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88 キリコ その5

 


「ふぁーはっはっは!我が城の建設は順調のようだな!」


「それ、毎回やるの?嬉しそうで何よりだけど。」



 2013年11月22日午前。サクラ達の某県某市の隣街。

 国道近く、高速ICや駅からはそこそこの距離だが工業地帯のご近所で輸送トラックの通り道。それを見越した広い敷地。裏側は住宅地へ繋がる道があり、すぐ近くにバス停もある。


 そう、多少奥まってはいるが街の全てに繋がる立地である。


 そこには立派な飲食店用の建物とその裏に豪邸が一軒、そして30台は停められる駐車場があった。1台あたりのスペースは広めに取ってある。


 その駐車場にて仁王立ちで大声をあげているサトウ・キリコ、24歳。マスターと出会って6年。そろそろ自分の店を持つ事になり、その予定地であるこの地へ訪れていた。

 順調もなにも、既に店も豪邸も完成している。ただの厨二病だった。



「だって自分の店ですよ!?経営難の暗……だった私がイチ店員時代を経てついに!こんな立派な城を構えるんですよ!?」


「気持ちはよーく解るけどな。オレもそうだったし。だが本当にこの屋号で良いのか?オリジナルで攻めてもよかったんだよ?」


 マスターは少し見上げて看板を見る。大きく赤い看板には金の縁取りがされており、同じく金色の文字で「水星屋 ニ号店」と書かれていた。


「私からすればこれ以外無い、ステキな名前です!」


「そう言って貰えるのは嬉しいけどね。」



 2人は店内に移動して既に到着していた面々と挨拶する。今日は午前に経営陣と昼勤のメンバーとの打ち合わせ。そのまま研修である。夕方には学生バイトも含めて夜勤組の研修が待っている。


「おはようございます!」


「「「おはようございます!」」」


 一言発せば元気な挨拶が帰ってくる。キリコは嬉しくなって頬が緩んでいる。


 今集まっているのは正社員と、昼の一般アルバイトの人達だ。学生バイトもそこそこの数を揃えたが、今は平日昼間なので彼らが来るのは夕方である。


 年内は打ち合わせと研修と宣伝を重ね、来年からスタートを切る予定である。


「ふっふっふ、みんな揃ってるわね!さっそくミーティングよ!」


「「「はい!社長!」」」


「くぅ~~~!いい響き!」


「……キリコはアレだからサクラ、進めてくれ。」


「わかりました。では僭越ながらこれより株式会社アマウサギの、水星屋二号店のミーティングを開始します。」


 サクラは言われた通りに進行する。


 株式会社アマウサギはキリコを代表とし、時と場合で社長・店長を自由に名乗る。サクラは副社長でアオバは副店長を任されるが、サクラも店内業務の時は副店長を名乗る。


 会社名はサトウ・キリコにちなんだ物にし、ブランド名たる屋号もキリコの独断で決めた。サクラもアオバも特段反対する事もなく、すんなりと決定している。


 経理等の事務は特別訓練学校から放出された事務員を回し、その他の社員や昼間のバイトは幻想生物変身教で手の開いてる者を起用した。

 この1年程で何故か厨二病患者が増えたとの事で、相性は良いだろうという判断である。


「営業時間は11時から15時、17時から23時45分で――」

「昼夜共に状況によっては早出や残業を――」

「店内、特に厨房はチカラと合わせた特殊なルールが――」

「社員寮が徒歩10分の所に在るので是非活用を――」

「注意点として裏手の家は経営陣の物なので立入禁止で――」

「チカラで区切られたエリアルールは絶対なので――」


 サクラとアオバが店の説明をする。誰に似たのか、満足そうにうんうんと頷いているキリコ。


 この辺の話は前回までのミーティングでもしたのだが、増えた人員や確認のためにも繰り返して説明する。超能力関係の確認事項が多いので用心に越したことはない。


 従業員達は、特に男性は彼女達の説明を真剣に聞いている。

 その真剣さが仕事に関することかはさておき、だ。


「では役割ごとに別れて研修をする。事務はアオバ、フロアは私。キッチンは彼に付いて行ってください。社長は巡回しての指導を。」


「「「はい!」」」


「マスター、チカラですぐ終わらせて一緒に回り――」

「はいキリコちゃん、抜け駆けしない。」

「キリコさん、お仕事中ですよ!」


 移動開始時にそれぞれ気になる女性に声をかけようとした男性従業員。しかし社長を始めとして人気の3名はモブ顔に集まり絡んでいく。


「あの、気になってたんですがそちらの方はどなたです?」


「ついに聞いてしまったわね!彼は水星屋本店のテンチョーで――」


「マスターな。」


「んん!マスターでこの店の出資者でもあり、私達のコイビトよ!」


「「「な、なんだってー!」」」


 ガーンとショックを受ける男性たち。この店トップ3の女がオーナーのお手つきとあってはそうもなる。ソロ活動者の多い職場では尚更だ。


 そんな重要人物を何故今まで紹介しなかったのかという疑問すら、かき消えるショックを受ける。


「あの、なんで今まで黙ってたんですか?」


 とはいえソロ活動者でない者は普通に疑問に思うので聞いてくる。


「オレが黙っているように言っておいたんだ。変に萎縮されたり、媚びられても困るからな。大事なのは仕事を覚えることだし。」


 もっともらしい事を言って誤魔化しておく。嘘ではないが彼女達は契約により、マスターの正体をバラす事は出来ないだけである。


 マスター自身も頭コミュ障な上に、おいそれと名乗れない生活が長い。それにこの店はキリコの物なので、名乗らずに済めばそれに越した事はなかった。


「はぁ……その、3人とも交際を?」


「ああ、手順を踏んで話し合っての事だ。詮索無用に願いたい。」


「し、失礼しました!」


「それでオーナー、で良いんだよね?お名前はなんと?」


 1人の男性が地雷原でのモグラ叩きに連コイン投入してしまう。マスターはちらりと女達を伺い、同意の視線を送られると口を開く。


「うん、結界の性能テストをするのにはいい頃合いか。」


「はい?」


 この敷地内にも数々のセキュリティが施されており、その内の1つで身バレしても他者に伝えられないように心にロックを掛けられている。従業員は雇用契約の方でもこっそり同様に縛られている。



