85 シンメ
「それでは新入生のみなさん、自己紹介をお願いします!」
2013年4月8日大安。様々な人々が新芽となって、新天地に芽吹く日である。
多くの学校で入学式が行われ、自分の教室に戻ってきた新入生達。彼ら彼女らはホームルームでまず、自己紹介をすることになる。
ハデに自己主張する者や地味に目立た無い様にする者、友人を多く得ようとする者や関心がない無いと素っ気ない者。
様々な主張がそこにあった。
「シズク。ミズハ・シズクです。よろしく。」
簡潔な自己紹介で席についたシズクは、周囲から一気に下のランクに位置づけられた。
細身できれいな肌、整った顔立ちで髪はロングで艶のある淡い茶髪。青い目に儚げな表情とあって男子の前評判は良かったのだが、あまりに暗そうな彼女は異性からも同性からも優先順位を下げることになる。だが若干名、ちょっと大人しげな男子からは注目されているようだ。
「シズクちゃん……気持ちは解るけどもう少し話そうよ。せっかく昨日オシャレに仕上げてあげたのにー。」
「そう、なんだけどね……」
同じ中学の友達からは心配されるが、言った本人も彼女の事情は察しているので強くは出ない。
去年慕っていた兄を亡くしてから精神的に危なくなったシズク。実際に精神科に通ったりもしたようだ。兄と楽しい時間を過ごしたこの街の高校に通いたいという一心で受験は合格した。
しかし暗いままでは不憫だと思った彼女は昨日、シズク宅にお邪魔して徹底的に着飾ってあげた。目が青いのも彼女がカラコンをオススメしたからである。
今までのシズクのままでは高校で上手くやっていくのは難しい。なので強制的に高校デビューさせることでカースト最下位だけは回避しようとの試みである。それはかつてアケミがメグミに施した化粧と、似たような効果を”多少は”もたらしていた。
「そんな悲しい顔しないの!そうだ。この後街を見て回ろうよ。美味しいケーキ屋さんとかオシャレなお化粧品とか、ね?」
「うん、ミキちゃんありがとう。」
「じゃあ決まり!ふふ、楽しみィ~。可愛いは正義だよ~。」
カギハラ・ミキはシズクの手を取って喜びの笑顔を向けた。
彼女はシズクのブラコン振りは知っていた。だからこそなんとか立ち直ってもらおうとしてくれた。
シズクにとってはギリギリこちら側、太陽の下に繋ぎ止めてくれる存在である。両親ともギクシャクする事が増えたシズクにとって、彼女が居なければ絶望におし潰されていただろう。
女同士の放課後デートが決まったことで、声を掛け損ねた大人しめの男子達。彼らはこんなものかと肩を落としていた。
…………
「○○○○・セツナです!普段は悪魔屋敷の水星屋でお手伝いをしています。いつか店長になるので、よろしくお願いヒます!」
(((可愛い!ヤバイ、何この生き物!?)))
同日、異界の学校。そこの新入生であるセツナは張り切って自己紹介をしていた。母譲りの容姿と一生懸命な表情で、クラス中を虜にする。
ここは魔術師勢力の者達が教育を施す学校である。とはいえ各勢力に与えられた土地は村1つ分くらいしか無いので、学校も
規模の小さいものである。貴族が経営しているので見た目だけは立派なものではある。
本格的に魔術を学ぶ道士クラスと地球で言う義務教育の普通科クラスが存在していて、セツナは普通科である。
普通科は3学年同時に教え、2クラスしか無い。
「セツナちゃんってマスターさんの子供よね?」
「うん、お父さん知ってるの?」
自己紹介が終わると先生の話そっちのけで隣の子が話しかけてくる。金髪のオシャレな子供服を着た、ひとつ上の子だった。
「この世界じゃ知らない人は居ないわ。でもなんで普通科に来たの?あなたならいきなり道士クラスもいけたのに。」
セツナ自身の実力はともかく、マスターのコネなら何だってできるという意味だ。
「私はマジュチュとか解らないけど、お友達が欲しいなーって。地球の学校は何があるかわからないからこっちにしなさいって言われたんだ。」
セツナが入学するに当たってマスター夫妻は熱く議論した。
一番良いのは地球の学校だった。それもマスターの母校なら融通も利くというものだ。しかし、セツナはチカラ持ちで銀髪で超かわいい。何も起きないはずはなく、イジメでもあろうものなら相手の一族を滅ぼしかねない騒ぎになる。
孤児院の教室だと既に見知った顔ばかりだし安全ではある。しかし閉鎖された場所でずっと過ごすことは良くない。
結局間を取って?異界の学校に入学することにしたのだ。
「地球?マスターさんの元居た世界ね。そう言えばこの学校にも地球生まれの先生がいるわよ。」
「トウジさんだよね?よくお酒飲みにくるよ!」
「そうそう、後で挨拶に行かない?トウジ先生って魔術が使えないのに不思議な動きで格好いいのよ!」
「行く行く!」
「じゃあついでに案内してあげるね。私はモーラ。よろしくね!」
こうして憧れの先生に近づく口実を手に入れたモーラ。
内心バンザイしているとセツナからもよろしくと言われる。
「よろしくね、モーラちゃん!」
セツナは1つ上のモーラに対しても臆さず握手して笑顔を向ける。
(((可愛い!!)))
