表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/120

74 アケミ そのサダメ

少々過激な表現注意でお願いします。

 


「夜の空は危ないので、気をつけてくださいよ。」


「昼の空も生身で飛んだ事はねーよ!」



 2012年6月2日夜。曇り空をステルス迷彩を施した男2人が飛行している。


 かつてサイトの悪魔と言われた○○○○・○○○。現代の魔王。

 かつてサイトの死神と言われたトキタ・ケーイチ。特殊部隊長。


 最強と言われた男達は、連絡の途絶えたアケミとその子供を助けにミキモト研究所 NO.6を目指していた。


 ケーイチには魔王のチカラを一時的に埋め込み、全身から放出させることで上の空間へ身体を押し上げ飛行している。


「知ってる場所なら空間移動で行けるんですけどね。」


「これでも充分早いさ。なぁ、何でこのタイミングで手伝いに来たんだ?結構前からアケミは連絡がなかったが。」


「トキタさんと同じですよ。オレも最近は忙しくて気がつくのに遅れました。」


 まるでヒーローのようなタイミングで現れたマスターだったが、実際は格好悪い経緯でここに来ている。


 彼は異世界を飛び回り仕事をしていた。戻ったら本業なり妻や愛人達、新たな住人であるマキの相手をしていた。

 更に言えば先日、サクラの出産もあったので慌ただしい日々に追われていたのだ。


 おかげで完全にこちらを見過ごしていた。


 社長からお医者さんごっこしてないでさっさと行って来いと、尻を蹴飛ばされてようやく登場するに至ったのだ。


 なので今回は今までの事件よりも調査が出来ていない。せいぜいケーイチの事情を把握した程度である。


「ところでお前のこと、なんて呼べばいい?」

「お好きにどうぞ。どう呼ぼうとオレの名はもう無いのです。」


 一時的に手を組んだとは言え、ケーイチ的には本来は敵である。距離感を掴み難くて迷うが彼は、1つぶっこんでみることにする。


「じゃあ月兎のぴょん吉とか。」


「ブフォッ!あの動画を見たんですか?どうやって!?」

「マスター経由だ。諜報員がちょちょいとな。」

「うわっ、侮れないなぁ。その動画は今も?」

「いや、アレのせいで見た奴全員、頭痛起こして封印した。」

「それは良かった。」

「良くねえよ!お前、月に居るとか反則だろう!」

「動画でも言ったけど記念日に飲み食いしただけですよ。」

「頭もパーティーも次元がオカシイよな、お前。」

「ちなみにトモミは、店を半日休業して笑い転げたようです。」

「知り合い全員に爆撃してんじゃねーよ。まったくお前は……」


 結局呼び方は”お前”になったらしい。

 適度な会話で程よく距離感を掴むと、目当ての研究所が見えてきた。3階建てで縦にも横にも大きい建物で、周囲には堅固な壁が囲んでいる。


「アレですか。先に降りてください。」

「おう。」


 ケーイチは研究所の壁の内側に降り立ち、警備員に悟られぬように息を潜める。


「念の為、今回のフィールドに結界を張って切り取っておこう。」


 敷地を覆う壁に沿って触媒を撃ち込んで結界を張っておく。

 これでもう彼の許可なく出入りすることは不可能になった。

 作業が終わるとすぐに魔王はケーイチのすぐ横に着地する。


「お待たせしました。」

「何やってたんだ?」

「保険ですよ。今日の責任はオレが全て持つんですからね。」

「意味わからんが大体わかった。」


 魔王の言うことは的確だが曖昧だ。それは敢えてズレた視点の話をしているからだ。つまり説明する気がないのだ。

 なので気にしてても始まらない。保険と言うなら保険なのだろう。


「なるべく騒ぎは起こしたくない。静かに出来るか?」


「もちろん。時と精神に干渉してステルスにしてあります。見られることも聞かれることも撮られることもありません。」


 先程から息を潜めながら様子をうかがっていた自分が馬鹿らしくなるセリフを吐かれるケーイチ。


(そうだよこういう奴なんだ。だからこそハマると頼もしいんだが。)


「ついでに暗いと不便でしょうから、暗視も出来るようにしておきましょう。」


 その言葉が終わる前には暗い中でも物がはっきり見えるようになる。


「一体どんな原理なんだ?お前、人間離れが加速しすぎだろう。」


「やってることはトモミと大差ないんだけど。暗視については悪魔のオレが見るのと同じフィルターをトキタさんに埋め込みました。」


「おい、他人を人外に近づけるな!」


「オレを追うってことはそういう事に繋がるんですよ?」


 悪魔の目は字面的には忌まわしいものに感じるかもしれない。だが暗闇でもよく見えるということは、夜に女性とお楽しみする際に真っ暗にしても丸見えという大変便利なシロモノである。


 が、今はシリアスな場面なのでそれを口にすることしはない。


「あー、うん。今後は考えさせてもらうわ。」


「それが良いでしょう。では情報を集めつつ奥さんの所へ向かいましょうか。まずはサーチしてと……」


 薄く黒モヤを発生させて建物を包み込むように探索する。


「む?確かにアケミさんの反応はあるが……何か変だな。」

「お前、アケミの事知ってたのか?」

「トキタさんの頭からデータを取って検索したんです。」


 魔王はアケミのことを知ってはいる。だが面倒な説明が増えるのでそういうことにしておく。彼女を呼び捨てにしないのもケーイチに配慮してのことだ。


「おまっ、人の頭をパソコンみたいに……」

「トモミもそうやって浮気チェックしてたんじゃ?」

「そ、そんな事まで知ってんのかよ。」


「ふむ、何がどうなってるのか判りにくいな。良い予感はしないのでとりあえず向かいましょう。」


「わ、わかった。行こう!」


 魔王に良い予感はしないと言われても、ある程度の冷静さを保つケーイチ。魔王のチカラなら多少の事なら元に戻せると解っているからだ。


 一方魔王もそう思っていた。しかしアケミの反応が一箇所に絞れない。というか多少希薄ながら、建物中から感じるのだ。

 少し、少しずつではあるが言いようのない嫌な予感がし始める。


(これは直接彼女の反応を探るより、内部の人間の心を読んだ方が早いかもしれないな。)


 そう思いながら研究所の東側の壁に手を置く。


「おい、そこは壁に見えるがどうするつもりだ?」


「ここを抜けようと思ったけど、この先は女子トイレらしい。お互いに家庭を持つ身ですし、反対側から行きましょう。」


「なんだそりゃ、お前がこっちに来たんだろう?」


「ほう、トキタさんは女性の排泄に興味がお有りで?これは後でトモミに詳しく聞いておきましょうか。」


「や、やめろっ!んなわけあるか!!」


 気を取り直して西側に移動する2人。再度研究所の壁に手を置く魔王とそれに声を掛けるケーイチ。


「侵入はここからが良さそうですね。」


「なあ、まさかオレが分解してお前が戻すなんて言わないだろうな?」


「まさか。この壁は作られる前は何もなかったんでしょ?一時的にその時間まで戻します。」


「その発想はなかったぜ。」


 魔王が白い光を壁に放つと、人が通れるくらいの何もない部分が生まれて内部と繋がる。2人はさっさとくぐり抜けて侵入する。

 すると壁の時間が現在に戻って復活する。


「無事に潜入出来ましたね。一応建物の状態を保存します。」


(相変わらず意味がわからんが、これも保険か?)


