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76 フンカ

ここから4話ほど、前話までのエピローグや幕間的なお話になります。



 


 ニュースをお伝えします。


 6月2日から3日にかけて、ミキモトグループの研究所が何者かに襲撃されました。NO.1からNO.5は建物の一部が倒壊、NO.6は敷地ごと消滅したとのことです。


 死者怪我人は50名を越え、行方不明者は250人を越えました。


 犯行現場には現代の魔王のモノと思われる書き置きがあり、警察は犯人は現代の魔王と見て捜査をしています。


 ミキモトグループは政府お抱えの組織であり、サイトや特殊部隊とも関わりが深く最近では新型装備を――


 たった今入ってきたニュースをお届けします。


 先程伝えた研究所襲撃事件ですが、警察は犯人の1人として、サイトの英雄で特殊部隊の部隊長のトキタ・ケーイチ容疑者の名前を発表しました。既に指名手配をしたとの事で――


 トキタ容疑者は事件当日の昼間に警備員と口論に――


 彼は昔、現代の魔王と同じチームで活動していた――


 新兵器を巡って、妻であるアケミさんを殺害して――



 テレビ、ネット、新聞、ラジオ、雑誌。あらゆるメディアでトキタ・ケーイチの乱心、裏切りのニュースが流布された。


 それらは関係者に衝撃を与え、怒り・悔しさ・悲しみ、あらゆる負の感情が世界中を駆け巡った。



 …………



「わああああああああああああああ!!!」



 2012年6月4日。特別訓練学校の朝の食堂で、ニュースを見たメグミの感情が噴火する。食堂中に火砕流の如く赤黒いオーラが広がり周囲を埋めていく。


「メグミ!落ち着け!!」


「「あわわわわわがぼがぼ……」」


 ユウヤがメグミの肩を抱き声をかけ続ける。

 アイカとエイカは驚きオーラに溺れかけている。

 それを給仕をしていたイダーが救出に向かう。


「アケミさんが死んだ!?嘘、嘘よ!!教官が殺した!?そんな訳ないじゃない!!アケミさんが選んだ人なのよ!?うわあああああああああああああああ!!!」


「おい、ミサキ。お前のチカラで――」

「ダメよ、ここで使っては……私だってなんとかしたいけど!」


「絶対に裏があるハズ!よくも!よくもアケミさんを!!誰でもいい、関係者をぶちのめしてでも真相を暴いてやる!」


 まるで人とは思えない形相と精神力に、他の者が手を出せない。メグミはそのまま外へ向かおうとする。


「落ち着けって!オレ達だけじゃダメだ、大人を通して――」


「離して!私達が動かなくて誰がやるのよ!!」


「ヨクミさん、お願い!」


「メグミ!頭を冷やしなさい!!”イズレチーチ”!!」


 ヨクミの水の回復魔法が発動し、メグミを青い光が包む。

 これはキズの回復だけでなく、病気や精神的な疾患にも効果がある。初期の頃から使っているリチェーニエの強化版だ。


「く、ううう……うわあああああん!」


 魔法によって赤黒オーラが止まるとユウヤに泣きつくメグミ。回復魔法でも涙の氾濫は治せない。


 ユウヤは彼女を部屋へ連れていき、寄り添い慰めながら自身も涙を流すのであった。



 …………



「そんな、嘘でしょ!?だってあの人がそんな事……」



 同日、同じ街の病院で崩れ落ちた看護師が居た。待合室のテレビから流れる情報を信じられない気持ちで見ていたショウコは、持っていた書類やらなにやらを取り落してその場で床に手をついた。


「絶対なにかの間違いよ!!そんな事あるわけない!」


「ショウコさん、どうしたの!?」

「大丈夫か!?ショウコさん!!」


 同僚が寄ってくるが構っている場合じゃない。


「みんなごめん!ちょっと1人にさせて!!」


「「き、消えた!?」」


 ショウコは転勤してからは封印していた自身のチカラ、ステルスを使って駆け出した。


(特殊部隊のコネは当の2人だけ、なら会長さんに!)


 ショウコはまっすぐ自宅のパソコンに向かう。

 幻想生物変身教の会長、ナカジマ・ゲンゾウに接触するために。



 …………



「そう、遂にケーイチさんも開放することが出来たのね。」



 イタリアのアドリア海に面した甘そうな名前の街。その自宅で深夜のニュースを見ていたトモミは感慨深いものを感じていた。


「酷い悪人みたいな言われようだけど、多分ウラがあるわよね。ミキモトグループの研究所ってことはあのお爺さんのだもん。」


 トモミも教授とは面識がある。事件を解決した後に犯人やその痕跡を嬉々として回収していた人だ。


「ケーイチさんは仕事熱心でサイトの大先輩なお爺さんとして尊敬していたようだけど、私はそうは思えなかったからなぁ。」


 トモミからすれば、明らかに他人を実験動物としか見てないような危ない人にしか見えなかった。もちろん彼女のチカラ、精神干渉を通して解ったことである。


 当時はケーイチの尊敬の念にケチを付けても仕方がないと黙っていたが、こんな事なら伝えても良かったかもしれない。


「アケミさんは残念な事になったわね。○○ちゃんがついてたなら、穏便に逝けたと思いたいけど……」


 トモミは今回の犠牲者、アケミの事を考える。


 自分と同じ人を好きになり、でも友だちになった彼女。


 どんなに苦境に立たされても笑顔とポジティブ精神で生きていた彼女。トモミが倒れた時にも必死に看病してくれた女性。


 自然と右目から涙がこぼれ落ちる。



「ごめんなさい。今の私では半分しか涙を流せないの。」



 明日は店を休業して大聖堂で祈りを捧げようと決めたトモミ。


 ケーイチと会えるかもと思うよりも、アケミの死を悼む気持ちの方が大きい彼女だった。



 …………



「ブフォッ!!なんだと!?ケーイチが裏切った?」



 同日。サイトウ・ヨシオはサイトのメンバーに朝食を出しつつ、追加の味噌汁を味見した瞬間に噴き出していた。


 カウンターのメンバーが嫌そうな顔をすると思いきや、彼らも飲み物を噴き出して心の整理がつかない顔をしている。


 それはそうだろう。ケーイチと言えばサイトの英雄だ。


「…………」


 ざわつく店内だがサイトウは静かにニュースの内容を吟味し、考えを巡らせていた。


「……ソウタめ、何かやりおったな?」


 ミキモト・ソウタはアケミとケーイチをくっつけたがっていた。

 今回アケミが死んでいることから、彼女を実験に使いケーイチの怒りを買ったという流れではないか。


 そしてそれを察知した現代の魔王がケーイチにチカラを貸した。


 ニュースはその実験を隠すカバーストーリーなのではないか。


 サイトウはなるべく冷静に今回の事件を分析してそう結論付けた。


「まったくケーイチめ。手助けならオレがしてやるというてるのに、結局アヤツを選びおったか。なんだかんだで信頼してたって事じゃないか。水臭いやつめ……」


 事件の真相を見抜いたサイトウは、寂しそうに床を片付ける。


(今も昔も、優秀な部下はどんどんオレから離れていく。)


