77 キリコ その4
「そんな訳で彼女はあの世で医者をやることになったんだ。」
「そっか、アケミちゃんは救われたんだね。ていうかマスター、私の知らないところで死にかけないでくれる!?」
2012年6月11日。彼女があの世で新生活を始めたと聞いて、私は少しホッとしていた。アケミちゃんはたった2回会っただけのお客さんだったけど、とても仲良くなれたし夢を叶えたと聞いて応援していたんだ。相手があのヤバイ男ってのが気がかりだったけど。
なのに死ぬより酷い目に合わされた挙げ句に、マスターでも復活させられなくてどれだけ悔しかったか!この1週間、心の中がグチャグチャだったわよ。
「ごめんな、今回はもう自分でもワケ解らなくなっててね。だが対策は作ってるから、かなりマシになると思うよ。」
「そう?それなら良いけど気をつけてよね!」
「ああ、心配掛けたな。ありがとう。」
マスターはそう言って頭を撫でてくる。も、もうそんな子供扱いして!そんなので許されると……うん、許しちゃう!
でも正直ね、マスターに少し幻滅してた自分が居るの。今までどんな状況でもどんな難題でもクリアしてきた私のコイビト。
その牙城が崩れてギリギリのところで助けられたのが今回のアラマシよね?終わりはともかくその経緯が残念に感じたわ。
もちろん彼が悪い訳じゃなくて、社長の思惑とか私の期待が大きすぎたのが原因って判ってるわ。
だから自己嫌悪も含めて1週間、心がグチャグチャだったの。
「ひゃっ!」
「幻滅させてすまないな。だがキリコの将来についてはキチンと期待に、それ以上に応えられるようにするから。」
マスターに抱き寄せられ、全身が彼にスッポリ埋まる形になる。
そうだった、私の考えなんてお見通しよね。だからこそ期待が高まっちゃうわけで……。
「あ、こっちこそごめんなさい。その、私は……」
「大丈夫だよ。何も言わなくていい。」
「……うん。」
四捨五入しても150cmに届かない私の身長。この頭を優しく包んでくれるマスター。平均身長の彼は、私にはとても頼もしい男性に思えるのだ。だいぶヘンタイだけど、実際頼もしいんだからね!
…………
「星空屋台バージョンの水星屋へようこそ!今宵は貴様達闇の住民に合わせたスペシャル仕様よ!せっかくこの私が歩み寄ったのだから、破産するまで食しなさい!」
「ほしぞらバージョンへよーこそー!たくさん食べてね!」
「「「水星屋へようこそー!」」」
6月17日の夜。悪魔屋敷の中庭で、私を始めとした魔王邸メンバーの開店の掛け声でお客さんの列が動き出す。
「酒と天ぷらを頼む。しかし今日はどういった趣きなのだ?」
「いらっしゃい、トウジの旦那!今日は初夏の星空をみんなで肴として共有しようってマスターが言ってました。」
「ほう。和の心を大事にするのは素晴らしいな。だが当のマスターがおらんようだが?」
「はい、お待ちー!お父さんは改造しゅじゅちゅしてるの!」
「ふむ?オレが死ぬ前に流行っていたあれだろうか。まあ良い、こういうのも良いものだ。」
何かに納得して野外客席に移動するトウジの旦那。
私の生まれる前の話はちょっとよくわかんない。
今晩はマスターが魔王邸の改造をするとのことで、世間的には何の意味もなくイベント仕様の営業スタイルを取ってるわ。いわゆるセルフサービスよ。
今日は私がマスター代理!奥さんとカナさんが料理担当でユズちゃんがラビットステップで料理を運んでる。
シオンちゃんとリーアちゃんは飲み物を用意しながら歌ってるわ。声を同時に何個も出せるって器用よね。彼女達はツバも飛ばないし。
セツナちゃんは遊撃マスコット担当よ。この歳でマスターの真似をする所なんて可愛くて仕方がないわね!いつか生まれるハズの、私の娘にも覚えさせよう。うん。
ちなみに孤児院組は神社近くでキャンプ中なの。
男の子達は大物を狩るんだって息巻いてて、女達はキノコ狩りを楽しむみたい。イミシンよね。
間違ってあそこの神様を狩らないといいけど。
すっかり院長が板についたクマリちゃんは張り切ってたわ。
えんそくのしおりを作ってたし、クマみたいな勢いで指示を出してたし。
新人のマキさんは隅の方で寝てるわ。新環境で疲れが溜まっていたのか、準備中にお客さんが寄ってきたら倒れちゃったの。
みんな閉鎖された場所で生きてるから、たまにはこうやってはっちゃけるのも大事って事よ。うん。
「キリコちゃん、今日は”別腹”って有るかい?」
「すみません、今日は……いえ、なんとかしますよ!」
熊五郎さんが今日はメニューにないパンケーキを要求してくる。
本当はダメだけど、彼の隣にいる彼女らしきクマちゃんを見たら一肌脱ごうって思っちゃうよね。
保管庫に材料が有ったので、それでさっと作ってさっと提供する。
保管庫の中に「これを使え」ってメモがあったので迷うことはなかったわ。さすがマスターね!
