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92 アフターファイブ その1

 


「水星屋、開店でーす!」


「開店でーす!」



 2014年10月4日17時。特殊部隊を擁する特別訓練学校のある街。その学校が在る川の下流。その堤防の上で水星屋が開店した。


 この堤防の上部は全て舗装されており清潔感もあるので、ここに屋台が出ていればフラリと立ち寄る事請け合いである。


 ただしそれは、”人”が居ればの話である。


「お父さん、いつもどおり静かだねー。」


「マスターな。休日出勤はこんな物だよね。」


 閑散とした店内で暇を持て余す2人。白い調理服姿のマスターは、仕込みの再チェックや店内の清潔度をチカラで保っている。


 普段の営業なら開店と同時に化物さん達が殺到し、店内のスペースを広げる必要がある。しかし休日出勤で地球で営業する時は、立地にもよるが大抵は閑古鳥である。それでもとんこつを広める為に営業する。


 割烹着姿のセツナは入り口の幕から頭だけぴょこんとだしてお客さんを探していた。


「セツナ、こういう時は堂々としていよう。店の中の仕事を見つけるか、ビシッと呼び込みに出るかだな。」


「はい!じゃあ呼び込みに――」


「ラーメンの練習でもするか?」


「するする!お父さん、また教えて!」


 大事な娘をこんな辺鄙な所で呼び込みになど出したくないマスター。今後を見据えてラーメン作りを教えていく。セツナはまだ背が小さいので足場の台を持ってきて厨房に立つ。もちろん手は洗っている。


「熱いから気をつけるんだぞー。」


「はーい!」



『『『可愛いなぁ……』』』


 ほのぼのとした親子の姿、主にセツナの頑張ってる姿を魔王邸の面々はサポート室から眺めていた。出来たラーメンをすする役目も負っている。


 アフターファイブは始まったばかり。その内お客さんも来るだろう。それまでゆったりとした時間が流れる水星屋だった。



 …………



「さぁみんな。注射のお時間じゃ。全員、腕を出すがよいぞ。」


「順番に前に出て下さいー。」


 18時。ミキモト教授が台車に薬剤と注射器を台車に乗せて訓練棟地下のモンスター収容所に入ってきた。台車を押すのはサワダではなく、黒ローブを纏った収容所の管理担当者だ。飼育場の雑用係というのが正しい認識かもしれない。


(このタイミングでミキモト自らが注射に?なにか怪しいわね。)


 フユミは霊体で様子を見ている。人工モンスター達にクスリを射つのは日常ではあるが、大抵はサワダと管理人がする。教授本人は忙しいので普段はこんな雑用はしない。


「ぐるるるるる……」


「はいはい、いい子だねぇ。プスっと。」


「しゅるるるる……」


「ほれほれ。次じゃ次。」


 2人は協力してモンスターに注射をしていく。事前に室内に鎮静剤を散布しているので全員大人しく注射を受け入れている。


(霊体の私には鎮静剤なんて効かないけれど、見てても楽しい光景ではないわね。それにしてもあのクスリ……)


 その様子を観察していたフユミは、その注射に使われるクスリの濃さに注目する。いつもよりも濁った、禍々しさを感じる。


(怪しいわ。同僚への挨拶と情報操作の為に戻ったけど、さっさと彼らに合流したほうが良さそうね。今日も分身体で誤魔化そう。)


 フユミはチカラの3割程を使って自分そっくりの分身をこっそりと制作する。


「フユミは……そこに居たか、早くこっちへくるのじゃ。」


 フユミの分身は何も言わずに教授の側へ寄り、注射を射たれる。


「こんなもんじゃな。次は特別収容室の方じゃ。」

「了解です、教授。」


 全員への投薬が終わると彼らはさっさと部屋を出ていった。


 特別収容室というのは量産型を入れる大部屋と違って、個室が与えられているモンスター達の住処である。個室と言っても牢獄的な見た目なので、独房に近い。

 要はミキモト教授のお気に入り、強力なモンスターを収容している。


 何故強力な風精霊であるフユミがそちらではなく大部屋住まいかと言うと、単純にそちらを見られたくないからである。実験体であるユウヤ達と仲が良いのは周知の事実なので、隔離されているのだ。

 ただフユミは霊体になれる性質上、あまり意味はない。色々とバレているのは教授達の誤算か、はたまた計算か。



(ふー、バレなかったわね。いつもは1割のチカラで作ってるけど、造形が甘くなるからミキモト相手だとバレそうだったのよね。)


 フユミは分身に近づき様子を伺う。するとクスリの効果か、分身が変質し始めているのが分かった。


(なにこれ、分身とは言え精霊のチカラを乗っ取ろうとしている!?)


 分身は苦しんでるような素振りを見せ、身体の中の構成が侵食されて色もチカラの質も書き換えられていくのが見える。


(マズいわ、早くチカラを解いて消さないと……消えない!?私の制御を離れてしまったのね。これは放って置いて、すぐにソウイチ君達に合流しましょう!)


 フユミは素早く見切りを付けると厚生棟へ移動する。ソウイチを探すと彼らは丁度シャワー中だったようだ。


(ここのシャワーも最後と思うと感慨深いな。)


『ソウイチ君、こちらの準備は良いわ。身体は大丈夫そうね。』


『うお!?フユミさん!?』


 慌てて大事な所を隠すソウイチだったが、フユミの姿は見えてない。いつもは薄っすら見えてたりするのだが、緊張しないようにと完全に姿を見えなくしているようだ。


『隠さなくても平気よ。良く分からないけど、立派なんじゃない?これが終わったら、きっとミサキちゃんが待ってると思うわよ。』


『か、からかわないで下さいよ!ミサキはオレなんて……』


『彼女を見てるといつでもOKって感じだけどね。』


 クスクスと笑うフユミに焦るソウイチ。シャワーを止めてそそくさと脱衣所へ向かう。


『ミサキとは……正直ちょっと複雑なんですよ。いやそんな事より、これから準備して19時には決行です。周囲の見張りをお願いしてもいいですか?』


『ええ。けど急いだほうが良いわ。ミキモト達が何か企んでそうよ。』


『わかりました、助かります!』


 ソウイチは深呼吸して気合を入れると脱衣所を出ていった。


 フユミはすぐに女子シャワールームへ移動すると、自身の霊体を薄っすら見えるレベルにしてミサキ達に開口一番重要な情報を伝える。


『ミサキちゃん。彼の長さ、これくらいだったわよ。通常時でね。脱走が終わったら貴女が待ってるって伝えておいたから!』


『ッ!?ッ!?』


『『わー!ミサ姉さんが真っ赤に!』』


 フユミはミサキの反応に満足すると、周囲の警戒に入るのであった。

 彼女のセクハラのおかげで、極度に緊張していたソウイチチームは程良くほぐれたようである。



 …………



「じゃあオレも帰るとするか。みんな、お疲れ様。」


「「「課長、お疲れさまです。」」」


「なんか今日は物騒だし、皆も気をつけて帰るように。」


「「「はい!」」」



 街の西部にある商社。18時を過ぎて仕事を終えたミズハ・シゲルはタイムカードを切ると、そそくさと階段を降りていく。その横にはエレベーターもあるが、細かい所からも身体を鍛えていくのだ。


「ふー、今日も疲れたな。どこかで飲んでから帰ろう。」


 シゲルは会社を出ると歩き出す。部下に気を付けるように言っておきながら、自分は寄り道する気マンマンだった。


 午後に街の中央付近では事故か何かがあったようで、サイレンが鳴り響いていたが別にニュースにはなってないので大した事はないと思っている。それより宮城の宮戸島のテロ騒ぎの方が、特殊部隊と合わせてガンガン報道されていた。



 シゲルは今夜は週末だしどうしても飲みたい気分だった。

 主に家庭の、シズクの事で気を揉んでいた彼は、1人で心を落ち着けたかったのだ。


(サヨコには見抜かれていたが、それでも送り出してくれた。明日はちゃんと一緒に話し合おう。その為にもまずは店探しだな。)


 シゲルはそのまま北東側へ歩き出す。会社の近くには飲食店も多いし、会社から東側の繁華街にはそれこそいくらでも候補は在る。だが彼が目指したのは川沿いだった。


「会社の近くや繁華街だと騒がしいからなあ。こういう外れた所で静かに飲める店があれば良いんだが。」


 地域情報で何かないかとスマホを操作しはじめた。

 時間は18時15分と表示されており、マップを開くが結果は芳しくない。


「こんばんは、おじさま。独りで寂しいの……今夜はご一緒してくださらない?」


 スマホを眺めながら難しい顔をしていると赤い服を着た女性が話かけてきた。


「むむ?少しだけなら……いや、そんな気分じゃない。」


 シゲルはちょっと流されそうになったが、家族を思い出して煩悩を振り切る。しかし女性はずずいと近づき、腕を絡めてくる。


「え~、そんな事言わずにお願いよぉ。」

「な、離したまえっ。」

「うりうり~。」


 女性がうりうりとシゲルの身体に密着すると、粗暴そうな男が現れて怒鳴ってくる。


「おいオッサン。何ヒトの女に手を出してんだ!」


「いやわたしは何もしていない!」


「その状態で言い訳するな!さあ、出すもの出して貰おうか!」


「このご時世に美人局かよ。離せっ!ハッ!!」


「ぎゅふっ!」


 シゲルは赤女の腕を解くと掌底を腹に当て、男の方へ突き飛ばす。


「てめぇ、何をしやがる!」


「戦いにおいては男女平等だ!はィィィイイイ!!」


 シゲルはカンフーの構えを取ると態勢の整ってない男女に襲いかかる。ダンサーだか体操選手の様にその場で横回転して両足をぶんまわす。


「うわっ!」

「きゃっ!」


 回転連続蹴りを浴びて女は尻もちをつき、男はやや前のめりで構える。


「はぁぁぁぁあああ!」


 ドゴッ!!