 寂しいものだなぁ、とため息をつくサイトウ・ヨシオ。


 その背中は急に老け込んだようにも見えた。だが老け込んでばかりも居られない。

 サイトウは情報を集めるように部下に指示し、ケーイチが残していった特別訓練学校の生徒へのフォローを考え始めていた。



 …………



「う……そ……。おにい、ちゃん?」



 同日。病み上がりで軽めの朝食を食べていたシズク。

 テレビのニュースで行方不明者リストに兄の名前を見つけ、愕然とする。


 最後に電話した夜、兄は帰って来なかった。


 それは次の日も同じで、連絡すら取れなかった。

 風邪の治らなかったシズクは心細さを抱き枕にして眠るくらいしかすることがなかった。


「うそよ……だって約束してくれて……水族館に、一緒にって。」


 何度心の中で否定しようとも、リストの中のミズハ・シラツグの文字は変わらない。既にテレビの表示は切り替わっているので慌ててスマホで政府発表の被害者リストを呼び出していた。

 何かの間違いだと思い込みたいシズクだったが、確かにその名があったのだ。


「シズク、どうしたの!?」


 様子のおかしい娘に気がついた母が近づいてくる。

 だが母が到達する前にシズクが倒れるほうが早かった。


 その後は高熱と悪夢にうなされ、暫く寝込む事になってしまった。



 …………



「この度は我々の力が及ばず娘さんを失う事になってしまい、誠に申し訳ありません!」



 同日、サワダは神奈川にあるアケミの実家を訪れていた。

 彼が頭を下げた先では生気を失ったアケミの両親と、その弟が立っていた。

 いや、母はすでに膝から崩れ落ちて気絶している。父もそれを支えようとしているがうまく力が入らない。


「職員関係者のメンタルケアを怠り、夫のケーイチ氏の裏切りを招いたのは我々の落ち度です。今後この様な事が無いよう、ツトメていく次第で――ぐふぉっ!」


 ボゴォッ!!


 鈍い音とともにサワダがよろめく。アケミの弟、エビオの鉄拳制裁だった。


「てめぇ!なに義兄さんの悪口を言ってるんだ!!あの真面目な人が姉さんを殺すわけ無いだろう!」


 彼のまるで活火山の様な怒りはサワダの魂にまで到達しそうな熱量を持っていた。


 ケーイチは結婚の挨拶の際に何処までも深く頭を下げ、反対する父を相手に熱心に根気強く説得し続けた。


 どうせ面食いな姉さんが無理言って付き合い始めたはずなのに、どうしても自分には必要だと説得したのだ。


 それはエビオに対しても同じで、彼なら姉さんを任せられると本気で思っていたのだ。


「え? いえ、しかし現に……」


「お前、嘘を付いている目をしてるぜ?生命が濁ってやがる。恐らくお前らが姉さんをどうにかしたんじゃないか?それを義兄さんの所為にしてるだけ、違うか?おい!」


 ボゴォッ!!


「ぐふっ!いえ、我々はそのような……ぐはっ!」


「オレ達は姉さんをミキモトに売ったつもりはねえ、だからそのカネも要らねえ。この代償は必ず巡り巡るから覚悟しろ。帰ってそうミキモトのやつに伝えるんだな。」


「ぐっ、失礼します。」


 サワダは取り付く島もなく追い返されるのであった。


 彼も別にアケミが憎くて殺したわけではない。だからこそタチが悪いのだが、それでも謝罪と賠償金は払ってしかるべきだと考えていた。


 だがさすがはアケミの弟、おそらくチカラ持ちだろう。

 良くない考えがサワダの頭をよぎるが、かぶりを振る。さすがにこのタイミングでは露骨だろう。


(しかたない、教授の所へ戻るか。)


 回復薬を飲みながら、サワダは無事だったミキモト研究所へ向かうのだった。



 …………



「戻りました。いやー、ぼっこぼこにされましたよ。」


「すまんな。ワシでは命に関わるからのう。」


「気にしないで下さい。これも正義のためですから。」



 同日。ミキモト研究所 NO.7の所長室にてミキモト教授はサワダを労っていた。


 ミキモト教授は昨日までこそ怒り狂い呪いの言葉を吐き続けていたが、ニュースでケーイチを悪役にしたてあげた事で気を取り直していた。

 現在は冷静な判断ができるようになっている。


 そもそもアケミを”使う”時点で冷静では無かったと思う。

 普通に考えればありえない話だが、成果を焦っていたのと倫理観のズレ。そしてプラス・アルファの所為である。


 成果さえあれば、ケーイチを本気で説得できると踏んでいた。

 それが正義の、この国の、世界の未来の為だと。


 偏った概念に因われた彼は、研究所の外の感性とだいぶズレが生じているのだろう。

 ゲンゾウのイベント等で勉強する姿勢は良かったが、もっと根本的な部分で間違っていたのだ。



「そのカネはどうしたんじゃ?」


「受け取ってもらえませんでした。アケミさんをカネで売ったわけじゃないと。あと代償は巡り巡るから覚悟しろという伝言を授かりましたよ。」


「代償か、ワシも考えたことはあるよ。たしかにあれは巡り巡るもの。まるで世界の血液のような物じゃ。」


 マスターは世界のルールと評したそれを、教授は血液と評する。それは世界への物の見方の違いであろう。


「今回、1から6までの研究所が襲われた。だがNO.5までは日本へ帰ってきた我々への撹乱であろうな。事実振り回されおったわい。」


「はい。NO.6が消滅しているのに対し、他は小破から中破と言ったところですからね。」


 突如全てが消えるより、目に見えて怪我人が出ている方が足を鈍らせる効果がある。戦場でもそうだろう。

 それを狙ってマスターはイタチに指示を出し、彼は良い仕事をしたといったところか。



「それで今後どうするか考えておったのだが……NO.8を本格的に使うしか無いじゃろうな。」


「しかしあそこは……」


「うむ、既に特別訓練学校として使用しておる。我々が直接指揮を執り、現代の魔王退治にのりだすしかあるまい。今までは裏方としてやってきたが、どうにも現場とはチグハグなままじゃったからのう。前線に身を置いてこそ、出来ることが有ると思うのじゃ。」


