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73 シメイ

 


「おーい、シロ~!明日休みだろ?飲みに行こうぜー!」


「悪いけど、今日は家に帰らないとマズイんで!」


「なんだよツレないなぁ。この前の店によ、新人ちゃんが入ったんだ。ガッツリ指名して楽しもううぜ?」



 2012年5月18日。ミズハ・シラツグは終業後の更衣室で、同僚からキャバクラに誘われた。

 だが次の日からはGWも仕事だった分の振替連休なので、シラツグは実家に帰る予定があった。自分にべったりな妹が待っているのだ。


 警備会社に勤めるシラツグ達は夜勤も多く、実入りは大きい。その代わり出会いの機会は控えめなので、飢えた者達は夜の店に繰り出す者も多いのだ。


「この前相談に乗ってやっただろう?彼女の居ないお前の為にいろ~~んな店を紹介してやったじゃないか。」


「あれは楽しかったけどさ、本当に実家に用事があるんだよ。」


 そう言いながらスマホでシズクとやり取りをする。

 同僚は何かを察して勢いよく覗き込むと、夕飯作ったから早く帰って来てねとハートマーク付きのメッセージが見えた。


「おまっ、実は実家公認の彼女が居たのか!?ていうか連休前を狙って女が飯作りに来てるのかよ。なんて羨ましいッ!」


「いや待ってくれ、そんなんじゃ――」


「おいおいシロよぉ。先週店をハシゴしまくったオレの親切を返しやがれ、裏切り者め!」


 その同僚の言葉に周囲の者達も興味を覚えてこちらを注目してくる。


「声が大きい!落ち着けよ。これ、妹だぞ?」


「は!?そんな嘘が通るかよ。妹っていうのは人を虫か何かと勘違いしてる生き物だろう?こっちが親切にすればするほどキモイとか汚いとか罵ってくるか、シカトするのが妹だ!決してメッセージにハートマークなんて添える妹はこの世界に存在しないんだよ!」


 怒涛の勢いでカワイイ妹を否定する同僚。実は彼にも妹が居るようだが、仲はよろしくないようだ。


「そこまで言うか。ウチは前からこんな感じだったけどな。実家に戻った時はとことん一緒に居ようと、甘えてくるぞ。」


 シズクは手料理を振る舞おうとするのは当然として、風呂や寝具にまで侵入してくる。スキンシップもかなり多い。


「なん……だとぉ!?それどんな天然記念物だよ。重要文化財だよ。かああああ、なんか家族単位で負けた気分だぜ。ていうかよ、お前が彼女を作れないのってその妹のせいなんじゃないか?」


「それはないだろう。まとまった休みの時は帰ってるが、大抵はお前と同じ生活だろう?」


「その休みに女を見つけようとしないからダメなんじゃね?まぁいいや。可愛い妹の”ご指名”ならそっちに行ってやれ。オレは新人ちゃんと楽しいヒトトキを過ごしてくるからよ。」


 わざとらしく大きい声で同僚が誘いを諦める。

 当然周囲のセンパイや仲間にはシラツグはシスコンと認識され、連休明けにはからかわれるのが確定してしまった。


「お前なぁ、そんなんだから女が寄り付かないんじゃないか?」


「へっ、こういうのはヤロウ同士の馬鹿話でしかしねえよ。でもマジな話よ、最近やたら忙しいだろ?連休明けもかなり みっちり仕事が入ってるじゃないか。」


「ああ、しかも重要施設の警備とかでな。」


「それだよ。しかも今度の仕事はポイントが高いらしい。上手くすりゃあサイトへの移籍も思うがままだって話だ。そんな忙しくも大事な時期なんだ、妹だか彼女だか知らんが今の内に大事にしておいた方が良いぜ。」


 この警備会社は対テロ組織サイトと提携している。優秀者はサイトへ引き抜かれて、晴れて公務員となれるシステムだ。実際ソレ目当てで入社したシラツグは、積極的に重要施設の警備を担おうと上にアピールしていた。


