81 マオウ その4
「頑張ったわね。お疲れ様、あなた。」
「○○○もな。受け止めてくれてありがとう。」
2012年7月14日深夜。日付が変わってもう15日だ。
魔王邸夫婦の寝室で念願の2人目の子供を数時間掛けて授かり、今は後始末も終わってベッドで抱き合いながら話をしている。
「でも良かったわ。先月からあなた、落ち込んでたでしょう?」
「まあね。でも凹んでばかりもいられないからな。○○○を始め、関係者全員に支えられたおかげでなんとか元気になれたよ。」
「うふふ、本当にみんなのお陰ね。」
アケミによる瀕死状態からの魂の治療、神界の酒による浄化作用。毎日寄り添ってくれる妻や愛人達。当主様や閻魔様どころか、社長ですら気にかけてくれた。
「正直ハーレムはどうかと思ったけど、お前の言う通りに縁を切らずにいてよかったと思うよ。」
「この環境ですもの。何が1番幸せになれるかを考えたら、ね。私も呪いさえ無ければ他の子にはご遠慮願いたいけども、結局それでは回らなかったと思うわ。」
マスターの作業量からして、常に誰かが支えてなければ破綻は目に見えていた。
「だろうなぁ。結婚には祝福が必要って言葉、こうなってみると理解が出来るよ。悪魔になる決心をした時はお前だけを幸せにすれば良いと思ってたけど、実際はそんな単純な事じゃないしな。」
「生きてる以上、関わりは絶対に必要ですものね。愛人達にしても嫉妬心は無くはないけど……私だけで受けきれない部分を助けてもらえるし、あなたが衝動的にそこらの女の子を襲うのを防止出来るのは大きいわ。」
「オレはそんな事はしな……ああ、だからか?魔王事件のアレは。」
魔王事件での妊娠騒ぎ。少子化対策だの経済に影響だの自分への抑止力だの考えていたが、強力なチカラを持つ彼の、性的な暴走を防止・管理をする役目もあったのではと思い至る。当時のマスターのストレスを思えば、無くは無い事だ。
「あの社長、本当にどこまで考えてたんだか。」
「いけすかない人物では有るけど、受け手が解らないだけよね。」
「後から気がつく事ばかりだ。おかげで第2子を授かる所までこれたのは素直に喜ばしい。」
「でも妊娠中はあまり無理なコトは控えなくちゃね。こうして触れ合って楽しむくらいは平気でしょうけど。」
「それはやめる気はないよ。子供の成長も気になるし。」
「うふふ、ありがと。でも実際の所、発散は必要よね。あの子達にお願いする形で良いかしら。キリコちゃんとか絶対期待すると思うわよ。」
ベッドの近くではカナが挙手をしながら左右に揺れていて、まるでメトロノームの様である。
「カナさんもお願いね。一応、”まだの人”達を優先してチャンスをあげてくれると助かるわ。」
お任せ下さい!っとばかりに敬礼してみせるカナ。
夫婦の時間。それも子作り直後ということで、気を使っているのか声は発しない。
「よく出来たメイド長だ。そろそろセツナを迎えて皆で寝よう。」
「ええ、そうしましょう。」
2人は下着とパジャマを着て娘を呼びに行くのであった。
「えーっ!赤ちゃんが出来たの!?お母さんすごーい!」
ベッドに迎えられたセツナは目を丸くして尊敬の念を○○○に送る。
(でもどうやって?どこから来るのかな?いつものヒミツの事が赤ちゃんのヒミツなのかしら?オトナってナゾだなー。)
(それはもう少し大きくなってから教えるよ。)
セツナの思考を読んだマスターは、彼女の髪を撫でながら胸の中だけで応える。デリケートな事なので、変に期待させないようにテレパシーも送っていない。
「ねぇねぇ、弟かな?妹かな?」
「きっと妹かもねー。生まれたらセツナはお姉ちゃんよ。」
「わーーー!そしたらいろんな服を着せてあげたり、お菓子をいっぱいあげるんだ!」
「よしよし、良いお姉ちゃんになりそうだな。」
「えへへー。」
『私としては、もうちょっと私に懐いてくれるといいなぁ。』
『きっと、そうなるさ。』
「なんだか嬉しくて目が覚めちゃった!」
「ほらほら、そろそろ寝ないと明日が辛いぞ。肌にも良くない。」
「だってだって、妹だよ!赤ちゃんだよ!」
「「かわいいなぁ。」」
鼻息を荒くして興奮するセツナにデレデレな夫婦。
しかしこのままでは身体が休まらない。マスターは黒モヤで睡眠誘導をしかけて、夢の中で家族揃って団欒を楽しんだ。
…………
「マスター、ちょっと相談なんだけど。」
「良いですよ。でもオレのことは題材にしない方が良いです。」
「返答早いよ!なんのマジックだい!?」
「「「あー、やっぱりかぁ。」」」
7月31日。サクラ探偵事務所に月末のアレコレをしに来たマスター。高速で会話が終わることに驚く「望遠観測」の男。他の者達は慣れたのかそれとも予測してたのか、仕方ないかといった表情だ。
「はいはい、ヒロキさんもそろそろ慣れてね。マスターってこんなもんよ。」
「さすが!月のスピリチュアルパワーは違うという事ですか!」
「それはもう忘れて頂きたい。」
彼の名はヒロキ。元は日本の月面観測員だったが、月面でキスするマスターを月の兎と勘違いして航空宇宙局・MASAに渡る。
色々あって今年の春頃にMASAで閑職どころか物理的にクビになるところを、マスターに助けられたヒロキ。発信癖がある様でネットにマズイ事を載せてしまったのが原因だ。
今はサクラ探偵事務所の斥候として大活躍中である。
「マスターの口ぶりだと、同人活動はOKなのよね?」
「ああ。あなた達の経歴を見れば、不自然な流れでもないしね。同人で”スカースカ”を刊行するのは面白いアイディアだ。でもオレが題材だとまた公安とかに目をつけられるよ。」
「そこなんですよね。オレ達は答えが目の前にあるのに題材に
出来ないってのが悔しいんですよ。特にマスターさんはウチの目玉だったわけでして……なんとか出来ません?」
チーフのおっちゃんが内容に関して悩みを伝えてくる。
サクラ達は市内が安定してきた為、探偵業も落ち着いてきた。イタチやヒロキの加入のおかげで、おじさん達が足で稼ぐ必要もあまり無くなったのも大きい。
心に余裕ができると人間好きな事をしたくなるもので、不本意な形で終わったスカースカの復刊を目指す気になったようだ。
「でもバレない事が大前提です。オレをネタにするなら連絡先等はダミーで通す必要がある。でないと最悪この街が標的にされるよ。」
「「「ですよねー。」」」
「どうしてもやるなら、この会社を少人数で再編して別組織で本格的に打ち込んだ方が良いと思うよ。」
「実は私もそれが良いと思っている。もう警察が機能してるしある意味潮時なんじゃないですか?」
サクラが”事実”を述べると一同も頷く。
サクラはアオバと共に子育てが忙しいし、カザミも近い内に子供が出来るだろう。実働は大半がイタチとヒロキで回せる以上、立派に探偵事務所を構える必要もなくなってきたのだ。
「ではやっちゃいます?事務方は前に確保しましたしね。」
「俺達もいい歳だしな。やり残しはナシで行きたい。」
「ではそのように進めましょう。サークル名はやっぱり――」
「「「コジマ通信社で!!」」」
あっさりと過去の職場と同名のサークル名に決まる。
「わかりました。いっそ、そうだなぁ。ネタ提供用にオカルトに詳しそうな人が居るから紹介しようか?」
「「「是非お願いします!!」」」
「ではそのように。今月分のお金を置いておきますね。組織再編や退職金については後日ということで。」
マスターはカネの入った封筒を置くと、空間移動で別の場所へ飛ぶ。
ドグシャァ!
