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80 トキタ その4

 


「おはようございます、ケーイチさん。今晩は悪魔屋敷で七夕祭りですので、一緒におでかけ致しましょう!」


「おはよう、サイガ。オレはいいよ。まだ49日も明けてねぇし。」



 2012年7月7日。ケーイチは異界の神社の自室で目覚め、顔を覗き込む巫女のサイガに否定の返事をする。


「いけません!ケーイチさんはこちらへ来られてから、ロクに活動をされてないではないですか。いえ、お祈りを熱心にされてらっしゃるのは分かります。それは素晴らしいことですが、たまには外に出て遊びませんと、魂が淀んでしまいますよ?」


「悪魔屋敷って要はアイツの所属している所だろう?尚更行きたくねえんだよ。」


「色々あったのは伺いましたが、籠もって祈るばかりでは前に進めませんよ?私はここ数年で痛感しました!」


「巫女がそんな事言って良いのかよ。」


「事実です。籠もってもシイタケみたいになるだけです!」


「……あの神様を見てれば説得力はあるがな。」


「とにかく、まずは朝ごはんです!しっかり食べて今日1日の元気を得ましょう!そして夜は私とデートです。いいですね?」


 言いたいことを言って退出するサイガ。その後姿は美しい。


「まったく、妙なことになったなぁ。」


 ケーイチはこの神社に身を寄せてから、最初にこの異界についての説明を受けた。


 様々な異世界からの棄民の受け皿となっている世界。

 空は地球から見たのと同じことから、恐らく地球の別次元に作られたまるでゲームの中身のような世界。


(自分が追跡されることもないというのはありがたいが、問題はここの支配者達だ。)


 領主は年齢及び名称不詳の女。それを支える補佐官と呼ばれる狼らしき動物の妖怪。そして実務をこなす数多くの奴隷達。その中でも領主のお気に入りが、現代の魔王となった○○○○と聞かされた。


 この神社は以前、何かをやらかしてアイツの結界で男衆を全滅させられた。詳しくは仲良くなってからとの事だが概要だけでも面倒な場所だとわかる。


(何の因果か神主見習いか。ここの連中やアケミには悪いが、今は何も出来ない。アイツの管理下ってのも癪だしなぁ。)


 別にマスターの管理下ではないのだが、気分的にはよろしくない。長年の確執が自分の中にまだあるのを、自覚するケーイチだった。



「はい、今日はそこら辺の野菜の煮物です!たくさん食べて下さい!」


「いただきます。」


「このお味噌汁は裏庭に生えてた葉っぱを入れました!」


 やや雑なメニュー解説を受けながらも確かに美味しい品々を食べる。


「美味いな。和食は心が落ち着くよ。」


「よかったです!ささ、遠慮せずにもっとどうぞ!」


 この居間にはケーイチとサイガしか居ない。他の働き手は既に食べ終えて仕事に出ているようだ。


「なぁ、サイガさん。なんでオレを特別扱いしてくれるんだ?」


 死神と恐れられたケーイチも、今やお祈り熱心な穀潰しと言っていい。いくらマスターに頼まれたからとはいえ、大して親しくもない自分を献身的に優遇する理由がよくわからない。


「はい、私にとってもやり直すチャンスだからですよ。貴方はここで再起をかけることが出来る。それと同じ理由です。」


「でもその経緯はヒミツなんだろう?」


「はい!もっと仲良くなったらです!」


 にっこりと笑顔で返されて追求できないケーイチ。


「ここって色んなバケモノが居ると聞いたが、攻められたりはしないのか?」


「今は平気ですよ。男性が消える呪いがあったせいで他の人達は近寄りませんし。領主のお使い様のおかげで異界事体も平和になりつつありますし。でもお一人でフラっとお出かけになるのはお辞めになったほうがよろしいですね。」


「治安はイマイチなのか。それは地球でも一緒だったが……」


「はい!だからこそ、今夜のイベントには参加された方がよろしいかと思います。」


「どうしてだ?」


「顔見せの為です。悪魔屋敷でのイベントはお使い様、マスター様のチカラが存分に振るわれます故に大変人気でして。色んな勢力のお偉い方々も来訪します。そこでご挨拶をしておけば無駄に襲われる危険もなくなるというものです!」


 領主のお使い様というのが面倒になったのか、マスター様と呼称を変更して解説するサイガ。


「なるほどな。それでアイツがチカラを振るうイベントってどんな感じなんだ?」


「そーですねー。たくさんのお酒や料理が安価で振る舞われ、限定的に異界の一部を作り変えてお祭り騒ぎってとこですかね。今日は七夕なので神族の方も来るかも知れません。」


