75 エガオ
少々過激な表現注意でお願いします。
「薬液製造室……いえ、地下からこの階まですべての設備に異常発生!あ、ありえません!どれも数値が安定せず、乱高下を繰り返しております!!」
2012年6月2日。ミキモト研究所 NO.6の司令室でオペレータの女性が叫ぶ。しかしその声は他の者に届いていない。
「各所で時間が捻れていますからね。こうなるのも不思議ではないでしょう。」
「ひっ、現代の魔王!?遂にここを嗅ぎつけたというの!?」
「――――ッ!!」(よくも私を!私達の赤ちゃんを!!)
「――――ッ!!」(覚悟は出来てるんだろうな!)
ケーイチと彼に取り憑いたアケミの霊体が彼女へ凄む。
狂気に飲まれ言葉にならない声を発する2人だが、魔王の精神干渉で意味は通じているようだ。
※なので以下、普通に表記する。
「違うの!私は上からの指示で……私は悪くないわ!むしろ正義の為にやってるの。だってそうでしょう?悪いのは現代の魔王で――」
「妊婦を殺し、胎児を粉々にして兵器にする。ご立派な正義ですね。」
「貴女の理屈が正義なら、私達の正義も受け入れなさい!」
「お前は細切れになってその正義とやらと添い遂げろ!」
ケーイチは彼女の口へ手を突っ込み、アケミとともにチカラを発動させる。
「あがっ!あああああああああ!!」
ブシャアアアアア!!
彼女の体の内側から分解が発動して身体中の穴から血が吹き出る。アケミのチカラによって細胞に生命が与えられたせいで、それはとても長く続く。
「ああああああぁぁぁぁぁ……」
その周辺は血の水たまりが出来ており、パソコンも服も真っ赤に染まる。
「一丁あがりっ、最後に輝いてたぜ?」
「その真っ赤な洋服、とても貴女にお似合いよ!」
(傍から見たら完全にやべー奴になってるな。)
魔王は若干ひきつつも、ここに至るまでも大概であったのでとくにツッコミを入れることはしない。
(私は悪くないのに!人を人とも思わない魔王が悪いのよ!)
鏡に自己紹介をしている彼女の最後の思念はスルーして、次のオペレータに向かっていく。
「所内各所にて異常発生!各部屋との連絡が途絶えました!カメラでは……異常なし!?まさか、このパターンは、魔王事件の時のと同じ!?」
「お察しのとおりです。」
「ま、魔王襲来です!既にこの部屋にィィィ!!」
「仕事熱心ですねぇ。ですが他の人には見えてないし、聞こえもしてませんよ?」
「あわわわわわわわ。」
「よう。ねーちゃん。ここで指示を出す側って事は、何をやっていたか全部解ってるんだよな?」
「その可愛いお口で私と子供を殺すように指示したんだよね?」
「なら、同じことをされても文句は言えねえよな?あ!?」
「た、たすけ――」
ズブリ、ブシャァァァアアア!!
右手にチカラを乗せて相手の腹へ突き刺す。先程と同様にチカラを2人掛けして血しぶきを舞わせる。
「わぁあああ!まるで花火みたい!!キレイね、あなた!」
「特等席で見られたな!だがお前のほうがキレイだぜ!」
「もう、こんな時にィ!」
(テンションたっかいなぁ。そうでなきゃやってられないか。どれどれ、この人の遺言はっと。)
(足がぁ!お腹がぁ!身体が全部バラバラにィィィ!!こんなの人間がすることじゃないわ!悪魔どもメェぇぇええ!!)
鏡の次はブーメランだろうか。ある意味興味深く思ってると、2人は次のオペレータへ向かうので急いで前へ出る魔王。
「カメラやセンサー、その他セキュリティに問題はありません!しかし通信に障害があるようです。誰かに直接確認を――」
「その必要はありません。この部屋以外は全滅です。感謝してくださいよ?産業スパイも処理しておきましたから。」
司令室に来る前は、地下やこの階の別部屋を漁っている。
たまたま不運にも産業スパイがまぎれていて、建物から抜け出せなくなっているところを処理されていた。
「お前は……一緒にいるのはトキタ教官か!?」
「オレ達がここに居るということは、意味はわかるな?」
「け、警備員ー!ここに魔王がッ!?」
ザシュッ! ゴトリ。ザシュッ!ゴトリ
「僕の足が、下半身があああああ!」
「あなたも私を殺した1人なんでしょう?子供を殺した1人なんでしょう?……なら仕方が無いわよね?」
「身体が、すな みたい に く ずれ……」
「わあああ!血と肉がまるで砂時計みたいに、サラサラと落ちてしていくよ!まるでアートだね、あなた!」
「よせよ、照れるじゃないか。なんならもう1回いっとくか?」
(今度は芸術に目覚めましたか。歯止めがきいてませんね。さて、彼は何を思ってるかな。)
(死神の嫁さんに手を出すとか、時間の問題だったよな……)
(ごもっともで。)
「トキタさん、そろそろ情報を手に入れておきましょう。お遊びは程々にお願いしますよ。」
「お遊び?おう、まかセておけー!」
(教授が居ないってのにこの騒ぎか。上がってくるデータはデタラメだし、チーフじゃダメなんだろうなぁ。)
オペレーターがチーフの愚痴を頭の中の洗濯機に叩き込んでいる。
「そんなおめーに聞きたいことがある。」
「あなたはトキタ教官、っと魔王?何で!?」
「そんなことはどうでもいいんだ。ミキモトとサワダは何処に居るんだ?知ってるんだろう?」
「反逆者に教える情報はない!!あんたはやっぱり現代の魔王と繋がっていたのか!?」
「それこそ反逆者に教える情報は無いな。オレの妻子に何をしたのか、知らないとは言わせねーぞ?」
ズブリッ!
