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65 メバエ その3

 


「やっぱあそこが邪魔なのよね。ウチも観光地の温泉を抑えれば……。でも今更シェアを取るのには莫大なコストが掛かってしまいますし。」


「トウカ様、お茶が入りました。」


「ありがとう、スイカ。」



 2010年3月28日朝。暫定で出た決算の書類を見ながらNTグループの会長、コンドウ・トウカは美しく難しい顔をしていた。

 ひとまずは使用人のスイカが淹れてくれた紅茶を飲み、一息つく。


「姉さん、ただいまー!これ仙台土産、後で食べてね。」


「お邪魔してまーす。お義姉さん、休日もお仕事ですか?」


 せっかく気持ちを落ち着けようとした所へ、弟とその彼女がズカズカと雰囲気を踏み荒らしてくる。

 トウカは溜息をこぼして来訪者の方へ顔を向けた。


「おかえり、ハル。コウモリさんも。仕事は順調なんでしょうね?」


「もちろんさ。別派閥のヤツラはぐだぐだしてるけど、オレの所はむしろ早く終わるくらいだぜ?」


「お義姉さん、今日も厳しいですねぇ。○○○○がシュンの事をシスコンって言ってたけど、お義姉さんも結構ブラコンよね。」


 ヘミュケットに対するトウカの対応は冷たい。それは妙な体質の女が弟に付き纏っているのが気に入らないからだ。

 だがその気持ちはブラコンとは少々違う。後にNTの重役となるはずの、ハロウの体裁面を憂慮しての話である。


「そう、それは良かったわ。終わったらこっちに戻ってきて、敵対派閥の連中を手助けしないようにね。」


「うわーお、無視ですかー。」


「貴女を相手してると疲れるので当然でしょう。」


「ハル様、ヘミュケット様、マスター様。紅茶をお持ちしました。」


「「「ありがとう、スイカ。」」」


「「なんか居るーーー!!」」


 唐突に現れたマスターの姿にトウカ・ハロウ・ヘミュケットが身体をビクッと強張らせる。スイカは慣れてきたらしい。



「おはようございます、みなさん。今日は情報交換をしにきました。ぶっちゃけて言えばインサイダー取引の材料をですね。」


「インサート!?遺伝子の情報交換って事ね!スイカ、松の間を用意しなさい。」


「かしこまりました。あの広さですと私もご一緒して良いとみて宜しいでしょうか。」


「姉さん、どんな聞き間違いだよ!頭お花畑すぎだろう!?」


「お義姉さんとスイカさんが色ボケしてる……。え?そんなに○○○○のアレって凄いの?」


「「この世のモノとは思えない程の絶品よ(です)!」」


「「…………」」


 ハロウとヘミュケットが黙ってしまう。雌2人の真剣な眼差しに思わず○○○○の股間へ顔を向ける。


「なぁ、なんかコツとかあるのか?」

「ねぇ、ちょっとシュンにも応用利かない?」


「コホン。冗談はそこまでにして、NTに利があるかもしれない情報をもってきました。代わりに教えて欲しい情報もあります。」


「まあいいわ。まずはそちらの情報を聞きましょうか。」


「神奈川のアライ組、ならびにヨシダグループがこの先落ち目です。特に観光関係が崩れると予想されるので、手を付けるなら準備を。」


「なんですって!?根拠は?」


 先程まで頭を悩ませていた事案についての情報に、前のめりで食らいつくトウカ。マスターは当然胸のあたりに注目せざるを得ない。


 マスターはインサイダー取引というが、他グループ企業の情報なので言ってみたかっただけの可能性もある。どっちにしろ悪事が絡む情報である事は変わらない。


「今まで強引にやりすぎた代償を受けるときが来た、という事です。」


「モロに貴方絡みでの対立なのね。」


「特に温泉用の商品で効果的なものを作っている製作所があるので、そこは抑えておいて損は無いでしょう。」


「解ったわ、すぐに調べます!」


「トウカ様お待ちを。今度は彼に情報を渡す番です。」


「いけないいけない、それでマスターは何が欲しいの?私?」


「そちらは月2で楽しんでいるから良いとして、ハル君。君の妖刀の出処はどこですか?できれば製作者も教えて欲しい。」


「え!?オレかよ!お前に教えることなんてガハッ!」


「さっさと答えなさい。こちらはもう情報を貰ってるのよ。」


「わかったって。これは蔵にあったやつを持ち出しただけで、相当古いモノだしさすがに製作者は死んでるぜ?一応たまには鍛冶屋に手入れしてもらってるけどよ。」


 妖刀をマスターへ渡すと紅茶をすするハロウ。

 鞘から少しだけ抜いて興味深そうにじっくりと観察するマスター。チカラを通して探りを入れているのだ。


「でもどうして今更妖刀に興味もったんだ?いままで飛び道具ばかり使ってたじゃねーか。」


「散々オレを魔王と言いつつも、こちらをナメた行動をする輩が多くてね。ナメられないように魔王剣の1つでも作ろうかと。」


「おい、返せ!オレの妖刀の情報からそんな物を作られちゃ、人類に申し訳なくなるじゃないか!」


「いっそハル君も人類やめたら、子供の事とか諦めがつくんじゃない?」


 素直に妖刀を返しながら適当な事を言ってみる。


「何勝手なことを言ってるのよ。アンタがずばっと解決策をくれたら良いだけじゃない。魔王なんだし!」


「ヘミュケットさんには以前、提示したでしょう?必要な部分に必要な処置をする事を拒んだのはそちらだと思いますが。」


「あんなの飲めるわけ無いでしょう!私はシュンの女なのよ!?」


 ヘミュケットはハロウの子供が欲しいが、吸血鬼と人間の種族差で妊娠できない。そこでマスターに頼ったが、それは当然ヘミュケットの身体を弄ることになる。それが受け入れられない彼女達とは話が平行線で終わっていたのだった。