「○○○○・○○○と言います。皆様にはこの店の為にぜひ、力を貸して頂きたいと思ってます。」



「「「現代の魔王じゃないかー!!」」」



 店全体が震えるほどの絶叫が響き渡ったが、結界により外へは漏れていないようだ。実験は成功である。



 …………



「「「現代の魔王じゃないかー!!」」」



 16時過ぎ。学生バイト達の研修前のミーティングでマスターが名乗ると、午前中と同様に絶叫が響く。キリコを気に入った男子学生が、ベタベタと触られてるマスターに食って掛かったので名乗ることにしたのだ。


 ちなみに午前中からの皆さんにはきちんと説明して解ってもらった。毎度おなじみの黒モヤ説明だったので、心よりご納得頂いている。


 学生バイトは今日が初日であり、最初が肝心である。ここから信頼を勝ち取るのが今後の鍵となるだろう。


「はいはい、みんな落ち着いてー。何もしなければセクハラ以外は無害の方ですよー。」


「「「ッ!!」」」


 いつもの通りの酷いフォローをキリコが投下すると、女学生達が胸を押さえて警戒する。それはそれでグッと来るマスターだが、こんな所でそうされても困る。


「こらキリコ、人を性欲魔神みたいに言うな。みんな引いてるぞ。」


「その通りじゃないですか。昨日だってムガムガ……」


 秘匿すべきモノを大公開しそうになったキリコの口を手でふさぐ。


「一応分別はあるよ?自分の店なんだからもう少し落ち着けよ。」


「見てのとおり、害はないのであまり怖がらないであげてね。」


「テレビで大げさに言ってるだけで悪い人じゃないですよー!」


 サクラとアオバがフォローを入れて学生達は大人しくなるが、まだ半信半疑といった所である。むしろ疑心が9割である。


「オレ達を食ったり殺したりはしない……?」


「そうする理由がないでしょう。とりあえず今回もこれで……」


 黒モヤが放たれ全員の心に、正しい現状把握と落ち着きを訴えかける。


 他人を心変わりさせるような行為は、以前なら殆ど見られなかったマスター。だが近年は洗脳じみたやり方がチラホラと目立つ。


 家庭を持ち仕事をしていく上での成長と共に、合理的に済ませる癖が付いてきたのだろう。もっと言えば契約やルールに厳しい悪魔としての成長だ。


 それでも相手を直に書き換えて別人にするような非道はしていない。外側から訴え、説得する形までで押さえている。

 そこに拘りを持ってはいるが別の部分で非道なので、他者からすれば大した違いは無い。



「「「失礼しました、オーナー!」」」


「分かってくれれば良いよ。今後は上司の言う事はちゃんと聞いてね。」


「「「はい!!」」」


「良い返事だ。実際にお客さんの前に立つのは君達だからな。店が始まれば君達が主役となる。良い働きを期待しているよ。それではオレは、自分の店があるからここで失礼する。」


 マスターはキリコ達に軽く抱きつかれてキスをされ、セツナが待つ水星屋本店に戻っていく。


「社長、私も子供の世話があるからここで失礼します。」


 サクラはモモカの世話があるのでよく抜け出している。

 営業が始まれば3人の経営陣の内1人は休むようにするので交代で面倒を見る予定だ。


「はーい、モモカちゃんによろしくね!」


「ではキッチン組は私について来てください。フロア組はこのまま店長の指示に従ってください。」


 アオバがキッチン組を纏めてそちらへ移動する。若い指導者に対して特に侮ることもなくついて行く従業員達。


「さあ、フロア組の者どもー!今日は私自らが研修を行う!まずは接客口上よ!なんとしても時給のお値段分は覚えて帰りなさい!!」


 マスターとサクラが退室すると夜勤組の研修を始める。主力となるメンバーなのでキリコも気合が入る。


「「「はい!」」」


「店長かわいいよなぁ。お手つきじゃなければなぁ。」

「抱きしめて匂いかぎたいわ。」

「お前きもいぞ。オレもしたいのに。」

「店長なのにメイド服なのもポイント高いな。」


 社員もバイトも若く小さく可愛い彼女を興味津々に見ている。


「接客は当然お客さんの心を掴む最初の1歩よ。あなた達がお客さんの心を射止めれば、それだけこの店が繁盛するわ!」


「「「はい!」」」


「その為には渡したマニュアル通りってわけにも行かないわ。季節や場所・天気や時間に沿ったアドリブでお客さんをもてなす事が大事になるの!」


 キリコは身振り手振りとその場でラビットステップをはさみつつ、部下に訓示をしていく。


「何あの動き、ヒラヒラして超かわいい!」

「ダメ元で告白してみようかな?」

「ダメだって、オーナーに消されるよ。」

「女の私ならワンチャン……」


「静かにしなさい。まずは手本を見せるわ。」


 こほんと1つ咳払いして、店員モードに入るキリコ。

 イメージするお客さんはトラックの運ちゃんである。


「交易を生業とする屈強な運び手共よ!首都と辺境を結ぶこの地へよくぞ参られた!まずは卑しき心を銀貨に込めて、そこな龍のアギトに捧げるが良い!その後、約束された証文を我に掲げよ!」