いい加減に注意しようとした教師も含めたクラス中がその笑顔に陥落した。
…………
「はじメまシて。製造ナンバー37号といいマす。サナちゃんってよんでクださい。先輩方、よロしくおねがいしまス!」
「「「ロボだああああ!!」」」
同日、特別訓練学校の教室に新入生が6名入学した。
頭があり手足があり、胴体もある。立派な人型だ。しかしどう見ても全員機械率が高めで、驚く1期生達を前にミキモト教授と助手のサワダがドヤ顔をしていた。
「ふっふっふ。驚いたようじゃな。」
「はっはっは。我々の技術力をとくとご覧あれ!」
「そりゃ驚きます!もうチカラ持ちは在庫切れですか?」
「まさか本気でロボットに戦闘をやらせるつもり?」
「「格好いい!!」」
メグミとミサキが教授を問いただしている中、ユウヤとソウイチは近づいて興味深そうに見ている。
「ワシは長年人間の可能性の研究をしておった。じゃがそれらは先が見え始めてな。我がミキモト理論は科学との融合じゃ。ならば科学方面も育てていかねばならぬ。」
「そこで万年人手不足のここに配属させてより良いデータを取ろうというわけです。AIを作るに当たってギャルゲーを参考に好感度機能もつけてますよ。自信作です。」
「「殴、脳!」」
目の前のMAD達の脳を殴り飛ばしたくなったメグミサコンビ。
だが教授たちの中では理にかなった発想ではあった。
ミキモト教授は度重なる人体実験で強力なチカラ持ちを創り出した事がある。しかし戦闘意欲が高すぎてサイトの悪魔にあっさりと滅ぼされた事があった。
この学校の新入生達は実践訓練と称した人工モンスターでのデータ取りに非常に消極的になり、全員”転属”していった。
ならば自制できるAIを載せた戦闘ロボットなら支援くらいは出来るのではなかろうかと考えた。この先、対魔王兵器を量産するならこの部門も必須と言える。
そうして送り込まれたのがテロ撃退支援ロボット軍団である。
「なあ君達!ビームとか撃てるのか?ビーム!!」
「加速装置は!?駆動音は高くても低くても格好いいけどよ。」
「じゃああれだ、ドリルは?パイルバンカーとか!」
「どこかに赤い自爆スイッチとか――」
「2人とも落ち着いてよ。彼女達がドン引きしてるよ?」
ソウイチとユウヤが代わる代わるロマンを求めていく。
モリトは親が厳しかった為にこっち方面への耐性があったようだ。
「「男の子っていつまで経っても子供なのね。」」
「ほー、ニンゲンってこういう命の作り方もあるのね。」
「「サナちゃん、よろしくね。」」
「よろシく、お願いしまス。センパイ。」
「「…………」」
ヨクミとアイカ・エイカは既にそっちの輪に入っていた。
呆れて脱力した2人。仕方無く相方の暴走を無言で止めるのであった。
…………
「パフェ、大きかったねー。」
「そうね、2人で食べてもお腹いっぱいよ。」
今日は入学式とホームルームだけだったので、街を散々練り歩いたシズクとミキ。夕方には足の疲れと喉が渇いたのもあり、繁華街の有名らしいカフェに入った。
ミキは特大パフェを半分以上食べてご満悦だったが、シズクはこれを兄と食べてみたかったという気持ちがよぎって密かに悲しくなっていた。
「ほらほら、美人が台無しだよ。まだどこか行きたい所はある?」
ミキはお見通しだったようで、シズクの行きたい場所を聞いてくる。パフェを食べながら2人で地図とお店を検索していた2人。
「いえ、今日はもういいわ。」
「あれ?でもさっき気にしてた所があったんじゃないの?」
「ん、北の方に例の学校があるらしくてね。」
「ああ、テレビでやってたやつね。驚異の超能力者部隊!」
「だからどうということはないけれど、ちょっと地図を眺めていただけよ。それにもう帰らないと暗くなるわ。」
「そうだね、帰ろうか。シズクちゃん、寂しくなったら声を掛けてね。付き合うからさ!ハンバーガーのやけ食いとかお寿司食べ放題とか!ベッドの中は裸じゃなければ……」
「なんで選択肢がその3つなのよ。」
ミキはオシャレも好きだが食べるのも大好きなのだ。去年は隣町、つまり自分達の街の店でアルバイトをしていた時期もあった。その際もよく食べて居たが、一定以上太らないのは謎である。
「でもありがとう、楽しかった。」
「どういたしまして!駅はこっちね。ラッシュ前に帰りましょ。」
2人は仲良くてくてくと駅に向かう。
だがシズクはとっさに嘘をついていた。チカラ持ちの学校は応援したい気持ちはあっても、怖くてあまり近寄りたくない。
命のやり取りをする人間達、そう考えただけで怖くなる。
本当に見ていたのは特別訓練学校より更に川の上流、この付近一帯に水を提供している浄水場だった。
この街は北から西方面にかけて非常に大きな川がある。その北の端にあるのが浄水場、その少し下流に例の学校があるのだ。
シズク達の高校は街の南東側、最寄りの駅も南側である。
なんとなく水を感じたいと思ったから気になった施設だったが、平日は無理かと諦める。
そもそも休日なら普通に水族館へ遊びに行けば良い。お財布と心の中は余計に寂しくなってしまうが……。
「お嬢ちゃん達、ここは立入禁止だよ?」
「うわ、兵隊さん!?怪しい者じゃないんです!女子高生です!」
「それは見れば判るけどさ。」
4月14日。ミキとシズクはバスに乗って特別訓練学校前に来ていた。ミキが気を利かせすぎて日曜に手土産持って訪問しようと言ってきたが、守衛さんに止められる。アポ無しで女子高生が突撃してきたのだから当然だろう。
シズク達の目には川の中にある中洲に立派な建物が映り、ここが魔王退治を目指す場所かーと感心していた所だ。
昔ここがミキモト研究所 NO.8として開発される際に、川の拡張工事をしてまでこの中州を魔改造した。