「いやああああ!シュン、大丈夫!?」
「こんにちは、トウカさん。弟君は居ます?」
「ごきげんよう、マスターさん。貴方の足の下に居ますわ。」
「それはちょうど良かった。」
「良くねーよ!イキナリなんだ?ケンカ売ってるのか!?」
「そーよ!まず足をどかして謝るのがスジでしょう!?」
マスターが飛んだ先はNTグループ本社の会長室だ。月末ともあって書類仕事に追われているトウカ。手伝っているのは彼女の弟ハロウと相方のヘミュケットである。
ハロウは移動後のマスターに椅子ごと踏み潰されてしまった。
「これは失礼しました。綺麗に直しておきますね。」
マスターの白い光で綺麗に直る。砕かれた椅子だけ。
「あいたたた、椅子だけじゃなくてオレも治せ!」
「冗談ですよ。ところでハル君とヘミュケットさん。アルバイトとかしてみる気は有りません?」
「見ての通り忙しいんだよ!なんで会長の弟がバイトなんてしなくちゃいけないんだ!!」
「なんで私もなのよ。吸血鬼なんて誰も雇わないでしょう?」
「それとトウカさん。持て余し気味の物件とかあれば、幾つか売って欲しい。」
「良いわよ。全国各地、よりどりみどりよ。」
「「無視かよ!」」
「助かります。こちら、近い未来のニュースデータになります。」
「ありがとう。この2人は好きにして良いわ。物件も好きな物を好きなだけ持っていっていいわよ。はい、リスト。」
「姉さん……こんな変な男に入れ込みすぎだろ。」
「義姉さんからの扱いが、蝙蝠どころか虫以下になった気がするわ。」
「取引材料として、確実にNTの役に立っていると思いますけどね。」
「「…………」」
お茶を持ってきたスイカにまで言われたい放題なハロウ達。
彼らは今後、新生・コジマ通信社のアドバイザーを副業とする事になる。仕事で各地を飛び回る一方で吸血鬼絡みの伝承を追っていた2人にはお似合いのアルバイトであった。
サクラ探偵事務所は改名・再編されて実質フジナカ家の物となる。社長の座に就いたイタチは、自分の国を手に入れたぞ!と大変ご満悦だった。
アオバはコレには参加せず、サクラの子育て等を手伝いながら自分の人生の模索を続けている。
サークル・コジマ通信社の代表は元編集長のチーフとなる。サクラは子育ても有る為、代表からは降りた形だ。
サクラ父は非常に、非常に羨ましそうな目で彼らを見ていたが彼が市長を引退するのはまだ先の話である。
…………
「ありがとうございます!これでまた頑張れます!」
「助かりました!おかげで彼と仲直りできそう!」
イタリアの甘そうな名前の港町にある小さい相談所。
その店の店主にしてセラピストのトモミは、訪れた客の心をほぐし・癒やし、悩みを解決することで生計を立てていた。
「精神干渉」のチカラを使った仕事ぶりは評判で、知る人ぞ知るといった感じだが徐々に客足は増えていった。
しかし……。
「ありがとう!君はオレの天使だ!よかったら今晩――」
「それは要らないわ。帰りなさい!てい!」
「ひえええええええ!バケモノーーー!!」
お国柄かナンパをする男性客も多く、うんざり気味の彼女は相手に精神的ダメージを与えて追い返すことも有る。それもあって店の経済状況は大盛況という所までは行ってない。
「はい、次の方どうぞー。」
「こんにちは、さっきの人どうしたの?泣きながら帰って行ったけども。」
「○○ちゃんが会いに来たって事は、ケーイチさんとの再会?それとも私をオーダーかしら?」
「どちらでもないよ。ある意味後者か?」
「ガタッ!」
「落ち着いて、そういうのじゃないから。」
8月5日。トモミの相談所に客として来店したマスター。待ち時間中に客との信頼関係も調べてみたが、一部を除いて上々のようでほっとしていた。
受付や待合室、そしてこの診療室にはそれぞれ別のアロマが焚かれていて素直な心をさらけ出しやすくなっている。
「落ち着いた良い店だね。大繁盛では無いけど、信頼を勝ち得ているようだ。」
「まあね!でも男性のお客さんは行き過ぎる人も多くて、オシオキしたら2度と来なくなる人も多いわ。」
「モテるのも考えものだね。」
「それでアケミさんとケーイチさんはどうなったの?」
「アケミはあの世で就職したよ。閻魔様に気に入られたようだ。トキタさんは以前のオレと同じで、異界生活に馴染ませてる。女の子付きの生活で心を洗っている最中だよ。彼はメンタルに相当キてたからね。」
「アケミさんの人生、波乱万丈すぎやしない?ケーイチさんはそれこそ私の出番じゃなかったのかしら。次から次へと女の子を充てがう必要ある?」
「君相手だと解り合い過ぎて馴れ合っちゃうんだよ。だから流されて失敗した。今回は割と相性の良い相手だと思うよ。」
「うぐぐ、正論すぎて言葉もないわ。でも○○ちゃんの態度が冷たいのがグサっとくるんだけど。昔はあーーんなに、私の事好き好きオーラがダダ漏れてて可愛かったのに!」
『ふーん。ほーん。』
過去の女の暴露に妻が意味深な反応を示した。
「うぐっ、オレってそんな風だったのか?ていうか妻も聞いてるんだから滅多なことは言わないでくれよ。」
「ふふーん、冷たくした罰ですよーだ。」
「悪かったよ。言い方には気をつける。あと妻は妊娠したから情緒安定の為にも頼むよ。な?」
「まぁ、おめでとう!あの○○ちゃんが2児のパパ、ねぇ。奥さんの情緒がどうとか言うなら、それらしく振る舞ってね。」
「むぅ、正論すぎて言葉もないな。」
「ふふふ。」
『クスクス。やられたわね。』
