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97 フタゴ そのサダメ

中盤戦開始です。後半少々痛ましい表現にご注意を。

この物語はフィクションです。

 


「「「ブゲガァァァ……」」」

「「「グゲゴォォォ……」」」


「はあああああッ!」

「たあああああッ!」



 2014年10月4日、19時52分。もう15分はこの時間から動いていない。つまりマスターによって現実世界から時間が隔離されている場所。


 街の南南東にある高校に、徘徊する生徒や教師のゾンビを刃物で斬りつける2人組が居た。1人は無手だが見えない刃で相手の四肢や頭部を切り落とし、もう1人も緑色の小太刀で同じく首と表記される部位を上下左右問わず切り落としていく。


 ピンクの魔法少女と奇術師のおじさんという組み合わせが珍しいのかゾンビたちも見かけたらノロノロと近寄ってくる。


「くんくん、クサいのは見つからないわね。いや全員臭いけど。」


「こちらも見当たらない。既に下校してたのではないか?」


 フジナカ・アオバとイタチが……いや怪盗イヌキと懐刀イタチが校舎内で目的の少女を探しながらゾンビを斬り伏せていく。


 彼らは急遽マスターからの要請で、とある少女の捜索の手伝いとしてキリコやサクラと同じくこの街に呼ばれたのだ。アオバも出動するからこそ、サクラはモモカをカザミに預けていた。



「一夜限りの復活と聞いて来てみれば、まさかゾンビ相手とはね!」



 イヌキは嗅覚による「判別」で探索しつつ、ゾンビ達の攻撃を躱しながら次々と切りつけて無力化する。



「愚痴を言っても始まらない。この仕事はボーナスが……いや!うら若き少女とその家族の幸せが掛かってるんだぞ!」



 イタチは「風の操作」による暴風で、イヌキの進撃に横槍を入れる周囲の生徒ゾンビを抑える。そこに風の刃、カマイタチを乗せる事で彼らの数の暴力というアドバンテージを盗んでいく。


 ちょっと本音が見え隠れするのは一家の大黒柱としての自覚故か。


「もう、パパったら……それにしても下校時間は過ぎてるのになんでこんなに人が残ってるの、よっ!……ブフッ!」


 よっ!と同時に教師の首を跳ねて頭が転がり、カツラがイタチの風の所為で宙を舞う。思わず噴き出すイヌキ。


「さあな!記憶や本能が残ってるなら帰ってもおかしくないが、だからこそじゃないか?」


「夜の学校でヒアソビ願望ってコト?気持ちは分かるけど、迷惑この上ないわね!」


 この2人は知らないが例の薬液には心のタガを緩める効果もある。もしかしたらそれで背徳感のある行為をする説は無くは無い。


「うわっと!ふう、良く滑るなぁ。」


 右足を軸に回転攻撃をしようとしたイヌキが足を滑らせる。

 床に着いた血液がその原因だ。それを見たイタチが風のクッションでフォロー。カマイタチを飛ばしてイヌキが狙っていたゾンビを倒す。切断面から血液が流れ出すがイヌキに掛かること無く次元バリアによって防がれる。


「気をつけるんだぞ、オレ達まで感染しては給料……救助活動どころの話じゃない!」


「うん、ありがとうパパ!」


 イヌキは父親のフォローを嬉しく思い、イタチもまた娘を守れてほっとしている。血は繋がっていなくとも、信頼関係は下手な本当の親子にも負けていない。


 結構な数のゾンビを屠って来たので2人の通った廊下は、緑色の血液でぐちゃぐちゃだ。だが2人は1滴もそれを浴びてない。

 マスターからはなるべくバリアを絶やすなと、予備電池を幾つも貰っていた。



「ここが彼女の教室なのだろう?反応は無いか?」


「くんくん、この微かな反応は……ダメね。ここにシズクちゃんは居ないわ。」


 2年生のシズクの教室に着くと微かに反応があったが、扉を開けて室内を覗くがもぬけの殻だったのだ。どうやらシズクの机と椅子に反応があっただけのようだ。


 シズクの枕カバーの切れ端を懐にしまうとお手上げポーズを取るイヌキ。


 その布切れはマスターがこっそり時間を止めてコピペした物で、本体は傷1つ無くシズクのベッドの上に置いてある。

 まるで警察犬の様に彼女を探索したイヌキだが、どうも空振りらしい。


「残念だが、ここまでか……その机に手がかりは?」


 ここに来るまでに、学校の敷地内は全て判別で確認してきた。彼女は部活動もしてないので改めて探す必要性も薄い。


「うーん、ほとんど何も入っては……いや、土曜なら友達と?くんくん、こっちの子かな。」


 イヌキは週末なら友達と遊びに行くくらいはするだろうと、シズクの机から別のニオイを辿って友人らしき人の机を漁る。


 フリフリ魔法少女の格好をした女性だからまだ絵面がマシだが、これをその辺のオッサンがやってたら通報間違い無しだろう。いや、どっちも通報対象か。



「なんとなく、この子の私物から辿れば見つかるかも?」


「ノートか。ならばマスターに渡して調べて貰うか。」


 授業中に集中して記入する物であれば残留思念が残っている可能性がある。それを拝借すると2人は窓を開けて飛び降りた。


 横着し過ぎな行動だが、2人ともぐちゃぐちゃの廊下を戻りたくはない。ついでに言えば時間的に隔離された空間から抜けるには、上空に用意された出入り口を通る必要があったのだ。



 …………



「うーん、線路を結界で遮ると大事故に繋がりそうだけど……昼間の事件のおかげで運休になってるから平気かな?」



 19時53分。南東方面の結界の杭を打ち込んだマスターは良く言えばポジティブ、悪く言えばいつもの適当・楽観思考でまた1つ杭を起動する。


 すぐに空を飛んで200メートルほど離れるとまた杭を打ち込む。この杭から作られている結界は隣の杭との間に壁を作るだけの物。

 歓楽街のように一定エリアを覆うようなものではないので、燃料的に安価で手軽なのだ。


 その分広範囲で使う時は急いで並べないと、繋がってない場所がガラ空きになるので注意が必要だ。今回で言うなら街の西から北側だ。境目に川が通ってるからそんなに人の出入りも少ないだろうと後回しにしている。


 それなりの数を打ち込んで来て飽きてきたマスターは、娘の事について考えていた。


(セツナの成長には眼を見張るものがあるな。暴走とか防ぐ為にもそろそろ本格的に使い方を教えてあげようか。)


 今まではマスターが訓練室での練習中にセツナが見学に現れて、見様見真似でワザの練習をしたり簡単な助言を贈る程度だった。


 やって良い事・悪い事を例え話を交えて説明すれば、セツナはチカラが暴走するコトはほぼ無かった。

 なので好きに伸び伸びと過ごさせていたが、魔王杖や結界の杭等の繊細な制御が必要なシロモノには相性があまりよろしくない。

 これは本格的に制御方法を教える必要があるだろう。


(親になるって、良いモノなんだな……。しっかり稼がんと!)


