62 オレイ
「メグミ、先月の礼だ。受け取っておいてくれ。」
「ありがとう、ユウヤ!」
2010年3月、ある意味男の甲斐性が試される日。
先月に引き続き、全国的に甘味の流通量が増える日でもある。場合によっては金属だったり宝石だったりお金そのものだったり。
ともかく朝の食堂でホワイトデーのお渡し会が開かれていた。
「あ。カードが入っている。えっとユウヤ、ありがとう!」
「おう。これからもよろしくな。」
包のリボンにはカードが裏向きに挟まれており、ひっくり返すと”愛情の言葉”が手書きで書かれていた。
きっと口にするのが恥ずかしくてこの形にしたのだろう。メグミは嬉しくなって、いつも以上に抱きついて過ごした。
「あっちは相変わらずお熱いね。あれでメグミも安定してるから良いことではあるけどさ。はい、ヨクミさんとフユミさんもどうぞ。」
「私も貰って良いのかしら。」
「日頃からお世話してるんだからいいのよ。」
「その通りだけどそれは僕のセリフでは?」
ヨクミとフユミもモリトから可愛らしいラッピングのお菓子を貰って機嫌は良さそうだ。
フユミは業務の都合で本来は食堂で一緒になることは出来ないが、今日は日曜なので大目に見られている。今日は訓練は無いのだ。
「アイカ、エイカも。美味しいやつを選んだから試してくれ。」
「「やったー!ありがとうユウ兄さん、大好き!」」
双子にはちょっと高級なふわふわなお菓子をプレゼント。2人はメグミごとユウヤを抱きしめにかかっている。
「代わり映えしない食堂も、イベントの時は華やかね。それで、いとしのソウイチ君は何を用意してくれたのかしら。」
「いや、今はちょっと……」
「あらそう?まさか用意してないってわけじゃないわよね?一応付き合いだして半月になるのだけど。」
「それはフ……いや間違ってないが間違ってるだろ。」
ミサキはソウイチを追い詰めて遊んでいる。もちろん彼も用意してないわけではないが、微妙で奇妙な関係のミサキに対して距離感を慎重に測っているのだ。
友達感覚でここで渡して良いのか、後でこっそり感謝を伝えるか。ただでさえ女心がよく解らないソウイチには、普通じゃない関係は難しかった。もちろん正解なんてミサキも知るわけがない。
一方キッチンには大量の小麦粉……だけではないがお菓子の材料が積まれていた。
「売ってるものより私が作るほうが美味しいから、か。もう、ここの男性職員はお上手なんですからぁ。」
炊事管理担当のイダーへのお返しはお菓子の材料だった。バレンタインデー当日は日曜で、しかもテロに遭遇である。前日のお茶請けにチョコクッキーを焼いたのが好評だったのだろう。
そうでなくても普段から美味しい料理を振る舞われ、胃袋を掴まれた男達の感謝の気持ちの現われだった。
「せっかく頂いたものですし、張り切って作りましょう。アイカちゃんとエイカちゃん、喜んでくれるといいなぁ。」
今日は日曜で休日なのだが是非キッチンに来てくれと言われて学校に来たイダー。せっかくだからと生徒と一緒に食べようとお菓子作りにとりかかるのであった。
…………
「「おかえりぴょん!」」
「うわーーー、家にもウサギがあああああ!」
「「!?」」
同日。ホワイトデーのお返し祭りなマスターが身体の洗浄の為に魔王邸に戻ると、バニーコスのキリコとユズに迎えられる。
しかしマスターは喜ぶどころか恐怖で狼狽する。その姿に驚き不思議がるキリコ達。メイド長のカナが慌てて駆け寄ってくる。
「2人とも早く着替えて!旦那様、大丈夫ですよ~。ここは安全なご自宅ですよ~。性欲魔神の白い悪魔なんていませんからねー。」
兎人族の領地にお返しの人参ケーキを大量に持っていった所、自ら身ぐるみ脱ぎ捨てた彼女達に襲いかかられ絞り尽くされた。
ものすごい形相で精を求める彼女達にトラウマを植え付けられてマスターは一時的に情緒不安定になっているようだ。