「お、おう。そうだな。」


「うむ、そうだ。だからオレも新人ちゃんを指名する!」


「なんだそりゃ。でもありがとよ。それじゃお疲れ様!」


「おう、お疲れ様!」


 悪ふざけはするが仲間に気を使う同僚。2人は連休を前にして、各々の指名先に足を向けるのであった。



 …………



「「「みんなありがとーー!!」」」


「「「ふぉぉおおおおおお!!」」」



 XXXX年X月X日。地球と似た世界、いわばパラレルワールド的な異世界のライブマラソンイベントで、アイドル達が歓声を生み出す。


 電脳メイドアイドル”シーズ”である。彼女達はこの世界の全国ご当地アイドルコンテストにて審査員特別賞を受賞した。


 特殊なエフェクトや音響効果により、観客を魅了したのだ。

 出身地登録が異世界だったり、目にもとまらぬ早着替えを披露して観客をドキドキさせたのも大きい。


 優勝者は元々決まっていたので特別賞となったが、何処の世界も同じなんだなとマスターは遠い目をしていた。


 その際に殺到したオファーの群れを旋風脚の如く一蹴。

 しかし1つだけ受けても良いとされた仕事がこのライブマラソンであった。通常のライブツアーと違い、巡る場所は病院である。


 題して”アイドルカンビョー IN サンズフロント”。

 医師連盟から推薦、エントリーされた病院を巡って患者さん達を元気づけるのだ。なので先程からの歓声は老人が大半であった。


 点滴を振り回し入れ歯が飛び交う会場で。シーズは手を振っている。


「みなさーん、良かったら応援してね!」


 シオンが指を鳴らすとCD等のグッズ販売ブースが一瞬で出来上がる。


「皆様はユケツで延命しますが、私達はユケチさんで命が伸びます!」


 最近更にマスターにベッタリなリーアは、彼流のオヤジギャグに感化されつつあり、透明で綺麗な声で汚い営業セリフを吐いてくる。


「地獄の沙汰も金次第?ノンノン!あの世にカネは持ち込めないわ!」


 この世界のあの世へ熱い営業妨害をかましながら、ユズが患者を煽る。



「「「ふふぉぉぉおおお!!任せんしゃい!フガフガ!」」」



 明らかにマズいボルテージを醸し出す患者さん達がグッズに手をのばす。どれくらいマズいかと言うと今朝まで意識不明の重体だった人が札束持って買い漁るレベルだ。


「どうせ揉める遺産なら使い切ってやるー!!」


 などと叫ぶ老人もおり、付添いの親類縁者達は真っ青だ。


(ふむ、極力煽れと言われてたがやりすぎたか?)


 その指示を出したのは当然社長である。マスターはチカラで怪我人を修復し、トモミの魂覚醒のマネ事で病人の気力を極端に高めさせていたのだ。ただし、効果は一時的である。


(ま、今だけだし問題無いだろう。)


 マスターはグッズを売りさばきながら、大して気にもせずにユケチさんの回収業務を行っていた。



「問題無いわけ有るかあああああ!!」



 院長室に呼び出されたマスターと、白衣を着た赤い髪の女性。この病院の院長にカミナリを落とされ、2人はやっぱりなぁ……などと呟いている。


「でも、院長!利益は半々とはいえ莫大な売上と知名度が

 手に入りましたよ?」


「悪評もセットじゃ意味がないだろうが!!」


 赤い髪の女性、女医のマキミヤ・マキが成果を盾に乗り切ろうとするが一蹴されてしまう。


 彼女は医師連盟のお偉いさんの孫娘であり、彼女がシーズのライブマラソンにこの病院をエントリーしたのだ。


 それは彼女がアイドルの楽曲を好んでいた事に起因する。

 多忙な医師生活どころかそれこそ学生時代から、自分を奮い立たせる為にアイドルの楽曲は生活と共にあったのだ。


 そんな彼女が先日の特別賞を受賞したライブを見て、即座にエントリーに踏み切った。


 だがその結果、治療費や遺産を使い込む程の営業方法がマスコミに大きく取り挙げられてしまい世間からの目は冷たい。


 シーズへのインタビューでも、


「どうしてそんな煽るような営業を?」

「上の意向です。とことん魅了してって言われてるの!」


 というやりとりから、病院が指示したものと勘違いされて現在炎上真っ最中なのだ。

 シーズの上というのはマスターないし彼の上司の社長の事だがそんな事は知らないマスコミ達は病院を叩きまくっていた。


「とにかく、医師連盟からシーズを使うことは取り止めると通達が有った!さっさと出ていって貰おうか!」


「わかりました。違約金は頂きますけどね。」


 さらっと了承するマスター。恐らく社長は長続きしないことを見越した上で、長期間の契約とそれに見合った契約書を作っていたのだろう。


「くっ、まるで亡者だな!連盟が出すからそっちに言え!それとマキ!お前もクビだ!!」


「うぇえ!?それは横暴じゃ無いですか?私がこんな事言うのもなんですが、一応医師連盟会長の孫娘なわけで……」


「その会長からは特別扱いするなと言われておるのだ!お前の評価は医師連盟中に轟いているから、もう誰も雇ったりしないからな!もうこの世界で医者は出来ないと知れ!」


「そんなぁ……私は辛気臭い病院を盛り上げようとしただけよ!」


  彼女にとってアイドルソングは力の源である。それを各地の病院で生ライブで盛り上げることが出来れば、患者達も前向きに頑張って生きて行けると本気で考えていた。


「知らん。それと君の父親から伝言だ。医療を貶めるような娘は要らん。二度と帰ってくるな!だそうだ。」


「…………」


 ガックリと床に手を付いてマキは言葉を失ってしまう。祖父にも父親にも見放された彼女は心のHPが0になっていた。


「ふん。大体その髪はなんなのだ。医療に携わるものが派手に色付きおって。そもそもお前のような小娘がこの由緒正しき――」


「そこまでです。彼女は職務を解かれ勘当されて責任を取りました。人格攻撃は止めていただこう。」


「なんだ?まだ居たのか。お前もさっさと出て行きたまえ。」


 マキが黙っているのを良いことに、エスカレートする院長の言葉。立場が上の者がよくやる、どの世界でも昔から流行りの行動だ。見かねたマスターが止めに入り、矛先をズラす。


