78 ヨクミ その2
「わああああああああああああああ!!!」
2012年6月4日。私は寝ぼけている所をモリトに起こされて学校の食堂に向かっていた。モリトと軽くじゃれ合いながら進んでると、突如大声があがる。 あれは食堂の方ね。というかあの声は……
「メグミ?何かあったみたいだ、急ごう!」
「あの感じ、嫌な予感がするんだけど……」
急いで食堂にたどり着き、ドアを開けると地獄が広がっていた。
「絶対に裏があるハズ!よくも!よくもアケミさんを!!誰でもいい、関係者をぶちのめしてでも真相を暴いてやる!」
メグミが赤黒いオーラを放って不穏な言葉を口走っている。
ん?アケミさんがどうかしたの?
「落ち着けって!オレ達だけじゃダメだ、大人を通して――」
「離して!私達が動かなくて誰がやるのよ!!」
何やらのっぴきならない事情がありそうね。私の出番かしら。私は魔力をこねくり回して回復魔法の準備を始める。
「ヨクミさん、お願い!」
やっぱそう来ると思ったわ。
「メグミ!頭を冷やしなさい!!”イズレチーチ”!!」
以前までのリチェーニエより高度な回復魔法で心を落ち着かせようと試みる。これなら心の病も風邪なんかも治せるはずよ。
戻りなさい、メグミ!
「く、ううう……うわあああああん!」
どうやらオーラは止まったようね。メグミは定位置のユウヤの胸に飛び込んで泣き出しちゃったわ。
「ヨクミさん、ありがとう。オレはメグミを部屋に連れて行くから。」
「はいはい。でもメグミはどーしたのよ。最近は落ち着いてたのに。」
「信じられないけど、アケミさんが亡くなったって。テレビでは、犯人は教官だって言ってるんだ。オレ達を裏切ったって……」
「「えええええええ!?」」
「真偽は判らない。だが落ち着く必要がある。すまねえ、もう行くよ。」
「ああ、行ってくれ。ヨクミさん、僕たちは食べられる時に食べておこう。この先何が有るかわからない。」
「…………」
ま、まずいわ。アケミさんもだけど教官が居ないのはマズイ!
正直真相なんてここで話してても判らないからまずは置いておく。あとでたっぷり泣くから今は許してアケミさん!
教官が人類を裏切ったってことは、私の身元引受人が居なくなってしまったってことよね!!
「そ、そそそそれじゃあ私は、野良の異世界人って事に……」
「ヨクミさん?」
それってフユミちゃんが居る区画のモンスターみたいに扱われる可能性があるわよね?私は霊体化出来ないからクスリ漬けで……
「いやああああああああ!!」
ざばしゃぁぁああああああ!!
「「「がぼがぼがぼ……」」」
「今度はヨクミさんの水かよ!モリト、なんとかしやがれ!」
他の者達が水流に飲まれ、ソウイチが叫ぶ。
「がぼがぼがぼがぼ……」
モリトは真っ先に溺れかけていて動けないようだ。私は慌てて魔力を操り、水を消去する。
「みんなごめん、つい魔力が暴発したわ。」
「いや、オレは朝飯以外は大丈夫だけどよ。モリトが。」
「…………」
ミサキを抱きかかえて支えるソウイチがモリトを指差す。
あ、ちょっとミサキが嬉しそう。やっぱり好きなんじゃない?双子ちゃんはイダーさんがなんとかしてくれたようね。
「ほら、戻ってきなさいモリト!”アピラーツィア”!」
私は腕をモリトに押し付けて魔力を高めて復活魔法を唱える。するとモリトの身体が光りに包まれていく。
この魔法も回復系だけど、どっちかというと蘇生魔法ね。本当に死んだ人はダメだけど、ここの気付け薬よりは効果有るわ。
修行で死にかけるモリトの為に覚えた……というか覚え直した魔法だけどかなり便利よ。
あ!モリトの為っていうか結果的に私の為よ!?
「うーん。ヨクミさん、なにか不安があるなら先に相談してよ。」
「う、うるさいわね。あんたがさっさと魔法覚えてくれたら頼り甲斐も有るんだけどね!」
「仰るとおりで……」
「リチェーニエ!リチェーニエ!……」
私は周りの人達に回復魔法を掛けて回る。やらかしちゃったから当然よね。
「そう言えば気になってたのですが、ヨクミさんの魔法ってロシア語っぽい発音ですよね?」
むむ?イダーさんと、彼女が抱える双子ちゃんを治療してたら彼女が話しかけてきた。
「ロシア?美味しいの?」
「いやいやヨクミさん、ロシアってのは国の名前だよ。」
「異世界で似たような言語が有るってこと?私が棲んでたのって海中の村よ?何処かに共通点でもあるのかしら。」
「そもそも言葉は日本語が通じるのに、なんで魔法の名前だけロシア語なんだろう?」
モリトは新たな謎を見つけて考え込む。
「魔法の由来は大昔に、異国の民の言葉を取ったとかお母さんが言ってたわ。たしかソーメンだかソビエてるレンコンだか。」
「もしかしてソ連!?つまり昔の時代にヨクミさんの世界に飛んだ人が居たってことかな?」
「「「!!」」」
「それを辿れば、私も帰れるかもしれないって事じゃない!?」
「凄いよイダーさん、よく気づいたね!」
「苦節4年、やっと手がかりが手に入ったわ!ありがとう!」
「いえいえ、私の父がロシア側なのでそれで……えへへ。」
私は4年間ここに世話になってるけど、イダーさんに魔法を見せる機会って殆ど無いのよね。だって彼女、お料理担当だもん。事務所で見ている教官やキョウコさんならともかくね。
「盛り上がってる所悪いけど、何の騒ぎかしら?もう少し静かに朝食を取れないものかしら。ね?」
で、でたー!この学校の裏ボス、キョウコさんだー!
「「「すみませんでしたああああ!!」」」
私達は全員頭を下げてキョウコさんへ謝罪する。
彼女に逆らうとお給料が減るとのウワサなのよ。おやつのお菓子が減っちゃうのは勘弁して欲しいので全力謝罪!
