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89 カゾク その1

 


「凄いわ。世界がこんなに輝いている。」


「君の為ならいくらでも光を生み出して見せるさ。」



 2014年1月31日深夜。南極で時間を操り無理矢理オーロラを生み出したマスターは、妻の○○○を後ろから抱きしめながらイチャついていた。


 魔王邸の面々はちょっと離れた所でペンギンと記念撮影している。勿論ペンギンにニオイが付かないように全員に次元バリアでの細工をしてある。というかそうでもしないとメンバーが寒さにやられてしまう。全員防寒と言うにはやや難がある服装だからだ。



「ふぁぁぁあああああ!すごーい、こんなにキレイな空もあるのね!」


「わーー!きゃっきゃ!」


「あっちにはペンギンさんもいる!くーちゃん、お写真撮ろう!?」


「あーー!わーー!」


 セツナは妹のクオンを抱きながら、南極の風景を楽しんでいる。


「セツナ様ー、クオン様ー!あまり動き回ると危険ですよ!」


「だいじょうぶー!カナさんも一緒に写真撮ろう!!」


「ふふ、お任せください!飛び切り可愛く撮って見せるカナ!」


 カナは彼女達に注意しつつも一緒に楽しんでいる。


「ユズちゃん、マスコットライバルの彼らを研究するのよ!」


「はい、キリコちゃん師匠!彼らの可愛さのヒミツを探ります!」


「「私達も参戦するわ!!」」


 キリコとユズリン、更に触発されたシオンとリーアもペンギンに対抗意識を燃やしつつ、群れに紛れて怪しげなダンスを踊っている。次元バリアが無ければ生態的に大惨事な光景である。


「皆さんお元気ですね。ああ、私は彼女達のダンスをみてるだけでも心が癒やされるわー!」


「マキ姉さんに後光が!?じゃあ私は盛り上げるために一曲いくか!」


 うっとりするマキと、ギターを響かせるクリス。


 そんな彼女達を遠目で見て、微笑むマスターと○○○。


「やはりここを選んで良かったな。チカラがどんなに凄くてもこういう自然の物にはなかなか敵わないからな。」


「オーロラを自力で発生させたあなたが言えたことかしら。でも嬉しいわ。あなたとこんなステキな景色を見られるなんて。」


 マスター夫妻はお互いをべたべた触りながらノンアルコールのブドウジュースを飲んでいる。母乳の事を考えればアルコールはまだ控えたい。


「○○○、クオンを産んでくれてありがとう。」

「私は○○○さんの妻ですもの。その義務だと思ってるわ。」


「やっぱり君は良い女だ。このオーロラですら君を照らす――」

「ふふ、口が上手くなったわね。ね、しましょう?」


 旦那の褒めセリフをひとさし指で遮って、それを自分の唇にあててキスをオネダリする○○○。


 別に褒めセリフを聞きたくないワケではなく、マスターが考えてた事がダイレクトに心に響いており、既に心がきゅんきゅん来ていたせいである。

 心を繋いだこの夫婦は、言葉より先に理解してしまう事も多い。


「「あむ……」」


 やがていつもの時間が来る。もうすぐ日が変わるのだ。


「あむ、んん……ん!あむあむ……」


 いつもより長いその繋がる時間。2人はテレパシーで『愛してる』砲を飛ばし合い、平和な愛情全面戦争をしていた。



「極寒の地で、こんな甘い大戦争が見られるなんて……心が痛い。」



 記念日パーティーのみの参加となるトモミだったが、移動した瞬間マスターの愛情砲撃を目撃してしまう。心が読める上にマスターが気になる彼女としては、心に手痛いダメージが入ってしまう。


(うぬぬ、せっかくオシャレしてきたのになぁ。)


「トモミさん、あけましておめでとう!こんなの慣れよ慣れ!むしろあの2人が仲良くないと、私達は干上がっちゃうから!」


「おめでとう、キリコちゃん。それもそうよね。ところでお店を始めたんだっけ、調子はどう?」


「絶好調よ!私のもマスターのスープも評判良いの!トモミさんもお店はどう?何かビビッと来たものはある?」


「まだ良くわからないのよ。かと言って身体張ってお客さん全員と解り合うほど、恋する女を辞める気は無いし。」


「そっか、トモミさんもお仲間だもんね!マスターのテクニックは底なし沼みたいなモノだし当然でしょうけど……今度私の店に遊びに来てよ。なにかヒントが見つかるかも知れないわ!」


「ふふ。是非お願いするわ。キリコちゃんも困ったら私の相談所に来てね?サービスするわよ。」


 去年のこの日に和解?した2人。お互いにマスターの投資によって店を出した身として近況報告をする。


「お父さーーん!今年は長すぎ、ずるいよぉ!」


 クオンを抱えたまま白い光を纏って両親に突撃するセツナ。

 いつもはキスが終わるまで待っているが、今日は我慢が出来なかったようだ。

 セツナがマスターに飛びつこうとすると、クオンも白い光を放って○○○の方へダイブする。


「クーちゃん!?チカラが使えるの!?」


「あらあら、クオンは甘えん坊さんね。お父さんそっくりよ。」


 ○○○はご満悦で赤ちゃんを優しく抱いてキスをして撫でる。


「むむ、クオンも才能を引き継いだのか。だがそこまでしてオレを避けなくても……」


 マスターはセツナを受け止めながらもショックを受けていた。


(むー、私がいるのにクーちゃんばっかり気にかけて!ん?でも今なら……)


 CHU~~~!


