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61 ジバク

 


「トキタさんに会えるなんて!本日はよろしくおねがいします。」


「こちらこそ、モニターの向こう側の美人と会えて光栄ですよ。」


「ぶー……あのヒト近い。お化粧も香水も胸元も……ブツブツ。」



 2010年2月20日。今日は民放のインタビューの収録である。

 ケーイチがアナウンサーと挨拶を交わして対面で席に着く。


 アケミはカメラマンの後ろでジト目でお相手を見ている。

その相手の目は明らかに獲物を捕る目だ。


 ケーイチは2005年にサイトの情報が開示された際、英雄扱いだった。半世紀に及ぶ裏社会の戦いを終わらせた1人なのだから当然だろう。

 ここ数年は特殊部隊・訓練学校に携わっていた為、情報はウワサ程度でしか出回っていなかった。


 そんな人物が表に出てくるとあって、値踏みや唾を付けようとする者達が多いのはある意味仕方のないことなのだろう。だからといって納得できるアケミではないのでモヤモヤしている。



「トキタさんは秩序を守った英雄とお聞きしてますが――」


「英雄だなんて、昔も今もまわりの支えが有ってこそ――」


「そんな謙虚なトキタさんですが、かつては現代の魔王と――」


「よく知ってますね。彼は優秀なチームメイトで――」


「辛いお気持ちはお察しします。それでも彼を追って――」


「ええ、情報提供や入隊希望はサイトまで――」


「サイトと今の特殊部隊ではどのような違いが――」


「目標は同じですが、役割が違います。サイトは各地域で――

対して特殊部隊はプロを派遣して事件の沈静化を――」


「なるほど、常駐勤務と緊急時の臨時職員のような――」


「サイトは特に年齢制限は設けておりませんが、特殊部隊では多くの訓練を重ねていく必要があるので若いチカラを――」


「よく解りました。貴重なお時間を頂きありがとうございます。最後にテレビを見ている皆さんに一言お願いいたします。」


「現代の魔王を逮捕する。皆様のその期待に応えられるよう努力していくつもりです。」


 インタビューは流れるように進行する。台本通りである。

 一応ミキモト教授も(監視で)同席しているが、順調に事は進んだ。



「お疲れさまです、トキタさん。優しい人で助かっちゃいました。」


「こちらこそ上手くリードしてもらって助かりましたよ。」


「本当ですか?やったぁ!あの、よろしければこの後一緒にぎゅむ!」


「お疲れ様です、ケーイチさん。ほら、早く行きましょう?」


 不穏な流れをその身を呈して阻止したアケミはケーイチに引っ付いて離脱を急かす。阻止された方は可愛くムッっとして口を挟む。


「ちょっとあなた、急になんですか!」


「貴女の方こそ、私の婚約者に色目使わないで下さい!」


「こん!?」


「プロポーズはしてないけどな。すまないが失礼するよ。」


「視聴者ランキング上位の私があんな子に負けるなんて……。いえ、英雄色を好むと言うし、私にもワンチャンあるかも。むしろ英雄の彼女とか取材すべき対象じゃない!?」


「お姉さん、口に出すぎじゃよ。」


 ミキモト教授がツッコむが彼女は聞いてない。


「待って、トキタさん!一緒にお昼を!彼女さんとの事を少しお聞かせ頂いても良いでしょうか!?」


「うーむ。やはりトキタ君にはモテる何かがあるのかの。」


 勢いよく追いかけるアナウンサーを、ぽかんとした他のスタッフと見送る教授だった。


 彼は面白そうに解散メールをケーイチに送ると、偉いスタッフと昼食に向かうのだった。



 …………



「まったくもう、失礼しちゃうわ!何が私は本当に英雄の彼女に相応しいか!?よ。自分こそ厚化粧を鏡で見てから言いなさいよ!」


「まぁまぁ。追い払ったんだし、あの人の事は良いじゃないか。」


「あーん。」


「小鳥の真似か?」


「ケーイチさんもデレデレしてたし、お詫びあーんを要求します!」


「可愛い賠償請求だな。ほれ、どうぞ。」


「んー、もぐもぐ。もっと情緒が欲しいとこですが……」



 局内の食堂だと落ち着かないので外の小綺麗な食堂に入った2人。ケーイチ的にはアケミをオシャレなお店に連れて行ってあげたい男心が芽生えてたのだが、彼女がそれを制した。