私も特殊部隊に入ってからはお給料が貰えて不自由なく過ごせているけど、彼女の気分次第では即、スカンピンよ!
…………
「さすがに信じられねえなぁ。」
「そうよ、あの廊下で押し倒すようなラブラブっぷりよ?」
「となるとニュースはカバーストーリーって事か。」
「格好つけてるけど、要は嘘ってことね?」
その夜。いつも通り私の部屋にユウヤチームが集まって会議を開く。話題は当然教官とアケミさんだ。
メグミはやや落ち着いたようだが、たまに頭から赤黒の海藻みたいな物が揺らめいては消えている。だいぶ無理してるみたいね。
「”イズレチーチ”!メグミ、気を楽にしなさい!」
「ありがとう、ヨクミさん。」
念の為メグミの心を落ち着かせてから話し合いに入るわ。
ささ、リーダー。音頭とってよね。
「それでまずは何でそんな嘘が出るのか、だな。」
「そんなの都合の悪い事が有るからよ!」
「じゃあ何処が都合の悪い嘘なのか、だね。魔王と思しき手段と教官が姿を消していて、アケミさんは推定死亡が事実。となるとなんで教官が研究所へ行ったかがポイントになる。」
「ラブラブな奥さんが心配だったからでしょ。お腹に子供だって居るんだから。」
私は卵生だしずっとお腹で育てる感覚ってわからないけどね。そもそも子供を作った事なんて無いし。
「そうだな、となると……教官が心配するような事体が起きて、取り戻そうとした。だが恐らく手遅れだった。そして何故かは知らないが現代の魔王が手助けをして、って感じか?」
うわー、どんな事情のもつれ方よそれ。
「僕もそう思うよ。だけどそれが本当だと、この先厄介な事体になりそうな予感がする。嘘を付いているのはミキモト教授だ。」
「この学校の責任者なのよね。絶対なにか仕掛けてきそう。」
「私なんて教官が居なくなったら立場が無いから、怖いのよね。」
「「ああ、それで水浸しに……」」
「それは仕方なかったんだって、誰だって怖いさ!」
口を揃えて納得するユウヤ達にモリトがフォローを入れてくれる。でもこの先ホントどうしよう!?
「でもそこはそんなに気にしなくても平気なんじゃないか?」
「なんでよ、この国では人魚を食べる習慣が有るって聞いたわよ?」
「そんな習慣無いわよ、不老不死伝承が有るだけ。おとぎ話よ。」
「だってよ、教官が居なくなったらオレ達が唯一の戦力なんだぜ?オレたちツブしたら誰が戦うんだって話さ。」
「それはそうかもだけど。」
事実、私達以降の生徒達は入学しても全員辞めていった。
教官の居たサイトのメンバーは世界中に居るけど、魔王に関しては成果はあがっていない。
だからユウヤの話も解かるけど、教官とアケミさんを貶めるような人達よ?同族ですらそうなら、異種族の私は……。
「居なくなるで思い出したけど、ミサキの提案はどうする?」
私の不安を察したのか、モリトが選択肢の1つを確認する。
ミサキはソウイチチーム全員と結託して、ここを辞める気でいるんだっけ。教官の苦労を見てればそうなってもおかしくないと私も思うけどね。
「ああ、”退職”の話か。ここがシンドイのは確かだがなぁ。教官が居なくなった今、素直に抜けさせて貰えないだろう。」
「そうねぇ。でも今後ここが危なそうなら、乗っても良い気がするわ。少なくともヨクミさんの安全は確保出来ると思う。」
「だが、魔王に会わずには帰る手段もないんじゃないか?」
「それなんだけど、ヨクミさんの魔法ってロシア語っぽいのが解ってさ。あの国を調べれば異世界に戻る方法だって――」
「それを調べる手段が無いじゃないか。ああごめん、不安にさせるつもりはないんだ。ただ現実的にもう少し良い手段をだな。」
ぶー、ユウヤって変なのに好かれる癖に、まともな子に優しくないわよね。結構酷い目にあったらしいから、より現実を見てるのかもしれないけどさ。
「ともかく、学校側の出方次第じゃない?ヨクミさんとフユミさんには気をつけてもらって、何かあったら頑張って守りましょう。」
「それだな。」
「それだね。」
「みんな、ありがとう。頼んだわよ!」
こうして今日は解散し、教授達の出方を伺う事になる。そうと決まればその話は置いておきましょう。
私はお風呂の湯船を一杯にすると元の姿で沈み、外に迷惑を掛けないように震えて泣いたわ。
あんなに明るくて楽しくて私達を守ってくれた人がなんで!!
…………
「意外と何もなく過ぎたわね。”イズレチーチ”!」
「ああぁ癒やされるぅ。今日もありがとう、ヨクミさん。」
「元はモリトを助けるために覚え直したものだけど、仲間の役に立つなら全然良いわよ。」
「…………」
「あら。モリト君、照れてるの?」
「いや、ちがっ!」
6月9日夜。やっぱり私の部屋に集まるユウヤチーム。
メグミはあの日以降情緒不安定になり、事ある度に回復魔法を掛けている。私が居ない時に発作が起きると精神安定剤を飲んでいるみたいだけど、ミキモトグループから派遣された医務室要員にはいい顔をされないんだって。
「それはともかく訓練メニューもいつもと同じ、特に上からは指示もなし。どうなってんだ?」
「みんなー!大変よ!」
むむ、この声はフユミちゃん?いつも霊体化して風のウワサごっこをしてるんだけど、今日はいつもより慌ててるわね。
「フユミちゃん、どうしたの?」
「なんか、ここのスタッフの総入れ替えが決まったらしいの!」
「「「えええええ!?」」」
「い、いつ?情報元は!?」
あまりに急な話だったのでみんな魚みたいに口パクしてるわ。モリトはなんとか詳しい話を聞き出そうと頑張ってるわね。
「たったさっき、キョウコさんがイダーさんに解雇通知を渡していたわ!キョウコさんも引き継ぎが終わったらクビになるって!その下に付いてるスタッフ達も全員!!」
「何を考えてるんだ、教授は……」
「美味しいゴハンが食べられなくなっちゃうじゃない!」
「そんな事したら、組織が回らなくなるぞ!?」
「私達に味方する大人も居なくなってしまうわ。」
「それで明日の午後、みんなで荷造りだって。」
「そんなに急いで変える必要があるってことは、結構教授も追い込まれている……?」
「とにかく、明日は荷造りの手伝いでもして話を聞かせてもらいましょう!」
「なるべく情報が欲しいし、そうするか。」
「「「賛成!」」」
私達は全員手を上げて賛成の意思を示した。何も分からなくなる前に情報を手に入れないと!
