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95 アフターファイブ その4

 


「お話は分かりましたが、今からでは混乱を招きますので――」


「せめて断水だけでもお願いしたい!何としてでもウイルスを――」


「それでは余計な混乱を招くと言っておるのです。それに――」


「既に街は混乱しておるし、このままでは生存者の見込みも――」



 2014年10月4日16時30分。防衛省から総理官邸に移動したゲンゾウは、またしてもアポ無し特攻をかましていた。だが直談判の効果は薄く、飲み屋の暖簾を相手に国営放送の受信料を求めている気分である。


 有名な資産家とはいえ総理が話相手をしているだけでも破格の対応ではあるのだが、内心徒労感は否めないゲンゾウ。


 防衛省のお偉いさんと違って、さすがに手を下すような真似も出来ずにダラダラと時間だけが過ぎていく。時間が経てばそれだけ犠牲が増えるので焦る気持ちも強くなる。


 時刻は既に17時を回った。


「ぜぇぜぇ、もうこんな時間ではないか……これではもう……」


「ゲンゾウさんのお話はよく分かるつもりです。ですが政府としましても、これ以上現代の魔王をのさばらせる訳にも行かないのです。年々、世界が我が国を見る目は厳しくなっており――」


 総理は延々と続く嘆願にもブレることなく、本作戦の重要性を説き続ける。彼の党は現代の魔王絡みで一時期は野党に成り下がった。


 しかし彼は諦めなかった。地道な努力・活動を続けて行った結果、当時与党のヨシダ議員の不祥事と災害後の対応のゴタゴタ等が重なって再び支持を受けて与党に、総理に返り咲いた。


 そんな粘り強い男は戦場と奴隷環境、その後の経済社会を生き抜いたゲンゾウにも1歩も引かずに対話する。



(らしい事を言っておるが、一切合切自業自得ではないか!いや、どちらにせよ急な方向転換なんぞ出来る訳もなしか……)


 息切れを整えたことでやや冷静になったゲンゾウ。現実的な行動をせねばと気持ちを改める。


「わかった。ワシの負けじゃよ、好きにせい。ただし金は出せん。今年分は回収するし、今後は支援もせん。ソレくらいは覚悟しての行動なのじゃろう?」


「それなりの増税と、かの街に復興支援金を出せないのが心苦しい話ですが……致し方ありませんね。」


「何と言ってもそこは負けんぞ。この国に払うより余程良い使い道が出来たからの!」


「そうですか。本日はご足労と貴重な意見、そして不穏分子の排除をして頂き、誠にありがとうございました。」


 どうやら防衛省での件はそういう事にするらしい。もしくは本当にそう思ってるのかもしれないが、ゲンゾウにとってはどうでもいい。


 ゲンゾウは完全に息を整えると一礼して総理官邸を後にする。待たせていた高級車に乗ると帰宅するように指示して深くため息をつく。


(まったく、とんだ無駄足だったわい。この手だけは使いたくはなかったのじゃが、仕方あるまいな……)


 すでにチカラを発動して情報を弄くり回し、国庫から強制的に資金を回収している。それで”依頼料”には充分足りると踏んでいる。


 ゲンゾウは移動中、チクチクと後方から良くない類の感情情報が突き刺さるのを感じた。


「追跡と監視か。まぁ、当然じゃろうな。心配せんでもワシはなんもせんよ。”ワシは”な……解凍!」


 ゲンゾウは自分の中の情報格納庫よりひとつのファイルを取り出して目の前に具現化させる。それは何十年も前の古びた電話機だった。


「―――――――!」


 ゲンゾウは受話器を取ると人間では表現不可能な音を口から発する。やがて電話機にチカラが行き渡ると、彼は受話器に語りかける。


「仕事を依頼したい。不本意じゃが今回はあんた達に頼みたい。」


 この何処にも繋がっていないハズの電話機は、依頼内容を確実に相手に伝えていた。



 …………



「ようやく畑仕事が終わったと思ったのに、何の呼び出しなんです?」


「仕事よ、先程依頼があってね。街1つが壊滅状態に陥る事件が発生。その収束及び、生存者の救助が依頼内容よ。」



 17時50分。畑仕事を終えてこれから嫁さんの酌でビールを頂こうとした矢先、社長宅へ強制的に連れてこられたケーイチ。疲れた身に非情なお仕事宣言を通告されてしまう。


「社長。知ってるだろうけど、オレは破壊専門みたいな所があるから、救助は難しいと思いますぜ?」


「安心なさい。バイト君に任せるのは街の閉鎖と制圧よ。メインはマスターにやってもらうわ。バイト君は彼が来るまでの下準備と、合流してからのサポートをして貰う形ね。」


「マスターの奴にも頼むなら、オレが出る意味は無くないか?」


「もちろんそうよ?でもバイト君もそろそろ欲しいんじゃないかと思ってね?」


「んあ、なんか褒美でもくれんのか?」



「復讐の機会、どう?」



「!!……へぇ、ついに来たか。もちろんありがたく頂戴するさ!」


 復讐の機会と聞いてケーイチの目が輝く。待ってましたとばかりに身体中に精神力がみなぎっていくのが分かる。


「やる気は出たようね。彼の精神エネルギーの残量は?」


「内部残量80%、予備電池が1つってトコかな。オレ自身は今100%になったぜ!」


「結構。指示はここに書いておいたから確認なさい。後はマスターと合流してから、状況を見ながら動くこと。」


 社長はケーイチに指示書を渡して空間に穴を開けて移動させる。ケーイチがその穴をくぐると、教官として過ごした街の上空に辿り着く。



「懐かしい町並み……とは思えねぇ程に荒れてやがるな。」



 既に日は落ちているので暗視モードをONにして上空から街を一望する。すると街中で破壊と暴力の痕跡や現在進行系のソレが確認できる。



「おいおい、まるで地獄だな。とりあえず指示書は……」



 ケーイチは与えられた指示書に目を通す。そこには主要道路を破壊して、街の出入りを制限しろとあった。順番も記されており、上手く暴徒を追い込み抑え込めるようになっていた。


(ついでに水を口にするな、か。もしそうなったらマスターに急いで連絡しろとある。まぁ、そんなミスはしないがどういう事なんだ?)