「アイツは人脈も人間離れしてやがるな。」


「でも参加した皆さんは楽しそうですよ。だいたいやりすぎて、領主様にオシオキされるまでがセットになっておりますが。」


「なんだそりゃ。」


 もっと言えば、更にカウンターで領主様を辱めたりする。


「毎回異界の結界を壊してますので……とはいえ仲は悪くないと伺っております。ここだけの話、昼間からお盛んな事もあるそうで。」


 後半は深刻そうな顔でケーイチの耳元に囁くように伝えてくるサイガ。ケーイチはこしょばゆい感覚に背筋がビクンとしながらも冷静を装う。


「朝からアイツの秘め事事情を暴露されても困るんだが。しかしアイツはどこに言ってもアイツのままなんだな、ククク。」


 ナニか始めるとすぐにやりすぎて、仲間や上司があたふたしてお叱りを受ける。その流れは地球だろうと異界だろうと変わりはないらしい。


「あ、興味が出てきました?やっと笑ってくれましたね!ぜひ今日は浴衣を着て参加しましょう!」


「コホン、そうだな。アイツの騒ぎに乗るのは癪だが、顔を売るのは悪くない考えだと思う。今日は案内を頼むとするよ。」


「はい、お任せ下さい!」


 小さくガッツポーズを取りながら元気に応えるサイガであった。




 その日の夕方。


 神社の全員が用意された浴衣に着替えて境内で待っていると、空間に穴が開いてマスターが現れる。


「こんばんはー。お?トキタさんも浴衣ですか。似合ってますよ。」


「へっ、お前に言われても嬉しくねーよ。」


「ダメですよ、そんな口を聞いたら!」


「いえ構いません。今日はちょこっと紹介の時間を作るので、挨拶を考えておいてくださいね。」


「おい、聞いてねえぞ?」


「ええ、今思いつきましたから。」


「思いついたのすら今かよ!さてはちょっと根に持ってるな?」


「さて、移動しましょう。てい!」


 空間の穴を投げつけられて、強制的に悪魔屋敷の正門前へと移動させられる。周囲には他の参加者と思わしき人……かどうかも疑わしい連中がわらわらと集まってきている。



「あの野郎め……わざと当ててきやがったな。」


「そんな態度だからですよ。マスター様は忙しい身です。どんどん話を進めないと、参加者を満足させられないとお考えなのでしょう。」


「そうかい。まったくどっちの味方だよ。」


「安心してください。私はケーイチさんの味方ですよ?この先この地で過ごす以上、そのルールをお教えしているだけです。」


「ああー、そうか。悪かった、サイガ。ありがとうな。」


 ちょっとフテくされるケーイチだったが、サイガの言葉に

 オトナらしさを取り戻す。ルールにいちいちケチを付けてたら何も進まない。


「はい!今日は2人で楽しみましょう!」


 サイガは彼の腕を取って悪魔屋敷の門をくぐろうとする。


「七夕イベントの参加者は中庭へー!入って左から回って下さい!お屋敷内には入らないように!マスターの結界がありますよー!」


 守衛さんらしき人が目を光らせながら誘導している。

 不審者の門前払いもだが、文字通り光って誘導灯になっていたりもする。ハイブリッドな守衛さんだった。


「よくぞ来た、神に仕えながらも悪魔の食卓に魅入られし――」


「すみませーん。ビール2つくださいな。」


「はい、お待ち!ってアンタ、あの時のヤバイ男ね!ウチの店で暴れたりすんじゃないわよ!?」


「え?お前は……?」


 名物店員のキリコの列に並んだ2人だったが、キリコの反応に困るケーイチ。彼は1度すれ違っただけの女をすっかり忘れていた。というか当時は別の顔に見えていたし無理もない。


「私は水星屋の店員サトウ・キリコッ!私のマスターに喧嘩を売るなら容赦しないわよ!あいたっ!」


 いきなり喧嘩腰のキリコの頭をぺしっ軽く叩いてマスターが現れる。


「お2人ともすみません。この子はサイトに偵察に出した事があって、その時にトキタさんの殺気にアテられたみたいです。」


「ああ、そういう……ていうか慕われてるんだな。彼女が嫁さんなのか?」


「ケーイチさん、違いますよ。キリコちゃんはマスター様の愛人の1人ですわ。」


「コイビトよ!」


 ケーイチの疑問にサイガが答えるが、直ぐに訂正を入れるキリコ。


「どっちでも良いけどよ。お前、そういう方面だけは変わったよな。」


「恐縮です。ささ、これはサービスしますので今夜はどうぞお楽しみ下さい。」


 これ以上時間を掛けるのもアレなので、体よく追い払って次の客を迎えるマスター達。現れたのは大先輩のサワダ・トウジだった。


「マスター、まずはビールと枝豆をくれ。もしかしてアレが言ってた戦友かい?」


「はい、お待ち!ええ、近接戦においてはかなりの使い手です。ナイトの決戦では彼も大活躍でした。」


「うーむ、そこまで強くは見えぬが……」


「チカラが卑怯じみてるパターンですから。でもオレよりは動けるはずですよ。」


「ほう、そうか。これは後で手合わせせねばな。」


「トウジさんが相手なら、きっと泣いて喜びますよ。」


 いろいろな意味で、である。トウジの逸話はサイトの近接戦闘要員の憧れであり目標だ。だがその訓練は厳しいと評判である。


 列をキリコにまかせて準備に戻るマスターは、こっそり2人のエキシビジョンマッチを入れようと思案していた。




「電脳メイドアイドル・シーズ!今年もトばしていくよ!」


「「「わあああああああああ!!」」」


 七夕イベントのオープニングはシーズのライブから始まる。

 マスターはライブの演出に紛れて、ウラで流しそうめんのセットを用意していた。当然、補佐官の結界は壊れてしまう。


「あの時のプロデューサーってアイツかよ!うーわ、まったく気が付かなかったぜ……ていうかおっさん軍団もそれ以外も熱狂しすぎだろう!」


「ケーイチさんもコレ振りましょう!ハイ・ハイ・ハイ!」


 サイリウムを渡されてサイガの掛け声と共に申し訳程度に振っておく。初っ端から心が折れそうなケーイチだった。




「今年は天界と繋がる流しそうめん!織姫さんと彦星さんがドバドバ流します!ピンクを拾えた方は願いが叶うかも!?」


 天の川と中庭を竹を巨大化させたスライダーで幾重にもつなぎ、素麺が流される。その様子は周囲に現れたモニターに表示される。


「はい、ケーイチさんも麺つゆとお箸をどうぞ!」

「これは夢か!?何がどうなってるんだ!?」

「細かいことは気にせず、私達は素麺を食べれば良いのよ!」


 それからしばらくして。


「本年もオリヒコ夫妻のご降臨と相成りました!つきましては我々からも余興を用意させて頂きます!カモンバトルリング!」


 中庭の中央部分の空間が拡張され、ボクシングのようなリングが現れる。コーナーには不思議な力の籠もったグローブとタオルが用意されており、ケーイチとサイガが強制的に移動させられる。