学校の厚生棟に行くには守衛さんと高速道路の料金所のようなセキュリティが守る橋を渡る必要がある。
「えっと、これ!部隊の皆さんに食べてほしくて!いつも応援しています!」
「差し入れ?わかった預かろう。ここにお名前書いてね。でも危ないからあんまりウロウロしないほうが良いよ。」
「はい、失礼しましたー!!」
「失礼しますぅぅ!」
お辞儀してダッシュで離れる2人の女子高生。守衛さんはお前の顔が怖いからだよ、と同僚にからかわれた。
「はぁはぁ、初めて生で兵隊さん見ちゃった……」
「ぜぇぜぇ、よく考えれば逃げる必要、無かったんじゃ……」
書類に名前も書かず、一目散に逃げてしまった2人。普段身体を動かさないシズクは今にも倒れそうだ。
「あれ?これバス停と逆の方向へ来ちゃったんじゃない?」
「ちょっとまって……一本先のバス停の方が微妙に近いかも?」
スマホの地図で調べた2人はバス停に辿り着くが、バスは暫く来ないようだ。周りは民家も少なく、コンビニも無い。川沿いには大きな建物が見えている。
「あちゃー、街外れの方だからかなぁ……」
「だったら、ちょっと行ってみたい場所があるんだ。」
「お?何々、探検?もしかしてあの建物のコト?」
「本当は学校じゃなくてあそこが気になってたんだ。」
「あれって浄水場?女子高生が行くところ!?。」
「私、温泉といい水族館といい、水が好きなのかもしれない。」
「シズクが良いなら良いよ。でも危ないことはナシね。」
ミキはもちろん気がついている。中学時代は兄の話を散々聞かされてきた。海や温泉、プールに水族館。彼女は兄が大好きだったがそれと合わせて水場の話が多かった。
だから万一がないように釘を指しつつも、友達に付き合うのだ。
結局すぐ職員さんに見つかって追い出されたのだが、友達とのちょっとした冒険は楽しかった。
…………
「ほらほら!天下の魔術師を自称するなら1発くらい当ててみろ!」
「「「もう無理ですー!!」」」
「全く情けない。去年の新人の方がまだ根性があったぞ?」
4月8日午後。校庭ではトウジが道士クラスの魔術師見習い達に訓練をつけていた。全員魔力切れでぶっ倒れている。
地球で言う中学高校あたりに該当するこのクラスの新入生が、魔術の使えないトウジに反発して挑戦した結果が、これである。
「トウジせんせーー!」
「トウジさーーーん!」
「お?モーラとセっちゃんじゃないか。」
「い、いまなら……ぐへぇ!」
自分を呼ぶ声に振り向き手をふるトウジ。
なんとか不意を突こうとした生徒を踏みつけて無力化する。
「トウジさん凄いですね!こんなに倒しちゃったの?」
「この程度何人来ようと敵じゃないさ。それよりセッちゃん、
入学おめでとう!」
「ありがとう!モーラちゃんに案内してもらったの!」
「そうかそうか。モーラも偉いぞ、ちゃんとお姉ちゃんしてるじゃないか。」
「セ、センパイとして当然ですわ!」
頭を撫でられて飛び上がるほど喜ぶモーラだったが、淑女として冷静に振る舞おうとする。頭に当てられた手は霊体なので、
実際はややひんやりした程度だった。しかし熱くなっていた彼女にとってはとても心地よかったのだろう。
「あら、トウジ先生。そんな汚いものを踏んでたら靴が汚れてしまいますわ。」
「モ……モーラ、兄に向かってそれはない、だろう。」
「私はトウジ先生に言ったのですけど。」
「魔力無しを庇うのか!?おのれ、よくも妹を誑かしぐへぇ!」
どうやら踏まれているのはモーラの兄らしい。無理な姿勢で再度魔術を撃とうとして更に踏まれている。
「モーラちゃん、家族をそんなふうに言っちゃだめだよぉ。」
「うっ!私もそうしたくはないけど、お兄様がこんなだから。」
セツナの言葉に押されながらも弁明するモーラ。
「聞いての通り、妹を取られると思って無茶をしてるだけさ。可愛い兄弟愛じゃねえか。今のはそれなりに根性あったぞ。」
「うぐぐ、魔力無しめー……」
「もう、お兄様ったらまだ言ってるの?魔力が無くても強さには関係無いでしょうに。」
「うむ、その辺を見込まれて指南役になったのだからな。」
超能力と魔術。知らない者からしたらどっちもどっちではある。そもそもどちらも精神力を消耗する。固有のチカラかどうかの差ぐらいしか無いだろう。
「ところでセッちゃん。君からもマスターに言ってくれないか?メニューにもう少し魚介類がほしいとな。貝やエビが良いな。」
「伝えはしますけど……難しいと思いますよ?」
水星屋はラーメン屋であるが、和洋中のメニューが混在している。だが魚介類だけは少ない。代表してマグロのたたきや、漬け等がセットになった「まぐろ」があり。後は焼き魚でホッケやサンマ・鮭がある程度である。もちろん値段は単品300○定食500○と安価である。
「オレが言ってもなかなかダメでなぁ。セッちゃんならマスターも聞き入れてくれるんじゃないかと思うんだよ。」
天ぷら盛り合わせに海老天すら入れてないのはどうなのかとトウジは思っていたが、今まで聞き入れては貰えなかった。
「お父さん、貝とかは触るのもダメみたいで……。でもマグロは自分も好きだからメニューに入れてるみたいですけど。」
「あー、そのパターンかー。セッちゃん今のは忘れてくれ。マスターには気分良く作ってもらいたいからな。」
「マスターさん、意外と可愛い弱点があったのね……」
実はマスター、幼少の頃のとあるトラウマでエビや貝などが苦手である。大人になった今では調理方法によっては食べられるようになったが、自分で扱うのは避けていた。
それは店のメニューに如実に現れている。
「あ!これナイショです!バレたらお小遣いが減っちゃうかも!」
「何がバレたらだい?」