「はい、お待ちー!でも他の人には内緒だから、見えないところで彼女さんと仲良く食べてね!」
「お、おう!じゃあダークマターちゃん、あの辺で食べようか!」
「は、はい!」
「ごゆっくりどうぞー!」
物陰に移動する熊五郎くんとダークマターちゃん。良いアシストをしたわね。うんうん。あ、マスターの癖が伝染ったかしら。
それにしても彼女さんすごい名前。よく捕まえたわね。2重の意味で。
「こんばんはー、今日はキリコさんが仕切ってるのか?」
「いらっしゃいませ、女王様。今夜は私がマスター代理よ!どんどん食べていってね。そっちの方々も!」
「マスターが居ないのか、このメモを後で渡しておいて。」
「はいはーい、漫画本の注文ね。うわ、エッチな奴多くない?」
「うわわわわ!見ちゃダメだよぉ!」
「慌てなくても大丈夫よ。マスターと住んでたらこんなもんじゃ無いわ。それでご注文は?」
「ほら若造のせいでキリコさんが困ってるだろ?おすすめの酒を4つと食い物もおすすめを4人前頼むよ。」
「はい、オススメ4人前入りまーす。副主任さんも慣れたもんですね。」
「さすがに何年も暮らしてればな。前のオレはどうかしてたぜ。」
「時にキリコさん。あの連中は上手くやってるのか?」
主任さんは相変わらず落ち着いた方ね。だからこそ山の管理も出来るんでしょうけど。
「クマモトさん?動物園で仲良くやってるわ。たまに無料チケットくれるから、マスターとデートも出来るし助かってるの。」
「うむうむ。若い者は社会で揉まれないとな。棄民はオレらロートルだけで良い。」
「まだまだお若いじゃないですか。ウチの当主様とかに比べたら。」
「聞こえておるぞ、爆弾娘が。我は永遠の10歳ぞ!?」
気がつけば横に当主様が!まずい、お客さんだけでも逃さなきゃ!
「うひゃー!4人前お待ち!皆さん早く逃げて、じゃないと年齢を吸われるわよー!」
「お主という娘は……」
「クスクス。当主殿、あちらで食べておるから後ほど来てくだされ。」
「「「キリコさん、お達者で!」」」
さっさと居なくなった山の4人組、当主様のジト目が私に刺さる。
どうして私はタイミング悪くジョークを言っちゃうのかしら!
「む、キリコは気がついておらんのか?まぁ、それも一興か。」
「何のことです?400年以上もお肌のお手入れ要らずの可愛らしい当主様。」
「おべっか使ってそれとは……もはや天性のものだな。それはどうでもいいが、いつものやつを頼むよ。」
むー、もったいぶらずに教えてよぉ。爆弾魔を治せればもっとマスターと素直にイチャイチャできるかもじゃん!
「はい、特製ハンバーグお待ち!」
実は当主様が現れた瞬間から、奥さんが用意していたハンバーグ。
誰も味見できないので味の保証は無い。だって半分は牛肉とは言え、共食いは嫌でしょ?
「うむ、確かに。マスターが居なくても励むようにな。」
受け取った料理の香りや見た目で納得したのか、さっさと山の4人組のテーブルに移動する当主様。入れ替わりで閻魔様が来店する。
「キリコ、精が出るな。マスター代理とは出世したもんだ。」
「いらっしゃいませ、閻魔様!アケミちゃんは元気ですか?」
「ああ、聞いてたか。実はこの手紙の郵送を頼みたくてな。」
幾つかの封筒を渡されて反射的に差出人を見る。
「はいはーい、配達のご注文ですね。これ、アケミちゃんから!?」
「本当は生者に意思を伝えるのはダメなんだが、彼女は特殊でな。これくらいの特典はありだろうと判断したのだ。ただし要らぬパニックを避けるために工夫しろとマスターには伝えてくれると助かる。」
宛先を見ると家族に親友、弟子であり師匠?と水星屋宛の手紙もあった。
「確かに受け取りました!必ずマスターに届けてもらいます!」
「うむ、配達賃としてまずは酒と天ぷらを注文しよう。」
「はい!はい!!閻魔様天ぷらとお酒入りまーす!」
大事なお手紙はマスターの倉庫へ丁寧に置いておく。
私は盛大にボルテージが上がってお仕事にも反映される。
本家ラビットステップでささっと料理を運ぶ。
ごめんねユズちゃん。お仕事取っちゃった。
「はい、お待ち!」
「見事なものだな。マスター代理。帰りにはアケミ用の……マスターが居ないとだめか。ともかく今夜は楽しませてもらうよ。」
「はい、ごゆっくりーー!お帰りの際はマスターを呼びますので、ぜひアケミちゃんにも届けて下さい!」
「ああ、頼むよ。」
閻魔様は上機嫌で空いてるテーブルへ向かう。私は色んな繋がりを感じ取れて幸福感を感じる。この仕事ってこういう時が最高よね。だからマスターもこの仕事を選んだのかな。
たまには嫌なお客さんも居るけどそれはそれ――
「こんばんは、可愛い店員さん。今日はマスターは居ないの?」
「出ましたね、ブラック経営者!セツナちゃんは奥に逃げて!マスターなら更に高みを目指して改造しゅじゅちゅちゅーよ!」
「言えてないわよ、可愛いけど。」
うぐぐ。セツナちゃんのが伝染っただけだもん。
思った側から現れたわね。異界の領主にしてハラ・ブラック社長!