「ご立派なお考えです。」


「なーに。長く生きたものの処世術、消去法じゃ。」


 今回の事件でミキモトグループが注目され、内外共にダメージを受けている。政府の一部からは見切りをつけようとする動きもあるようだ。


 海外の工場や研究所はまだ維持できそうだが、いずれは余波が広がるだろう。その前に日本国内の疑心暗鬼を払うためには、最前線で目立つ成果をあげるしかない。


 そしてそれが出来るのはミキモト研究所 NO.8、特別訓練学校と言うわけだ。


「では来週あたりから指揮を執るとして、資材・設備は順次運び込みますね。今の職員はいかがします?」


「ふむ。今後は厳しくいくから解雇じゃな。”別件”で働いてもらっても構わんがのう。」


「では、そのように。」


 サワダは指示通りに事を進めるのであった。



 …………



「納得いきません!なんで私達がお暇を頂かなければならないのですか!?」


「なんでもよ。これは貴女の為でもあるの。」



 6月9日土曜の夜。一通りの仕事が終わった後、イダーは事務室に呼び出されていた。

 キョウコから渡された書類を見たイダーが食って掛かる。


 普段温厚な彼女がここまで声を上げるのは珍しい事だ。

 問題なく職務を果たす彼女が解雇通知を渡されたのだから無理もないだろう。


「キョウコさん、昼間に偉い人達に呼び出されていましたよね?何かあったのではないですか?」


「トキタさんが指名手配されたのは知ってるわよね?反逆罪とアケミさん殺害、その他諸々の容疑で。」


「はい、でも私は納得してません。証拠も無いのに酷いと思ってます。」


「まぁ、現代の魔王絡みは証拠がないのが証拠ってね。本題はここからよ。この学校の運営陣を”再編”する事になったの。」


「ええ!?」


「来週からミキモト教授達が指揮を執るらしいわ。私も引き継ぎが終わり次第、御役御免の身なのよ。」


 引き継ぎといってもデータを渡すだけである。それもどこまで活用するか怪しいものだ。なにせかなり厳しい体制になると聞いている。


「そんな、そんなのって!」


「それにね。教授たちはあまり良いウワサを聞かないの。ここらへんが引き際だと思うわ。引かせてくれる内にね。」


「私達はそれで良くても、誰があの子達に暖かい食事を作ってあげるんですか!?子供達は親代わりの教官とアケミさんを失って傷付いてます!彼らの心を暖かくするには、私率いる炊事班しかいません!そしてそれを支えるのがキョウコさんの仕事じゃないですか!」


「私だって納得できるわけないわ。それでもここで指示に従わないと……私達もトキタさんのように疑われるの。」


「そん、な……」


 絶句するイダー。自分の得意分野をこれでもかと発揮できるこの職場は、自分の家のように思っていた。


 可愛い子供達に囲まれ、彼らに対して温かい食事を振る舞う。

 そして素晴らしい笑顔で美味しいと言ってもらえる。


 その場所と子供達の笑顔を、こんな唐突に奪われてしまう。


「私も同じ気持ちよ。ここは居心地が良かったから。さぁ、もう遅いし帰りましょう。明日は午後にでも荷造りしに来ましょう。他のスタッフにもそう伝えてあるわ。」


「…………」


 キョウコはイダーの頭を優しく撫でると帰宅を促した。



 …………



「この度は急な辞令により休日まで荷造りさせてしまい、申し訳有りません。」


「あなたはッ!そんなことを――」


「やめなさい、イダーさん。」


「でも、だって……」


「心中お察しします。僕もこれでいて申し訳なく思ってるのは本当なんですよ。研究漬けですと人心に疎くなりますが、それでも今回の件は重く受け止めていますので。」



 6月10日、日曜日の午後。荷造りをしていた旧スタッフ達だったが、サワダが現れたことでイダーの怒りの心が高ぶりかけた。

 キョウコが止めたことでサワダは更に弁明を続けるが、周囲の反応はシラけたものばかりだった。


(子供達は外に行かせて正解だったわね。)


