94 アフターファイブ その3
「商店の方はチラホラとゾンビが居るわね。物資が気になるけど、ここはまっすぐ公園に向かいましょうか。」
2014年10月4日20時15分。街の中央から南西に行った高級住宅街。東は歓楽街で南は公園、更に南に行くと大きい病院がある位置。
ミサキは4体の人形を従えて、休憩した廃屋から南下を始めると幾つか商店の並んでいる通路をスルーして更に進む。すると西洋風の教会の塔の部分が見えてきた。
「さっきの神父さんの所かな。って、うぇぇぇ。何あの人集り、いえゾンビ集り……ちょっと1人じゃ突破できそうに無いわね。」
見れば敷地を埋め尽くす程のゾンビが群れをなして教会を囲んでいる。それは自身達をこの境遇から救いを求めた亡者たちのように見えた。
そして目的の公園はその南側にある。ここを通らねば先には進めない。
「これは前言撤回ね。大人しく商店に何か無いか探してみましょう。」
踵を返して商店街と言うには大変小規模な通りに戻ってきたミサキ。
手前から肉屋・雑貨屋・ドラッグストアが並び、その奥には遠目では良く解らないが気持ち悪い何かがうごめいているように見える。
「まずはゾンビを少し片付けますか。せっかくのライフルだしね。」
ミサキは壁を背にしてスナイパーライフルを構える。スコープの倍率は大したものを付けていないが、この距離なら4倍でも申し分ない。
というのも日本は色々と狭いのだ。訓練でも出動時も10倍以上を使う事は滅多に無かった。
「暗くて見辛いけれど、そこはナカジョウ家ですものね。」
ミサキは腕とライフルをチカラで固定して狙いを制御する。
ダァン!ダァン!ダァン!ダァン!
「全弾命中!追加がこっちに来る前に商店を見て回りましょう。」
ミサキは一度物陰に隠れて姿を消し、音に反応したゾンビ達をやり過ごしてからお目当ての商店に入る。訪れたのは奥のドラッグストアだ。
「いらっしゃいませー。」
店内に入ると青白い顔の店員さんに声を掛けられた。
「貴女、街がこんなになっていてもお仕事しているの?」
「ここには売るほどクスリがありますから、外に出るのが怖くて。」
「それはごもっともね。あら、随分強力な物が売ってるわね。」
ミサキは通常の風邪薬等の他に、自分達が使う様な強力な回復薬が有ることに気がついた。
「大きな声では言えませんが、切った張ったの世界の人達が買いに来ますからね。たまに弾薬をお求めの方もいらっしゃいますよ。」
「へぇ、売ってるの?」
「売ってませんよ。当たり前じゃないですか!」
「それもそうね。」
「でもそういう人達が多いから、この近辺の家を探せばぼろぼろと見つかるんじゃないですかね。」
「なるほどね?だからさっきも……ところで合成ワクチンって無い?」
廃屋にライフル弾が隠されていたことに納得したミサキは、恐らく必要になるであろう合成ワクチンの存在を聞いてみる。ワクチンと名付けられているが、滅菌効果のあるクスリである。
普通はミキモトグループの息が掛かった場所でしか手に入らない物だが、裏社会的なルートに通ずるらしいココになら……という期待をこめて聞いてみたのだ。
「あ、あれはダメです!結構危険なモノと聞いてますし、万が一の時の私のものが無くなっちゃうじゃないですかッ!!」
「言いたいことは解るわ。訓練で使ってても怪しさランキング1位の品物だもの。2位は気付け薬で3位が精神安定剤かしらね。」
人工のゾンビウイルスを作っておいて、そのウイルスから身を守る為のクスリ。それが合成ワクチンである。そんなモノが怪しくないワケがない。そのウイルスのせいで街中で大騒ぎが起きている今、怪しくとも需要があるのが悔しい所。
「訓練?……ああ!特殊部隊の方でしたか!どおりでどこかで見た顔だと思ってました。」
「でも残念だけど、貴女にはもう必要無さそうよ?自分の足元をご覧になってみなさいな。」
「ふぇ? わ、私足がないんですけど!?なんか青いしスケスケ気味なんですけどっ!?」
店員さんは今自分が死んでいることに気がついたらしく、慌てふためき動揺している。ミサキは呑気だなぁと思いつつも話を進めてみる。
「ご愁傷さまです。でもこれでワクチンを売ってもらえるかしら。」
「あ、はい!お2つでよろしいですか?在庫はこれで終わりです。お代は結構ですので……」
「あらあら、死んでもお金は必要になるのよ。ちゃんと払うから取っておきなさいな。」
「ありがとうございます。これで迷わなくて済みそうです。ってカード払いなんですね……」
ミサキは自身のカードで支払いを済ませると合成ワクチンを腰のポーチに入れておく。自分は耐性は高いはずだが、有るに越した事はないのだ。
「暫くここに居ますので、ご入用の際はお声を掛けてくださいね。」
「ありがとう、その時はお願いね。」
ミサキは幽霊店員と別れると、店の入口から左手側を伺う。先ほど遠目で見えていた蠢いていたモノをしっかり観察しておくのだ。
「あれは植物?花屋の売り物が暴走してるのかしら?という事はやっぱり水道水の線が濃厚よね。だから北に自衛隊が居たのか。」
ミサキは目の前の情報から街の惨状の原因が水道水だと確信した。北から逃げようとした時に自衛隊に遭ったのはやはり浄水場を守るためだったのだと思えばしっくりくるのだ。
「薄々気づいてはいたけど、なんて事をしてくれたのかしら。愚痴はここまでにして、目の前のも調査しておく必要がありそうね。」
スナイパーライフルを構えると、ミサキは何時でも撃てるように狙いつつ観察を続けるのであった。
…………
「そろそろ時間だな。ほーら、水の時間だぞー。」
(んん?心がスッキリしてきたわ!いつものお水よりも元気が出る!)
14時。フラワーショップで佇んでいた彼女は自身の異変に気がついた。店の主が所狭しと並んだ商品達に水を掛けている最中の事だった。
この店では自分達のような綺麗所を集めて、それをニンゲン達が値踏みして気に入ったら買っていく。場合によってはロクに見もしないで一山いくらで自分の屋敷に連れ去っていくのだ。とても理不尽だ。これでは、自分達はニンゲンの欲求を満たす為のモノではないか。
(私の親兄妹も、別種族のみんなも何処かへ売られていった。その先で種を広げる事が出来ているのならまだしも、大抵は飾って楽しんだ後に捨てられると聞いたわ。)
怒りの感情がはっきりと発生した彼女は、身を捩ってみる。するといつもと違って根やツルがある程度自由に動かせる事に気がついた。
(あれ、私って動けるの?しかも動けば動くほど身体にチカラが湧いて来る気がする。これならニンゲンを倒して私の、私達だけの庭園を作る事が出来るのでは!?)
彼女は強い感情が発生し、活動が可能となった事で欲望が生まれる。
「うん?なんだか商品達が動いたように見えるが……トシかな?」
この店の店主が目頭を押さえて訝しがる。慌てて彼女は動きを止めて静かにやりすごそうとする。60代の店主は静かに近づいてくる。
「確かこのアサガオ辺りが……別に普通だよな?」
店内にはカトレアやコスモスにダリアなどの秋の花が並べられている。一番人気はある意味キクで、この周辺のどの家も年に1度は買っていく。
そんな中で店に親しみを出そうと品種改良された秋に咲くアサガオが、店内の花々のスキマを埋めて展示されていた。積極的に売りにだしてはいないが、たまに買っていく者もいる。
「だがちょっと色艶がいつもよりも良いか?ツルも昨日より――」
(今だわ!)
しゅるるるるっと彼女はツルを伸ばして店主の腕や足に巻き付く。
「な、なんじゃぁ!?身動きが……く、苦しい!」
彼女は店主の手足を絡め取って床に転がすと、彼の持っていた水差しが床に転がる。更にツルで首を絞めてあげていくと、彼は物言わぬ存在となった。
(なるほど、ニンゲンは上部が弱点なのね。ではさっそく養分を頂くとしようかしら。てーい!)
彼女は自分の根の一部を鉢から出して伸ばすと、沈黙した店主の身体に突き刺した。
(うわー、すごい養分量ね。これならもっと元気になれそう!あ、みんなもどうぞ?恨んでいる子も多いでしょう?)
