91 ソノヒ そのヒルマ
「行ってきます!」
2014年10月4日土曜日の朝。大抵の人間は身支度を整え朝食を摂り、今日の目的地へ向かう。学校や職場、行楽やデート。夜勤明けや単なる夜更しさんなら寝床に向かう者も居るだろう。
完全な休日でも平日でもない。そんな曖昧な、ありふれた土曜日。
その始まりは各人の「行ってきます」から始まった。
…………
「…………」
シズクは無言で自宅を出る。目指すは隣町の高校……ではなく、サボって浄水場へ向かう心づもりだった。
この時点で冒頭が台無しであるが、仏壇の兄・シラツグには手を合わせて心の中で挨拶をしていたのでセーフという事にしよう。
(今日は半日だし、部活もしてないし。別に良いわよね。)
シズクは同じ中学でもあった友人のミキに、その旨をスマホで伝えて駅へと向かう。授業はサボりがちだが、赤点とは無縁のシズクからすれば土曜日の扱いはこんなものだった。その分夜に、静かに勉強をしているのだ。出席日数は危なそうならミキから連絡が入る。
(とはいえ、ミキには何かお返ししないとバランス悪いわよね。)
電車に揺られながら、彼女の好きそうなものを検索し始める。
するとミキから返信が有り、下着選びを手伝ってくれと書かれていた。
(天使の日?うん、付き合うよ。時間は……14時か。わかった、と。)
家庭内の愚痴や学校の事で面倒を掛け通しだ。これくらいはお安い御用だろう。自分も良い物が見つかるかもしれない。
ささやかな予定が出来たシズクは、少しだけ気が楽になる。
友人からのお誘い。自分はまだこっちに存在していて良いと言われた気分になる。大好きな兄の死に引っ張られているシズクは、危険な精神状態が続いていたのだ。
結局の所、お返しするはずが救われているのはシズクの方であった。
…………
「行ってきます。」
「行ってらっしゃい、あなた。」
「…………」
シズクが自宅を発つ少し前、スーツを身にまとったシゲルが自宅を出る。一家の大黒柱であるシゲルの挨拶にも無反応なシズク。
その様子から軽く、だが確実に蓄積するダメージを受けたシゲルは妻のサヨコに話しかける。
「悪いが今日は少し遅くなるかもしれない。」
「はい。解ってますよ、あなた。飲み過ぎには気をつけて下さいね。」
「すまない。お前も辛いのにな。明日は飯にでも行こう。」
「それは良いわね。きっとシズクも、喜んでくれると……うう。」
「苦労をかける。いつもありがとう。」
2人は身を寄せ合って支え合う。シゲルはサヨコが泣き止むまでそうしているつもりだったが、サヨコは静かにそれを制する。
「あなた。もう大丈夫よ。遅れちゃうから……」
「わかった、行ってくるよ。留守を頼む。」
これ以上足を引っ張って旦那が遅刻しようものなら信用が下がってしまう。
せっかく、中間とは言え管理職になれたのだ。妻である自分がダイナシにするわけにはいかない。
それを汲み取ったシゲルは、堂々と駅へ向かうのであった。
…………
「今から出動ですか?随分急ですね。」
「急じゃない出動なんて無かったじゃろう。」
「確かに。それで内容は?」
朝食後、特別訓練学校では教室で朝礼が行われていた。ミキモト教授は挨拶もそこそこに、ユウヤチームへ出動を命じる。
「最近、宮城県の宮戸島周辺でテロリストと思われる不審者達が現れておった。今日明け方に現地のサイトメンバーと交戦した所、彼らが逃げ込んだ建物を包囲した。その突入作戦に参加するのじゃ。」
「そこまで行っててオレたちを呼ぶって事は、何かあるんですか?」
「テロリストは生体兵器を使用したとのことでな。まるでバケモノを使役しているようだとの報告を受けている。」
「……それってウチから流出してません?」
「管理は厳しくしておいたはずじゃがの。それの調査も含めて、今回はユウヤチームで臨んでもらいたい。今なら成田から飛行機とヘリの乗り継ぎで午後イチくらいには着くじゃろう。」
「うん?ってことはオレたちは何処かで待機か?」
「ソウイチチームはいつも通り訓練じゃ。今回はユウヤ君達が後詰めじゃからの。」
2チーム存在する以上、片方は後詰めとして待機する事も多い。
しかし今回は戦力が充分にあるのだろう。ソウイチ達は留守番だ。
「へーい。ソウイチチームは予定通り訓練に励みますよっと。」
「うむ。ユウヤチームは事件が解決したらすぐ戻るようにな。なぁにメグミが犯人をちょっと脅せば、取り調べもすぐに終わるじゃろう。今日中には戻れるはずじゃ。」
「……微妙に釈然としないわね。」
「大丈夫、メグミなら楽勝よ!がおーってやればみんな跪くわ!」
微妙な顔のメグミをヨクミがフォロー?する。
「対魔王兵器を用意したから持っていくが良い。朝礼は以上じゃ。突入作戦に遅れぬ様、速やかに移動するように。」
「「「了解です!」」」
特殊部隊の一同は素早く行動を開始する。既に物資は準備されていたので車に乗り込むだけのユウヤチーム。ソウイチチームも訓練所に向かうだけなので見送りをする。
「ユウヤ、がつんとカマしてこいよ!」
「無茶するんじゃないわよ。お土産よろしく!」
「ユウ兄さん、頑張ってね!」
「メグ姉さん達も、お気をつけて!」
「おう!ソウイチも訓練、油断するなよ。」
「時間あるかなぁ。最悪空港で何か買うわ。」
「はは、ユウヤは人気だね。」
「海辺なら私がサイキョーよ!」
「「「行ってきます!」」」
「「「行ってらっしゃい!」」」
元気な挨拶で特殊部隊の2チームはそれぞれの予定にむけて、活動を開始した。
…………
「じゃあちょっと屋敷の方へ行ってくるよ。セツナは後で送るから良い子で待ってるんだぞ。」
「はーい!お父さん、行ってらっしゃい。」
「「「行ってらっしゃいませ。」」」
マスターは魔王邸で朝食を済ますと悪魔屋敷の厨房へ向かう。
彼女達の朝食作りの手伝いをする為だ。その後はセツナを学校まで送り届ける任務が待っている。
マスターは何もなければ毎朝5時半に起きる。妻や娘達と朝風呂を楽しみ、朝食を妻や使用人と作る。誰が一緒に作るかはその日によって違っており、メイド長のカナがローテーションを組んでいる。
別部署のクマリやマキも含めて全員で朝食を摂り、たっぷり1時間は団らんを楽しむ。それが終わると悪魔屋敷へ出勤だ。
この時点で朝5時50分。たった20分を引き伸ばしまくりである。
実際は異界のその時間に転移しているだけであるので、見方による違いではある。基本はマスター基準で同期や停止や遅延を行うので魔王邸の時間の流れは少々複雑なのは確かだ。
「おはようございます。手伝い入りますね。」
「「「おはようございます!」」」
悪魔屋敷の厨房に入ると、メイドさん達が材料を食料庫から引っ張り出して調理を始めている。スープやバターの香りが鼻をくすぐって食べたばかりなのに食欲をそそられる。
「今日もいい香りだなぁ。」
「きゃっ!マスターが今日もメイド達の匂いを嗅いでるわ!」
「嗅いでたのは食材の方なんだけど。」
「つまり私達をぺろりとするつもりね。皆、下着は可愛いやつ?」
「朝から何を言ってるの?」
「だって、マスターって使用人フェチなんでしょ!?」
「間違ってはいないけどね。ほら、冗談言ってないで朝飯作るよ。」
「はーい!今日の献立はAセットでお願いします!」
「了解。」
朝の軽い交流をメイドさんと取りつつ、作業を開始する。マスターは全員分のサラダを驚異的な速度で作っていく。
今日はレタスの上にポテト・マカロニ・コールスローのサラダを乗せた、水星屋でも出している一品だ。日によってツナやオニオン等と入れ替える事もある。
「はい、サラダ終わり。次、たまご行きます。肉類はお願いします。」
「はーい!」
Aセットのたまごメニューは目玉焼きである。フライパンに次々とたまごを落としては皿に盛り付けるマスター。まるでネットの面白動画のような、冗談みたいな速度で焼いていく。
「相変わらずはっや!ベーコンとソーセージも手伝って!」
「それは遠慮します。デザートの準備に行きますね。」
