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69 トゲル その2

 


「いいのかい?トドメを刺さなくて。」


「うん。いざ復讐するとなったら虚しくなったわ。」


「放っておけばいいだろう。あいつはそれがお似合いだ。」



 2011年2月14日21時30分。コピペした病室から戻ってきたイヌキとイタチをマスターは出迎える。場所は適当な宇宙空間に結界を張った安全地帯だ。


 結局議員に止めは刺さなかった。あのままでもその内死ぬだろうが、派手に感情をぶつけるわけでもなく静かに復讐は終わったのだ。


「マスター、彼の納品は辞めるわ。元の場所に返しておいて。」


「君がいいなら構わないよ。でもどうしてだい?」


「父さんは訳も分からず殺されたけど、普通のお葬式は出来たの。

 あの議員も訳も分からず死んでも、葬式くらいは出来たほうが良いんじゃないかって。殺しておいて言うのも何だけどさ。」


「最後に攻撃したのはオレだ。イヌキは寿命を少し盗んだに過ぎないよ。だから気にするなよ。」


「ありがとう、イタチさん。」


「わかった。ではその様にしよう。3日程経過させた状態で元の病室とすり替えておくよ。」


「でもマスター、よく解ったな。ヤツがあの病院に居るって。」


「ピンポイントで検索するのは得意でね。」


 ヨシダグループの本社ビルから離脱した後、マスターは議員を探すためにイロミシステムの検索を使用した。

 人との繋がりをサーチするイロミシステムなら、今何処にいるかが丸わかりなのだ。もちろん検索だけで、技は発動はさせていない。


「ありがとうマスター。あなたのおかげで私達はやっと、ううう。」


「よく頑張ったね。お疲れ様だ。……ぐえっ!」


 感情と涙が溢れてくるイヌキ……いやアオバを引き寄せて優しく抱きしめる。頭を撫でてあげると思い切り抱きしめられて変な声が漏れてしまう。


「うわああああぁぁぁ……」


(ここは未来の父であるオレの胸で泣いてほしかった。)


『これ、めっちゃ痛いからイタチさんじゃマズイと思う。』


 テレパシーで締まらない会話をしつつも、ここに一つの復讐劇に幕が下りるのであった。



 …………



「以上のことから本社ビルへの襲撃は陽動であり、本命は議員への襲撃であったと見ております。」


「また、現代の魔王に通づるチカラの痕跡を発見しており捜査を続けております。」



 2月15日昼。都内で記者会見が開かれ、警察並びに部隊長のケーイチが事件の経緯を説明する。


「予告から襲撃まで数日あったのに何故防げなかったのですか?」


「議員の社会的貢献を考えれば経済に打撃が――」


「怪盗の手がかりはあるのですか?」


「特殊部隊は全くの無傷、襲撃にも気が付かないなど――」


「一部報道では部隊長は現代の魔王との繋がりがあるとウワサが――」



 記者たちからの質問が飛び交う。事件を防げず犯人も捕まえられず、被害者が現職の国会議員とあっては騒ぎになるのも仕方がない。


 中には元チームメイトのケーイチが現代の魔王と繋がりがあるのではと邪推するものも居た。


 それらに否定の返答をするも、際限なく同じ様な質問が繰り返される。時間で区切って終了したが、記者団は大きな声をあげ続けた。




「トキタ君ですら何も出来ずに終わるとはな。」


「申し訳ありません、ミキモト教授!」


 記者会見会場から出てきたケーイチは、迎えの車に乗る。

 車内にはミキモト教授が乗っており、昨日のヨシダ・ジュンジ議員の殺害事件について話し合う。


「彼の直接の死因は出血多量だった。あの惨状なら納得だが、問題は死後数日経っていた方だろう。」


「はい、21時前には元気な姿を確認されております。ですが1時間の間に数日も経過したとなると、容疑者は彼しか。」


「現代の魔王、であるな。サイトからの報告では怪盗の娘も魔王のようなチカラを使ったと言われておるがの。実際に魔王のチカラを使うとなれば、消耗が激しすぎて苦労するであろう。」


「はい、アイツと共に行動していたオレが保証します。あのチカラは普通の人間が使いきれるものではありません。恐らく一連の怪盗事件を裏で糸引いていたのは現代の魔王です。」


 イタチを隠れ蓑にするつもりが、わりとバレバレなマスター。彼のチカラが特殊すぎて解りやすいせいだろう。


「うむ。つまりあやつは他人にチカラを付与する方法を得た、というコトじゃな。この事は外に漏らさぬよう注意してくれ。」


「は、はい。心得ております。」


「ところでじゃ、トキタ君。アケミさんとはどうなっておるのだ?」


「ミキモト教授のご意思はわかりますが、今暫くの検討をですね。」


「もう1年以上経つだろう。若いというのは良いことじゃが、そんな時間は存外すぐ終わるものじゃ。その辺をよく考えて行動した方がよいぞ。」


「はい、前向きに検討いたします。」


 ある意味オトナ的な回答で逃げるケーイチだった。



 特別訓練学校の入り口でケーイチが降りると研究所へ向かう。ミキモト教授は別のことを考えていた。


(他人にチカラを付与できるとなると、ワシの研究も方向性は間違っていないな。)


