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90 カゾク その2

 


「な、ななな!?あの都市伝説が店舗を構えた!?もう2ヶ月は経ってるじゃない!!」



 2014年3月。特別訓練学校。就寝前にユウヤの部屋を訪れていたメグミ。忙しさと疲れからあまり出来ていなかったネットの徘徊だが、今日はたまたま思い出して水星屋のまとめサイトを確認していた。


 そこには今年1月よりニ号店がオープンした旨が、管理人の”さくらもち”の手によって記載されている。


「どうしたんだよメグミ。そろそろ寝ないと明日が辛いぞ。」


「だって水星屋がニ号店を出店したって!本店で修行した女性がやってるって!本店と同じラーメンも食べられるんですって!」


「ああ、アケミさんと盛り上がってた店か。都市伝説が堂々と店を構えたんなら伝説も何も無いんじゃないか?」


「それを確かめるチャンスじゃないの!ユウヤ、有給を取りましょう。XXXX県なら車で行けるし。ね?お願い!!」


「そこまで言うなら良いけどさ。休みがもらえるかは微妙だぜ?」


「もらえるかどうかじゃなくて勝ち取るのよ!!」


 メグミの迫力に押されて、次の日事務所に申請する。のらりくらりと誤魔化し逃げようとする職員を捕まえ、赤黒いオーラで脅してなんとか認めさせた2人。1ヶ月後の都市伝説確認デートにメグミは想いを馳せる。


「うふふ、これで憧れの水星屋に行けるのね!!店長にお話きけたりしないかなぁ……うふふ。」



 などと喜んでいたメグミだったのだが、前日になって取り消されてしまう。



「どういう事ですか!?今から出動って、私達の有給は!?」


「任務優先じゃ。君達には留学生を護衛してもらうことになった。」


 2014年4月22日。教室での夕礼の際にミキモト教授から非常に非情なお達しを受けてしまう。


「おいこのハゲ教授!護衛ならケーサツに頼みなさい!」


「メグミ、落ち着け!有給はまた取ればいいだろ!?」


 赤黒いオーラを撒き散らしながら教授に食って掛かるメグミをユウヤが必死に押さえつけている。


「す、好きでハゲとらんわ!脅せば済むと思わぬことじゃぞ!?コホン、もちろん今のは表向きの話じゃ。我が国とも関係の深い国で内乱の一歩手前まで来ている都市があってな。そこのお偉いさんの娘をこちらで保護するのが目的じゃ。」


「内乱?なんでまたそんなのに首を突っ込むんだ?」


 ユウヤは急な話で疑問に思ったことを聞いてみる。


「先日、その都市にある重要施設が第二の魔王に襲われてのう。」


「「「教官が!?」」」


 急にざわめく教室内。世間では魔王呼ばわりされているケーイチだが、学校内では未だに教官と呼ばれている。彼ら生徒達にとってどれだけ慕われていた存在であるかが判る。


「昔それを誘致した貴族の子孫が糾弾されておってな。娘達だけでも逃がそうという親心の依頼が来たのじゃよ。」


「なるほど?その重要施設ってのは何か、教えてもらえるのか?」


「ウチで使うクスリや兵器を作っておる施設じゃ。」


「つまりはオレ達に責任を取れって事かよ。でもそれならまあ仕方がないよな。な、メグミ?そうだろ?」


 多少強引でも理屈と理由を聞かせて落ち着かせにかかるユウヤ。メグミはユウヤが言うなら……と渋々と席につく。


「う、それならまぁ。でも教授も、私達を変な事に巻き込まないでくださいね!?次やったら全身脱毛させてやる!」


「だから不用意に脅すでない!」


 こうして特殊部隊は、ザール家の4姉妹を護衛すべく、ヨーロッパへと旅立つのであった。



 …………



「ミルフィ、イーワ。妹達を守ってやってくれ。キーカ、テンスルは姉さんをよく支えるようにな。」


「暫く会えないけど、平和になったらまた家族で暮らしましょう。」


「お父様、お母様。さよならは言いません。またお会いしましょう。」



 4月25日朝。ザール家は一時の別れを惜しんでいた。4姉妹は顔を隠す為に黒いベールを着用していたが、今だけは両親の顔をよく見ておこうと外している。


 彼らの後ろには、護衛をする日本の特殊部隊と通訳と案内を兼ねた現地のサイトメンバーが、ワゴン車2台と共に待機している。


「そろそろお時間です。ご乗車を。」


「わかった。それでは4人共、元気でやるんだぞ。」

「病気には気をつけてね。愛してるわ。」


「「「はいお父様、お母様。行って参ります。」」」


 両親とから離れた4姉妹は再びベールを着用し、自分の命を預ける者達へ顔を向ける。


「わざわざ遠い日本よりお越しくださりありがとうございます。私どもの護衛、よろしくおねがいしますわ。」


「「「――――!」」」


 ミルフィが代表して声を掛けると、日本語で返事が帰ってくる。彼らは言葉も通じないし自分達と大差ない年齢で若干不安になるも、自信に溢れた表情からは好ましい印象を受けた。


「お任せください。必ずやお守りしてみせます。」


 通訳が遅れて翻訳してくれる。ありがたい言葉を受けて、4人は荷物を彼らに渡しながら乗車する。今日はこのまま国境を抜け、フランスの国際空港を目指す予定である。


「日本語はあまりわからないけど、悪い方ではなさそうね。」


「でもお姉様、彼らは私達と変わらないトシですわ。信用できまして?」


「きっと私達に気を配って、敢えてそうしたのでしょう。」


「いかつい男達よりは過ごしやすいのは確かですが。」


「彼らは若くても優秀ですよ。殆どがチカラ持ちですしね。」


 気を配るも何も、特殊部隊は若者しか居なかった。サイトメンバーの運転手は苦笑いしつつも、必要な事実のみ告げる。わざわざ不安にさせる必要は無いのだ。


「テンスル、メリーはバッグにいれてなくていいの?」


「一緒がいいの。お母様が香水を掛けてくださったの。」


「それなら安心ね。私達もついてるから、ぎゅってしていいわよ。」


「ありがとう、お姉様……」


 キーカはテンスルが不安に囚われているのを察して声を掛ける。テンスルの抱きしめている人形はメリーと名付けられ、彼女はずっと大事にしていた。母のゾナンは自身の香水をメリーに染み込ませ、少しでも母を近くに感じられるようにと気持ちを込めていた。



 次の日の朝刊に、ザール家の当主とその妻が警察に逮捕された事が記載されていた。

 ザールの血を引く者は魔王関係者との対立、及び繋がりも追われて、直前に脱出を図った娘達には指名手配が掛けられた。


 これに対して世論では妥当と思う者と濡れ衣と思う者で別れていたが、それより自分の生活が大事なので深くは考えていなかった。



 …………



「ここも検問のようです。迂回しましょう。」



 4月26日。パリの空港を目指すザール4姉妹とその護衛一行。

 指名手配はフランスにも届いており、国際空港への道は遠い。


「このままじゃ日が暮れちまうな。」

「元々ソウイチチームとは夜の合流だけどね。」


 ユウヤがぼやき、モリトが応える。彼らは4姉妹とは別の車で先行し、周囲の警戒を担当していた。運転は2台ともサイトメンバーが担当している。検問待ちの渋滞で全然進まない車は中にいる者達をイラだたせていた。


「ユウヤ君、このままじゃ埒が明かない。近くの拠点からヘリを使って行くのはどうだ?直接空港に行けるし君の上司も乗り気のようだ。」


 無線で連絡をとっていたサイトメンバーから提案を受ける。彼はフランス支部に連絡を取り、協力を要請してくれたのだろう。


「プランBって事か。それで行きましょう。メグミ、聞こえてるか?」


「ええ、聞いてたわ。お姫様達には伝えておくわね。」

「またヘリかー。もう宙吊りなんてゴメンよ?」

「この旅の間は遊園地には近づかないから安心だぜ。」


 ユウヤのイヤホンにはメグミとヨクミの声が聞こえてくる。

 4姉妹は便宜上、姫と呼ばれている。いわゆるコールサインである。そのやりとりの間に新たな情報を受け取った運転手が緊張した声色で報告する。


「ユウヤ君、モリト君。少しやっかいな情報が入った。」


「「なんです?」」


「どうやら我々を追ってるのはケーサツだけじゃないらしい。」


 ダララララ!ダララ!ダララララ!