「マキさん。よろしければオレの所で働きませんか?」


「……ふぇ?」


「ウチならば衣食住とアイドルとの生活、美容に良い温泉付きでお迎えする用意があります。」


 涙目ながらもマスターを見上げるマキ。彼女には絶望の中で一筋の光がさしたように感じられただろう。


「え!?でも、えええ!?」


「ふん、そんな女を囲おうというのか?破廉恥なアイドル業などしているお前には――」


 嫌味を言う院長が止まる。言葉だけでなく血液も呼吸も全てだ。


「彼の言う事は聞かなくていいでしょう。年俸は応相談で、勤務地は異世界で住み込みとなりますが如何でしょう?」


「い、異世界!?じゃなくて、本当に私で良いの?私は髪もこんなだし、もうツテもコネも無いしアイドル愛と医療以外サッパリな女ですよ!?」


「アイドルと医療、むしろウチでは大歓迎ですね。ウチの専属医として働きつつ、シーズとも仲良くしてくれると助かります。」


「ほ、本気にしちゃいますよ!?もう取り消しできませんよ!?」


「じゃあ、あと1点だけ。髪はどうして赤くしてるんです?」


「笑わないでよ?小さい頃に不思議な夢を見て、起きたらもう赤くなってたの。よく覚えてないのだけど、メイドさんが豪華な家で男の人と話しているような?」


「ふ、ふーん。笑ったりしないさ。神秘的で良い話じゃないか。オレは似合ってると思うよ、その髪。」


 どうやら時間も世界も飛び越えて赤い糸が彼女に取り憑いてしまっていたらしい。カナと同じく髪が赤くなる現象が起きていた。


 電脳体のシーズはともかく、最初のキリコが黒髪のままなのは理由はよく分かっていない。制御が甘かった頃だからかなのか。


 ともかく彼女があの時の5本目の糸の持ち主なのは確かのようだ。クマリ曰く最大で6本と言っていたので、まだ居る可能性もある。


「ありがと、オセジでも嬉しいわ。えっと、マスターだっけ?マスターさん、よろしくおねがいします!」


「ああ、帰ったら話を詰めようか。」


 2人は時間停止された院長を置いて豪華な扉を開ける。ここからマキの新しい生活へ向けた第一歩が始まる!


 と思いきや、


「マスターさん!話は聞きましたぞ!!」


「「!?」」


 ドアを開けた先に20人程の老人たちが通路を所狭しとヒシメイて、マスターとマキを待っていた。


「ワシらもどうか連れて行ってはくれぬか?」


「ここに居てもどうせ遺産が入るタイミングを見計らう連中しかおらんのじゃ!」


「ならばワシらに元気をくれたシーズに身も心も注ぎ込もうと思うてな。」


「異世界というのがどういう国かしらぬが、病院と葬儀屋と親族にむしられるよりは良いじゃろうて。」


「「「だから頼む!わしらも連れて行ってくれ!!」」」


(おういえ、これも社長の計算通りなのかな。)


「ふむ、皆さんは巫女さんとの生活に興味はお有りですか?」


「「「もちろんじゃ!」」」


「若返りにご興味は?」


「「「とうぜんじゃ!」」」


「ならそうですね。とある神社の男手として働いてくれれば、シーズのライブの時にはお声を掛けましょう。それでいいですか?」


「「「よろしく頼むのじゃ!!」」」



 こうして椎茸神社の人手と魔王邸の専属医を手に入れたマスター。今回は社長に与えられた使命をきちんと果たすのであった。



 …………



(むにゃむにゃ。もうケーイチさんったら、また?)


 アケミはまるで水の中にいるような感覚で微睡んでいた。


(はい、ごはんが出来ましたよー。美味しい?やったー!)


 それはまるで夢の中で夢を見ているような、不思議な感覚。


(もう、いつの話をしてるのよぉ。やめてよ、昔の料理の話は。)


(あれ?昔ってどれくらい前だっけ。まあ良いや、食べたらお風呂に入りましょう、あ・な・た。)


 時間すら曖昧な夢の様な世界で、アケミは日常を過ごしている。


(えへへー、今日は大発表があるのです!なんと……)


(私達の赤ちゃんを授かりましたー!いえーい!)


 勿体ぶりながら妊娠の報告をするアケミ。きっと彼女は夫と喜びを分かち合っているのだろう。


(ちゃーんと、元気な子を産みますからね!)


(うぬぬ、つわりなんてなんのその!大きく育つのよ!)


(なになに、メグミちゃんも興味あるの?優しく触ってね。)


(キョウコさん。そのジト目やめてー!赤ちゃんが怯えるわ!)


(イダーちゃんは慈愛に満ち過ぎて顔が怖いわ!よだれ拭いて!)


(対魔王兵器!凄い発明ですねぇ。お腹の子が安心して成長することが出来るなら、私もお手伝いしたいです!)


(わっ!お腹を蹴った?うわー、ちゃんと育ってるわね。えへへー、ケーイチさんが帰ったら報告しましょう。)


(わー、ご馳走ですね!本当に頂いても?やった!赤ちゃんの為にも栄養とらなくっちゃ!)



(あれ、なんだか眠く……あれ?私は何をして……?)



 夢のような日常の中で更に深い眠りに落ちていく感覚。

 アケミはずっと微睡みの中を彷徨っていた。



 …………



「鎮静剤投与、波形安定。覚醒の兆候、ありません。」


「よしよし、今後もすぐ投与出来るようにしておけ。」


「ふむ、間隔が短くなっているようじゃが問題無さそうじゃな。もう半分の方はどうなってるんじゃ?」



 2012年5月21日。研究所 NO.6の司令室で新たな素材の経過観察が行われている。下の階の研究室でカプセルに入れられたそれは、最近手に入った極上の物であった。既存の素材達に比べると格段に効果が高く、ミキモト理論の実証に期待が持てた。


