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98 オンナ そのノロイ

やや過激です。ご注意下さい。

この物語はフィクションです。

 


「ハァハァ、やっぱり独りでは厳しいわね。」



 2014年10月4日20時50分。街の病院から北のY字路で、公衆電話のメリーさんという謎の存在に襲われたメグミ。ユウヤが時間稼ぎをしている間に左に進んだ彼女は、民家の倉庫の影で休憩していた。


「正直参ったわね。ユウヤは追ってくる気配がないし、モリト達は合流どころか戦闘音もしてない。おまけに武器はハンドガン1丁で残弾も慎ましい大和撫子状態。投げ物もどんな数をかけても0個、か。」


 独りでのサバイバルなら現状確認は非常に大事である。なのでメグミもそれにならうが、あまりの心もとなさに気持ちが暗くなっていく。


「自分で言ってて泣きたくなってきたわね。いっそ戻って、ユウヤと合流したほうが良いのかな?とりあえず回復して息を整えましょう。」


 両手の平を腰の高さで上に向けて、黄色い光を発生させる彼女。ほわほわぽかぽかした光が自分の体力を回復させていくのが解る。


「ウガアアアアアッ!!」


 その時倉庫の死角からゾンビが1体現れてメグミに襲いかかってきた。


「しまった!まだ回復の光がッ!」


 回復作業中のメグミは慌ててしまう。すぐに距離を取りつつ銃を構えるなり逃げるなりしなければならないが、慌てた所為でチカラの制御がもたついてしまった。

 例えるならトイレ中に緊急事態が……いやクシャミが出そうな時に恋人からアプローチがあったような、そんな状態である。



「く、くるなあああッ!」



 ピカアアアアアッ!



 メグミは思わず両手を相手に向けて目を閉じてしまった。



「グギャアアアァァァ……」



 何故かゾンビの悲鳴が聞こえて恐る恐る目を開けると、上半身の肉がボコボコと膨らみつつも爛れ落ちて倒れる死体がそこにあった。


「え!?どういう事!?」


(回復の光でゾンビに攻撃効果があった?過剰回復はお肌の天敵ってことかしら。わ、私も気をつけなきゃユウヤに嫌われる!?)


 謎の心配を始めるメグミだったが、言ってることは合っていた。


 ウイルスが侵略・破壊し、クスリが治療・再生させる。その程良いバランスによる相乗効果で今のゾンビ化現象は起きていた。過回復でそれを崩す事でダメージを与えられるようだ。


 ゲームなどでちらほら存在する、いわゆる「ヒール砲」が使えるのだ。


 ヨクミの回復魔法は異世界魔法の術式による発動制限があるので、同じ事は出来ない。過剰回復には反応しないからだ。単純に回復効果を照らすメグミならではの攻撃方法と言えるだろう。


「少し、生きる望みが出てきたわね。そうよ、メグミ。弱気になってはダメ!アケミさんならこの状況でも諦めないッ!」


 希望が生まれたことで先に進む決心をしたメグミは、独り銃を構えて住宅街を進むのであった。



 移動を再開してから1分後。



「あれ?ここ何処!?」



 住宅街を進んだメグミは突然周りの景色が変わって困惑していた。

 正確には同じ住宅街の同じ道なのだが、自分の向きや位置が微妙に変わっていた。


 頭が混乱しつつも、息と心を静かに保つように努めながら周囲の様子を伺う。


 ゾンビ達が狭い範囲で行ったり来たりしてたり、ゾンビ犬が走って道路を横断したと思ったら横断する前の位置に戻って更に走っていたりする。延々と走っていてちょっと楽しそうではある。


 不思議なのは民家の壁に突っ込んでいる車だ。この辺は道路に穴が空いて無いので移動に使ったのだろうが、車線にたいして向きが90度ズレた状態でぶつかっている。


(考えられるのは光の屈折か幻覚?いやもっと単純に考えて、空間の捻れみたいのがこの辺に在るのかしら。)


 メグミは考えながら顔に冷や汗が流れていくのが解った。


(嫌な予感しかしないわ。こんな事が出来る人の心当たりと言ったらあまり多くはないもの。まったく。ゾンビといいメリーさんといい、今夜は不思議なことばかり起きるわね。)


 空間が捻れているなら先に進むと何が起きるかわからない。

 それでも進む以外の道はなく、周囲のゾンビ達の動きを観察しまがら進み始めるメグミ。


 街に戻ってきてから散々走ったり戦ったりの大冒険。多少化粧が崩れ落ちているが、命の方が大事なので気にせず進む。


「グバアアアアアッ!」


「うわっ、また変わった!このおっ!」


 ピカアアアアアッ!!


 急に視界が変わって、ゾンビの目の前に移動してしまった。すぐに手をかざして黄色い光を発するとゾンビは苦しみながら崩れていった。


「ふう、心臓に悪いわ……ん?」


 目の前の敵を倒してすぐに次を警戒して見回すと、離れた場所に自分の放った黄色い光が見えた。それはすぐには消えず、その場に少し留まっているようだ。


「あー、この光もワープするのね。しかも滞留している?というか最初から小石か何かを投げながら進めば良いじゃない。何で気が付かなかったのかしら……」


 この辺の気付きや対応は最前列のユウヤとモリトが得意な分野だ。

 メグミは人体や悪意に対してならともかく、この手の類には時間がかかるようだ。


「とは言えチカラばかり使っては居られないし……そうだ!」


 言った側から光を小さく発して、手をいろんな方向へ向けてみる。すると先程事故っていた車のが光ったのを見つけ、その捻れに飛び込んでみた。


 無事に車の後ろにワープしたメグミは中身を覗き込んで見る。

 幸いにも誰もおらず、映画やゲームの様に不意打ちされる心配はなさそうである。運転席を始めとしたドアは開いていて、すでに逃げ出した後なのだと解った。


 無事逃げ延びたのか、周りのゾンビの一員なのかは敢えて考えない。ごそごそと車内を漁ったメグミは目的の物を見つけたようだ。


「有ったわ、発煙筒!ご丁寧に予備も積んであるわね。」


 この場では道順の確認に使えるし、仲間との合流時には合図にも使えそうな道具を手に入れた。


「まったく、なんでわざわざこの道だけこんなにしちゃったのよ。面倒で仕方がないわ!」


 愚痴りながらも発煙筒を使って、少しずつ北へ向かうメグミだった。



 …………



「へくちっ!うにゅうにゅ、へくちっ!うー……」


「あら、セッちゃんどうしたの?」

「風邪……では無い様だけど気をつなさい?」



 突然のくしゃみでうにゅうにゅ言ってるセツナにキリコとサクラが心配する。幸か不幸かお客さんは居ないので、料理にかかったりはしていない。


「はーい。」


 サクラの目で風邪ではないと判ったが、セツナは用心の為にうがいと手洗いをして生姜湯を飲むのだった。



 …………



「お父さん大変、駅でテロだって!避難しましょう!?」



 10月4日15時。駅前商店街の手打ちうどん屋「平和うどん」。

 その店長が厨房でうどんを打ってると、娘が慌ただしく戻ってきた。騒がしいご近所の様子を見に行っていたのだ。


 今日2人は市民ホールのイベント、コスプレ広場にて宣伝を兼ねた出張営業をしてきた。ほぼ毎週やってるだけあって信頼も厚く、売上は上々で昼過ぎには完売となった。


 そこまでは良かったのだが、街の中央付近での交通事故とガス爆発で警察と消防が出動して一時的に交通網が麻痺してしまった。

 仕方がないので愛用のワゴン車は駐車場に停め、うどん輸送用の箱と貴重品だけ持って店まで戻ろうとした。


 市長とバス会社の計らいで、臨時避難バスが運行されたおかげで帰って来ることは出来た。しかし今度は駅でテロ騒ぎときた。

 これでは美味いうどんを打つ暇もない。


「ああん?放っておけ!オレ達はうどんを作らにゃならん!」


「そんな事言ってる場合!?」


「テロ相手は専門家に任せておけ!それが彼らの仕事で、オレ達はこれが仕事だ!」


「お父さんって、変な所だけ頑固なんだから。」


「お前も急いで準備しろ!夜の営業と神社横の食堂に届ける分も作らにゃならん!この分だと開店が遅れちまうぞ。」


「はいはい、ただいま準備します。」


 娘はエプロンを着け、手を洗って父親のお手伝いに入るのだった。



 …………



「うおりゃああああッ!」


「ウガッ、ゴガッ!アアアァァァ……」



 平和うどんの店長がその辺に有ったガレキの破片でゾンビを殴る。

 相手が倒れ込んだのを見ると、すぐに娘と一緒に走り出す。


「ハァハァ、何じゃい今日の街は……この世の終わりか?」


「お父さん見て、あそこに人が集まってる!警官も居るわ!」


 20時。神社横の食堂に出来たてのうどん玉を届けた後の事。ゾンビに襲われた彼らは市内の大型公園、その名も「安全公園」に逃げ込んだ。


 予定ではタクシーで配達した後に、イベント会場近くの駐車場に置いてきてしまった店のワゴン車で帰ってくるはずだった。


 しかし街は事故と暴徒で大騒ぎになっていて、タクシー会社どころか取引先の食堂にも電話が繋がらない。当然今夜は臨時休業にせざるをえないが、取引は取引で契約は契約だとガンコ店長が言い張った。