 キョウコは内心ほっとしていた。子供達も荷造りを手伝うと申し出てくれていたが、全員遊びに行くように指示をだしておいたのだ。


 もしかしたらミキモトの手の者に会うかもしれないし、

 もしかしたら最後の平和な休日になるかもしれない。


 事務室長として、それが子供達に出来る最後の仕事であり罪滅ぼしであった。


「歓迎されないのは解ってましたが、せめてこちらを受け取って下さい。休憩がてら、みなさんでどうぞ。」


 そういってお菓子とお茶を置いてさっさと退散するサワダ。


「こんなもの!誰が受け取るものですか!」


 食べ物に罪はない。しかしそれでもイダーは手を付けなかった。

 それは他のスタッフ達も同様だ。


 実はきっちり一服盛ってあるので、それで正解だった。


「さぁみんな!この後は広い店を予約してあるわ。言いたいことはそっちで言うとして、荷物を片付けてしまいましょう!」


「「「はい!」」」


 元気を取り戻したスタッフたちが最後の仕事を再開する。


 この学校は勤務時間の長さやセキュリティ面の面倒さから、住み込みのスタッフも多い。なので荷物もそれなりの量になる。


 午前中に借りてきた何台もの軽トラとワゴン車に詰め込んで、宅配便にて実家に届けるように頼んだ。

 セキュリティ上、引越し業者に頼むわけにもいかなかったのだ。



 子供たちとお別れの挨拶を交わして、キョウコ達はそそくさとその街を去っていく。目的地は隣町の洒落た和食料理の店。その2階の宴会場でお別れ会が開催された。


「「「カンパアアアアアアイ!!」」」


 乾杯して色々なものをぶちまけながらカオス空間が広がったが、1時間もしない内に全員が畳の上に倒れ込んで大人しくなった。


「な、なに……これは……?」


「この味、かすかな匂い……毒?」


 キョウコとイダーはまだかすかに意識があったが時間の問題だ。

 その時どたどたとガスマスクを付けた者達がなだれ込んで来る。


 全員大きな袋を持参しており、スタッフ達を順番に詰めては外へ運び込む。


「まったく、いけませんよ?こんな街中で機密をべらべらと。あなた方は本職はクビですが、その身体は有効に使わせていただきますね。」


 ガスマスクをしていたが、サワダの声が聞こえてくる。


「この……マッドめ……」


「ひ、ひれつな……」



 そこで”全員”の意識がブラックアウトした。


「うう、頭が……何が起きたんだ?」


 サワダが気がついた時には旧スタッフは1人も姿が見えず、

 既に袋詰めされた人はこの店の店員に変わっていた。



 …………



「もしもし。はい、オレです。実は前に相談を受けてた件、1人優秀な者を確保してます。はい。」



 ここでやや時間を巻き戻して事件後の朝に場面を移す。


 アケミが三途の川を渡る。


 その姿が見えなくなっても尚、ケーイチが見送っていた頃。


 マスターは異界の神社に連絡していた。


「労働力に関しては、今後領主側も主張することになると思いますが……はい、年齢は20代をご希望ですか?巫女さんはてっきり年上好みと思ってましたが。はい。それなら仕方ないですね。」


 先日20人程の元お爺ちゃんを送りつけた神社だったが、もう少し

 若いほうが良いらしい。一応彼らも20年程若返らせてから送った

 のだが、異性としては性に合わなかったようだ。

 労働力としては戦力になっているから返品はしてこない。


「顔に性格に犯罪歴?オレよりはマシですよ。……あはは、それもそうですね。」


 歴史に名を残すレベルの酷い男と比べれば誰だってマシだろう。


「とにかくこれから向かいますから、一度会ってみて下さい。はい。年齢についてはオレの方で何とでも出来ますから。それでお願いします。シ、神様の方にもよろしく伝えて下さい。」


 思わずシイタケ神などと言いそうになるが堪えるマスター。

 では失礼します。と電話を切ると背中から声がかけられた。


「待たせたな。」


「おや、もうよろしいのですか?」


「ああ、おかげさまでな。ちゃんとお別れ出来たよ。」


「それでは早速ですが、面接に行きますよ。」


「は?どういう事だ?急になんだよ。」


「今夜……もう朝ですが、責任を取ると言ったでしょう?」


 どうやら職を失ったケーイチの再就職先を考えての発言らしい。

 それに気付くケーイチだったが正直そんな気分ではない。


「ありがたい話だが、今はそんな気分じゃない。わかるだろ?」


「行き先は立派な神社です。まずはそこで静かに暮らすと良いでしょう。動けるようなら手伝いもしてあげてくださいね。」


「オレに坊主になれってか?」


「神社だから目指せ神主!ですかね。」


「そういう問題じゃなくてだな。なんでそんな事になってんだ?」


「アケミさんに別の女性を探せと言われたのですよね?トキタさんは心を通じる人とも、優秀な医者とも結果的には失敗しました。それ以上を求めるなら神頼みしか無いのでは?」


「神ってお前そんな……ああいや、信じないわけじゃないが。」


 キサキの存在を知っている以上、その存在をトボける真似はしない。


「個人的に椎茸の神様はどうでも良いですが、そこの巫女さんはそれなりに美人ですよ。」


「ほう……ってなんか身体が光ってるぞ?」


 椎茸の神様にツッコミたいが美人巫女と聞いて興味が出てくるケーイチ。だがそれよりも急に白く光りだした自分の身体が気になっていた。


「6歳ほど若返らせました。先方は20代をお望みでしたので。」


 今年で34歳だったケーイチは28歳の身体に戻っていた。

 若返ったとは言えアケミとの思い出は消えてない。あくまで物理的な年齢の話で、心には干渉していない。


「……考えてみれば拒否権はねーよな。好きにしてくれ。」


 色々と頭が追いつかなくなっていたケーイチ。拒否権は無いし悩む必要もない。軽く現実逃避を始めると、ふと職場の事を思い出した。


「今更だが学校の連中って大丈夫なのか?」


「大丈夫とは言えないでしょうね。後で見ておきます。ほら、そろそろ行きますよ。」


 マスターが空間に穴を開けてそれに飛び込むと、神社の境内に繋がっていた。



 目の前には巫女さんが立っておりこちらに気がつくと頭を下げる。



「ようこそ、おいでくださいました。領主の使い様。」


「おはよう、巫女さん。早起きさせてごめんね。」


「いえ、この時間はいつも起きてますので。それで領主の使い様、こちらのお方が先程仰られていた?」


(領主の使い?○○○○のことか?それにしてもガッツリ見てくる巫女さんだな。たしかに可愛いが……)


「そうです。トキタ・ケーイチさん。年齢はさっき28歳になったばかりです。地球ではヒミツの特殊部隊で隊長をしていた、バツ2のナイスガイです。」


「おまっ、バツ2とか言うな。」


「まぁ!お誕生日おめでとうございます。そんな日にこちらへ来て頂けるなんてステキな神の思し召しですね!申し遅れました、私は巫女のサイガと申します。どうぞ、お見知りおきを。」