 誰も見てないのを良いことに、グフフと気持ち悪い笑みを浮かべるマスター。この街南にある駅の更に南側にも杭を打ち、その南西の道路も結界で塞いでいく。


『マスター、ちょっと待ってー!』

『マスター、いくらなんでも無視は酷いだろう!』


「おや?」


 そのユウヤ達が街に入ってきた道路を封鎖した辺りでテレパシーに気がつく。怪盗親子が飛びながら追いかけて来ているようだ。


「いや申し訳ない、ちょっと考え事をしていたもんで。」

「む?何か問題でもあったのか?」


「いや、娘が可愛いなと。今日なんてオレの手伝いを――」


「わかったから、仕事の報告を無視するのは止めてくれ。」

「マスターって本当に親バカよね。」


 娘のコトとなると長くなるのでさっさと遮るイタチ。イヌキも呆れた表情でマスターを見ている。


「それで、なにか判りました?」


「あの学校には居なかったわ。多分友達と出かけたか何かね。その友達のノートを持ってきたから、これから辿れない?」


 受け取ったノートに黒もやを通すとミズハ・シズクの友人である、カギハラ・ミキの思考が伝わってくる。


「なるほど、確かに午後に買い物に行く予定だったようだ。」


「ビンゴ!大当たりね!」


「だが本人は今日、学校に来てないそうだな。あーなるほど、そういう訳か。」


 2年前に兄が亡くなって云々の情報、そこから繋がる変わった趣味。シズクの友人視点でそれを見て、これは自分が”直接”解決しなければならないと確信する。


「2人ともお疲れ様です。とりあえず帰って休んで下さい。」


「なっ、待ってくれ!まさかこれで終わりじゃないよな!?」

「最後までやるわよ?じゃないとパパがお給料気にするし。」


「この件はオレが解決しないとダメな案件のようです。まだ動けるなら一旦結界の外で異変が無いか警戒をお願いします。」


「「了解!」」


 怪盗達には精神力の予備電池を渡して、空間に穴を開けて送り出す。結界の作成に戻ったマスターだったが、街の外が騒がしいのに気づく。


(おや、自衛隊のお出ましか。こんな所へ出動とは恐れ入る。)


 装甲車や輸送車両が到着してテキパキとバリケードを組んでいく。大人の都合で到着は遅かったが、仕事はとても早い。


(なら残りの結界を一気に張ってしまうか。今なら気を使う相手も居ないしな。)


 マスターは上空500mまで飛び立つと杭を何本も投擲していく。

 それらは南西から北西まで一定間隔で地面に突き刺さって透明な膜で壁を形成していった。


 最初からこうすれば数分もかからず終わっていたが、先程まではセツナを始めとした身内との足並み合わせも必要だったのだ。


(一部自衛隊も巻き込んだが、まあいいか。端にいる分には割と安全だしな。)


 相変わらず適当なマスター。時刻は20時である。


(そろそろトキタさんと合流してもいい頃合いか?いや待て、あそこで空中戦か。これは天井も塞いでおかないとマズイか?)


 街の北西側で何者かは知らないがドッグファイトをしている。更にはそこに向けてケーイチが近付いているのが判った。


 結界の高さは300メートル程。空中を移動できる者なら内外問わず突破してしまう可能性もある。想像しやすいのはヘリだろうか。

 とりあえず時間を完全に止めて思考を巡らせるマスター。



「うーむ。こういう時、社長みたいに”同時”に思考・行動が出来るなら便利なんだけどなぁ。」



 本筋である事件の封じ込めに調査、協力者への要請と連携。突発的な物事への対処などなど。コミュ障の彼は時間を止める事が出来ても要領が悪いようだ。



「せっかく張った結界だけど、少し手を加えようか。後は彼らも呼んで、あの人も……うーん、これは後々の課題だな。」



 魔王事件の時は、世界中を効率よく恐怖に陥れた現代の魔王。だがそれは社長の的確な指示が在ってこそである。


 社長からのサポート無し、なおかつ独りで好き勝手するワケにも行かないこの状況では頭がバグるらしい。


 だがそれはいつも通りと言われればその通りである。


 彼はいつも非常識な仕事をしているが、常識と擦り合わせるのが苦手なのだ。伊達に人間社会を追い出されていない。


 これが終わったら何とかする方法を考えようと決意して1歩ずつ仕事を進める事にする。


 だが仕事の出来る人間は今すぐ解決策を立案・実行するもので、結局彼の選択は「明日から頑張る」であった。



 …………



「これでよしっと。」



 20時50分。マスターは街の東西を結ぶ大通りの西端で、結界の杭を再び打ち付けて固定する。チカラを通すと街を覆う結界の、最後のピースが埋まって完成した。


 あれから知り合いに応援要請を出してそれぞれ仕事を割り振った。他にも某所からクレームが入ってその対応に追われたり、その後に結界の理論・定義を改良して上書きを始めた。


 そして今、結界の作業が終わったのだ。


 結界については2度手間になったが、とりあえず形になって満足気にうんうんと頷くマスター。


 すると彼の上空から彼の後ろに着地する人影があった。



「終わったのか?」


「ええ、ここで最後です。これで街の入出は不可能になりました。」


 マスターはケーイチに向き直って応える。予備電池を渡しながら黒もやで理解力を強めて会話の速度を上げる。


「こっちは浄水場がクサイ感じだな。何かの触媒を使ってウイルスと薬液を垂れ流しているらしい。黒幕はミキモトとトウジさんの息子で、街中に特殊部隊の連中が居ることから間違い無いだろう。」


「こちらは結界の他には応援を何人か呼んでおきました。街の中央に水星屋を設置してるので、生存者はそちらに誘導して下さい。」


「誘導は良いとして、応援?信用出来るのか?」


「でなければこんな所に呼べませんよ。特殊部隊が出ているなら、彼らにもコトに当たって貰おう。本拠地だしね。」


「なるほど、オレ達でオイシイ所を頂くんだな。」


「浄水場はオレの方が相性が良さそうです。トキタさんは本命を……いや、遊撃で良いんじゃないですかね。」


「感情としては納得出来ないが、言いたい事は解るつもりだ。」


 少々苦々しい表情でマスターを見るケーイチ。


 マスターの物言いは、学校も浄水場も手を出すなという事。つまり蚊帳の中には居るが実質外と変わらない。窓際族の様な扱いである。


 浄水場は街をここまで変貌させたナニカが居る。だからマスターが出張るのが1番確実だろう。ケーイチでは「分解」で対処できない相手だとマズイからだ。


 だが特別訓練学校は今回の敵の本拠地であり彼の古巣だ。任せてもらえればそう簡単に負けるつもりもない。それでも彼に先行させないという事は、特殊部隊や呼んだ応援等との連携についても考えているのだろう。


「その代わり、良い所は譲りますよ。応援のメンバーも一声掛けてくれれば共闘して良いし、ゾンビと戦う人を助けてあげて下さい。」


 良い所を譲る。その言葉に気を良くしたケーイチはやる気が戻る。


「よし!それじゃあ後は、本腰入れて片付けるだけだな。オレは先に行くから……お前も手はず通りに頼む。」


「了解ですよ。」


 先に行くと言った後に、眼球の動きだけで横の路地を指して合図する。そちらからは、こちらに興味津々な誰かの視線が送られていた。


 つまりその者達を任せて良いのかを確認したのだ。


 了解を得たケーイチは空へ飛び上がってその場を後にする。



「グオオオオオオオオオオオッ!!」



 この世の者とは思えぬ叫び声が、重機に塞がれた道から聞こえる。

 凄まじい殺気だが、マスターはそれに対しても臆する事無く涼しい顔のままだ。


「ほう、何やらそこから殺意を感じるな。だが上手く通れずにいる。ドジっ子か?」


「ガウッ……」


 こちらの呟きに対して動揺するような反応を見せる重機の向こうの何者か。その何者かとは距離もあってこちらの呟きが聞こえるハズも無いのだが、キチンと理解しているらしい。


(なら少し誘導しようかな。万が一結界を壊されても面白くないし。)


 知能とチカラの有る者ならその可能性もあるかと判断してマスターは離れることにした。


 マスターは東側へ向かって低空飛行で進む。通りを塞ぐ穴とガレキを飛び越えて着地すると、先程の方向から銃声と咆哮が聞こえてきた。


「どうやら追いかけて来てる感じかな。自衛隊さんが応戦しているようだけど、あれは無理だろうなぁ。」


 勝手に結界内部に巻き込んでおいて他人事のように呟くマスター。その彼に大通りに居たゾンビたちが襲いかかる。


「フゴゴゴゴゴ……」


「おっと、ご老人の飛び出しは危ないですよ。」


「グガ!?」


 適当にチカラを込めた手で弾くと遠くまで吹き飛んでいくゾンビ。後続はそれに動揺する素振りを見せるが、数で押せとばかりに数人で襲いかかる。


 ズガガガガガンッ!