「よしよし、安心なさい。彼を壊すような真似はしないわ。先を考えたら今回は仕方なかったの。」
社長はすこぶる優しい声を出しながら私の頭を撫でてくる。
「うにゃ……この程度で籠絡できるとは思わないことね!色々真っ黒なのをバラされたくなければ注文して!」
「あなた大丈夫?だいぶあの子に毒されてないかしら。それじゃ、まずはワインとサラミとチーズで。」
何とでも言うがいいさ、真っ黒社長め!
「はい、お待ち!ついでに今度、マスターに色素を薄くしてもらったらどうですか?」
「嫌われたものね。でもそんな可愛い顔で背伸びして悪口を言っても微笑ましいだけよ。」
ぐぬぬ。でも私じゃダメでも、他のお客さんならどうかしら!
「おい、聞いたか?領主さんって黒いんだって。」
「何処がだ?ハラは近年よく言われてるが……」
「色素っていうくらいだからデリケートな所?」
「マジかよ、ニオイだけじゃなくて黒いのか!」
「まだだ、下だけならまだ見なくても……」
「色々っていってたから上もじゃね?」
「やっぱり毎晩とっかえひっかえしてるせいか?」
あらぬウワサが広まりつつ有るわね。社長は経験多そうだし!
ビキビキッ!
うわー!血管凄い浮き出てる。効果アリね!
水星屋の力!思い知るが良いわ!ふははははは!
「あ、あなたね、さすがに身体的特徴はやめておきなさい。でないと子孫と来世以降も低身長になる呪いをかけるわよ。」
はは……は……。マスター、助けてぇ!
「今のはお前が悪いだろう、キリコ。素直に謝っておけ。」
しゅばっと現れたマスターが私に謝罪を促す。当然か。
「ごめんなさい、シャチョさん。」
「急に不法労働者みたいになったわね。次は気をつけなさい。それでマスター?どう責任を取ってくれるのかしら?」
はい、不法労働者そのものです。助かったけどマスターに迷惑が!
これじゃ暫く堂々と甘えられないじゃない。
マスターは水晶を奥さんへポイすると、覚悟を決めた顔で客席のみんなへ声を掛ける。
「今日はハッキリ示させてもらいます。ご来店の皆さん、ただいま店員から不適切な発言がありましたが、訂正させていただきます。」
ざわざわざわ……
「え?ちょっと、何言う気よ。」
「領主様のデリケート部分の色素は真っ黒なんかではありません。日頃より謎パワーでお手入れしているだけあって、出産を経てもとても綺麗な薄桃色にございます!」
ざわざわざわ……
マスターの大暴露により客席が色めきだつ。ちょっとマスター?
それはマズイんじゃ!ほら、社長もすっごいプルプルしてるわよ!?
「男ならまず見とれ、吸い寄せられ吸い付きたくなる事間違いなしです。また、かねてよりウワサにあったニオイに関しても――」
「この大馬鹿物がああああああああああああ!!」
ドゴォォオオオオオオ!! パリィィィン!
あわわわわわ、マスターが吹き飛んで空間に穴が開いてどっかに行っちゃった!!
「ナイス社長、イイ一撃でした!勉強になります。」
と思ったら私の横に居た!?余裕な顔でサムズアップとか、さすがはマスターね。意味不明と同義語なだけあるわ。
「しまった、またパクられた!でもあんなの酷いじゃない!」
「以前は隠したら怒られましたし。」
「それでいいのよ!」
「やはり社長も女なんですねー。以後気をつけますー。」
あ、この感じは面倒になったわね。マスターってば一定ラインをを越えると急にそっけなくなるからなぁ。
「せっかくあなたが喜ぶ話を進めてたのにィ?こんな仕打ちは酷いわねぇ。例の剣、要らないのかしら。」
例の剣?魔王剣がどうとかってやつかな。それは気になるわね。
マスターがココ数年ご執心だし、絶対格好良いモノになると思ってるわ。
「はーい、お客さん方。今の忘れてね!はい、リーアは新しいお酒をお持ちして!」
手の平をくるっと返したマスターの黒もやが中庭を包んでいく。
記憶の改ざんをしてるんだわ。私達には施してない辺り、テキトー感が伺えるわね。
「はぁ、そろそろ言わなくても伝わると思ってたけどまだまだね。ホント、手のかかるバイト君だわ。私が何の為に――」
「!!、まぁまぁ領主殿。その辺でな。さぁさ、こちらで一緒に飲もうではないか。」
この後は閻魔様の仲裁が入っていつもの平和な営業に戻ったわ。
ある意味バタバタするのもいつものお店だけどさ。
なんか止めに入った閻魔様が焦ってたけど、きっと私達を思ってのことだよね。
お客さんに愛される水星屋、やっぱり最高ね!