「もう!材料がアレだからって作り方は同じなんだから手伝ってくれてもいいじゃん!じゃん!」
「ではデザートのメロンは無くなりますが……」
「私がやります!やらせて下さい。メロンサイコー!」
熱い手の平返しに苦笑いをしながら、高級メロンを分厚く切り分けていくマスター。おかわりを見越して1人2切れとして切っておく。
嗜好品があまり手に入らない異界では、地球と行き来できるマスターの持ってくる品は大変喜ばれるのだ。
「「「ふあーー、おはよーござまーっす。」」」
時計が6時半に近づくと、ハラペコメイド達が眠い目をこすりながら食堂へ集まってくる。お偉いさんの屋敷というのはもっとキリッとした雰囲気の所が多いが、ここは緩い雰囲気だった。
その中の1人がマスターに声を掛けてくる。
「あーマスター、当主様が起きなくてー。我を起こしたくばマスターをよべーって言ってましたよ。この女たらしー。」
「流れるように罵倒するのはやめて。さっそく起こしてくるよ。」
彼女は当主様お付きのエリートメイドの1人だ。朝はふわふわしているけどエリートなのだ。彼女は同僚とよく水星屋にも来てくれている。そう、良く4人組で来ている使用人Cさんだった。
「それとBちゃんがヨダレ垂らして部屋の前に居たから回収してね。」
「了解!急いで行ってくる。」
当主様の部屋へ行くと、女として してはいけないであろう顔をした使用人Bさんがいた。ヨダレ垂らしてだらしない顔をしてドアの鍵に針金を刺している。
「うふぇへへへへ――」
「時間停止っと。当主様、入りますよ。」
使用人Bさんを停止させ、部屋に入ると固まったままのBさんを床に置く。
彼女もこれでもエリートなので普通に鍵で入ればいいのに、謎のムーブで変態度が上がっている。
とりあえずマスターは当主様に声を掛けて起きるように促した。
「むあー、○○○。おはようのちゅーをするのだー。」
「じゃあBさんに協力してもらいましょう。」
「うわああああ、そやつの顔を近づけるでないわ!!」
飛び起きた当主様はBさんを突き飛ばしてしまう。時間が停まっているので床に転がる彼女にダメージはない。
「お目覚めですか。おはようございます、当主様。朝食の用意は出来ておりますよ。」
「デザートは?」
「高級メロンです。早いもの勝ちですよ。」
「仕方ない、起きるとするか。マスター、着替えを手伝ってくれ。」
「はい、ただいま……終わりました。」
マスターは時間を止めて当主様の着替えを終わらせてしまう。
「ちょっと!もう少し情緒を持って接してよ!未来の妻の身体をもっと堪能しようとは思わないの!?」
「メロン、無くなりますよ?」
当主様がお怒りになられるが、人間で言う10歳の身体で不老不死になっている彼女相手ではいろいろと難しい。それを口にすると怒られるのでデザートを言い訳にしたマスター。
「うぐ、こうなれば諦めるか。」
「ん。何をです?」
「マスター。頼むから一度キ、キキ、キスをしてくれない、か?」
「寝込みを襲う勇気があるのに、随分可愛いお願いのしかtゴフッ!」
いつぞやのD・パニッシャーの件を持ち出してからかうマスターを張り倒す当主様。見た目は全く痛く無さそうな平手だが、内部に強力な衝撃を伝えられて膝をつくマスター。空気を読むのに失敗したようだ。
「フザケてないで話を聞く!結局殴って確認しちゃったじゃないの!」
「失礼しました。それでお話とは?」
「ちょっと嫌な未来が見えたのよ。だから直接マスターと接触して確認しようとしたの!」
当主様は運命が複雑に絡んで不老不死になった身。なので変化が見込めず自分1人では能動的にチカラを使うのは難しい。だからマスターを通して未来予知を行ったのだ。
「なるほど、それで結果はどうでした?」
「……言えないわ。我が話したら、良い可能性まで消える気がする。」
「うん?つまり自分でなんとかしろと。」
こくりと頷く当主様は、じっくり考えながらアドバイスを伝える。
「でもマスターだけじゃダメだと思う。我ほどでは無いが、運命がフクザツに絡んでると思うわ。それで今日のお店の場所なんだけど……どこかしら?」
「そう言われましても。」
「地球の地理なんて私は解らないし……」
2人で首を傾げていると、突如金髪美女が空中からふわりと現れる。
「勇者たちの根城の街、その川沿いよ。私の計算ではね。」
「おはようございます、社長。何やら面倒事の予感しかしませんね。」
「おはよう、マスター。ゲンゾウ君が相当焦る未来が予測できるわ。」
「それ、本人に教えてあげたらどうですか?」
「気が向いたらね。何かあったら追って連絡するわ。励みなさい。」
流れるようにマスターへキスをして帰っていく社長。当主様が我のおはようのちゅーがー!と嘆いているが気にせず食堂へ運ぶ。
そのまま魔王邸に戻り、登校の準備万端なセツナはマスターに飛びつく。
「「「おかえりなさいませ!」」」
「おかえりなさーい!」
「お待たせ、セツナ。準備は良いか?」
「うん!お母さん、クーちゃん、みんな!学校行ってくるね!」
「いってらっしゃい、セツナ。あなたも気をつけてね。」
「らー!」
「「「行ってらっしゃいませ!」」」
セツナは母と妹、使用人達に見送られて異界に転移する。
大好きな父親に抱きついたまま、空を飛んで学校へ向かうセツナ。
「なあセツナ。今日の営業なんだけど、セツナは休みに――」
「ダメだよ!お父さんはすぐ無茶するから、私が手伝わないと!」
「いや、しかしだな。ちょっと面倒な事が起きそうなんだ。」
「ほらやっぱり!私だって将来のマスターなんだから、頑張るよ!」
「わかったわかった。でも何かあったら素直に帰るんだぞ。」
「……はーい?」
「何で疑問形なんだ。……よしよし。」
セツナは誤魔化して父親に頭を擦り付ける。その可愛さにやられたマスターは頭を撫でてあげる。マスターは自分の弱点は娘の可愛さアピールだと自覚しながらも抗えなかった。
魔術師貴族の作った学校が見えてきた。校門前に降下していくと、モーラが両手をぶんぶんと振りながらセツナへおはようの挨拶を叫んでいた。
…………
「みなさんおはようございます!」
「「「おはようございます!」」」
同日10時。某県某市の市民ホール前の広場ではコスプレした人々と、その運営と協賛のメンバーが揃っていた。そう。今日は土日恒例のコスプレ広場の日なのだ。
運営の1人がマイクを持って参加者たちに語りかける。
「本日はご参加頂きありがとうございます。この会は皆様と運営、そして街の商店の皆様のおかげで成り立っております。まずは協賛の皆様のご挨拶です。」
「えー、私は西区のモヨリ工務店の店主です。特技は16連射です。皆様にお願いがあります。ウチでコスプレの武器制作も取り扱っていますが、中には危険行為に及ぶものが居るとお聞きしました。大変悲しいです。ルールを守って楽しく過ごしましょう。」
パチパチパチパチパチ……!
30代と思わしき女性が注意を促すと、拍手にて了承される。
無駄に迷惑を掛けるような頭の持ち主というのは、どのジャンルにも居るものだ。こうして訴えていくしかないのが歯がゆい所。
「はい、駅前商店街で平和うどんと言ううどん屋をやってます。私の店では特殊部隊にちなんだメニューを――」
パチパチパチパチパチ……!
20代と思われるお姉さんが自分の店の紹介をして歓迎される。
「コバヤシ電気ではロボットとAIの研究をしてまして、本日はこの完成したロボットの雄姿を――」
「ニンゲン、ゴキゲンヨウ。」
パチパチパチパチパチ……!
動いて喋るロボットに感激した参加者が激しく拍手を送る。
関係者の挨拶が次から次へと行われ、大抵は拍手で迎えられる。
「はい、あのー。最近引っ越してきた幽霊です。今日は楽しみです!」
ざわざわざわざわ……。
最後の幽霊だけは流石に運営も参加者も驚いたが、そういうのも有りかと受け入れられた。心が広いイベントである。
「お待たせしました!これよりコスプレ広場を開催します!
