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82 トモミ その2

前エピソードの8月5日の続きからです。

 


「ありがとう、○○○君。」


「……どういたしまして。」



 2012年8月5日。イタリアの港町にある私の小さな店で抱き合う2人。


 あらやだ、彼ったら抵抗しないわ!ちょっと強めにぎゅー!


「……どうしたの?このままじゃ今日はもう閉店して――」


「それはやめてくれ。」


「そうよね。ちょっと調子に乗ったわ。」


 いけないいけない。これも彼の奥さんにバレてるのよね。きっとテレパシーで言い訳でもしてたのかしら。

 そう思って離れようとしたけど、彼の腕が背中を押さえてて離さない。


 あれ?○○ちゃん、言ってることとやってることが反対よ?


「時間は止めてる。もう少し話さないか?」


 あらあら!ちょっと今日はどうしたのかしら!

 彼の方からお願いしてくるなんて。もちろん歓迎よ?後ろ暗いモノを少しでも返せるチャンスだし!

 様々な衝撃と共に独り身になった身としては、彼には――


「やめて、○○ちゃん。奥さんに悪いわ。」


 ばしん!


 私は気づいたら強めに彼の胸を押して離れていた。ああああッ!


「ああ、ちょっと今のは無かったな。悪い悪い。」


「わ、私の半分は何故か落ちちゃってるようだけど……”私”は何事も無かったんだしダメよ?」


 ちょっとまって!自分から抱きついておいて拒否するなんて私の方が”無い”わよ!自分の事だし、気持ちは解かるけどさぁ。


「ですよねー。あ、これケーキな。後で食べて欲しい。」


 ほら、露骨にご機嫌取りに走ってるじゃん。なんか虚空からケーキの箱を取り出したわよ?二重人格みたいな面倒な女だと思われるのは嫌なんだけど!


(でもそっちだって似たようなモノじゃない。出会いの機会をコトゴトく潰しちゃうしさー。いやまぁ、自分の事だし解るよ?アレな私すら助けてくれた男性だもんね。でもでも妻子持ちのテロリストと安易に仲良くなって良いのかって話よ。絶対結婚できないじゃん?それに勝手に行方不明って設定にされたしさ。私は普通にこの国に来てただけなのに。今は私のチカラだって通らないから、”私視点”からはよく解らない男だし!)


 もう1人の私が怒涛の勢いで今の気持ちを伝えてくる。

 その通りだけど、私から返せるモノって他に無くない?


(貰っておけば良いんじゃない?彼の奥さんにも拒否られたんでしょ?)


 でも時間が経てば……今日だって好感触だったし!


(そっちが拒否したこの国の男達と、同じかもしれないわよ?)


 ○○○君だったら大丈夫よ!


 ――。――。――。



「あー、あまり葛藤しなくていいよ。オレが悪いって事で、な?」


 自分の感情と議論してたら見透かしたように声をかけてくる彼。


「ごめん。ちょっと折り合いが……私の方は歓迎なのよ?」


「うん、解ってるからさ。そうさせたのはオレだし……」


 私は2人分の人生の記憶が在って、モノを思う感情も2人分。って言うと二重人格みたいだけどそうじゃなくて、感じ方が2パターンあるって感じよ。実際の人格は私1人!


 上手く私の命が助かるにはこれしか無かったとは言え、あまり慣れてはいない。でも生活する分には問題はないわ。

 自分のチカラで頭の中に仲良しルームとか作って、さっきみたいに気持ちを整理するし。その所為で二重人格に見えちゃうのは否定しずらいところではあるけど。


「あ、あのね?別に二重人格とかじゃないし、もう片方も別に嫌ってはいないし!そのー、今後もよろしくして貰えたら良いなーなんて。」


「うん。仲良く出来るようにオレも頑張るよ。見た所ちゃんと向き合ってるみたいで安心したよ。オレなんて家族にすら、多重人格かと疑われる時もあるくらいだし平気平気!」


「それはどうなのって思うけど。○○ちゃん、早速だけど1つお願い。少しだけ精神干渉のバリアを緩めて貰えないかな?私は良いけど”私”が不安がってて。」


「あー、そういう……うーん。」


 そのまま○○ちゃんは考え込んじゃった。

 あちゃー、悪いこと言ったかも。彼は世界中から狙われてるから用心に越したことはないのよね。


「あの、ごめんなさい。○○ちゃんの事情もあるから――」

「いや、大丈夫だ。例の携帯を貸して。」


 あ、ピンと来たかも!きっとその回線を使うのね!


「はい、どーぞ。」


「もう解ったって顔だね。そう、この回線をオレ達の専用回線として体内に設定しておこう。はい、取り出し完了。後は……」


 イミシンな視線を私に向けてくる○○ちゃん。

 うん?こういう時って何か言い難い事を私に求めてるって事よね?


「よく分からないけど、私から頼んだんだし良いよ?」


「わ、わかった。じゃあ手を出して。これ、念の為。」


 緑色のケースを取り出して私の手に緑の粒を乗せてペットボトルの水も渡してくる。これってお口ケアのあれよね?パク、ゴクゴク。


(ちょっと、なんか嫌な予感するんだけど?)


 まさかまさか、彼に限ってそんなことは無いわ。


 私がアタフタしている私を落ち着かせてると、彼もそれを水で飲み込む。



「で、では失礼して……こっち向いて。」



 さっきからなんか緊張した様子の○○ちゃんが近づいてくる。


 もう意図はなんとなく判ってたので、私はキーキー喚く私をなだめながらその時を待つ。



「「あむ。」」



 彼の口が私と重なる。たっぷりその感触を味わってると、”私”がキャーキャー言ってる。私もキャーキャー言ってる!


 それでも抵抗せずにいると、彼が頭と背中に手を回して私を固定してくる。そのまま唇と舌を求めあって吐息と感触を楽しむ。


 すると彼の唇の動きが止まり、軽く押し付けてきた。

 突如私の頭に何かが浸透してくる。まるで彼の口から直接何かが流し込まれているような感覚。


 頭の中が彼に、まるで直接愛撫されてるかのような……。それは脳から下へ全身に広がって行き、そろそろ息継ぎが気になる所で勝手に体内の空気が入れ替わる。


 チカラで呼吸を?これは無限にしていられる?


(ええ!?こんなのダメよ!ほら、彼は奥さん居るんだし!)


 でも許可が出たからしてるんじゃない?