…………
「あなた、どうかしら?そろそろでしょ?」
「ああ、この状態ならきちんとケアすれば大丈夫だろう。」
7月14日深夜。魔王邸の夫婦の寝室で、マスターは妻の身体をチェックしていた。服は着て居ないが別にいやらしい意味でのソレではない。単純に○○○のバイタルチェックだ。
彼らは愛情が減衰する事無く日々を過ごしている。
その割にセツナが生まれてから第2子を授かろうとはしなかった。
これには理由があり○○○は結婚以前、その身に強力な呪いを受けた所為で著しく生命力が低下していたからだ。
詳しくは省くが、ゴタゴタに巻き込まれたマスターを庇って左脇腹の辺りに呪いの塊を食らってしまったのだ。
すぐにマスターによる応急処置が行われたが、神クラスの呪いは完全に消すことは敵わなかった。
日々マスターのチカラを通すことで回復はしていくのだが、それこそ大変な時間がかかると判明する。
これが2人が結婚するキッカケの1つになるが、当時はセツナを産むのもやや危険な状況にあった。
そして今年この時、まだ完璧ではないが第2子を授かっても無事に産めるだろうという判断が下る。となればあとは励むだけ。
やっぱりいやらしい意味のチェックだったか。
「今日はいつも以上に丹念に行くよ。」
「はい、よろしくおねがいします。」
2人は体を重ねてキスから始める。それはとても丁寧で情熱的で、魂まで到達する愛撫の始まりでもあった。
…………
「そんなわけで、奥様が無事にご懐妊となりました。」
「「「おめでとうございまーす!」」」
パチパチパチパチパチ!
「ありがとう。うふふ、ちょっと照れくさいわね。」
「オレも気にかけるが、君達にも妻のサポートはよろしく頼む。」
7月15日朝、魔王邸の主要メンバーが集められて情報の共有がされる。
現在の○○○は魔王事件やサクラと同じく、色々操作して着床まで持っていった段階だ。
拍手でお祝いをして盛り上がる一同。それが収まると司会のカナが本題に入る。
「それでですね、今後は奥様は大事をとって旦那様との行為を大幅に縮小せざるをえません。なので交際契約を結んだ方は一層の努力をお願いしたいとのご命令を、奥様より承りました!」
「「「!!!」」」
「ゴクリ。そそそ、それってつまり……」
「マスターと積極的に身体を重ねて良いと?」
「ま、まぁちょっとまだ怖いけどご命令とあらば……」
「もちろん出来る範囲で構いませんが、仲良くなるチャンスでもありますよ。ぐっふっふ……おっと失礼をば。」
「まぁまぁ、私でよろしければ何時でもお呼び出しいただいて構いませんよ?」
クマリとカナは乗り気のようだ。シーズもかなり興味を示している。
これを機にオーラル止まりを卒業するつもりらしい。
しかし迷ってる者もいた。キリコだ。
(マスターとは喜んでシたい所だけど、奥さんのカワリみたいな扱いはちょっとなぁ。こう、そこに至る何かが認められたり自分の中で踏ん切りがつく何かがあれば……でもそんな――)
キリコは延々と頭の中がぐるぐるし始めた。
それを察したのかマスターが発言する。
「一応言っておくが、妻の代替品のように扱うつもりは無いから安心してくれ。単純に一緒にいる時間が増えるから、関係を進める機会としてどうかと思っただけだ。もちろん妻には了承を得ている。」
「なるほど、ではどうすれば良いか考えてみます。」
「キリコちゃん、気負わなくて良いからね。」
「あのー、ちょっと良いでしょうか。」
「はい、リーアちゃん!何カナ?」
「シオンちゃんとユズちゃんにもう一度、遺伝子情報を頂けないかと思いまして。」
「んん?どういう事カナ?」
「この身体を形成するに当たって髪の毛を頂いたのです。その際私は奥様のものでしたので恐怖などありませんが、クマリさんとキリコさんのを使用した2人は少々戸惑いが有るようです。」
「にゃるほど、AIでも本能的な恐怖を再現できちゃうからそれを克服した後のモノが欲しいってことカナ!」
「「リーアちゃん天才!ありがとう!!」」
左右から抱きつくシオンとユズリン。少し胸を反らしてVサインをマスターに向けるリーア。どことなく妻の挙動に似ている彼女の言動にニヤけるマスター。
「そういうことでしたらシオンさん、こちらをどうぞ。より”近い方”をお渡ししておきますね。」
「ありがとうクマリさん!!いただきまーっす!」
ピカアアアアアッ!
クマリから渡された”近い方”の毛を取り込み、発光するシオン。
光が収まるとそこには、やや大人びた顔つきのシオンがポーズをキめて立っていた。
「「「おおーーーっ!」」」
「うん、いい感じかも!怖さが消えて。もっともっとマスターが好きになれた気がするよ!」
その姿に沸き立つ一同。本人も気に入ったようで、マスターに抱きつきにかかる。
「あの……」
そんな時、キリコの申し訳無さそうな声がみんなの耳に届いた。
「私も未経験なんだけど……」
「「「あぁ…………」」」
気づいてしまったか。と言わんばかりに沈黙が訪れる。
「うーん。もうキリコちゃんが頑張ってスるしかないわね。」
「キリコちゃん師匠、ご決断を!私は後で構いませんので!」
「あの。私はもっとこう、積み重ねと成果が大事だと思うんだ。」
「マスター!今すぐキリコちゃん師匠を連れて部屋に!」
「こらユズちゃん。無理強いしちゃだめだ。キリコだって――」
「マスターに勝負を挑むわ。私が勝ったら女として認めてもらう!」
突如キリコがマスターに人指し指をつきつけて宣言をする。
まるで、絶望的な状況で裁判をするゲームの主人公のポーズだ。
「へ?今ってそんな場面だっけ!?」
「キリコちゃん師匠は何故そんな無謀な条件にするんですか!?」
結局ユズリンの進捗は、キリコの勝負とやらに左右されることになるようだった。
…………
「これより、お父さんとキリ姉さんの料理対決を開催したいと思います!」
パチパチパチパチパチ……!