「「銃撃!?」」


 車の装甲は抜かれなかったようだがビシビシと着弾音が聞こえる。角度的に隣の車線の車や、歩道や建物の窓からも撃たれている。


「この辺のマフィアだ!姫さん達を捕まえて売る気らしい!」


 その運転手の言葉にユウヤは即座に判断を下すと指示を出す。


「メグミ、こちらが引きつける。姫達を逃がせ!次の拠点で合流!」


「了解よ!気をつけて!」


「モリト煙幕、オレは騒ぎをデカくする!!」


「了解!」


 モリトは窓からスモークグレネードをぽんぽん投げて、煙幕を発生させる。おかげでマフィアからの注意を引きつつも視界を遮る。

 一般人は逃げ出し始めるが、検問をしていた警察官達の注目も浴びる。


 ユウヤは車から飛び降り周囲の時間を遅くし、煙幕の効果を長引かせながら車に乗ったまま銃を撃った男に接敵する。


「街中でそんなものを使ってんじゃねぇ!」


 ダララララ!!


「この、くそっ早すぎる!!ぎゃあああああ!」


 マフィアの男はユウヤに銃口を向けた頃には、腕を捻られ銃を奪われ返り討ちにあっていく。銃撃した男だけでなく運転手も撃ち抜いたので行動不能になるマフィアの車。


 モリトも外に出てヨクミの水爆弾で牽制、建物の窓にフラッシュバンを投げ込む。後は水爆弾で怯んだ男達の手足を拳銃で撃ち抜いていく。


「やってくれるじゃねぇか!グレネード!あら?」


「遅いぜ!ほら、お返しするぞ!」


 マフィアの1人が手榴弾を投げようと振りかぶると、その手には何も握っていない。ユウヤが奪い取ったのだ。ユウヤは相手のポケットにソレを入れて足払いで転がすと、チカラを使って直ぐに離れて身を隠す。


 ドォォォオオオオン!!


 上半身が砕けた男は周囲に赤色を撒き散らす。

 成長したユウヤの時間干渉の前には、マフィア達はなすすべなく倒れていった。

 彼は加速減速に限ってはかなりの上達を見せており、普通の人間では中々捉えられなくなっていた。


「「「―――――!!」」」


 激しいサイレンと怒号が徐々に近づいてくる。フランス語なので何を言ってるかわからないが、お怒りなのは判る。現地の警察は無理矢理渋滞を押しのけながら近づいてきている。


「ユウヤ、そろそろ移動するよ!」


 ダララララララララ!カチッカチッ!


「OK、モリト!出してくれ!」


 ユウヤは下方へ向けて奪った銃を撃ち切ると、モリトと共に車へ戻って運転手に合図する。彼らのワゴン車はマフィアの車を強引に押してUターンして別の道へ入って逃げていく。


 パスン、パスン!


 怪しいワゴン車を追うパトカーだったが、急にパンクして動けなくなってしまった。先程ユウヤが大量にバラ撒いた銃弾がタイヤを撃ち抜いたのだ。銃弾達はユウヤのチカラによって極限まで減速されており、彼が離れたことでチカラが解除された結果である。


 更にモリトからダメ押しのフラッシュバンとスモークグレネード投げられ、直接の追跡は困難となった。



「いやはや、まるで映画のワンシーンだね。怪我はないかい?」


「あの程度なら無傷でいけるさ。モリトも良いサポートだった。」


「君等、優秀だとは聞いてたけど実際見ると感心するよ。」


 逃走中の車の中で、2人は拳を合わせてにやりとする。日頃は愚痴しかでない訓練だが、こういう時には鍛えて良かったと思わされる。


「それで、メグミ達はどうなった?」


「上手く振り切ったみたいだよ。君達のおかげで追跡者は少なかったみたいだしね。もうすぐユウヤ君のも通じる距離になるよ。」


 運転手は相手と無線で連絡を取って伝えてくる。言われた通り、回線が繋がりメグミの声が聞こえてきた。


「ユウヤ、モリト。怪我はしてない?」


「こちらユウヤ、かすり傷1つ無いぜ。そっちは問題ないか?」


「ええ、心配いらないわ。追っ手は全部下水で流したし、ケガをしても私達なら、ね?」


 時々建物がびしょ濡れだったり、マンホールが開いて車がひっくり返っているのはヨクミの水魔法の効果だろう。彼女の魔法は周囲に水があればあるほど高い効果が見込める。

 万が一彼女達や護衛対象がケガをしても、向こうは回復役が2人なので余程でなければ問題ない。


「それで、これからどうするかだけど。」


「一旦車を変えておきたい。この先の自然公園で身を潜めて昼食を取ってくれ。その間に車を用意したら輸送ヘリの所まで送るよ。」


「了解!あぁ、食事と聞いて腹が減ってきたぜ。もう昼過ぎじゃないか。」


「はは、ユウヤらしいね。僕ももう腹ペコだよ。」


「フランスの公園……彼氏とランチ……うふふふふ。」


「「「ヒィッ!」」」


「ちょっとメグミ、目が怖いわよ!姫様達が怯えてるわ!!」


「「…………」」


 一行は公園での和やかなランチ期待して都市ランスの南側へ向けて車を走らせる。

 中でもメグミは水星屋をキャンセルしてここに来ていたので、デートへの執着があふれてしまっている。向こうの車の姫様姉妹には申し訳ないと、こっそり日本式で祈るユウヤ達であった。



 …………



「もうすぐ見えるはずだ!ミサキ・アイカ・エイカ、準備は良いな!?」


「当然よ!」


「「バッチリだよ!」」



 4月26日夜。パリ北東の国際空港の1角。サイトが用意した飛行機の周囲で待機していたソウイチ達。もうすぐユウヤチームが姫様達を連れて、輸送ヘリでこの場に到着する手はずになっていた。


 ユウヤ達はマフィアにも警察にも追われているようだ。こちらもマフィアに嗅ぎつけられ何度か襲撃に遭っていたが、なるべく静かに穏便に処理してある。


 指名手配犯を逃がす為の作戦なので、法律的に警察に頼るわけにもいかずにただ耐えるしか無い。いい加減それも厳しくなってきたが、そろそろゴールは近そうだ。


「見えたわ、追われてる!」


「「というより殆ど囲まれてる!」」


 ユウヤの乗った輸送ヘリは、警察とマフィアのヘリに追撃されていた。パトカーのサイレンが空港に近づいてるので、陸からも追われているのだろう。なかなかにカオスな状況である。


「こうなりゃ派手にカマすしか無いか!」


「警察に死人をだしてはダメよ!?」


「解ってる!ミサキはヘリを誘導、アイカ達は追手を落とせ!オレが地上でなんとかする!」


「「「了解!」」」


 ソウイチは指示を出しながらご当地のミネラルウォーターをがぶ飲みして備える。


 ミサキは周囲に発煙筒を放つと、人形を展開してライトの光を付ける。


 双子は精神力を貯めると周辺の並行世界に干渉していく。


 ソウイチは地面に手を置き、いつでも技を発動可能にしておく。


「ユウヤ、これよりソウイチチームが援護する!しくじるなよ!」


「了解!命を預けるぜ!!」


「アイカ!ヘリをやれ!」


「エイちゃん達、海外出張だよー!!」


「「「うわあああああ、手がああああああ!!」」」


 アイカが追手のヘリ達にタクトを振ると、並行世界のエイカが操縦桿や計器のスイッチをやたらめったらに弄り倒す。

 操縦者からしたら完全にホラーである。当然失速して次々と落下していくヘリコプター達。



「お姉ちゃん達!パトカーを止めて!」


「「「うおおおおおお、化け物かああああ!!」」」



 エイカがパトカーの群れに手鏡を向けると、平行世界のアイカがハンドルとペダルを好き勝手に弄くりだす。彼らはスリップし、下手すれば横転する車体も出ている。


「今だ!G・クラッシャー!!からの重力反転!!」


 ソウイチがチカラを発動させると、前方のアスファルトが全て粉々になって剥がれていく。ついでに重力の方向が変わったことで墜落したヘリは地面スレスレで止まり、既に事故ったパトカーや後続の車両も浮き上がっている。そこから降りようとした警官も身体が浮き上がり、空中であたふたしている様子が見える。