「お、おお……」


「「「うぉぉおおおおおおおお!格好いい!!」」」

「「「きゃあああああああああ!可愛い!!!」」」


「「「キリコちゃん店長、ずっと付いていきます!」」」

「「「キリコちゃん店長、抱きしめさせてください!」」」


 身振り手振りを交えて来店の挨拶と食券の購入の仕方を教えるキリコに、従業員達は感激の歓声をあげた。

 ちゃん付け役職で呼ぶのはユズちゃんと似た思考という事か。


 彼らには見えない鎖鎌が絡まっており、キリコに魅了されている事がわかる。マスターに調整されてはいるが、今回はそれを上回ったのか故意なのかは解らない。どちらにせよ従業員からしたら、魅力的だったのは確かだ。


「ふっふっふ、これが私がこの6年で磨いた接客術よ!」


 キリコは歓声にまみれながらドヤ顔で胸を張る。女の子はともかく近寄ってくる男は見えない鎖でしばいて弾く。特別ダメージは無いが触られるとセクシャルガードで痛い目に合わせてしまうからだ。



「要はロールプレイなんですね!?」

「漫研の我らの輝く時が!」

「文芸部でファンタジーを嗜んだ私なら!」

「以前は演劇部だったオレの力を見せる時が来たか!」

「創作ダンスなら現役よ!」


 次々に主張を始める従業員達。キリコは思った以上に彼らの反応が良くて面食らっていた。本店の方では一種の名物として生暖かい目で見られていたので、嬉しくはあるのだがなんか心がくすぐったい。


「え?ええ、ならばみんなの力を見せてもらおうかしら。」


 キリコは店員候補達のノリにやや圧されながら彼らに先を促す。経歴は面接時に把握していたので、試してやろうとの魂胆だ。


「太古より約束された我が根城への来訪、心より――」

「魔王に滅ぼされた大地に現れし小さな英雄よ!その――」

「師走の夜空に一筋の流れ星がそなたの来訪を予言して――」

「オークの血肉を糧をとして所望するとはなんとも卑しい――」

「昼と夜が交わりし時、月の踊りに魅せられたそなたの――」


「え、なにこのバリエーション。え!?」


 それぞれが厨二モードに入って好き勝手な役職で口上を作り始める。魔王だったり預言者だったり、よそ者に強く当たる現地人や踊り子。


「やはりここは村長ポジにするか?」

「預言者というより思わせぶりな占い師の方がいいか?」

「私は踊り子以外難しいけど……」


 一度だけでは納得いかなかった者は、設定を練り直して接客の練習を繰り返している。


「待てよ!?となるとキリコちゃん店長は何になるんだ?」

「そんなのアレだろ?」


「「「表向きは姫騎士お付きの侍女で、実は影に偲ぶ暗殺者!」」」


「「「それだ!」」」


「え、えええ!?」


 いえーいとハイタッチして盛り上がるフロア組。その間も役作りは進められていく。キリコはそんな中で胸に強力な違和感を覚えていた。


(みんなハイレベルの妄想力じゃない。こんな逸材が揃って嬉しいはずなのに、なぜか素直に喜べない私が居るわ。)


 暗殺者を当てられたのは別に良い。ただのノリだ。ただ目の前の光景が自分の思った以上の何かのせいで直視したくない気分になる。


(これは……恥らい?恥ずかしいの、私!?)


 ここでキリコは気持ちの正体に思い至る。まるで大好きな相手とちょこっとだけ進展があって顔を直視できないような……。


(そう言えば以前、マスターに言われたっけ。)


『厨二接客する必要あるか?数年後、絶対後悔するからなー。』


『数年後、絶対後悔するからなー。』


 心の中にはいつかのクリスマスイブにマスターに言われた言葉が蘇る。


(あああ、あああああ!?マスター、あの時は一笑に付してごめん!)


「小道具ならオレに当てがあるから――」

「ネームプレートはソウルネームに書き換えて――」


「ね、ねえみんな?さっきのは一例として流してもらって、まずは普通の接客をこなせるようになりましょう?」


「何を言ってるんですか!ロールプレイ路線、絶対流行りますって!」


「私、友達とかネットに頑張って拡散します!キリコちゃん店長の写真一枚撮っていいですか!?」


「あ、ずるいぞ!オレも写真、一緒にいいですか!?」


「写真はダメ!私はオーナーのモノなんだから!それより静かにしなさい!」


「またまた、キリコちゃん店長ったら妬けちゃうなぁ。」


 小さいキリコは大勢に囲まれて頭を撫でられる。男が撫でようとすると吹っ飛んで天井に頭を突き刺すハメになっている。


「ますたぁ、たすけてぇ。」


「どうしたキリコ?なんだこれ!?」

「何かありました!?うわぁ!」


 キリコのSOSを聞いてマスターが自分の店から駆けつける。騒ぎを聞いてアオバもマスターとほぼ同時に様子を見に来て声を上げる。


 天井いっぱいに男の首下が生えるフロアで、鎖鎌に縛られた女の子に撫で回されて涙目なキリコがそこに居た。



 …………



 11月22日。


 ―削除されました―


 11月23日土曜日。


 昨日の日記は読むに耐えないものだったので削除したわ。正直記録に残さなくても絶対忘れないし、むしろ忘れたいし!