 次の瞬間、アナコンダを一瞬で5連射されてゾンビ達は全員上半身が吹き飛ばされていた。チカラを乗せた弾丸を、着弾と同時に炸裂させたのだ。ゾンビが倒れる頃には自動リロードでで5発ともマスターのアナコンダに戻ってきている。ズルい。


「そろそろ帰られた方が良いでしょう。家には送れませんが。」


 特に嫌悪も感慨も無く、ゾンビを倒しながら東へ進む。

 飲食店街の屋台広場に到着すると、そこを戦場と定めて待ち構える。


「さて、何が出るやら……」


 程なくして殺気を放つ2人組が反対側の通りから現れた。



「グアアアアアアアアア!」



 咆哮を放ちながら目の前の屋台を素手で吹き飛ばしてズンズンと近付いてくる。


 それは2mを優に超えるであろう巨体。それを支える筋肉質な肉体。その身体には破れた衣服の切れ端が着いている事から元々は人間だった可能性を見せる。

 しかしその頭部も人間の原型を留めないほど変形していて、まるで牛か山羊のような骨格とツノを持っている。



「「グガアアアアアアアッ!」」



「……只者じゃ無さそうだが、こちらも忙しい身なんでね。悪く思わないでくれよ。」


 特に緊張した様子もなく殺意を向けてくる化物に語りかける。



 ブワッ!ズガシャアアアアアアァァァ!



 お互いにチカラを開放して屋台広場は始まる前から大惨事である。その広場の監視カメラも吹き飛んで、天寿を全うしてしまう。


(これだけの化物が出てきたって事は、あの爺さんの仕業だよな。)


「ミキモト理論だったか?この2年でどうなったか試してやろう。」


 マスターはチカラで極太の釣り針のようなフックを作り出す。それを自身の目の前の空間に引っ掛け、2体の化物の間に投擲した。


「「グオオア!?」」


 2人からすれば目にも留まらぬ速度で行われたそれに驚く間もなく、自分達の存在する空間がゴムみたいに後方へ引っ張られている事に驚いていた。

 慌てて前へ進もうにも、いくら走っても魔王に辿り着けない。


「W・スマッシャー!」


 パチン!


 技名と共にマスターが指を弾くと極太フックが消える。


 実は今回も指は鳴らなかったが、SEで誤魔化した。サポート室でリーアが指パッチン.wavファイルを開いて再生ボタンをクリックしていたのだ。


 余談はともかく極太フックが消えて、相手の後方から時空の歪みの波が襲いかかる。空間が軋んで音ならざる音が広がり、波の衝撃でマスターの目の前がぐにゃぐにゃと歪んでいるのが解る。


 これはどんなに防御力を上げても、その場から離れようとしても一定以上のダメージと状態異常を誘発させる攻撃だった。


 この化け物達にも当然それは効果があり、身動きがとれなく――。



「グガアアアアア!!」



 化物の片方がヒトタビ咆哮を放つと、歪んでいた空間が2人の存在する場所だけ無くなった。まるで全てを受け流しているかの様に、平然としてこちらを睨んでいる。


「う、嘘だろ!?受け流すも何も、空間そのものが歪んでるんだ!一体どうやって!?」


 まるでやられ役の悪党のようなセリフで驚くマスター。防御も回避も不能な技が効かないとあれば無理もないだろう。


「単純に筋肉だけ作られた化物ってワケじゃなさそうだな。」


(ならまずは相手を見極める。それが能力者戦の基本だ!)


 時空の歪みの波が収まるまでに方針を決めたマスターは次の手を用意していた。しっかりと次元バリアを張り直してから行動に移る。


「「グオオオオオオアアアアア!!」」


「まずは確認、A・ディメンション!」


 左手をかざして2人の周囲だけを異次元宇宙に変えて、身動きを止めようと試みる。

 しかし2人とも何事も無かったかのようにこちらへ走ってきた。


「ならアナコンダで!」


 ズガガガガガガン!!


 超速で全弾撃ってみるも、着弾すること無くいずれの弾丸も虚空へと消えた。自動リロードは働いているようで弾は復活している。


「ならば直接!D・フィンガー!」


 直ぐ側まで迫ってきた2人の片方に向かって、チカラを纏った掌底を突き出した。


「な、何ッ!?」


「グアアガアアアア!!」


 攻撃を当てたと思った瞬間に相手をすり抜けて空振りする。もう片方が既に攻撃態勢に入っており、振り上げた拳を垂直落下で叩きつけてきた。


「次元バリアなら!ぐあっ!」


 絶対無敵とされた次元バリアをいとも容易くすり抜けて、マスターの右腕が引きちぎられる。


 すぐに腕に時間遡行をかけて戻すと、背後の空間に穴を空けて倒れ込むように入る事で追撃を躱す。そのまま転移先である2人の背後に現れると、左腕を回転する鉄球のようなモノに変えてアッパーで殴り掛かる。


「グガア!?」


 空間の歪みの風を発生させながらの物理攻撃に驚く化物だが、結果は先程のD・フィンガーと同じくすり抜けてしまった。


「グルルガアアアア!」


 ビュン!ドッガアアアン!!


「ぐへぇ……強ぇ……」


 アッパーカットを空振りした体勢で左脇腹に蹴りを放たれて、屋台広場の端まで転がるマスター。


「攻撃を当てても傷1つ付きやしない。防いでもまともにダメージが通ってしまう……どうやら見えてきたようだな。うおっ!?」


 化物達は腕をブンブンとこちらへ向けて振る。すると届く距離でもないのにマスターの身体にダメージが通る。


 身体中が砕かれ千切られ、時間遡行による修復するもすぐにまたダメージを重ねられる。


(なるほど、やるじゃないか……)