「うぐっ!」
「肺に穴をあけるとか、窒息系は苦しいわよぉ。」
「そういう訳で、お前たちはオレの敵だ。楽に死ねると思うなよ。」
「彼を加速させて……でも体感時間を引き伸ばしてあげましょう。」
男のオペレータはビクンビクンしながら血を流して動かなくなる。余計な小細工のおかげでさぞ苦しい最期だっただろう。
(あの2人が今頃、海外から飛行機で帰ってきてるという情報は守りきったぞ。)
「なるほど。教授達は日本に戻ってきた頃合いらしいです。」
「「ほう、殺りに行くか。」」
「だめでーす。それには手を貸せません。」
あくまでアケミの救出が今夜のミッションなのである。それ以降の事はそれ以降の話だ。
「「チッ!」」
「アケミさんはもうちょっと女性らしさを残しましょうよ。とりあえず残るはチーフと呼ばれるあの男だけですね。」
司令室の中央で指揮をとりながら時間が止まっている男を見る。
「あいつを倒したら引き上げますよ。準備は良いですか?」
「おうよ!まだまだ殺したりねえくらいだ!」
「おうよ!まだまだ潰したりないわね!」
「……元気でなによりです。行きますよ。」
怒りが限界突破して良い笑顔で応える夫婦に若干呆れながら、魔王は最後の1人の時間を再始動させるのであった。
「なんだ?何が起きている!状況を知らせい!」
チーフは大声で指示をだすが返事はない。というか部屋は真っ赤に染まっており、血の匂いが鼻をくすぐってくる。
「ええええ!?部屋中血の海じゃん!本当に何が有ったの!?」
「見ての通り、貴方が最後の1人ですよ。」
いきなりクライマックスに放り込まれた哀れなチーフに、端的に状況を伝える魔王。
「お前達……そうか、利害が一致してココを襲ったという訳か。」
「話が早いじゃねーか。なら覚悟もできてるんだろ?できてねーなら40秒で支度しな!!」
「オレのセリフ取らないでほしいのだけど。」
「思い知らせてあげるんだから!」
オタク発言を混ぜ込むのを地味に気に入ってたマスターだったが、ボルテージの上がったケーイチに取られてしまう。その抗議もスルーしてアケミがカンフーの構えを取っている。
「フフフフフ、これでも現場を任された身でね。責任というモノがあるんだよ。」
「ほう、やってみてはどうですかね?」
相手の思惑を読み取った魔王は先を促す。すぐに殺すのは簡単だが、もしかしたらこちらの益になるものが飛び出すかもしれない。
「もしものときのスプリンクラー!」
後ろ手でスイッチを押すと天井から緑色の液体が降ってくる。
「これは一体?」
「薬液よ!薬液を死体に掛けたのよ!」
先程ぐちゃぐちゃにしたオペレーターの死体達が薬液を浴びてもぞもぞと動き出す。それはかろうじて人型と言えるかもしれない、大きく膨れ上がった彼らは、異形の化け物としての復活した。
「まるでネクロマンサーですね。」
「対魔王兵器とは弾丸だけにあらず!その恐ろしさ、とくと味わうが良い!」
4体の化け物がこちらを囲うように迫り、チーフも対魔王弾をセットした銃で襲いかかってくる。
普通の人間なら一溜まりもない布陣ではあったが、生憎今回の相手は普通ではない。
「次元バリア!トキタさん、今のうちにどうぞ。」
「うおおおおおおおお!!華払い!!」
精神力の剣を持ち、まるで体操選手の如くクルクルと戦場を舞うケーイチ。相手の肉がどんどん分解されて消えていく。
「これでオレへの対抗手段?この程度ではどうということはない。」
「魂などの生命力、高次元のエネルギーを科学と合わせて撃ち出すミキモト理論!魔王の障壁を破る為の理論の原型が、この細胞の変異・強化です!」
「なるほどね。」
「ごちゃごちゃ言ってると、そのスキに好き勝手やられちゃうぜ?」
バン、バン。バン! パリィィン!
「次元バリアを砕くか、後で改良が必要だな。」
複数の力をを統合して使うミキモト理論は、小手先の改良では足りないらしい。何度バリアを張っても打ち砕かれてしまう。
当然後発の弾は魔王に命中して分解が始まってしまう。
「○○○○!?」
「マスターさん!」
「ふん、高次元のモノをぶつけるミキモト理論。発想は悪くないな。が、こんな使い方ではオレを仕留め切れはしませんよっと。」
魔王から白い光が発せられ、キズの時間が逆行して身体が修復される。
「すっごーい!医者いらずなチカラね。」
「それ、ずるいぞ!?この、この!」
アケミが称賛し、チーフがずるいと喚く。再度撃ち出された
対魔王弾は時間停止で避けていく。
「当たらなければどうということはない、だな。」
ケーイチはオペの死体4人と戦いながら発言する。削っても削っても薬液の所為で回復されてるのだ。
「オレのセリフ取りすぎでしょ、さっきの根に持ってるんですか!?」
「それより形勢逆転の一手を頼むぜ。」
「はいはい。A・ディメイション!からのW・スマッシャー!」
部屋を異次元空間に変えて空間にフックを引っ掛ける。
それを射出すると、いつぞやのクリスマスの様に空間が後方へ引っ張られる。
「な!?何だ!?」
相手は5人とも身動きを封じられ、歪んだ空間に戸惑うばかりだ。フックが消滅し、空間の揺り戻しが始まる。
「あばばばばばばばばば!肩こりが取れるーーー!!」
空間そのものが揺れて歪んで中の人はたまったものではない。その割にはちょっと余裕そうなリアクションではあったが、これは魔王が手加減しているからだ。
「どうだ、耐えきったぞ!この生命力を見よ!この質量を武器にサンドウィッチにしてやろうではないかー!」
動きは鈍ったものの、他の4人の膨れ上がった死体が徐々に近づいてくる。
「こっちこそサンドバッグにしてやるよ!」
「ケーイチさん、格好良い!!」
霧状の精神力を空中で纏めて幾つかの玉にする。ソレとともにチカラの剣で一気に攻め込む。
「動きが遅ければこんなもの!!」
ボコッボコッボコッボコッ!