「よし、それじゃ行くぞ。くれぐれも静かに、穏便にな。」


 作業が終わったらしい魔王に声をかけて探索を開始する。

 研究所内部の壁はいかにもサイバーチックな未来的なデザインだ。


 足元と天井付近には横ラインの青いライトが付いており、それとは別に天井には蛍光灯も付いている。監視カメラがそこら中で首を振ったり1点を見つめているが、侵入者達を捉えられる事はない。


「トキタさんはここに入った事は?」


「ない。だからそこらの奴を捕まえて尋問する――ってのはあまり穏便じゃねぇか……どうも脳筋でいかん。」


「いえ、悪くはないです。アケミさんの反応があるのに絞れない以上、内部の者から情報を得ましょう。」


 2人は適当な部屋へ入り、中に居た研究員と彼が操作している設備を確認する。入室時は時間を止めているので気付かれてはいない。


「よし、こいつは1人だ。さっそく……」


「終わりました。この人は知らないようですが、心のリンクを辿れば行けるでしょう。」


 黒いモヤを左手から出しながら魔王が告げる。研究員からは黒い糸が薄く伸びて途中で見えなくなっているが、魔王の言葉からは何処かへ繋がっているようだ。


「最近は新素材のおかげで格段に研究が捗ると考えてました。」


「お前って……いや良い。ところでそのカプセルの中身は何なんだ?」


 並べられた縦長のカプセルの中には緑色の石が入っていた。

 上部のパイプからキラキラした粉が降りて石に吸い寄せられている。


「薬液のカスを固めて結晶にしてるようですね。人口モンスターや別の物に混ぜ込むようですよ。あの学校でも使用してるようです。」


「お前、結構詳しいのな。見ただけで解るのか?」

「開校当初から潜入して情報収集しましたからね。」

「マジかよ。そこまで知ってて、何故オレ達を見逃した?」

「オレも忙しいんですよ。そんなのに構っていられません。」

「……少しオブラートに包んでもいいんだぜ。コミュ障さんよ。」


 敵情視察はしたがほとんど眼中に無かった、と言われた彼は複雑な心境だ。今はそんな相手が仲間なのは心強いのだが、複雑なことには変わらない。


「次の部屋はっと。ここは廃棄用薬液の下処理をしてるようです。その後地下へ送られ、カスは隣の部屋へ送ってますね。」


「本当に壁も警備も、お前には関係ないのな。ところで薬液ってのは、結局何なんだ?クスリや人口の化け物に使うのは知ってるが、オレが知ってるのはそれだけなんだ。」


「命です。生命力。この発光は魂も混ざってますけどね。」


「は!?何を言ってるんだ?」


「人や動物の命を液体に溶かして、使用者の精神力を引き上げる目的で作られたようです。」


「な、なんだよそれ!嘘だろ!?じゃあオレたちはずっと?」


 ケーイチは激しく動揺する。今まで使ってきた道具や訓練相手は全て人体実験の産物、いやそれらの効果を確かめているという意味で言えば自分達すら人体実験の一端の可能性もある。


「嘘では無いですよ。現にオレ達は非常に注目される超能力者になったじゃないですか。副作用は心のタガが緩むようです。」


「そうだよ、考えてみればオカシイよな。でもそんな物を使っていただなんて……。まてよ?」


「気が付きましたか?実は伝えるか非常に悩ましかったのですが。状況を整理すると……」


「格別な効果の新素材に絞りきれないアケミの反応ッ。アケミの生命創造のチカラ!つまり、こいつらはっ!!!」


「急ぎましょう。ただどうか、今は堪えてください。」


「ああ、ああ!急ぐぞ、目星は付いてるか?」


「彼の情報からは2階がアタリだと思います。案内します。」


 この部屋の研究員の脳からごっそりと情報を抜き出し、2階の厳重な警備の部屋の奥に薬液の原液を作る設備がある事を知った。


 2人は廊下を駆け、階段を飛び、例の部屋へ通じる通路まで来る。


「電子制御されたドアロックとその向こうに警備員もいますね。」


「どうにかしてくれ!」


「彼らの時間を止めればなんてことはないです。」


 ドアの電子ロックを外しつつ、警備員の時間を止めて素通りする2人。帰りも邪魔になりそうなので、お腹の中に”雪山の冷気”を当てておトイレへ直行するように促しておく。えぐい。


「おい、なんか柵で閉じられてるぞ?」


「次は柵に高圧電流ですか。向こう側が見えてるならコレで!」


 空間に穴を開けてケーイチを掴んだまま飛び込む魔王。柵を越えた先に出現して先を急ぐ。


「あまり心臓には良くない移動方法だな。ヒヤッとしたぜ。」


 突き当りのドアを開けると何台ものコンピュータが並んでいる。部屋にはオペレーターと思われる研究員の反応が3人。


『同じ女としてはフクザツだけど、仕方ない事よね。』


『少々の犠牲で世界を救えるなら、彼女も解ってくれる。』


『しかし勿体ないよなぁ。あれだけ美人なのに……』



「彼らの思念を読むに、ここで間違い無いようです。奥へ!」


「ああ!待ってろアケミ!!」


 研究員たちを無視して最奥の横長のカプセルにたどり着く。

 上部がガラス張りのソレは緑色の液に満たされ、内部にはよく知った顔の女が薄っすらと見えていた。


「なっ!?アケミ!!なぜだ、なぜアケミがこんな物に入れられている!なぜこんな事をする!!」


「…………」


 内部のアケミからは返事がない。意識も無いまま薬液製造の

 材料として使われていた。


「どうやら彼女のチカラ、命を活性化なり生み出すモノらしいですね。それであの教授に目をつけられて、材料にされてしまったのでしょう。」


「とにかく、ここから出さないと!」


「ならそこの研究員にお願いしましょう。」


 魔王が指で示した位置には、カプセルの管理をしてるのであろう機械を操る1人の研究員がいた。


 魔王はまず彼以外の研究員を全員、黒モヤで催眠状態にさせておく。

 そうでないと機械を操作したらさすがにバレるからだ。部屋の時間を止めると機械も動かなくなるという欠点も有る。


 下準備を終えた魔王は機械を操る彼に声を掛ける。


「こんばんは。景気はどうですか?」


「え!?誰だあんた!?いつの間に入ってきた!?」


「一度しか言いません。そこの彼女を開放しなさい。」


「何をバカな、そんな事できる訳が――」


 グシャァァッ!!