 教授は科学と精神力の融合を目指している。皮肉にも敵の手段が自分のやり方を認めてくれたと思っていた。


 実際マスターは物質に付与を覚えてから人体への付与という順番だったので、順序は逆だがそれは教授が知る由もない。


(怪盗イヌキについては恐らく行方不明のカトウ親子だろう。あの姿を考えれば娘のミドリか。)


 ミキモト教授は怪盗の正体を見破っていた。1年近くも時間はあったし、原因となる轢き逃げ事件に辿り着くことは出来た。だがカトウ親子は行方不明でそれ以上追うことは敵わなかった。


 ヨシダグループも独自に調査をしていたが、それまでの悪行三昧のせいか、候補が多すぎて深く考えると疑心暗鬼に因われた。つまりは特定できなかったのだ。


 恋は盲目と言うが、悪事でも盲目になるようだ。



 だが大事なのはここからである。あの親子が不憫に思えたのか、現代の魔王がチカラを貸している。この事実をどう捉えるか。


(現代の魔王は事件を起こすだけでなく、介入しておるのか?そう考えれば今までの不自然な結末の事件が説明できそうじゃ。いや問題はそこじゃない。事件があれば”奴が現れる”点じゃ。)


 神出鬼没の現代の魔王が出現するタイミングを絞れる可能性。


 なにかの糸口を掴んだかもしれないと思ったと同時に強力な睡魔に襲われる。老体には昨晩の徹夜は堪えたようだ。


 研究所に到着して起こされる。まだ眠気は十分にあったが、新たな可能性を見出したミキモト教授は、今後の展開を自身の手で作り出す決意をするのであった。




「ケーイチさんおかえりなさい!はいこれ、食べてね!」

「ああ、ありがとう。そっちは問題なかったか?」

「はい!ケーイチさんも無事で良かったです。」



 同日。特別訓練学校に戻ったケーイチは同じく研究所から

 戻ったアケミに迎えられ、前日渡せなかったチョコを手渡される。昨晩はほぼ徹夜で事後処理を進め、今日も仕事に追われていた為に2人とも疲れ切っていた。


 それでも笑顔を向けてくれるアケミを見たケーイチは――


「え!?ちょっとケーイチさん!」


「少し、このままでいてくれ。」


 ケーイチはアケミを抱きしめその温もりを感じていた。

 今回の出撃はアケミは参加していなかった。離れ離れの任務で、しかも完璧に失敗してしまった事で責め立てられたケーイチ。彼は非常に人恋しくなっていた。


(あわわわわ、嬉しいけどココ仕事場ですよ!?事務所ですよ!?ほら、キョウコさんがジト目ってるし他の職員さんの目の色が!)


「はーい、そこまでです。続きは家でゆっくりやってくださいね。ほらほら帰った帰った!」


「きゃあ!」


 5分程猶予をくれたキョウコはくっついた2人を押してドアから放り出す。入り口で倒れ込む2人はそのまま見つめ合い、徐々に顔を近づけ――


「教官!そういうのは家でやってください!こんな硬い床に

 女性を寝かせて襲うなんて何考えてるんですか!アケミさんも少しは抵抗してください!」


 メグミが赤黒オーラをまとって近づいてきたので、速攻で逃げるケーイチ達だった。



 …………



「マスター、あんたはお人好しだよな。」


「急にどうしたんです?」



 2月18日夜。水星屋のカウンターで酒を飲んでいたイタチが

 マスターに話しかける。あの夜から2日間爆睡した怪盗達は、慰安旅行と称して湯河原に来ていた。カザミとアオバにしてみれば、懐かしき故郷への帰省である。


 せっかくの温泉地なのに夕食が水星屋でいいのだろうか。そんな疑問が湧くマスターだが店内を見れば杞憂だと解る。


「母さん、ほらここ溢れちゃう!急いで急いで!」

「アオバも、そっちコゲてるわよ!一端火を止めて!」


「はい、お待ちッ!ビールとジンジャエールでーす!」


「キリコさんも一緒に食べよう!好きなの注文して。」

「ご馳走になりまーす!マスター、チーズとオモチのもんじゃ!」


「はい、おま……おい店員。自分で用意できるだろう。」


「えへへー。マスターに持ってきてほしかったの!」

「ずるい、私も私もー!」


 テーブル席では鉄板を出してもんじゃ焼きとお好み焼きを楽しむ女性陣がキャアキャアしている。



「ほら、今もなんだかんだで相手してやってるしな。」

「女性比率が高いと男が遊ばれるのはよく有ることですよ。」

「まあ聞いてくれよ。オレはこの2日間寝ながら考えてたんだよ。」

「器用ですね。睡眠は脳のデフラグ時間とも言うし間違いはないか。」


 イタチはちらりとアオバの方を見ると語りだす。


「この1年間の復讐劇ってよ、アオバに復讐させない為だったろ。」


「ほう、どうして?」


「一緒にやってれば解るさ。襲撃した先のグロい事後処理は全部マスター側が引き受けたし、任務中に殺す時はオレが手を下した。アライ組は例外だったがな。一応盗みで敵にダメージは入ってるから、少しずつ復讐心を満たしてやったんだろう?心を壊さない程度にさ。」


 襲撃時のケガ人やら死人やら、ヨシダグループの人間は修復して異界送りにしていた。決定的なシーンは極力見せないようにしていたし、怪盗イヌキには派手に立ち回って盗ませ、報酬を払って満足感と達成感を与え続けた。