ザシュッ!ザシュッ!……
「まずはザコを全体撃破っ!!」
「やったー!さすがね、あなた!」
そう、魔王は見せ場をケーイチに譲ったのだ。
「おのれ、だが薬液がある限りは!」
「D・アームモード、ロックオン!」
再度薬液を降らそうとするチーフだったが、腕を金属の物へ
変化させた魔王に掴まれて動けなくなる。
彼を掴む白黒の爪は物体を固定し、意思の動きすら掴まえる!
「身体が動かん!? 気力も抜けていく?」
「お前、またケッタイな物を……」
「なにそれ、ロボット!?」
「これで動きは封じました。トドメはお2人でどうぞ。」
ケーイチとアケミは一瞬見つめ合ってコクリと頷く。
2人の体が重なってケーイチの生命力が増加する!
「「死神と天使の、必殺!」」
チカラを溜める2人。
ケーイチの両手には白と黒の混ざった剣が握られている。
「「ラァァァブラブッ!天ッ凶ッ剣!!!」」
ブォン!! ズバシャァァァ!
踏み込み、ジャンプしてからの強力な一撃が繰り出される。
動けないチーフを斜めにぶった切り、腕と足が千切れて床に落ちるまでには分解されて砂になる。
「「からのぉぉぉお!Vの字斬りィィィイイイ!」」
ブォン!!ズバシャァァァァ!!
手首をぐぐいと返して今度は反対側の手足を切って分解する。
「ひゃあああああああああ!!」
特大の悲鳴をチーフがあげ、押さえている爪が離され落下する。
その時既にチーフは胸部分と頭しか残っていなかった。
「ヒトをオタク扱いしておいて、結構お好きなんじゃないですか。」
「お前ほどじゃねーよ。」
「ふっふー!ごちゃまぜゲームで知ってたのを混ぜてみました!」
ミニアケミはケーイチに抱きつきながら、Vサインを魔王に
向ける。彼らは某ロボアニメのごちゃまぜ戦略SLGで知った必殺技を混ぜたのだろう。
「バカな!こうもあっさりやられるなんて!」
「「「!!」」」
チーフはまだ生きていた。身体は徐々に分解されているのだが、胸と頭がまだ消えていない。というか分解と拮抗している。
「これは改良の余地ありだな。」
「そんな時間が貰えると思っているのか?」
「あなたはこれでオシマイよ!」
完全なるトドメを刺そうとケーイチ達が剣を振り上げる。
「今日の戦闘データは自動で他の研究所へ送られている!オレを倒したところで――」
「てい。」
「ぐぁああああああ!!」
魔王は最後まで言わせずにチーフの心臓に手を突っ込み、中から緑色の結晶を取り出す。
「致命傷でよく喋ると思ったら、心臓に例の欠片を埋め込んでいたようですね。データ通信はブラフでしょうね。そうでなくともオレの結界を越えて通信は出来ません。」
「それって私の生命の?だからしぶとかったのね。」
「とことん好き勝手してくれたもんだな。」
結晶を抜かれたチーフはどんどん分解されて砂になった。
「でもちょっといいヒントになりました。ここに残った結晶と取り戻した身体や弾丸を使えば、アケミさんの霊体を元に戻すことは可能ですよ。」
「ほ、本当か!?これでアケミはたり……完全体に!」
足りないナントカと言いそうになって思いとどまるケーイチ。
「やったね、マスターさんお願いします!」
「では行きますよッ!」
アケミは白と黒の光りに包まれて、発光が収まると元のオトナのアケミがそこに居た。もちろん霊体なので透明度はやや高い。
「わーい。戻ったー!これで足りない女は卒業ね。あなた、みてみてー!」
「ああ、綺麗に戻ってるぞ!よかった、本当によかった!」
「感動を噛みしめるのも良いですが、まだやることがありますよ。」
魔王の発言に2人が疑問を持つよりも早く、空間に穴が開いて強制的に移動させられる。気がつくと全員正門前に移動していた。
「ここは?あれ?外に出ちゃってる!」
「正門か。一体何をするんだ?」
「ここには我々の痕跡や、他にも露見したらマズイ物が大量に有るでしょう?」
「お前……まさか!? いや、そうだな。オレはもうこの国に、人類に刃を向けた身だ。とやかく言えねわ。」
「あなた、ごめんなさい。こんなことになって……」
2人の様子から察したアケミがケーイチを気遣う。
魔王の関わる事件で、大事になった時の末路は大抵同じなので察することは可能だった。
「気にするな。婚姻届を出した時、支え合うと誓った。」
「始めますよ。」
魔王は手をかざしてチカラを注入する。
最初に型どった結界の内側を、光で満たして行く。
外にいる警備員は慌てふためいているが気にしない。
中の光が破壊活動を行い、全てが消滅していく。
光が収まった時、研究所は地下も含めて丸ごと消滅していた。
「あ、跡形もなくなってるー!?」
「これでこの件はオレの犯罪の証拠にはなるけど、本当に不都合なものは消え失せましたね。」
「なぁ、これって九州支部の時と同じ――」
「ええ、あの時もサイトに不都合な物を消し去るのに同じ方法を取りました。」
2005年の護衛任務。あの時サイトの九州支部が汚職をしてオシオキがてら、証拠ごと消滅させた件である。
「そうかすまない。オレはあの時お前を――」
「そういうのは言いっこ無しで。それより今後のことを話し合いましょう。」
こうしてアケミの魂は尊厳を取り戻し、研究所は消滅した。