「ともかく、彼の人生が軌道に乗るまでは再会はナシの方向で。向こうもそれどころじゃないせいか、聞いてこないしな。」
「あー、またぁ!そういう寂しいこと言わないでよぉ!ただでさえココに来て気楽に話せる人は少ないのにー。」
「ごめんごめん。悪気はないんだよ。寂しいならそうだなぁ、同窓会でも開こうか?」
マスターの提案に驚き思案するトモミ。少しすると両手を打ち目を輝かせて同意してくる。
「それ良いわね!みんなどんなオトナになったのか楽しみよ。当日の私のエスコートは○○ちゃんがしてね!」
「オレは前面に出るわけには行かないだろ?セッティングはいかようにも出来るけどさ。」
国籍も人権も記憶もない犯罪者が混ざってたらパニックになるのでマスターは表立って参加はしないつもりだった。
トモミも改変して行方不明扱いなので、本当は顔出しはマズイのだが、犯罪者ではないので言い訳する事はできる。ケーイチからの追跡の可能性も無くなった以上、多少は大丈夫だろう。
「私も似たようなものよ。だから私達が腕組んで現れたらみんな驚くわよぉ。きっと大騒ぎ!」
「騒ぎはマズイだろう。でも待てよ?少し趣向を凝らせば、きっと物凄く思い出に残る物が出来るかもな。」
「あ、その顔知ってる。自分だけが楽しいコトを考えて、はた迷惑なコトを企んでるときの顔よ。」
「トモミも同じ顔してるじゃないか。なら決まりだな。すぐに開催ってわけには行かないけど、2人でバカみたいに盛り上がる同窓会を開こう。」
「乗ったわ!」
ガシッ、バサッ!
マスターは握手を求めてそれに応えるトモミ。だがそこで終わらず彼の手を引き寄せ、勢いをつけて抱きついていく。
「ありがとう、○○○君。」
「……どういたしまして。」
今日ここにマスターが来たのは彼女のメンタルケアの為だった。ケーイチやアケミ、仕事の事などでモヤモヤしていたトモミ。
うざい相手とは言え、客に精神ダメージを与えて追い返す程に心にキていた心理セラピストをケアしない訳には行かなかった。
『ふーん、ま、いいけどぉ。ふーん。』
『オレの1番は○○○だから!本当だって!』
『それは知ってるけどぉ。彼女が”特別”なのも知ってるしぃ。』
『だからそれは過去の事で――』
『今もデレデレして見えるけどぉ?振りほどかないのはなんで?』
『解っててそう言うのはやめてくれ。何にもならないだろ?』
『うふふ、ごめんなさい。もう言わないわ。うん、解ってるから。』
(あら?今日は抵抗しないのね。なら、ぎゅー!)
トモミは訝しむが、妻とのやり取りで必死だったマスター。かと言って、ケアしに来たのに拒絶するわけにもいかない。
ここぞとばかりに両腕の圧を高めるセラピストであった。
…………
「社長、最近また増えてきましたけどどうにかなりません?」
「あら、魔王事件の子供は認知しないハズでしょう?」
「いくらそうしてても、こうもソレ絡みで出動してたら気にはなりますよ。あいつら孫請けひ孫請けでやり始めたし。」
8月11日。相変わらず世界中を飛び回り、子供の誘拐・回収の事件を処理してきたバイト君。一時は魔王をダシにした商売は減ったが、ここの所は手の混んだ方法で再燃している。
正にネット上でよくある、消せば増える法則だ。
「どの道あの数の子供全員を手に掛けるのは無理よ。今だって犠牲者は全体の1%も出てないわ。」
「割合で言ったらそうでしょうけど、シャレにならない数ですよ。下手な戦場の被害者より犠牲が出てます。もう、不憫で不憫で。」
「貴方が1仕事終える度に奥さん達にあやしてもらってるのは知ってるわよ。悪魔になってもイマイチメンタルが弱いわよね。」
社長の言う通り、1つの案件が終わる度に魔王邸で回復を受けているバイト君。
普段は例え人間相手でも普通の事件ならドライに対応するし、悪魔屋敷の料理の仕込みで人間をバラす時はロールプレイで対応することで慣れた。だが仮にも自分の娘達が犠牲になるのを見続けるのは心に優しくない。
先日はセラピストの心を癒そうとしたが、本人もケアが必要な状態だったのだ。
今はまだ妻とカナのおかげで正気は保てているのが救いである。
「半人前なのは認めますけどね。なんとかなりません?」
「焦らなくても対策はしてるわ。でもそうね、バイト君が頑張れば早く収束するとは思うわ。例の魔王剣、挑戦してみる?」
「もちろん!すぐにでもお願いします!」
「どうどう、月末まで待ちなさい。ほら、例の研究なら今から手伝ってあげるから。」
もっともそうな事を言いながら、奥の部屋へ連れて行かれるバイト君であった。
…………
「では今月の結果を聞こうか。」
「はっ、全員1ミリも上昇しておりません。今後は更なる情報収集と別パターンの試行が必要と思われます。以上!」
薄い茶色の輝く髪を持つ仮面の女が報告を求めると、別の仮面を被った女が簡潔に、容赦のない報告をする。
「今回も1ヶ月の努力が10秒で纏まってしまったな。こうも成果が無いと、予算がカサムだけで虚しさすら覚えるな。」
「恐れながら、子供の夏休みの自由研究の方がまだ有意義です。そもそも神族は完成されており、成長は難しいと思われます。」
「解っておる。だからこその集会なのであろう。」
「「「…………」」」
神歴XXXXXXX年8月31日。地球から見て、神界と呼ばれる上位世界。地球で言うなら、まるで聖堂のような雰囲気の神々の住居。
それらが並ぶ街を治める役場はさながら大聖堂だろうか。