7月15日、水星屋の営業前。店内に主要メンバーが集められセツナが宣言する。そう、キリコが挑む勝負は料理対決だった。
「お題料理は豚骨ラーメン!トクベツシンサインとしてサクラさんとアオバさんにおこしいただきました!」
「キリコちゃんの勝負所と聞いて駆けつけました。公正なジャッジには自身があるのでお任せ下さい。」
「だ―!」
「なんだか面白そうね!お手並み拝見させていただいます!」
「はい、ありがとーございまーす。モモカちゃんも可愛いですね!」
サクラは「事実の認識」、アオバは嗅覚による「判別」が使える。
公正なジャッジには信頼できる人選だろう。
サクラの娘モモカ。つまりセツナの異母姉妹の赤ちゃんも元気に存在を主張していた。
「現在センシュのお2人は、ラーメンには欠かせないスープをセイサクチューです!ジカンノナガレを変えて作られるそれは――」
セツナのカンペをガン読み解説の通り、2人は厨房の空間を弄り2つに増やしてスープを作っていた。麺は同じものを使うので実質これで決まると言っても良い部分だ。
(キリコはオレと大して変わらない腕になっている。だが同じだけでは越えることは出来ないぞ。)
(毎日練習した成果とヒミツ兵器があればきっと勝てるハズ!今回は絶対に負けられないのよっ!)
この時ばかりはマスターもキリコの読み取りを控え、スープ作りに専念する。
キリコは自分の仕事への思いやマスターへの気持ち、その情熱を注ぎ込んでスープの鍋に向かう。
「ちょっと、キリコちゃん!?」
「「「!?」」」
急にサクラが驚きの声をあげて注目される。キリコも反応するがすぐに勝負の方へ気持ちを切り替えて大鍋に向かう。
「サクラさん、選手への声掛けはおやめ下さい!」
「あ、ごめんなさい。いや、そうじゃなくて!」
「サクラさん、話は終わった後にして頂けませんか。今は真剣勝負の真っ最中ですよ?」
ユズリンに注意されて尚、落ち着きのないサクラを○○○が諌める。
そうなればもう黙るしかないサクラだが、まだ何か言いたげである。
そうこうしてる内にスープが完成して次の工程に移っていく。
次に極細麺を同時に茹で始める2人。
「「「わぁ。」」」
「「「へぇ。」」」
「あらぁ。ちょっと妬けちゃうわね。」
その茹で方と時間の寸分たがわぬ同期ぶりに客席からは感嘆の声が漏れる。
丼のスープに麺が投入されて2人は次々とトッピングを配置する。
「またシンクロしてるわ。」
「この光景はキリコさんが羨ましく存じます。」
「さすが師匠、マスターに負けてません!」
「わぁぁ。凄いです!私も早くああなりないなぁ。」
これも完全にシンクロしており、特にセツナが目を輝かせていた。
「「はい、お待ち!」」
ラーメンが完成し、いつもの掛け声で客席のみんなへラーメンが一瞬で配られる。今回は2杯味見するので、替え玉無し仕様のミニラーメンである。
「ラーメンが完成しました!皆さんにはさっそく食べて頂き、評価をお願いします!トクベツシンサインの方はチカラの使用をお願いします!」
「「「いただきます!!」」」
香り、味、食感など、思い思いの方法で確認していくメンバー達。
スープ以外はほぼ同じ仕上がりのラーメンを慎重に見極めていく。
(オレはいつも通りの味を作ることが出来た。あとは……)
(マスターのは正にいつも通り。ならその先を目指した私が!)
試食する客席を見渡しながら、2人は反応を待っている。
どちらの側も程よい緊張感に包まれてゆっくりと時間が過ぎる。
「はい!みなさん答えは決まりましたか?」
セツナの問いかけに皆が頷いて応える。皆ハラは決まったようだ。
「ほいっ。」
マスターの間抜けな掛け声で参加者一同の前に小型のボードが2種類用意される。そこにはそれぞれ選手名が書かれていた。
「では皆さん、美味しかった方の名前をカカゲて下さい!」
シュバババッ!
女達が掲げたプレートの名前は――全員サトウ・キリコだった。
「「やったあああああああああ!」」
キリコとユズリンが飛び跳ねて喜びの声を響かせる。
「マスター、遂にあなたを越えさせて貰ったわ!」
「うんうん。よくやったぞ、キリコ。」
パチパチパチパチパチ……!