サポート室でそれを見ていたカナは、急いでキリコ達を止めにきたというわけだ。でもちょっぴり間に合ってなかった。
「そうだ、ここは自宅だな。うん。そうだ!いっそ世の中から性欲を消し去れば世界は平和になるんじゃなかろうかっ!」
錯乱したマスターは世界を緩やかに滅ぼす提案をしてしまう。しかしこれにはカナが黙って従うはずもない。
「それだけはやめて下さい!旦那様のお痴ん痴んに欲情できない世の中なんて生きてられません!奥さん!奥さーーん!旦那様が賢者になってますー!至急回復が必要ですー!」
「あなた、もう大丈夫よ。すぐにギンギンにするわ。」
「パパ、もう怖くないよ。いいこいいこ。」
突如現れた妻に抱きしめられ、セツナはふよふよと飛んで肩車状態になるとマスターの頭を撫でる。娘なりに気遣ってくれているようだ。
その日、家族の優しさに触れることで徐々に正気を取り戻していくマスターだった。
…………
「うう、またやってしまった……」
「大丈夫です、師匠!まだチャンスはありますから!」
部屋で着替えながら落ち込むキリコとそれを慰めるユズ。マスターを喜ばせよう。そう思ってバニーコスで出迎えたもののタイミングが悪く、怖がらせてしまった。でもそんなマスターがちょっと可愛く見えたのは内緒である。
「せっかく勝率をあげようと頑張ったのになぁ。」
「マスターはきっと契約書をくれるはずです!師匠は可愛いんですから、自信を持って下さい!」
「ユズちゃんはいい子だねぇ。はい、クッキーあげる。」
「わーい!」
去年末に1人前の店員だと認められたキリコ。しかし交際契約書を貰おうと思うと上手く伝えられなかった。
そうなる為に頑張っていたのだが、イザとなると恥ずかしさが勝ってしまう。いやむしろ今までの心地よい関係が変わるのが怖いのかもしれない。
そこで思いついたのが、バレンタインとホワイトデーのシステムを利用して契約書を貰おうという魂胆だった。
”心を読める”マスターなら自分の考えを読んでくれて、今日この日に関係を進める話をしてくれるのではと考えた。
随分と勝手な期待をしたものだが、マスターならきっと……。
ぴん、ぽん、ぱん、クルックー!
『キリコちゃーん。旦那が話があるって!着替え終わったら寝室に来てね。……勝負所よ、頑張りなさいね。』
キリコの部屋に○○○の声が響く。その伝言内容に心臓が跳ね上がるキリコ。
「は、はい!今行きます!!」
「やったね、キリコちゃん師匠!ご健闘をお祈りしますっ!」
ユズはハンカチを振り回しながらキリコを見送るのであった。
…………
「マスター!ただいま参上しました!」
「ガフッ、キリコってそんなキャラだったっけ。」
バーンとドアを開けて変なオーラを纏って、瞬間移動のような速度でタックルをかます。マスターはベッドまで吹き飛んで息が出来なくなってしまう。
彼の悪魔的な部分は霊体なので別に呼吸は必要ないが、身体は人間と作りが同じなのでダメージは入る。
「落ち着いてここに座って――離れそうにないな。そのままで良いか。話っていうのはオレ達の今後についてだ。」
「うんッ!うんッ!」
期待を裏切らなかった彼の言葉に、キラキラした目で返事する。だが何故か変なオーラも同時に出ていてマスター視点ではちょっとだけ恐怖映像を見ているかのように思えてしまう。
「妻から許可、というより推薦状で往復ビンタされてる状況なのでキリコが望めばこの契約書を渡すことはでk」
「もちろん頂くわ!はい、サインもしたわよ!」
「何その早さ。恥ずかしくて口に出せないんじゃなかったの!?今までの関係がどうとか、だいぶ心が渦巻いてたでしょ?」
「目の前の獲物を見逃すハンターは居ない。」
今まで抑えつけてきた反動か、勢いよく事を進めるキリコ。
「お、おう。それで今後について希望はあるか?」
「それは私が決めていいの?」
「そりゃあね。カナ達のように急いでもいいし、ユズちゃん