「はい!ここで皆さんに紹介したい方がおります!まずは青コーナー!水星屋マスターの戦友にしてライバルにして、先月この異界に来訪した”サイトの死神”の異名を持つバケモノ超能力者!トキタ・ケーイチ選手だぁぁぁぁああああ!!」



「「「うおおおおおおおおおおおおおおッ!!」」」



「こいつはまさか……聞いてないぞ、おい。」

「このタオルで応援しろということでしょうか。」


 勝手に紹介するマスターに勝手に盛り上がる観客。この流れは誰かと戦えというコトだろう。


「トキタ選手は地球世界で不運にもオレと戦う部隊長をツトメてましたが、この度仲間にハメられて我々の仲間入りを果たしました!しかあぁっし!彼の事を全く知らずに仲間と胸を張って言える我々ではございません。ここは1つ、彼に実力を示してもらおうじゃあありませんかッ!」



「「「うおおおおおおおおおおおおおおッ!!」」」



「しらじらしい奴め……となると相手はだれだ?」

「わ、ケーイチさん既にやる気ですね。応援がんばります!」


 ケーイチは備え付けのグローブを取り付けて準備する。


(実力を示すか。そういうのは嫌いじゃないぜ。)


 ここに来て乗り気の理由は単純だ。彼は脳筋で、酔っていた。どうせケーイチには気の利いた挨拶など出来ない。なら実力でこの世界での立場を勝ち取る。とてもわかり易いやり方だ。



「続いては赤コーナー!チャンピオン側の紹介だ!!彼の名と顔は知っている者も多いだろう!魔術師貴族の勢力で戦術指南役を務めるサワダ・トウジ選手でえええええっす!」



「何だと!?トウジって言ったらサイトの伝説の……」

「お知り合いなんですか?」

「いや、既に故人のはずだが……あれは、幽霊だと!?」


「ふっふっふ。マスターめ、粋な計らいをしおる。それでこそ偉大なる後輩よぉ。」


 トウジも既にグローブを嵌めて準備している。


「彼は生前、サイトの切り込み隊長として名をはせた人物です!つまりは!このオレやトキタ選手にとっては大先輩にあたります!同じ組織の近接戦同士、時代を越えたドリームマッチになります!」



「「「うわあああああああああああああッ!!」」」



「時代を越えた戦いか。これは面白いではないか。」


「ええあなた。人族の限界を超えた夢の対決、とくと拝見いたしましょう。」


 特別席にて場の流れを見守っていたオリヒコ夫妻も興味を懐き、前のめりでお酒を飲んでいる。


「異界中どころかオリヒコ夫妻も注目するこの1戦、勝った方にはとびきりの栄誉が与えられることでしょう!」


 好き勝手に散々煽り盛り上げ、マスターはルール説明に移る。


「ルールは単純、相手をぶちのめせ!特殊グローブでなら霊体にもダメージが入るからトキタ選手も安心。チカラも使用可能ですが分解を使うとグローブが壊れますのであくまで精神力を込めるだけでお願いします!」



「くっくっく、いいよ。いいぜえ。まさか伝説のトウジさんと戦えるなんてなぁ。」


「おう、若ぇの。お前もナイトを倒した1人なんだってなぁ。どれほどの根性があるか見せてもらおうじゃねえか。」


 酒と熱に酔った2人はリングに上がり、中央でにらみ合う。



「さぁ、この試合には審判なんて無粋なものはない!ゴングが鳴ったら相手をマットに沈めるまで終わらない!両者準備が整いましたら構えてくださーい!!」


 ケーイチは姿勢をやや低くとり両腕を顎の高さに構える。トウジは右腕を大きく付き出してすぐにでも突撃出来そうだ。


「それでは試合、開始ィィィイイイ!」


 カーンッ!


「「「うわあああああああああああああッ!!」」」


 どこからか持ってきたゴングをキリコが鳴らすと大歓声と共に試合が始まる。



(まずは様子見か?)


「気が合うな、だがオレの様子見は普通じゃないぜ!」



 身体を「伸縮」で引き伸ばしたトウジは真っ先にケーイチの腹を狙う。


 ガッ、ヒュンヒュン!


 グローブで弾いて反撃の2連打を撃つもゴムのようにしなやかに躱される。足払いを掛けられるが物理的な効果は無く、ヒヤっとした程度だ。そのスキに頭を攻撃するケーイチだったが、またもしなやかに回避されて後ろに回られ背中を連打される。


 ドゴゴゴゴゴゴゴッ!



「くそ、聞いてたよりとんでもねえ!」


「威力偵察ってやつだ。まだまだいくぜ!」


 尚も追撃しようとするトウジから逃れるべく、前に飛んで転がりながら態勢を整える。が、今度は左側からトウジの右ストレートが飛んできてしゃがんで回避して立ち上がる勢いで左アッパーを放つ。それを首を捻って回避したトウジは相手の腹に向けて左を打ち込む。


 ケーイチはそれを身体を横回転させて避けると、その場で手を地面に付いて、両手両足を使って舞うように動く。華払いの撲殺バージョンだ。


「おお、あのトウジ先生とやりあえてるぞ!」

「あの男なかなかやるじゃないか!」


「ケーイチさん、頑張ってー!」


「あれは神社の巫女か?ってことはあの男は!」

「シイタケに入信したのか。逆境に自ら立つなんて……」

「今の凄いな!あんな踊る様にトウジ先生に打ち込むなんて!」


 ドガガガガガガガッ!