その荘厳な建物の中にある会議室で、仮面を被った女性5人がどんよりとした空気を発生させながら沈黙の迷宮に陥っていた。
トントン。
「誰だ?今は崇高な会議の最中であるぞ!」
豪華な扉からノックの音が聞こえ、側に居た仮面の女が扉ごしに声を掛ける。
「こんにちは!地球の異界の領主にございます。」
「ほう、珍しい客だな。棄民界の領主か。入るがよい。」
この集会のリーダー格の仮面の女が大きくはないがよく聞こえるという不思議な声で入室を許可する。
「失礼します。ビゲン会の皆様、ごきげんよう。」
領主はカーテシーにて挨拶すると、豊かな胸が重力と手を繋いでダンスステップを踏む。
ビゲン会と言われた仮面の女性はそこを睨んで歯ぎしりや舌打ちをしそうになる。しかし後ろに黒装束の見知らぬ男性を見つけて堪える。男の前でみっともない真似はしたくない女心からだ。
ちなみにビゲン会とは、美容限界突破研究会の略称である。
「して何用だ?見知らぬ男を連れ込んでまで。」
ビゲン会のリーダー格の神が要件を聞いてくる。声の大小に関係なく伝わるという事は、なんらかの精神干渉があるのだろう。
「はい、この者は私の契約奴隷でございます。此度はこの者が望む装備を与えたく、鍛冶神の紹介を頂きたく参上しました。」
「ふむ?お前が直接要求を突きつけるなど珍しい事もあるものだ。そこのお前、私が許す。名を名乗れ。」
「はい、○○○○・○○○と申します。訳あって名前が消えた、不詳者にございます。領主の下では何でも屋を装い微力を尽くす日々を送っております。」
「うむ。名前が消えたとな。数ある地球の1つでは神出鬼没の名無しが猛威を奮っていると聞いたことがあるが、そうかそうか。これは面白そうな男を連れてきたものだ。」
「さすがは上級神様でございますね。お耳に届いてましたか。それで、この者の哀れな願いをお聞きいれくださいますか?」
「鍛冶神は同系列と言えなくもないから紹介くらいは出来る。だがタダで、っという訳には行かないな。」
「もちろんでございますわ。この者は仮にも何でも屋。ならばその労働でお返しするというのは如何でしょうか。」
仮面の上級神は少し考える。
何でもという事は自分の、いや自分達の悩みを解決出来る可能性。
しかし問題も有る。悩みを解決するということは、神体への干渉に成功すると言うことだ。難易度はかなり高い。
それに相手は男である。一般的にはおいそれと伝える事すら憚れる事柄なのだ。だが棄民界の領主はすこぶる有能である。なんの算段も無しに訪れるような愚か者では無いはずなのだ。
非常に悩ましい。
「クロシャータ様、ここは1つ、テストをしてみては。」
隣の仮面の女がリーダー格の神・クロシャータへ耳打ちする。それに納得した彼女は考えをまとめると
「そこの何でも屋。問題は私の望む事が出来るかどうかである。ではこうしよう。面接と実技において信を勝ち取れ。最後に私の願いを叶えたのなら、鍛冶神を紹介しようではないか。」
「不詳者に機会を与えてくださり、感謝します。」
バイト君は、なんか話が違うぞ?と思いながらも頭を下げる。
後は頑張りなさい。と小声で言ってくる社長を心のジト目で見つめるが、効果も意味も無かった。
…………
「ではコレより面接を始める。が、最初に言っておく。これは貴様の本質を視るものだ。畏まった言葉は不要、素で答えよ。」
「わかりました。そのようにします。」
「それが素なのか?」
「目上の方との素です。」
長いテーブルの中程の席に座らされ、仮面を取った周囲の神々から興味津々の目を向けられるマスター。
冷静に答えているように見えるが実際はこの部屋に入ってからずっと、一言発する前に毎回時間を止めて適切な言葉を考えている。でなければ社会不適合者がやり取りを出来る場所ではない。
ちなみに社長は先に帰った。もう自分の仕事は終わったとばかりに、まるで逃げるように去っている。
「うむ。それでは質問を始めよう。まず、何が出来るかだ。」
輝く薄茶髪のクロシャータが宣言とともにすぐ質問に入る。
「はい、私は飲食店の経営者を本業としています。何でも屋は副業ですが、片手間というわけでありません。依頼内容は護衛や治療・救助。暗殺や戦争、破壊や隠蔽などの工作。子孫の作成など多岐にわたり、依頼達成率は99.99%を越えてます。」
「ふむ、正に何でも屋だな。成功率も高い。」
クロシャータは満足そうに頷く。彼女は仕事内容の中に自分達の依頼に繋がる物を見つけて、まずは話を続ける気になったようだ。
「では私から。貴様は貴様の世界では優秀なのだろう。だが100%の達成率ではないのが気になるな。どんな依頼で、何で失敗したのか聞かせてくれ。」
「はい。とある非正規部隊への同行依頼でミスをしました。本来なら目標のモノを手に入れ依頼人に渡すまでの簡単な仕事でしたが、目標の物が彼らに扱いきれないモノと判断して説得を試みるも失敗。敵対して契約の解除になりました。」
「ふん、取引相手と言えど絶対服従ではないのだな。」
気に入らなさそうに鼻を鳴らすが、実は彼女は満足していた。自分で考える頭は一応あるという事だからだ。
「次は私から。危険なモノなら依頼人にすら敵対してみせるとの事だが、そもそも暗殺や戦争など後ろ暗い仕事もしてるだろう。その辺の考えを聞かせてくれ。」
「人の世は陰謀と戦争の歴史でもあります。つまり人の営みの1つであり、人の手を越えるものではございません。オレは元人間ではありますが、家族の支えもあって仕事に臨んでます。」