 従業員と天井はマスターが時間遡行でナオしてくれたから、大事にはならなかったけど私ショック!


 今日は昼間にセッちゃんのお誕生日会。夜は水星屋で私の独立を発表してお客さん達が大暴れ……させないために大宴会となった。


 お誕生日会ではセッちゃんの友達のララちゃんもお泊りに来たわ。魔王邸での時間の感覚に驚いていたけど、ずっと一緒に居られる!と喜んでいたわね。


 出会って半年であの仲の良さ、ちょっと羨ましかったな。私はあの年だと暗殺者になる為に修行ばっかりだから、同年代の友達は居なかったし。でもちょっと行きすぎじゃないかしら?まるで恋人みたいな仲の良さだったわ。毎年恒例のセツナちゃんの可愛い所選手権ではマスター夫婦と良い勝負してたし。


 夜の水星屋では、みんな私の独立について思う所を語ってくれたわ。

 お客さん達はみんな引き止めてくれたけど、最後には私の将来を応援してくれた。いつか人化の術を完璧に磨いて私の店に食べに来てくれるって言ってくれたバケモノさんもいた。


 七夕での私のフォローのおかげで、婚約まで進んだ熊五郎さん達には泣いて感謝されたわ。くすぐったいけど、おめでとう!


 トウジさんは優しく私を見送ってくれた。やっぱり年相応に渋い対応をしてくれるわね。よっ、いい男!幽霊だけど。


 当主様も閻魔様とアケミちゃん、異界の社長まで挨拶してくれた。さすがにこの辺とはもう殆ど会えないでしょうね。


 正直言えば私もみんなと離れたくないし、マスターやセッちゃんと一緒に働き続けたい。でもそれだけではダメだと解ってる。だって私とマスターは男と女、コイビトになんだもん。


 ずっと同じじゃダメなのよ。私は自分の店が軌道に乗ったら、彼に子供を作ってもらうつもり。それを見越しての店の隣の豪邸だしね。


 もっちゃんやあーちゃんと一緒に住むのも、彼の女として地球での拠点にするという意味が大きいわ。魔王邸同様、特別製だしね。


 ともかくこれからの新生活、新たなる人生。張り切っていくわよ!



 ※割愛



 12月31日。


 あれから研修を続けて、厨二接客を阻止することに成功したわ。まさかあそこまで恥ずかしいものだったなんて!この6年私は何をやってたのかしら!今後は封印、絶対に外には出さないわ。でもみんな喜んでくれてたし、あれはあれで良い思い出ね。


 今日は大晦日、オープンは1月2日。どきどきして眠れそうにない。この後もっちゃんとあーちゃん誘って初詣にでも行こうかしら?


 この1ヶ月は時間の流れがとても早く感じたの。実際早かったのだけどね。魔王邸だと1日が2週間は当たり前になってたし。


 私達の豪邸も時間の流れは変えてあるけど、せいぜい5倍程度よ。マスターが来てくれた時はほとんど時間は止めてくれるけど、それ以外や、特に仕事中は普通に時間が流れるので変な焦りが出てきちゃう。


 同居している2人はそれでも喜んでいたけどね。私が贅沢しすぎだっただけ。これからの人生、時間を大事に生きなくちゃ!


 追記。先日、あーちゃんがマスターと最後まで致したそうよ。念願かなって良かったね!おめでとう!



 1月1日。


 あけましておめでとう!豪邸の奥のドアから、3人でマスターに新年の挨拶とお年玉をねだりに行った。

 全員姫始めをプレゼントされてご満悦。朝に行ったのに、魔王邸の契約者達は全員済ませていた。やっぱりマスターは最高のヘンタイね。


 私、明日から頑張るから!


 1月2日。


 ついに私の水星屋ニ号店がオープン!お正月ともあって、料理をしたくない層がこぞって押しかけて来てくれたわ。お正月なのに運送ざんまいな運転手さん達もたくさん来てくれた!


 駐車場も店内の席数も本店より広いのに、満員御礼だったの!これは最高の滑り出しといえるわ。この土地と店をポンとくれたマスターにも感謝感謝。魔王邸での給料、6億はほとんど生活にアテられるし、子供もいつ出来ても安心よ。


 お店のメニューは本店ほど多くはないし、お値段も本店より高め。とんこつラーメンも550○するし、替え玉も100○取っている。

 定食は一切無しだけどお酒も扱うので、揚げ物などのオツマミはいくつか取り扱ってるわ。値段的には他の店と大差ない感じね。


 まあ、本店がズルすぎるだけなんだけど。自分で経営側に回るとよく解るマスターのズルさ。この店ではテンプレさん退治のような乱暴な事はしない”予定”なので、普通に稼ぐつもり。みんな笑顔で食べてくれてて私はひとまずほっとしたわ。


 実はとんこつラーメンは2種類用意しているの。本店のスープをアレンジした私製のスープと、本店のスープをそのまま使った元祖水星屋のラーメンね。本店へのリスペクトってやつよ。


 私はマスターから特殊な鍋を授かったので、本店のスープも作れるようになってるわ。材料を入れてチカラを通せば出来上がり。

 細かい調整は自力でする必要があるけど、化学調味料を使わなくても、スープの旨味を凝縮する技も伝授されている。

 それをプレーンとして私が研究したタレを入れたのが2号店の味。プレーンをそのまま使うのが本店の味。


 本店のまとめサイトについて言及したチラシも店に貼ってあるし、そのまとめサイトの方にも、もっちゃんがニ号店について言及してくれている。

 多くの人が興味を持ってリピートしてくれたら嬉しいな。


 ※割愛


 2月1日。


 昨晩はマスターの誕生日と結婚記念日のパーティーだった。まさかあんな幻想的な光景が見れるなんて、さすがマスターね。


 普通なら寝不足になるけど、マスターの好意で魔王邸でぐっすり眠れたので体調は万全よ!さすがにコイビト的な誘惑とかは控えたけどね。奥さんと盛り上がってたんでしょうし。