 マスターは意識が飛びそうになるのを堪えながら、防戦一方になっていった。



 …………



「どうだねサワダ君。そろそろプレゼントが届く頃かの?」



 特別訓練学校・訓練棟の2階。モニター室にて街を観察中のサワダ。そろそろ盤面が動きだす頃かとミキモト教授が訪ねてきた。


「こ、これは!アイカとエイカ、現代の魔王と接触!」


「ほうほうほう!ついに現れよったか!しかも彼女達が相手とな!」


「はい、規格外同士の対決、これはミモノですよ!」


 2人して身を乗り出しながらモニターを覗く。画面には西の屋台広場で黒装束の男と対峙する2人の化物が映し出されていた。


「ふーむ、あの小さい身体があそこまで変異するか。」


「質量はパワーですからね。これは期待でき、うわッ!」


 屋台広場のカメラが吹き飛んで画面が乱れ、ブラックアウトする。


「ええっと直近のカメラは……これだな。」


 すぐさま別のカメラに切り替えると、少々遠くなったが両者の戦いの全景が映し出される。


 魔王の怒涛の攻撃とそれを軽く受け流すアイカ&エイカ。反撃に転じた彼女達の一方的な展開に眼を見張る教授達。


「魔王相手に互角以上とな!?バリアもすり抜けおるぞ?」

「相手は身体を保つのに精一杯のようですね。」

「得意の時間停止も殆どしておらんの。これは……」

「……これ、もしかしてこのまま行けてしまうのでは?」


 ミキモト教授が敢えて口にしなかった言葉をサワダが口にする。教授は双子が魔王を追い詰める所を黙って見守っていたが、突然それが出来なくなった。


 モニターに表示される映像が、バラバラのジグソーパズルの様に分割された。様々な時間の画が映しだされたかと思うと数秒後に映像が途切れた。


「え!?機材がバグったのか?」


「うぬぬ、良い所じゃったのに……他のカメラはどうじゃ!?」


「ダメです!あの場所を映せるカメラは全滅です!」


 すぐに別のカメラに切り替えて行くが、どれも映像を送ってくる事はなかった。



 …………



「あわわわわ、マスターがあああ!」

「お、落ち着いてシオン。これは何かの間違いよ!」

「マスター!そんな奴に負けないでええええ!」



 魔王邸のサポート室では、シオン・リーア・ユズリンが慌てながらボコボコにされるマスターを見守っていた。


 2人のモンスターの連携攻撃と防御に手も足も出ないどころか、粉々に砕かれ千切られ大惨事である。


「奥様達に報告しなくちゃ!」

「奥様・カナさん、大至急来て下さい!!」

「マスターが死んじゃう!メディィィック!」


「死なないわよ。」

「死なないですよね。」

「見た目は致命傷なんですけど……」

「うわぁ、あれで本当に大丈夫なのか?」


 慌てふためくシーズの下へ、即座に○○○が眠るクオンを抱きながら現れる。カナとマキも呼ばれて現れクリスも○○○の後について来た。

 サポート室は母屋にあるが、緊急用にどのエリアにも来訪可能な扉があるのだ。もちろん空間を弄ってある。



「旦那様はバラバラにされてもそれを武器にする様なお方ですし。」


「あー、そう言えばそんな事も……」


 カナの発言にハロウとの戦いを思い出しながらシオンが納得する素振りを見せる。


「あれは敢えて受ける事で情報収集をしてるのよ。私との感覚共有もほとんど切ってるし、痛覚麻痺もかなり高めてるわね。」


「そういえば社長さんの攻撃とかもそれで分析を……」


「でも、それにしては長くないですか?」


 ○○○による解説に他の者も納得しかけるが、マキはハラハラしている。


「旦那は迷ってるわ。解決策は在るけどそれを使うかどうか。」


「それって!でも、アレを戦闘で使うのは……」


 マキが代表して思いついたコトを言いかけるが、それは全員が心の中で思っていた。


「カナさん・マキさん、”治療”準備急いで下さい。クリスちゃんはクオンを預かっててもらえる?」


「「「はい!!」」」


 恐らく旦那はアレを使う。そう判断した○○○はその後の準備を整えるのであった。



 …………



「てやああああああ!」


「次は私、たあああああ!」



 屋台広場にて現代の魔王を一方的に押し込むアイカとエイカ。

 彼女達は交互に並列攻撃と並列防御を行うことで、相手の攻撃のチャンスを潰し、たまに反撃されても平行世界へ受け流す。


 これまでの厳しい訓練の成果と、双子ならではの密度の高い連携で現代の魔王を追い詰める。


 年齢的には中学生の少女2人が素手で魔王を圧倒する姿はシュールさを感じるほど圧巻だった。


「これなら行ける!はあああっ!」

「ここで魔王を倒せば!とりゃー!」

「世界が平和になって!」

「大好きなお兄ちゃんとお姉ちゃんと!」


「「一緒に暮らせるッ!!」」


 ゴウッ、ドグシャッ!!


 連続攻撃で相手がよろめいた瞬間に、2人で左右から並列攻撃を行って魔王の中心から外側へ向けて多重並行世界からの攻撃で爆散する。


 それでも尚相手は身体を修復しようとしてくるが、その速度は時間が

 経つにつれて落ちて来ていた。


「エイちゃん、そろそろトドメよ!」

「うん、頑張ろうお姉ちゃん!」


 2人が再度同時攻撃を仕掛けようとした時、心の中に割り込んでくる思念があった。


『そろそろ落ち着いて話でもしないかい?』


「え?何?テレパシー!?魔王から!?」

「そうか、テレパシーでかき乱す作戦ね!」


 授業では散々魔王のやり口を教え込まれた2人。提案を無視して並列攻撃で切り刻む。彼はまた四肢が千切れて倒れこむ。


『あたたた……君達は今、とても危険な状態にある。』


「またっ!?」


『君達がとても強力な、IFの世界・並行世界に干渉できるチカラを持っている事は判っている。だがオレを倒すことは出来ない。』


「負け惜しみね!」

「それが判った所で!!」


「「てりゃあああああ!!」」


 ドグシャッ!!


 もう何度目かも解らない程のひき肉状態な現代の魔王。それでも

 2人の意識の中に思念を割り込ませる。


『君達はあの時の……身体中キズだらけだった子達だろう?

 このままではあの頃以上に厳しい事になる。一旦拳を降ろして落ち着くべきだとオレは思うよ。』


「「ッ!?」」


「な、なんのコトかしら!」

「エイちゃん、聞いちゃダメ!スキを突かれるわ!」


 彼女達は魔王と面識が無いにも関わらず、魔王はこちらの情報を知っているかのように話す。

 特別訓練学校の開校数日後に、魔王とサクラが共に不法侵入した際に見かけただけではあるが、2人を混乱させて手を止めさせるのには成功したようだ。


『恐らく君達は自分自身の危うさに気がついていないのだろう。ミキモト教授に騙されているのだ。オレなら元に戻すことも可能だ。だから一旦落ち着いて話を、そうすれば君達は今後幸せを――』


 現代の魔王はそのまま説得に入る。精神干渉を用いて直接相手の心に訴えかけるその手法は、とても素早く合理的で強力だ。


 だが――。


「ふざけないで!貴方が居たから私達は戦う事になったの!」


「私達が戦うのを止めたら、みんなが苦しむ事になる!!」


『それは誤解だ、なぜなら順番がちが――ぐへぇ!』


 ドグシャッ!と再度ひき肉にされる現代の魔王。


 街の事件を解決しに来たという結論を先に言えば良いのに、

 経緯から説明を初めてこのザマである。


 そう。彼は説得に最適な手段を持ちながら、昔から説得が大の苦手なのだった。


『まったく、”直る”と言っても痛いものは痛いんだよ?』


 痛覚麻痺は9割カット使用の彼から初めて人間味のある口調で愚痴が溢れる。内容的には人外だったがそれはそれ。

 彼は痛覚を完全カットすることも可能だが、それは別の弊害を多々発生させるので滅多にしない。


『じゃあ”最後”の確認だ。不毛な暴力をやめて話を――ぐへぇ!』


 もはや問答無用で木っ端微塵にされる現代の魔王。今度は身体が修復されることもなくテレパシーが飛んでくる事ももなく……。


「これで、終わったの?これで……」


「一応、確認をするわ。うう、ぐちゃぐちゃ……なんて――」


 安心しかけるエイカだったが、アイカがそれを制す。短い戦闘の中で何度も復活してきた男に対して彼女はまだ警戒を解いていなかった。

 並列防御を発動させつつ散らばる肉片に近づいてマジマジと見つめる。



「なんて美味しそ――きゃあああ!!」



「お姉ちゃん!うわあああ!!」



 突如真っ赤な光が周囲の空間を満たしてアイカとエイカは後方へ押し戻された。



 …………



「あれは、まさかアイカちゃんとエイカちゃんなの!?」



 フユミは霊体状態で仲間を探して居た時、強力なチカラを感じて屋台広場の上空に来ていた。


「なんて事!?あのクスリの所為で!!しかも戦ってるのは……。あの姿は、現代の魔王!?無茶よ!!」


 霊体の目に入ってくる情報の過密さに動揺が隠せない彼女。大切な仲間がモンスターへと変異し、現代の魔王らしき相手と交戦している。


 しかも一方的な展開なのだが、魔王と思わしき男の精神力は減っているように感じない。今も魔王はバラバラで広場に転がっている。しかしその状態でも不気味なほどの強力な精神力を感じ取っていた。


