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84 ハナビ

 


「ふー、美味かったな。ご馳走様!」


「ほっとする美味しさだったわ、ご馳走様です!」


「お口に合ってよかった。」



 2013年2月15日昼。同窓会2日目である。

 この日は遊園地組と居残り組に分かれて行動する。


 というのもずっとホテルに居ても暇だからである。特に家族連れで来た者達は娯楽に飢えていた。


 今は食堂にて居残り組の昼食が終わったところである。


「今日のメシは昨日と雰囲気違うけど、シェフを変えたのか?」


「ああ。今日の朝と昼はオレが腕を振るったんだ。」


「マジかよ!仮面君が!?料理人なのか?」


「これでも飲食店の経営者だからね。3日連続高級料理だと、さすがに飽きるだろうと思ってさ。」


「ウッソー!社長なの!?惜しいなー、トモミには敵わないし。」


 そのトモミは魔王邸で”4日”ほど療養したので元気にはなったのだが、恥ずかしがって挙動不審になっていた。


 離れて様子を伺うかと思えばゼロ距離を保とうとする。

 まるで猫のような挙動だったので、試しに3Dホロで猫耳を着けたらよく似合っていた。


 今は仮面を着けて食堂の柱の影からこっちを覗いてる。

 脳波で動くネコミミがピコピコしていて歳とのギャップで余計に可愛く見える。



「お前はすぐそっちに持っていくなよ。ガツガツしてたら余計に引かれるぜ?」


「うっさいわ!親に心配されるトシなのよ、もう!」


「おう、悪かった。オレも結構言われてるんだった……」


 居残り組の男女二人が気まずい空気を醸してしまう。そんな彼らに仮面君からの提案があった。


「2人ともフリーなら、今からでも遊園地に行くなら手配するよ?なんなら夕食後の家族風呂の予約も入れておくし。」


「えっと……チラッ」

「う、あー……チラッ」


「決まりだな。物は試しで一緒に過ごすのも良いだろう。」


「その、よろしく……」

「お、おう。オレの方こそ……」


「うんうん、何歳になっても青春は良いものだねぇ。」


 仮面を着けたまま、したり顔でうんうん頷くマスター。端末を操作してバスを呼び、家族風呂の予約も入れておく。


 それを見た彼らはテレを隠すために話題を振ってくる。


「仮面君さぁ、オレらの事気にしてくれるのは嬉しいんだけど、自分たちは遊びに行かないのか?」


「同窓会を成功させるのが目的だからね。」


「お金だって結構掛かってるでしょう?私達としては、君にもそこの猫ちゃんにも楽しんで貰いたいなーなんて思うわけよ。何があったか知らないけど、もうべた惚れじゃない。」


 べた惚れと言われてネコミミがピン!となり即座に柱の影に身を隠すネコミミのトモミ。略してネコミ。


 金銭的にはかなりの額が費やされているが、マスターがその気になれば数日で取り返せる金額である。


「金については気にしないでくれ。こっちはこっちで2人とも色々楽しんでるしな。それじゃあ外にバスを呼んだから。」


「わかった、恩に着るぜ仮面君!」

「また夜にね。ネコミちゃんも!」


 クラスメートを見送るとマスターは柱から飛び出ている猫耳を見つめる。


「ほら。もうみんな行ったから大丈夫だよ。」


「うう、こんな事になっちゃうなんて……○○○君のばかぁ。」


「トキタさんの時は事後もクールにしてたイメージだったのに。」


「そ、そういうのは言いっこ無しよ!○○○君だって彼と比べられたくないでしょう!?」


「それもそうだね。」


「ひとつ聞かせて。私の、変じゃなかった?」


「積極的に比べられに行くスタイルじゃないか。」


「だって結構トシだし……これでお合いこよ!で、どうだったの?」


「うっ……次回はもっと色々試すつもりになったよ。」


「うっ……○○○君って独占欲凄くない?」


 そのプレイ内容の1つ、エイジスライダーを読み取った彼女。

 この先も続いたらどうなるのか想像し、紅潮と蒼白が混濁して顔面を紫に染める。


「予定を確認するよ。今日も夕方にお風呂を開放。16時半と18時半に分けて遊園地組が帰還する。夕食までに推理結果を回収して、20時からはダンスホールでの立食パーティー。解答結果の反応にもよるけど、良き所で花火大会だな。」


「うんうん。アルバムの方ももう8割埋まってるし、きっと良い思い出を持ち帰ってくれると思うよ。」


「そうだな。ここまでは順調だし最後まで頑張っていこう。」


「おーー!」


 明日は朝食後に解散する予定なので、山場は今夜である。

 マスターと○○○は自分の記憶を参加者に残すつもりはない。だからこそ良い思い出を残そうとしている。フリーの男女を焚きつけるのもその一環である。


 この日程を組むのにマスターもトモミも休暇を取った。

 水星屋はキリコが大変だろうし、相談所も客が悩みを解決できなくて困るだろう。


 参加者たちへの招待状には精神的な細工を仕掛けてあり、余程の事がない限り参加するように働きかけた。


 今回はウラでは結構無理を通してるので、次回以降の開催は難しいかもしれない。だからこそ失敗はしたくない。


 2人は頷くと仲良く皿洗いの為に、腕をまくるのだった。



 …………



「みんなー、おかえりなさーい!お風呂の用意できてますよー!」


「お、復活したのかネコミ。」


「ネコミミ似合ってるわよー。ぴょこぴょこ!」


「~~~~ッ!!」


「はいはい、いじめは格好悪いですよ。生暖かく見守ってね。」


「「「はーい。」」」


「○○ちゃんのバカー!!」


「ちょっ!」


 16時半。バスで遊園地から戻った参加者達が、トモミ達の案内でお風呂へ誘導される。

 朝からの挙動不審とネコミミを弄られ、マスターの適当なフォローに怒るトモミ。思わずぽこぽことマスターを叩く姿は可愛いが、それよりも渾名を呼ばれて焦るマスター。発音はぐにゃって聞こえるが、そうなるのはネームサファルか現代の魔王本人である。このご時世、どっちも生き辛い新種の差別対象なのだ。