 そして最後には黒幕を直接殺すことなく復讐を果たしきった。


「さすがはイタチさん。よく解ってますね。」


「しかもそれだけじゃねえ。あんたはオレを懐柔できたしNTとの関係も強くなったし、巨額のカネも手に入れて嫁さんとの生活もハッピーになる。お人好しだけで全方位欲張りセットだ。」


「ちょっと酔い始めてますね。言いたいことはわかりますが。でもそれは結果論です。あなた達に自分を重ねて、ちょっと手を貸しただけ。伸ばした手を掴み取ったのはあなた達の気合と根性です。」


「そこは素直に心って言ってくれよ。愛情も含めてな。」


「カザミさんとはうまく行きそうです?」

「アオバが卒業したら、って事になったぜ。今のところな。」

「それはおめでとうございます。」


「これもマスターのおかげだ。不思議だよなぁ。なんだかんだで全部うまくいってしまうんだから。でも良かったのか?去年の今頃、オレは300人以上も……」


「それを言ったらオレなんて10億ですよ。この前社長に聞いたら、異世界含めて30億を突破してましたからね。」


「世の中、悪いやつが居たもんだな。」


「ええ、全くです。」



「イタチさんもこっちで一緒に食べましょう!」

「マスターおかわり!」

「テンチョー!辛気臭い顔してないで早く追加持ってきてー!」


「はい、お待ちッ!キリコはマスターと呼べ!」


「ゾクゾク、はぁーいマスター!」


 ちゃっかりゾクゾクしているキリコを含めて、この日は鉄板焼で盛り上がったのだった。



 イタチ・カザミ・アオバの3人は旅館に戻って温泉に浸かる。

 魔王邸組も戻って○○○とセツナと一緒に温泉に浸かる。


 アオバは気を利かせて別部屋に移り、ぐっすり眠った。


 キリコはマスターの絶品を味見しようとして駆け引きがあったが、逆に丸洗いされて満足させられ、だいたい平和に夜が更けていった。



 …………



(オレはどうかしてる。失態だらけじゃないか。)



 2月19日朝。ケーイチは目覚めて最初にしたことは自己嫌悪だった。昨晩は疲れからかアケミとは致すことなく爆睡した。

 寝ている間に今週の自分の行動が脳内でデフラグされて、状況の悪さにため息をつく。


 任務の完全失敗からの周囲からの責め苦と自責の念。職場での不適切な行為に、訓練では子供達に八つ当たり気味な強弁。


(これでなにがナイトを倒した英雄か。いや、元々英雄なんかじゃない、あの時の英雄は○○○○だ。それを上に言われてオレが掻っ攫って、今も矢面に立たされて……)


「ふんふんふ~ん。ケーイチさーん、起きて下さーい!もうすぐ朝ごはんができますよ!」


 部屋の外からアケミの声が聞こえてくる。朝ごはんと聞いて腹が鳴る。だがそれ以上に彼女の声を聞けて嬉しく思う自分が居た。


(オレは酷い男だ。なのに一緒に居ようとしてくれる。)


 妻を手に掛け奪われ記憶を消され……必要な契約とは言えすぐに別の女と契りを結んだ上に失敗続き。


 でも側で支えてくれている女が居る。


 デフラグされた頭は悪い事実だけを突き付けたわけではなかった。自分の側には自分を大事に思ってくれる人がいる。


 その事実を強く認識したケーイチは、ベッドから這い上がって部屋を出る。


「おはよう、アケミ。」


「ケーイチさん、おはようございます!」


「……おう。」


 満点の笑顔(と裸エプロン)で迎撃されたケーイチは見惚れてしまう。


「うん?私の顔になにかついてますか?それより見て見て!じゃーん!今日は男の浪漫というものに挑戦してみました!」


 くるりと横回転して斜めの角度で際どいポーズをとるアケミ。彼女はケーイチの疲れを感じ取り、元気付けようとしていた。


「…………」


「え、ちょっとケーイチさん?」


 ケーイチは何も言わずにアケミを抱きしめ、ぎゅーと力を込める。


「あ、あれ?もしかして朝からですか?でもごはんが冷めちゃう!」


「…………」


「き、効きすぎちゃったかな?自信作なので、先に朝ごはんを食べませんか?私は熱くなってますがお味噌汁が冷めちゃいます!」


「…………」


「な、なにか言って下さいよぉ。」


「「…………」」


 ついには完全に黙ってしまう2人。


(オレはこのままでは重責に潰れてしまうだろう。アイツに再び出会ったとしても敗北は濃厚だ。1人では何もかも足りない。いつか言われたようにオレには彼女が必要だ。ならば――)


(うひゃー!何これどういう状況!?うへへ、甘えんぼさん!最近疲れが目に見えてましたし、いっぱい甘えて良いですよー。何でも言うこと聞いてあげちゃいますからね―。)