 娘は反対して、街から逃げるか家に閉じこる提案をするも却下された。彼もただの頭の固さと面子と意地だけで言っているワケではない。


 どちらにせよワゴン車がなければ街からの移動は難しいし、人同士の繋がりや縁は大事にしなければいけない。それを長年の客商売で痛感していた、父親の英断だったのである。


 19時に歓楽街にある食堂へ配達が完了した時には店員に大層驚かれた。

 それはそうだろう。危ないからと引き止められるが、ガンコ店長はワゴン車の確保に西に向かう。なんだかんだで娘を逃がす手段は必要だと考えていたからだ。


 しかし繁華街は地獄と化していた。往路でもおかしな連中が居たが、その密度が段違いだったのだ。

 それでも途中までは進んでみたものの、駐車場まではとても辿りつけないと判断。消耗の激しさも鑑みて引き換えしてきたら公園の避難民達を発見した次第である。



「そこの2人!ケガは無いか!?大丈夫ならこっちに来て下さい!」


「お父さん、行こう!きっと助かるよ!」

「ハァハァ、おうよ……」


「すみませんが、一応確認だけさせてもらいます!」


 安全公園の南西側に集まる集団に近寄るうどん屋親子。その集団を取り仕切る警官達の1人に身体を確認してもらって合流を認められた。



「みなさん、聞いて下さい!街は未曾有の危機ではありますが、この安全公園は避難所としても優秀です!落ち着いて、みんなで協力して助けが来るのを待ちましょう!」


 ざわざわざわざわ……


 警官が浮足立つ市民達に語りかける。そうは言っても恐怖体験をしてきた市民達は不安を隠しきれない。泣き声まじりの喧騒と沈痛な表情が見て取れる。

 ヒトがバケモノになってこちらを食おうと近付いてくるのだ。それはとても怖く心細いであろう。


 市民はそれこそ老若男女問わず、30人は居るだろうか。彼らは身を寄せ合って怯え、震えていた。


「このアウトドアスペースならば、あまり視界を遮るものこそありませんが、逆に言えば暴徒を見つけやすくもあります。皆様のご協力をお願いします!」


 警官が必死に訴えかけている。警官は周囲の見張りも含めて4人ほど確認出来ていた。全員銃を手に取り、治安の良い日本とは思えぬ物々しさを感じられる。



 この公園は大きい噴水と広い池。彫像の並ぶエリアや遊歩道にガラス張りの屋内植物園など、多岐にわたる癒やし空間が並ぶ。


 その中でも今彼らが集まる南西のココ、アウトドアスペースは非常に人気だ。屋外調理場と広場があり、利用料を払えばバーベキュー等の宴会も可能だった。

 週末ともなるとオタク以外の男女が集まって楽しむ姿が見られたり、場合によっては近隣の小中学生の課外授業にも使われている。


 開けた場所でその設備の豊富さから、市の避難場所にも指定されている。まさに安全公園の名称通りの扱いである。


 本当の由来やテーマは、ここを訪れる全ての人達に安らぎを!らしいがあまり認知はされていない。


「なんだかみんな、元気ないわね。」

「オレでさえこの世の終わりかと思ったくらいだからな。」


 合流したうどん親子は周囲を伺って率直な感想を言う。


「おまわりさんよ、ちょっと質問なんだがいいかい?」


「はい!なんでしょう。」


「ここってメシ作れるよな。食料は無いんか?」


「それならあっちの食料庫に在るはずです。週末なのでモノ事体はたくさん仕入れてあると思うのですが、なにぶん鍵が……」


 週末バーベキューをするにしてもモノがなくては話にならない。なので手ぶらで来る人用に食材も用意はしてあったが、どうやら鍵が無いらしい。


「頑丈なのか?ていうかここの従業員はココには居ないのか?」


「居るには居たんですが、ゾン……暴徒になってしまって。ダ、ダメですよ?勝手に開けようなんて!」


「ご立派な法律は分かるが、みんな飢えてるだろう?空腹だと元気もなくなるし心の病気になっちまう。守るべき命も秩序もなくなっちまうぞ!」


「……わかりました。彼の遺体から鍵を探してきます。」


 どうやら自身にも心当たりがあるのか、オナカを触りながら警官は決断をする。


「安心してくれ、ウチは駅前商店街の「平和うどん」だ。モノがあれば炊き出しの1つや2つ、朝飯前よぉ。」


「「「!!」」」


「ほ、本当ですか!?ぜひ、ぜひともお願いします!!」


「「「わああああああああああ!」」」


 パチパチパチパチ……!


 希望に目を輝かせた一同は拍手喝采で料理人を称えるのだった。


「お父さんって、こういう所が格好いいのよねぇ。」


 ちょっと口元がにやけながら娘は誇らしそうに呟いた。



 …………



「コウタ、次のパトロールを頼んでいいか?」


「はい先輩!うどんも食べたし一丁やってやりますよ!」


「あまり熱くなるんじゃ無いぞ。どんな時も冷静にな。」


「了解!コウタ、パトロール入ります!」



 21時。安全公園で周囲の警戒をしている警官達が、パトロールを交代する。本当は2名ずつ行うのが良いとされている。緊急時なので尚更警戒レベルはあげておきたい。しかしこの場には4名しか警官が居ない。1人が市民達の監督で2人が別々に周囲の警戒、一番年上のおじさん警官が司令塔として集団の端っこで指揮していた。


 食料庫を開けて炊き出しを開始した「平和うどん」の親子。彼らのおかげで市民と警官たちは元気を取り戻していた。長年駅前商店街で営業しているだけあって料理の腕は良いし、みんなに声を掛けて沈んだ避難民から笑顔すら引き出している。


 無論食料庫は無限ではないが、これなら助けが来るまで持ちこたえる

 事が出来るだろうと若き警官・コウタは考えていた。



「しかしあのうどん屋の娘さんの方、可愛かったなぁ。挨拶したら親父さんに睨まれたけど……ああいう優しい子は癒やしだよね。」


 独り言を垂れ流しながら公園の南側の道を見て回る。

 この言葉だけなら軽い印象を受けるかもしれないが、彼は真面目な人間だった。

 仕事も遊びも真面目にすることで、同僚や友人からもそれなりの評価を受けている。ただちょっと熱中しすぎて周りが見えなくなる事もあったが、根が真面目なので今までは悪い方へは転ばなかった。


「まさか自分の勤務地がホラー映画みたいな事になるなんてなぁ。くうう、燃えるぜ……っていけねっ!冷静に冷静に。」


 たとえB級だろうとホラー映画も真面目に没入して見入る彼は、この状況を若干楽しんでいるフシが見られる。だからこそ上司にクギをさされたのである。


「しっかし不思議だよな。この道ってなんで通れなくなってんだ?オレ達が公園に来た時には普通に通れたのに。」


 コウタは南側の道路のなにもない空間に手を当てながら訝しがる。


 彼らは駅でのテロ騒ぎの際に出動したが現場を担当したのは別のチームで、周囲の市民の避難誘導に当たっていたのだ。駅前通りの車両を全て移動させ、残った徒歩の住人を駅から遠ざけるのが任務だった。


 だがそうこうしている内に駅側からゾンビ丸出しの暴徒に襲われて、パトカーすら放棄して公園まで撤退してきたのである。


 その時は見えない壁など無く、普通にこの道は通れていた。

 だがおかげでこの道から暴徒がやって来ることはほぼ無く、北東の歓楽街からもなぜか暴徒は来ていない。この数時間で周囲の暴徒も退けてきたので、安全な状況を維持する事が出来ていた。


「うん?なんだ?ナニカがこっちに向かってきている?」


 視界にキラキラと光が差し込み、そちらを注目するコウタ。目を凝らしてみると、1人の若い女らしき人影が手から光を放ちつつ道路を行ったり来たりしている。


「ありゃあ、発煙筒か?若い女の生存者……これは運命を感じてしまったりしまったり!?待ってろ、今行くぜ!」


 ガインッ!


「へぶっ!」


 運命を感じたコウタは見えない壁に突撃して弾かれ、その場で不格好にひっくりかえるのであった。

 現実は映画みたいに上手くは行かないものである。


「いてて、がっついてはダメってことか。でも諦めないぞ!やっとオレの物語にもヒロインが現れたかもしれないんだ!」


 彼は公私ともに真面目に取り組む為、異性からの人気が無いワケではなかった。遊びも真面目に遊ぶので仕事とのギャップで可愛気も見てとれて、途中までは上手くいくのである。


 だが徐々にその多方面への真面目ぶりに翻弄されて疲れ、去っていく。

 いつしか恋愛方面では本人も疲れてしまい、縁を遠ざけるようになっていた。


(今度こそ……この状況すら利用してでも、正式な彼女が欲しい!)


 この状況ならお互いに生きるのに必死になるだろう。

 ならば今必死に走ってこちらへ向かって来る女の子とお近づきになれれば、良き信頼関係を結んで……と男の子特有の超高速妄想がフル回転するコウタ警官。


 上司の刺した釘は既に、バールの様な物でひっこ抜かれてしまったようだ。


 吊り橋効果を期待して1人盛り上がるソロ吊橋渡りの彼の下へ、いよいよ件の女性が近付いて来ていた。



 …………



「ふぅ、どうやら抜けられたようね。こんな道の空間を歪ませて、魔王のヤツは一体何をしようとしてたんだか!」



 21時10分。メグミは発煙筒で周囲を照らすが、離れた空間にその光は確認出来ない。これで目に見えない結界の迷宮を抜ける事に成功した事を確信、安堵から来る愚痴がこぼれる。


 そんな彼女は安全公園の入口付近まで到達していた。

 ふと興味を持って後ろの空間を触ってみるが、見えない壁に押し戻される。


(あらま、一方通行なのね。まぁ戻る必要は無いのだけれど、ちょっと気になる事があったのよ。)


 彼女が発煙筒で照らしたゾンビの目の色は緑色であった。コインランドリーで見た血も緑色。


(訓練用ゾンビのウイルスもそうだけど、アレに侵されただけならむしろ弱くなるのでは?多分だけどこの緑色っていうのは私達が使っているクスリも関係が……)


 メグミはアケミの手伝いをしていた時に薬液の存在を知った。

 こっそり教わった話だと各種クスリのベースとなるモノとの事で、だったら人工モンスターを生み出す物でもあるのではと今夜の出来事を通じて確信に近い気持ちを抱いていた。


(つまり薬液とウイルスが同時に?効率良く拡散させるならやはり水道水しか――)


 そこまで考えた所で、メグミに声を掛ける男が現れた。


「キミ、大丈夫か?よくこの道を通ってきたね。見えない壁で通れなくなっていたのに。」


 その男はメグミより軽く5歳は年上だろうか。警察官の制服を着て、手にはリボルバー拳銃を所持していた。


「警察の方?どうやらここ、一方通行だったみたいです。それよりこの辺に生存者がいるんですか?たしかその公園、避難場所でしたよね?」


「ああ、この先のアウトドアスペースで炊き出し中さ。キミも行って暖まるといい。だけど、その前に可愛いお嬢さんの名前を聞いても良いかな?いやほら、避難民リストとか作っててるんだ。」


 もっともらしい言い訳で名前を聞き出そうとするコウタ。別に嘘は言ってない。


「へ?ありがとうございます?私はムラセ・メグミと言います。治療の心得もあるので、怪我人が居れば診る事ができます。」


 可愛いと言われてきょとんとするが、リストと聞いて素直に名前を答える彼女。こういうのは大事だといつもの任務で身に染みて解っていたのだ。が、所属を言い忘れてしまった。


(回復・コスプレ系ヒロイン!?これはもう少しお近づきに……)


 メグミの厨二的な衣装に追加装甲を見ればそう思っても不思議では無い。この街はそれで盛り上がるイベントも毎週開かれている。


「メグミちゃんか、いい名前だね。んー?何処かで会ったことがない?オレはコウタって言うんだけど……この街の人なんだよね?」


「もしかしてナンパのつもりですか?」


 ここでメグミの警戒レベルが微妙に上がって、同時に悪意に対してのセンサーが起動された。


 だがコウタからすれば実は嘘は言ってない。といってもテレビのCMやニュースで見た事があるくらいで、初対面なのは変わらない。

 化粧の落ちた顔とこの暗さで記憶と一致しなかったのだろう。そもそもテレビには制服で撮影に臨んでおり、この戦闘用装備はあまり映った事はない。


「いや本当に……でもこれも縁って事で仲良くしようよ。とにかく案内するから、ほらこっちだよ。」


 そのままコウタは彼女の腰に手を回そうとしたが、メグミはくるりと身を翻して彼の手をスルリと抜けて距離を取る。


「あのですね!私は彼氏が居ますし、今はナンパどころじゃないでしょう?それに私は日本政府の――」


「えー?彼氏て言ったって今は1人だよね?」


 今度こそ所属を明かそうとするメグミだったが、それをワザと遮って自分のペースにしようとするコウタ。ここで彼女の声に耳を傾けておけば別の未来も在ったかもしれなかったのだが……。


「変なヤツに絡まれて私を逃してくれたんです!すぐに追いついて来ますから放っておいて下さい!」


 それを聞いたコウタは自分の勝利を確信した。普通の男ならゾンビに勝てるはずもなく、未だに後ろの道に人影が無い。既に彼氏は薄幸のヒーローになったと思ったのだ。


「だけどこの道、誰も来てないよ?メグミちゃんを放って逃げたんじゃないのか?もしくは今頃ゾンビにやられちゃったとか。」


 コウタはわざとらしく道を確認しながら彼氏死亡の可能性を話していく。こうして彼女の心を折ってそのスキに一気にアプローチをしようとの魂胆だった。


 だが、メグミは折れること無くコウタを睨みつけていた。


(コイツッ!!なんてコトをホザイているの!?)