「ならハル君がどうにか出来るようにするしか無いよね。その様子だと医者にも掛かれないでしょ?」


 今のマスターなら他人にチカラを埋め込むことが出来る。つまり時間遡行をハロウに埋め込めば可能性はあるのだ。

 もちろん吸血鬼の彼女を改変するような芸当を、ハロウが出来るかは微妙であった。それを知ってるマスターも、わざわざ実行する気はない。


「ま、気が向いたら声を掛けてくれれば施術しますよ。」


「「うぬぬ……」」


「マスター。弟達のバカ話に付き合わせて悪いわね。それで情報は手に入ったかしら?」


「実は今さっき時間を止めて、その妖刀を作った人に会ってきたけど鍛冶をなめるなって追い返されたよ。これ投げつけられたし。」


 いつの間にかマスターの手には小太刀が握られていた。一体どんな物をどんな頼み方をしたらそうなるのか。


「気がついたらタイムトラベルしてたとか、さすがはマスターね。でも追い返されるなんてどんな物を発注したのかしら。」


「危ないから刃を持たない、可変式の刀身の短剣なんだけど。」


「「「それは剣ですらないと思う。」」」


 謎な発想の魔王剣(仮)のコンセプトに一同でツッコミを入れる。追い返されるのも当然だろう。一体どうやって使う代物なのか、聞いてる側は想像すら出来ないでいた。


 微妙な空気をいち早く破ったのはスイカとトウカだった。


「マスター様。もしご傷心でしたら松の間で慰めてさしあげますが。」


「一応提案してくれるだけマシだけど、すでに腕を掴んで引きずられてるのは何故なんだい?」


「こうでもしないとすぐ逃げますもの。奥さん、少しお借りしますね。」


『その代わり、旦那の願いも叶えてあげてね。』


「「心得ております!」」


「なんで君達はオレの心の中の声と会話してんの?」


「あとで国内最高の鍛冶師を紹介しますわ。だから今は、ね?」


 そのまま連行されるマスター。見送るハロウ達は相変わらず意味のわからない戦友と姉達のせいで反応に困っていた。


「姉さん達ってなんでアイツを選んだんだろうな。遠征の時には男として興味の欠片も無かっただろ。」


「さあね。でも感覚的にはシュンに似てるんじゃない?」


 ハロウも吸血鬼の女を生涯のパートナーに選ぶ辺り、血筋の問題じゃないかとヘミュケットは思っていた。


 マスターの絶品については、なるべく考えないようにしながら。



 …………



「そろそろくるぞ、オレが潰すからミスったら援護ッ。」



 2010年3月29日。特別訓練学校の訓練棟、屋内訓練場オヤシキにてユウヤが指示を出す。この施設では屋内戦を想定した訓練ができる。もちろん相手は人工的なモンスターだ。


 今は通路の曲がり角の向こうから接近中のモンスターを不意打ちで倒そうとしているところだ。


 ズドン!ズドン!


 ユウヤのショットガンが火を噴く。

 人型のモンスターの頭を吹き飛ばして――いない!


 屈んで避けたソレはユウヤにタックルしてくる。馬乗りになった化物はそのままユウヤに噛みつこうと牙をむく。


「ヴァアアアアアアア!」


「くそっ!」


 ダラララララ!


「アガ!?」


 ズドン!


 モリトの援護射撃を浴びて動きを止めたモンスターであったが、ユウヤの至近距離のショットガンの一撃すら横っ飛びで避ける。


「敵が剥がれた!ヨクミさん!」


「ヴァルナー!」


 ザバーーン! ドガッ ダララララ!


 勢いのある水流に流され壁に頭を打ち付け大人しくなるモンスター。

 そのままモリトに頭を撃ち抜かれて動かなくなる。


「メグミは回復、僕が前方、ヨクミさんは後方を警戒!」


 ユウヤの前に立ちサブマシンガンを構えながら周囲を見回す。メグミは態勢を崩したユウヤを起こしつつ黄色い光を発生させる。ヨクミは後方を警戒して、敵襲が終わったのを悟ると溜息をつく。


