87 シマイ
私は右を見る。とても楽しい。胸が痛い。
私は左を見る。とても嬉しい。胸が痛い。
私は前を見る。とても面白い。お腹痛い。
私は下を見る。とても恐しい。胸が痛い。
私は妹を見る。いつも可愛い。側に居たい。
「「ごちそうさまでした!」」
私達は朝のレーションを食べ終わると食器の片付けに行く。
「あれはどうしたんだ?」
「思春期なんでしょう。」
後ろからそんな声が聞こえてくる。そんなにオカシイ事かな?私達は歯磨きを終えて教室へ向かう。壁際の自分の席について、妹はその隣に座る。
私はアイカ。となりのエイちゃんは双子の妹。2人とも14歳。この学校での生活はとても大変だけど、兄さんや姉さん達に助けてもらってなんとかやっていけてるの。
実の兄妹って訳じゃなくて、一緒に住んでる特殊部隊のメンバーだけどね。みんな大事な家族なんだ。
この学校では5教科とかそういう授業は殆どないわ。あるのは魔王を初めとしたテロリストとの戦いに勝つ為の授業。今日はサバイバル中に使える知識ね。ある意味理科の授業かしら。
『お姉ちゃん何をブツブツ言ってるの?』
『状況確認よ。いろいろあったから考えを纏めてるの。』
『それなら任せて、手伝ってあげる!』
妹のエイちゃんが、テレパシーで心の独り言を聞きつけてきた。元々双子だからっていうのもあるかもだけど、これは超能力、チカラによるモノ。私とエイちゃんは珍しくほぼ同じチカラが使えて、それはとても強力なモノだった。
『『『おはよー私!ちょっと元気無い?』』』
エイちゃんが手鏡をキラリとこちらへ向けると、私はたくさんの私に囲まれていた。といっても全員他の人からは認識されてない。今囲んでいるのは意識だけね。
私はお礼にエイちゃんにタクトを軽く降る。すると妹の周りにはたくさんのエイちゃんが囲んでいた。先生が来るまでのヒトトキ、夢中でお喋りしている。テレパシーでの会話なので、超高速で意思疎通が出来ていた。
彼女達は平行世界の私達。私は妹、エイちゃんは私と交信出来る。徐々にチカラは強くなり、互いの姉妹を呼び出せるまでになった。って事になってるけど、実はちょっと違うんだ。
なぜこうなったのかは……あまり思い出したくないな。
でもどこに身を置いてもエイちゃんと一緒なら楽しく、楽しく……。
『おはよう私達。ちょっといろいろ有りすぎてね。』
『だよねー、訓練が厳しすぎて身体痛くて。』
『”昔”よりはマシだけど、ごはんは味気ないし。』
『小さい頃の栄養が足りてないせいか、まだまだ小さいし。』
『脱走計画もお手伝い出来ないし。』
『好きな人への気持ちは不毛だし。』
『『『そう、それね!!』』』
たくさんの私達が悩みをぽんぽんだして来て、重要な悩みに全員で共感する。
正直恋というのはよく判ってないの。フツーの女の子なら学校で格好いい男の子を見つけるってユウ兄さんのマンガに書いてあったけど、私達はフツーを経験していないもん。
小学校にも殆ど通って無くて、同い年の男の子も居ない。たまに入学してもすぐにみんな転校しちゃうし。
『やっぱユウ兄さんよねー。』
『私はソウ兄さんがいいわ。』
『『『わかるー!』』』
ちなみにモリ兄さんは対象に入ってないわ。とても優しいけど、うーん?次元が違う感じ。テレビ画面の向こう側みたいな、チカラは無くても何故か大物の雰囲気を感じているの。
でもヨクミさんと楽しくしているのを見てるのは好きよ。とっても努力家なのはステキだしね。
やっぱり私はユウ兄さんとソウ兄さんかなぁ。
『でもメグ姉さんやミサ姉さんとコイビトなんだよね。』
『そうそれ!お似合いすぎてて……』
『世の中には、はーれむって言うのがあるみたいだけど?』
『あの姉さん達が貸してくれるとは思えないわよ。』
『『『つらいところよねぇ……』』』
そう私は、私達は兄さんたちが大好きなんだ。
前にアケミさんに相談したときは、ちょっと恋とは違うんじゃない?って言われた。でもよく考えて感じてねって言われて……今はすぐ胸がズキズキするようになってて。今だって兄さん達の名前を考えただけでも!
『姉さんも同じなんだね。私達って心も似るのかな。』
隣のエイちゃんがテレパシーで思考に入ってくる。
『やっぱりエイちゃんもそうなのね。』
『うん。だって2人とも優しくて格好良くて!』
『うんうん。解るわよ。』
2人揃って2人の兄が好き。不思議だけど平行世界に干渉できる私達だからこそでしょうね。ユウ兄さんに傾く私も、ソウ兄さんに傾く私も理解できてしまうから。
『『どうしたら良いんだろうね……』』
2人でため息をつくと今日の先生が入ってくる。いつの間にか兄さん達も教室に来ていたみたい。
今日の授業は終始ぼんやりしてたわ。”私”が代わりにノートを取ってくれてたけど。
『恋の授業とかあれば良いのに。』
『フツーの学校ならあるのかな?』
フツーならこんな事を考えている場合じゃないんでしょうけど、どうしても集中が出来ない。
アケミさんが死んじゃって、トキタ教官が魔王になってしまった。もうキョウコさんも、私達を気にかけてくれたイダーさんも居ない。
みんなツライのに必死に頑張ってる。特にミサ姉さんとソウ兄さんは私達の将来を本気で心配してくれている。
私達は結局昔と変わらない、”悪い子”なのかな……?
