一緒だと決めたし実際一緒になったんだからよ。」


 ツッコまれた彼は右手で左半身を指しながら答えるハロウ。


「あの子もきっと同じよ。シュンと同じで夢やロマンが心の何処かに突き刺さってるんだわ。」


「……ほら、君達は安全な場所へ移動するぞ!頑張れ!」


 吸血鬼のヘミュケットにニヤニヤしながらツッコまれ、大人しく生存者を誘導するハロウだった。



 …………



「ハル君無事かい?状況は?」


「会社はダメだが生存者の誘導をしている!あと妙な精神波が――」



 21時50分。スーパー「コンドル」から避難民を逃し始めたハロウ。

 まだ全員がモールの敷地から出る前にマスターから連絡が入った。


「原因はこっちで対処する。周辺に影響が出ているみたいだ。」


 教会に閉じこもっている住人が軽くパニックを起こして悲鳴を上げていたり、植物の化物に最後のチカラとチャンスを与えていたり。


 歓楽街では結界の張り直し過程で収まりつつあった感染者の発症が、瞬間的に加速した。まだ完成してない結界の隙間から、ノロイが入り込んでしまったのだ。その所為でクスリで徐々に外すハズの心のタガを、強制的に外したのが原因のようだ。


「ハル君達は引き続き生存者の誘導を頼む。問題は有るかい?」


「誘導は良いが、人数が多くて他を当たれない。応援は?」


「じゃあ怪盗達を内部に戻そう。君達は手が空いたら連絡してくれ。」


「了解した。……ヘム!あいつからはこのまま進めろだとさ!」


「オーケー!なんかワサワサ湧いてきてるから手伝って!」


 マスターとの連絡を切り、それを恋人へ報告する。彼女の言う通り大通りにはゾンビ達が湯水の如く湧いてきている。


 西からは先程の精神波に煽られ逃げてきた者達だろうか。東からはその意思に惹かれて興味を抱いた者達だろうか。


「北も南もまるで津波だな。こりゃあ本気で行くかッ!!」


 ハロウは左半身の硬化と赤く光る左目、そして”吸血鬼の心臓”を起動した。


 彼はそのまま前方のゾンビの群れに突撃して、ヘミュケットの援護を受けつつ緑色に輝く妖刀キヌモメン・ワビサビを振るうのであった。



 …………



「ハァハァ、一体何だってんだ……お前ら、全員居るか!?」


「ヒイヒイ、9人しか居ないです!3人、いえ2人がハグレました!」



 サバゲーマーのリーダーが仲間と走りながら問いかける。

 仲間がすぐに返事を返すが、息が苦しそうだ。変な殺気に当てられたのもあるが、その前は酒を飲んでいたせいもあるだろう。


 1人は左腕を負傷した上に気絶していたので連れてはこれなかった。


「まったく厄日だなッ!さっきの悪寒の所為か、ゾンビが溢れている。あいつらはトロい、足を止めなければ逃げられる!あの社長とやらが言ってた北の避難所とやらを目指すぞ!」


 リーダーは避難所というゴール・希望を口にして可能性を示しながら仲間達を元気づけていく。


 だがゾンビが遅いのは事実であるが、残ったサバゲーマーも飲酒の所為で千鳥足な者が多くてどっこいどっこいと言ったところか。更にあの次期社長の指定した場所に行くなら、何故逃げたというツッコミが入りそうではある。


 しかし実際にゾンビに襲われて、命の危険が迫る中ではそんな事を言ってる場合ではない彼ら。あの時はこんな事態になるとは思っていなかったのだ。




「ゼェゼェ、くそっゾンビ共め……急に増えすぎだって。」

「すまねぇ、飲みすぎて転んじまって……」

「気にするな!お互い様だろ?リーダー達は無事だと良いんだが。」


 一方でハグレた2人は、大通りから西の建物に身を寄せていた。双方20代の若いチームメンバーだった。


「これからどうする?こんなにバケモンが居たらいつココにも入ってくるか……」


「今からリーダーを追うのは無理だろうしな。いっそのこと、やつらが来た方向へ逃げるってのはどうだ?ゾンビ達はやり過ごせば行けね?」


「それで行くか。まったくあいつらさえ来なければ……!?」


「「「グアアアアアアァァァ……」」」


 方針が決まって侵入者達への愚痴をこぼし始めた時にゾンビ達の大合唱が聞こえてきた。2人は息を飲んで窓から外の様子を伺うと、ゾンビ達を吹き飛ばす若い男の姿が見えた。

 彼は大技を使ったせいか、息を荒げながら栄養ドリンクを飲んでいる。


「おい、あいつ!」

「ああ。これはチャンスかもな。」


 2人は目でコンタクトを取って頷き合い、武器を持って行動に移す。


 特殊部隊のユウヤ。彼が来なければ自分達が安全な場所を追われる事も無かった。おかげで仲間ともハグレて困窮している。


 幸い向かう先は同じらしい。ならば自分達のささやかな復讐心を満たす機会もあるはずだ。



 …………



「ハァハァ。やっと公園まで来たが……メグミは?ゼェゼェ。」


「ちょっとユウヤ、休憩しなさいよ!ほら、あそこに自販機と

 ベンチがあるから!ユウヤが倒れたら彼女どころじゃないわよ?」


 22時35分。ユウヤはようやく安全公園の東に辿り着いて周囲を見渡していた。ここに来るまでにかなりの時間が経過しており、気持ちは焦る一方だった。そんな彼を気遣うメリーさん。


「たしかにこれはマズイな。少し息を……まったく、気が狂いそうな夜だぜ。話し相手が居なかったらヤバかったかもな。」


「もっと感謝しなさい!というかユウヤは危なっかしいわ。さっきまでのあのザマは何なのよ!」


「悪いな、頭に血が上っちまってよ。」


 ユウヤは自販機で飲み物を買って屋根付きのベンチに腰を下ろす。


 ここに至るまで狭い路地にひしめく大量のゾンビに出くわした。

 最初の内はボルテージが高く大技で蹴散らしたユウヤだったが、それを継続出来るほどには回復はしていなかった。


 結局逃げ回って建物に隠れたり、サバゲーマーの残党に襲われたりと時間を浪費するハメになった。正直ゾンビだけならは割と御しやすいのだが、サバゲーマーはゾンビを壁として利用して一方的にこちらに仕掛けてくるので大変面倒であった。


 彼らは速度で撹乱した後にスニーキングで撒いてきたので今は居ない。


「あんたは裏とり合戦のライバルなんだから、そんな情けない理由で死んだりしないでよね!」


「なんだそれ、ライバルだって?」


「ニンゲンなのに私に付いてこられるなんて、ミドコロがあるもの。私の第一ライバルとして認めて上げても良いって言ってるの!」


「……そんな事言って、友達が欲しいだけじゃないのか?」


 ユウヤは特別訓練学校に入る前の、別の施設での生意気な子供達を思い出しながらメリーさんにカマをかけてみる。


「う、うっさいわね!悪い!?」


「いや、いいさ。最初こそアレだったが話せるヤツだしな。だけどオレの第一ライバルは別のやつだから、そこだけは譲らねえぞ。」


「な、何よそれ!生意気ィ!どんなニンゲンなの?私とどっちが裏とり上手い!?」


「そいつはパワータイプなんだ、比べられねえよ。オレは素早く避けて攻撃が当たらない。あっちは硬くてダメージが通らないって感じだ。だからこそ、お互いの技を磨いて強くなれたんだ。」