「ユウヤ、いつも同じ訓練とはいえ油断しないでよ。ヒヤヒヤしたじゃない!」


「悪い悪い、でもあんな避け方するとは思わなかったんだ。」


「でも無事で良かったわ。ロジウラと違って不意打ちが怖いわよね。」


「先に不意打ちを仕掛けたのはこっちだったのにね。日に日に敵の動きが良くなっていってる。さっきの身のこなしなんて初年度と比べ物にならない敏捷性だよ。」


「みんなありがとう、助かった。なんだか事件が有る度に敵が強くなっていくな。おっと、急いで次のポイントへ向かおう。」


「そうね、あっちのチームに負けたら面倒そうだし。」


「ユウヤ!後方から4体来てる!足止めするから駆け抜けて!ヴァルナー!!」


 後方を警戒していたヨクミが水魔法を放って敵を押し返す。


「よし、みんな行くぞ!」


「「「了解!」」」


 ユウヤの声で一斉に動き出すユウヤチームであった。



 その頃別ルートではソウイチチームが移動していた。

 ミサキを中央に置いてソウイチが前衛、アイカとエイカは後方を警戒しながらついていっている。


 ソウイチの目の前には直径50cmほどの円形の板が浮いていた。これはモリトのアドバイスを受けたソウイチが制作した重力盾である。


「新しく覚えたコレが使えれば良いんだがな。」


「少なくとも不意打ちは防げることを期待してるわ。」


「「万が一の備えだね。」」


 緊張感を持って進むとドアに辿り着く。ここが最初の目的地だ。要所で要所で証を取って回るのがこの訓練なのだ。


「ここが最初のポイントだな。合図でオレが突入する。みんなは援護を頼むぜ。」


「解ったわ。」


「「了解!」」


 そろりとドアに手をかけ勢いよく開けようとした瞬間。

 ドアノブが急に引かれてソウイチは前へつんのめる。


「ヴァアアアアアア!! ア!?アアアアアア!!」


 部屋に引き込まれたソウイチは左側から敵に不意打ちを仕掛けられる。だがその攻撃が彼に届くことはなかった。


 精神力で作られた重力の盾により阻まれ、不自然な勢いで後方へ吹き飛んでいく。


 だが左側をしのいでも正面から別のモンスターも襲いかかっていた。


「オレが正面、ミサキは今のにトドメ。双子は残り!喰らえっグレイトブロウ!!」


 ソウイチは重力の鎧を纏って正面の大きい球体の敵に突撃する。モンスターは触手を幾つも出してくるが重力に阻まれてソウイチを捉えられない。


 ズドォン!!


 必殺のグレイトブロウで球体モンスターの目を殴り飛ばす。


 ダァン!ダァン!


「動かない敵なら楽勝よね。」


 先ほど壁まで吹き飛んだ人型モンスターをライフルで撃ち抜いたミサキはソウイチ側へ目を向ける。


「「いけーー!!」」


 パァン!パァン!……


 部屋の空間中に謎の手足が現れて比較的小型のクモ型モンスターを銃で撃ち抜いていく。平行世界の双子たちである。


「「やったね!」」


「みんな良くやった!ミサキはドアを警戒。アイカ達は部屋に敵が潜んでないか調べてくれ。」


 ソウイチは指示を出すと中央にある台座からポイント確保の証を手に取る。


 双子が安全を確認するとソウイチはペットボトルを取り出してグビグビと一気飲みをする。彼のチカラもユウヤと同じく、身体への負担が大きいので水分補給は必須である。


「ぷはー。この板結構使えるじゃないか。重力の向きを変えるだけであんなに吹き飛んで行くなんてな。」


「コレを上手く使えば豚の防具にもできそうね。豚に服を着せる意味があるのか知らないけれど。」


「ソウ兄さん、いっそのことスーツにしようよ。」

「オトナのオトコって感じできっと格好いいよ!」


「それは良いな。ミサキもこういう建設的な意見をだな。」


「防具にしろって言ったじゃない。豚は耳が悪くて困るわ。」


「はぁ、もうちょっと優しくしてくれねぇかなぁ。」


「機嫌を取りたければデートにでも連れていきなさい。そうしたらスーツのデザインくらいは考えてあげるわ。」


「じゃあ今度の……って次行くぞ!ユウヤには絶対勝つ!」


「「「了解!!」」」


 一瞬訓練を忘れて思考を逸してしまうソウイチだったが、すぐに修正する。


(やっぱり自爆技よね。この方針……)


 むしろデートと引き換えにデザインするなどと発言したミサキの方が若干顔を赤くしていた。



 訓練後、全員医務室のベッドで手当を受けているとケーイチが現れる。

 アケミは嬉しくなってついチカラを込め、点滴がボコボコと泡を立てる。今治療を受けていたモリトが顔を青くしている以外は、問題なくケーイチに注目する。



「全員、訓練ご苦労。今日はここで夕礼をする。」



 チラっとアケミを見るとアケミは微笑み返している。数秒見つめ合うが我に返って続きを話す。


「そろそろ君達が来てマル2年だ。全員格段に強くなってくれてオレは嬉しい。教官としても部隊長としても頼もしく誇らしい気分だ。依然として魔王の脅威は去っては居ないが、それも時間の問題だ。」


 続けてメンバー個人毎に好評を述べておく。

 若者たちはほめて伸ばすのだ。その後チームについても触れていく。


「ユウヤ達はチカラ的にも人柄的にも上手く噛み合ってるな。

ユウヤとメグミは相互に上手く支えてるし、モリトとヨクミも互いに足りない部分を補っていて素晴らしいと思う。この2人については望むものがまだ手に入っていないが時間の問題だろう。」


 ヨクミは元の世界に戻りたい。馴染んではいるが不安もあるだろう。それをモリトが上手く紛らわせている形になっている。別居ではあるが友人のフユミが居るのも大きいか。


 モリトは周囲を観察し道具の扱いも上手い。更にはユウヤよりも身体を鍛え続けている。唯一のチカラ無しとして多少の負い目があるが、それをヨクミが魔法を教えることで希望を持たせている。


(ここのクスリを2年も使ってるのに、未だにチカラが発現しない事が不思議だが。よほど強力な理性の持ち主って事か?)


 ケーイチはなんとなくそう思いながら続けていく。ケーイチ本人は青汁に薄められた旧型のクスリで1ヶ月程度で発現した。


 それを思えばモリトの精神力は逆の意味で異様な強さだ。もしかしたらポテンシャルは非常に高いのかもしれない。あとは何かキッカケさえあれば化ける可能性はある。



「ソウイチ達は――ソウイチはここ最近、格段に伸びているな。前衛として初期の頃の無鉄砲さも減っているし、それを助けるメンバーの連携も素晴らしいと言える。ミサキやアイカ・エイカもチカラ自体はそこまで伸びていないが、元が強力だしな。連携の訓練に精をだしているのは良いことだと思う。」


 ケーイチは正直、ミサキと双子の伸び率には疑問に思っていた。かたや日本を影から支えたナカジョウ家の末裔、かたや幼いながらも魔王に通づる可能性のある平行世界との交信。


 双方ともにここ1年ほどほとんど変化はない。

 ミサキは人形にいろんな機材を取り付けたり、相棒の強化を

 手伝ったりしている。しかし話に聞くナカジョウ家の強さとはかなり違っていた。昔は血の海を作れる強さだったようだが……。


 双子に関しては幼いからこそ伸び率があって良いと思うのだがほとんど伸びていない。一応平行世界の姉妹との連携は上手くなってはいるが、そこ止まりだ。



(褒められたって事はこのまま続けて良いんだよな?)