「!!」


 油断したマスターの唇にガッツリとキスを敢行したセツナ。

 マスターは驚いてセツナを離そうとするが、後頭部にチカラの籠もった腕が回されていて簡単には解けない。そうなれば乱暴にするわけにもいかず、成すががままになってしまった。


「えへへー!今年はお父さんにちゅーしちゃった!」


「セ、セツナ!?そういうのは大事な人の為にと……」


「私はお父さんが大好きだし、大事な人だもん!」


「いやだからそういうのとは……」


「お母さんとはいつもしてるのに、私はダメってずるいし!」


「あらあら、ついにやったわね。あなたは油断しすぎよ。それでセツナ、お父さんとのちゅーはどうだった?」


「さいこーだったよ!もっともーっと、好きになれそう!」


「うふふ、その通りよ。おめでとう。でもその好きって気持ちはよく考えておいてね。お父さんも言ってるけど、大事な人に大事な場面ですることなのよ?」


「う、うん。そうしてみる。」


 母の謎の迫力に押されて素直に応えるセツナ。なんとなくイケナイ事をしたのではないかと思いつつも、よく解らない。

 つまり母が言うようによく考える必要があるのだろうと納得した。



 この後は孤児院組や関係者各位を交えての、南極バーベキューを開いた。100人に迫る孤児院の子供達は、暗くツライ過去を忘れて目を輝かせて走り回った。

 その様子を見たクマリを始めとしたスタッフ達は、心が暖かくなる。


 追加で呼ばれた関係者。トモミや当主様や閻魔様に始まり、社長や副社長に上級神クロシャータ様等。

 マスター夫婦に理解のある者たちが呼ばれ、祝福の言葉を頂く。お礼に豪華なお肉を頂いてもらって満足してもらう。


 こうして2014年の結婚記念日は幻想的で華やかな時間を過ごした。



 …………



「うひゃあああああ!!きゃぁあああああ!!」


「お、おいマキ姉さん大丈夫か!?」



 とある日。魔王邸の医務室でマキの嬌声が響く。心配するクリスだったが、下着姿のマキを相手にどうしたものかと躊躇する。クリスは病院服を来ているがサイズが全然あっておらず、半分ほど巨大な胸と下着が見えている。


 今日は慣れてきた新人達にセクシャルガードを制作しようという話になっていた。キッカケはクリスが胸の手入れについて相談した件である。マキを含めた3人で話し合い、クリスのサイズに合うものを作ることになった。マキもそんな便利な物があるのならと、制作を頼んでいた。

 少しだけバージョンが上がり、細菌などにも強くなっている。


「心配いらないよ。調整すればすぐ楽になるさ。ちょっとどいてね。」


 マスターは心配するクリスにどいてもらって、白いチカラでマキの両手両足を固定して下着を身体のラインに合わせていく。


「はぁはぁ、んんん!?はぁはぁ。た、立ってられないよぉ。」


 へたり込んで色々漏らしているマキだが、セクシャルガードはきっちり異空間に水分を弾き出していたので床は汚れてない。


「マスター兄さん、この悪魔みたいな下着はなんなんだ!?」


 明らかにデキあがってる上に垂れ流しなマキを見て問いかける。次は自分の番だということもあり、当然正体は知っておきたい。


「説明したでしょ? 女性を外部と内部から優しく守る究極の下着、セクシャルガードだよ。」


「ひゃ~~、この下着、幸せー!」


「守るというか、デキあがっちゃってるんだけど?」


「意図してない使用方法だけど、そっちにも使えるみたいだね。その場合は脱水症状に気をつけて使ってほしいかな。」


「ツッコミどころしかないんだが気の所為か!?」


「さて、次はクリスの番だな。君のはみんなとサイズがだいぶ違うから、下調べから念入りにさせてもらうけど良い?」


「ね、念入りだって!?うう、頼んだのは私だし、正直興味はあるんだけど……や、やさしくしてくれないか!?マキ姉さんを見てると不安になる!」


「そのつもりだよ。まずは座って。はいそのまま。では服をはだけさせてもらうよ。」


「お、お願いします。」


 クリスは緊張しながら胸を突き出し下着姿になり、そのままブラも外されてGのソレが開放される。


『「「ほう……」」』


 マスター・マキ・○○○の声が揃った。○○○はこの場には居ないがマスターを通してこちらの様子を注視している。


 とても大きいソレは、若さ故に形は崩れていない。やや色白な彼女の肌に少しだけ大きい先の方の輪郭、その淡い色素からは視覚、そして全体的には嗅覚を通して誘惑するフェロモンがばらまかれる。


「そ、そんな目でみるなぁ!」


 ささっと先端を手の平で隠してしまうクリス。その肉の歪みのせいで余計にグッと来るマスター。

 既にお風呂場で何度も見ているが、思わずじっくり眺めてしまったマスターとマキ。マスターの心の中には早く触ろうなどと声が響いている。


「すまない、ついな。真剣にやるから見せて欲しい。頼む。」


 ぺこりと頭を下げるマスターに、クリスは気を取り直す。


「う、うん。良いけどよ……もしそういう事に持っていくなら、ちゃんと口説き文句の1つやキスくらいしろよ?待ってるからな!」


 赤くなりモジモジしながらドストレートに気持ちを伝えてくるクリス。当然○○○が鼻血を吹きそうな勢いで興奮してしまう。


『うはー!クリスちゃん可愛すぎ!キリコちゃんとはまた違った乙女っぷりが、私の中のお姉ちゃん心をくすぐられるわ!』


『○○○、概ね同意だけど落ち着いてよ。こっちの心もザワザワして落ち着かない。』


「我慢できなくなったらそうするよ。今は診察に専念する。それでは失礼するよ。」


「ん、はぅっ。んん。」


 顔を赤くして手の平をどかすクリス。彼女の膨らみを下から手に取りチカラを通して内部構造を把握していく。柔らかいがハリもあり……いや違う。そうじゃない。内部でやや伸びてしまっている筋もあり、このままでは数年で崩れていってしまうだろう。