「ふーん。なによ、その不毛な引き分け地獄。私だって疲れてなければ負けないんだからね!」


「拗ねんなよ。メリーさんの凄さは解ってるからさ。ほら、そろそろメグミを探しに行くぞ。」


「ふ、ふん!私はちゃんと持ち歩きなさいよ?気が向いたから探し者を手伝ってあげてもいいわよ!」


 ライバル云々で情熱を燃やすメリーさんは、意外と男のロマン的なモノに造詣が深いのかもしれない。もしくは青春真っ盛りなだけか。


 そんな事を考えながら立ち上がって探索を開始するユウヤ。

 メリーさんも上半身を外に出してキョロキョロしている。メグミのチカラの所為でゾンビはあまり居ない。居ても動けない様な連中ばかりだった。


「うえっ、なんか植えられてる花とかがウネウネ動いてるぜ?」


「下手に近づかないほうが良いかもね。まるで魔界の植物よ。」


「メリーさんは魔界育ちなのか?」


「んなワケないでしょ!ヒゲのおっさんが戦うゲームの話よ。私が私になったのは今年の話なんだから魔界なんて知らないわ。」


「ああ、そうなのか。でもあの主人公って実は30も行ってない

 らしいぜ?」


「えええっ!?あの顔で!?」


 元がオカルト存在なので勘違いしがちだが、メリーさんが化物になったり日本文化に触れたのは今年に入ってからなのだ。


 その辺を詳しく知らないユウヤは、新しい友人の一面を知れてちょっと嬉しくなっていた。そんなこんなで歩いていると……。


「ユウヤ、あの奥の方のベンチに何か居るわ!オカルト臭もするし彼女さんなんじゃない?」


「お、どれどれ?」


 メリーさんが指差すのは彫刻の楽しめる広場の先、巨大噴水から流れ込んだ水が貯まる池のベンチだった。微かに青っぽいオーラを放つ何かが居るのが見えていた。


「なんか違うような気もするが怪しいのは確かだな。行ってみよう。」



『へえ、うふふ。貴方って面白いヒトね。』

『君だって笑った顔がとても可愛い。』

『もう、会ったばかりでそんなのって……』

『いつも会ってだろ?見つめ合うだけでも私の心は――』

『それは私だって――』


「あのー。ちょっとお聞きしたいことがあるんですが。」


 座って仲睦まじく会話をする幽霊のカップルに話しかけるユウヤ。独特の雰囲気の空間が作られており、少々気まずいが仕方がない。



『あら、お客さん?貴方のお知り合い?』

『いや、知らないが……その制服は特殊部隊かな?』

『そういえばさっき向こう側に居た女の子と似てるわね。』


「そ、その女の子は何処に!?」


『少し前に北側で戦いが有ったようだ。それからはどうなったのかわからないが……君は彼女の彼氏か何かなのかい?』


「そうだけど、何か?」


『ダメだよ、1人にしちゃぁ。彼女、寂しくて泣いていたぞ。私は彼女のおかげでこの子と話せる様になったから感謝してるけど……見つけたらもう離すんじゃないよ?』


「うぐっ……肝に銘じます。情報感謝します!」


 素直に忠告に耳を傾けるユウヤだったが、ある意味不穏な部分は聞き流した。それについてどうこう思う間もなくメリーさんから煽りが入る。


「やーい、言われてんの!ウワキモノー!」

「半分はお前の所為じゃねえか!」

「仕方ないでしょ!私だってやる事があって――」


 携帯から飛び出るケッタイな女の子と言い争いながら北へと向かう2人を眺める幽霊カップル。


『あれで他に彼女が居るとか、罪な男ね。私には貴方だけよ。人柱にされてから気になるヒトを見つめるだけの生活だったけど、こんなに近くでお話できて嬉しいわ。』


『私も見つめるだけだった女性とお近づきに慣れて嬉しい。何も出来ない自分だったけど、身体が滅ぶ事でようやく君に近づく勇気が持てたんだ。あの女の子はオレ達のキューピットだな。』


『そうね。これからは一緒に生きて……活きて逝きましょう。』


 今夜生まれた幽霊カップルは、抱き合っていつまでもそこに居た。

 彼らにとって今この時が、この公園の名前の通り全ての安らぎを得た夜だった。



 …………



「この公園って石像とかの彫刻もあるのな。別に都会ってわけじゃ無いのにこの街は娯楽が充実してるイメージあるな。」


「創作物を増やすのはニンゲンらしい行動だけど、その後の扱いにも気を使うべきだと思うわね。」


 22時46分。北側へ向かうユウヤは彫刻庭園を早歩きで抜けながら感想を漏らす。メリーさんは酸性雨やらカビやらで汚れた石像を見ながらモノ視点での感想を述べる。


「飽きて放ったらかしにされると、私みたいのがいつ生まれても不思議じゃないわよ?」


「ま、この石像は大丈夫だろうけどな。ほら、一応街の象徴の1つって表示板に書いてあるし。なになに、自動水洗い機能付きらしいぞ?」


 ズゴゴゴゴゴ……


 ぺしぺしと筋肉隆々な石像を叩きながら解説を読んだユウヤに、動き出した石像が襲いかかった。


「うわっ、こいつはっ!」

「早く離れて!」


 素早くバックステップで距離を取ったユウヤ。石像は筋肉はすごいが活動範囲は狭いらしい。水洗い機能用のホースが短いようだ。


「くそっ、余計な機能の所為でモンスター化したのか!」


「でもここまで来られないならさっさと逃げましょう!」


 ブシャアアアアッ!!


「あぶねっ!」

「きゃあっ!」


 石像は自動水洗い機能の噴射口をこちらに向けて、濁った水を勢いよく発射してきた。それをやや大げさに避けるユウヤ達。

 ただの水なら大したことはないが、今日に限っては身体に取り入れる訳には行かない。スマホがダメになったらメリーさんも危ない。


 ちなみに噴射口は頭である為、公然猥褻な見た目にはなっていない。そもそもパンツを履いている石像なのでそっちの問題はなかった。


「ユウヤ、あんなのを放置してたら厄介な事になるわ。なんとか止められない!?」


 この彫刻庭園は芝生である。エリアそのものが汚染された公園なんて、2度とお客さんは来たくないだろう。そもそもアレに襲われたら2度目は無いかもしれない。


「やってみる!」


 ブシャアアアア!ブシャアアアア!


 何度も発射される水道水を円を描く軌道で避けながら、近付いて行くユウヤ。


(鍛えてても石は殴りたく無いな。仕方がない、使ってしまおう!)


 ユウヤは腰の後ろに装着していたショットガンを取り出すと、一気に駆け抜けて石像の背後を取った。その背中にむけて銃を構え――


「待って!いま撃つと……」


「!!そうか、ならアレは……あった!」


 メリーさんの短い警告で言いたいことを察すると、ユウヤは石像の元居た場所近くに水道の元栓を見つける。


 小さい鉄のカバーを開けて、石像をチカラ付きで睨みつけながら小さいバルブを閉めていく。


「早く早く!」


「急かすなって!よし閉まった!」


 タダでさえユウヤのチカラで遅くなっていた石像は更に減速していく。


「このまま放置したら危ないからな、悪いが処分させてもらう!」


 ズドン!ズドン!ズドン!


 再度石像の後ろに回ったユウヤは、ショットガンを連続で放つ。

 元栓を閉めてあるので水が飛散る心配もなく、石像は粉々に砕かれて沈黙した。


「あー、ビックリしたぜ。訓練でも石像と戦ってたから身体は動かせたけど……無機物でも動くとか、どんだけヤバいクスリを作ってるんだよウチは。」


 実際は石像の内外にこびりついた苔などが影響していたのだが、ユウヤにとっては特に気にする所ではない。


「……この子もそうだけど、ユウヤの訓練も非常識ね。」


「上のヒト曰く、魔王と戦うには非常識くらいが丁度良いらしいぜ。実際こうして役に立つ事も……あー、もしかして気に障ったか?」


 役に立つと言っても、今のはマッチポンプであった。メリーさんが微妙そうな顔をしていたので、ユウヤはお伺いを立ててみる。動き出すモノ相手との事で、期限が悪くなったのかと思ったのだ。


「良いわよ。私も止めたほうが良いと思ったし、悪いのは学校の連中なんでしょ?」


「まぁ、な。そう言えばメリーさんがウチに来たい理由で――」


 意外と物分りが良いメリーさんだが表情はフクザツそうだ。なので別の話題を提供するユウヤだったが……。


「あああッ!ユウヤ、あそこ見て!あのベンチに寝てるのって、ユウヤの彼女じゃない!?」


 彼女は大声で北のベンチを指差して叫ぶ。どうやらメグミを発見したようだ。


「本当か!?メグミ、今行くぞ!」


「ひゃっ!ちょっと、そんな慌てないでよう!」


 ユウヤが急発進して抗議されるが、そのまま脇目もふらずに近寄っていく。普段はリーダーとして索敵も怠らないようにしているのだが、この時ばかりは眼中に無かった。



 …………



『助けてくれぇぇぇえええええ!』

『いやだ、死にたくないいいい!』

『燃える!消える!苦しいいい!』



 2007年5月。昼間だと言うのにドス黒い雰囲気の村内。村にある全ての工場が爆発・炎上を起こし、すれ違う村民達は苦しみの声をあげる。

 その皮膚は緑色に変化していて、とても正常とは思えない。


 救いを求める声はすれ違う彼女を……というよりチカラのある誰か、それは神や藁にすがるかのようなニュアンスがあった。


(これはあの日の夢?たしか学校で皆がおかしくなって、逃げ出して家に向かったら村が皆燃えてて……)


 正直この後どうやって助かったのかは覚えていない。得体の知れない何かの光が視界を覆って、気がついたら何処かの手術室だった。


 夢の方も同じく白い部屋に場面が移っていた。


『エ、エンドウ女史!こんな事して良いのですか!?』

『少なくとも命は助かるわ!現状ではこれ以外で治せない!』

『しかし……血液型も年代もDNAも全然違うんですよ!?』

『姉さんの研究通りならこれで治るわ。後は彼女次第……』


 メグミはぼんやりとした意識の中で、医師達の会話から自身が生死の境目に居るのを悟った。その後の記憶はしばらくの間、非情に曖昧になっている。


(普通の方法じゃない手術ってなんだったんだろう?年明けまで自我が戻らなかったし、彼女に聞こうにもエンドウって名前も今思い出したくらいだし……)


 そのまま意識を失って、目が覚めた時には政府公認の施設に移っていた彼女。それから数ヶ月に渡って意識が混濁していた。


 自意識が全く無いわけではないが、自分以外の者達が内側から湧き出る感覚に襲われて周りも自分も上手く認識出来ない状態にあった。


(この頃は酷かったわね。カウンセラーが根気よく語りかけてくれたおかげで、何とかこちら側に戻ってこれた。その事には感謝してる。けどその後が大変だったわ。)


『うわ、アイツが来たわ!あっち行きなさいよ、バケモノめ!』

『バケモノなんだし別に良いだろ!どうせ治るんだからよ!』

『へッ、ニンゲン振りやがって!オレが退治してやる!』


 施設内では別の子供達から村八分的な扱いを受けていた。彼女の周りには罵声や暴力が飛び交うのが日常であった。関わりたくないのか、施設の職員達も積極的に助けに入ったりしない。


(意識が朦朧としていた時に、相当嫌われる様なコトをしてたのでしょうね。今になっても記憶は無いけど……それを考えれば怪しいとはいえ、特別訓練学校に移ったのは正解だったわ。)


 場面が切り替わり、学校での様々なシーンが映し出される。


(頼れる仲間達と出会って、アケミさんに弟子入りして修行して。ユウヤと恋人になって……ぐっ!)