…………
「さて。コトが済んだからと言って、アケミさんをすぐに送るのは人としてどうかと思うので、猶予をプレゼントしましょう。」
ケーイチの部屋に戻ってきた一行は、テーブルの席について
魔王の、マスターの話を聞いている。人じゃないだろうと言う突っ込みはない。
「猶予?もしかしてマスターのと似たようなやつか?」
「むむ??」
「アケミさんはご存じないのですね。空間を切り離して時間の流れを引き伸ばす方法です。それで数日間、ここで自由に過ごすといいでしょう。」
「そんなに!?」
「あなた方はもう、他の人間とは相容れぬ存在です。だから2人きりでの通夜と葬式の時間くらいはあげますよ。それに研究所での君ら、狂気に飲まれてバケモノになってましたからね。ゆっくり人間に戻ると良いでしょう。」
「え?そんな事ないだろう?ちょっと頭に血が上っただけで。」
「そ、そうよ!人妻をバケモノ呼ばわりしないでくださる!?」
「まぁ、うん。自分の異常は気が付かないって言うし……。それで96時間の猶予をあげようと思います。何か必要な物やら事があれば、言ってくれれば対処しますよ。一応冷蔵庫は満タンにしておきましたので後で確認してください。」
「て言ってもなぁ、あまり想像がつかんというか。」
脳筋のケーイチは状況にピンと来てないようだった。
「はい!マスターさんにお願いがあります!つんつん。」
言葉でわざとらしくつんつん言いながら頭をツンツンするアケミ。アケミの前で同じことをしたサクラを思い出して察する。
『一旦時間を止めて、相談に乗ってくれませんか?』
「了解した。」
部屋の時間が止まり、ケーイチも止まる。
「はい、もう大丈夫ですよ。それでご相談とは?」
「あの、マスターさんって何でも出来るのですよね?」
「ええ、大体は。」
「なら、私の身体をケーイチさんが触れるように出来ます?」
停まってるケーイチと期待の目のアケミを光で包んで数秒後、それが消えていく。2人の位相を調整して近づけておいたのだ。これなら問題なくコミュニケーションが取れるだろう。
「うん。これで飯もお風呂も夜のお勤めも出来るようにしました。元々これはしておくつもりだったけどね。」
「え?もう!?じゃあ迷惑ついでに……私をハジメテに戻す事なんて出来ますか?」
「ッ!?……なるほど、彼との最期に初めてをって事ですか。」
何事かと思ったマスターだが、アケミの心を読み取って理解する。そんな過去があるなら……目の前に自分というチャンスがあるなら、そういう願いもあるかと納得したマスター。
「はい、私は彼にあげられませんでした。更に私は彼の子供を授かっておきながら守りきれなかった女です。なのでせめて!」
「お安い御用です。だけどその……デリケートなコトなので、見たり触れたりしないと出来ないけど大丈夫?」
先程の位相調整と違って適当に光を放って終わり、と言う雑な事が出来る部位でもない。
「あ……はい。そうですよね!?ケーイチさんには私が心の中で謝っておきます!」
「そうして下さい。ココまで穏便に来たのに、またバケモノになったら洒落になりません。」
「はい!ではあっちで横になれば……良いのかな?」
止まってるとはいえケーイチの前で晒すのは良くないだろう。寝室に移動して下を脱いで横になるアケミ。
「すぐに処置しますので少々我慢してくださいね。失礼します。」
「お、おねがいしまふ。……わわっ!?」
マスターはその部分に手をかざしてチカラを注ぎ始める。じんわり白い光が浸透してアケミは反射的に身体がビクッとしてしまう。
「大丈夫だから、そのまま動かないで――ッ!?」
そこまでした時に、マスターは大変な事を安請け合いしてしまった事に気がついた。
アケミは今、特殊な霊体である。モロモロの不都合を排除する為に、この状態で再構築された存在だ。その為に元の肉体も消費している。過去の記憶は有っても、過去の歴史を無くした加工品の霊体。
つまり、時間を戻しても特に何も変化が無かったのだ。
(と、止まれ!落ち着け、考えろ!!)
慌ててアケミの時間も止めて考える。少々酷い絵面だが仕方がない。
『あなたー、人妻をそんな格好させて止めるなんて怒られても文句言えないわよ?』
(わかってる。だがなんとかする理論を考えなければ……)
『珍しく焦ってるわね。もっと前向きに考えましょうよ。あなたは当主様やキサキさんの治療も任されてるわよね?変化の無いものを変化させる予行練習に良いんじゃない?』
(それはそうなんだが。うーん、時間旅行で若い頃のデータを持ってきて……これは少々危険か。でも思いつかないんだよなぁ。だって変化がないって事は歴史が無いんだよ?それをムリヤリ作るわけにも――)
相手が特殊な霊体でなければカナの時と同じやり方で行ける。
それが出来ない以上、派手な事をする以外に手はないが……。
『それよ!無いなら作れば良いのよ!今までは何処かに存在する良い感じの可能性を当てはめてきたのでしょう?だったら自分達で都合のいい事実を作っちゃえば問題ないわ!』
(そんな乱暴な。運命操作はアケミに使うのはマズイから、他に手があるとすれば……待てよ?ミキモト理論のように複数を組み合わせて相乗効果でなんとか?)