(どうやら上手く隠せているようね。狙い通りソウイチが目立つ形で。このまま女3人で魔王への特攻とか言われないように願うわ。)


(ミサ姉さんの言った通りだね。エイちゃん、これからも程々に頑張ろう!)


(うん、お姉ちゃん。ソウ兄さんもすっごく頑張ってくれてるし。)


 ちなみに双子は平行世界経由でテレパシーが使える。むしろチカラを手に入れて最初に使えたのがテレパシーだった。


 よく使ってはいるが、この事も大人達には伏せている。他の者達も双子だし解り合える何かがあるんだろうくらいにしか思っていない。


「だがミサキ、もっとソウイチに優しくしてもいいと思うぞ。今日はこの後膝枕でもしてやったらどうだ?」


「豚に私の太ももを晒せと?肌触りとフェロモンで欲情されたらどう責任を取るおつもりで?腕力では豚に敵いませんよ?」


「ひでぇ。」


「お前ら付き合ってるんじゃなかったのか?良いじゃねえか、それくらい。そこはむしろ自分のニオイを付けておけよ。」


「教官、セクハラで訴えられたくなければ発言を取り消すことね。さもないとアケミさんが持ってる避妊具全てに穴を開けます。」


 シャキンと針を取り出しアケミにクイクイと合図する。


「はい、どーぞ。」


「おい、そこ!笑顔で避妊具を渡すんじゃない!なんでアケミがそこに一票入れてるんだよ。わかった、取り消すから!!」


「ソウ兄さん、私達がマッサージしてあげるから気を落とさないでね。」


「肩だけじゃなくて全身してあげるよ。あッ!でもオマタだけはミサ姉さんにとっておくね!」


「ちょっとふたりとも!!」


 アケミによる教育で性知識の入った双子は、ミサキに気を使ってソコだけは譲ってあげる優しさを持っていた。

 ミサキはその画を想像してたちまち赤くなった。


「まったくおまえら、人が真面目に話してるのにいつもグダグダにしやがって……でもまぁ殺伐としてるよりはいいか。」


 ケーイチはナイトと戦っていた頃のサイトを思い出して、気を取り直す。今では彼自身も酷かったと自覚していたのだ。


「各自これからも励むように!これにて解散!」


 各人の思惑が交差する特別訓練学校。もうすぐ3年目を迎える彼らは今後どのように進んでいくのか。


「ケーイチさん、私達も励みましょうね!」


 隣には穴の開けられた避妊具を持って腕を組み始めるアケミが居た。この医務室で彼女だけは裏表のない平常運転だった。


 ケーイチは安心と不安が同居するフクザツな感情が芽生えるのだった。



 …………



「組長、こんなものが届いておりました。」



 2010年4月1日朝。アライ組の組長は小田原にある巨大な屋敷の広い和室で朝餉を摂っていた。突然の部下の来訪に無粋さを感じながらも差し出された封筒を受け取る。


「予告状?差出人は怪盗とな?ふむ、これはお前の考えた余興かね?」


「滅相もございません。確かに本日はエイプリルフールですが私は関与しておりません。悪戯として処分するつもりでしたが中身が気になったものでして。」


 部下の言う通り改められた形跡のある封筒から中の便箋を取り出す。



 ―予告状―


 天誅の時が来た。アライ組は踏み込んではならぬ領域へ踏み込んだ。


 その報いをその身と全ての財を持って受けて頂く。


 今宵、常世に旅立つ準備をされたし。 怪盗イヌキ より。



「踏み込んではならぬ領域?ウチはずっと変わらぬ商売をしてきた。それで何十年も食ってきた。つまりコレは悪戯だろう。それくらいの判断もお前には出来ないのか?」


「申し訳ございません、ではそのように。」


 部下は思う所があったがここまで言われては従うしか無い。


 最近幾つかの事務所が次々に消されている。その事が頭から離れなかったのでこの予告状も通したのだった。


(消えるというのが気になる。これではまるで魔王事件の再来ではなかろうか。いや考えすぎか?)