「なんとか止めないと!」


 フユミが戦いをやめさせようと霊体を地上へ降ろしていく。


『……アイカちゃん逃げて!!え!?』


「ジュルリ、グアアアアアアアア!!」


「グェア!?グワアアアアアアア!!」


 テレパシーで警告しつつ、実体化して風で押し戻そうとした途端、視界が赤く染まって弾き飛ばされる感覚があった。


「な、何が!霊体をも吹き飛ばすなんて……」


 フユミは50m程吹き飛ばされてしまっていた。急いで戻ろうとするが、そこには奇妙な赤い光に包まれた空間が発生し、内部へ侵入する事も観測する事も不可能だった。


「聞いてたのとは違うチカラ!?マズイわ、なんとか助けないと!」


 上空や別角度から何度も侵入を試みるフユミだったが、一定以上近づくと弾かれてしまう。


 侵入や強行突入に向いているハズの霊体状態でも弾かれるので、結局フユミは何も手助けすることは叶わなかった。



 …………



「な、なにを……何が起きているの!?」


「あ、ああああ!やだ、これなんか嫌だよおお!!」



 21時10分。アイカとエイカは赤い光に飲まれて混乱していた。2人の目には赤い光の糸が束になって絡め取ろうとしてくるのが見えーーてはいなかった。


「うそ、私こんなの知らない!見たこと無い!」


「イヤ!これは私じゃない!!違うのおおお!」


 その光に触れているだけで自分の中の何かが目まぐるしく変わってしまうような、不思議な感覚があった。具体的には記憶の混濁だ。


 凄まじい量の記憶の渦。この15年の人生の中で有った事も無い事もその身に降りかかる。それは決して楽しい物だけではなく、心を抉るような体験も数多く存在した。


 敵意・陰謀・暴力。それらが向けられる側や向ける側になった時の記憶まで赤い糸から次々と流れ込んできた。


 それがあたかも事実であるかのように彼女達の心に侵入・浸透してダメージを与えてくる。


「し、知らない自分?なら平行防御で……機能しない!?」


「お姉ちゃん、た、助けてええええ!」


 アイカはチカラを使おうとするが発動しない。エイカも叫びながらチカラを使用するが平行世界の姉達の反応は無い。


 その間にも”様々な自分”の記憶が入り込み、ついには膝を付く。


「これがオレの本来のチカラ、”運命干渉”だ。」


 彼女達の前には現代の魔王が立っていた。テレパシーではなく肉声だったが、先程までのソレと同じく心まで響く。


「君達がチカラを使えない可能性を張り付けておいた。だからもうIFの世界には届かないだろう?」


「な、なんてこと……こんなの聞いてない!」

「うぐぐ、もうやめて!頭がおかしくなる!」


 なおも別世界の自分を見せつけ、植え付けられていく2人は頭を抱えて苦しんでいる。

 そんな彼女達に近づいて顔を覗き込みながら魔王が語りかける。


「オレは説得は苦手だけど、話を聞いてくれる人には悪いようにしないんだよね。君達さ、最後の確認の時に問答無用で攻撃して来たわけで……」


「「うぐっ。」」


「しかもそっちの子、アイカちゃんだっけ。死体の確認する時、オレを食べようとしたでしょ。そろそろ自分達の異変に気がついても良い頃合いなんじゃない?」


「わ、私はそんな!そんなハズは……いやああああ!」

「お姉ちゃん!?ああああああ!」


 しらばっくれるアイカだったが、魔王は2人に赤い糸を通してその可能性を体験させる。やがて耐えきれなくなりリバースしてしまう。


「「うぇぇ、ううう……」」


(うん?これならまだ行けるか?)


 泣きながらえずく2人を見て、魔王はまだ人間に戻れる可能性を見た。

 これで美味しそうにされたら本人も困ってしまう所だが、気持ち悪く思うならまだ可能性はあるだろう。


「これで自覚出来たかな。ボコられてる間に色々調べさせて貰ったけど、別に今回は君達と戦うつもりであの街に来たわけじゃない。だから君達や仲間に手を掛けるつもりもないよ。これで戦う理由は無くなったワケだけど、どうする?」


「そんなの……信じられるわけ無い!」

「あなたに、勝たなきゃ……」


 2人は再び立ち上がろうと足腰に力を込める。


「うーん、どこまでもオレと殺し合いがしたいの?本当にそれが君達の望みなの?せっかくなら楽しい人生にしようよ。」


「魔王がそれを言うのかあああ!」


「誰の所為でこんな事になっていると!!」


 魔王の適当な発言の所為で激昂する2人。怒りのお陰か立ち上がり、再び並行防御が発動して赤い糸を退けた。



「「グォォオオオオオオオオオオオオ!!」」



 アイカとエイカはその巨体中にチカラを漲らせて叫び声をあげる。

 赤い糸は次々と彼女達に襲いかかるが、今度は大部分が受け流されてしまっている。おかげで精神干渉能力が上手く機能せず、また見た目通りの化物の声しか聞こえない。


「あちゃー、また説得失敗か。しかもまぁ、そうなるよね……」


 魔王は諦観の入った声色で呟いていた。平行世界と交信が出来てそれを顕現できるというのは、過程は違えど結果は魔王と同じく”運命干渉”のチカラそのモノであると言ってもいい。


 ならばクスリやら怒りやらで精神力が高ぶれば、魔王と同等・同様のチカラを発揮することも可能だという事である。


「「グォォオオオオオ!!」」


 ブォン!ブォン!ブォンッ!


 アイカとエイカは再び連携で並列攻撃を仕掛ける。しかし今回は彼女達の拳や蹴りは当たらない。全て赤いチカラを纏った魔王に捌かれている。


「なるほど、喰らわない可能性をぶつければ防げるって所か。」


 ヒュン、ドッゴオオオッ!


「グヴォッハアアアアア!!」


 魔王は赤いチカラを右手に溜めて掌底を突き出す。今度はすり抜ける事無く、アイカの胸を強打して吹き飛ばす。

「絶対当たる可能性」付きで殴ればそうなるだろう。


「グヴィアアアア!!」


「次は妹さんか、む、並列防御のまま?」


 シュゴオオオ!!


 エイカは並列防御を展開したままタックルを敢行する。2m超えの凶悪筋肉の質量プラス、平行世界への受け流し付き。


 日本人男性の平均身長な魔王はたっぷりとその迫力を味わうハメになっていた。


「攻防一体か、嫌いじゃないよ。でもね!」


 魔王が目の前の床に手を翳すと、相手との距離を80mほど制作する。ついでに自分を中心に20mから40mの辺りに円形に堀を作っておいた。

 その下は底が見えず暗黒の空間が広がっている。



「グオオオオッ!」



 それを見たエイカは更に加速して堀の手前で大きく踏切り宙へと飛び立って――


 ガインッ!


「グボッフウウウウゥゥゥ!」


 思いの外低い、透明な天井に頭をぶつけて落ちていった。


(やっぱり素直な子なんだな。ならば……)


 魔王がエイカをそう評して堀を塞いでる間に上空からエイカが落ちてくる。どうやら上下で空間を繋げていたようだ。


 エイカは着地こそ綺麗には出来ないが転がって受け身を取って魔王を睨む。



「グオオオオ、グオオオオオ!」


 ブォン!ブォン!ブォン!



 怒りに震えるエイカが、今度は遠距離から並列攻撃を連発してくる。

 奇妙な罠を警戒しての行動であり、彼女視点からは先程のやりとりがほとんど遊ばれてるように思えたのだろう。


 適当にエイカの攻撃を弾きながら近づくフリをする。



「グギャラアアアアアア!」



 並列攻撃を弾きながら前に出る赤い光を放つ黒装束の男に、気力を振り絞って戦線に復帰したアイカが上空から襲いかかった。


 アイカの縦の振り降ろし攻撃と、エイカの横薙ぎの並列攻撃が同時に直撃して男の身体が爆散する。



「「ガラアアアアアアア!」」



 手応えを感じたのか咆哮を放つ2人。しかし……。


 実は1歩も動いていなかったステルス状態の魔王。妻が得意な分身を作ってTPSゲームの要領で遠隔操作をしていただけである。


(掛かった、オレのこの手を真っ赤に燃やして!アームパージ!)


 両腕にチカラを乗せて転移させる。転移先はアイカとエイカの胸の中。赤いチカラを纏った腕がそれぞれの心臓を鷲掴みするように出現した。


「「グ、グゴガッ!?」」


(よし、命中!動いてる時は座標調整が危ういんだよね。)


 驚き戸惑う2人に対して、ステルスを解除して現われた魔王が告げる。



「ダブルッ!D・フィンガー!!」



 キュゥゥゥウウウウウンッ!!



「「――――――ッ!!」」



 胸を中心に赤い光が体内を満たして行き、徐々に巨体にヒビが入る。

 そのヒビからは更に強く輝く赤い光が漏れ出て来ている。


 ドクンドクンドクンドクン!