高次元エネルギーと科学の融合がミキモト理論である。ならばその高次元エネルギー同士、精神力同士でなら融合させて高い効果を発揮させる事が出来るのではないかと思い至る。
「なんだ、焦って損したな。いや損して得取れたから良いのか。」
『なんとかなりそう?』
(ああ、○○○のおかげでな。君は最高の女だ。いつもオレを支えてくれて助かるよ、ありがとう。)
『うふふ、そんなこともあるかもしれないけどぉ。』
(帰ったらたっぷりお礼をするよ。)
『やったー!!』
(時間再始動!)
「アケミさん、あなたは霊体で普通にやったんじゃ効果がない。だからチカラを使いながら、”理想の自分”を思い描いてくれ。それをオレが実現させる。」
「え!?えっと、妄想しろって事かな?任せて、そういうのは大得意なの!」
ケーイチとくっつくまで、くっついてからも幸せを思い描いてきたアケミ。全身から理想の自分のイメージを発生させる。
「では今度こそ失礼するよ。」
右手を入り口へ、左手をへそ下へ添えてチカラを注入する。その色は黒と白が完全に混ざっており、見た目的には非常によろしくない。
「ん!なにか変な感じが……」
「イメージを続けて、すぐに終わらせる。」
黒色でアケミのイメージを読み取って、混ざっている白色で自動的に形を作る。今までの設計図を作る手法と違って、両者が力を合わせてダイレクトに1つのモノを作る形である。
形を作ると今度は黒色でアケミの精神力を吸い上げて、白色で型どってた部分をソレで満たすと、完全に彼女の物として形を固定させる。初めてにしては上手く行ったと言えるだろう。
「終わりました。お疲れさまです。さすが医者なだけあって完璧なイメージでした。殆ど修正がいらなくて助かったよ。」
「マスターさんこそ、お疲れさまです。」
「今回は貞操部分だけでなく、その他も理想通りにしました。これで残りの時間、彼と充実した時間を過ごせるでしょう。」
「ありがとう、マスターさん!ありがとう!!」
「いえこちらこそ、チカラの可能性を見いだせましたので。」
「びっくりした。こちらこそって言うからアレを触ったことを言ってるのかと。普通に中まで触ってたし……」
「怖い事言わないで貰いたい。中はチカラを通しただけです!」
「あははは、冗談ですよ!わかってますって!」
「それでは戻りましょう。トキタさんが待ってる。」
「はい!」
アケミは笑顔でパンツを履いて元の位置に戻る。
マスターが言うチカラの可能性。それは他者のチカラと合わせて願望を実現する事。
人間社会では他者と協力して行動するのは当たり前の事である。だからこそ社会を形成出来ている。
今回のはそれの超能力版といったところだが、人間社会に適合出来なかった彼からすれば大きい1歩……と言えるのだろうか?
トモミとの一体化や社長の術式の援護など、今回の事に繋がるヒントはそれなりに在った。しかしコミュ障の彼には大変敷居が高く、他人に踏み込めなかったのである。
もちろんこれは妻である○○○は除いての話である。
(色々変えたし、やっぱりトキタさんには言っておくか。)
上手く行ってスッキリ気分な彼は、ケーイチに正直に彼女の事を伝えるのであった。
…………
「イタチさん、ちょっとお仕事良いですか?」
「NOと言えない男、懐刀イタチ参上。何用ですかマスター?」
深夜にイタチを呼び出したマスター。NOと言えないのは人が良いからではなく、マスターとの契約の所為である。
「ちょっとミキモトグループの研究所を襲おうと思ってね。」
「簡単に言うよなぁ。それでどこを?」
「NO.6は消滅させたから、1~5かな。こっちは消滅じゃなくて普通に襲撃があったことが判ればいいから。報酬は深夜手当もつけるよ。」
「む!それなら喜んで受けましょう。」
「現場にはコレ置いておいてね。」
ビラを渡されたイタチが内容を確認する。
「”次は無いと思え。○○○○より。”脅迫ですか?」
「いや、煽り。こんなんで止まる連中じゃないし。」
「今に始まったことではないですが、マスターって――」
「言いたいことはわかる。意味不明、でしょ?予備電池も渡しておくから、一撃離脱くらいの気持ちでやってね。」
精神力のカタマリをイタチに渡すと消えるマスター。
魔王邸に戻った彼は半分回復、もう半分は妻への報酬を支払った。
どっちもやってることはあまり変わらない。攻守の違いくらいだ。
…………
「それじゃ今から96時間ね。2人の時間、大事にして下さい。」
そう言ってさっさと消えた現代の魔王、いや○○○○。
オレの家を異次元送りにして、アケミと一緒に過ごす時間を捻出してくれたのだ。
律儀にアケミの身体を改変した事も自分から暴露した。
バレた時にアケミにヘイトが行くのを恐れたのかもしれないが、オレがそんなことするもんか。
相変わらず正直で、損をするタイプの男だ。
今まで理不尽な事をしてしまったし、これで怒る理由もない。医者に見せたと思えば何てことはない。
そもそも○○○○が居なければオレたちがイットキとはいえ、日常に戻ることも出来なかったはずなのだ。
「ふんふーん、今日の自信作でーす!今の時間だとお夜食になるのかな!」
アケミがテーブルに料理を並べていく。手伝おうとしたら座ってろと言われたのだ。何が何でも自分の手料理を食わせたいらしい。
「「いただきます!」」
「マスターさんって凄いわよね。幽霊でも物を触れるように出来るなんて!」
やつはオレとアケミの位相を近づけ、さらにはアケミの霊体に細工をして人と変わらない生活を送れるようにしてくれた。
「おかげでまた、お前の美味しい飯を食えたしな。」
「えへへー、味わって食べてね!」
「ああ、そうさせてもらう。だが次は2人で作るぞ。味だけじゃなくて思い出も大事だろう。」
「はい!そうしましょう、あなた!はい、あーん。」
「むぐむぐ。ああ、美味いなぁ!」
「えへへー。」
思い出も大事と聞いて、食べる方はそうしようと思ったのだろう。交互に”あーん”で盛り上がり彼女は満面の笑みを浮かべている。
(あぁ、幸せだなぁ。幸せ、なんだよなぁ)
この数日後を考えると思わず涙が出てきやがる。最後くらいは楽しく終わりにしたいというのに!