…………
「却下よ。あなた達は遊びに行きなさい。気持ちだけ受け取っておくわね。」
次の日。キョウコさんの下へみんなで手伝い志願に行くと、速攻で却下されてしまう。彼女達の意思は硬いようで、仕方なく私達は街に繰り出すことになった。
私達はバスに乗って南の繁華街を目指す。私とモリト、ユウヤとメグミで並んで席に座って、ソウイチチームも思い思いにバスに揺られてるわ。
最初の頃はわくわくしたものだけど、忙しくなった今は余計な事ばかり考えちゃって嫌ね。
「きっと、最後に僕達に休みをくれたんだよ。せっかくだし色々見て楽しもうよ。」
「解ってるわよ、それくらい。」
むすっとしながら窓の外を見ていた私を気遣うモリト。
街に繰り出すのはかなりご無沙汰していたし、丁度いいのかな。買い物はたまにするけど、あの広場には3年以上も行ってないし。
『ヨクミ、男の子に当たるもんじゃないわ。』
いつの間にか霊体で付いてきてくれたフユミちゃんが私を注意する。それは判ってるけど、なんともならないのよ。
「フユミちゃん、いっしょに回ろうね。」
『もう、もっとモリト君に優しくなさい。』
「フユミさんありがとう。でもヨクミさんはヨクミさんらしくあった方が良いから。」
『この前本を立ち読みしたんだけど、胃のダメージが多いと早死にするらしいわよ。』
「うぐっ!」
「失礼ね。私は毎日モリトの胃だって治してるわよ。」
「ダメージを与えない方向へ歩んだほうが良いと言ってるの。」
「いいんだ。ヨクミさんは僕のダメな所を受け持ってくれている。だからヨクミさんの不安な気持ちを僕が受け持つのが筋だろう?」
「「ひゅーー!」」
「モリ兄さん格好いい事いうね!」
「頼り甲斐のあるオトコだね!」
次々に囃したてる仲間たち。何言ってんのよ。私の負担を減らすのなら、はやく魔法の1つも覚えてほしいわ。
とは思ったけど、仲間だし色々お互い様なので口には出さなかった。私はこう見えてもオトナだからね。
『あらあら、ヨクミが黙ってるなんて。ちょっと素直になったのかしら?』
「余計なお世話よ。大人の余裕を見せてるの!」
『ふふふ。』
そうこうしてる内に街についた私達。全員やりたいことがあるだろうし、バス停で解散!……とはならなかった。
「考えてみりゃ、両チーム全員一緒に遊ぶなんて殆ど無かったよな。だから今日はみんなでカラオケ対決と行こうぜ!」
「最近負け始めたからってジャンルを変えてきたか?」
「なんだユウヤ、同じ理由で逃げたくなったのか?」
さっそくバチバチと闘志を燃やす、バカ2人。
「バカね。」
悪い子たちじゃないけど、今の私の目はミサキと同じ目をしていたわね、きっと。
「「お兄さん達の歌、楽しみー!」」
ああ、アイカちゃんとエイカちゃんは癒やされるわ。彼女達のチカラでなら、さぞ盛り上がるでしょう。
「悪いけど、ちょっとみんなは先に入っててくれないか。ヨクミさん達はちょっと寄るところがあるから。」
あら、モリトは冴えてるわね。どうしてもって訳じゃないけど、見ておきたい場所があったのよ。
「「おう、それじゃ後で来てくれな!」」
解ってるのか早く歌対決したいだけなのか、ソウイチとユウヤはそそくさとカラオケ屋に向かっていく。
「じゃあ行こうか、コスプレ広場。でも前みたいに暴走したりしないでね。」
「あんたに言われるまでもないわ。フユミちゃん行こう!」
『ええ。今はどうなってるのか楽しみね。』
事と次第によっては教育もやぶさかではないけど。
…………
「「うわぁ、なにこれ!!」」
同日、市民ホール前のコスプレ広場。
そこには大勢のコスプレイヤーと、彼らを写真に収めようとするファンの人達で埋め尽くされていた。更にはちょっとした出店も出ていて、ドリンクや軽食が食べられる。
その空気を生で感じようと、フユミは実体化してキョロキョロと見渡している。
「何年も来てなかったけど、こんなに盛り上がっていたのね!」
「おじさん、ジュース3つ下さい。」
モリトは兵士の格好でドリンクを売っている人に声を掛ける。
「昔は君達のような参加者だったのだが、膝に矢を――」
買っていく客全てに同じことをいう店員。流行りのゲームのセリフなのか、大体の人は笑いながら代金を支払う。
「あの人、前はホール入口付近にいましたよね。」
フユミはジュースを飲みながら過去の記憶をたどっていた。
「前は店なんか出てなかったのによく許可が降りたね。」
「この人数を受け入れるなら、必要ではありそうですが。」
「あ、かき氷あるじゃん!モリト、お願い!」
「まぁまぁ!モリト君、お願いね。」
「はいはい。解ってますよ。お姉さん、かき氷3つで!」
今まさにジュースを飲んでいるのだが、ヨクミとフユミはかき氷をおねだりしてくる。彼女達の正体やら好みやらを叩き込まれたモリトは、気にせずにお姉さんに注文していた。
「お兄さん、両手に花なんて羨ましいねぇ。味はどうする?」
「「「ブルーハワイで!」」」
「はいよー!もし気に入ったら商店街のウチの店も来てね!」
「商店街?普段はそちらの方なんですか?」
「そりゃそうよー。ここで店だしてるのはみんなこの街の商店ばかりさ。街の活性化のためにね。」
お姉さんはカリカリと氷を砕きながら教えてくれる。