 突如鮮血が舞い、身体がミンチになった研究員。


「言ったはずですよ。1度だけだと。」


「おい、何をしてる!そいつが居なきゃアケミは――」


「大丈夫ですよ。彼の脳を読み取ったので、オレが開けます。」



 ピコピコと制御盤を操作して製造モードから待機モードに

 切り替える。開閉ボタンを押してカプセル上部が開いてスライドすると、上部の薬液がこぼれてアケミの顔がはっきり確認できた。


「アケミ!大丈夫か!?オレがわかるか!?」


「が……ぇ……イ、れ……」


 ケーイチが頭を支えて話しかけると、やがて目を開くアケミ。しかしうまく言葉がしゃべれない。



「ア……が……ガァァァァアアアア!!」



 突如アケミから赤黒いオーラが発せられ、部屋の電気が消える。アケミは両腕でケーイチに掴みかかる。その目は何も映していないように見えた。


「アケミ、オレだ!落ち着くんだ!」


「ァァァァ……ガ 、エ! ジィレ……ォオロォウォオォオ……。

 ゴォォコニィィィ……!!」


 尚も何かを叫びながら暴れるアケミに取りつかれているケーイチ。だが彼はあることに気がついた。力はすごいが身体が軽いのだ。



「か、下半身が無い……だと!?一体どういう事だ!誰が……

 誰が何でこんな酷いことを!!」



(かえして、あかちゃん。どこよ、どこに……か。)


 一方魔王の方は精神干渉でアケミの言葉を翻訳していた。


「○○○○!何とか出来ないか!せめて何を言ってるのか!」


「彼女は妊娠していたのですよね。赤ちゃんを連れて行かれて、グッ……その、返してくれと言っています。」


 さすがの魔王も言葉に詰まる。彼は必要ならばドライな思考も出来るようになったが、戦友の妻。しかも自分の本業の客であり、水星屋一同の友人なのだ。


 魔王も彼女の笑顔を覚えている。叶わぬ想いを貫き、思いの丈をぶちまけて……ようやくそれが叶ったというのに。


 その結果がこれでは冷静になれというのが無理な話だ。



「くそおおおおッ!!なんてことをしやがるんだ!!」



「ガ モ イト ド ッジョに……ィ ガ ァ せ ビ……

 ぐぁ ダ ガ あ ヲニ……」



「アケミ、落ち着いてくれ、オレだ!ぐううッ……○○○○、お前なら治せるんだろう?頼む、抑えているから早く何とかしてくれ!」



 愛する者の悲惨な姿にケーイチは悲痛な声をあげ、それは部屋中に響き渡った。



 …………



(対魔王兵器!凄い発明ですねぇ。お腹の子が安心して成長する事が出来るなら、私もお手伝いしたいです!)


(わっ!お腹を蹴った?うわー、ちゃんと育ってるわね。えへへー、ケーイチさんが帰ったら報告しましょう。)


(わー、ご馳走ですね!本当に頂いても?やった!赤ちゃんの為にもたっぷり栄養とらなくっちゃ!)



(あれ、なんだか眠く……あれ?私は何をして……?)



 ある日、夢の中の光景が続く。何度も続く。



(あれあれ?ずっと眠っていた?なんだか不思議……)


(ん!なにここ、狭い!液体の中!?溺れちゃう!)


 ついには目が覚め、暴れ始めるアケミ。しかしカプセルは開かない。それどころか力が上手く入らない事に気がつく。


(え!?なに?足がない!?違う、お腹から下が……

 赤ちゃん!私の赤ちゃんは!?ああああああああああ!!)



 ビー!ビー!ビー!



 警報が鳴り響き、薬液製造室と司令室は慌ただしくなる。


「素材の覚醒を確認、暴れています!」


「鎮静剤投与、効果がありません。カプセル内のチューブが破損した模様!」


「内部圧力上昇、チカラの暴走です。このままでは!」


「一旦開放して物理で拘束しろ!」


「カプセルの開放を確認、拘束して鎮静剤を投与せよ!」



「ああああああ、私の赤ちゃんをカエセェェェエエエエエ!!」



 研究員が3人掛かりで取り押さえ、鎮静剤を首に射たれるアケミ。意識がなくなる瞬間まで奇妙なオーラを発しながら子供をカエセと叫び続けた。


 その後はカプセルを修理して戻され、強力なクスリで強制的に眠らされていたようだった。



「ハァハァ、マジかよ人間ッ!」



 全ての時間を止め、アケミの経緯を探っていた魔王は息を切らす。


「ぐっ、これは……こんな事が。あまりの思念の強さにヒトを辞めかけているじゃないか。」


 古来の怪談でも子供を奪われた者が人を辞める事例はある。

 恐らくその領域までアケミは、足はないので首を突っ込んでいた。


「待てよ?なら下半身の方はどうなったんだ!?」


 まだ無事だった頃の、GW辺りまで思念を遡る事で下半身の行方を追う。魔王の前にはGWから今までのアケミの半身がどうなったのか、その記録が空中のモニターに全て表示された。