「待て、無鉄砲な馬鹿が突っ込んでくる可能性もある。一応”道具”の準備をさせておけ。」


 無理矢理心を納得させて立ち去ろうとする部下を組長が呼び止めた。


「分かりました。その様に致します。」



「……ふん、一体何奴であろうな。」


 今度こそ部下が立ち去るとアライ組長は恨まれた心当たりを考えてみる。結果、候補が多すぎてすぐに諦めることにした。



 …………



「さて、そろそろ時間ですが準備は良いですか?」


「ええ、やる気も充分。この手で必ず思い知らせてあげるわ。

 新しい借金分も取り返さなきゃだし、ね。」


「オレも行けるぜ。ミド、イヌキの命はキッチリ守るさ。」



 同日23時55分。小田原城址公園で最後の確認をしている。

 ミドリとナカ○○はマスターのチカラの訓練を終えている。

 あれから幾つかの使い方を身に着け、自信もたっぷりだ。

 今は全員黒ローブを纏い、いつでも怪盗コスに変身できる状態だ。


 ミドリの言う借金とはこの襲撃の経費の事だ。マスターへの依頼にしては格安なので充分取り返せる範囲ではある。


「この先がアライ組の本拠地か。湯河原だけじゃないんだな。」


「ここを中心に横須賀方面はもちろん、箱根や熱海。最近では例の商品を持って伊豆にも手を伸ばそうとしてました。」


「ウチの商品で……盗っ人猛々しいとはこの事ね。」


「一応信用できる所を後釜にするつもりだから、後の事は考えずに派手にやっちゃって良いからね。」


「周到だな。それじゃあイヌキ。そろそろ行こうぜ。」


「OK。まずは父さんを殺したアライ組!そしていずれはヨシダグループも地獄に落としてやるんだから!」


 3人はその場から消え、すぐ近くの屋敷の上空へ移動した。



「ふわ~あ。週の後半に寝ずの番とはな。だるくていけねぇ。」


「気持ちは判るが滅多な事を言うなよ。組の本拠地でそんな――」


 アライ組の屋敷の敷地内に配置された黒服達が暇そうにしている。全員懐には銃を忍ばせ、ご丁寧にも予告状の送り主を待ち構えていた。


 だが普通はこの辺を牛耳っているアライ組を敵に回そうなどと思わないし、ただの悪戯だと殆どの者達は考えていた。


「だってよ、予告状つったってここまで来る馬鹿はいないだ……ろ?」


 見張りの1人が訝しむ。敷地を囲っている壁がぼんやりと光ったように見えたのだ。目の錯覚かと壁を注視していると、甲高い音が聞こえ始める。


 ひゅ~~~バァン!


 見張りが若干疲れ始めた深夜0時。屋敷上空に花火が打ち上がった。


 ひゅ~~ひゅ~~ひゅ~~バァンバァンバァン!!!


 それは立て続けに打ち上げられ、非常に近所迷惑な音を発している。


「な、なんだぁ?襲撃と聞いていたが花火だと!?」


「どっちにしろ普通じゃねえ!敵は何処だ!?」


 混乱する見張りの黒服達。しかしその発言が彼らの遺言となった。


 ひゅ~~~ババババババババババババアアアアアン!!!


 花火にしては凶悪な爆音が敷地に響く。一瞬遅れて煙に包まれてそこに居た者達は視界がゼロになってしまう。


 いや、正確に記そう。外に居た者は全員ひき肉となり、屋内に居たものが外の様子を見ようとしても煙で見れなかったのだ。


「何が起こった!?火計か!?爆撃でもされたのか!!」


「わかりません!花火の後、急に煙だらけに!!」


 アライ組長は部下に状況を尋ねるも解らずじまいだった。

こうまで派手にやられては怪盗は自分のところまで来るだろう。


 ならば待ち受ける場所は1つしか無かった。



「マスターって無用な殺戮はするなと言ってた気がするけど。」


「奇遇だな。オレもそう思うぞ。」



 ミドリとナカ○○は、マスターが放ったクラスター爆弾の着弾を確認すると大混乱中の屋敷に侵入した。


(ちょっとやりすぎたかな?屋敷を外して撃ったがすこしコゲたか。壁に沿って結界を張ったから外には漏れなかったのは狙い通りだね。)


 上空のマスターが効果の把握をしている。見立通り屋敷もそれなりにダメージを受けており、一部は崩れ落ちている。煙で普通の人には見えないが、庭は戦場の最前線ばりにボコボコだ。