 重力を反転させるにしても結構な広範囲なので、地表数10cm浮かせる程度しか反転の効果はない。だがそれでもカナリの数の追っ手を足止めできていた。



「くうう、やっぱ長くは持たねえ!急いでくれ!」


「豚が泣き言いってるから早く来なさい、ユウヤ!」


 まっすぐ合図の場所に輸送ヘリが降りると、中からユウヤチームが飛び出して援護に回る。


 メグミはソウイチへ黄色い光を当て、ヨクミは周囲に水の弾を撒き散らす。ユウヤは抜けてきた警官やマフィアを遊撃で殴り倒していく。


「慌てずに、落ち着いて!ほら、大丈夫だよ。」


 モリトは煙幕を張りつつ姫様達をヘリから降ろしている。1人1人手を取って降ろし荷物を渡す。最後に末妹のテンスルを左肩に、その荷物を右脇に抱えてチャーター機の方へ走りだす。


「――――ッ!!」


 ドイツ語で悲鳴を挙げて訴えるテンスルだが、モリトは気にせず走り続ける。10歳の幼い彼女が走るより、この方が早いと踏んだからだ。


「あの飛行機までいけば安全だ。我慢してくれ!」


 3人が飛行機に乗り込みテンスルを入り口で降ろそうとすると、ガイン!という音とともにタラップの手すりに火花が散る。


「スナイパーかッ!奥へ隠れるんだ!」


 少々乱暴にテンスルと荷物をを入り口に投げ入れると、敵の位置を探るモリト。銃弾の向きと音から判断してその方向の上空へフラッシュバンを投げつける。


 これで少しは時間が稼げ……たら良いな、くらいの抵抗である。


「姫様達は全員乗った!ミサキ、10時の方角にスナイパー!」


「ソウイチはミサキの援護!他は飛行機へ急げ!!」


「「「了解!!」」」


「了解、任せなさい!人形達よ!」


 巧みに糸を操り人形を上空へ飛ばし、そのカメラで敵を探る。映像は足元のノートパソコンに全て送られているのだ。人形を操作しながら彼女はライフルを準備して構える。


 突如銃弾が動かないミサキを狙って放たれるが、空中で弾かれる。そしてそのおかげで完全に位置を特定するミサキ。


「へっ、銃弾でオレの重力の盾を抜けるかよ!」


「ナイスソウイチ。見つけたわ。一撃で射抜いてあげる。」


 ミサキは自身の身体の中にチカラを通し、銃身のブレを軽減する。


 ダァン!と一撃だけ撃つと、壁に隠れた敵スナイパーの腕を貫通して無力化させた。その銃弾は新型の対魔王弾だったのだ。


「命中、撤退するわよ。」


「ひゅう!ナイスショットだ。」


 ミサキの道具を2人で拾ってさっさと飛行機へ向かう。

 警察は直ぐ側まで迫っていたが、ユウヤ達の援護のおかげで無事に機内へ辿り着く。


「全員乗った!離陸してくれ!」


「了解!」


「――――ッ!!」


 管制塔から怒声が聞こえてくるが完全に無視して飛び立つ機体。

 とりあえず陸からの追っ手はこれで振り切り、特殊部隊とサイトの面々はほっと一息つけるのだった。



 …………



「ああ、メリー……。ごめん、ごめんなさい!」


「泣かないで、テンスル。どうしようもなかったのよ。」



 4月26日夜、飛行機内。黒いベールを着けたテンスルがさめざめと泣いていた。同様にベールの姉達3人が、末妹を慰めている。

 テンスルがヘリから飛行機へ移動する際、護衛の1人に担がれていたがその時に人形のメリーを落としてしまったようだ。


「――――。―――。」


 事情を聞いた特殊部隊の隊員が申し訳無さそうに謝る。言葉はわからずともその表情からは本気なのが伝わってくる。


「彼、モリト君は本当に申し訳ないと言っている。」


「謝罪は不要よ。妹を、私達を守ってくれたのだもの。でも少しそっとしておいて欲しいわ。心の整理には時間が必要でしてよ。」


「解った。そう伝えるよ。」


「――――。」


 通訳に意思を伝えてもらうと最後にぺこりと頭を下げて離れていった。姉妹たちは身を寄せ合い、ヒトトキの安全と悲しみを共有するのだった。



「モリト、お姫様には許してもらえたのか?」


「いや……参ったよ。命だけ守れば良いってもんじゃないのは解っていたはずなんだけどね。」


「あれで死人が出たらそれこそ大変だったわよ。変に落ち込んだりしないでね。」


「そうよ。未だにチカラが無いからって落ち込んだらダメよ!」


「ぐふっ!」


「ヨクミさん、それトドメだよ。」


「可愛い顔して相変わらず容赦ねえな。ミサキみてえなグフッ!」


「そんな事より早く次の準備をなさい。そろそろ追撃が来る頃よ。」


「解ってるって。これを受け取る為に空港で待機してたんだからな。」


 ソウイチはバックパックから野球ボール大の装置を取り出し始める。


 プランBへ移行した時に援護に向かおうとしたソウイチだったが、待ったを掛けられ作戦の要である装置の確保を命じられていた。


 ソウイチが準備を始めると同時に操縦席から通信連絡が入った。


「戦闘機が追って来た。戻って空港へ降りろとのお達しだ。」


「作戦通り、言う通りにして下さい。これからゲートを開きます。準備ができたら自動操縦に切り替えてこちらへ来て下さい!」


「了解、急いでくれよ。」


 ユウヤが応対している中で、ソウイチは装置を並べていく。


 サイト側から提供された簡易転移キットをセットし終えたソウイチは、それを起動してあらかじめ指定された周波数へコールする。


「こちらの準備は完了した。そちらの準備は出来ているか?」


「こちらでも感知した。エネルギーを送る。」

「エネルギーの送信を確認じゃ。どんどん来るがよい!」


 この転移ゲートはエネルギーの問題であまり多くを人数を運べない。なのでソレを可能にする相手とゲートを通じて連絡を取り、助太刀してもらおうという魂胆だった。もちろん相手はこの装置の製作者、ミキモト教授とサイトのマスターだ。


「さあ、門は開いた!姫さん達からこのゲートに飛び込むんだ。操縦士のみなさんも早く!」


 ソウイチの合図で次々と転移ゲートをくぐる乗員達。

 姫達は当然怖がったが、女の子の隊員がくぐってみせると勇気を出して飛び込んだ。


 彼らは気がつくと特別訓練学校の2階、その転移装置の広間に転移していた。その装置事体は短距離しか移動できないが、サイトウのチカラと転移キットの組み合わせでこの長距離転移の受け手側を成功させた。


 誰も居ない飛行機は、自動操縦で空港に戻って着陸態勢に入る。そのまま着陸はしたが、機体が停止すると同時にその姿を消した。


 用済みとなった転移キットを暴発させての証拠隠滅である。


 フランスやドイツの警察や軍隊、さらにマフィア達もこれには混乱せざるを得なかった。ありもしない出来事だった為に、結局いつも通り現代の魔王の仕業にされた。彼からしたらいつもの迷惑なとばっちりである。



「さすがに疲れたでな。もう失礼するよ。」


「助かったわい。老体にムチうってもらって悪かった。」


 全員の転移を確認すると、ヨシオはさっさと帰って行く。


(あの時○○○○がオレを回復させてなかったら、今回で死んでいたかも知れぬな。あやつも粋な真似をしおるわ。)