…………
「ショウコさん、今度XXXXの店で――」
「ごめんなさい。そういうのは興味なくて。」
「せめて一度……あれ?居ない!?」
2013年の8月。今日は田舎でバーベキューである。
幻想生物変身教。そのリア充を目指すサークルが企画したイベントに参加したショウコ。色々と安く遊べるのでまた籍を置いている。
イベント参加者の1人が妄想の回路を変に組み上げて、ショウコに突撃するも「ステルス」のチカラで逃げられてしまう。
「今の彼、悪いヤツではないじゃろう。君もそろそろ交際をしてみたらどうなんじゃ。」
「急にコクって来るわけじゃないのは良い点ですけどね。本当に興味がなかったものでして。」
ショウコが参加すると聞いて顔をだしたサークル会長のゲンゾウ。せめてもう少し会話をしてやれば良いのにと酒を勧める。
「むしろ、何に興味を持ってるんじゃ?」
「さぁ?少なくとも普通の人はダメですね。不安要素が多くて。」
「以前はもう少し会話もしてたと聞いておるが。何がどうなって普通以外を望んでるんじゃ。」
以前はモテぬ男とも普通に話して食材を巻き上げたりしていた。それもどうかと思うが、少なくとも交流があった。
「うーん?強いて言えば……普通の幸せって普通じゃないなって改めて思わされたというか。」
普通の幸せ。家庭でも仕事でも、それは多大な努力を前提としてさらに運などが合わさって初めて手に入る。
例え手にしてもそれを続けるには、それまで以上の努力が必要だ。しかも1つ何かあればすぐに崩壊する可能性もある。
あのバレンタイン以降の生活でショウコが改めて実感した事だった。
「なんとなく言いたいことは分かるが、そんな事を言っていては始まらんじゃろう。」
「私、飽きっぽいんですよ。だから相手もすぐ飽きちゃうと思うし。」
「まったく、困ったお嬢さんじゃ。」
「あぁ、困ったと言えば彼女の手紙にあった水星屋。ゲンゾウさんは知ってるんでしょ。紹介してくれません?」
「いやいやダメじゃ!あいつに関わると人生変わってしまうぞ!?」
「なら、尚更良いじゃない。今困ってますし、ね?」
「ダメじゃと言っておろうに!」
えー?と頬をふくらませるショウコだが、ゲンゾウは譲らない。
「じゃあ話を変えて……バレンタインの時のプロデューサーさん!彼はなんか不思議な感じだし、一度ちゃんと話をしてみたくて。」
「話が何も変わっておらんではないか!」
「え?」
「あっ……なんでもないぞ。うむ。」
「あやしい!会長、何か隠してるでしょ!ほらほら、吐いて楽になりなさい!」
「ええい、離せっ。普通を目指して普通に生きるのが1番じゃぞ!?」
うっかり口を滑らせて纏わりつかれるゲンゾウ。ショウコは酔ってるせいか彼への畏怖を忘れてぐいぐい攻める。
今回の事と言い簡単に性悪女の口車に乗ったりと、ゲンゾウは大分ガタが来ているのかもしれない。
そもそも1940年代の戦争時に青年だった人物である。こうして元気に活動しているだけで凄い事ではある。
それは時々若い者達の情報を色々と自身に落としているからではあるが、それでも老いは誤魔化しきれなくなってきたようだ。
ゲンゾウはこれ以上ヒミツを漏らしてマスターに脅されるのは避けたい。しかし酔ったショウコも鬱陶しい。
結局水星屋のまとめサイトだけ教えて誤魔化すゲンゾウだが、既にショウコも調べて知っていたので収まらない。
一方、その様子を遠巻きに見ていたソロ活動の男達。
「ショウコさんが会長に!?オレに何が足りないと言うんだ!」
「口ぶりからしてヒミツを探ってるみたいだな。」
「ってことはあれか?ヒミツを持てば良いんだな!?」
「そうか!お前天才か!?ヒミツを勿体ぶれば女の子と……!」
周囲のモテない男達が会長の言動から何かを学んで行く。その情報は拡散され、男達は必死に自分を磨いていく。
次のイベント時には、ショウコに対して勘違いした厨二病患者が殺到する事態に発展した。
ショウコの春はまだ来ない。
…………
「マスターさん、いい加減にしてください!このまま何も進展が無いのなら、別れさせて貰います!!」
2013年10月15日。魔王邸の高級ホテルの客室で、アオバが叫んだ。テーブルに契約書を叩きつけてガルルルと威嚇している。
先日20歳を迎えた彼女だが、誕生日にマスターには会えなかった。時間をやりくりして平日のこの日に会えたと思ったら、誘ってみても手応えがない。さすがの彼女も我慢の限界だった。
「進展も何も、アオバはやりたいことを見つけるのが先だよ。」
「うぐっ、私は一緒に居たいって言ってるでしょ!?私はもうハタチよ?私には最後までしてくれないのに他の女性には手を出しまくってるし!」
「将来を考えれば、生活が定まってない君に手を出すわけにも行かないだろう?」
1度手を出せば戻れなくなる可能性が高い。その内に子供だって要求するだろう。しかしそうなれば母子家庭で育てることになる。したいことも定まってない彼女をそうすれば、どこかで破綻する可能性がある。
いくら怪盗で稼いだ金があるとは言え、これは気持ちの問題なのだ。
「他の女達は皆、やりたいことを定めた上でコトに及んでいる。オレは可能性を探る意味で君に色々経験してもらってるが、君はその辺どう思ってるんだい?」
「解ってるけどぉ……見つからないんだもん。あの街の人達はマスターに仕事を貰ったんでしょ?私にもこう、ズバッと何か決めてくれない?」
「オレが決めたら納得がいかないと思うけど。今までいくつも紹介して決まらなかっただろう。君自身が何かやりたいことは本当に無いのかい?」