(そっちは良いかもだけど、私からしたら彼となんて……)


 嫌なの?全然抵抗しないじゃない。


(だって、こんな!すごいんだもん……)


 うふふ、なら良いじゃない。


 とかやってたら、口を離す○○ちゃん。あー、終わっちゃう!と思ったら今度は軽くしてくれる。少しずつ軽くしていって余韻を楽しんでるみたい。


『ふぅ、これで出来たかな。』

『うん、聞こえるよ。昔ほどじゃないけどいろいろ解るわ。』


 お互い無言で見つめ合いながら心で会話を始めた。

 回線を作ったと言っても表層が軽く分かる程度よ。


『うん。これなら次回からの打ち合わせも問題なく話せるかな。』

『はーい。うふふ、初めてキスしちゃったね。』

『あ、うん。その、脳とか魂を繋ぐ必要が――』

『えー、絶対シたかっただけでしょ?凄い絡めてくるし、最初と最後なんて普通に味わってただけじゃない。』


『うぐぐ……その、気に入らなかったか?』


「もう、そんなの聞かないで。」


 最後は声に出し、○○ちゃんから離れて飲み物を取ろうとする。多分、今の私の顔は真っ赤だろう。


 だけど彼の腕から逃れた瞬間、足に力が入らず地面に座り込んでしまった。


 あるえー?キスだけでこんなに……?

 これじゃあやっぱり店はお休みしなくちゃならないわ。


「おっと、危ないよ。そんなにキちゃったのか。」


 すぐに支えてくれた○○ちゃんが言ってくるけど、確信犯でしょ!


「「誰のせいよ。あんなのされたら、仕方ないじゃない!」」


 ああ、私達の心のハモリが心地いいわ。まったく、精神力を頭に入れてくるのは反則よね。


 でもなるほど、こんな方法があるなら……ゴクリ。


「とにかく、これでもう片方の記憶にも少しずつ解って貰えると思う。また後日打ち合わせにくるからよろしくな。」


(仕方ないから付き合ってあげるわよっ。○○ちゃんって随分と様変わりしちゃったわよね。わ、悪くはないけど……)


 少しずつどころか、全力で落ちる方向に傾いちゃってる気がする私の半分。私はその気持もわかるので苦笑い。


 もう片方の私は学生時代の彼しか知らないから、刺激が強かったのかもしれないわね。


「多分もう大丈夫だと思うわよ。企画、成功させようね!」


「うん?ああ。絶対楽しい会にしてやるさ!」


「それと前も言ったけど、いつでも良いからね?」


「…………」


 最後の一言には返事をしないで消えていく○○ちゃん。

 もう、期待させる一言くらいあっても良いじゃない。


(こらー、彼にも家庭があるんだから無茶言わないの!)


 もう片方にツッコまれながら、店を半日営業で終わらせて自宅のベッドに潜り込む。


(○○ちゃんかー。なんで魔王にさせちゃったのよ。別に乗り換えてればとは言わないけど。例のケーイチさんと一緒に優しくしてあげてたら、もっと良い未来が有ったんじゃない?それこそ私達の”夢に繋がる形”の。)


 それはずっと思ってたわよ。だからこそ運命を変えてまで良くしてくれてる彼には感謝してるわ。ご家族には怒られちゃったけど。


(で、いつの間にか気に入っちゃったんだ?キスで足腰立たなくなるくらいにィ。しかも別の歴史の自分を巻き込んでくれて。)


 それはお互い様じゃない。普段はすぐお誘いに乗り掛けちゃうし。


(別にイヤラシイ意味で誘いにのるわけじゃないわ!話してみないとよくわからないでしょう?夢の為にも!)


 向こうはそのつもりなんだから乗っちゃダメでしょうが!チカラで調べるまでもなくバレバレじゃないの!


 それにさっきも抵抗しないし悪くは無かったって言ってたでしょ?


(で、でもまだ良く解らないわよ。だから次に会ったら私達が本気かどうか”確認”しなくちゃだめよ?)


 うん、そうよね。”確認”は大事よね。


「ーーーーッ!!」


 双方が出した結論。それを想像して枕に顔を埋めて、ベッドの中で足をバタバタさせる32歳の私達であった。


 あ、ちょっと若返ってるから29.6歳くらいと主張しておくわ!


(それ賛成!)



 …………



 ビーッ!ビーッ!ビーッ!



「状況しらせっ!」

「不明検体が活性化!薬液の濃度が上がっていきます!」

「な、何でそんなモノが急に活性化したんだ!?」


 8月5日夜。特別訓練学校の西側にある訓練棟。その地下にある細胞培養カプセルの1つから、異常が確認されて警報が鳴る。


「カプセルの電源を落とせ!」


「いや、このまま続けるんじゃ。データも取っておけ!」


「教授、しかし危険です!」


「それはまだわからんじゃろう。不明検体と言ったが、どこで採取された検体じゃ?」


「厚生棟の、地下への階段付近です。」


「ふむ、試験的に作った例の装置のやつじゃな。」


 不明検体とは、その名の通り、出処不明な細胞である。特別訓練学校は当然チカラ持ちが多い。彼らの細胞を余さず有効活用をしよう考えた結果、排水溝等からも毛などを採取して研究材料に使うようにしていた。