マスターは素直にキリコを認め、周囲からは拍手が送られる。
「マスターのも相変わらず美味しかったけど……」
「うん、キリコさんのは一味違ったよね。」
「さっすがキリコちゃん師匠!信じてました!」
「○○○さんのも勿論良かったけど、キリコちゃんのは似てるからこそ工夫がよく分かるように思えたわ。」
「それでも旦那様が敢えていつもと同じスープだったのは、挑戦を受けてたつ男らしさを感じたカナ!」
「キリコさん、頑張りましたね。美味しかったですわ。」
「私はグルメに詳しくないけど、キリコさんの味にビビッと来る物を感じたわ!」
シーズの絶賛に続き妻やカナ、クマリ、マキと感想が続く。
それらに心地よさを感じたキリコはくるりとマスターに振り返り、達成感に満ちた表情で問う。
「これで名実ともに認められたって事でいいのよね?」
「そうだな。お前はとても頼もしく成長してくれた。」
「ふふーん!どうしてもって言うなら。このスープをお店で出しても良いけど?」
「それは――」
「「待ったあッ!!」」
「「「!?」」」
マスターが何かを言いかけた時、別角度から横槍が入る。
「キリコちゃん。この勝負は確かにあなたの勝ちよ。」
「でも!私の鼻が何か不穏なニオイを嗅ぎつけました!」
「私の感覚も不正の波動をビンビン感じています!」
「「「不穏!?不正!?」」」
特別審査員のサクラとアオバの言葉に一同が色めき立つ。
「ほう?キリコ、そうなのか?」
「なによ、言いがかりはやめて!私はみんなの前で正々堂々と作ったじゃない!それに味だって、2人も私を推してるでしょ!?」
マスターの興味深そうな問いにキリコはムガーッと反論する。
「ではまず、私から言わせてもらう。料理中に私が言い掛けた事をな。」
皆一斉に「あの時の!?」といった表情で彼女の言葉を待つ。
「キリコちゃん。貴女はチカラ、超能力者に目覚めているわ!」
「「「ええええええ!?」」」
「なんですってー!?私がチカラ持ちに!?う、嘘よ!」
「どうやら無自覚のようね。なら私が見た事実を教えてあげるわ。あなたのチカラは「束縛」と言った所ね。「拘束」や「魅了」と言い換えても良いわ。」
ざわざわざわざわ……
「あなたから目には見えない黒い鎖が伸びてるの。その先にはカマだったり首輪だったり、色々だけど……効果は対象を自分に惹き付けて逃さない。」
「そ、そんな!私がみんなをチカラで魅了したって言うの?私はチカラなんて使えないわ!」
「私の見た事実によると、このお店でマスターのチカラを使い続けた影響のようね。特にマスターとお客さんの心を掴もうと頑張っていた部分が発現したみたいよ。」
その鎖がチカラ持ちにも見え難かったのは暗殺稼業で培った気配消し効果か、自分の本心を隠そうとする乙女心故か。
以前札幌でスイカが見たのと同じ物だとすれば、何らかの観測系能力でないと見えないのだろう。
「以上により、自覚がなかったにしろチカラによる影響は少なくは無いと判断せざるを得ないわ!」
「もっちゃん、そんなぁ……」
「分かってキリコちゃん。これも貴女の為よ。何も知らないまま進んだら、昔の私みたいに成かねないから……」
「もっちゃん!」
がばっと抱きつくキリコとそれを受け止めるサクラ。
(ほう……)
『あなた、見てないでフォローしてあげて!』
「キリコ。聞いてくれ。」
「マスター、私はその――」
「別に責めやしないから聞いてくれ。チカラ持ちになったって事は、その気持ちが本物だった証拠だ。」
「マスター……」
「チカラは人の気持ちそのものであり、まやかしなどではない。オレの味を越えたのも、それを周囲に認められたのも全て!キリコの実力なんだ。だからこの勝負、お前の勝ちは揺るがない。」
「マスター!!大好き!!」
素直に好意を前面に出して抱きつくキリコ。好き好き言いながらぐりぐり顔やら何やら押し付けている。
「「「わあああああ!!」」」
パチパチパチパチパチ!
『あなた、ナイスフォローよ!』
こうして終わり良ければ全て良し的な流れで、キリコは積極的に事を進める勇気を得た。
(やれやれ、友達を取られてしまったな。でも良いもんなー?私にはモモカが付いてるもんなー。)
「きゃっきゃ!」
そこにはキリコの抱きつき対象という権利を取られたサクラが、娘のモモカをあやしながら笑う。
「ねぇマスター。私のスープ、お店に出していい?きっと人気が出るわよ!」
「それはダメだな。オレの店の味じゃなくなってしまう。」
「えー!せっかく完成させたのに!」
「だから、自分の店を持って提供するっていうのはどうだ?」
「!!、それは付き合う時に聞いたけど、私はマスターとずっと同じ店で働きたいの!この場所、この繋がりは失くしたくない!」