「今日の夕食はダンスホールでのパーティーとなります!!お部屋に衣装を全員分用意してますので、ぜひお召し下さい!」


「「「おおーー!」」」


 なんとか勢いで誤魔化そうとマスターも今後の予定を伝えていく。


 大浴場では男湯女湯ともに遊園地での成果やアルバム制作の成果や今夜のパーティーについて語り合う。


「遊園地も貸し切りとは恐れ入ったぜ。」

「家族連れ以外も、全員大はしゃぎだったよな。」

「貸し切り遊園地の後はダンスホールパーティーか。」

「でもよ……社交界の経験者なんて殆ど居ないよな。」

「ダンスなんて林間学校のマイムマイム以来じゃね?」

「中学以降はどうしたんだよ。」

「この顔で参加出来ると思うか?」

「みーとぅー。」

「お前もかよ、同志!」

「お前らもうちょっと人生楽しく過ごせよ。」

「過ごせるなら嫁と来てるさ!お前みたいにな!」



「あんた、彼とどうなったのよ。」

「そっちこそ午後からあいつと何があったの?」

「それよりパーティーだけどさ――」

「露骨に反らしたわね。まあいいけど。」

「部屋に素敵なドレスが有ったわね。」

「サイズピッタリっぽいけど何で知ってるのかな。」

「まさか仮面君が!?」

「普通にトモミセレクトじゃない?楽しみよね。」

「パーティーか。写真は後で貰えないかな。」

「小学校じゃないんだから自分で撮りなさいよ。」

「でも明日の朝、そのシステムで売り出されるみたいよ。」

「アルバムも殆ど埋まってたわね。ヒントも出てるし。」

「でも決定打がなぁ。誰なんだろうねぇ?」

「そういえばさっきトモミが仮面君を――」


 同窓会の2日目の夜、6年X組の面々は最後の夜に向けて期待が高まっていくのであった。



 …………



「はーい、みんな!答えは決まった?アルバムは揃ったかな?解答用紙はこの箱の中に入れて下さいね―!」



 ダンスホール前ではトモミが解答用紙を回収していた。

 白い箱には緑と赤の羽をつけてあり、懐かしの募金活動を連想させる。ちなみに解答用紙はわら半紙を使用しており、小学校当時を思い起こさせる。


「うわ、懐かしいなこの感じ。」

「私この箱持って立ってたことあるわ。」


「多分アイツだと思うんだよなぁ。」

「意外と女の子だったり。」

「それはねーよ。あの感じはきっとあいつだぜ。」


 わいわい言いながら各自解答を投下していくクラスメート。

 ここにはマスターは居ないので、男全員が容疑者である。


 そんな中で、年配の女性が自信たっぷりに入れた。


「はい、きっとこれで正解よ。プレゼントは何かしらね。」


「おー!センセー、自信ありそうですねー!」


「そりゃあずっと担任やってましたから。この2日間みんなの成長を見せてもらったけど、一応立派になってて嬉しいわ。」


「センセー、”一応”ですか?そいつは酷いなぁ。」


 クラスのお調子者がタキシードでおどけてみせると失笑が広がる。


「ふふ。似合ってるわよ。でも立ち振舞いやマナーはどうかしら?あなた達の大人ぶり、見させてもらうわよ。」


「ひえー、そっちは自信ねぇなぁ。」


「精進なさい。人生全てが勉強なのよ。」


「はい、名言頂きましたっ!みんな肝に銘じておけよー!」


「「「おまえもな!」」」


 和やかな雰囲気に包まれる一同。その時ダンスホールの扉が厳かに開いていく。


「回答が終わった人はダンスホールにお入り下さ―い!本日は高級料理食べ放題、相手は持参で踊り放題となってます!」


「「「その相手が居ないんだよ(のよ)!!」」」


「ツッコミありがとう!そのツッコんだ人同士でペアを作ってねー!はい、ぎゅって手を握って!離しちゃダメよ!」


 ぐいぐいと後押しして余った者達をペアにしていくトモミ。

 どうしても男が余るが、それは仕方がないので気にしない。



 …………



「ラーーーーーラーラーララーーーーーーララ……」

「ラーーーラララーーーーーラーラララララー……」

「ラーラッラッラーラッラッラーラッラッラー……」



 ダンスホールではドレスを着たシーズがアカペラでBGMを奏でる。

 前日ではアイドルとして盛り上げる為の耳元ライブを行ったが、今日は邪魔にならぬ様に普通の音響で奏でている。緩急の差はあれど、全て3拍子のワルツである。


 大げさに楽団など呼んでしまっては全員緊張しそうなので、この形になったのだ。



「今のアイドルってこんな事もできるんだな。」

「あいたっ!こら、足を踏まないでよ!」

「悪い悪い。教えて貰ったけど、まだ慣れねぇ。」

「よそ見しないで。私の方を見なさいよ!」

「そ、そうだな。わんつーすりーっと。」

「ほら、やれば出来るじゃないの。いい感じよ。」

「こ、今回限りの彼女にしたくねえしな。」

「ッ!!」

「あいたっ、お前も踏むなって!わんつーすりー、わんつーすりー。」


 午後から一緒にお出かけした2人は順調そうだ。



「おお。上手いじゃないか。」

「貴方の教え方が上手いからよ。」


「もうちょっと離れないとぶつかるよ。」

「な、なんでか上手く回れないのよっ。」


「落ち着いて、わんつーすりー……」

「きゃっ、ごめんなさい!すぐ退くから!」


「オレ達は踏んだりぶつかったりしないのは良いけど。」

「邪教の盆踊りとか笑われてるわね。恥ずかしいよぉ。」


 それぞれのペアが中央で踊り、休憩スペースではその光景と料理を肴に飲みながら野次を飛ばす。


 それを端の方で見ていた開催者2人が、仲良くお酒を飲みながら嬉しそうに話している。


「仲の良かったクラスがまた一緒になれる。まるで夢みたい。」

「やっぱり開催してよかったな。みんな笑顔だ。」

「そうね。ありがとう、○○○君。」


 概ね予想通りの展開に、仮面のマスターとトモミは満足する。


「わ、私達も行かない?最初の講習だけじゃ物足りないでしょ?」

「ちょっと迷ってたら先に言われたか。」

「○○ちゃんは変な所で躊躇い癖があるわよね。」


「そりゃ君相手だと慎重にもなる――む?悪意!?」


「私も感じたわ、セキュリティに反応!」



『ドゴォオオオオオオン!』



 このホテルには音も振動も響いてはこないが、チカラで作った警戒用の装置から2人に音が届く。


『敵襲だ!』


『ええ、でも誰が!?』


『オレが相手をする。ここは安全だからトモミはみんなを怖がらせないように普通にパーティーを進めてくれ。』


『わかったわ!気をつけてね!』


 時間を止めてホテルのバルコニーから上空へ飛び出すマスター。周囲にチカラを飛ばしつつ、被害状況を確認する。


 見るとホテルの下の崖が、何らかの砲撃によって崩れていた。駐車場からホテルに繋がる道やその下の道が、崖崩れで完全に塞がれている。


 恐らくはホテルを狙い撃ったが、悪意に反応した次元バリアに弾かれて崖に着弾したのだろう。


 ホテル周辺には関係ない者の侵入や悪意を探知する結界が張られており、先程感じた悪意は砲弾に込められた物を探知したものと思われる。それに次元バリアが反応したのだ。


(敵の規模は……多いな。)