 きっと私達コイビト組のマスターとの関係は今ぐらいが丁度良いと思ってる。奥さんみたいに毎日ずっと一緒!ってなると疲れ切ってしまうと思うんだ。もちろん奥さんはマスターに手厚くフォローを受けてるから出来る事なんだろうけど。


 あーちゃんはまだ嫉妬深さが滲む事もあるけど、もっちゃんや私は充分幸せを感じてるよ。もっちゃん曰く、毎日一緒にいると相手の欠点が目立ってダメになる家庭も多いんだって。

 彼女の考えだと、下手に結婚するより今の私達の関係の方が幸せな人生を歩めるとかなんとか。もっちゃんの人生的にもチカラ的にも一理あるとは思うわよ?でも私はちょっと違う考えかな。


 私はマスターと二人三脚でやってて、お互いに欠点も知り尽くしているのよね。それでも楽しかったから、それも含めての人生なんじゃない?


 偉そうに言っちゃったけど、私達はマスターの不倫相手そのもの。自己責任かつ自業自得の精神は忘れないように気をつけよう。本当に彼の奥さんが理解を示してくれて助かったわ。そうでなきゃとっくにあの世行きだもん。○○○さん、ありがとうございます!


 子育てはタイヘンだけど協力して出来ている。人数が増えた時の事が今後の課題ではあるわね。モモカちゃん1人でもギリギリだし。


 ※割愛。


 2月14日。


 世間では第二の魔王が大暴れ!悪人達をチリも残さず分解してしまうってお話。お客さん達の間でも話題になっている。

 多くのお客さんに、ニュースを見たいからテレビを設置してくれと言われて先日50インチのテレビを2台導入したよ。NHKの”方”から来たというテンプレさんが、イチャモン付けてきたけど……今はもう来ないわ。


 現代の魔王と比べれば被害事体は少ないけど、毎日のように派手な事件を彼は起こしている。ケーサツとジエータイは休む暇が無いでしょうね。あのヤバイ男を人類に牙を向かせたんだから当然ね。

 あの顔みれば解るでしょうに。権力じゃ勝てない相手もいるのよ。


 それでも悪人ばかりを狙うとの事で、世間では意外にも人気があるみたいよ。マスターも同じハズだったのに、やっぱり世の中顔なのかしら?


 私はマスター一筋で行くけどね!今日もチョコをあげにいって、美味しく頂かれたし頂いてきたわ。やっぱり彼が最高よ。


 ※割愛


 3月28日。


 今日も店は大繁盛!たまにテンプレさんらしき人もくるけど、私のステップで翻弄して首に包丁をアテたら大抵大人しくなる。

 もっちゃんのお父さんの街だとお仕事にならないから、隣街に来ているみたいね。まあ、私の所に来てもさっさと追い出すし、マスターに連絡して換金してもらうんだけど。

 おかげで社員へのボーナスは弾むことが出来そうよ。


 あれ、オカシイな?こういうのはニ号店じゃしない予定だったのに!


 追記:結局セキュリティレベルの向上を図り、あからさまな悪意を持つ者は近寄れなくしてもらったわ。今までは駐車場の入り口での事故を防ぐ為に効果を抑えていたらしいわよ。

 え?それだと逆に今は大丈夫なの?


 そうそう実は今日、男の子に告白されたわ。去年の研修の時から好きだったんですって。好意を向けられるのは嬉しいけど、私はマスターが居るから当然断ったわ。向こうは納得していない様子だったけど、面倒事が起きない事を願うばかりね。


 相手が居るのを知ってて突撃するのはどうなのかしら?特に私の相手は現代の魔王なのよ?それだけ本気と言うか燃え上がってるってことなんでしょうけど。


 たまにマスターがその事に愚痴を言ってた気持ちが解った気がする。私自身、偉そうなことは言えない立場だけどそれは棚上げ!


 まぁ、今後は妙なことにならないように普通に接して――


「ほうほう、キリコさん。告白されたんですか?」

「うにゃ!ちょっと覗かないでよぉ!」

「なに?キリコちゃんが浮気だって!?」

「そんな事言ってない!ちゃんと断ったわよ!」


 リビングでノートパソコンを弄っていたらあーちゃんに覗かれ、もっちゃんに大げさに騒がれる。


「そういう2人だってよく声を掛けられてるじゃない。」

「私はモモカを見せれば1発で離れてくれるから楽だけどね。」

「私の場合はニオイについて言及すれば大体離れてくれるわ。」


 勿論それで離れていかない場合もある。でももっちゃんはどうしたら良いか事実が解るし、あーちゃんは元怪盗としての実力もあるのであまり心配はいらないんだけど……。


「あーちゃんの場合は言い方がキツイよね。気まずくならない?」

「だってマスター以外との可能性なんていらないもん。」

「それはそうだが、完全に縁切りすると代償が怖いぞ。」

「うんうん。私達だって奥さんの許可あってこそだしね。」


「でもそれで、キリコさんはどうするんです?」

「一応断ったし、しつこいようならなんとでも出来るし。」


 私だって元暗殺者で、あのマスターご指名の店員だったのよ?思春期まっさかりな男の子なんてメじゃないわよ。


「その相手次第な所、マスターに似てきたんじゃない?」

「私は魂までは取らないわよ。昔だって首止まりだし。」

「充分だと思いますが……ともかく浮気はだめですからね!」


 あーちゃんの念押しに適当に同意して部屋へ戻る私。

 私の愛はこんなことでブレたりしない。マスターは唯一私が認めた男性なんだから。



 …………



「あむ。んん、マスター!愛してるわ。」


「ちょっとまったああああ!」


 3月30日。昼間に様子を見に来たマスターを誘惑して、キスを楽しんでいたら邪魔が入った。例の男の子だ。

 彼は怒りと焦りの表情で私……ではなくマスターを睨んでいる。態々日曜に出勤してくれたのに、アレな所を見せちゃったわ!