 毎日掃除して出るゴミからも採取する徹底ぶりである。


 今回警報が鳴ったカプセルの検体は、学校設立当時に設置したセキュリティ装置の1つから採取されたものである。



「数値、尚も上昇中!このままでは保ちません!」


「別のカプセルに薬液を移動させるのじゃ!どんどん増やせ!少々異例じゃがサンプルは多いほうが良いからの。」


「了解です!」


「しかしあの装置か……作った記憶はあるのじゃが、どう作ったのかサッパリ解らなかったモノじゃな。」


 生徒や何も知らないスタッフが入り込まないように、階段に設置した人避け装置。通ろうとするとその意志の強さによって悪寒や幻覚を発生させるモノ。


 その中に封じ込めてあった細胞サンプルを薬液につけてみたらこの騒ぎである。余程強力なチカラ持ちのものだったのだろう。


「しかし誰の物なのか判らない。ならば有るだけ出来るだけ増やしておくに越したことはなかろう。」


「お話はわかりますが……なぜこのタイミングで活性化したので

しょうね?薬液に漬けてから数時間は経ってましたが……うわ!なんか活性化しすぎて肉片が生まれてますよ?」


「ほうほう。これは運が向いてきたかもしれぬな。」


 ミキモト教授は興奮して目が輝き出す。彼の勘は当たっていた。



 後日、高濃度の薬液や細胞サンプルによりミキモト理論の実証は大きく進むことになる。


 オオモトが消失したアケミのモノだけでは物足りなかったモノが、年月を経たトモミのモノで補えた形である。


 なぜ運命を変えたのにも関わらず、学校にトモミの細胞が残っていたか。

 すでに加工され、別の物扱いに成っていたからである。なので運命の上書きを逃れ、装置の中で静かに存在し続けたのだ。


 もちろんその事について学校で知るものは居ないし、マスターも気づかずにいた。


 トモミとアケミ。

 同じ男と結婚した者同士、運命を入れ替えても結局は利用されてしまうサダメだったのかもしれない。



 …………



「それで、どんな同窓会にするのがいいかしら。」


「オレとしてはミステリ風味で行こうと思うんだ。」


「なんでわざわざそんなジャンルで攻めるの?」


「準備的にはホラーの方が楽なんだけど、やりすぎかなと思って。」


「ごめん、ちょっと意味がわからない。」



 9月2日の日曜日。○○○君、いえ○○ちゃんが私の家に訪ねてきて同窓会企画の会議が開かれる。

 本当は昨日の予定だったのだけど、一昨日はとても大事な用事で凄く疲れていたみたい。昨日も引き続きそれをしなくては行けなくて今日へ延期となったのだ。


 土曜の夜だったらいろいろ”確認”も捗ったのに!と思うけど、忙しい中で時間を取ってくれたんだからありがたく思わなきゃ。


 ちょっと自惚れさせてもらうなら、私との予定をキャンセルする程の用事なら仕方無いとも言えるわね。



 それで企画の方向性を話し始めたらミステリとかホラーとか、穏やかじゃないわけで。忘れられない思い出にはなりそうだけど。


「普通の飲み会テイストならただ楽しいだけで終わる。そこにちょっとスパイスがあれば、オレみたいな性格の奴でも自然と輪に入れると思うんだよね。」


「大人しい人の救済ってわけね。○○ちゃんが大人しいかはともかく、みんなで何かに取り組んでってのは面白いわ。」


「そんなわけでジャンルはミステリ、開催者を当てるゲームにしようと思う。オレ達2人とも行方不明者だし丁度良いだろう。」


「うんうん。当てられても終わったらケアしておけば、問題は

無いでしょうしね。」


 2人とも行方不明者で2人とも「精神干渉」のチカラ持ち。

 悪くないと思うわ。


 “私”としてはワイワイするだけで良いけど、私としては○○ちゃんと飛び切り面白いパーティーを作るのも楽しいのだ。


 ……2つの人生があるとややこしいわね。


 ともかくジャンルはミステリ風味で決定!


「それで、場所はどうするの?あの町、今は市だったっけ?あそこで大層な事ができるお店ってあったかしら?」


「やろうと思えば出来るけど、あそこであまり派手な動きはしたくない。なので費用はこちら持ちで山の上のホテルか何かでするのはどうかな?ミステリっぽくなるし。」


 ふんふん。ハデに行くつもりなんだ?

 私達の故郷は田舎町とはいえ、○○ちゃんが手を加えてるとなると注目されたくない何かも多々あるのでしょうね。


 でも山でホテルで全額出すってどういうこと?さすがに凄い金額になっちゃうんじゃ……。


「はい!費用は○○ちゃん持ちってことになるのかしら。」


「そのつもりだね。知り合いに物件の融通のアテがあるから、後で見に行こうよ。」


「なんか違う世界のお金持ちになっちゃったわねー。でもここまで○○ちゃんの意見ばっかだけど、私は何をすれば良いのかしら?」


「主に脚本と、ミステリっぽい主催者の衣装のデザインと……みんなに配る招待状への細工と、色々あるね。」


「本当に色々あるわね。細工と衣装はまぁそれっぽくすれば良いとして、脚本なんて良く解らないわよ?」


「それは舞台を見てからイメージすれば良いし。それまでは皆を楽しませるネタ出ししてくれれば。外にも物資関係はオレが用意するから、必要なものは言って欲しいな。」


「必要なモノ……○○ちゃんとのデート。」


「ブフォッ!ゴホッゴホッ。オレは物資か?」


「そこで咽ないでよ、失礼しちゃうわ。」


「いやだって、急にそういう話を振られたら誰だって……」


「ちゃんと関連した話よ!これは必須なんだから!」


「ええー!?」


 仕掛け人側だって仕掛け以外も楽しみたいじゃない。

 私達の”確認”だってしたいし。彼は妻子持ちだけど愛人も多いらしいし可能性はあるハズ。


「その思考、もしかして当日だけじゃなくて準備中も?」


「そっか、読めるようになったものね。なら話が早いわ!」


「早いけど明後日の方へ加速しているような……先日はそう取られるようなコトしたけど、トモミ的にそれってどうなの?」


「それを確かめる為のデートよ。デートってそういう物でしょ?」


「ああ、まぁわかるけど。今度舞台の下見に行く時に一緒にって事で良いかな?」


 ん?随分素直に了承してくれたわね。


(待って、○○ちゃんは元からそのつもりよ。脚本は舞台を見てからって言ってたでしょ?)


簡単に転びそうになる私を、“私”が注意する。


「あー、そうやって誤魔化すんだー?」


「堂々とするわけにいかないしね。契約もまだだし。」


「契約?悪い意味で日本社会的というかアメリカ企業的というか……好きなら一緒、そうでないなら距離を置く。それだけでしょ?」


「悪魔的と言ってほしいかな。割と厳しいんだよ。でもそうやって秩序やルールがないと、オレの場合際限がなくなってしまう。」


 あー、悪魔の契約的な?だから先日みたいに言い訳があれば

 ともかく、単純なデートのお誘いは無理なのね。


(ちょっと面倒じゃない?信頼関係の上でならともかく、なんでも縛るのは違うと思うわよ。)


 ごもっともだけど抜け道も多そうよ?現に彼と付き合ってる人は結構いるみたいだし、私でもキスはできちゃったし。


(うーんその辺はルールを確認出来ないと決められないかなぁ。)


「見せるだけなら別にいいよ。はいこれ。」


 あらら。この辺も読まれちゃうのか。これが契約書かしら。


「話が早いわね。どれどれ……」


 他の女性を尊重と、彼への貢献と……なるほど。どう、私さん?


(悪いことは書いてないわね。別れるのも自由だし。子供の所がまあちょっとアレだけども。)


 あら、もうそこまで計算してるの?私よりゾッコンじゃない?