 ケーイチの結婚式の招待。あの日から妙に気分と身体が楽になっていたのは、こっそりとマスターが中身だけ数年若返らせていたからだった。それはすぐに気がついたが、勿論周囲には黙っていた。

 今日すぐに帰ったのはそれでも消耗が激しかったのもあるし、割と無事な事をミキモト教授に悟られない為でもある。



「皆の者、良くやってくれた。任務は無事に完了じゃな。ほれ。」


「ザール家の皆様にはお部屋を用意してますので、どうぞこちらへ。すぐにお茶を用意いたしますので、ゆっくりと休んで下さいね。」


 ミキモト教授は隊員達を労うと、隣のサワダを促す。サワダはドイツ語で4姉妹に語りかけ、部屋で休息を取るように伝えた。


「この度は私達の為に多大なご助力、感謝いたします。」


 ミルフィはサワダが言葉の通じる相手と判ると丁寧に応対する。4姉妹はサワダに案内されて荷物を引きずり、広間から出ていった。


「サワダさんってドイツ語出来たのか。」


「ワシだって話せるぞ。何カ国か話せないと海外に研究所など持てんじゃろう。それよりほれ、お前達は医務室に行くが良い。」


「それもそうか。では特殊部隊一同、医務室へ参ります!」


「うむ。」


 ユウヤ達は医務室にて治療とバイタルチェックが入る。特に誰も疑問に思わなかったが、まず治療を受けるのはザール家の姉妹達なのではないのだろうか。メグミやヨクミのチカラを信用しているからと言えば聞こえは良いが、海外からの亡命者に対する対応にしては違和感を覚えてもおかしくないものだった。



「ふいー、サッパリしたぜ。さすがに睡眠時間はくれるみたいで助かるな。」


「海外出張は気を使うよね。ただでさえ時差とかもあるしさ。」


「今回は戦闘も山盛りだったもんね。あの子達が無事で良かったわ。」


「でもみんな薄い布を顔につけてて、よく見えなかったのよね。」


 医務室の後シャワーを浴びた一同。ヨクミの部屋に集まったユウヤ達は今回の任務の感想に入る。まずは4姉妹のベールについて気になっていたらしいヨクミが話題を振る。


「あー、あれって何でなんだ?」


「顔を隠すにしても指名手配される予定じゃなかったのにね。」


「きっと高貴な人達だから?両親の逮捕も関係あるのかな?」


「貴族の末裔って話だし、思う所でもあるのかもな。」


「指名手配と言えば、今回は予想外な事だらけだったわ。」


「あんな事になるなら最初から転移してもよかったかもね。」


「むしろ転移装置の携帯版が有った事自体、驚きだったけど。」


「そのおかげで帰ってこれたけど、また魔王の罪が増えたわね。」


 今回はやろうと思えばザール家の屋敷から転移ゲートを開くことも可能なはずだったが、敢えて空からの逃走劇を演じたには理由がある。


 それは予定外の状況での確実な任務の遂行と、転移技術の情報を守るためである。


 そもそもドイツやフランスの組織が、過敏に反応しなければこんな事にはならなかった。普通に国際空港へ移動して、今頃はまだ飛行機の上だっただろう。


 しかし警察からの指名手配にマフィアからの襲撃。日本まで辿り着くのも難しい上に無事に戻ってもバレたら外交問題になるだろう。


 なのでプランB、謎の組織と謎の逃亡劇を装っての離脱となった。多くの目撃者がいる前で消えて見せれば、魔王に罪をなすりつける事も可能だからだ。


「なんか、それはそれで納得行かないのよね。現代の魔王を倒すのが私達の仕事だって話なのに、魔王を便利に利用しているみたいで。」


 トントン。


 メグミがオトナの都合に文句を言ってると、入り口がノックされて返事も待たずにミサキが入ってくる。


「お邪魔するわよ。メグミったらそんなの気にしてたらこの先生きていけないわよ。」


「ミサキ、いらっしゃい!はい、座布団。」


「ヨクミさん、ありがとう。ポチポチと。これでOKね。」


 ミサキはリモコンを操作すると部屋の盗聴器をジャミングする。


「ミサキが来るってことは、決まったのか?」

「準備は完了したわ。住居も確保されてる。」

「いつにするの?」


「予定時期は12月だけど、場合によっては早めるつもり。」

「そうか。それは寂しくなるな。」


「やっぱり合流する気はないの?」

「ヨクミさん達を放ってはおけないからな。」


「待って!やっぱり皆は皆の生き方を探した方がいいわ!」


「「「ヨクミさん?」」」


「今回の留学生達を見たでしょ?良い所のオカネモチでさえ、あの若さであの境遇なのよ。私はたしかに帰りたいけど、みんなの安全には変えられない。私はフユミちゃんと一緒だし、大丈夫だから。」


 ヨクミは長年一緒に過ごした仲間の安否を気遣う。しかし仲間達はそうは言ってもなぁ、といった表情だ。


 それもそのはず、ヨクミの表情と口調は明らかに無理をしていた。


「なら、こうするのはどうだい?帰還方法の捜索は諦めない。それでも年内に解決しそうになければ、全員の安全の為にコトを起こすっていうのは。」


「その辺が妥当なんじゃないかしらね?」


「そうね。でもヨクミさんも家族だって居るでしょうし……」


「それも良いが、モリトはどちらかというと残りたい派だろう?」


「僕だって平和の為にここで働きたいとは思うし、魔王と会えばヨクミさん達が帰れるというなら帰してあげたい。ただ最近の傾向を見てると、なにか良くないことが起きそうで……」


 モリトが折衷案を出すも反応はイマイチである。その時部屋の中に風が吹き、フユミが現れた。


「恐らくモリト君の推測は当たってるわ。訓練棟の様子もおかしいの。ねえみんな。私達の帰還を考えてくれるのはありがたいけど、この話は乗っておいた方が良いと思うわ。」


「フユミちゃん、なにか解ったの?」


「……今までにないくらいに、何かの準備をしているように思えるの。上手く言えないけど何かこう、大きい戦いの準備のような……」


「うーん。風の精霊が自ら持ち込んだウワサか。これは決まりだな。ミサキに協力する方向で行こうと思う。みんなも良いか?」


「「「もちろん!」」」


 歯切れの悪いフユミの説明に、ユウヤは決心する。この学校では何か良くない事が起きようとしている。ならば自分達の退路を確保しておいても損はないだろう。


「決まりね。ソウイチ達にも伝えておくわ。今後は打ち合わせを増やすからそのつもりでね。」


「わかった、頼むぜミサキ。」


 ミサキは自分の部屋に戻り、ソウイチ達との話し合いに入る。ソウイチは不穏な陰謀の匂いに考え込むが、アイカ達はここを離れてもユウヤと一緒に居られると喜んだ。



 …………



「ようやく作戦の為のピースは全て揃ったのう。」


「ええ、苦労した甲斐があったというものです。」



 地下の実験室でミキモト教授とサワダが話している。傍らには4つのベッドには実験体が寝かされており、投薬が終わった所である。


「魔王の討伐作戦も、このまま行けば年内には実行できる。」


「そうすればようやく世界が平和になりますね。」


 質の良い薬液、その研究の過程で生まれたウイルスとその進化系。それらを使って培養された細胞。そこから生まれた生体兵器や、科学技術と融合させた対魔王兵器。それらを運用する特殊部隊。


 これまで集めた魔王の情報と、そこから生まれた魔王討伐作戦。それがもうじき実行に移す段階にまで進行していた。


「隊員たちは相変わらず脱走を考えているようですが、いまのままならこちらの方が先手を打てるでしょう。」


「うむ。少々の小細工程度でこちらが見抜けないと思ってるのだからまだまだ子供じゃな。まぁ、年季が違うでな。」


「あの双子のチカラは特に役に立ちそうですよね。規模が魔王級のソレですよ?その他も、やりようによっては立派な戦力となります。」


「そうじゃな。後は上に根回しして出資者達にアピールして、兵器を量産。ふふふ、約束を果たす日が近づいてきおったな。」


 笑みを浮かべる教授だったが、実験体達がビクンビクンと動き始める。


「おっと、そろそろ次のステージですね。続けて投薬後に細胞の移植手術に入ります。」


「うむ。彼女達も良き駒として平和のために働いて貰わねばな。せめて、思いの他カサんでしまったコスト分くらいはの。」


 優秀な才能を持つ若き実験体。ちょうど人間と培養した細胞の融合体を作りたかった所へ、保護の依頼が舞い込んだのは僥倖だった。


 唯でさえ最近は素材が手に入らなくなっていた所だったのだ。


 2人の研究者は薄く笑みを浮かべながらそれらに手術を施していく。


 彼女らが後に家族揃って行うはずだった団らんの中の微笑みは、研究者達の薄ら笑いとしてこの世に顕現した。



 …………



(まったく、ここはどこよ。暗いしひんやりしてるし。)



 フランスの警察署内。その証拠品置き場にてパック詰めされた彼女はイラだっていた。


(あの子も薄情よね。私を家族の様に可愛がってくれたと思ったら、急に道端にポイってしちゃうんだから。ずっと一緒だと思ってたのに、人間って信用ならないわ。そうよ、絶対に文句の1つでも言ってやるんだから!)