達みたいにじっくり煮込んでも良い。もちろんオレからも希望は出すから、揃ったら話のすり合わせだな。」
各人との関係深度はカナとクマリが分をわきまえた愛人で、シオン・リーア・ユズが中学生入りたてレベルのお付き合いだ。
キリコは少し考えを整理すると一気にまくし立てた。
「まず、普段はいつも通りが良い!じゃないと仕事にならなくなっちゃうもん。たまにはデートに連れて行って欲しいし、セクハラは良いけどもうちょっと雰囲気を造って触って欲しい。あとあとマスターはお風呂でスるのもお好きですが、私の初めての時はベッドの上がいいです!」
『見てあなた!こんなに素直に育っちゃって!』
○○○が喜びのテレパシーを送ってきている。彼女は採用当初から気にかけており、思う所もあるのだろう。
「うん。それなら全部叶えてあげられるよ。まずは普通の恋人っぽくだね。次にオレの考えだけど、将来的にキリコは――」
マスターはキリコとの未来を語りだす。それはかなり先の事まで考えられており、キリコはどれだけ自分が大切にされているのか知ることになる。
「という訳で、オレと契約するとこんな感じになるだろうけど、それでも良いなら契約書を胸に入れてくれ。」
幸せで胸が一杯になりながら、既にサインされている幸福への通行手形を胸に入れる。
「私は店員、か。意地張ってたのがバカみたい。でも私は夢を叶える店員として必ず幸せになってみせるわ。」
「その意気だ。よろしくたのむよキリコ。」
「マスター、私を受け入れてくれてありがとう!これからもよろしくおねがいします!!」
キリコは全身から幸せオーラが溢れ出し、1ゲージ消費技の
ハート乱舞でマスターに抱きつきキスをするのであった。
「「「キリコちゃんおめでとーー!!」」」
イチャイチャする間もなく湧いて出てきた魔王邸メンバーがクラッカーとタンバリンを打ち鳴らしながら祝福する。
キリコはマスター夫妻だけでなく他の使用人達からも大切に思われているのであった。
…………
「自分で言うのも何だけどさ、オレなんて連れ出してどうすんの?」
「ワシにもわからん。」
「ボケ老人じゃねーか!」
某県某所。ゲンゾウの持つセーフハウスの1つにナカ○○は連れてこられていた。彼は1ヶ月前、自称魔王として逮捕された男だ。
「失敬な、ボケとらんわい。ただあのままじゃロクな目にあわずに殺されるだろうから、連れ出したまでじゃよ。」
自称魔王は裁判すら受けられない可能性があった。人類の敵を名乗った以上、法律外の力で死に追いやられる可能性は当然ある。さらに本当にチカラが強力だったので、ミキモト教授の実験材料にされる可能性もあった。
境遇には同情できるがやったことは許したくないゲンゾウ。それはマスターも同じだったが、人の事をとやかく言える立場でもないので助けることにした。何かチカラを活かした仕事でもあれば更生は可能と見たのだ。
「そいつは助かるけどよ、一応は改心?みたいな事を決意して足を洗った矢先に脱走とかどうかと思うわけよ。」
「悪人はすぐに足を洗ったアピールをするの。赤く汚れたのは手であろうし、黒く腐った根性は腹のなかじゃろうて。」
「辛辣だが間違ってはないな。んで、爺さんが用がないならオレはこの部屋でいつまで寛いでれば良いんだ?」
「お前さんを盗んだもう1人が仕事を見つける手はずになっておる。やつが戻らないと話は進まぬよ。」
「あのプロデューサーが仕事をねぇ……。オレを性転換させてアイドルにするのは勘弁してくれよ?」
「若者の発想が解らぬ。やはり老いたかのう。昔はもっと――」
「それはいいとして他のヤツラは?」
「そっちは全員打つ手なしじゃ。一度助かった立場を捨ておったのだから、当然じゃろう。」
アントは両者一致で全員見捨てられた。1人あたりの罪は自称魔王より軽いが、特に助ける理由もなかった。
「つまり今度はオレが後がないわけだな。おありがたい事に。」
「よく解っておるようじゃな。働くのは来月からになるじゃろうから、それまで大人しくしておるようにな。」