「ち、違うから!まだそこまでじゃないから!」


「えッ!?」


 思わず声に出ちゃったわ。○○ちゃんビックリしちゃうわよ?


「あくまで参考資料として見せたから、気にしなくていいけど。多分簡単には許可が降りないだろうしね。」


「奥さんとかメイドちゃん達に疎まれてるもんねぇ……って私ったらダダ漏れちゃってる?」


 今更気がついたけど、全部筒抜けよね!?


「それはまぁ、オレも昔はアレだったみたいだし……。あの時の心証くらいなら良いけど、問題は君の存在そのものだね。」


 存在からしてダメですか!?……ってよく読むと違うわ。


(特別、ね。きゃー、私って大事にされてるのね!)


「どう言っても特別扱いに見えちゃうってコト。妻が1番ではあるけれど、傍から見たら視線を厳しくせざるを得ないんだよね。」


 まぁ、好きな男の初恋の相手となればねぇ。それに実際たっぷり良くしてもらってるし。これは逆の立場でも有罪判決ですわー。


「そんな訳でこの件は保留でいいかな?」


「うん。残念だけどね。今度話し合う機会を貰えたら嬉しいわ。」


「そうだね。それまでは言い訳が利く程度にって感じかな。おっと、そろそろ時間が迫ってる。残りはチカラでの情報交換で済ませようか。」


 そう言って黒モヤを出してくる○○ちゃん。もう終わりなのかー。


(ねえ私、これはチャンスよ。)


 そ、そうね!ここで踏み込みましょう。



「あの、出来れば前と同じ方法でしたいなーなんて……」



「ッ!わかったよ。打ち合わせに来たのに、打ち合わせをしない訳には行かないものな?」


 やったー!

 やったー!


 仲良しルームを通さなくてもハモった私達の感情。


 私は髪を整えて彼に近づいていく。暫く見つめ合ってから目を閉じて顎を上げる。



「「はむっ。」」



 ○○ちゃん、いえ○○○君と再び唇を重ねる。お互いいろいろとバレちゃってるせいか、長々と味と感触を味わっている。


 情報が脳を直接刺激してくる。彼から流されるモノで私達が

 埋まっていく。ああ、ダメ!絶対癖になるやつ!


 情報が止まると今度はもっと欲しくなって自分から吸いに行く。○○○君は驚いたようにビクッってしたけど関係ないわ。


 べったべたになるまで楽しんだ私は満足して口を離した。


「頑張り過ぎじゃないか?その……伝わっては来たけども。」


 彼は口を拭いながらちょっと目を逸らしてテレている。やらかしたかも!っと私も顔を伏せてテレてしまう。


 なんとなーく嬉しい空気が流れ、私は彼に再度近づいて抱きついてみる。ぎゅー!


 私達は”確認”を済ませて気が大きくなっていた。キスしかしてないのにとても嬉しかった。


 だから突然のそれに対処できなかったわ。



「こらー!ヘンタイテンチョー!いつまでその女とイチャついてるんですか!!」



 突然湧いたメイド服の……キリコちゃんだったかしら。彼女が現れて、鎖でがんじがらめに○○ちゃんを縛っていた。


 え、彼女ってチカラ持ちだったの?ていうかいつの間に私は彼と離れてるの!?


「はーい、トモミさん。ちょっと離れてねー。」


 そしていつの間にか私の後ろには銀髪の女性。彼の奥さんが怖い笑顔で脇に腕を通して、私の口を塞いで引き剥がしていた。


 ひえええ!でも彼女の手、甘い香り……ってそんな場合じゃない!


「○○○、キリコ!これはだな!」


「テンチョー!私というものがありながら!さっさと帰って丸洗いしますよ。」


「お楽しみの所ごめんなさいね?今は貴女を責めはしないけど、続きをする権利も無いわ。だから今日はここまでよ。」


 耳元で迫力のある奥さんの囁きが聞こえる!私はもうコクコクと頷く事しか出来ない。


 やらかしたわー!突然のワイフストップに言葉が出なかった。言い訳不能レベルで彼に迫っちゃったのは事実だったし。


 それに奥さん妊娠してるって言ってたわよね。

 あちゃー、悪い事したなぁ……。


「ちょっと、待っ――」


 キリコちゃんに首輪まで着けられ虚空に消えていく○○ちゃん。

 奥さんは怯える私の顔を覗き込み、声をかけてくる。口を塞いだままなので問答無用という事なのだろう。


「大人しくしてれば邪険にするつもりはないわ。貴女をどうにかしたら結婚生活に支障が出そうだしね。」


 こくこく。とにかく頷いて敵意はない事を示しておく。


「聞いたと思うけど、どう見ても貴女は○○○さんの特別なの。別に今くらいなら許してあげても良いのだけど、あまり良い気分では無いわ。だからその内ちゃんと話し合いましょう。」


 こくこくこく。それについてはこちらからお願いしたいです。多分さっきの話を聞いてて言ってくれたんだろうけど。


「でも覚えておいてね。○○○さんが誰と契りを結ぼうと、私が彼の妻であり1番なのよ。そこはわきまえて頂きたいわ。」


 こくこくこくこく!さらに首を縦に振って奥さんに同意する。


 彼女は満足したのかニコッと笑顔を向けると虚空へ消えていった。


 こわかったー!

 こわかったー!


 私達が同時に同じ感想を漏らしながらその場にへたりこむ。し、下は漏らしてはいないわよ!?


 彼の奥さん、綺麗で料理上手で甘い匂いで芯も誇りもあって……○○ちゃんが夢中になるわけだよー。どうやって口説いたの!?


 そんな彼女とは絶対に敵対したくないわ。多少はお目溢ししてくれるみたいだし、暴走しないように気をつけましょう。


 でも今日はいくつか解った事があるわね。


 彼は奥さんの目から見ても私を大事にしてくれる。ただ、家族との事で折り合いがついてないから私を扱い難くなってるだけ。


 奥さんはそんな私にチャンスをくれるみたい。その時は謙虚に、でもはっきりとお願いしよう。


 そして1番大事なのは私と私の気持ち、かな。

 うんうん。今日の私、完全に自分から求めちゃったわ。


 もう確定よねぇ。今も心臓バクバク言ってるし!

 それは奥さんの所為も混ざってない?


 ともかく、今はこの気持ちをしっかり抱いていこう。

 そうだね。今はこの気持ちをじっくり育てていこう。


 決意を新たにしたけど、衝撃的すぎて打ち合わせの内容が

 全部飛んじゃったわ!どうしよう!?