「ぐはぁっ!!」


 男がなにかする前に、シゲルのアッパーカットが男の顎を捉えて吹き飛んでいく。


 一応は男の方を重点的に狙っている辺り、優しさは残っているようだ。


「きゃああああ!」


「なんて、強さだ……。お前ただのサラリーマンじゃねえな!?」


「格闘映画は若い頃から嗜んでるのでね。」


「「え、映画……?」」


「それよりさっさと行け、私は今、機嫌が悪い。」


「ちっ、行くぞ。やってられねえよ。」

「あ、待ってよぉ~~!」


 去っていく2人を見送るとシゲルはため息をつく。


「いたたた、準備運動も無しに派手に動くもんじゃないな。」


 若干腰の部分を抑えながら先に進む。繁華街側に続くT字路に来るとシゲルの脳に誘惑が湧き上がる。


「このまま行ってもメシ屋が無さそうだなぁ。」


 ここを南に行けば繁華街方面だが、騒がしいのは好みではないシゲル。


(もちろん帰りはアシが必要だが、今はこうハードボイルドなオッサンらしくだな……)


「うう……気持ち悪い。うぇっ。」


「おおい!兄ちゃん、こっちに吐かないでくれよ。」


 気分の悪そうな若い男が突如寄りかかってくる。繁華街から歩いて来たのか、この辺に飲み屋があるのか。だがそんなことよりも寄りかかった状態で吐くのは勘弁願いたい。


「うう……粥、美味……グアアアアアアア!!」


「うお、殺気!?」


 急に襲いかかってくる若い男に驚くシゲルだが、そのセリフの最中にはもう身体が動いていた。


 蹴りで横方向へずらして受け流してやると、男はそのまま四つん這いになってリバースする。


「ううう、すまない。取り乱したようだ……ううう。」


 男は正気を取り戻した様なセリフを言いながら繁華街側に歩いていく。だが絶対に正気ではない。なぜなら誰も居ない方向へ謝罪していた。


 一応声を掛けるか迷ったシゲルだが、西から東へ勢いよく通り過ぎていく車に遮られて「まあ良いか。」と諦める。


(こんな道であんな速度を出して大丈夫なのか?)


 などと思っていたら遠くから急ブレーキの音が聞こえてきたので、あまり大丈夫ではなかったのだろう。


「まったく昼間の事故といい、この街はどうなってるんだ?」


 今日の事件事故はニュースにはなっていないが、シゲルは取引先から戻った部下からバス事故を聞いていたので知っていた。


「あっちには酔っ払いが何人か居るな。これはそろそろ歩いてでも帰宅するべきだろうか。」


 繁華街に続く道を眺めながら呟く。部下に気をつけて帰れと言った手前、自分に何かあれば示しがつかないと今更ながら判断する。


 きょろきょろと周囲を見回すと、堤防の上に明かりが漏れているのが見える。よく見ると屋台のようだった。赤い幕で覆われており、金色の円の中に水の文字が書かれている。



「おや、あれはラーメン屋か?今夜は物騒だしあそこで軽く済ませて帰るとするか。ビールくらいはあるだろうしな。」



 シゲルはそう判断して屋台に近づく。歩いて帰るにしても、隣町まで進むには腹を満たさねば辛い距離だ。



「「いらっしゃいませ!水星屋へようこそ!!」」



 屋台の入り口の幕をくぐると、店員達の歓迎を受ける。

 1人は25歳くらいの特徴の無い男。もうひとりは珍しい銀髪の少女だ。


(外見と違って中身は普通の店舗みたいだ……な?いやこんな物か。)


 疑問を持つシゲルの思考に、一瞬横槍が入る。店のセキュリティにより疑問をかき消されたのだ。サクラの時は効かなかったが、普通のお客さんには良く効くのだ。


「お1人様ですか?まずは券売機で食券をお求め下さい!追加は現金でも注文できますのでー!」


(食券制か。食い逃げ防止には良いシステムだよな。追加注文が現金なのを考えれば信用買いの意味もあるか。)


 言われるままに券売機のメニューを見ると、メニューの豊富さとその安さに驚くシゲル。


(ほう、豚骨なのか。思った通り酒もあるな。社食並みに安いのもポイントが高いぞ。なら天ぷらと日本酒、後でラーメンを行こう。和食にはやはり日本酒が合うからなぁ。一杯なら平気だろう。)


「お決まりですか?では食券をお預かりします。あ、お客さん!天ぷらとラーメンでしたらセットメニューにありますので、100○お返ししまーす!ではお好きなお席へどうぞー!」


「なんと、更に安くなるのか……」


 にっこり笑顔の店員少女の発言に驚く。これはアタリを引き当てたのかもしれないと期待が高まる。


「おと……マスター、オーダー入ります!天ラーセットと日本酒、ラーメンは後出しでーす!」


 言ってない後出し部分までお見通しなオーダーだったが、その点も疑問をかき消される。


「「はい、お待ちッ!!」」


 席に着いた瞬間に2人がハモって品物を持ってくる。目の前にはアツアツの天ぷらとツユ、冷えた新潟の酒が置かれていた。


「早っ!なのに揚げたて!?まぁいいか。頂きます!」


 驚きつつも大根おろしをツユに入れて青じそから行く。十分に味わいながら、割烹着少女に注いでもらった日本酒も飲む。


「うんうん。これは美味い酒だな!マスター、良いチョイスだな!天ぷらも結構イケるよこれ!」


「ありがとうございます!」

「お口に合ってよかったです!」


 店員2人は素直に笑顔で喜ぶ。特にマスターは口元がニヤけている。褒めて貰えた事もそうだが、マスターと呼んでもらえて嬉しいようだ。


 ぱくぱくと食べるシゲルだったが、ふと疑問を口にする。


「美味い、美味いぞ。だがこの味と量で経営は大丈夫なのか?」


「あはは。良く言われますけど、努力と工夫はしてますので大丈夫ですよ。もちろん国産品ばかり使ってますので安心して下さい。」


「ウチは早い・安い・結構美味しいがモットーなんです!」


 ”安く素早くそれなりに美味しい”だと適当感があるので今の形に変えたが、あまり変わっていないモットーだ。


(国産品でこれはとんでもないぞ!?どんなカラクリで……いや、別に良いか。にしてもこの店員は可愛いな。娘なのか?シズクも昔は……いやシラツグにべったりだったか。む、凄いなこの店。)


 商社の課長としてはその工夫が気になる所ではあるが、その気持ちはすぐに消えていく。セキュリティさん大活躍である。


 シズクに関して悩んでいたからこそ飲んで帰るつもりだったのに、今の今までその事を失念していた。それに気がついたシゲルは、この店の雰囲気を高く評価する。



「おと……マスターは味を広める事を優先してますから。でもその分いっぱい働いてるからちょっと心配です。」


「へぇ。見た所この店はご家族で?こう言ってはなんだが、あまり似てないなぁと。」


「あはは、それもよく言われます。セツナは母親似ですからね。普段は多忙なので娘が手伝ってくれて助かってますよ。」


「えへへ、いつかこのお店を継ぐんですー。」


「今でさえこんな可愛い看板娘がマスターになったら、店は大繁盛間違い無しじゃないかな!」


「やったー、可愛いって言われちゃったー!」

「うん、セツナは世界イチ可愛いぞ。」

「え、本当に!?お母さんより!?」

「お母さんは宇宙イチかわいいかな。」

「えー!そんなのズルい!」


 微笑ましい親子の会話を聞きながら、酒と料理を頂いていく。追加で漬物や煮物も注文するほどこの店を気に入ったシゲル。


(そろそろラーメ――)


「お客さん、そろそろラーメン行きます?」

「ああ、貰おうかな。」


「あのあの!私が作ってもいいですか?ちゃんと練習してますので自身はあるんですよ!」


「ほう、それなら頼むよ。」


「やったー!早速取り掛かりますね!」


 セツナと呼ばれる少女は満面の笑みで作業に入る。


(可愛い店員だ。これはさぞかしマスターも大事にしてるんだろうな。)