 社長は彼の事をかつてのマスターと同じくバイト君と呼んでいる。


 更には細かい指示もきちんと与え、忠実にこなすように教育していた。マスターと違って脳筋で単純な……素直で真っ直ぐなケーイチは、忠実な手駒として扱うことにしたようである。


 社長としてもマスターほど扱い難いのが2人になるのは避けたく、いつかゲンゾウに言われた通りに、面倒を見てやってる形である。


 消える嘘乳についても彼には行っておらず、威厳ある上司であろうとしているようだ。それについては社長のマスターに対して芽生えた女心もあるが、今は別に関係のない話である。



「第二の魔王、トキタ・ケーイチ!出陣する!」



 18時。彼は指定されたルートを通り、その間に見かけた暴徒や道路へチカラの剣を投下していく。


 ビュン!ビュン!ビュン!……ズドンズドンズドン!!


 着弾した箇所は直径1mから3m程、深さ10m前後の穴が空いていた。

 距離や角度で効果範囲にバラつきはあるが、その場に在ったモノは綺麗に分解されて砂となって空に舞っていった。


「これくらいの仕事ならマスターのバッテリーは温存出来そうだな。」


 ケーイチは張り切って街のインフラを破壊していく。彼自身の精神力は当然すごい勢いで減っていくが、ケーイチに埋め込まれたマスターのバッテリーからほんの僅かだけ自身に溶かせばすぐに元通りになる。


 マスターのチカラを直接使うと効果は高いが消費大。すぐに補給が必要になってしまう。しかしその逆方向へ、自身に溶かすのであれば超効率の良い長持ち電池に早変わりなのである。


 故に長期戦は自力を使って行うのが大変望ましい。


(かつて住んでいた街の破壊、思ったほど感傷的にはならないな。もうオレの中で切り替えが完了しているってトコロか?)


 そんな事を思いながら、爆撃機と化すケーイチだった。



 …………



「や、やったぞ!無事に帰ってこられた!」



 19時30分。ミズハ・シゲルは地獄のような隣町からの帰還に成功する。

 マイホームの敷地入り口にて喜びを口にし、協力者であるマスターとセツナに振り返って礼を言う。


「これも全て君たちのおかげだ。感謝する!ありがとう!!」


 マスターの手を取ってブンブンと上下に振るシゲルは心の底から安堵していた。ここに来るまでに大量のゾンビを相手にしたり、道路が破壊されていたりもした。それもこれもマスター達のおかげで打倒し飛び越えてこれたのを思えば無理もない。


「これくらいお安いご用です。お客さんに何かあったらウチの信用に関わりますしね。」


「おじさんも格好良かったですよ。かくとーぎ、やってたんですね!」


「私のは見様見真似ってやつさ。それよりちゃんとお礼がしたい。良かったらウチで少し休んで――」


 興奮しているシゲルだったが、不意に玄関のドアがあいて女性が顔を覗かせる。旦那の声が聞こえて様子を見に来たのだろう。


「あなた!」

「サヨコ!」


「よかった、あなた。無事だったのね、お帰りなさい!」

「心配掛けてすまなかった。ただいま戻ったよ……」


 2人はぎゅっと抱き合って無事を喜び合う。そんな夫婦を見つめたセツナは「かんどーのサイカイね!」と笑顔をマスターに向けた。



 prrrrr prrrrr prrrrr



 それに答えようとした時、マスターの携帯端末が鳴りだした。


「おっと、呼び出しだ。もしもし社長ですか。はい……ええ。一度見てきましたよ。結構エグイ事になってました。」


(なんだかまた、お仕事な予感。お父さん大丈夫なのかなぁ。こうなったら私もお手伝いして、お父さんの助けに……)


 セツナは父親の言葉から不穏なモノを感じてお手伝いを決意する。大好きなお父さんをまたカローシ寸前にまで追い込まれる訳にはいかないもん!とちっちゃな手を握りしめる。かわいい。


「なるほど、調査から解決策も含めて全てオレに任せて頂けると。了解しました。励ませていただきますね。」


 マスターが通話を終えた頃、ミズハ夫妻が何やら慌てているのが目に入った。マスターは少しだけ時間を戻して会話を聞き直す。


「なんだって!シズクがまだ戻ってないだと!?」


「シズクにも高校にも連絡が取れなくて……ツグ君の時みたく現代の魔王に、とかだったら私、私ッ!!」


「……わかった。私が探しに行ってくる。シズクは必ず!」


 シゲルが漢を見せて地獄に戻る決意をするが、それを遮るようにマスターがスッと一歩前へ出る。


「お客さん、少々お待ちを。あの街に戻るのは自殺行為です。」


「シズクが、娘が帰ってこないんだ!娘はあの街の高校に通ってる!きっと事件に巻き込まれて怯えているハズなんだ!」


(オレも娘は大事だから気持ちは解る。……うわ、そういう事か。これはオレがなんとかした方が良い案件だな。)