「いたたたた。その動き、こちらを上回るトリッキーさだな。ならばここからは様子見ではなく勝ちに行くとしよう!」


「へへ、40年後の武術を見せてあげますよ!」


 そこからはおおよそボクシングや格闘技とは言えないような試合になる。


 ケーイチは元々銃を使わずに遠距離の敵にも突っ込むタイプなだけあって、見事な身のこなしで攻めに回避に忙しい。


 トウジは味方を守りつつ1人で敵部隊を全滅させる切り込み隊長なだけあって、「伸縮」を駆使して全てを躱してスキを突く。


 お互い両腕しか攻撃判定は無いが、全身を駆使しての戦闘に

 観客たちは最高に盛り上がっていた。



 ヒュンヒュヒュンッヒュンヒュンヒュン!



「さっきからとんでもない攻防だけど1発も当たってねえ!」


「マスターってあんなのと戦ってたの?クリスマスの時、帰してもらって正解だったわね。でもステップなら私のラビットも負けてないわ!」


「キリコちゃん、見てないで酒売ってくれよぉ!」


「はい、お待ちッ!くううう、もっと見たいよぉ!!」


 客を待たせながらチラチラ観戦するキリコは残念そうだ。


 その後3分ほど打ち合った結果、お互いにスキをわざと見せてカウンターに賭けようと思い至る。何せこのままでは終わらない。


 いや生身の分ケーイチが疲れるのが先だろうが、そんな終わりは両者ともに望んでいない。


 お互いにガードや動きをわざと鈍らせ、重い一撃を相手にぶつける!



 ドゴフッ!



 全く同時にケーイチはトウジの顔面を打ち抜き、トウジの拳はケーイチの腹にヤバイめり込み方をした。



「「「…………」」」



 息を呑む観客。倒れ込んで床に手をつく2人。



 両者から勢いよく流れ出る吐しゃ物。



 2人は脳と胃が揺れて、お酒を盛大にリバースした。



「はい、試合終了でーす!結果は引き分け!引き分けとします!少々取り込み中な2人には、モザイクを掛けておきますね。」



 その言葉通り両者の周囲はモヤモヤした空間に包まれる。


「うわ、なんか余計にいけない物扱いになってしまいました!」


 周囲からは失笑が漏れ、腐った趣味をお持ちの女性陣があらぬ妄想をしたりしてる。先程までの熱い雰囲気が、急速に下劣な雰囲気に切り替わりつつあった。


 仕方ないのでマスターは時間を止めてある程度回復させ、掃除をしておく。サイガもリングに上がってきてケーイチを介抱していく。


「いやー2人ともナイスファイトでした。酔っていたのにあそこまで動けるなんて。」


「とってもいい試合でした!凄く格好良かったです!」


「ケーイチと言ったか。見た目以上の強さで楽しめたぞ。」


「こっちこそトウジさんとやりあえて楽しかったぜ。サイガも応援ありがとうな。」


「さ、時間を動かしますよ。お互いの賛辞は観客に見せてあげてください。」


 時間を動かすとすでに熱い握手を交わす2人が現れて困惑する観客達。


「では改めまして、お2人には盛大な拍手と声援をお願いします!」


「「「うおおおおおおお!!」」」


 マスターの掛け声で熱を取り戻した会場。そこへ織姫達がリングに降り立ち、マイクを要求する。


「「突然の発言、失礼しますね。」」


 ゴクリ。このタイミングで神族がわざわざ何を伝えるのか注目される。


「この度は大変面白い余興をに感謝し、神界のお酒を皆様に振る舞いたいと思います。ですが水星屋のメンツもございますので、お店で500○の品を購入につき、1杯だけプレゼントと致しましょう。」