 鷲掴みにされた自分の心臓の鼓動を強く感じる双子。アイカ達は声にならない叫びをあげながら、自分達の終わりを悟った。


「ビイイイイイトッ、エンドッ!」


 魔王が某ロボアニメのセリフを少しだけモジった掛け声を放つと、化物2人の心臓を握りつぶす。鼓動を止めるからこのモジりにしたらしい。


 すると心臓を失った身体は赤い光に包まれて球体となる。

 数秒後に光が消えると、そこにはアイカとエイカが倒れていた。その姿は15歳の少女の物に戻っていて、精神力を使い果たして気絶している。しかしその身体はキズ1つ無い状態で横たわっていた。

 先程破られた心臓部も無傷で、控えめな胸が呼吸とともに動いているのが確認できる。


 そう、2人は巨大化する時に服が破けてしまったので全裸である。


「あんなになってまで自分の正義の為にオレと戦う、か。少々興味が湧いたことだし、持ち帰って治療と調査をしよう。」


 倒れた少女たちは身体こそ小綺麗に戻されている。だが今回の戦いではその内側、魂が大ダメージを受けていた。


 魔王は全裸の少女2人を両肩に抱えて魔王邸への穴を開く。


 もしこれをサクラやキリコあたりが見ていたら、事案だの事件だのラチカンキン!などと大騒ぎな絵面だっただろう。


『マスター、誘拐ですか!?事案発生ですか!?』

『お相手としては若すぎるのでは……そういうのがお好き?』

『これがキリコちゃん師匠が言ってたラチカンキン!?』


「人聞き悪いことを言わないでくれ……帰還する。」


 結局シーズに大騒ぎされたマスター。先程までは死なないで・負けないでとハラハラしていた反動なのだろう。


「お疲れ様、あなた。準備は出来てますよ。」


 魔王邸に戻ると妻の○○○が優しく抱きしめて出迎えてくれる。


「それはありがたい。後は頼んだよ。」


 アイカとエイカをシーズに渡して、妻の胸の中で気絶する

 現代の魔王であった。



 …………



「消えた……?アイカちゃん達は、魔王は!?」



 21時13分。フユミは目の前の赤い光の空間が消えていったのを確認すると、慌てて屋台広場を見回す。いや、元屋台広場とでも表現したほうが正しいのかもしれない。両者のチカラの激突の所為で、その場にあった屋台や資材はバラバラに吹き飛んでいた。


「居ない?まさか相打ちとか……いえ、何処かにきっと……」


 フユミは僅かな望みにかけて、屋台広場周辺を彷徨うのであった。



 …………



「――です。ボクはそんなお父さんが大好きです。」


 パチパチパチパチ……!


「はい、ありがとう。では次、キソウさん発表して下さい。」



 2006年の在りし日。とある小学校での1年生の国語の授業中に作文の発表会が行われていた。テーマは「両親」について。


 原稿用紙で1枚程度のちょっとした宿題だったのだ。


 出席番号順に発表が進み、カタギリ君が拍手を受けながら着席すると、担任は次に発表する女の子を指名した。


「…………」


「キソウ・アイカさん?」


 再度担任の先生に呼ばれるがアイカは黙ってうつむき、起立する事もなく小刻みに震えていた。


 ざわざわ……


「恥ずかしいのかな?あとで提出して下さいね。じゃあ次の――」


 ざわついてきた教室を鎮めるために、次の男の子を指名して先に進める担任教師。


(なんで、なんでみんなの家はそんなに優しいの?)


 クラスメートの両親と比べてとても発表出来ない内容の原稿用紙。それを見つめながら涙目のアイカだったが、授業後にあえなく回収されていった。



 同日の別の教室。同じく国語の授業で発表会が行われていた。

 このクラスでは作文ではなく、名前の由来を両親に聞いてくるというとてもシンプルな宿題だった。



「ごめんなさい……答えたくありません。」



 鎌野 金鈴男、カマノ・ドウベルマン君が発表を拒否していた。

 読み方も当て字も特殊な彼は、別にハーフというわけではない。せめてドウの字が獰とか堂や導などなら格好も付くが、由来はdoughである。意味は練り粉やパン生地だが、俗語として金銭の事を指すこともある。


 彼の家はなかなか人気のあるパン屋で、店を繁盛させる強き跡継ぎとしてふさわしい名前にした!と、彼のお父さんが豪語していた。


 しかしそれを発表するような蛮勇を彼は持っておらず、代わりにNOと言える勇気を持っていたようだ。



(((あっ……)))



「そ、それでは次はキソウさんお願いします。」


 クラス中で「あっ、察し。」な雰囲気になって担任は次の子へと発表を促す。呼ばれたキソウ・エイカはゆっくりと立ち上がって発表を開始する。


「はい。私のエイカという名前は映す鏡と書きます。何を映すのか聞いてみたら、あらゆるカノウセイだそうです!」


 パチパチパチパチ!


「ありがとう、キソウさん。たしか隣のクラスにお姉ちゃんが居たわよね?アイカちゃんの方は解る?」


「はい。お姉ちゃんは愛と奏でるっていう文字で、私のより難しい字で書きます。愛情を呼び起こす演奏って教わったけど、ちょっとよく分からなかったです。」


「先生は判っちゃったかも。きっと良いご両親なのね。」


「は、はい。ちょっと厳しいですけど……」


 エイカは若干口ごもりつつも同意しておいた。彼女の父親はちょっとした音楽家で、母親はちょっとした元モデルである。


 その事を知っていた担任は、両親の仕事への信念から取ったであろう名前の由来に感動したようだ。



 …………



「キソウさんって長袖で暑くないの?」


「う、うん大丈夫だよ!あっ……」


 カラカラン……。


 給食時、席を並べたクラスメートに服装について突っ込まれる。その際に気を抜いてしまって箸を取り落してしまった。


(わわ、またやっちゃった。よくみんなは上手に使えるなぁ。)


「ッ!あはは、ちょっと洗ってくるね。」


 エイカは痺れる右手を気にしつつもぎこちない動作で席を立ち、箸を拾おうと試みる。ゆっくり屈んで手を伸ばした時に、袖が少しめくれて手首があらわになる。


「うん。あれ、キソウさん怪我してない?どこかにぶつけたの?」


「あっ、これは何でも無いの。大丈夫だから……」


 慌てて右手首を隠しながら平気アピールをするが、ほけん係の彼女は諦めない。


「それ絶対痛いやつでしょ。せんせー!キソウさんケガしてるから保健室に行ってきます!」


「ケガ!?先生も一緒に行くわ!」


 ほけん係の彼女と担任の先生に有無を言わせず保健室に連れて行かれるエイカ。


(あわわわ、どうしよう……)


 彼女は怯えていた。この先に起こるであろう出来事を想像して。



 …………



「キ、キソウさん!ちょっと先生についてきて!」



 一方隣のクラスからも、アイカが教室から連れ出されていた。給食中にアイカの作文を確認した教師が、血相を変えて保健室に連れて行こうとする。


「あの、先生!一体どうして?い、痛いですから!」


「あ、ごめんなさい!って軽く握っただけなのに?ちょっと見せてね。」


 教師がアイカの腕の長袖をめくると、そこは暗い紫色に染まっていた。とても小学1年生の肌ではない。


「アイカちゃん、これは!あの作文は本当に……」


「あ、ああ……あの、これは内緒で……」


 アイカは怯えて震えながら担任の教師を見る。


「このまま保健室に行きましょう。大丈夫、とにかく身体を診てもらわなくちゃ!」


 今度は腕には触れないように背中を優しく押して移動を促す。


「ッ!!」


「背中も!?ごめんなさい……とにかく行きましょう。」


 今度は身体を刺激しないように保健室に向かう。


 担任教師はアイカの作文の中に不穏なモノを感じていたが、それが確信に変わっていた。


 それには両親が自分達姉妹の為に厳しいシツケをする旨が書かれていた。自分たちはまだ何事も上手く出来ない悪い子なので、早くみんなの様にマナーが出来るようになりたいと〆られていた。


(マナーも何もあの痛がり様では、何をするにも……)