 ぷんぷんと怒ってみるが、パック詰めされてる以上は身動きがとれない。落ち着いて深呼吸らしきことをすると、遥か遠くに命の鼓動を感じる。


(なんでか知らないけど、これがあの子の居場所って事かな?文句を言いに行くなら、なんとか移動しなくちゃね。くぬぬぬぬぬぬ!!)


 ピカァァァアアア!!パァン!


 彼女は全身にチカラを込めると、光りに包まれる。やがて全身パックが弾け飛んで床に降り立った彼女は、10代半ば程のドレスを着た女の子になっていた。


「へぇ。私ってこんな事ができるのね。おや?ふふ、くふふふふ。」


 彼女は自身に起きた変化を確認すると、突如何かに気が付いて上品?に笑い出す。どうやら身体の中から湧き上がった情報のおかげで、何をどうすれば良いのかが解ったようだ。


「なるほど、人間の中にはそういう伝説があるのね。情報によれば私には通信する物が必要か。」


 辺りを見回す彼女には、数々の事件の証拠品が目に入る。


「まるでガラクタ置き場、ゴミ置き場ね。全く、失礼しちゃうわ。」


 彼女は歩いて出入り口のドアを通過する。そこは証拠品の管理室になっており、今は誰も居ないようだ。彼女は管理用のパソコンを目に止めると操作を始める。


「へえ。これなら一気に距離を縮められそうね。今の時代は電話じゃなくても素敵な通信が出来……ん?あれ?」


 パソコンの通信機能に目をつけた彼女だったが、先程まで感じていた持ち主の命の鼓動に変化を感じた。


「なんだか命が変質している?何をしたのか知らないけれど、私から逃れられると思わないことね。」


 彼女はメールソフトを起動して、メールの宛先と本文を書いていく。


「それでこの中に入れば良いのよね。後はこのボタンかな。えい!」


 パソコンの中に飛び込んだ彼女は、自らを添付ファイルとした。そこから身体を乗り出して、同じメニューバーにある送信ボタンを右手でポチっと押す。



「私、メリーさん。今ゴミ捨て場にいるの……ふふふ、くふふふふ。」



 この日彼女は、自らをメールにして日本の警察署のアドレスへ飛びたった。



 …………



 ♪~~~~♪~~~~。



 5月24日土曜日大安。異界の神社の境内にて、結婚式が執り行われていた。


 紋付き袴のケーイチと白無垢綿帽子のサイガが、巫女さんに導かれながら境内を進む。その後ろには”説得”されて参加したケーイチの両親が続く。親類は呼べないので関係者一同がずらっと並んでついて行く。サイガは呼べる親類は居ないのでおっさん組が代わりに並んでいる。


 巫女装束を纏ったシーズとクリスの雅楽演奏をBGMに、厳かな参進の儀を進める。おっさん組とマキが演奏組に心を奪われているが、問題はない。


 本殿に順番に入場して巫女さんが祓詞 (はらいことば)を述べ、ケガレを清める。その後は続けて巫女さんが祝詞を読み上げ、目の前にいる神様に結婚の報告をするが、ここでケーイチは強力な睡魔に襲われてサイガにビリっと刺激を加えられた。


 祝詞を読む巫女さんは苦笑いしつつも、2人の幸せを祈る。ケーイチが祝詞をイマイチ理解してないことを良いことに、ハーレムも有りだったら良いな!と少しだけ煩悩を追加した。当然サイガからビリっとされる。


 三々九度の盃で使われるお神酒。マスターの持ち込みだと縁起が悪いと言われたので直前にクロシャータ様に清めてもらう。


 日本酒のはずが何故かワインに変化させられており、新郎新婦は混乱して吹き出しそうになるがなんとかこらえる。異変に気づいたシイタケ神はクロシャータ様を睨むが、彼女は気にせずクスクスと笑っている。彼女はイタズラ好きな面もあるようだ。


 ほどよく緊張の取れた新郎新婦は、指輪の交換に入る。神前式では元々は無かった工程ではあるが、時代の流れに乗ろうとシイタケ神を説得した。新郎新婦は真剣な顔で互いの左手薬指に指輪を通す。


 誓詞奏上に入り、2人は夫婦になる事を誓う言葉を宣言する。


 ここら辺になると心中複雑な2人がそのままの表情で見守っている。認識阻害を掛けてあるので殆どの者にはバレていないが、マスターがトモミとアケミの背中を軽くぽんぽんして苦笑い。


 玉串拝礼が終わり、巫女さんの舞に移ると本職だけでなくシーズが雅楽の演奏を口から吐き出しながら踊りだした。そういう演出は控える手はずになっていたが、華やかな絵面にはなったので許された。


 親族盃の儀ではサイガ側の釣り合いの都合で、参加者全員にお神酒と言う名のワインを配って3回で飲みほした。


 斎主の挨拶は人員不足なのでケーイチに農業を教えたヤシマが行う。式を取り収めた事をシイタケ神に報告し、一拝する。元々死に瀕していた老人なだけあって、威厳あふれる挨拶だった。


 もしここでマスターを起用しようものなら、ここまでの工程が全て悪魔の儀式として認識されてもおかしくないので妥当な人選だろう。



 式が終了して順番通りに退場していく一同。本殿の前で新郎新婦を中心に並んで記念撮影を行う。シャッターを切るのはマスターだ。


 皆に笑顔を促す為にオヤジジョークを発して微妙な空気の中で写真を撮る。せっかくだからと幾つものパターンを撮り、あとで好きなのを彼らに選んで貰うつもりだ。


 撮影者のオススメは、アケミとトモミがケーイチの肩に手を置いて立っている心霊写真バージョン。トモミまで半透明で映っているのがポイントだ。


 3Dホロに落とし込んだ立体写真や動画なんかも有り、良き思い出に残る結婚式になった!……とマスターは1人で自画自賛していた。



 …………



「結婚おめでとう!乾杯!」


「「「かんぱああああああい!!」」」



 同日午後。マスターのチカラで拡張された神社内の食堂で、披露宴が行われている。料理は和食中心ではあるが、洋食派にはマスターが個別に用意している。というか出されたステーキを見て、ほぼ全員がそれを注文していた。



「サイガさん、こんな息子だがよろしく頼みます!」


「お任せ下さい!必ずや立派な神主にまで導いて見せます!」


「まぁ、なんて頼もしいの!?不出来な息子で申し訳ないわ。」


「そ、その辺にしておいてくれよ。せっかくのハレの日なのに……」


 ケーイチの両親は第二の魔王と呼ばれた息子が婿入りするとあって、恐縮してしまっている。


「こらお前!お主の所為で本殿がブドウ臭くなったではないか!」


「あら、別に良いじゃない。ワインは個性あふれる素敵なお酒よ。」


「あまたのチカラを取り込んだ神たるワシに意見するじゃと!?」


「外界の土着神がどう言おうとワインは美味しいもの。」


「もしやお主も神なのか?ええい、名を名乗れ!!」


「上級神クロシャータよ。神界で○○○の現地妻をしているわ。」


「んなああああ!?これは失礼をば……ブクブクブク。」


「マスター、急患よー!」

「ただいま処分して――おきました。」


「「「ちょっと!?神様をどこにやったの!?」」」


 悪戯に抗議したシイタケ神を、名乗っただけで一蹴する上級神。驚いたのは別にシイタケさんだけじゃなく、巫女達もビビっている。系統が違うとは言え、住む世界が月とシイタケなのは明白だった。