 別に1・2・いっぱいとしか数える脳が無いわけでなく、このホテルのセキュリティの外には96人が潜んでいた。

 周囲には輸送用ヘリコプターが3機飛んでおり、空から急襲するつもりなのだろう。砲撃部隊は1km以上離れた所に展開しており次弾の装填準備をしているようだ。


 後方部隊が1km以上離れてるのは魔王の探知距離を把握してるからだろう。しかしそれは彼単体で見た場合である。

 チカラの塊を埋め込んでおけば中継して更に探知が可能であるし、空間を歪めればどこまでも届いてしまう。


 合計で500人程の大部隊。自衛隊が主で、サイトも混ざっている。特殊部隊は……パッと見た限りは見つからない。


『状況を伝える。敵は自衛隊とサイトの混成で総勢500。特殊部隊は見えないが、状況からして来ないって事は無いはず。』


『500!?一体なんで!?』


『恐らくオレの存在がバレたんだろう。何故かは知らない。君は会を続けてくれ。絶対に同窓会を壊させはしない。』


『私も今なら役に……いえ、ごめんなさい。気をつけて!』


『いい子だ、頼んだ!』



「さて。まんまと誘き出されてしまったが、どこから手を付けるか。」



 周囲は敵だらけ。砲撃によってターゲット自ら炙り出された

 形である。まずは時間を動かして相手の情報を得ようと試みる。


「現代の魔王よ。そこに居るのは分かっている!人質を解放して投稿せよ!すでに包囲は完成している!」


「なるほど。まずはあいつらからだな。」


 再び時間を止めて、スピーカーで投降を呼びかける輸送ヘリコプターに迫る。ホテル内には砲撃の音を遮断したのと同じく、先程の声は聞こえていないので安心だ。


「こんばんは、いい天気ですね。」

「何だと!?いつの間に!!」


 マスターはおもむろにコクピットに入ると、時間を動かし挨拶と同時に黒モヤで相手を読み取る。出撃の背景は知ることは出来なかったが、3機のヘリの荷物が特殊部隊である事が解った。


「なるほど?そうはさせません。」

「機長!?なにか問題があるのか!?」

「たす……」


 降下準備が整った特殊部隊の1人が異常を察知して通信を

 入れてくるが、無情にも全員止まってしまう。


 再度時間を停止したところでマスターは考え込んでいた。


(これ、この場を凌ぐのは簡単だけど……やばくね?)


 そうなのだ。先程ヘリからは人質を解放しろと言われたが、逆である。実質マスター達が人質を取られたのだ。


 というのも魔王に関わったとされる人物は、大抵クスリ漬けにされたり実験動物にされる。チカラの残滓が残っている可能性があるからだ。


 この場の敵を始末しても、後日参加者がここに居た事がバレたりすれば命や尊厳に関わる。余程上手い着地点を見つけないと後々まで悔やむ結果になるだろう。


『トモミ、時間停止中だが聞こえるよな?』

『ええ?ええ、お陰様で。どうなったの?』


 回線を通して彼女の時間を動かすマスター。説明くさい台詞で確認後に相談を開始する。


『輸送ヘリに乗っているのが特殊部隊だった。』

『あの子達が!?』

『今そのヘリに居るんだが、生かした方が良いか?』

『お願い、あの子達は出来れば見逃してあげて!』

『了解だ、なんとかしよう。通信終わる。』

『ありがとう!』


「さてさて、あまり離すと敵前逃亡が疑われるかな。ならば明らかにオレの所為と分かる方法がいいか。」


 マスターは外へ飛び出すと、3機のヘリの中央に白いチカラの鎖鎌を絡ませて運んでいく。目指す先は近所の遊園地である。

 キリコのチカラの空間バージョンをしれっと使うマスター。


「ふむ、あまり迷惑は掛けたくないから空間のコピーで……」


 観覧車の前で止まったマスターは、それをコピーして遊園地の中央広場に持っていく。軸を支える柱を置いて軸部分を空間を歪ませ横向きにして固定。ゴンドラを全部取り払って代わりにバランスよく輸送ヘリを吊るしておく。更に外したゴンドラを幾つか連結して等間隔で配置する。


 危ないのでヘリコプターのプロペラは消滅させて排除してある。ついでにヘリとその内部は個別に時間を止めておき、しばらく邪魔が入らないようにしておいた。



「これでこの遊園地も新しい名物が増えただろう。うん。」



 実は経営難だったこの遊園地。今回の貸し切りで多額の現金を手にして、しばらく現状維持だけは出来る手はずだった。


 今回の騒ぎで新たなオブジェが生まれ、もしかしたら良い未来があるかもしれない。


 などと勝手な妄想をしながらマスターはホテル上空へ戻る。



「……けてくれ!!魔王がー!ってあれ?」



 ヘリコプターの機長が気がついた時には既に日が登っており、観覧ヘリゴーランドとして遊園地上空をクルクルと回り続ける新型オブジェクトになっていた。



 …………



「次は包囲している連中だな。社長並みの頭があれば細かい所までフォローが利くんだろうけど、オレではなぁ……」



 再びホテル上空に戻ったマスターは焦りを感じていた。

 敵の排除はなんとでもなる。自分への追跡もなんとでもなる。

 ただクラスメートに手をあげさせるわけには行かない。


 それぞれの夢や信念で就職した者達。自分を磨き上げ良い縁を紡いで結婚し子孫を残した者達。そしてまだ途中の者達。


 彼らの未来を自分が奪うような事があってはならない。


『あなた、お困りのようですね。お気を沈めて下さい。』

『ああ、どうも嫌な考えが拭えない。』

『まずはいつも通りでよろしいのでは?』

『ああ、一応話してみるか。その後は相手次第だな。』

『はい、あなたらしくするのが1番格好いいと思うわ。』

『ありがとう、○○○。落ち着いてきたよ。』

『うふふ、トモミさんには負けられませんから。』


 マスターは時間を動かすと、司令本部方面に向けて精神力を

 放つ。


「こちらは敵意など持ち合わせていない。だが既に砲撃された

 事もあって降下部隊はこの場から排除させてもらった。

 素直に引くのであれば、追撃はしないが返答は如何に!!」


 その言葉は強力なテレパシーとなって本部どころか周囲の

 部隊に響き渡った。


 司令本部はホテルから1kmほど離れた場所にあった。

 砲撃部隊とはやや離れた場所で、いつでも撤収出来るように

 県道沿いに作られている。


「特殊部隊を排除だと!?確認急げ!」


「司令、応答がありません!」


 命令されるよりも早く、通信士は輸送ヘリに連絡を取ろうと

 試みていた。しかし何の返答も無い。


「司令、これは引いたほうが良いのでは……我々だけでは

 魔王に太刀打ちできません。」


「バカを言うな!こちらは人員も装備も上回っている!」


「しかし新兵器とやらも対人用は輸送ヘリの中ですよ?」


「構うことはない!対魔王ロケットはまだ有っただろう!

 一斉攻撃だ!砲手撃ち方用意!!」


『了解、既に準備完了しております!』


「撃ち方、始めぇぇぇぇえええええ!」



 司令の半ば自棄気味で強引な砲撃命令に、離れた砲撃部隊とホテル周辺に潜んでいた工兵が一斉に発射する。


 ドゴォオオオオオオン!