 ミキモト教授は現在のデータとここ数日のデータを見ながら、研究所のチーフに問いかける。


「そっちも成果は大きいですよ。最初に抜き出した素材Fは

 チップにしても効果を発揮しましたので、加工品を職員や

 警備員に僅かずつですが持たせてあります。」


「うむ、万一侵入者など有った場合は容赦なく使うと良い。

 実証実験も大事ゆえな。それと新たな素材Fは?」


「はい、解っております。現在保管してあった超能力者のモノで

 制作した所、通常ではありえない速度で形成されました。

 既に10体以上も作られており、こちらも別の兵器へ封入作業が開始されております。」


「そんなにか、これは嬉しい知らせじゃな。彼女のおかげで薬液の効果が高まっているからかのう。」


 先ほどとは違う資料を見ながら教授は情報を整理する。

 素材Fとは細胞分裂を促進させて作られた素材であり、こちらに至っては既存の何十倍もの速度で生成出来ていた。


「最初はやや惜しい気もしたが、思い切って正解じゃったな。」


 何かに納得をしながら資料を纏めてバッグに入れる教授。

 その時司令室のドアが開き、台車に長期保存が可能なケースを山積みにしたサワダが現れた。


「ミキモト教授、サンプルの詰め合わせ完成です!」


「うむ、それでは早速移動するかの。暫くは空の旅じゃ。これだけの素材の経過を見逃すのは惜しいが、魔王退治の為には世界中で研究せねばならんからのう。」


「私も段取りが終わったらすぐに合流します、教授。帰ってくる頃には充分な量の素材が出来上がっていることでしょう。」


「うむ、期待しておるぞ。もしあの素材が覚醒したら、何が何でも眠らせるようにな。あと、部外者は誰が来ても中に入れるでないぞ。無理に通ろうとする者が居たら、国への反逆者として扱うように。」


「心得ております。」


 ミキモト教授は研究所を去る。彼が言った通り、海外の研究所へサンプルを届けるためだ。サワダも教授の指示と段取りを徹底した上で旅立った。


 極上の素材本体ではないが、そこから作られた素材Fを持ち出し海外で培養する。その後それを少しずつ使って兵器へ組み込むのだ。


「これが世界中に出回れば、現代の魔王にも対抗出来るはず。さすれば我が人生を賭けた約束を今度こそ守れるはずじゃ。」


「はい、僕も父から引き継いだ使命を全うすることが出来ます!」


 ミキモト教授もサワダの父親のトウジも、かつて08分隊の仲間と平和を願って約束を交わした。


 トウジの死亡当時、サワダはまだ物心もついてない子供だった。しかし母や周囲の者から武勇伝を聞かされ続けた結果、平和の為の研究者を目指してミキモト教授に弟子入りを志願するに至る。


 こうして2人は重大な使命を胸に抱き、世界へ向けて旅立つのだった。



 …………



「おぎゃあああ、おぎゃああああ!」


「おめでとうございます!元気な女の子ですよ!」


「はぁはぁ。あり、がとー。はぁはぁ。」



 5月21日。サクラは市内の病院で、無事に女の子を出産した。人生の一大イベントを終えた彼女は、感無量であった。


 マスターとキリコが病院に駆けつけ、付き添って疲労困憊のアオバに労いの言葉をかけて家に帰した。


「サクラ、お疲れ様。よく頑張ったな。」


「もっちゃんお疲れ様!見てみて、可愛い!」


「くふふ、可愛い女の子。くふふ。」


「もっちゃん、お母さんがそんな笑い方したら子供が怖がるよ?」


「くふふふ。そう、私はついに母親に!マスター、いつかの約束を遂に果たしたよ。後は私がビシッと育てて、あなたの遺伝子をこの世に残し続けてみせるわ。」


「サクラは結構律儀だよね。ありがとう、素直に嬉しいよ。」


「えへへ。ここまで大変だったけど全部が良い思い出だなぁ。もう私の人生を本に纏めたいくらいだ。」


「なら題名は”ショジョの微妙な冒険”だね!」


「もう違うし!産んでるし!キリコちゃんも人の事言えないし!」


「ぐふっ、私だってそろそろ……よね?マスター!」


「キリコ、身体に障るから興奮させんなよ。それとそういうのを透かすな。秘め事は秘めておくから良いんだよ。」


「はーい。」


「名前は決めたのか?」


「その、できれば一緒にこの子の顔を見ながら考えたいなって。」


「わかった、それで行くか。じゃあまた明日も来るよ。」


「え!?もう帰っちゃうの?」


「そろそろサクラの父さん達もくるだろう。俺達は邪魔しないように帰っておくよ。父さんに孫を見せつけてやれ。」


「うん、わかった!愛してるよ、マスター!」


「もっちゃんまたね!」


「キリコちゃんもまたね!」


 2人の姿がかき消えた2秒後、サクラの父が業務そっちのけで駆けつけてくるのであった。



「マスター、私達を幸せにしてくれてありがとう。私はこれからも貴方の役に立てるように頑張るわ。」


 それが私の出来ること。私の使命だと思うから。と心を満たすサクラ。


 その夜、達成感と充実感に埋もれながらサクラは眠りについた。



 …………



「フジナカさん、お待たせしました!無事に婚姻届を受理させていただきました。おめでとうございます!」



 5月22日大安。フジナカ・カザミとアオバ。そしてカマナカ・イタチが役場へ訪れていた。

 イタチは婚姻届を提出し、フジナカ姓を名乗る事になった。

 カザミはイタチ側の姓でも良いと言ったが、お互いの旧姓である加藤と中○の合体しているフジナカ姓の方が家族として相応しいと豪語してこうなった。


 本当は1年前には結婚するつもりだった彼ら。しかしアオバの新生活への挑戦を見守る事や、怪盗としての厄を払う為に先延ばしにしていたのだ。

 実際の所はこれまでも同居に近い形の生活ではあったが、3人の気持ちの整理をつける為にも必要な時間だと認識していた。


 昨日サクラが出産したことで、アオバの仕事も1つの区切りを迎えたと判断してついに婚姻届を出すことにした。これからはサクラの娘の子育てもあるが、このタイミングを逃すと何時になるかわからない。