 ドクンッドクンッと心臓が高鳴るのを感じる。それは自分の内側から溢れ出てくる負の感情。

 お互いに支え合う運命共同体を否定された所為で、自分だけではなくまるで別次元からも無限に溢れてくる様な赤と黒の精神力の本流。



「……その言葉、今すぐ取り消しなさい。」



 その声色はとても20歳程の女性とは思えぬ迫力があり、周囲が更に暗くなって気温が下がったかのような錯覚を受けるコウタ。


 対面の彼女は左手で胸を押さえながら徐々に息が荒くなっていく。


(うわ、何だってんだ!?急に寒気が!?だがそんなのでビビると思うなよ。こっちは日々努力を積み重ねた警察官なんだ!)


 コウタは自分の感情の”制御”が出来ていなかった。普通に考えてこの状況でしつこくナンパするのもおかしいし、彼女の恋人を貶すような発言もしないだろう。彼が熱くなると周りが見えなくなる性格とはいえ、これは無い。


「生意気にも脅しのつもりかい?世の中そんなに甘くは無いぜ。ほら、これで言うことを聞いてもらえるか?」


 コウタは自身の持つリボルバー拳銃をメグミに向けて脅し返す。しかし目の前のメグミは屈したりしない。一歩近付いてコウタの目を覗き込む。


「そう、取り消す気は無いのね。なら――」


 カチャッ!


「銃!?それにこの雰囲気は……お、おまえは!?」


 素早く腰から拳銃を抜いてコウタに突きつけてきたメグミ。赤黒いモヤのような物に包まれつつある彼は、まるでバケモノを見る目で彼女に問うた。


「私は政府の特殊部隊のメグミ。私の大事な人を愚弄したあなたを葬る女よ。」


「ま、待て!知らなかったんだ!それにほら、政府直属のエリートが公務員のオレを殺しちゃまずいだろう!?」


 状況を正しく理解し始めたコウタは慌てて弁明を始めるが、メグミは聞き入れようという表情ではなかった。


「あら、あんたが銃を向けてきたのよ。それに今も言葉を取り消していないし銃も降ろしていない。ならコロシアイが望みなのでしょう?」


「ッ!!い、今降ろす――」


「さあ、始めましょう!大丈夫よ!ちゃんとバラバラにシテ、ゾンビのエサ……ううん、被害者にしてあげるから――安心してね♪」


 今度はコウタの言動を彼女が遮り、臨戦態勢に入る。


 ブワアアアアア!!


「ひ、ひいいいいいッ!!」


 パァン!パァン!パァン!


 全身から奇妙なオーラが吹き出たメグミに完全に怯えるコウタ。

 思わず銃を連射してしまうが、弾は明後日の方向へ飛んでいく。


「うぐっ!」


 見ればコウタの右手首は赤黒オーラが纏わり付いてひねり上げられている。よって銃口はメグミを大きくハズレていた。



「な、なな、バケモノか!?ぐあああああ!!」



 コウタの右腕が急に頭上、そして背中側に強制的に反らされる。関節のケアを考えないその動きは彼に激痛を与える。


「私が怖いの?あんたは何も心配要らないわ。良い悲鳴を垂れ流しながら、地面にお別れのキスをプレゼントすればいいの。」


 パンパンッ!


 メグミは無防備な彼の両足太ももを撃つとコウタの後ろに回る。オーラに包まれたままの彼の腕を掴むとそのまま背負げを敢行した。


「うバッ、ぐえええぇぇぇ……」


 手足の自由が利かない状態で投げられてコウタは悶絶する。顔面からアスファルトに叩きつけられれば無理もない。



「さあ、お料理のお時間よ!」



 赤黒オーラを全身に纏わせた彼女はコウタの腕を無造作に掴み直すと横にネジり回転させながら引きちぎった。


「がああああああッ!!」


「痛い?あんたが私の彼に言った痛みはこういう事、よっ!!」


「ぎゃあああああッ!!」


 次はもう片方の腕をねじ切って捨て、再度汚い悲鳴が上がる。

 この赤黒オーラはメグミに強力な力をもたらしていた。


 飛び散る血液はそのオーラに吸収されて行き、返り血が彼女本体に付く事はない。正に悪魔や化物といった類のチカラである。


「次は足ね。弾丸が残ってると厄介だから、念ッ入りッにッ!!」


「――――ッ!!」


 片方ずつ両腕と同じ末路を辿る彼の両足。すでにコウタは大きな叫びをあげることも出来ず、メグミがグチャグチャと足を細くちぎってるのを見守る事しか出来ない。


(なんだ、この女。とんだサイコパスじゃないか……)


「その目、知ってるわ!私を人間として見なかった連中にそっくり。それにあんた、目が緑色になってるわね。良かったじゃない!自分がゾンビになる前に死ぬことが出来て。あはははははッ!」


 メグミは楽しそうに笑っている。6年以上前に施設に入った自分をバケモノの様に扱った者達を思い出していた。そんな彼らに復讐した気分にでもなっているのか、ボルテージが高まっている。


(やべえ女に声掛けちまったぜ。それにもう痛みも感じなく……)


 そんな彼女を見るコウタの瞳は緑色になっており、クスリとウイルスの影響を少なからず受けていたことを思わせる。例えば心のタガが緩んでしまっていた可能性も有ったのかもしれない。


「ふうん、痛みを感じてないのはクスリの所為かしら?それともショックで瀕死だから?どっちでもいいけど、そろそろコ・コ・も!」


「ッ!!」


 無造作に首をねじ切られて道路に転がる。頭に血が行かなくなって風前の灯火と言える状況だ。


「でもそうねぇ。ゾンビ化してもエサになるのかしら?念の為に私の光で浄化しておきましょう。すーーっ、てええい!」


 ピカアアアアアッ!!


 コウタのバラバラ死体に黄色い光を当てて、過回復で身体を崩して

 いった。


(次の人生はモブじゃなくて、主人公に……)


 最後にそんな思念を残したコウタだが、この場にそれを感知できる者は居なかった。


「はい、おしまいっと。口の割には大したこと無い男だったわ。ふん、ザマア無いわね!」


 自分で撃った2発の弾丸を回収して、警官の衣服を物陰に隠す。

 流れるように証拠を隠滅する彼女は、とても正義側の人間とは思えなかった。きっと仲間が見たら卒倒モノである。


 彼女の側にはリミッターとなるユウヤも居なければ、化粧も落ちて暗示も利いていない。

 この異常時に、彼女だけは1人にしてはイケナイ存在だったのだ。



「さて、生存者が居るのよね。張り切って助けに行きましょうか。」



 メグミは公園の入り口に向かって歩き出す。負傷者が居るなら自分は役に立てるはずだ。そのうちユウヤも負ってくるだろうし、他の仲間とも合流できるだろう。


 出しっぱなしだった赤黒のオーラをしまいながら彼女はふと思った。


(このオーラ、私の思い通りに動いてくれてた。もしかして私も現代の魔王と同じで、ハイブリッドタイプなの?)


 割と呑気な思考をしながら歩き続けるメグミ。今までは制御が利いてると言っても垂れ流しのON・OFF程度だったのを思えば、成長したと言えるのだろう。


 それのベクトルが良いか悪いかはともかくとして。



 …………



(良かった。結構生存者は居るのね!30人くらい?炊き出しもしていて監督する警官も居て……悪い雰囲気じゃないわね。)



 21時15分。安全公園のアウトドアスペースに辿り着いたメグミは、集う避難民達を眺めてそう評価する。


(あれ?でもゾンビ騒ぎの原因が水道水なのなら、炊き出しはマスイんじゃ!?)


 あの警官がゾンビ化の途中だというなら手遅れの可能性もあるが、水道水を使い続ける選択肢は無いだろう。


 そのメグミの様子から、先程の虐殺に対する罪悪感は見られない。彼女の中であの警官は死して当然の存在と位置づけられていた。


「そこのお姉さん、君も避難民……にしては勇ましい姿だな?」


 やや年配の男性警官に声を掛けられてメグミはそちらに向き直る。

 戦闘用スーツに追加装甲、拳銃も持っていればそういう表現にもなるだろう。


「お勤めご苦労さまです。私は政府の特殊部隊に所属している、

 メグミと言います。」


「ああ、北の学校の?特殊部隊は出動してるのか?」


「私とその仲間は昼間に別件があって……帰ってきたらこのザマでした。今は他の仲間と合流すべく移動中です。」


「別件て?ああ宮戸島のあれか。いや、そちらこそご苦労様です。」


 お互いに労いの言葉と敬礼を交わして挨拶を済ませる。どうやらこの警官はまとものようだ。


「ところでメグミさん、もうひとり警官に会わなかったか?」


「はい、残念ですが彼は既に……私が看取らせて頂きました。」


「そうか、やはり独りで行動させるべきではなかったか。彼は少々、感情的に突っ走る傾向にあったからな。とても残念だ。」


 年配警官はイミシンにメグミの目を見ながら、部下の殉職にコメントする。


(無線ではバケモノと言う彼の言葉と女の声が聞こえていた。この冷静さ、オレの勘違いかもしくは……この娘が本当にバケモノ染みているのか、か。彼女の言動には気をつけよう。)


 単独行動で見張りをさせる以上、何か異変があればすぐに連絡するようにするのは当然である。とぎれとぎれだが音声は彼に届いていた。元は真面目な彼は、右腕を拗じられながらも左手で通信機を弄っていたらしい。


 彼はコウタがこの非常時に身勝手な行動をとって、自業自得な末路を

 辿ったのは察していた。だがメグミの在り方に不気味さを覚えたのも

 事実である。


「あの、お願いしたいことがありまして。」


(ほれ来たぞ、何を言ってくる?)


 不気味女を警戒しながらもコクリと頷く警官。一応相手はエリートなので、話くらいは聞いておいたほうがいいと判断した。


「水道水の使用を止めて貰いたいのです。」


 内心バリバリ警戒していた年配警官は、意外な言葉に思考が追いつかない。


「む、なんでだい?ただでさえ困窮している状況だし、水がなければやっていけんぞ?」


「今回の事件、広がり方からして水道水に原因があると思うんです。」


「おいおい、さっきみんなで食事を摂ったが何とも無いぞ。それに

 どういう理屈でそうなるのか証拠が欲しいかな、メイ探偵さん。」


「それは!いえ、特には無いのですが……」


 メグミは口ごもる。自分の拠点からやばいクスリが漏洩しました!