 熱が溜まっていく2人だが、その思考はあまり噛み合ってない。



「結婚してくれ。」


「喜んで!」



「「!!!!」」


 思考の過程はともかく、結果だけはピッタリ噛み合う2人だった。


「「…………」」


 耳まで真っ赤になった2人はアケミ特性朝ごはんを食べる。

 ご飯・味噌汁・和え物・ツナサラダ・卵焼きとベーコン焼き。どれもいい香りと味付けで、アケミの愛情を感じる事が出来る。


「うまいな。」


「よかった。」


 4文字引っ張り出すだけで精一杯の2人は頭が沸騰している。

 味噌汁が冷める前にと味わうが、今なら熱湯でもヌルく感じそうだ。


「きょうさ。」


「うんなに?」


「かいもの。」


「どちらへ?」


「ゆびわを。」


「みにいく!」


「「…………」」


 土曜日の今日は公式デートデーである。

 ミキモト教授の計らいで今週末の取材はキャンセルされている。色々ありすぎて、多少メディア露出を控える心づもりらしい。


 つまりは2日間はフリーである。このチャンスは逃さない。


 この日、とある装飾品店で4文字しか話せない初々しいカップルが現れたとお茶時間の話の種になった。



 …………



「ここは店舗型なのに屋台みたいな雰囲気を出してるわね。」


「味はなかなか、値段分はあるわ。ゆでたまごもいい感じね。」


「ちょっとからいー。」


「はい、お水だよ。タレは取ってあげるね。」



 2月20日。マスター夫妻とセツナとキリコはラーメン屋でとんこつラーメンを食べていた。鈴蘭というチェーン店で、有名所である。


 ○○○の指摘通り店舗型だがカウンター席がひとり分ずつ区切られていて、まるで屋台のような雰囲気である。


 注文時に好みの内訳を指定できるので多くの客に好まれている。店名が店名だがもちろん毒は入ってない。


 セツナは唐辛子タレを少なくしたが、それでも刺激が強かったようでマスターが排除していく。

 キリコは敵情視察とばかりに味を積極的に精査しており、値段との折り合いにも注意を払っている。


「好みの味を食べられるのは良いけど、毎日はいいわね。値段もそれなりにするし、ウチの方が食べやすいわ。」


「ウチは特殊だからね。」


「じゃあマスター、次行くわよ!」


 どれだけ食べるんだこの女。普通はそう思うことだろう。

 だがこれは食べ歩きデートの一環であり、時間遡行で空腹に戻していろんな店の味を確認するという試みなのだ。


 キリコが提案し、○○○とセツナが付いてきた形である。

 普段はマスターが時間を見つけて誘うのだが、たまには自分からと意気込んだ。しかしキリコは普通のデートをよく知らなかったし、やっぱり照れ臭くもあった。だから自分から誘うに当たって、仕事にちなんだ形を取ったのだ。


 そこへ待ったを掛けたのが妻の○○○である。


「それはまだ私達も体験してないから、先に私達がするわ!」

「じゃあ一緒に行きましょう!」

「それならいいわ。」


 で、今に至る。今日はデートの許可を貰っていたのに、オアズケは御免なキリコは時間短縮を図ったのだ。冷静に考えれば正妻同行不倫デートというとんでもない状況ではあるが、関係は良好である。



「ここはフツーなファミレスみたいな感じの店ね。でもちょっとお客さんのモラルが気になるわ。」


「値段もお手頃ね。あれ?この味は……マスター、この味は!」


「パパ、ここはやさしいお味ね。パパみたい!」


 次に来たのは疾風堂というチェーン店である。価格帯は鈴蘭よりやや低めで、気軽に入れる雰囲気を醸し出している。


 そのせいか稀に他の客に絡むような、無駄に態度の悪い者が出没する事もある。だがこれは店舗の立地にもよるだろう。たまにの話である。


 基本的には親しみやすい雰囲気のいい店である。

 そしてキリコが味を確かめた途端にマスターに確認しようとしているのには理由がある。


「ウチの味に似てませんかこれ?パクリですか!?事と次第によっては制裁もやむなしですね!!」


「キリコちゃん落ち着いて!とんこつなら似ていて当然じゃない?」


「キリねーさん、がんばりましょう!」


「セツナが煽っている!?だめよ、キリねーさんは厨二爆弾魔という病気なのよ!?」


「きりねーさん、おびょーき?パパに治してもらわなきゃ!」


「あう、それはぁ。あの、ここではちょっと……」


「うむ、落ち着いたようだな。セツナ偉いぞ。よしよし。」


「わーい。」


「キリコ、オレが店を出す前に1ヶ月掛けてノウハウを手に入れた話はしただろう。それがこの系列の店なんだ。だからあまり騒がないでくれ。」


「私ったら勘違いしてたわ。そうならそうと先に言ってくださいよ。こっちが損害賠償求められる側だったなんて!」


「お前は人聞きの悪い事を言うな、爆弾娘め。」


「ゾクゾク!ごめんなさーい!」


「やっぱりお客のモラルが気になる店ね。次に行きましょう。」


 余計な爆弾発言のせいで周囲の注目を頂いたので、落ち着いて味わう事は叶わなかった。



「味はまあまあですが、システムはウチに似てますね。」

「ここを真似したからな。」

「またですか!!」



「ここは素材の味が出ていますね。」

「とんこつの元祖と言われる店の1つらしいよ。」

「通りでスルスルと食べたくなるわけです。」



「ここは、少々香りも味も強すぎです。」

「ここではセツナは食べないほうが良いな。」

「においだけでも、つよいー!」

「夜を思えばここのはちょっと……」


 更に数店舗巡り終わった後、夕方になって水星屋でシメ事になった。


「色々周りましたが、ウチが1番です!ただし、改良の余地は

 充分にありますね。例えばスープをもっと――」


「たった1日で随分な評論家になったもんだ。」

「パパのおみせがいちばんおいしーよ!」

「そうよセツナ、パパのが美味しいのよ。」


((違う意味に聞こえた気がする。))