「なんでも数年前、ここを盛り上げた伝説のコスプレイヤーが自然を大切にしろと教えを説いたらしくてね?ゴミの管理も完璧な彼ら相手なら、商売兼宣伝をしても問題ないだろうって市長のお達しがでたのさー。」
「な、なるほどなぁ。伝説かー。」
モリトはちらちらと横の2人を見る。片やいたずらっ子の表情で、もう片方はドヤ顔だ。
「はい、ブルーハワイ3つお待ち!900○ね。また来てねー!」
「「「ありがとー!」」」
ベンチに座ってかき氷を食べる3人。その前も横も後ろもコスプレを楽しむ人達で溢れている。
すれ違えばお互いの持ちネタを披露し、笑いあっている。
写真撮影に勤しむ人々も両者同意の上で行っている。
もし声をかけてないのが発覚すると運営団体に突き出されてお説教を受けるのだ。
この場合のお説教とは宗教のそれに近い物である。海と山、水と大地の役割について別室で延々と教育されるのだ。
何故そんな事が判るかと言うと、
「そういう訳なんでこの方は連行しますので、皆さんは楽しんでいって下さいね。」
「うぐ、すみませんでした……」
3人の前に運営側の人間と捕まったカメラマンが項垂れていて、先程の説明を受けたのだった。
「なんか問題があったら教育してあげようと思ってたけど、その心配は無さそうね。」
「ええ、もうみんな自分たちの考えで活動されてるわ。」
「経緯が意味わからないけど、2人のおかげだね。」
「ま、とーぜんよね!」
「あの頃はイマイチ纏まりがありませんでしたからねぇ。」
「さ、様子見は済んだしユウヤ達と合流するわよ。」
いち早く自分のかき氷を食べ終わってモリトのをつついていたヨクミは、立ち上がるとさっさと広場を抜けようとする。
「うわ、ちょっと待ってよヨクミさん!」
「うふふ。ちょっとした女心が渦巻いちゃったのよ。」
3人が会場を後にした時、運営側の人間達は彼らに向けて頭を下げていた。当時を知る者達である。
(((ありがとう、ございます!)))
運営側も彼らが来ていたことには早い段階で気づいていた。
しかしこちらから派手に騒ぎ立てるよりは、思うままに行動してもらおうと決めた。その方が今の自分達の活動のありのままを見てもらえると思ったからだ。
彼らは心の中で感謝を伝えると、各々の仕事に戻るのであった。
「また90点越えかよ!ユウヤめ、いつ練習してたんだ?」
「ソウイチこそ、ただの筋肉バカじゃなかったのか!?」
「「兄さん達すごいねー。」」
コスプレ広場からちょっとだけ離れたカラオケ屋。
お互いを称賛?しながら競い合う2人。彼らは歌唱力でもライバルのようだ。
「まあ、ユウヤはアニソンばっかりだけどね。」
「ソウイチも格闘番組関連のテーマ曲ばかりだけど。」
「じゃあ次は私達のデュエットね。みんなよろしく!」
「「♪~~~~~~ッ♪~~~~~~ッ!!」」
「「ぎゃあああああああ!!」」
「「きゃあああああああ!!」」
あずき2合という、8時丁度っぽいデュエット曲を熱唱するメグミとミサキ。
2人の呪いめいた歌声で部屋が黒く満たされ、悲鳴があがる。
「なんだか大変な時に合流してしまったようだね。」
部屋のドアを開けようとして手を止めたモリト。
ヨクミ達も微妙そうな顔だ。結局歌い終わってから入って、目を回している双子にヨクミの回復魔法を掛けてもらう。
「「うーん、うーん。」」
「リチェーニエ!リチェーニエ!……もう、メグミは自分のチカラを考えて行動しなさいよ!」
「ご、ごめん。一応治療系のはずだけど……」
「黒いのがダダ漏れてたわよ。あれじゃ私の呪術と大差ないわ。」
「その2人が揃ったせいでこうなったのでは……」
「モリト君。それは思っても言っちゃダメよ。事実だけが正義じゃないの。……でないといつまでも彼女”に”出来ないわよ。」
フユミがモリトのツッコミに対して注意する。最後の部分は顔を近づけヨクミを指差しながら、耳元で囁き声で伝えた。
「ひゃう!ひゃい!」
「む!モリト~、遊んでないで何か歌いなさい!」
おかしな声をあげたモリトに敏感に反応したヨクミ。自分が治療をしてるのにフユミとコソコソしてるのが気に入らないようだ。
「僕はあまり音楽は聞かないからなぁ。知ってるのはコレかな。」
モリトが曲を入れると大仰なイントロが流れ出す。
その時点で全員がその曲をしらなかったがジャンルは解った。
軍歌である。
「♪―――――!!♪―――――!!」
「ほえー、モリトってこんな低い声出せたのね。」
「あら、新たな一面を知っちゃったわね。クスクス。」
ヨクミが感心した素振りを見せ、フユミがその気持ちに関心を持つ。
「お、なんだよ、格好良いじゃねえか。」
「へぇ、オトコらしい曲じゃん。今度教えてもらうか。」
ユウヤとソウイチは友人の隠れた格好良さをまた1つ見つけた。
「なかなかお腹に響く良い声ね。なるほど、こうやって……」
「この曲、上手く使えば呪術に応用が……」
メグミは相手に圧をかける音に関心を持ち、ミサキは洗脳的な旋律に興味を抱いた。事実として男共が魅入られているのだ。興味も沸こうというものである。
「「なんだか元気が出る歌だね!」」
アイカとエイカは素直に褒め称えた。モリトにはそれが1番嬉しく思える感想だった。
「やるじゃねーか!モリトがこんな隠し玉を持ってるなんてよ。」
「機会が無かっただけで隠してはいないよ。」