オレはアケミを抱きしめて、溢れる涙を誤魔化した。
…………
「お風呂にしましょう!お風呂は心のコインランドリーです!」
さっき、感極まったケーイチさんを泣かせちゃった!
抱きしめて誤魔化してたけどバレバレなのよね。でも申し訳ないからどうすればいいか考えてみたの。
マスターさんは私達に人間に戻れと言ったわ。悪魔な彼にそう言われるってことは余程アレだったんでしょう。
ならお風呂でツキモノを落としてケーイチさんの理性も落とそうって魂胆よ!
(あ、でも今はハジメテなんだ!どうしよう、ベッドと迷う!)
ちょっと迷ってると頭にポンと手を置かれた。とても暖かい手。
「心配すんな。そっちはベッドだ。だが2回目の風呂は、な?」
「はい!!」
私の心もバレバレだったみたい。夫婦だもんね。
彼の服を丁寧に脱がせながらスリスリと感触を確かめる。
ああ、もう最高!もう一度一緒に過ごせるなんて!
最後の一枚はちょっと脱がしづらい状態だったけど、それはそれで嬉しくなったわ。
「お前のはオレが脱がしてやる。」
「お願いしまーす。」
一枚ずつ私の防具が剥がされるたびに食い入るような視線を感じる!というかすっごく触られてる!
「アケミ、随分綺麗になったんじゃないか?ほら、ここも。」
ひゃう!そんなに撫でられるともう、ベッドまで我慢できなくなっちゃうわ!
私の理想を実現させたと言ってたけど、お肌もバッチリ彼の心を掴んだようね!
「もっと確かめてくれてもいいけど、風邪引いちゃうわ。」
「そうだな、いい加減風呂へ入ろう。」
身体を擦り寄せながら軽く洗い合って湯船に入る。
お互い密着して感触を確かめ合う。
また交代で身体を洗いっこしながら、ガス抜きもする。
ありえない形で得たありえない時間。それが高ぶりを促したのか、とっても楽しいお風呂だったわ!
「おかげで綺麗になったし、準備運動もばっちりです!」
「おう、オレの方もこれからが本番って言ってるぜ。」
夫のそれは3回ガス抜きした後なのに、私のチカラを浴びて絶好調だった。ごくり。思わず期待の生唾飲みをしてしまう。
「よっと、それじゃ運んであげよう。」
「うん。お願いします。」
お姫様抱っこで軽々と運ばれる私はドキドキしっぱなし。寝室のベッドに降ろされると見つめ合って顔が近づく。
「――――ッ」
「――――ッ」
2人して謎の声を掛け合いながら盛り上がっていく。言葉になっていないが意思は通じ合っていた、ハズ。
全てが先の無い行為だと解っていても求め、貪る。
「――――ッ」
「――――ッ」
やがて普通なら夢か妄想内でしかありえない目標を達成した私は、自然と涙が溢れていった。それを優しくキスで拭う彼。
私はしばらく止まらない涙を流しながらも、一生懸命の笑顔を彼に向けた。
だってそれが私の由来だから。
…………
「いろいろしたい事はしたけど……」
「まだ結構時間が残ってるわね。」
現在50時間を超えた所で、まだ1日以上時間は残っている。
日常を過ごして笑い、泣き、求め合う。
それらをこなしてスッキリしたところで、冷静になってみるとこれからどうしようと思い悩んでいる。
「やりたいことは多いけど、部屋で完結できるコトってそう多くも無いわよね。」
「そうなんだよ。睡眠も必要ないみたいだし余計にな。」
「寝ようとしても、全然寝付けずにオツトメ三昧でしたし。」
「襲ってきたのはアケミだけどな。」
「「うーん。」」
倦怠期?と2人の頭をよぎる単語をパタパタと振り払う。
「マスターさんは2人の時間を大切にと言ったわね。ならお話でもしましょうか。将来とかの。」
「あえて避けていた所を攻めるんだな。」
「それを避けてたら夫婦っぽくないでしょう?」
「それもそうだが……アケミはオレにどうして欲しい?復讐か?オレはもう学校へは戻れないし戻る気もない。○○○○の出方次第ではあるが、おそらく日陰者として生きる事になる。」
「うーん、こうしてお時間を頂けたから私自身の復讐はどうでも良くなってて……失った子供については許せないけど、あなたの今後の人生に重荷を残したくないわ。」
「オレからしたら重荷でもなんでもないし、むしろ機会があるなら絶対あいつらぶっ飛ばしたくなってるぜ?」
「じゃあ機会があったらでいいわ。でもケーイチさんには出来れば新しい女性を見つけて幸せになってほしいなぁ。」
「そればっかりは縁だからわからんが、でも良いのか?」
「うふふ、あなたが幸せになるのを拒んだりしないわよ。ただ、私は上手く出来なかっただけ……。だから、ね?」
「そっちも機会があればだなぁ。」
「だめ、そっちは自分で機会を作って!私よりも上手く出来る人を探し続けて。お願い!」
「そうはいっても今はそんな事考えられないよ。」
「じゃあ覚えておいて。私の遺言として!」
「……それは聞かない訳にはいかんか。」
「よし!途中で死んじゃって不幸にさせた女なんて認識で終わるんじゃ、死にきれないからね。じゃ、始めましょう!」
「ん、何をだ?」