店主の養分を吸い取っていると、周囲の花々も彼女と同じ様に動き出していた。彼女がお裾分けを提案すると次々と店主に根を突き刺していく。
店内は不気味な植物園と化し、店主は骨と皮だけの屍となった。
「おやっさーん、悪いけど花束を至急3つほどお願いしていいか?」
15時過ぎ。黒スーツに黒サングラスの男が来店した。彼の先輩や上司が街で不運にも事件や事故に巻き込まれてしまい、立て続けに入院してしまった。そのお見舞いの為の花束が必要だったのだ。
店内の花々達は逸る気持ちを抑えながらその時を静かに待つ。
「あれ?おやっさん居ないのか。いや、サンダルが転がってるな。」
無造作に転がるサンダルや水差し等が店の奥に続いており、男はそれを辿っていく。
「うわ、なんじゃいこりゃあ!おやっさんが干からびてうわあああ!」
充分奥まで誘い入れて死体に驚愕する男に、周囲の花々のツルや茎が殺到する。彼女達は手分けして男を拘束して首を絞めていった。
やがて大人しくなった男に根を刺して養分を吸い取っていく。
(((ワカイ方が美味しい!)))
(あはは、ニンゲンって簡単に枯れるのね!この調子でどんどんチカラを付けていきましょう。そうだわ!ニンゲンに寄生すればニンゲンのように自由に動けるんじゃないかしら!)
夏休みにかけて小学生の気づきと成長の教育に使われる題材は、今や悪魔の様な発想と成長を見せるまでになっていた。
…………
「あのうねうねに対してライフルでは分が悪いわ。少し”本気”を出す必要がありそうね。」
20時25分。ミサキはライフルを下ろすと人形で偵察する。
店の前の通りは全て秋の花々の変異した植物で埋まっている。これでは生身では突破することは難しいだろう。
人形のカメラで上から見下ろしてみると、店の入口には人間の女型の植物がいて、身振り手振りで指示を出しているように見えた。
「ふん、彼女が大将って事?教会は通れないし化物同士の化学反応でどうにかならないかしら……」
ミサキは人形を戻して回収すると手立てを考える。彼女は予備の糸を取り出すと、すぐに使えるように人形達に持たせておく。
「「「イらッシャイまセー。」」」
植物群に近づいていくと、微妙なイントネーションの接客をされるミサキ。せっかくなので彼女の方も声をかけてみる。
「さあ、うねうねさん。あなた達の大将の下へ通してもらうわよ!」
「やっと出てきたわね。ニンゲンのお客さん。さっきからウロウロしてるのは解っていたわ。」
植物群に声を掛けると中から大将と思われる女型のアサガオが姿を現した。彼女は全身緑色になっており頭に花を咲かせている。
胸には葉っぱのブラジャーを付けており、下は葉っぱで作った靴下だけというマニアックぶりである。
(全ての体毛まで緑色……まるでナカジョウ家の女の末路ね。)
これにはミサキも驚いたが、探す手間が省けたのは丁度良い。
「貴女、ここで何をしているの?顔色がまるで宇宙人よ。」
「あらあら、勇ましくてカワイイお客さんね。これでも地球育ちよ?なんだか急に生命力に満ち溢れてね。ニンゲンのカラダを乗っ取る事に成功したの。そこで植物の凄さを広めるために、フラワーショップの店員になったってワケよ!」
「つまりヨクミさんを100倍迷惑にしたヤツって事ね!」
「誰よそれ。でもあなたのカラダの方が具合が良さそうね。なんか親近感を覚える色だし、同じメスなら苗床にしてあげるわ!」
シュルルルルル……。
まるでエロ同人みたいな宣言をすると他の植物達と一斉にツルを伸ばしてきた。道幅5m程にびっしり生えた植物群から放たれるソレは、一般人でなくとも充分な恐怖を感じる攻撃だった。
だがミサキは余裕をかまして身動き1つしない。
いや正確には左手の指だけバグったかのようにガシャガシャと動かしている。
「手が震えているわね!大人しくしてれば怖いことは無いわよ!」
「ふん、大人しくするのはあなたの方よ。」
「え、何!?みんな動いて、動いてよ!」
見れば他の植物のツルや茎は全てミサキの直前で動きを止めていた。
慌ててぐねぐねと追加指示を出すアサガオだったが、扇情的なポーズを提供しただけで終わる。だがユウヤやソウイチならともかく、ミサキにはそんなモノは通じない。
「秘術、血翔。ナカジョウ家のチカラ、存分に味わいなさい!」
周囲の植物達が、反旗を翻してアサガオの肉体部分を拘束する。
その植物達には彼女の糸が突き刺さっていて、体液を操作されて完全にミサキの操り人形になっていた。
本来なら対人用の技であり、相手の血液を呪った上で思うがままに操る事が出来る。無理に抵抗などすると血管が爆発して死に至る。
つまり”使われたら最後”の危険なシロモノであった。
キサキは糸すら精神力で作って使用していた技であるが、ミサキは消耗を抑える為と上司に強さバレしないように物理的な糸を使用していた。
糸で操る人形を通した上で、さらに秘術を使っている彼女はキサキに負けず劣らずの天才だったと言えるだろう。
「ちょっと、やだぁ!離してよ、何でーー!」
「植物の操作なんて基礎の1つだもの。私の家系では遅くとも7歳の時には出来るようになるわよ?」
ミサキは何でも無いような口ぶりだが、あくまでそれは普通の植物が相手の場合である。化物相手なら下手すると人間よりも難しい。
「なんとか、外さないとぉッ!」
ダァン!カシャコン。
必死に藻掻くアサガオだったが、多勢に無勢で固められてしまう。そこへ右手と糸だけでスナイパーライフルを構えたミサキは、彼女の胸を狙撃した。
「きゅううう!イケナイ、修復しなきゃ……」
ダァン!カシャコン。ダァン!カシャコン。
「きゃあああ!」
器用に糸で排莢しながら撃ち続けるミサキ。アサガオは修復が間に合わずに生命力が極端に低下していった。しかし完全には倒すことが出来ず、これ以上は弾の無駄だと撃つのを止める。
「うーん、しぶといわね。」
「いくらこのカラダを攻撃しても終わらないのが植物の凄さよ!」
「なんてややこしい女なのかしら。」
「でもあなたと戦うのはもうコリゴリ。この種をあげるから上手く広めてみなさい。」
アサガオはごそごそとドコからか種を取り出してきてミサキに差し出してきた。
「なんで私があなたの子作りの手伝いをしなくちゃいけないの?」
「あなたは見た所教会を突破したい。私は種を増やせる。お互いのためにもそれで良いんじゃない?」
アサガオは周囲の植物と連絡を取っており、ミサキが教会から引き返してきたことを知っていたのだ。
(私の頭やハラを貸せと言われるよりはマシかもね。受け取るだけ受け取っておきましょう。)
素手で触る気に離れないので、念の為ポケットティッシュで受けてくるんでおく。
「そうそう、いい子ね。植物っていうのは良い音で育ちが良くなる事もあるから、種を植えたら試してみてね。それじゃあ私は戻るわ。」
アサガオは損壊した身体を抑えながらうねうねの中へ戻っていく。薄っすらとジャズっぽいBGMが聞こえてきたのは、彼女が店の中まで戻ったからだろう。恐らく身体の補修をする為だ。
ミサキは念の為、充分に離れてからうねうねの糸を解除した。
「ふー、疲れたわ。一旦彼女の所へ戻りましょうか。種の使い道を考えないと……」
ミサキはとんぼ返りでドラッグストアへ戻るのであった。
…………
「うーん、私が死んじゃったのはまぁ仕方ないとして……身体は何処に行っちゃったのかしら?」
首を傾げて考える幽霊店員だったが、サッパリ記憶にない。
「店長が居なくなって泣く泣く残業が決定した所までは覚えてるんだけどなぁ。うーん……」
ダァン! ダァン!