「いやいや大したもんだ、次、フユミさん行ってみるか?」
「私は音楽を聞く機会すらないのでよく解りません。でもあの時の曲があれば歌えそう……あった!?ではこれで!」
フユミは人口モンスターと相部屋に叩き込まれていて、音楽を嗜む環境にない。それでも彼らの任務先で出会ったあの歌なら。
「献身!メイドインラブ!行きますわよ!」
「「「!?!?」」」
フユミが選んだのは2年前のバレンタインで聞いた、シーズのメイドさん曲であった。
彼女は一度だけ見て聞いただけの曲を完璧に踊りながら歌っていた。
「「す、すごい!フユミさんマジすげーー!」」
「私はフユミ、この風の声とダンスで頑張るあなたを応援するわ!」
「電脳メイドアイドル・シーズです!よろしくーー!!」
「「「わああああああああ!!」」」
途中の挨拶の再現までしたフユミに歓声があがる。意外な彼女の特技にみんな魅入られていた。
「なんでマイナーアイドルの曲が入ってたんだろう。」
「どこかのご当地アイドルとかじゃないの?」
ゲンゾウの薦めによりあの時の歌はカラオケに登録されていた。シーズをメジャーにする気は無いマスターだったが、登録したくらいでは注目されるはずもないかと許可を出していた。
世の中、良い物だけが売れるのではない。良い物だと広めるから売れるのだ。
「なぁなぁ!ここまで意外と盛り上がったけどよ、ヨクミさんはどうなんだ?」
「そうね、お祭り好きなヨクミさんならきっと凄い歌声を披露してくれるんじゃない?」
「ちょっと、勝手にハードル上げないでよ!」
「モリト、そこの所どうなのよ?」
「よく膝枕で鼻歌聞くけどとても心地良いよ。」
「「「膝枕!?」」」
「あ、いや……訓練で気絶して、うん。」
自主練でヨクミにぶっ飛ばされたモリトを介抱するヨクミが、たまに鼻歌を口ずさんでいるのだ。それはとても美しく、気持ちよく感じていたモリトだった。
ちなみに大半が浴室であるのだが、それを言うと勘違いされるのが確定なので黙っておく。正直自分も勘違いしそうになってるので上手く誤魔化せる自信はない。
「私はその~……自信がないわけじゃないけど、むしろ有りすぎちゃうから遠慮するわ。」
「ヨクミさん、そこまでの自信なら歌わなくちゃダメだぜ!」
「それともモリト専用だったか?それなら無理は言わないが。」
ニヤニヤしながらソウイチとユウヤが煽るように言ってくる。
「んなわけないでしょう?なんでモリトだけ特別扱いしなくちゃいけないのよ!出来の悪いオトコの心が折れないように、ちょっと優しくしてあげただけでしょ!」
「ぐふっ。」
「あらあら、普段はクールぶってるのにこういう時は素直にダメージが入るのね。」
フユミはモリトにもたれ掛かって耳にむかって囁いている。現金なもので、それで気力が回復するモリト。
「むむむ、そこまで言うなら聞かせてあげるわ!全員、覚悟することね!! 曲は……さっきのアレでいいか。ほらモリト、操作!」
「はいはい。ああ、これか!送信っと。」
画面には有罪マーメイドと表示され、イントロが始まる。
「「「ヨクミさんもシーズか!!」」」
「「「わあああああああああ!!」」」
先程のフユミを思い起こされる選曲に期待が高まり、歓声をあげる一同。しかし歌いだしてから10秒ほどで異変が現れる。
「あれ、この気分は……目が……」
「頭がぼーっと……なんだか眠く……」
1コーラスすら終わる前に全員睡魔に負けて眠り込んでしまった。無事なのは本人と風精霊のフユミだけである。
「あらら、ヨクミってば子守唄が得意なのね。将来いいお母さんになれるんじゃない?」
「うぐぐ。だから歌いたくなかったのに!」
ヨクミは人魚族の特徴として歌声に魔法が乗ってしまう。
いつもはモリトを少しでも休ませるために鼻歌で睡魔を誘っているのだが、今回はマイクで大音量。この有様では全員が部屋の時間内に起きるのは難しいだろう。
「でも見て。みんな安らかな表情で寝ているわ。環境が変わる直前の今、休めたのは良いことかもしれないわよ。」
「むう、そう思うことにするか。うん、そうするわ。そうだわ!せっかくだから皆が喜びそうな配置にしておこう!」
ユウヤの両肩にアイカとエイカの頭を乗せて、正面にはメグミを被せておく。
ソウイチの上にはミサキを被せておいて、彼の腕でしっかり彼女の腰を固定する。
「こうなるとモリトが余ってて可愛そうね。仕方ないなぁ。」
などと言い訳がましい言い訳で彼を膝枕するヨクミ。にやにやしながら霊体でヨクミの背中にまわって包み込むフユミ。
「らーーらあらーーらーららーらら~」
おもむろにヨクミの歌がカラオケルーム内に流れる。先程モリトが歌った曲のスローテンポバージョンだ。
「あらあら、気に入ったの?モリト君のうた~。」
「セ、センノーの為よ。勘違いしないでよね。」
「うふふ。それはモリト君に言ってあげたほうが喜ぶわよ。」
気を取り直してララララと歌い続けるヨクミ。
「「「うう……ガクリ。」」」
この日、カラオケルーム内で謎の昏睡事件が発生した。
どうやら声が聞こえるかどうかは別にして、漏れた魔力が周囲の人間の脳を直撃してしまったらしい。
客もスタッフも全員1時間ほどで目覚め、身も心もスッキリした。スタッフが火を使っていない場面だったので火事も起きてない。