「ひゃあああああ!お、お父さん!?」
「なかなか帰ってこないと思ったらトウジさんに挨拶してたのか。そっちの子はお友達かな。」
今日は入学式等々で午前中だけと聞いていたマスター。ちょっと心配になって様子を見に来たのだ。
「モーラと申します。セツナちゃんを案内してましたわ。門限に遅れてさせて申し訳ございません。」
「水星屋のマスターだ。いや、娘の面倒を見てくれてありがとう。よろしくね。ところでセツナは何をそんなに慌ててるの?」
「ななななんでもないよ。うん。」
目に見えて動揺してアワアワしている姿は愛らしい。
「ははは、お小遣いは減らさないから安心していいよ。」
「お、お父さん!もう知ってたのね!?うう、お父さんは何でもお見通しだよね……」
マスター相手に隠し事は難しい。セツナはからかわれてしまったようだ。彼女の仕草や表情はマスターの癒やしである。
「トウジさん、そういうわけでメニューは据え置きで行きます。でも加工したイカあたりなら仕入れられるかもしれません。」
「ああ、すまないな。また今夜も寄らせてもらうよ。」
「はい、お待ちしてます。じゃあセツナは帰って一眠りだ。お手伝い中に倒れたら困るからな。」
一眠りといっても普通に8時間ほど寝てもらう。その後の仕事は結構な長時間労働だ。途中の休憩時間などでもキチンとした睡眠は取る。マスターならではの生活サイクルのせいで、実はセツナは学校で時間が経つのがやたら早いと感じていた。
「はーい。モーラちゃんまた明日ね!」
「ごきげんよう。セツナちゃん!」
2人は空間に開けた穴で一瞬で帰っていった。残されたモーラはトウジの手を握りにいって話しかける。
「トウジ先生、1つお願いがあるのですが!」
「どうしたモーラ。今日はいつもより甘えたがりだな。」
「私もセツナちゃんみたいに愛称がほしいですわ。」
「オレは構わないが、この兄貴が許すかな?」
「勝利者の権限です!」
「近頃の子供は難しい言葉を知っているな。じゃあモッ……これはサクラと被るか。ではララではどうだろう。」
「ララ!私、気に入りました!ありがとう、先生!」
モーラ・バラード。1年掛けてやっと先生に愛称で呼んでもらえて大感激である。
最初は憧れのトウジ先生に近づけるかなーという不純な動機でセツナに声をかけたが、想像以上の愛らしさにやられたモーラ。
憧れの先生に愛称までもらい、ちゃんと仲良くなろうと決意するのであった。
…………
「今日も訓練お疲れ様です。バイタルチェックが終わったら
シャワーの後、食堂で昼食をとってくださいね。」
「「「…………」」」
4月14日。日曜は午前中のみ訓練が行われている。休みも無く続く訓練の日々に閉口気味の隊員達。たまに休みがあるかと思えば、テレビや雑誌の取材に駆り出されて皮肉を言われて心が休まる日などない。
「いつまで続くんだ、こんなの。」
「魔王を倒すまで?いつでしょうね……」
各種検査の後、メグミは率先して仲間を癒す。だが日に日に口数は少なくなっていく。
「正直、ヨクミさんの事が無かったらとっくに乗ってたかもしれないわ。」
「でしょうね。身体はともかく精神的にあの子達も厳しいわ。」
「ま、まだなんとか行けるよ?」
「うん……うん。」
シャワールームではメグミがミサキに愚痴をこぼす。盗聴を気にして決定的なことは言わないが、少々危うい。
アイカ達は本来なら中学生の年齢になっており、以前より格段に体力がついていた。しかしまだまだ子供の身で無理して良いものでもない。彼女達の強がる姿にメグミ達は唇を噛む。
少しでも早くこの学校を脱出したいが、なかなかチャンスは来ない。
魔王についてもまともに相手が出来るならともかく、この前の様にまったく歯が立たない状況に追い込まれたら今度こそ生きて帰れる保証はない。
「何か、他に強力なコネでもあれば良いのだけどね。」
無い物ねだりの妄想でストレスを緩和しつつ、食堂へ向かう。
「「「おおおおおおお!!」」」
今日もいつものレーション定食か、などとゲンナリしてると男達の歓声が聞こえてきた。
「おい、みんな!早く来いって!」
食堂の入り口から覗くとユウヤから急かされる。
なにかと思って近づくと、可愛らしい袋に入ったクッキーと箱に入ったケーキが置かれていた。
「なんかよ、午前中に差し入れがあったんだと!なんでもこの街の高校の生徒らしいぜ?守衛さんが持ってきてくれてさ!」
「へぇ、差し入れ?今までこんな事なかったのに!」
「女子高生がいつも応援してるってさ、いやあ見てる人は見てるんだなぁ……」
「女子高生、ねぇ。」
「ユウヤ、言葉には気をつけなさい!漏れてる漏れてる!」
ヨクミの言葉に慌てて口をつぐむユウヤと、無意識に出ていた赤黒いオーラを引っ込めるメグミ。
「まあいいわ。みんなで分けてありがたく頂きましょう!」
「「「賛成!!」」」
この日。疲れ切った特殊部隊の面々は少しだけ自分達が認められた気がして心が軽くなった。
「敵、ハッケン。安全装置解除。これより迎撃をキャアアアア!」
「「「キャアアアアア!」」」
4月15日。1週間の座学を終えた支援ロボ軍団。驚異的な学習力を示したサナちゃん達6体がロジウラの訓練に挑む。しかし最初の戦闘で敗北した。発見から迎撃までに時間がかかりすぎたのだ。
「うーむ、精度を気にしすぎて行動が遅いか。」
「人間の反射神経のように素早く行動はできませんからねぇ。」
「ならもっとダイレクトに動ける機構を作るのじゃ!」
「とりあえずAIにバイパスの信号を送れるようにします。」
ミキモト教授とサワダが結果を受けて改善点を挙げていく。
後日、それらを実行して再挑戦する。
「敵、ハッケン。ウてーーー!」
ダララララララララ!!