 マスターとキリコは心が1つになった。心が汚れている証拠である。だがセツナの前では教育上、この突っ込みは出来ない。


「ねーパパ。めぬー表ひとつもらってもいい?」


「ん?構わないけどどうしてだい?」


「わたしおべんきょーしたいの。5さいになったらオトナだから、このお店のおてつだいするの。そのためのおべんきょー!」


「ああ、良いよ。良い子だなぁセツナは。よしよし、よしよし。」


「むへへー!」


 むふーとドヤ顔したかったが頭をなでなでされて、えへへーと被る。


「「「可愛いなぁ。」」」


「いひゃーー!」


 満場一致で全員から撫で回されるセツナだった。


(こんな娘が私も欲しいなぁ。ハッ、まだダメよ。まだ一緒に住むんだから!でもいつか欲しいなぁ……その前にスる事もまだ出来てないしなぁ。)


 悶々とキリコは次なる欲望を心に宿し始めながらも、この生活の楽しさに幸せを感じていた。



 …………



「ざ、斬新な模様替えですね。なにか良い事でもありました?」


「それを聞いてきたのはあなたで24人目よ!」


「「「なんでキメ顔してるんですか?」」」



 2月21日。医務室に訓練の終わった子供達がやってくる。

 だが医務室というより植物園と言った方が正しい表現と思えるくらいに模様替えがされていた。


 部屋中、植物だらけで花を咲かせていたのだ。


「はぁぁァァア。私の人生お花でいっぱいよねぇ。」


「おいメグミ、アケミさんがやばいトコに足を踏み入れてんぞ。」


「メグミなら聞けるでしょ、ちょっと問いただしてくれない?」


「他の女だと爆弾放りかねないから、な?」


 ちなみに他の女性陣はドン引きして声が出ないでいる。


「私だって聞いて良いか分からないわよ、こんなの!」


 ユウヤ・モリト・ソウイチがメグミの背中を押していく。

 終始笑顔のアケミの前にメグミを移動させると、彼女は意を決して異変について聞いてみる。


「アケミさん、これはどうしちゃったのかなーなんて。」


「なんだかずっといい気分が続いてるの。私の周りが全部お花畑になったかのような、幸せなキモチなのよ。」


(((変なクスリでもやってるんじゃないか!?)))


「そ、そうですか。なんで幸せになったのか聞いても大丈夫なやつですか?クスリだったら黙っていてくださいね。」


 いくら師弟関係だったメグミでも犯罪に巻き込まれるのは御免であった。


「ケーイチさんからプロポーズされちゃって!2人で指輪を選びに行ってね、うぇっへっへっへ。」


「「「ええええええええ!?」」」


 気持ち悪い顔でトリップしているアケミだが、その発言で一同が沸き立つ。


「「「アケミさん、おめでとうございます!!」」」


「ありがとう、みんな!いい子たちだねぇ。うへへへ。おっといけない、治療するから全員いつものベッドに行ってー。」


 その時黄色い光が部屋を満たす。いつもより輝かしい光だ。


「治療なんてどうでもいいです!今治しました!」


「あら、だめでしょー。私の仕事がなくなっちゃうわ。」


「それより!どんな言葉だったんですか!?シチュエーションは!?」


 ものすごい食いつき具合のメグミだが、実はミサキもアイカ・エイカも耳を大きくしてアケミ側に傾けている。双子に至っては植物のツルや花びらの影にも平行世界の姉妹の耳が出ている。


 ヨクミも(こっそり付いてきているフユミも)異世界の新たなツガイの情報に単純に興味があるらしく、男共を押しのけてアケミの側に行く。


「プロポーズの言葉は結婚してくれってシンプルなものだったわ。でもそれが良いのよ。」


(((ふむふむ。)))


 男共は心のメモ帳にしっかりと記している。


「きゃー!やっぱり伝われば良いんですよね!それで肝心のシチュエーションは!?やっぱり夜ですか?夜景バックですか!?」


「えー、それは恥ずかしいわ。」


「ぜひ、ぜひ教えて下さい!参考にしたいので!」


「もう、ちょっとだけよ。一昨日の朝にごはん作って、お寝坊さんな彼を起こしに行ったの。それでケーイチさんったら私を抱きしめて何も言わなくてね。」


「ふんふん。」


「疲れてるから甘えたいのかなって思って、甘えて良いから何でも言ってって言ったら、結婚してくれって!」


「「「きゃーーーー!!」」」


(((あの教官がお寝坊さんで甘えん坊!?)))


 多少勘違いも含めた説明のせいで、ケーイチへの熱い風評被害が広がりつつある。特に今は風精霊のフユミも聞いているのだ。


「その、なにかポイントとか有りますか!?気をつける事とか、有利になりそうなコトとか。」


「それは……男の浪漫、ハダカエプロンよ!!」


「「「なん……だと……!?」」」

「「「きゃああああああ!!」」」


 露骨に反応が別れる子供達。だいたい男女に分かれているが、ミサキは「なんだと」側である。


 ちょっとだけと言いながら、捏造付きで全部教えてしまうアケミ。子供達には刺激が強かったようで、全員があらぬ妄想を始めた。


「おおい、治療は済んだか?夕礼始めるぞー。ってえええ!?」


 ケーイチが医務室に入ってくるが、その斬新な植物園と子供達の好奇の視線に圧倒されてしまう。


「「「教官、おめでとうおございます!!」」」


「んあ!?アケミ、話たのか!?」


「いやー、医務室がこんなになってるし。誤魔化せませんよ。」


「教官、今日の夕礼は私達が主導で行かせてもらいますよ!」


「そんな事出来るか!大人しく話を聞いとけ。」


 もちろんそんな簡単に収まるワケもなく、質問攻めにされるケーイチ。今年一番の盛り上がりを見せる夕礼は、夕食のお知らせでイダーが来るまで続くのだった。夕飯時も話題は継続してしまったが。