 ケーイチの脱退にアケミの訃報、新体制や世間からの厳しい目。それらの圧力から自分を守れたのはユウヤが一緒に居てくれたからだ。


 だが場面は先程の安全公園に移っている。自分の側には誰も居ない。周囲は悪意を向ける”敵”だらけ。ならば我らが!と、自身の内側に抑えていた何かが飛び出して――こない。


(え!?あのチカラがでない?)


 事実と違った展開を見せる夢は彼女の願望か、やりなおしの機会なのか。どちらにしろこのままでは”敵”に良いようにされてしまう。



「おい、メグミ!大丈夫か!?目を開けてくれ!!」



 その時夢の世界の外から、大事な男性の声が聞こえてきた。


(うそ、ユウヤ!?夢の中まで来てくれたの!?)


「…………」


 急速に意識が戻っていき少しずつ目を開けると、目の前で屈み込んで顔を覗き込むユウヤの顔が見えてきた。慌てて声を出そうとするが、喉が乾いていて上手く行かなかった。


「顔色がかなり悪いわね。血が足りてないんじゃないの?」


「くっ、メグミ!しっかりしてくれ!」


「ユウ……ヤ?」


「よ、よかったぁ……無事だったんだな!?」


 メグミがなんとか声を振り絞ると、ユウヤは安堵のため息を盛大に撒き散らかす。


「私、なんで……ここに?身体の調子は……良くないわね。」


 メグミは周囲と自身の状態が芳しくない事を確認した。


「ここまで消耗するなんて……一緒に居られなくてごめん!そうだ、これを飲んでくれ。にしても一体何があったんだ!?」


 ユウヤは栄養ドリンクのフタを開けてメグミに渡しながら、経緯を問いかける。


「わから、ない。なにか大事な……有った気がするけど、思い出せないわ。」


(さすがにアレはユウヤにも言えないわよね。でもその後のコトが本当に思い出せない。とても大事な何かが……)


 メグミが必死に思い出そうとしているので、ユウヤは静かにそれを待つ。しかし――。


「だめ、解らないわ。何かを失敗したような……でも何かをやり遂げたような気分もあるの。」


「ふーん、ユウヤと同じく連戦だったんでしょ?疲れて混乱してるんじゃない?」


「ッ!?この声、メリーさん!?そう言えばさっきも女の声がしてたわね!?」


 ゴクゴクと栄養剤を飲み始めたメグミだったが、メリーさんの声を聞いて目を丸くする。栄養剤を噴き出さなかったのは戦闘のプロとしての意地か、好きな男にはしたない姿を見せたくない女の意地か。


「安心しな、オレの端末に取り憑いてるだけだ。行き場所がない、可愛そうな身の上らしくてな。」


「行く場所はあるわよ、行けないだけで!あなた、彼氏の管理はもう少し厳しくしたほうが良いわよ。このスマホの中に――」


「何を言い出すんだオカルト娘め!ゾンビに怯えてた可愛げは何処へ行った!?」


「あんただってここに来るまでヒーコラ言ってたじゃない!」


 スマホから上半身だけ出現したメリーさんと、唐突に始まった言い争いにきょとんとするメグミ。


(あー、そういう。まったくユウヤは甘くて優しいんだから。)


 自身の心当たりから何かを察したメグミは仲裁に入る。


「ユウヤは相変わらずね。そうでなければ私が付き合えたりはしなかったんでしょうけど……っとっと。」


 メリーさんにやんわりとユウヤは自分のモノアピールをしつつ、割って入ろうとするも立ち上がった際に態勢を崩すメグミ。


「無理するなよ。この分だと歩けなさそうだな。」


「ちょっと、無理そうね。まるで貧血にでもなったみたい。」


「わかった。じゃあオレが背負っていくから、背中でゆっくりしてろよ。」


「そ、そう?じゃあ遠慮なくお願いするわ。」


 ごそごそと彼女を背負うとしっかりとした足取りで立ち上がるユウヤ。


「ひゅーひゅー!彼女、胸あたってるよ!」


「バカな事言ってないでスマホに入ってろ!」


 実際は追加装甲のブレストプレートの所為で感触は楽しめない。それでも安心感からか密着するメグミは幸せそうだ。



 ヒュンッヒュンッ!



 その時素早く動けない彼らに向かって、風切り音とともにボウガンの矢が飛んできていた。


「ユウヤ、避けて!」


「解ってる!」


 ユウヤはチカラを全開にして矢の速度を極限まで下げ、メグミを背負ったまま横へ移動する。

 トストスッ!っと後方に着弾したのを音で確認しつつ、矢の飛んできた方向を睨むユウヤ。

 すると公園に来るまでに邪魔をしてきたサバゲーマーの2人が次の矢を装填しているのが見えた。その距離30m程だろうか。


「またあいつら!?ユウヤ、次が来るわよ!どうする!?」


(マズイな。逃げるにしろ突っ込むにしろ、メグミが狙われる!)


 メリーさんが判断を迫るが迷うユウヤ。メグミを降ろして応戦しても背を見せて逃げても彼女を危険に晒すことになる。だがどちらにせよここで留まって居ては良い的だ。


「だったら、このままやってやるさ!」



 …………



「やっこさん、あのままやる気みたいだぜ!」


「ふん、女を背負いながら何処まで出来るかな!?」



 サバゲーマーの2人はまだ自分達が優勢と判断して、矢を装填したボウガンを構える。先刻ユウヤの実力を知った2人だが、ここまでの状況を見て行けると判断していた。


 まず相手は負傷者を背負っている点。降ろしてもそうでなくても動きが制限される。次に恐らく相手は銃を使えない点。


 彼はショットガンを持っているが、コンドルに攻め入った時もゾンビの集団を抜ける時にも銃を1度も使っていない。その所為で追跡も困難だったが、先程3発使用してくれたおかげで位置が特定できた。だが自分達が仕掛けても使用してこない事から、恐らく弾切れなのだろうと推測できる。


「ユウヤ、ショットガンを!一般人相手でも躊躇わないで!」

「あいにく弾切れだ!メグミの方は!?」

「こっちもダメ、残ってないわ!」


 石像の破壊とうどん屋の娘を楽にさせたのが、2人の最後の弾薬だった。となればもう、その身1つで戦うしか無い。


「なら身体で勝負だな!しっかり掴まってろ!」

「うん!」


 再び放たれた矢を全て避けながら近付いてくるユウヤ。近づかれればそれだけプレッシャーが増すサバゲーマー。


「あいつ、なんて動きだ!」

「オレが前衛張る!お前は矢を装填しろ!」


 転んで助けられた方のサバゲーマーがナイフを引き抜いて、迫りくるユウヤに襲いかかる。


 ヒュンヒュン!


 しかしあっさりと避けられてしまって態勢が崩れかける。


「まったく、よく避けやがる!」


「そんな遅い攻撃じゃ当たらないぜ!」


「だがそんな状態で何時まで保つかな?」


 再びナイフを振るう彼の言う通り、両手はメグミを支えるのに使っているので足さばきだけで避け続けるユウヤ。


「それでも守るのが男ってもんだぜ?」


「その強がりが何時まで続――何!?ぐぇ!?」


 突如目の前が黄色い光に覆われて視界が0になる。その瞬間に背中に衝撃を受けて地面を転がっていく。


「うぐぐぐぐ……」


「メリーさん直伝、バックスタブってな!ほいよっと!」


 ヒュン!