 シゲルの娘を心配する様子から同情心が芽生えたマスターは、彼の心を読み取って大体の経緯を把握する。そう、シラツグの件だ。


「ではオレに依頼してはどうですか?実はラーメン屋の他に副業で、何でも屋のアルバイトもしてましてね。たった今この事件の調査を社長に指示されたところです。」


「なんだって!?」


 マスターの提案に驚くシゲル。混乱しつつも確かにあの強さを活かせる副業をしてれば、格安の店を出すことも可能だろうと頭の隅で納得する。


「ついで仕事で恐縮ですが、格安で請け負いますよ。」


「私も!私も手伝うよ!!」


 ここぞとばかりにセツナはぴょんぴょん跳ねてアピールする。どうどう、とマスターに頭を撫でながらセツナは落ち着かされる。


「しかしそれではキミ達が!いや確かにキミ達親子が並外れた強さであることは解ってるが……」


「こちらが契約書です。どちらにせよオレはあの街に戻らねばなりません。もしその気ならサインしてください。」


 一瞬で制作された契約書を見せて、合意を促すマスター。シゲルはサラリーマンらしくきっちり契約書を読んでいる。


「それとセツナは家に帰った方が良い。お母さんが心配するからな。」


「えー!?私もお父さんの役に立ちたいのにー!いっぱい頑張るからお願い!ね?」


 危ないからと諭されるセツナだったが、父親の足にしがみついて上目遣いで可愛さ攻撃を仕掛けてくる。そして揺れそうな父親心。


 カワイイは正義なのである。


「シズクの捜索から保護とここへの移送。その報酬として契約直後から家族で平穏に暮らすこと?この報酬はどういう事だ?」


「お客さんは勝手に外を出歩いたりせずに待ってて頂ければ、必ず仕事は完遂しますよって事です。今回は金銭は要りません。」


(あ、これゼッタイにウラがあるやつだ!)

(う、これゼッタイにウラがあるやつだ!)


 セツナとシゲルの心の中がハモる。かたや父親の仕事ぶりを見守ってきた娘、かたや社会の荒波で揉まれ続けた中間管理職だ。勘は良いのである。


「何やらアヤシイがキミの強さは本物だ。これでお願いする。」


 怪しくとも別に損するような事は書いてないし、そもそもマスターに頼まねばシズクの命は絶望的である。なにせ身体を鍛えたシゲルさえ彼らが居なければ死んでいたハズなのだ。


 契約書にサインをすると、自動でシゲルの胸に吸い込まれていく。

 そのまま白と黒の光が身体を突き抜けて何らかの強制力が働いているのが自覚できた。



「これは……?キミは一体何者なんだ?」



 契約の完了を見守るとシゲルの声を無視して、マスターはくるりとその場で回って虚空より現れた真っ黒な衣装を身につける。


「その契約書は悪魔の契約書です。どうやら訳有りのようでしたので、保険を掛けさせてもらいました。」


 その姿と言い分、そして自分の目で見た彼の強さ。そこから導かれた答えは1つだった。



「まさかキミが……お前が現代の魔王だと言うのか!!息子を……シラツグを殺したッ!!」



 シゲルはマスターに掴み掛かりに行くが、急に身体から力が抜けてその場に崩れ落ちてしまう。契約によるチカラの強制力だ。


「あなたッ!大丈夫!?」


 妻のサヨコが夫に駆け寄るがやはり彼女もマスターを警戒して睨む。


「息子さんの件は大変残念だと思います。言い訳するつもりもありません。しかしせめて、あなた方がこの先平穏に暮らせるように……。必ず娘さんを探し出してきますよ。」


 ハッキリ宣言してマスターとセツナは空間に空いた穴に飛び込む。その際にミズハ夫婦の記憶からセツナの事を消しておく事も忘れない。


 取り残されたミズハ夫婦は悔しそうに地面に膝をついている。


「ぐぬぬぬぬ、おのれ魔王め!……しかし彼が居なければ私も生きて家には帰れなかった、か……」


 なんとも言えない無力感を盛大に味わいながら、2人は互いを支え合いながら自宅へと戻るのだった。



 …………



「来たか。随分と重役出勤だな、マスター。」


「お疲れ様です。随分と派手に立ち回っているようですね。」



 19時45分。街の東部の交差点でケーイチが佇んでいると、不意に周囲の空気や色彩が止まってマスターが現れる。

 マスターの言葉通り街中が分解による破壊跡だらけになっており、この場も穴と破壊された住宅のガレキだらけだ。


「こいつら、数だけは居るからな。街の外に出さない為には、これくらいは必要だろうよ。」


 もう殆どの道は破壊して封鎖しており、事実出入りは困難だ。


「ではその役目はオレが引き継いで完璧にしておきますよ。例によって結界を張って虫や下水すら突破出来ないようにしておきます。」


 何が原因でこうなったかはまだ解らないが、念入りに封じ込めるのは重要だろう。


「わかった、それじゃあオレは原因の方を探りにいくが――」


 ケーイチは途中で言葉を切ってマスターの足元に視線を向けた。


「はいはーい!私も頑張りまーす!」


 ぴょこんとマスターの後ろから顔を出して、セツナが可愛くやる気アピールをする。


「お前のお姫様は武闘大会にでも出場する気か?」


「頑なに帰ろうとしないので、側に居てくれた方が安全かなと。」


 某国民的ゲームの4作目のネタでツッコミを入れるケーイチ。マスターも魔王邸に帰るように説得はしたのだが、可愛さ攻撃に敗北していた。マスターの説得の成功率がとても低いのは、昔と変わらないようだ。


「まぁ、チカラ持ちならこういう手合いの空気を感じておくのも良い経験になるでしょう。」


「お父さんは働きすぎだからね。私もお手伝いするの!」


「お前に似ずに良い娘じゃないか。セツナ、お父さんを守ってやるんだぞ。」


「はーい!」


「やれやれ。トキタさんも来年には父親になるんですから、あまり無理をしてゾンビにならないでくださいよ。」


「おうよ!」


「ああ、そうだ。原因を突き止めるならコウコウ神社に行ってみて貰えませんか。これとコレを手土産にすれば邪険にはされないはずですよ。それとこっちはトキタさん用です。」