 役場の職員から粗品を受け取って外へ向かう3人。


「母さん、パパ、おめでとう!子供が出来た時は私がお世話するから安心してね!パパは母さんを泣かせるんじゃないわよ!?」


「もう、アオバったら。イタチ君。私達をよろしくね。」


 付添のアオバは祝福しつつも真っ先にイタチを煽る。

 カザミはイタチのことを君付けで呼ぶようになった。今はともかく元々カザミの方が年上だし、イタチも年上に甘えたい願望をこっそり伝えた結果である。


「もちろんだ。こちらこそよろしく!アオバもオレの子供として厳しく育てるからな!あまりマスターに迷惑かけなうように!」


「なによそれ~、パパもお仕事をマスターに依存してるじゃない。下手を打ってクビにならないでよね?あ、そうしたら私が彼に身体を張って繋ぎ止めても良いけど?」


「ば、バカを言わないでくれ。娘にそんな事させてたまるか。いやだがまて、彼とは一体どこまで――」


「イタチ君、無粋な事を言わないの。アオバもはしたないわ。せっかく家族になったんだから、お昼を食べに行きましょ!」


「家族……そうだな、家族……うううう。」


「パパ、どうしちゃったの?」


「私達もだけど、イタチ君にも色々思う所があるのよ。」


(かつては名前を失い、結婚話は消えて家族にも見放されて犯罪に手を染めてしまったオレがついに結婚!可愛い娘まで付いてきた!そして最高の氏名まで手に入れた!くううううう!!)


 感慨にふけるフジナカ・イタチ。胸がいっぱいになるイタチだったが腹はそうでもなかったらしく、豪快に腹時計のタイマーが鳴る。


「おっといけない。家族をいきなり飢えさせる訳にはいかないな。カザミさん、アオバ。飯にしよう!マスターからご祝儀を貰ってるから何でも食っていいぞ!!」


「まぁ、マスターさんったら粋ねぇ。」


「やったー!あの旅館っぽいお店行こう!お酒も!」


 アオバは国道沿いのちょっとお高い店が気になっていたのだ。


「それは良い。娘の提案を採用する!ただしアオバはジュースな。」


 アオバは現在18歳、今年で19歳になる。まだお酒は飲めないのだ。


「ぶー!父さん・母さんもパパも未成年の時から飲んでたって、知ってるんだからね!私だけズルイじゃない。」


「だからこそ、ルールは守るべきだと知ってるのさ!」

「イタチ君、良い事言うわね!」


 とても格好良く、格好悪い事を言いながら車を走らせるイタチ。もちろん帰りは代行予定だ。


 彼らはこれからの生活を暗示するかのように仲良く食事に繰り出していくのであった。



 …………



「ふー、孤児院の診察は終わったし一息付きましょうか。」



 5月28日。魔王邸の第4エリア、診療所に戻ってきたマキは机にカルテを置くとお茶を入れようと異世界から持ってきたマグカップを手に取る。


「マキちゃんお疲れ様、仕事は慣れたかい?」


「こんにちは、マスター。あれ?こんばんは?まだまだ慣れないわ。仕事よりもここの時間経過に、だけど。」


 赤髪と白衣を揺らしながら応えるマキは、1日が2週間前後もある魔王邸の主観時間に四苦八苦していた。


「まあでも、これなら年俸1億○も解るけどね。私としては良い部屋貸してくれて、医者も出来てシーズと遊ぶ時間もあるのが最高なんですけど。」


「気に入ってくれて良かったよ。なにか不足があれば大抵のモノは揃えられるから、気軽に言ってね。」


 マスターは紅茶のポットからマキのマグカップに注いでいく。


「ありがと!うーん。」


 マキは現状の物資の状況を頭の中で整理する。


(設備もクスリも充分だし家具も雑貨もグッズも色々貰ったし。このままお婆ちゃんになって縁側で宇宙を眺めながら……)


「孫とか?」


「!?」


「いえ違うの、今のは間違い!コイビトよコイビト!」


「思考が未来に時速88マイルで飛んで行ったような間違いだね。君の世界には居なかったのかい?孤児院で雇ってもいいけど。」


「それ聞いちゃう?医者とアイドルオタの掛け持ちしてて、まともな恋愛なんて難しいわよ。マスターさんは良いわよね~。奥さんも愛人ちゃんもいっぱい居て。」


「妻は1人だけどな。それに本当はこんなはずではなかったんだ。」


「聞きましたよぉ?訳有り美女を助けてえっちな事し放題って。もしかして私にもそうするつもりでした?」


 うりうりと指でぐりぐりしてくるマキ。マスターの脇腹、ではなく的確に左乳首を捉えていた。そこには軽蔑するような色合いは含まれていない。からかいと興味の色がソコにあった。


