09 アケミ その2
中盤、デリケートな話題があります。苦手な方は少々読み飛ばしてください。
「おはようございます!本日はお集まりいただきありがとうございます。」
2007年の10月末。
春から始まる、政府の特別訓練学校の関係者一同が集められた。防衛省が用意した広めの会議室で、進行役のサワダが挨拶をしている。
特別訓練学校のこの国での役割、その中での自分達の責任。
そういった事を説明してくれている。
(まさか対魔王用の学校だったなんて!)
その中のひとり、アケミは戦慄していた。
資料には確かに対テロリスト用の訓練学校がうんぬんと書かれているが、対魔王とは一言も書いてなかった。けど炊事管理ならそこまで危険はないかな、と心を落ち着かせる。
「では 各自自己紹介をお願いします!」
「ケーイチだ。春から教官として子供たちの面倒をみる。サイトからの出向だが、よろしく頼む。」
その瞬間、心が落ち着きの無さを取り戻す。
(格好いい!!)
ケーイチは顔が整っている。加えて歴戦の戦士でもある。革のロングコートを纏った姿は、とても良く似合っている。
その雰囲気はアケミの心を少し揺れ動かした。
「キョウコです。事務のリーダーをやります。皆様が安心して働けるよう心がけます。」
「アケミです! 炊事管理に携わります。医学も学んでるので栄養管理はお任せ下さい!」
「ほう、これは期待できそうだ。」
ぼそっとケーイチが言葉を漏らす。アケミは期待されて嬉しくなった。頭の中ではクラッカーが鳴っている。
「医務室を担当する、タクマだ。」
それだけ言って席につくタクマ。
(あれが私の志望場所を獲った男か。愛想悪いわね。)
アケミは勝手にライバル意識を持っていた。
その後それぞれのチームで別れて仕事の打ち合わせをし、頭がヘロヘロになる。
特別訓練学校では、1期生は12人を予定しており、生徒たちは住み込みである。12名というのは少なく感じるが、随時編入予定らしい。能力者を集めるのも大変なのだ。
また、スタッフも希望者は学校内に住んでいいそうだ。
つまり、その分の食事全てを自分を含む炊事担当者が賄わなければならない。
(腕太くなりそう……)
椅子に座ってぐってりしていると、
「よう、おつかれ様だな。アケミさん。」
そこへ戦士の雰囲気たっぷりの教官様が通り掛かる。
「お疲れさまです! やだ私ったら恥ずかしいところを。」
慌てて居住まいを直すアケミ。こういう時のわたわた感は可愛らしく見える。
「差し入れだ」っと缶コーヒーを渡されて嬉しくなるアケミ。
「それでどうだ、 やっていけそうか?」
「もちろんです。頑張って挑戦しますよ!」
「若いってのは勢いが有っていいな。 30になると途端に――とそんな話は良いとしてだ。」
(30歳、許容範囲だ!)
コツコツと情報をあつめるアケミ。
「実は今日は来ていないがサイトの関係者が後二人いてな。両方とも仕事が忙しくて来れなかったんだ。」
「そうだったんですか! お仕事なら仕方ないですよ。テレビで見ましたけど、サイトってエリートなんですよね?」
ナイトとの決着が付いて以降、サイトは概要を公開している。超能力者は危険じゃないよアピールだったが、現代の魔王のおかげで割と台無しではある。
だからこそ、ケーイチがここに出張る事になりこの出会いもあったわけなのだが……。
「普通じゃないのは確かだな。超能力者も多い。エリートと言えばアケミさんもそうだろ?卒業してすぐ、国営の機密山盛りの部署に務めるんだから。」
「あ、あはは。 何故か炊事ですけどねー。」
なんとも言えない微妙な気持ちになるアケミ。
褒められて嬉しいけど本領部分ではないのだ。
「気にすんなよ。メシは生きる活力だ、期待してるぜ。」
ポンっと頭に手を置かれて、ボンッと真っ赤になるアケミ。
「あ、あの。 ケーイチさんは恋人とかいますか!?」
「ん? オレは――」
prrrrrr prrrrrr prrrrrr
ケーイチの携帯から電子音が響く。
「失礼。 オレだ。 ……わかった。すぐ行く。すまないが緊急の用事だ。これで失礼する。」
そう残して衝撃波が出そうな勢いで駆けていくケーイチ。はためくコートがマントのようで格好いい。
肝心なところを聞けなかったアケミだが、映画の登場人物のような言動のケーイチに、かなり心を揺れ動かされていた。
…………
「ノロケるために呼び出されるとは思わなかったよ。」
「ちょっと! そんなんじゃないし!……まだ。」
2007年11月の初め。神奈川にある飲み屋でショウコはアケミに呼び出されていた。のだが内容に頭を抱えていた。
「顔合わせに行ったらエリートのいい男がいて、超格好いいと。だけどどうエリートなのか、どう格好いいのか名前も言えないっと。」
「うん ごめんね? 思っていた以上に機密が、そのぉ。」
「わかった わかった。 もう良いから。それで、脈はありそうなの?ちゃんと相手に恋人がいないことを確認したんでしょうね?」
「凄く優しくしてくれたから、可能性はなくない、はず。」
「恋人は?」