ゲンゾウはそう答えたが事実は少し違う。マスターが相手ならもう少しチャンス回数は増やせなくもない。とはいえ調子に乗られても困るので適当に話を打ち切った。
「ふん。逃げたりしないさ。そう仕込まれちまったし、もう行くところなんて無いしな。」
そんな声を背中で聞きながら外へ出るゲンゾウ。
ナカ○○は助ける代わりに大人しく言うことを聞くという契約をマスターと結ばされていた。今はもう暴れることはない。
部下の運転で自宅へ戻る途中、ゲンゾウは思案する。
(マスターはどんな仕事を持ってくるのであろうなぁ。)
チカラを利用したイベント系か?目立たぬ様に地道な工場系、もしかしたら農業か?聞く所によると、町おこしの時はすぐに用意したらしいが。
後輩があの男を助けたのは、性悪女が隠れ蓑にする予定だったと言ったかららしい。
ならば犯罪絡み?それは見過ごせなくなってしまうが……。
どっちにしろ蓋を開けてみなければ解らない。そう結論した彼は次の企画の方へ考えをシフトさせるのであった。
…………
「ささ、ケーイチさん。一緒にお風呂へ行きましょう。」
「なんでそうなる。」
「せっかく同棲始めたんですから、やってみたいでしょ?」
その日の夜、”2人の”部屋に戻ったケーイチはアケミから攻勢を仕掛けられていた。
2人は上司達の猛プッシュにより今月から同棲を始めている。
アケミは最初、喜びつつも無理に誘惑しようとはしなかった。
だが何日たっても進展が見られない毎日にしびれを切らす。
なのでこのままではダメだとホワイトデーに仕掛けたのだった。
「お前はもう少し恥じらいをだな。」
「恥ずかしいのを堪えてお誘いしてるのです。前にも言いましたが、私の身体は純真無垢とは言えません。だからこそ隅々まで確認の上で手を出してもらいたいのです!」
「心意気はわかった。オレだって既婚者だったし無垢も何も無ぇ。お互い確認の上でっていうのは分る話だ。だがそこまでがっつく必要があるか?オレはまだ心の整理もついちゃいないぞ。」
「ケーイチさんの方がよっぽど女の子みたいな言い訳ですね。この2週間ぜんぜん触ろうとしてくれませんし、なのに隠れてごそごそしてるし!空撃ちしても勿体ないだけです。それを私にしてくれればいいのに。」
「空撃ちってお前……うおっ!?」
呆れるケーイチの腕を取って胸に押し当てるアケミ。
「良いですか?何もしなければ心の整理なんて着きません。溜息と空撃ちを続けてたら、幸せも私の心も離れていきます。まずはその情欲を私に向けてください。いずれ溜息するのも忘れれば”私と幸せ”を手に入れる事が出来ますよ!」
整理とは要らないものを仕分けして捨てる事である。ぐちゃぐちゃのまま溜息ついてるだけでは何も変わらないのだ。
「どんな理論だよ。あれ?意外と合ってるのか?」
だんだんアケミ理論で洗脳され始めるケーイチ。そのスキを突かれてぐいぐいと脱衣所に引っ張られていく。
「はいはーい、まずは第一歩。ケーイチさんは脱がす派?脱がされたい派?それとも脱いでる所を観察派?」
「あれ?もう半分脱がされてる!?もう少しゆっくり話をだな。」
これがマスターなら聞かれる前に全て実行するだろう。交代で脱がし合いつつお互いじっくり観察するのだ。
ここに居ない者の話はさておき、アケミはどんどん進攻していく。ケーイチは抵抗らしき抵抗はしない。何故なら口では否定しつつも、ソコがとっくにその気になってしまっていたからだ。
「むむっ、引っかかりのせいで脱げませんね。男の人ってその気になると抵抗があるって変な習性ですよね。」
うんしょよいしょと試行錯誤するアケミの絵面が不健全に見えたケーイチはついに観念する。
「わかったわかった。オレの負けだ。自分で脱ぐから離してくれ。」
するりと慣れた手付きで下を取り払うとバスタオルを巻いておく。