「お、おのれ!」


 ユウヤは背中に飛び蹴りを食らって悶ている男から1歩横にズレて、もうひとりの男のボウガンを避ける。彼が悔しがるセリフを言い終わる頃には接近してボウガンに回し蹴りを当てて弾き飛ばしていた。


「な、なんて強さだ。このおおお!」


 スカッスカッ。


 男はスタンガンを取り出してユウヤに押し付けようとするが、あっさりとバックステップで躱される。


「あいにく、鍛えてるんでね。ごっこ遊びには負けないぜ!」


「こうなりゃこいつで!」


 サバゲーマーは切り札らしき瓶を取り出して振りかぶり――


「うわああ?何だあああ!?」


 背後から現れた”何か”に捕まれて地面から足が浮いていた。



 …………



(やべぇ、身体が熱い。暴力的な衝動が湧き上がって来やがる。)



 22時53分。安全公園の入り口の門に手をついて、ソウイチは高熱に耐えていた。耐えれば耐えるほど身体から溢れてくる何かによって自分が作り変えられていくような、身体が成長していくような感覚がソウイチを襲う。


(今、自分がどうなってるかも分からねぇ。いよいよマズイぞ!?こんな所で終わるわけには……何とかして自分を保つんだ!)


 ソウイチは自我が消えていく中で、必死に自分を残そうと試みる。それは自分の大事な気持ち・感情を思い切り高めるという方法だった。


(さっきの女達?違う、そんな浅いもんじゃない。ならミサキ達か?いや違う。信頼はあるが深い関係ではない。)


 最後に自分自身を託す相手、それは……。



(決まってる、ユウヤだ。オレの友人にして最高のライバル!!)



 この6年半。お互いに競い合い、技を磨き、命を預け合ってきた。

 1つ年下でチームは別だが、楽しい事もバカな事も辛い事も共有して生きてきた。



(あいつとの決着が付くまで、オレはオレで居なくちゃいけない!)



 最後のその思考を持った瞬間、それ以外の何かが抜け落ちて行くのを実感したソウイチだった。



「グルルルルルル……?」



 彼はやたらと高くなった視点で周囲を見渡す。研ぎ澄まされた聴力によると、何やらこの先で戦闘を行っている気配がある。


 ずしんずしんと足音を立てながら進むと、それらが目に入る。

 どうやら戦わなくてはいけない相手が、女を守りながら2人組と戦っているようだ。


 その2人組はぱっと見で戦闘のプロのような姿をしていたが、非情にお粗末な動きや気合で、とても自分の目的の相手に釣り合う者達とは思えない。


「グルルルルルル……」


 彼は許せなかった。


 自分の倒すべき相手が、そんな相手に手間取っているのを見ていられなかった。


 自分の倒すべき相手に、そんな程度の低い連中が挑んでいるのを見過ごせるわけがなかった。


 彼は駆け出した。背中の翼で滑空気味にその場へ迫ると、程度の低い男の胴体を握りしめて持ち上げる。


「うわああ?何だあああ!?」


「ば、バケモノ!?くそっ、相棒を離せッ!」


 バヒュン!……トン、ポトリ。


 地面に転がっていた男がボウガンでこちらに攻撃を仕掛けてくる。しかしそれは身体に突き刺さること無く地味な音を立てて弾かれ、地面にポトリと落下した。


「グルアアアアアア!!」


 グシャアアアッ!


 彼は軽くジャンプして、地面に這いつくばる男を踏みつける。元人間だった彼は、今は粉々の有機物としか言えない存在になった。



「畜生!!これでもくらえ!」



 腕に掴まれていた男が右手に持った瓶をこちらの顔へ向かって投げてくる。


「グオオオオオオオオオッ!!」


 ドッゴオオオオン!!


 彼は咆哮1つで瓶の向かう方向を男の方へ”変更”して、瓶はそのまま投げた男の顔に命中して爆発した。どうやら彼は本物の爆発物を切り札として持ち歩いていたらしい。消し飛んだ瓶のラベルには頭文字の”N”だけ読み取れる破片があるが、この場でそれを気にする者は居なかった。


 手の平の中の元人間を放り投げて捨てると、今度は自分が倒さねばならない相手に向き直る。



「グルルルルルル……」



 軽くジェスチャーを織り交ぜて低く唸ると、意志が伝わったのか相手はベンチに女を降ろす。軽く言葉を交わした男はこちらへ向かって歩いてきた。


 彼らはお互いに対峙して臨戦態勢に入る。


 ここに彼らにとっての負けられない戦いが始まろうとしていた。



 …………



「なんなのアレ、大きすぎるでしょ!!」


「相手はパワータイプに見えるけど、それ以外も何かありそうね。」


「うへー、凄え迫力だぜ。」


 突如として現れ、サバゲーマー達を蹂躙する5mは有りそうな緑の化物。

 それは人間型ではあるが尻尾や翼も生えており、悪魔型と言われた方がよっぽどしっくりくる容姿である。頭部も山羊のような見た目で牙やツノが生えているので尚更だ。鍛え抜かれた全身の筋肉をこれでもかと見せつけてくる。



「グルルルルルル……」



 サバゲーマーを屠った後に化物は、背中とベンチを指差しながら低く唸り始める。


「ん?なんだ?まさか、メグミを降ろして戦えって事か?」


「ユウヤ、急いで降ろして!あいつの気が変わらない内に!」


「お、おう。なんだ、意外と紳士というか聡明なヤツなのか?」


 戦意の高い化物の、謎の行動に混乱するユウヤ達。今までの敵は問答無用だったので不思議な感覚だ。わざわざ優位性を捨ててまで対等にやり合う気持ちなど、今夜は人間ですら持ち合わせる者は極々少ない絶滅危惧種と言える。


 小走りに側のベンチに向かってメグミを座らせると、ユウヤはその口を塞がれて黄色い光に満たされた。


 ピカアアアア!


「今はこれが精一杯のチカラよ。お願い、必ず勝ってね!」


「ああ、約束する!」


「ヒューヒュー!私がサポートするから飛行船に乗った気分で待ってなさい!」


「ふふ。メリーさん、よろしくね?」


 ユウヤは断薬の尽きたショットガンをその場において、ナイフを装備する。メグミのおかげで気力も体力も問題ない。


「待たせたな。さあ、やり合おうぜ!」


 ユウヤは巨大な化物の前に立つと臨戦態勢を取った。


「今日一番の危険な香りがするな。ここは一気に仕掛けてお手並み拝見と行くか!」


「私が初手で隙きを作るから、そこから畳み掛け――キャアッ!」


「うわっ、いってえ!」


 ブォン!パシン!


 化物は高速で横に回転すると尻尾でユウヤの腕を狙ってきた。ユウヤでも驚くほど早い初速に対応出来ずに、左手を弾かれてスマホが茂みの中へと落下する。



「あくまでタイマンがお望みってか!?いいぜ、そういうの!」



 あの初速ならユウヤごと吹き飛ばす事も可能だったはずだ。心が熱くなっていくのを感じながらユウヤはチカラを発動する。


「グルアアアアアアッ!!」


 ブォン!ブォン!ブォン!ブォン!


 ガクンと速度が落ちる化物を確認すると、ユウヤは正面から接近して相手のラッシュを避けながら懐に潜り込む。


「はぁぁぁあああああ!!」


 ビュンビュンビュン!


 そのまま腹の辺りを一瞬で3回切りつけてみるが、相手の皮膚は一切傷を負っていない。まるで皮膚の表面に強力なバリアでも張っているかのような手応えだった。


「何!?硬すぎだろう!?」


 ズドォン!


 そこへボディブローが……いや、サイズ的には全身アッパーの様な一撃がユウヤを襲い、逃げられないと悟った彼は敢えて跳ねて衝撃を受け流す。


(うぐぅ!!着地後に一気に接近して……)


 ズドォン!!


 カウンター用にすぐ突撃できる態勢で受け身を取ろうとするが、化物はその足で地面を打ち付けた。すると化物の前方、ユウヤの着地地点の地面が弾け飛んで破片が彼を襲う。


「うわわ、なんだそりゃ!?」


 カウンターどころか着地もままならないユウヤは適当に転がって衝撃を逃がす。破片は追加装甲が身体を守ってくれていた。


(この動きと技、まさかな?)


 一瞬妙な思考がユウヤの頭を走るが、その考えを掘り下げる時間を相手は与えてくれない。すぐに飛び込んで来て右腕を打ち下ろしてきた。


「なんとか避けきって、隙きを突くしかなさそうだなッ!」



「グアアアアアアアアアアアア!!」



「こ、こいつ!」


 両手両足に尻尾に体当たり。様々なコンビネーションラッシュにひたすら防戦一色のユウヤ。まともに食らったら終わりなので、必死に避けるがどうしても掠めてしまってスキが生まれる。


「一旦離れないと……うわっ!」


 大きく下がるユウヤだったが、砕かれた地面の破片を投げつけられて慌てて破片の速度を下げて避けていく。


 ヒュゴオオオオオオ!!


 そっちに気を取られていると、今度は化物が大きくジャンプしてその翼で旋回し回り込んで急降下でユウヤの背中を狙ってきた。


「やべえ!オレが後ろを取られてどうするんだ!」


 ズドオオオン!