 鮮やかな赤い髪と悪戯っ子っぽい顔の彼女は魅力的ではあったが、ソレを求めて呼んだわけではなかった。


「おふっ、露骨に女を求めたわけじゃないよ。困ってる子を助けて彼女達が望み、段階を踏んだ上でこうなったんだ。」


「ふーん。じゃあやっぱり何れは私も毒牙にかけるのかなぁ?聞いてますよぉ?絶倫・振動機能・サイズ調整可能、感覚の連動などなどで絶品だって。女の子達が魅了されちゃう訳よねぇ。」


「ウチの子、バラし過ぎじゃないかね。後で言っておかねば。」


「あ、待って!私が聞き出したの、怒らないであげて!」


 やや顔をしかめたマスターに、マキが慌てて取り繕う。

 新人がでしゃばって不和を招くのはお互いの為に良くないからだ。


「実はその、お仕事上結構”見て”きたけど私ってこんなじゃない?だからこの歳でも男女のソレとかよく解らなくて、それで性生活が充実している貴方に興味が出ちゃったワケで!ごめんなさい!」


 ぺこりと頭を下げて謝るマキ。彼女は28だそうだがそういう事なら話はわかる。患者のお世話やアイドルのラブソングだけでは、よく理解できなかったのだろう。


「わかった、不問にする。けどそういうのは広めないでね。」


「ありがとうございます!その、もし気が済まなかったら――」


 マキは雇い主の怒りを買うような事を気にしてか、チラチラと”お伺い”を立ててくる。


「なんだか自ら毒牙にかかりに行くスタイルに見えるな。だが今はお互いよく知らないし保留にしようよ。もし興味が爆発するだとか我慢ができないなら、診察の予定でも入れてくれ。」


「なるほど!オトナの口実ですね。さっすがマスターさんは極めつけのヘンタイとか言われるだけありますね!ではでは私も色々準備が有るし、主観時間で今晩来て下さい!」


「おい。おい、今のは誰が言った?」


「みんなです。ゼンイン。」


「なんてこった。……あぁ、だがまぁそうかもなぁ。」


 物理的に不可能な侵攻や本数を増やして同時攻撃、身体の時間を弄って擬似的に全ての時間でオとしにかかる。

 何回でも何時間でも続けるし、夢の中に干渉してまで戦闘に及ぶ。後で治療するとは言え、相手に数日に渡って身動きが取れない程のダメージとデバフを与えてしまう。


 それを連日複数人に行うのだから、通常ではないという意味では正しく極めつけのヘンタイだった。


「それでは今夜の診察に予約入れておきますね!専属医の言う事は聞いてくださいよ?」



 その日。丁寧に診察されるがやや辿々しい部分もあり、結局マスターが”診察方法”を教え込む。少しだけソッチ方面がレベルアップしたマキであった。



「うぐぐ、変な味でした。これがヤミツキになるとは、解せませんね。絶対ありえません。」


「現実はエロ本とは違うさ。でも人体に詳しいだけあって飲み込みは早かったね。」


「飲んではいません!」

「そういう意味じゃなく。」

「でもサれる方は最高でした。自分でスるのとは全然違います!」

「臆面なく素直な感想を言う子は珍しいね。こっちは助かるけど。」

「あらやだ、私ったら! ん。助かる?」

「大事なトコの話なのに何も言われないほうが困るでしょ。」

「確かに。気をつけますね。教えてくれてありがとうです!」


(オレは心を読めるから別にいいんだけどね。言葉にしてくれた方が楽しめるし。)