「なるほどな。ふんふん。これは……」


「お、おいい!?1人で納得しないでくれよ!恥ずいよぉ。」


「内部は少し痛み始めている。下着はこれを治してから作った方が良いだろう。もう少し触らせてもらうよ。」


「お、おう!そういう事なら、こっちから頼むよ。うん。」


 マスターは後ろに回り、根本から両手で持ち上げてチカラを通して治療をしていく。副社長の時と同じ要領だ。


『くうう、この感触良いわー!私もこんな風に出来ない?』

『落ち着いて?君は今のままで最高にオレ好みなんだから。』

『じゃあ一時的にで良いから!プレイ用で!』

『……後でな。』

『やったぁ!約束よ!』


 などと心の中でやり取りをしていると治療が終わり、ある意味神々しい仕上がりの胸になる。


「はぁはぁ、なんか胸がムズムズする……」


「治すだけじゃなく、簡単には崩れないように補強しておいた。これなら下着を外した時も負担にならないハズだよ。」


「本当か!?ありがとう、マスター兄さん!」


「どういたしまして。それで下着の方なんだけど……」


「クリスちゃんの胸は布で支えるだけじゃ足りなそう。」


「それなんだよ。布にチカラを付与して作るんだけど、このサイズで戦闘までこなせる物を作ろうとすると、袋型になりそうでなぁ。」


「それはなんか……キワモノ扱いみたいで嫌だよ。姉さん達みたいにオシャレな感じにできないか?」


「いっそオレのチカラだけで作る?3Dホロで誤魔化して?それは効果はあるだろうけど、消費も激しいしオシャレというよりエロ一直線にしかならなそうだが……」


 ブツブツ言いながら考え始めたマスター。マキとクリスはまだ彼が何処まで出来るか把握しきれてない部分もあり、黙って待っていた。しかし、クリスはそこで1つ思いついた。


「じゃあさ、もう兄さんが布から作っちゃえば良いんじゃない?」

「うーん、マスターさんなら凄い物を作れちゃいそうよね。」


 カイジン退治の時にいろんな仕掛けをぽんぽん生み出した彼なら、万能な布くらい作れるのではという思いつきだった。


 実際の戦闘時には3Dホロ等の演出で誤魔化しているだけで、1から全てを作ったわけではない。その辺はクリスの誤解である。


 だがしかし、その発想が彼の助けになった。


「ふむ……なるほど。これは行けるか?演出に拘るのが当たり前過ぎて思いつかなかったな。待てよ……もし上手くいくなら――」


 マスターはそこから何かを思いつく。きっと碌でもない事だったがそれはさておき、今は下着作りだ。


「クリス、良く言ってくれた。君のおかげでまた1歩、魔王邸は発展するかもしれない。」


「うん?私が何かのヒントになったんなら良かったけど。」


『○○○。もう解ってるだろうけど、良いよね?』

『ええ、上手くいくなら貢献度的にも構わないわ。』


「ヒントどころか正解だ。クリス、オレの妹以上になる気はないか?」


「ん?…………!!」


「わ!まあまあ!そんなに!?」


 突然のランクアップのお誘いにキョトンとするキリコと、素直に驚くマキ。彼女の様子から察したクリスは挙動不信一直線である。


「うぇええ!?な、なんだよ急に……んん!私はまぁ、良いけどよ?その、色々あるだろ?それに胸出しっぱなしで言う、んむッ!?~~~あむっ、んんん!!」


 言われた通り口説き文句とキスを雑にかまして、粘膜からクリスの脳がマスターに侵食されてとろけてしまう。一応書いておくが、今は別段チカラは使っていない。


「ご、強引すぎんだろ!もっとこう……」

「そんな熱烈に……」


「せっかくだから全力でやるか。モノは試しだ!」


(やるって兄さん、なにを!?ナニを!?)


 クリスは勘違いをしているが、変化が起きてすぐに誤解と解った。マスターから赤い光の霧が発生して医務室は赤く染まる。


「「赤い……チカラ?」」


「直接見せるのは初めてだよね。これはオレの本来のチカラ、”運命干渉”だ。君達の中の赤い糸はコレの一部という事だな。」


「「きれい……!」」


(本来下着づくりに使うチカラではないが、今後の為にも練習はしておいたほうが良いだろう。)


 マスターは世界の運命に手を伸ばし、赤い糸を紡いでいく。

 もちろんの理想の下着の運命なんて元から無いので紡げない。だから自分の妄想から必要な因子を生み出し、そこに赤い糸で理想を”編んで”いく。これで元となる魔王製の布が世界に生み出された。


 次はいよいよ加工だ。繊細な肌を守り、破壊されず、オシャレなデザイン。

 クリスの一組だけだと贔屓と言われそうなので、娘も含めた全員分の下着を今までのデータから作っていく。


 世界を脅かす現代の魔王。その彼が額に汗をたらして女性用下着を一心不乱に作る。きっと彼を敵視する全世界の人間は言うだろう。



 魔王のこんな姿は見たくなかった、と。



 そんなシュールな光景は3分もかからず終了する。世界に干渉する強力なものなので、長時間の運用はそもそも難しいし”必要ない”。


 発動すればほとんど妄想だけで、時間をある程度無視して結果を得る。それを長時間発動させておくのは精神力の無駄である。以前までは当主様のチカラを借りたので調整に時間が掛かったが、当主様との訓練の成果で今は1人でまともに使えるようになっていた。


 数字指定の宝くじで実験したことはある。しかしこんな間抜けな使い方をしたのは初めてだ。本人的には真剣そのものなのだが、傍から見れば変人奇人そのものにしか見えない。



「できたよ。これがセクシャルガード Ver.2.04だ!!」



 赤い光を閉じてドヤ顔で赤い下着を紹介するマスターは、直後に前のめりに倒れ込んでクリスの胸に顔を埋めた。




「……んん?ぐっ!?」


「おはようあなた。目が覚めたようね。」


「むー!むーーー!?」


 マスターはぞくぞくした衝動に駆られてソレを体内から吐き出し、ゆっくりと目を開く。直後に目の前に居る○○○から挨拶とキスをされた。彼女は赤く誘惑的な下着を着けており、早速試してくれていたようだ。