「聞いた時に電話がかかってきて、緊急の要件でーって行っちゃった。」
「そこちゃんと聞いとかないと、相談受けても困るんだけど。」
「ごめんってー!それでね。今度お披露目会っていうのが有ってね?そこで私達 炊事担当がゴハンを作ることになってるの。そこで彼のガッツリ胃袋をつかもうと思うんだ!」
「胃袋はいいけど、変な材料入れちゃ駄目よ?髪の毛とか。下の毛とか。」
「入れないわよ! そんな病んでないもん!」
アケミは来たるべき戦い、お披露目会に向けて熱意と乙女心を燃やすのであった。
…………
「マスター、料理スライムって都市伝説知りません?」
「メシ屋でする話題じゃないと思うんだ。」
2007年 11月の初め。茨城県で屋台を出しているといつもの通りサクラが来店する。キリコの厨ニ接客で迎えられたサクラは遠いー!と愚痴りながらも注文する。
「こんな頻度でポンポン出張してて大丈夫なの?」
キリコがお財布の心配をする。彼女は財政難の組織にいたので気になるらしい。
「この店のおかげで、予算が大幅に増えたんだ。これくらい余裕余裕!」
「でも真っ先に聞くのが料理スライムとか、それはどうなんだろうと思う。」
「マスターなら知ってるかなと思ったんですけどねー。最近神奈川で出たらしいよ。」
「その話はやめてくれるとありがたい。」
店主から禁止令が下る。 はーい。と答えて次の話題に移る。
「程よく緊張がほぐれたところで、そろそろ核心部分を聞いてもいいでしょうか。」
「世間で言う”魔王事件 ”のことですか?」
最近はその様に呼ばれている。
10億殺し 婦女暴行 破壊活動では 字面がいかついのだ。
「そうです。 今までは前提となる部分を聞かせて頂きましたが、そろそろお願いします。」
「わかりました。でも情報の扱いは慎重にお願いします。被害者やあなたにとってのリスクとなりますので。」
「マスター、良いの?」
「先日、国連に魔王事件の詳細を届けました。犯行声明みたいなものです。既に知られている話なら 別に話しても構わないですよ。」
「初耳です。ニュースでは何も言ってませんでした。」
「データ量が膨大ですから。確認するだけでも大変だと思いますよ。」
ちなみに作ったのは社長である。
怪しげな術でPCにすごい勢いで打ち込んでた。
「それではまず、たくさんの女性を襲った件についてです。話によると、全ての被害者さんがご懐妊したとか。」
それを聞いたマスターが険しい顔をする。
怒りではなく、気まずいといった表情だ。
「それかー、多分1番言えることが少ないと思うよ。どう言っても言い訳になるし、プライバシーもあるし……」
「では話せる部分だけで結構です。 まずは選考基準とか?」
「決めたのは社長ですね。 基準は聞かされてませんが――依頼があって、育児が出来そう。ってのが前提なのかなぁ?」
「その辺、一応は会社っぽい感じなんですね。」
「ちょっと意外。マスターが本能の赴くままに平らげていったと思ってた。」
酷い言いようのキリコだが、その目はマスターを推し量ろうとする雰囲気が読み取れる。
「それで、依頼という事は本人達に頼まれたのですか? 世間で言われているようなモノではなく、合意の上だと。」
「その辺は人によりました。各家庭に事情があると思いますし。」
その言葉を「事実を認識する」チカラで咀嚼するサクラ。
嘘ではない。本当にいろんな事情があったのだろうと判断。
「前提と言いましたが 他にも有るんですか?」
「そりゃあ、オレがコーフンするかどうかとか?」
キリコとサクラの目の光が消える。
「マスター、私は理解している。けれどもその言い方はないと思う。」
「最初に言っただろう?何をどう言っても駄目な話題なんだって!」
「失礼、そうですよね。男がそうならないと、うん。わかってます。」
「無理しなくていいよ。サクラからしたら、面白くないでしょう。」
「いえ、続けます。事情はあれど基本的には合意だった訳ですか?」
「本人の、とは限りらないけどね。自ら積極的にする方や否定し抵抗する方、よく解ってなかった方など様々です。」
「う……すみませんマスター。話せるところだけ 話してもらっていいですか。」
本人意外の合意でとか、そもそもそれを合意と言わない。
質問する気力が削がれていくサクラ。
「では流れの方を。まずは指定された人のところへ行き、確認を取る。相手の……周期を調整して行為の後に、かなりの額の養育費を置いておく。金の出所は不明だけど、恐らく10億殺しで奪った金でしょう。」
「なるほど、行方不明のお金がどこに行ったのかと思ってたけどそこだったのね。」
キリコが納得する。
シュガーでの冷や飯時代に、疑問に思っていたのだろう。
「周期を調整って、それだけでは確実ではないのでは?」
「あー、行為後に着床まで時間や空間を、ごにょごにょと。」
「マスターえっちぃ。肌を晒したら確実に産まされる。」
「やたらにそんなことしないよ。仕事だったんだって……」
だんだん声に力がなくなってくるマスター。
(ん? 養育費を払う?)