 爆音は何故か封じられているが、爆煙が広がり視界が遮られる。


「今だ!突撃しろ!」


「「「了解!!」」」


 それに合わせて歩兵隊が進軍する。千載一遇の対魔王戦とあって練度の高い者達が集められており、その進軍に迷いなど無い。


 しかし――。


「な、なんだ!?これ以上進めない!?」


「なんだ?幻覚か?幽霊か!?」


「くそっ、あと一歩踏み出せば死ぬ。そう解ってしまう!」


 彼らは上空の魔王を見つけるどころか、ホテルに近づく事すら出来なかった。空間と精神に作用する結界は順調に作動していた。


「やったか?どうなんだ!?」


 本部では司令が結果を聞こうと叫んでいたが、まだ爆煙は晴れておらず、各種レーダーも何故か情報を落とそうとしてくれない。


 その時、再び強力な思念波が部隊に届く。



「君達の意思は受け取った。オレは君達の命賭けの意思を

 尊重し、敬意をもってそれに応えるとしよう!」



 好意的に捉えるのであればそれは投降なのだろうが、もちろん現代の魔王に限ってそんな訳はない。


「うぐっ、突撃部隊はどうした!砲撃の効果は!?なぜ誰も答えないのだ!!」


 司令が焦って怒鳴り散らすが、何も状況は変わらない。

 むしろこの程度でよくその地位を手にしたものである。


「司令、外を御覧ください!ホテル上空に異変が!」


 レーダーが頼りにならないので目視で確認していた部下が戻ってくる。


「異変?もっと具体的に説明しろ!」


「魔王のする事は自分には理解できません!ハブッ!」


 今日1番の正論を放った部下は、司令に殴られて昏倒する。

 そんなパワハラをするくらいならさっさと確認すれば良い

 のだが、彼は自身の命よりプライドの方が勝ったようだ。




(ふーん。対魔王付きの兵器が混ざってたな。あの時に多少なりとも解析しておいて良かったよ。)


 マスターは2度目の砲撃を防ぎながら感想をこぼす。


 高次元の霊的エネルギーと科学の融合。それは完璧では無いが、既に次元バリアに反映してある。何故不完全かと言うと、組み合わせが多種多様すぎて対応に時間がかかるのだ。


 ともかく、完全には防げずとも同じ理論の武器なら多少は弾けるようになっていた。


(彼らは問答無用で人質と認識してる者達も巻き込んでの殲滅を望んでいる。ならばこちらも応えずにはいられない。)


「君達の意思は受け取った。オレは君達の命賭けの意思を尊重し、敬意をもってそれに応えるとしよう!」


 急襲部隊向けの思念波を送ってから、精神力を溜め始める。

 その周辺は朝焼けと夕焼けが渦を描くように空間が歪んでいる。


 マスターはコトを開始する前に、トモミへ状況を伝える。


『トモミ。少し早いが答え合わせ兼、花火大会と洒落込もう。』

『どうする気!?』

『彼らは問答無用をお望みのようだ。なら答えは……。』

『ご愁傷様ね。でもクラスのみんなは?後々危険じゃない?』


 トモミは既に政府の、ミキモトグループのやり口を知っているので当然の懸念を伝えてくる。


『もちろん考えてある。木を隠すなら森の中って言うだろう?』

『あー……あまり天文学者を困らせないようにね。』

『それは人類の自業自得って事で勘弁してもらおう。』


 心を繋ぐと話が早い。トモミはすぐにこちらの意図を理解した。


 マスターはトモミの改変時と同じく、時空を歪ませ手元に地球を用意する。彼は黒い短剣を正面に構えて、世界中に思念波を送る。


「人類に告げる。今宵は我が新たなチカラを示そうと思う。

 その中で不幸にも命を落とすものもいるかも知れぬが、本人達は乗り気のようだし問題無いだろう?」


 この短剣は武器にも使えるが、本来の用途は相手への畏怖である。彼のチカラの行使の補助、将来的には切り札的なチカラの行使を担う予定だ。


 ちなみに今宵とか言ってるが地球の反対側は昼間なので、

 そちら側の住人からはクレイジーサイコ野郎と思われている。



「魔王剣よ!その姿を晒し、世界に思い知らせッ!」



 チカラの渦はその短剣のツバにある水晶へと吸い込まれていく。


(抜剣!)


 刀身が割れ、光の剣が現れると目の前の地球周辺を斬りつける。


 地球周辺に無数の次元の穴を開き、その先にあるモノを引き寄せる。


「我招く―――」


 マスターは突如、謎の呪文の詠唱を始める。もちろんこれ事体には何の意味もなく、とあるゲームの魔法詠唱を丸パクっただけである。


「――逃れる術もなし!」


 マスターが試作型魔王剣を振り上げると最後に魔法名を叫ぶ。



「M・スォーム!!」



 その瞬間。全ての次元の穴から巨大隕石が現れ、広大な地球に向けて熱烈な接吻をしようと近づいてきた。とんだマニア向け地球ハーレムモノの夜が始まろうとしていた。



 その頃、各国の宇宙局は大パニックに陥った。

 実際に観測している天文台を始め、情報を受け取るオペレーターも、報告をうけた偉い人達も、対策を振られた天文学者も、人類どころか地球の終わりを悟っていた。


 中には走馬灯が行き過ぎて幼児退行した指導者達も現れ、部下に絶望を与えた国も確認された。


 一方でマスターの知人達も気が気でない。


「キサキ様~~!マスターさんが我々をお見捨てに!?」

「落ち着くが良い。あの者は約束を違えたりは……多分。」

「多分!?そこは自信を持って元気づけてくださいよ!」

「相手は我が弟子だからなぁ。ちょっと占ってはくれないか?」


 キサキは神でありながら、元巫女の占い師に頼ろうとするくらいには動揺していた。


 サクラとアオバは同窓会のバイトが終わって、今日は編集室で執筆作業をしていた。その矢先にこの騒ぎである。


「サクラさん、これは!?マスターはどうしてしまったの!?」

「よほど腹にすえかねた事が有ったんじゃない?でも大丈夫よ。」

「どうしてそう言えるんですか!?」

「だって彼は私達はともかく、自分の娘を殺すわけ無いもの。」

「あ、ああー……でもこのニオイ、危険しか感じませんよ?」


【きっと滅亡】【あの世はこちら】【また会う日まで】


「……駄目だったらあの世で会いましょう。」

「いやああああ!!」


 サクラはマスターを信じてはいたが、窓から望んだ隕石に張り付いていた事実に諦めも感じていた。

 その頃コンドウ邸ではトウカ達が震える手で紅茶を飲んでいた。


「総被害額とか気にする気も起きない事体ね。」

「我々に何か落ち度があったのでしょうか。」


「大丈夫と言いたいけど、これはどちらにせよ問題ね。」

「はい。政府にはNTとの関連を疑われるでしょう。」


「さ、ではそうならない様に策を練りますよ。」

「はい。彼は子種をくれると言いました。なら備えましょう。」


 トウカ達は希望を胸に、仕事をすることで不安を打ち消そうとしていた。その仕事とは例のホテルの所有権の話である。

 彼に譲った物件はNTがバブルを経て、持て余した物だからだ。マスターが魔王ムーブをするのであれば、もし人類が生き残ったらNTが政府に睨まれるのは避けられないだろう。