「おはよう、○○○。その下着、着けてくれたのか。」


 近くからクリスのくぐもった声が聞こえてきていたが、

 とりあえずは妻に挨拶を返すマスター。


「ええ、せっかく全員分作ってくれたんだもん。さっそく使わせてもらってるわ。これ、今まで以上にすごい性能ね。」


「まあな。っていうか下が大変なこと……に!?」


 その時、マスターは程よい脱力感を訝しんで下半身を見た。そこにはクリスが馬乗りになっており、咳き込んでいた。


「ゴホッゴホッ、うぇぇぇ。やっぱりすごい味だぁ。」


「クリスちゃん、無理しないでいいわよ。」


「んあ!?お前、回復を手伝ってくれたのか!?」


「だって、私の所為でこうなったんだろ?兄さんにも姉さんにも申し訳ないじゃないかぁ……」


「私は大丈夫って言ったんだけどね。本人がその気だったし。」


「ん……言いたいことはあるが、いいや。ありがとうクリス。」


「へへへ。私でも兄さんが悦んでくれて良かった。でもその、ちょっと元気すぎだよコレ……うわ、また!?」


「これはひとまず置いておこう。クリス、下着の方は不具合は無いか?」


「うん、バッチリだ!胸が驚くほど軽いし、汗とかニオイも全然気にならないよ。下の方もピッタリだったし。何故かずっと兄さんに触られてるような感触が気になるけど、ありがとう!」


「そっか、上手く行って良かったよ。」


 赤いチカラで世界に無い物質を生み出す。それが今回したことである。これは別の物にも応用が利くのであるが、今はそれは横に置いておく。


 今回は8層構造であり、表から物理・温度・精神・形状調節2層・物理・異次元・緩衝の順で作られている。

 表3層は全身へのバリアで、中層は多少の形状変化が可能。成長や気分、用途に合わせてデザインを変えられる。裏3層は従来のチカラのクッションと水分の異次元飛ばし、そして念の為に追加の物理防御担当である。



「それでさ、兄さん。これのことなんだけど……」



 クリスが取り出したのは交際契約の契約書だった。ご丁寧に胸から取り出したということは、既に契約済である事が解る。


「あなたが気絶していたから私から、ね。とても積極的に契約してくれたわ。」


「そういうのはオレが起きている時にしてくれないか?まぁ元々そのつもりで話は振ったけどさ。」


「だって、それをしないと回復作業のアレコレが出来ないじゃないの。あ、最後まではさせてないから安心して。」


「そういう問題……もあるけど、まぁ、話は後だな。もう体験しただろうけど、大変な時もあるがよろしく頼む。」


「うん!私もよろしくお願いするよ!イモウト兼コイビトとしていつでも呼んでね!私、兄さんの為なら頑張るからさ!」


 こうしてクリスは、マキ風に言うなら積極的にマスターの毒牙に掛かりに行くのであった。



 …………



「これでも喰らいな!死夜霧ィィッ!!」


「「「ぎゃああああああああああ!!」」」



 2014年4月19日。ドイツの南西の街にある何かの研究所だか工場だかを次々と襲うケーイチ。彼は今日も第二の魔王としてそのチカラを遺憾なく発揮していた。


 なすすべなく崩れ落ちる建物や研究員の身体。元々脳筋の彼は今や人間を分解させる事も躊躇なくやってのけるメンタルを手に入れていた。


 理由は復讐心もあるが、新たな立場・新たな家族達との生活だ。世界に対して劣勢な自分を幸福に導くためにも、躊躇いなく仕事は完遂せねばならない。


「ここの事務所を分解してっと、次はフランス側か。社長、送ってくれ!」


 ケーイチが合図をすると、目の前に空間移動用の穴が現れる。それに飛び込み更に南西、フランス領に移動する。

 国境を超えて襲撃することで、各国の軍をかき乱すのが狙いだ。


「お土産はワインにしたい所だが、その前に一丁血の雨を降らせるとするか!」


 彼は再度目の前の建物へ襲撃し、「分解」していく。


 毎日のように出撃を繰り返す彼は、魔王として今日もニュースをお騒がせするのであった。



「ふいー、仕事の後の風呂は最高だな。ビールも捨てがたいがこの後アイツの店に飲みに行くしな。」



 仕事の報告を終えて今日の報酬を貰って帰宅したケーイチは、神社の風呂場で血と汗と埃を流す。すると脱衣所からサイガが彼に声を掛ける。


「ケーイチさーん!今日はマスターさんの所でお夕飯ですよね?」


「おう、給料も出たし好きな物を食っていいぞ!」


「うふふ、ご馳走になりますね!私は準備してきますので、あの場所でお待ち下さい!」


「わかったー!」


 あの場所というのは子供との触れ合いキャンプ地の近くにある、景色のきれいな水場である。キャンプ時に子供の遊び場にもなるし、2人きりで何処かへ行くときは待ち合わせに使ったりする。

 ケーイチは一緒に行けば良いのにと言うが、サイガ的にはそういうデート感も大事らしい。


 ちなみにケーイチの訓練場所の1つでもあるので、甘酸っぱい思い出と共に血の味のする思い出の場所でもある。



 風呂から上がると着替えてその場所に移動する。



 少しだけ開けた河原に辿り着くと、水のせせらぎと鳥の鳴き声が響いてくる。ケーイチはしばし待つがサイガはまだ来ない。



「……遅いな。」



 ケーイチは神社の方角を見るが彼女が来る気配はない。


「女の準備時間というのはどうしてこう……」


 とはいえ彼女が来ないと始まらないので目の前の水面を眺めながらこれまでのことを思い出す。


「ここに来てもう2年近くか。思えば色々あったもんだ。まさか死神と呼ばれたオレが神主見習い、しかも第二の魔王だ?アイツも味な真似をしやがるぜ。祝詞は見てると眠くなってくるけどな。」


 2度の結婚生活の始まりと終了、その全てにマスターが絡んでいる。

 彼のおかげで結婚生活を始められ、その終焉も彼のフォローのおかげで再起の目処が立っているのだ。


 当時は恨んだりもしたが、もうそろそろ3度目となる今回も彼が絡んでる。結局マスターが居なければ、自分の人生はどうにもならなかったと自覚もしている。


「ここまで来ると、オレが間違ってたって事だよなぁ。ちょっと頼みづらいがアイツしか居ないし……」


 話を聞くとトモミも、アケミすらも自分の道を歩んでいると聞く。自分も前を向いて生きる。でないと再会は出来ないと心に決めていた。だからこそ今日、彼の店に行き相談に乗ってもらうつもりにもなった。