 診察が終わって診断結果を話し合うマキとマスター。互いの診察はしたが、お注射まではしていない。


 まだ交際契約条件は満たしてないし、そもそも時間をかけてマキの先端恐怖症(意味深)をほぐしてからだろう。


「でもなるほどなぁ。他の子が夢中になるのも解る気がします。」


「そうか。気に入ってもらえたなら嬉しいね。」


「でもでも、みんな若い子ばかりでちょっと私は浮いてるかな?」


「その辺は気にしなくても平気だよ。」


「だって28で”まだ”なんですよ。医学的な知識はあっても今日だって教えてもらうばかりで……お注射は怖くなっちゃうし。」


「これから少しずつ覚えれば良いんじゃない?その気になれば若返りだってしてあげられるし。」


「ホント!?あ、でもちょっと考えさせてね。それはそれで人としてどうなんだろうと。」


 医療に携わるものとして色々思う所が出てくるマキ。


「ああ、ゆっくり考えてくれ。君は大事な専属医だからな。」


「……超能力かぁ。私の世界にはオハナシの中だけなのよねぇ。私も使えるようになるかな?そうすればいつかはマスターさんを満足させてあげられるかも知れないし!」


 先程の思慮深さは何処へ行ったのか、欲望の為に人外のチカラを考慮してしまう彼女は人間らしい人間なのかもしれない。


「夢のある話だけど無理しないで良い。マキはマキらしく暮らしていけばいいよ。」


「ありがとう、マスターさん。真っ先に”診察”しちゃって順序がオカシイかもですが、もっと好きに……仲良くなれたら嬉しいのでこれからもよろしくお願いします!」


「こちらこそお願いね。診察は職業病ってことで。必要なら時間が許す限りは付き合うからさ。」


「はい!楽しみです!」


『うんうん。今回の子はちゃんとすぐにケア出来ましたね。』

『てっきりお小言をいただくかと思ったけど、良いんだ?』

『その内私も掛かる医者よ?ストレスで何か有っても困るわ。』

『それもそうか。』


 妻とのやりとりをしながら母屋に戻るマスター。

 今回は契約してない相手とのお遊びであり、口実はあれど何か言われるものだと思っていた。


 思いがけず妻からは許されたが、監視役からはお医者さんごっこを羨む声とえっち!と可愛く罵る声が届いていた。



 余談ではあるが。孤児院のスタッフ達が子供達用の新しい怪談を求めてマスターに相談した。そういうのも躾や指導に必要なのだ。


 この日の会話が個人的にウケていたマスターはプルトニウムを担いだお婆ちゃんが、88マイルの速度で時代を飛び超えて襲いかかってくるという話を落としていた。


 タイトルはデババァーン。決してデロリアンではない。


 孤児院での診察の際に小耳に挟んだマキが、やっぱりババアだと思ってたんですか!とマスターに食って掛かる事案が発生する。


 マスターはただのホラーなホラ話だとオヤジギャグを交えて説明するが火に油を注いでしまう。結局は新鮮?で昂ぶる対象だという事の証明の為に、露天風呂をご一緒することになった。


 やや細身ながら出る所は出ている身体をマスターに晒し、あえなく全身満足させられてしまったマキ。


 彼女が大人しくなった所へ昂ぶるソレを差し出し、収まるまでアレソレ続けてもらう。全身が天津丼状態になっても終わらないソレにマキは諦めて負けを認め、仲直りの話し合いとなった。


 マキは和解案として5歳ほど若返えらせて貰ったが、今回の件の副産物としてマスターのあんかけがヤミツキになってしまった。


 ただし、契約書はまだ交わさない。それはもう少し仕事で信用を得てからの話である。



 …………



『お兄ちゃん、お疲れ様です。』


「ありがとう、シズク。それでどうしたんだ?」


 5月31日。シラツグはミキモト研究所 NO.6の警備をしていた。残業前の休憩に入った途端、狙ったかのようにスマホから”妹よ永遠なれ”が流れてくる。これはシズクからの着信音だ。


『忙しいみたいだけど、今度のお休みは帰ってこれそう?』


「ああ、大丈夫だ。順番に休みが貰えてるからね。ちゃんと約束通り水族館に連れて行ってあげるよ。」


『ホント!?ありがとう。』


 実際目が回る……と言うほどでもないが、拘束時間の長さと集中力を求められる仕事なので忙しくとも休日は貰える事になったのだ。


『コホッ、今度の水族館は設備も凄くて、ショーもすっごく楽しいんだって!コホッコホッ。』


「楽しみなのは伝わったけど、風邪か?暖かくなったからって油断しちゃダメだぞ?暖かくして早く寝たほうが良い。」


『コホッ、ごめんね。せっかく話せたのに。水族館までには絶対治すから!必ず帰ってきてね!』


「ああ、オレも楽しみにしているからな。ゆっくり治せよ。」


『うん、お兄ちゃん大好き!おやすみなさい!』


 最後は淀みない声でお休みの挨拶をして通話を終わる。

 大好きと言われてちょっとニヤニヤしてると、同僚が気づいてからかって来る。


「おやぁ、シロ君は何か良い事でもあったのかなぁ?」


「何でも無いよ。」


「ずばり、妹ちゃんだろう。お前は上手いこと日曜休みを引いたもんなぁ。で、何処行くんだ?」


「水族館だよ。演出が凄いらしい。お前はどうなんだ?」


「オ、オレのことは良いじゃないか。」


「フラれたのか。気にするなよ、次があるさ。」


「くっ、やっぱ店とかじゃなくてちゃんとした出会いがないと上手く行かねえんだよなぁ。」


「どっちにしても、ここの仕事を終えてからだけどな。」


「そうなんだよなぁ。……なんかココやばくね?お前も拳銃を受け取ったろ?しかも不審者には発砲許可まで出てやがる。」


 急に小声で話し始める同僚。シラツグもなるべく気にしないようにしていたが、その点は気になっていた。


(いくら重要施設とはいえ素人に銃を持たせて撃たせるか?)


 この現場に入る前に研修は受けたが、慌てている時は仲間を撃つ自身があるシラツグ。


「しかも、作ってるモノが気味悪いよな。みんな緑色でさ。」


「そうなんだよ。バケモンみたいのがカプセル内で動いてるし、この国は一体どうなってやがるんだ?」


 裏の顔の一端を覗いた警備員達。将来を盾にされて守秘義務で縛られた彼らは大人しく従う他はない。それでも疑問は湧き出る。


「お前ら!なにをこそこそ話している!そろそろ配置に付け!」


「「はい!」」


 年配の警備員に怒鳴られ、逃げるように休憩所を後にする2人。


(あいつらの疑問も解るけどな。ココは悪魔の水族館だ。)


 残った年配さんもタバコの火を消してあとに続く。

 彼はある程度研究について聞かされてはいるが、正直知りたくもない情報と責任を押し付けられて参っていた。



 …………



「離せよ!何かやましいことでもあるのか!?」


「いけません、トキタさん!誰も入れるなとの命令です!」



 2012年6月2日。ケーイチはミキモト研究所 NO.6を訪れ、警備員と揉めていた。4月23日から研究所へ出向いたアケミ。GWは一旦帰って来たが、5月7日に再び研究所へ向かうとそれ以降帰っては来なかった。