「うーん……強いて言えば、サクラさんとは別れたくないかなぁ。付き合い長いしモモカちゃんのお世話だって自信あるし。」
「なら幼稚園や保育園とかその辺か?資格取る金は出すよ。」
「そういうんじゃなくて、一緒に何かやっていければステキだなって思ってて。でもサクラさんは仕事辞めて子育てと同人活動に力を注いでるじゃない?私も子育ては手伝ってるけど。」
「肩を並べての仕事か。なら1つアテはあるけど……」
「ほんと!?それをすれば、ちゃんとシてくれる!?」
「まあな。でもサクラの了解を取らないとダメだよ。」
「すぐ取ってくる!ちょっと待っててね!」
「いや、先に仕事の内容聞きなよ。まったく、緊急用に覚えさせたけど要らなかったかな。片道しか開けないだろうに。」
先ほどとは打って変わって元気になったアオバ。彼女は新しく覚えた空間の穴を開けると飛び込んでしまった。
「マスター兄さん、愛されてるねぇ。まさかここまで女たらしとは思わなかったよなぁ。」
「クリスか。別にオレまで兄呼ばわりしなくていいんだよ?」
監視役のシオンの後ろからニュっと現れたクリス。呆れるような、からかう様な口ぶりだが、軽蔑の色はない。
ちなみに男みたいな口調は、無理に矯正せずとも良いと許可が降りて素の状態で接している。
「ま、形は大事だしなー。諦めてくれよ。それより今の話だけどさ。結構考えているんだなって、感心してんのよ。」
「不幸になる選択をするわけにも行かないしな。」
「うんうん。でもやっと納得できた。一緒にお風呂に入ってもこの胸を触ろうとしないのが不思議だったんだよ。」
そう言いながら右手で掬ってぷるんとひと揺れさせるクリス。
別に2人きりで入ったわけじゃなく、妻と娘達も一緒である。家族で入ろうとした所、妹も一緒!と○○○が言い張って引きずり込んだのだ。もちろん妻の巨乳見たさが原因の1つだ。
「あのなぁ、妻と娘達の前でそんな事出来るかよ。」
「その割にはガン見してたじゃない。あーあー、別にいいんだ。怒っちゃいないよ?むしろその、積極的な方が嬉しいというか。あ、でも露骨なセクハラは無しな!モノ扱いはゴメンだし。」
「クリスちゃんもマスターがお好きなんですね。」
「シ、シオン姉さん!ストレートなのはこっ恥ずかしいからよそうぜ!?」
「クリスのも充分ストレートな発言だったと思うんだけど。可愛いから良いけどさ。」
「か、かわ……うう。まぁ、ありがとう。うん。」
「クリスちゃんはやっぱり魔王邸の妹ですね!」
クリスは真っ赤になって、しおらしい態度になる。
キリコほどではないが低身長の彼女は、シオンに飛びつかれて四苦八苦している。その揺れ具合をじっくり堪能していると、マスターの携帯から呼出し音が鳴った。
prrrrr prrrrr ……
「もしもし。ああ、サクラか。そっちにアオバが――わかった。すぐ行くから押さえておいてくれ。」
「マスター、お出かけですか?」
「うん。アオバがちょっとね。サポート室に行っててくれ。」
「はーい!」
シオンが返事を終えたときには彼の姿はなかった。こういう時の為に各所に取り付けられた壁の隠し扉からサポート室に移動する2人。クリスは空間を飛び越えるその移動に感心している。
「はー、相変わらず凄いチカラだね。」
「マスターは宇宙一ですから!」
サポート室のモニターを見ると、原稿を執筆中だったサクラに対して大げさな手振りで詰め寄るアオバと、宥めるマスターが映っている。
「うん、マスター兄さんってやっぱ良いよな。誤解されやすい人だと思うけど、嘘をつかない努力もしてるし。」
クリスは魔王邸の現状を教わった時はちょっぴり失敗したかなーと思った。異世界とは言え常識離れした生活を見たら無理もない。
特に悪魔用に人間を捌いたり、愛人の多さにはさすがのクリスもドン引きした。そもそもマスターは人間ですらなかったし、こっちの地球では人類の敵として扱われている。
だがその割には妙な人気があり、愛人達も出会いはともかく、無理矢理囲われてる訳ではない。孤児院を経営しているのもプラス評価といえるだろう。
彼の言葉にはほとんど嘘はなく、素直に言うことを聞けば必ずと言っていい程に良い結果がもたらされる。
赤い糸の話も聞かされ謝られたが、今はむしろ感謝している。波長が合い、唇も、身体も途中までは許した相手だし、おかげで命も助かったのだ。
「シオン姉さんは後悔とかしてないか?」
「うふふ、してないよ。最初は気持ちの整理がつくまで大変だったけどね。クリスちゃんもきっと大丈夫。解らないことが有ったら何でも聞いてね。お姉ちゃん達全員、力になるから!」
「そうか……そうか。ありがとう。じゃあまずどんなアプローチが良いと思う?」
「クリスちゃんはやっぱり、胸で攻めるのがいいわよね。さっきも視線が釘付けにされてたし。」
「でもなかなか触ってくれそうにないんだよ。」
クリスの言葉にふっふっふーと自信たっぷりの雰囲気で、お姉ちゃんぶるシオン。
「そこは考え方と攻め方を変えるのよ。オトナは言い訳が必要なの。例えば胸の手入れが大変だから相談に乗って!って頼めば、大喜びでじっくりねっとり触って貰えると思うわ。」
「そんな小狡いのでいいのか!?」
「多分その方法なら奥さんも大喜びよ。あの方はクリスちゃんのおっぱいに興味深々だし。」
「わ、わかった!ありがとうシオン姉さん!また一緒に歌おうな!」
「うん、お願いね。」
(くぅぅうう!ここの姉さん達はやさしいなぁ。)
(うふふ、これでマスターを巨乳ネタでつついて構ってもらおう!リーアちゃん、ユズちゃん。作戦、上手く行きそう!)