腕に備えたマシンガンで蝙蝠タイプのモンスターを粉々にする。明らかにオーバーキルだった一斉射はロジウラ1号の奥まで届いた。
「「「初勝利デス!」」」
「このままロジウラ2号へ移動しマす。」
「敵、ハッケン。ウてーーー!」
ダララララララララ!!
「サナ隊長!まったく効果がありません!スイブンダメー!」
4月18日。改良されたAIにて攻撃までのシーケンスは早くなったものの、どんな相手にもマシンガンを撃ってしまう支援ロボ軍団。ロジウラ2号のスライム集団には全く刃が立たず、取りつかれて回路がショートして停止した。
「相手の性質を見抜くプログラムは必須じゃな。」
「それはそれでまた遅くなりそうですが……」
「しかし火器を選べないと役に立たんし。」
「やっぱ人間の方が早くないですか?」
「人間だと判断が早すぎて、恐怖感情になるからのう……」
今日もすぐ終わってしまった支援ロボ軍団。さらなる強化の為に議論を交わす教授たち。
「いっそ……人間とロボット、両方組み合わせれば?」
「ほう、いいアイディアじゃ。脳に電極を打ち込んで――」
「先にVRゴーグルのようなモノで情報の伝達をしてみては――」
「ソッチのほうが早そうじゃな。電極の方は次の作戦には間に合わんが、次世代の兵士作りには貢献できそうじゃ。」
どんどんマッドな方向へ進む議論。これでも彼らは彼らでそれが正義と信じていた。
…………
「うう、なんなのこの人の波は……ミキちゃんともはぐれるし。」
8月11日。国際展示場の東ホールにてシズクは迷子になっていた。今日は友人のカギハラ・ミキに強引に誘われて夏の同人誌即売会の2日目に連れ出されていたのだ。昼からの入場だったのにも関わらず人の津波と気温の高さで窮地に立っていた。
高校に入ってから浄水場にこっそり通うようになったシズク。最初は職員さんに追い出されていたが、ワケを話すと度を越さなければ黙認してくれた。もちろんルール違反なので自己責任、危ない事はしないように言われている。
そんな女子高生離れした趣味を持ってしまった友人に対して、ミキはこのイベントを推してきた。ここにはいろんな趣味の人が居て自由に表現をする場所だと教えられ、絶対に気に入るものがあると断言されてついてきた。
「はぁ、あの温泉街以来かしらね。ここまで盛大に迷ったのは……」
ヨシダ議員の兄に狙われて、超絶格好良い兄に助けられた思い出。あの時以降、一緒にお出かけする時は迷子にならないように気を使ってくれていた。だが今は助けてくれる兄は居ない。
見渡す限り人の流れが発生して、どうやって入り口まで戻ろうか悩むほどである。ここは今、東2ホールだろうか。
「なんとかして外側へ……キャッ!」
「危ない!」
目が血走っている参加者の1人に押されて倒れそうになった時、だれかがシズクの身体を支えてくれた。
「うう、お兄ちゃんありがとう。」
「せ、せめてお母さんとかでお願いしたかったわ……」
「!!」
思わず願望が漏れて兄と言ってしまったシズクだったが、ツッコミの声と容姿はどうみても女性だった。
「すみません、見間違いとかじゃなくて!あの、その……」
「そんな焦らなくていいわよ。うーん、あなたちょっと危ういわ。私のブースで休んでいきなさい。お茶くらい出すわよ。」
「え!?そんな、悪いですから……」
「このままじゃ”確実に”倒れるわよ。いいから来なさい!」
桃色髪の女性に引っ張られて、サークルのスペース内で座らせられる。水筒から冷たい麦茶を渡され一気に飲み干すシズク。
「うん、少し顔色良くなってきたわね。あと10分はそのまま休むこと!いいわね?」
「は、はい。ありがとうございます!」
シズクはサークルのノボリをみると、コジマ通信社と書かれていた。
(会社も参加してるんだ。でも企業ブースとか別にあったよね?)