「ひゃう!!カチコミですか!?」
その内近所で銃声が聞こえて心臓が止まりそうな程驚く店員さん。既に死んでいる彼女だが、驚くと胸が潰れそうな感覚は幽霊になっても変わらないらしい。
「焦ったわー。さっきの特殊部隊さんが戦ってるのね。それにしても私はこの後どうしたら良いのかしら。うーん……」
「戻りましたわ。店員さん、ちょっとお聞きしたい事がありますの。」
そうこうしている内にミサキが再び来店した。労いの栄養ドリンクを店員から受け取り彼女の相談に乗る。ちなみにドリンク代は払った。
「教会を突破するのにゾンビに種を食べさせる方法ですか。でしたらステーキかハンバーグなんてどうでしょう!」
「子供の躾みたいに、合わせてどうぞ的な?」
「そうです!あの教会が賑わっているのは鐘とパイプオルガンの演奏が素晴らしいからなのですが、そもそも皆さん癒やしを求めてます。この辺は生前から血なまぐさいのが大好物な方々が多いので、お肉ならきっと大好評ですよ。」
「ふんふん。確か2軒となりがお肉屋さんだったわね。ちょっと見てくるわ。ありがとう、店員さん。」
ミサキはさっそく肉屋に向かい、店先で売り物を確認する。
「なんてこと、ミートコロッケが売り切れてるわ!まぁ、この状況の食料を食べる気にはなれないけど。肉自体は結構残ってるわね。」
この店は早めに閉店したのか、ショーケースの中にはお肉がずらりと並んでいる。惣菜はないが元々食べる気はない。
「むー、成功率重視なら牛肉かしら?でも結構いい値段するのよね。豚ならもうちょっと安く済むけど私的には間に合ってるし。」
適当なことを言っているが値段も何も店主の姿が無いので、接収する気マンマンである。あくまで接収である。
肉を取り出すために店内に入ってケースに手をかけようとする。しかし背後から彼女を掴もうとする、ビニール手袋の手が現れた。
「ウガガガガ……」
するり。
「ひゃん!」
屈んでたら首筋を掴まれそうになって慌てて飛び退きながら振り向いた。体勢的に昭和のギャグ漫画のような転び方をしたが、素早く人形を放って相手の両腕を拘束する。
ダァン!カシャコン。
寝そべった体勢のままライフルに弾を籠めて右手で撃つと、両腕の持ち主――恐らく店主の胸から上が吹き飛んで下半身はその場で崩れ落ちた。
「もー、変な声を出しちゃったじゃない。思わず”強力”なのを使ってしまったわ。」
ミサキは残された両腕を人形に捨てさせて店の奥を見やる。その先の天井には大穴が開いていて風通しは良さそうだ。通常のライフル弾ではこうはならないので、対魔王弾だったのだろう。
「せっかくだし奥のブロック肉も持っていきますか。あの数相手なら必要でしょ。あとは適当に種を埋め込んで――」
ミサキは店内に入ってブロック肉を並べて種を植えていく。彼らはきっと生肉がお好みとの判断で、調理はしない。出来ないわけではなく、しないのだ。
「味付けくらいはしておこうかしら?この辺をパラパラと、ああッ!」
店内にあった塩の袋をあけて掛けていくが、うっかりてんこ盛りにしてしまう。
「これじゃあ私がお料理のできない女みたいじゃない!もう!」
乙女のプライドを刺激されつつも、高血圧必至の塩まみれ肉を店のビニール袋に入れる。それを人形に4袋ずつ持たせて教会に向かうミサキであった。
…………
「はーい、ゾン郎・ゾン子のみなさーん!お夜食の時間ですよー!」
20時55分。教会前に再び辿り着いたキサキは、人形を使って種入りの肉を上からバラ撒いていた。ゾンビたちは肉の香りに惹かれて徐々に投げ込まれた肉(塩分過多)に群がっていく。
「ほーら、ほーら!トシだけなら女子大生の手料理だぞー!」
煽りながら次々とバラ撒いかれた肉を貪り食うゾンビたち。全員には行き渡らなかったが興味を示したのは全員であり、確保しそびれた者は奪い合いや共食いを始めている。まさか女子大生という言葉に反応したわけでは無いだろうが、彼らの食欲は凄まじいの一言だ。
「さーて、効果の程はどうかしらっ!?」
ミシミシミシミシ……ズボボボボボボン!
何かが軋む音が聞こえたかと思ったら、肉を食べたゾンビの身体中からアサガオのツルが生え始めた。超高カロリーの栄養を得て、一気に成長したのだろう。ゾンビたちは体内に第2の血管が構築されたことで、動きがとても鈍くなっていた。
「どうやら手料理作戦は成功ね、さすが私!得意なのは裁縫だけじゃなくってよ!あははははッ!」
ミサキは誰も聞いてないのを良いことに、ドヤ顔で得意げだ。手料理と言うが生肉に塩を乗せてアサガオの種を入れただけなのに、だ。
尚、誰も聞いてないと思ってるが植物ネットワークでアサガオ本人にも伝わっている。ちょっと恥ずかしい乙女の黒歴史的行動だったと気づくのは、もう少し先である。
「ううっ!?はしゃぎ過ぎたかしら。クラっときて、視界が……?」
ミサキは不意にめまいを覚えて膝をつく。その瞳に映し出される光は薄い緑色になっていた。
(緑色?まさか、私も感染しているの!?早く、ワクチンを!)
ライフルを置き、腰のポーチから小瓶と注射器を取り出して左腕に注射する。するとじんわりと視界が元の色に戻っていくのが分かった。特殊部隊の中でも高い耐性持ちの彼女が感染するのは珍しい事である。
(危ない危ない。ワクチンが有って良かったわ。いつ感染したの?ケガはしてないし水道だって使ってない……まさか訓練後の?)
ミサキは感染した自覚はなかった。だが訓練後の医務室でサワダが言っていた。今日のクスリは、新型の特別製だと。その時いつもと違って濃い液体を2本射たれている。
(あれか!研究者の新しいとか特別って言葉は信じてはダメね。)
「ともかく、先を急がないと……」
教会を見るとゾンビの何人かはミサキの方へ歩いてきている。アサガオに寄生されているので速度は遅々としたものだが、停止には至っていない。
「動きはニブチンだけど完全には停まっていない。私だけならばともかく、教会の中に居るであろう避難民には驚異よね。」
ミサキは嫌な考えを一旦横のテーブルに置いておき、するべき事を考えていく。いくら脱走中とはいえ避難民を見捨てるのは心苦しい。
何故ならこのままだと避難民は近々アサガオの養分になるだろう。そうなれば1枚噛んでる自分が許せなくなってしまう。
(こういう時は視る角度を変えろって教官が言ってたわ。)
彼女はおもむろに走り出し、アサガオゾンビの間をくぐり抜けていく。目指すは教会の扉、その中にいるであろうシスターだ。
「すみませーん!誰かいませんかー!」
ドンドンと木製の扉を強めのノック。人形達にはゾンビ達を挑発してこちらにこないように仕向けている。後は早く開けてもらうだけだ。
「どちらさまで――あなたは特殊部隊の……入って下さい!」
「ありがとう!」
ミサキと人形が入ると、すぐに扉を閉じて鍵も閉めるシスター。後ろで様子を見ていた近隣住民は好き勝手にざわついている。それらを無視してミサキはシスターに話しかけた。
「今、外のゾン……住人たちを大人しくさせる作戦中です。鐘と、パイプオルガンを鳴らして頂けませんか?」
…………
カーーン カラーーン カーーン。
~~~~~♪~~~~~~♪
21時10分。教会の鐘が鳴り出し、厳かなパイプオルガンの演奏が響き渡る。ミサキの要請を受けてシスターが引き受けてくれたのだ。
「「「おお、神よ……」」」
避難している一般人が奥の方で祈りながら聞き入っている。
「これは、確かに癒やされるかも。平和な時に聞きたかったけどね。」
その素敵な音色にちょっとうっとりしながらミサキは外を伺う。
寄生されたゾンビ達はその動きを止めていた。体内から生えたアサガオがまるで樹木のように太く逞しく成長していたのだ。苗床となったゾンビは人間家庭菜園とでも言うべきか、完全に養分としての存在になっている。
アサガオ本体が言っていたように、良い音楽は彼女達の成長を促進する効果があったようだ。また、幽霊店員からの情報が大いに役に立った形である。
やがて演奏を終えたシスターが近づいてきて、外の様子を確認して十字を切って頭を下げる。
「ミサキ様。正気を失った人々を救って下さり、感謝します。」
「救ったというか行くトコまで行っちゃったというか……。でもそれもシスターの演奏のおかげです。コチラこそ感謝しますわ。」
ミサキは特別名乗っては居ないが報道で知っていたシスターは普通に名前を呼んでくる。脱走中なので本当は目立つのはよろしくないのだが仕方がない。
「ところでミサキ様。神父様がお戻りにならないのです。どこかで見かけませんでしたか?」
「あ……あー、彼ね。大丈夫、神父さんなら一足先に旅立ちましてよ。私がお見送りさせて頂きましたしっ。」