「ほう、家族か。家族が有りながらそんな仕事をするとは、とても正気とは思えぬな。」
一刀両断する質問者だが、言うほど軽蔑してはいない。
戦争も人間の営み。それを踏まえた上で参加し生き延びた男として一定の評価をしていた。
マスターからしたら強制参加なだけだったのだが、そこはそれ。
「では私だな。仕事内容に子孫の作成とあるが、貴様は家族がいるのだろう。その仕事は妻への不義理ではないかね?」
「ごもっともです。ただ周囲の環境や契約・状況を鑑みるに縁は逃さない方が良いと、妻と話し合い判断しました。もちろん妻を第一とし、他の女性はルールと節度を持って関係を保つことでより良い結婚生活を送る事にしました。」
「ふん、その数はいかほどか。」
「全体数はソコソコの人間の国が1つ埋まる程度。関係を続けてる方は100人は居ないでしょうか。」
「貴様が女の敵であるというのはよく理解した。」
睨んでくる質問者だったがその瞳の中には侮蔑だけでなく期待の視線も紛れていた。
「では私の番だな。貴様は治療も仕事にしていると言ったが、どこまで治す事ができるのだ?」
「治すというより、修復と言った方が正しかったかも知れません。相手の精神・時間・空間に干渉しての再構築を主に使用しています。なので身体の欠損くらいは治せます。人によっては気にする場所を改変して治療することもあります。また神達の前で言うのは気が引けますが、条件次第では死者の蘇生のマネ事が可能です。」
「「「!!」」」
「神の作った摂理を覆すとは、なんたる愚か者だ!素晴らしい!」
言ってる事が間逆な質問者さん。ガタッ!と腰を浮かせて、目を輝かしている。
「落ち着け、心を透かすでないわ。あくまでこちらが審査する立場ぞ。」
「失礼、では続けてもう一つ。条件と言ったがそれは何だ?」
「世界のルールですね。その穴を掻い潜って……正確には流れを誤魔化して行います。場合によっては手痛い代償もありえるので蘇生の回数事体はかなり少ないですが、可能ではあります。」
「うむ。あの棄民の領主め、とんでもないのを寄越したわね。」
「これで一周したな。貴様については大体わかった。私からの最後の質問で面接は終わるとしよう。」
クロシャータがコホンと威厳と可愛らしさのある咳払いをしてマスターをまっすぐ見つめる。その瞳には真っ向から勝負を掛ける戦士のような気迫があった。
「貴様は、女性の胸についてどう思う?」
「はい、生きた芸術だと考えております。」
彼女の質問に淀みなく答えるマスター。社長からのアドバイスに関わる質問が出てきたことで、若干食い気味に答えていた。
「生きた芸術……ふむ。その心をもう少し聞かせてくれ。芸術と言うからには評価基準も有るのだろう?」
「基準は至極単純、相手を惹きつけるかどうかだと思います。」
「それはやはり大きさか?」
「それは関係ありません。大きさは目の引き易すさには影響を及ぼしますが、大事なのはそこではないです。むしろ小さくてもガン見されるものですよ。」
「「「そんなバカな!」」」
マスターの言葉に、クロシャータを除いた4人が叫んで否定する。
「男は皆、大きさばかり気にしている!」
「そうよ、視線も巨乳女神ばかりに釘付けじゃない!」
「男神達の猥談でも大小の話しかしてないわ!」
「その時小さい側として名前を挙げられ、嘲笑される気持ちが貴様にわかるか!!」
「異界の奴隷よ、あまり適当な事を言うものでは無いぞ。我らは見ての通りの、男に煮え湯を飲まされている体型だ。」
クロシャータは冷静を装いながらも、言葉の端に怒気を含めながらマスターに忠告する。
そう。ここに集まる5人の女神の胸部は、とても慎ましかったたのだ。
「なるほど。どうやら神といえど女性は女性でしたか。では少し解説する時間を頂いても構いませんか?」
「あくまで発言を撤回しないつもりか。良いだろう。だが我らを納得させられねば生きて帰れぬと知れ!」
不敵に笑みを浮かべながら5人を見回すマスター。
内心シャレにならないくらいブルっているが、既に面接前に妻にセーブクリスタルを転送しているので強気で行く。
「まず、男が性的興味を持つのには曲線が必要です。女体の丸みに目が行くのは視覚で曲線を捉えたからですね。他にも嗅覚・聴覚・味覚・触覚を通して脳に曲線の信号が――」
「そんな御託は良い!我らの胸で惹きつけられる事を証明しろ!」
「大事な事なんですけどね。要は男に幻想を見せ、妄想をさせる。そうすれば大小に関わらず、見たい・触れたい・しゃぶりつきたいと思わせて相手の思考を単純化させられるという訳です。」
「そうは言うても事実、大小の話や視線ばかりではないか!」
「目に見え・聞こえる部分からしか情報を取らないからそうにしか見えないだけです。男同士が胸の大小の話を振るのは、相手が仲良く出来る存在かどうかを調べる鉄板のネタ振りテンプレの1つだからです。本気でどうこう言ってるわけじゃないですよ。」
※ 尚、地域や年齢等により極度に個人差があると思われます。
「「「なん、だと……?」」」
「考えても見て下さい。胸に関しては大きさだけでなく、部位によって形・色・ニオイ・さわり心地、更には本人の仕草や将来の母乳に至るまで、組み合わせはほぼ無限に近いパターンがあります。単純な大きさだけでは何もわからないに等しいのです。」
「「「う、うむ。しかし……」」」
(((こいつ、ヘンタイではないか!?)))