「そっか、彼女もこの街だったよな。解った、確かに預かったぜ!」


 マスターは光を放つ精神力の塊を1つと、本の束をケーイチに渡す。

 ついでにケーイチ用の予備電池も2つ渡しておいた。


「ていうかこっちの電池?赤紫に光っててエグいチカラを感じるが

 何なんだ?」


 神社に持って行けと言われた精神力の塊は通常の白色ではなかった。やや混沌とした光を発し、人外的なモノとして畏怖を感じ取れる。


「神パワーを含んだ強力な物です。キサキ師匠の役に立つはず。」


「解らんが分かった。とにかく行ってくる。」


「ではオレ達は結界を張ってまわります。一段落したら街の西側で落ち合いましょう。そこで改めて作戦を立てますので、それまでは下手に先走ったりしないで下さいね。」


「おう!任せておきな!」


「おじさん、頑張ってね!」


 時間の流れを元に戻すと、3人は即座に移動して交差点には誰も居なくなった。



 …………



「さて、始めよう。セツナ、あまり身を乗り出しては危ないよ。」



 19時46分。街の北の外れ、浄水場のやや東側にある住宅横の月極駐車場前。住宅地と言いつつも空き地ばかりで家は少ないこの地。


 マスターは白く光る1m程の杭の様な物を生み出し、そこに理論を設定していく。それはこの付近に薄い光の膜を発生させる為のもので、その膜を通り過ぎたら対象の座標を遡行させる設定だ。


 その杭をアスファルトの地面に突き刺してシステムを起動させ、まばゆい光とともに膜が張られた。


「わー!キレイだねー! ねぇねぇ、これってどうやるの!?」


「気になるなら次で教えてあげよう。」


「やったー!」


 19時47分。今度は東北東の街境にやってきたマスター達。時間を止めてマスターは結界装置の解説をしていく。


「いいかい?まずは杭の形を思い浮かべて、中身に発動する術式を……何をさせたいかの理論を設定する。それを発動させる為のスイッチとバッテリーを取り付けて――」


「うーん、わかんない。キレイって難しいんだね。」


 可愛くなりたい女の子の心理と真理を突くような発言をするセツナだが、この場合はそういう意味で言ったわけではない。

 マスターはそりゃそうだよなぁ……と頬を掻きつつ、セツナの後ろに回って彼女の両腕を支える。


「じゃあ一緒に組み立ててみようか。」


「はーい!」


 お父さんとの密着時間が嬉しいセツナは、やる気を取り戻して元気に返事をする。


「まずこうやって枠を作って……ここにこの精神回路を嵌める。そうだ、うまいぞー。次はタンクをここに作って回路で線を繋ぐ。よしよし、セツナは筋が良いぞー。」


「えへへー。」


 べたべたに褒めながらセツナの手を使ってチカラを注いでいくマスター。そのチカラの流れは全てセツナの経験値になっていて、褒められる度に嬉しそうにニヤける彼女。


「ここにスイッチを置いて、あとは枠をパッケージングしてと。ほーら、出来ました!」


「やったー!」


「あとはこれを地面に突き刺して、チカラを少しだけ注ぎながら

 スイッチを入れれば、ココのお仕事は終わりだよ。」


「はい!やってみます!ケッカイさん、お願いします!」


 彼女は杭を掴んで地面に突き刺す。そのまま”大量”のチカラを注いで起動する。


 ズガーン!と爆発が起きて強力な光が放たれた。


「べっち!うにゃー、クラクラするよぉ。」


「まぁ、あれだけチカラを注いだらこうなるだろうね。」


 ちょっと目を回しながら頭がフラフラしているセツナだが、ダメージ事体は0である。マスターが咄嗟に次元バリアを発動させていたおかげだ。


「セツナはもう少し加減を覚えた方が良いかもな。強ければ良いって物じゃ無いんだ。でも、最初にしてはとても良く出来ていたぞ。」


「えー、本当にー?」


 クラクラしているセツナを支えながら、もう一度結界の杭を作って設置するマスター。


「お父さんはさすがだね!私もお手伝いが出来ればなぁ……」


「今作っている結界は街全体を覆う為の物だから、ちょっと難しいんだよ。だからこそ何箇所かに設置してデータの中継やら維持やらを簡単に出来るようにしてるんだけどね。」


 マスター1人でも触媒を使わず一時的に結界を張ることは可能だ。しかし常に術式を展開しているのは面倒だし、精神力を常に消費していくのは煩わしい。なので電池式の光の杭を設置して後を任せようとしているのだった。


 ちなみにこの杭の内部電池で、およそ一晩は保つ計算である。結界は生活も含めてよく使うし、効率化を覚えたマスターは日々の努力によってかなりの省エネ化に成功している。


「そうだなぁ……もっと小型のモノを作って練習してみようか?それが出来るようであれば1つ頼みたい仕事があるよ。」


「ほ、本当に!?私やる!がんばるよ!」


 パッと明るい表情に戻ったセツナは父親に抱きついて周囲に花のエフェクトが舞った。



「うん、ここら辺が良いかもしれないな。」



 19時48分。街の上空を眺めたマスターは結界の練習に丁度良い場所を見つけていた。


「ここ、街の端っこでもないのにどうして?」


 公園南の道路に降りると、セツナは不思議そうに問いかける。


「上から見た時にあっちの大きい公園に生存者が多く居たんだ。この道に結界を張っておけば、ゾンビ達に襲われる可能性も低くなるだろう?街の人は助かるしセツナも結界の練習になる。良い事づくめじゃないか。」