 そこでふと思い出すシゲル。今日はこの街の様子がオカシイ事を。


「マスター。今日はこの街、物騒じゃないか?昼間は事故があったし、さっきもそこで酔っぱらいやら何やらが絡んできたし。」


「それはそれはお気の毒に、お怪我とかは大丈夫でしたか?」


「ああ、幸いなことにな。しかし何があったんだ……ただの酔っ払いにしては凶暴だったんだよ。」


 暗にここで営業をしていて大丈夫かと伝えるシゲル。マスターが娘を可愛がっているなら、今晩は引き上げた方が良いのではと思ったのだ。


「心配ですね。少し外を見てきますので、お客さんはごゆっくりどうぞ。セツナ、ちょっと外を見てくる。火傷に気をつけるんだぞ。」


「はーい!もう出来るよー。」



 マスターは厨房側のドアから魔王邸に戻り、戦闘準備を整える。


「当主様の嫌な予知ってのが始まったかもしれない。何かあったらその都度仕事を頼むから、みんな気を抜かないでくれ。」


「「「はい!」」」


 魔王邸のメンバーに声をかけて水星屋の外へ空間移動するマスター。肩からローブを掛け、手にはアナコンダを持っていた。



「お待たせしましたー。水星屋自慢のとんこつラーメンです!紅生姜や高菜・ニンニクは食べる分だけ小皿にとってくださいね。替え玉は2玉無料ですので、どうぞご利用くださいませ!」


「ほう、ラーメンもサービス良いんだな。頂きます!」


 小皿に好みの量のトッピングを取りつつも、まずはそのままの味を試す。すると濃縮された素材の味がズドンと彼の脳を刺激した。


「こ、これは!イけるじゃないか!とても美味しいよ。」


「本当ですか!?ありがとうございます!よかったー!」


(この味はしっかり記憶しておこう!これは、いいものだ!)


 貪るようにずるずるとすするシゲル。もちろん替え玉も用意してもらう。そちらはトッピングを増やして味を変えることで飽きずに食べられる。


「ふぅ、ご馳走様でした。そうだ、タクシー会社の電話番号って解るかい?街が騒がしいからタクシーで帰ろうかと思ってね。」


「はい、今お調べいたしますね!」


(ふむ、電話帳か?ここでの固定営業ではないのか?)


 セツナは元気よく事務所の奥に向かおうとする。シゲルからは電話帳を探すように見えるが、実際はシーズの誰かに検索して貰おうとしていた。


「お客さん、それにはおよびませんよ。セツナも戻っておいで。」


 店の入り口からマスターが現れて調べるのを中断させる。お客さんの前なのでさすがに銃は隠している。


「そこら中の住人が暴徒化していて、タクシーどころじゃありません。」


「なんだって!?」


「それじゃあ、どうするの?」


「どこか大きい建物に避難するか、街を抜けるか。今日は店閉まいだな。セツナ、火を落としてくれ。お客さんの家はこの近くで?」


「はーい!片付け入りまーす!」


 セツナはしっかりと返事をするが、その顔は残念そうだ。


「いや、西の隣町だ。歩くとなるとそれなりに掛かる。」


「ではお客さんも一緒に行きましょう。こういう時は離れない方が良い。」


「わかった、よろしく頼む!だが屋台はこのままで良いのか!?」


「ええ、こう見えてチカラ持ちですので。」


「お父さーん!終わったよー!」


 セツナの合図でマスターはチカラを発動させる。気がつけば3人共、堤防の上に立っていた。その下には暴徒と思われる男女がウロウロしている。


「これは……」


「詳しく伝える時間は有りません。オレたちがチカラで援護します。西を目指して急ぎましょう。」


「わかった!」


 時刻は18時45分。地味に時間を操作されていたがシゲル視点はそれ所ではなく気が付くことは無い。


 こうしてミズハ・シゲルは現代の魔王親子と共に、自宅へ帰る旅が始まるのであった。



 …………



「みんな乗り込んだか?出発するぞ!」


「「「了解!」」」



 19時。特別訓練学校から車を発進させるソウイチ。本日ユウヤが使っているのと同じ、セダンタイプである。助手席にはミサキが乗ってナビ役、双子は霊体のフユミ同様周囲の警戒だ。誰か近づくモノが居れば、チカラで遠ざける役目である。


 ソウイチはアサルトライフルを運転席の脇に置き、腰のホルダーには鉄球が入っている。


 ミサキはスナイパーライフルの柄を足元に向けて掛け、後部座席には人形4体を双子に纏わせている。背中には小型のノートパソコンを括り付けてあって、有事の際にはすぐに着脱可能だった。


 アイカ・エイカはハンドガンを腰に備え、いつものタクトと手鏡を何時でも使えるように握りしめていた。

 予備弾薬や回復薬などはトランクに詰めこんでいる。


「2人にはこれを渡しておくわ。結構効くのよ。」


「「お守り?ありがとう!!」」


「オレには?」

「あんたは黙って運転してなさい。」

「…………」


 厚生棟を出て幅の広い2車線の橋を渡ると、鉄格子の降りている守衛所に近づいてくる。


「おじさん、緊急の用事があるから……おや?」


 顔なじみの守衛さんに声を掛けるも、そこはもぬけの殻だった。


「ある意味都合はいいか。鉄格子の操作はっと。これか。」


 スイッチを切り替え、さっさと車に戻って発進する。


「ねぇ、何かおかしくないかしら?」


「ああ。オレたちが起きてから、ほとんど職員に会ってない。」


「「うんうん。」」


 そうなのだ。治療が終わって1時間ほど経つが、食事の時も会っていない。いつもなら監視でもしてる様に誰かが近くに居たのに、だ。


『訓練棟では何人か見たわよ。やっぱり少なかったけど。』


「あと、ユウヤ達と通信が繋がらないのはなんなんだ?」


「次、左ね。北側からさっさと街を抜けてしまいましょう。もし何か妨害されててもこの街の外からなら……」


「わかった……ん、人影?」


『ソウイチ君、車体に壁を!』


 カタタタタタッ!カタタタタタン!


 ビスビスビス、カンカンカン……


「いきなり銃撃だと!?どんな世紀末だよ!ケガは無いか!?」


 車体と人影の間に重力の板を設置することで銃弾を防ぐ。ちょびっと設置前に何発か食らってしまったが、仲間にケガはなさそうだ。


「方向転換!街へ逃げて撒くわよ!」


「了解!掴まってろよ!」


「「きゃあああ!」」


 車体前部と後部に横からのチカラを加えて一瞬で向きを入れ替えるソウイチ。中の人達は目が回るが命には代えられない。


『チラっと見えたけど自衛隊だったわ。追ってきては……いない?』


「職員の減少といきなりの発砲、何かあるわね。」


「もしかして脱走がバレてたのか?」


「だったら追ってくるか、こちら側にも自衛隊を置くでしょう。」


「それもそうだが……」


「やましい事をする人は、何でもない事にも警戒するわ。もちろん必要なことだけど……きゃっ!」


 心構えを説くミサキだったが、またしても急ブレーキで止まる車。


「すまねぇ、だがこれは……」


「「えええ!?」」


『なんてこと!?』


 田舎道がそろそろ終わって繁華街に繋がる北側の住宅地に入る直前で、彼らは目の前の光景を信じる事が出来ずに呆然とする。


 ゴオオオオ、バチバチ……ガラララ。


 住宅街では大規模な火災が発生していて、崩れていく建物も見て取れた。


「ソウイチ、突っ切るわよ!」


「おいおい、この中をか!?」


「「ひえええ!」」


「見て、まだ道は通れる。ならさっさと抜けないと、私達の移動ルートが無くなるわ!」


 見れば動いている車は居ない。消防車の姿も音も無い。人影も見えない。


「フユミさんは風で炎から守ってくれ!オレは車体を軽くする!」


『了解よ!』


 ソウイチは車体に重力の壁を張り付けつつ、上方向へベクトルを向けて4人分の体重以上に車を軽くする。やや運転は難しくなるが、速度重視だ。


「飛ばすぞ!しっかり掴まれ!」


 あちこちで燃え上がり煙が広がる住宅街を疾走するソウイチ達。時々瓦礫が落ちてくるがフユミが弾き飛ばす。


「正直フユミさんが居てくれて助かるわ。私達じゃ消耗が激しいもの。」


『ちょっと訳あって私も出力が落ちてるから、長くは保たないわ!』


「あら、そうなの!?」


「大丈夫、そろそろ抜けるみたいだぜ! うわっ!」


「「「きゃあ!」」」


『みんな!!』


 火災エリアを抜けようかと言う時に、車体に衝撃が走ってひっくり返る。そのままくるくると横回転しながらズサーと滑って行き、ガードレールにぶつかってようやく車体が止まる。