この街はセキュリティに厳しい為に店長は一応通報したが、調査してもとくに事件性も見られず問題視はされなかった。すでに特殊部隊の面々は逃げるように退店していたので証拠もない。
「私達はここまでだけど、みんなお仕事頑張ってね。でも無理しちゃダメよ?身体は大事にする事!良いわね?」
「「「皆さん、お世話になりました!!」」」
なので彼らはオトナ達との別れの挨拶には間に合い、彼女達を見送ることは出来た。キョウコの言葉を受けて全員で頭を下げて感謝の言葉とともにお見送りする。
一応キョウコは次の日までは会う予定だったが、事情によりそれは叶わない。
なので子供たちはここで挨拶できて良かったと言えるだろう。
…………
「諸君、おはよう。聞いてるとは思うがトキタ君が我々の下を去った為、ワシらが直接この学校の指揮を取ることになった。」
6月11日朝。全員教室に集まり、ミキモト教授が朝礼を開始する。その横にはサワダが控え、教室の壁際にはライフル銃を持った男達が並んでいた。
「トキタ君達は残念な事になったが、君達の任務は変わらない。現代の魔王を滅ぼすことじゃ。その為にはより効率よく訓練をこなし、強くなってもらわねばならん。その為に彼と接点のあったスタッフたちは一新させてもらった。急な環境の変化に戸惑うかもしれぬが、どうかわかって欲しい。」
「「「…………」」」
ミキモト教授が経緯の説明をして協力を仰ぐ言葉を並べるが、誰も返事はしない。
それはそうだろう。知る者からしてみれば明らかに嘘と判るニュースを流し、旧スタッフを解雇に追いやり今日来るはずだったキョウコも音信不通になり、来ていない。
さらにこの場は銃を持った兵士に囲まれている。どこにも信用できる要素は無かった。
「みなさん、お気持ちは解ります。が、円滑に進めるためにも返事だけはしてくださいね。」
「「……はい。」」
答えたのはユウヤとモリトのみだ。
ユウヤはリーダーとして、モリトは秩序の守る立場として答えた。ソウイチはやり口が気に入らない、とばかりに前を睨みつけている。
「君達の意思は伝わってるつもりじゃ。新スタッフの男女比率もほぼ合わせておる。医務室は女性も多いから女性陣は安心して欲しい。食事に関してはレーションが多くなるが、これも任務の一環として受け入れてくれると嬉しいのう。」
「もちろん我が国のレーションは高水準ですので栄養が偏るなどの心配はございません。」
「「「…………」」」
サワダが補足するが隊員達の士気はだだ下がりである。
厳しい訓練を乗り越えてこれた理由の中に、イダー達の作る食事はそれなりにウエイトを占めていた。
「それと、今後は日曜も訓練をするので、国の為に励むようにな。」
ざわざわざわ……
「それじゃあ俺達が持ちません。考え直して貰えませんか!」
「ふむ、記録では我々のクスリで毎日無傷に戻るとありますがね。それに君達の中には回復手段を持つメンバーも居るはずです。みんなで力を合わせて魔王と戦っていこうじゃありませんか。」
ユウヤが代表して抗議するが、サワダに却下される。チカラが使えるとは言えそれもタダではない。精神を消耗するのだ。
(((こいつら、人を何だと思って……)))
「それとじゃ。力を合わせるにしても一匹、別の物がまぎれておったな。」
その言葉にヨクミがビクンと反応する。
壁際の兵達がヨクミに近づき銃を向けたのだ。
「「「ヨクミさん!!」」」
廊下には更に別の兵士が待機しているのか、ばたばたと足音が聞こえてくる。
「な、なによ!私に何か用!?」
「待て、お前ら彼女をどうするつもりだ!」
モリトはヨクミの前に出て射線から庇うが、2人は既に囲まれた状態である。
「なに、彼女は人間では無いのだろう?今まではトキタ君が庇っておったようじゃが、これからはそうもいかん。彼が魔王の手先だった以上、彼女も繋がりがあるかもしれぬ。」
「そんなバカな!ヨクミさんはオレ達の仲間なんだぞ!?」
「そうだ、たとえ異種族でもこれまでずっと――」
「知っておるか?人権というのは人間に与えられたものじゃ。彼女はワシの研究に役立ってもらうつもりじゃ。そうすれば結果的に君達の役に立つ。だいたい今まで通りじゃろう?」
「お前はそれでも人間か!!」
「人間じゃよ?お主達こそ、魔王を倒したくないのかの?よほどトキタ君に感化されておるのかのう?」
「それは、話のすり替えだろう!」
「まあよい、連れて行け。終わったら別棟のも回収にいくぞ。」
そのミキモト教授の言葉に包囲の輪が縮まる。銃を突きつけられて怯えながらもヨクミは友人もピンチなのを悟って抗議する。
「フユミちゃんも!?やめて、私達に手を出しても魔王は捕まえられないでしょ!?なんで仲間を平気で殺すのよ!」
「君がいつワシの仲間になったのかね?早く連れて行け。」
「あなた達は!魔王を倒すと言いながら女の子をイジメる事しか出来ない愚か者なのか!それのどこが教授だ、研究者だ!」
モリトが迫る兵達の銃を払いながら叫ぶ。
「君は確か、ご両親が魔王に殺されたのではなかったかな。ならば我々に協力して敵を倒したほうが良いと思うのじゃが?」
「隣の仲間1人守れなくてなにが魔王退治だ!!」
「威勢だけはいいですが、手を出したら反逆罪。投獄の上、処刑が待っておりますがよろしいのですか?」