 …………



 パリィン!



「マスター、大丈夫ですか!?」


「ああ、問題ない。……まったく皿を割るなんて何年ぶりだ。」



 9月3日。埼玉県にある喫茶店サイト。週の初めとあって気怠げなメンバーたちに朝食を出し終わり、空いた皿を洗っていると手を滑らせてしまった。


「マスター。片付けは私達がやりますから、休んでいて下さい。」


「そうですよ。もうマスターもトシなんグフッ!」


 女の子のサイトメンバーが買って出るが余計な事を言った友人に肘を入れて遮る。


「すまないな。頼んだよ。ちょっと調子が悪いようだ。」


「はい、ごゆっくりどうぞー!」


 サイトのマスター、サイトウ・ヨシオは異次元に繋がる通路の奥へと引っ込んでいく。


「あれ?今日は随分しおらしいわね。いつもなら年寄扱いするなって怒るのに。」


「ちょっと、いよいよマズイんじゃない?」


 メンバーが好き勝手言いながら厨房を片付けている頃、当のサイトウは自室で燃え尽きたボクサーのような姿で落ち込んでいた。


(むう、チカラの制御が怪しくなってきたか?建物が無事な内に皆を避難させたほうが良いかもしれぬな。)


 身体にぺたぺたと触れて何かを確認するサイトウ。どうやら自身の限界が見え始めてきたようだ。


 だがそれも無理もない話である。

 齢78にして巨大組織の長であり喫茶店のマスター。異次元宇宙に拠点を構えて常にチカラを使っている。


 40年以上前に身体に残った後遺症により戦闘のような激しい

 動きは出来ない。あれから何度か病気を患い、自分の内蔵を

 チカラで上書きしては精神力の容量が下がってきた。


 常人ならとっくに入院生活か、棺桶生活である。

 それでも正義の為・かつての約束の為、生き延びてきたのだった。ただそれも近年では諦めが入りつつある。


(本来ならもう、次の世代に託すべきだが……誰も育たなかった。いや育った者はみんなオレから去っていった。これではサイトの再編も間に合うかどうかわからぬな。)


 ○○○○が人間社会から追いやられ、トモミが連れ去られてケーイチに見限られた。3人共サイトに必要な人材だった。


 わりと全員元気に過ごしているのだが、サイトウは知る術がない。もしかしたら動向を知ってるかもしれないキサキも、もう自分では声も姿も認識できない。


(こんな事なら無理にでも結婚しておくべきだったか?)