「ナニをよ!私よりも良い女性を探すなら、基準として私の事も覚えてないと出来ないでしょ!?」
「狙いはそっちか!?だいたい医者でチカラ持ちなアケミより上の女を探すって厳しいんじゃ……だがそうだな。残り時間、たっぷり君を覚えさせてもらおうか。」
「うえるかーむ!」
こうして結局は日常を送る2人。料理して洗濯してお風呂入って。団欒して映画見てお酒飲んで。その全てでイチャイチャして。ちょっとおツトメが長いのはご愛嬌である。
そして96時間が経ち、マスターが迎えに来た。
「おはようございます。そろそろ準備は……!?」
「――――ッ」
「――――ッ」
だがコトのクライマックス中に遭遇してしまい、3人は
気まずい思いをするのであった。
終わって身体も息も静まってから再度声を掛けるマスター。
「最後は部屋を片付けようとは思わなかったんですか?」
「さ、最後だからこそ、男らしくだな。」
「そ、そうよ。だからこそよ。医学的にも間違いじゃないわ!」
きっと死の間際だから種の保存的なウンヌンと言いたいのだろう。
「知らんがな。早く身だしなみを整えて下さい。」
…………
「ここがあの世?まるでゲームの世界みたいだな。」
「うんうん。とってもファンタジーな雰囲気ね!」
96時間後、現実世界では1時間程度しか経っていなかった。
これからあの世までアケミを送る事になっているが、今はそこへ繋がる道を歩いている。
「正確には三途の川への道ですね。今夜は死者が多いせいか、他のお客さんも多いですね。」
「それって私達の所為?」
「そうとも限りませんよ。我々の知らないところで死者は毎日出ていますしね。そうそう、あの直後に他の研究所を襲撃して混乱を大きくしました。なので今後、ミキモト教授の動きは制限されるでしょう。」
「おまっ、オレ達に黙ってそんな事をしてたのか!」
「獲物を横取りしたわけじゃないですよ?トキタさんでも解るように言うと、今後の行動を読みやすくしました。」
「そ、それくらい判ってるわ!」
「クスクス。」
「オレの上司の計算によると、トキタさんは悪党として指名手配がかかるそうです。まぁコレは大したことじゃありません。」
「そうなるのは判るけど、充分大したことだぞ!?」
「なら世界はオレを捕まえられました?」
「そうだな。お前基準なら大したこと無いな。」
「アケミさんは悲劇のヒロインとして歴史に名前が残るかもしれません。」
「えー!ほんとに!?教科書載っちゃう?でも夫を不幸にした女として記録されるのは嫌だなぁ。」
「それはトキタさん次第ですね。悪役は彼ですし。」
「まぁ、そうなるよな。」
「ちょっと、今すぐ引き返しましょう!夫は潔白だと私が証明してみせるわ!」
「心配しなくても解ってくれる人は居ると思うよ。最初はまぁ、誤解もあるかもしれませんが。」
「そ、そうよね!きっと大丈夫!」
(メグミとか荒れ狂いそうだけどなぁ。)
しかしそれを口には出さないオトナなケーイチ。
喋りながら歩いていくと、やがて大きな川が見えてきた。
船着き場が幾つか有り、その中の1つに向かってマスターを先頭に歩いていく。黒ローブを纏った人?に近づき話しかける。
「おはようございます、死神さん。」
「おはようさーん。はいはい、閻魔様から聞いてますよ。」
どうやら本物の死神らしい。渾名が死神だった彼はちょっと
興味が湧いてジロジロ見ている。
「そちらがお送りする方”達”ね。」
「オ、オレは違うぞ!?」
「冗談だよ。シニガミジョークさ。うひっひっひ。」
「…………」
「でもマスターさんさ、今日はちょっとやりすぎじゃないの?」
死神はケーイチをオモチャにした後、興味を失ってマスターに話しかける。ジロジロ見たお返しだったのだろう。
『ちょっと話があるから散歩デートでもしてて下さい。』
マスターからテレパシーが飛んできて、2人は顔を見合わせる。
「どうやら知り合いらしいな。ちょっと周りを見てみるか?」
「はい!最後のお散歩デートですね!」
楽しそうに腕を組み直すアケミ。周りをキョロキョロと見回し感慨にふける。
「ここが三途の川、ねぇ。初めて見るけど幻想的な場所ね。たしかここの水って物よりも軽いんだっけ?」
「たしかそんな話もあったっけか。浮かべない川とかなんとか。実際はアケミの言う通り綺麗なもんだなぁ。」
バシャバシャと川の水で手遊びをする2人。
手で掬ってじーっと眺めたりしてみる。
『絶対に飲んじゃダメですよ?』
「「!!」」
突如心の中にテレパシーが届き、背中がビクンと飛び上がる。
「びっくりしたわぁ。でもそうよね。私はともかくあなたはまだ早いわよね。」
「ヨなんとかってやつだな。お?見ろよ、子供が石積んでるぜ。」
「賽の河原だもんね。こういうの見ると実感が出てくるかなぁ。」
子供達はせっせと石を拾って積み上げる。中には五重の塔を積み上げ、完成間近に他の子に倒されてる者も居た。
「どこでも同じなのねぇ。」
「いやな社会の縮図だな。」
