08 アケミ その1
「イェーイ! 就活お疲れさまです!」
「お疲れサマー!。お互いこれでなんとか命は繋げそうね。」
2007年 10月になり、料理がより一層美味しい季節。
神奈川の個室付きの飲み屋で、アケミは友人のショウコと祝杯を上げていた。
二人は同じ医大に通っている仲間だ。
この度めでたく二人の内定が決まったのだった。
「いやー 私はともかく、アケミがここまで苦労するとはねぇ。」
ウェーブがかった髪のショウコはこれは意外!っと茶髪の女性、アケミに話を振る。
「何言ってるのよ。ショウコこそもっと良い所狙えると思ってたのに。」
「私はこんなもんだって。きっと雑用くらいでしか役に立てないし。」
「貴女のチカラ、医者や看護師より泥棒かスパイの方が似合うのが辛いところよね。」
「そうなんだよね。正直拾って貰えただけありがたいよ。」
ショウコのチカラ、「ステルス」はあまり医療向けではないだろう。自身が見えなくなるのと、触れているものも見えなくすることが出来る。
「私はそれでも病院づとめだから面目を保てるけど、アケミはどうなのよ。新規に発足されるトコでしょ?しかも国営の学校!」
「うん、なんかの工場だか研究所みたいなところを改装して使うって言ってたわ。」
「そこはまぁ良いとして、なんで炊事管理なのよ。大学イチの治療技術をもってるのに、料理人だなんて。」
「あははー。医務室の枠は埋まっていたというか、新人には任せられないみたい。実績持ちのオジサンの枠なんだってさ。それで履歴書と面接の時にも、趣味と特技は料理です! って猛アピールしてたからこうなってたの。」
「もったいないわねぇ。まぁ下手に目立つよりは良いかもね。でも気をつけなさいよ。アケミは何が起きるかわからないんだから。」
「そうよねー。就職したらもう、ショウコに守ってもらえないんだし。」
実はこの二人、問題児である。
ショウコは集中力があまり長い間保たない性格で、「ステルス」を使ってサボるのが日課である。
アケミは 骨折や深い刺し傷などの重症ですら、消毒液と絆創膏で治してしまう治療技術がある。
二人は各々の理由で目をつけられ、狙われていた。
その為、ショウコの「ステルス」で逃げ回るのは日常茶飯事だった。
「アケミのチカラってさ。結局なんなんだろうね。」
「わかんない。単純に人を治せる能力! って訳じゃないのがねー。それなら医者が天職だったけど。」
アケミもチカラ持ちであるのは確定である。
ふつうは絆創膏で骨折は1日では治らない。
研究室の掃除したら部屋全体がカビに覆われたことがあった。
バレン某というイベントで二人でお菓子を作ってたら、ゲル状化して外へ逃げられたこともあった。
先輩に嫉妬されて私の白衣をズタボロにされた事件があった。ボロ布に転職した白衣を手にとったら勝手に動き出して先輩を襲撃、先輩の白衣の繊維を使って自分を修復していた。
その後はなんと、先輩の服を全部糸に戻してしまった。
全裸で叫び声を上げる先輩を見て アケミが発した言葉が「……先輩、偽乳だったんですね。」だったのは有名だ。
「そんな事もあったね! アレは最高だったよ。 あいつが大きい声で叫んだから人も集まって来ちゃって、その中での偽乳認定! 野次馬達が盛り上がってたもん。」
「あれも色々ひどかったけど、ショウコこれ見てよ。」
そういってスマホの画面を見せるアケミ。
画面には大型掲示板のオカルト板が映されていた。
「オカルト板? ちょっと、私怖いの苦手なんだけどー。料理スライム? これってまさか……」
「最初に目撃されたのが2月の半ば。甘い匂いを発していて、人が近づくと逃げるらしいわ。」
「5月を境に目撃されてないってことは、魔王にでも食べられたのかしら?」
「いくらテロリストでも人間なんだから、あれを食べるのは微妙だと思うわ。それよりもっと下、8月の所に。」