 トウカ達が先の事を考えて動き始めた頃、お先が真っ暗だったのはホテルを襲った自衛隊とサイト達である。

 本部からの追加指示も無く、散発的にホテルへ攻撃を仕掛けているが全て弾かれてしまっていた。


「隕石だと!!本当にヤツは人間なのか!?」


「し、司令!我々はどうすれば……」


「ぐぬぬ……」


 そんな事言われても解るわけがない。もはや魔王を倒す倒さないの話ではなく、何をしても隕石は落下中なのだ。本部から見上げるだけで10個は落ちてきている。


 着弾にあと何分・何時間かかるか知らないが、そう遠い未来ではないだろう。


「全部隊に告げる!これより我々は――」



 どちらも地獄ではあるが一応決断した司令。しかしその指示が飛ぶことはなく、部隊は沈黙することになった。



「ちょっと脅し過ぎたかなー。でもまぁこれだけ出しておけばオレの級友がどうとか、NTからの譲渡だとかは有耶無耶になるんじゃないかな。」


 マスターは迫りくる隕石の1つを砕いて、破片をワープさせ敵に向けて降らせていた。彼は当然世界を滅ぼそうなど考えてない。


 世界中に放った隕石は本物ではあるがブラフである。

 地表到達前に消滅させるか、砕いて流星群のように散らして燃やし尽くす算段であった。


 ただし、直接襲ってきた部隊は壊滅させなければならない。

 この後政府の連中に発生するであろう責任の押し付け合いの、スケープゴートにする為である。そう、死人に口無しだ。


 特殊部隊は何もせずに生き残る事になるのでヘイトは買うだろうが、相手はミキモトグループだしマスター目線からは問題ないだろうとの考えである。


「「「うわあああああ!!」」」


「「「ぎゃあああああ!!」」」


 眼下では逃げ惑う隊員達が次々と命を散らしている。

 生命反応はもう半分以下になっている。本部も潰したし少し目を離して世界中の隕石を処理していくマスター。


 目の前の小型地球に迫る隕石を壊すと、地上から観測した姿は正に流星群だった。

 折角なので流星群の数を増やして見栄えを良くしておく。



 M・スォームはサイト時代も使った事があるが、この規模は異常である。せいぜい数十メートル上空に次元の穴を開け数個の

 小型隕石で不意打ちするか、ちょっと脅しを掛けるのに使用したくらいだった。理由は簡単、消費精神力や後処理の問題だ。


 それを世界規模で使うのはいくら10数倍にチカラが増えていてもオカシイのであるが、マスターは気にしていない。



 全ての巨大隕石を処理すると、眼下に着弾した隕石に目を落とす。

 実は計算違いで、結構な数の隕石の破片が地上に着弾していたが大半は海に落ちたし陸でも殆どは人の居ないところへ落ちた。


 ぐちゃぐちゃになった隊員たちには時間を加速させて土に還す。漂う魂たちは三途の川へワープさせておいた。きっと閻魔様は大忙しになって後で”労い”を求めてくるだろう。



「取り敢えずこんなもんか?ちょっと数が合わないが、転移でもしたのか?後でヘリの時間も動かすとして、今はホテルに戻るか。」


 流星群が煌めく夜空を飛んで行き、2階のバルコニーに降りようとすると、クラスメート達がこちらを見上げて出迎えた。

 マスターは仮面を外して素顔のままで着地する。


「○○ちゃんお疲れ様!」

「ただいま。みんな見てたのか。」

「だって、こんなキレイな光景は見逃せないでしょ?」

「まぁバラす気だったし良いけど。」


「やっぱり○○○○君だったのね。」

「センセーは判ってたんですか?」

「この話が出て卒業アルバムを見て、薄々気づいていたわ。」

「うわっ、そんなに早く!?言ってくださいよー。」

「ふふ、ある意味問題児だった貴方の成長も見たかったからね。」


「いやー、こんな結果でお恥ずかしい限りです。」


 頭を書きながら申し訳無さそうにするマスター。

 話が変な方向へ行く前にトモミが級友たちに声を掛ける。


「そんな訳で!仮面君の正体は○○○○・○○○君でした!」


「どうもー。みなさんひさしぶりでーす。」


「正解者はなんと12人!記憶が無いのに良く当てたわね!」



「「「…………」」」



「おや?思ったより反応薄いな。もっと色々言われるかと思ってたんだけど。」


「ありすぎて出てこないんだよ!なんで今までお前を忘れてたんだろうとか現代の魔王じゃねーかとか何でトモミがーとか、なんでセンセーは普通に話せてるの?とか!!」


 昨晩もツッコミを入れてきた彼が今夜もツッコんでくる。律儀な男である。


 私は年季が違うもの、と不敵に笑う元担任。クラスメートで当てたのは殆どが女子だった。持ち込んだ卒業アルバムの中に、記憶に無い者がいた事からヒントと照らし合わせて回答した。


「そりゃそうよね。○○ちゃんどうする?」


「うーん、説明できる事って無くない?せいぜいアキバの露天商でアクセ買ったら、後に魔王と呼ばれてたくらいかな。」


「私は青汁の販売員に捕まって飲んだら、○○ちゃんと再会して微妙に若返ったってくらいかな。」


「「「2人の人生に何があったらそうなるんだ!?」」」


 クラスメートたちのツッコミも無理はないだろう。

 9割以上カットしたせいで何の説明にもなってないのだ。


「私としては完全に忘れていたのが気になるのだけど。」


「記憶についてはそうする必要があったんだよ。あれだけ追い回されたら、知らない方がお互いの為だし。」


「でも今は記憶が戻ってきてるのは?」


「今はオレとトモミのチカラのお陰かな。2人とも精神干渉なんて強力なのが使えるからね。」


 もちろん2人のチカラが原因ではある。だが仕掛けもあった。

 ホテルのあちこちに配置した思い出をを受けて、彼ら自身の脳が補完してくれているのだ。そう、アルバムを触媒にして記憶の再構成を試みたのである。


「まあまあ、いろいろ言いたいことはあるだろうけどさ。取り敢えず花火でも楽しまない?いっぱい買ってきてあるよ。」


 マスターは虚空から手持ち花火の袋を大量に出してみせる。


「あれ?○○ちゃん、予定と違うんじゃ?」


「本当は打ち上げ花火を用意したけど、流星群の方が綺麗っぽいからなぁ……みんなで手持ちした方が楽しめるかなって。」


「一応あっちも打ち上げましょう?勿体ないし。」


「わかったよ。そういう訳で、君達もそれでいいかい?」


 一応マスターはみんなに確認を取る。現代の魔王相手にはしゃぐ気分になってくれるかは微妙だったからだ。


「○○ちゃんとトモミが訳ありだったのは判った。その上で

 オレは最後まで同窓会を完遂するべきだと思う!」


 そう言ってきたのはさっきのツッコミ君だ。彼は級友達に語り始めた。


「彼らがアレなのはともかく、オレ達を集めて楽しい時間をくれたのは確かなんだ。だったら楽しんだほうが良いだろう?もうこの規模で集まれるなんて無いかも知れないんだぜ!?」