 テレビのお昼のニュース、その”特集”を見たかったからだ。



「それよりそろそろ始まるぞ。」


「そうだったわね!ソウイチ君達のハレ舞台!」



「今日の特集は最近話題の政府の特殊部隊についてです。本日はゲストとして、現役の若手隊員に来ていただいています!ゲストの方を呼ぶ前に、まずはこちらのVTRをどうぞ!」



 バレンタイン以降、ケーイチ達特殊部隊の面々は教授の意向で少しずつメディア露出する事になった。


 今日はソウイチとミサキがケーイチ達の取材とは違う局で、生放送に挑戦するという本当に挑戦的な企画に参加している。

 一応サワダが引率者兼監視役として付いているが、まだまだ子供の2人に任せるのは気が気ではない。


 何故この2人かと言うと、単純に年齢の問題である。教官が出られない以上最年長を出すしか無い。


 彼らは今年で16歳であり、まだ2月だが無理矢理に義務教育過程を終わらせた事にして出演する。


 そうでない者を出演させると色々とうるさい輩も多いのである。


 現実は義務教育という言葉は廃品回収業者に不法投棄させて、戦闘やサバイバルに関する講義と訓練ばかり行っている。しかも16歳以降も何も変わらない非常な現実が待っている。


 それはともかく、焦らされたアケミは露骨に表情に出していた。


「残念、すぐ出るわけじゃないのね。一々情報を出し渋るのは良くないと思うのよ。ネットなら見たい時に見られるのに!」


 まだ教え子たちは出てこない。


 どうやら焦らして視聴者の興味を引きつける作戦のようだ。今は年表やら解決した事件の再現映像で煽っている。


「まぁまぁ、焦らなくて良いじゃないか。オレも早くヤツラの緊張したカオは見てみたいが、テレビも”計算された様式美”ってモンがあるんだろうからよ。」


「おや?お客さん、特殊部隊の関係者なのかい?そっちの彼女さんはたしかクリスマスの時に――」


「それは忘れて下さい!!」


「あぁ、教え子がゲストで出るんだ。」


「へぇ、ってことは教官さんかい!すまねぇがサインを貰ってもいいかい?もちろん今日はお代はいらねえ!」


 店主らしきおっちゃんがソワソワしだす。

 今話題の特殊部隊の教官。そのサインと来店事実があれば多大なる集客効果待ったなしである。


 その店主の様子を見たお客さん達も、こちらに興味を示し始める。


「どーしよケーイチさん!私サインの練習なんて毎日30分しかしてないんですけど!」


 最近は増員されて残業が減ったので、浮いた時間に料理のレパートリーを増やしつつ格好良いサインを研究していた。


「そんな事してたのかよ。裏方仕事なのに需要あるか?店主さん、サインは構わんが特集が終わってからでにして欲しい。」


「ええ、もちろんですとも!教え子さんのハレの舞台を全員で見守りましょう!ささ、始まりますよ。」



「はい、というわけで特殊部隊所属の若手メンバー!タカヤマ・ソウイチさんとナカジョウ・ミサキさんです!」


 アナウンサーの紹介と同時に隊員の制服を着た2人がカメラに映る。歳の割に貫禄のある身体つきのソウイチと、緑色の髪と整った顔のミステリアスな雰囲気のミサキが拍手で迎えられる。