「群馬で美味しい肉の匂いのスライムを目撃!?ここ、私達がバーベキューに行った場所じゃない。」
「あの時、用意した材料が気がついたらだいぶ減っていたよね。」
「フラれたナンパ男達が、腹いせに持っていったものだと思ってたわ。」
沈黙。黙々と目の前の料理を貪り、酒を飲む。
「それでアケミ、卒業まではどうするの? よかったら色々付き合ってほしいんだけど。」
何事もなかったかのように次の話題に移った。
「それがねー、新設の部署だから準備が忙しいのよね。顔合わせに打ち合わせに、お披露目会に。」
「大丈夫?ついていってあげようか?」
「嬉しいけど、そういうのに厳しいトコだから。独り立ちの練習だと思って頑張る。」
「アケミ、立派になって……」
「もう、貴女は私のなんなのよー。」
ボディタッチ込みでイチャイチャしていたら、海鮮丼が運ばれてくる。
店員さんの顔が赤い。
私達二人の顔も赤い。
店員が去って海鮮丼つつき始めると
アケミの物だけゲル化してテーブルから落ちていく。
「YURYYYYYYYY!」
と叫びながら海鮮スライムはドアを開けて出ていった。
呆然と口を開けたまま それを見送るアケミだったが、突如 口にブリが突っ込まれる。
「半分あげるから、そんな顔しないの。これ食べたら場所を変えましょ。」
「そうね! そうしましょう。」
端から見たら百合百合しいが、別にそんな関係でもない。
さっさと料理を片付けて逃げたいだけだった。
…………
「それで、マスターさんの奥さんについてですが。」
焼いたサンマを、大根おろしと醤油で食べたサクラが取材を始める。
「悪いけど妻のことを話すわけにはいかないよ。」
「えー だって気になるじゃないですか! キリコちゃんだけ知っているのはずるいと思います!」
「私は住み込みだからね! もっちゃんも一緒に住む?世界を混沌に導きし者の、安息の地・悪魔城に!」
「言い方がアレだけど間違ってないのが悔しい。」
(間違っていない?)
ここでふと気になるサクラ。
「マスターさん、悪魔なの?」
「あー そういう所よく気がつくよね、君。 普通ただの厨二病ってことで流しそうなものだけど。」
「えぇ!? テンチョーそうなの!?」
「マスターな。それじゃ今日はその辺の話をしますか。多少妻のことが絡んでるし。 サクラもそれでいいかい?」
コクコクと頷くふたり。既にいろいろな憶測が
二人の中で駆け巡っているが、しっかりと聞く態勢をとる。
「2年前の、2005年。当時余命半年だって話はしたよね?原因はチカラの使いすぎなんだ。 出力を上げても制御できるように裏技を使ってたんだ。」
「その裏技というのは? 」
「チカラって本人の精神力で制御するけど、疲れるとそれが出来ないよね。そこで精神干渉のチカラ持ちに、精神力の低下を防いでもらったんだ。」
「なるほど。そういう事も可能なんですね。」
「ただ、チカラは使いすぎると身体には良くなくてね。2年で40年以上の寿命が消費されてたんだ。」
「うわぁ。 テンチョーって案外、浪費家なんだね。」
「それで今、こうしてお元気であられるのは?」
「マスターな。実はオレ、2006年に死んでる。命日は1月31日です。」
「ひぇ!? え!? 」
「マスター、 成仏して!!」
「こら、塩を掛けるな!説明すると、当時追跡軍から逃げた異界の土地で、勢力争いみたいなややこしいことに巻き込まれてしまいまして。いろいろ有って今の妻と結婚することになったけど、ここで問題が発生しました。オレの余命が後1週間しかなかった。」
「そ、それで?」
「お世話になった悪魔さんと相談して、人間を辞めることを決めたんだ。さすがのオレも、妻の中に子供残しただけで死ぬのは無責任だと思うので。」
「お子さんがいたんですね。 いや世界中にでき……あぁ今はそこは触れないでおきます。」
「テンチョーの子供はすっごく可愛いよ。テンチョーに全然似てないもん!」