いつも冷静なモリトの頭に血が上り始めると、サワダがすかさず脅しに掛かる。
「それはお前たち全員に言えることだぜ!」
「仲間に手を出したら、お前たちがオレ達への反逆罪だ!」
ユウヤとソウイチが戦闘態勢に入る。アイカとエイカは怯えているが、それでもミサキの後ろでタクトと鏡を握っている。ミサキはチカラを溜めてはいるが、使うかどうかは迷っていた。
「ハァ、ハァ……」
メグミはもう言葉も出ないくらいに爆発寸前だ。その身体に明らかにマズイ量の赤黒オーラが溜まっている。
どうやら彼らには脅迫に屈するような心は持ち合わせていないようだった。
(ほう、思ったより根性はあるようじゃ。ヌルく育った子供達なぞちょっと脅せば大人しく従うと思っておったのじゃが。だがまぁ、ヒトマズは合格と言ったところかの。では続きじゃ。)
「つまり、全員人類を裏切るつもりかの?行く場所もなく、指名手配されてコソコソ逃げ回る毎日じゃ。それとも実は魔王と繋がりでもあって、協力を仰ぐつもりか?」
「そうさせるのはお前たちの行動だろう!!」
「オレは売られた喧嘩は買うぜ?」
ユウヤとソウイチはいよいよチカラを発動させてしまう。
「み、みんな待って!みんなが犠牲になることはないわ。私が大人しくすれば……」
「ヨクミさんらしくないね。仲間1人守れないようなら魔王にだって勝てないさ。だからここは思い切り、ね?」
「モリト……」
「ならば、全員覚悟することじゃ。ほれ、攻撃開始!」
ミキモト教授が兵たちに合図を送る。だが彼らが動き始める前にソウイチとユウヤが先手を打った。
「重力波!!」
「ミチオールクゥラーク!!」
「―――――ッ!!」
ソウイチの横方向への重力と、流星のようなユウヤの拳。そして赤黒い呪いのような何かが周囲の兵士達を壁に押し付ける。
「うぐぐ、これは想像以上じゃ!」
「教授、無茶だったんじゃないですかね?」
「いや、ここはガツンと行くべきってお前も言っておったろう!」
何やら教壇側で言い争いをしているが、チカラは止まらない。なんとか兵士は銃を構えて撃とうとするが、虚空より女の手が現れて銃を奪われる。そのまま銃身で顔を殴られ気絶する。
奪った銃はマガジンを抜かれ、ポイッと遠くへ投げられてしまう。
「「私達だって、ヨクミ姉さんを守るんだから!」」
アイカとエイカはほとんど動けない兵士達を倒していく。
「これでどうだ!!」
廊下から追加の兵士が入ろうとするが、モリトの隠し持っていたフラッシュバンで怯む。
それでも狙撃をしてきてモリトとヨクミを銃弾がかすめるが、ミサキの人形が彼らを守るように配置される。
「ありがとう、ミサキ!」
「どうってことないわ。」
(ここまでならどうってことはないのよ。でもここから逃げるにしても、この先は見せたくないのよね。)
ダララララララララ!!
ダララララララララ!!
「うぐっ!?」
「ぐぇっ!?」
派手に戦っていたユウヤとソウイチが、まだ意識のある兵士からアサルトライフルのフルオート射撃を食らう。
すぐさまメグミのオーラに飲まれて気絶させられるが、銃弾は放たれてしまった。
「へへ、まさかこの距離でもライフルを防げるとはな。」
「見ろよ、オレなんて銃弾全部つまみ取るなんて、漫画みたいな事をしちまったぜ。って、熱ィ!!」
重力の防壁と加速による銃弾の無力化。意外と余裕そうな2人に、一同はホッとする。
「みんな、うう……」
「ヨクミさん、気を確かに!あなたの魔法ならあいつらを鎮める事も出来るでしょう!?」
ヨクミは軽くパニックになっていた。なので水魔法に集中できず、うろたえるばかりだ。
自分が実験材料に選ばれたのに、みんなはそれを助けてくれる。
人間はとても怖く、優しい生き物だ。
(ならば味方してくれる彼らを殺させはしない!)
ヨクミはその一心だけで魔力を操り始める。彼女の周囲には魔法陣が浮かび上がり、空気が魔力で青く見えるようになる。
「あ、ちょっとやばくないですか?」
「うむ、マズイかもしれんのう。」
「そろそろネタバラししてみては……」
「しかしそれが通じそうな顔に見えないのが問題じゃな。」
「ではまずは外へ……」
教室の隅で小さくなっていた教授とサワダが逃げようと試みる。しかし手足が思うように動かない。だが恐怖のためではない。
「どこへ行こうというのかしら。」
彼らへ向かってミサキが手を伸ばしていた。
その指からは見えにくいが糸が伸びており、教授達だけでなくほとんどの兵士達に刺さっていた。
「これは、まさか……ナカジョウの!」
唯一ミキモト教授だけが気づいたそれは、キサキも使用していた相手を自在に操るナカジョウの秘術の一端であった。
(見せたくはないけど、ここで逃したら碌な事にならない。口を封じてしまえば問題ないでしょう。)
割と恐ろしい考えだが、ミサキ視点でこの場合は仕方ないと言える。
「全員止めたわ、ヨクミさん、やっちゃって!!」
「愚かな人間どもにキョーイクしてあげるわ!!」
水属性の魔力が教室中に充満し、あとは発現を待つばかりとなる。
「”パトーク”!!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
ドババババババババァァァァァ!!
教室全体を揺るがすほどの地響きの後、視界が全て水に飲み込まれた。
ガラッ!