 だがこの話題は特殊部隊にとっては良い方向に働いた。


 何年経っても魔王を捉えられず、近年はメディア露出もあって失敗も目立つ形になっている。全体的に不安や不満が充満し始めていた頃合いだった。


 その中でケーイチとアケミという身内のアイドル的な存在が結ばれるとあっては、誰しも食いつき祝福した。


 男性職員にとってのアケミのアイドル位置はイロモノ枠で、本命が子供好きで優しくて料理上手なロシアハーフのイダー。次点がキョウコで踏まれたい女NO.1、という形であった。


 余談はともかく、この縁談は暗い道を進む皆に希望を与える話であったのは間違いない。


 後日。お互いの両親への挨拶と報告を済ませ、役場に書類を提出して籍を入れる。話し合いの結果、結婚式はしない事になった。


 トモミの事を考えた場合、ケーイチ視点では式を挙げることは不義理になると考えたからだ。トモミを取り返して話し合いの結果が出てから挙げることにした。


「これであの契約は成立だな。だがそんなモンより、一緒になれて嬉しく思う。これからもよろしく頼むぜ。」


「はい!ずっと一緒ですよ!私をよろしくおねがいします!」


 役場から出てきた2人は腕を組んで迎えの車まで歩く。アケミの笑顔はこの先の日々まで照らすような明るいものだった。


 こうしてアケミはケーイチとの出会いから3年半、紆余屈折を経て想い人と添い遂げる事が出来たのである。



 …………



「うーむ、魔王剣はまたオアズケかー。」


「私としてはこれ以上物騒なものを作ってほしくないのだがな。」



 2011年2月25日。閻魔様に掛け合ってあの世の鍛冶屋を紹介して貰った所、剣の心得の無い者に作る剣は無いと追い返されてしまった。


 今はあの世のメシ処で注文を頼んだところだ。ヨモツヘグイを防ぐために身体は魔王邸に置いてきてある。今のマスターは霊体の悪魔そのものであるが、やはりモブ顔だ。



「言うほど物騒じゃないですけどね。刃の無い短剣ですし。」


「その辺が意味がわからぬのだがな。それは剣じゃないだろう。」


「モデルはとある剣と杖なんで、あまり武器っぽくは無いかもです。」


「余計わからなくなったぞ。だが接近戦が苦手なお前ではどっちにしろ無理であろうな。」


「チカラはともかく技術がさっぱりですからね。親方さんにも何だそのへっぴり腰は!って怒鳴られましたし。」


「夜の腰は凄いのにな。お前なら凄腕剣士のトレースくらい可能だし、そもそも鍛冶師でも良い。何故しないのだ?」


 閻魔様はトリプルエイチの会員であり、毎月通っている。最近は慣れてきたのと、魔王邸内で治療もするので生活に支障はない。


 そしてトレースというのは相手への「精神干渉」で細かい動きまで真似してしまう事である。水星屋が疾風堂などからノウハウを頂いたのと同じ方法である。


「人間、完璧だとつまらなくなるんで。苦手は苦手で何か残しておいた方が人当たりと言うか、ウケが良いんですよ。」


「それもそうか。お前は人じゃないけどな。だがどうするのだ?このままでは現し世もあの世も、もうアテが無いだろう。」


「やっぱり社長に紹介してもらえれば良いんだけどなぁ。」


「領主が未だに渋るということは、結局は力不足なのではないか?」


「そうですねぇ。ならば何かこう、接近戦用のシステムを構築してみようかな。」


「苦手は残しておくのでは無かったのか?」


「もちろん素ではそうですよ?だからこそ対策を練るのが楽しいんじゃないでしょうか。」


「男の浪漫という奴か?私も色々な死者を見てきたが、どうにも実感が出来ない分野だな。」


「お待ちどう様です!こちら極楽御膳と平和御膳になりまーす。ごゆっくりどうぞ!」


「ありがとう。おお、これがウワサの極楽御膳か!美味そうではないか!」


「ランチにしてはエグい値段と見た目ですよね。食べ切れます?」


「当たり前だ、せっかくマスターの奢りなのだ。私の給金では絶対に手が出ないからな。チャンスは逃さぬよ。」


 閻魔と言えば、現し世でも大抵の人は知ってる花形の仕事だ。それでもたまの豪華ランチに手が出ないということは、財政事情は良くないのだろう。主に施設を破壊した男のせいで。