「予定通り、組長を狙うわ。ステルスの必要は無さそうだけど一応起動して行くわよ!」


「了解だ、イヌキ。後方は任せてくれ。」


 2人はすでに暗記した屋敷の見取り図を思い出しながら走る。


「ゴホッ、なんだ、人影?おいお前達はアギャッ!」


「ゴホゴホッ。てめ、ぐふぅ!」


 途中のアライ組構成員を気絶させながら進む。


「なぁ、煙の中だと逆に怪しい影に見えてないかコレ?」


「う、そうかも。でも解いたらそれはそれで危ないし!」


 煙は広がり上空へ逃げ始めている。ここで下手に解いたら丸見えになってしまうのでそのまま走っていく。


「ほら、確かここのはずよ。」


「じゃあオレは潜伏しておくぜ。イヌキを守れる位置にいるから存分に思いを果たしてくれ。」


「ありがとう。お願いするわ。ステルス解除!」


 ミドリが宣言すると同時にステルスが解かれて魔法少女衣装の彼女が姿を表す。ピンクのフリフリ衣装が可愛いが腰には小太刀が装備されていた。


 ふすまの向こうを警戒しつつもパァンと軽快な音を立てて開ける。そこには紋付袴で座布団に正座している顔のいかつい男がいた。その横には日本刀が置かれている。


「ほう?お前が怪盗イヌキか。ハレ……若いな。」


 破廉恥と言いかけたアライ組長は空気を読んで言い直す。


「あんたがアライ組長?せっかくの紋付きなら袴を履きなさいよ。」


「!?」


 気がつけばアライはふんどし姿だった。数秒前まで袴を着ていたはずだったのに。


「これは驚いた。開幕私の袴を盗むとはな。それで?お嬢さん、ハロウィンなら時期を間違えているぞ。ヘロインなら末端の事務所に注文してくれ。」


「なにそのドラッグオアトリート。それより予告通りに全てを貰いに来たわ。その様子だと覚悟はしているようね?」


「こんな商売だ。いつでもそのつもりで生きてきた。だがお前の正体がわからぬ。外の惨状も袴を盗んだ手口もだ。これほどの手練ならば忘れるはずはない。」


「それを明かす気はないわ!悶々としながら永遠に眠りなさい!」


「では技に聞くとするか。お前も腰のものを抜くが良い。むろん、飾りではなかろうな?」


 アライ組長は横に置いていた刀を取り鞘からゆっくりと引き抜く。合わせてミドリも小太刀を引き抜く。その刀身は緑色だった。


 この刀身はマスターが妖刀の製作者に追い出される時に投げつけられた物であり、本わさびを使って緑色にした物だった。その時点で謎ではあるが、組長は冷静な反応をした。


「ふむ。怪盗イヌキでミドリ色の小太刀。父親の敵討ちか。」


 カイトウからイを抜くとカトウ。そして復讐の刃はミドリ。アライ組長は騙し合いと暴力の世界で生きてきた為、この程度の謎掛けくらいは見抜ける男であった。


(この娘が単独でこのような復讐劇を行えるはずは無い。ならばウラが気になるところだが、そうも言っておれんな。)


 緊張した空気で部屋を満たしながらアライは中段に構える。


(ま、ダジャレみたいなものだし判るわよね。でも負けない!)


 ミドリは小太刀を逆手に持つと上体を低くして後ろへ構える。


 互いの殺気が1秒毎に高まり、2人は同時に最初の1歩を踏み込んだ。


「てああああああああああ!!」


「はああああああああああ!!」



 アライ組長は、それを聞くだけで萎縮してしまいそうな掛け声で刀を振り上げた。そして気合い充分な渾身の一太刀を振り下ろす瞬間。



 ビュォォオオオウ!! ブシャアアアア!!



「な、なに!?」


 その瞬間に風が巻き起こり、アライ組長を通り抜けた。その時、彼の右腕が切断されて血しぶきが舞う。

 まるでカマイタチに襲われたかのような鮮やかな切り口だった。


「貰った!」


 シュパン! ブシャアアア!!


 ミドリは迷わず突っ込み逆手の小太刀で相手の腹を切る。

 再度血しぶきが舞い、その場で崩れ落ちるアライ組長。


「い、今のは一体?」


「お初にお目にかかります。カイトウ・イタチと申します。」


 ナカ○○が姿を表しうやうやしくお辞儀をして挨拶する。


「な、なる……ほど。文字通りの、フトコロガタナと。言う訳か。」


「さ、なにか言い残すことはあるかしら?言っておくけど助けるのは無理よ。貴方は私の家族を奪い、私達は貴方のすべてを奪う。これを崩すつもりは毛頭ないからね。」


 小太刀を振るった後に紙で拭き取ると鞘に収める。

 最後っ屁を警戒する所だが、別にそれは小太刀でなくても良い。マスターのチカラをいつでも起動出来るようにして問いかける。


「私、からは……何もない。が、お前達の。名乗りだけ聞かせてくれ。」


 アライ組長は自分の終わりを悟っていた。

 だからその相手を最期に記憶したかった。



「私は怪盗イヌキ!理不尽に奪う者達を射抜く者よ!」


「オレは懐刀イタチ!射抜く者を阻む輩を切り伏せる!」



「カイトウ達よ、見事なり……」


 それだけ言い残して事切れるアライ組長。悪党なりの潔さが垣間見え、2人はそれ以上の侮辱を重ねることはなかった。


「これで半分、か。父さん、私頑張るわ。」


 胸の辺りを握りしめて虚空を見ながら天の父に語りかけるミドリ。


「うむ。例え人道を外そうともオレは見守っているぞ。」


「あんたじゃねーわよ!父さんポジをのっとるな!」


 しんみり空気を吹き飛ばしてぎゃーぎゃー言ってると、マスターが現れて拍手を送ってくる。


 パチパチパチパチ。


「うんうん、お見事でした。でも最後の名乗りって怪盗っていうか暗殺者だよね。組長さんも満足気だったからイイけどさ。」


 適当なツッコミを入れるマスター。そもそも普通の暗殺者は名乗らないと思う。


「マスターも余韻ブレイクやめてくれない?それでココはどうするつもりなの?」


「もちろん全部社長に送って精算してもらうよ。そこから手数料とオレへの依頼料を引いて君達に渡すことになるね。」


「それは良いけどマスター。何だよあの爆弾。屋敷までボロボロじゃないか。これで査定落ちたらどうしてくれるんだ。」


「あはは。貰い物のクラスター爆弾を使ってみたら思いのホカ威力が高くてね。結界内の時間を戻せば査定も落ちたりしないでしょ。」


 パチンと指を鳴らすアクションをすると、屋敷も庭も綺麗な状態に逆戻りする。今回も指は鳴らずにダサい事になるが、あんまりな光景に2人はツッコむ余裕がなかった。


「後の事はやっておくから2人は家に戻って休むと良いよ。」


「わかったわ。今日はありがとう、マスター。」

「オレもお言葉に甘えさせてもらうぜ。」


 空間に穴を開けて2人を帰すマスター。彼は1人残ると目の前に幾つものモニターを作成する。モニターにはこの屋敷と別のアライ組の拠点が全て表示されていた。


「さーて、後始末をはじめますか。」


 マスターはそれぞれの拠点から金目の物を全て回収し、今日死んだ人間も身体だけ修復して社長の下へ送ってある。


 その後は各事務所を新品まで戻した上で、組長屋敷は空間を切り取って更地にしてしまった。ここまで敷地外の時間はずっと止めてある。


 花火の音を聞きつけた住人の通報により、この後は騒ぎになるだろう。だがその時には犯罪の証拠どころか建物すらない。


 いや、実は2点だけあった。脅迫と告発めいた予告状と並んで、少しオシャレなデザインの犯行カードが現場に残されていた。



 ”アライ組の全て、確かに頂戴した。 怪盗イヌキ”