 などとは絶対に言えない。


(何か根拠でも在るのかと思ったが違うのか?それとも何かを隠しているのか?)


 その様子を見た彼は、相手が夢見がちな小娘のように見えてきた。先程までとは随分印象が違うのが引っかかる。


「とにかくお疲れでしょうし、しばし休むといいでしょう。ではこれで失礼します。」


 お仕事モードに入った彼は立ち上がって、別の警官の下へ向かう。コウタが殉職した事で、もう1人の見張りが戻ってきたのだ。


(なにか警戒されていた?あの距離なら聞こえてないハズだけど。)


 相手の態度から不審なモノを感じ取りつつも、避難民達の方へ向かう。



「受験や社内派閥やライバル企業。色々戦って来たけどここに来てゾン……暴徒とはね。」


「でもこうやって身を寄せ合ってると、人間も捨てたものじゃないって思えるよ。」


「人生で一番怖い目に遭った日じゃが、まだ生きておる。生きたモンが勝ちなんじゃから、ワシは今に感謝してうどんをススルのじゃ!」


 彼らは設置されているベンチやテーブルに着いて談笑していた。


 ここに至る経緯や身の上話などを語り合い、辛さを共有することで不安を紛らわせているのだろう。辛いのは自分だけではないと。それは人間的・日本人的な思考と言えるのかもしれない。


(みんなの表情は絶望はしていない。けど、その料理は……個別に言っても聞いてもらえないだろうし、作っている人は……あっちね。)


 メグミは彼らの雰囲気を壊す事は選ばず、製作者の方へ向かう。


「あいたたた、腕が痛くて箸があげられんわい。」


 途中、お婆さんが痛めた腕を気にしながら食事に四苦八苦しているのを見つけて近づくメグミ。見れば腕を痛めたのか赤紫に変色していた。


「大丈夫ですか?まあ、ひどい怪我!今治しますね。」


 ぴかーっと黄色い光を当てると、すぐに腕の痛みが引いて血色が良くなるお婆さん。


「あらあら!凄いわ、腕が治ってる!ありがとうございますじゃ。」


「どういたしまして、お大事にね。」


「これが超能力かえ。ほんに、チカラっていうのは凄いのう。」


「あの、すみません。よろしければ私もお願いして良いですか?擦りむいたキズがしみて、上手く洗い物も出来ない始末で……」


 その時、水場で洗い物をしていたおばちゃんがやってきた。転んでしまったのか、腕に痛ましい程の擦り傷がついている。


「はい!今治します!」


 またもぴかーっと光を当てて治療するメグミ。結構エグイ傷が数秒で治っていく。


「まぁ、楽になったわ!ありがとうございます。お料理を頂いた手前、せめて洗い物だけでも手伝おうと思ったの。」


「お役に立ててよかったわ。でもその。あまり水道水に触れない方が良いかと思います。何か良くないものが混ざってる可能性がありまして。」


「うふふ、大丈夫よ。この街はそういう所はしっかりしてるから心配要らないわ。浄水場の点検も頻繁にしてるしね。」


 実は彼女の旦那は浄水場にも出入りする業者で、多少の事情は知っていた。ただしそれは平常時の話だ。結局彼女は笑いながら再び水場に戻って洗い物を再開してしまう。


(うーん。やっぱり簡単には聞いてはくれないよね。かと言って騒ぎ立ててグチャグチャな雰囲気になるとマズイでしょうし。)


 メグミは一応自分が普通でないことは自覚している。感情によって上司にすら脅しかける女が普通ではないだろう。それ以前に彼氏を貶されて殺人まで犯している。結果としてゾンビ退治と言えなくもないタイミングではあったが微妙なラインだ。



「お、新顔かい?もう少しで出来るからお嬢さんも食ってきな。」

「おうどんが終わったので今は豚汁ですけどね。」


 豚汁のいい匂いの放つ調理場へ行くと、寸胴鍋で調理している男女に声を掛けられた。いい年のおじさんと20歳そこそこの女性の組み合わせから親子かなと推測をするメグミ。


「あ、いえ、私は結構です。」


「遠慮せんでもオレはこう見えてうどん屋やってるから、味は保証するぞ。」


「その、1つ伺いたいのですが、水はそこの水道水を?」


「まぁな。本当は店の浄水器とか使えれば良いんだがここにはそんな洒落たモンはねえしな。だが贅沢言えねえ状況だし、誤差だと思って我慢してくれな。」


 誤差。確かに平時なら誤差の範疇だったかもしれないが、今はそれが致命的な生死の差に他ならない。


「あの、実は水道水は危険な可能性があります!この騒ぎの原因かもしれなくて――」


「おいおい、嬢ちゃんよ。言い掛かりはよしてくれ。何を根拠に言ってるんだ?」


「そうよ?みんな何とも無いし、滅多なことは言うものじゃないわ。」


 危険性を訴えるもまともには取り合ってもらえない。根拠も示さずただダメだと言っても普通は信用してもらえないだろう。


「それは……きっと個人差があると思うんです。水を飲んだ犬や水を浴びた洗濯物だって動き出して!」


 なんとかウイルスとクスリの話を避けながら今まで見てきた状況証拠を伝えていくメグミ。

 だがお姉さんがメグミの口に人差し指を当てて黙るように促す。


「そんなあなたにお姉さんからアドバイスよ。ここのみんなはね、炊き出しのおかげで生きる元気を取り戻せたの。あまり物騒な事を言って不安にさせてはダメよ?」


 お姉さんはウインクをぱちこんとキメてメグミを説き伏せる。

 自分や父親の善意からの行動を否定されても頭ごなしに怒鳴ったりしないあたり、とても優しい人物なのだろうと分かる。


「う、うう……」


(人としてはそうなのかも知れないけど、今は何とも無いかも知れないけれど。これ以上危険そうな水を取り入れては、みんなの命が!)


「きっとここに来るまで怖くて不安だったのでしょう?落ち着いて考えてみて。出来れば私達のごはんを食べてくれたら嬉しいな。」


「す、すみません。失礼します。」


 癒やし系お姉さんに言いくるめられてメグミはとぼとぼと調理場を後にする。メグミは水道水が原因だと考えているが、それは異常な環境でやってきたからだ。ここの人達は普段使っている水が危険な物だと疑うには至れない。普通の何も知らない市民なのだから。



(本当に水じゃないのかなあ?確かにみんな元気だけど、あの警官はゾンビになりかけてたわけだし。)



 ため息付きながら歩いて、人工池のベンチに腰を下ろす。池は北側にある巨大噴水から流れてきた水が溜まっており、ポンプでそちらにまた水を戻して噴水から吹き出ている。


「悩み事かい?」


「え!?あ!すみません、お隣失礼してます!」


 急に隣から声を掛けられて驚くメグミ。下ばかり向いて歩いてたのでお隣のおじさんに気づかなかったようだ。


「いやいや、謝らなくていい。私も疲れたり悩んだりした時は、ここで池や対岸を眺めにくるものさ。今日もその習慣のおかげで無事だったんだ。」


「へぇ。そうなんですか。」


 特に気の利いた事も言えず、気の抜けた返事になってしまう。


「あはは、若い子にはわからないかも知れんけどね。」


「いえ、その……ん?対岸、ですか?」


 彼女は時間差で引っかかる点に気が付き問いかける。


「ここに座ってると向かいのベンチにね、時折美しい女性が現れるのさ。会話するには遠いし軽くジェスチャーで挨拶したり交流を図ったりするんだ。」


「ほうほう。その人とは、反対側に言って話とかしないんですか?」


 若干コイバナっぽい話に食いつくメグミ。その彼女の様子に苦笑いなおじさん。


「それが不思議なことに、向こう側に行くと消えちゃうんだ。だからお互いに話したこともないんだが、なんとなく心地良い時間が流れてるのが嬉しくてね。だから疲れている時はここで彼女を待つのさ。」


「へー!なんかオトナの交流って感じでシャレてますね!」


「ははは、そうかい?む、ちょっと離れてくれ。彼女が来たようだ。」


「え?し、失礼しました。」


 ロマンあるお話に身を乗り出し気味だったメグミだが、おじさんに注意されて少し離れる。しかし対岸からチクチクと感情の込もった視線を感じてそちらを見る。


 すると自分より少しだけ年上らしい、半透明でぼんやり輝く女性がこちらをジト目で睨んでいた。ほっぺもちょっぴり膨らめせていて嫉妬心を感じられる。彼女はメグミから見ても可愛い部類に入る。


「あの人が……?可愛いじゃないですか!」


「へぇ、君も見えるのか。見ての通り生きては居なそうだが、とても幻想的で美しい。」


 おじさんが手を振ると彼女も手を振り返した。だがメグミの方を気にして不安そうな顔である。


「あの、私はこれで失礼します!お邪魔しました!」


 敢えて大きな声で宣言することで対岸の彼女にもアピールして、おじさんと対岸にペコペコと頭を下げてメグミは去っていく。


(ああいう恋も在るのね。世の中広いわ。)


 なんとなく応援したい気分になりながらそそくさとその場を離れる。

 普通なら超常現象彼女に対してなんらかの思う部分が出たりするのだろうが、不思議とそういう気持ちにはならなかったメグミ。


 それは彼女が非日常的な生活に慣れているせいか、それとも彼女自身が半分そちら側へ足を踏み入れている可能性があるからか。



(ユウヤも仲間もまだ来ていない。単独でこの先に行くのは危険よね。かと言ってここに留まっても私の話は信用してくれないし……)


 公衆トイレに立ち寄りながら今後の方針を考える。戻る事は叶わないし意味もない。行くも留まるも危険が伴うこの状況はもどかしい。


(勿体ないけどミネラルウォーターを使いましょう。いっそ顔も……もう化粧どころの話じゃないしね。)


 個室から出てコンビニで買った水で手を洗い、残りで顔も軽く洗う。色々とスッキリしたところで彼女は思いついた。


(そうよ!せっかく光が使えるんだから、周りに合図を出してみようかしら?私の光なら仲間はすぐに判ってくれるハズよ!)


 そう思い立った彼女は外へ出る。公園の時計は21時35分を指している。


 合図の場所は北側の遊歩道エリアが良いだろう。この場では言っちゃ悪いが、いつ避難民達がゾンビ化するかもわからない。


 非情ではあるがそう決意すると歩き出すメグミ。途中で絵描きとそのモデルの女性の横に通りがかった。絵かきは筆とパレットを持ち、キャンバスとモデルを交互に見ながら作業をしている。



(こんな時に絵画?公園の街灯だってそんなに明るくは無いのに。)



 ちょっと興味を持って後ろから絵を覗いてみると、そこには骸骨が書かれていた。


(うわ、趣味悪ッ!モデルの女の子は生身なのに可愛そうじゃない!)