マスターの解説の言葉に、女神たちの心が1つになった瞬間である。余計な事を言ってこじれても良くないので口には出さなかったが、それを我が意を得たりと勘違いしたマスターが先を続ける。
「それでも男達がその話題を振るのは、大きさの話題からどう話を広げるか、どう返すかを見て相手の人となりを探っているだけです。それを真に受けて凹むのもお可愛いですが、関係ない男まで巻き込んで非難するのはどうかと思いますよ?」
『あなたが言えたことかしらね?』
『旦那様もたまーにしてるんじゃないカナ?』
尚、マスターも若干の女性蔑視をしている部分もあるので、盛大にブーメランが刺さっている。
「「「…………」」」
「話は分かった。しかし現実として我らは苦痛を感じている。どうすれば良いか、男の側から意見を言ってくれ。」
ビゲン会の、暗に知った風な事を言うなという視線と言葉にマスターは続ける。
「単純に大きくしようとするのではなく、自信を持って着飾るなり仕草を覚えるなりしてみては如何でしょうか。男が望む仕草と言うのは馬鹿らしく思えるものが多いと思いますが、それをした者達ほど男を惹き付けていると思いますが如何でしょう。」
「「「一理ある。とは言え……」」」
「自信か。それが無いからこうなっているのだ。デートに誘われる事すら無い我々では袋小路に陥っておる。貴様にそれをなんとか出来るのか?」
「個人的にはコンプレックスに悩む仕草も可愛くて良いのですが、それで納得できないのならご依頼くださればなんとかします。」
「ふむ。皆の者はどう思う?私としてはコヤツは合格だ。」
「「「異議なし!」」」
ただ胸について語っただけのマスターだったが、どうやら面接は合格したようだ。
…………
「では次は実技なわけだが、少々問題も有る。」
「まぁ、オレは男ですしね。気持ちはわかりますよ。」
胸を改変するということはマスターにそこを晒す必要がある。だがクロシャータは別の事を提示してきた。
「お前が男なのもそうだが、我々神々の身体は変化に乏しい。今の姿で完成されていて成長という物がほぼ無い事だ。」
「あー、なるほど。それは確かに問題ですね。」
面接が終わって実技の話に移るが、提示された問題にマスターも同意する。キサキや当主様の身体の問題に近いモノだったからだ。
「その態度、何か心当たりがありそうだな。大丈夫なのか?」
「お前は元人間の人外。神の身体に干渉出来るとは思えん。」
「だが蘇生が可能であるなら、手立てはあるのでは?」
「たとえ成功しても他の神に目をつけられそうよね。」
「後の問題については考えがある。まずは成功させてからだ。それでお前、まずはお前のチカラを教えて欲しい。」
「商売道具なんで部外秘でお願いしますよ?」
「「「コクリ。」」」
「先程も少し明かしましたが、時間と精神への干渉。場合により奥の手もありますが、これは伏せさせて下さい。」
「なるほど、時間の操作が出来るのなら思いのままだろうな。今までは、だが。」
「はい。弱点は変化が無い者に干渉しずらい点です。精神の方と組み合わせてある程度は可能と思いますが、やってみなければわかりません。しかし女神に肌を晒させて失敗しようものなら、いくら不詳のオレでもタダで済まないのは解ってます。」
「うむ。その慎重さは買おう。では成功率を上げるにはどうすれば良いのだ?」
「強い心を持った方が大前提で、オレを信用して頂ける程に可能性は上がるでしょう。それで成功すれば次からは安定して施術できるかもしれません。」
「つまり神に柱になれというわけか?奴隷悪魔風情が!」
「その通りです。ですがいきなり女神で試す必要もないでしょう。神界の物で何かを貸してもらえれば、練習が出来ます。」
「それもそうだな。ではこの万年筆をどうにか変化させられるか?不壊属性を載せた物だから練習には良いだろう。」
「お借りしますね。むん!」
差し出されたそれを受け取り、白と黒の混ざったチカラで包む。アケミの時と同じでそこに込められた願いや思いを読み取るだけでなく、重ねていく。
「「「ほう……」」」
周りの神たちもその光景を前に興味津々と言った感じだ。
(これは彼女の家族から贈られたモノ。一生使えるように工夫を凝らされた逸品だな。これをオレが改変するなんて、とんでもなく無礼な話だが……良いのか?)
マスターはチカラを通して探っていく。すると進化の意思を感じ取る。どうやら付喪神化しているようだ。
(なるほど?ではこの意思に合わせて……ああ不壊属性が邪魔してるのか。これを解析して横に置いて……うん、よし。)
意思にチカラを通してどんどん改変を進め、最後に取り払った属性を付与して完成。光が収まるとそこにはゴージャスな万年筆……風のボールペンが存在していた。
「出来ました。大切にされてたのですね。付喪神になってたので割と簡単に変化できましたよ。」
「なんと!父より賜った万年筆を改変したとな!?」
「やあクロシャータ様!おかげで立派なボールペンに成れたよ!」
「「「しゃ、しゃべったああああああ!!」」」
こうしてなんとか信用を勝ち取ったマスター。ありえないチカラを見せた彼は、女神の胸を成長させる依頼を受けることになる。
クロシャータを代表として契約書を交わし、後はお互いの約束を果たすだけとなった。
…………
「あ、あの。私のは本当に小さいと言うか、無いに等しくて……。あまりじっくり見られるのはとても恥ずかしいの。」
クロシャータの自宅、その寝室に案内されて寝間着姿の彼女と対面するマスター。ベビードールを纏う彼女は胸の膨らみこそほぼ無いものの、とても美しい姿であった。
先程までの上から目線の物言いではなく、極度に恥じらい可愛さがアップした女神。マスターを一旦外に待たせてその姿になったのは女の意地であった。
「とてもお綺麗ですよ。もし恥ずかしさに耐えられなければ、完全に医者モードで施術しますが。」
「きれッ!?初めて男に晒して事務的にされてはプライドが許さぬ。だが紳士的に、優しく、丁寧に頼むぞ……頼むわ。」
「ではそのように。まずはオレの目を見て下さい。」
ゆっくりと近づき、距離で手を握って視線を交わす。
しばらくそうして彼女が目を逸らしそうになったところで軽く抱きしめて鼓動を伝え合う。鼓動はチカラを使って相手にダイレクトに観測させておく。
「こ、ここここんなにドキドキするものなのだななななな。」
「安心して下さい。この美しさを壊さぬよう、優しく致します。」
「はううう。」
腰に手を置いてベッドへ座るように誘導する。
ちょこんと座ったクロシャータは胸のあたりを押さえて伏せ目であわあわしている。
「ここまで震えさせた状態ではよろしくないですね。正面からが難しければ、まずは後ろから失礼します。」
「ッ!~~ッ!!」
「落ち着いて、大丈夫です。オレは貴女の味方ですよ。」
ベッドに座る女神の後ろに回ってお腹に手を回して抱きしめる。右側のお耳に顔を近づけて囁いて落ち着かせようと試みる。発声の為に息を吸うといい香りが鼻を突く。
「とてもステキな香りがしますね。思わず吸い寄せられそうです。」
「くふっ、ふわぁぁ~~~ッ!!」
勝手にお耳を甘噛みしながら吐息をかけ続けると、震えが止まってされるがままになる。そこそこの所でやめると不思議そうな、若干うるんだ目を向けて抗議する。
「も、もうしないのか?」
「震えは止まったみたいだけど、もっとシて欲しいですか?」
「ま、まままだ微かに震えが残ってるわ。というか最初はキスとかするんじゃないの?」
(あれ?目的はバストアップのハズじゃ?完全にソッチを求められてる?)