「おまたせしましたー!!」


 その時サイガが現れケーイチの前に来ると、巫女服と神をふわりとさせながら横に一回転する。


「どうですか?」

「ああ、よく似合ってるよ。」

「ありがとう!」


 小綺麗に化粧をして髪も整え、装飾品も控えめながら着けて気合を入れた彼女。寂れた神社にしては上手く着飾っている。


「だけどダチの店で飯食うだけなのに、そこまでキめる必要あるか?」


「あー!ケーイチさんわかってない!これはオシオキね!天罰よ!」


 稲光が走り、ケーイチの身体がびりびりとしびれる。


「事ある毎にしびれさせるのはやめてくれ!せっかく風呂に入ってきたのによ。」


「いいえ、ダメです!この程度の女心もわからないから、この地に来ることになったんですよ!?私はケーイチさんの管理を任された身ですからね。厳しく行きます!」


 彼女はケーイチが神職や領主のオツトメに入り、肌を重ねるようになってからは本格的に神のチカラを授けようと必死だった。


「だから……3回目は絶対に失敗させませんから!」


「ああ、解ってるよ。それで、どんな女心でキめてきたんだ?」


「え!?えっとそれは……自分で考えてください!ほら、そろそろ行きますよー。」


 いざ教えるとなるとテレくさくなったサイガ。彼女はケーイチの腕を自分の腕に絡め、引っ張って先を促す。


「わかったからそう急ぐなって。歩きにくいだろ?」


(あのお店の女性は美人さんばかりだもん。少しでも綺麗に見せないと、不安になるしケーイチさんに申し訳ないじゃない!)


 サイガは本音を心の中で吐き出しながら空へと飛び立ち、水星屋へ向かうのであった。



 …………



「「「いらっしゃいませ、水星屋へようこそ―!」」」



 ケーイチ達が水星屋の入り口に入ると、店員達が声を掛けてくる。

 マスターとその娘のセツナ。そして今日はクリスも出勤していた。彼女持ちとは言え、さすがのケーイチもクリスを視界に捉えると、その胸に目が行きがちになる。


(あのサイズは圧巻だよな。アイツはアレを好きにして……)


(うぬぬ……やはり男性というのは大きいほうが!?)


 サイガは神パワーと女のカンで彼氏の視線を読み取り、ストレスが溜まっていく。こういう部分も事前に話し合って折り合いをつけておけば平和なコイビト生活も送れると思うのだが、マスター夫婦のようには出来ていない。まぁそれが普通だと思う。


「ケーイチさん、ようこそ!こちらで食券をお求めください!」


「おう、今日も元気そうだなセツナ。サイガ、適当に買ってくれ。」


「はーい。お預かりします。」


 2万○渡されて、お酒とありったけの料理を購入していくサイガ。

 巨乳に負けてやけ食いに走ったわけではない。その大半は神社への持ち帰り用、お土産である。ケーイチは魔王になる前、皆に支えられて過ごした。だからこの店に来た時はお礼も兼ねてお土産も買っていっていくのだ。


「クリスも様になってるな。あの子なら人気も凄いだろ。」


「はい!クリス姉さんが居るかどうかで、売上が全然違います!」


「男ってみんな、正直だからな。」


「お父さんも同じことを言ってました。私はよくわからないけど。」


「ははは、そうだろうな。」


 セツナはまだ男女について詳しくは知らない。だがなんとなく男の人はお胸が好きなのだと認識している。


 クリスの出勤は毎日ではない。普段はクオンの世話や○○○と過ごしたり、マキと一緒にシーズと楽しい毎日を送っている。しかし兄兼コイビトの役に立ちたいと、売上に貢献する事もある。


「セツナちゃん、これでお願いします。こっちは持ち帰り用でね。」


「はい!承りました!こちらのお席へどうぞー。お父さ、マスター!オーダーたっぷり入りまーす!」


「はいよっ!」


 サイガが2つに分けた食券の束を渡すとカウンター席へ通される。席に座ると最初のビールとツマミが並べられ、定食もすぐに出せるように準備がされている。


「はい、お待ちッ!」


「相変わらず早いもんだな。お疲れ様。」

「トキタさんもオツトメご苦労さまです。」

「マスターさんもご一緒にどうぞ。」


 サイガは気を利かせてマスターにも酒を勧める。もちろんこの後の話を円滑に進めるための魚心である。


「「「カンパーイ!」」」


 3人はジョッキを掲げて今日の糧に感謝する。お互い命がけの魔王業、いや何でも屋のお仕事である。こういう所は気兼ねなく出来る仲になっていた。


「仕事の後ってのはやっぱこれだよな。」

「「まったくもってその通り!」」


「兄さんはまだ仕事中だろうが!」

「お父さん。メ、ですよ!」


 ぷるんと揺らしながら振り返ってツッコむクリスと、可愛らしくひとさし指をたててメっとするセツナ。その可愛さに素直に身体からアルコールを除去して応えるマスター。


「お仕事中はマスターと呼ぶようにな。もう治したよ。」


「姉さんの為もあるんだろうけど、露骨にはしないでくれよ。」


「うう、どうしてもお父さんって呼んじゃうなぁ。」


 2人は仕事に戻るとマスターはケーイチ達に向き直る。


「マスターさん、ごめんなさいね。」


「でも姉さんの為ってどういうことだ?」


ケーイチの疑問に素直に答え出すマスター。


「妻は子育てで飲めませんから。感覚をたまに共有してます。もちろん他の使用人がクオンの面倒を見てる時だけですが。」


「なるほどなぁ。お前って変な所で凄い配慮をするよな。」


「それで、今日はどんな要件で?」


「ああ、実は結婚式を執り行なおうと思ってる。今でも実質結婚しているようなものだが、やっぱり形は大事だしよ。」


「覚悟と決意表明も兼ねてですか。トキタさんにしては良い考えです。」


「私の提案ですよ。彼ったらいろいろ言い訳してたし。」


「なるほど、ね?」


「むう……」


 マスターは意味ありげな目でケーイチを見る。彼は気まずそうに唸るが別にマスターは責めて無い。むしろサイガが男を立てようとしなかった事でケーイチの反応を見ていたのだ。