「なるほど!お父さんの言う通りだね!」


「じゃあ早速教えてあげよう。そもそも結界というのは――」


 マスターは結界のあり方をセツナに教えていく。それをセツナはふんふんと頷きながら聴いている。


「ケッカイは、外と中を区切るモノ。違うリョーイキ……」


「そうそう。神社の敷地とそれ以外とか、ウチの家が置いてある所と外の宇宙とか、そういう違うものを区切る境目の事なんだ。」


「シャボン玉の中と外だね!」


 自分の家の中と外と聞いてまっさきにその答えに辿り着いたセツナ。巨大な空間に球形の膜を張ってその中に魔王邸の施設各種を並べているので、セツナの表現は悪くない例えだった。


「良い例えだぞ、セツナ。結界を張るうえで上下を意識し忘れる者もいるが、きちんと考えてるな。それと結界というのは何もチカラで区切るのが全てではない。どんな物でもやりようによっては結界が作れる。その辺は覚えておけば、後で色々出来るよ。」


「はい!」


「じゃあこの辺で適当に色々と試してみようか。ゾンビ達は停まってるけど、触らないように気をつけるように。」


「はい!」


 元気のいい返事とともにセツナは両腕を前に突き出して、まずは簡単な壁の制作から入るのであった。



 …………



「困ったのう……街は壊滅的でチカラは落ちたまま。今はまだ結界が効いておるが、このままではいずれここも……」



 19時49分。コウコウ神社の社の中ではキサキが難しい顔をして現状を憂いていた。彼女は昼くらいからこの歓楽街を覆う結界を通して、街の水がオカシイことに気がついていた。


 当然、神通力こと神パワーで異物の除去フィルターや活動の停滞を結界に組み込んだ。しかしそのお陰で、ただでさえ在庫の乏しい神パワーがほとんど枯渇状態に陥っていた。


 巫女を通して注意喚起を促したので無駄に水道水を取り入れる輩は少ない。しかしあまり心神深くない外部の者や、商売っ気が強く色を売る気マンマンな店達は普通に使ってしまっている。


 残った神パワーで水道を遡らせてコトの原因は掴めたものの、それの解決方法はキサキには無かった。


「今の私では異物の活動を停滞させるので精一杯じゃ。こんな時、我が弟子がドーンと現れて解決してくれるなら格好良いのじゃが。あれから進捗もないし、期待薄かのう……。一応助けになりそうな気配の者が近付いてきておるが、私にチカラが無いのであれば意味が無いしのう。」


 オトメの怒涛の独り言をつぶやきながらため息をつくキサキ。


 マスターはキサキの下へは何度か来ていた。会う度に強力なチカラを手にしてキサキのオトナのオンナ計画を手伝ってくれた。


 マスターは自分の身体を作り出した実績があるが、キサキは未だにオトナの身体を手に入れてはいない。


 理由はナカジョウ家の身体の再現・構築が難しかったのだ。

 ナカジョウ家の身体は一般人と比べて呪いめいている。かと言って一般の身体ではナカジョウの神体を受け入れるには役不足だった。なので現状は10歳の霊体・神体のままである。


 助けになりそうな者と言うのは、ナカジョウの雰囲気を纏った者がこの界隈に近付いてきている事からのヒトリゴトである。



「キサキ様、魔王様が現れました。お通ししてもよろしいですか?」


「ほんと!?さすがは私の弟子ね!私は解ってたわよ!」


 巫女さんからの朗報に、口調が数十年若返って周囲に花を咲かせて乙女モードになるキサキ。思考も手の平もクルックルである。


 やがて入ってくる人影にダッシュで飛びついて――


 ガイン! ゴロゴロゴロゴロ……


 無情にも次元バリアで阻まれ床に転がった。


「ぬわああああああ!!」


「だ、大丈夫ですか?ご無沙汰してます、キサキさん。」


「お、おのれ……期待させておいてバリアを張るとは!しかも魔王は魔王でも人違いではないか!!」


「な、なんかすんません……」


 理不尽にぷりぷりと怒るキサキだったが、ケーイチは素直に謝る。話を聞きに来たのに相手が怒ったままでは進まない。


「ふん。ロクに参拝もせずに今日になって現れたと言う事は、大方この事件について聞きに来たのじゃろう?だが第二の魔王となったお前さんに私が素直に喋ると思ったら大間違いじゃ!私は都合の良い女ではないのだからな!」


 ごもっともな正論で突っぱねられるケーイチだったが、マスターより預かった品を虚空より取り出して差し出す。


「こちら、”来月”発売予定の成人雑誌詰め合わせになります。どうぞお納めください。」


「ふむ……ふむ。くるしゅうないぞ、何でも聞くがよい。」


 くるりと手の平を返したキサキは受け取った雑誌の表紙を確認すると、奥へと仕舞って座布団に座り、要件を聞いてくる。


「この事件の原因をご教授いただけませんか。」


「街自体がオカシクなったのは、浄水場から薬液とウイルスを流されたのが原因じゃ。開始時間を見るに、昼前には細工されたとみる。」


 キサキは素直にこれまでに判ったことを伝えていく。自分がこの場から動けず、もうチカラも殆ど無いので頼れそうな者に頼るしかないのだ。


「現在に至るまで垂れ流しなのと神パワーで追跡した結果、何らかの触媒が在ると判った。水を止め、それを排除せねば被害は広がる一方であろうな。」


「キサキさんのお話ですと、偶然による事故ではなく故意による事件という事ですか。そして、それを行う者が居るとすれば……」


「うむ。黒幕に関してはお前さんも良く知る者じゃ。私の戦友ミキモト・ソウタと、サワダ・トウジの息子よな。」


「やはりあいつらか。今度こそ……」


 ケーイチは復讐の機会が訪れたことで怒りを溜めつつ、内心複雑な部分もあった。トウジとは水星屋を通して仲良くさせて貰っているが、その息子を手に掛ける事になるからだ。


「お前さんには謝らねばならぬ。トウジの息子はともかく、ソウタが過去の妄執に囚われているのは私の所為じゃ。大昔の約束がこの様な形でチカラになるとは思わなんでな……」