 尚シイタケさんは普通に寝床に移されただけなので、処分についてはマスターの悪魔ジョークである。


「あの土着神はともかく、あの新郎新婦は見どころあるわね。」


「ワインをそのまま頂いたからですか?」


「ええ、お酒というのは千差万別。ワインは男が想う理想の女みたいなモノよ。とても素敵な味や香りになる一方で、幻想が過ぎれば出来に幻滅することもあるわ。」


「面白い例えですね。んで、なんでワインにしたんです?」


「身籠ってお酒飲めないし、雰囲気だけでも味わおうと思ってな。」


「きっと良い母親になれますね。」


「ふふーん。現地妻として素晴らしい子を産んでみせるとも!」


「頼もしい限りですね。」


「自ら現地妻を名乗る以上、これくらいはな。でもそろそろ本妻の相手をしてあげた方がよいぞ。」


「ご、ご配慮ありがとうございます。○○○、その目はやめてっ!?」


 現地妻との会話に興じてると正妻のレーザービームが突き刺さる。慌ててご機嫌取りに走るマスターを複雑な視線で見つめる愛人達。


 複雑と言えば、厨房の2人もそうだった。


(むー、手際いいなぁ。どうやったらあんなに……)


 朝から大量に作った料理をテキパキと盛り付けていくトモミ。その様子を物陰からこっそりと伺う幽霊のアケミ。


(あの人が私の前妻のトモミさんか。見た所何でも出来てるし、もしや完璧超人ですか!?)


(実は丸聞こえなのよね。)


 トモミは料理を盛り付けながら、アケミの思いの丈という名のアホ話を聞いていた。


(アケミさんは私の記憶を無くしても、面白い魂のようね。今回も私の方からお誘いをしてあげましょうかね。)


「トモミさん!すみません、手伝います!これとこっちはもう、配膳して大丈夫ですよね?」


 意外にもアケミは積極的に手伝いに来ることを選んでいた。


「え、ええ。お願いするわ。こっちが彼好みの味付けだからお願いね。」


「はい!大丈夫です!あ、それとそちらの和え物には――」


「「ラー油をヒト垂らし!」」


「アケミさん、よく勉強していたようね。」

「トモミさんも、鈍ってないようですね。」


 ケーイチの元嫁の2人は、互いに笑みを浮かべると仕事へ戻る。厨房になんとなく優しい風が拭いたような気がした。



「ケーイチさん、今度は鯛が来ましたよ!早速頂きましょう!」


「おう!この色といい匂いといい、とても美味そうだな。みんなも遠慮せずにガンガン食ってくれ!」



 運ばれてきた酒と料理を全員で湯水の如く消費していく一同。ケーイチはふと視界の隅に好みの和え物があるのを認め、豪勢なだけが食事ではないなと皿に手をのばす。こういう箸休めでメリハリをつける事も大事なのだ。


「頂きます、だ!……んぐんぐ、む!?」


 それを味わっている最中に違和感を覚えた。正確にはとても自然に味わえた事に気がついた。異界に来る以前、長年とても親しんだ味だ。


「ッ!?」


 ケーイチは辺りを見回す。まさか……この場に彼女達が?


 そんな思いで周囲を観察するが、それらしき人物は見当たらない。


「ケーイチさん、どうしました?こちらの煮物も美味しいですよ。」


「あ、ああ。頂くとしよう。」


「はい、あーん。」


「あーん、むぐむぐ。これは確かにうま……い……。」


 ケーイチはもう解っていた。先程から出される料理は豪華なものも多いが、家庭的な料理もそれなりにあった。それらは総じて、彼の好みの味付けになっていたのだ。



((結婚おめでとう。幸せになってね。))



 料理の中に込められたチカラのメッセージを受け取ったケーイチ。その想いに思わず目頭が熱くなる。


「ケーイチさん。涙が……?」


「いや、この日を迎えられたことが嬉しくて、な。まったくアイツ、○○○○には毎度してやられるぜ……」


 ケーイチは涙を拭きながらニクい演出をしてくれたマスターと、遠路はるばる祝いに来てくれた元嫁達に感謝していた。


「「やったね!」」


 そして厨房から様子を見ていた女2人は、両手でハイタッチをしていた。



「ほう、死神の目にも涙とはな。」


「マス、サイトウさん!今日は来てくれてありがとうございます。」


「うむ、結婚おめでとう。今度こそ幸せになれよ。」


「すみません。オレ、色々あって……」


「良い。オレの力不足だったのだ。お前はお前の道を進め。」


「はい、ありがとうございます!」


「サイガさんと言ったか。こやつの事、頼んだぞ。」


「はい!お任せ下さい!」


 サイトウは短い言葉にいろいろ込めて2人の門出を祝う。立場上はこの先対立する事になるが、それはそれ。今は祝福する時なのだ。



 集まった大勢の参列者が飲み、笑い、祝う中で。1角だけ女のご機嫌を取ろうと必死な男が存在していた。



「私じゃなくて、美人の現地妻さんのお相手をすれば?」


「オレは君が1番だっていつも言ってるじゃないか。」


「つーん。」


「口に出して言う所はとても可愛いけど。ちょっと抜け出さないか?」


「つ、つーん。」


「悪かったって。機嫌直してくれよ。」


「なんであなたが謝るのよ。私はあなたに怒ってるんじゃないわ。」


「ええっ!?」


 マスターが驚いていると即座にクロシャータが割って入る。そして上級神という立場でありながら人間の彼女へ深々と頭を下げる。


「正妻○○○様。この度は私の言動で不快にさせて申し訳ありません。」


「ッ!?つーん。」


「この身に受けた命の喜びに高揚してました。どうかお許しを。」


「つ、つーん。」


「せめてものお詫びに、正妻様の身体の呪いを解呪させて頂きました。」


「つーぇええ!?」

「ええええッ!?」


 これにはマスター夫婦もびっくりである。神様クラスの呪いといえど、上級神のチカラならほとんど動作もなしに片付けられるらしい。



「イチ愛神の私が仮にも妻を名乗るなど、○○○様のお怒りもご尤も。我はこれでも上級神の端くれ。今後は必要とあらばこのチカラ、ご夫婦の為にお役立て下さい。」


 彼女はそう言って忠誠とか誓っちゃいそうなポーズをとる。


 クロシャータ的には、自分の所為で夫婦仲がこじれるのはよろしくない。自分に代償が巡ってきて関係を切られる可能性もあるからだ。

彼の妻○○○とは契約時に立ち会ってもらって挨拶したがそれ以来会っておらず、この機会にきちんと話を通しておこうと考えたようだ。


 そもそも住む世界が違いすぎて会う機会が無いので、女同士の感情のすり合わせもここまで先延ばしになっていた。誰が悪いかと言えば当然マスターだろう。モモカの子守りを頼む時に挨拶させれば良かっただけなのだから。