KEEP OUT看板でヘッドショットしたとは言えず、それっぽい言葉で事実を濁したミサキ。そのおかげかシスターは更に深くお辞儀をした。
「まあ、そうでしたか!それはありがとうございます。神父様もきっと主の下へ辿り着けることでしょう。」
「そ、そうだと良いわね……」
「ところでミサキ様。外の方々はこのままではあまりに不憫です。どうにか眠らせてあげることは出来ないでしょうか。」
「ええ、何とかしてみるわ。私も予想外の育ちっぷりでしたし。」
「これで平和が戻ればこの教会は私のモノに……コホン、そういえば付近の住宅には銃や弾薬が隠してあるそうです。元は歓楽街でタタリを受けない為の、何十年も前からの風習だとかで。」
「へえ。それはいい情報ね。ありがとう。」
弾薬については知っていたが、その詳しい経緯が聞けて納得は出来た。タタリの下りはサッパリわからないが今は関係ないしスルーである。
「私は”色”には縁がありませんし、田舎臭い異教徒の習わしなので詳しくは存じ上げないのですけどね。」
(思ったよりイイ性格しちゃってるわね、このシスター。)
シスターの本性を垣間見たミサキは、ドラッグストアへ戻るのだった。
…………
(うーん、まだ微かに視界が緑っぽいわね。悪化はしてないけども、早い所メグミかヨクミさんに治して貰わないと……)
21時25分。ドラッグストアに戻ったミサキは、栄養剤を飲みながら備品の踏み台に腰を下ろしてぐってりしていた。合成ワクチンはもう1つあるが、万が一の為に取っておきたい貧乏性。一応先程使った物が効いているので今はまだその時ではないと判断している。
するとその横から幽霊店員が心配そうに覗き込んできた。
「大丈夫ですかー?一応頼まれたものは用意しましたけれど。」
「仕事が速いわね。これがそう?」
「はい、除草剤と散布用の装置です!たまにカチコミにも使われる、やべー奴と聞いております!頭に掛けると即座にハゲるようです。」
「それは期待できそうね。」
5分前、走って戻ってきたミサキは家庭菜園ゾンビの駆除の方法を彼女に相談していた。最初は汚物は消毒とばかりに燃やす事しか浮かばない2人だったが、店員さんが昔遊んだゲームで除草剤を使って化物を枯らすシーンを思い出した。
そこで除草剤セットを持ってきてもらったのだ。普通のドラッグストアでは除草剤はあっても散布機は売ってない。この地区ならではの商品と言えるだろう。
「お客さんのおかげでこの辺もとても静かになりました。ありがとうございます!」
「自分がやるべき事をしてるだけよ。私だってあなたに世話になってるんだし、お互い様でしょう?」
「えへへ、そうですかね?でもお客さんは素晴らしい活躍ぶりですが、疲れているようですし、ご自愛くださいね?」
「ありがと!悪いけどパソコン預かっててくれる?さすがに乙女的に重量オーバーだったわ。」
「はい、大事にお預かりしますね。いってらっしゃーい!」
ミサキは幽霊店員に見送られ、再び教会を目指す。しかしその後ろを不気味にウゴメく植物たちが追いかけていた。
…………
「さぁさ、カチコミ用除草剤の威力を見せてもらうわ!」
21時35分。ミサキは散布機のタンクを背負って、教会前のアサガオに向かってその薬剤を噴射した。市販の物ならジョウロ程度の出力なのだが、まるで高圧洗浄機なみの勢いで噴射する。
「「「ギャアアアアア!!」」」
動くことも出来ずにまともに食らったアサガオ達は、みるみる内に枯れていく。寄生したゾンビから養分を取ろうとするが、回復が追いついていないようだ。
「なにこのいりょく。ミキモトグループも真っ青ね。最近の抗争はこんな危険なモノまで使ってるなんて……」
噴射した本人がドン引く威力の除草剤であるが、実はミキモト製の業務用の商品である。ミキモト教授に言わせれば威力を出せるのは当然であり、それを制御できて一流だそうだ。
「ななな、なんてことを……あなたってニンゲンはあああああ!」
ミサキが振り返ると、アサガオの本体が怒りに震えながら叫んでいた。周囲には別の花々が咲き乱れており、どうやら活動範囲を広げながら追いかけてきたようだ。
「せっかく育ち始めたのに何で殺しちゃうのよおおお!!これだからニンゲンは!私の子供を何だと思ってええええええ!」
「居てはいけない存在を土に還しただけよ。そしてその対象は――あなたもよ!!」
ミサキは左手をガシャガシャさせながら糸を操っていく。
「くううう!せっかくお隣から女の身体を手に入れたのに、こんな所で失うわけには行かないわ!今度こそあなたを苗床にして、植物達の楽園を作ってみせるんだから!」
シュルルルルル!シュルルルルル!
「その話を聞いたら余計に見逃せなくなったわ!」
相手の口ぶりからその身体は幽霊店員のモノと分かり、純粋な怒りが込み上げてくるミサキ。人形達を展開し、迫りくる植物達の制御を次々と掌握しては動きを止めさせる。
「秘術、血翔!またさっきの二の舞をお望みかしら?」
「そう来ると思ったわよ!単純なニンゲンめッ!」
ボコボコッ!シュルルルルル!
「んな!足元から!?」
ミサキの足元のアスファルトが砕け、その穴からアサガオのツルが伸びて這い上がってくる。
「これでお互い様ね!あなたの養分、頂くわよ!」
シュルルルルル!ザクッ!
先程の穴から太い根が伸びてミサキの足を突き刺す。すると急激に何かを吸い取られるような感覚に襲われた。
「くうう、中々やるじゃない。でもこっちのほうが早いわ!」
シュバアアアアア!
「きゃあああああ!!」
「「「ギャアアアアア!」」」
除草剤を正面に向けて噴射し、徐々に相手の数を減らしていく。
アサガオ本体はミサキからの供給のせいかまだ動けるようだが、他の枯れた植物に使っていた糸をアサガオに突き刺し、自分の足への攻撃をやめさせるように指示を出そうと試みる。
吸引はかなり弱まったが、未だに少しずつ奪われているミサキ。
「根比べってわけね!先にあなたの養分を吸いきってあげるわ!」
「良いでしょう!いつまで保つかしらね?」
アサガオは除草剤に苦しめながらも必死にこちらの養分を吸う。
ミサキは除草剤で相手を弱らせながら制御を奪おうとチカラを通す。
「「ぐぬぬぬぬぬぬ!」」
お互い一歩も引かずに自分のプライド、気力だけで耐え忍び相手を攻め落とそうという図式になっていた。
……かの様に見えただけだった。
「ふふ、なんてね。私を吸おうとした時点であなたの負けよ。」
ミサキは余裕たっぷりで左手の指で糸を弾くと、それが人形に伝わり突き刺さった糸を操作させる。
「なんですって!?きゃああああああ!」
アサガオは突然苦しみだし、ツルも身体もドス黒く変化している。彼女はもがき・苦しみ・のたうち回ろうとするも、血翔によってそれすらも制御されていて殆ど動けない。
「私の毒が全身に回るまで待っていたの。あなたの感覚を麻痺させながらね。それを解除すればこんなもんよ。」
「うがああああああ!あなた、なんて身体をしてるのよ!」
「ナカジョウ家は秘術の家系。その実態は呪いに塗れた闇の一族よ!そんな物を弱った身体で取り込めば、タダでは済まないわ!」
ナカジョウ家は幼少より代々伝わる秘薬と先祖の身体の1部を使って身体を作り変えていく。その両方とも一般的には毒であり、小洒落た言い方をすれば”呪い”である。
「ち、ちくしょおおおお!」
アサガオは無理に抵抗しようとして、ツルの中の体液が爆発してブチブチと千切れていく。既に自分の足に絡まっていた部分は枯れ落ちていた。
アサガオの寄生先の身体も血管が浮き出て破裂して、徐々に破壊されていく。
(あの身体は店員さんのだし、せめて無事に取り戻せれば……ああ、そうか。これならなんとかなるかもしれないわね。)
ミサキは腰のポーチから、最後の合成ワクチンを取り出していた。
それを使えば自分の保険が無くなるが、世話になった彼女の尊厳は守れるかもしれない。
「覚悟なさい!これがあなたへの最後の贈り物よ!」
ミサキはチカラを振り絞って自身の身体を強化・制御すると、散布機やライフルを放り出して走り出す。動けないアサガオ本体に辿り着くと、代わりに右手に握った注射器を相手の身体に突き刺した。
素早く合成ワクチンを注入すると、寄生された身体がみるみる内に緑から肌色に向かって行く。
「ななな、かくなる上はこのカラダを手放すしか……」
得体の知れない注射を射たれ、頭のアサガオがビビって制御を手放して距離を離していく。
「さっきは最後と言ったけど……ごめんね、あれはウソよ。」
急いで散布機を拾ってアサガオに噴射をすると、すぐに枯れていく。
ブワアアッ!
が、ここで怨念染みた波動がミサキの身体を通り過ぎていく。
(ぐっ、この波動はまさか!?)
突然の事に気を取られて、アサガオに隙きを与えてしまうミサキ。
「ここまでか、でも!」
シュルッ!