「繋がりならこれから別の物で作っていけばいい。その為の勝負だったのだろう?正直キリコの”店長”としての才能はオレ以上だと思うぞ。」
「はうわ!!わわわたたたたたた……」
激烈に褒められてひさしぶりにバグるキリコ。周囲の面々はニヤニヤしながら見守っている。
いや、ユズリンは拳を握って一生懸命見守っている。
そしてもう1人。アオバは口を挟める機会を探していた。
「あの、大団円な雰囲気の所申し訳ないのだけど……私の話のターンに移っても良いのかしら?」
「「「あっ!」」」
「アオバちゃん、ここで終わろう?ね?」
「そうだな。ここで終われば幸せだっていう事実が見えてるわ。」
「いやぁ私もそう思うのですが、公平なジャッジを任された以上は、お声がけしないわけにも行かず……」
「うむ、言ってみてくれ。」
キリコとサクラが説得するも、アオバの言い分もモットモだと感じたマスターが先を促す。
「私の「判別」によれば、ズルい事をしたニオイがするのです。」
「ま、また!?だから私はちゃんと――」
「キリコさん。スープの差別化を図るために、何を入れました?」
「やっとマスターに勝てたのよ?そのアドバンテージを自ら捨てに行くなんて……」
「つまり言えない物なんですね?」
「そんな事ないわよ!よく有る物で工夫しただけだし!」
「では教えて頂けますか?」
ズズイと乗り出しキリコの目を見るアオバ。
周りも注意深く彼女たちを見守っている。
「ま、まぁ、考えてみればマスターに教えた方がずっと一緒に働けるかもしれないし変な疑惑も晴らせるしお得かもね。」
「ではどんな工夫をされたのでしょう?」
「それは――」
「「「それは?」」」
「化 学 調 味 料 よ !」
「「「却下です!」」」
シュバババッ!とマスターの名前ボードが掲げられてキリコは逆転させられた。
「異議ありぃぃぃいいいいい!!」
キリコの声が響き、その後も抗議を続けるが判定は覆らなかった。
問題のそれが本当にワルい物かは置いておいて、念の為マスターのチカラで食べる前の状態に戻す事でその場は落ち着きを取り戻した。
…………
「これにて今日の営業は終了!キリコ、お疲れ様!」
「オツカレサマですぅ。」
同日営業終了後。キリコはまだむくれていた。セツナは途中でおねむとなり魔王邸に戻っている。マスターは悪魔だが、娘に無理を強いるほどの悪魔ではない。
「オレの分のモンブランもあげただろう?そろそろ機嫌を治してくれないか?」
「べつにぃ、機嫌なんて悪くないしー。」
キリコは髪をクルクル指で弄りながら不機嫌感を醸し出す。
「実はこの後大事な話があるから、そんな感じだと困るんだよ。」
ピクリ。彼女の指が止まる。彼女の頭に色々な妄想がよぎる。
「ど、どうせまた仕事を頼んだりするんでしょ?そう何度も騙されませんよーだ。私はマスターに詳しいんですから。」
「オレは今夜、責任を取るつもりでいる。これは決定事項だ。」
「んえ!?」
「なのであまり反抗的だと手元が狂いかねない。それはキリコが傷つくことに繋がる。オレとしてはそれは避けたいんだ。」
「お。」
「お?」
「お風呂行ってきますぅぅぅうううう!」
真っ赤な顔で店の厨房から凄い勢いで駆け出していくキリコ。
「あ、キリコちゃんししょぉぉぉおおおおお!?」
お得意のラビットステップで温泉に向かい、途中で監視役のユズりんを捕まえて念入りな準備をお願いするのだった。
…………
「ふんふーん、しょりしょりーっと。」
「ねぇユズちゃん、私のって変じゃないかな?」
露天風呂の洗い場にてキリコの全身の汚れを落としつつ、各種お手入れをこなしていくユズリン。
綺麗になっていく身体に”その時”が近づく実感が出てきた彼女はユズに聞いてみる。
「ご安心下さい、師匠。カナさんやクマリさんにも負けてません。色も綺麗ですし、きっとマスターもイチコロです。」
「ひ、開かなくていいから!息がっ。」
「この敏感さは奥様にも匹敵するかもしれませんねぇ。」
「あの人に迫れるのはそこだけかー。」
「それでも大したものです。あの方は全身最高級の芸術品って感じですからねぇ。」
「まさか呪い持ちとは思わなかったけどね。」
「でも師匠が上手く行きそうで私も鼻が高いです。うふふっ私の構成は師匠を参考にしてますので、こうしてると自分のを見てるみたいです。ここもそっくり。」
「ひゃう!あなたがイタズラしてどうするのよ。それはマスターの役なんだからね!」
「失礼しました。アカスリも体毛も爪もOKです。あとは湯船にて温泉を練りこめば完璧です。」
「ありがとう、ユズちゃん。私頑張るからね!」
「朗報をお待ちしてますね!」
こうして舞台は決戦の地、寝室へ移る。
パァァァァァアアア!