 考える程に寂しい気持ちがこみ上げる彼は、考えることにも疲れて眠り込んでしまった。



「……む、寝てしまったか。」


「朝からずっと居眠りとは老いが回っておるな、ヨシオ分隊長殿?」


「寝起きに老いぼれの顔を見たせいで、寿命がさらに縮んだぞ。」


 サイトウが時計を見ると15時になっていた。

 結構ガッツリ寝てしまったようだ。


「それで、なんでソウタはここにいるんだ?」


「お前さんの部下から連絡があったんじゃ。全然目覚めぬから仕事も休息もままならぬとな。」


 サイトウが居ないとメンバーの寮の時間操作が出来ず、過酷なスケジュールの者等へ充分な休息を与えられないのだ。


「ふん。ちょっとオレが寝こけたくらいでそのザマか。」


「昔はもっとキビキビ動いておったがのう。これも時代じゃな。とにかくほれ、これを飲んでおくと良いぞ。」


 渡されたドリンクを受け取るも、怪しさから飲むのをためらう。


「オレで実験するつもりか?」


「ばかもん、あんたにまでそんな事するか!効果を上げた特別製じゃからさっさと飲め!このままでは死ぬぞ!」


「!!、わかった頂こう。」


 老体なのでグビグビとは飲めず、ストローでゆっくりとドリンクを飲んでいく。徐々に効果が身体中に広がり楽になっていく。


「これは……確かによく効く。礼を言おう。」


「そうじゃ。素直にそうしておけば良いものを。今後はこれを処方しておくからちゃんと毎日飲むんじゃぞ。」


「助かる。しかしお前は凄いな。どんどんクスリの効果が上がっているではないか。」


 今までもクスリは処方されていたが、常用してるせいで

 効き目が薄くなっていた。ここで新薬登場はありがたかった。


「それが仕事じゃ。お前さんにポックリ行かれたらワシだけになってしまうしの。でも今日で良かったぞ?これから海外回りじゃったしの。」


 先日の不明検体によるサンプルは有効活用できると判断した。

 ミキモト教授はそれを海外での兵器開発に組み込む為に、これから出張なのだ。


「そのトシでよくホイホイ飛び立てるな。それもクスリの効果か?」


「人間と違って科学や化学は早々裏切らんからのう。やればやっただけ効果が出るものじゃ。お前さんこそ人間相手によくやっておるわい。」


「結果はいまいちだがな。」


「それでは御暇する。安静にしておくようにな。」


 話がケーイチ絡みに移る前にさっさと帰り支度を始めるミキモト教授。どうやら本人も気にしているようだ。


 それを何も言わずに見送って1人になったサイトウ。


「何を言っても始まらんしな。あいつも後がないだろうし余程でなければ邪魔することもあるまい。」


 彼は人材不足を横へ置いて、もう一眠りするのであった。



 …………



「山林、それも崖上にそびえ立つホテル。海は無いけどミステリっぽい雰囲気は出てると思うんだ。」


「おおー!○○ちゃん、よくこんな所を見つけたわね!でもボロボロで営業終了したラブホテルみたいな出で立ちよ?」


「そこはオレのチカラでリフォームしてしまえば良いし。」


「なるほどね。うん。気に入ったわ!ここに決めましょう!」


「わかった。トウカ、ここに決めるから手続きの方を頼むよ。来年2月までの管理と当日の食事は任せても良いかな?いや、その前に一度パーティーを開くからその時のも。」


「ええ、構いません。管理費と接待費は後で請求いたしますわ。」



 9月15日。私と○○ちゃんは同窓会の舞台の下調べをしていた。ミステリ騒ぎをする以上、普通のホテルだと迷惑がかかるので自分たちで物件を押さえようという算段だ。


「それじゃ、リフォームしちゃうね。ついでだから敷地も全部新品に戻そう。」


「あ!私にもお手伝いさせて。補助くらいは出来るわ。」


「じゃあ頼む。オレの背中あたりに手を――」


 ぎゅー!と背中に圧が掛かり、○○ちゃんは何か言いたげだ。


「こ、これはチカラの浸透効率の為だから!」


「う、うんそうか。そのまま頼むよ。」


 今は某県の山中にある廃ホテルを見に来て、立地的に気に入った私達は早速リフォームを開始する。


 チカラ使用のサポートとして彼に抱きついてみると、2人ともドキドキしてるのがチカラを通さなくても分かってしまう。


 その勢いでチカラを注いで廃ホテルを綺麗にしていく私達。



「トウカ様。私達は何を見せられてるんでしょうか。」


「スイカ。彼のすることは気にしすぎても仕方ないわ。」


「しかしまた新しい女性を連れてらっしゃいますが。」


「だから気にしてはダメよ。私達は2人目の命を授かれるように今は耐えるべき時間なのよ。」


「失礼しました。極力……気にし……無理です!!」



 同行した女性達が私のことを気にしてるみたい。彼女達はここの所有者であるNTグループの会長さんとその秘書さんなんだって。


 2人とも彼に対してスキスキオーラがあふれてるわ。魔王事件やその前から関わりのある人物と読み取れるけど……。



「トモミ、今は集中してくれ。空間が歪むよ。」


「ごめんなさい、ちょっとね。」


「正面に回ってくっついてて。それなら集中できるだろう。」


 会長さん達の事を察したのか、そう指示してくる。


「はーい!」


 ぎゅむ!


 正面から抱きつくと急激にリフォームが進んでいく。

 ちょっとあっちの2人の精神が大変な事になってるけど集中する。


 ぴかーーー。ガコンガコン。しゅるるるるる。


 奇妙な擬音と共に、建物どころか広い敷地全部が新品同様になるとチカラが解除される。


「これでバブル当時の状態に戻ったな。」


「やったわね!ねぇ○○ちゃん、探険しましょう!」


 別に男の子じゃないし探検癖なんてないわよ?でも彼と一緒に回りたいじゃない?奥さん的にも腕組むくらいは平気みたいだし。



「ところでマスター様。そちらの女性とはどんな関係ですか?」



 スイカさんという秘書さんが一歩踏み出してきたわ!

 彼女も精神系のチカラ持ちらしく、ばちばちとこちらに火花を向けている。


「言ったでしょ?同窓会の開催者の1人だよ。元同級生だ。」


「マスターさん?我々は男女のお話をしてるのですよ?」


「えー?級友であり戦友であり――」


「彼の初恋の相手です!」


「「「!!」」」


「もう、○○ちゃん!こういうのはキッチリ伝えないと、後々面倒なことになるのよ?」


「一定以上の関係ならそうだけど、まだ交際の許可も出て無いし。」


「トウカ様、聞きました?”まだ”だそうですよ?」


「ええ、我々は彼の子を産んだのにもかかわらず、フーXクの

 客という立場で満足させられてると言うのに。」


 アレな単語が並べられるけど、彼女達を読み取って納得する。こういう時に変な誤解をしないで済むのは私のチカラの良い所よね。


 要は私と違って、絶対に交際が認められない立場だから羨ましいってことでしょ?魔王事件の”被害者”だから。


「揺さぶろうとしても無駄ですよ。私はサイ……」


 サイトの魔女と言いそうになって思いとどまる。危ない危ない、こんな大物相手に正体をバラすわけには行かないわ。


「サイ?ともかく、ちょっと不公平じゃないでしょうか?」


「君達の生活に合わせた対処法だと思ってたけどね。」


「……隠しても仕方ありませんね。私達に新しく子種を授けてください。もちろん迷惑は一切お掛けしませんわ。」


「妻が今2人目を妊娠中だから、生まれたら考えるよ。」


 その答えにパッと顔を輝かせてやった!と喜ぶ会長さんと秘書さん。彼の答えは奥さんが2人目を産んでないのに彼女達に確約するのは難しいってコトなんでしょうね。


 ○○ちゃん相手ならストレートな言葉の方が受け入れられ易いから、彼女達の大胆な発現は大正解だと思うわ。


 交際してる訳ではないとはいえ、今の私からは羨ましい話である。向こうも私を羨んでるみたいだし、お互い様よね。

 人間関係はそんなのばっかりだし、気にしないようにしましょう。



「私達はこれで失礼しますわ。色々手続きがありますの。」


「ああ、ありがとう。よろしくね。」



 約束を取り付けたNTの2人はホクホク顔で空間移動で帰っていく。やっぱ好きな人との子供って嬉しいんだろうなぁ。


 私は……どうなるんだろう?許可が降りないと皮算用よね。


 赤ちゃんか、色々あって作れなかったけど。そうか、赤ちゃんか。



「ではちょっと見て回ろうか。トモミはネタに使えそうな所を重点的に探してくれ。オレはセキュリティを強化して回るよ。」


「ダメ!私と一緒に行くの!」


 あわわ。思わず顔真っ赤で叫んじゃったけど、引かれたりしてないかしら。悶々としてたら別行動だなんて言うから!!


「ふふ、わかったよ。まずは全景から見ていこう。」


 ちょっと、にやにやしないでよ。サイト時代の○○ちゃんだって似たようなものだったんだからね!


 すると横から腰に手を回してチカラを放出、浮き上がる。


 きゃー!空中デート!?と、もう半分の私が盛り上がってる。私はサイト時代に一緒に飛んだ事があるけど、ひさびさだったのでやっぱりボルテージが上がっていく。


 その後は時間を止めて2人きりの時間を……じゃなくて、舞台となる建物と敷地を見て回ったわ。


 お城みたいな洋風ホテルが崖上にあって、そこから歩いて数分降りた所に大きな駐車場があったわ。ホテル前はスペース不足だったのね。豪勢に庭園なんて作るからだわ。


 ホテルはバブル時代に立てられたもので、その後あっさりご破談になって朽ちる一方だったみたい。

 復活したホテルは3階建てになっていて、正面から入ってロビーを右に行くと客室の棟。左に行くとお風呂やダンスホール、巨大な厨房やバーなどの施設が目白押しだった。



 色んな所を見て回ってあーでもない、こーでもないと頭を捻ってネタ出しをしていくのはとても楽しかった。


 あれよね、文化祭とか町のお祭りとかの準備って凄く楽しいのとおんなじ感じ。お泊りとかしちゃったりして、下手をすると本番よりも楽しかったりするやつよ!


 今後の予定は毎月1回はココに来て準備して、予行練習を兼ねて一度パーティーを開いてみる。その半月後くらいに本番。


 もう、今から楽しみで仕方がないわ!