「うぇっ、ぐふっごほっ……」


『あなた、大丈夫!?気分が悪いの!?』


「ハァハァ。ちょっと、油断した。」


 その光景を見てしまった魔王は思わず吐いてしまう。

 心の中で異常を察知した妻が声をかけてくるが、まともに対応が出来ない。今まで散々やらかしてきた彼であったが、今回の事はとても許容できなかったらしい。


 空中に現れたモニターには、幾つもの場面が映っている。


 上半身と下半身を分割する手術。既存の薬液に浸けて延命処置。

 上半身は新規に上質な薬液を作るために製造所へ回され、下半身は足を切り取られて研究材料に。


 胎児 (Fetus)は、素材Fとして母体から抜き出されて小分けにして実験材料にされていた。


 残った子宮は専用の実験カプセルにて無理矢理稼働を続けている。卵巣より取り出されたモノと別の能力者のモノで作った人工受精卵を入れて高速で成長させていた。


 それらもある程度の大きさで取り出されて別の場所で”使用”されているようだった。



「これはマズイな……。トキタさんになんて説明すれば良いんだ?」



 チラリと不格好なまま時間が止まっている彼を見ながら悩む魔王。


『あなたなら治せるんでしょう?なら言わなくても良いのでは?』


「それが、困ったことに治せそうにないんだ。」


『!!』


「そりゃ見た目をキレイにすることは出来る。だが彼女達は生きて元には戻せない。手遅れだ。」


『そう、なの……?』


 今回のアケミ達を治すのには蘇生レベルの治療が必要となる。そうなれば当然、世界のルールに縛られる。


 蘇生に必要なのは、時間が経ってない事と知られてない事。さらに女性であれば妊娠してない事も含まれる。


 アケミは全てアウトなのだ。


 化け物に変質しているのは逆に魂を留める効果も有るからまだ良い。

 しかし多くの研究員に知られている事は非常によろしくない。恐らくは政府関係者にも知られている可能性もある。


 特に妊娠していた事で母子ともに個体として曖昧な、デリケートな状態だった。その子供側もバラバラにされて、別の物として周囲に”認識”されてしまった。

 ここまで工程が進むと、数種の液体を混ぜたモノを分離するくらい難しい。あるいは複数人の音声が入ったデータを1人分ずつ抜き出すような話である。


 解決策があるとすれば、ハチミツ山の時のように大勢の犠牲を強いる形で代償の穴埋めをする方法か、運命操作を敢行するかだ。


 しかしそれも今回は難しい。なぜなら――


『赤いチカラでもダメなの?回復は私が頑張るから、ね?』


「今回の件でまともに運命は紡げない。いまこの状況が既に、運命を紡いだ結果だからだ。」


『ええっ!?どういうことなの?』


「これはトモミの代償だ。アケミはトモミの代わりにこの残酷な運命を歩むことになった。これを戻す事はオレには出来ない。」


『!!』


 妻の息を呑む音が聞こえる。

 この運命を覆すとなれば、別の誰かにどう飛び火するかわからない。もしかしたらトモミ本人に帰るかもしれない事を思えば、余計な手出しはできないのだ。


「今思えばおかしかったんだよ。トキタさんもオレも。今回は

 まるで操られるかのように後手に回っている。そしてアケミのこの身体、あのクリスマスのトモミのケガとそっくりなんだ。」


 綺麗に手術で切り取られたアケミの上下半身。

 綺麗に分解で切り離されかけたトモミの身体。


 その傷口はほとんど同じ形であった。


 あの時運命を操作して、代償を全ては確認せずに時限爆弾状態で設定した。その時・そこに居た者が代償を受ける形だ。


 ついでに言えばあの日、魔王はトモミの身体をやや若返らせている。

 その時の年数は意識してなかったが、あれから2年半。もしかしたら関係あるかもしれない。


『それじゃあ、本当にもうダメなの?』


「やるべき事はある。しかし元に戻すことは不可能だ。気が重いが、なんとか形にはしてみるよ。ただ……○○○、」


『うん、終わったら私が慰めてあげる。だから頑張って!』


「ありがとう、これでオレは頑張れる。」


 マスターは自分の吐シャ物を宇宙に放り出しながら作戦を練る。どうやってケーイチを納得させるかがカギである。



 …………



「○○○○、お前なら治せるんだろう?頼む、抑えているから

 早く何とかしてくれ!」



 一瞬で自体を把握してきた魔王。ケーイチは藁にもすがる思いで魔王に助けを求める。


「まずいな……絶望を超えて執念だけの存在になってます。くわえて、赤ちゃんも別の場所で別の存在にされています。」


 魔王はアケミをチカラで包んでそれらしい作業をしてる様に見せ、簡潔に事態を説明していく。


「これでは身体を戻しても元の人間には戻れません。それどころか母子共に別の概念になっている以上、このままでは身体すら治すのは困難でしょう。」


「て、てめぇ!お前はオレなんかより余程頼れる奴なんだ!今までもそれで何とかなったんだろ!?何だって良い、アケミを救う方法を教えてくれええええ!!」


 切羽詰まり、本音をぶちまけ魔王に救いを乞うケーイチ。


「このままじゃ、あんまりじゃねぇか……」


「…………ならば。」


「!!」


「”魂の安息”を目標に、”救う”ことは可能です。日常は戻りませんが人間としての尊厳を持って、最期の時を過ごすことは出来るでしょう。」


「くぅっ……ど、どうすればいい!?」


「まずはトキタさんの「分解」で、彼女を殺してください。」


「な、何をバカな!!」


「よく聞いてください?彼女は子供への執念で身体が化け物に変異し始めています。まずは変異した身体から魂を引き出そうと言っているのです。」


「くっ……」


「やりづらければ、オレがやりますが?」


「いや、オレがやる!お前は手を出すな!!」


 それが正解なのかは魔王もわからない。しかし確信めいた予感はあった。過去にトモミを貫いたのはケーイチだ。ならば運命に沿って彼がアケミを貫く方が正解なのではと考えたのだ。



「アケミ、すまない!」



 ケーイチは意を決して精神力の剣を形成する。

 その視界は涙でひどく歪んでいた。それでも彼女の為、彼は剣を振り上げる。



「うおおおおおおおおお!!」


 ザシュッ!ザシュッ!ザシュッ!!


「ア ァァアア、 ャアァァ……」



 身体が分解されていき、悲鳴をあげながらその存在が

 消えていくアケミ。


「…………」


 ケーイチは言葉もなく泣いていた。


「お疲れさまです。続きはオレに任せてください。アケミさんの魂の治療と再構成を開始します。少しお時間を頂きますよ。」


 魔王は化け物の身体から抜けていくアケミの魂を掴み、黒いモヤで作業に入る。


「……くそっ、くそっ!!」


 ケーイチの中には自身に生まれた悲しみと絶望を埋めるため、怒りがふつふつと湧いて来ていた。


 ザシュッ!ザシュッ!……


 彼はチカラの剣を再度形成して周囲の観測器具を薙ぎ払っていく。


「オレは何度、妻に手をかけなくてはいけないんだ!」


 ザシュッ!ザシュッ!


「オレはこんな事の為にこのチカラを振るってきたんじゃない!きたんじゃないはずだ!」


 ザシュッ!ザシュッ!


「キャア!いきなりどうしたの!?」


「一体何事だ?」


 催眠が解けた研究員の2人が大きな音のした方へ近づき、ケーイチを見つけてしまう。


「さすがにアレだけ騒げば気づかれますよね。」


 そもそもアケミの修復作業に大部分のチカラを割いていた魔王。そちらの催眠が弱まるのも無理はない。


 腰を下ろして作業をしていた魔王はまだバレていないが、ケーイチが見られた以上はなんとかしなければならない。


「あなたはトキタ部隊長!?一体いつの間にここに!?」


「反逆罪だ、捕まえて――」


 ブゥン!