「ふ、ふーん。中々やるじゃない、デスカ。まぁいいわ。その名乗りを許可シマスから旦那を支えてクダサイね。でもでも、一番は――」


「承知してます。○○○様こそ彼の一番手。正妻様においては、私への敬語は不要です。どうぞお気軽にお話下さい。」


「あわわわわ……」


 しどろもどろで言葉を繋ぐ○○○だったが、上級神に気軽に接しろと言われてパニックになる。次元の桁数が違う相手なので無理もない。


「落ち着いて○○○。彼女の誠意と厚意は受け取っておこう。」


「そ、そうよね。じゃあ親しみを込めてクロちゃんと呼ぶわ!」


「クロちゃん!?はい、○○○様がよろしければ……」


「クロちゃんも私のことは様付けないで!プレッシャーで死ぬから!」


「それでは○○○ちゃんでよろしいですか?」


「はい、決まり!クロちゃんよろしくね!……うきゅーー。」


 話がついた途端に気絶する○○○。心の限界を突破してしまったようだ。


「○○○!?ふう、プレッシャーで目を回しただけか。」


「すまない、こんなハズでは無かったのに……」


「いや、仕方ないさ。立場が違いすぎるもん。一旦家で休ませよう。」


「私も同行させてくれ。少しでも彼女と親交を深めたいのだ。」


「わかりました。お願いします。」


 マスターは妻と現地妻とともに一時離脱する。数秒後に全員復帰したが、3人共非常に仲が良くなって帰ってきた。どうやらクロちゃんは魔王邸の仲間、つまり家族の1人として無事に受け入れられたようだった。


 しばらくしてケーイチとマスターは並んで酒を交わす。


「お前、他人の結婚披露宴で痴話喧嘩とか勇気あるな。」

「何を他人事みたいに言ってるんですか。」

「だって他人事じゃないか。」

「来年にはトキタさんも……おっとこれはヒミツでした。」

「そこで切るな!気になるじゃねーか!」

「酔っ払いの戯言、ただのジョークです。」

「お前に言われると冗談に聞こえねぇ。」


「それよりどうです?祝福は貯まりました?」

「分からん。オレにそれを測る装置はついてねーからな。」

「その口のニヤケぶり、充分のようですね。」


「そういうもんか?でもまぁこんだけ祝われるっていうか、大勢に認められるっていうのは素直に嬉しくはある。」


「ええ、それが大事なんですよ。オレ達は日に日に世間からの評価が下がっていきますからね。」


「ああ、支えてくれる家族は必須だぜ。今回もありがとうな。これからも同僚としてよろしく頼むよ。」


「ええ、こちらこそ。」


 家族の大事さを再確認した2人は、固く握手を交わすのであった。



 …………



「「「こんにちはー。」」」


「こんにちは。おや今日は綺麗どころも連れてるのかい?」


「彼の妻の○○○と言います。旦那がお世話になっております。」


「えええ!?私はてっきり……ええ!?」


「本当だ。正妻様に失礼の無いようにな。」



 神界の工房で鍛冶の神・ヒートペッパーの驚いた声があがる。


 今日も魔王剣改め魔王杖の制作のために訪れるマスターだが、本日は○○○とクロシャータも同行している。理由は簡単、今日の作業とその後始末に必要になるのだ。本当はカナも欲しい所だが、クオンの世話を任せてある。クオンはマスター以外にはよく懐いてるのだ。



「女の私が言うのも何だけどさ、女連れで工房に来るのはどうかと思うわよ?」


「今日は杖の材料の確保するつもりだから、どうしても必要なんだ。」


「なんだいそれは?」


 鍛冶の神・ヒートペッパーが苦言を言うが、よく分からないことを言うマスター。いつも通りである。作業場に移動すると、カラクリ大好きな鍛冶の神・ソートルフが作業をしていた。



「こんにちは、ソートルフさん。こっちはオレの妻の○○○です。」


「よろしくおねがいします。旦那がお世話になってます。」


「よろしくな。……おい、神でも無いのに別嬪じゃないか!お前、どうやって射止めたんだよ。」


 ぺこりとお辞儀をする○○○に驚いたソートルフは、マスターに詳細を求める。だがそうするつもりのないマスターは先を促す。


「それより今日の作業を進めましょう。そちらで材料は見つかりました?」


「いや、不思議な石は結構あるんだけどマスターが求めるようなものは見つからなかった。いくらオレたちでも物がなければ無理だぜ?」


「ではやはり、材料は自分で作るしか無いですね。」


「どういうこった?」


「まあ見てて下さい。○○○、クロシャータ。サポートは任せるよ。」


「はい、正妻の意地に掛けて!」

「うむ、現地妻の名誉に掛けて!」


「運命干渉、発現!」


 マスターから赤い霧が吹き出て作業場を赤く染める。これからするのは以前下着の材料を作ったのと同じで、材料が無いなら運命を弄って生みだそうという試みだった。


 目指すは赤いチカラそのものを含んだ金属である。


(さて、どういう理屈から生み出すかだけど……やっぱり相場としては自分自身だよなぁ。まずはパラレル世界を探してみよう。)


 曰く付きの業物というのは鍛冶師や関係者が命を掛けて、と言うモノも多い。ならば自分と相性の良い素材を作るなら、自分を材料にするのが一番だろう。


「イロミ検索、対象は自分っと。条件は”故人”であること。」


 目の前にモニターを出現させ、赤い糸が次元を超えて別の○○○○を検索する。幾つも検索にかかって目の前に表示される。


 パラレル世界など無限に存在しうるので、モニターにはずらーっと表示限界を越えた検索結果が並んでいる。


「ちょっとこれは多いな。条件を絞ってみよう。2005年限定で。」


 思うところがあり、その年限定で死亡した自分を探す。条件を絞ったにも関わらず、現状の表示限界の1万件を越えてきた。


 マスターはその中から更に条件を加えて、1人を選び出す。その自分の死の直前の魂を目の前に呼び出した。


「こんにちは、別の可能性のオレ。」

「こんにちは。あの世で自分に会うとは思わなかったな。」


(((なんだこれ!?)))


 周りは突如現れたもう1人の○○○○の魂に困惑する。


「神界だからちょっと違うけど、別世界なのは間違ってないよ。」


「そうかい。オレに何の用だ?見た所そっちは大成して見えるが?」


 もう1人の○○○○は妻と現地妻を見てそう言ってくる。


「それはそうなんだけど、チカラを借りたい。」

「この赤いのを見るに、その必要は無さそうなんだが。」

「今後を見据えるとね。子孫がいじめられるのを防ぎたい。」

「子孫ね。そっちは余程上手く立ち回ったんだな。だが断る。」

「なんでだい?」


「オレは……恐らくお前もだが、息子殺しだろ。家族を守れず、自らの子供を手に掛けて子孫を守るも何もあるかって気がするが?」


(((息子……殺し?)))


 ○○○○2号の言葉にマスター以外が固まる。しかし当のマスターは気にした風もなく会話を続けていく。


「やっぱり”彼”はそうだったんだね。時代を越えた親類かな?とは思っていたよ。何かワケでもあって副官に利用されてたんだろうね。」


「そこまで判っててよく今のお前があるな。イカれてるぜ。」


「身に覚えが無いのに気に病んでも仕方ないし。」


「ぶっちゃけオレも身に覚えがない。その辺に何らかのカラクリがあるんだろうな。」


「オレらの中の誰かがタイムトラベルで、って事なんだろうね。」


「大方、モテなさすぎてチカラで惑わしたんじゃないか?」


「うん、ありえすぎて困る。自分がアレなのを知ってるしなぁ。」


「全くだ。結局自分で倒すハメになってるし、何をやってるんだか。」


「作るのと倒す順序が逆な辺りが、闇が深いよね。」



(((どういう事なのか、もの凄く聞きたい!)))