 リングの上にはすでに大量の酒樽が用意されていた。

 みんな我先にと水星屋の列に並んで大量買いに走る観客。


「うふふ。マスターさん、コレでいいかしら?」


「織姫様、彦星様。ありがとうございます!」


「礼を言うなら私達のほうさ。毎年こんな楽しい思い出を作ってくれてありがとう。」


 両者は良き信頼関係を築けているようだ。年イチならマスターでもあまりボロは出ないようである。いやボロしか出ないが、年イチなので楽しまれていると言った所か。


「ところで織姫様、彦星様。こちらの選手達にも神界のお酒を振る舞いたいのですがよろしいですか?」


「もちろんだとも。」

「もちろんよ。」


 ついでにそこの巫女さんも、っと付け加えられたサイガは大喜びでお酒を注いでいく。



「「「かんぱああああああいッ!!」」」



 全員に酒が行き渡り、みんなで掲げて乾杯を唱和する。



 その後、人間以外の化け物たちは全員頭がおかしくなった。


 どうやら神界の酒には浄化作用やら何やら、神パワーが入っていたようだ。それにより例年以上に酔っ払い達の騒ぎが加速し、終了時間になっても収拾がつかなかった。


 結局マスターの妻の○○○が彼のチカラを使用して、空間移動で全員を転移させてお開きとなった。



 …………



「どうでした?異界のイベントは楽しめました?」


「ああ、アイツらしくて無茶苦茶だったけどな。」



 お土産の酒樽とともに転移させられた神社組。今は2人で縁側に座り、ホタルを見ながら水を飲んでいた。


 元爺さん組は既に部屋で寝てるか、シーズのグッズを愛でている。


「……やっぱりさ、アイツは凄いやつだよ。肩を並べて戦ったり敵対もしたけど、オレとは比べ物にならない男だ。今日は改めてそれを思い知らされた。」


「マスター様は領主様に気に入られるぐらいでしたからね。ですが、ケーイチさんも負けてはいないと私は思ってます。」


「世辞は別に良いぜ?オレはアイツの性格につけこんでヒデェ真似をしてきた。そのツケが今に回ってきただけだ。」


 いつになく饒舌に、素直な気持ちを吐露するケーイチ。


 そこには劣等感や諦観の雰囲気が込められていたが、どこか清々とした表情だった。サイガは嬉しくなってその事を聞いてみる。


「お世辞のつもりはないのですが……今夜のケーイチさんはとても素直ですね。あのお酒で清められたのでしょうか。」


「そういう事もあるかもな。うん?ここの酒も飲んだけど、こんな気分にはならなかったが……」


「ウチは困窮してますからね。お酒もマスター様からの支給品をお祈りで清めたモノですし。」


「元が悪魔の品じゃぁ、そんなもんか。」


 ケーイチは悪魔の品と称したが、実際に日本で売られている物を支給していた。


「なあサイガ、最後にアイツと同じチカラを振るってたのが、アイツの嫁さんなんだよな?」


「はい、あの銀髪さんです。元は悪魔屋敷で拾われたお手伝いさんだったらしいですが、マスター様に見初められて苦難を乗り越え一緒になったと伺っております。なんでも、お心を繋いでるとか。」


(なるほどなぁ。その辺はトモミと同じ使い方をしてるのか。)


「でもよくあんな美人と結婚できたな、アイツ。言っちゃなんだが顔も性格もチカラも面倒でしかないと思うんだが。」


「マスター様を巡っては実際に策略や戦闘が頻繁に起きてました。ウチは当時は関与しませんでしたが、あのおチカラは他の勢力からも魅力的に見えたのでしょう。」


「モテる方だったのか。てっきり邪険にされる方だと思ってたぜ。」


「当時は混沌としておりましたので、一概には言えませんけどね。」


「アイツに戦いを挑んだ奴らはご愁傷様だな。」


「実際に別の世界まで行って国を右腕1つで滅ぼしたようです。他にも複数の勢力からの策略で神通力レベルの呪いを放たれたり、チカラや子種を巡って方々で争いが起きたりと正に混沌でした。結局悪魔屋敷に所属して面倒をみつつ、領主様に一時的に隷属することでコトが収まったみたいですけどね。」


「右腕?あいつ、A・アームを使いやがったのか。アレは下手すると星が砕ける威力を出せるから、滅多に使わねえってのに。うーむ、そのレベルで策略に晒されていたか……アイツも苦労してたんだな。」


 完全に好き勝手に、自由に振る舞う現代の魔王。そんなイメージを持っていたが策略や隷属など、事実は完全に逆だったようだ。


 そしてサイガと言えば技の威力に驚いていた。


「星が、砕ける?まぁまぁ、私は運がよかったのですね……」


「何かされたのか?」


「少々やらかしまして、起動済みの核ミサイルを境内に置かれたくらいです。」


「うへぇ、危ねぇなぁ……サイガも苦労してたんだな。」


「お互い様ですね!」


 お互い、マスターに喧嘩を売ってえらい目にあった者同士。

 それは今更どうしようもなくて、どうしようもなかった2人は顔を見合わせて自嘲気味の笑いを漏らす。


「それで、如何でしょう。これからもここで暮らして頂けますか?」


「もともと行く場所はないしな……オレで良ければ世話になるよ。もちろん畑仕事も神事の雑用もこれからはやっていくつもりだ。」


「はい!是非お願いしますね。そしてゆくゆくは神主様に!私も一応チカラ持ちですので、精一杯サポート致しますので!」


「どんなチカラを使えるんだ?」


「うふふ、ようやく私に興味を持ってくれましたね!少しですが神通力によって天罰とか出せますよ。あとは運気が上昇します!」


 目に見えるものでは無いため地味に見えるが、それこそが強力なチカラの証と考えたケーイチは褒めていく。


「そいつは頼もしいな。よろしくな。」


「えっへん!こちらこそよろしくお願いします!」


 この日を堺にケーイチ自身やサイガとの関係が少しずつ、良い方向へ向かうようになっていくのであった。



 …………



「こいつで終いだ!グレイトブロウ!」



 ズドォン!!