「店長から離れろ!今は仕事中なんだぞ!」


「私は今、休憩時間よ。私達が作った店の物陰で、ちょっとした愛情の確認をするくらい別に良くないかしら?」


「うぐっ、でもみんな居るし……その……」


「どうやら年頃の男の子には刺激が強かったようだね。キリコ、良かったらウチに来るか?”数秒後”に戻れば問題は無いだろう。」


「良いの?じゃあぜひ!」


 魔王邸なら奥さんへの感謝さえ忘れなければ、気兼ねなく今以上のヒトトキを過ごせる。帰りも休憩時間内の地球に戻れば問題ない。


「良くね―よ!!店長、オレは貴女が!」


「もう!それはお断りしたはずよ。私には彼が居るもの。」


「ほうほう、キリコはこっちでもモテるんだな。伊達に100人を超えるファンが付いてるわけじゃないな。」


 面白そうに言うマスターだけど、私はどれだけ人気が出ようとそれは貴方への気持ちの現われ。頑張ったその結果であって他の男は全く関係が無いわ。その気持も読んだのか、私の頭をなでてくれるマスター。


 それが気に入らない男の子は食って掛かる。当然よね。


「オーナー、あんたは結婚しているって聞いた!ならキリコさんとは別れてくれないか!?あんたはお尋ね者で、物だけ与えてずっと一緒に居られる訳でもない。彼女は都合のいい相手にしていい女性じゃないし、一緒に居られるオレの方が――」


「その必要はないな。関係者全員が同意しての関係だ。それに余計な詮索は無用に願いたい。お互いの為にも、ね?」


 男の子はこれでもかってくらいに口が回る。マスター相手に頑張るわね。でも、傍から見れば私ってそう見えるのね。どちらかと言うと私の方から迫った形で関係が始まってるので、その解釈はある意味心に響くわ。もちろんグサッと来る方向で……。


 マスターは事実を端的に伝えて様子を見る事にしたようだ。この後も無理に突っかかるようなら危ないかも。ここは1つ、場を収める為に一端離れて距離を取った方がいいかな。


 私がそう思って両者を離そうとした時――


「オレ達従業員はオーナーの事をバラすことだって――ヒィ!?」


 あちゃー。そんな事を言ったら自分の首を絞めるだけだとわからないのかなぁ。契約の書類に書いてあるのだけど。分かり難いけどね。


 脅迫しようとした男の子は身体の中から沸き起こる恐怖に怯える。


「出来ないでしょ?契約は絶対。人間はすぐウソを吐くからね、今の君みたいに。ああ、別にクビにするとかは無いから安心してね。」


「私を好きなら、私の気持ちは無視しないで欲しかったわね。」


「ぐっ……オレは嘘偽り無く、キリコさんを……」


 苦しみながら男の子は声を絞り出す。


「ほう、根性はあるな。だが先程からオレを責めるのに、自身以外を含めているね。みんなだとか自分達だとか。自信が無いんじゃない?何処がそうなのかは追求しないけど。それに――いやこれは言わない方が良いか。」


 マスターが言わなかった事。それは多分私の価値。お金や時間や気持ち。これらを口にすると安っぽくなるので止めたのだろう。


 私は6年お世話になった。でも主観時間だとその10倍は一緒にいる。普通なら人生1つ終わっててもおかしくないレベルだ。

 お金だってその分掛かっている。衣食住は全てマスター持ちだったし1年あたりの給料は1億○で、この店と家も億単位のお金が掛かってる。


 それらを積極的に出すほどの気持ち。マスターは愛情を言葉にはしない。奥さんと娘さんには別だけど、他の人には絶対に言わない。その代わり、別の形で示してくれる。


 だから続きは私が言うわ。語気は強めないように気をつけよう。


「このお店はね?私達が自分達の将来の為に作った居場所なの。彼は同意してお金を全て出してくれた。私に別れろと言うのなら、その気持ちを否定する事になるわ。この店そのものもね。それがどういう事か、わかるわよね?」


「う……うう、すみません。でしゃばりました……」


「私はこんな感じだし、社内恋愛は否定しないわ。けど彼のお相手以外でお願いするわね。でないと――言わなくても分かるわよね?」


「はい、すみません。失礼します……」


「うん、君。退職はおすすめしないよ。君自身の言葉やキリコに嘘をつくことになるからね。」


「……はい。わかってます。」


 とぼとぼと部屋を出ていく男の子に、フォローと呼べない追い打ちをかけたマスター。実はちょっと嫉妬してくれた……わけないわね。

 いつもの保険というか布石というか。なんにしても血を見なくてよかったわ。



 …………



「すみませーん!注文良いですか?」


「はーい!ただいま参りますー!」


(くっ、オレが余計なことをしてた所為で忙しさが半端ねぇ。)