今までの話でおかしな所に気がつくサクラだったが、マスターの方から少し視点を変えた話を持ち出してくる。
「でも世界中を飛び回ったけど、先進国が一番多かったよ。途上国ではよほど環境が揃った家じゃなければ、その手の仕事はなかったかと。」
「その辺が育児ができるかっていう前提の根拠ですか?」
「うん。貧しい家だと養育費を家の生活費に当てちゃいそうですし。年齢分布的にも、 少子化が激しい所には多かった気がするけど……。その辺は何言っても言い訳になるし、オレからは何ともだな。」
サクラとキリコは前半で「なるほど。」と納得しかけたが、
確かにマスターの都合のいい身勝手な言い訳ととれなくもない。
そこでサクラは別の質問をぶつけてみることにする。
「気になることがあります。奥さんはこの事についてどう思ってるのでしょうか。」
「するどい質問だね。 この仕事を社長から伝えられた時、
当然オレやオレの関係者一同は反対しました。」
「良かった、そこは普通の感性だったんですね。」
「だけども現実として、仕事は受けざるをえなかった。前に税金の為と言ったけど、仕事をこなす事そのものが税でして。」
「……人質?」
キリコが何かを察して聞いてくる。その目は虚ろになりつつある。
「鋭いね。手伝わなければ土地から追い出すって言われて。直接的に手を出されてはないけど、結婚生活を盾に脅されてね。」
家は異次元だが職場はあの土地の悪魔の屋敷なのだ。
専属契約をしているのに、
屋敷に入れなければ契約不履行になってしまう。
悪魔は契約に厳しいのだ。そうなれば結婚生活も……。
「そんなのって、ズル過ぎです!」
「そうだね。もうその時点でオレと妻はどうにも出来なくて。そしてウチの悪魔さんが、そこまで世を乱すならまずは自分がその代償を受けろと条件を出しましてね。」
それを快く受けてしまった社長。これには一同ビックリだった。
「も、もしかして 社長が妊娠してたのって、マスターの子供?」
「そういうことです。」
サクラは言葉を失っている。 というかちょっと泣きそうだ。
キリコはどうしていいかわからずに、暗い表情をしている。
「そういう訳でこの件に関しては、妻は理解してくれてます。仕事で本当に必要なら構わないと許可を貰いました。もちろん逆パターンならリスク抜きで戦うけどね。」
ハーン総合業務の社長の脅しは、本当に絶妙なラインだった。
あと1歩でも踏み込まれていたら、
それこそ10億人などですまなかっただろう。
マスターは人間を滅ぼす”だけ”なら簡単に出来るからだ。空間を弄って地球そのものに攻撃すれば10秒と掛からない。そんなチカラで社長と戦おうものなら地球はどうなっていたか。
ただし、彼よりも強い者はそこそこいるので、阻止される可能性も高かったりするが。
こう見ると社長はとんでもない外道に見える。しかし彼女はただの外道ではなく、先を見越した外道なのだ。
マスターはこの時は気がついていないが、その外道に関わることで教わったことも多い。
”物事の見方” ”柔軟な考え方” ”新たな技”などを幾つも伝授されていたのだ。
マスターのチカラはポテンシャルは高いが、使い手がヘボなら生き残れない。よって社長は、彼をもっと高みに登らせるために無茶なことをさせていた。
ちゃっかり彼の遺伝子を、その腹に拝借するように 話を誘導するくらいの外道ではあるが。
…………
「この度は、本当に申し訳有りません!」
土下座である。サクラ、渾身の土下座を披露する。
「う、う……」
キリコも思う事があったのか、マスターに抱きつき顔を擦り付けている。マスターはその頭をヨシヨシと撫でてやっている。
「いやいやそこまでしなくても……気にしてないから。ていうか謝られるいわれは無いかと。」
「知らぬこととは言え、不躾にも大変お辛い話をさせてしまいました。そして今までの失礼な言動をお詫びします!!」
「うう……」
これは一体どうしたものだろうか。とマスターは思案する。
(いやいや、なんでこうなるんだ?)