素直に感謝感激のクリス。一方でシオンは他のシーズと結託して、巨乳派がどうとか問いただして手を出してもらおうとの魂胆だ。
キリコが上手く行った後にシーズの3人もコトに及んでいる。
電脳体であるため少々調整が必要だったが、ちゃんと刺激を感じ取る事も出来ていた。今では3人とも素っ裸で洗い作業を行い、マスターを誘惑する程になっている。最初の頃はオドオドしていたシオンも、だいぶ慣れたようである。
「社員確保おおおおおおおお!!」
一段落ついた頃。モニターの映す先ではキリコが乱入してチカラの鎖でサクラとアオバを絡め取って雌叫びをあげていた。
…………
「確かに受け取ったわ。ではまた機会があればご贔屓に。」
「なあ、社長さん。この前のこと、考えてくれたか?」
裏切り者の確保から数日後。ギンジロウの下へ報酬を受け取りに来た社長。ギンジロウは真剣な眼差しで彼女を見つめている。
依頼事に一目惚れしてデートに誘うも、消える虚乳で空振り三振。からかわれたのだと自覚はした。しかし気持ちが萎えたりはしない。
「もう解ってるでしょう?住む世界が違うのよ。文字通りね。」
「しかしクリスはっ!彼女を引き抜いておいて……いや、この言い方は良くないな。訂正する。彼女は良くてオレはダメなのか!?」
司令室に「ッ!!」と息を呑む、声にならない声が聞こえる。
「貴方はいい男だと思うわよ。そういう正直な所もステキ。私に変な恐怖心も持たなかったしね。でもきっと私を知れば知るほど幻滅させてしまうわ。だからここまでにして、良い思い出で終わりましょう?」
「くっ、だが諦めるつもりはない!」
「言ってなかったけど、私は子供が居るわ。結婚はしてないけどね。そんな立場でもないし。」
「ッ!?それでも時間を掛けて歩み寄ることは出来るはずだ!」
「ふふ、粘るわね。貴方はこの国の平和を守る重責を負っているわ。私も貴方と同等以上の重責を負っている身。とても同じ時間を生きる事ができるとは思えないわ。」
「うぐっ!しかしこちらは君達のおかげで解決しそうなんだ!そうしたらオレがそちらへ行けばいい!」
ギンジロウの言う通り裏切り者を締め上げた結果、敵組織の情報がだいぶ出揃った。近々大規模な反攻作戦が行われる予定だ。
「ここまで強く求められるのはヒサビサね。マスターはたまにしかお相手してくれないし。」
「!?」
徐々に情報を出してギンジロウの精神を削っていく社長。どこかで諦めてくれればそれでいい。そうでないなら致命的な離別となる。
そのやり口はマスターの防御からのカウンターのプロセスに似ていた。
「でも他の男では彼には叶わないわ。貴方もそう思うでしょう?」
「うぐぐ……彼が相手、なのか。」
見るからに怪しい男だったマスター。だがいざという時に、全てを引っ繰り返して逆転したのは彼の功績だ。その場に居ないはずの黒幕すら連れてきていた。
更に彼は不調だったクリスを絶好調に仕立てただけでなく、異世界に付いて行かせてしまう程に妙な魅力がある。見た目はモブだが。
「しかしそれでも!」
「困った人ね。」
社長はすっと右手をギンジロウの頬に当てて撫でる。
壁の書類棚からガタガタと音が聞こえる。
「貴方に落ち度はないわ。もしもマスターより早く出会ってれば、”私の中の何人か”は絆されていたかも知れないわね。」
それはありえない。何故ならマスターが居なければこの世界に来る事もなかったし、そんな感情を持ったりもしなかったからだ。それでも仮定を通して優しい嘘をつく社長。
「な、何を言ってるんだ?」
「でも彼と出会って、私は彼を認めてしまったの。これ以上貴方が頑張ると、私自身が知って欲しくない事まで知る事になるわ。それは不幸でしか無いと解って?だからここまでよ、坊や。」
戯れと興味でマスターを貪ろうとした2009年末。逆に彼の凶悪なセイギでKOされたあの時。彼のエイジスライダーによって、意図せず社長の中の大半がマスターを認める結果になってしまった。更に魔王流星群騒ぎの際には、彼女のシステムまで看破された。
ただのバカだったバイト君がそこまでの成長を見せ、マスターという人物を1人の男として認めざるを得なかった。
「意味は良く解らないが、判ってはいる!ここで終わっては何も残せないし残らない。だから依頼する!反攻作戦で力を借りたい!」
「あらあら、ここまで言っても食い下がるのね。それも多額の税金を投入してまで。」
社長はいけない子っと軽くデコピンをする。
どぐしゃー!とギンジロウは、背後の壁に在る書類棚まで吹き飛んで昏倒する。その書類棚は卸したばかりだったのに歪んでしまった。
それでもギンジロウは言葉を紡ぐ事をやめたりしない。
「うぐぐ……。平和は守れるし、オレ自身も国民だ。何も問題ない!」
「ふふふ、今の答えは私やマスター好みね。」
自分勝手な意思の上に言い訳じみた言葉を載せる。よくやる手である。好みと聞いてちょっと嬉しくなるがマスターの名もあって複雑な表情のギンジロウ。もちろん社長はわざとそうしている。
「依頼は受けるわ。でも私は貴方の期待には絶対に応えられない。私の計算だと、近くで想いを寄せてくれてる子に応じてあげるのが一番幸せになると出たわよ。」
「オレを想う者だと!?そんな者がどこに居ると――」
「司令、苦しい!ちょっとどいて下さいよぉ!」
「ツグミ?なんで棚の中に入ってるんだ?」
「だって、司令が金髪巨乳に騙されてるってウワサが……」
「はあ!?」
「それでは失礼します。ご依頼の件、後でまた伺いますね。」
社長はにこりと笑みを浮かべると音もなく消えていった。
この後自分の運営する異界に戻って報酬分配となった。
「彼ったら、それでも食い下がってきて――」
そこで社長は惚気けてみせる。マスターの嫉妬心を煽って手を出させようという魂胆だった。しかしマスターはそんな彼女をウザがってさっさと帰ってしまった。