 同日、日曜の多忙な時間。ほんの数分とはいえ空けてしまった致命的な時間。だがそれでもキリコに思いを寄せていた男の子、カズヤは必死に働いていた。


「お困りのようだね。ちょっと手を貸そうか。」


「オーナー?店長は放っておいて良いのかよ。」


「もう充分な逢瀬を交わしたよ。では水星屋マスター、助太刀する!」


 マスターは一瞬で仕事着に着替えると、フロアを縦横無尽に歩き回りオーダーを取る。空いた皿もことごとく片付けて洗い終わり、再びフロアに戻ると両手には注文の品が乗せられていた。


「「「はい、お待ち!」」」


 まるで分身したかのように、多数のテーブルのオーダーを同時に配っていく。


「な、なんだあの速度は!?」


 カズヤが驚いている間に、全てのお客さんへ料理を出し終えていた。


「ふう、これで少し余裕が出来ただろう。」


「これが、オーナーのチカラ……」


「時間の短縮ならお手の物ってな。」


 サムズアップでニヤリとするマスターだが、カズヤは納得しない。


「何でオレを助けてくれんだよ。」


「君は根性があるからな。腐らせるには惜しい。それだけやれれば、きっと良い人が見つかるさ。」


 現代の魔王に食って掛かり、色々否定されても仕事を続ける。それを見たマスターはちょっとだけ手を貸したくなったのだ。


「オレなんてもう……」


「そうかな?オレが調べた所、君は3人くらいには熱い気持ちを寄せられているよ?人心が解るオレの言葉に嘘はない。」


「んな!?だ、誰だよそれ!」


「それは自分で見つけようよ。頑張りな、若者くん。」


 キョロキョロと辺りを見渡すカズヤの肩を、軽くぽんぽんと叩くとマスターは消えていく。なんとなく自分が認められてる事を感じたカズヤは、その後の仕事に精を出すのであった。



 …………



「ねぇ、あの男の子を狙ってる人ってどんな女の子?」



 キリコはカズヤの動向が気になったようで、フォローを入れた話をしたら食いついてきた。彼女もコイバナは好きらしい。


「うん?気になるのか?」


「そりゃー、ねぇ?出来れば長く働いて欲しいしー。」


「妹と幼馴染と後輩かな。」


「へぇ。全員年下からなのね。そこに妹を入れていいの?」


「ちなみに全員ストーカー予備軍だ。その内バイトで入ってくるんじゃないかな。」


「うわぁ……」


 ドン引くキリコだが、カズヤのメンタルならなんとかなるだろうとマスターは言う。


 ラブコメと言うにはドロドロした展開になりそうでため息をつこうとするキリコだったが、その口は塞がれて幸せが漏れることはなかった。



 …………



 4月8日。


 お店は相変わらず大繁盛。リピーターさんも多く、私達は忙しい日々を過ごしている。もっちゃんの街みたいに嫌がらせじみた行為を受ける事はもう無くなったのはありがたいわね。ちょっかい出そうにも結界で事前に防げるし、それでも強引なのはマスターに引き渡してカンキンするし。あ、勿論警察が来るような真似はしてないわよ?私達はね。


 でもちょっと問題があって、モモカちゃんのお世話が難しいの。

 3人の役職が交代で休んでお世話をしている形だけど、店もお世話もやっぱり人手が欲しくなる時があるの。どうしても目を離さないといけなくなる場面も出てくるし。例えば私じゃないと理想のスープが作れないとかね。


 その事をマスターに相談したら、今日からお手伝いさんが来てくれた。

 しかも5人も雇って交代で見てくれるらしい。綺麗で美人さんだけど、話を聞くに無償でこの役を買って出たとか。今の御時世そんなことある!?って思ったわ。


 そもそもこの豪邸に入る許可を出せるくらいの信用出来る人物だし、マスターのツテだし何かある?とか考えてたら思い出した。


 彼女達、人間じゃないじゃん!普通に神様達じゃん!普通の服を着ていたせいで判らなかったわ!美容限界突破研究会、通称ビゲン会のお歴々が来ていたのだ。


 なんで神様達が田舎のラーメン屋に!?って驚いたわ。

 聞けばマスターのおかげで胸が大きくなって自信がついた彼女達は、人生ならぬ神生が豊かになったお礼をしたいらしい。


 更に言うならリーダーのクロシャータ様が近々懐妊をご希望との事で、子育てのイロハと心構えを学びたいそうな。


 他の4柱も将来を見据えて勉強したくなり、でも神界だとちょっと恥ずかしい。なのでコダクサンなマスターのツテを使ってここに来たとか。


 人生、どこに縁が転がってるか解ったもんじゃないわね。



 4月14日。


 一部地域ではブラックデーなんて呼ばれる日ね。私には縁のない話。

 コイビトはいるし、厨二病も封印してコッソリ楽しむだけにしたし。


 お店もブレずに通常運転よ。たまに変なサービスイベントを敢行する事はあるけど、なるべく広い層を対象にしてるの。いろんなお客さんが居るから、特定の層だけ特をするイベントなんて不公平感が出ちゃうもん。


 神様達は一生懸命子育てをしてくれてる!完全に無償じゃ申し訳ないので、マスターについてや妊娠中の注意点なんかを情報交換している。


 神様達がもっちゃんの”事実”のお話を、メモを取りながら真剣に聞いてるのは微笑ましい。そう言う私も隣でメモ取っていた。チカラを使いながらだと、嘘が紛れないから彼女の話はとても有用よ。

 あーちゃんもモモカちゃんの世話をずっとしてたから、積極的に話してくれる。


 彼女達は全員が全員、マスターを選んだってワケじゃないみたい。クロシャータ様以外は普通に神様同士で良い仲だとか。ま、それが普通よね。


 むしろ上級神と呼ばれるクロシャータ様を落としたマスターは何者よって話だし。


 情報交換のお礼にと加護を掛けて頂いたわ。これでさらにお店が上手くいくと思うとワクワクしてくるわね!