 メグミは芸術には疎いがせっかくの美人を骨にするのはどうかと思う。


「ん?気味悪いと思ったかい?今日は筆ガ進んでね。何時間でも何枚でも描けル気分なんだ。それで色ンなバリエーションを試している所なんだよ。」


「あ、失礼しました!」


「いいよいいよ。不気味なのは確かだカらね。」


「でもお上手ですね。ここの骨格とかリアルだと思います。」


「解るかい?そうなんだよ、趣味でやっテるだけなのに、今日に限って妙にリアルに描けるんだ。連中がうどんを届ケに来た時はゴミを見る目で罵られちゃったけどね。ははハ……」


 特殊部隊の回復役として学んだ知識で褒め始めるメグミに、少し驚く絵描きさん。ここの避難民からは白い目で見られていたようだ。


 あの癒やし系お姉さんがそんな目はしないと思うので、きっと他の人だろう。避難民達の方をみると「豚汁でーす!」と配り歩くお姉さんが視界に入る。有志と思われる男性が一緒に配って歩いてるので、ひどい言葉を使ったのは彼らだろうか。


(うん、あのお姉さんなわけないよね。それにしてもまるで生きているかのような躍動感。絵の具もこころなしか生きてる様に……ッ!?)


 水と混ざりウネウネとうごめくパレット上の絵の具。いやよく見ると描かれた絵の方も絵の具が浮き上がってウネウネしている。



「まさかっ!絵描きさん離れて、モデルさんもッ!」



「ははハは!何をいっテるんだイ?ここかラが本番だよ?」


「……クヒュルルルルゥ。」


 様子がおかしいと気づいて警告するメグミだったが、彼は聞く耳を持たないどころか発音が怪しい。既に皮膚が変色し始め爛れかけている。先程からずっと無口なモデルさんも、よく見れば既に目が緑色に変わっていて、それでもモデルとして動かずにぼーっとしていただけのようだ。


「マズいッ、始まってしまったッ!!」


 パンッパンッ!


「グゲゴッ……」


 メグミは腰から銃を抜いて、躊躇せずに絵描きの頭を撃ち抜いた。

 彼はキャンバスに頭から倒れ込んで動かなくなる。休む暇もなく次はモデルさんが腕を胸の高さへ上げながらこちらへ向かってくる。


「グガー……ダルアー。」


「このっ!」


 ピカアアアアア!


 メグミは左手で回復の光を浴びせてその綺麗だった肢体を崩壊させていく。ぼとりぼとりと肉が地面に落ちてやがて倒れ込むモデルさん。


「こんな事ならさっさと移動していれば、きゃあっ!」


 先程倒れた絵描きが足を掴んで握り閉めてくる。その顔には描き途中の絵が張り付いていて、不気味な仮面を着けているかのようだ。


「離しなさい!はあああああっ、ていやッ!」


 再度回復の光を放つと彼の腕がすぐに崩壊し、それが全身に広がって行く。メグミが彼の頭をていやっ!と蹴飛ばすと何処かへ飛んでいく。


「まったく、やっぱり水が原因じゃないの!」


 メグミは絵の具のパレットをひっくり返して踏みつける。体組織がない相手には回復の光も効果は薄かったのだ。


(あれ?みんな大人しいわね?)


 事を収めると避難民達が静かなのが気になってそちらを向く。

 銃声やら何やら、ここまでの暴力が振るわれた場合、多少なりとも悲鳴やどよめきがあってしかるべきだと思ったのだが……。



「あちゃー、これはさっさと逃げた方が良いかしら……」



 避難民達は半分くらいが倒れたりテーブルに突っ伏したり、その場で上体をぐねぐねさせながらもがき苦しんでいた。もう半分はまだ正常のようだが、目の前の異変に心が追いついていないのかアタフタしていた。

 このままでは遅かれ早かれ彼らも同じ運命を辿ることになるだろう。いくら特殊部隊とは言えこの数を1人で相手にするのはリスクが高い。



「お、おい!みんなどうしたんだ!?」



 うどん屋の親父さんが調理場から走ってきて、様子のおかしい避難民達に声を掛ける。自身も胸を押さえている辺り、異変が起きつつ在るのだろう。


「み、水を……」


「あのお姉さん、意識がまだある!?」


 豚汁を配っていたうどん屋のお姉さんが、地面に倒れながらうわ言を言っている。父親が苦しみながら彼女に近づくが、メグミの方も胸を押さえながら倒れている彼女に駆け寄っていく。


 何故か胸の奥からナニカが溢れてきそうな気配があり、心拍数が高くなってきているメグミ。早く逃げねばと判っているのだが、逆の事をしてしまう。


「お、お姉さん。しっかり!」


「みずを、ちょうダい。からダが、熱くて……うごケ、な……い」


 倒れるお姉さんに屈んで声を掛けると、水を要求される。だがメグミはそれに応える事ができない。


「水は、水はダメなんですよぉ!!」


「あ、グ……グゴゴゴゴ。」


 徐々に身体が変色して生き、瞳もモノクロからグリーンへと変化をしていくお姉さん。メグミの腰のポーチには合成ワクチンが入っているが、このゾンビ化真っ最中の避難民に囲まれてる状況でのんびり使う訳にもいかずにいた。


「今、楽にしてあげます。」


 驚くほど冷静で冷酷な声にメグミ自身が驚きながらも、彼女に銃を向ける。


「おい、あんた!オレの娘に何をするつもりだ!」


 パァン、パァン!カチッカチッ。


 ようやく親父さんが側まで来てメグミを止めようとするが、無視して撃ち抜く。親父さんは目を見開き自分の娘の最期とその凶弾を放った本人を見つめていた。


「お前ッ!!何をしやがる!まだ娘は生きていた!それを……」


「お辛いでしょうけど彼女はゾンビ化が始まってました。やっぱりクスリとウイルスが水道水に紛れてるんです。街の人達もみんなその所為でこんな事に……」


「いや、娘は倒れただけでそんな変化は無かったじゃねえか!!」


(ッ!?ただの言い掛かり!?それとも感染者同士はそう見えるって事なの!?)


「クスリとウイルス?何でそんな事になる?何でお前もそれを知っている!?知ってるなら教えろよッ!オレは毒入りのメシを出しちまったじゃねえか!!」


 ドクンッ、ドクンッ……理不尽な物言いの親父さんに、再び心臓が高鳴り始めるメグミは胸を押さえながら反論する。


「私は止めたじゃないですか!でも話は聞いてくれないし、私が来た時には手遅れだったんです!こっちだって機密が――ッ!」


 勢いで失言し、思わず口を閉ざすメグミだったが遅かったようだ。


「機密、だと?お前、特殊部隊だよな。お前の仕事は市民を守る事じゃないのか?オレの最後の家族を殺す事だったのか?オレに毒入り料理を出させて誇りを奪う事がそんなに大事か!?そしてそれが、政府からの指示だって事なのか!?」


(しまった、そう勘ぐられない様に詳細は黙ってたのに!)


 うどん屋の親父さんは激怒しながら問い詰めてくる。彼の立場・視点からすれば、その様な理不尽な仕打ちに見えるだろう。


 しかしメグミの視点からすれば、上司に嵌められ助けようとした相手から理不尽に悪意を向けられている状況だ。つまり誰も得をしない。


「お気持ちは分かりますが、こうなった以上は対処を――」


「「「ウガアアアアッ!」」」

「「「うわあああ、化物だああ!!」」」


 ついにゾンビとして立ち上がる者達が現れ、固まっていたまだ無事な者達が慌てだす。


「ゴタクはいらねえ。オレの人生はもう終わりだ!おーい、みんな!どうやらこいつの仲間が事件を起こしたらしいぞ!こいつをコロして恨みを張らせ!さぁ、お前も道連れにしてやる、この疫病神めッ!!」


 平和うどんの親父さんは包丁片手に戦闘態勢を取る。すると周囲のゾンビも、無事な者もメグミに注目して構え始める。


「おいおいマジかよ……あいつが?」

「グルルルルル、フシュルルルルル。」


 感染が進みつつある男の言葉だからか、”どちら側にも”声が届いてしまったようだ。

 中には彼女から治療を受けた女性達も悪意の目でメグミを見ている。

 そこには声の大きい者に従い、声の小さい側の人間をイタぶる人間的で排他的な集団心理が発生していた。


 だが、そんな悪意を集団で向けるには相手が悪かった。


 ドクンッドクンッドクンッ、ドクンッ!


 歯を食いしばり、高鳴る胸を抑える彼女は我慢の限界を超えた。



「ひ、ヒトの気も知らないで、勝手な事をッ!あなた達が私の話を聞いてさえいればッ!!うわぁぁぁァァァアアアアアア!!!」



 ヒュゴオオオオオオオオッ!!



 メグミの心の最後の堤防部分が決壊し、彼女を中心に嵐に近い勢いの赤と黒の気流がアウトドアスペースに撒き起こる。


「「「うわっ!?」」」

「「「グガッ!?」」」


 驚く避難民達はチカラの風に煽られて動きが鈍くなる。対してメグミはオーラの気流の一部を鎧のように纏っていた。その顔は鼻から上はオーラが纏わりついてよく見えない。憎悪と笑顔が混ざった口元からは、歪な精神状態を伺うことが出来る。


「ワタシと殺り合おうっテわけね。良いワよ、ワタシがアナタ達のアクイをクライ尽くしてあげるわ!!あははははははッ!!」


 そう宣言すると彼女は身体中から赤黒い触手を生み出して、素早く避難民達に襲いかかる。

 20本を超えるソレは避難民やゾンビには太刀打ち出来ず、次々とその身体を蹂躙していった。



 …………



「ハァハァ。な、なんだこれは……?」


「まるで血の海じゃねーか!!なんて酷い事をッ!」



 21時48分。アウトドアスペースに戻ってきた警官2人がその光景に唖然とする。彼らは銃声が聞こえて駆けつけたのだ。その結果見たモノは地獄絵図だった。


 アウトドアスペースは彼らが出発する前の和やかな雰囲気はなく、人間の肉片と赤と緑の液体がバラ撒かれていた。銃声が聞こえてから僅か数分程度でこの惨状である。

 そしてその中央に赤黒いオーラを放ちながら立つ女の姿を確認する。


「それみなさい!助けの手を振り払うような、助かる気が無い者が後からゴチャゴチャ言っても遅いのよッ!」


 その女、メグミは肉片を踏みつけながら言い捨てる。


「動くなッ!」


 その酷い光景に怒りを覚えた若い方の警官が、銃を構えて静止を呼びかける。一応年配の警官も銃を取り出してはいるがショックが強かったのか、覇気はあまり感じない。


「あら、あなた達も私とコロシアイをお望み?そっちの警官さんも私の警告を無視してくれたものね?」


「「!!」」


 首だけこちらに向けて座った目と笑顔で見つめてくるメグミに、恐怖を覚える警官たち。


(あれは本当の事だったのか?私が取り合わなかったからこの惨劇が起きたというのか!?)