「それで、怪しげな材料を取ってきて魂のランクアップを施してもらいました。これでオレは悪魔の仲間入り。寿命を気にせず結婚生活を送れるようになりました。」
「テンチョー怪しげな材料って?それこそ不老不死系のヤバい奴じゃないの?」
「詳しくは知らない。変な物体と変な液体って認識しかないよ。今は材料が世界から紛失したとかで、過去の世界から持ってきたよ。本格的なタイムトラベルはなかなか面白い体験でした。」
「マスターさんが持って来たから紛失したのでは……」
そうかも知れないが華麗にスルーする。
「続けるよ。問題は身体の方。死に体なのは変わらない。
まずは自分の身体を参考にして、新しく身体を作りました。
空間を弄ってチョチョイと健康なやつをね。」
「まずは、ってことはそれで終わりじゃないのですか?」
「だいぶ魔改造してあるよ。ぶん……コホン。悪いけど、話せないことしかないや。」
「【悲報】テンチョー、人間じゃなかった。」
「その定義はどうだろうなぁ。人間の機能は一通りあるんだよ。機能拡張はしてあるけどね。それに取憑く形で、元人間の魂が入っている。それってほぼ人間じゃない? 自分でもほとんど悪魔の自覚はないよ。」
「言われてみれば、そうですね。 理解するのに目眩がしそうですが。」
「吸血鬼とかその辺りに比べれば、人間成分は多いかな。」
「でしょう? だが確実にオレは死んだんだ。それで悪魔になった次の日に結婚式を盛大にあげて、楽しい結婚生活の幕が開けましたというワケです。」
「もっちゃんどう? 今の話を聞いて。」
「壮絶な人生歩んで壮絶な事件を起こした人が、ラーメン屋でいい匂いさせながらサンマ焼いてるのが……壮絶に意味わからないってのが本音ですね。」
あ、サンマ追加お願いしますと注文しながらよく解らない感想を言う。つまり非常識だったという事だ。
「はい、お待ちっ!」
カウンターにサンマを置きながらマスターは苦笑する。
「でも、マスターの話ってスケールは大きいけど人間的な感じがします。奥さんと生まれてくる子供のために頑張って、今まで誰も実現出来なかった事を成すのは格好いいかも。」
「もっちゃん、言うねぇ。 」
赤くなるサクラは、
じゃあキリコちゃんはどうなの!っと振ってみる。
「くっくっく。 ならば汝の問いに答えようではないか。我が主は世界を混沌たらしめん者。ひとたび悪魔城から下界に降りれば塵芥の有象無象がどん、あ痛っ」
ツッコミを受けて涙目のキリコが可愛らしく睨んでくる。
「趣味についてはとやかく言わないけど、簡潔にね。」
「はーい。 多分マスターを殺すの、むり。」
「簡潔すぎじゃないかしら。 私も何となくそう思うけど。」
「これでも弱点が無いわけじゃないから、これからはその辺を地道に埋めていくことになるけど。」
「テンチョーに弱点? 思いつかないなぁ。たとえ怪我してもすぐ治ってるもん。」
「ん。キリコ、ちょっと妻の様子を見てきてくれ。」
前兆はなかったが何かを察知したらしく、キリコを使いにやるマスター。
「はいな。それでは一旦失礼します。もっちゃんごゆっくりー。」
余計な詮索をせずにスタッフルームに消えるキリコ。
デキる暗殺者は鋭いのだ。
「あの、それじゃあ今マスターを追っている、軍隊とか超能力者達はどうなるんでしょうか。」
「そりゃぁ無駄足だろうね。死人を追い続けるとかどんな趣味だよとか思うよ。」
「こ、この件は報道してもよろしいでしょうか。 伝えれば追跡を縮小する流れになったりとかは……」
「別にいいけど、ホントにオカルト話だからねー。自分達に都合の良いプロパガンダを、自分達で信じちゃってる人達に伝わるかは微妙かもよ。」
「そうなんですよねー。」
ガックリと俯くサクラ。
世間ではマスターは悪の象徴、現代の魔王である。
極悪非道の超能力者であり世界の敵である国際テロリスト。
それを打ち倒すためなら何でも有り!