どちらかというとやらかしてるのは彼の方であり、謝る必要があるのは彼の方だろう。それも全人類に。
「2人とも落ち着いて。 もう過ぎたことだし、そこまで改まれるとどうして良いかわからないよ。」
「駄目、多分マスターは今は離しちゃいけない。」
マスターが辛い話にもかかわらず普通にしているので、
キリコは彼の心の心配をしているんだろう。
上手く言葉が出ないから抱きついて意思表示をしていたようだ。
「ありがとうな。でもそういうのは妻にしてもらうからさ。」
「わかった。私は店員だもんね、分はわきまえるわ。」
キリコが開放してくれたので、マスターはサクラの前にしゃがんで声をかける。
「サクラさんそろそろ顔を上げて下さい。別に怒ってませんし、席に座りましょう?」
「でも こんな、私はなんて事を……」
「貴女は契約上の権利を使っただけです。それに話したのはオレです。何も気に病むことなどありませんよ。」
その言葉に気を取り直したのか席に座って水を飲むサクラ。
マスターはサクラ達が心配するほど気にしてはいない。それこそ終わった話ではあるし、現状は上手くやっていけてるからだ。
「私は、少し浮かれていたのかもしれません。だれも辿り着けなかった魔王事件の真相をこの手で書けると。でもそれを書くということ自体を甘く見ていました。」
「サクラさん。あまり思いつめないほうがいいです。」
「わかってます。でも向き合わねばならないことでもあります。今日聞いたことはほんの一部。恐らくは更に厳しい話もあるのでしょう。今日のところは失礼して、次回また気合を入れ直して来ます。」
そう言って追加分のお代を払うと帰っていった。
実際の所マスターに辛い話云々より、帰り際に言った自身の認識の甘さが堪えたのだろう。
「もっちゃん、大丈夫かな。」
「彼女は強い。次会った時は一回り成長しているはずさ。」
お客さんが居なくなったので本日は閉店。
苦い夜になったが魔王事件を追う以上、いつかは通る道だ。
それがたまたま今日になっただけなのだ。
…………
「今日は絶対成功させるぞー!」
寝起き一番、大きく伸びをしながらアケミは叫んだ。
2007年11月の半ば。関東の某所にある特別訓練学校。
そのお披露目会が本日開催された。
サイトのマスターにより大幅に空間を改装され、
すでに住める状態になっていた。
厚生棟と訓練棟に別れており、地上を行く他に転送装置でも移動もできる。
地下にリフトもあるが基本地下は立入禁止である。
敷地の周りには川が流れていた。橋の両サイドには遮断器が有り、守衛さんが目を光らせている。
敷地内に入ると、厚生棟から訓練棟の順で見学することになった。
アケミは炊事管理部なので訓練棟の見学は免除となり、代わりに皆への食事を作っていた。
50人からの食事を僅かな人数で作っていく。
厨房の勝手になれるまでどこかぎこちなさがあったが、最終的には手慣れたものになった。
(これなら、ケーイチさんにも気に入ってもらえるはず!)
アケミは手応えを十二分に感じていた。
ちなみに本日もトモミとサイトのマスターは来ていない為、アケミはまだ致命的な部分に気がついていない。
訓練棟組が戻ってくる気配を察すると、炊事組全員で食堂へ料理を運ぶ。
美味しそうな匂いと見た目に、スタッフ達から歓声が上がる。
「予想以上に美味そうだ」
とケーイチがつぶやいたのをアケミは聞き逃さなかった。
全員が席に付き、箸を手に取る。
「どうぞ皆さんお召し上がり下さい!」
「「「いただきます!!」」」
本日のメニューは鶏めしを始めとして煮物やハンバーグ、
わかめスープなどだ。実は自衛隊用のレーションを普通に料理して再現したものである。
皆が幸せそうに料理を食べている。 ケーイチも笑顔だ。
それだけでアケミは幸せな気持ちになれた。
5分後。
気がついたら1人、また1人とテーブルに突っ伏していった。
椅子から転げ落ちているものも居るし、口から泡を吹いているものも居る。泡の中にはゲル状の何かが見えた気がした。
「う……そ……なんでーーーーー!!」
食堂に集まった50名、アケミ以外全てが食中毒で倒れていた。
お読み頂きありがとうございます。