 極楽定食はとことん豪華な和食を詰め込んだメニューで、マスターが頼んだ平和定食は非常に栄養バランスの良いメニューである。



「紹介してもらった手前、奢るのは当然ですよ。それではさっそく。」


「「いただきます!!」」


『良いなぁ、でもあの世のランチを頂くわけにはいかないしね。』

『近い内に食事に行こうよ。豪華なやつ。』

『高いところじゃなくても、私はあなたと一緒でなら嬉しいわ。』

『だからこそ、嫁には良い物を食べてもらいたいんだけどな。』

『そ、そこまで言うなら。』


 閻魔様はテレパシー会話も気がついているが、敢えて注意はしなかった。普段彼を借りているのはこちらだ。心の広い女として見逃すことにする。


「これは美味いな。うう、私のささやかな夢が成し遂げられたぞ!」


 マスターのマナーなどより、本気で極楽御膳に夢中な閻魔様だった。



 その後。魔王邸のマスター夫婦の寝室にて、ごそごそしている人影があった。


「ふむふむ、これがマスターの絶品……将来、私の……じゅるり。」


「おはようございますっと。え!?当主様、何をなさってるんで?」


「うわあああああ!!ち、ちがうぞ!これは違うのだ!」


 素っ裸でベッドに寝ていたマスターの身体。それを興味深そうにいじくり回していた当主様は錯乱している。


「当主様、私が席を外している間に旦那に手を出すなんて、とんだ痴女様をお友達に持ったものですわ。」


「痴女ではない!これはそう、あ、味見を……」


「「それを痴女というのでは?」」


「…………」


 言い逃れは出来ない。やらかしてあわあわしている当主。

 悪戯がバレた子供を見るような視線で2人は見つめている。それが物理的な痛みに感じるくらいは心苦しい当主様であった。


「それは置いておいて、お痴女様には少し相談があります。」


「痴女ではないが、話は聞くぞ!ああ聞くとも!」


「当主様”で”強力な槍のようなものを作れませんかね。」


「はぁア!?こ、この痴れ者め!私を何だと思っている!!」


「「痴女様です。」」


「うぐー。」


「今のはちょっとクスっときたわ。でもあなた、説明もなしにそんな事を言っても何も伝わらないわよ?」


「そ、その通りである!説明をせい!」


「必死な当主様って子供っぽくて可愛いですよね。」


「そんな感想はいらんというておる!」


「いえね?オレの武器を作るにあたって、自分の実力不足をひしひしと感じておりまして。それを補うべく接近戦に対応できる武器とシステムを構築しようと思ってるんですよ。」


「それ以上の強さが要るかどうかは疑問だが……それで、なんで我が材料なのだ!」


「曰く付きの、不老不死の材料の方がインパクトがあるかなと。」


「サイコパスじゃないか!○○○よ、お主の旦那はサイコパスよ!!」


「うふふ、慌てる当主様もお可愛いですよ。」


「あ…………」


 絶望して言葉を失くす当主様。涙目な所に確かな怯えが見える。ちょっとフザケすぎたかなと思い始めたマスターは、笑って冗談ですよアピールを始める。


「あの、別に取って食うわけじゃないですよ。ただちょっと当主様のおチカラを貸していただければなと思った次第でして。」


「紛らわしいわ!!マスターのばかあああああ!!」


 ぽす! ザシュン!!


「ぐっ、いったああああああッ!」


 当主様の「絶対痛く無さそうなお可愛いパンチ」を右手で受け止める。するとマスターの右腕を通して、赤い槍のような精神力の物体が彼の腕を貫いた。


 彼女は自分だけではチカラの発現が難しく、相手を通して使用しているのだ。なのでマスターの身体に直接槍を作ることになった。


 マスターに刺さった槍は肩から突き抜けている。彼はそのまま自分の右腕に生えたソレを自身のチカラで包んで加工していく。


「あ痛たたたた、でもこれで1番必要な核の部分は手に入りました。

 当主様、ありがとうございます。」


「我のチカラを勝手に!返してよぉ!やだやだぁ!」


 マスターは綺麗な赤い杭に加工したそれを右腕の中に封印する。満足気にお礼を言うが、当主はちょっと退行しながらご立腹である。


「別に悪用はしませんからご安心下さい。これで面白い物ができるってだけですから。ぐふふ。」


「もう、あなたったら。まるで子供がロボットアニメの必殺技で目を輝かせているようにしか見えないわ!」


「ひっく、何に使うつもりなのよぉ~。」


「まぁまぁ、お礼はきちんとしますから。不安にさせてすみません。」


「当主様、お茶とお菓子をお持ちしました。一緒に楽しみましょう。」


 やり過ぎた事を反省するマスター達は、泣き出す当主様をなだめるのであった。



 ちなみに○○○が言った例え話はマスターの心を覗いたから解っただけで、彼女がそういう男の子を見た事は無い。

 そもそも幼少の頃に異界に来ているのでそんな文化に触れたのはマスターと出会ってからである。



 とある異世界での仕事中に、大型の再生する敵を倒す任務があった。激戦の末トドメを刺す段階で、突如参戦してマスターと一緒に”ラブラブテンチョー拳”なる必殺技を使うくらいにはノリを理解していた。