「うぬぬ、もう少しキチンと見たかったのですが……じゃあ次は私のをお願いします。じっくり見ちゃだめ、いいですよ。」
「どっちだよ。それじゃ失礼するぜ。」
丁寧に脱がして下着姿にすると正面から後ろに手を伸ばして胸の下着をするっと取る。程よい大きさのそれがぷるんと重力に引かれてあらわになると、ゴクリとツバをひと飲みする。
「あー、やっぱり手慣れてますねぇ。奥さんとは比べないで良いですからね。どうです?私のはお気に召しますか?」
「ああ、とても魅力的だ。次は後ろを向いてくれ。」
「ははーん。クールな顔してえっちですねー。」
意図を察したアケミが照れながらも後ろを向く。
最後の一枚に手を掛けてゆっくりと降ろされ、それを回収しようとかがむとケーイチの目の前にはアケミの香りが広がった。
「はい、おしまいでーす。このままだと冷えちゃうので、続きはお風呂で見てくださいね。」
くるっと周りながらバスタオルを着けるとケーイチを引っ張っていく。
正確にはバスタオルを引っ張ったので、銃身とカートリッジが丸見えになってしまう。
「あ、こら!今の絶対わざとだろ!」
「しりませーん。ほらほら、早くこないと風邪引いちゃいますよ。」
いちゃつきながら一緒にお風呂を堪能する2人。
お互いに見た目や触り心地に香り・体温・味すら確かめながら洗い合う。我慢できなくなって、ベッドで体力の続く限り情熱を確かめあった。
「すまない、まだ覚悟が決まってもないのにオレは勝手に……」
「そう仕向けたのは私ですから。奥さんの事、忘れなくてもいいので空撃ちするくらいなら私に下さいね。全部受け止めてみせますから。」
再度お風呂場へ移動してお互いを洗い合う。
(だが心配されていたチカラの暴走は無かったか。チカラを自覚したりテロ騒ぎのおかげで制御できているのか?ひさしぶりの行為のせいか、えらく興奮してしまったが。)
(無事に終わることは出来たけど、少しチカラが漏れたかな?ケーイチさん、最初は着けてくれたけど3回目以降はずっと……。でもこれくらいなら制御できてる範囲でしょう。)
2人とも、8回も致すのは新記録であった。どうやらケーイチのカートリッジにチカラを注いでしまったらしく、彼の勢いを加速させてしまったようだ。というかアケミの方はきちんと平和に終わったのが初めてである。
学生時代はこういう雰囲気になるだけで、相手が突然苦しみだして病院送りになる。なんて事が何件もあったのだから上々の結果だろう。
その所為で反感を買ってしまい、仲間を集めて報復に来られたのは酷い恐怖体験だった。
どれだけ自分を責められても当時は何も解らない。強引に廃墟に連れられ怨恨と暴力の権化達に囲まれた。
その時も無意識でチカラは発動してはいたが多勢に無勢だった。
だが強烈な痛みを受けた瞬間に、感情が爆発してチカラが暴走。男達は次々と倒れていくことになる。
もちろんアケミ本人はよく解っていない。恐怖と痛みに感情が荒ぶり気がついたら事は既に終わっていた。
痛みに耐えながら必死に逃げ出し、今も生きている。
倒れた男達は後に発見されて病院に送られるが、再起出来た者は1人も居ない。
なぜ彼女のチカラでそんなことになるのか?過度の生命力を保有しても身体が耐えきれないのだろう。
(我ながらあれでよく男性恐怖症にならなかったわね。大学の時はショウコが助けてくれてたからかな。)
(彼女が過去に怖い目にあったのは知っている。だがオレなら問題ないのか?これはオレが何とかしろという運命だと思うのは傲慢だろうか。)
(キチンと全身愛撫をしたからうまく分散したのかしら?それとも私の制御が上手くなった?どちらにせよ幸せよね。)
2人は抱きしめ合って体温や呼吸や鼓動を確かめる。
「とても、気持ちよかった。オレは幸せものだな。」
「嬉しいです。ケーイチさんにそう言われて私も幸せ者です。」
(いい笑顔だ。彼女とならやっていける……か?オレは本当にトモミとの関係を破棄して良いのか?)