「先輩、やりましょう!あの女、ヤバイですって!」


「落ち着け、彼女はあのエリートの特殊部隊だぞ。」


「しかしあの女は返り血の1つも浴びずにこの状況ですよ!?」


「だからこそだろう、実力差を考えるんだ!」


 気持ちのハヤる若い警官を制止しつつ、年配の彼もどうすれば良いか迷っていた。なのでとりあえず声を掛けてみることにする。話して見なければ何もわからないし変わらないのだ。


「お嬢さん、見た所あんたのおかげで暴徒化した彼らを止める事が出来た。っという認識で良いのかい?」


「へぇ。少しは話がわかるのかしら。それともフリをしているだけ?」


 ゆらりとこちらに向き直りながら近付いてくる女。若い警官は銃を握り直して狙いをつけている。


「お嬢さんは話を聞いてもらえずとも頑張った。そうなんだろう?その点は聞く耳持たなかった私が悪い。まずは落ち着いて、座って話をしようじゃないか。」


 年配警官は左手で後輩の銃を下ろさせつつ、語りかけていく。メグミは彼の言葉の真偽を確かめるように2人の目を見つめながら近付いてくる。


「そう、判ったわ。」


「わ、わかってくれたか。じゃあ詳しい話を――」


 ヒュンッズボッ!!


「グハァッ!」


 年配警官の腹にはメグミの禍々しい左腕が突き刺さっており、その腕の

 オーラは生きてるかのように脈動していた。


「先輩ッ!?この、離れろよ!!」


 ヒュンッ ズバッ!! ゴトリ。


「そんな、こんな事が……カハッ!」


 メグミは突き刺したままの左腕を横に薙ぎ払って若い警官の身体を横断する。彼はそのまま地面に転がってビクビクと身体が痙攣する。


「貴方達の目も緑色だった。ゾンビ化が始まっているのが判ったわ。仕方ないよね。やらなきゃ、やられるんだもの?」


 メグミは感情を殺した声を発しながら、2人にトドメの光を放つ。ぐずぐずに溶けた2人を尻目に歩き出してアウトドアスペースの端、遊歩道の入り口に入った所で彼女は崩れ落ちる。



「こんなハズじゃなかったのにッ!また助けられなかった!超能力も技術も癒やしのチカラだというのに、私はッ!!」



 メグミは赤黒オーラを纏いながら膝を付き泣いていた。

 これでは過去、誰も助けられずに自分の村ごと現代の魔王に滅ぼされてしまったあの頃と何も変わらない。その無力感が強まる程、自分の中からイケナイ何かが溢れ出てくる。


「うう、ダメよメグミ……諦めたらダメ。アケミさんなら、きっと諦めずに先へ……ううぅ、ユウヤァ。」


 それでも泣きながら立ち上がって遊歩道を進む。

 この先で合図の光を放つ。そうすれば仲間が来てくれる。そう信じて涙をこぼしながらも前へと進むメグミだった。



 …………



「あの巨大な噴水に私の光を当て続ければ乱反射で――いえ、水に触れるリスクがあるか。ならこのチカラと合わせて上空に!」



 21時58分。ヒト気もゾンビッ気も無い遊歩道を進み、巨大噴水が見える地点に着いたメグミ。噴水の飛沫にも感染のリスクがあると踏んだ彼女は、チカラの光を球状にして触手の腕で上空へと放り投げた。



 ヒュウウウゥゥゥン、ピカアアアアアアッ!



「近くに仲間が居るなら、これで誰か来てくれると思うけど……」


 それから待つ事数分。誰かが近付いてくる気配を感じ取ったメグミ。


 カツン。ザッザッ、カツン。ザッザッ、カツン。


「ハァ、ハァ……」


 北側の公園入口から、見知った人影が現れた。


 彼女は右手でスナイパーライフルを杖にしながら近付いてくる。

 左手にはノートパソコンを抱え、その周りには4体の人形が浮いていて彼女を守るように配置されていた。


 だいぶ疲れているのか顔を伏せ気味で歩いており、ロングの緑髪が彼女の顔を隠している。



「ミサキ!良かった、無事だったのね!!」



 この6年以上、男や将来の話などを頻繁にしていた親友とでも言うべき仲間の姿にメグミは歓喜した。疲れているなら、すぐに抱きしめて回復の光を当ててあげようと小走りに近づいて行き……動きを止める。


「ミ、ミサキ?」


 彼女はその特徴的な髪の毛だけでなく、瞳も緑色になっていた。

 ヒトガタでは在るものの皮膚は焼け、動きもぎこちない。それはもう人間とはかけ離れて見えた。


「グォォァァァア……」


 メグミは少しずつ後退しながら話しかける。


「そんな、嘘よね?嘘だと言ってよ!ミサキはこんな事で終わるような女じゃなかったハズよ!?実家に帰って、彼の事だって全部これからのハズだったじゃない!」


 メグミは崩れ落ちそうになる自分を赤黒オーラで支える。



「ブェエエグゥゥヴィイイイイ!!ヴァアダアバラジワアア……」



「やるしか、ないの?私は何1つ守れず、友達とも……?」



 深い絶望感に苛まれ、溢れる涙もそのままに構えを取るメグミだった。



 …………



「グルルルル……」


(もう発音もダメか。手足は霊糸でなんとか制御が出来るけど。)



 ミサキはメグミの下へ向かいながら、身体のチェックをしていた。

 もう手足が焼けただれたような状態で、視界と同じく緑色に見える。


(この状態でも意識は残ってるのが幸いね。打てる手立てを考える事が出来るもの。でも身体が熱くて、この湧き上がる衝動は……)


 ウイルスに侵され変異し、それを無理やり治していくクスリ効果。

 無理矢理な細胞の活性化の所為で余計な熱を持ち、暴力的な衝動がミサキの内部に湧き上がる。


 彼女は自らの頭に霊糸を突っ込んで衝動を抑える。さすがの彼女も物理的な糸を頭に使うのは躊躇われたので、消費は激しいが精神の糸にしたようだ。


(身体の変異が抑制さられてるのはナカジョウとして鍛えられているから?まぁ、ナカジョウの時点でヒトとして変異してるもんね。でも気は抜けない。メグミに会った時に意思を伝える必要もあるし。)


 ライフルを杖にしながら前へ進む。安全公園に入ってからも考えられる手を尽くそうと準備をしておく。

 一応人形で周囲を警戒してパソコンにデータを送っているが、緑になった視界はむしろいつもよりクリアに見えていた。


 周囲にゾンビはおらず、身体がトシを取ったような感覚以外はスムーズに移動出来ていた。


 カツン。ザッザッ、カツン。ザッザッ、カツン。


「ハァ、ハァ……シュルルルル。ハァ、ハァ。」


(見つけた!さあ、ここからが正念場ね。って、怖ッ!あの子もなんだか禍々しいんですけど!?)


「ミサキ!良かった、無事だったのね!!」


 メグミもこちらに気が付いて小走りに駆けつけようとする。

 身体の節々から漏れている呪いめいたチカラに驚いたミサキは、前を半分覆っていた髪が揺れて瞳が露わになる。


「ミ、ミサキ?」


「メグミ、私はまだ意識がある!だから貴女のチカラで――」


 驚く彼女に話しかけるがまともな発音にならずに、「グォォァァァア……」としか聞こえないメグミ。


 メグミは少しずつ後退しながら話しかける。


「そんな、嘘よね?嘘だと言ってよ!ミサキはこんな――」


(めっちゃ怯えてるけど、貴女の方もヤバイ見た目してるから!まったくお守りのユウヤは何処よ。呪いがダダ漏れじゃないの!)


 軽く愚痴を零しながら自分のノドに霊糸を突き刺して発言してみる。


「メグミ!まだ私は意識が……」


「やるしか、ないの?私は何1つ守れず、友達とも……?」


(あ、これ伝わってないヤツ!しかも既に何かヤラカシたっぽいわね、この子!)


 涙をボロボロ流しながら呪いの服のようなモノを纏って構えるメグミ。


(これは一旦動きを止めてから解らせる必要がありそうね。)


 仕方なくミサキも人形を2体前に出して、構えを取るのであった。



 …………



「お願いミサキ、目を覚まして!」


 シュゴオオオオオッ!


「グラアアアアア!(覚ましてるわよ!)」


 パシンパシン、ズドドンッ!


 22時10分。安全公園北西側で2人の女が戦闘状態に入った。


 メグミは赤黒い呪いの触手を4本放ってゾンビ化したミサキを絡め取ろうとするが、ミサキは2体の人形にチカラを込めて1本ずつ触手を弾く。残り2本は足腰に霊糸を通して横っ飛びで躱して遊歩道に突き刺さる。


「グルルルル……(こんなの食らったら永眠するわ!)」


 普段ならナカジョウとして改造されている身体にチカラを通すだけで驚異的な運動能力を引き出せるのであるが、今は身体が半分変異していてその回路が壊れている。なので霊糸で外部から無理矢理稼働させているのだ。


 ミサキは霊糸を解除しチカラを人形に回してメグミの左右から腕を封じようと狙う。しかし今度はメグミが足に呪いを追加で纏って猛スピードで突撃してくる。


「まずは動きを封じさせてもらう!」


「グロオオラアアア!(こっちのセリフ!)」


 シュルルルルル!


 先行した2体の人形と、側に残した人形が糸をばらまいて網を作る。

 その網に綺麗に突っ込んだメグミはハムのようにがんじがらめに囚われて宙吊りにされた。糸が食い込んだ所から血が滲んでいる。


「グリイイヨオオオ!(今よ!)」


 すかさず網全体にチカラを通して、メグミの身体に身動きの制限を命令する。


「キャアアアア!動け、ない!?こんなになってもナカジョウのチカラが使えるというの!?」


「グォロオオオウ!!(そうよ、だから気付きなさい!)」


 チカラを制御出来ているということは意思が在ること。それを気づかせようというミサキの試みだった。


「こんなことでええええッ!!」


 パアアアアアンッ!


 メグミは身体から赤黒いオーラを噴き出させて糸を全て弾き飛ばす。

 呪いのクッションを作って着地すると、横にゴロゴロと転がりながら触手を次々と6本撃ち込んでくる。


(なんなのよ今のは!この呪いってあの子のモノじゃないの!?)


 再び足腰に霊糸を入れてミサキもゴロゴロと転がって回避する。

 遊歩道は敷き詰められたレンガが吹き飛び、穴だらけになっていく。


(ナカジョウ家は1000年は続く家系よ?それを越えてくるなんて、メグミの心はどうなってんの!?)


 ナカジョウの人体操作術は一度決まれば殆ど自力では抜け出せない。

 なのに内側からのチカラで弾いたということは、よほど強力な呪いか”外部”からの干渉か。どちらにせよプライドを刺激されるミサキ。


 シュゴオオオオオ!!


 更に断続的に迫る触手達。今度は使い捨てにせず様々な角度から襲いかかるが、全身に霊糸を通してアクロバティックに避けて回る。


 メグミからは骨や関節があり得ない方向へバキバキにしながら、自身を人形としたような動きをする彼女に若干引き気味だ。


「これでもダメなの!?いい加減、大人しくして!」


「グロオオラアアア!(それはこっちのセリフよ!)」


 さらに10本程追加された呪いの触手を霊糸で全て絡め取って動きを止める。ついでに先行していた2体の人形がメグミの後ろから腕を取ってヒネる。


「グルルルルル!(触手相手は練習済みなのよ!)」


「きゃあ!しまったっ、なんでこんな繊細な制御が出来るのよッ!」


(察しが悪いわね。疲れてるのかしら。でも動きは止めてくれた!)