「「「賛成!!」」」


 一同は満場一致……では無いが大多数が賛成してくれた。


 この場には警察官だって居る。人類全員が被害者遺族と言われる魔王事件の加害者が目の前にいる。そんな中での過半数の賛成に嬉しくなるマスターとトモミ。なので補足を入れておく。


「後日の事は心配しないでくれ!絶対に面倒な事にはさせないつもりだ。それは保証するよ。オレの名、も名誉も無いから

 命……も無いんだった。あれ?」


「ではでは下の庭園に集合ね!6年X組出動よ!」


 かけるものがないグダグダなマスターに変わって、トモミが号令を掛ける。


「「「おおおおおお!」」」

「「「わあああああ!」」」


 この夜。延々と続く流星群の下で花火を楽しむ6年X組一同。



 世界中が隕石で大騒ぎだったが、ここだけは平和に時が過ぎた。



 22時30分。花火終了後、飲み足りない・語り足りない者達は

 マスター提供の夜食を貪りながら日付が変わるまで笑いあった。



 参加者達は悔いのない一夜を明かし、二日酔いもなく目覚める。



 ゆったり和やか、且つ若干の名残惜しさのある朝食。


 食堂にボードが持ち込まれ、今回の写真が張り出される。

 昔懐かしい焼き増し配布である。


 一気に色めきだったクラスメートは、全員が注文に殺到した。



「これにて同窓会の全プログラムを終了いたします!」


「家に帰るまでが同窓会です。気をつけて帰りましょう。」


「オレが全員、車ごと送るので気をつけることも無いけどね。」


「「「あはは……」」」


「開催者のお2人、協力してくれたスタッフの皆さん。そして元気な顔を見せてくれた参加者の皆さん。この旅は一生の思い出に残るでしょう。担任としてお礼を言わせてもらうわ。ありがとう!」


 パチパチパチパチ……!


 元担任の挨拶に拍手が鳴り響く。


 その後は1人ずつ挨拶と握手を交わして写真が入った封筒を渡す。推理ゲームの正解者には良い日本酒と”若い衝撃”を渡し、そのネーミングでひと笑い起きていた。


 もっと良いものを渡しても良かったが、形が残る物は開催者の都合により見送られていた。



 全員を自宅に送り届けると、開催者の2人は適当なテーブルに座ってお茶を飲む。



「お疲れ様、○○○君。」

「お疲れ様、トモミ。」


「でもちょっと寂しいなぁ。私達の記憶、全部消しちゃったコト。」

「住む世界が違うからなぁ。知らないほうが良いでしょ。」



 同窓会事体の記憶はあるが、2人の過去や正体の記憶などは綺麗サッパリ消していた。


「寂しいけど仕方がないか。皆の元気な顔が見れて良かったとしましょう。私もなんだか元気が湧いてきたし!」


「それは良かった。」


「この後どうする?どこか寄っていく?」


「その期待の目に応えたい所だけど、それは別の機会で。」


「えー。」


「夜通し後始末に追われてたから、家で過ごしたいんだ。」


「仕方ないか、大人しく帰るとするわ。でも○○ちゃん?

これからはもっと頻繁に会えたら嬉しいかなって。この計画を建てるのすっごく楽しかったし、私に何が出来るのかもっと話し合いたいし。それに……やっぱり寂しいし。」


「なるべくそうするよ。……開発した責任もあるし。」


「もうバカ、そこはボカしてよ!○○○君のえっち!」


 2人はお茶を飲み干すと立ち上がり、残ったスタッフも含めて全員を自宅へ帰す。


 彼らが消えた時、ホテルも姿を消して証拠は何一つなくなった。



 …………



「やっと帰ってこれたぜ……ここまで居心地の悪い事情聴取は初めてじゃないか?」


「しかたねーけどな。高価な装備をしこたま持たされて、降下前に遊園地でヘリごと宙吊りにされてりゃな。」



 2月17日。訓練学校に戻った特殊部隊の面々は、別に意味で疲れていた。ユウヤとソウイチが並んで食堂のテーブルに突っ伏し、双子は既に部屋に戻って寝ている。


「ソウイチ、豚は豚らしくエサを食べてからダラケなさい。」

「ユウヤー、ごはん持ってきたよ。いつものだけど……」


 ミサキとメグミは温めたレーションを持って相方の隣に座る。


「サンキュー、ミサキ。」

「ありがとな、メグミ。」


「自炊禁止にするこたぁ無いだろうにな。こういう時くらいうまい飯が食いたいよ。」


「あんたは食べる専門じゃない。作る側になってから言いなさい!」


「ミサキが作っても野性味か魔女味じゃんか。」


「料理を化学実験と勘違いしてる今の医療班よりマシよ。」


「ユウヤ、はいあーん。」

「もぐもぐ。お前ら相変わらずだな。レトルトでも結構イケるぜ?」

「「ユウヤは愛情食べて生きてるからな。」」

「えへへー。そんな、照れるわ!」


 ユウヤ以外が呆れているとモリトとヨクミも食堂へ入ってくる。


「お疲れ様ー。みんな早いね。」

「あーあ、こんな時にもいつものレーションかー。」


「モリト達もお疲れ。お互い災難だったな。」

「まあね。でも僕達は生きてるだけマシだよ。」

「だな。オレたち以外全滅って、かなりキツイぜ。」


「あのハゲ教授見た?ショックでどっか行っちゃったわよ?」

「あれだけ息巻いてヘリにまで乗ってたのに、この結果じゃね。」


 事の始まりは2月13日の夜である。防衛省のお偉いさんに魔王の滞在場所の情報が舞い込んだ。情報元は不明である。


 しかし部隊の準備を進めつつ偵察をだした所、不自然な時間の流れを感じた。1km以上離れた場所から監視していると、ホテルに集まる者達の移動に不信な点があったのだ。


 これは本物の可能性がある!と一気に部隊を編成してサイトやこの部隊にまで声をかけて、対魔王兵器も幾つも持ち出した。


「死者450名以上出した上に世界中に隕石を落としてみせた。しかも魔王剣がどうとか叫んでいたらしいね。」


「オレ達は時間を止められてたから判らないけどな。」


 モリトとユウヤが話していると、ソウイチは悔しそうに唸る。


「記念すべき初遭遇で顔も拝めないなんてやってくれるぜ。」


「そうね。舐められてるとしか思えないわ。おかげで命は助かったけど……あまりに……」


 ミサキは聞いていた以上のチカラの片鱗に触れて動揺していた。


「はぁぁ、次会うのはいつになるのかしら。モグモグ。」

「大丈夫、今回は近くまで行けたんだ。次を待とうよ。」


 ヨクミはため息を付きながら肉を頬張る。それを慰めるモリト。彼らはなんだかんだ言いつつも声に出してない言葉があった。


 それすなわち、


(((あんなのを自分達が倒せるのか!?)))