どうぞ、心ゆくまでお楽しみ下さい!」
「「「わあああああああああッ!!」」」
長い挨拶が終わり、開始宣言がされると参加者たちは歓声をあげた。
…………
「掛かったな!G・ハンマー!」
特別訓練学校の訓練棟、屋内訓練場オヤシキにてソウイチが叫ぶ。
彼の手から放たれた拳大の鉄球が人工モンスターの身体を捉える。
そのまま鉄球は何度も相手の身体を打ち付けてダウンさせる。
鉄球には重力操作のチカラが込められており、そのベクトルを操ることで自在に動かせるようになっていた。
彼はここ数年の訓練で、範囲攻撃だけでなく中距離用の技も会得していたのだ。ただし、気力の消耗は激しい。
「さあ次!ってあれ?」
「「みんな逃げていくよー。」」
「またなの?今日の敵は妙に統率が取れてるわね。あ、こら!待ちなさい、追いかけるな!」
「え、何でだ?逃げられちまうぜ?」
ソウイチが何も考えずに追跡しようとするのでミサキが止める。
「多分その先に罠でもあるんでしょう。深追いはダメよ。」
「OK、みんな停止だ。別ルートから探っていこうぜ。」
「「駆け出したのはソウ兄さんだけだよ?」」
「……ともかく装備のチェックだ。良いな!」
バツが悪そうにソウイチは鉄球を手元に戻して腰のホルダーに入れる。
代わりにペットボトルを取り出して水を飲むと落ち着いてきた。
「まったく何処まで強くなるんだ、ここのモンスターは。」
「新人が逃げるのも頷けるわね。私達1期生ですら苦戦するのに。」
「「わ!兄さん姉さん、後ろから敵が来てるよ!」」
「迎撃準備!敵の数……は?」
確認しようと目を向けた時、目にも留まらぬ速度で緑の何かが突撃してきた。一気に距離を詰められて格闘戦に入る。
「重力スーツ!何だこの速さは!!」
「防御陣形!くっ人形で捌ききれない!」
「「うわわ、うわわ!」」
緑の何かの招待は3匹のウサギだった。数は負けてないが高速でやたらめったらに突撃を繰り返している。
「この、まるでユウヤみたいな真似しやがって!」
ソウイチが愚痴りながら重力波で抑え込もうとする。が、それすらも驚異的な速度で避けてしまう。
(マズイわね。本気を出せばともかく、このままだとやられる!)
「アイカ、加減して頼むわ!エイカは防御の方で!」
「「はいはーい!」」
タクトと手鏡にいつも以上にチカラを込めると、激しかったウサギの攻撃が嘘のように効かなくなる。
その直後、ウサギ達の身体が嘘のように木っ端微塵に弾け飛んだ。
「ソウ兄さん、すごーい!重力をお腹の中から発生させたんだね!」
「え?お、おう。オレにかかればこんなもんよ!」
「まったく、出来るなら最初からやりなさいよね。」
などと話を合わせているが、やったのはアイカである。隠していた並列攻撃という防御不可能の攻撃で爆散させたのだ。
理屈としては敵の身体に直接、平行世界からの攻撃を大量に重ねがけしたのだ。
パラレルワールドは無限に存在する。なので双子達ならチカラが続く限り、いくらでも重ねられる。
(これで誤魔化せた……のかしら?)
「やはりな。あの双子のチカラはとても素晴らしい!」
「あの若さであのチカラ。今後の世界に必要な人材ですね。」
モニター室ではバッチリバレていて、ミキモト教授とサワダは感心している。
「これなら今日の作戦でも戦果を期待できるでしょう。」
「うむ。上位の生体兵器でさえあの有様じゃしの。」
「あとはユウヤ君達の方ですが、上手くいくと良いですね。」
「その前にこの街じゃな。そろそろ時間じゃろう。」
2人は念願が叶う手前まで来て、狂気に満ちた笑みを浮かべていた。
…………
「職員さん、今日もお願いします。」
「シズクちゃん、今日もかい?せめて朝は学校に顔出そうよ。」
9時頃、浄水場へ辿り着いたシズクは顔見知りの職員に挨拶する。
「これでも平均点は取ってますので大丈夫ですよ。」
「学校にはバレないようにしてくれな?こっちに話が来たら庇えないからさ。それはオレとしても心苦しいわけで。」
「その時はそうして下さい。職員さんの生活を壊すつもりは無いです。」
「そう願いたいね。じゃあ今日も水槽には近づかないようにね。」
「はい!」
最後だけ良い返事をして施設内に入っていくシズク。
やれやれと頭を掻きながら見送る職員さん。彼もまた魔王の被害者遺族が家族に居るので、気持ちを理解してくれるのだ。
シズクは事務所の横をすり抜けて、幾つかの機械室の横の階段を登って水槽の上に出る。その傍らにある水質管理室の外に付けられた鉄の階段を登って屋上へ上がる。
彼女はそこから見える幾つもの水槽の光やせせらぎに心を寄せていた。
生憎と曇り気味だし、1番近い浄水池には当然侵入できないように密閉されている。
それでもその前段階の水槽達を眺めて、雑音だらけ・苦痛まみれの日常から心を守り落ち着かせていく。
「ふぅ、いい風ね。それに水がとても綺麗。」
もう1時間半以上はこうしていただろうか。
「でも、やっぱり違うのよね。もうあの約束が果たされる事はないの。」
同人版スカースカをパラパラとめくり、魔王特集を流し見する。
「カタキが魔王だなんて、復讐も難しいし……この気持ち、一体どうしたら良いんだろう。」
シズクはため息をついて風と光と音に身を委ねる。そのまま暫く心を休めていると、不意にその調和を乱す音が聞こえてきた。
カタタン!カタタタタタタン!カタタタタ……
「ん?なにこのミシンみたいな音。」
突然の連続する音を訝しがるシズク。ここに居ても何も判らないが、かといって下に降りて他の職員さんに見つかるのは避けたい所。
ミキとの待ち合わせまではまだ時間があるし、とりあえずはその場で様子見をすることにした。
その少し前、この建物の入口を入ってすぐにある事務所。そこに2人の黒服と、部下と思わしき武装した自衛隊員6名が訪ねて来た。
「お邪魔するよ。責任者は何処かね?」
「なんだ君達は!?ここは関係者以外立入禁止だぞ!」
「関係者ですよ。政府からの許可は得ています。」
黒服その1が書類を差し出すと、責任者は困惑する。
「なん、接収だと!?どういう事だ?ここを止めたらこの街は――」
「別に止めるつもりはありませんよ。ただ我々では知識がありませんので、協力していただけますか?」
「出来るわけ無いだろう。ここは街の命を預かる施設なんだ!」
「何を言ってる、政府がこうしろって言ってんだ。従わないなら!」
黒服その2が手を挙げると自衛隊員がサプレッサー付きのライフルを構える。どうやらその2の方はやや乱暴な性格らしい。
「「「ひいっ!」」」
「お前達、何をしているか解っているのか!?政府は何を考えて――」
「これ以上は時間の無駄ですね。でも1人だけ残して下さい。」
「おうよ!1人だけ残して~~ぶっとべー!」
黒服その2が掲げた手を職員達にむける。すると躊躇すること無く弾は放たれた。
カタタン!カタタタタタタン!カタタタタタ!
「ゴフッ……これが政府の、自衛隊のやること……か?」
「「「…………」」」
責任者は血を吐いて崩れ落ち、他の職員も大げさな悲鳴を放つ事も無く意識と命を刈り取られていた。
「う、うう。これは何の冗談だ……」
その中で1人だけ職員がガタガタ震えながら生き残っていた。
「おー、ちゃんと1人残してあるな。偉いぞ、お前達。」
「ほーう、凄いな。最悪全滅も見てたけど、ちゃんと指示通りに動いてくれてるね。信頼できる兵器は素晴らしい。」
黒服その2はぺちぺちと自衛隊員を触り、その1も感心している。
その自衛隊員達は既にクスリ漬けにされてニンゲンとしての意識は奪われ、生体兵器となっていた。
「お前ら、どうしてこんな……」
「それはともかく、案内を頼めますかね?街に送る直前の水槽はどこですか?」
「く、くそ……わかった、付いてこい。」
「そうそう、素直が一番ですよ。」
黒服その1が満足そうに応える。街に送る直前の水槽、配水池は実はここから少し離れた所にある。だがそんな事を教えてやる筋合いもないので黙っている職員さん。
「お前達はこの周りを見張ってろ。他の職員が居たら殺しとけな。」
笑顔の黒服その1の後ろで、生体兵器と化した自衛隊に指示を出す黒服その2。
(上にはシズクちゃんが居る!なんとか逃さないと!!)