 これが○○○なら確実に――今言っても仕方がない事だし、2人の問題だ。それより話を進めようとマスターは先を促す。


「それで何を手伝えば良いんですか?」


「話が早くて助かる。サイガによると祝福の数は多いほうが良いらしい。だがウチは訳ありだろ?規模を広げようにもホスト側の準備のアテも、ゲストの数も全然足りないんだよ。」


「なるほど、宣伝と給仕をすれば良いんですね。ふんふん、せっかくだしここは大々的に……」


「いやまて!お前が凄いのはわかってるから、変な騒ぎだけはやめてくれな!?」


「マスターさん、お手柔らかにお願いします!」


「むむ、だめなのかい?だがそうか。オレはいつも演出に頼ってたからな。もっと身のあるレベルで全力を出そう。数だけでなく濃厚な祝福を貰えるような、ね。」


「ありがとうございます!」

「お前の全力ってのが気になるが……頼んだ。」


 マスターの心変わりに感謝するサイガとケーイチ。多少は揉めると予測していたケーイチだったが、意外にも好意的に話が進んでほっとしている。別方面で揉めかけたが想定内だ。


 その後は雑談まじりの飲酒と食事で平和的に終わる。


 マスターに頼んだ以上、彼らは結婚式で申し分ない祝福を得る事は出来るだろう。だがその裏ではマスターの所為で様々な者達の思いが交錯する事には、最後まで気がついて居なかった。



 …………



「トキタさんの結婚式があるから、来てほしい。」



 マスターはその言葉を関係者に伝えて回る。相手の反応は様々だが大抵はマスターの出現に驚かれ、詳細に驚かれ、そのやり場のない気持ちでもやもやする。



「マスターさん!それを私に言いますか!?いや凄く行きたいけど行きたくないような、ああああああ!」


「マスターよ、ウチの医者の心を乱さないでくれないか。」


「マスターもエグいねぇ。あの男の前妻を式に呼ぶなんてさぁ。」



 苦悩するアケミとマスターを諌める閻魔様。そして友人の死神さん。3人は晩酌中であった。


「いえね?トキタさんが幸せになるにはたっぷりと特大の祝福が必要でして。別に顔を合わせろとは言いませんが、料理の手伝いでもしてもらえたら幸いだなと。」


「うああああああ、行く、行くわよ!でも心の中に謎の葛藤が!」


「まて、私達も行こう。その代わり例の件は早急にな。」

「え?私も!?タダ飯、タダ酒!!ひゃっほう!」


「このパターンは……もしかして実家からお見合い写真でも届きました?」


「その通りだ。今までは役職に免じて許されていたのだが……なので頼んだぞ。クロシャータ様が行けるなら、私もなんとかなるだろう。」


 つまりは祝福の量を増やすから、跡継ぎの世話をしろと言う事らしい。

 あの世の住人である閻魔様。その身体の構成物質はよく解っていないが神界の住人が改変可能なら宗教上?の違いがあっても何とかなるだろう、との見立てだ。


「もちろんお前に変な迷惑はかけぬつもりだ。安心してほしい。」


「ではその方向で進めましょう。契約書は後日に。」


 あの世組の話が纏まると、マスターは次の場所へ向かう。



「ちょっと、○○ちゃん!?お風呂中に突撃して、そのセリフは無いんじゃない!?」



 トモミは入浴中に現れたマスターに素直に驚き、何らかの期待をした瞬間にその期待を打ち砕かれていた。


 時差があるのでまだ夕方前くらいである。週末なので早めに仕事を終え、自宅でサッパリ中だったのだ。

 イタリアのお風呂事情的に本来は浴槽は使わない。トモミはそれを受けて自分の部屋には追加工事をしてあるのだ。


「話は聞くから、一旦出てよ。もしくはちゃんと脱いで!」

「それを言ったら脱ぐ方を選ぶけど。」

「早っ!もう脱いでたっ。」


 そのまま2人で浴槽に入り、心を落ち着かせる。いくらマスター相手とはいえ突如乱入した彼にそれを許す辺り、まだ彼女はまだ混乱しているのだろう。


「この時間だとそっちは深夜よね。奥さんは平気?」

「時間が少ないのは確かだ。だから止めてるしね。」

「それで、ケーイチさんの結婚式?なんで今になって私を?」


「別に会う必要はないよ。認識阻害で隠すつもりし。ただ彼の将来的に――」


 アケミの時と同じく説明をして納得してもらうマスター。


「なるほど、それで元嫁達に声をかけたと。非常識よね。」

「無理にとは言わないけど、必要なんだ。」

「行くわよ、複雑な気持ちだけど。本ッ当に複雑だけど。」


 色々有ったが何年も連れ添った相手の結婚式。ほぼ死別に近い形で別れることになった彼。更に今はその原因となった男に心が傾いている状況で、非常に複雑な心境なのは仕方がない。


 なのでマスターは埋め合わせの希望を聞いておくことにした。


「……何か望みは?」

「目の前に在るけど、奥さんはなんて?」

「ウチに遊びに来るなら歓迎するよ、だって。」

「お願いするわ。ウチだと掃除が大変そう。」


 例えこの場で試みるとしても、この国は水回りが心もとないのだ。2人は魔王邸に移動して厳正な監視の下に入念なミーティングをした。


 日を改めて次の候補者へ向かう。



「お、お前は!?とうとう迎えが来たか……」


「いや、勝手に逝かないでほしいんですけど。」



 喫茶店サイトに堂々と現れた○○○○は、コーヒーでも注文するかのように、マスターのサイトウ・ヨシオへ結婚式のお誘いをした。

 時間は止めてあるので今動けるのは2人のマスターのみである。



「懐かしの再会ですね。あ、あの時の退職金ってマスターの自腹だったんでしょ?色つけてお返ししますね。」


 そう言って1000万○をカウンターにポンと置く○○○○。

 元は300万○程度だが、その後幸せになりましたよアピールである。

 そもそも問題起こして懲戒免職なのに、退職金なんて出るはずもなかったのだ。


「いかん!いらんぞ!?こんな金は受け取れん!」


「大丈夫ですよ。ロンダリング済みです。」


「そういう問題ではないわ!!」


「でもお身体、悪いんでしょう?治療費の足しにして下さいよ。」


「お主がこんなことにならねば!……いや、その話は良いか。」


「ええ、もう何も戻れませんし。それで、トキタさんの結婚式ですが。」


「ケーイチは無事なのか?それにトモミは!?」


「トキタさんは神主の見習いしてますよ。洗脳等はしてませんが一部人類に対してかなりの殺意を持ってますね。トモミは自分の夢を叶える為に海外で店を構えてます。2人共心配されるほど悪い暮らしはしてないのでご安心ください。」