「ケーイチだ。よろしくお願いする。おい、なんか色々聞きたい事があるんだが……」


 巫女に挨拶しつつ、気になる点が多いケーイチはマスターに声を掛ける。


 それはそうだろう。領主の使いだの地球だのと、まるでここが地球でないような発言だ。

 それに今はどうでも良いが、ケーイチの誕生日は今日ではない。



「それは後にして下さい。ところでサイガさん、巫女さんでフリーな方ってまだ居ます?」


「はい、今の所全員です。あの元お爺さん達はアイドルに夢中ですし、お話しても孫の様な扱いばかりでした。」


「なるほど。なら、彼の面倒見てくれないかな。色々あってご傷心なんだ。ウチの戦力予定だし、立ち直らせてくれたら領主様の覚えも良くなると思いますよ。」


「え、何の話だ?」


 ますます混乱するケーイチ。脳筋気味の彼でなくてもあれだけの事件があった後にこの情報の渦中に入れば混乱するだろう。


「まぁ!それでしたら私が責任を持って、お相手させて頂きますわ。ケーイチ様、まずはゆっくりお茶でも如何でしょう?ささ、どうぞこちらへ。」


 サイガは目の色を変えてケーイチの腕を取って引っ張り始める。

 それは蜘蛛が獲物に糸を絡め始めた光景に見えなくもなかった。


「え!ちょっと、まって……」


「サイガさん、物資は満タンにしておきますのでくれぐれも彼の事、お願いしますねー!」


「はーい!領主のお使い様のご命令とあらばー!」


 戸惑うケーイチを捕獲したサイガは朝の仕事を他の者にお任せして、彼を部屋へ案内する。


「さて彼はこれで良しと。後は色々フォローして回るとするか。」


 マスターは再度空間に穴を開け、地球に戻るのであった。



 …………



 ざわざわ……


「ここは……体育館?」


「私は夢でも見ているのでしょうか。」



 2012年6月9日夜。

 キョウコ達が目を覚ますと何処かの学校の体育館に寝ていた。

 どうやら飲み会に参加していた全員がここに連れてこられたようだ。



「お目覚めのようですね。」


「あなたは?ここは何処なんです?私達を攫って何をする気ですか!」


 キョウコは声を掛けてきた黒尽くめの、モブ顔の男の胸ぐらを掴もうと近づいていく。


 ガイン!


「へぶっ!」


「キョウコさん!大丈夫ですか!?」


 見えない壁にぶつかりひっくり返った彼女にイダーが駆け寄る。


「得体のしれない相手でも強気を崩さない姿勢、良いね。でも少し落ち着いて話をしませんか?」


「これはまさか、次元バリア!?という事は貴方は!」


「頭が良いと察しも良いですね。まずは自己紹介といきましょう。オレは○○○○・○○○。ラーメン屋の経営者にして何でも屋の従業員をやっております。よろしく。」


「「「!!!」」」


 全員息を飲んで固まる。目の前に数年かけても倒せなかった自分達の宿敵が居るのだから無理もない。


「キョ、キョウコよ。それでこれはどんな状況かしら。まさか貴方がミキモトグループに関わってたなんてことは無いわよね?」


「当然でしょう。彼らのクスリでチカラは手にしたが、おかげで追われる身になったんだ。今度はキョウコさん達が彼らの手にかかりそうだったので、トキタさんからの依頼で助けに入ったのですよ。」


「「「!!!」」」


 ざわざわ……


「あの、トキタさんは無事なんですか!?アケミさんの事は!」


「イダーさんだったっけ、落ち着いてね。世間ではトキタさんが完全に悪者になってるけどそれは違う。彼は戻らない奥さんを探しに研究所へ向かっただけさ。それまでオレとの繋がりなんてなかったよ。」


「それでは、やはりミキモト教授が何かしたと?」


「そう。オレは昔の戦友を手助けして一緒に研究所へ向かい、そこでアケミさんは既に殺されて……正確には実験材料として扱われ、お子さんもオレを倒す為の兵器に練り込まれていた。」


「「「!!!」」」


 ざわざわ……


「何で!何でアケミさんを!!ひどい、ひどいです!!」


「そ、そんな……彼女は何も……」


「そこでトキタさんは激昂。アケミさんの尊厳を取り戻すため、シュラとなってあの事件が起きました。」


「許せません!私、許せません!」


「お怒りごもっとも。ですがそちらは然るべき時に然るべき人が復讐をします。まずはみなさんの安全を確保せねば。一応毒は抜いておいたけど、身体は大丈夫ですか?まったく、飯屋が飯中に毒を使うとか信じられませんね。」


「お、お話はわかりました。助けて頂きありがとうございます。ちょっと複雑な気持ちですが。」


「でしょうね。オレは敵視される対象ですから。でもオレからは必ずしもそうではないので、もう少し気楽にどうぞ。」


「つまり、眼中に無いレベルだったというわけですね。はぁ……」


「私からも、ありがとうございます!それで、私達はどうなるのでしょうか。」


「選択肢は多くは無いです。これまでの繋がりを絶ってオレがやってる町おこしの一員となるか、危険を承知で実家に帰るか。」



「「「町おこし?現代の魔王が!?」」」



「その魔王っていうの止めてもらえません?オレはそう名乗った覚えは無いですよ?マスターとでも呼んで下さい。」


「「「ッ!!失礼しました。」」」


 ちょろっと黒モヤで脅しをかけて、背筋がかき氷になった彼らは謝罪する。



「別に不思議では無いでしょう。事件は毎日のように起き、その後始末をしていけば難民や孤児なども出ます。」


「それらを受け入れるための町、ですか。確かに合理的です。」


「お陰様で今年、市になりましたよ。去年の難民受け入れも大きかったですね。」


「ああ……色々解ってきました。これではどちらが正義か解ったもんじゃないわね。」


「キョウコさん凄いなぁ、私は話についていけないです。」


 後ろではスタッフ達がうんうん頷いてる。


「マスターさんは正義の、いえ国民の味方だったってことよ。」


「「「ええええ!?」」」


 わかりやすく端的に説明するキョウコ。その今までとは真逆の評価に元スタッフ達は驚愕の声をあげる。



「それで私達がこの街に入る条件は?」


「秘密厳守は当然として、頼みたい仕事があります。人が増えたことで問題も増えたので、その管理業務が1つ。その一環として集合住宅地で食事が滞る者達がでているので炊き出し・宅配・安価な食堂運営などの提供です。」


「それってつまり!」


「今までと同じ仕事で良いんですか!?」


 ざわざわ……


「そういう事です。給料は今までよりは安くなるでしょうが、街は結界も張ってあるし身の安全は保証します。」


 国の直轄事業に近い特別訓練学校に比べれば、給料は安くなるのも仕方がない。が、現代の魔王から身の安全を保証されるのは心強いと言える。


「でも、あの子供達が……生徒達を助けることは可能ですか?」


「今はそこまで手を広げることは出来ません。彼らがオレを倒す戦力だというなら、そう酷い目には合わないのでは?」


 その戦力まで引き入れようにも、今は彼らが従う理由はない。

 仮に引き入れが成功したら今度は有る種の捌け口がな無くなり、国との全面対決になりかねない。それはとても面倒なので、マスターも避けたい所だ。


 色々理由は有るが、実はマスター自身が最近の仕事に追いつけていないのが1番の理由だった。



「たしかに。いくら新兵器を作ろうと使う者が居ないと話になりませんね。」


「どちらにせよ今はあなた達です。この街に住むなら秘密厳守。実家やご家族と離れ離れになるでしょうが、生きてはいけます。仮にご納得いけなくて戻る場合でも、お送りしますけどね。」