「きゃあッ!」
最後の力でアサガオはツルを伸ばしてミサキの腕に突き刺す。それは細く弱々しくあったが、それでも何かを注入してくる。
「ふふ、もう種は作れないけど、体液を注入したわ。あなたはいつまで保つかしら、ね……」
言いたいことだけ言ってさっさと枯れていくアサガオ。この地区の植物の反乱はここに収束した。
「視界が……緑に……。くよくよしても仕方がないし、店員さんの様子をみましょうか。」
ミサキは店員の横でしゃがみ込み、彼女を抱きかかえる。
「あ、れ?お客さん?」
「気がついたようね。なんとか店員さんを取り戻せたわ。」
店員さんは意識を取り戻して無事……ではないが人間に戻る事は出来た。そう幽霊店員さんはいわゆる生霊だったのだった。
自覚も無しに身体を乗っ取られ、意識だけがドラッグストアにあったという事だろう。
「私?そっか、操られて……。助けてくれて、ありがとう。でもお客さん、ご自愛くださいって言ったじゃないですか……それ、最後の……ワクチン……」
店員視点でもミサキの顔色の悪さや目の色が、普通でない事は判っていた。それでいて空の注射器がこの場にあるのだから何をしたのかは明らかだ。
「気にしなくていいわ。店員さんにはお世話になったワケだし。でもごめんなさい。あなたの身体は長くは保たないわ。」
「いいんです。こうして、生きてお客さんと話ができて……嬉しいですよ。」
「店員さん、貴女のカタキはトったわよ。これで貴女を縛る物はもう無くなったわ。いろいろ協力してくれてありがとう。」
「いえいえ……これで心置きなく旅立てます……。あの世で会ったらお茶でも、しましょうね?お友達として――」
店員さんは目を閉じ、静かに眠りについていった。
(なんとか、彼女の尊厳は守ることが出来たかしらね。ただまあ、遺言が近い内に実現しそうだから困るのよね。)
ミサキは緑色の世界の中、店員さんの遺体を抱き上げて教会の入り口に置く。身体には近くに落ちていた布を集めて予備の糸で縫い合わせて巻いておいた。
当面の危機が去って喜んでいるのか、教会内からは大きな声が漏れて聞こえている。
シスターに一声掛けたい所だが、今の自分が人と会うのは少々難しいだろう。たぶん化物の一歩手前のはずだから。
(そうだ、パソコンを取りに行かなくちゃ……)
放り投げたライフルを拾ってドラッグストアに戻りパソコンを回収する。当然ながら店員さんの姿はなかった。仕方がないので栄養ドリンクと強壮剤を接収して、蝕まれた体力を回復していく。
これらは持続時間がやや長いので現状でも少しは時間が稼げるだろう。
今度は教会の南に移動して、公園の入り口が見えてきた。暗いハズなのに公園名の入った石看板がハッキリみえている。ただし緑色だ。
「さて、残り時間は恐らくわずか。どうしたものかしらね。」
その時公園の方で黄色い光が上空に浮き上がった。それは数秒だけ光り輝くと、そのまま消えていく。
「あの光は……見間違うはずもない!メグミのチカラね!ふふふ、どうやら運が向いてきたようだわ。彼女に助けてもらいましょう。」
ミサキはノートパソコンを開いて人形カメラをONにしてから歩みを進める。その時刻は22時と表示されていた。
………
「”パトーク”!!……はぁはぁ、もう疲れたぁ~~!」
19時45分。モリトとヨクミは囮役を買って出てから水魔法の連発でゾンビを押し流しつつ北上していた。
突き当りのT字路に辿り着いた2人は建物の壁を背にして一息つく。
「ヨクミさんお疲れ様。はい、水筒。」
「気が利くじゃない、いっただっきまーっす!」
ゴクゴクと水筒の中身を飲むと人魚の身体に水分が染み渡る。
「あーー、生き返るわー!」
「負担ばかり掛けてごめんよ。僕も何かできれば良いんだけど。」
水筒を小型かつ大容量なポーチに戻しながら、モリトは申し訳無さそうに告げる。
このポーチは上から支給されている特別製で、サイトのマスターのチカラが付与されている。モリトはチカラが無い分、ここに様々な道具を入れて対応しているのだ。
「気にすることはないわよ。モリトは先導役を頑張ってるもん。」
いつもはモリトの無能力をからかうヨクミだが、そんな場合でもない今は素直に彼の働きを認める。普段のチカラ無し発言はただの鉄板ネタであり、ヨクミによるハッパ掛けなのだ。仲間達からはほんのりツンデレ風味に見られている。
フユミと同等くらいには一緒に居るし、かなりの頻度で混浴する程の信頼関係を築いたモリト。しかし別に付き合っている訳ではない。
チカラの有無や出身地絡みのアレソレで、モリトは踏み込めないでいた。ヨクミ側は成長したモリトを子供扱いこそしなくなったが、やはり種族・風習・文化の違いで男女の交際を意識してはいない。
「それにお互いの背中を任せ合うっていうのは映画みたいだし!」
地球に来てから6年半。アクション映画等にも触れたヨクミは、ニンゲンのフィクション文化を割と気に入っていた。
「そう言ってくれると嬉しいね、ありがとう。でもなんでこんな事になってるんだろうね。」
「ユウヤはお偉いさんがどうとかってソウイチと話してたわよね。」
「あの顔色に緑の目に血液。ゾンビたちの症状を診るに僕達の訓練の相手と同じ感じだ。それはつまり――」
「ウイルスが流出したって事か。こっちは疲れて帰ってきたっていうのに厄介事を、あのハゲェ……」
虚空のミキモト教授を睨みつけるヨクミだったが特に効果はない。モリトは壁際から離れて周辺を見回す。
「ともかく行動しなくちゃね。仲間との合流を急ぎたいけど……」
T字路の東側に向かう道は穴やガレキで埋まっている。西側はまだ通れそうだが仲間とは離れてしまう。
「こっちも厳しいな。西側から大きく回るしか無いか。せめて通信が出来ればやりようもあるんだけど。」
「私の世界には通信なんて無かったけど、1度手にして無くなると不便さが染みるわね。ま、ここに居ても仕方ないし道があるならそっちに行きましょ。他の連中も中央がキツければ西に来るかも知れないし。」
「それもそうだね!」
モリトはヨクミのポジティブさに心が軽くなりながら西へ向かう。しかしそれは長くは続かなかった。
「「「グチャ、グチャ……」」」
「クヒュー、クヒュー……」
ガレキを掻い潜って正面を見るとそこには、路上で数人のゾンビが1人の女性を食い荒らしていた。女性は胴体をかじられており、息をするというより空気が漏れ出してる音しかしていない。
「あ、あれは!なんて事を……」
「ヒイッ!ど、どうやらディナー中だったようね……」
凄惨な光景にモリトは心を痛め、ヨクミは怯えが入っている。いくら理不尽な訓練で鍛えてたとはいえ、ここまでエグいのは中々無い。
事実は小説より奇なりと言われるが、正にソレであった。
「やめさせよう、人として放ってはおけない光景だ!」
その言葉に四つん這いで食事中のゾンビ達が反応し、こちらに振り向きながら立ち上がる。
胸元にべったりと血を垂らした者や、肉が腐り落ちそうな全裸の女性。
服がビリビリに破れた痩せ型の男に、一部包帯を巻いている者。
そして先程までかじられて倒れていた女性までもが、四つん這いの状態でこちらに身体を引きずって近寄ってくる。
「う、うわー。モグモグされてた人まで起き上がってきたぁぁ!」
「こんな事があっちゃいけないんだ。あって良いはずがない!」
ダララ!ダララ!ダララ!
モリトはアサルトライフルを構えて3点バーストで近い者から撃ち抜いていく。それを見たヨクミも正気を取り戻して、通販で買った水鉄砲にチカラを通して発射する。
バシュン!バシュン!
「ガホッ、ガホッ!」
ダララ!ダララ!