「お前は、○○○○自身はどうなんだ。」


「ここを辞めてからは、良縁に恵まれ続けてましてね。幸せを手にしましたよ。マスター達からすれば憤死ものでしょうけど。」


「いや、そうなら良い。オレは自分の立場ほど、お前を敵視してはおらんのだ。だがお互いに戻れぬというのは……寂しいがな。」


「ちょっと意外でした。マスターってロマンティストですね。」


 遠い昔。仲間に同じ事を言われた記憶が蘇るヨシオ。


「……ふん。それよりオレが参列して良いものなのか?一応は敵対しておるし、潜伏場所も割れるぞ。」


「後々の問題はともかく、今のトキタさんって神パワーと復讐心が混在していて危ういんですよ。なので将来の為にも――」


 ここで祝福について説明する○○○○。ヨシオはしばし考える素振りを見せる。


「オレの式には来てもらえませんでしたが、トキタさんなら顔を出しても良いんじゃないですかね?」


 ○○○○は自分の結婚式の招待状を受け取って貰えなかった件を引き合いに出して説得を続ける。


(こやつ、地味に根に持っておるな。あんなの解るか!しかしこれはチャンスでもある。世の情勢の事ではない。オレがこの先、悔いなく終わるための……ふん、弱気になったものだな。)


 ヨシオは平和な世界を願いつつも、ここ数年は迷い……もっと言えば諦めがあった。昔も今も有能な部下ほど離れていくし、古い約束が在ってもその相手達とはほぼ交流ができなくなっている。


 自分の死後に再編縮小が余儀なくされているサイトにも、希望が見いだせなくなってきていた。今までの人生、何が正しかったのかが分からなくなっていたのだ。



「そういう事なら力になろう。何もしてやれぬまま、ケーイチを魔王にしてしまったからな。アリバイ作りは頼めるのだろう?」


「もちろんです。ではまた後日、伺いますね。」


 そう言い残すと、喫茶店サイトはいつもの時間を取り戻す。ヨシオは1000万○を仕舞うと、心が軽くなったのを自覚した。


「ふん、なんだ。結局話してみれば、それで終わりではないか。」


 事情により望まぬ敵対をしてしまった元部下。しかし少し会話をしてみれば憎しみ合う事もなく、ちょっとした交流を持ちかけられた。


 ヨシオは少しばかり心が軽くなり、体調も良くなったように感じる。


 ヨシオは不思議がるメンバー達を無視して、1人上機嫌でフライパンを振るうのであった。


 マスターはこの後も次々と根回しをしていく。この調子で行けば、戦友であり同僚の結婚式は大層な祝福によって成されることだろう。



 …………



「ごきげんようお姉様。此度の大会でのご活躍、さすがですわね。」


「ごきげんようイーワ。貴女の声も観客を惚れ惚れさせたと聞くわ。」


「ミルお姉様、イーワお姉様。お茶の用意は出来てましてよ。」


「お姉様方、お帰りなさい!お会いできて嬉しいです!」



 4月24日。ドイツ南西のザールラント州。そこに流れるザール川を望める屋敷に、ミルフィとイーワが到着した。出迎えるのは妹のキーカとテンスルである。彼女達はザール家と言うこの地の貴族の末裔であり年齢は18歳から10歳で、上の2人は離れた学校で寮生活を送っていた。


 先日この地方が第二の魔王に襲われたとニュースで知った。心配になり実家に連絡した所、家からの招集を受けて慌てて帰省した所であった。


「キーカもテンスルも出迎えありがとう。少し見ない内に大きくなったわね。お父様はいらっしゃる?」


「今はお休みになられております。ここの所ほとんど眠ること無く働き詰めでおられたので……」


「まあ!それは心配ね。今はそっとしてあげて、お茶にしましょう。」


「私もミル姉様に賛成よ。」


「それではこちらへ!お茶室は私が飾り付けましたの。」


「私は今日のお茶を選びましたわ!」


 胸に手を当てて得意げなキーカと、ぴょんぴょんと跳ねるテンスル。


「「まぁまぁ、可愛い妹達ね!」」


 4人は仲良く手をつないで屋敷に入っていくのであった。


 ザールラントの州都ザールブリュッケン。ここは昔は地下資源で栄えた街ではあるが、今は別の産業に力をいれていた。


 というのも元々衰退が始まった所へ20年ほど前に洪水が起きてしまい、かなりの被害を被った。そこへ日本の企業が出資して、立て直しが図られた形だ。


 出資したのはミキモトグループで、ザール家が是非にと誘致して製薬工場や研究所が建てられた。財政的には見事に上向きになったのだが、羽振りが良すぎたり現地人の立ち入り禁止区画があったりと裏では何か別の物を作っているのでは?と黒い噂が立つこともあった。



「ふう、やはり故郷が一番ね。お茶も美味しいし家族が居るし。」


「移動は窮屈で敵いませんでしたが、ここの空気が一番ですわ。」


「私もお姉様とお話できて嬉しいわ。後でお歌を聞かせて!」


「それは素敵です!私もご一緒したいと思います!」


 茶室に移動した4人は使用人にお茶を注いでもらって一息入れる。部屋の壁や調度品は決して安いものではないが、下品にならない程度に抑えつつも華やかさがあった。三女のキーカによる気配りだ。