「うぐぐ……みんなケガは無いか!?」


「ええ、お陰様でね。でも早く脱出しないと!」


「エイちゃんお願い!」


「「「はーい!」」」


 逆さまになった車体の中で、アイカがタクトでエイカ達を呼び出す。シートベルトを解除してドアを開け、中から全員が這い出る。

 身体も武器も無事なのは不幸中の幸いだが、それもソウイチのチカラの防御があってこそである。


「「あいたたた……」」


「うう……ソウイチ、何が有ったの?」


「何かが突っ込んできたように見えたけど……アイツか!?」


 周囲を確認すると人型の炎がそこに浮いていた。女性的なシルエットでどことなくフユミに似ている。彼女はそのまま四つん這いになって臨戦態勢に入る。


「キュオオオオオオオ!!」


『あの子はさっきの私の分身!?みんな逃げて!』


 フユミは実体化して風のチカラで分身を抑えようとするが、相手も炎で応戦する。両者のチカラは拮抗しているようだ。


「ど、どういう事だ?」


「お姉ちゃん達、武器を持ってきて!」


「「「はい、どーぞ!」」」


 エイカが無事だった手鏡をキラリとさせると、何人ものアイカがトランクにある装備を持って4人に渡す。


「フユミさん、オレたちも戦うぞ!」


「ダメ、逃げなさい!時間稼ぎくらいは出来るから!そしたら霊体になってあなた達を追うわ!」


「なにか事情がありそうね。ソウイチ、逃げるわよ。」


「わかった、少しだけ頼みます!アイカ・エイカ、こっちだ!」


「「はい!」」


 4人は街の中央側へ向かって走り出す。だが5分もしない内に異変に気がつくことになる。



「「「ヴァーーー、アアアアーーー!」」」



 車が横転した音におびき寄せられたのか、大量のゾンビが目の前に現れる。


「街中にゾンビだと!?20、いや30は居るぞ!?」


「これって訓練のアレが……?」


「「漏洩しちゃったってこと!?」」


「ちっ、そういう事かよ!撃て!この数に取りつかれたら終わりだ!」


 ダララララ!ダララララ!

 ダァン!カシャコン、ダァン!カシャコン。


 ソウイチのアサルトライフルとミサキのライフルが火を噴く。


「うわ、横からも来たよ!」

「こっちも!どうしよう!」


 アイカ達はチカラを溜めながら周囲を見回して叫ぶ。左右の路地からもゾンビが現れたのだ。


 3方向からはゾンビ、後ろは炎のモンスター。一気に窮地に陥るソウイチチーム。しかし厳しい訓練をこなしてきた彼らは、思考をやめたりはしない。


(この状況、チカラを使えば打破は楽だ。だからその先を考えろ!)


(中央はダメ、西には川があるから渡ってしまえば安全に……)


 銃撃を加えながらも考えを纏めて後ろの2人に告げる。


「アイカ・エイカ!2人とも先に逃げろ!」

「ふたりとも西よ!西に行って川を渡りなさい!」


「「で、でも!」」


「あなた達が一番生存率が高いわ!いざとなったら本気を出しても良いから、早く逃げなさい!」


「心配するな、必ず追いかける!ユウヤ達だってそろそろ戻って来るだろうしな!」


「わかったよ!ソウ兄さん、ミサ姉さん、気をつけてね!」

「必ず後から来てね!」


「お守り、無くさないようにね!撹乱陣形!」


 西側の路地に人形を放つと翻弄されるゾンビ達。ぺちぺちとゾンビを挑発して抱きつきや噛みつき攻撃を誘発させて、ひょいと避ける人形。


「「行きます!てやー!」」


 体勢を崩したゾンビをすり抜けて、見えなくなるアイカとエイカ。


「G・クラッシャー!」


 ドガガガガ!っとアスファルトが剥がれ、ソウイチの目の前のゾンビ集団が転倒する。


「今のウチに反対側へ引きつける。お前も逃げな。」


「格好つけてると死ぬわよ豚野郎!このまま2人で南西に撤退よ!」


 ダァン!ダァン!とライフルを撃ちながらツッコむミサキ。


「いや、しかしだな。」


 ダララ!ダララ!とやや弾薬を節約しながら的確に頭を射つソウイチ。


「聞きなさい!成田からならユウヤは南から来るわ。なら公園辺りで合流出来るはずよ!出来なくてもそこから西に行けば良い!」


 ユウヤは南、というか南西よりから街に入るだろう。この騒ぎではきっと車は使えない。距離的に徒歩ならその計算が妥当だった。


「やっぱお前、頭いいな。それで行こう!なら道を開くぜ!」


 弾切れしたアサルトライフルを腰の後ろに取り付け、腰の両サイドにある革のホルダーから鉄球を2個取り出して両手で交互に投げ付ける。


「G・ハンマーだ!」


 ドコッドコッっと鈍い音をたてて、アイカ達が逃げた路地のゾンビを鉄球で弾いて昏倒させていく。チカラで操作された鉄球はまるで意思を持った生き物のようにゾンビ達に襲いかかっていた。


 退路を開いたら鉄球を手元に戻して回収する。2人は急いでその路地を抜けて、スキを見て民家に身を隠して弾を籠め直す。


「公園ってのはあのバカでかい噴水のトコだよな?」

「ええ。もしかしたら避難民も居るかも知れないし。」


「おお、そうだな。となると一度ユウヤ達に連絡したいな。」

「この状態で基地局が機能してるかは謎よね。」


「実際圏外になってるしなぁ。フユミさんはどうなったか……」

「フユミさんは心配はいらないわ。霊体なら無敵だし。」


「まあな。あの炎も気になるが、アイカ達もだ。」

「そうね。でもその気になれば私達より強いのよ?」

「だが本来ならまだ中学生だぜ?」


「同じ訓練を受けた仲間でしょ?信用なさいな。それともこの前告白されて気になってるのかしら?」


 約束通り双子には告白チャンスが与えられていた。ユウヤと共に目を白黒させていたソウイチだったが、今はその事は関係無い。


「な、なんてことを……コホン。ところでこの状況、どう思う?」


「訓練棟からの流出かしらね。私達の脱走はきっと関係無いわ。」


「それしかないよな。しかも職員が消えてることから、わざと臭い。」


「それよね。浄水場側から銃撃されたのも関係ありそうだし。」


「たしかにな。どっちにしろオレ達じゃどうにもならねえ。もっと組織的に対処しなけりゃ無理だろう。」


「ええ、だからまずは生きて脱出するわよ。混乱に乗じて逃げ切れば何も問題はないもの。もしハグレたら公園で落ち合いましょう。」


「わかった。どうもフラグ臭いのが気になるがそうしよう。」



 ドッゴォォオオオオン!!



「うわっ!」

「きゃあ!」


 民家を出て5分後。路地を走って南西に移動する2人だったが、ゾンビの集団をすり抜ける最中に”上空”からの攻撃により道路が寸断される。それによって2人は離れ離れになってしまい、残ったゾンビに追い立てられてどんどん距離が離れていく。


「早くもフラグ回収かよ……」


「馬鹿言ってないで、公園で合流よ!」


 寸断された道路の反対側から大きな声でツッコミが入る。


「了解した!……なんで独り言が聞こえてたんだ?」


 小さくついた悪態を聞かれたことにソウイチは首を傾げながらも包囲されないように走るのであった。



「あん?あいつら、こんな所で何してたんだ?」



 その上空ではケーイチが不思議そうにソウイチとミサキを見ていた。彼は腕時計を確認する。時刻は19時25分を指していた。


「情報にも仕事にもねえが、昔のよしみで少し援護しておくかな。」


 ケーイチは滑空して上空から分解の剣を放つ。するとソウイチやミサキ周辺のゾンビを減らしていく。


「これで少しは逃げられるだろ。そろそろ自分の仕事に戻るとするか。」


 彼はそう言うと街の外周へと飛んでいく。それは街への出入りを制限する為だ。高速で飛びながらもゾンビの集団を見かけたら攻撃を仕掛けていく。


 おかげで彼が通った先は穴ボコだらけになっていた。



 …………



「ウガアアアッ!」


「てい!とお!はあ!」



 19時10分。シゲルが目の前のゾンビを格闘戦で圧倒している。今は川沿いの道を越えてシゲルの努める会社も越え、そろそろ隣町へ抜ける所である。


「お客さん、強いんですねー!」

「……君等程では無いがね。」


 セツナの絶賛にも関わらず、テレた様子もないシゲル。彼の言う通り、マスターとセツナは白い光を放ってゾンビの群れを薙ぎ払っている。


「ミチオール・クゥラーク!」


 セツナが拳を突き出すと、まるで流星のように白い光が幾つも走ってゾンビの身体を貫いていく。7歳児でこれは天才どころの話ではない。


 セツナは父親と一緒にアニメ版セメントせいや!を嗜んでおり、このワザがいたくお気に召していた。空き時間に魔王邸の訓練場で練習していたのである。

 ユウヤの使うソレと元ネタも技名もポーズも同じだが、再現方法は少し違っていて白いエネルギーを飛ばすやり方である。


「セツナ、張り切りすぎない様に!”S・スター”!」


 マスターが背中から大量の光の羽根を空中に散布して、それを集めて光のビーム光線となってゾンビたちに降り注ぐ。


「チカラ持ちってのは、ここまで出来るものなのか。」


「たまたまですよ。そろそろ隣町です。ご自宅の方向は?」


「ああ、もう少し南よりに進んだところだ。」


「「了解!」」


(この強さに早さ……この親子は何がどうなってるんだ?)