「そう簡単にはいかないわけだ。」


 女性研究員が騒ぎ、年配の男性研究員が近くの警備を呼ぼうと試みる。しかし目の前には黒尽くめのモブ顔が現れ阻止される。



「まさか魔王だと!?おのれトキタ、魔王に寝返ったのか!」


「なんてこと!この人でなしめ!恥を知りなさい!!」


 がなり立てる彼らの言葉に、スッと部屋の中のすべての音が消えたような錯覚を覚える。


「…………」


 ケーイチは何かを堪えて冷静になろうとしていた。しかしその身体からは精神力が霧のように漏れ出し、それに触れた物は徐々に形を保てなくなって崩れていく。


「よう、○○○○。今夜の出来事は全てお前に責任を押し付けて良いんだったよな?」


「ええ、そのつもりですよ。」


「ならそいつは却下だ!!」


 ブワッと霧がさらに噴き出し周囲が砂になっていく。



「ここはオレの意思で!オレの意地で!全てを滅ぼしてやる!!」



「「ヒッ!!」」


(ほう……トキタさんのタガが外れたか。少し格好良く見えるね。これは「分解」の霧かな。来る時の応用で、ふむふむ。)


 圧倒的な殺意を向けられビビる研究員達と、分析する魔王。


 チカラを霧状に放出するのは来る時の飛行と同じ使い方をしただけである。だが分解効果も乗っているようで、周りはたまったものではない。

 周囲の音が消えたのも錯覚ではなく、霧が空気の振動すら分解してしまったのだ。


 魔王はバリアで防げるし、足場も崩れないようにバリアの

 板を置いてやっている。


「お前はこの事を知らせろ!私はアレを試す!」


「はい!」


 年配研究員が足止めして女性が逃げるつもりのようだ。

 しかし――


「させるわけねえだろ!」


 ザシュッ!


「キャアアアアアアア!!!」


 高速で回り込んで女性研究員に刃を突き立てる!

 悲鳴と血しぶきだけを残して砂のように分解される女。


「おのれ!これでも喰らえ!」


 パン!パン!パン!


 年配者がリボルバー拳銃で攻撃を仕掛ける。だが魔王がケーイチと彼との間に割って入り、弾丸を全て次元バリアで防いでしまう。


「そんな物が我々に通じるとでも?」


「くそ、これでどうだ!!」


 パァン!


「ぐはっ!!」


 新しい弾を撃ち出す研究員、適当に防ごうとした魔王のバリアを貫き、右腕に傷を負う。


「何!?あいつのバリアを貫通しただと!?」


「傷口から崩壊していく、この効果は……この弾丸は!?」


 その傷口は周囲を分解しながら広がっていった。魔王は左手で傷口を抑えて時間遡行をかける。


「やったぞぉ!対魔王弾、イケるじゃないか!あははははは!

 これでトドメ――くぴゃああああ」


 調子に乗ったおじさんの脇を魔王がすり抜け、身体を真っ二つに切られて絶命する。


「やはり1番恐ろしいのはイカれた人間だな。」


「○○○○、大丈夫か!?あの弾丸はなんなんだ!?」


「キズはもう治りましたので平気です。対魔王弾でしたっけ、あれはトキタさんの子供の細胞を封入したようです。」


「んな!?そうか、チカラは遺伝することもあるから!」


「もちろんそれだけでなく、何らかの理論があっての事でしょう。」


「アケミだけじゃなくて子供にまで……許せねぇ!こうなったらここのヤツラを皆殺しにして――」



「その前にこちらを御覧ください。」



 白黒の光の渦が2人の間に発生すると、中から1メートル程の白衣の女の子が飛び出してきた。ソレはケーイチに抱きついてくる。



「ケーイチさああああん!!」



「ア、アケミ!?お前……ちょっと見ない内になんか薄いし、メルヘンな雰囲気を醸し出してるが。え?何!?」


 アケミは明らかに透明度が高まり、背も小さく身体がデフォルメされている。まるで昔のポリゴン数の足りないゲームキャラの3Dモデルの様である。いやそこまで酷くはなく、精々デフォルメされたアニメキャラくらいだ。


「よかったぁ、助けに来てくれたのね!」


 アケミはすりすりとケーイチに頬ずりどころか全身ずりをしながら彼の存在を確かめている。

 元々脳筋のケーイチは、頭が大混乱である。


「すみません、魂の修復は終わったのですが、身体が半分だったせいか、ちょっと足りない仕上がりになってしまいました。」


「お、おう……?」


 未だ混乱の解けないケーイチだが、アケミはその声に反応する。


「ちょっとそこの貴方!人を足りない女呼ばわりしないでよ!レッキとしたオトナの人妻なんですから、失礼しちゃうわね!」


 1メートル級のミニアケミはぷりぷり怒りながら魔王に詰め寄る。


「って、アレ?貴方もしかしてマスターさん!?」


「さすがにバレますか。おひさしぶりですねアケミさん。お元気?そうでなによりですよ。」


 その会話による更なる混乱がケーイチを襲い、今までの混乱が解ける。彼は思わず大きい声を出してしまった。



「ええ!?アケミ、現代の魔王と知り合いだったの!?」


「ええ!?マスターさん、魔王なのーー!?」



 説明が非常に面倒くさい状況になり、魔王はため息をついた。



 …………



「そういう訳でラーメン屋の副業で何でも屋をやってます。」


「お前がラーメン屋か。チカラとの相性はたしかに良いよな。」


「マスターさんが魔王……キリコちゃん達は知ってるの?」



 騒がしい2人にこれまでの概要を説明した。すぐに現状の解説をしてもそれをする者の信用が取れなければ意味がないからだ。


 概要とは言えやや長い話だったので2人には事後の紅茶のボトルを配っておいた。味とネーミングを気に入って保存してあるのだ。


 ケーイチは素直に納得したようなセリフだが、実はそうではない。彼は遠い目をして、


「オレらはラーメン屋の片手間ですら相手にならんのか。」


 などとブツブツ言っている。


「知った上での付き合いです。彼女達も訳有りですし。そもそもオレは生活の為に仕事をこなしただけで、魔王だ何だというのは騒いだマスコミに政府が乗っただけだよ。だからオレは貴方達を敵視すらしていません。」


「ぐふっ。」


「マスターさんはもうちょっと柔らかく言ってあげて!」


 胃を押さえてうずくまるケーイチ。緊張状態が続いて胃腸にキたのだろう。彼もそろそろ30代の半ば、いいトシだ。


「それで今はどういう状況かしら。私は助かったの?」


「最初に言っておきますが、アケミさんは生き返りません。世界にはルールが有り、それを覆すには割に合わない代償を支払う事になります。例えばトキタさんが死んだりします。」