 この事件により人間側は混乱の種を植え付けられた。


 捜査しても何も出てこないので警察やサイトは実質匙を投げる。


 ヨシダグループはアライ組との繋がりのもみ消しに必死になる。証拠が無くなったということは、どこから出るかわからないからだ。結果、観光部門は縮小せざるをえなくなった。


 そんな混乱の中、少しずつ着実に勢力を伸ばしていたのはNTグループだった。ヨシダグループの実働部隊が消えたおかげで焦ること無く提携や買収を進めていくことになる。


 新たな混乱の種は時間を掛けて芽生え、次の時代の一端を作っていくのであった。



 …………



「新しい仲間と正義のヒーローの誕生に乾杯!!」


「「「乾杯!!!」」」



 4月2日の夜。水星屋は休日を利用して怪盗イヌキの祝勝会を開いた。これはフウコの、サクラ探偵事務所での新人歓迎会も兼ねている。全部見ていたマスターの妻○○○と娘のセツナも参加していた。


「皆さん、今回はアライ組の撃破にご協力頂きありがとうございます!父さんは喜ばない方法かもしれないけど、手向けの1つを用意できたのは私はとても嬉しく思ってます。」


「いや、良くやったぞ。ミドリちゃんのお父さんも君の成長を喜んでないわけがない!」


 探偵事務所のチーフが褒め称える。元オカルト部門の編集長の彼は子供に甘いようだ。


「親子揃ってお世話になります。どうかよろしくお願いします。」


「「「姐さん、オレたちがバッチリ稼ぐから任せてくれ!」」」


 事務所の男社員達が好意的な反応を示す。彼らは母性に飢えていた。サクラは仕事となるとS気が強くなるので優しいフウコに心を掴まれてしまったようだ。


「なにか問題があれば怪盗コンビに任せてくれ!オレがどんな問題も切り裂くぞ。で、フウコさん。今度隣町の動物園にでもどうです?」


「ま、まだ出会ったばかりでデートなんて……」


「マスターからサービス券を貰ったんだ。ちょっとしたイベントがあるみたいで、フウコさんと見に行きたいんだ!」


「せっかくですし、ご一緒させてもらおうかしら。」


「こらーー!母さんを誑かすな!あんたと同じ名字になるとか私はごめんよ!」


「新しい名前はフジナカなのだろう?オレ達にピッタリな名字じゃないか。よかったらミドリちゃんも来るかい?」


「親子のおでかけ既成事実を作ろうとしても無駄よ!私は……くっ、このホワイトタイガーが気になってしまう!」


「じゃあ決まりだな!明後日は日曜だし、お弁当を持って家族で遊びに行こうじゃないか!」


 ノリノリなナカ○○と満更でもないフウコ。悔しながらも遊びに行きたいミドリはマスターの出した唐揚げをヤケ食いし始める。


「ねえマスター、アレいいの?急ぎ過ぎじゃない?」


「交流を図るのは悪いことじゃないよ。ミドリとナカ○○は仕事の相棒でもある。お互いを知る機会というのは無理にでも作ったほうが良いだろう。」


「それはそうかもしれないけど。ねぇ、あの券まだない?」


「あれならクマモトさん達に言えばいくらでも手に入るよ。」


 クマモトさんとはハチミツ事件のクマハチその3~6である。動物と意思疎通が出来るので動物園で飼育係の仕事をしている。


 結局他人とは上手く馴染むのが難しく、男女2:2だったので籍を入れて一緒に暮らすことになったのだ。同じ境遇の者同士、上手く支え合ってやっているようだ。


「もう、私はマスターに誘ってほしいの!」


「妻と娘の目の前で?それなら先にそっちを誘うだろう。」


「パパー!動物園、行くの!?」


「おー、セツナは動物好きか?パパはペンギンが好きなんだ。セツナは何が良いんだ~?」


「キリンさん!ゾウさんも!あとね、あとね――」


 セツナが飛んできてマスターに抱きつくと一気に甘やかしモードになって可愛がる。完全にサクラは会話から締め出された形だ。


「うぐぐ。」


「どんまいサクラさん。でも順序的には、ね?」


「はい……いや、ちゃんと解ってるんですけどね。うーん、私も子供が出来れば寂しくないかしら。」


「ふふ、それだと忙しくなりすぎるかもね。でもサクラさんにだけ懐いてくれるかもしれないから、楽しいかもしれないわ。」


「あ、うん。奥さんもどんまいです。」


 セツナはお父さんっ子であり、何かあれば今みたいに飛んでいく。別に○○○も嫌われてはいないが旦那には勝てなかった。


 ○○○としてはもっと娘とのイチャイチャを楽しみたい所だが家族仲は全体的に良好なので、嫉妬は程々で抑えている。


「2人目出来たら私に懐いてくれないかなぁ。」


「むしろ、その生活でよく出来ませんよね。」


「一応計画は立てているからね。そこはちゃんとしておかないと。」


「私もあとで相談してみようかな。奥さん、後で彼をお借りしても?」


「はいはーい。」



「ようマスター。そのちっこいのが娘さんかい?」


「ええ、セツナと言います。ほら、挨拶して。」


「…………」


 抱きかかえらているセツナは話しかけたチーフを見るとマスターに抱きついて顔を合わせない。


「あ!ダメですよ。チーフじゃ子供が泣きだしますよ?」


「何言ってるんだ社長、馬鹿にしないでくれ。オレはお前がこんなちっこい時から遊んでやってた経験があるんだ。ほーら嬢ちゃん、おじちゃん怖くないよ~。」


 屈んで目線を落とし、笑顔でセツナに話しかけるチーフ。彼は実際にサクラが小さい時に遊んであげた事がある。


「……○○○○・セツナです。今年で4歳になります。」


「おー、ご挨拶できて偉いねぇ。セツナちゃんは大人になったら何になりたいのかなー?」


「パパのお嫁さん!いっぱい赤ちゃん産むの!」


「お、おう。お母さんに似て美人になるからきっと叶うぞー。」


 一瞬でテンションが上がったセツナの答えに、少し詰まるチーフ。前半は可愛らしい娘の発言として受け止められるが、後半はちょっとマセ過ぎというか、倫理的によろしくない。もちろんセツナは赤ちゃんについては何も分かってないで発言している。