「そんな、顔を上げて下さい。キサキさんに謝られてもオレが困ります。むしろ貴女の弟子を魔王にしたオレが謝らねばならないくらいで……」


 深く頭を下げるキサキだが、大昔の約束やその因果を知らないケーイチは逆に申し訳なくなってしまう。だがキサキは首を横に振った。


 08分隊が過去に固い約束を結ばなければ。

 自分があのタイミングで殉職しなければ。

 土地神として半端に復活した後、彼が妄執を身に宿さなければ。


 それらが無ければケーイチは妻を手に掛ける事は無かったかもしれない。

 そう思っての謝罪だが、伝わらなかったようである。


 むしろそれらが無ければ今の秩序が在るかどうかも怪しいので、一概には言えないトコロではある。


「ならばお互い様……と言うにはこの因果の被害範囲が広く大きいか。すまんが、ここまでにしよう。」


「はい、この度は……っと待った!マスターの奴からコレを預かってます。特別製らしいので、どうぞ使ってやって下さい。」


 若干後味の悪い空気とともに話が終わろうかという時、ケーイチは預かっていた赤紫の精神力のカタマリを取り出した。


「ほう!これは、なんというチカラじゃ!弟子のチカラに見えるが本物の神のチカラが宿っておるではないか!本当に良いのか!?」


 喜び興奮するキサキ。その手に持つ光にはいつぞやのシイタケ神のチカラとは比べ物にならないほど上質な、クロシャータの加護のチカラが込められていた。


「ええ、マスターからはそう聞いてますので。」


「これで結界を張り直す事が可能じゃ!良くやった、ケーイチよ!良かったら手伝って貰えぬか?」


「それは良かったです。しかしオレは仕事中の身でして……」


 あくまでハーン総合業務の仕事の途中なので、丁重にお断りする。

 合流までの時間が不明なので、マスターのように”ついで仕事”を受ける余裕はない。


「うむ。それなら無理は言えんの。まあ良さげな気配の者がもうすぐ街に到着しそうじゃし、その者にお願いするとしよう。」


「ほう、そんな奴が……では、これにて失礼します。」


 少し驚いたケーイチだったが、確か現実時間で30分程前にミサキとソウイチを見かけた事を思い出す。ミサキならば同じ家系だし相性は良いだろうと納得して社を後にした。


(原因は判ったが、先走るなと言われてるしな。適当に水道管でも破壊しながら合流を待つか?)


 そんな事を考えながらコウコウ神社を飛び立つケーイチ。上空からキョロキョロと見回すと、ここから北西に竜巻の様な物が見えた。


(なんだありゃ!?チカラ持ちの誰かが張り切ってるのか?)


 ケーイチが時計を確認するともうすぐ20時になる所。まだマスターからの連絡は無い。ならば様子を見るのも悪くはないなと判断するケーイチだった。



「魔王に特殊部隊、各所で奮闘している市民達。多種多様な者達がこの厄災に抗っておる。外部のチカラ無しでは役に立てん私はもう、引退よの。成仏する前にいっぺん里帰りと……せめてデートとやらをしてみたいのう……」


 ケーイチを見送ったキサキは、赤紫のチカラを取り込みながらまたもやヒトリゴトを呟いていた。



 …………



「お父さん、どう?上手く出来たかな?」



 19時50分。セツナは結界制作の練習を終えて、父親と共に北東へと移動していた。市民ホールから東に位置する小さい公園だ。すぐ横には街の北から駅へと繋がる大きい通りと、東西を走る大通りの交差する地点である。


 早い話がこの街の中心地点と言った所か。


 あくまで地理的な話であり、経済的には時計で言う4時から9時までの範囲が栄えているエリアだ。

 東はともかく、北側は重要施設の都合で、敢えて人を遠ざけているフシもあった。


 そんな街の中心でセツナは小型の触媒を並べてまわり、大通り同士の交差点も含めて公園に結界を張った。効果はゾンビ避けというシンプルなものである。効果は単純だが条件付けは結構フクザツで、マスターが作っていたりする。