「「こんにちは、本日はよろしくおねがいします!」」


「ほう、あの若さですでにいい目をしている。」

「見ろよ、服の上からでも鍛えられてるのが判るぜ。」

「あっちの美人ちゃんの目つきも良いねぇ。」

「謙虚な立ち振舞いも好感が持てるな。」


「教官さん、良いお弟子さん達を持ったねぇ。」


 口々に店内のお客さんや店主さんが褒めるが実際の所、2人はガチガチに緊張しているだけだった。


 日頃の訓練のせいか、席につく動作は謙虚なソレに見えるが判る人は判るのだ。


「くくくっ、あの無鉄砲なソウイチが一丁前に緊張してるぜ。」


「意外!強気なミサキちゃんもプルプルしてて可愛いわ。」


 ソウイチは敵意ならともかく、好奇の目で見られることに慣れておらず戸惑っているようだ。

 ミサキは閉じたコミュニティで生きてきたので、そもそも大勢の人間相手が大の苦手なのである。


 だが口を開かねば好感が持てるであろう2人。本番はここからだ。


「ソウイチさんはなぜ特殊部隊に入ろうと決意されたのでしょうか。」


「は、はい!無理矢理知らない部屋に連れゴフッ!」


「父ガ魔王事件ニ巻キ込マレテ、正義ノ心ニ目覚メタカラデス。」


「この豚野郎、台本忘れてんじゃないわよ。」

「初手で罵倒ぶちこむんじゃねえよ、ドS女め……」


 要らぬ事を言い始めたソウイチに制裁を入れて、彼の背中に取付けた人形のマイクから腹話術で台本通りのセリフを読み上げるミサキ。


 しかし本人達は小声のつもりの口論も、テレビ局の高性能マイクが拾ってしまった。結果、視聴者達は闇を感じてしまう。


「仲が良いのですね。さすがは国を守る特殊部隊の方です。ところでソウイチさんのお父さんは有名なボクサーだったとか。」


「はい、2回チャンピオンになってます。そんな父を手に掛けた現代の魔王を超えてオレが世界一にゴフッ!」


「ゴホン、魔王ヲ捕マエテ世界ヲ平和ニスルノガ目標デス!」


「この陰湿女、さっきから見えない角度で――」

「黙りなさい、台本も読めない脳筋豚め。」


 もちろんこの音声も全国のランチタイムに垂れ流しである。


「えと、素晴らしいお考えですね。そしてお隣のミサキさんですが、どのような経緯で入隊なされたのでしょう。」


「わら、私の家は古来より悪と戦うスベを磨いてきマシタ。国の要請あらばチカラを貸す約定を基に参戦シタ次第です。」


「無理に猫被って声裏返ってんぞ。なんの合成音声だよ。」

「うっさい死ね、ひき肉にしてやろうか。」


「ゆ、由緒正しき家系なのですね。ひきにk、ソウイチさんとは仲が良いとお見受けしますが、2人は同じチームでご活躍だとか。」


「彼は見ての通り馬鹿でスケベなのでクッ!!」

「彼女は見ての通り毒がキツくてゴフッ!!」


「完璧なコンビネーションですね!これなら未来も明るいことでしょう。」


 一生懸命スルーとフォローをしようとするスタジオ内だが

 視聴者は唖然、関係者は真っ青である。


「うははは、ソウイチのやつ生放送で夫婦漫才してるぞ!」

「ミサキ、頑張って!」

「これ後で上に怒られるんじゃないの?」

「お、お腹痛い。すたじおの皆、冷や汗ダラダラじゃない。」

「「2人とも仲良しだね!」」


 一方、ユウヤとヨクミは食堂のテレビの前で大笑いしていた。メグミは本気でハラハラしてるし、モリトは頭を抱える。アイカとエイカは同チームの兄と姉の出演でニコニコ顔だ。