「ミサキ、お願いだから元に戻ってよぉ。ユウヤとの事、たくさん助けてもらって……私はまだミサキに返しきれてないのに、こんなのってないよ。私にももっと手伝わせて。どうして私は大事な時に何も出来ないの……」


 メグミは自身の無力感に苛まれて触手がどんどん消えていく。

 拘束する人形に抵抗する気力すら失われてしまったようだ。


 ミサキは自身の側の人形に霊糸で細工をしてメグミの目の前に飛ばす。

 同時に腕の拘束も解いて、膝カックンでその場に座らせる。


「ったく、メグ、ミは……」


「ッ!!ミサキ!?」


「メグミは、いつも。オもイつめ、過ぎ、ナノヨ。」


「意識が戻ったの!?いえ、これは人形から……?」


「バカ、さいしょカラ、起きてルワよ。」


「えッ?えええ!?そ、そんな!私はなんて事を……ううう。」


 見た目と絶望で友人と戦ってしまったショックで、元々の泣き顔にさらに涙が流れ出るメグミ。



「ダカラ、泣いてナイデ……さっさと、私を。タスケ、なさい!」



「くすん……そうね。わかったわ!私の”全て”を出してでも、貴女を治療してあげるわッ!」



 気力を取り戻してそう宣言するメグミに、満足してチカラを抜くミサキ。人形に霊糸で擬似的なノドを作っての遠隔腹話術は上手く行ったようだ。


 ボトボトと4体の人形が落ちて、ミサキ自身もその場に倒れ込む。霊糸の酷使で精神力が尽きて、気絶したようだ。

 メグミは慌てて駆け寄って仰向けにすると、容態を確認する。


「完全にゾンビ化してるように見えるけど人間の意識があった。もしかして他のも?いえ、それは後。光は……やっぱり崩れていくから使えないッ!」


 指先からチョロっと黄色い光を出しただけでも、皮膚が更に焼ける。これでは回復のチカラが封じられたようなものだ。


「そうだ、ワクチンが有ったわよね!これで少しはッ。」


 腰のポーチからクスリ瓶と注射器をとりだして、ミサキの腕に半分程投与してみた。しかしいつもは直ぐに効果のあるクスリなのに、殆ど変化がない。ゾンビ化が進みきった身体には、あまり効果が発揮されることは無いようだ。


(私のチカラを残ったクスリに混ぜれば、効果が増幅されたりは……)


 それはアケミ流治療術の基礎であり、ある意味ミキモト理論に通づる方法だった。上手く行くかは判らないが、何もしなければミサキを失うことになる。



「お願い、これで治って!!」



 残った合成ワクチンに特濃のチカラをこめて、輝く液体を投与して

 いく。それはウイルスを駆逐せんとミサキの全身を駆け巡る。


「くうっ!ぐぐ、があああああッ!」


「ミサキ、しっかり!負けてはダメよ!」


 ウイルスと戦う苦しみに藻掻くミサキにメグミは声を掛ける。


 やがて呼吸と肌の色が徐々に落ち着き始めたのを確認したメグミは、希望が見えてきたと感じていた。



「ふふ、やれば……できる、じゃないの。」



「ミサキ!気がつい……た?」



 ミサキが意識を取り戻して話しかけてきたと思った時、再び彼女は意識を失ってしまう。そして徐々に身体の熱が引いて行き――身体全体が少しずつ崩れていく。

 ウイルスを除去したことで細胞の活性化も解除され、身体を維持する生命力がミサキには残されてはいないようだ。



「ミサキ、そんな!お願い返事して!」


「…………」


「お願いよ、どうしたら目を開けてくれるの!?」


「…………」


 何度呼びかけても、回復の光を使っても彼女の返事は無かった。



「だ、ダメよ!死んでは……うわあああああああッ!!」



 22時25分。安全公園にまたもメグミの叫び声が響き渡った。



 …………



「あの、教授?なんか想定してたのと違うんですけど。」


「う、うむ。彼女がここまでエグくなるとは思わなんだ。」



 21時50分。安全公園のアウトドアスペースの惨劇を、監視カメラで一部始終を見ていた研究者達が冷や汗流しながら感想を述べる。


「下手するとウチの新薬投与より強力じゃないですか?」


「人道を踏み外したワシらが、カメラ越しですら震えるチカラか。これは処分対象にせねばならぬかもしれぬの。」


「えっと、誰がやるんです?」


「……まずは落ち着いて茶でも飲むかの。」


「そうですね、そうしましょう。」


 現実逃避を始めるミキモト教授とサワダ。温めたペットボトルのお茶で一息入れる。しかしこの後の戦いを見ることで頭を抱えた。


「ナカジョウの秘術とまともにやり合えるじゃと!?あの娘は本当に人間か!?」


「普段から呪い染みてはいましたからね、彼女。あ、でもどうやら息切れみたいです。両者ダウンで引き分けですね。」


「ううーむ、ナカジョウの方は残って欲しかったが……む?あれはなんじゃ。治療でもしようというのかね?」


「そのようです。でも治療法なんて無いですからね。あーやっぱり身体が崩れかけてますよ。」


「よもやナカジョウが朽ちるとはのう。想定外じゃった。」


「って、教授!なんか変な男が!あ、これ!魔王じゃないですか!?」


 サワダがカメラの範囲に突如現れた黒装束に大声で反応した。



 …………



「お困りのようですね?」


「だ、誰ですか!?」



 22時25分。絶望に囚われて泣き叫ぶメグミの前に、黒ずくめの男が現れた。メグミのセンサーでは悪意を感じ取れないが、この状況のこのタイミングで現れた男は絶対にまともじゃないと警戒する。


「通りすがりの何でも屋です。見た所ご友人が窮地に陥っているようですね。」


 突然現れた黒ずくめは簡単に自己紹介をして本題に入る。メグミは彼の登場の突拍子の無さに心当たりが有った。


「その現れ方、その姿!まさか貴方がッ!」


「オレの事を気にしている余裕があるのですか?お友達がもう、風前の灯火ですが。」


 黒ずくめは正体を察せられようとも焦らず、営業用の慇懃無礼口調で本題を進めようとする。


「くっ、何しに来たのよッ!」


「よろしければ手伝いますよ。勿論いくばくかの報酬は頂きますが、いかがでしょうか?」


「ミサキを治せるなら何だってするわッ!でも医療でもチカラでも治せないこの状況で、貴方に何が出来るというの!?」


 魔王が助けに来てくれた。そのワケのわからない事実にメグミは混乱して食って掛かる。


「その言葉、忘れないで下さい。」


 だがそんな事は気にせずに彼はミサキに近づき手をかざす。


(この症状、やはりあの2人と同じか。原型を保っていられたのは本人の抵抗力の高さゆえ。ナカジョウならそうなのかもな。)


 そう考えながら白い光でミサキの身体を包む。すると30cm程の水晶になって、彼は懐に回収する。当然メグミが黙って居ない。


「ちょっと、何をしてるの!?」


「落ち着いて下さい。彼女を助けるには”治す”のではなく、”戻す”方が確実です。なので安全な場所で直す為に、空間ごと凍結させてもらいました。」


「そのチカラ、やっぱりあなたは!!あなたには聞きたいことが山程あるの!答えてもらうわよ、げん――」


「おっと、それ以上は口にしない方が良い。でないとお互い面倒な事になるだろう?オレは今、何でも屋なんだ。それにオレを倒したら、誰もお友達を助ける事が出来なくなりますよ?」


 メグミの言葉を遮り、魔王は友人を助ける為に目をつぶれと言ってきた。

 確かに消耗したメグミ独りで戦うのは無謀だ。ミサキも治る可能性が無くなってしまう。


「うぐっ……聞かせなさい、何で助けてくれるの!?」


「オレは別に君達と争う理由も無ければ、逆に見捨てる理由も無いからですよ。」


「……なんか授業で聞いていたのと違うわね。もっと極悪なヒトだと聞いてたんだけど。」


 予想外の答えに間の抜けた……毒気が抜かれた顔になる彼女。


「ご安心を。報酬はキッチリ頂くからね。」


「な、何をよ。言っておくけど貴方に”オンナ”を渡すつもりは無いですからね!」


(うーん、オレってそんなイメージばっかりなのか。)


 胸を押さえながら華麗なバックステップでズザーっと下がるメグミに、ため息をつきそうになるが堪える。


「それは間に合ってるのでどうでも良いです。パートナーの居る女には手を出さないようにしてるしね。」


「…………」


(無類の女好きで世界一の変態と言われる魔王にどうでも良いとか言われると、ちょっとハラが立つわね。いや、助かったけども。)


 女のプライド的にイラっときたメグミは魔王を睨みつけるが、彼は気にせず話を続けていく。


「なので報酬として貴女の血液と記憶。これを少し頂きます。その血の気が引けば少しはチカラの制御がまともになるでしょう。」



「え?それって――」



 メグミが何かを言い切る前に、魔王は時間を止めて報酬を抜き取った。

 彼女は一瞬で気を失って倒れるところを、時間停止中に血液を抜きまくっていたマキが支える。彼女の横には箱いっぱいの採血管が並べられていた。


「おっとっと。この子って夢の中でもホラーしてたけど、現実でもぶっトんでましたねぇ。」


「マキ、血液は半分ずつ分けて保管してくれ。片方は研究、残りは当主様のハンバーグソースに使います。」


「はーい、OKでーす。この後は緑の子の治療ですよね?この子は

 どうします?」


「彼氏が通りそうな所に置いておくよ。先に戻っていてくれ。」


「そんじゃ、ベッドの準備しておきますね!」


 この若さで彼氏持ちかー、と謎の葛藤をしながらメグミをマスターへ渡して帰還するマキ。残った彼はメグミの中の情報を元にイロミ検索で現在位置を特定。進行ルートを割り出して公園東側のベンチに横たえた。


「あとは結界を張って、彼氏が近付いたら解けるようにして……。これでよしと。しかしあの特大パフェのカップルだったとはねぇ。」


 随分成長したものだと年月を感じつつ、別の事を考えるマスター。


(この子のあのチカラ、絶対危険だよなぁ。)


 そもそもこの場にマスターが現れたのは、浄水場に向かおうとした際に凶悪な怨念、呪いの様なチカラを感知したからだ。とても個人で扱いきれるモノでもなく、むしろ個人で生み出せるモノでもない。


 周辺に多少なりとも異変を起こしたソレのフォローをしてまわり、戻ってきたら本人が泣き崩れていたという流れだった。


(さっき情報を抜きつつフィルターを作っておいたから、大暴走はもう起きないと思いたいけど。後で確認の研究はしておこう。)


 そう結論して魔王邸へと戻るマスター。なかなか仕事が進まないが、師匠の親戚を治療しない訳にもいかないのである。


(朝、当主様が詳しく話さなかったのはこういう事だったからかな。)


 あとに残されたのはベンチでスヤスヤと眠りながら王子様を待つメグミだけだった。



 …………



(ここは、緑色の世界?私は……魂だけ?)