 言いながらさっさと走り出して化物の射線から逃げる。土煙があがるが、その中から巨体が現れてラッシュを仕掛けてくる。


「こらー、逃げてばかりじゃだめよ!右よ右!今度は上から!」


「まったく、ボクシングの観戦じゃねえんだぞ!?」


 無事だったメリーさんが応援してくれてるが、野次馬感が否めない。


「でかい相手にビビってんじゃないわよ!私の方がもっと怖かったでしょう!?懐に入って応戦、スキあらばバックスタブよ!」


「アドバイスどうも!だが変な所で張り合うな!」


 ユウヤはラッシュを掻い潜りながらナイフで巨体の腕や足・胴を切りつけていくが、手応えは感じない。


「インパクトの瞬間に反らされている!?」


 横振りの尻尾をジャンプで避けて勢いのままにナイフを振り下ろすが、やはり相手の皮膚には届かない。化物はまた足を地面に打ち付けてこちらの着地を阻害してくる。


(まるでソウイチの重力スーツ……今のはG・クラッシャーだよな?)


 相手の股下をくぐり抜けて、化物の首を狙うが尻尾の迎撃で弾かれる。

 同時に衝撃でナイフも手放してしまった。


(くっ、つまりソウイチの細胞を使って作ったのか!?)


 間違いではないが間違いである。さすがのユウヤも目の前の5mを超える化物がソウイチ本人である事は認識出来ていない。今から数時間程前、普通に通話した相手が化物になっているとまでは推測出来なかった。


 だがどちらにせよ、倒さねばならない相手なのは変わらない。


「ハァハァ、化物だろうが偽モンだろうが……ソウイチに負けるワケにはいかねえよなあ!」


 ユウヤは更にチカラの出力を上げて殴り掛かる。化物の方も負けじとラッシュを仕掛けるが、今度は余裕ですり抜けられてしまう。


「喰らえ!光速ストレートッ!!」


 ズドドドンッ!!


 目にも止まらぬ速度で繰り出される拳は、重力スーツの影響を突破して相手の胸に何発も突き刺さる。


「グ、グアアアアアアア!!」


 胸から緑色の血液を撒きながら、大きくのけぞる化物。ユウヤはその後ろへ周り込んで背中に対して更に睨みを利かせ――



「ミチオール・クゥラアアアアック!!」



 ズガガガガガガガガガガ……!!


 秒間数十発の拳をその背中に叩き込んだ。


 翼はもげ、皮膚は剥がれ、衝撃で内蔵がやられる程のダメージを受けた化物は、前のめりに倒れ込んだ。


「ぐへあ……ハァハァ……この速度なら重力スーツといえど!」


「やるじゃないユウヤ!やっぱり私のおかげね!」


「油断しないで!ゴホゴホッ、あいつ再生してる!」


 歓声を上げるメリーさんだったが、相手の再生に気付いたメグミが咳き込みながらも情報を伝えてきた。

 見れば背中の細胞がボコボコと泡立ちながら綺麗になっていく。翼は流石に修復されないようだが背中は新たな皮膚に包まれ、この様子だと内蔵も復活しているものと思われる。


「うへえ、マジかよ!呆れるタフネスさだ。」


「てえい!……ごめんなさい。今の私では光がだせない!」


「気にすんな!こうなりゃMAXスピードで意地の張り合いだ!」



「グルアアアアアアアアア!!」



 ユウヤの声に呼応するかのように咆哮を放つ化物。その身体が歪んで見える辺り、相手も本気でチカラを使い始めたようだ。


 その巨体に似合わず素早く突進してユウヤに拳を振り下ろす。


(重力の操作で身体を軽くしてるって事か!)


 相手がソウイチ絡みのモンスターと分かれば、今まで見えなかった事も見えてくる。

 ユウヤは敢えてジャンプで躱して着地を狙わせる。


 ズドオオオン!


「掛かったな!」


 ユウヤはG・クラッシャーに巻き上げられた空間を集中して見つめて遅くすると、それを足場にして相手を飛び越して後ろへ回る。魔王程ではないが、僅かながら空間を分離させて足場にしたのだ。


「グアアアアアアアッ!!」


 ただし視線を一点集中する分、化物の速度が戻るので急いで後ろに回って見つめ直す。


 ブオン!!


「光速ストレートだッ!!」


 ズドドドン!


 迫る尻尾を弾き返すと、化物は上体を右によろめかせて膝を付きそうになる。



「チャンス!喰らえ、ミチオール・クゥラアアアア――」


「グレェェアアアアアア!!」



 好機とばかりに大技でキメようとするユウヤだったが、化物は驚きの速度で右腕を突き出してきた。



「な、何ィ!?演技かよ!!」



 それは足・腰・腕など身体の部位毎に精密な重力操作を行い、短時間で高速かつ重量の乗った、渾身の”グレイトブロウ”であった。



 ズガガガガガガガッ!



 その瞬間に何十発もの拳を化物の右腕に当てるが、高重力を纏った相手の拳にほとんどが弾かれる。どうやら斜めに反らすように重力を纏っているようだ。


(マズイ、避け――)



 ズドオオオオオン!



「ぐへあ!?」



 ユウヤに振り下ろされた拳。その重量から生み出されたパワーとれに纏っていた高重力の衝撃が全身を襲う。

 バキバキ・メキメキといったイケナイ音が聞こえてユウヤは心の中で舌打ちする。


 そのまま後方へ吹き飛んだユウヤは地面に転がって行き、身体が回転を止めた頃には意識を失ったのか動かなくなっていた。



「「ユウヤ!!」」



「グオオオオオオオオオオ!!」



 まるで勝利宣言とばかりに咆哮を放つ巨体の化物。止めを刺そうとしてか、のっしのっしと倒れたユウヤにゆっくり近づいていく。


「早く起きて!もう来てるわよ!」

「そんなのに負けるなあああああ!」


 女達が叫ぶが彼は動けない。が、彼女たちのおかげで意識は戻ったようだ。


(うぐぐ、身体が動かねぇ……だが負ける訳には……)


 自分が負ければメグミ達が生きる可能性は無い。それに男の意地として、自身の最高のライバルの”偽物”に負ける事は出来ない。


 その気持はあっても全身の痛みで身体が言うことをきかない。化物はもうあと数歩で自分に辿り着き、止めを刺すだろう。


(またか?オレはまた大事なヤツを助けられずに?)


 ユウヤの脳裏に過去の出来事が蘇る。俗に言うフラッシュバックである。


 …………



「くそッ、どいてくれ!」



 2007年5月。当時入居していた施設が炎上し、警察や消防や野次馬達が囲んでいる。問題児だった彼は、スタッフの雑用を申し付けられてその帰りだった。

 制止する警官達をすり抜けて施設の入り口まで来た所で、当時の親友と言っても良い悪友がケガをした足を引きずりながら姿を表した。


「無事だったか!今助ける!」


 分厚いガラス張りの玄関に近付いて手を伸ばした矢先、爆発とともに施設は崩れ落ちた。そう、親友の居た玄関もろとも。


「うああああああああ!!」


 あの最後の友人の姿は、まるで時間を切り取ったかのようにハッキリと脳裏に焼き付いていた。警官が後ろから引っ張って退避させようとするが、それでもユウヤは崩れた玄関を掘り起こそうとしていた。


 後少し早く駆けつけていれば。悪戯ばかりでつまらない雑用を押し付けられるような立場でなければ。あるいは彼を救うことが出来ていたかもしれない。



 …………



(もう、あんなのはゴメンだ。だがどうすれば……いや、待てよ?)



『僕が思うに、チカラをただ垂れ流しているだけだと思うよ。』

『ユウヤの武器は速度だけど、真っ向勝負ばかりなんだよね。』

『相手の虚を突く技術を磨くと良いんじゃない?』

『多少はフェイントを入れないと、多少早くてもバレるよ。』


 思い出すのは今の親友、その1人であるモリトの言葉。


(そう、だな。一度もやってみたことはないが、物は試しだ!)


 彼が思いついた方法はハッキリ言って博打だった。


 身体が動かないなら”動かせるようにすれば良い”。

 動きが読まれるなら、それを打ち破るほどの”虚を突けば良い”。


(なあに、やることはシンプルだ。上手く行けば儲けモノ!)


 彼は目を閉じて全身に精神力を巡らせていく。


 ギチギチと内部が蠢き凶悪な痛みが走るが、そんなの今更だ。

 起死回生の準備をしている間もズシン……ズシン……と地響きを感じて化物が近付いて来ているのが解る。


「ユウヤあああ、起きてよおおおお!」


 メグミの悲痛な声に更に心が高ぶり精神力が補充される。


「やばいやばい!あと1歩よ!!起きたらご褒美あげるから!」


 メリーさんの謎のご褒美に興味を惹かれるがそれは横へ置いておく。


「グルルルルルルル……」


 ついにユウヤの枕元?まで辿り着いた化物は、低く唸りながらこちらの様子を伺っている。


 ヒュオッ!