 ただその場合は確実に死が待っているだろう。


「そうか、家族とはもう……」


 だれかが漏らした声に、一同は黙る。


「ご自身が作った家族なら全員引っ越しても構いませんよ。親兄弟は別の問題も多いので止めていただきたい。」


「わかった、それなら契約する!」

「オレもだ!」

「私は……私もそうします。」


 結局彼らは全員マスターの契約を承諾した。妻や子供を呼び寄せた者、泣く泣く実家と縁を切った者。それぞれの思いが体育館に交錯する。


 だがあのまま何もせずにミキモトの手の者に好き勝手されるよりは、いい生活が待っているのは確定だ。



「はいはーい、契約書とペンをお渡ししまーす!こちらにサインしたら胸に押し付けて下さいね。」


「あら、もしかして怪盗イヌキちゃん?その顔はカトウ・ミドリちゃんよね?」


「「!?」」


 契約書を配るのは遅れて登場したアオバが担当したのだが、すぐにキョウコに見破られる。サイトの調査結果や、災害で救助に走った時に撮られた写真が彼女の下へ来ていたのだ。


「ふふふ、伊達に事務室長の座に居たわけではないのよ。」


「なるほどね。これは期待できそうだ。彼女のことはアオバと呼んで下さい。とりあえず皆さんを住処に案内します。お仕事の話は後で連絡しますのでよろしくおねがいします。」