「「!!」」


「なのでオレに出来ることは供養することだけ。アケミさんが人間の尊厳を持って人間として死ぬ。それを手助けすることだけなら手伝えます。トキタさんもそれで良いですか?」


「お前が無理と言うならダメとは言えねえよ。オレは結局、何も出来なかったんだ。」


「ううん、あなたは来てくれたもん!すっごく嬉しかったわ!マスターさん、具体的にはどうしたらいいのかしら。」


「アケミさんの身体と、対魔王用の弾丸をかき集めましょう。それでオレが魂の修復を試みます。それで一息ついたらオレが三途のほとりまで案内しますよ。」


「そっか、やっぱりダメなんだね。そっかぁ……。ケーイチさん、ごめんなさい!赤ちゃん守りきれなくて。せっかく、ぐすっ。無理言って授けてもらったのに私は……」


「アケミが悪いわけじゃない。悪いのはここの奴らだ。そうだろ?だから泣くなって。どんなに限られた時間でもオレ達は一緒だ。だから――」


「前を向いて生きていきましょう!」


「人のセリフを取るな!お前は昔から……」


「さて、そろそろ行きますよ。アケミさんはトキタさんに取り憑いておいてください。必ずオレ達が成仏させてみせますよ。」


「はーい!一緒に頑張ろうね、あなた。」


「あぁ。オレたちの仲を見せつけてやろうぜ、アケミ。」


 3人は立ち上がって頷く。残った紅茶を一気飲みしてアケミはケーイチに飛び憑く。それはサイト時代の魔王とトモミのような一体感が見て取れた。



 3人はこの部屋に向かう通路に戻り、空間に穴を開けて鉄格子をスルー。


「凄い、ワープしてる!今のが空間移動なのね。」


「神出鬼没の常套手段だよ。オレの店も似たような物だし。」


「確かに!あ、スカースカが置いてある。今じゃレアよね。」


 アケミは警備員用のテーブル上の、今や珍しいオカルト雑誌スカースカを見つける。今や絶版品なので誰かの私物だろうか。


「一応オレ絡みの事実が記載されてるから、勉強用か?」


「もしかしてサクラさんが水星屋に居たのって!」


「政府を通すより、オレから話を聞いた方が断然早いからな。彼女には魔王事件の2ヶ月後くらいにバレてしまってね。そこから情報のやり取りが始まったんですよ。」


「雑誌記者が1人で魔王を見つけた?オレたちの立場は……」


「トキタさんは凹み過ぎです。政府は自分のプロパガンダで自分が騙されてるから仕方ないです。ほら、さっさと行きま、お?」


 ドアを開けようとするが魔王はそこに貼ってあったヌード写真に目を取られる。写真集を切り取ったモノのようだ。


「ほう、これはなかなか。」


「来る時は気が付かなかったな。これがあれば警備も真剣になろうってもの……か?」


「これ私が提案したのよ!生物学的にも有効だって説得したの。」


「お前かよ!なんで!?」


「えー!だって、ケーイチさんの視線がいつも――」


「OK、わかった。さあ行くぞ、悪から身体を取り返すんだ。」


「くくく、まるで漫才ですね。それでは冗談はここまでにして、関係者を当たってみましょう。反応はオレが探りますので見つけ次第、無理矢理にでも奪ってください。」


「おう!」


「やったらー!」



 …………



「まずは休憩所で良いでしょう。狭いので一気に行きますよ。」


 言い終わる前に扉を開けて中の人達に注目される魔王。


「こ、こんなところに魔王だと!?やってやる、対魔王弾用意!」


 グシャァ!ブシャァ!……


 ニコチン入りのひき肉をこしらえた彼らは、彼らの装備を漁って対魔王弾を抜き取っていく。


「未使用の弾丸、これの精神リンクを追えば素早く回収できそうですね。」


「まったく、人の子供をこんな形にしやがって。てめえら自分で体験してみろってんだ。」


「まったくよ!絶対許さないんだから!」


 ケーイチとアケミは一緒になってひき肉を踏みつけている。


(うん?まぁ、気合充分なら萎えるよりいいけど。)


 魔王はひき肉に手をかざして最期の思念を読み取っておく。


(俺の人生、ここからだと思ってたのに……)

(妻の言うとおり、禁煙すれば良かったぜ。)

(情報の横流しをしたバチがあたったのか!?)

(魔王絡みの職場じゃこうなるわな。最期に一服出来ただけマシか。)


 情報の横流しが気になるが、それ以外は特にめぼしい情報も無く次へ向かう。


 ザシュッ!ブシャァァァ!


 ザシュッ!ブシャァァァ!


 すれ違う警備員や研究員をことごとくひき肉に変えては、我が子の成れ果てを大事そうに拾い集めるケーイチ。その後はトイレの反応を追う。


「うう、みんなよく平気だよなぁ。ここの素材は気持ち悪すぎ。あれ見ながら飯食うとか先輩たちはどうかしてるよ。」


 愚痴を言いながらトイレで吐いている新人研究員。

 だが急に様子が変わりだす。


「なんだか、イイ気分にナッてキタよぉぉおおお!?」


「なんだこいつ、やべぇやつだな。」

「クスリ、漏れてるんじゃない?トキタさんの霧とかで。」

「寝ないで働いてるからあまり気にしてないんじゃ?」


 トイレの反応を追ってきた魔王達は取り敢えず彼を分解する。


「ギャー!!ってイタくナぁああい!」


「それでも致命傷は致命傷ですけどね。はい、弾丸です。」


(痛みはないけど最後に便器に頭から逝ったのは鬱だ。)


(ご愁傷さまです。)


 軽く同情しつつ隣の個室に向かう3人。


「ぐぉおおお、この冷え方オカシイぞ!?明らかにお腹が氷点下!」


 バキッ、ガチャ!


「大当たりです!」


「お、お前は侵入者!? 外の仲間はどうしたんだ!」


「別のトイレでスッキリしてるぜ。閻魔様の裁判所でな。」


 ブシュン!ブシャァァァアアア!!


 胸にチカラの剣を突き立てられて分解される氷点下男。関係ないが閻魔が聞いたら顔をしかめたことだろう、



「これで腹痛ともお別れですね。アケミさん、もう目を開けても大丈夫ですよ。はい、弾丸。」


「ありがと。他の男のモノは見ない方が良いもんね。」



 次に女子トイレでは便秘気味の女研究員を開放してあげて、第2製造室へ向かう一行。


 ここでは人も多いので、ターゲットを1人ずつ時間を動かし

処刑することにする。


「忙しいから助っ人を呼んだのに、あんな新人を寄越すとはな。しかも何回トイレに行ったら気が済むんだか……慣れれば可愛いものだろうに。」


 独り言で愚痴を言いながら中年の研究員が、薬液のカプセルを相手に機械を操作している。軽く肩を叩くとこちらを振り向く。


「新入り、もうトイレはいいのか?」


「今度はお前が逝ってきなよセンパイ。」


「行き先はジゴクだけどね!」


 ザシュッ!ブシャァァァ!