 その気持ちは全員一致していたが、ぐっと堪えてレーションを飲み込む一同であった。



 …………



「…………はぁ。なんなのじゃ、あれは……はぁ。」


「ため息ばかりでいい加減鬱陶しいぞ、ソウタ。」



 同日、喫茶店サイト。ミキモト・ソウタは落ち込んでいた。

 事情聴取を経て散々嫌味を言われたが、そんなのは長い人生で慣れている。落ち込んだ原因は別の所にあった。


「ソウタ、気持ちはわかる。だがどうしようもない事実だ。オレだって何十人と部下を失っている。」


 今回の作戦には優秀なサイトのメンバーが駆り出されていた。

 部下に試作品である小型転移キットを持たせてあったので何人かは戻ってこれたが、大半は隕石に潰されて死んでいる。


 特別訓練学校でも使われている転移装置は、ミキモト教授と

 サイトウの合作である。今回はそれの小型試作品を部下に持たせてあったので何人かは寮に戻ってこれた。


 野球ボール程の球形装置を並べてゲートを開く物だが、エネルギーの問題で1人か2人程度しか転移できない。


「ヨシオは助けられただけマシじゃ。ワシは何も出来んかった。気がついたら遊園地のオブジェになってただけじゃ。」


「そっちこそ命があっただけマシだろう。出撃したオレの部下は大半が死んだ。死体すら残らずな。」


「……すまぬ。だがこれで学んだ事がある。無駄にはしない。」


「ほう、なんだ?」


「魔王相手に攻めては駄目じゃ。何らかの方法で誘い出して、罠にはめて迎撃する形の方が良いじゃろう。」


「一理ある。あいつは防御からのカウンターが得意だからな。だがそんな生易しいものではないと解るだろう?」


「下手を打てば気がついたら、いや気がつく前に殺されるな。」


 そもそも時間を止められたら手の打ちようがないのだ。


「過去の自分が悔やまれるわい。書類や事後処理だけでは、この絶望感は味わえんかった。わかっておればこんな事には!」


(というか、もう追ってはいけない相手だと思うが……。ソウタに言っても平行線だな。それより気になるのは――)


「そもそもなんであのホテルにあいつがいると判ったんだ?情報元は明かされてなかったようだが。」


 ついでに言えばあの場に居た現代の魔王の目的も判らない。


「それは……何も言えぬのじゃ。ワシも詳しくは知らぬしの。数学と違って世の中面倒だらけじゃしのう。」


「それは解るが、死んだ者達は浮かばれんな。まあいい。好きなだけ飲んでいけ。それに飽きたらしゃんとしろよ。」


「言われんでも分かっておるわい。」


 ミキモト教授は飲んだくれながらも次の作戦を考えていた。



 後日、一部を覗いて世界は平穏を取り戻していた。

 その一部というのは天文関係のみなさんと、宗教家のみなさんである。


 喉元過ぎて気が楽になった報道関係者は、それらを取り上げて世間を賑わそうとするが逆にクレームの嵐で社内が賑わった。

 そうこうする内に事件はうやむやになり、わけのわからない魔王の気まぐれという認識を持って事件は収束することになる。


 その背景には情報を操作し、穏便に済まそうとする者達がいた事は確かである。そしてそれを受け入れようとする大勢の人間たちも。


 なぜなら魔王のきまぐれ程、付き合ってられない物は無いからだ。事実それ以降、魔王からの隕石騒ぎへのアプローチは何もなく、で手形着いた魔まま目覚かけかめこか騒ぐだけ無駄だと判断した者が多かった。



 …………



「はい、これで書類の偽造と口裏合わせは終わりだね。」


「迅速な対応、感謝しますわ。」



 少し時間は戻って襲撃の有った夜、日付が変わって2月16日。

 コンドウ邸に現れたマスターは今後の対応を協議していた。


「トウカ様、元はと言えばマスターの所為ですわ。」


「脅かして悪かったよ。オレもあの襲撃は予想外だったんだ。」


「うふふ、気になさらなくて結構ですわ。こうしてお会いできましたし、”疑い”も晴れたようですしね。」


「別に疑ってたわけじゃ……確認をとっただけだよ。」


 マスターの居場所と目的。それを知ってる者は限られる。

 その中の1つであるNTグループの2人。彼女達に会い、心を探る事で疑いは晴れていた。もとより裏切るとは思ってないが確認をしておくに越したことはない。


「それで、この後はお時間は……無いでしょうから後で”埋め合わせ”をして頂きたいのですけど。」


「賢明な判断です、トウカ様。今のマスター様の身体には女の色が見えます。きっとそれを落とす時間も無かったのでしょう。」


 スイカには彼本人は見えないが、彼の周りに漂う光の流れが見えていた。トウカも並んで書類作りをしてる時に香りで気がついていた。


「う、鋭いね。今日はごめん。これで失礼するよ。」


 そう残すとすぐに空間移動で消えていくマスター。


「ふう、なにはともあれ無事に済みそうで良かったわ。」

「世間の目を欺くためとは言え、今回は驚きましたね。」


 2人はお茶を飲むと安心して仮眠を取るのであった。



 …………



「さて、では言い訳を聞きましょうか。」



 異界領主宅の居間兼事務所。マスターは仁王立ちで腰に手を当て目の前で正座する2人に向かって怒りの念をぶつけていた。


「ちょっと、上司にこれはあんまりじゃない!?」


「待て、せめて普通に話し合おうではないか!」


 1人は年齢不詳の女、社長である。そしてもう1人はゲンゾウ。社長はいつもどおり睡眠計算中だったが叩き起こされた。ゲンゾウも自宅で寝ていた所をマスターに拉致られた。


 2人とも寝間着姿で正座させられ、フトモモには圧縮して固定した空間が乗せられている。


 騒ぎに気がついた副社長が起きてくる。こちらの状況を確認すると、呆れた表情と口調で社長に尋ねる。


「この夜中にクーデター?社長、今度は何したんですか?」


「なんで補佐官は私が悪いみたいな流れなの?彼をなんとかしなさいよ!」


「そりゃ普段の行いを見れば――」


「後輩、いや兄弟よ!ワシをいたぶっても何も出んぞ!?」


「脳漿と魂くらいは出るんじゃないですかね?」


 腕を金属に変化させて顔面を爪で掴まれるゲンゾウ。


(((あ、これあかんヤツだ。)))