 全員が秘密厳守プラス様々なルールの書かれた契約書を胸に当てたのを確認し、移動を開始する。職員の家族も含めて総勢100人を越える行列だ。


 こうしてキョウコやイダー達は九死に一生を得たのであった。




「ところでマスターさん、ウチの医者の補充はまだかい?」


「今回はフルヤさんのご期待に応えると、街が滅びかねない人材しか居なかったもので申し訳ない。」


 ハチミツ事件でこの街に来たフルヤの診療所は人材不足が続く。

 今の規模なら問題ないが、この先業務拡大しようにも人が居なくては始まらないのだ。


 かといって今回の関係者で医者や研究者を連れてくるわけにも行かない。犯人側だから当然である。


 とりあえず事務職の1人を回すことで納得してもらった。



 …………



「も、もうだめ……少し休ませて……ガクリ。」



 2012年6月10日の魔王邸。

 ここの所、忙しさに磨きがかかったマスターが寝室で倒れる。


 異界での挨拶回りや本業、サクラ達の街やケーイチの事。

 更には地球・異世界問わず大量の仕事が舞い込んでしまっていた。


 妻とカナの回復で対処したが、ある意味魔王事件以上の忙しさの所為で使える精神力がどんどん目減りしていった。


 時間を操れるとは言え、これでは楽するどころか苦行である。


 それらを片付け、なんとかお風呂で身体を綺麗にした後に素っ裸でベッドに倒れこんでしまったのだ。


 ○○○とセツナが疲れた大黒柱に寄り添い、介抱する。


「お疲れさまです、お父さん。やっぱり私がもっと手伝わないと!」


「お疲れさまです、あなた。セツナは充分頑張ってるわ。セツナまで倒れたら、お父さんが悲しむわよ。もちろん私もね。」


「うん。でもお父さんが寝ちゃったら、今日はヒミツの事はなし?」


「はっ!マズイわ。レスが始まると取り戻すのが大変って言うし!そもそも夫を過労死寸前まで追い込む妻って良くないわよね!?」


 セツナの疑問の言葉に○○○は焦り始める。


 ○○○がチカラを使える以上死んでは居ないが、良くない考えが彼女の頭をよぎってはモグラ叩きのように消していく。


 監視役のカナはテクテクとマスターに近づき、ぺたぺたと身体を触りながらチカラを通して状態を確認する。


「奥様、旦那様は必ず戻ってきますわ。今は寄り添いながらお待ちになるのがよろしいかと存じます。」


「戻り……そうか、そうよね。きっと大丈夫!セツナ、今日はこのままお父さんと寝ましょう。」


「はーい!とうっ!」


 セツナは父の胸にダイブしてじゃれつく。

 カナの言葉から、自分の旦那は閻魔様の所へ行ってると解った。

 彼女なら必ず戻してくれるだろうと、添い寝してチカラを通す。


 本来ならすぐに彼女も判るはずだったが少し焦っていたせいで気が付かなかったのだ。


 ○○○とカナで左右、上にセツナが寄り添った状態でマスターが眠る。


『あなた。私達のために頑張ってくれてありがとう。私達は待ってるわ。戻ったらみんなで対策を考えましょう。』



『うひゃー!奥様タイムなのに私、旦那様と一緒だー!メイド長のヤクトクカナ!カナ!さっきから絶品さわさわしても奥様に怒られないしサイコーじゃないカナ!』


『カナさん、その本性はチャンネルをオフにしてから剥き出しにされた方が良いと思うわよ。あと絶品はこちらで頂くわ。』


『しまったあああ!嬉しすぎてつい!せめて半分!でないと私、フリーな旦那様の指で1人相撲を始めかねませんよ!?』


『もうシてるくせに、どんな交渉術よ。とにかくチカラは絶やさないようにね。』


 カナはメイド長として普段は丁寧な言動を心がけているが、本性は割と旦那様に飢えている。


 しかしここに来た初日からグイグイ来る性格なのはバレてるので、ちょっと本性をお漏らししたくらいでは、○○○との信頼関係には問題は無いようである。



 …………



「む、君がマスターの言っていた女だな。君は天国行きだ。」


『あの、それで良いのですか?もっとこう、罪の読み上げとか。』



 あの世の閻魔・裁判ルーム08にて即座に判決が下った女の魂。

 あまりの展開の早さに不安になる女の魂さん。


「なんだ、嬉しくないのか?今の御時世、中々無いことだぞ?」


『だって前の人達って、物凄く時間が掛かっていましたよね?』


「マスター絡みの魂はみんな私に回されるからな。大体は悪人ばかりで時間がかかるのだ。」


 彼女が川を渡ってから1週間、ようやく番がまわってきた所だ。


『では私は……善人扱いということですか?』


「自惚れてはいけないぞ。現世でも良く言われてるだろう?”地獄の沙汰もカネ次第”とな。君の場合は多額の寄付金をマスターから貰っているのだ。」


 閻魔様はそう言いながら膝の上に置かれたものを撫でる。


 女の魂からはやや高い位置にある閻魔様の机が邪魔で見えないが、横からハミ出た男の生足が気になって仕方がない。


 ご丁寧に椅子を並べて身体を乗せてあるのだ。


『その、足が気になるのですが。もしかしてマスターさん?』


「うむ。こやつめ、先程こちらに迷い込んでおってな。素っ裸で過労死寸前だったので、膝枕を施しておるのだ。」


 出来る女は黙って男を癒やすのだ!といわんばかりにドヤ顔で答える閻魔様。

 それなら毛布でも掛けてあげれば良いと思うが、全裸である。


『過労死寸前!?何があったらそうなるの!?』


「この者はチカラに任せて働きすぎでな。家族は良く支えておるが、雇い主がコキ使い過ぎなのよ。」


 閻魔様は化粧直し用の手鏡を開くと、マスターの働きぶりが空中に表示される。その場所も内容も多岐に渡る。


『こんなに……ゴクリ。なんか肌色率が地味に高いのですが。』


 大量の映像が出る中で、マスターを求める素っ裸さん達の姿がそれなりの割合で表示されている。


「うむ、この者のソレは絶品だからな。知ってる者は我先にと求めておるぞ。この私も少々魅入られた身であるな。」


 やや赤く染まりながら食い入るように見る女の魂。


 ややテレ顔の閻魔様の誰得なカミングアウトを聞いて、何かを決意した女の魂は彼女の方へフヨフヨと飛んでいく。


『ちょっと試したいことがあります!』


「うむ。やってみせい。」


 見通す手鏡で既に内容を解っている閻魔様は先を促す。


『意外にもこんなに好かれるマスターさん。皆の為、世界の為、ご家族の為にも!まだ終わってはいけません!』


 女の魂は暖かい光を発生させ、その姿が生前の看護師姿へと変化していく。更に愛用のバッグからは絆創膏を2枚取り出しチカラを注入していく。


 くるりとステップを踏んでキメポーズを取ると、女の魂は生前得意だったあのセリフを放つ。



『今度は私が、あなたの魂を治療してあげるわ!!』



 彼女から放たれた絆創膏が巨大化して頭と股間に1枚ずつ張り付いた。


 頭と股間から謎の光を発しながら、マスターの魂に活力が戻ってくる。

 やがて魂の血色?が良くなり目を覚ますマスター。



「おはようございます。あれ?閻魔様!?とても素晴らしいフトモモですね。」


「ばっ、お前は開口一番何を言っておるか!」


「良かった、気がついたのね!」


「ええっアケミ!?これは一体どういう状況なんだ?」


 ハダカで慌てふためくマスター。股間に巨大な絆創膏が張られているのでギリギリ隠れてはいるが、焦るものは焦る。


「マスター、お前は働き過ぎで倒れたのだ。それを私が介抱しているところへ、ちょうど裁判中だった彼女に助けられたという訳よ。」


「それはそれは、お手数をおかけしました。アケミもありがとう。ず、そのチカラ、凄い効き目だね。」


「どういたしまして!やっと1つ、御恩をお返しできました!」


 マスターはこの時に思うことが有ったが、随分都合の良い展開と言う言葉を飲み込み、素直にアケミに礼と称賛を送ることを選ぶ。



「うむ。これは合格だな。アケミよ、ウチの職員として暫く働いて貰う。これは決定事項だ!」



「えええええっ!?」



「元々天国で転生待ちだが、ここで働けば優先権を与えられる。ちゃんと給料も出るから、美味い飯も食えるようになる。」


 食べなくても死んでるので死にはしないが、美味しい食事をした方が楽しく過ごせるというところか。


「ごはん!?やります、お願いします!!」


「そんなに腹が減ってたのか。じゃあオレの奢りでお祝いと行こうじゃないか!」


「お前は服を着たほうが良いぞ。というか女達が待ってるからさっさと帰りなさい。この埋め合わせは後でするようにな!」


「はいー!ありがとうございましたあああぁぁぁぁ……」


 空間に穴を開けられ魔王邸に向けて放り出されるマスター。

 後には看護師姿のアケミと閻魔様が残った。



「ゴミの不法投棄みたいな扱いでしたが良いのですか?」


「うむ。あまりラブラブになると奴の妻に目をつけられるから、程々で良いのだ。褒めてもらえたし満足である。」


 閻魔様は自身の落とし所を語りながら、鏡を光らせる。

 すると周辺の地図が空中に表示される。


「この裁判所がココで、アケミの住む場所はこっちの天国エリア。ここの空き家が良いだろう。仕事は魂専門の医者をしてもらう。この裁判ルーム近くのココがそうだからよろしく頼むよ。」


「は、はい!こちらこそよろしくお願いします!」


 テキパキと指示を出す閻魔様は部下に案内を任せてアケミを見送る。



 そして自分の席に座ると次の魂を呼ぶこと無く、虚空に向けて話しかける。



「あんたさぁ。私がとやかく言う立場でもないけど、今回はヤリ過ぎじゃない?彼が消えたら各所で暴動が起きるわよ?」


「大丈夫、そうならないようにちゃーんと計算してるもの。閻魔様のお気に入りは生還、有能な職員も確保。なにも悪くは無いでしょう?」



 現れたのは年齢不詳の金髪の美女。異界の領主であった。



「私目線はそうだけど、本人とその家族はたまった物じゃ無いだろう?もっと優しくしてやらないと、逃げられても知らんぞ。」


「こう見えて彼の事は気にかけてるわ。今回の件だって本人の意思を尊重しての下準備だし。」


「下準備で死に掛けるって……別にあのMADを焚き付けなくたって良かったでしょうに。」


 何の下準備かはともかく、ミキモト教授をコッソリ焚き付けて凶行を後押ししたのは領主だったようだ。


「終わってみればそれなりに丸く収まったし良いじゃない。」


「彼女の家族や知り合いは悲しみに暮れてるぞ?」


「正直時間の問題だったもの。ただ闇に葬られるより明確な悪を認識できた方が心の整理がつくわ。」


「私からしたら目の前の虚乳の方がよほど悪の権化に見えるがな。」


「あら怖い顔。私は別に悪意で動いている訳ではないわ。」


 それは閻魔様も解っている。彼女は他人の気持ちの利用方法がえげつないだけだ。だからこそ異界の領主として様々な世界の棄民を支配できている。一見は親しみやすい憧れの領主様として。