「正直驚いている。この短時間でここまで出来るようになるとはな。さすがだセツナ。よくやったぞ。」


「やったー!褒められたーー!」


 頭を撫でてもらえて大喜びなセツナ。彼女は父親に抱きついて期待の目で問いかける。


「それで、私に頼みたい仕事ってなぁに?」


「それはだな……」


 マスターは公園の1角に手を翳すと水星屋のハリボテ屋台を設置した。

 ハリボテから光が少し漏れているところを見ると、すでに魔王邸の中の店と繋げてあるようだ。


「少しの間、店のマスター代理を頼もうかと思ってね。」


「ええ!?ほ、本当に私がやっていいの?」


 急に責任重大な任務を言い渡されて単純にビックリな様子のセツナ。


「うん。将来の為の練習だよ。それに生存者が辿り着く事もあるし、その時暖かいゴハンで迎えれば、きっと喜ばれるだろう。」


「わあああ、うんうんそうだよね!がんばるよー!」


「ただし、火の元には注意する事。料理は水も含めて店の物だけを使う事。一応”お目付け役”を用意するけど、何かあったらすぐに連絡するようにな。」


 父として上司として注意点を告げていく。セツナはうんうんと頷いていたが、後半で?マークが頭の上に表示された。


「お父さん、お目付役ってな~に?」


「見守ってサポートしてくれる人さ。ちょっとだけ待っててな。」


 セツナには一瞬だけマスターの身体がブレて見えた。だが次の瞬間、公園には2人の人物が現れ並んでいた。


「キリ姉さんとサクラおb姉さん!」


 セツナはその中の2人を見て大きな声を出す。


「こんばんは、セっちゃん元気してた?」

「おいセツナ、今なんて言いかけた!?」


 余裕たっぷりなキリコと、おばさん呼ばわりされかけて焦るサクラ。

 ギリギリで言い直したセツナは偉いが、サクラのチカラの関係でそれは大きなダメージを与えていた。


「2人とも、急な話で悪いがセツナを頼むよ。」


「ホンジツ、マスター代理を任されましたセツナです!よ、よろしくおねがいします!」


「うんうん、セッちゃんは可愛いなぁ。お姉さんに任せなさい!でもマスター、ちゃんと埋め合わせしてよね!急に臨時休業にして来たんだから!」


 今日は週末なので書き入れ時である。マスターは時間を止めて彼女達を説得した。今居るお客さんが全員食べ終えて帰るのを待ってから、臨時休業の札を掛けてきたという流れである。従業員達にも特別手当を渡して納得してもらっている。


 その一連の流れは店の敷地外の時間を止めて行われており、客観的にはセツナが感じたように一瞬の出来事であった。


「よろしくな、セツナ。私は情報を貰えるなら歓迎さ。」


「はい!お願いします!」


 サクラもキリコと一緒に慌てて閉店してきた身だが、彼女はむしろ同人活動のネタを手に出来るとワクワクしていた。街1つが映画やゲームの世界みたいな事件が起きているとあれば、今日の宮戸島のニュースが霞むくらいには魅力的な題材である。なお娘のモモカは、アオバではなくその母のカザミに預けて来てた。


(でもまだギリギリ20代なのになぁ。そう思うコト事体が、もうダメなのかなぁ。マスターの為にもまだまだキレイでありたい……)


 7歳の少女の、屈託も容赦も無かった発言に悶々とする彼女。一応姉さんと言い直す配慮があったことで余計に気持ちが沈む。


「2人には店員属性を付与しておいた。オレは仕事に戻るから、くれぐれも頼んだよ。」


「「「はーい!」」」


 マスターはそう言うと目の前から消え、3人は店内に入って開店準備に入る。


「ふふ、とても懐かしい気分ね。今やもてなす側というのも不思議な感じだよ。はい、フロア終わり!」


「くうう!まるで実家に帰ってきた気分よね。テンチョー代理、キッチンはもう準備出来たわよ!」


「むー……お姉ちゃん、マスター代理って呼んでよぉ!」


「「もう、可愛いなぁ!」」


「ひゃあああああ!」


 テキパキと準備を終えて、セツナを撫で回す2人。赤ちゃんの頃から知っているお姉さん達は、新しいマスターの誕生を心から喜んでいた。



 …………



「いい加減に静まりなさい!」



 ゴオオオオオオオオオ!!



 19時56分。特別訓練学校から見て川の下流で、フユミは炎の化身と化した自分の分身に対して竜巻をお見舞いしていた。その竜巻は川の水を吸い上げて、追ってきた分身を包み込む。


「キュエエエエエエエ!!」


 奇妙な鳴き声をあげながら彼女が纏う炎が威力を弱めていく。


「やっぱりコレなら効果があるようね!」


 水面近くを飛びながらフユミは次の竜巻を作り始める。対して分身も気合を入れて炎を再度燃え上がらせる。


「まったく!どうやったら風精霊から理性のない焼肉放火魔が生まれてくるのよッ!」


 水竜巻を放ちながら愚痴るフユミだったが、彼女は大自然の中での焼き肉が大好きである。ハチミツ事件後のバーベキューに率先して参加してヨクミと一緒になって盛り上がっていた過去もある。


 だが夜の街中でゾンビ肉のバーベキューを楽しむような趣味はない。



「キュエエエエアアアアアア!!」



 またもや纏う炎を失った焼肉精霊は、不利を悟ったのか街の内部へ逃げていく。


「逃さない!!」


 フユミは風を回転させて球体を作り、その中に川の水を閉じ込める。それを4つ維持しながら上空へ飛び上がって追いかけていく。


「てええい!」


 シュシュンッ! ボフウウウ、ボフウウウ!


「キュエッ!!キュアアアアア!」


 2つの風水球を発射して焼肉精霊に接近させ、風を暴走させて爆発させる。ギリギリで回避を狙う彼女だったが、思わぬ爆風と水で体勢を崩して失速・墜落していく。



「やった!トドメよ!」


 シュンッ!


「キュゥゥゥゥウウウウウウン!!」


 錐揉みしながら落下していく彼女に風水球の追撃が迫る。


 いよいよ着弾すると言った時に相手の身体が爆発して、炎が撒き起こる。その衝撃で風水球を避け、再度爆発を起こして別方向へと飛んでいく。


「キュォォオ!!」


 ブォンッ!シュンッ!ボフウウン!