「あ、ちがッ!これはチガウのよ、うん!」
不思議そうなマスターの表情に、何をするはずだったか思い出したクロシャータは慌てて言い訳しようとするが言い訳になってない。
「焦りすぎですよ。安心して、今は貴女の夢を壊したりしない。」
「!!」
尚も言い訳しようとする彼女の顔を押さえて唇を重ねる。
チカラを通した窒息寸前・脳に刺激直撃のソレで力と思考能力を奪い、軟化させていく。
唇を離してヨダレが後を引いて垂れ、汚してはいけないなどとテキトーな事を言いながらベビードールに手をかけるマスター。
「ぁ……ぁ?」
抵抗されること無く寝間着を取り払い、目的の場所が晒される。
「とてもお綺麗です。この美しさ、誰も求めないなんて他の男は勿体ない真似をしましたね。こんなに輝いてて、惹きつけるのに。」
そこを褒めながら手をかざして、チカラで輪郭を羽根でなぞるように弧を描いて行くと彼女の手で遮られる。
「あの、その!やっぱり恥ずかしくて……」
「大丈夫、力を抜いて。平気だよ。」
ちょっと正気に戻ってババッと手で隠す女神だが、優しくその手首を掴んで自分のとある場所に誘導する。
「この通り、貴女はとても魅力的なんだ。隠さずに見せてくれたら、今は貴女の望む事を叶えてあげるよ。」
(あわわわわ、私でこんな事に!?馬鹿にされ続けて何万年も何も無かったこの私が、初対面の男をこんなにさせたの!?)
顔を真っ赤にして現状を把握していくクロシャータ様。
(待って、この機会を逃したら私は……また何万年も?)
ちょっと把握しすぎて飛躍しちゃったクロシャータ様。
「も、もう抵抗しない。だからその。○○○って呼んで良い?」
「良いですよ。さすが女神様、消された名前も呼べるんですね。」
「XXXX。私の本当の名前。XXXXって呼んで。だから……お願い!」
思わず神の本名をも晒してまで求めちゃうクロシャータ様。
あくまでマスターに言った名の為、伏せ字でのお届けとする。
『一応依頼という形ならあの契約書抜きでも良いけど、相手が相手だからちゃんとしたほうが良いかもしれないわ。』
『それもそうだな。』
殆ど無い胸の間にちょんと指で押すと今回の契約書が浮き上がる。
「ではこの紙に追加しておきますね。貴女ほどの上級神ならきちんと体裁を取るのも大事ですよ。」
「うん、はい!お願いします!」
一瞬で言い訳を書き連ねて更新が終わると彼女をベッドへ寝かせる。女神の態度からは完全に上から目線が消えていた。一瞬で服を脱いだマスターはそっと手を伸ばす。
「では施術(言い訳)を開始します。リラックスして下さいね。」
「うわわ、こんなにおおきッ!?よ、よろしくお願いします!」
2人は重なり合うと全身を白と黒のチカラで包む。
その中での求め合いから、彼女の理想の姿を引き出したマスター。女神の想いにチカラを染み込ませて、成長しないハズの身体を変化させていく。
充分な時間を掛けて全ての工程を終わらせてチカラを解除すると、クロシャータの胸はBカップにまで成長していた。
「す、凄いわ!何万年も何をしても変化がなかったのに!!あいたたた……」
喜んで自分の感触を確かめる女神だが、その部分も下の部分も痛みを感じて悶える。
「乱暴にシてはいけません。胸は成長の因子を埋め込んだばかりだし、下も痛覚麻痺を解いたから……」
「そんな細工を?通りでさっきは……ありがとう、○○○。こんなに優しくしてくれる人に出会えて嬉しいわ。ねえ、胸の成長ってどこまで行くのかな?」
「今はBで半年でDくらいにはなるはずです。きちんとサイズに合わせて下着も新調して下さいね。」
「うん!ああ、女神を始めてこんなに嬉しい事があるなんて!」
「出会った時の凛々しい感じもいいけど、今みたいに笑っていた方が似合いますね。」
「はう!!あんな態度でごめんなさい。」
「別にいいですよ。どっちもXXXXは良い女神です。」
ぎゅー!っと抱きしめて顔中にキスをしてくるクロシャータ。
「ね、ねぇ。私とその、続ける気はない?」
「オレは妻子持ちですよ?一応成長が終わるまでは確認をしに来るつもりですが、あなたの体裁的にもよろしくないのでは?」
「半年だけじゃ嫌よ!それに、愛人いっぱい居るんでしょ?打算的な事は言いたくないけど、貴方を繋ぎ止める為なら敢えて言うわ。私を妾にしておけば他の神に狙われないし、その他御利益が大量に手に入るわよ!!」
あんまりな言い分だったが、本気なのは伺えた。
マスターは新しい契約書を出してクロシャータに見せる。
「これ、交際契約のルールです。これを守って頂けるならOKです。先に鍛冶師の紹介をして頂きませんと渡せませんが。」
「ふんふん。要は貴方の家族に協力的なら子供も許可されるのね。これなら平気よ。私の加護をあげるわね。私の属性からして悪魔でも問題ないハズだし!それとさっそく紹介状を書くわね!」
謎の光で適当にマスターを包んで加護を付与する。
悪魔の身体に神パワーが注がれたワケだが、彼女の言う通り問題はなさそうだ。
急いで便箋に紹介文を書こうとするが、再び痛みが走って動けなくなる彼女。
「あいたたたた……でもなんか幸せ。」
「無理しなくて良いですよ。ほら、ペンが。」