黒い光がキリコから抜けていき、マスターは満足そうに頷いた。
「これでチカラが暴走する事は無いだろう。大人しくしてくれて助かったよ。手元が狂ったらキリコの魂が傷つくところだった。」
「悲報!オトナにして貰えると思ったら心を弄ばれた!ユズちゃんごめん、マスターはマスターだったよ。せっかくカナさんにえっちな下着も借りてきたのに……」
「あなた、これはキリコちゃんが可愛そうよ。」
「これも大事なことだよ?でないと適当なオトコがキリコに群がる可能性だってある。それこそゾンビみたいに。」
「う、それはたしかに嫌だけど。」
「キリコを引き寄せたのはオレの所為だからな。ちゃんと生きていけるように導く責任があるのだ。」
「……導いて欲しいわけじゃない。一緒に居たいだけよ!」
キリコは駆け出し、寝室から出ていく。
「マスターのばかああああああ!」
自室に戻ってベッドにダイブするキリコ。しかし彼女を受け止めたのは、冷たいベッドではなく暖かいマスターだった。時間を止めて追いついてきたのだろう。
「うぇ!?」
「まったく、話の途中で居なくならないでくれ。」
「ど、どうして……」
「責任取るって言っただろう。物には順序ってものが有るんだよ。」
「う……」
自分に思うコトが有るのなら、相手にも同じことが言える。
キリコはマスターと関係を作る上で、物事の順序や積み重ねた信頼を大事にしようとしていた。先程はそれを自分で破ってしまった形だ。
「だがそうだな。お互いの欲を満たさないと先には進めないようだ。見ての通り、今もお前はオレをこんなに求めている。」
マスターにはキリコから発射された鎖鎌が幾つも絡みとこうとし、彼の黒いチカラでそれらを抑えられてウネウネしていた。
「わ、私は……」
「気にすることはない。思うままにしてみようじゃないか。」
「の、臨むところよ!!」
キリコは自分からマスターに抱きつき、キスをする。
彼の服を脱がせていき、今度は自分だとばかりに両腕を広げてアピールするキリコ。
「なら、今日は全てを頂くよ。」
マスターはゆっくりとキリコを奪いに向かう。
彼による防御力低下攻撃により守備力が0にされ、状態異常を引き起こすフェザーアタックで力がどんどん抜けていく。代わりに内部から強力な欲望と悦びの声が沸き起こるキリコ。
お互いの情欲の象徴を口であやして、信頼関係を確認する。
象徴同士の距離が0に近づき視線で最後の確認をする。
『ついにキリコちゃんがオトナになるのね!』
ステルス状態で自ら監視役を買って出た○○○が興奮している。
彼らの距離が0の先へ行った時、キリコは歓喜の声を上げた。
数時間後。
「うわっ!マスター、まるで滝じゃない!そんなに私の魅力にやられたのかしらぁ?」
「キリコこそ雑巾でも絞るような勢いでシめてたじゃないか。」
「じゃあお互い様ね。」
「そうだな。」
終わった後、各部屋に備え付けられたバスルームにて後処理と感想戦に入る2人。力の入らないキリコは終始マスターに支えられて身体を綺麗にされている最中だ。
「初めては痛いって聞いてたけど、そんなでもなくて良かったわ。こんな凶悪な物がここに収まってたなんてちょっと信じられない。」
「一応調整はしてたからな。痛覚は9割カットしたし、入り口を越えたらサイズがピッタリになるようにしていた。」
「ええー!あんなケダモノ状態でよくそんな器用な事してたわね!」
「ケダモノもお互い様だ。キリコみたいに最初から飛ばしてたら普通は中がキズだらけになるぞ。」
「はうっ。でも、良い初めてを経験できたわ。ありがとう。」
「そう言ってもらえるとありがたい。素直が1番だな。」
「あそこまでして、まだ元気を残してる感じが恐ろしいわ。」
目の前の凶悪なソレを弄びながらキリコは愛おしそうに笑う。
ちょっと”脱線”しながらも綺麗になった2人はベッドへ向かう。
低身長のキリコはお姫様抱っこが様になっていた。
「ほい、お姫様の到着だ。」
「くるしゅーないぞ!てい!」
キリコはチカラでマスターを引き寄せて添い寝状態に持っていく。
「忘れてたけど、マスターのスープ。どうやって作ってるの?」
「いきなりだな。あれは素材の味だけで作ってるんだよ。」
「絶対何処かに嘘があるわ。私がどんなにやっても出来なくて、たどり着いた答えがアレだったのに!」
「オレの場合は空間を操って旨味成分を濃縮出来るからなぁ。」
「化学調味料よりマスターのほうがズルいし不正じゃない!」
「だから言わないでいたんだよ。でも一応キリコはオレより美味いスープを作ったからな。これで約束通り教えたからな。」
「それで、やっぱり私は別々の店で働くのかしら?」
「そちらの方が楽しい人生になると約束する。」
「そう、それは残念ね。」
「だがそれはもう少し先の話だ。まずはセツナが店員として育つ必要もあるしな。」
「そ、そうよね!すぐ離れなくちゃ行けないわけじゃないよね!」
「あと勘違いしているが、お前がオレを束縛しようとするのと同じ様に、オレもお前を手放す気はないからな。」
「それって!?」
「将来子供とかを考えたら、地球側に良い環境を作っておいた方が良いだろう?」
「ああ!!うん、そうよね!うん!!」
「土地と店舗は退職金として用意するよ。運営資金は今までの給料が何億もあるから大丈夫だろう?」
「マスタぁぁぁぁ!」
キリコは彼に抱きつきながらバタバタと暴れまわる
「よしよし、ただそうだな。屋号と候補地は自分で考えてくれ。セツナの成長も考慮して……目標としては年末か年始くらいの開店を目指そうか。」
「私、絶対頑張るから。見ててねマスター!!……あふぅ。」
感極まったキリコだったが、疲れ切った彼女は電池が切れたかのようにパタリと倒れて眠る。
「おやすみ、キリコ。いい夢を見るんだぞ。」
その顔を優しく撫でて軽くキスすると、黒いチカラを通して夢の因子を植えておく。布団を掛けてあげると横から声が掛けられた。
『お見事です。お疲れさまでした、あなた。』
『ああ、オレたちも部屋へ戻ろう。』
そのまま彼は見えない妻と一緒に寝室へ帰るのであった。
…………
「セツナちゃん、違うわ!季節や土地柄を意識した言葉を含めるのよ!そうすればお客さんは喜んでお金を撒き散らすわ!」
「はい!よくぞまいらりぇた、シイタケられしノウゼイシャよ!」
「こらキリコ!オレの娘に厨二病を吹き込むな!!」
「ゾクゾク、はーい!」
後日、指導に気合を入れすぎて怒られるキリコの姿があった。
それでも彼女は幸せそうに笑うのであった。
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