事情をよく飲み込めないでキョドっていたケーイチは、さっさと帰れと追い出されている。
「なんで手を出さないのよ!何故かおめでとうとか言われるし!そうじゃないでしょ!普通は私を繋いでおく為にガンガン来るものでしょ!?」
「仕事はともかく、男女としては信頼関係が薄いからじゃないですか?彼を慕う女性も多いしそちらは困ってないでしょう。」
概ね副社長の言う通りである。そういう彼女は魔王邸に足繁く通っている。最近は巨乳ライバルが現れたので気が抜けない。
「ママ、騒いでどうしたの?またパパにフラれたの?」
「マリーやめて、またとか言わないで!!」
声を聞きつけて奥から現れたマリーの発言。異界の領主もこれには大ダメージである。
「マリーお嬢様、お母様が落ち着くまで奥で遊んでましょう。」
「はーい。」
すたこらと幼いマリーを連れて退室する副社長。
「もう、まともな恋愛なんて私に出来るわけないじゃない。それでもちょーっと真似事くらいはさせてくれたって……はぁ。」
日頃から全身全霊で世界を存続させている社長。そこに恋愛に割く時間はない。心の方もそのハズだったのだが、この数年は色々あって意識が変わってきているようだ。
だが最大で真似事止まりなのは計算するまでもなく、本人もよく解っていた。
「そういう素直で可愛い所を出してくれれば、こちらとしてもやぶさかではないんですけどね。」
「ッ!!この私の立場でそんな事出来るわけないでしょう!」
突如戻ってきたマスター。驚くのは一瞬だけで食って掛かる社長。自分は領主であり、露骨に誰かと恋に溺れれば大変な事になる。
「でしょうね。だから戻ってきたんですよ。娘さんに八つ当たりで虐待までされては敵わないし、上司が情緒不安定では困るし。」
「バ、バカっ!貴方も素直に抱きに来たって言いなさいよ!」
「オトナの言い訳、社長から教わったんですけど?」
「今この場ではストレートが好みなの!」
紆余屈折あったがなんとか行為までこぎつけた社長。
その過程でやはりマスター以外の男では恋愛ごっこは難しいと考えていた。
彼女は相手を翻弄することは出来るが、その逆は難しい。マスターなら天才に一矢報いるバカなので丁度良いのだろう。
それでも恋愛ごっこ。真似事止まり。その先は彼女の計算でも正解を導き出せない領域だ。
「「あんむ……」」
すべての工程の後、とても長いおしまいのキスをする。
それが終われば彼女はまた領主に戻って、この異界の運営をこなし続けるのだ。
…………
「まったくあの連中、ネタ提供どころか原稿までやらせるなんて。」
「私なんて再生能力を見せてくれとか、ナイフ渡されたし。」
10月15日。コジマ通信社の活動に協力させられていたハロウとヘミュケット。現場がドタバタしている隙きに逃げ帰ってきた。今はコンドウ邸で姉のトウカ達とお茶を飲んでいる。
「それで仕事を放棄して帰ってきたの?私の信用が落ちるから止めてくれない?」
「むしろあいつらが乱入して来たんだよ。なんか新しく仕事を始めるとかなんとか。」
「だったら尚更残って、聞いてきた方が良かったのでは……」
スイカの遠慮のない遠慮がちなツッコミが入り、トウカ会長もその通りよとばかりに加勢する。
「NTが入れるチャンスをツブしてくるなんて、ハルは本当に社長になる気があるのかしら。」
「うぐっ、それは姉さんの言う通りだが、あいつをそこまで買う必要はないだろ!?」
「そうですよ。お義姉さんは広い視野を持ったほうが良いよ!」
ハロウに続いてヘミュケットも反論する。しかしトウカは優雅にどこ吹く風といった様子だ。
「彼の情報を買わなかったらNTは規模を縮小していたでしょうね。あなた方が彼の情報無しでどうやって災害対策やライバルを蹴落していたのか、聞かせてもらっても?」
「「ぐぅ……」」
「浅いわね。気に入らない人を貶めるだけの者に、本社の社長の椅子は勿体無いのではないかしら。だから子供も作れないのではなくて?」
「このッ!!」
「恐れながら、解決策があるのに何年も決断出来ずにいるのはどうかと思いますね。」
トウカを睨みつけるヘミュケットのヘイトを自身に散らすスイカ。例えへミュケットが暴れようと、マスターの子を再び授かった2人には傷1つ付けられない。それが解っているので悔しさ倍増である。
「こんにちはー!みんな元気にしてたカナ!?」
「このタイミングで面倒な子が来たわね。」
「酷ッ!トウカ様、酷ッ!旦那様のメイド長たる私はもう大忙しなわけですよ。それを時間作って来たらこの仕打ち!」
「カナさん、すみません。ハル様達の所為でご機嫌が悪いのです。要件はなんでしょうか。」
「ちょっとした伝言を旦那様からお預かりましてね。」
「さっきの発言を容赦なく捨てていくスタイルなのね。」
「あはは。それで旦那様がですね、今回始める仕事はNTには持ち込まないので気にしないでくれ、だそうです。」
「トウカ様、こちらをどうぞ。」
「ハル?最期に言い残したい事は?」
スイカに渡されたサプレッサー付きのアサルトライフルを手に、睨みをきかせるトウカ様。
「ちょっと待ってくれ!それは理不尽だろう!?○○○○だって元から頼む気はなかった口ぶりじゃないか!」
「いたぶるなら私に!彼だと本当に死んじゃうから!!」
慌ただしくなる食堂だが、気にせずカナは先を続ける。
「続いてもう1つ。忘れてたけど不妊治療の目処がたったから、望むならどうぞ。ただし、完全自己責任で。だそうです。」
「「なんだって!!」」
「まぁまぁ、良かったじゃない。最期に朗報が聞けて。」
「まだ撃つ気なのかよ、姉さん、悪かったからそれを下げてくれ!」
「カナ、どういう事!?貴女は何か知ってる?」
へミュケットはカナに食いつき、ハロウを庇うのを止めてしまう。後ろから悲鳴が聞こえてくるがそれどころではないのだ。