 担任は事体の深刻さに心を痛めながら保健室の扉を開ける。


「エイちゃん?」


「え、お姉ちゃんも?……どうしよう!?」


 そこには一足先にエイカとその担任教師も来ており、事体は急展開を向かえることになった。



 …………



「お前達はもう、学校は行かなくていい!何もするんじゃない!」


「あんた達の所為で私達のお仕事がダメになったのよ!?」


「「…………」」


 あの後。両親らしき2人に連れられて帰宅した2人は、いつもより早めに睡魔が襲ってきた。2人は床に横たわり、もう返事も出来ずに意識を手放そうとしている。


「聞いてるの!?―――――ッ!」


「――――――ッ!」


 もう両親らしき者の声も聞き取れなくなった2人は、押し入れに押し込められてそのまま就寝した。


「くうう、大事な時になんてこったっ!」

「私だって同じよ!親の邪魔をするなんてッ!」


 尚も苛立ちの収まらない2人は愚痴を言う。

 仕事中に警察に呼び出されて行ってみれば、教師や警察やら児相から”言いがかり”をつけられた。


 警察はアイカ達に助けが必要か質問したが、震えるアイカとエイカは自身の口から助けを求める事も出来なかった。


 病院へは自分達が連れて行くから、不当な言いがかりや家庭内の事への干渉は止めてくれと言って帰ってきたのだ。


 だが保険医の前で頑なに服を脱ごうとしなかったのだけは両親らしき者達は評価した。それをしたら即入院、即逮捕で自分達の評価も地に落ちていただろう。


「だがこれはマズイぞ。同僚には警察沙汰がバレている。あのハイエナ共が見逃すはずもない。」


「こっちもよ。今頃業界中に……忌々しいわね!」


 2人は今後の活動について心配している。作曲に指揮に木管楽器の演奏も可能な父親と、以前はモデルをしていて、現在女優として仕事に復帰した母親。中堅の彼らにとって、今回の件は手痛いスキャンダルとなるだろう。