「ではこの辺で失礼するわね。また彼の店でお会いしましょう。」


 領主はさっさと空間に穴を開けて消える。


 確かに終わってみれば丸く収まった。が、後始末担当としては釈然としない気持ちの閻魔様であった。



 …………



「おはよう。心配掛けたね。もう大丈……ぶっ!?」


「「ひゃっ!」」



 魔王邸に帰還したマスターの魂。起きた瞬間に強力な快感が身体に走り噴火してしまう。○○○とカナは彼の起床に気を取られて噴火に対応出来なかった。


「おは、おはようございます。もうお身体は平気ですか?」


「旦那様、お目覚めになられて何よりです。」


「お前達ね、嫌いではないけど、娘の前でしないで欲しい。」


 マスターの胸に抱きついて寝ているセツナ。

 対してマスターの下は何度も噴火した跡があり、その犯人と同じく火砕流でどろどろになっていた。


 セツナは起きてはいないが、教育上よろしくないのは明白だ。


「うわ、セツナのパジャマまで汚れてるじゃないか。とにかく風呂へ行くぞ。話はそれからだ。」


 寝ているセツナを抱えながら大浴場に向かうマスター。


「ごめんなさい、あなた!勝負に熱が入ってつい。」


「申し訳有りません、旦那様。ですが私の勝利です。」


「私の方が絶対多かったわよ!」


「何の話だ?」


「「噴火合戦。」」


「大自然を弄ぶな。それは無効試合にしておけ。」


「「はい……」」


 こうして正妻とメイド長の噴火合戦は無効試合となった。

 競争やらなにやらで、ただ性を弄ぶのは良くないとの判断だ。


 マスターはそれこそ何でも出来るが、ソッチに走ると収拾が付かなくなって幸せな結婚生活から外れてしまうと考えている。


「うにゃ……お父さん、おはよう?お身体大丈夫?」


「ああ、セツナが一緒に寝てくれたおかげだな。ちょっと汗かいたから、またお風呂に入って寝なおそうか。」


「うん!私はお父さんのニオイ好きだけど、気になるなら私が洗ってあげるね!」


「そうか、ならお願いしようかな。」


 和気あいあいと大浴場の洗い場に向かう父娘。


((あの状態のニオイが好きって……))


(私の血が凄く濃いのかしら?ちゃんと教育しないと!)

(才能ありすぎなんじゃないカナ!)


 アレな思考な2人はマスターの洗浄に出遅れることになるが、実際はマスターが空間を弄って火砕流のニオイを嗅がせていないだけである。

 それにもちろん彼は火口周辺は自分で洗うつもりである。


(ちょっとみんな、変な方向に考えが向いてるよなぁ。)


 そう考えながらも娘とのスキンシップを楽しむマスターだった。

 2人は少々ご機嫌の悪くなったマスターに、思考がちょっとパニックになっただけである。




「それであなた、何か対策が必要だと思うのよ。」


「ああ、多分社長もそれを教える為に無茶な仕事量にしたのだろう。」


 再びベッドに横になったマスター達は今回の件を話し合う。


 セツナはお父さんが起きたならヒミツ開始だよね!と自室でマンガを読みながら、お呼ばれするのを待っている。


「オレのチカラの容量を100とするなら、40は生活に割いてるからなぁ。昔のオレは10程度だったのを考えればマシだけども。」


 昔とは悪魔になる前の話である。元の10倍になっているが多忙になると回復込みでも足りない事が判った。


 ちなみに悪魔になる前にこの家は作ったが、当時は今よりも格段に安いコストで運用できていた。使用人の高級ホテルすらない時代である。


 実は”とある要素”を考えた場合は、マスターの容量計算がオカシイ事になる。しかし彼らはそれには気が付かない。この件については後日に持ち越しとなりそうだ。


 社長に関しては何かの為だけに1つを教えるという事はないので他にも色々と理由はあるのだろうが、マスターでは全てを知ることは敵わない。



「あまり手を広げるなって事かしら。怪盗辺りから追いつかなくなってません?」


「それは確かにある。でもその件は社長も協力してくれたし、今回の件も出来すぎな流れだったからなぁ。」


 さすがのマスターでも、アケミ絡みの話は都合が良すぎだと気づいてた。どんなに厳しい状況でもポンポンとコトが良い方へ進んでいれば誰の仕業かも解るというものだ。


「あの女医さんに助けられた話よね。今回は警告って事?頼りすぎるな、って。」


「かもね。となると……運用システムを見直す必要があるか。設備全てを”統括するモノ”を作っておこう。」


 魔王邸の運用は施設・設備毎に個別にチカラを吸い取る様に設定していたが、今回の件でそれでは無駄が多いと判った。


 ならばそれらの情報を管理して必要なものに必要な分のチカラを出力させる、機関士の様なシステムが必要だと結論した。



「今判るのはここまでか。なぁ、そろそろ……」


「はい!私は準備できてるわ。」



 今夜も無事に達成することが出来たマスター夫妻。


 メイドストップが入る程に燃え上がり、片付けた後はセツナを迎えて仲良く眠りについたのだった。



 …………



 後日、マスターの言う運用システムの制作により、生活に使う40程のチカラを30程度まで引き下げることに成功する。


 彼の回復が余裕を持って行えたり、回復速度が早まったりと非常に効率が良くなった。

 また、異常が起きた時に把握がしやすく大変便利であった。


 将来的にはもっと情報管理部分を突き詰めたモノに改造する事で、仕事にも使えそうだとマスターは期待している。


お読み頂き、ありがとうございます。

気がつけば80万文字突破。ありがとうございます。

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