 やがて風切り音が聞こえて、腕を振り上げたのが解る。あと1秒か2秒かしたらソレは振り下ろされて、彼は終わるのだ。



「うおおおおおおおッ!時よぉっ、止まれえええええええ!!」



 動けないハズの身体を動かし立ち上がったユウヤは、全身から精神力を放出してそれにとあるイメージを乗せる。


 それはかつての友人の命が消える瞬間。


 世界から切り取られたかの様なあの瞬間のイメージだ。


「「「…………」」」


 驚いたような顔で固まる化物とメグミとメリーさん。

 これはもしかして失敗して呆れられてるのかと疑うが、肌に感じる空気や色彩の流れすら停止している。



「成功したっ!今だああああああああ!!」



 ユウヤは足と腰と右腕にありったけの精神力を乗せて停止した化物に突っ込んでいく。


 ただでさえ慣れない時間停止で洒落にならない精神力が溶けていく中、これで決めねば本当に終わってしまう。



 ズドォオオオオオン!!ブシャアアアアアアア!!



 今までのユウヤの一撃ではあり得ない効果音が鳴りった。彼の右腕は化物の胸を容易く貫いていて、精神力を大量に籠めた所為でソレが空間を爆散させて大穴を開けていた。



「グルッ!?グオオオオオオオオオオオォォォ……」



 その直後に全ての流れが戻ってきて、化物は突然走る痛みと衝撃に何が起きたのか分からぬまま前に倒れ込む。


 ズゥゥゥン!


「おっと、危ねえ!これで倒せたよな?そうであってくれ……」


 せっかく倒したのに下敷きになっては格好悪い。さっさと避けて化物の生死を確認するユウヤ。


 胸というより胴体そのものに大穴を開けてビクンビクンと脈打つ化物を、どうだ?やったか?とつついいく。


 するとスマホから全露出したメリーさんが、メグミを支えながらゆっくりと近付いてくるのが見えた。


「凄いわユウヤ!あんなトンデモないのを倒すなんて!」


「わ、私のライバルとしてはまぁまぁね!」


 ユウヤはメグミの下へ小走りで近付いて抱きしめた。メリーさんは空気を読んで、またスマホで半身浴?している。


「無事で良かった……本当によかった!」

「もう、ユウヤのバカぁ。それは私のセリフよ!」


 2人は熱く抱擁を交わして無事を喜び合う。しかしメリーさんが我慢できないとばかりに質問を投げかけてきた。


「でもどうやって逆転したの?私からはよく見えなかったんだけど?」


「ああ、それは――」



「時間遡行と時間停止、だろ?」



 シュタッ!と近くで着地音が聞こえて、懐かしい声が聞こえてくる。



「「トキタ教官!?」」



「よう、お前ら元気にしてたか?ちょっと見ない内にデカくなったな。今の戦いも途中から見てたが、本当に強くなったもんだ。」


 ケーイチは化物とユウヤ達の間に現れて元教え子を褒めちぎる。


「まさかユウヤが魔王みたいなチカラを使うとはな。だがそれ、寿命が極端に縮むから2度とやるなよ?」


「使いたくても2度と使える気がしないけど……っていうか――」


「「なんで教官がここに居るんですか!?」」


 いきなり現れてアドバイスをしてくる謎の行動に混乱しながらも問いかけずには居られないユウヤとメグミ。


「まぁなんだ、お仕事中だよ。そんなわけでこいつはオレが預かるが良いよな?」


 そう言って今だビクンビクンと痙攣する化物をぺしぺし叩くケーイチ。


「待ってくれ!教官には聞きたいことが山程――」


「オレはもうお前達の教官じゃねえよ。それにこれでも急いでるんだ。またな!」


 ケーイチは化物の横たわる地面に空間の穴を開けると即座に飛び込んで消えていった。



「消えちまったか……いろいろハッキリさせたかったんだがな。」


「でもなんか、前よりスッキリしてた印象ね。前はブラック企業のデスマーチで死にかけたゾンビみたいだったのに。」


「誰なの?今のちょっと格好いいオジ様!」


「オレ達を鍛えてくれた教官だよ。2年前から行方不明になってて、今では第二の魔王に認定されて敵になっちまったけどな。」


「仲悪そうに見えなかったけど……ふーん。つまりあのオジ様はニンゲンでありながらニンゲンにポイされたって事ね。」


「んん?ポイ?」


 メグミが首を捻るが、ユウヤは気にせず今後について切り出した。


「それよりここに居ても仕方がない。北の中央交差点に避難所があるらしいから、そこへ向かおう!」


「ええ、分かったわ……ってこの状況で街の真ん中に避難所?」


 メグミは再びユウヤに背負われながら疑問を口にする。


「ああ、変な話だがNTの次期社長の発言だし行ってみようぜ!」


「ユウヤってちょっと目を離すと何するか解らないコドモみたいね。」


 この2・3時間で敵だったはずのメリーさんを手懐けて、NTグループのエリートとコネを作っている。何をどうしたらそうなるのか。


 世の奥様達のアンケートでは、夫はいつまでも子供のままという意見が多くある。つまり結婚して子供を作ると大小の子供を相手にしなければならないから大変!というワケである。


 ※なお、地域やら何やらで個人差があると思います。多分。


 なんとなくそれの片鱗を感じて倦怠感が増すが、今回は有益な情報だし助けられた身なのでありがたく従うメグミ。


「ねえ、色々聞かせて?離れていた時の事やさっきのチカラの事も。」


「ああ、もう離さないからじっくり話そうな。」


「ヒューヒュー!」



 ユウヤはこれまでの事を話しながら北上する。その過程でハロウ達やサバゲーマー・避難民達のその後が頭をよぎるが、すぐに横へ置いておく。今は自分が背負っている女が居る。それだけで満足だった。



 歓楽街は比較的安全そうでは有ったが、武器を没収されるのは勘弁願いたいので迂回していった。警告してきた警官に心配されたが、この先も戦いはあるのだ。たとえ弾切れだろうと家に戻れば補充ができる。まだ戦える。



 ゾンビとは殆ど遭遇しなかった。たとえ見かけても迂回するか、メリーさんのサポートを受けつつ”穏便”に処理していった。


 こうして合流を果たしたユウヤとメグミは、新たな友人と共に仲良く中央交差点に向かうのであった。



 …………



『決まったあああああ!!チャレンジャー・タカヤマ、世界王者を”グレイトブロウ”でマットに沈めたああああああ!』


『素晴らしい試合でした!新チャンピオン・タカヤマ・ゴウルの誕生に、素直に拍手を送りたいと思います!』



 在りし日。大歓声の中で実況と解説の高揚した声が響く。当時まだ幼いソウイチは、テレビ画面の向こうで父親が世界一になった瞬間を目に焼き付けていた。それは心も身体も内側から燃えるナニカが生まれた瞬間でもあった。



『無残!元王者タカヤマ・ゴウル、連戦連敗!!』


『チャンピオンになった日がゴールだったのか!』



 在りし日。テレビや雑誌で父親の悪口が横行している。


「ぐぬぬ、好き勝手言いやがって!あいつら親父の何を知ってるんだ!」


 パスン、パスン!


 ソウイチは目の前のサンドバックを叩きながら怒りを発散している。


 彼の家には父・ゴウルの作ったトレーニングルームが存在する。

 部屋の中には多くの筋トレ器具が並ぶが、子供には危ないからと使わせてもらえない。


 今日も学校の同じクラスの連中に散々言われてケンカになった。その怒りが収まらずに勝手に部屋を使用しているのだ。



『連敗ストップ!再起への道を踏み出す1勝!』


『まぐれじゃなかった!怒涛の3連勝!』


『ロングインタビュー!勝利の秘訣は健康に気を使う事!』



 在りし日。ズバン、ズババンとサンドバッグに拳を打ち込むゴウル。そんな父の迫力有る姿を見て、心配になったソウイチが声を掛ける。


「親父、最近頑張り過ぎじゃないか?ほとんど休まずに身体を動かしてるじゃん。それって逆に良くないみたいな事を聞いたよ?」


 ゴウルはベルトを奪われた後、ファンを名乗る者から高給な仕事を斡旋してもらって生活していた。それ以外の時間はトレーニングに費やし、ジムか家のトレーニングルームか走り込みに精を出している。

 ソウイチから見てもいつ寝ているのか不思議なくらいである。


 そんな息子にゴウルは手を止めて安心させるように笑いかけた。


「心配すんな。健康に気を使いだしたらすこぶる調子が良くてな。この前まで連敗続きだったが、ようやくカンが戻ってきたんだよ。」


「それは見てれば分かるけど、やりすぎじゃねえかって。」


「ボクサーってのは年齢制限があってな。引退までにもう一度チャンピオンになって、お前にその姿を見せたくてな!」


「親父……でも健康に気を使うなら少しは休んでくれよな。」


「言うじゃねえか。だがよく見ておけ!これがオレの必殺ッ!」


 ゴウルはサンドバッグへ向き直って拳を叩きつける。


「グレイトブロウッ!!」



 ズドオオオン!



「おおおおお、やっぱ凄えよ親父!!オレも早く強く成りたいぜ!