「ギャアアアアアアアア!!」



「はぁはぁ。ようやっと倒せたか。」


「一体何を使ったらこんなに強い物が生まれるのかしら。」


「「疲れたー!」」



 7月21日夕方。訓練施設ロジウラの新たなボスとの戦闘を終えたソウイチチーム。日々強くなる人口モンスターに苦戦する日々が続いている。


『お見事じゃ!良い連携とトドメの強力な一撃。ご苦労じゃったな。』


「そう思うならもう少し手加減をお願いしたいわね。」


「ちげぇねえな。わりとギリギリだったぜ?」


「「きゅー。」」


 別室で様子を見ていたミキモト教授からアナウンスが入る。

 ミサキとソウイチが愚痴をこぼし、アイカとエイカはヒト語でない声を出しながらその場に座り込む。


『ソウイチチームの皆さん、お疲れさまです。救護班を向かわせますのでその場にて待機してください。』


 サワダのアナウンスを受けて待機していると、程なく護送車両と軽トラ数台が到着する。


「隊員の皆さんは護送車両へ!処理班は作業を開始して下さい!」


 救護班のリーダー格の人物がテキパキと指示を出す。

 処理班は各路地に入って行き、人口モンスターの状態を見ながら後処理を決める。要はまだ使えるか処分するかだ。


「ほれ、持ち上げるぞ……よいしょっと。ほい次!」


「「ありがとー。もうクタクタで動けなかったんだ。」」


「助かるわ。少しは気が利くようになったわね。」


 ミサキと双子を手伝って護送車に運び入れるソウイチ。



「おう、兄ちゃん。あんなデケェのを倒したのか!兄ちゃん達が居れば国の未来は明るいな!」



 その姿に感心したのか、処理班のおっちゃんがソウイチに声をかけ、褒めてくる。先月から厳しくなった訓練や規律の中で、こういう一言がソウイチの心を和らげる。


 もちろん教授からの指示である。でなければ不必要な接触についてお咎めのアナウンスが入るのだ。


「なんせ魔王を相手にしようってんだ。これくらいでは負けられませんよ。」


「それもそうだな。応援してるからな!」


 喋りながらもどんどん倒れたモンスターを回収する処理班。

 明らかにダメそうな者は纏めて積み上げられる。


「これ、どう処理するんですか?」


「なんだ、自分が倒した相手の処遇が気になるのか?」


「ええ、まぁ。いつもどうしてるのか不思議だなぁと。」


「無事な奴らはクスリだらけの部屋に運んでるな。その後は知らない。ダメそうなのはキチンと火葬して供養してるぜ。」


「そう、なんですか……」


「なーに、気にすんなって。どういう由来の生き物か知らねえが、オレ達みんな食う為に牛・豚・鶏なんかを殺してるんだからよ。実際に人間を相手にしてるんじゃないだけマシさ。」


「それもそうですね。お仕事頑張って下さい。」


 そのまま護送車に乗ると安全運転で運ばれていく。


 実際は元人間もかなりの割合で混ざっている。だがお互いに

知らぬ・存ぜぬ・知る気もしない、と目を背けて別れる。


 この場においてはそれで正解であった。



 診察と治療を受け、シャワーで身を清め、代わり映えのないレーションを温めただけの夕食の後にミサキの部屋へ集合する。


「「くー。くー。」」


「アイカ達は寝ちまったか。まあ仕方ねえよな。オレたちでもギリギリなんだし。」


「本気を出さなければね。」


「それを言うってことは、新しい盗聴機は大丈夫って事か。」


「ええ、盗聴も盗撮も誤魔化せたわ。」


 この学校の体制が変わってセキュリティも順次更新されて、その流れで各部屋に仕掛けられたマイクやカメラも一新された。


「まあ今回は厳重だったから一時的、時限式だけどね。」


 ミサキは小型のリモコンスイッチを見せながら言う。


「じゃあ急いで話すか。ユウヤ達はなんだって?」


「協力は惜しまない、けど恐らく一緒にはいけない。だそうよ。」


「やっぱりな。ヨクミさんやフユミさんの事を考えればそう簡単に”脱走”は決意できねえよな。」



 ミサキ達は勉強や社会経験が酷く偏っている。しかしバカではない。教官が居なくなった以上は、今度矢面に立つのは自分たちだ。


 ならばもう円満・穏便に”退職”など出来ないと解っており、計画は”脱走”へとシフトせざるを得なかった。



「でも彼女達の事が終われば合流は可能よ。その場合は魔王退治が終わったって事だから、また会えるでしょう。」


「いっそ直接魔王と連絡取れればヨクミさんの件は解決しそうだと思うけど。まぁ、話聞いてくれるかは怪しいものだが……」


「教官が魔王と居るなら、話を通しやすいかもしれないわ。でもやっぱり連絡手段が無いからね。」


「実家の方はどうなってる?」


「お父様は何も心配しなくていいから帰って来いだって。お母様はちょっと難しそうな雰囲気よ。私を戻したい気持ちと国との契約を天秤に乗せてる状態みたいね。」


「いい両親じゃないか。言っちゃ悪いがエグイ家系のわりにな。」


「これも時代でしょうね。昔の文献とか見ると考えられないわよ。」


 ミサキの実家、ナカジョウ家は血筋と契約に拘りが強い。

 家訓や規律を守らない物は容赦なく追い出される。長男長女でも良くて分家や勘当、悪ければ人知れず始末された事もあるようだ。例え子供でも、である。


 この学校に寄付もしているナカジマ・ゲンゾウは、彼の両親が本家の望まぬ結婚をする際に分家筋となった。ナカジョウ家が分家も含めて総出で臨んだ過去の戦争でほぼ全滅状態となり、異界の領主と縁が出来てからはナカジョウ本家とは縁が切れている。