 電話が掛かってくることもなく、メールで日々の業務について軽く触れる程度の連絡だけが来ていた。

 18日以降は夜の挨拶文だけになり、今週に至っては何も連絡が無い。


 流石にオカシイとミキモト教授に連絡を試みるも、海外出張中だ。忙しいからとか重要機密だからとかで、のらりくらりとした書類が後に届くだけだった。


 サイトのマスターのツテでここに居ることは判ったが、アポは取れなかったので直接乗り込んで来たのだ。


 本当はもっと早く来たかった。しかし細かい事件が幾つか発生して、仕事を放り出す訳にも行かずに今日まで延びてしまっていた。



「だから、妻に会わせてくれればそれで良いんだって!!」


「規則は規則です!これ以上は反逆罪になりますよ!?」


「ぐっ!」


 特別訓練学校設立前によく聞いた言葉、反逆罪。適用されると人権を失う悪魔じみた脅し文句。


「判って下さい!我々にとって貴方は英雄だ。とても心苦しいですが、我々に貴方を殺させないで下さい!」


「くそっ!判った、出直すから離せ!」


 警備員達はケーイチを開放して帰るのを見届けるとホッと一息つく。ここの警備員はサイトの提携企業の者達だ。彼らからしてみればケーイチは憧れの就職先のトップクラスの英雄である。


 事情はよく分らないが、なんとなく嫌な予感がし始める。


「なぁ、今のどう思う?」


「英雄様があそこまで取り乱すってことは……いや、余計な詮索は無用だろう。下手するとオレ達も無事じゃすまない。」


「だよなぁ。あーあ、早く帰りてえなぁ。家内とケンカしちまったけど、それでも我が家が一番安心できるぜ。」


「そうだな。その為にも自分たちの仕事をこなすとしよう。」



 …………



「くそっ、メールでも電話でも連絡が取れん!教授もはぐらかしてばかり、とは言え無理矢理侵入などしたら反逆罪で何もかも終わってしまう……か。」



 同日、帰宅したケーイチはリビングをウロウロしたり椅子に座って貧乏ゆすりしたりと落ち着きがない。


「しかしだ、アケミと子供の命に関わる問題だ。このまま座して待つのみって訳には……一体どうすれな良いんだ!?」


 焦りと苛つきが思考を鈍らせる。用意された道をどう進んでも行き止まり、そもそもまともな道すら無いのだ。



「お困りのようですね。」



「!?」


 ケーイチ以外誰も居ないはずの部屋で男の声が聞こえた。

 ハッとして見回すと時計の針が止まっている。それだけでなく空気の流れも部屋内の色の揺らめきも、何もかもが止まっている。


 この現象を引き起こせる者と言ったらアイツしかいない。


 突如テーブルを挟んだ対面に空間の穴が現れ中から黒ずくめの厨二衣装の男が出現する。



「貴様はっ!!」



「おっと、そんなに身構えないで下さい。今日はお悩み相談に立ち寄らせてもらいました。」


「お前が相談だと?何を企んでいやがる!そもそもお前には関係ない話だ!」


 1度妻を連れて行かれた経験のあるケーイチは、なるべくアケミを関わらせたくないと思っていた。


「相も変わらず、つれないですねぇ。企んでるのは貴方の方で、奥さんを悪党から取り戻すのでしょう?だったら!オレが同行した方がトキタさん的には都合が良いのではないですか?」


「どういう事だ!?」


「何事もなく奥さんに会えればそれでよし。もし何か有っても

全て”オレの所為”にしてしまえばいい。今までの未解決事件のようにね。人間が辿れるような証拠は残しませんよ?」


「なっ……聞かせろっ!どういう風の吹き回しだ!災害の時と言い、お前は何がしたいんだ!何の味方なんだ!」


「そんな映画の中の勧善懲悪の脚本じゃないんですから、気にしても仕方ないでしょう。トキタさんだってそうでしょう?強いて言うなら今回はトモミのお願いだからですね。」


「ッ!?、トモミがどうしたって!?」


「いえね、トキタさんの事を見守ってくれと頼まれていたんです。貴方は危なっかしいですからね。ああ、彼女は独り立ちして新しい生活をしています。手も出してませんからご安心を。」


「…………」


「トキタさんの事は正直苦手ですが、戦友だと思ってます。オレとしてもつまらない死に方をして欲しくないですから。」


「…………」


 ケーイチはしばし沈黙した。トモミの事は正直今年初めて

 思い出したくらいには心の隅へ追いやっていた。だが彼女は新しい生活を送り、現代の魔王に自分を見守るように頼んでいた。


 正直複雑な心境だ。格好悪いにも程が有る。


 じゃあ昔、自分が目指した格好良い男とは?

 何が何でも自分の女を、家族を守る頼れる男だったんじゃないか?


 今するべきコトは目の前の男を糾弾することじゃないはずだ。例え魔王と手を組もうとも、妻と子を取り返す!



(それが男の、オレ自身の”使命”だ!)



「解った。今回ばかりはオレ1人では無理だ。手伝ってくれ。」


「わかりました。ひさかたぶりに、悪魔と死神が手を組みますか。」


 ガシッ!


 どちらからともなく、固い握手を交わす2人。


 過去のわだかまりには一旦フタをしたことで、ケーイチは世界最高の味方を得ることになった。


 この日、この夜。後の世界の運命を左右する2人が出撃した。



お読み頂きありがとうございます。今週は1話のみの更新です。

話はゲーム版の第5話に入ります。少々表現が過激かなと、ゲーム版ではスキップも可能にしたエピソードですので次話は少々ご注意ください。

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