少しだけ命を繋いだ男は、シズクと顔見知りの職員さんだった。
…………
「ねーねー、ミキは午後はどうするの?」
「ちょっと部活に顔だして、買い物かなー。」
街の南東に位置する公立高校。2時限目が終わった休憩時間。
その2年生の教室でカギハラ・ミキは同じクラスのタカコに声を掛けられた。彼女は入学早々ミキのファッションや美容への力の入れように興味を持って、よく意見交換する仲になっていた。
「買い物だったら私も良いかなー。気になる店があってさー。」
「もしかして天使の日関連?」
男子の前で下着話は出来ないので、ミキは少し濁して聞いてみる。
するとタカコは表情を明るくして同意してきた。
「そうそう!さすがミキ、解ってるじゃん。」
「高2女子としては、セールと聞いたら飛びついちゃうよね!」
「それで何時頃にする?私としてはランチも一緒で良いかなって。」
「化学部でのランチはオススメ出来ないなー。14時にシズクちゃんと待ち合わせしてるから、それに合わせて貰っても良い?」
「シズクって、あの子かー。ミキのお陰もあって可愛いんだけど、全然話したこと無いのよねぇ。気がつくと居ないし。」
「最近は拍車が掛かってるしねぇ。なんとか昔みたいに明るくなって欲しいんだけども。」
「明るいシズクって想像出来ないんだけど……まあ良い機会かも。ぜひご一緒させて。」
「ほいほーい、シズクちゃんには伝えておくよー。」
手をひらひらさせて席に戻るクラスメート。ミキはスマホを取り出しててきぱきと連絡アプリで送信……しようとして思い直してコールする。次の授業まではもう少しある。手短に伝えれば大丈夫だろう。
(文字だけで言われても困惑するだろうしね。シズクちゃん、人見知りする所があるからなぁ。)
「もしもーし……おや?切れちゃった。」
コール音が途切れたので声を掛けるが、ブツっと切れてしまった。
「むー、ご機嫌悪いのかな。一応アプリで伝えておこう。」
メッセージの送信が終わると、3時限目の教師が教室に入って来た。
…………
「こういう所は臭いも音も酷いものだと思っていましたが、案外気にならないものだ。」
「ふん、日本の技術を舐めてもらっちゃ困る。なのに何だって政府がこんな事を……」
「無駄口叩いてないでさっさと進め!」
「うぐぐ……」
1人生き残った職員さんは若干の遠回りをしつつ、水槽へ案内する。
今すぐ逃げたいくらいだが、黒服その2に拳銃を突きつけられておりそれも叶わない。
事務所を襲った黒服達は、市内に送る直前の水槽をご所望だった。
配水池の事は伏せておいて、浄水池の前に到着すると職員さんは足を止めた。
「ここだ。どうするつもりなんだ?言っておくが中には入れないからな!」
(シズクちゃんはまだ上か?危険を知らせて、逃がさないと!)
「私どもも詳しくは聞いてませんが、コレとコレを水槽へ入れる。それが今回の任務でしてね。どこかにメンテナンス用の入り口とかないんですか?」
黒服その1が2つの瓶を取り出して見せる。ちょっと色合いが違うが、両方とも濃い色の液体が入った瓶だった。
「待ってくれ!この施設は街の水源なんだぞ!」
職員さんはわざと大きな声で黒服達を止めようとする。もちろんそれで止まる相手ではないが、屋上に居るであろうシズクには聞こえているだろう。
「そんな得体の知れないものを、投入させる訳にはいかない!」
(何かしら?職員さんの揉め事?)
大声に反応してか、屋上からぴょこんとシズクが顔を出す。
職員さんは内心で上手く行ったと思いながら、歯を食いしばって次の行動を起こす勇気を振り絞る。
異常は察知させた。あとはそれを知らせて逃げてもらうだけだ。
「これは政府からの指示なのです。どうかご理解とご協力を。」
何かの運営会社のテンプレのようなセリフを言いながら、黒服は注射器を取り出して瓶から液体を吸い上げる。
「駄目だ駄目だ!ここは街の心臓みたいなものなんだ!」
嫌な予感のした職員さんは、両手をブンブンと振り回し、その動作の中にシズクに対して逃げろ!というジェスチャーを混ぜておく。
「オレの目が黒い内はそんな事は――」
パァァン!
「ぎゃーぎゃーウルサイんだよ。お前。」
黒服その2が職員さんの頭を撃ち抜いていた。威力のある銃のせいで損壊が激しい。
「これで黒くは無くなりましたね。だけどこの損壊では……」
「おっと済まねえ、面倒だが下の兵器の1人でも連れてくるか。」
などと相談している黒服達。その上ではシズクが震えながら後ずさる。
「な、何なのあの人達。人を、職員さんをころして――」
シズクは恐怖に震える。だが職員さんの最後の行動を思い出す。
(あの手振り、私を逃がそうと!?うう……なんとか移動を!)
ここに登る時に使った階段は黒服の横に繋がってるし、鉄製なのでほぼ音を鳴らしてしまう。なんとか掻い潜って外に出なければ……と頭を働かせていると、それらを終わりにする音が聞こえてきた、
~~~~♪~~~~♪
「あっ!!ミキから!?い、今は切らないと!」
「何だ?誰かそこにいるのか!?」
「ひっ!!」
慌てて着信を切るシズクだったが、既に黒服達に気づかれてしまった。
20分後、施設から黒服と自衛隊員が出てくる。
「なんであんな所に小娘が紛れていたんだろうな。」
「おかげで任務は無事に完了したし、帰還しますよ。」
「ああ。その前にこいつらを……お前とお前は引き続きこの施設を守れ。そっちの2人は街で水を使わせろ。後の2人は俺達の護衛だ。」
ババッっと敬礼してみせる生体兵器と化した自衛隊員達。
黒服達は車に乗り込み撤収する。2人の生体兵器は徒歩で街に向かう。
この施設に残ったのは死体とクスリ漬けのバケモノ達だけであった。
…………
「お疲れ様じゃ。諸々を済ませて1時間後にロジウラへ集合じゃな。」
「「「!!」」」
「はぁはぁ、マジかよ!ハード過ぎないか!?オーバーワークは為にならないぜ!?」
12時。訓練棟ロビーでミキモト教授から非情な指示が飛ぶ。
ようやく実戦訓練が終わったと思ったら午後も同じく戦闘の訓練らしい。さすがの体力バカなソウイチでも抗議する。
チームリーダーとして、女達をこれ以上消耗させる訳には行かない。
「安心せい、クスリで心身ともに回復できるじゃろう。分かったらさっさと医務室でバイタルチェックじゃ。」
「くっ……せめてアイカ達は休ませてくれよ。今日の敵はバカみたいに強いし消耗している。」
「そんな事では魔王を倒せんぞ。装備もクスリもあるのじゃ。やれるだけやってこその訓練じゃろう?」
ミキモト教授は言うだけ言ってさっさと昼飯に行ってしまう。
「くっ、これだから昭和初期は!!」
「……まずは早く移動しましょう。今の私達にはクスリが必要よ。」
「「…………」」
「みんな済まない、とりあえず医務室へ行こう。」
疲れ切った双子を片手で1人ずつ抱きかかえて転移装置へ向かう。
ミサキはススっとソウイチに近づいて声を掛ける。
「でも、抗議してくれて嬉しかったわよ。ありがとう。」
「当然の事だ。リーダーだしな。」
「そうね。昔より頼りになると思うわ。姉の指導のおかげね。」
「同い年だろうが。オレの誕生日はちょっと遅いけどよ。」
「今年は、ちゃんと祝いましょう。」
「そうだな。お前の分も一緒にな。」
「……ソウイチがそれでいいなら。」
「「ひゅーひゅー、だね。」」
「「起きてたの!?」」
ミサキは既に20歳になってるが、ソウイチはもう少し後である。
再編してから2年間、多忙で祝い事すら出来ていなかった。
相変わらず付き合うフリをしている2人だったが、良い信頼関係は
結べている。事情を知るメグミですら、定期的に否定しないと既に
付き合ってると思われる。フリとは一体なんだったのか。
医務室でクスリを使った後は、軽くシャワーで身を清める。食堂に移動して無理やりレーションを胃に収める頃には、クスリが全身を回ってみるみるチカラが湧いてきた一同。
「2人とも大丈夫?」
「「元気になったよー!」」
「本当に回復するから、ここのクスリって凄いよな。」
「本家ナカジョウ版はそんな優しい物では無いのだけどね。」
「「そうなの!?」」
「せっかく元気になったのにそんな話は聞きたくなかったぜ。」
「あら、ごめんあそばせ。姉妹品だし乱用に注意って言いたかったの。」
「そういう事かよ。なら一層、気をつけて戦わないとな。」
「「はーい。」」
無理矢理ではあるが元気が出たソウイチチーム。クスリではなく仲間を頼りにする姿勢で、午後の訓練に臨むのであった。
…………
「残暑が落ち着き始めたせいで気温の上下が激しい。体調管理には気をつけるようにな。以上だ。」
「起立、礼、着席ィッ!!」
HRが終わってお昼になった。ミキは荷物を纏めてスマホをチェック。
珍しくシズクからの返信どころか読まれてもいない。不思議に思ってコールしてみるが繋がらない。
(うーん、バッテリー切れかな?シズクちゃんなら待ち合わせには来ると思うけど。とりあえず部室に顔を出しておきますか。)
現状、特に手立てもないので自分の予定をこなそうと結論するミキ。
教室の皆は友人と7不思議について喋る者、部活に熱意を燃やす者。
さっさと帰った者など様々だ。
「ミキ~、じゃあ後でねー。」
「ほいほーい。繁華街のバス停でー。」
一緒に買い物に行く予定のタカコと別れ、ミキは廊下へ出る。
(うわ、もう準備始めてる。ごはん食べないのかな。)
部室である化学実験室に向かう途中、校庭では運動部の1年生が整備を始めていた。彼らはいつも日が暮れるまで練習に明け暮れている。昼ご飯くらい食べないと持たないだろうに、元気なことである。
その元気さは本気なのか強制なのかは解らないが、特に気にするでもなく歩みを進めるミキ。
「こんにちはー。」
「やあやあミキちゃん、こんにちは。」
化学部の部室、化学実験室に入りながら挨拶する。すると白衣を着てフラスコの中の怪しげな液体をぐつぐつ煮込んでいる先輩が返事をする。
「部長、見せたい物ってなんです?」
「ちょうど今煮込んでいるコレさ。自家製究極美容液。」
「美容液って煮込むものでしたっけ?」
「そこはチャレンジ精神かな。見たまえ、この美しさを!」
部長は白衣をはためかせて大げさにポーズを取る。
暗い緑色の煮込み汁も部長の目もお世辞にも綺麗とは言えない。
「濁ってますねー。美容液も部長の目も。寝たほうが良いのでは?」
「そっちではなくこの人体模型のモケー君だ。」
「部分的に綺麗になってますね。」
「実は製造過程毎に彼を磨いてね。なかなかイケてるだろう?」
「それはもう石鹸なんじゃ。」
「よし、では煮込みバージョンを試してみよう。」
部長は謎の煮込み汁をビーカーに移し、雑巾と合わせてモケー君に迫る。美容液の実験なのに雑巾で磨くのかーと内心思いながらもミキは見守る。
「ふふふ、モケー君。今君を更に磨き上げ、おっとっと。」
ばしゃー!