凶器になりそうなほど分厚いカタログに付属していた地図には、たしかそう書いてあった。
「コジマ通信社の新刊、オカルト特集・スカースカ!満を持しての復活です!当時の記者たちが再び集結!これは見逃せませんよ!」
「1部500○でーす。はい、3部ですね?ありがとうございます!」
(スカースカ?オカルトかー。復活って言ってたけど、以前のは知らないからなぁ。)
自分が座っている椅子の横には在庫が幾ばくか残っていた。
なんとなく手にとってみると、目次には各種都市伝説について語っている本のようだ。
「現代の魔王特集?」
「あら、お嬢さんはオカルトに興味があるのかしら?」
シズクにとって見逃せないワードを見つけ、口に出して確認する。すると売り子をしていた桃髪女性が、いつの間にかこちらを覗き込んで声を掛けてきた。
「あ、勝手にごめんなさい!」
「良いのよ。手にとってくれるのは造り手としては嬉しいし。」
「オカルトというか現代の魔王についてちょっと……」
「若いのに感心ね。もしかして何か有ったのかしら?」
「ちょっと家族が……」
「そ、そう。ごめんなさいね。記者だったからつい何でも聞いちゃう癖がついてて……お詫びにそれ、あげるから読んでみてね。」
「え、でも……」
「いいからいいから。以前はちょっと名の知れた雑誌だったのよ?」
シズクはちょっと迷いながらもやや分厚い同人誌に目を落とす。
(私、お兄ちゃんのカタキについて何も知らないなぁ。)
「では、読ませていただきますね。でもお金は払いますから!」
お魚マークの付いた青く可愛いお財布を取り出して、お金は払う。こういうのはしっかりしないといけない。そんな気がしたのだ。
「わかったわ。進んで対価を頂けるなんて光栄ね。面白かったらまた来てね。抽選で受かっていればまた配布するつもりだから。」
「はい、ありがとうございます!」
この後地図に歩きやすそうなルートを記入してもらってホールの出入り口まで戻ってきたシズク。無事にミキとも合流して帰宅した。
…………
「悪徳企業退治に犯罪者の断罪。先の災害での復興支援。
必ずしもただの悪人では無いのではないだろうか、か。」
9月20日金曜日の午後。浄水場の水槽が並ぶ2階。水質管理室横の外階段を登った屋上で、そこにハンカチを敷いて座ったシズクはコジマ通信社の女性から買った同人誌”スカースカ”を読んでいた。
既に何度も読み込んでおり、最近は魔王の事と兄の事を交互に考えている。
あれからネットで調べてコジマ通信社の事を知った。魔王絡みの記事で中立と称して様々な角度から分析し、国や世間から疎まれた会社だった。
しかし同人版スカースカを読んでみると確かに面白い。
今までニュースやネットに流れてないような情報がポンポンと飛び出してくる。この前の魔王流星群についても詳しく分析している。
コレが事実なら現代の魔王というのはマスコミや各国政府によって作られた幻想だという意見も判る気がする。
「今日も水の流れ、色や音。とても綺麗ね。」
シズクは目の前の巨大な水槽達を眺めながら風に身を委ねている。
「でも、お兄ちゃんは帰って来ないのよ。」
世の中、テレビが伝えるだけが全てではない。それは解る。
「死んだ人やその家族はもう、元には戻れないのよ。」
風で乾いた目を助けに涙が駆けつける。膝を抱いて静かに泣く彼女。しばらくそうしていると、職員さんが声をかけてくる。
「シズクちゃん、ここに居たのか。あまり学校はサボらないほうがいいよ。オレの経験からしてな。」
「わ、ちょっとまって!顔拭くから!急に来ないで下さいよ!」
「放っておく訳にもいかないからね。魔王の被害者遺族と聞いたら尚更な。」
職員さんは心配して声を掛けてくれたのはわかる。若い彼もまた、姉が旦那さんを亡くして引き籠もってしまっているのだ。その旦那さんは世間的にはあまり良い人では無かったらしいが、それでも姉と愛情を育んできた相手だったのだ。
「シズクちゃんは姉さんみたいにはなってないけど、余計に危なっかしく見えるんだよね。オレが居る時は庇ってあげるけど、そうじゃない時はちゃんと学校行くんだよ?」
「毎日行ってるわ。自主的に課外授業してるだけよ。」
「まぁ今は、それでいいけど。ご両親も心配するよ。」
「お父さん達は、お兄ちゃんを忘れろなんて言うのよ?そんな事出来るわけないのに!遺品もどんどん処分していくし!明日のお墓参りだってあの2人は行かないって!!」
兄シラツグの墓石には何も入っていない。追悼しようにもその対象が無く、虚しさと寂しさがこみ上げる。
「思いつめちゃいけないよ。ご両親だってツライのをなんとか堪えてるんだ。君が泣いていたら余計にだよ。」
本当は両親もツライのである。しかしそれ以上にまだ生きているシズクが苦しむ姿が堪えるのだ。
だがその態度は逆効果で、更にシズクを傷つける。つまり相互に苦しんでいるのだ。
その事を伝えようと試みる若い職員だったが、どうやら不発に終わってしまったようだ。
「帰るわ。酷い態度でごめんなさい。またお邪魔します。」
そのまま職員をすり抜けて鉄の階段を降りていくシズク。
心が癒えるまでは時間が掛かるだろう。その日が来るかどうかも怪しいが、今は静かに見守り続けるのがいいのかもしれない。
…………
「やー!やーー!」
「お父さん、クーちゃん泣いてるよ。私が代わるー!」
「だー、あー!」
「なんでこうなった……」
「あなた、なにか嫌われるようなことしたの?」
6月21日。魔王邸でマスターが第2子であるクオンを抱き上げると全力で拒否されていた。○○○やセツナ、交代でお世話係をしている使用人達は受け入れられているのに、マスターだけ懐かれなかった。
丁度1ヶ月前の5月21日にマスター夫妻の次女が誕生した。