 サンドバッグが大きい音を立てて揺れる。その必殺パンチを見たソウイチは顔を輝かせる。


「休憩の合間になら教えてやるぞ。その名前通り、強くなれよ。」


「うん!!」


 子供らしい笑顔で大きくうなずくソウイチ。


 聡明な心で誰よりも強く。それがゴウルと亡き妻で話し合って決めたソウイチの名前の由来だった。


 ゴウルはソウイチが”チャンピオンである自分”に憧れているのを知っている。今では学校で喧嘩ばかりなのも。ゴウルは自分の落ち目の所為で息子にまで肩身の狭い思いをさせるのが許せなかった。


 だから親子揃って胸を張って生きていくためにも、必ず世界王者に舞い戻る必要があったのだ。


 そう、たとえ怪しげな栄養剤を常用する事になっても。



『大逆転勝利!炸裂!カウンターのグレイトブロウ!』


『ゴウル、現役最後の試合で世界王者のゴールを決めた!』



 在りし日。あれから全ての試合で勝利を収めたゴウルは、世界王者との試合に臨んで勝利を収めた。


 チャンピオンの怒涛の攻撃によって上体を右に傾かされ、追い打ちを掛けようとする相手の胸にカウンターのグレイトブロウを放ったのだ。相手の元チャンピオンはそのまま病院送りとなって、ゴウルは念願のベルトを受け取った。


 勝利インタビューでは、足腰腕のバランスが云々と嬉しそうに語るゴウルの姿が在った。


 その一連の父の姿はソウイチの心に刻まれ、いつか自分も必殺のグレイトブロウを使えるようになってやると彼は決意した。


 ゴウルもまた、これで息子に胸を張って生活できると思っていた。



 だが、世間はそこまで優しくはなかった。



『有終の美に黒い影!ゴウル元王者に薬物疑惑!』


『八百長疑惑!元チャンピオン反社組織との交流……か?』



 在りし日。ボクサー時代から続けていた高給なお仕事。これが疑惑の元となってマスコミに叩かれ始めたタカヤマ・ゴウル。その仕事は要人の用心棒を中心とした護衛が主だった。


 苦しい現役時代にファンからの口利きで紹介してもらい、よく効く栄養剤と生活の糧を与えてもらった会社なだけに恩を感じていた。なのでボクサーを引退した後も力になれればと継続して働いていた。

 どっちにしろソウイチを食わせて行くためには給料は高い方が良い。


 だが若干アレな組織だったらしく、マスコミ達にご馳走を振る舞ってしまう結果となった。



「痛ってえ、あいつらシコタマ殴りやがって……親父はイカサマなんてしてねぇっての!あの試合は完全に親父の実力なのは見れば解るだろ!」



 2007年4月。ソウイチは自宅へ戻ると、洗面所で汚れた顔を洗った。

 父親がマスコミに叩かれる中でソウイチもまた、いじめの対象となってしまっていたのだ。中学に上がったばかりの彼は新たなコミュニティの加入に完全に失敗した形となった。


 連日集団でボコボコにしてくるが、反撃はしなかった。ボクサーは素人相手に拳を振るわないモノだと教わっていた。


 だがあのフザケてニヤニヤしながら口撃・攻撃するヤツらを見てるととてつもなく暴力的な衝動が沸き起こる。あんなヤツらに何を遠慮する必要があるのか!


「おっと、いけねぇ。親父も頑張って働いてるんだ。オレが迷惑を掛けるわけにはいかんよな。そうだ!ここはひとつ、親父特製の”元気ドリンク”でパワーを分けてもらうとするか!」


 ソウイチは冷蔵庫を開けて、緑色の液体が入ったプラ容器を取り出した。

 普段は「お前には早い。」と言われて絶対に飲むなと言われているが、ケガや痛みが続く日々に少しだけ魔が差してしまった。


 ゴクゴクゴク!


 コップ一杯の”元気ドリンク”を豪快に飲み干してぷはーっと息を吐くと、すぐに身体に異変が起きた。


「なんだこれ!?急に力が湧いて来たぞ!?それに……滅茶苦茶やる気が出てきやがる!!」


 身体の傷が塞がれ、痛みが消えていく。その効果に驚くと同時に、彼の中に急速に湧き上がるナニカを感じ取った。


「元気になったら、なんだか連中に対する怒りが蘇ってきやがったな。どうせ明日も明後日も同じ日が続く……こうなったらあいつら1人残らずぶっ飛ばして、オレが1番になってやる!」


 ソウイチは再び家を出て、連中のたまり場を目指していた。


「オレが1番になれば、文句を言う奴なんざ居なくなるだろ!」


 ソウイチは若いながらも鍛えたその身体と技で、ケンカを売ってきた者達を蹴散らした。


 清潔なベッドの上で、献身的な介護を受けられる立場になった彼らは、2度とソウイチに手出しをする事はなかった。というか出来なかった。奇怪な骨の折れ方をしていて、元に戻る事はないという診断だったのだ。


 即座に彼らの仲間や不良達が、報復や脅威の目を摘みに走るが全てを打ちのめして回るソウイチ。


「ゴクゴク、ふぅ。このチカラは”とても良い”が、水を飲んでないと体の負担がヤバイことになるな……」


 怪我人の山の傍らでミネラルウォーターを飲み干しながらそう溢す。この頃には重さを操れる事に気付いていて、存分に振るっていた。


 親達が報復の法的措置を取ろうと試みたが、その訴えは闇に消えた。ゴウルの雇い主が気を利かせてくれたのかもしれないが、ソウイチは何も知らない。


 こうして世間がGWに入る頃には、ソウイチは超問題児として教師達と学友達を震え上がらせた。



 …………



「なるほど、あのボクサーの息子だったのか。」


「まあまあ、あの男気あふれる御方の。血は争えませんね。」


「マスターさん、そろそろ目覚めそうよ?」



 地球時間で10月5日1時。魔王邸孤児院の保健室のベッドに寝かせたソウイチを、マスターはマキとともに治療していた。いつものごとく頭から情報を抜き取って空中のモニターに表示している。


 ここを使うにあたって、クマリも様子を見に来ている。他のエリアでは男は消滅するので、いつもの診療所を使うわけにはいかなかったのだ。


「うう、ここは……?オレは、戻っている?」


「おはよう、ソウイチ君。ここはオレの経営する孤児院の保健室だ。君はユウヤ君との戦いに敗れた所をトキタさんに救われ、ここで治療を施された。ここまでは良いかい?」


「ユウヤに負けた?ああ、夢じゃなかったのか。だっせぇなオレ……いや待てよ、教官だって!?じゃあアンタが現代の――」


「おっと、そこまでだ。今興奮しては身体に障る。落ち着いて話をしようではないか。」


 マスターは片手をかざしながらソウイチに静止を促す。


「あんたに気遣われるなんて、この世の終わりか?オレを捕まえて何をするつもりだ。仲間は、街はどうなった?」


 生きている実感が出てきたのか、彼は貪欲に情報を求め始めた。


「ほらほら、落ち着いて。一気に質問されても彼が困るわよ?」


「お、おう……」


 マキに諭されやや気を反らされたソウイチは大人しくなった。敢えて言うまでもないが、女医の色香にやられたようだ。


「どうもしないよ。君の仲間達は全員無事だし、街の異変も封じ込めに成功した。あとは黒幕を叩くだけ、つまり大詰めだよ。」


「え!?もうそんなに進んでるのかよ!?」


「君の治療が最後だったからね。そうだ、君のチームメイトを呼ぼうじゃないか。元気な顔を見せて安心させてやってくれ。」


(ミサキ達もここに来ているのか!?だが……)


 マスターはクマリに合図してミサキ達を呼ぶように指示を出す。だがソウイチはそれに待ったを掛けた。


「待ってくれ。その前にオレからも話がしたい。」


「なんだい?」


「話がウマ過ぎだ。あんたはオレの親父を殺した男だろう。そんな簡単に信じると思っているのか?」


「そうだったら良いな、くらいには思ってたよ。」


 明らかに敵意を向け始めたソウイチに、「まぁ、こんなもんだよね。」と言った感じの様子のマスター。自身のコミュニケーション能力はよく知っているのだ。


「親父が死んだ後、オレは親戚同士の擦り付け合いを経て施設に入った。そこでも厄介者扱いで、気がつけば政府の訓練学校に入って特殊部隊の一員だ!!あんたには答えてもらうぜ。何故親父を殺した?何故オレをこんな目に合わせた?」


「親父さんはともかく、君のその後は自業自得じゃないかなぁ?」


「「うんうん。」」


「んだとっ!?」


 あれだけ周囲の人間を再起不能に陥れたら誰だって関わりたく無くなるだろう。評判・評価というのは信用という意味ではとても大事である。救いがあるとすれば、特別訓練学校では上手くいってた事だろうか。


 女性2人にもハモって同意されてしまい、思わずギロリと睨みつけるソウイチだった。


「あー、クマリとマキは下がって……いや、オレ達が移動しよう。」


「うわっ!?」


 突然空間に穴を開けて別の場所へ移動するマスターとソウイチ。



「うおっ!?ここは……リング?」



 ソウイチが降り立った場所は、マスターが再現した空間だった。

 それはボクシングのリングであり、客席も観客もない、ただのリングだった。


「君にふさわしい場所を用意させてもらった。さあ、さっそくやりあおうではないか。」


 マスターの言葉が終わると両者の拳に黒いグローブが装着される。


「へっ、なんでもありだな。何も説明は無いのか?」


 立ち上がって構えを取りながらソウイチは睨む。


「格闘家の魂は拳に宿る。それを再現した。後はそれで殴り合う。ダラダラと話して進展ナシよりは、実に早くて合理的だろう?」


「なるほど、分りやすい!」


「さあ、始めよう。君の感情を全て受け止めてみせよう!」



 カアアアアアン!!