 シゲルは自身の身体を見ると、白い膜のようなものに覆われている。おそらくはマスターがガードしてくれているのだろう。空間を操れる能力者だとシゲルは推測は出来ていたが、それにしてもこの親子は想像以上・規格外のチカラ持ちだった。


 3人で徒歩での移動にもかかわらず、自転車並の速度で進んでいる。それに付いて行けている自分の身体にも驚きだ。まるで10代の頃のような身体の軽さを感じている。


(だが、オレはいい出会いをしたようだな。)


 混乱しながらもシゲルはこの親子との出会いに感謝していた。



 …………



「私の分身なのに、なんでこんなに出力が……」


「…………」



 19時35分。フユミが自分の分身と思わしき炎の女と戦い続けている。相手は火炎放射や炎を纏った手刀で攻撃をしかけてくる。フユミは突風や旋風などで受け流しつつ、逃げながら戦っていた。


「分身ですらこの威力!余程強力なクスリだったのねッ、とと。」


 空から突風を当てていくフユミだったが、炎の女は更に燃え上がって突進してくる。おかげで周囲のゾンビも燃えている。


 フユミも焼き肉は好きだが、ゾンビ肉のウェルダンとか想像したくもない。


「くっ、やはり相性が……ヨクミが居ればこんな相手!」


 フユミは焦りを感じていた。自分の分身ながら真向勝負ができない。

 風によって受け流して直撃を避けるコトは可能だったが、その後余計に火力と周囲への被害も増えていく一方なのだ。


(なんとか水のある所へ行かないとマズイかもしれないわね。)


 すぐに思い浮かんだのは街の北から西へ流れる川だ。あそこの水を風で巻き上げればダメージは見込めるかもしれない。

 しかしそこまで移動するのに被害は増えるのは確実である。


(だけど霊体で逃げて彼らを危険に晒すよりは!)


 フユミは決心すると逃げる方向を西に向ける。見た所この街は既に終わっているに等しい。ならば自分のまいた種に解決策を講ずる事は当然と判断した。



 …………



「なんだ、あの爆撃みたいなの。ゾンビを散らしてくれたのは良いけど。ああそっか、フユミさんの援護って事か?」



 19時30分。ソウイチは大通りを避けて狭めの路地を駆けていく。ゾンビはちらほらと見かけるが、なるべく銃は使わずに走り抜ける。これまでの経緯からみて、大きな音で寄ってくる傾向にあるからだ。


「もう援護がないって事はアイカ達を助けに行ったって事か?それなら安心だな。えっと公園は……こっち方向で良かったんだよな?」


 援護をしたのはかつての師・ケーイチなのだが、夜の曇り空では確認出来るわけもない。

 その辺の思考は早々に横へ追いやり、物陰でスマホの地図を確認する。


「よし、ちょっとズレてるが方向は合ってるな……って電波が届いてる!?」


 ソウイチはすぐさまユウヤに連絡を入れる。チャンスは逃さない。それはボクシングもサバイバルホラーも同じだ。


「もしもし!」


「良かった、繋がったか!ユウヤ無事か?今何処にいる!?」


「今、南西から街に入って中央通りに向かってたんだが、様子がおかしい!一体何が起きてるんだ!?」


「どうやらお偉いさん達が何かしやがったようだぜ。例の件でオレ達も街に出たんだが、どこもかしこも大惨事だ!」


「なんだって!?」


「ミサキ達ともハグレちまって、安全公園で落ち合う手ハズだから、そっちもなんとか合流を目指してくれ!……って切れちまったか。でもまあ合流地点は伝えたし、あとは公園に向かうだけだな。」


 ソウイチは心配事が1つ減ったことで気持ちが楽になり、まっすぐ公園を目指して走り出すのであった。実は肝心の合流場所がノイズで伝わっていないのを彼は知らなかった。



 …………



「ええ、まだ兆候は出ていません。ですが風精霊の分身は良い仕事をしていますよ。あと第二の魔王らしきチカラも観測しました。」



 19時30分。サワダが訓練棟2階のモニター室で、街中の監視カメラをチェックしながらスマホで会話をしている。相手はミキモト教授である。


 このモニター室は元々訓練や厚生棟のチェックをする事が出来るのだが、実は街中に巡らされているセキュリティにも干渉出来る。


 むしろこの”施設”を守る為のシステムなので、出来なければ意味がないとも言える。市長には反対されたが、コスプレ広場を認める事で合意した。そう、街の監視システム自体は特別訓練学校がミキモト研究所 NO.8だった頃からあったのだ。



「うむうむ、順調じゃな。こちらの準備もほぼ完了じゃ。後は見守るだけじゃのう。」


「了解、それでは戻ってくる時に僕の分の食料もお願いします。」


「うむ、今向かっておる。しかしサワダは細いのに良く食べるのう。」


「食事は肉体だけでなく、精神的にも補給が出来ますからね。」


「言えとるわい。お主の父も健啖であった。そういう所は似ておるの。」


「それは光栄ですね。ってああ!」


「どうしたんじゃ?」


「ソウイチ君がだれかに連絡してます!通信を遮断します、それでは!」


 慌ててサワダは通信設備の遮断をする。するとサワダ達の通信も切れる。


「横着して一時的に通信を回復させたのは失敗でしたかね。でもスマホは便利だからなぁ……」


 ぽりぽりと頬を掻きながらサワダは街の監視を継続するのであった。



 …………



「「「ヴァアアアアア!グガアアアア!」」」



「なんで街の人が襲ってくるのよー!」


 ヨクミは水魔法で敵を押し流す。


「この症状、私達の訓練のアレよ!?」


 メグミは拳銃で援護しつつ黄色い光を仲間に放つ。


「ソウイチが言ってた、偉い人がやらかしたってのはこの事か!」


 ユウヤは目を光らせてヒット&アウェイでショットガンをぶち込む。


「守るべき人達と戦う事になるなんて……くそっ!」


 モリトは投げ物で敵を怯ませつつアサルトライフルを撃つ。

 彼にしては珍しく悪態をついている。弱い者を守ろうとする正義漢の彼には、この状況はとてつもなく辛いのだろう。



 19時35分頃。街の南西の通りでゾンビ集団に囲まれたユウヤチーム。ソウイチからの連絡の直後である。



「はぁはぁ、ダメだユウヤ!キリがないよ!」


「身体が再生する個体も居るみたい。このままじゃ押し負けちゃう!」


 いくらか片付けたが、すぐに後ろからゾンビ達が迫ってくる。全員酔っ払ってるような動きで速度はそこまででもない。が、その数が問題だ。


「くっ……」


 ユウヤは少しだけ悩む。ゾンビに囲まれ自分達の後ろは深く空いた穴。ここを突破するには広範囲の火力が必要になる。だがそれは……


「ユウヤ!早く決めなさい!」


 迷っていたところでヨクミからの催促に決意するユウヤ。


「仕方がない、引くぞ!ヨクミさんは魔法で足止め!オレ達は北上してソウイチと合流だ!」


「「!!」」


「やっぱり、そうなるわよね。迷ってくれてありがと!」


「それじゃあヨクミさんが!」


「良いから任せなさい!こんなの一捻りよ!んんん、”パトーク”!」


 ゴゴゴゴゴゴゴ……ズバシャーーーッ!


 モリトの抗議を制して彼女は最大級の水魔法を発動する。

 目の前のゾンビの集団を後方まで押し流し、道路に空いた穴にダイブさせる。一時的に空白の時間が生まれ、撤退が可能となった。


 ちなみにこの穴は彼らが車から降りた瞬間の爆音で空いた物。上空からの攻撃によるものだった。



「今よ、行って!!また集まって来るわ!」


「メグミはオレについて来い!モリトはヨクミさんの退路を確保しつつ北上するんだ!」


「わかったわ!」


「了解した、ありがとうユウヤ!ヨクミさん、キリの良い所でこっちの路地を進むよ!」


「ええ、先導頼むわ!”ヴァルナー”!」


 その水魔法を合図に駆け出すユウヤとメグミ。歩道はまだ無事な部分があったので、そこから狭い路地に入って北上する。


 モリトは水魔法を連発するヨクミの背中を預かり、パトークの余波で包囲が甘くなった路地を見つけてアサルトライフルを構えて進む。


(僕が判断を誤ればヨクミさんを死なせてしまう!それだけはダメだ!)