「ええ、勿論です。旦那様は相手の身体に触れること無く治療を進める手を考えました。もちろん見たり触れたりした方が上手く治療を行えますが、しなくても相手の思う通りの施術が可能です。」
例の白と黒のチカラの融合、それによる相手の望みを叶える手段だ。
「シュン!これで私達は――」
「蝙蝠さんは単純で良いわね。私だったらその伝言に絶対に乗ったりしないわよ?」
「姉さん?どういう事だ?」
「完全自己責任って、何もなければ彼はワザワザ言わないわ。絶対に裏が在るわよ。と言うか貴方達はマスターの事を信用してないのになんで都合の良い時だけ擦り寄ろうとしてるのよ。」
「トウカ様、大正解です!詳しくはエグいので言いませんが、絶対後悔するんじゃないカナ!」
「ほらね。」
「「じゃあ何で伝言したんだよ!?」」
ハロウとへミュケットは口を揃えて睨んでいく。ごもっともである。
もしそのまま受けていれば、2人は今の状態のまま子を成せただろう。成せて”しまった”だろう。
その結果、母子ともにどうなるか解ったものではない。マスターの調整と言うストッパー無しで欲望のままに改変した場合、世界のルールが……大きな代償が必ず降りかかるのだ。
何故伝言したかの理由は当然ある。情報を小出しにして彼らの意地を徐々にほぐす事と、今後の”人外”との生殖に対する実験台である。人間にしてからでも人外のままでもデータ取りは出来る。一応成功させる目処は立っているので、確認と言ったほうが正しいか。
「私を睨んでも何も出ませんよー。でも身体の改変に関しては本当にパワーアップしましたよ。旦那様のやり方なら幸せは確実です!」
「ダメだっ、彼女の身体をあいつに晒す訳には!」
相変わらず何年も同じ答えを繰り返すハロウ。彼氏としての気持ちはわかるが、唯の治療を拒み続けるのは如何なものか。
「うーん。旦那様は最近、巨乳派にお目覚めになられました。だからヘム様の裸を見ても、何とも思わないんじゃないカナ!」
「「「ちょっと待って!!どういう事!?」」」
全員色んな意味で驚きの声を上げる。勿論カナのブラフである。
「え?みんな目が怖いんだけど。え、冗談よ?」
ちょっとしたジョークのつもりだったが予想外の反応に焦るカナ。やがて自分がキリコ張りの爆弾を投下したと気づいて逃げる。
「カナさん。今のは許される発言じゃありません。ちょっと詳しく話を聞きましょうか。」
「旦那様ー!お助けー!」
『ここで助けたら本当に巨乳派とか思われない?』
意思の動きを読まれてスイカにあっさり捕まったカナは、トウカの指示で別部屋に連れられていく。
トウカもそれに続きその場にはハロウ達だけが残る。
「ねえ、もう意地張らなくていいんじゃない?そう言う嫉妬心や独占欲が悪いとは言わないけど、なんかもう疲れたわ。」
へミュケットが妥協を切り出す。彼の感情も社長としては必要だと思っているが、今のままでは何も解決しないでハロウが歳を取る。
「解ってはいるんだよ。だけど○○○○だけは肌を見せたらダメだと思うんだ。姉さん達の様子を見ただろう?」
「物凄く幸せそうだったわよ?大事にお腹をさすったりしてさ。」
「だからだよ!○○○○には誰も敵わない。魔王となった彼を信じきれるのか!?」
「彼は他人の女に手を出さないって話だし、話だけでも詳しく聞いてみようよ。それも嫌なの?なら私が1人で勝手に行くけど。」
「くっ、わかった。出来ればオレが何とかしたかったんだ……」
「うん。解ってるよ。離れたりはしないから。」
ようやく2人は妥協に至る。情報小出しによる一喜一憂で疲れさせる作戦は功を奏したようだ。妥協とはいえ下手な事をしなければ、誰に任せるよりも最高の結果となるだろう。
一方連れて行かれたカナは――。
「はい、カナも座りなさい。スイカ、お茶を用意して。」
「畏まりました。」
「ええ?これはどういう拷問カナ?」
普通にトウカの部屋に連れてこられて、開放されベッドに座るように指示される。不思議そうにトウカを見るカナ。
「バカ。カナのトラウマ知ってる私達が、変なことする訳ないでしょう!?」
「はーー!ビックリしましたよ。旦那様に呼びかけても助けてくれなかったし、心臓ドッキドキでしたあ……」
「勝手に巨乳派とか言い出すからじゃないの?マスターって別に胸の大きさには拘らないでしょう?」
「目は行くでしょうけど、自分のお相手のを大事にしますよね。」
「でも巨乳の家族が増えたのは事実ですよ。私と同じ赤糸持ちです。それで副社長さんが対抗心メラメラで張り切ってたりもしますね。」
「「!!」」
トウカ達はトリプルエイチの控室で副社長には何度か会っている。なので強力な胸の持ち主なのも知っていた。
赤い糸についてはカナの時に聞いてるので、おかしな事にはならないと思って大丈夫だろう。
しかし焦る気持ちも無くはない。だが自分たちは2人目を授かっている。大丈夫だと言い聞かせて心を落ち着かせる2人。
「そ、それはともかく。カナは良いの?ちゃんと望む生活は出来ているのかしら。」
「はい、旦那様にはちゃんとお相手してもらってます。それにいずれは私にも子を授けてくださると明言して頂けましたし。」
「「まあ!それはおめでとう!」」
「あはは、それなので今は頑張ってご奉仕するだけですね。」
「ふう、良かったわ。マスターはマスターのままという事ね。」
「ご心配頂き、ありがとうございます。」
「時々ね、不安に思ったりもするのよ。2005年のあの時、スイカが異常を読み取ってカナが防いでくれた。彼の記憶。もしあれが間に合ってなかったらって思うとね……」
「あれは間一髪でしたからね。」
今まで明言しなかったが、見ての通りNT組にはマスターの記憶が残っている。当時は何かは解らないが精神的な防御を張らないとマズイ!と咄嗟にガードしたのだ。とは言え全員の記憶を守れたわけではない。