マスターが指を差した方を見ると、改変した万年筆型ボールペンが勝手に手紙を書いていた。
「クロシャータ様!ここは私に任せて下さい!」
「ははっ、優秀なペンじゃない。任せたわよ。」
「はい、貴女様の意思をそのまま書かせて頂きます!」
カリカリと紹介状を書いていくボールペン。その内容を確認すらせずにクロシャータはマスターにすり寄っていた。
「愛神じゃ響きが悪いわよね……なら現地妻が良いかしら。」
彼女は皮算用を始め、魔王邸のサポート室ではその役職名について、女達による審議が行われていた。
…………
「うん、話は解った。いや嘘だ、全くわからん。」
紹介された鍛冶の神・ヒートペッパーは、クロシャータからの紹介状を読み終わるとそう言った。
「へ?武器を作ってくれるように書いてあったのでは?」
「見ろ。お前という彼氏が出来て、現地妻を目指すとしか書かれておらんぞ。これで私にどうしろと言うんだ?」
「これは酷い。あのボールペン、なんてことをしやがる。」
「だがまあ、せっかくクロシャータに手を出した物好きが訪ねて来たんだ。万年雪を溶かした功績を讃えて話は聞いてやるよ。」
「ありがとうございます!」
万年雪?と訝しながらもどうでもいいかとお礼を言う。鍛冶の神はお茶を出すと早速本題に入る。
「それで、どんな武器をお望みで?」
「実はこういう、ちょっと変わったモノなんですけどね。」
マスターは3Dホロでイメージ映像を作り出し、ギミック等を熱く説明していく。
「なるほどなぁ。パッと見は短剣だがどっちかと言うと杖に近い。異界の民とは面白いことを考えるもんだな。」
「で、では!!作って頂けるので!?」
「どーどー、おちつけー。これだと私1人じゃ無理だねぇ。こういうカラクリが好きな奴との合作になるなぁ。それにこの内部の機能?これは既存の金属じゃぁ再現出来ないよ。このイメージ映像は凄いけど、設計が穴だらけだし。」
映像を見ながら顎に指を当てて考える。この剣とも呼べない一見ガラクタ作りにしか思えない依頼を、どうすれば達成できるか考えているようだ。
「うぐっ、素人ですみません。」
「いーや、謝ることはないよ。やりたいことが解りやすいってのは良いことだし。これだとそーだなぁ。基本機能だけの試作品をまず制作して、本チャン作るのはここの部品の金属を調達出来たらだね。」
宙に浮かぶ魔王剣(仮)の映像の一部をツンツンと示しながら、試作品を提案してくる鍛冶の神。どの道新しいモノ作りというのは試作を繰り返すものである。
「とゆーわけで、やってみようじゃないか。じゃあカラクリ得意な奴呼んでくるから待っててー。今日は打ち合わせだけでもやっておかないとねー。」
その後、紹介された鍛冶師を含めて3人で酒を飲みながら語り合う。武器の機能や報酬のすり合わせだけでなく、異世界の事情やクロシャータの事を根堀り葉掘り聞かれる。
さすがに乙女のヒミツは守り抜いたが、この日を境に彼女のウワサは広がっていく。半年後にはビゲン会の5人全員が貧乳を脱する事で、ゴシップ雑誌や新聞でかなり注目されることになる。
こうして概ね神界に歓迎されたマスター。魔王剣(仮)の試作品が出来る日はそう遠くはない。
…………
「ただいま戻りましたー。社長、無事に話は付けて来ましたよ。」
「お、おかえりなさい。ええ?どうして無事に帰ってこれたの!?」
「あ、その反応……やっぱりオレを置いて逃げたんですね。」
「領主様……またですか?」
「だって、万年無乳の神々に囲まれて睨まれてごらんなさいよ!正直生きた心地がしなかったわ!!」
社長は腕で胸を押さえながらガクブルする。どうやら彼女は、計算の通じない純粋な感情にも弱いのかもしれない。
「もう無乳じゃないですよ。全員半年後には平均Dカップです。」
「「神の身体を改変したの!?」」
「それでクロシャータさんが愛神になりました。本人は現地妻とか張り切ってましたけど。」
「「ななななな……ええええええ!?」」
「よりによって彼女を?彼女が何の神か知ってて言ってるの!?ちょっとバイト君?奥できっちり話し合いましょうか。」
社長は自身の予想を超えた結果に戦慄し、バイト君の腕をとって奥へ引きずろうとする。
計算では信用が取れない可能性の方が高かった。
もちろん成功の為の下準備はしてきた。ここ3ヶ月程で彼の魂は格段に強化・洗練させて来たし、前々から必要な勉強もさせていた。
だが神界の神々相手では取って食われる可能性も否定できなかった。
それでもチカラの可能性を考えて、泣き落としで紹介くらいはして貰えるだろうと考えていた。当主やキサキの様に保留で落ちつかせるものと思っていたのだ。
しかし上級神の心を落として帰ってくるとは思わなかった。
バチン!
「にゃあああああ!何よこれ、なんで私が弾かれてるの!?」
突如バリアが発動して吹き飛ぶ社長。クロシャータの加護である。どうやら胡散臭い女を弾くように設定してあったようだ。
後日。その加護を纏ったまま世界を駆けずり回ると、その周辺に畏怖が浸透していく。社長の言う通りマスターの頑張った結果、彼の娘達の誘拐事件は早めに収束方向へ向かっていくのだった。
お読み頂き、ありがとうございます。