(これで本当に良かったのか!?4人一緒の方が良かったのか!?)


 モリトは意思を強く持ち、ユウヤはリーダーとして葛藤する。ユウヤチームは2手に別れて進む事になるが、ヨクミをただ見捨てる選択肢はユウヤの中にはなかった。



「あいつらがここに居るってことは出張帰りか?まったく今夜はどうなっていやがるんだ。」


 上空のケーイチは独り言を呟くと、次の路地を破壊しに空を駆けるのであった。



 …………



 一方、街の北西では夜の街を走る2人の女の子の姿があった。ユウヤ達からしたら北に位置する川近くの路地である。


「ハァハァ、なんとか逃げ切れたかな。」

「ハァハァ、追っては来てないみたい。」


「ソウ兄さん達とはハグレちゃったわね。」

「みんな無事だと良いけど……」


「そうね、私達は街の外に出て応援を頼もう。」

「そうだね、私達だけ逃げても意味はないもん。」



 19時40分。アイカとエイカは息を落ち着けてから前を向く。

 目の前の左右に伸びる道路はメチャクチャに破壊されていて、深い穴がそこら中に空いている状態だった。

 ガレキや車が道を塞いでいる箇所も多く、西の橋までまっすぐ進めないのは明白だ。


 更にはこの辺の住民と思われるゾンビ達がウロウロしている。


「交代で偵察しながら行こう。まずは私からね。」

「うん、お姉ちゃんお願い。」


 アイカがタクトを細かく振りながら、平行世界の妹達に周囲を偵察してもらう。


「この通りは通れないから、目の前の路地から抜けていこう。」


「はーい。」


 2人は煤やガレキの中を駆けずり回って汚れていた。だがそんな事は気にせずにゾンビ達を避けながら通りを横断して路地も抜けていく。


 すると川の堤防に辿りつく事ができた。上流側への道は穴だらけで進めないが、目的は下流側なので問題は無さそうだ。


「ここを川沿いに進めば橋があるかな。」

「お姉ちゃん、この先車が燃えてるよ!」


 今度はエイカが平行世界のアイカで周囲を偵察し、まっすぐには進めないことを伝える。


 堤防の遊歩道を使いたい所だが、ちょうど川のカーブ部分の為に厳重に進入禁止の壁がそびえ立っている。遊歩道へは丁度燃える車の先からじゃないと入れない。


「あれだけ燃えてると無理だね。でもその手前にさっきの通りに続いている脇道があるみたい。」


 エイカの言う通り、堤防近くの民家に突っ込んだ車が炎上していた。その付近は延焼しており、通るのには勇気と負傷する覚悟が要る。


 それだったら別の道から先程の通りへ戻って、あみだくじの様にジグザグに進んだ方が安全だろう。


「じゃあ、そっちに行きましょう。」

「うん!さっき進めなかった所はこれで突破できそうだし。」


 燃えている車や民家やゾンビを避けながら民家同士のスキマを抜けて行く2人。そこにはゾンビは居なかったので、すんなりと先程の通りに戻ることが出来た……が。



「「え!?なにこれ……?」」



 突然めまいを覚えたアイカとエイカ。視界がじんわりと緑色に拡がっていき、しばらくすると元の色に戻っていった。


「戻ったわ……なんか一瞬まわりが緑に見えたけど。」


「お姉ちゃんも?なんだろうね。クスリの副作用かな?」


 脱走前に射たれた特別製のクスリ。それが頭をよぎって若干不安になるアイカとエイカ。


「もう大丈夫よ!アレのおかげでここまで来られたんだし、ちょっとくらいヘイキヘイキ!」


「そうだよね!本当だったらこんなに元気に動けないもん!頑張ろうねお姉ちゃん。」


 アイカは率先して大丈夫アピールをすることで妹の不安をかき消そうと試みた。実際クスリを使ってなければ動ける身体ではないほど、今日の訓練は厳しかったのだ。


「さあ、先を急ぎましょ。どうやらさっき通れなかった所は越えているみたいね。さすがエイちゃん、頼りになるわ。」


「えへへ。でもゾンビさんも多いから気をつけないとね。」


 エイカの言葉通りかなりの数のゾンビが彷徨っている。2人はこそこそと視界に入らないように進み、なるべく戦闘を避けていく。


 たまに見つかった場合も平行世界の姉妹に、穴に落として貰った。銃を使うと彼らが集まる可能性もあるし、そもそも弾薬が残り少ない。


 何件かの家を通り過ぎると穴で行き止まりになるが、目的は川沿いを進む事なので西側へ向かう通りへ再度挑戦することにする。


「こっちも穴が空いてるけど……ぎりぎり通れそうかな。」

「あそこにコンビニが見えるから、頑張って進もう?」


 目の前の道は穴とガレキでほとんど塞がれてるが、アイカ達なら通れなくもなさそうだ。そしてその先にはコンビニの明かりが見えている。この状況でもまだ営業しているのだろうか。


 ソロソロと慎重に細い足場を進む。足元に気を向けて居たせいか周囲への警戒が疎かになっていた。


「ウガアアアア!!」


「しまった、物陰から!?」


「お姉ちゃん!」


 ガレキの影に潜んでいたゾンビ達の襲撃。接近を許したアイカはバランスを崩してしまう。このままではゾンビと共に穴へ落下してしまうが、エイカが手鏡でアイカを写す方が早かった。


「「「掴まってー!」」」


 たくさんの並行アイカの手がこの世界のアイカの身体を掴む。


「あー!あなたは良いの!このこのー!」


 ゾンビもちゃっかりアイカを掴んで粘っているが、追加で現れた並行アイカ達のキックによって蹴落とされていた。


「助かったー、ありがとうエイちゃん、私達!」


「お姉ちゃんが無事でよかったよぉ。」


 その後は平行世界の自分達に支えられながら細い足場を抜ける。すると呼び出された彼女達は嬉しそうに手を降って帰っていった。


「「「気をつけて、また呼んでねー!」」」


「「ありがとう!」」


 お礼を言って並行アイカ達とお別れすると脱力する2人。


「はーー、なんとかなったけど疲れたよー。」


「今日はいろいろあったけど、さっきのは冷や汗モノだったわ。とりあえずコンビニで何かないか……できれば休憩したいわね。」


「うん、行こうお姉ちゃん!」


 2人は期待からかこころなしか足取り軽く、コンビニへと向かう。星のマークがあしらわれた看板。コンビニ・スターライトフレンズ。長いので一般的には通称スターズと呼ばれているチェーン店だった。


「いらっしゃいませー。」


 店内に入ると店員が声をかけてくる。どうやらまだ営業中らしい。


(う、なんか明るい場所だとちょっと緑がかって見えるわ……)


 アイカ達は視界の色が気になりつつも、もっと気になることを聞いてみる。


「あなたが店員さん?この状況でまだ営業してるの?」


「この名前を冠している以上、日が落ちる前にここからが本番だって本社から通達があったんですよ。正直怖いんで、もう閉店にしようかと思ってますけど。」


「「名前?スターズが?」」


「おや、ご存知ないですか。あー、年齢的に仕方がないですかね。」


「あの、街が見ての通りで疲れてて。少し休ませて貰えませんか。もちろんお金は払います!」


 よく分からないことを言ってくるが気にせずに話を進める。


「それはもちろん構いませんが……見た所特殊部外の方々ですよね?ちょっと最後の仕事を、配達を頼まれてくれませんか?そうしたらお代はいりません。私からの奢りで飲み物も食べ物も提供します!」


「配達?どういうことです?」


「いえ、ちょっと横柄なお客さんから北の通りで待ってるから酒とツマミを持ってこいって言われてまして。北の通り、川沿いに居るからとのことでした。」


「えー、ここで普通に買っていけばいいのに!」


「正直そう思うのですが、世の中変な人は多々居るものなので。あ、もし入用ならこういうのも用意してありますんで!」


 店員さんが取り出したのは何種類かの弾薬だった。


「「なんでコンビニに弾薬が!?」」


「今日限りの本社の意向です。なにせスターズですから!」


「「??」」


 納得は行かないが、2人は9mm弾と配達品を受け取ってコンビニを出る。北の道へ向かうと先程の燃え盛る車が見えてくる。どうやらさっきの反対側に出たようだ。そのまま堤防に登って遊歩道を歩く2人。


 ここなら見晴らしが良いので、暗くてもゾンビにも気づきやすい。


「川の向こうは普通に電気が付いてるね。」

「隣町までは被害は出てないみたい。良かった。」


「うん?でもなんか空気が湿ってるわね。」

「コンビニに居る時に通り雨でも降ったのかな?」


「本当は急ぎたいけど、無理はできないからね。」

「うん、ミサ姉さんに無理するなって怒られちゃうもん。」


 双子の体力は元々低い。訓練で伸ばしてきたとはいえ15歳。まだ中学生なのだ。彼女達がバテて動けなくなってしまえば2人を優先して逃したソウイチ達に申し訳ない。



「グアアアアア!!」


 パン!パン!パン!