「そこまでだ!みな落ち着いてがぼがぼがぼがぼがぼ……」
「「「うわあああがぼがぼがぼがぼがぼがぼ……」」」
突如現れた大量の水に、教授たちや兵士達が流され壁に打ち付けられてダメージを負い続ける。
最後の瞬間に誰かが教室に入ってきて何かを言い出した気がするが、お構いなしに全てが水に流されてしまった。
「「うわー綺麗だねー!」」
「「「何だこの凶悪な魔法。」」」
「すごいよ、ヨクミさん!威力もだけど、みんなを守ってくれてるんだね!」
ヨクミの仲間は守護結界とでもいうべきバリアにて守られ、流されてはいない。
「ハァハァ、水の上位魔法パトーク。今の私でも撃てたわね。」
「がぼがぼゲホッ、ゴホッ。お前達、やりすぎだ!」
「「「誰!?」」」
そこへ両脇にミキモト教授とサワダを抱えた男が立っていた。年は教官よりやや下くらいか。
「オレはサイトのコウジ。サイトのマスターに頼まれて来たんだ。」
「って事は教官の元同僚ってことか!?」
「そうなるな。ケーイチさんは偉大な先輩だった。とにかくまずは落ち着いて水を止めてくれよ。まだ海水浴には時期が早いぜ?」
「えー、でも貴方も私を解剖して食べてクスリ漬けにするんでしょう?もう騙されないんだから!!」
「オレはそんなに猟奇的な性格じゃねえよ。このおっさん達は今の君達を測るのにカマかけただけらしいぜ。見ての通り、ヤリ過ぎなんで止めるように言われて来たんだ。」
「「「はぁ!?」」」
「ッ!!」
(マズイわね。それが本当ならチカラを不用意に見せてしまったわ。今ならなんとか記憶も操れないかしら。)
こっそりと教授たちに糸を伸ばして頭を弄りだすミサキ。それが効果有るかは知らないが、ダメ元でやってみる価値はある。
「ヨクミさん、一応話を聞こう。今後の事はそれ次第で。」
「わかったわ。ホントはさっさとトドメさして逃げたいけれど。」
「はっはっは、オレでもそうするかもな。おい、爺さん起きろよ。」
「ゴホッゴホッ、助かったのか?」
「「それはあんたの態度次第だな!」」
「なんじゃ、あの世ではないのか。」
ユウヤ達に凄まれて残念そうな声を漏らすミキモト教授。
その後彼は今回の趣旨を説明する。結局は隊員達の実力をその目で見るのが目的だったのだ。ただし実力というのは暴力だけでなく、面倒な事態に陥った時の対処法など総合的にである。
「そういう訳で、別に本気でお主たちとやり合おうなんぞ思っとらんわい。そもそも、自分の所の戦力を減らしてどうするんじゃ。」
「「「それをやりそうだから止めに入ったんだけど。」」」
「日頃の行いですかね。我々の研究は理解されにくいですから。」
「そうじゃな。解りにくいのは解かるわい。」
サワダが的確なコメントで納得すると教授も同意する。
ミキモト教授はそれこそ世界中を飛び回っているが、研究がアレな為に理解はされにくい。されてたらスポンサーはもっとつくだろう。
「それで?今後はどうなさるつもりですか?」
サイトから派遣されたコウジが話を聞き出す係だ。
今はパートナーのミカも合流して会話を記録している。
「朝礼で言った通りじゃ。訓練は多くなるが、そう遠くない未来に魔王とは決着をつけるつもりでおる。そうすればお主達も少しは楽になるじゃろうて。」
「決着ってことはニュースで言ってた例の兵器とやらで、ですか?」
「うむ。あの理論に基づいた兵器が増えれば、魔王も必ず倒せると言うものじゃ。」
(でも、それでアケミさんが!やっぱり信用できない!)
(うわ、何この子!!呪いの塊みたいな子じゃない!)
自身のチカラでメグミを探知してしまったミカがビビる。
その後も話し合いを続け、今回のような無茶はしないように約束させた。
とはいえ隊員側からの不信感が非常に高く、もう以前のような学校ではなくなってしまったのは明白だった。
…………
「正直あのやり方は気に入らないけど、ヨクミさんが無事で良かったよ。サイトのマスターが身元引受人になってくれたし。」
「まだ油断はできないわ。会ったこともない人を信じろと言われても無理があるわよ。」
「それもそうだけどね。今はこの生活を続けられるのは嬉しいよ。でもヨクミさん、僕は何故に一緒にお風呂してるの?」
同日夜。モリトはヨクミの部屋のお風呂に入れられていた。今日はいつもの特訓が無かった。それはまあ解かる。
会話することで意識を反らしているが、人魚姿に戻ったヨクミと一緒に入るのは男の子的に非常事態である。
最近は胸も膨らみつつあり、下半身の曲線美は幻想的だ。下半身が揺れるたびに背びれがピチピチとモリトを叩く。
「フユミちゃんがね、こうしろって言ったからよ。今日は庇ってもらったし、お礼をするならこれだって。」
「あの人、絶対楽しんでると思うんだ。」
「何よ、嬉しくなかったの!?」
「いや、嬉しいけどさ!ヨクミさんは男女的な恥じらいとかどうなのかなと。」
「子供が生意気言ってるんじゃないわ。それに実験材料扱いの異種族女なんてモリトも興奮しないでしょう?」
「そんな言い方しちゃダメだよ!ヨクミさんはヨクミさんなんだ!寂しいならずっと側にいる。それはとても興、光栄な事だ!」
モリトは頑張ってフォローする。しかし一瞬興奮と言いかけたのは男の子だし仕方がない。
「何格好つけてんのよ。でも今日は助かったわ。ありがとう。」
「!?!?」
ピトッと抱きしめられて色んなものが密着し、冷静さが換気扇に吸い込まれて飛んでいく。
「私ね。やっぱり帰りたい。この世界は優しい人も居るけど、やっぱり怖いよ。今まで楽しかったのに、なんでこんな……」
そのまま嗚咽を漏らすヨクミに声をかけようとするモリト。
「ヨクミさん……僕は――」
「ばかぁ、しゃべんなぁ。だまって聞いてろよぉ。」
コクリ。
モリトは黙ってなすがままにされることを選ぶ。
「うわぁぁぁあああん、怖かったよぉぉぉぉ!!」
その夜はヨクミの鳴き声が響き渡り、モリトはその震えを全て自身の身体で受け止めていた。
魔力が漏れだして厚生棟の面々が早めの就寝時間を迎えてしまう。
防音効果は完璧な仕様な建物だが、魔力は別だったようである。彼女の負の感情が籠もったそれは、あまりいい夢を見せなかった。
モリトはその爆心地に居て強力な精神波が身体を貫いていく。
好きな女性が目の前で泣いている。彼は気絶しながらも彼女を優しく抱きしめ続け、涙も震えも柔らかさも全て受け止めていた。
お読み頂き、ありがとうございます。