「ぎゃあああああ!!」


「普通の研究員でも弾丸持ってるのな。これはもう全部料理してしまうか?」


「ここの人達は全員共犯だよ、やっちゃいましょう!」


「はいはい、順番にね。まずは身体を集めること!」


(自分がこうなってみると、やっぱり気持ち悪いなぁ。)


 呑気な最後の思念を読み取りながら、狂気に走り始めるケーイチとアケミをたしなめる魔王。だがもう次の研究員に牙を向けている。


「なんだ?急にバイタル低下?何が起きた!?」


「残念でした!私はもう囚われのお姫様じゃないの!」


「王子が助けてしまったからな!対魔王弾、渡してもらうぜ!」


「ヒィイイイ!や、やめろおおおお!」


 ブシュン!ブシャァァァ!


「これくらい相手が戦意喪失してると楽だな。張り合いはねえが。」


「この調子でどんどんヤっちゃおう!」


「さすが死神さん。容赦ないですね。」


適当に感想をこぼしながら進む御一行。


「この調子なら本当に魔王を倒せる日が近いかもな。そうすれば研究者達の名前が歴史に残って……くふふ。」


「なら、試してみます?」


 ブシャァァァァ!


 相手がなにか言う前にひき肉に変えたケーイチ。


「名前どころか遺言も残せないとは残念でしたね。とりあえずこの弾は頂いておきますよ。」


「おい、○○○○!この薬液のカプセルもぶっ壊しておいた方が良いんじゃないか?中に何か入ってるしよ。」


「これらは後で纏めて処分できます。今はアケミさんの方を優先しましょう。」


「おう、それもそうか。」


「マスターさん、ありがとう!」


 製造室の奥へ入ると、年配の研究員が仕事に打ち込んでいた。


「ここで作られた品が魔王を倒す糧になる。そう考えると多少の疲労なんてなんのそのだ。魔王に息子を殺されたウラミ、必ず!!」


 彼は執念の籠もった顔と言葉と仕事ぶりであった。

 その後ろで聞いていたケーイチはステルス状態のままで魔王に問いかける。


「だ、そうだが何か言いたいことはあるか?」


「恨まれるのは仕方ないですよ。殺されてあげるつもりは微塵もありませんけどね。」


「だと思ったぜ。おい、おっさん。ここに魔王がいるぞ。」


「なにィ!!魔王だと!!息子の仇、今ここで撃つ!!」


 ケーイチが声をかけ、黒ずくめを見つけると拳銃を引き抜く。


 ザシュッ!ブシャァァァ!!


 その間にケーイチが背中から剣で切りつけて分解しておく。


「今のは酷くない?せめてオレがやる場面かと。」


「子供を失った悲しみを知ってるなら、自分で他人の子供を奪ってるんじゃね―よ!ざまあみやがれ!」


「そーだ、そーだ!」


 2人はひき肉をさらにグチャグチャと踏みにじる。


(願い叶わず……しかも抗う事すら……)


「めっちゃ無念そうな思念なんですけど……」


 その部屋の研究員を全滅させて弾丸を回収した後、廊下に出ると巡回している警備員がブツブツ言っていた。


「うーんさっきから銃声が聞こえる気がするけど、オレの勘だと何事もない気がするんだよなぁ。」


「そう思いこむように精神干渉のチカラを放ってますからね。残念ながら次は貴方の番ですよ。」


「その姿は魔王!?くそ、マジで神出鬼没なんだな!ぐ!?」


 臨戦態勢を取る警備員だったが後ろから手で口を塞がれ、チカラを流し込まれて顔が内部から分解する。

 ステルスで後ろから近づいたケーイチの仕業だった。


「はい、お勤めごくろーさん。」


「これが魔王の視点なのねー。これじゃー私達が相手にならないわけだよぉ。」


「まったくだぜ。こうして味方の時は頼もしいがな。」


「トキタさんに褒められるとか、明日の洗濯物が心配なので控えてもらえると助かります。」


「この状況より明日の洗濯物かよ。意味解らねぇ。」


「明日を考えない者には明後日は来ませんよ。」


「さすがマスターさん、わかるようでわからないわ!」


(真面目に仕事するのが馬鹿らしくなる連中だ……)


 かすかに読み取った最後の思念は落ち込んでいた。



 …………



「さて、このフロアは全滅させましたね。次は……」


「3階に司令室があるから、一網打尽にしましょう!」


「ナイスアケミ!それはいい考えだ!」



 暴れ続けた彼らの所為で2階の生命反応が無くなり、階段前で次の方針を話し合う。アケミとケーイチは殺る気むき出しで本陣を攻め落とそうと意気込むが、魔王がそこに待ったをかける。


「待ってください。そちらは最後にしましょう。実は1階で気になる場所があるのでそちらを制圧してしまいましょう。」


「お前が言うならそれが正解なんだろうが、良いのか?これだけ騒ぎが起きてるんだ。時間が経つと面倒なことにならないか?」


「時間なんて経ってませんよ。フロアどころか部屋ごとに時間の流れが歪んでますし、敷地そのものを現実世界から切り離してます。なので司令室は何が起きてるのか解ってないはずですよ。」


「マスターのパクリか。だから自分をマスターって呼ばせてるのか?」


「い、いいでしょう別に。オレが何に憧れても。」


 アケミの言葉から魔王が自分をマスターと呼ばせてるのを知ったケーイチ。もしやと思って聞いてみると、ちょっとテレたような口調で答えが返ってきた。


「そういう所は人間臭いんだけどなぁ。」


「へー、あのお爺ちゃんのねぇ。可愛い所もあるのね。」


「ほら、行きますよ。」


 魔王は話をさっさと終わらせて、1階に降りて再度殺戮を開始する。とりあえず仮眠室で無抵抗な者をターゲットにしたようだ。


「あら?仮眠室管理のおばちゃんは帰ったのかな?」


「引き出しに対魔王弾を確認っと。まぁ見逃してあげますか。

どうやらオレ達の突入前に帰宅したようです。」


「あのおばちゃんには優しくしてもらったから、ちょっと安心。」


「そういう事なら、文句はねえな。」


(……今夜の生き残りを政府が放っておくとは思えないけどね。)


 真っ赤な壁に模様替えした仮眠室で、3人はのほほんとしていた。


 それが終わると仮眠室を出て隣の休憩室に向かう。そこでは女性の研究員が2人、お茶をしながら喋っていた。


「今回の素材は凄いわね。他と比べ物にならないエネルギーよ。」


「あの素材って例の対魔王兵器とやらの材料でもあるんでしょ?みんな希望が見えたって喜んでいたわ。」


「あなた達はっ!!おかげで私は絶望したわよ!」


「ええ!?あなたは素材になったんじゃ!どうやって……」


「お前はただ死ねっ!もう喋ることはオレが許さない!」


「!!」


 ブシャアアアアア!!