 ミサキは濃い目の緑色の空間に漂っていた。周囲を見回すとふわふわと浮かぶ自分の他にも、なにやら泡のような何かが浮かんでいる。


(これは私の記憶?ってことは走馬灯かな。つまりまだ予断を許さない状況って事なのでしょうね。)


 ボーリング玉ほどの泡の中には見覚えのある風景が映し出されていて、特殊部隊時代だけでなく実家の映像も見て取れる。その中の一つをなんとなく触ってみると、当時の記憶が鮮明に呼び起こされてきた。



 幼少の頃、手術室で身体中に先祖の骨を移植されているシーン。



 あまり効かない麻酔の所為で痛みと熱を感じながら、暴れようにも手足が拘束されてて動けない。


(この時はキツかったなぁ。後々の修行でこういうのも慣れたけど。今思えば移植後に馴染ませる最中はゾンビ化中の感覚に似てたわね。)



 実家の教育室でシキタリや呪いについて勉強しているシーン。



 幼いミサキは泣きながら母親に教育を受けていた。


(覚えが悪いと霊糸でぐにゃっとされるのよね。だからこそ必死に覚えたわけだけど……。私は上手く活用できたかは謎ね。)



 深夜に物音を聞きつけて両親の寝室を覗いているシーン。



(これも?確か弟が大声でバラしてくれたおかげで大目玉を食らったのよね。まったく……)



 とあるルートで手に入れた”教育書”で独り耽っていたシーン。



(うぐっ。たしかこれも弟が見てて、面白がってお父様に報告して泣かせてしまった時のじゃない!)



 政府から迎えの車が来て、家族総出でお見送りのシーン。



(ぐぬぬ!せっかくの門出だってのに、弟が私の”非蔵書”の隠し場所を大声で暴露した恥ずかしいシーンじゃない!)


 さっきから碌な場面がない走馬灯に苛ついてくるミサキ。ちなみにこの時迎えに来た黒スーツ達は、そっと目を逸して腫れ物のような扱いをしてきたのを覚えている。


(まったくあの愚弟め!無事に帰れたら呪いの人形セットをお土産にしてやるんだから。)


 別の泡に手をのばすと、今度は特別訓練学校の場面だった。


 仲間や教官達と共に日々訓練を重ねて出動して、時には取材を受けたり仲を深めたり。不穏なモノと隣合わせの毎日だったが、とても充実した毎日だった。中でも1人の男の子との触れ合いは、彼女の中に初めての感情が生まれ育っていった。


(ソウイチとはちゃんとした恋人にはなれなかったけど……まあうん。楽しかったんじゃないかな。その点メグミは凄かったわよね。最初は引っ込み思案な子だと思ってたけど、グイグイ行っちゃってさ。)


 メグミとの女同士の会話シーンや彼女のユウヤと一緒の時の幸せそうな顔を見ながらそう思う。


(対して私はこんなんだったもんなぁ。メグミの作戦のおかげで形だけはそれっぽくしたけどさ。)


 訓練や任務中の連携やおバカなミス。アレな赤ずきん。体を張って守って貰った記憶。初めての男の子からのプレゼント。初めてのデート。ヒミツの共有。そして膝枕等々。


 気がつけばソウイチ絡みの記憶の泡を優先して辿るミサキ。


(もう少し、素直になった方が良かったのかなぁ。でもナカジョウの女としては出来るだけ強いオトコを……うーん、悩ましいわ。)


 モンモンとしながらも泡を選別していると、徐々に周囲の緑色が薄く明るくなってきたのに気がついた。


(彼の記憶を辿るのが正解なのかな?あれとかイミシンよね。)


 なんとなくそう思ったミサキは、光り輝く泡を見つけて手をのばす。

 それは入学して1週間、シャワー室を覗きに来たソウイチに自分の全てを見られたシーンであった。


(くううう、私ったらこんなのが輝いちゃってる思い出なの!?)


 自己嫌悪と羞恥心で赤くなりなるミサキ。誰かに見られている訳でもないハズだが、思わず顔を覆ってしまう。


(そういえばアイツ、この時の記憶を何度も”使った”らしい素振りをしていたわね……うわああああ!もうやだー!)


 余計な事を思い出して全身赤みが指し、恥ずかしさから映像に向かって霊糸を発射してしまう。



「消えなさい!秘術、血翔ッ!!」



「うわっ!あぶなっ!」


「え?あれ!?」


 突然場面は白い部屋に移り、男の声が聞こえてきた。


 気がつけばミサキは白い清潔なベッドの上で右腕を突き出していた。

 霊糸が天井に突き刺さり、黒い衣装の男が上体を仰け反らせていた。その腕で医者と思わしき女性を庇っている。


「おはよう、身体の調子は……良さそうだね?」


「ここは……あなたは?」


「ウチの診療所だよ。君のお友達に治療の続きを頼まれてね。一通りキレイに直したけど、一応自分でチェックしてほしい。」


 黒ずくめの男は病院着と見せかけた浴衣をミサキに渡して姿見を指差している。彼はそのまま仕切りの向こう側へ移動してくれた。


(ハダカを見られた!?でも治療だったワケだし……待ってよ、あの状態から治療が出来るって?って事はあの男がもしかして!)


 ミサキの乙女心的な葛藤から導かれた仮説を、仕切りの向こうへ投げてみる。


「意外と紳士的なのね、魔王さん?」


「その呼び名は止めてくれ。出来ればマスターと呼んで――」


「え、ウソッ!当たりなの!?」


「……おっふ、カマカケか。」


「はいはーい、ミサキちゃんだったわね。こっちでチェックを済ませてね。」


 マキが追加の鏡を持ってきて、壁の姿見と鏡合わせにしてくれる。

 ミサキは羽織った浴衣をカゴに入れてくるくると回転してみる。


 ゾンビになってズタボロだった身体が20歳の瑞々しいソレに戻っていた。相手が相手なので一応ソコも確認するが無事のようだ。


「まお……マスターさん、ちょっと良い?」


「なんだい?」


「完璧な仕上がりよ。助かったわ!」


 ミサキは仕切りの向こうへ称賛の声を届ける。イタズラもされたりしてないし、本当は紳士なのかもしれないと思い始める。


「それは良かった。でも礼は後でメグミちゃんに言ってあげてくれ。オレ相手に交渉してまで助けようとしてたからな。」


「あの子が!?まさかあの子に手をだして――」


 先程の思考をちゃぶ台をひっくり返して疑いの念の向けるが

 帰ってきた答えはソコソコ穏やかなものだった。


「情報と血液を少し貰っただけだ。オレを見ると皆そっち方面の

 警戒ばかりしてくるのは悲しいね。」


「それは自業自得ではなくて?」


「まあな。少し話があるからベッドに戻ってもらえるか?」


 ミサキは彼の言う通りにベッドに戻って座る。当然浴衣は着ている。


「はいどうぞ!熱いから気をつけてね。」


 マキが緑茶を淹れてくれて可愛い猫ちゃんマグカップを受け取った。


「状況を説明するよ。君はオレの時間遡行で身体を復元することで復活した。メグミも彼氏の通り道に結界を張って寝かせてある。」


「あの子の呪いは大丈夫なの?」


「魂用の壁と制御用の回路をフィルターとして入れてある。どう見て

も危険な代物だったからね。」


「私をどうするつもりかしら?出来れば穏便に済ませたいのだけど。」


「心配しなくても普通に休んでいくと良いよ。街に戻るにしても今はその時ではない。逆に聞きたいんだけど、オレを敵視しないんだね?」


「貴方と戦うのが嫌だから、脱走してる最中だったのよ。」


「ああ、それで……そうだ、君の前に双子の女の子も保護してるから後で顔を見せてあげると良いよ。」


「アイカとエイカが!?2人は無事なの!?」


「うん。変身して襲ってきたけど、元に戻したから安心してくれ。」


「そうなのね。ありがとう!……なんだか魔王らしく無いわね。」


「マスコミと政府が言ってるだけだからね。普段はラーメン屋であり何でも屋のアルバイトだよ。」


「はぁぁ、この6年半が不毛に思えてきたわ。ズズズ……私達は何を

 やってたのかしらねぇ。」


 回復済みの身体にどっと疲れが襲ってきて、お茶をススりながら

 愚痴をこぼすミサキ。


「トキタさんも似たような事を言ってたよ。でもおかげで助かった

 人達も多いんじゃない?それは誇って良いところだと思うよ。」


「ありがと……でもアナタからのフォローって逆に心に来るワ。」


「それはそうとお願いがあるんだけど、聞いてもらえるかな?」


「ッ!!」


「いや、だからそっちじゃなくてね。」


 反射的に胸を隠すような仕草にマスターはちょっぴり傷ついたようだ。いやちょっと喜んでいるようにも見えるか。


「君の中に在る”君以外の骨”をさ、コピーさせて欲しいんだ。」


「ご先祖様の骨を?何でマスターさんはそんな事まで知ってるの?」


 骨を埋め込んで云々の話はナカジョウ家ゆかりの者でないと知らないハズだった。


「オレの師匠がナカジョウ家の者でね。訳有って必要なんだ。」


「え!?ちょっと待って、誰よそれ!!私の家に魔王……失礼、マスターさんに協力している人が居たの!?」


「魔王と呼ばれる前に世話になってね。別にキサキさんが人類を裏切ったわけじゃないよ。」


「キサッ!?え、あの伝説の伯祖母様!?」


 故人のハズの伯祖母様が魔王の師匠と聞いてショックを受ける。

 同時にソウイチのとっておきの土産話をツブしてしまうマスター。

こういう所がナチュラルに他人から疎まれるのであろう。


 彼は幾つかの骨を手の平で弄びながら言い訳する。


「実はコピー事体は治療の時にしてあってね。無断でってのは良くないから確認だけ取っておこうかと思ってさ。」


「えー……なんかもう、驚くのにも疲れたわ。それは好きにしていいから、少し寝かせて貰えるかしら?」


「わかった。部屋を用意させよう。でも寝られるかは微妙かもね。」


「どういう事?」



「「ミサ姉さああああん!!」」



「ふびゅっ!」



「「うわああああん、無事で良かったよおおおッ!」



 アイカとエイカが病室に乱入して抱きつき大泣きされてしまう。


「あはは、2人とも無事で良かったわ。」


「姉さんこっちだよ、キレイな部屋があるの!」

「大きいお風呂から宇宙も見えるんだよ!」


 やがてグロッキー状態のミサキは大勢の彼女達に引っ張られて

 高級ホテルへと向かっていくのだった。


「マスターさん、良いんですか?」


「うん。今はストレスを発散してもらったほうが良いだろう。

 呪われ蝕まれた心を正常に戻す為にもね。」


「さすが彼女達のパパさんですね!」


「だれがやねん。」


 マスターは薄く張っていた黒モヤをしまいながら彼女らを見送った。

 彼女達のストレスの緩和の為、一時的にもう1人のチームメイトの事を意識しないように細工しておいたのだ。


 ミサキは連れてこられた緑色の露天風呂で嫌なモノを連想するが、多数のアイカ達にもみくちゃにされながら美容効果満載の温泉を堪能したのだった。


お読み頂き、ありがとうございます。

一部分かり難い怪しい文章を修正。話的には何も変わってません。



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