「領主様、ほらほら素直に白状しましょうよ。元奴隷の次はきっと貴女様ですよ?きっと黒い花火が咲き誇りますよ?」


「補佐官がどう思ってるのかよく解ったわ。」


「あのホテルのことを知っていて、あの規模の襲撃を画策出来るのはお2人だけだと思いますが。どうでしょう?」


 ゲンゾウは結婚記念日のパーティに参加している。それはNTにも言えることだが彼女達ではなかっし、サクラ達は論外である。


「普通に奴らの情報網に掛かったのかも知れぬではないか!」


「そうでしょうね。あなたという特別な情報網にね。」


 ガコン!と赤い槍を装填するマスター。びびるゲンゾウ。


「まてまてまてまて!落ち着いて、爪を離すのじゃ!」


「実はこれ、一度ぶち抜かないと”戻せない”んですよ。」


「嘘じゃ!普通に戻せるじゃろう!?”知って”るんじゃぞ!」


 必死なゲンゾウは情報を読み取りマスターを止めようとする。


「別に嘘じゃないですよ?頭を1度ぶち抜かないと”治せない”じゃないですか。それじゃあまずは一発行きますよ。」


「ワシの頭の方じゃと!?おい性悪女!こやつを早く止めい!」


「あ、相変わらずサイコパスね……」


「いえ、半分冗談だったんですけど。治すくだりの方はですが。」


「ぶち抜くのは本気なのか!!す、すまぬ!情報を流したのはたしかにワシじゃ!だが別にお主を裏切ったわけでは――」


 ガコン!


「!!、くひゅー……」


 パイルバンカーを寸止めさせると、変な息を漏らしながら気絶するゲンゾウ。かなりの高齢だが下は漏らしていない。


「あれ?意識が無くなりましたか。先輩って結構メンタル弱いんですね。」


 そう言いながら彼の頭の中をごっそり漁っていく。やはり情報を漏らしたのは彼であり、社長からアプローチがあったことが解る。


 怪盗の件で若干マスターを疎んでいたフシも見つかるが、大量の情報を渡したコトと最後は正義の味方をした事で緩和はできていたことが伺える。なので本当に裏切りではないのだろう。


 結婚記念日パーティーの時に同窓会の事を知り、現代の魔王が確実に現れる日程を知った。その情報の使い方について社長に踊らされただけだったようだ。



「お、お爺ちゃんいじめは格好悪いわよ?」


「さすがに殺しはしませんよ。それで社長の方ですが……」


 今度は社長の頭をチカラの込もった爪で掴んで赤い槍をセットする。


「ほら領主様、貴女の方は多分本当にぶち抜きますよ?そんな目をしてます。いい加減に吐きましょうよ。」


「私は別に情報を漏らしたりはしてないし!」


「それだと情報漏洩以外は手を貸したように聞こえますが。」


「どんな耳よ!」


「いえ、正常だと思いますよ。社長相手なら。」


「だってほら、魔王剣の強さを測るチャンスだったじゃない!」


「あれは強さを求めるものじゃないと言ったはずです。それに未完成も良い所ですよ?」


「神体すら改変した貴方なら当然と思わない?」


「脅威度を測るって事ですか?神体の改変なんて社長でも出来そうだし、別に社長に逆らうつもりもないんですけど。」


「パイルバンカーを突きつけておいて言うことかしら!」


 社長は焦っていた。頭を掴んでいる爪、これから逃れる術が見つからなかったからだ。社長は計算能力が高くそれを生活や政治、戦闘にも応用していた。しかしこの爪は意志の力を低下、弱い者が相手なら限りなく0にしてしまう。


「うん?社長ならすぐ逃れられると思ってましたが……。ははーん、なるほど?そういう理屈だったのですか。」


「まったく……仕方のない子ね。」


 黒い爪で彼女から何かを察したマスターは1人勝手に納得する。その様子から自身の秘密がバレたと察した社長。


「離しなさい。ゲンゾウ君じゃないけど、普通に話しましょう?」


「え、ええ。今になって怖くなってきました。」


 静かだが迫力のある社長の言葉に、素直に人間形態の腕に戻して怒りを納めるマスター。


「補佐官、外しなさい。ゲンゾウ君も持っていって。」

「はっ、失礼します。」


 真面目な口調で人払いをするとマスターに向き直る。



「知っての通り、私は神体を改変するチカラは無いわ。私のチカラの起源は妄想ではなく理論だからね。」



 社長はいかなる時でも計算し、様々な年齢の身体になれる。それが圧縮空間の重りや、D・アームの爪で封じられていた事実。


 その事から社長の生態を見抜いてしまったマスター。彼は自分が大変マズい部分に踏み込んだと自覚していた。


「そ、そうですね。一応言っておくとバラす気はないですよ。」


「当たり前よ。それで魔王剣について。まずは名を改めた方が良いわよ。剣ってどうしても攻撃的だから、言霊が乗るわ。」


「そうします。」


「それと内容だけど、今回は補助具として使ってたわね。完成形はどうするつもりなのかしら?」


「まだ皮算用ですけど。子孫ならイザとなれば赤いチカラも簡単に起動できるようにしようかと思ってます。材料は今の所不明ですが……」


「また危険なものを……それ、完成してもなるべく封印した方が良いかもしれないわ。世界中の子供達の件はクロシャータ様の加護のおかげで事足りているでしょう?」


「仰るとおりです。」


 素直に話を聞いていくマスター。領主の地雷を踏んだ以上は逆らうわけには行かない。自分だけの事ではなく家族や当主様の立場にも関わってくる。


 それに出される指示も特別理不尽ではないと感じていた。ヘイトを買わない為、やりすぎ防止を懸念しての命令である。



「それで隕石の件ですが、すみません。やりすぎましたよね?」


「やったものは仕方がないわ。貴方の級友についても更にこちらで情報操作しておくわよ。」


「ありがとうございます。」


 地球の空とこの異界の空は繋がっている。どちらもさぞかし騒ぎになったことだろう。


「これからの働きに期待してのことよ。貴方が変な気を起こさない

 ためにもね。」


「恐縮です、領主様。」


「今まで通り社長でいいわよ。勘ぐられたくないし。解ったらさっさと行きなさい。」


「わかりました。ではいつも通りに。今日は失礼しますね。」


 冷や汗をかきながら魔王邸に戻るマスター。どうやら自身が汚い花火になることは避けられたようだった。



 …………



「○○○、君も知っただろうけど、情報の扱いには気をつけてほしい。」


「もちろんよ、あなた。あの社長ってば露骨に雰囲気変えてきて、余程重要なコトだったんでしょうね。」


「だろうね。思えば3年くらい前に気付いてもおかしくなかったけど……まあいいや。ちょっと隠蔽工作に――」


 エイジスライダーで社長を弄った時に気づかない程フシアナなマスターだったが、気を取り直して後始末に向かおうとする。


「あなた、顔色が良くないわよ?ちゃんと休まなきゃダメ!慌てなくても時間なら調整できるんだから、ね?」


 妻にぎゅーっと抱きしめられて引き止められるマスター。いくら彼でもそこまでされて腕を振り払うようなコトはしない。


「そうだな。まずは少し休もう。一緒に、側に居て欲しい。」


「はい!!」


 その弾けるような、花火のような笑顔に思わず抱きしめ返すマスターだった。


お読み頂き、ありがとうございます。

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