 ケーイチが死散光をブチかまして粉々になる女性。


「ヒイイイイイ!私は違うのよ、そんな事は全然思って無くて!」


「ドロボウはウソツキの進化形態よ!信じられるわけ無いわ!」


 残った1人が命乞いをするが、子供を奪われたアケミは彼女を許すつもりはない。


「そういう事だ。泣きわめくならウルサイからあの世でしてろ。」


 ブシャアアアアア!!


(閻魔様も今夜は大変そうだな。あとでトリプルエイチで肩でも揉んであげましょうかね。)


 怒り狂う夫婦を尻目に冷静に弾丸を拾い集める魔王だった。


(先に光が見えたと思ったらこの仕打ち。これが絶望、か。)

(死んで体が冷えて、やっと冷静になったわ。当然の報いね。)


 最後の思念は身を持って反省をしたご様子。しかしそれはちょっと遅かったようだ。出来れば人生が終わる前に気づくべきである。


「トイレも受付も倉庫も終わったな。あとは……」


「あそこにも居ますね。」


 一階を粗方片付けて、生き残りを探す一行。彼らの目には若い男の警備員が確認できた。


「あーあ、今日も残業かー。」


「珍しいな、シロが愚痴なんてよ。良いじゃないか明日はデートなんだろう?相手は妹ちゃんだけどな。」


「その妹の体調が良くないから早く帰ってあげたいんだよ。」


「良かったな。残業はキャンセルだ。」


「な!?だれだ、侵入者!?あなたはトキタさん!!」


「残念なことに、帰宅もキャンセルですがね。」


 突如現れたサイトの英雄と現代の魔王。若い2人は動揺を隠せない。


「その姿は!?ま、魔王にまで侵入を許すとは!!」


「おいシロ、危ねえ!!」


 バシュン!ブシャァァァァ!


「な!?お前、どうして……」


「へ、お前のためじゃねぇ。オレを振った女達を見返すためさ。オレはここまで出来る男だってな……お前は逃げ……ろ。」


「く、くそっ魔王めっ!」


「お別れは済みましたか?素晴らしい仲間意識です。他の連中とは違う。こんな若者がまだ居たんですねぇ。」


 パチパチとわざとらしい拍手をしながら魔王が称賛する。


「せめて一太刀!!」


(ん?この者はどこかで?)


 例の弾丸を込めて銃を構える警備員。その引き金に指をかける。


「ぼーっとすんじゃねぇ!」


「マスターさん危ない!」



 ザシュッ!!ブシャァァァ!!



「トキタさん?なん、で……ま、おうと……」



「とても優しく、正義感溢れる若者でした。しかしここで働いていたのが運の尽きでしたね。」


「どの道この弾を持っている以上、逃がす気は無かったがな。」


 ケーイチは彼の拳銃から弾丸を抜きながら呟く。



(すまない、シズク。水族館は行けそうにない。父さん母さんと仲良くするんだぞ……)



 妹思いの警備員はここで生命の炎が燃え尽きた。



 …………



「それで、お前の気になるところって?」


「ここです、無菌実験室。アケミさんのパーツがここに。」


「ホント!?」


「ただし2人とも覚悟してください。心を強く持って。」


 ずかずかと実験室に入る3人。研究員が居るが、襲おうとするケーイチ達を魔王が手で制する。


「なんでだ?」

「サンドバッグは後で使いますから。」

「「??」」


 怪訝そうな2人を置いて、とあるカプセルの前に出る。

 中には肉で出来たトートバッグくらいの袋があり、カプセルの横には中身が見えるモニターが設置されていた。


 それには何かの生き物が映っている。


「これですね。」

「こいつは?」


「アケミさんのナイセイキです。」


「「!!!!」」


「落ち着くのは無理でしょうから、せめて暴れないで聞いてください。」


 2人を黒もやで制御しながら聞くように促す。

 彼らも頷いて応じるが、今にも爆発寸前の精神状態だ。


 魔王はなるべく刺激しないように事実を淡々と告げる。

 薬液で無理矢理稼働させてること。別の誰かの精を使って素材を作っていること。それを全て兵器の実験用に回していること。


「――――――ッ!!」

「――――――ッ!!」


 声にならない叫びをあげ、目の色が変わり、牙を向き、

 全身から霧やらオーラやらが漏れてこの部屋を満たす。


「「――――――ッ!!」」


 グシャッ!グシャッ!グシャッ!……


 先程見逃した研究員が死体になり、ひき肉に加工され、

 今はミートジュースになっている。

 彼らの目は真っ赤に染まり、事実視界も赤みがかっていた。


「そのままでいいので聞いてください。これからオレは

 アケミさんのコレを元に戻す為に触ります。良いですね?」


「「―――――ッ」」


 かすかに頷いたのを確認するとカプセルを除去。

 その肥大した袋と付属品を取り出し、袋の中身も除去する。


「もう少しです。あとは時間遡行で……綺麗になりました。

 そこに足も在るようなのでこれらを使えば魂を元に戻す事が

 できるでしょう。しかし今はそんな気分じゃ無さそうですね。」


「「―――――ッ!!」」


 ケーイチと彼に取り憑いたアケミは人とは思えない表情で

 悪魔のような声にならない声をあげる。

 ケーイチもだが、アケミもせっかく元に戻したのに再度化け物じみた存在になりつつあるようだ。


 このままではどちらにせよ魂の再構築は無理そうなので、魔王は一旦アケミの一部を時間凍結して魔王邸の倉庫へとしまう。


「解ってます。弾丸はかなり集まってますし、地下を制圧したらいよいよ3階へ参りましょうか。好きなだけ暴れてください。」


 その言葉を受けた2人は最後の心のタガが外れた。


 2012年6月2日夜。ミキモト研究所 NO.6に、魔王の手によって怒れる死神と天使が解き放たれた瞬間だった。


お読み頂き、ありがとうございます。

この辺りのエピソードはゲーム版も、今回もどこまで表現するか迷いました。


修正点。開校初日→開校当初。

潜入した日は開校後数日経っているので修正。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