(これで一歩前進かな。あ、でもピルは飲んでおかないと。アレ気分悪くなるのよね。でも子供は計画的に作らないとね。)
初めて関係を持つも少々ズレた考えの2人。
心が読めないからこそ、先に進める何かがあるのかもしれない。
…………
「そうか。ご苦労だったな。あんたの働きは覚えておこう。」
「いえいえ、これも先生のお力あってこそです。」
都内の料亭で国会議員のヨシダ・ジュンジと、見た目からして長年修羅場をくぐり抜けてきたであろう強面のアライとの会談が行われていた。
ヨシダは30代の半ば程、現与党の財務局長を任される逸材だ。彼はスーツを身に着けきりっとした顔立ちを、若干崩しながら渡された書類の確認を終えて日本酒をひと飲みする。
アライは50代ほどの男で紋付羽織袴を装備。顔には今までの人生が滲み出ておりとてもカタギには見えない。
「しかし面白いものが手に入った。この温泉地での新商品は防衛省のアイツとの交渉にも使えるだろう。」
「私にはわかりかねますが、先生のお役に立てて何よりです。顔つきもお父上に似てきました。お父上も良いことがあった時はそのような表情をされたものです。」
「長年の思いが叶って政権も取れたというのに残念だよ。魔王気取りの犯罪者に殺されなければ、父が総理を務めていただろうにな。惜しいことをしたものだ。」
「全くその通りです。ですが父上の意思を引き継ぎ、その若さで党の幹部を任されるジュンジ先生はご立派でございす。」
「この程度では満足できん。兄がもう少し優秀なら役に立ってもらうところなのだが……あんな特殊な色狂いになるとはな。」
「ジュンイチさんの事は私らが見守っておりますのでご心配は無用でございます。さて、此度は報酬を頂きすぎましたのでこちらはその礼を意を込めた贈り物にございます。」
アライはあまり優秀ではないジュンジの兄の話を打ち切り、黄金色の菓子を贈呈する。この手のものは古くからの伝統である。
その箱の上には2枚の写真が乗せられ、2人の女が写っていた。
「この写真の女は?」
「はい、此度の仕事の副産物です。入手は時間の問題ですので、御用がお有りでしたら親子を揃えてお届けに参ります。」
「うむ、悪くない。今後も頼むぞ。」
「はい、これからもウチをご贔屓にお願いします。」
その後は値段と見た目と本来の味以上に美味さを感じる料理を肴に、極上の酒を味わう2人であった。
ヨシダ・ジュンジはご機嫌だった。
事の始まりは先月。彼の運営する企業グループの観光部門に売り込みに来た男が、画期的な商品を紹介したことだった。
最初は話半分で聞いていた。この手の売り込みはよく有る話で、話を盛りすぎて肩透かしも多い。
それなりに金になりそうなら有利な取引を交わしてゆっくり吸収してしまうつもりだった。
だがその商品の構造・理論の説明を受けた時、できるだけ早く全てを奪う事にした。
それは防衛省が管理している特殊部隊、その責任者が研究を続けているモノの完成形だったからだ。
正確にはその研究の行き着く先の、1つのカタチと言うべきか。それが民間レベルで可能であるのなら、抑えておけば彼らに多大な恩を売ることができるだろう。
しかし古来より組織に綻びが生まれる第1歩は、金と女である。
無理を通した結果、代償という名の世界の役人が音もなく忍び寄って来ることを彼は解っていなかった。
お読み頂きありがとうございます。