サクラとの娘・モモカと同じ誕生日であり、来年以降は合同で誕生日会を開くことになった。それにともないサクラの魔王邸への来訪も許可が出され、彼女は歓声をあげた。
そこまでは良かったのだがクオンがマスターに懐く気配が無い。
「感情面はオレに似たってことなのかなぁ。」
「見た目はお母さんに似てると思うけどね。」
「だー。きゃっきゃ!」
「うふふ、可愛いわー。セツナはあまり懐いてくれなかったし。」
「わ、私はお母さんも大好きだよ!」
「わかってるわよ。私も大好きよ。」
「えへへー。」
母子3人が花と光のエフェクトをバックに発生させながら、イチャイチャし始める。そこに入っていけないマスター。
「いつか必ず、クオンにも認めて貰うからなー!」
地球や異世界を飛び回りその全てで勝利してきた現代の魔王。しかし魚介と娘には弱いようだ。
…………
「と言う事があったんですよー。」
「うむ。悪魔や魔王となりても人の子だな。」
「マスターさん、おモテになるのに意外です!」
6月22日。水星屋に来店したトウジとモーラはセツナから暴露話で接待を受けていた。モーラは、セっちゃんに会いに行くからトウジ先生が保護者役で!という形にして付いてきた。
トウジはお高い塩辛で日本酒を嗜み、モーラは炭酸ジュースを飲んでいる。まるで魔法のシュワシュワ感がお気に入りらしい。
「生まれも育ちも日本人ですからねぇ。はい、お待ち!」
追加の青椒肉絲ハーフを出しながら適当な返しのマスター。深く話すと墓穴を掘るのでこの対応である。
「今更だがこの店は子供でも来て良いのか?」
「ええ、もちろん。未成年にしか見えないお客さんも多いし今更法律は気にしてませんよ。」
「なるほどな。種族差や文化の差があるここでは細かいことは構わんか。」
30cmの定規で測れそうな妖精から、人の1.5倍はありそうな牛やヤギの化物達。常連のメイドや当主様など多種多様な客が来る。
彼らの法に未成年の飲酒規制があるかも怪しいので自己責任で酒や料理を振る舞っている。
「むー。」
「トウジさん、今のはイケないですよ。女性同伴なのに子供扱いは喜ばれません。」
「おっと、それは失礼したな。ララ、遠慮せず頼むが良い。」
「では餃子も追加でお願いします。それにしてもマスターさん、ふふふ。やっぱりマスターさんですわね。」
「おと……ウチのマスターは格好いいのです!」
「でもセツナやモーラちゃんはお酒飲んじゃダメだぞ。」
「心得てますわ。」
「はーい!あんまり飲みたいとは思わないよ。だって酔い潰れたお客さん達を見てると、ああはなりたくないなって!」
ざわ……
「それは素晴らしい意見だが、あまり大きな声で言わない方が良いかも知れないな。ウチの売上のためにも。」
「ひゃ!ごめんなさい!」
「良いってことよ、気にするなセッちゃん!」
「それも人生経験ってやつさ!どんどん参考にしてくれ!」
「「わははははは!」」
話を聞いてたヤギさん達が笑いながら場を和ます。
一方で悪魔屋敷のメイド達のテーブルでは、キリコが相手をしていた。
「ほらほら、Bちゃん飲んで元気になって!」
「うう、最近当主様が冷たくて……友情の危機なのよ!」
「あんたは懲りずにヘンタイ行為ばかりするからよ。」
「いくら心の広い当主様でも四六時中監視されればねー。」
「物持ちの良い当主様なのに、私物がどんどん減ってるし。」
「私が教えた気配の消し方でもダメだったの?」
「それが、マスターが対策したらしくてすぐバレて……」
「「「そんな事してたの!?」」」
「こらマスター、乙女の恋路を踏み潰すなんてサイテー!」
ざわ……
「人聞き悪いこと言うな!加速するストーカー行為の相談を受けたから対策しただけだぞ!?」
あらぬ方向からの誤射にきっぱりと否定するマスター。
キリコもそんなのに手を貸すなと言いたい。
「まったくよ。解雇しないだけでも我に感謝してほしいわね。」
「当主様、いらっしゃいませ。」
「マスター、今日はおすすめの品を小皿でいくつか頼むわ。」
「承りました。こちらの席へどうぞ。」
モーラの貴族衣装姿を見た当主様はいつものはんばーぐではなくちょっと大人っぽい注文をしてみる。威厳は大事なのだ。
「悪魔の当主様、ごきげんよう。モーラ・バラードと申します。」
「ごきげんよう、モーラ。バラードってことは魔術貴族よね?トウジ殿は可愛らしいガールフレンドをお連れですね。」
「オレはただの付添です。セツナの友達なんですよ。」
「むー。」
「その物言いは女の機嫌を損ねるわよ。貴方には女心の指南役が必要みたいね。」
「う、うむ……これでも生前は結婚してたんだが……」
トウジは当主様にもツッコまれて居心地が悪そうだ。そもそも相手は孫みたいな年齢である。
「はい、お待ちー!トウジさんはそのままでいいと思います。男は背中で語るってお父さんの漫画にも書いてありましたし!」
「ありがとう、セツナ。」
セツナが当主様へ料理をお出ししつつ、頑張って常連さんをフォローする。
「モーラ、貴族の子が来るなんて珍しいじゃない。」
「恐縮です。他の人はともかく、私は落ちこぼれですから。」
「なるほど、だからトウジに惹かれたのだな。よかったなトウジ殿。死んでからも嫁が出来そうではないか。」
「か、勘弁して下さい。あ、いや。ララが嫌なわけじゃなく!」
「ほーう、愛称まで着けておるのか。モーラよ、良かったな。セツナのことも頼むぞ。この子は私の家族みたいなものだからな。」
あたふたするトウジを楽しそうに眺めながら、本物のワインをちびちび頂く当主様。ついでに釘刺しも兼ねて、セツナについても言及しておく。
「はい、心得ておりますわ。お任せ下さい。」