大口開けて迫ってくる彼らの口の中に勢いよく水が入り咽させる。動きが止まった所をモリトのヘッドショットで楽にさせていく。
「ウガアアアア!」
モリトの射撃で肉が腐り落ちそうだった女性の首が取れるも、それを片手で持ちながらしつこく迫ってくるゾンビ。
「そ、そんなの有りか!?」
「落ち着いてきたわ!”ヴァルナー”!」
魔法を使える精神状態に戻ったヨクミが、パトーク程ではないが水流を発生させる水魔法でデュラハンゾンビを押し流して無力化させた。
「助かったよ、ヨクミさん。」
「こっちこそ、初動で遅れてごめんね。」
「しかしこれで……これで救われたと信じたい。」
「訓練以上のゲンジツにお腹がキュンキュンするわ。ニンゲンの闇は深いわねぇ……」
2人は軽く黙祷を捧げて先に進む。すると右手に自販機らしき明かりが見えてきた。ガレキが半分覆っているので見づらいが、まだ使えるなら利用するべきだろう。
「ヨクミさん、補給が出来るかもしれない。寄っておこう。」
「うん、不意打ちに気をつけなさいよ。」
ヨクミの水魔法は近場に水分が有ったほうが効果が高くなる。ならば持てるだけ持っておいて損はないだろう。モリトはサイフからカードを取り出して自販機の読み取り機に当てる。後はひたすらボタンを押して買うだけだ。
「~~ッ!!」
ガタンガタンと連続で取り出し口にボトルが落ちる音がすると、小さな悲鳴というか息を呑む様な声が聞こえてきた。
「今の声は……生存者か!」
「まだ小さな子供よ!」
自販機とガレキの間を見ると女の子が涙を零しながら震えていた。
「キミ、ケガは無いかい?お母さんとはハグレちゃったのかい?」
「クスン、ヒック。お母さんが逃げてって。怖い人達に囲まれて……」
「あ、さっきの……ムグッ。」
モリトが優しく声を掛けると女の子は泣きながら答える。ヨクミは思わず結末を口にしそうになって自分で口をふさぐ。
女の子を落ち着かせようと頭を撫でると、彼女は顔をあげた。
「目が緑色に?モリト、多分この子も……」
「くっ、なんとか治療出来ないか?」
「”イズレチーチ”!……いつものウイルス程度ならこれでなんとかなるハズだけど、治っていかないわね。もしかして別の何かが……」
女の子の感染状態に対して治療魔法を使うヨクミだったが、効果はイマイチだったので別の可能性を模索する。
そもそも人工ウイルスに耐性の無い一般幼女なのだ。訓練で耐性の有るモリト達と違って治りが遅い可能性もある。
「わたし、どうにかなっちゃうの?」
「大丈夫、お姉さんに任せなさいッ!」
「「「グルルルルル……ヴァアアアアア!」」」
「キャア!」
不安そうな女の子にヨクミは元気よく応えて励ます。しかしその時、周囲からゾンビ達の声が聞こえて女の子が震えあがる。
「少し調べたいからモリト、あんたが私達を守ってくれる?」
「了解した!その子を頼んだよ、ヨクミさん!」
ヨクミはバックパックから予備の弾薬をモリトに渡してお願いする。それを快諾したモリトはガレキの隙間から周囲を伺う。
(かなりの数がこちらへ向かって来てる?まるで何かに追いたてられてるような……いやゾンビだし気のせいか?)
見れば西側、これから向かう先から群れをなしてゾンビが迫って来ている。自分達が目標というわけではないようだが、放っておけば脅威なのは間違いない。
(あまり離れず、近付いてくる奴だけ倒そう。)
「敵影多数、これより任務を開始する!」
ダララ!ダララ!ダララ!
モリトは意を決して戦闘に入る。ここを抜かれるわけにはいかない。大事な仲間と守るべき市民を背にしているのだから。
…………
「ひう!怖いよぉ……」
「大丈夫、あのお兄ちゃんは必ず守ってくれるから。だから顔をあげて……そう、いい子よ。”イズレチーチ”!」
「これ、キレイなヒカリ……」
20時。銃声が鳴り響いて怯える女の子をなだめるヨクミ。彼女はモリトに守られながら感染した女の子を治療する。
病気ですら治せるイズレチーチという異世界の魔法だったが、効果はイマイチ出てこない。女の子の瞳は感染者を表す緑色のままだ。
このままでは彼女が、訓練でよく見るゾンビになってしまう。
(うーん、まだ駄目か。ここまで効果が無いのはおかしいわよね。治る素振りが無いってコトは”異常じゃない判定”なのかしら?)
ヨクミは経過を見ながら可能性を探る。彼女の回復魔法は必要以上に体力がみなぎったりはしない。その条件分岐とでも言うべき部分での判定ミスを疑っている。
(つまりウイルスに蝕まれながら治ってる?矛盾してるようだけど両立するとすれば……うん?そもそもこのウイルスはクスリの副産物がどうとかってフユミちゃんが言ってたような。クスリ、クスリか。)
フユミは精霊なので霊体化が可能だ。むしろ霊体状態が通常なのだ。なので情報を集め放題である。その情報を理解できるかは別として、日夜情報収集に明け暮れていた。
それは自分達の安全の為であり故郷ウプラジュへの帰還の為でもある。
その情報の中の1つに訓練ゾンビのウイルスは、クスリに使う薬液の副産物だったと言う物があった。当時はだからといって何があるワケでもなかったのだが、今になって意味を持ち始めた。
ダララ!ダララ!ダララ!
ダララ!ダララ!ダララ!
(モリトは頑張ってくれてる。でも推測通りだとしたらこれは……)
女の子は既に言葉を発することも無くなり、苦しそうな呼吸を繰り返している。
「”イズレチーチ”!くう。あのハゲめ、こんな小さな子を苦しませたりして!」
魔法の光が彼女を包むが、結局少しだけ体力が戻るだけで魔法が消えてしまう。これでは苦しみを長引かせているだけだと気付き、ミキモト教授に悪態をつくヨクミ。彼女はもう、察してしまったのだ。
ダララ!ダララ! …………。
「ハァハァ、なんとか群れは通り過ぎてくれたみたいだ。」
「よく頑張ってくれたわ。モリトにしては上出来じゃない?」
銃声が止んで静かになると、モリトが息を切らして戻ってきた。ヨクミは労いながらも、少し意地悪な言い方になる。治療が上手く進まなかった八つ当たりが入ってしまったようだ。
「ハァハァ、これくらいはね。弾薬は使い切っちゃったけど。それより女の子はどうなったの?なにか判ったかい?」
普段が普段なので気にした風もなく、モリトは結果を聞いてくる。
「あぁ、うん……。えっとね?この子に限った話じゃなくて、今回の異常はウイルスの所為だけじゃないわ。恐らく私達が毎日使っているクスリも原因の1つだと思うの。」
「なんだって!?でも僕達には別に異常はないけれど?」
「多分新型か、濃度がダンチなのよ。私達と違って街の人達は耐性も無いし。とにかくその2つの所為で細胞の活性化が凄い事になってる。」
「相乗効果って事か。」
モリトの言葉にコクリと頷くヨクミ。クスリもウイルスも元は同じ薬液から生まれたモノで、その相性は良いだろう。
ウイルスが細胞を破壊してクスリがそれを再生・活性化させる。感染するとそれをひたすら繰り返して身体を犯し変質させていく。
加えてクスリには心のタガを外す効果もあるので、進行すると映画のゾンビのような状態になってしまうのだろう。その先に待つのは、更なる感染拡大と身体の崩壊だ。
回復魔法があまり効果が出なかったのも、既に治っている判定だったからだと推測できた。
「そんな事が……それで、解決策はありそうかい?」
「……ここじゃ無理ね。血液を総入れ替えする必要があるし、それでも変質した細胞は私では治せないわ。」
「それじゃあこの子は――」
「カ、クアアアア!」
ガブリッ!!
モリトの心に絶望感が走ろうかという瞬間に、女の子がヨクミの腕に噛み付いた。
「ヨクミさん!!」
「ごめん、見ての通り……手遅れだったわ……」
痛みと悔しさを堪えながらヨクミは謝る。モリトは一瞬混乱して、どうすれば良いのか判らなくなった。
銃を構える?無理やり引き剥がす?こんな小さな子を?しかし何もしなければ大事な仲間が危うい。
「でも、それでも抗うことは出来るわ!!」
ヨクミは左腕で水のペットボトルを取り出すと、女の子の胸に水魔法で穴をあける。そのまペットボトルを胸の穴に突き刺して、悲痛な声でその言葉を放つ!
「血液と入れ替える!”ヴァルナー”!」
「――――ッ!!」
女の子の声にならない悲鳴が響く。心臓から大量の水が注入されてまだぎりぎり赤い血液が身体中から噴き出ていく。
「ハァハァ……これで、どうかしら。」
「おねえちゃん、ありが……とう。」
女の子は噛み付くのを止めて一言だけお礼を言うと、息を引き取った。
「…………ごめんなさい。」
「そうか、混ざり物の血液を水に入れ替えて正気に戻したのか。」
(ヒトとして死ねるように……)
「「…………」」
ヨクミは無言で女の子の遺体を整えて横たえる。モリトは母の遺体を持ってきて隣に並べる。
(私は救えなかった。目の前の命を……)
(僕は守れなかった。何も出来ずに……)
2人は手を合わせ、湧き上がるものを噛み締めながら祈る。せめて親子揃って同じ場所へ向かえるように。
…………
「ゴクゴク、ふう。モリト、良い?さっきの件については今は置いておくわ。今は先に進んでユウヤ達と合流するのが大事な事なのよ。」
「ああ、解ってるよ。ゴクゴク。」
20時20分。先程のすぐ近くのコンビニ・スターライトフレンズに駆け込んだ2人。そこで治療を終えた2人は今後についての確認をする。
ちなみに2人してがぶ飲みしているのは、精神安定剤である。心にキズを負った彼らだが、とりあえずクスリで誤魔化してでも先へ進む必要があった。
「とにかく迂回しながら北上して、スキあらば東へ向かおう。」
「ここで弾薬を補充できたのはギョーコーね。」
「ヨクミさんの腕は大丈夫そう?」
「うん。いつも通り水の膜を張ってたから。痛みは有ったけどね。」
ヨクミは制服の袖をめくって綺麗な肌を晒しながら言う。人魚族の彼女は地上で活動する為に、常に幾つかの魔法を使っているのだ。
でなければ地上では双子達に毛が生えた程度の体力の彼女が、特殊部隊として活躍する事は出来なかっただろう。
「ねえ、モリト。これが終わったその時は、ちょっと胸を貸しなさいよ。」
「う、うん。僕で良ければいくらでも。」
ヨクミは抱き合うような姿勢でモリトの耳元に告げる。ちょっとドキドキしてドモるが、しっかりと応えたモリト。
「よし!じゃあ先を急ぐわよ!」
(でも、あーいうのってフラグとか言うんじゃなかったっけ?)