「「これでおしまいよッ!」」


 ドコッ!


 登ってきたゾンビを拳銃で迎え撃ち、怯んだ所を並行姉妹のキックで下へ落とす。もちろん道路側である。川に落としたら二次被害が酷いことになりそうだからだ。


「お姉ちゃん、なんかまた緑色に見えてきてない?」

「エイちゃんもか。よく見えるけど何かヘンよね。」


 遊歩道を歩き始めてから少しずつ視界が緑になってきている。

 最初のようにめまいがあるわけではなく、逆に堤防に登ってくるゾンビを見つけやすく、先制攻撃が可能となっていた。


「あ、あそこにおじさんがいるよ!」

「きっとあの人じゃないかな。行こう!」



 …………



「あーあ。商売はうまく行かねえし女には愛想をつかされるし、街は気がついたら地獄絵図ときたもんだ。」



 20時5分。男は川とその向こうの街を眺めながら愚痴を言っていた。彼は先程、会社員に美人局をしかけてボコられた人物だった。


 あれから街へ戻りなけなしの金で酒を煽ろうとしたら暴漢達に襲われ、女を逃がそうとしたら彼らの1人に腕を噛みつかれた。


 怒りに任せて暴漢達を殴り飛ばして2人で路地に逃げたが、噛み跡を見た女はさっさと独りで逃げてしまった。ホラーのお約束を想像したのだろう。


「まったく、こうなったらヤケ酒だと思って戻ってきたら屋台は撤収してるしツイてねぇなぁ、おい……。まあお似合いの末路ってやつか。」


 腕っぷしと強面で小悪党をしていた彼はろくな終わりは迎えないと自他ともに認められてきたが、まさかこうなるとは思わなかった。


「あ、あの!貴方がスターズに配達を頼んだ方ですか?」


「おう来たか……ってあの店員。こんな嬢ちゃんを寄越したのか。ああ、一旦そこに置いて下がってくれ。受け取ったら金をそこに置くからよ。ああ、釣りはいらねえぜ。」


 女の子にその場にコンビニ袋を置かせ、それを確認したら1000○札を3枚そこに置いておく。男は離れると金を回収するように合図してきた。


「あの、なんでこんなやり方を?」


「ああ、ちょいとばかりドジってな。危ねえからよ。」


 噛まれた腕を見せると息を呑む2人。血はそんなに出てないが、痛々しいほど肉がえぐれていた。


「こんなんでもほとんど痛くないんだぜ?絶対怪しいだろう。だから無事なやつに直接接触するのは避けていたんだ。」


 コンビニで発症してしまえば店員の逃げ場が限られる。だからわざわざ配達なんて頼んだのだろう。


「そう、だったんですね。」


「あの!一緒に戻りませんか?コンビニなら多少は治療が出来ると思うんです!ここじゃあ危ないですよ!」


「そんなのは百も承知さ。さっきから銃声もゾンビの声も聞こえるし魔王だって出張って来てるくらいだからな。だからオレはもう、酒でも飲まなきゃやってられねえってワケさ。」



「「魔王!?現代の魔王がこの街に現れたんですか!?」」



 2人は驚いて食いつく。男はその様子を、というより彼女達のナリを良く見て素性に気づく。


(特殊部隊!?こんな子たちまで?少年兵とか正気かよこの国は!)


 込み上げる気持ちは有ったが、男はぐっと堪える。街の小悪党が何を言っても説得力はないし、今この場では更に意味がない。


「おうよ。そこら中に穴が空いてるだろ?あれは空からの攻撃でな。こんなチカラ持ちは魔王ぐらいだろう。初代か第二かは知らんが、UFOみたいに飛んでるのを見たぜ。バカみたいに爆撃しやがってよぉ。」


((そんな、このタイミングでどうして!?))


「…………」


 本当はもっと夢みたいな戦いも川のやや上流側で繰り広げられたのを見たが、黙っておく男。特殊部隊とは言え、これ以上子供を怖がらせる必要も無いとの判断だ。


「わかったらさっさと行きな。オレもいつ連中みたいになるか判らん状態だからよ。」


 何も無事なやつがこれ以上危ない目に合うことは無い。そう思った男は彼女達に帰るように促す。それを受けて2人の女の子は顔を見合わせて頷くと、背中のバッグからクスリを取り出した。訓練で使うワクチンではないが、体力を大幅に回復させてくれる物だ。


「おじさん、せめてこれを使って下さい!」

「私達が訓練で使っている強力な物です!」


「なんだこりゃ、クスリか?」


「これなら暫くは大丈夫なので、病院に行って下さい!」


「参ったな。オレは子供に恵んでもらえる様な男じゃねえよ。それはお前達が必要な時に使いな。」


「「でも、そのままじゃ……」」


 心配する彼女達だが、男はもう小悪党として終わるつもりなのだ。ここで未来ある彼女達の足を引っ張るのは、小悪党ではなく極悪人だ。そう考えた男はコンビニ袋を持って移動する。


「……酒、ありがとうな。このお菓子をやるから気をつけて行けよ。」


 ポイっとたけのこを模したお菓子を1箱、彼女達に投げ渡すと男は去っていった。男は未来を諦めたことで、素直な心を取り戻せたのだ。


「行っちゃったね。」

「うん。覚悟してる感じだった。」


「魔王が来ているって言ってたけど……何の為に、何をしに?」

「お姉ちゃん難しい顔になってるよ!お菓子食べて元気だして!」


「そうよね。こういう時だからこそ気持ちが大事よね。」

「うんうん、笑顔が一番だよ!早速開けるね!」


「「「キシャアアアアアアア!!」」」


「「うわあああああああ!!」」


 箱を開けた途端に中からタケノコ……ではなくキノコ型のモンスターが飛び出してきた。彼らは巨大化してアイカ達に襲いかかってくる。


「「あわわわわわわ……」」


 これ以上無いくらいに慌ててふためきながら平行姉妹を呼び出す。


「「「任せて!」」」


 ドカカカカカカカッ!


 パン!パン!パン!……


 噛みつこうとしてくるキノコ型モンスターに何体ものキックが炸裂して動きを停める。その間に体勢を立て直したアイカ達は銃を撃ち込んでトドメを刺した。


「ごめん、お姉ちゃん。ちょっと心が折れそうだよ……」

「とりあえずコンビニに戻りましょう……」


 過去のハチミツ事件でのお昼ごはんのトラウマを思い出しながら、2人は意気消沈して来た道を戻るのであった。



 …………



「お腹いっぱい、元気もいっぱい!」

「ここから西に進めば街の外れに出られるね!」

「さっそく向かいましょう!」


 20時35分。戻ったコンビニで休息を取ると、気力も体力も回復する。約束通り、店員さんが食事を振る舞ってくれたのだ。


 食休みが欲しい所だが、急がないと状況は悪くなる一方なので、すぐに出発する。店員さんに見送られながら2人は西を目指した。


「あれ、また視界が……?」


「うん、少しずつ濃くなっているよね?」


 相変わらずのゾンビストリートを進んでいくと、目の症状が少しずつ進んでいることに気がつく。


「うーん、でも体の調子は悪くないのよね。」

「うんうん、むしろ元気になってるよ!」

「あとでお医者さんに診てもらいましょう。今は急がないと。」

「そうだね、なるべく戦わずに抜けちゃおう!」


 そう決めた2人は平行姉妹で偵察しつつ路地を真っすぐ進んでいく。


 今いるのは西の飲食店街だ。住宅や会社事務所が多く、彼ら目当ての食堂や屋台広場なんかも設置されている。市民ホールのコスプレ広場といい、ここの市長は活気あふれる街づくりに取り組んでいたのが解る。


「「あ、きゃっ!!」」


「「「危ない!」」」


 屋台広場を抜けた先の穴のギリギリラインを歩いていたら、2人は再度めまいを覚える。こんどは本格的にクラクラしてしまい、危うく穴に落ちてしまう所を並行姉妹に助けられた。


「エイちゃん大丈夫?」

「うん。またちょっとクラっときたね。」

「こんな所は危ないから、もっとよく私に掴まって!ゆっくりいこうね。」

「ありがとう、お姉ちゃん!」


 文字通りの危ない橋を渡って周囲を確認すると、街の様子が一変していた。



「あれ?なんか変だよ!」


「ええ。ゾンビが消えて……いえ、普通の人になってる?」



 視界はより濃い緑色になって遠くまでよく見える。音もよく聞こえる。何より路地に居たゾンビたちがすっかり普通の住人に戻って見えた。


「ちょっと話を聞いてみよう。」

「じゃあ、あのおじいちゃんから!」


「ツレが魔王の攻撃に巻き込まれてしまってのう……」


 お爺さんは路地に深く空いた穴を悲しそうに眺めている。


「この街が魔王に襲われるなんて!ああ、神様ぁぁぁ!」


 シスターが天を仰いで祈っている。


「うう、なんで私が撃たれなくちゃいけないのぉ。」


 うずくまった学生服の女の子がさめざめと泣いている。何があったか分からないので、介抱している隣の女の子に声を掛ける。


「さっきね、この先に自衛隊が来たから助けて貰おうとしたら

急にテッポウで撃たれたのよ。まるで私達を殺すために待ち構えているみたいだったわ!」


「自衛隊が来てるなら話は早いけど……」

「なんで撃ってくるのかな……」


 国を守る為の組織なのだから、助けを求める人々を殺しては国が衰退してしまう。何かがオカシイ。


 ダラララララ!ダララララ!