バラード家は貴族集団の中ではそこそこの位置に在る。貴族達も魔王事件の際には世継ぎ契約をしたが、バラード家はその恩恵に預かれなかった。だがここで当主やセツナとの繋がりを作れば今後は有利に運べる。それを幼少の身で理解しているモーラは快く引き受ける。
(これで家にも義理は果たせるし、気兼ねなくセッちゃんと仲良く出来るわね。お泊りとかもしてみたいわー。)
モーラの本音としては本気でセツナといい友達になりたがっていた。
「ふふ、セツナはいい友人を持ったようだ。」
「はい!私もララちゃんの事、大好きですよ。」
「ふわぁ!わ、わたくしもです!」
モーラの本音を見抜いて当主様がそう漏らすとセツナとモーラはいちゃつき出す。学校でもずっと一緒の仲良しさんなのだ。
「マスター、繋いで。」
『はい、どうぞ。』
当主様の一言でテレパシーの回路を繋ぐマスター。
『進捗はいかが?魔王剣、いえ魔王杖だったわね。』
『材料に苦労してます。日々強化はしてはいますが……』
『で、あろうな。だが時が来れば自ずと解るわ。』
『え、もしかして材料の心当たりがあります?』
『うむ。だが我が教えては意味がない。それまでは――』
『はい。しばらくは当主様を研究させて頂きます。』
『う、うん。いくらでも見て良いからな。』
『もしかして、それが狙いだったり?』
『バカ!乙女の心を暴くでないわ!』
『当主様ってフクザツですよね。偉そうに振る舞ったり可愛い女の子アピールしたり。Bちゃんが入れ込む訳です。』
『~~~~ッ!誰のせいだと思ってるの!?』
『失礼しました。また寝室にお邪魔しますね。』
400と数十年生きている当主様ちゃんはフクザツなのだ。他から見ればすまして食事をしてるように見えるが、若干顔が赤くなっている。
「ねぇねぇセッちゃん。当主様って!」
「うんうん、お父さんの事が大好きみたいなの!」
「…………」
「お前達、失礼だぞ。そういうのは聞こえぬようにするものだ。ああマスター。日本酒と”若い衝撃”を頼む。」
「はい、お待ちッ!」
他勢力の末裔と好きな人の娘にバレバレな内緒話をされる当主様。トウジの雑なフォローが入るも、気にした風もないマスター。
羞恥とお冠でさらに赤くなる当主様ちゃんだった。
…………
「なぁ、これってオレ達が出来ることあるか?」
「なんにも無いわよね。諦めて撤収するのが1番じゃない?」
10月1日仏滅の午後。日本海にプカプカと浮かぶ護衛艦の看板上で、特殊部隊の一団が途方に暮れていた。一応ロボ軍団も連れてきているが、海上だと姿勢制御に難があり船酔いみたいな状態でそこらに6体とも転がっている。
今は天気と姿勢制御のデータ取りくらいしか出来てない。
「こうイう時こそ、AIの解析力がヒつようとサれるのに……」
サナちゃんは悔しそうに転がっている。
実は数時間前、この海上には多くの改造漁船や軍艦が跋扈していた。
ここ数年で完全に舐められた日本。海を挟んだ隣国達が、合同演習という名目で大規模挑発を敢行。あわよくば領土を占拠しようとしていたのだ。
しかし、突如上空から彼らを襲った人物と交戦。
大規模な戦闘発生により海上保安庁や自衛隊から、特殊部隊にも出撃の要請があった。
しかし生存者は探しようがないくらい何も無く、船の残骸すら見当たらない。
日本の船は狙われずに無傷で帰還できたが、あまりの事体に何が起きたのかよく解らなかった。今は記録映像を解析中である。
ザッバーン!
突如護衛艦の横で水の柱がそびえ立ち、中から2人の人物が飛び乗ってきた。
「この海域には特に人工物は見当たらなかったわ。本当にここで戦闘が有ったのかしら?”イズレチーチ”!」
「ごほっ、げほっ……ぜぇぜぇ、ごほっ。」
ヨクミが人魚モードで捜索したが何もなかったらしい。何故か連れて行かれてしまったモリトは会話どころではない。
ソウイチは何かに気がついたようだが認めたくないのか、モリト……は無理なのでユウヤに話を振ってみる。
「ユウヤ、どう見るよ?」
「上空から生身の人間が襲いかかって、チリも残らず全滅。恐らくはチカラ持ちの仕業。もう、嫌な予感しかしないぜ?」
「だよな。このチカラの心当たり、1人しか知らねえ……」
「「「…………」」」
全員の頭の中には革コート・オールバックの男しか容疑者として浮かんで来なかった。
(千を超える船を沈める。教官がそこまでの精神力を保有してる?現代の魔王が手助けした?あの怪盗と同じパターンかな。)
ミサキはぐってりしながらも思考を巡らせる。でないと船酔いで吐きそうだからだ。だが頭を使って余計に気持ち悪くなっていた。
「とにかく、ここには何も無いのが解った!念の為に海水のサンプルだけ採って、撤退しよう!」
「「「了解!」」」
ユウヤの掛け声で全員が撤収準備をする。
後日映像解析結果が出て世界中を震わすニュースとなるが、今は船酔いとの戦いだった。
ちなみにロボ軍団はこの日を境に御役御免となった。別の研究の為の異動であり、決してポンコツだからではないと教授とサワダは言い張っていた。
「結構話せる奴らだったのになぁ。」
「こっそりギミック見せてもらえて楽しかったのに。」
「「また会えると良いね。」」
「大丈夫、きっと会えるわよ。」
「自分達で作った命をそう簡単に捨てていいの?」
「ヨクミさん、彼女達はAIと言って――」
「考えて動いて生きてるなら似たようなもんでしょ。」
「それはそうかもだけど……」
「チッ、もうちょっと研究したかったわね。」
「ヨクミさんの哲学の後に、ミサキはよくその発言ができるな。」
「うっさい。このオーク野郎!」
なんだかんだで半年保ったメンバーは珍しく、友人と別れるような一抹の寂しさ?が漂う特殊部隊の面々だった。
お読み頂き、ありがとうございます。