「まさか、私の真似をしたっていうの!?……あの方向は!?」


 逃げながら飛ばしてきた火球を最後の風水球を爆発させてガードした。焼き肉精霊はそのまま川の向こう、隣町へ向かって飛んでいく。


「やらせない!これ以上、私の顔で非道なんて!」


 必死に追いかけるフユミだったが既に距離は離されているし、水球も尽きている。川まで行けば補充は出来るが、それでは位置的に手遅れなので気持ちだけが急激に焦る。


 そしてついに自分の分身が堤防に到達して川を渡り――はしなかった。


「キュ!?キュ!?」


「何やってるの、アレ?」


 彼女は川を飛び越えようとするが、その上空を半分も行かない内に堤防付近まで戻されている。

 フユミの目には分身が空中で反復横跳びの前後バージョンでもしているかの様に見えた。

 これをユウヤが見ていたら3Dオンラインゲームで重度のラグが発生していると表現しただろう。



「まるで3Dゲームでラグってるみたいだな。死散光ッ!!」



「キュオオオォォォ……」


「この効果は!!もしかしてトキタ教官!?」


 曇った夜空に更に禍々しい紫の光が走る。3連攻撃を浴びたフユミの分身は断末魔の叫びと一緒にその姿が消えていくった。


 驚くフユミの下へ、ケーイチは軽やかに飛んで近寄る。


「よう、フユミ。一体これはどうなってるんだ?」


「あなたこそ、どういうつもりですか!!」


「んあ?お前が戦ってるのを見かけて、でも決め手が無さそうだから加勢しただけだぜ?都合よくアイツの結界に引っかかってたしよ。」


「アイツの結界?いえ、そうじゃなくて!その、いろいろと!」


「そういうのはゆっくり腰を落ち着けて話す事だろう。それよりも何で特殊部隊が街に出てるんだ?ソウイチとミサキも見かけたぜ?」


「日に日に学校が不穏な……って敵に教える事なんてありません!それよりソウイチ君達のカタキ、トらせて頂きます!教え子を手に掛けるなんて、なんて酷い男でしょう!」


「落ち着け、ソウイチ達は多分無事だ!ゾンビに集られてたから援護してやっただけだぞ!」


「その話を私が信じるとでも!?」


 フユミはキッとしたキツめの視線をケーイチにむけている。


(あー、マスターの気持ちが解ってきたぜ。別に敵視してない連中にここまで感情を向けられれば、面倒になって適当な対応にもなるか。)


 ケーイチは元身内からヘイトを向けられてゲンナリしていた。訳有りとは言え、人類の敵になったのだから自業自得な話ではある。


 フユミは風精霊らしく鼻息を荒くして戦闘態勢を取っている。彼女からすればアケミ絡みは事情を汲んであげられなくもないが、その後の魔王業については容認できる所業ではないのだ。


「こりゃあ話が通じないか。さっさとお暇させてもらうぜ!」


「逃しませんよ!てえええい!」


 ビュオオオオオッ!!


 方向転換して逃げようとするケーイチを風の刃で狙っていくフユミ。

 しかし彼の身体にソレが触れること無く霧散した。よく見れば彼の周囲には禍々しい色の霧が発生しており、それに触れて分解されたようだった。


「な、なんで!?待ちなさい!」


「消耗している女をいたぶる程、堕ちちゃいねえよ。じゃあなっ!」


「あ、こら!待って……もう!」


 ケーイチは多少の消耗覚悟で空間に穴を開けてその場から消えた。

 フユミは器用に空中で地団駄を踏んで悔しがるが、ふと疑問が湧いた。


「でも、彼が本当に敵なら……私を生かしたのは?」


 ケーイチは自分の消耗を知った上で見逃した。そもそも分身相手に加勢してくれている事を考えれば、敵意は本当に無い可能性もある。


(ちょっと言い過ぎたわね。でも次に見かけたら捕縛しましょう。)


 実際に目にしたケーイチは極悪人ではないが、世間的には極悪人だ。

 縛り付けて話を聞くくらいはしてやろうと決めると、次の行動に向けて切り替えていく。


「とりあえずは仲間を探さないと行けないわね。もうチカラがあまり無いから、霊体で探索を……」


 フユミは霊体になってふよふよと彷徨い始める。ソウイチ達と別れてから時間も経っており、捜索範囲は広い。だが激しい戦闘でもあればすぐにわかるので、根気よく探すことにした。


(さっきの戦闘であちこちで火災が起きているわ。みんなが炎に巻かれない様に出来れば良いのだけど、今のパワー残量では……)


 先程の様子では川は結界とやらに阻まれて使えない。残るチカラでは大きな炎を消すには心もとない。なにせ分身に3割チカラを割かれた上に、1時間くらいは孤軍奮闘していたのだ。せいぜい一時しのぎ程度のコトしか出来ないだろう。


 それでもフユミはほぼ満身創痍の状態で街を浮遊するのであった。



 …………



(キ、キキ……)



 それから30分は経っただろうか?

 街の上空に弱々しい魂の鳴き声を発しながらその精神体は藻掻いていた。そう、焼き肉放火魔精霊はまだ存命していたのである。


 ケーイチの死散光は彼女の炎と身体の大部分を「分解」したが、一気にチカラが抜けた彼女は無意識に霊体になった。


 そのお陰で難を逃れた焼き肉精霊だったが、自由に身動きがとれるわけではなかった。


(キ、キー……)


 このままだと普通に天に召されそうな程弱っている彼女だが、何故か上空に見えない壁のようなものが有り、それ以上登っては行かない。かと言って再び実体化したり地上に戻るチカラもなく、彼女は藻掻く。


(キ?キキン?)


 彼女がまわりを見ると、明らかに普通でない程に空気が淀んでいた。

 それは自分と同じ霊体であったり、火災によって巻き上げられたススや煙などの有毒なモノだったり。



 やがて彼女はそれらを取り込もうと試みる。熱をはらんだそれらを手にすれば、生き延びる可能性が生まれると本能で感じていた。


お読み頂き、ありがとうございます。

今週は2話更新、次エピソードは21時に投稿です。

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