 5月7日。


 GWも終わってみんなリフレッシュ出来たかな。本当は営業したかったけど、休みも大事だしね。旅行に行く人達だって多いでしょうし。


 私達は魔王邸と異界で過ごしたわ。ひさしぶりにみんなと遊べて大満足の連休よ。ユズちゃんと大はしゃぎしちゃった。

 夜はマスターの取り合いになりかけたけど、カナさんが事前に順番を決めていて上手く誘導されて事なきを得たわ。さすがはメイド長じゃないカナ!


 異界の神社の敷地にある、子供のふれあいキャンプ場。あそこは色々あってマスターが確保した場所なんだけど、そこでのキャンプはとても楽しかった。


 以前は嫌味を言ってくる女性も多くて、セッちゃんが悲しそうにしていたんだ。正妻の子供だからって大人げないわよね。マスターからのヘイトを買うと思わないのかしら?

 だけど今回はララちゃんが率先してセッちゃんを守ってくれてたし、シーズの歌声や私の鎖でフォローも出来た。


 ふっふっふ、魔王邸の絆は伊達じゃないのよ!


 世間的にはGWでの観光収入は、例年よりやや低かったみたい。第二の魔王が暴れてるのが原因ね。ストレス発散で遊びたい人と、怖いから引きこもる人で分かれた形よ。


 最近はマスターの出番は少ないけれど、それは地球に限ったお話。ばんばん異世界に飛んで仕事をこなしているんだって。

 ファンタジー世界ともパラレルとも相性が良いマスターは、よく駆り出されてはよく解らない成果を上げてるみたい。

 あの社長の言動は本当に解らないから、言及もしづらいわね。


 魔王邸の妹、クリスちゃんの世界もカイジンを操る組織を倒したとか言ってたしね。それはそれで問題が起きるらしいけども、余程でない限り自分達でなんとかすると向こうの司令さんが決めたらしい。なんでもかなり年下の彼女が出来て、やる気を出してるとかなんとか。


 魔王邸を半分離れた私では、別の世界の話は知る必要も機会もあまりないかな。いや、やっぱり後で聞こう。


 私もまだ魔王邸の仲間、いえ家族だし!



 5月8日。


 昨日面接の電話が何本かあったみたいで、今日私が対応したわ。女の子が3人も来てくれて熱意が凄かったので採用。後で気づいたけど彼女達、あの男の子のストーカー予備軍だった。


 変に私に未練を残すより候補から選んでくれたほうが平和よね。1人はあの子の妹なんだけど……まぁ、平気平気!



 5月21日。


 今日はモモカちゃんの2歳の誕生日!と同時にマスターの奥さんの次女、クオンちゃんの1歳の誕生日でもあるわ。


 魔王邸のリビングを拡張して、みんなでお祝いパーティーが開かれたの。セッちゃんがメチャクチャお姉ちゃんぶってクオンちゃんのお世話をしてたわ。微笑ましいわね。


 それを真似しようとしたのか、モモカちゃんもお姉ちゃんぶろうとクオンちゃんに絡みついて床をゴロゴロ転がりだしたのには驚いたわ。


 すぐに止めに入ったけど、赤ちゃんってすぐに謎の行動を取るわよね。

 セッちゃんも赤ちゃんの時はそうだったし。それを言ったら彼女はそんな事ないもん!って拗ねててマスターに抱きしめられてたわ。


 もう、みんな可愛いなぁ。



 6月4日。


 3人のストーカーは思ったより仕事をしっかりしてくれている。

 一生懸命やればやるほど気を引けると思ったのかな。店側としては大助かりね。休憩時間中や勤務前後は熾烈なラブコメ展開が見られたりするけど、店に迷惑を掛けないなら青春は良い物よ。


 次の魔王邸のパーティーの時にでもクマリちゃんにどうしたら良いか聞いておこう。あの孤児院も毎日騒がしいらしいからね。


 オープンから半年、売上は絶好調!でもやっぱり時間が経つのが早いわよね。


 うーん、20代の半ばかぁ……この速度ならマスターに早くお願いした方が良いかも知れないわ。でないとすぐにトシとっちゃうもん。後で皆を交えて相談しよう!


 この先もみんなで仲良く暮らしていけたら良いな。



「ふう、今日はこんな所かな。えへへ。許可降りるといいなぁ。」


 私はうさぎさんシールの貼ってあるノートパソコンを閉じる。妄想が膨らみ、頬が緩むのを自覚する。でも治んないや。


「くんくん。キリコさん、またエッチな事を考えてるでしょう?」


「私がいつもリビングでシてるみたいな発言はやめて!?」

「女だけとは言え子供も居るんだから、考えてほしいな。」

「もっちゃんは事実が解ってて言ってるよね!?」

「いやだって、本当に考えてたでしょう?」

「そろそろ子供が欲しいなって思っただけよ。」


「「やっぱり。」」


「いや違くて!ああ、違くはないのか!でも違うから!!」



 この後はもう、いつも通りのじゃれ合いよ。あまり女同士でフザケていると、マスターが興味深そうに様子を見に来たりする。まるで色魔の召喚の儀式ね。



 今日も慌ただしく時間が過ぎていく。世間では色々あるけれど、私達の幸せな生活は始まったばかり。


 家族のみんな、これからもよろしくね!


お読み頂き、ありがとうございます。

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