寝不足のせいか足がもつれた部長は転んでしまい、持っていた煮込み汁を全部モケー君に掛けてしまった。
「大丈夫ですか、部長!?火傷とかないですか!?」
「すまない、やっぱり寝ないとダメだね。っておお?モケー君が!」
部長の声に合わせてモケー君を見ると全身ピッカピカになっていた。
「わー、不自然なくらい綺麗になってます!まるで新品以上です!」
「実験は成功ね!早速量産して美容革命を起こしましょう!」
「これで部員の確保も見込めますね!」
部長は興奮して今後の展開に意欲的だ。実はミキが化学部に入ったのも、この部長の美容云々に惹かれたためである。
入ってからは正直怪しい実験ばかりで困惑していたが、他にやりたい部活もないので在籍していた。
いや実は料理部だけはちょっと気になっていたが、食べるのに必死になってダイエットが大変そう……という理由で却下している。
「でも部長、その前に買い物に行きましょう。」
「へ?なんで?」
「美容液の研究もいいですが、部長は見た目に無頓着過ぎです。」
ずっこけた部長を支えて立ち上がらせたミキだったが、近くで観察してみて買い物を提案する。化粧も全然してないし白衣の下は薄いTシャツだ。そこから透けてるブラは可愛らしさの欠片もない。
「成果を出したのは正直感動してますが、もう少し綺麗にしないと美容液の宣伝も難しいですよ!?」
「確かに説得力が無いかもな。ではミキに手伝って貰っても良いか?」
「お任せ下さい。今日友達と下着を見に行きますので、一緒に行きましょう。」
「ああ、頼んだぞ!」
2人は化学実験室を出て街に出向く。残された人体模型は暗い部室で1人静かに輝いていた。その中身は脈動しているように見え、生きていると言われても不思議でない程だった。
…………
「一網打尽よ!パトーーーック!」
ゴゴゴゴゴゴゴ……ズバシャーーーッ!
「「「な、なんだ!?うわあああああああ!!」」」
「「「…………」」」
13時。宮城県宮戸島の東海岸沿い。そこの3階建ての建物に向けて、ヨクミの強力な水魔法の呪文が響く。直後に建物内部にイカれたレベルの水が発生して中身を押し流す。
建物の窓や出入り口からドバドバと勢いよく流れ出る水流に、包囲していた警察とサイトメンバーはドン引きだ。
「「「ガボガボガボガボ……」」」
「「「シャアアアアアア!?」」」
逃げ場のない建物内に発生した激流の所為で、テロリスト達と使役されている人工モンスター達が包囲網の目の前に流されてきた。
包囲網はドン引き絶賛継続中だ。
「総員!確保だ!ただしモンスターは弱らせてから捕まえろ!」
「「「了解!」」」
ユウヤの掛け声で我に返る包囲網一同。耐性のあるメグミやモリトはいち早く動き出していた。
ダララ!ダラララ!
パンッ!パンッ!
「次、更に次ッ!」
「今よ、回収班はどんどん確保してー!」
アサルトライフルでモンスターを打ち抜き、拳銃でテロリストの腕や足を撃ち抜く。無力化した相手は回収作業班が確保していく。
「ユウヤ、あそこの男、海に逃げようとしてるわ!」
「任せろおぉぉ……!」
ユウヤの魔眼と呼んで良いレベルのその眼から、チカラが放たれて視界全体の時間が遅延する。その中でまともに動けるユウヤは逃げる男に数秒で追いつき、足払いを掛けて倒れた相手の腹に拳を叩き込む。昏倒している間に足を掴んで戻ってくるユウヤ。
「ゲホゲホっ!離せー、くそっこんな小僧どもにぃぃい!」
「確保した、拘束を頼む。」
「ははは、相変わらず仕事が早いね、物理的に。」
モリトがにこやかに手錠を掛けていく。
「そうだメグミ、いっそこのまま聞いてみたらどうよ?」
「ここで?調書とか取るなら移動してからで良いんじゃない?」
ヨクミが提案するが、メグミは渋っている。こんな開けた場所で大勢が見ている中、あのオーラを出したくない女心である。
「早く終わらせればお土産を買う時間もあるかも知れないよ。」
荷物からレコーダーを取り出しながらモリトが言う。
「うぐぐ、ひさびさのデートか……」
「メグミ、オレはお前と店を周りたいな。」
「「!!」」
メグミがハッとしてチカラを使う決意をする。何故かユウヤも驚いてるが、今のセリフはヨクミのなんちゃって腹話術だった。
「私、がんばるよ!一瞬で終わらせるね!」
「お、おい!無茶はするなよ!?」
「な、何をするつもりだお前ら!?」
メグミはハンカチを取り出すと、顔を拭って化粧を少し落とす。逃げそびれたテロリストはただならぬ何かを感じて怯えだす。
途端に赤黒いオーラが解き放たれて周囲を包む。
「さぁ、洗いざらい吐いて貰おうかしら。でなければ死ぬよりひどい目に会うと思いなさい!」
「「「ひえええええええ!?」」」
このメグミの迫力に犯人達だけでなく、包囲網の警官達まで恐怖に
飲み込まれていった。
…………
「おかしいなー。シズクちゃん、どうしちゃったんだろう。」
「あの子、ミキには心開いてたのにね。」
「2人とも、あれちょっとヤバくないかい?」
14時。ミキと級友のタカコと部長が繁華街のバス停に着くが、そこにシズクは居なかった。なんでー?と首をかしげるミキ達だったが、そこから北側でもくもくと煙が上がってるのが見えて部長が指摘する。
「うわっ火事!?消防車と救急車も来てる!」
「野次馬も凄いねぇ。みんな写真撮ってる場合かなぁ。」
「「……失礼しました。」」
ミキとクラスメートのタカコはスマホを下ろして誰かに謝る。
「これ危ないからさ、もう帰ろうよ。オシャレは惜しいけど、また後日にしようよ。」
「賛成です!いのちだいじに、だよね。」
部長の言葉にタカコが賛同する。ミキもそれは大賛成だが、少し気になることがあった。
(南北に伸びる大通りで事故?一応調べたほうが良いかしら。)
北の浄水場に居たはずの友人が連絡が取れないのだ。時間的にはズレがあるが、一度気になりだすと止まらない。
「うん、2人は駅に行って下さい。私はシズクちゃんを探してから帰りますので!」
「え?ちょっと危ないわよ!?」
「こらー!戻りなさいー!部長命令よー!」
「大丈夫ー!確認するだけだからー!また月曜にー!」
走って人混みに向かうミキを止めようとするが、振り切られてしまった2人。
「あちゃー、見失っちゃった。」
「ひとまず駅に向かいましょう。スマホで連絡は取れるでしょうからこまめに連絡してみよう。」
仕方ないので2人はバス停に戻る。街のど真ん中付近での火事なので市営バスはダイヤが乱れているが、市長の素早い判断で避難の為のバスが出ていたのでそれに乗って駅へと向かっていった。
見るとコスプレしている人もちらほらと見え、やや西の市民ホールから移動する人も乗っているようだった。
「すみません!一体何が有ったのですか?」
ミキは建物への放水を見ていたおじさんに声を掛ける。
まずは情報収集だ。
「嬢ちゃん危ないぞ。何でもバスが商店に突っ込んだみたいでな。急にパンクしてハンドルが利かなくなったんじゃないかって。」
「それって北からのバスですか?」
「向き的にそうじゃないか?ほら、行き先表示に駅方面行きって表示されてる。よりによって飯屋に突っ込んでガス爆発だってよ。」
「乗客の中にケガ人は!?女子高生とか居ませんでした?」
「それは居なかったと思うよ。北からは買い物のおばちゃんくらいだろう。高校は駅近くにしか無いし、君だってそっちから来たんだろう?」
「そ、そうですよね!」
内心少しホッとしながら、ミキは新たな疑問が湧いてきていた。
(じゃあシズクちゃんは何処にいるの?)