カナは自分自身と、両腕でトウカ・スイカのみ防ぐことができたが、ハロウ達はマスターの光を浴びてしまった。カナのチカラによってある程度は記憶の移植による復元も出来た。しかし結果は現状の通り信頼関係に難がある状態だ。
そう。小手先で植え付け復元した記憶では、中々信じ切れないのだ。
「あれがなければ私達は、誰かも解らない男の子供を産む事になっていたわ。2人のおかげで今がある。改めてありがとうね。」
「「勿体ないお言葉です。」」
その後、時間の許す限り3人は会話に興じる。昔の事やコイバナを楽しみつつ想い人の情報交換をする女達であった。
…………
「てやー!」
「ほあー!」
ぽすん。ぽすん。
私達の渾身のパンチが間抜けな音と共にソウ兄さんの手の平で受け止められる。
「気合は良いけどなっと。」
そのまま腕を掴まれて軽く投げられ床に転がる私達。受け身は取ったけど痛みがないわけじゃない。
「「参りましたー!」」
10月24日午前中。特別訓練学校の訓練棟にある室内稽古場。
格闘技や近接武器での組手・模擬戦ができる道場のような部屋。そこで私とエイちゃんがソウ兄さんから体術の訓練を受けていた。
この稽古場は、ソウ兄さんとユウ兄さんがよく組手をして引き分ける部屋。モリ兄さんのアドバイスで2人ともすっごく強くなって、でもやっぱり引き分け地獄は続いているの。
今日はユウ兄さんチームが出張なので、授業は無くてここで稽古をしてるんだ。ぜんぜん敵わないけど。
「そう落ち込まなくてもいいぞ。2人とも動きは良くなってる。」
「でもこっちは2人で挑んでるのに、全然勝てないよー!」
「そりゃ、オレが女子中学生に負けるわけにも行かないだろう?」
「「さすがはソウ兄さんだね!」」
私達は数年に及ぶ訓練で普通の子よりは強いみたい。でもここに来る前からボクシングをやってたソウ兄さんには歯が立たない。
チカラを使えば勝てるけど、それを見せたら大変な事になっちゃう。
「まぁ、それでも体術は磨いておいて損はないからな。ちょっと休憩してな。次はミサキ、来てくれ。」
「ええ。アイカ・エイカ、お疲れ様。はいタオルとお水。」
「「ありがとー!!」」
柔らかタオルで汗を拭いてペットボトルのお水をごくごくと飲む。一息つけるとミサ姉さんはソウ兄さんと組手を開始していた。
「はぁぁああ!」
「ほい、ほい、ほいっと。」
ミサ姉さんの連打を、こころなしか楽しそうに捌いていくソウ兄さん。
ズキン。そんな姿も格好いいのだけど、胸の中の何かが痛みで訴える。もう一度汗を拭くフリをしてタオルに涙を吸わせておく。
(”2人”は汗を拭く仕草まで同じなんだな。)
「よそ見なんて余裕ね。」
プスッ!
「ぐぉ!? ~~~~ッ!」
胸下に抜き手を入れられて呼吸困難になるソウ兄さん。
「まったく、変な油断してるんじゃないわよ。」
「「ソウ兄さん、大丈夫!?」」
慌てて回復剤を持っていってあげる私達。今のって私達を見てたんだよね?もしかしてちょっとは意識してくれた?
なんてね。そんなんじゃないわよね。はぁ……っていけない、これじゃ私達が兄さん大好きみたいじゃない!
「「はい、ミサ姉さん。これを口移しで飲ませてあげて!」」
「な、何を言ってるの!?」
ばばっと離れてミサ姉さんにイイトコを譲る私達。ふう、危ない危ない。これなら体裁もばっちりよね。
(この子達……?ふふ、思春期まっさかりね。)
お昼を食べて、午後の訓練に向かう途中でユウ兄さん達が出張から帰って来たわ。出張と言ってもお仕事ではなくて、車の免許を取りに試験を受けに行ってたんだけどね。
ユウ兄さん達は18歳になったので免許くらいは取っておけって、ミキモトのお爺さんが言ってたんだ。
何故かヨクミさんも嬉々として受けに行ってたけど。
「「ユウ兄さん、お帰りなさい!」」
ぱたぱたと駆け寄って抱きつく……のはメグ姉さんに悪いから、直前で止まって笑顔を向ける。
「ただいまアイカ、エイカ。いい子にしてたか?」
「「うん、ギリギリ大丈夫だと思うよ!」」
「ん?それなら良しだ。」
「「みんな、試験はどうだったの?」」
「私とモリト君は合格よ。ユウヤは――うん。次が本番かな。」
ユウ兄さん、落ちちゃったの!?えっと、まずここは受かったメグ姉さん達におめでとうよね。
「お、おめでとう!メグ姉さん、モリ兄さん!」
「ほら、ユウヤがだらしないから妹が微妙そうな反応じゃない。」
「いやだってよ、あんな詐欺みたいな問題ばっかで……」
「解るわよユウヤ、何書いてあるのかさっぱり判らなかったわ。やっぱり私には機械の類は向いてないみたい!」
ヨクミさんが身体的に同い年とは思えないソレを反らして得意げに語る。どうどうとしてるのは格好良いよね。あとその胸も……。
「ヨクミさんはともかく、ちゃんと読めばユウヤなら合格できたと思うけどね。」
ヨクミさんは異世界人だし難しいわよね。ていうかどうやって受けたのかしら。それはともかく、ユウ兄さんが落ち込んでしまってるのでなんとか元気づけたいなぁ。
『男の人はおっぱいで元気になるって言ってたよ。』
『私達……は役不足だからメグ姉さんに!』
『うぐっ、そうだね……』
私達は精神会議でちょっぴりダメージを受けながら、ユウ兄さんを励ます為の作戦を実行する。
「「そんなユウ兄さんを元気づけてあげます!」」
兄さんに飛びかかって関節を狙って態勢を崩させる。
「え?ちょっと、早っ!?」
ちょこっとだけ平行世界の私達にも手伝ってもらって、ぽこぽことつついてたら前のめりに倒れそうになる。それを見計らってメグ姉さんも移動させて、姉さんの胸に兄さんの顔を押し付ける事に成功した!
「ええ!?こんなところで!?」
「むぐっ~~~~~ッ!!」
私達が2人を背中から押さえてるので離れられない2人。
これできっと喜んでもらえるよね!メグ姉さんもキャーキャー言って嬉しそうだし!