「ふふふ、イーワは人気者ね。キーカも確か、報告があるのではなくて?」


「ああ!お姉様知ってらしたのですか?せっかく驚かせようと思ってましたのに!」


「キーカのってこれよね。ファッション雑誌に載るなんて、姉として鼻が高いですわ。」


 イーワは雑誌を取り出すと該当ページを見せてくる。そこにはキーカがデザインした服が大々的に取り上げられていた。


「イーワ姉様も知ってたの!?」


「お姉様達はなんでもご存知なんですね!」


「姉としては妹の活躍を見逃すはずはありませんわ。」


「お姉様達は自慢のお姉様ですね!私も何か出来れば良いのですが、生憎と自分の才が見いだせません。」


 ミルフィは射的や陸上競技等、身体を使う事が好きである。とくに目が優れており、先日も射的大会で入賞していた。


 イーワは歌が得意である。コンクールでは毎回金賞を取るほどだ。


 キーカは服飾に多大な興味がある。将来はデザイナーを目指しているが、服だけでなくアクセサリーにも興味があるようだ。


 一方でテンスルは趣味や特技がない。母譲りの美貌と愛らしさから姉達には可愛がられているが、本人は引け目を感じているようだ。


「テンスルはこれからよ。それにこんなに可愛らしいのですもの。きっとキーカの服が似合うのではないかしら?」


「実はもう作り始めてますの。完成したらテンスル、着てみてね。」


「わぁ!ありがとうございます、キーカお姉様!」


 両手のひらをぱちんと合わせながら喜ぶ末妹。その様子を姉達と使用人はとても微笑ましく見守り、楽しいお茶の時間を過ごした。



「揃っているな。ミルフィにイーワ、良く帰ってきてくれた。」


「あなた達の活躍は耳にしているわ。」


「「ごきげんよう、お父様、お母様。」」


 ザール家当主リヒートとその妻ゾンネ。彼らは娘達と挨拶を交わして食堂の席につく。

 使用人は飲み物と料理を用意すると、すぐに下げられる。どうやら大事な話があるようだ。


「お父様、この度は……」


「まずは冷める前に食事を頂こうではないか。先にお前達の活躍を聞かせてくれ。」


「ミルフィ、お願いね。」


「……はい、わかりました。」


 故郷の情勢について気になるミルフィだが、両親にそう言われれば従うしかない。姉妹は順番に大会やコンクール、練習や友人達との過ごした時間を語っていく。両親はそれらを大切な宝物を前にしたかのように、大事に大事に聞いていく。


「うむ、素晴らしい。お前たちはザール家の誇りだな。」


「ええ。娘達の成長、とても嬉しく思いますわ。」


「それとテンスル。お前は思い悩むでない。何もないと思うならそれこそ可能性の塊ではないか。様々な物に目を向けてみると良い。」


「は、はい!お父様、頑張ります!」


 ビシッと背筋を伸ばして応えるテンスル。姉たちは抱きしめに行きたい衝動を抑えるのに必死だ。食事中にハシタナイ行為は禁止なのである。


 家族で過ごす楽しい会話と美味しい食事。それらを満喫した後、当主のリヒートは本題を切り出した。


「実はな、お前達4人は日本へ留学してもらおうと思っている。」


「「「!?」」」


「お静かに。とても大事なお話ですよ?」


 動揺から物音を立てる4姉妹をゾンネは注意する。


「く、詳しく聞かせてくださいませ、お父様。」


「突然の話ですまないがな。第二の魔王の襲撃については知っているだろう。狙われたのはミキモトグループ傘下の建物ばかりだった。その事から間接的に魔王を引き入れたのはザール家なのではないかと議会で責め立てられ、責任を追求された。」


「そんなの、言い掛かりではないですか!今まで散々――」


「ミルフィの言うとおりだ。私の父がミキモトを誘致したおかげで我々は生活をすることが出来てきた。今更何をと思う一方で、不安に思う気持ちも解るのだ。相手が相手だけにな。」


 敵は世界を震撼させた魔王の一派だ。議会や民衆の心の安定を図らねば、疑心暗鬼やパニックが起こりかねないだろう。

 それで今後の経済がどうにかなるわけでもないのでその場しのぎでしかない。


「そ、その責任を受け入れたらザール家はどうなるのですか!?」


「お前達は何も心配することはない。日本へ留学し、多くを学ぶと良いだろう。万が一の為の護衛も手配している。」


 護衛の手配。そう言われた姉妹は不穏な空気を悟ってしまう。


「私達ではなく、お父様とお母様は!」

「そんな……そんなのって!」

「お父様お母様も一緒に、一緒に日本へ参りましょう!?」


「誰かが責任を取る必要がある。でなければ秩序が守れない。それに我が家の誇りは失われない。お前達が居るからな。」


「私も残るわ。夫を支えるのが私のツトメですもの。」


「何も取って食われるわけではない。心配することはないが、この国に居ては肩身が狭いだろうからな。日本なら安心だろう。」


「ううう、お父様お母様……一緒がいいです……」


「テンスル、私よ。でもあなたももう10歳。お姉さん達と協力して元気にいk、暮らして幸せになってほしいから。」


「明日には出立だ。4人共、身の回りの物を纏めておいてくれ。」


「「「そんな……」」」


 悲しみに暮れる4姉妹。だがそれはリヒートとゾネンも変わらない。



 荷造りを終えた4姉妹は母の寝室に1人、また1人とやってくる。末妹のテンスルもお気に入りの人形を抱きしめながらやってきた。それは物心が付く前に旅行先で買ってもらった物だった。


「いらっしゃいテンスル。メリーも一緒に寝ましょうね。」


 同じベッドで5人と1体で眠る。大きいベッドではあるがさすがにぎゅうぎゅう詰めである。それでも家族の温もりを感じようと必死にしがみつく姉妹達であった。



「ゾネンと娘達には申し訳ないな。しかし良き思い出、良き絆と誇りをこの胸に刻み込む事は出来た。私は喜んで仕事に向かおう。」


 リヒートは故郷の夜景に向けてそうつぶやくと酒を煽るのであった。


お読み頂き、ありがとうございます。

ゲームではチョイ役だったザールさん達でしたが、少しだけ

出番が増えました。

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