みたいな論調が主流である。
もちろんプロパガンダがハマった結果だが、
それを言い出した方も狂信的に信じている者が多い。
実際のマスターは善人とは程遠いが、とても人間臭いし豚骨臭い。場合によっては助けてくれたりもする。
なんとか穏便に収束できないか……。
と考えていたら心を読まれたかのような一言を頂く。
「オレはどうしようもなく悪人だと思うよ。妻との結婚生活を送るために10億も殺したんだからね。」
結婚生活を送るのにそこまでさせられる社会ってなんだろう。
(マスターで10億なら私なんてどうしたらいいのか。)
その時ポップアップが目に入った。自分について考えてたので、ついONにしてしまったのだろう。
【オリハルメイデン】
ガタッ!!
(伝説度が上がっちまったよ、こんちくしょーー!!)
「どうしました? なにか嫌なことでも思い出したの?」
いきなり立ち上がった私にマスターが驚く。
「ミスリルからオリハルコンにランクアップしました。」
「何の話だろう。昔のRPGか何か?」
「言いたくないので、心読んじゃって下さい。」
(春を期待する心が折れそうだよもう……)
【折春メイデン】
キッっとマスターを睨むサクラ。
色々察したマスターが慌てて弁明する。
「まて、これはオレのせいじゃない! オレが制御以外で
手を貸したのは、語彙力とか単語登録とかだけだ。
それらを使って表示するには君の見た事実が必要なんだ。」
「ふーん それで?」
ジト目で先を促す。
「普通なら 処女の一言ですむだろう。君が色々こじらせた結果なんだと主張するよオレは。」
「ごめんそれ、 余計へこむわ……」
がっくり来たサクラはうずくまる。
性経験のなさを拗らせると伝説級になるとか聞いてない。
でも男は魔法使いになれるんだっけ。もしくは賢者?などと現実逃避中だ。
「すまん、デリケートな単語は簡略化しておくから!」
慌てて黒いモヤを出して調整を開始するマスター。
そこへ空気を読む女、キリコが帰ってくる。
「あー、驚いちゃった。赤ちゃんが急に白い――
あぁ! マスターが、もっちゃん泣かせた!!」
ギュン! という擬音をならしながら近づき、
サクラを抱きしめるキリコ。マスターが慌てて弁明している。
ちらっと見えてしまった彼女のポップアップは、
【ツンとしたC】【引き締まっている】【約束された幸福】
なんか最後の、表現に予知が混ざっているような。
でもそうか。キリコちゃんは幸せになるんだね。
最後に自分のを確認。
【天然物のD】【気をつけよう】【折春メイデン】
腹回りを注意された。
【Dカップ】【お腹】【処女】
悲しげに表示を見ていると、急に表記が切り替わる。
「これで単語登録の修正は終わったよ。迷惑かけたね。」
「いえ、こちらこそなんか ごめんなさい。」
「マスター、もっちゃん泣かせたら許さないんだからね!」
(キリコちゃんいい子だなぁ。よしよし。)
抱きしめ返してナデナデするとキリコも嬉しそうにしている。
マスターも ほう……とかいいながら興味深そうに見ている。
「マスター気持ち悪い顔で見てないで、もっちゃんに何か出して!」
「はい お待ちッ!」
キリコちゃんが言い終わると同時に料理が並ぶ。
キノコを使った煮物や茶碗蒸しだ。
美味しそうな湯気と香りに
じゅるりと捕食モードに切り替わるサクラ。
しかし先程【気をつけよう】と指摘を受けたので踏みとどまる。
「うちの店で太ることはないから安心して食べてほしい。
そういうシステムを組んであるからね。」
「い、いただきます!!」
そういうことなら遠慮はしない。
乙女の秘密がガバガバな気がするがもう今更だ。
最後にラーメン(ニンニクたっぷり)を食べて、この夜は解散となる。秋の夜空にニンニクの香りを添えて、
明日から腹筋回数を増やそうと誓うサクラであった。
お読み頂きありがとうございます。