スマホをイジるが、通話もアプリにも連絡はない。ついでに先ほど別れた2人に、そろそろ帰ると連絡しておく。
「ううう、うぐぐ……」
「おい、生存者だ!火傷が酷いぞ、タンカ急げ!」
放水されている建物から怪我をした男がふらふらと出てきた。火傷というか……若干中身が見えている。
「ううう、うがあああああ!!」
「うわあああ!よせ、やめろ!ぎゃあああ!!」
生存者の彼はおもむろに消防隊員に体当たりをして馬乗りになる。
そのまま彼の首筋に噛み付こうとする。隊員はとっさに右腕で防ぐが消防服ごと腕が食いちぎられる。
すぐに他の隊員が引き剥がしにかかって――
「なに、あれ?まるでゾ……映画みたいな……」
それを現実と受け止められないミキはまじまじと見入ってしまう。
「嬢ちゃん見るな!早く行くんだ、走れ!」
「は、はい!ありがとうおじさん!」
さっきのおじさんが身を挺して視界を切り、ミキは感謝の言葉を残して走り去った。
一方駅に向かっていた2人は、ミキからもう帰るという知らせを受けてほっとしていた。
「ガス爆発だったって。怖いねぇ。」
「先輩って全然怖そうに見えないですよね。」
「私は華がないから。」
「そういう問題ですかね。お、もう駅前商店街ですね。」
歓楽街や安全公園などの案内板を通過して、駅前商店街のバス停が見えてくる。ここから東側が高校で、西側には大きな病院が在るのだ。
「降りまーす、降りますよー!」
「お父さん、このボタンだよ!もう!恥ずかしいなぁ。」
「「「クスクス。」」」
「恥かきついでだ、この商店街でうどん屋をやってます!御用の際には、ぜひ”平和うどん”にお立ち寄り下さい!」
「し、失礼しました。もう行きますので……」
50過ぎのおじさんを20歳くらいのお姉さんが促して降りていく。
彼らが持つ大きめの重箱のようなものはうどんの保管用だろうか。
そのうどん屋親子は残った乗客たちにほっこりした気持ちを残していった。
「絶対いい人だよね。あの人達。」
「だねぇ。来週あたり寄ってみようかな。」
「私も気になります!センパイお昼に一緒にどうですか?」
「私は究極美容液の量産があるから、夕飯のつもりなんだ。」
「究極美容!?なるほど、だからミキが……入部します!」
「おお!?歓迎しよう。これで美容液の量産に1歩近づくよ。」
そうこうしている間に駅前のバス停に辿り着く。2人はバスを降りて定期入れを確認しつつ改札へ向かう。
ドォォオオオン!ジリリリリ……ブシャアアアア!
「「「うわああああああ!!」」」
「「「きゃああああああ!!」」」
突如爆発音が響き、警報が鳴る。どこからか水音が聞こえて客たちの悲鳴があとに続く。既に駅構内はパニックだ。
お客さん達はこれらを正しく認識できたものは少ない。
とにかく大きな音がしてマズイ事が起きて、逃げ惑う。それだけだ。
その中で武装した自衛隊員の2人が悠々と歩いている。
彼らは街の中で騒ぎを起こしながら北から南へ移動してきた。
市営バスのタイヤを撃ち抜いたのも彼らの仕事の1つである。
駅では構内で爆発物を使い、火災を起こした上に水道管を破壊した。
「自衛隊!?頼む、助けてくれ!」
「爆発が、火がああああ!!」
その出で立ちを確認した人が助けを求めて近寄ってくる。
カタタタタタタ!カタタタタタタ!
「なん……で……?」
撃ち抜かれた一般人は信じられないといった表情で崩れ落ちる。
「「…………」」
カタタタタタタ!カタタタタタタ!
「「「うわあああああああ!!」」」
物言わぬ生体兵器となった自衛隊員は、自身の邪魔をする者達をライフルで排除する。さらなるパニックを起こした構内。たった数分で駅は地獄と化した。
…………
「ふわー、もうこんな時間ー?そろそろ準備しないと……」
15時過ぎ。目覚めたショウコはベッドでもぞもぞしていた。
本日は準夜勤の彼女はとても気怠げだ。それでも下着姿のままゾンビの様な動きで冷蔵庫にたどり着く。
「うーん、水はまだ有ったか。ゴクゴクゴク、ふぃー。お風呂は……寝る前に入ったから良いか。お、書き置きだ。」
冷蔵庫の中には、母が朝作った料理が入っており、「食べてね。」と
メモ書きが添えられていた。
「朝ごはん確保~っと。レンジに入れて……先に顔洗おう。」
洗面所に向かって蛇口をヒネると、水の色がかすかに濁っている。
「うぇ!?なによこれ。ウェットティッシュでなんとかしよう。」
顔を拭いたらレンジからごはんを取り出してテレビを付ける。
録画した朝ドラを流しながらもふもふと食事を始めるショウコ。
「うん?会長さんから着信が来てる。」
ついでにスマホをチェックすると不在着信が何件かあった。
相手は幻想生物変身教の会長のナカジマ・ゲンゾウだ。
「もしもしー。会長さんどうしました?」
「どうもこうも無い!連絡が取れないから心配したぞ!」
「え?会長さんってそんなに私を気にかけてましたっけ?」
「なんでそんなに呑気なんじゃ!ニュース……は規制されてるか。とにかく迎えをやるから街を離れるんじゃ!」
「突発イベントですか?すみませんけど、これから仕事なんで。」
「仕事!?そうか、さては寝ぼけておるな?」
「そりゃーもう、さっき起きたばかりだし。あー、寝起き姿を想像しました?ダメですよ。私は年の差を気にする方で――」
「何を言っておるか!良いか、外に出るなよ!あと街の水は絶対に――」
「水?そう言えば濁ってましたね。あれは使いたくないですねー。とりあえず仕事なんでイベントはキャンセルしまーす。」
プチ。通話を切るともう一度最初からドラマを流して食事を摂る。
歯磨きして身支度を済ませると、ショウコはさっさと家を出る。
その間もスマホが煩かったのでマナーモードにしておいた。
家を出るとパトカーのサイレンが結構な頻度で聞こえてくる。
「残暑も終わりかけだと言うのに、みんな元気なもんだなぁ。」
ショウコとしてはようやくホッと出来る季節になったと思う次第であるが、世の中の犯罪者達は暑さが抜けて元気になったようだと勝手に思っていた。
そのまま住宅地を10分ほど歩いていくと、職場である病院が見えてきた。
4年前に実家ごと引っ越して来て、職場も変わったショウコの生活。
昔のねっとりゴタゴタ錬成された空気の病院と違って、かなりまともな職場である。さすがにそれがゲンゾウの仕業だとショウコも気がついていたが、下手に足を踏み入れたくないのでその辺は黙っている。
自分はあまりモテる方では無いが、それでも生活基盤を盾に愛人関係など要求されても困るという自衛心からだ。なのでさっきの通話もそっけなく対応していた。
(いきなり迎えを寄越すから待ってろとかないわー。そろそろ本性を現してきたのかしら。私相手じゃそんな気なんて起きないだろうに。)
「うん?救急車の出入りが多いなぁ。これは大忙しの予感ね。」
そんな独り言を言いながら更衣室に入って着替えるショウコ。
「おはようございます。今日は忙しそうですね。」
「おはよう、ショウコさん。なんか街全体が忙しいみたいよ。」
「へー。なんかのイベントですか?」
「うん?ショウコさんは、まだおねむなのかしら?」
「へ?よくわからないです。」
「やっぱり変わってるわね。さ、早く行きましょう。」
更衣室で同僚と雑談するも、噛み合わない2人。ショウコはまたやっちゃったかなーと思いながらも着替えていく。
どうにも会話中に齟齬が生まれる事が多く、それの確認に時間をとるのがお互いに面倒になってしまう。そしてよく解らないまま気まずい空気になってしまうのだ。
だがそんな悪い癖はすぐ直せないから悪い癖なのだ。結局今日もよくわからないままタイムカードを入れる。時間は16時18分だ。病院によっては印鑑の所もあるようだがここはタイムカードだった。