 …………



「はぁー、素敵なダンスホールね。ここに決めてよかったわ。」


「むむ、ステップの勝負ですか?受けて立ちます!」

「キリコちゃん師匠、お供します!」


 2013年1月31日夜。今日は例の同窓会の舞台で予行練習よ。

毎度の事だけど日本に来ると時差が8時間もあるから感覚がおかしくなるわね。


 それはともかく、今日は○○ちゃんのご家族と一緒にパーティーを開いてるわ。

 本番に着る予定の白と黒のフリフリドレスで会場を闊歩する私。


 私がダンスホールに感動して思わずくるくる回りだすと、

 キリコちゃんとユズちゃんが独特のステップで張り合ってくる。


「なかなかやるようね。でも私に勝てるかしら?」


 私は彼女達の手を取り、ステップで翻弄していく。


「「うわわわわ!」」


 私がキメポーズを取ったと同時に、彼女達もポーズが決まるように動いてみた。その結果メイド服の彼女達を侍らせるような形でダンスを終える。


「うぬぬぬ、悔しいけど完璧なステップ……元暗殺者を翻弄するなんてやっぱりヤバイ女じゃないですか!!」


「それ、やめてよね。チカラの兼ね合いで結構傷つくのよ。今まで散々面倒なことになったし……」


「あ、その、ごめんなさい!」


 あら?素直に謝られちゃったわ。申し訳なさそうな顔をしてて、低身長も相まってなんだかとっても可愛く見える!


「トモミさんでしたっけ。キリコちゃん師匠は味方に爆弾を落とす爆弾魔として有名ですので、勘弁してあげて下さい。」


「ええ?そうなの?別に怒ってないから良いけど、気をつけてね。」


「むしろ爆弾が投下されたら仲良くなってきた証拠ですよ。」


「よ、余計なこと言わないでよ!ともかく、今回は引き分けね!」


 私の完封勝利は引き分けらしい。なにこの可愛いの。

 彼女も○○ちゃんのコイビトらしい。この可愛さは同性でもヤバイかもしれないわね。



「ところで○○ちゃんはどこかしら?さっきの食事の後から姿が見えないのだけど。」


「え、今は会えませんよ?」


 さらっとキリコちゃんが答える。どういう事かしら?


「何で?日が変わる前に色々と打ち合わせをしたいのよ。」


「あー、トモミさんには言ってなかったのですね。今日はマスターの命日なんですよ。なので奥様と2人きりで過ごす時間を毎年取ってるんです。」


「ええ!?あ、もしかして人間を辞めたっていうアレ?」


 ユズちゃんに丁寧に教えられて、心当たりに思い当たった私。キリコちゃんが何故かドヤ顔で補足説明をしてくれる。


「その通りよ。今日はマスターの命日であり誕生日でもあるわ。そして日付が変わったら奥さんとの結婚記念日になるのよ!」


「つまり今日ここでパーティーするのってそういう事かぁ!」


 夫婦の時間を取る。言うのは簡単だけどとても大事な事よね。


「話が早くて助かりますわ。毎年この日は日付が変わる時にマスターと奥様がキスをしてるのです。それが終わったらセツナちゃんが2人を迎えにいって、パーティーの始まりです。」


 あー、シンデレラキッスってとこかしら。

 そういえば月面のあれもそういう事だったわね。今年は奥さんが妊娠してるから月に行かずに……なるほどねぇ。

 なんだ、○○ちゃんってしっかり旦那様してるんじゃない。


「○○ちゃんって浮気ばかりじゃなかったのね。」


「当たり前です!日夜仕事で駆けずり回ってますよ!?色々考えてたっぽいのになんでそんな言葉が出てくるんですか!」


「うふふ、ごめんなさい。彼って昔と違ってモテるから勘違いしちゃってたわ。」


「モテるのとはちょっと違う気もしますけどね。」


「まあね。正にチカラワザって感じで気がついたら……コホン。」


 じーっと2人に見られてセキで誤魔化してみる。いやキリコちゃんには現場を押さえられたしバレバレなんだけどね。


 とんとんと足をつつかれて振り向くと、割烹着を着た可愛い銀髪の女の子がお盆にグラスをのせて来ていた。


「お客さまー、お飲み物はいかがですか―?」


 うわ、うわーーー!何この子、超かわいいわ!!


「では1つ頂くわね。かわいい給仕ちゃんね。」


 女の子はニコっと微笑むと、お盆の下に白い光を発生させて支える。ちっちゃい手でグラスをもって精一杯こちらに差し出し、


「はい、お待ちー!」


「あ、ありがとう。お嬢ちゃん。」


 やばい、なにこの可愛さ。


「ご苦労さまセツナ、お客様にご挨拶なさい。」


「はい、私は○○○○・セツナといいます!6歳です!」


 うひゃー!○○ちゃんの娘さん!?たしかに奥さんに似てるしさっきはチカラを使ってたし、きゃー!かわいい!


「トモミよ。セツナちゃんのお父さんと同じ学校だったの。」


「よろしくおねがいします、トモミお姉さん!そろそろお父さん達がバルコニーでキスするので、失礼します!」


 軽くお辞儀してとてとてと去っていくセツナちゃん。

 いかん、鼻血出そう。


「……お父さんに似なくてよかったわね。」

「それを言うのはこの中で貴女が最後よ。」

「やっぱり皆そう思ってるんだ。」

「マスター本人すら言ってるもの。」


 可愛いなぁ。私も子供が出来たら――


「それを考えるのも貴女が最後よ。」


 あはは、やっぱり○○ちゃんはモテるわね。


「キリコちゃん。バルコニーでキスってさっきのやつ?」


「そろそろね。移動しましょう。間違っても近づいたり声を掛けちゃダメですからね?」


 はーい。さすがに邪魔はしないわよ。


 私達がバルコニーへ向かうと既に人だかりが出来ていた。

 彼女らの視線の先には○○ちゃんと奥さんがいて、完全に2人の空間が出来上がっている。


 みんなは○○ちゃん達と一定の距離をとって、いいなーって心の声を出しながら眺めている。なにこのプレイ。


「妙な行事だと思うかもしれませんが、みんなマスターの研究をしてるんですよ。あんなラブラブ空間を自分で出せたら最高じゃないですか。」


 なるほど!普段夫婦のいちゃいちゃなんて見る機会ないもんね。


 彼らは寄り添い楽しそうに見つめ合って、ジュースを飲んでまたべたべたと寄り添って……とても楽しそうである。


 よく見るとテレパシーが飛び交っており、声を出さずとも解り合える夫婦を演じてるらしい。うわぁとてもいい絵だわ。


 そして日付が変わる前、2人はキスをした。

 月明かりとホールからの光でそれはそれは幻想的な景色だった。


 いいなー。

 いいなー。


 気がつけば私も、周りの女の子たちと同じでいいなーコールをしている。


 時計の針が0時を回り、2人は口を話すと声を掛け合っている。あー、いいなー。あんな事言われたい。


「お父さーん、私もーー!」


 空中を白い光を放ちながら飛んでいくセツナちゃん。

 え、あの子って空も飛べるの!?いくらなんでも早くない!?