 そんな大人達の反応を気にせず、フンスフンスと胸を張っているセツナ。マスターはデレデレで頭を撫で回している。


 挨拶の時も今年で4歳と発言したのも、少しでも大きく見せたい気持ちが有ったのだろう。恐るべき3歳児である。


「あらあら、娘がライバルになっちゃったわ。これはお婆ちゃんになってもお肌のお手入れが欠かせないわね。」


「「「わははははは!」」」


 周囲が微妙な空気になる前に○○○が冗談で和ます。彼女は出来る女なのだ。


 それから30分ほど経ち、○○○はセツナを連れて魔王邸に戻る。酔った男達の中に長居するのは良くないという判断からだ。


 大騒ぎしている探偵事務所の面々を眺めつつ、カウンターに座ったミドリはマスターに声をかける。


「今後を考えると、やっぱり名前は変えたほうが良いわよね。」


「そうだろうね。本名のまま活動すればいずれは、ね。」


「フジナカ・アオバか。本当にあの人の娘になったみたいで気に入らないんだけど……」


「彼も好きでああなったわけじゃないさ。もちろん君もね。」


「わかってる。もちろん貴方もでしょ?はぁ、世の中って理不尽よ。」


「だからみんな一生懸命に生きていくんだろう?」


 ミドリが復讐をするには理由がある。

 ナカ○○がその片棒を担ぐのにも理由がある。

 マスターが魔王呼ばわりされるのにも理由がある。


 それぞれが生きてきた結果、こうなっただけなのだ。


「でも追い風なのは確かね。今後の怪盗活動はどうするの?」


「いきなり議員を落とす訳にも行かないからなぁ。少しずつ輪郭を削っていって怪盗イヌキの知名度を上げていく。」


「大物は最後にとっておくのね。」


 もちろんマスターのチカラがあればヨシダ・ジュンジ議員を始末することは簡単だ。しかしこの国の経済の一部を担っているヨシダグループを一気に潰せば経済面で大混乱が起きるだろう。


 NTグループに買収をしてもらうにしても急激な変化は反発を招く。サイトがナイトを吸収した時にかなりの規模でテロリストを増産してしまった事をマスターは忘れていなかったのだ。


「まずは観光部門を崩して行って、情報や建築、不動産も――ともかくやることはまだまだ有るな。」


「そのようね。マスターさん私達のマネージメント、よろしくお願いします。」


「こちらこそよろしく。お、フウコさん何かご注文ですか?」


 その時人集りからフウコが出てきてヨロヨロとカウンターに辿り着く。


「マスター、烏龍茶をお願いします。」


「はい、お待ち!」


「母さん大丈夫?無理しないで休んで良いんだよ?」


「ちょっと若い気になっちゃったけど、トシには敵わないわね。ごめんなさいミドリ。兄妹は作ってあげられないかも。」


「あの男とそこまで!?」


「うーん。新生活を送るのに活力がないのはマズいか。フウコさんさえよろしければ、多少若返る事も可能ですが……」


「!?」


「マスターさん、詳しく聞かせて下さい!」


「単純に何年か時間を戻すだけです。ただ、微調整もあるので直接お身体を見て触れる形にはなりますけどね。」


「そんな事が?あ、でも私は良いけど……」


 チラリとミドリやナカ○○の方を見やる。


「私は気にしないわよ。やることは医者と同じ様なもんでしょ?あの男がどう思うとかは知らないけど。」


 言い終わる前からこちらへ向かってきたナカ○○が返事をする。


「呼んだかい?もちろん賛成だ。オレの安っぽいプライドよりフウコさんが元気に生きてもらえた方がオレも嬉しいよ。それにマスターに手を出すつもりは無いだろうしな!」


「なら決まりか。後で10歳程若返らせて、それが5年は続く様に細工しよう。あなた達の将来的にもこれなら問題ないでしょう。」


「まぁ、そんなに!?ぜひお願いします!できれば今からでも!!」


 その一言の後、一瞬でフウコとマスターの姿が消えてしまう。その事に驚いた頃には店の入口からマスターと、お化粧と衣装を変えたフウコが現れてこちらに見せ付けてきた。



「ミドリ、見てみて!本当に10歳若返っちゃった!」



「なんて美しい姿だ!まるで女神のような――」


「……はは、そりゃ魔王と言われるわけだわ。」


 ミドリは呆れて失言するが、それを咎められはしなかった。自分の母が急に若返ってオシャレして顔を赤らめている。


 その姿に最大級の称賛を送るナカ○○とその他の男達。


「あーあ、ここまで来ると悩むのが馬鹿らしいわね。私はフジナカ・アオバ。うん、怪盗も家族も頑張ろう!」


 急激な変化への抵抗を諦めたミドリ改め、アオバ。

 彼女は新しい環境に蒔かれた種であり、すでに芽が出始めている。


「マスター、私の身体も隅々まで調整して!」


 芽生えどころか花を咲かせそうな勢いで順応する事を選ぶアオバだった。


お読み頂き、ありがとうございます。

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