(うーん、やっぱり私にゃ普通ってのは難しいなぁ。)
などと思いながら仕事を始めるショウコだった。
…………
「まったくあの娘は妙な所で勘違いしおって……」
「ゲンゾウ殿、乗り込んできたと思ったら女性と電話ですか?」
「何でも無いわい!それより自衛隊の派遣はどうなっておる!?」
15時半。防衛省のお偉いさんの下へゲンゾウは訪れていた。
金髪性悪女が意味深な発言をしに来たのと、彼自身の末端組織からの情報により、ミキモト教授が暴走としか思えない作戦を始めたとの連絡を受けての行動だ。
あの街には自分が手配したショウコとその家族も居る。こんな事が起こると判っていれば、ショウコの移籍も特殊部隊への資金提供もしていなかった。
「いくらゲンゾウ殿でもこればかりは……」
「ワシの金じゃろうが!今すぐ全額引き上げられたいか!!」
「う……むぅ。派遣は20時の予定です。」
「それではあの街どころかその周辺が滅んでしまうぞ!?今すぐ自衛隊を派遣して街の封鎖、断水をせねば――」
「ゲンゾウ殿。これも現代の魔王を倒す為なのです。」
「国民に犠牲を強いるなら貴様らが今すぐそうすれば良い!何なら今、ワシが手伝ってくれようか!!」
「お、落ち着いて下さい。どの道、今からでは派遣は夜になります。そうだ、酒でもどうです?」
「飲んどる場合かー!!答えろ処刑マニアめ!!」
あんまりな作戦とそれを了承した政府関係者。憤りが高まり攻撃的な発言をしてしまうゲンゾウ。
不穏な怒鳴り声を聞きつけて、周りの自衛官達が銃を構えてくる。
「貴方がここで騒いでも、もう止まりません。ご自身の立場を悪くされるだけですよ?」
「貴様は、あの司令の孫じゃったな。ワシの事は聞いておらんか?」
「む!?反抗する気なら、いくら貴方でも拘束するぞ!!」
脅しの雰囲気を感じ取ったお偉いさんが脅し返す。
が、コレがいけなかった。
「よく言った。その言葉、もう飲み込めんぞ?資金は回収し、もう日本政府への支援はせぬ。この国はワシからの義を2度も裏切りよったからな。」
「うぐっ!?」
ゲンゾウは過去の戦争当時、対面する男の祖父の部下だった。
理不尽かつ無茶な突撃命令で”捨て駒”にされ、死にかけた所で棄民界の領主が現れて選択肢の無い交渉と契約で生き延びた。
国に裏切られたゲンゾウは彼女の下で、いや奴隷を引退してからも財を成して若者達に幸福になるチャンス分け与えることで、己とは違う道を進ませようと努力を重ねてきたのだ。
だが、司令の孫はまた民を犠牲にすることを望んでいる。
その中には彼が目をかけていた者達も含まれている。
つまり今、国がまた自分を裏切ったとゲンゾウはみなした。
「総理と財務大臣にはワシから伝えておく。もう貴様の血筋はそれこそ血の一滴すら見たくないわい。」
ゲンゾウはもう協力関係は終わりだと告げて退室しようとする。
「まて、何処へ行く!逃さんぞ、拘束しろ!撃ち殺しても良い!」
お偉いさんは動揺から、してはいけない命令を下す。このまま彼を行かせては自身の破滅は見えていたからだ。そして事情をよく知らない自衛官達は、上司の命令に忠実に従わざるを得ない。
ババッっとゲンゾウに立ちふさがって銃を構える。
「一滴も見たくないと言ったはずじゃ!」
ゲンゾウは一気にチカラを放つとお偉いさんを始め、襲いくる自衛官
にも蜘蛛の糸のような精神力の網が浮き上がっていた。
「な、なんだこれは!?動けん!」
「今回、血筋は罪じゃと自ら証明してくれたからの。容赦はせぬぞ。」
「なんだ、何を言ってる!?」
「マスター直伝、”イロミシステム”じゃ!」
ゲンゾウの前にモニターが現れ、この場にいる敵達のDNA情報を漁る。
(マスターは難しいと言ったが、情報を扱う者にとって、この技は相性が非情に良い。消費が大きいのが欠点じゃがの。)
これまでのマスターとの付き合いの中で。このシステムの事は聞いていた。情報は保存してあった。本家と違って時間の操作と精神リンクで検索するのではなく、チカラで作った回線で情報通信によって検索結果を繋げて網を作っていく。
やってることは似ているが過程が少し違うと言ったところか。派手に網を広げられないが、その分小規模ならばゲンゾウの方が扱いやすく相性が良いのである。
「なん――」
「質問ばかりで煩いのう。ちっとは自分で考えんかい。まぁ、答える義理はないが、最期に教えてしんぜよう。一族郎党皆殺システム。略してイロミシステムじゃ!!」
「待ッ――」
「では、土に還るがよい。」
ぽちっと発動ボタンを押すと、部屋が一気に静かになる。その場に居た者達は肉体がどろどろに溶けて消えていく。衣服や装備などはその場に残っていたが、気にしない。どうせ日本政府とは関係は切るつもりだ。
この日、彼らの血族は本人と1親等を含んで人知れず消えていった。
これで無駄な逆恨みもある程度は防げるだろう。本当は2親等にしたいがやりすぎかと自重した。結局エグいシステムは扱いが難しいのである。
「ふー、指定を最小限にすればワシでも使えると解ったの。それでも複数の遺伝子指定は疲れたわい。このデータは後でマスターに送るとよう。今はとりあえず総理達に会いに行くとするか。」
今回はDNA情報という極小単位の破壊で使用した。マスターの様に組織全員が消滅などとおうシャレにならない燃費の指定はしてないのでゲンゾウでも使えたと思われる。
そもそもマスターの消滅属性とは対象の時間というか、歴史を0にする。
つまり生まれても居ない状態にするという非人道的な物なので真似はしたくなかった。結果死ぬのは変わらないのだが拘りは大事である。
ともかく。ゲンゾウは総理の下へ”話し合い”をしに歩き出す。
その表情は疲れながらも清々していた。
…………
「あいたたた……教授、今日は特別厳しい訓練じゃないですか?」
「「うーん、うーん……」」
17時15分。訓練を終えたソウイチチームは、医務室で治療を受けていた。全員ボロボロでベッドに寝かされており、ソウイチは素直にミキモト教授に愚痴る。
「今日はユウヤ君達が出張っておるからのう。その分君達の面倒を見れたというところじゃな。」
「それにしても酷使が過ぎるのではなくて?たまには纏まった休暇の10や20は頂きたいわ。」
「ふむ、そう来ると思ってな。近い内に休暇を取れるように手配を進めておるところじゃ。」
「「「!?」」」
「本当に?おでかけしてもいいの?」
「おうとも。ユウヤ君と一緒に遊んでくるのが良いじゃろう。」
「「やったーー!!デートだーー!!」」
身動きがとれないながらも大喜びのアイカとエイカ。
「だけどその前に体を治さなくちゃね。今日のは新型の特別製だから大人しくしていればすぐに治るよ。」
「「はーい!」」
サワダが全員に注射をしていく。今日は濃い緑色の注射とちょっとだけ濁った色の注射の2本立てだった。
『投与完了です。』
『よし、監視は怠るんでないぞ?』
サワダは注射を終えるとミキモト教授の方へ歩いていき、目線で会話する。
「それでは諸君、お大事にな。休暇の相談でもすると良いぞ。」
「治ったら夕食にしてね。」
そう言って教授とサワダは医務室から出ていく。出入り口には警備員が1人付けられていて、こちらの様子を伺っている。
(あの優しさが逆に怪しい。)
(怪しいわね。休暇とか絶対嘘か詐欺よ。)
ソウイチとミサキはテレパシーを飛ばし合っていた。
正確に言えば、双子のチカラでソウイチとミサキの口元・耳元に並行世界の双子がひっそり現れる。要は透明な電話を使って会話をしているようなモノだ。
(どうしたらいいのかな?私達はこのままじゃ……)
(いい加減、覚悟の決め時かもな。)
(私は何時でも良いわよ。その為にコツコツ準備してきたのだし。)
((私達なら大丈夫よ!))