「双子ちゃん、やるぅー!」
「いやいや、これはまずいんじゃ?」
「お?何だユウヤ。お前が不合格だって聞いて飛んできたのに、何こんなところで盛ってんだ?」
「うわぁ……どういう事よこれ。」
お昼をたっぷり3人前食べてからやってきたソウ兄さんがからかう。
実は去年の試験でソウ兄さんも1度落ちていたから、仲間が出来て嬉しそう。
「「ユウ兄さんはおっぱいが好きだから元気づけてあげてるの!」」
「ぶふぉっ、お前アイカ達に何吹き込んでるんだ!?」
「ユウヤ、大事な妹分に何してくれてるわけ?」
「む~~~~~ッ!!」
「あ!こら、そんな息を……アイカ達、離してッ!」
「アイカ達もその辺にしなさい。メグミが悦んでるわ。」
「ミサキ、適当な事をいわなんんッ!」
ちょっと雰囲気の違う声をメグ姉さんが出し始めたら、無理矢理兄さん達から剥がされちゃった。良いことだけどいけない事だったんだって。うーん難しいよ。
「年頃なのはわかるけど、落ち着きを持った方が良いわよ。」
「ああいうのは、2人きりでコッソリするものなのよ?」
その日の夜。ミサ姉さんとメグ姉さんに怒られてしまった。
いつもならソウ兄さんも来るけど、今日はヨクミさんの方へ顔を出してるらしい。
「それで、どうしてこんな事をするの?怒らないからきっちり答えてもら――アイタッ!」
赤黒いオーラが漏れながら私達に迫るメグ姉さんを、べしっと顔面チョップで止めてくれるミサ姉さん。
「あんたね。そんな言い方したら怯えるでしょうが。いつか医者になった時に患者に怖がられるわよ?自分の子供にもね。」
「うぐぅッ!うう、だってぇ……」
強力な言葉が胸に刺さったメグ姉さんは大人しくなる。チカラに任せた振る舞いはいけないと教えてくれてるのだろう。
「アイカ、エイカ。見ての通り怖い女は処理したわ。薄々2人の事は解ってるつもりだけど、出来れば気持ちを教えてほしいわね。きちんと知って理解した上でなら、私も協力出来るかもしれないわ。」
はうっ!この感じ、ミサ姉さんには気づかれちゃってるのかな!?
『お姉ちゃんどうしよう!』
『バ、バレたらまた昔みたいに!?』
『よりによってメグ姉さんも居る時に!』
『『はわわわわわわわわ……』』
「はぁ、ほらメグミが脅かしたから固まって震えてるじゃない。」
「わ、私の所為!?いまのはミサキの言葉の後に――」
「ほら、良いのよ。もっと素直になって。怖くないから、ね?」
ミサ姉さんは私達を引き寄せ、頭を押さえて胸で受け止める。特別大きいわけではないけど、ふんわり包んで良い香りがする。
「「ふわぁ……ううう、うわああああ……」」
安心して思わず気持ちが決壊しちゃう私達。もう14歳なのに、姉さんの胸に抱かれてわんわん泣いてしまう。
「良いのよ、メグミが怖がらせてごめんね。私達は貴女達を傷つけるつもりはないの。まずはそのまま気持ちをだして。」
(し、失礼ね!でもツッコめる雰囲気じゃないし……。なんかミサキってお姉さんとかお母さんっぽいよねぇ。これが私には足りない、女らしさってやつなのかなぁ。)
(こ、これで出来てるのかな?私が母さんにして貰いたかった事。女が厳しいお家柄だったから、密かに憧れてたのよね。)
「私、私達……ソウ兄さんとユウ兄さんが好きなの!」
「でも姉さん達に悪いし、バレないようにって……」
私達は心からあふれ出た気持ちを言葉にして告げてしまう。再び泣き出した私達に、ミサ姉さんは頭を撫でてくれた。
「そう、打ち明けてくれて嬉しいわ。その気持は大事にしてね。」
「「い、良いの?叩いたり、沈めたりしない?」」
ミサ姉さんの予想外の言葉に思わず確認をする。もう、昔みたいな毎日はイヤだから……。
「「!!!!」」
ミサ姉さんとメグ姉さんが凄い顔してる。これはやっぱりダメな流れなのかしら……。と思ったら力強くぎゅーってされた。
わわ、そっち系は苦しいから!ごめんなさい、ごめんなさい!
「もう、なんで……あなた達はもっとワガママを言っていいの!恋なんて自由でワガママなモノよ。好きなだけ好きになりなさいよ!」
あれ?なんか予想外の言葉が聞こえたような……?
後ろからメグ姉さんが抱きついてきてピカーっと黄色く光る。暖かい。とても優しくて暖かい気持ちになっていく。
「怖がらせてごめんなさい!ミサキの言う通りよ。好きなら好きで良いのよ。気持ちの否定なんてしないから!だから、私達が大事な妹達を傷つけるなんて思わないで。お願い、だから……」
え?お姉ちゃん達、泣いてるの?私達は意味がよくわからないで抱きしめられるままになっている。気がつけば呼吸も苦しくない。
なんだか、気持ちよくなってきたわ……。
「目、覚めたみたいね。おはよう、あまえん坊ちゃん。」
「うふふ、可愛い寝言だったわよ。」
「「うーー?」」
私達は安心して、寝ちゃったみたい。気がついたら姉さん達に膝枕されてたの。
「それで、どっちがどっちを好きなの?」
「一応、伝えるチャンスくらいはあげるつもりよ。」
「「「私は両方です!!」」」
「「「私も2人とも!!」」」
「へぁ!?」
「んな!?」
部屋中にワラワラと現れた私とエイちゃん。姉さん達は変な声を出して慌てている。メグ姉さんは驚いてすっごく光ってるし、ミサ姉さんは急いでリモコン?を操作している。
そんな2人の側にいるのが嬉しくて、私達は姉さん達に抱きついた。後で聞いたけどチカラのバレを警戒してたみたい。ごめんなさい!!
…………
私は右を見る。とても楽しい。胸がときめく。
私は左を見る。とても嬉しい。胸がときめく。
私は前を見る。とても面白い。胸を躍らせる。
私は上を見る。とても明るい。首が痛い。
私は手を繋ぐ。いつも暖かい。笑みが溢れる。
「「ごちそうさまでした!」」
私達は朝のレーションを食べ終わると食器の片付けに行く。
「お、元気になったみたいだな。」
「……女の闇に飲まれないようにね。」
「うん?新手のなぞなぞか?」
後ろからそんな声が聞こえてくる。闇?こんなに光り輝いてるよ?
私達は姉さん達に気持ちのソンザイを認められて、また少し強く生きて行ける気がしていた。
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