 ○○○がいい笑顔でゴングを叩くと、2人の男の殴り合いが始まった。



「「「男のヒトってそういうの好きよねぇ……」」」



 サポート室や保健室から見ていた女達は、賛否両論のため息を吐いて男達を見守っていた。



 …………



「はあああああっ!」


 ズガガガッ、ズドオン!


 ソウイチはラッシュで魔王を殴りつける。その手には自身の不幸への怒りをこれでもかと籠めている。その一発がヒットすると、チカラが相手に押し込まれていった。


「うんうん、その調子だ。だがここががら空きだぞ?」


 ズドォン!


「ぐっ、んなあああ!?」


 すぐさま魔王の目にも留まらぬ一撃がボディに入る。すると彼の心の風景がソウイチに注ぎ込まれて怯む。


(これはあいつの過去か!!いや、負けてられねえ!オレだって!!)


 ズガガガガッ!


 ソウイチは負けじと拳を繰り出し、魔王がそれを受け止めていく。


「やはり親子だな。なかなかの気迫だ。その若さで良くやる。」


 ズドン、ズドン!


「ぐはぁっ!ま、また……こんな事が!?」


 隙きを的確に狙って打ち込む魔王の攻撃を喰らい、過去の記憶が再度注ぎ込まれた。それどころか当時の魔王が受けた痛みや苦しみまで流れ込んでくる。


(こいつ、こんな……なんて人生だ!!だが、だからといって親父を殺して良いハズが無い!!)


「どうしたんだい?足が震えているぞ?」


「ほざけ!あんたへの怒りで震えてるんだよ!!」


 ビシバシと手を休めること無く打ち込むソウイチには、戦いが進めば進むほど解ってきたことがあった。


(ぐふっ、またか!勝てる気がしねぇ……でも負けるつもりもねえ!過去の経験からでは無理だ!ありったけの気持ちを打ち込んでやる!)


 ズガガガガッ!


「ほう?良い傾向だ。じゃあこれでも意識せずにいられるのかな?」


 過去がダメなら今の素直な気持ちへ切り替えて拳を振るうソウイチ。だが魔王は余裕の態度でズドンと一撃入れてくる。


「ぐふっ、それ卑怯だろ……な、この記憶は!?」


 接近戦を苦手とする魔王だが、先程から幾度となくヒットしてるのは時間干渉によるところである。だがそれよりもソウイチは注ぎ込まれた記憶の景色に気を取られていた。


(親父と……魔王の対決?)


 彼の父・ゴウルは今の自分と同じく魔王に拳を打ち込んでいた。

 何をどんなコンビネーションで打っても全て弾かれている。


 2人の口元が動き、何かの言葉を掛け合っているが何を言ってるかはわからない。


 やがてゴウルは必殺の拳を魔王に叩き込むが、バリアで弾かれて逆にカウンターの拳で吹き飛んでしまった。


「てめぇ!なんて悪趣味なッ!」


「ソウイチ君が望んだコトなんだけどね?それを見て君はどうする?」


 激昂するソウイチに対して、のらりくらりの魔王。ソウイチは父の死の理由を知りたがってはいたが、死の現場を見たかった訳ではない。ついでにうっかり音声をミュートにしてあったので何を言っているのか解らなかった。怒るソウイチの拳を適当に受けとめる魔王。


「ふーん、こんなもんかね?過去の怒りや今の気持ち。それを乗せてもバリアを使ってないオレすら倒せない。チカラの操作は中々の物だが、これではゴウルさんの息子にしては物足りないなぁ……?」


 魔王の煽りにソウイチは歯を食いしばる事しか出来なかった。何度打っても有効打にならない。何を乗せても敵わない。


(くそっ、手立てが無ぇ!だがユウヤは似た状況で化物のオレを跳ね返した!アイツに出来てオレに出来ないワケが無い!!)


 何か無いかと自分の中の感情を見つめ直すソウイチ。

 魔王はタダでさえ印象に残りにくいモブ顔を歪めて煽っている。


「ほらほら、どうした?男の子だろう?諦めてはそこで試合終――」


「うるせえ!黙って待ってろ!」


「むぅ……」


 最後まで言わせてもらえなかった魔王はちょっとしょんぼりしながらソウイチの動きを見守っている。戦いの最中に少し不自然な行為だが、チャンスを貰えるというならソウイチは気にしない。


(あいつの狙いは解らんが、やってやるさ!)


 過去だけではダメだった。現在の気持ちと合わせたチカラでも同様。ならば未来への気持ちで熱くなれる何か……。



「よっしゃ行くぜ!これがオレのグレイトブロウだあああっ!!」



 意を決したソウイチは魔王へ突撃していく。その右腕にはかつて無い程の特濃のチカラを纏っていた。



「さあ、来るが良い。この土壇場で何を見せグフッ!!」



 ズドオオオオン!



 魔王のセリフが途中で中断されて、彼の身体にソウイチの右拳が突き刺さっていた。


「うおおおおおおおおおおッ!!」


 ソウイチはそのままチカラを全力で放出して重力波を発生させる。


 ドグシャアアアアア!!


 魔王の身体はグチャグチャになりながらリングのロープにぶつかって、反動で床に転がった。



「見たか!これがオレの、世界一のコブシだあああああ!!」



『おー、凄い凄い!君、完全にゴウルさんの上を行ったよ。』


 パチパチパチパチ……。


「!?」


 吠えるソウイチだったが、直ぐ側に黒い人型のナニカに拍手をされながらテレパシーで称賛を送られた。


「えっと……どちら様で?」


『○○○○・○○○だけど?』


「え?いやだって、今吹き飛ばして転がってるじゃん!え!?」


 混乱した彼は無様に転がるモブ顔黒ずくめを指差しながら、黒い人型と交互に見比べている。


『アレはオレが作った人間の身体だよ。オレは人間を止めたってコト、トキタさんから授業で習わなかったのかい?』


「んな!?なんてこった!」


『そもそもオレを殺したら、この空間が無くなって異次元宇宙に放り出されるよ?せっかく君を治療したのにそんな事させるワケが無いだろう?』


「あなたー!ロードするわよ?」


『ああ、頼む!』


 謎の銀髪美女の声が聞こえたと思ったら、魔王は元通りの身体に戻っていた。


「な、なんだよそれ!?」


「せっかく時間が操れるんだ。セーブデータの1つや2つ、用意するのは当たり前だろう?君はRPGをセーブ無しでやる程ドMなのかい?」


「普通、人生は電源ボタンしか無いクソゲーなんだよ!!」


「良いこと言うね。それじゃあいい汗かいて解り合えたところで話し合いに入ろうか?世界一のコブシ君。いや世界一のチェリー君と言った方が良いかい?」


「ぐッ、このおおおっ!!……それだけは止めて下さい!!」


 ソウイチは渾身の土下座で許しを請う。そんな呼ばれ方を女達に広められたら生きては行けない。


 そう、ソウイチが最後に篭めたオモイとは……過去のスケベイベントから生み出された衝動と、近い未来にヤリ遂げたいとする願望。


 つまり童貞君の無限妄想パワーだったのだ!



 …………



「「おかえりなさい!えっと……ソウ兄さんも男の人だもんね?」」


「ソウイチ、ブフフッ、無事で良かったわ!散々ブタとか言ってたけどおサルさんが希望だったのね。クスクス、お似合いよ……ブフッ!」



 彼らが孤児院に戻ると、アイカ・エイカ・ミサキが生暖かく迎えてくれた。クマリが呼んで来て一緒に観戦していたらしい。


 アイカ達は頬を染めながら謎のフォローを入れてきた。軽蔑されてない代わりに何処か期待の視線をチラチラと向けている。

 ミサキは堪えきれてない笑いを堪えながら、煽りを入れてくる。


 ただ見ていただけならこんな態度にはならないだろう。なんらかの形でラストの一撃の内容を詳しく知ってしまったようだ。クマリがささっとモニターを背中に隠している事から、きっとマスターの観戦者に対する”粋な計らい”の所為である。


 ミサキの煽りは下手するとブーメランが刺さる気もするが、ソウイチはそれを跳ね返せるほどの経験が無いので絶望してそのまま膝をつく。



「終わった……」



 ソウイチはがっくりと項垂れて、生きている喜びを噛み締めていた。


 っと、言う事にしておこう。


お読み頂き、ありがとうございます。

お陰様で130万文字突破しました。

次週は2話更新予定です。

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