「もう私は6歳だよっ、オトナだよっ!」


 そう言ってキスをせがむセツナちゃんの可愛さに、みんなはメロメロになってほっこりしている。


 結局両親から左右からのキスラッシュを受けてきゃーきゃー言ってる。本当は口がいいのにと言いながらも喜んでいるようだ。



 ああ、私はこんな幸せな家族に横槍を入れようとしてるのね……。



 急に自分があまり良くないモノに思えて来た。


 私は彼の家族を1度奪っている。

 私は彼に家族を助けられている。

 私は彼の好意を知りながら利用した。

 私は彼の厚意を受けながら見ない振りをした。

 私は彼の――


 どんどん気持ちが沈んでいく私。本当、何やってたんだろう。


「トモミさん。目を背けちゃダメですよ。」


「!!」


 私はキリコちゃんの声にハッとして彼女に顔を向ける。


「あの夫婦を見てると自分の嫌な気持ちとか、欲望が透けて見えて戸惑うと思います。でもだからこそ、目を逸しちゃいけないんです。」


 そういう自覚を持って臨みなさいってことかしら……。


「そうね、向き合わないと。ありがとう。」


 キリコちゃんの手をキュッと握って視線を戻す。

 楽しそうな家族。一度彼の家族を奪った身としては、拷問に近い。じゃあ私はどうしたら良いの?


 目の前の光景を守ればいい。でも私にはそんな権利はない。それでも目を逸らさない。


 感情が渦巻いて溢れそうになった時、側まで来た彼に声をかけられる。お願い、私を――


「そうやって手をつないでると親子みたいだね。」


「私はそこまで老けてないわ!」

「私はそこまで小さくないわ!」


 私とキリコちゃんが同時に叫んだわ。○○ちゃんってこういうトコが有るわよね。



 …………



 結婚記念日パーティはつつがなく進行していったわ。

 ここからは別のゲストをお招きして、夜中なのに盛況だった。


 NTグループの会長さんに、○○ちゃんの経営する孤児院の職員さん達。幻想生物変身教なる謎の組織の偉い人。


 シーズという電脳メイドアイドルのライブには感動したわ。特に”運命(サダメ)スリーウェイ”は素晴らしい曲よ。まるで私と○○ちゃんとケーイチさんを表したかのような!


 ユズちゃんがシーズのメンバーだったのも驚きね。いえ、むしろ納得って感じかしら。見事なステップだったわ。



 パーティーは2時間程度で終わって、私は個室に呼び出されたの。



「いらっしゃい、トモミさん。どうぞお掛けになって。」



 そこには○○ちゃんと奥さん、そして立会人としてキリコちゃんとカナさんが待っていたわ。


 そこで私達は今後についてとことん話し合った。皆の気持ち、私の気持ち。お互い包み隠さずさらけ出したわ。



 それで出た結論は――



「やっぱり貴女と○○○さんの交際は認められないわ。」


「……はい。」



 やっぱりかー……思えばOK貰える要素が無い気がしてたし。あああ、自分が悔しい。何であの時もあの時もあんな事を……



「勘違いしないで欲しいのだけど、あくまで現状の話よ。」


「…………?」


「貴女はもう、旦那にとって害意ある女性ではないわ。他の人ならここで認めても良かったけど、それは出来ない。」


「私が、”特別”だからですか?」


 ここに居る皆は○○ちゃんのガードが入っていて心は読めない。なので言葉で一語一句を大事に語り合っている。



「そうじゃないわ。特別なんて言い出したら、キリコちゃんもカナさんも同じだもの。ただ、貴女は借りが多いと思わない?」


「はい、とてつもない借りを作っていると思ってます。」


「だからご自身の手で、それを返してくださらないかしら。

 対等に物を言えるようになってからまた検討しましょう。」



「それは、はい。でも……」



 言いたいことは解るわ。このまま交際しても私はただの言いなり。それはケーイチさんとの生活と同じで流されるだけになるもの。


 でも○○ちゃんへの借りは正直一生掛かっても……。



「手段は旦那と良く話し合うコト!お互いに盲目的に馴れ合う

 のではなく、信を取って仲良くなって欲しいわ。」



 ○○ちゃんにもこの前言われたけど、馴れ合って流されるのはダメってことよね。ああ、この人よく解ってるわー。



「それとその為なら、まぁ多少のコトは目をつぶるわよ。」



 チラリと意味深に○○ちゃんを見ながら許可をだす奥さん。

 え、え!聞き間違いじゃないわよね?


「!!、ほ、ほんとに……良いの、ですか?」


「ええ、男女の1つのツール、手段ですもの。ただし避妊はしてね。」


「ありがとう、ございます!」


「いいえ。貴女は敵にするより友人になって欲しいだけよ。でもアレよ?下手に求めて何か有っても”自己責任”でね。」


「は、はい。ありがとうございま……す?」


 友人になって欲しい。その言葉に感動した後、おや?っと思う私。オトナだしそういうのは織り込み済みだけど……そんなに凄いの?



「このカナさんのお陰でね。もし返済を途中で止めたら大変よ?神界だろうがあの世だろうが、満足いく夜を送れる男にはもう出会えないと思うから。」



「えっ?ええええええええっ!?」



 規模が地球じゃないんですけど!小説とかゲームなんですけど!


 言われてみればキスだけで脳と足腰がやられていたわね!


 あ、カナさんが胸張ってピースしてる。そんな自信あるの!?


 こ、これは気合い入れて借りを返済しないと!


 でもあの○○ちゃんが神様クラスのテクニシャンって……ゴクリ!


 うわー!うわー!

 きゃー!きゃー!



 私と私が妄想と混乱でバイノーラルで騒いでいると、


「あんまり、ハードル上げてほしくないなぁ……」


 黙って聞いてた○○ちゃんがそんなことを呟いていた。


お読み頂き、ありがとうございます。

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