 訳も分からずマスター同士の会話を聞いている妻と神達。何やらマスター達はなにかに納得してるようだが意味がわからない。

 だがここで邪魔しようものなら、材料獲得の失敗に繋がる可能性もある。大人しくしているしか無いのだ。


 話を整理するとマスター達は過去、息子と思われる男を殺したらしい。だが最初の子供はセツナであり、それ以降も息子を作った覚えは無い。恐らくはパラレルワールドに存在するマスターの誰かが、タイムトラベルを利用して作ったのだろうという推測になっている。


 マスターからすれば、2005年当時はトモミの結婚を果たした上で余命は半年。何かが間違えばヤケを起こしてそういう事をする自分が居てもおかしくないと思っていた。

 魔王事件では多忙のあまり彼の暴走を懸念した社長が、妊娠騒ぎを組み込んだ可能性もある今、マスターは割と納得していた。


 だが疑問も残る。なぜパラレルワールドの息子らしき男が、各世界のマスターの前に現れて殺される事体になっていたのか。



「時間もないし状況はこれで伝えよう。」


「了解だ。」



 2人は黒モヤで情報共有をしていく。このせいで外野はさらに意味が分からなくなった。


「そっちのオレが娘しか作ってない事やオレが子供を作る前に死んだことから、きっと何処かで”時空を越えて”いるな。」


「だろうね。オレはこの先作らないとは限らないが、そっちは死んでるから整合性が取れない。話が戻るけど、だからこそチカラを貸してくれないか?この先、訳のわからない次元からの攻撃や、子孫が窮地に陥っても跳ね除けるチカラが欲しいんだ。」


「まぁ、そうだよな。良いよ。どうせ輪廻に戻ってもくだらない争い、同じ事の繰り返しだ。だったらこのチカラで娘や子孫を守るってのは人生のアフターファイブに丁度良いだろう。」


「よかった。それならオレの方でそっちのチカラを加工する。」


「うん。遠慮なくやってくれ。」


 2人は頷いて作業に入る……前に○○○とクロシャータに黒モヤで事情を説明しておく。変に疑問を持ったままだと失敗する可能性もある。


『”彼”というのはナイトのボスの事で――』


 長い説明を一瞬で終えて、妻達の表情から疑念が消えるのを確認する。


 マスターはもう1人の自分に手をかざして、強制的に赤いチカラを引き出して糸に変える。それを少しずつ編んでいき、特殊な金属としての条件づけをしていく。


「うむむ、これはちと難産になりそうだ。」


 赤いチカラがチラホラと外へ飛び散っていく。下着の時と違って、強く・意識ある者を加工する為にやや制御に難が出てきている。


「チカラが散らばりそうだ。クロさんは結界を。○○○はオレの心を支えてくれ!」


「「はい!!」」


 クロシャータは作業場全体に結界を張り巡らせ、赤い糸が飛んでいかないように塞ぐ。○○○はマスターの背中に抱きついて、黒いチカラで心のカタチを保とうとする。


 おかげで赤い糸は正確に編まれていき、オリジナル金属として生まれようとしている。



「そろそろ加工が終わるけど、そっちのオレの意識はどうする?」


「このチカラ、何でもありだな……オレの意識は眠らせてくれ。下手に残ってると世界的にもオレ自身の為にもならなそうだ。」


「さすがオレ、良く判ってる。じゃあ良い夢を見させてあげるよ。」


「そいつはありがたいね。大成したオレの物語、堪能させて貰うよ。だがそれなりに助力はする。イザって時は起きれるようにしてくれ。」


「それで行こう。まずはゆっくり休んで、イザとなったらよろしく。」



 加工が終わり、赤い光が消えていく。皆が固唾を飲んで見守る中、作業台の上には赤い鉱石が生まれていた。



「名付けるならば、サダメタイトかな。ヒートペッパーさん、ソートルフさん。これで制作の方、よろしくおねがいしますね。」



 試作品の魔王杖を作業台に置いて、そのまま意識を失ってしまうマスター。彼は倒れる前に○○○とクロシャータに支えられた。


「お疲れ様、あなた。」

「お疲れ様、あなた様。」


「クロちゃん、ウチでの回復手伝ってくれる?」

「勿論です。○○○ちゃんの手腕、学ばせてもらうわ。」


「お2人とも魔王杖の制作、よろしくおねがいします。」


 2人の女に支えられ、魔王邸に運ばれるマスター。彼らを見送った2人の鍛冶の神はぽつりと漏らす。


「「マスターってなんなんだ……」」


 彼の過去については本人が気絶しているので解らない。

 妻と現地妻は黒モヤで状況を伝えられたので、何も疑問に思うこと無く魔王邸に帰っていった。


 2人は次に残された赤い塊を見る。サダメタイト。本来ならこの世に存在しないハズの金属だ。見れば魂の脈動を感じる、本当にありえない存在である。


「「マスターってなんなんだ……」」


 2人は同じことを呟いた後、気を取り直して作業に入るのであった。



 …………



「なあ、シズク。学校を早退することが多いそうじゃないか。」


「別に良いでしょ、お父さんには関係無いわよ!」


「関係あるだろう。学費だって父さんが出してるんだ。」


「お金の話じゃないわよ!お兄ちゃんを忘れちゃったの!?」


「忘れてなど無い。だがシラツグの事はもう諦めるんだ。」



 2014年9月15日。ミズハ家の夕食時。祝日なので早く帰ってこれたシゲルは、娘であるシズクの動向を問い正していた。案の定2年前に亡くなったシラツグの事を引きずり、非行に走りかけているようだ。


「そうやってまたお兄ちゃんの物を捨てるんでしょ!お墓参りも行かずに、それを私にも強要するんでしょう!?」


「あれは済まないと思っている。だがお前がいつまでも引きずって――」


「大事な家族だったのよ!?それを殺されて遺体すら無いのに、遺品まで捨てて諦めろ?フザケないでよ!お兄ちゃんは公務員になるって頑張ってたじゃない!それを無かった事にしようとするお父さんは魔王の味方なの!?頭がおかしいんじゃないの!?」


「シズク、言い過ぎよ。お父さんだって大変なんだから……」


 言葉が荒くなり、母サヨコに諌められるシズク。だがその言葉は、母も兄のことを否定しているかのようにシズクは捉えた。


「自分の息子のカタキに怒るどころか同調したような行動をとるから指摘しただけよ!本当もう、信じられないわ!!もう知らない!」


 シズクは怒りに任せて席を立ち、2階の自室へ戻る。残った両親は娘と解りあえずに沈痛な表情を見せる。


「「…………」」


「あなた、あの子は難しい年頃なだけですから。」


「シズクが大事にしていたシラツグの遺品を処分したのは確かだ。依存するものが無ければ立ち直るだろうと……だがオレは間違っていたのかもしれないな。くう……。」


 この日を境に、唯でさえ会話が少なくなっていたミズハ家はさらなる静寂に包まれることになる。シズクは魔王に同調してるように見える両親を見限り、話すことは無くなった。


 学校に意味を見いだせなくなっていたシズクは、兄の幻影を求めて街を彷徨う。


 シゲルは仕事と家庭のストレスに負けないように今まで以上にジムに通って身体と心を鍛える。帰ったら妻と映画を見るようにしている。娘にも声を掛けるが絶対に返事は帰ってこなかった。


 サヨコは少しでも心が休まるようにと美味しい料理に挑戦したり、アロマにお香・インテリア等で雰囲気を良くしようと努力する。


 だがシラツグの死に対しての向き合い方の違い、それを娘に押し付けた事で既にシズクの心は離れてしまった。そうなる前に向き合う必要があったのだが、それは今言っても仕方がない。



 …………



「ふぅ、いい風ね。それに水がとても綺麗。」



 2014年10月4日土曜日。その日もシズクは隣町の浄水場に来ていた。


 階段を登って施設の屋上で風を受け、水の光やせせらぎに心を寄せていた。



「でも、やっぱり違うのよね。もうあの約束が果たされる事はないの。」



 手に持った同人版スカースカをパラパラとめくり、現代の魔王のページを開く。もう何度も読み返したので見なくても内容は覚えている程だが、もう1度目を通す。


「カタキが魔王だなんて、復讐も難しいし……この気持ち、一体どうしたら良いんだろう。」


 シズクはため息をついて風と光と音に身を委ねる。そのまま暫く心を休めていると、不意にその調和を乱す音が聞こえてきた。



 カタタン!カタタタタタタン!



「ん?なにこのミシンみたいな音。」



 突然の連続する音を訝しがるシズク。


 この日、多くの者達の日常に変化が訪れる運命の日。


 その始まりの足音を最初に聞いたシズクは、まだ何も知らない。


お読み頂き、ありがとうございます。

次週よりゲーム版最終話のエピソードに入っていきます。

あちらではオミットした話も入るので文章量・話数共に多めになるので、気楽に眺めて頂ければなと思います。





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