 なのでミサキもゲンゾウについては知らず、助力を得るのは難しいだろう。



「そうとなりゃ、後はタイミングだな。オレ達が出動の時が1番、メが有るか?」


「難しい所ね。仕事内容にもよるし場所にも拠るわ。」


「だよなぁ。ここから直接ってよりは良いかもだが……」


 例えば出動時に仕事を放り出した場合は、自分達を待っている者達が犠牲になりかねない。終わった後だと消耗しているだろう。


 かと言ってこの学校から抜け出そうにも厳重なセキュリティを掻い潜るのは骨である。


 多少の追手を制圧するくらいは出来るが、それが出来るのは女性陣。特に今もすやすや寝ているアイカとエイカの体力の心配もある。


「結局、アイカ達にもっと体力が付いてからが良いのか?」


「逃走時はこの子達のチカラは必須でしょうしね。」


「だが、明らかに状況がダメそうな時は決行もやむなしだな。」


「ええ。それで行きましょう。っとそろそろ時間ね。ソウイチ、こっちに来なさい。」


「へ?」


「何呆けてるのよ。らしい所を見せないと怪しまれるでしょ。」


 ミサキは強引に彼をひっぱり膝枕を敢行する。


「あらあら、そんなにがっつかなくてもシてあげるわよ。それともこのお豚さんはどさくさに紛れてもっと奥までブヒブヒしたいのかしら?」


 耳かき棒を取り出し、ちょっと優勢な彼女を演じるミサキ。既に細工は切ってあるので、それらしく振る舞わねばならない。


「なんか納得いかねぇ。でも……悪くはないか。いい匂いがするし。」


「ばっ!!この豚野郎、人が優しくしてれば調子に乗って!」


 カメラの死角でつねりあげ、ソウイチの身体がビクンと浮き上がる。


「こ、この――」


「クスクス、大人しくなさい。でないとこの子達が起きちゃうわ。」


「…………」


 アイカ達が起きるとかは関係なく、派手に揉めれば上から疑われる可能性が生まれる。

 暗にそれを言われてムスっとしながら、せめてもの仕返しにと心地よい時間とニオイを堪能するソウイチだった。



 …………



「兄ちゃん、今日も精がでるな。そろそろ休もうぜ。」


「ああ、ヤシマさん。今行きます。」



 8月13日。暑い日差しの中で新たな畑を耕していたケーイチは、元爺さん組の1人であるヤシマに休憩を誘われて作業を中断する。2人並んで喋りながら休憩所のある境内へ向かうが、夏の日差しのおかげで拭っても拭っても汗が流れる。


「しかし兄ちゃんも農作業がサマになってきたな。教え甲斐があるってもんよ。」


「ヤシマさんのおかげですよ。以前は農家だったんですか?」


「田舎に土地だけはあったからなぁ。ご近所さんに頭下げて色々教わった成果だな。おかげで異世界に来ても役に立っとるんだから、人生はわからんもんよ。」


「同じ日本人に見えますけどね。」


「おうさ、純粋な日本人よぉ。マスターさん曰く、パラレルワールドっちゅうらしいな。」


「アイツ、どこまで手を出すんだか。何か失礼を働きませんでした?」


「失礼も何も、ワシの方からお願いしたからな。全財産をシーズにつぎ込めたし、20年も若返ってお天道様の下で働ける。こんなに嬉しいことは中々ないぞ?人間健康第一だからな、うん。」


「健康第一か、違いありませんね。」


 ケーイチはまたアイツか、と思いながらも以前ほど劣等感は感じていない。七夕の時に酒で清められたのか、或いは世界が違いすぎて馬鹿らしくなったのか。どちらにせよ今は、この生活に慣れなければならない。


(全財産を喜んでつぎ込んだらしい部分はスルーしておくか。)


 鳥居に辿り着き、一礼してから境内を歩いて手水舎に向かう。手と口どころか顔まで洗う無作法なケーイチだが、彼に限らずおっちゃん達も全員そうしてる。引き籠ったシイタケ神に無礼を咎められるより、夏の日差しにやられる方が身体に悪いのだ。


「ケーイチさあああん、お茶を持ってきましたよおおお!!」


 工事現場で使われるような巨大やかんに麦茶を入れて、サイガをはじめとする巫女さん達5人が差し入れを持ってくる。


 麦茶の他には白菜や野沢菜の漬物も用意されていた。


「はい、ケーイチさんの分です。熱中症対策です!!」


「「「みなさんもどうぞー。」」」


「「「ありがとう。」」」


 それぞれ冷たい麦茶を飲みながら漬物を口に放り込む。


「これ、ウチのやつじゃないよな?」


「はい、マスター様からの差し入れです。塩飴も頂きましたのでこの後は舐めながら作業してくださいね。」


「助かるよ。アイツめ、随分気が利くじゃないか。」


「お立場上は逆らうと大変ですが、そうでないならとてもお優しい方ですよ。女性関係はちょっと信じられない事になってますが。」


「オレもアイツのそれだけは信じられん。昔は結婚どころか彼女も作れないヤツだったんだぜ?」


「こっちに来てから覚醒どころか爆発されたのでしょうかねぇ。」


「兄ちゃんだって、似たような境遇だったんだろう?ならこの先どうなるかわからんぞー?気がついたらここの巫女さんを全員頂いてましたーなんてコトになるかもしれんしなぁ?」


「いや、そこまで節操がなくはないですよ。」


「兄ちゃんほど若かったらありえるよなぁ。」

「そうじゃそうじゃ。ワシの若い頃は――」

「この子なんてサイガちゃんよりボリュームが――」


 わざとゲスっぽい口調でからかってくるヤシマとおっちゃん達。彼らはニヤニヤしながら囃し立ててくる。他の巫女はというと嫌悪どころかちょっともじもじしてる。



 ゴゴゴゴゴ、ズガァァン!!ビリビリビリ……



「「「うおおお、ビリっと来たぁぁぁぁああ!」」」



 サイガのチカラによる天罰が発動して、地面にカミナリが落ちた。着弾地点を中心におっちゃんたちに稲妻が走る。地面はやや焦げているが見た目ほどダメージの有るものではなく、スタンガンよりも出力は弱めてある。ちょっと肩こりに効く程度だ。


「ケーイチさんはそんな事は致しません!……よね?」


「お、おう。」


 睨みを利かされて言葉短かく応えるケーイチ。天罰とサイガの迫力に押され気味だ。


「あー、サイガが彼を独り占めしようとしてる!」

「少しは分けてよー!せめて味見くらい!」

「こら、あなた達はもっと慎みをもって……すりすり。」

「ケーイチさん、私はサイガちゃんよりもっと――」


「や、やめろって。くっつかないでくれ!」


「破廉恥です!みんな破廉恥です!」


 ズゴゴゴゴゴ……


「なぁ、手水舎の水、なんかおかしくないか?」


 おっちゃんの誰かが言い出し注目された手水舎では、ドロドロのスライムが生まれてこちらに向かってきていた。



「「「うわああああ、バケモンだああああああ!!」」」



 突然のモンスター出現に大騒ぎになる境内。社の影からは1人の幽霊がその様子を見ていた。


(せっかくちょっと早めに様子を見に来たら、若い子に囲まれちゃって!そりゃあ彼はモテるし、良い人を見つけろとは言ったわよ?でもハーレムを作れなんて言ってないもん!)