 そしてその前段階の技がD・フィンガーといって、掌にチカラを溜めて当てるだけのサイト時代から使用している技である。


 これらは某アニメを参考にしたもので、マスターの書斎にあるDVDを一緒に鑑賞した○○○が酷く気に入ったことが発端だった。



 …………



「ぐぇッ!」


「こんにちは。話があるんだけど、今良いかな?」


「その前に足元と後ろの処理をお願い!」



 2011年7月15日。イタリアの甘そうな名前の港町。

 マスターはトモミの気配を辿って虚空より現れて気軽に挨拶をする。しかしトモミの焦った声に、時間を止めて確認する。


 見れば後ろに男が3人、足元に1人居てそれぞれ花束を持っていた。


「相変わらずモテるね。全員彼氏?」


「そんなワケ無いでしょう?私は断り続けてるのに、いつまでもどこまでも追ってくるのよ!」


「誘導弾か。で、どこまで処理していい?」


「いえ、時間が止まってるなら自分でやるわ。」


 4人共、頭をチカラで撃ち抜かれて幻覚をセットされる。これでもう彼女の事がジャパニーズホラーゴーストにしか見えなくなってしまった。


「相変わらずエグいね。どれ、場所を移そうか。」


「ええ、ありがとう。○○ちゃんはお元気そうね。」


 空間に穴を開けてトモミの自室に入る。最初は殺風景だった部屋は今はすっかり女性仕様の落ち着きかつ可愛らしい色合いになっていた。


「飲み物は持ってきたから気を使わなくていいよ。」


「ありがとう。あら、事後の紅茶ね。まだ売ってたんだ。さっきは助かったわ。この国は女ってだけで強力な磁力が発生してるみたい。」


「文化の違いだよね。日本じゃここまで露骨なのは一部、それも警察沙汰になる事も多い。」


「とりあえず座って。それで?珍しいじゃない。話って何かしら。」


 椅子に対面で座り、話を促すトモミ。改変してからのしばらくぶりの再会に、クールぶってはいるがウキウキ感が出ている。


「落ち着いて聞いてほしいんだけど。」


「ケーイチさんのこと?」


「ああ。ちょっと前に結婚したよ。相手はご想像の通りかな。」


「そう、やっぱりね。式は?私が行ったら大騒ぎでしょうけど。」


「式はしないってさ。そこだけはトモミに義理を通すみたいだ。」


「……そう。アケミさんだって女なんだから、式くらい挙げてあげれば良いのに。ケーイチさんはやっぱりわかってないわね。」


「「…………」」


 トモミは半分本当、半分嘘の言葉を並べるが結局は黙ってしまう。マスターも彼女の複雑な気持ちを解っているから黙っている。


「ごめん。私は何も言うべきじゃないわね。」


「いいさ。これを渡しておくよ。」


「これは?」


 大きめの封筒を渡してくるマスター。不思議そうに受け取るトモミ。


「彼らは式は挙げないが、写真だけは撮っておこうってなってね。その時のを拝借してコピペしてきたんだ。見る見ないは任せるよ。」


「後で見ることにするわ。たぶん泣いちゃうから。」


「残念。それを掬う役を買って出るつもりだったのに。」


「○○ちゃんってキャラ変わったというか、ハジけてるわよね。」


「素直にいい男になった、と言ってくれたら嬉しいんだけど。」


「それはともかく彼の事、見守ってあげてくれないかな。その、○○ちゃんからしたら良い思い出は無いかもだけど……」


「流れるような受け流し。さすがこの国で揉まれただけはあるね。まぁ、構わないよ。トキタさんも戦友だしね。」


「面倒かけてごめんね。ありがとう。」


「良いさ。ところで心理学の本が目立つが、仕事はそっち系を?」


 部屋には本棚があり、心に関する本がずらりと並んでいた。


「うん。貰ったバイトは続けてるけど、転職を考えてるの。精神科医なんて立派なものじゃなくて、町の相談所的なトコから始めようと思ってるわ。それでね、言い難いのだけど……」


「資格・店舗・金。何でも用意するから心配しなくていい。」


「資格は自分で取ったわ。物件はおさえてあるからお金をお願いしたくて。厚かましいのは重々承知してるのだけど……」


「別にいいよ。トキタさんだって好きにしてるんだから。今日は君の誕生日でもあるし。はい、おめでとう。」


 部屋にアタッシュケースが幾つも置かれ、中には一瞬で換金してきたのであろうeupho紙幣が大量に詰められていた。


「あ、相変わらずね。でもまた借りを作っちゃったわ。ねぇ覚えてる?あの夜の”何でも”の約束、いつでもいいから。」


「「…………」」


 トモミを改変した夜。彼女は冗談半分で何でもすると告げた。それを掘り返して言ってくる辺り、会わない内に心境の変化でもあったのか。


 本当はそれが報酬にならないのも、自分を正当化したいだけなのも彼女は解っている。それでも念を込めて相手を見つめていく。


 だがマスターは同じ「精神干渉」持ちで耐性も付いている。

 以前ほど以心伝心とは行かないし、そう簡単に期待に応えるつもりはなかった。そもそもその約束も一方的なものなのだ。


「夢のある話だけど、そんなんじゃ嫁に行けなくないか?」


「わかってるでしょ。もう片方の私はともかく、この私は……」


「まあね。でも思うようにするといいよ。もう自由なんだから。店をオープンしたら最初の客くらいにはなるよ。」


「私は最初のお客さんと良い仲になる妄想をしてるのだけど。」


「じゃあ0番目だな。実はそこはかとなく悩みがあって。」


「クスッなによそれ、変なの!」


 意味不明な相談に思わず笑ってしまう。


「いや、そうだな。実はオレ達の母校が廃校の危機になって。」


「!?ちょっと、詳しく聞かせて!」


 今度は割と深刻な話が飛び出してきて真剣に話を聞く事になる。結局は最初の相談という名の、雑談に花を咲かせていった。


 後日、彼女は近所にこぢんまりした店舗の相談所を開く。


 トモミは心理セラピストとして、世界中の人間の相互理解という夢を遂げる為の第一歩を踏み出すのであった。


お読み頂き、ありがとうございます。

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