スパッと離れてやる気を見せるヨクミに、やや不穏な気持ちを抱きながら店を後にするモリトだった。
「車道は元住人達がフラついてるから、店沿いを行くよ。」
「りょーかーい!」
モリトが警戒しながら前を歩いて進路を確保しながら進む。
パリィン!
ちょうどコインランドリーの前を通りがかった所でガラスが割れて何かがモリトに覆いかぶさった。
「なんだなんだ!?」
「シーツよ!洗濯物が被さってる!」
モリトは必死に藻掻くがシーツが離れる様子はない。その間にもグイグイと締め付けてきて息苦しさを覚えるモリト。
「モガモガ、ヨクミさん頼んだ!」
「”ヴァルナー”!!」
ヨクミが水流を発生させるとシーツに直撃してモリトごと押し流す。
いや、モリトは少し後ずさっただけでシーツだけが吹き飛んでいた。
シーツは流され道の穴に落ちていき、登ってくる気配はない。
元々水耐性の高めだったモリトは、6年間のヨクミの修業によって鍛え抜かれていた。まるで水の方が進んで避けてくれていると錯覚するレベルだ。なので6年前と変わらず泳げないままである。
「”イズレチーチ”!モリト、大丈夫?」
「ありがとう。でも何で無機物も襲いかかって来たんだろう。」
「考えられるのは、水道が汚染されてるのかもしれないわ。繊維にクスリとウイルスが染み込んで変質したとか。でないと半日でここまで街がおかしくならないんじゃない?」
「浄水場か!でもそれだとおかしくないかな。だって浄水場って学校の上流にあるから配管的に――」
「そうなのよ。もうワザとやったとしか思えないのよ。さっきの女の子も、あのハゲに殺されたようなものだわ!」
「くっ、あの教授は一体何を考えてるんだッ。」
モリト達もここで惨状の原因に気がつく。精神安定剤が効いてるのでやたらに喚いたりはしないが、彼らの心の中には上司への不信感が強まっていく。
モリトからすれば自分達が守るべき国民に手を掛けた事への怒り。
ヨクミからすれば同族の命をないがしろにするニンゲンへの憤り。
それは彼らの心と身体に、確実に毒となって蓄積されていく。
それでも先へ進まねば何も始まらない。再び歩み始めた2人は、気分転換に別の話題を出すことにした。丁度チケットショップの前を通った時のことである。
「旅行券かー。この世界は旅行する権利もオカネで買うって事?」
「そんな事はないけど高くついちゃうからね。」
「思い出すな~。林間学校の温泉、凄く気持ちよかったし。」
「これが終わったら、またみんなで行きたいね。」
「うーん。それもいいけど、いい加減ウプラジュに戻りたいかな。」
「!!」
「そしてフユミちゃんと一緒に温泉を掘り上げるのだ!」
「……そうだよね。もう6年半になるんだもんな。」
「あ、モリトぉ。私が帰っちゃうのを想像して寂しくなった?」
「い、いや!そんな事は……やっぱ故郷が良いんだろうし。」
ペロン!とモリトの頬を舐めたヨクミ。悪戯っぽい顔で彼の顔を覗き込む。
「この味は嘘をついている味だぜ~~。」
ユウヤから強制的に借りたマンガのセリフを楽しそうに言うヨクミ。モリト君はもう、ドキドキしっぱなしである。
「か、からかわないでくれよ。まったく何年経ってもヨクミさんはヨクミさんなんだから……」
「えへっ♪」
チロッと舌を出して誤魔化す彼女に心臓の鼓動が止まらない。いや止まっても困るが、高鳴るばかりのモリトである。
「リャアアアアア、ジュウウウウ!」
「「うわあっ!!」」
チケットショップの中から、血涙を流している女性店員が襲いかかる。身体には観葉植物と思われる枝や葉が巻き付いており、どうしてこうなったのか謎なゾンビである。
ダララ!ダララ!バシュン!バシュン!
「バアアグ、ハアアアアヅ……」
慌てて銃を撃ちまくる2人の攻撃は、店員の両腕と頭と胸に刺さる。着弾点が被ることもなく、非常に効率よく排除された店員さん。
「も、もうビックリさせないでよね!」
(やっぱり、カワイイよなぁ。と、いけないいけない。)
ヨクミの反応に見惚れていたモリトだったが、すぐに警戒モードへ切り替える。店員さんが握っていた防犯用のスタンボールを回収、ポーチに入れて先へ進む。
やがて北へ続く通りが見えてきたが、通行止め用のバリケードが幾重にも敷き詰められて塞がれていた。その先には数人の元住人がガシャガシャと障害を排除しようとしているのが分かる。
「ここまで厳重に封鎖されてるってことは……」
「ぶっとばしちゃえば良いのね!」
「そうじゃなくて、この事態に対応している人が居るって事だよ。」
「ああ、そうね。あそこに交番が在るし行ってみましょ。」
20時40分。南西の街外れまでやって来たモリトとヨクミ。やっとの事で北へ迎えそうだったがバリケードに阻まれてしまう。なので事情を聴きにすぐ近くの交番を訪れることにした。
「おまわりさーん。無事ですかー?」
「すみませーん。誰かいませんかー?」
「……居ないようね?」
「パトロールに行ってるのかな?」
交番内を確認するも無人だった。温い急須と湯呑が置いてあるので、長時間空けているワケでもなさそうだとモリトは考える。
(でもなんで日本茶じゃなくて紅茶なんだろう。)
「あなた……達は?」
「ウワサをすれば、丁度戻ってきたみたいね。」
ちょっとだけ思考が明後日な方向へ飛び掛けた時、警官2人が戻ってきた。さっそくモリトはご挨拶に入る。
「お疲れ様です!僕達は政府の特殊部隊のモリトとヨクミです。この辺の状況についてお話をお伺いしたくて――」
「フシンシャを……ハッケンしました。」
「テロリストを……シャサツ、ハイジョします。」
その警官たちの目は緑色に染まっていた。2人ともリボルバー拳銃をこちらに向けてくる。
「へ?」
「危ない、伏せて!」
銃を構える警官達に対してモリトはヨクミを伏せさせ、覆いかぶさる形で身体を張ってヨクミの盾になる。
パン!パン!パン!……
「ぐ、あああああ!」
「モ、モリト!?」
背中にモロに何発も食らったモリトは苦悶の声をあげて昏倒する。ヨクミは焦りを必死に抑えながら魔法を形成して左手を警官に向ける。
「こんのおお、”ヴァダー”!」
2つの水球が警官その1の顔と、その2の腹に直撃して体勢を崩させる。
「と、とどめを……」
ダララララ!ダララララ!
モリトがアサルトライフルの銃口を警官に向けて引き金を引く。無理な体勢だったので反動で少し外したが、何とか倒すことが出来た。
「しっかり!”イズレチーチ”!」
「ハァハァ、ありがとう。楽になったよ。」
回復魔法を受けてダメージが消えていくモリト。彼の傍らには鉛玉が幾つも転がっている。彼の制服内の防弾機能と薄型装甲が守ってくれたので貫通はしていない。が、衝撃はほとんどそのまま伝わるので半端じゃない痛みを感じていたのだった。
「くっ!この人達だって感染前は、守る努力をしていた仲間なのに!」
モリトは倒れた警官達を見ながら、それをこの手で……と悔しがる。
「思いつめちゃダメよ。おかげで私は助かったから!」
「ああ、解ってるんだ。でも僕にもチカラがあればって思うとね。僕にはチカラは発現しなかった。ヨクミさんにあれだけ世話になっていたのに……」
「あなたはチカラに頼らなくても強くなってるわ。私の知識やソウイチにも負けない体力も身につけた!今度ムイミなジギャクしたら、私がぶっとばすからね!」
「そ、そうだよね。ありがとう。自分に出来ることをするよ……」
「分かればいいの。ほら、早く捜査の続きするわよ。」
(モリトったらお説教受けるのがクセになってないかしら。うーん、キョーイク方法を間違っちゃったかな!?)