 今年はお預けよ、と憤りが丸わかりな仕草の幽霊は天国へ戻っていくのであった。



 …………



「こんにちはー。これ、お酒の差し入れです。」


「ごきげんよう、マスター様。ありがとうございます。」


「お前は相変わらず予測出来ない湧き方するよな。」



 2013年5月末日の午後。一升瓶を2つ包んで神社に現れたマスター。ケーイチがこの地に来て約1年。神社のおっちゃんや巫女さんとも馴染み、ここの神様もたまには話してくれるようになった。


 サイガとは恋人までは行かないが、おっちゃん達には夫婦っぽくなってきたとからかわれている。そんな関係だ。


 神主見習いとしては割とサッパリな様子で、畑仕事の方が性に合ってると自他ともに認めている。



「それで、今日は何の用だ?」


「トキタさんもここに来てそろそろ1年、上からも上手くやっていけそうだと判断されました。そんな訳で、トキタさん。何でも屋、やってみません?」


「「!!」」


「オ、オレを魔王に仕立てようって魂胆か!?」


「ついにこの時が来たのですね。」


 言い渡された言葉に動揺するケーイチと、覚悟をキメた顔のサイガ。


「あの、そんな深刻にならなくても。扱い的には奴隷で拒否権も一切無いし危険ですけど、仕事は丁寧に身体に教え込まれるし給料も良いし悪い事ばかりじゃないですよ?」


「充分酷えよッ!ついでに世界を相手にしろってんだろ!?」


「いつかはこの日が来ると解っておりました。ケーイチさん、これは受けねばなりません。」


「な、サイガ!? うぐっ!な、お前……」


 サイガに何か言おうとするケーイチだったが、首筋に冷たい感触を当てられて言葉が続かない。後ろから腕が伸び、”黒い短剣”の様なモノが首に押し当てられていた。


「はいはい、サイガさんを責めないでね。元々ウチで働く為の土台を作るのにココを提供してもらったんだから、感謝の心は忘れずにね。」


「うぐっ、うむぅ。」


「それに言ったでしょう、拒否権は一切無いと。1年前の貴方はそれを覚悟してここに来たのではないのですか?」


「あれは、半分ヤケだった、だけで……」


「どっちでも構いませんが、そのうち研修でも挟んで本番を迎えることになります。あなた目線は正直理不尽だと思いますが、物は考えようですよ。……復讐、したいのではないですか?」


「!!」


 急に優しい声で言われて、ケーイチの心がゾクリとざわめく。


「出来る、のか?」


(ああ、せっかく清められた心がまた侵食されていく!)


 サイガの悲痛な心の声を聞き流し、黒い短剣をケーイチの首から外しながらマスターは続ける。


「彼らがオレを倒そうとするなら、ルールを踏み外すしかない。いつかはそれの解決の依頼がくるでしょう。その時にウチにトキタさんが居るなら、チャンスが貰えるとは思えませんか?」


「なんだ、そういう事ならこっちから頼みたいくらいだ。お前は昔っから回りくどいんだよ。」


「順序・順番は大事なんですよ。それに……もちろん実力が伴わなければチャンスなんてまわってきませんよ?」


「いいぜ、なんだってやってやるさ!」


「わかりました。それでは話はまた後日ということで失礼しますね。サイガさん。神の奇跡とやら、アテにしてますよ。」


「は、はい!!誠心誠意、励ませて頂きますわ!」


 度重なる不幸な結末により情緒が不安定になりがちなケーイチ。この1年、彼を支え続けてやっと回復傾向にあったのだが今はまた邪な気配が生まれてきている。


 それを神通力でもなんでも使って支えろと言うのがサイガに課せられた使命だった。


「運が向いてきたな。これから忙しくなるぞ!」


「ええ、私がお支えしますわ。神の名に掛けて!」


 こうして新たなステージに登ろうとするケーイチ。それと同時にサイガの新たな戦いもまた、始まろうとしていた。



 …………



「ふぅ、思ったより素直に同意してもらえて助かりました。」



 ケーイチの勧誘を終えて報告をするバイト君。

 事務所扱いの居間はなぜかエアコンが止められており、非常に暑い。娘のマリは別室で快適に保護されている。


「普段の仕事もこれくらいスマートなら助かるのだけどね。貴方の時は情勢事情もあるけど、それはもう大変だったわ。」


「あれはわざとそうしたと私は記憶してますが?」


わざとらしく大変だった感を出す社長に、副社長が突っ込んだ。


「ああ、やっぱり。」


「補佐官、余計なことは言わなくていいの!それより暑いわね。バイト君、ちょっと向こうで休まない?」


「マスター、暑いなら温泉だよな。どれ、私が背中を流して――」


「これから本業がありますので失礼しますね。これでも忙しい身ですので。」


 社長と副社長は彼との情欲に飢えたヒトトキを得ようとするも、あっさりと逃げられる。

 彼を多忙にしたのは自分達なのでなんともいえない。


「ちょっと押しが弱かったかしら。」


「きっと呆れられてるんじゃないですかね。もっと上手く誘ってくださいよ。なんで行政と違って下手くそなんですか。」


「下手とか言わないで!彼にはせっかくツテをあたって鍛冶師を紹介してあげたのに!もっと感謝してほしいわ。」


「あれは紹介したと言えるのでしょうか。一種の詐欺に近いやり方でしたが……」


「もういいわ、補佐官はエアコンをツけて!今夜はマリを連れて水星屋へ乗り込むわよ!」


「はいはい。」


 絶対迷惑がられるだろうなぁと思いつつ、エアコンのスイッチをいれる副社長だった。


お読み頂き、ありがとうございます。

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