「そもそもだ、あの程度のシツケなど――」

「そうよ、私なんて昔から毎日――」


 強いお酒を引っ張り出してきて2人は現実逃避を兼ねて愚痴を言って自分達を正当化する。


 2人は今の評判と立場を得る為に、両親や雇った専属の教師からとても厳しく育てられて来たというのは事実であった。


 だがそれは他人に見えない部位を意味もなく執拗に攻撃するという姑息な暴力だけのものではなかった。

 体罰を伴う教育にしても、やり方という物が有る。


 その辺を履き違えて必要な事よりも痛みと暴力を教え込んだ所為でこの結果になったのだろう。



 …………



「では行ってくるが、お前達は静かにしてるんだぞ!」

「誰か来ても、電話も絶対に出ちゃダメだからね!」


「「いってらっしゃい……」」



 2006年、冬が見えてきた頃。アイカとエイカは両親らしき2人を玄関で見送った。


 あれから3ヶ月程は仕事の機会が減らされて荒れていた彼らだが、今は驚異的な復活を遂げて泊りがけの仕事も増えていた。


「エイちゃん――」


「そうしよう、お姉ちゃん。」


 アイカが何か言いかけるとすぐに返事をするエイカ。

 短い言葉で意思疎通がとれるのはずっと同じ場所で同じ生活をしていたせいか、それとも双子だから通じる何かがあるのか。


 2人はリビングでテレビをつけて椅子に座る。極力静かに、変に動き回ったりはしない。動けば身体が痛むし、何かあればもっと痛くさせられる。


 例の件で色んな所から目をつけられた為か、アイカ達の生活はかなり変わってしまっていた。


 両親らしき2人はアイカ達を外へ出さなくなり、他人とも関わらせなくなった。


 担任の教師を始めとして訪ねてきたり電話が掛かってくるが、全て無視をさせられている。

 何処かに連れて行って貰える事もないし、病院にも行っていない。パソコンも携帯も新聞も無く、精々今見ているテレビが唯一の娯楽であり情報源だろう。


 だがさすがに死なれても困るらしく、食料類は買い込んでくれる。ただし調理はさせないし、現金も渡さない。

 出前も通販も調理も出来ないとあればおのずと食事事情は偏った物になっていた。このままでは体の成長にも悪影響があるだろう。



 ~~~~♪~~~~♪



「ふぁ~~、凄いね。たくさんの人が楽器で音を鳴らしてるよ」


「そうね。いろんな音で溢れてて、幸せな気分になるよ。」


 2人はテレビでオーケストラの演奏を視聴していた。

 弦楽器木管に金管、打楽器とそれを指揮するコンダクター。様々な者達が1つの曲を奏でるその空間に2人は感動していた。その芸術に関しての感性は親譲りなのかもしれない。


 パチパチパチパチ!


「拍手もすごいね!いいなー、この人達何ていうの?私もやってみたいなぁ。こう、みんなでわああああって。」


「XXXX楽団、おーけすとらの一種ね。私はこんだくたーって言うの?あのシキしている人が良いな。」


「まんなかで棒を振ってる人?格好いいよね!じゃあ私がカメラでお姉ちゃんの格好いい所を撮ってあげる!」


「それだとエイちゃんが演奏できないじゃない。」


「あはは、そうだねー。じゃあ私が一杯になって、ッ!!」


 仲良く妄想を語り合う2人だったが、突然エイカがお腹を押さえて苦しがる。それを見たアイカが慌てて優しく介抱する。


「いたたた、ちょっとオナカが……」


「エイちゃん、大丈夫!?ゆっくり、ゆっくり息をして……」


「うん、なんとか……ちょっとはしゃぎ過ぎちゃったみたい。」


 少し涙を浮かべながらも健気に大丈夫アピールをするエイカ。


「今朝もあの人達、酷かったもんね。」


「私は大丈夫だよ!お姉ちゃんが側にいてくれるもん。」


「エイちゃん……」


 両親らしき2人をあの人呼ばわりなアイカ。現状に至る過程を思えば当然の結果だろう。

 妹の健気さに心が締め付けられるアイカ。なんとか元気にさせてあげたい姉心が湧き上がる。


 ”あの人達”と居合わせた日はいつもシツケを受けていた。

 今では身体中が変色しているが病院にも行けず、このままではいつ動けなくなるかもわからない状況だ。身体だけでなく心の方も……。


 なら少しくらい無茶をしてでも……。


「そうだわ!ちょっと待っててね。」


 アイカはゆっくり立ち上がって冷蔵庫へ向かう。”あの人達”のシツケの結果、そろりそろりと静かな移動だ。そもそも素早く移動できない身体になってしまっている。


 踏み台を置いて冷蔵庫を開けると野菜を中心にいくつかの食材が入っている。肉類は無い。生では食べられないからだ。


「確かこの奥に……あった!」


 アイカは冷蔵庫の奥に保管されている瓶を取り出して、コップに注ぐ。それは綺麗な緑色をしていた。


(苦かったら嫌だしジュースも混ぜよう。)


 果汁の少ないりんごジュースで割ると、それを持ってエイカの所へ持っていく。


「はい、どーぞ!あの人達が大事そうに飲んでる栄養剤だよ!ジュースを混ぜたからきっと甘いよ!」


「お姉ちゃん、それってバレたらまた怒られるんじゃ?」


「あの人達はどうせ何もしなくてもソウだもん。私が飲んだ事にするから平気だよ。」


「う、うん。わかった。でもお姉ちゃんも半分飲んで……お姉ちゃんも身体、痛いんだから。」


「エイちゃん……ありがと!それじゃあ2人で飲もうね!」


 結局バレるならともう一杯作って2人でコップを鳴らす。テレビで見たドラマや映画ではこうしていたからだ。



「「いただきまーす!」」



 2人はちびちびとその緑がかった液体を飲んでいく。

 すると身体どころか心にもナニカが染み渡る感覚が広がっていく。


「なんだか、身体の痛いのが飛んでいく気がする!」


「本当ね!すごい効き目だわ!」


 2人は物心ついてからずっと共にしていた痛みと痺れが希薄になる。擦れると痛かった衣服や空気ですら心地の良い物だと理解する。

 2人の価値観が上書きされ、世界がとても優しい物であるかのような開放感を感じていた。



 そう、”あの人達”が急に仕事が出来るようになった理由がコレであった。どこからか手に入れてきて、定期的に飲むようになってから驚くほど仕事が上手くいくようになったのだ。


 男の方は感情を、主に愛情を湧き起こすような曲を作れたり演奏が出来るようになった。おかげで老若男女問わず、大勢のファンを獲得し始めていた。


 女の方は肌ツヤが良くなるばかりでなく、撮影した時に様々な感情を揺さぶる美しさが写真や映像に焼き付くようになったのだ。これも性別や年齢関係なく、見る者達を魅了していった。



 …………



「ぐっ、っつぅ……」

「うっ、っくぅ……」



 次の日の晩、2人は押入れの中で数年連れ添った痛みと再会していた。帰ってきた”あの人達”に栄養剤の使用がバレて、手酷くシツケられてしまったのだ。


(やっぱりこのままではダメ。なんとかケーサツに……)

(ダメだよ、またあの時みたいに……ってあれ?)

(え!?エイちゃん、これって!)


((考えてるコトがわかっちゃう!?))


 アイカとエイカは暗闇の中でお互いの顔を見合わせていた。


(どういうことかしら。双子は通じ合うってテレビで言ってたアレなのかな?)


(すごいよ、お姉ちゃん!これなら”あの人達”にも怒られないでいっぱいお喋りできるね!)


(とっても不思議だけど、とても嬉しいコトね!)


(そうだ、お姉ちゃん。今日、これを見つけたんだよ!)


 エイカはゴソゴソと布団の中から棒の様な何かを取り出した。


(なに?おもちゃ?でもウチにはそんなものは……)


(あの人が仕舞っていた道具!もう。お姉ちゃんたら、オトナがおもちゃは使わないでしょ!)


 世の中を殆ど知らないエイカは、無邪気に卵型の部分をアイカの手に握らせて渡す。


 それは本当におもちゃなワケでもなく、楽団などの指揮者が使う指揮棒であった。


(これはこんだくたーが使う……タクトって言うんだっけ?)


(そう、これをお姉ちゃんにプレゼント!これでお姉ちゃんはおーけすとらに変身するのだ―!)


 まるで魔法少女のような設定を付けられたアイカだが、口角は上がっている。


(もう、エイちゃんってば……おーけすとらはこんだくたーだけじゃ出来ないのよ?)


(ふっふー。その辺はちゃんと考えてあるんだよ。じゃーん!)


 エイカは再び布団の中に隠していた何かを並べていて、両手を広げて紹介する。


(むー?これは鏡?もしかしてこれも”あの人”の?)


(うん、一杯あったから少しだけ持ってきたの。それでこうやって私達を囲めばほら!私とお姉ちゃんがムゲンダイ!)


 暗すぎてとても見え難いが、2人を囲む鏡は無限の姉妹を映し出していた。


(あはは、そうね。2人だけどムゲンダイの――)



((私達だけのオーケストラ!))



 暗闇の中でアイカが軽くタクトを振る。エイカが心の中で歌う。それを受けて鏡の中の双子もそれぞれが歌い出した。


 いつまでも、どこまでも続くオーケストラの演奏。


 暗い押入れの中の小さな空間は、今や無限に広がる夢の空間だった。



『『『繋がった!戻ってきて、私達!』』』



 その時、どこからか自分達の声が聞こえてきた。



(ん……?これは、あの時の夢?)


(あれー?私達は一体……?)



 そう、これは夢。あの時もこうやって別の世界の自分と出会った。

 その後もタクトや鏡、それに類するモノを媒体にして平行世界の自分達と楽しく過ごしてきた。


 ”あの人達”のシツケはずっと変わらなかったけど、たまに栄養剤を頂いく事で耐えてきた。


 そして2007年の5月、”あの人達”はコロされて居なくなったんだ。後で知ったコトだけど、犯人は現代の魔王だった。


 有名になった”あの人達”の遺産は自分達は貰えなかった。


 一度も会ったことがない親戚が、自分達が面倒を見ると言い張って全部持っていってしまった。代わりに私達に与えられたのは、劣悪な環境の施設への入居の権利。


 そこでも私達は攻撃の対象になっていた。身体が小さくて身動きが取りずらい私達は、日々の怒りのハケグチに丁度良かったのだろう。


 だけど、それらは長くは続かなかった。ありとあらゆる手段で”別の私達”がやり返してくれていた。


 彼らが諦める頃には、逆に問題児扱いをされてしまっていた。

 スタッフまで一緒になってコトを起こしているのだから、私達ではどうしようもない。


 身体の痛みと痺れは消えず、健康診断もなく病院にも行けず。施設内で義務教育を施すというフレコミもウソだった。もうあの栄養剤も飲めないので、なるべく大人しく過ごしていた。


 次の年の4月には政府直轄の、正確にはミキモトグループ管理の特別訓練学校へ編入した。

 スーツを着たオトナ達がお金の入ったケースを持って勧誘に来て、施設のスタッフ達が即決で承諾した結果である。


 そこで大好きなお兄ちゃん達やお姉ちゃん達に出会い――。



 …………



「「うーん、ここは……?」」



 アイカとエイカ見知らぬ部屋で目覚めた。ふかふかのベッドで横になっていて、その周りには平行世界の私達が心配そうに覗きこんでいる。そして2つのベッドの間には男の人がいて、その腕を私達のオハダに――


「「うひゃあああ!」」


「おはよう、身体の調子はどうだい?」


 素っ裸の自分達に片腕ずつ手を伸ばして触っていた男。

 現代の魔王に驚き飛び跳ねて胸と股を隠す2人だったが、彼の方は至極普通に挨拶をしてきた。


「「ななななな、こここここ、わわわわわ……」」


 何をしてるの?ここは何処ですか?私達をどうするつもり?


 と言いたかったが、動揺から言葉になっていない。だがそこに意思さえあればこの男は汲み取れる。


「まず、ここはオレの家の診療所だ。君達は運命的に、歴史的にダメージを受けていたから、彼女達の協力を得つつ治療していた。この後は食事でも取ってもらって、休んでもらうつもりかな。」


「治療って……勝手に女の子の身体を触るなんて――」


「勝手じゃないよ。”君達”の許可は取ったし、別段いやらしい

 触り方はしてないはずだし。」


 魔王が言うと、周りのアイカ・エイカ達はうんうんと頷く。

 彼女達からは、正しい運命を植え付けて貰ったことをテレパシーで教えられた。


「むぅ……じゃあなんで私達を助けたの?」


「あんな利用のされ方をした君達を放っておけないだろう。今でこそ人間に戻ってるけど、2mを超える巨体の化物になってたんだよ?」


「「うぐっ……」」


 今思えば完全におかしくなっていたことを自覚する2人。色々とフクザツな感情が沸き起こる。


「まぁなんだ。メシでも食べて風呂に入ってゆっくりすると良いよ。」


「わかった!きっと毒を――ヒッ!」

「ッ!!」


 敵対心から生まれた疑いを思わず口にしてしまい、魔王に距離をつめられて口を塞がれるアイカ。彼の殺気で言葉もでないエイカ。


「お嬢さん?ピュアでまっすぐも良いけど、言葉には気をつけよう。オレはこれでも料理人の端くれだ。毒など入れたりしない。それは料理人にとって最大の侮辱と知っておいた方が良いよ。解った?」


 コウコクコクコク!


 真っ青な顔で必死に頷くアイカ。魔王は殺気を消してにこやかな表情で離れていく。


((怖かったーッ!!))


「はいはーい、もう大丈夫ですよー。これを羽織ってね。……もうマスターさん!?女の子脅しちゃダメでしょ!」


「いや、大事なことはキチンと教えてあげないとさ……後で面倒な事になって困るのはこの子達の方だし。」


 マキは患者用の服……がなかったので湯浴み着を2人の背中に掛けてから魔王に抗議する。


「ひゅー、まるでお父さんみたいですね。」


「だれがやねん。」


 思わずエセ発音でツッコミをいれる魔王と、えへへと笑いながら彼の胸をつついて遊ぶマキ。


((これが、お父さん……?))


 初めて痛い事抜きで物を教えてくれた、遥か年上の大人の男性。ちょっぴり謎の感動を味わうアイカとエイカに――。


「だれがやねん。」


 魔王は双子の意思を読み取り、もう1度エセ発音でツッコんだ。



 …………



「○○○にカナ、悪いけどまた頼むね。」


「はい、いくらでも。お疲れ様、あなた。」

「全然悪くないですよー、ばっちこいです!」


 再度運命に干渉したマスターは診療室を出た所で気絶する。

 それを予測していた○○○が再び胸で受け止めて、カナと一緒に大浴場へと連れて行った。



 アイカとエイカはひとまず魔王に保護され戦線を離脱した。正気に戻った彼女達がこの後どう行動するかは――彼女達次第だろう。


お読み頂き、ありがとうございます。

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