(よし、そんじゃ脱走するか!)
(((了解!)))
ソウイチチームはこの夜脱走を決意する。これ以上様子を見ては、身動きが取れなくなるのと苦痛が長引くだけだと判断した。
(まずはフユミさんの所に行って、ユウヤ達にも連絡して……)
『私はここに居るわよ。一旦訓練棟に戻らないといけないけど、
ソウイチ君達が治る頃には合流出来ると思うわ。』
(了解です。まずは身体を治そう。)
フユミが霊体状態で風を通して意思を伝えてくる。それがとても頼もしく、嬉しく感じるソウイチ達。この後は黙って回復に努めるソウイチチームであった。
…………
「ふー、なんとか帰ってこれたな。」
「まだ成田を出たばかりだけどね。」
18時。宮戸島の事件を終えて、仙台空港から成田空港へ戻って来たユウヤチーム。4ドアセダンの車で特別訓練学校へ向かっている。ちなみに運転はユウヤである。無事に免許は取得出来ていたようだ。
「行きも帰りもチャーター機を用意してくれたのは良いけど、一番疲れるココは自分の運転なのが面倒だぜ。」
「ユウヤ、ありがとうね。疲れたなら代わるから。」
「ああ、大丈夫だぜ?タクシーが使えればなって思っただけだ。」
「仕方ないよ。銃火器を持ってタクシーは難しいからね。」
「私の水鉄砲だけなら行けるんでしょうけどね。」
「それはそれでこの時期、変に思われるだろうけど。」
任務毎のレンタル装備はコンテナに入れて勝手に返却するが、常用している装備は当然、自分達で運ぶ。警察に問い詰められても特殊部隊の権限でスルーされる。
ユウヤはショットガンがお気に入りで、近接武器も相性は良い。
メグミは拳銃やナイフが好みだが、場合によってライフルも使う。
モリトはアサルトライフルを使うが、道具全般を臨機応変に扱う。
ヨクミは通販で買った水鉄砲がお気に入り。スタンガンも良く使う。
それらと少しだけ残ったグレネードや弾薬がトランクに入っていた。
「あ、そうだ!メグミは顔のお手入れをしておきなさい!」
「はーい。ココじゃ逃げ場がないもんね。では失礼して。」
メグミは化粧セットを取り出すと鏡を見ながら整えていく。
昼間は赤黒オーラでやりすぎて、敵も味方も恐慌状態に陥った。
ヨクミと合わせて回復させながら調書を取ったが、マッチポンプも良いところである。
そろそろ回復役という立場が怪しくなってきて、デバッファーと化している。だが回復がおろそかになっている訳では無く、彼女が居なければチームの運用すら難しかっただろう。
「せっかく外に出られたんだし、何か買って帰るか?」
「アイカちゃん達はケーキとかお菓子が喜びそうよね。」
「それは僕たちもだね。甘味は少ないからなぁ。」
「お菓子は別腹なんでしょ?良いんじゃない?」
既に仙台のお土産は買ってあったが、追加でお菓子を買う事にする。
「方角が合ってれば水星屋2号店へ寄っても良かったんだけど。」
「好きだねえメグミは。私もちょっと気になってきたわよ。」
「結局有給貰えなくて、私の中では本当に伝説級よ。」
「この分だとモリトが魔法を覚えるのとどっちが早いかしらね。」
「ぐふっ!それは申し訳ないと思ってるよ……」
「気にすんなよ、モリト。」
「もう、ここまでテンプレよね。」
和やか?な会話と共にユウヤ達は務めを終えて自分達の家を目指す。
19時30分。ようやく街にたどり着いた一行。街の南西から駅前に続く道路を使って、ユウヤの運転する車が走っていく。
「うん?見間違えか?」
「いえ、道路が……壊れてる?」
街に入ってすぐ、ユウヤと助手席のメグミが異変に気がつく。
「危ねえ!」
「「「うわっ!」」」
「みんな外へ出ろ!武器の用意もだ!メグミはオレのも頼む。」
ユウヤは急ブレーキで停車すると、トランクのロックを外して外へ出る。車の目の前はまるで陥没したかのように穴だらけになった道路があった。このまま進んでは落下していただろう。
何が有ったかはわからないが異常事態発生は間違いない。
「なんで道路がこんなにボロボロになってるの!?敵襲!?」
「街も全体的に暗くないか?週末だし、賑わってて良いはずだ。」
店の明かりは無く、道もズタボロ。街頭も所々消えている。
ドォオオオオオン!
「なになに!?モリト、何が有ったの?」
「後方だ!来た道が爆発した?」
突如爆音が聞こえ、暗くて見難いが後方に煙が見える。
「全員、装備急げ!何が来るか解らない!」
「「「了解!」」」
装備を取り出し、武器と防具を装備していく。ヨクミ以外の全員が隊員用のバトルスーツの留め具に取り付けるのは薄型追加装甲。肩と胸、小手とすね当てのちょっとした軽鎧である。
ヨクミはごちゃごちゃしたのが好かないのか、隊員制服しか着用していない。だがこれはこれで非常に丈夫なシロモノだ。
彼らのスーツ・制服には特殊な繊維が使われ防刃防弾効果があり、莫大な予算を注ぎ込まれた特注品である。
「む、あの人は?おーい、大丈夫ですか!?」
テキパキと装備を身につけたモリトは、すぐ横のマンションの壁に倒れている人影を見つけて近寄る。返事が無いので脈を見ようと首筋に手を当てるが、その男は既に息を引き取っていた。
「し、死んでいる!?」
「ウガアアアアア!!」
ガブリッ!!
「ぐぁっ!!生き返っただって!?」
「「「モリト!!」」」
首に手を当てていた右腕目掛けて噛み付いてきた死体の男。
小手である程度守られてはいるが、歯と顎の力で防具ごと腕に食い込みつつあった。
「このおおお!」
パァンパァンパァン!
メグミはモリトの腕に噛み付いた”死体”の頭に拳銃を連射する。
「”イズレチーチ”!」
死体が剥がれると、ヨクミが回復魔法を唱えて治療する。
変な菌に感染しないように強力なイズレチーチの方を使う。
「ありがとう、助かったよ。だけどこれは……」
「この死体の症状、まさかとは思うけど……」
prrrrprrrrrprrrr
状況を訝しむモリト達だが、その時ユウヤの端末に連絡が入る。
「もしもし!」
「良かった、繋がったか!ユウヤ無事か?今何処にいる!?」
「今、南西から街に入って中央通りに向かってたんだが、様子がおかしい!一体何が起きてるんだ!?」
「どうやらお偉いさん達が何かしやがったようだぜ。例の件でオレ達も街に出たんだが、どこもかしこも大惨事だ!」
「なんだって!?」
「ミサキ達ともハグレちまって……ザザッ……んとか合流を……」
通信状態がどんどん悪化し、ついには雑音のみのご提供となった。
「くっ、切れちまったか。どうやらオレ達は大変な――」
「うわわわわ、何よこれ……ちょっと冗談やめてよね!」
ヨクミが声を上げて全員が注目すると、自分達は包囲されていた。
「「「アァアアーー、ゲェェエエデェェェ」」」
暗くてよく見えないが人間だろう。全員そのままゾンビ映画に出演出来そうな出で立ちで、唸り声を上げながらゆっくりとこちらへ向かってくる。
「こっちは仕事帰りだってのになぁ。こいつはまた一段とヘビーなアフターファイブになりそうだぜ。」
無理やり軽口を叩くユウヤ。全員、武器を構える。
ユウヤの言う通り、彼らのアフターファイブはこれからが本番のようだ。
お読み頂き、ありがとうございます。
今週も1話更新です。3話更新していた頃が懐かしいですが、初期に比べれば文章量が3倍以上にはなってますのでご容赦ください。