「「!!」」


 その時路地の先からライフルの音が聞こえてくる。そちらへ目を向けると1人の男性がガレキの影に隠れて銃撃をやり過ごそうとしていた。

 2人もガレキに身を隠しながらその男に近づいていく。


「あいつら、こっちの姿を見た途端に撃ってきやがる!助けて欲しいだけなのに!」


「私達は政府の特殊部隊です。私達が話をつけてきます!」

「ちょっとだけ待っててくださいね!」


 そろそろと近づいて声が届きそうな位置まで姿を隠しながら近づく。数人がこちらに銃を構え、バリケードで道は塞がれていた。



「すみませーん、私は政府の特殊部隊の――」


「来たぞ、化物だ!」

「撃て撃てぇぇえええええ!!」


「え、ちょっと待ってよ!」


 ダラララララ!ダラララララ!


 容赦なく放たれる銃弾に、慌ててガレキに身を隠すアイカ。


「ちっ、隠れてしまったか。化物の癖に知恵があるのか?」


「ゾンビと勘違いされてるようね。ちゃんと話さなくちゃ!」


 アイカは自衛隊員の声を”聞いて”勘違いを正そうとする。


「ちょっと、私達はニンゲンです!政府の特殊部隊の、アイカとエイカです!撃たないで!」


「おい、なにか叫んでるぞ?すげぇ声だな。さすが化物だぜ。」


「目を離すなよ。ここが抜かれたら更に被害が出るぞ!」


「おう!化物なんざ一匹も通さねえ。それがオレ達の役目だ!」



「ダメだわ、話を聞いてもらえない!」

「こんな女の子をつかまえて化物呼ばわりとか失礼よね。」


 ダララララ!ダララララ!


 しつこい相手と感じたのか、自衛隊員はちまちまとこちらを撃って牽制している。


「とにかくこの場をなんとかしなくちゃ!エイちゃん、左手の路地に抜けたいから、逆側に私を呼び出せる?」


「囮ってことだね?いつでもいけるよ、お姉ちゃん!」


「次に銃撃が途絶えたらお願い……走るよ!」


「うん!」


 ダララララララララ!


 平行世界のアイカを物陰から右に走らせてそちらに注意を向け、リロードが終わった隊員からそちらへ銃を撃ち始める。


 そのスキに急いで左側へ駆け抜けて、左折する。囮のアイカはすでに平行世界へ帰っている。


「畜生、囮か!?撃て撃て!」


 ダララ……カチッカチッ!


「リロードです!」

「こちらも!」


 気づいた彼らに撃たれはしたが、こちらに命中させること無く弾切れとなった。


「あちらは封鎖はしてるが、まだ人員が足りんと言うのに……」


「重機で塞いではいますが、どうなるか……」


 この路地よりアイカ達が進んだ先の道の方が道幅は広い。街の東西を繋ぐ大通りなのだから当然だ。


 だがそちらにあまり人員を割いていないのは、既に道路がボロボロでたいしてゾンビも居ないから……もあるが他にそうせざるをえない理由もあった。見えない何かで隊が分断されているのだ。


 なのでバリケードだけは設置して、隣町からの交通規制を行ってはいるが、この街側は最低限の監視しかしていない。


「あれ?なんでこんな所にロードローラー?」


「まってエイちゃん!この先に誰か居るわ!」


 たたたたっと走って隣の大通りに向かった2人だが、目の前に鎮座する重機に阻まれていた。その先には怪しげな黒い人影があり、様子を伺うことにした。



「これでよしっと。」



 黒装束の男が大通りに大きな光の杭を打ち付けて固定する。満足そうにうんうん頷く彼の後ろに空から人が降ってきた。


「終わったのか?」


 それは見慣れた革コートを来た男であった。


「ええ、ここが最後です。これで街の出入りは不可能になりました。」


 革コートの男に応える黒装束。彼らの声を”聞いて”姿を見たアイカ達は心臓が飛び上がりそうになるのを必死で抑える。


「うそっ!あれって教官じゃない!?」

「それじゃあ、あっちの真っ黒さんが現代の魔王!?」


 あわあわと状況確認をしている間にも魔王達の会話は進んでいく。幾つか聞き逃してしまったが、無理も仕方も無い。


「よし!それじゃあ後は、本腰入れて片付けるだけだな。オレは先に行くから……お前も手はず通りに頼む。」


「了解ですよ。」


 会話が終わり、ケーイチの方がまた飛び立って行ってしまった。


「どうしよう、お姉ちゃん……」


「決まってるわ、私達で魔王を倒すのよ。私達はその為に鍛えられて来たのだし、そのチカラは在る!そうしないと後から来るソウ兄さんやミサ姉さんが危険になっちゃうし!」


「そう、だよね。ここで逃げたらもっと酷い事になっちゃうもん!」


 現代の魔王の言葉を信じるなら、彼の結界をなんとかしなければ街から出られないのだ。


「そこまでよ、現代の魔王!政府の特殊部隊、アイカとエイカが相手になるわ!」


「よく考えたら脱走中だけどね。というかココ通れないし……」


「ほう、何やらそこから殺意を感じるな。だが上手く通れずにいる。ドジっ子か?」


 気づいた魔王のつぶやきが聞こえてきてアイカは赤面する。


「あう……」


 気持ちを高めて名乗りを挙げるアイカだったが、はやまったようだ。


(なら少し誘導しようかな。万が一結界を壊されても面白くないし。)


 そう考えた魔王はすいーっと飲食店街の方へ滑空していく。


「あー!逃げちゃうよ!」

「追うわ!急ごう!」


 踵を返して道を戻る双子達。当然先程の自衛隊員達と鉢合わせする。


「化物が戻ってきたぞ!やってしまえええええ!」


 ダララララララ!ダラララララ!


「「きゃああああ!」」


「やった、効いてるぞ!このまま押し込め!」


 ほとんどまともに弾丸のシャワーを浴びたアイカ達はのたうち回る。しかし魔王相手に戦う決意をした2人はそこでは終わらなかった。


「「このおおおおおお!」」


 ザシュッ!ザシュッ!!


「「「ぎゃあああああ!?」」」


 気合で精神力を高めて並列攻撃をお見舞いする。距離がどうとか防御がどうとかの問題ではなく、突如隊員達の身体が爆散した。


 彼らの不運は、魔王の結界の内側に入ってしまっていた事だろう。



「ごめんなさい!でもあなた達が話を聞いてくれたら、こうはならなかったと思うのよ。」


「ごめんね。これでさようならです。」


 2人は彼らの死体の破片を見下ろす。小柄な2人からはそれが酷く”小さく”見えて、こんなことをしている場合では無いと道を戻る。



 心が昂ぶっているせいか、とんでもない速度で駆け抜ける。途中に居た住人たちをスルーして屋台広場まで戻る。


「居たわね、邪魔な物はどかして戦いましょう。」


「絶対に負けないんだから!」


 一部の邪魔な屋台を吹き飛ばして広場に入り、目の前の男と対峙する。


 こころなしか視線が高くなった気がするが、”本気”の戦闘を前にしての戦士の――いや魔王を倒す”勇者”の心構えの所為だろうか。



「貴方が魔王ですね?特殊部隊のアイカ・エイカと申します!」


「よくも世界を、この街を……私達を!覚悟して下さい!」



 ここで倒さねば大好きな兄や姉の命が危ない。その為なら無茶をしてでもこの男を倒さねばならない。



「……只者じゃ無さそうだが、こちらも忙しい身なんでね。悪く思わないでくれよ。」



 現代の魔王はあまり緊張感の無い口調で、殺意を向ける双子に語りかける。お互いにチカラを解き放ち、屋台広場は大惨事だ。



 時刻は21時。ここに現代の魔王と、双子の勇者の戦いが始まった。


お読み頂き、ありがとうございます。


いよいよここからゲーム版最終話、アフターファイブの開始です。小説版は色々とシーンを追加してます。


魔王との戦いが始まった!とか書いてますが、続きは数話先の中盤戦です。


ゲーム版でも長かったですが、文字に起こすとさらに長くなってます。

街の地理描写のイメージが分かりにくい場合はゲーム版を(ダイマ)。まぁ、フリーですので……。

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