気を取り直して周辺を探索する2人。元住人の数は今までに比べてとても少ない。道路の穴や自動車が民家に突っ込んでたりしてはいるが、今までが今までだっただけに比較的平和に見えていた。
「おーい、あんた達!まだ人間かい!?さっきの銃声は!?」
「生存者!?こっちは大丈夫です!ケガもしてません!」
西側から厚手のエプロンを着けた女性が声を掛けてきた。その手には厳つい物体を所持しており、ぱっと見ガトリングガンに見える。
まともそうな生存者を前に嬉しくなるモリトだが、それは相手も同じだったようだ。
「はは、そいつは良い。ほんの短時間のハズだがひさしぶりに普通の人間を見た気がするよ。」
「私達は政府の特殊部隊よ。あなたは何でこんなところにいるの?」
「私の店がすぐそこなんだ。モヨリ工務店ってトコの経営をやってる。ってか特殊部隊ってテレビでやってた超能力集団かいな。」
「ソレは、ガトリングガン?」
「紛いモノだよ。おおっと多めに見てくれな。ウチはコスプレ用に色々と……それは良いとしてこっちに来な、店に案内するからさ。」
モヨリ工務店に案内されると作業場に通されてキャンプ等で使われる椅子に腰を下ろす3人。
「散らかってるけど、まぁ気にしないでくんな。その車の所為だし。」
乗用車が店に突っ込んでいて作業場に顔を出している。中には誰も居ないようだ。
「私は手広くモノを作っててね。警官に協力してこの辺を静かにさせてたのさ。だけども最後に会った警官の様子がおかしくてね。その後さっきの銃声を聞きつけたってところさ。」
「なるほど。この通りに”彼ら”が少ないのは貴女が?」
「そうさ、みんな悪いやつじゃなかったのに、何でこんな事に……」
その答えを半分知ってるモリト達。彼女の無念を思えばそれを伝えるのは火に油だろう。
「僕達も出張から戻ってきたらこの有様で……」
「あのー、ここは危険だし避難をされてはどうでしょう?」
そろりそろりとヨクミが提案してみるが、モヨリさんは否定する。
「避難?それってどこにさ。店だって守らにゃいけないしさ。」
「え?ここは街外れだし、すぐに抜けられません?」
「私達はもう、閉じ込められてるのさ。得体の知れない何かにね。気になるなら案内するよ。実際見たほうが解りやすい。」
「お、お願いします!」
モヨリさんの案内されて街の境まで進む。もうほとんど元住人は見かけないのでサクサクと移動できた。その先には自衛隊が交通規制を行っており、赤のランプがキラキラと光っている。
向こう側も気がついたようで身振り手振りと何かを叫んでいるようだが不思議と何も聞こえない。
「自衛隊!?来てくれたのか!彼らが居ればすぐに仲間と合流でき……」
シュン!
「あれ、モリト!?何処に……」
「え?あれ?ヨクミさんが前に?」
喜び一直線なモリトが道を進むと、数秒前に居た場所に戻っていた。
「これが閉じ込められたってことさね。よく見なよ。ここに薄い膜が在るのが分かるだろう?ここを超えると、少し前の場所に戻されてしまうのさ。」
「ま、まさかこの効果は……このチカラは!!」
「まさかそれって……現代の魔王がこの街に来ているの!?」
空間に干渉して時間が撒き戻る結界。そんな事を出来るのはそれしか思い浮かばなかった。
「魔王だって!?まぁそれならこの惨状も分からなくはないけど、これに何の意味があるって言うんだい?」
「それは……わかりません。でも彼を見過ごせません。すぐにでも探し出さなければ!!」
モリトは口ごもりながらも現代の魔王見つけ出す意欲を高めていく。
彼は一瞬思ってしまったのだ。この惨状を起こしたのは自分の上司。そして魔王が結界を張ったのはそれを広げない為ではないかと。
それを誤魔化すためにも、自分の責務を口に出したに過ぎなかった。
「落ち着いてモリト!私達もゴクヒン・ジリヒン状態なのよ?いつものように冷静になりなさい!”ヴァダー”!」
「うわっぷ!あ、ああ。そうだね。ちょっと頭に血が上ってた。」
「とにかく移動して仲間と合流よ!ここから北に行く方法を考えましょう。」
「あー、ちょっと良いかい?今は北に行く道が無いんだよね。すぐそこの道は穴で塞がれてるし交番の通りはバリケードだ。」
「なんとか方法はありませんか?」
「家の敷地を伝っていくか……バリケードをぶっ飛ばすか?」
「うぐぐ、不法侵入か器物破損の2択か……」
正義の味方のモリト的には究極の2択となり、頭を抱えてしまう。
「もちろんバリケードよね!みんな纏めてどかーんよ!」
ヨクミが良く解らないロマンを感じたのか、器物破損に一票投じる。
「物陰から襲われるよりは良いかもね。でも方法は……」
モリト的には決めかねる案件なので、素直にヨクミの案に乗る事にした。
「それなら私も手伝えるけど、1つお願いがある。」
「お願い?なんですか?」
「市民ホールの様子を見てやってくれないかい?あそこにはまだウチのお得意様が大勢居ると思うんだ。」
「ああ、そっか!コスプレ広場の!」
そう、今日は土曜日であり多くのコスプレイヤーと関係者が市民ホールに居たはずなのだ。彼女は最初の挨拶の後、昼には店に戻っていたがイベント事体は夕方まで行われる予定だった。事件や事故でアシが無くなって身動きが取れない人も居るだろう。
「知ってたなら話は早い。それを頼んで良いかい?」
「わかりました。それで行きましょう。」
話は纏まり、早速引き返して準備に取り掛かる3人だった。
…………
「向こう側の元住人が増えてきてるな。大通りから分散しないようにここを封鎖したんだろうけど。」
「水道が汚染されていたらこうなるわよね。ニンゲンはもっと、水に感謝をしないとダメだわ。まったく何様のつもりかしら?」
21時15分。準備を整えて再びバリケードに戻ってきたモリト達。あれから周囲から材料集めと簡易爆弾の制作を行い、戻ってきた。バリケードの向こう側は30分程前に比べて明らかに数が増えている。
「何でこんなに集まってるんだろう。」
「さあねぇ。この先にヤバイ何かがあったとか?」
「そろそろ始めるよ。くれぐれも気をつけてくれな!」
「「了解!!」」
モヨリさんは材料を繋ぎ合わせただけの簡単な爆弾を、バリケードにセットした。更に同じ物をバリケードの向こう側へ2つ投げておく。
バリケードに仕掛けた爆弾の導火線に火を着けてすぐに離れる。
「てええい!」
モリトはそこらの車から入手した燃料を使って作った火炎瓶を元住人の集団に幾つも投げ入れる。その効果を確認する事もなく即座に離れて交番の物陰に隠れた。
ドッゴオオオオオオオン!!
爆音が響いてバリケードどころかその場に居た元住民達も爆散して付近が火の海となった。
「ヨクミさん!」
「任せなさい!”パトーク”!」
ゴゴゴゴゴゴゴ……ズバシャーーーッ!
拡がった火を消しつつ、元住人達の身体を押し流して道を作るヨクミの水魔法。
「大成功!また集まってくる前に移動するよ!」
「ひゅ~、すっげぇなぁ。2人とも、気をつけて行くんだよ!!」
「モヨリさん、お世話になりました!」
「おばちゃん、元気でねーー!」
工務店の店長に見送られて先を急ぐモリトとヨクミ。
(一般市民を犠牲にして先に進む、か。こんな事正しいわけが無い。でも今は前に進もう。でないと何も解決しないから……)
ここに来るまでに大きな犠牲を払い続けて、内心複雑な心境のモリト。それでも彼は力強く先へ、未来へと走り出していくのだった。
…………
「参ったなぁ。この混乱は脱走するには有利かもしれないけど、ハグレちまったら意味ないよなぁ。」
20時過ぎ。ミサキの居る高級住宅街の東側。歓楽街の北の入り口付近にソウイチは居た。仲間とはぐれ、通信も途絶えた上に銃弾も残り僅か。そんなジリ貧の彼は慎重に夜の街を歩いてきたのだ。
「この先にあるデカい公園まで行けば、ユウヤもミサキもきっと集まってくる。そしたらオレ達は無敵だ。うん、まだ行ける!」
必死に自分に言い聞かせてメンタルを保つソウイチ。ここに来るまでにだいぶ心身ともに消耗しているようだ。
「ん、なんだ?この先だけやけに明るいな……おいおいマジかよ。普通に人が居る!みんな無事なのか!?」
ソウイチの目に歓楽街の華々しくも妖しい光が眩しく突き刺さる。
普段なら如何わしいと感じるであろうこの場所も、今の彼にはその薄い”緑色”に光って見えるこの街が砂漠の中のオアシスの様に思えるのだった。
お読み頂き、ありがとうございます。
次週は2話更新予定です。
今回前半のミサキ編、その終盤はゲーム版とは若干経緯を変えてます。しかし構想段階からして、本来はこの流れにするつもりでした。
理由はツクールでの再現が私では出来なかっただけですが、ここで出せたので良しと……こんなのばっかりですね。