「景色はとても綺麗な所なのにね。」
(それも現実と同じだな。人のやるコトが……今はいいか。)
「も、もう少し景色を楽しみましょう?」
「おう、そうだな。」
しみじみとしながら、腕を組んで河原をしばし歩いた。
…………
「それでさ、今日はもう夜通し往復してるわけよ。もう肩も腕も足もパンパンさ。」
「つまり責任を取れとおっしゃりますか。」
船着き場ではマスターに対して死神が交渉をしていた。マスターとしては早く終わらせたいが、アケミ達に時間をあげられるので別に良いかと考えて話を聞いている。
「ワタシはそこまで重い女じゃないよ。ただね、閻魔様は楽しめてるのに不公平じゃないかって話さ。」
「一理ありますが、それを認めるとキリが無いのです。」
「言いたいことはわかるよ?別に他の死神連中まで世話しろとは言わないけど、マスターさんの客を押し付けられてるワタシくらいには何かあっても良いんじゃない?」
「ふむ、ならこのお試しチケットは如何でしょう?閻魔様が使ってる会員証と違って1回キリですが、ウチで温泉を楽しめますよ。ただし、サービスするのはオレです。オレに触られるのが嫌でなければどうぞ?」
マスターはチケットと、アタッシュケースを虚空から取り出して死神さんに渡す。
「何!?それは本当かい?あんたになら構わないよ。あの世じゃ恐怖の象徴みたいになってるけど、あんたのテクニックも噂になってるんだ。閻魔様を陥落させたって。も、もう貰ったからね?返さないよ!?」
「はい、ぜひ閻魔様とご一緒にどうぞ。マッサージサービスもお付けしましょう。その代わり彼女の事、頼みますよ。」
「わかった、それで行こう!」
チケットを大事そうに懐にしまい、アタッシュケースも自分の船に積み込んだ彼女。ケースについては暗黙の了解があり、地獄の沙汰も……というやつである。
「では彼女達が戻るのを待ちますか。」
「ではワタシも一服つけようかね。」
しばらくして戻ってくる2人。存分に観光を楽しんだようだ。アケミはケーイチの腕を離してマスターに駆け寄る。
「マスターさん、色々ありがとうございました!おかげで私、幸せを掴めました!!」
アケミが深々と頭を下げる。彼女は水星屋に来店して、相談にのった事がキッカケで前向きに生きる事ができた。
それ以降も時々援護を受けてケーイチと一緒になり、最後までアケミらしい生活を送ることが出来た。
それらをひっくるめたお礼を言われるマスターは照れくさくもあり、罪悪感を感じたりもする。
「それは貴女の実力ですよ。礼を言われて悪い気はしませんけどね。」
「そんな、実力だなんて!もう、なんて言ったら良いか解らないくらいに感謝してます!ありがとうございます!」
「どういたしまして。でもオレのことは良いから、最後は旦那さんとお話してあげてね。……お達者でね。」
「はい!マスターさんもお元気で!キリコちゃんとサクラさんにもよろしく伝えて下さい!」
(さて、空気読んで少し離れておきますか。)
ぱたぱたとケーイチの下へ戻る彼女を見送り、離れた場所で待機するマスター。
「とうとう、お別れね。でもお盆には毎年戻ってくるから!」
「ああ。そう、だな。覚悟したとは言え、寂しいもんだ。」
「「…………」」
「あのね!ケーイチさん!」
「お、おう。」
「私はここまでだけど、あなたがこの先も生きていく糧として最後に”私の名前”を貰ってほしいの!」
「どういうことだ?」
「私を私としている名前!その由来をあなたにプレゼントするわ!」
(そういえば名前の由来は聞いたことがなかったか。)
どれだけ一緒に居てもまだまだ知らないことが多い。そう感じながらも彼女の言葉を聞き漏らすまいと集中する。
アケミは深呼吸をしてチラチラこちらを見ながら、もったいぶっている。これは彼女の癖だ。とても大事な事を言うつもりなのだろう。アケミはすぅーっと息を吸い――
「明るく美しい笑顔の日々を、よ。」
彼女はとびきりの笑顔で自分の由来を伝えてくれた。
「両親が心から願ったことを私の名前にしたんだって。だからケーイチさん、ちゃんと幸せになってね!」
最後に抱き合い真の遺言を受け取るケーイチ。
「「愛してる。」」
その言葉を交わすと同時に感触が消える。
アケミはもう、完全な霊体に戻っていた。マスターがチカラを解除したのだろう。
「渡し賃はこれだけだ。」
「――――。」
指で6を表す死神に何かを言いつつ支払うアケミ。
もう声も聞こえない。姿も朧気だ。
だがその肩にもう一つ朧気な炎が見えた。
その炎はケーイチを振り返り、手をふるような仕草をした。
――ようにみえた。
「ぐっ、くぅっ……」
それが何だったのかは正確には解らないが、ケーイチは何かを感じ取り膝から崩れ落ちた。
アケミは小舟に乗り、死神によって静かに川を渡っていった。
船の上の彼女は、もう殆ど姿が保てなくなっていた。
大粒の涙をながしながら、それでも笑顔で渡っていった。
お読み頂き、ありがとうございます。