 その後、CM中にスタジオにマットが敷かれて2人の実力アピールコーナーの準備がされる。


「2人とも、ちょっと普段のノリを抑えてくれないか。このままじゃ監督役の僕まで教授に怒られちゃうよ。」


「「すみません……」」


 さすがにマズイと思ったのか、サワダに素直に頭を下げる2人。


「はい、それではですね。特殊部隊のお2人にはほんの少しだけその実力を見せて頂こうと思います!準備は良いですか―?」


「「はい!」」


 ソウイチ達は敷かれたマットの上で向かい合い、簡単な組手を始める。


 主にミサキが攻めにまわりソウイチがそれらを捌く。

 たまにわかりやすいソウイチの大ぶりをミサキがかわして反撃、それをソウイチは軽く投げで流す。ミサキは着地して最初に戻る形だ。


「「「おおーー!」」」


 パチパチパチパチパチ。


 それを2分繰り返した後、一旦中断すると拍手が沸き起こる。


「すごいです、何という速度と技術でしょう!これが国を守る力の一端なんですねぇ。次はいよいよチカラのお披露目です。

 お2人とも、よろしくおねがいします!」


「「はい!」」


 ゴクリ。誰かが生唾を飲み込む気配がした。

 それは本人達かスタジオのスタッフか、様々な思いを抱いて見守る視聴者達のものか。


 ミサキは人形を1体だけ取り出して宙に浮かばせる。

 ソウイチは重力を強めにして彼を中心にマットが沈む。


「「…………」」


 目線で合図をするとパフォーマンスを開始する。

 ミサキの人形が夏の虫のようにソウイチを撹乱しながら持たせた拳銃エアガンを周囲を飛び回って連射する。


 タンタンタン! ポトポトポト。


 しかし強力な重力の為にマットへ落下するBB弾。ミサキ自身も左右に回り込みながら拳銃で狙いをつけようとする。


 ソウイチも負けじと重力波で人形を牽制しつつ接近を試み、ミサキを組み伏せにかかるがその直線的な動きをあっさりと横に避けて距離をとってくる。


 今度はソウイチが拳銃エアガンでミサキを狙い撃つが、人形によって弾かれる。


 この短時間で結構な数のBB弾をバラ撒いているが、マット外に散乱したのは1発もない。実は重力操作で全てマットに沈んで散らばっていない。


 それに気がついた視聴者は興味深そうにソウイチを見ていた。


(私が目立つわけにも行かないしね。ソウイチには過剰にチカラを使ってもらって隠れ蓑になってもらわないと。)


 これについては台本にはないが、ソウイチとは同意済みである。


 パン!パン!パン!


 ミサキの拳銃が火を吹き弾丸が発射される。


 そう、ミサキ本人の拳銃はエアガンではなく本物だった。


 ソウイチは胸のあたりに飛んできた弾丸を、その逆方向へ高重力を向けて減速させ、3発とも指で摘んで止めてみせた。


「このように拳銃くらいなら指で受け止めることも可能です。」


 カメラ目線でソウイチがにこやかに宣言するが、突如実弾を発砲されたスタジオ内はうまく言葉を紡げない。


「あの、それ、ほんものですか?」


「ん?それ以外の何に見え――」


「おっと待って下さい。ゴム弾ですよ。実銃なんて撃つわけないじゃないですか!ほら弾力もありますし、ね?ね?ね!?」


 サワダが慌てて割って入って弾を奪うと細工して安全性を

 アピールし始める。薬剤かチカラか、どうやったかは解らないが納得させた。


 彼の父のチカラは「伸縮」だった。もしかしたら似たようなチカラが使えても不思議ではない。


「中断させてしまってすみません。ゴム弾とはいえ指先だけで受け止めるなんて、とても素晴らしい実力をお持ちですね!」


「事件の時には実弾を相手にしてますからね。これが出来ると便利なんですよ。」


 悪びれること無くソウイチは余裕そうに語りだす。

 そのまま一旦CMに入って有耶無耶にするようだ。


「ミサ姉さん、銃撃っちゃったけどいいの?」

「ソウ兄さんの反応からして大丈夫そうかな?」


「いやいや、これ説教や始末書で済めば良い方だからね。」

「ふーん、やるじゃない。近い内に私も――」

「ヨクミさんは対抗心燃やさないで。」

「ヨクミさんはテレビ出ちゃダメでしょう。」



「ケーイチさん、ミサキちゃんに銃刀法って教えました?」

「当たり前だろう。ただまぁ護身用に一丁持たせてるが……」

「お嬢様だものねぇ。何かあったら大変なのは分かるけど。」


 ゴム弾ってことで誤魔化しているが分かる人には分かる。なにせ訓練で自分達が良く使っている銃なのだから。そうでなくてもマニアな方々なら発砲音でバレバレだろう。


「ミサキ、やっぱアレはまずかったんじゃないか?」

「仕方ないでしょ。エアガンは1人1つしか用意してないし。」

「台本だとそれで足りてたからなぁ。」


「君たち本当に勘弁してよ……台本通りで良いんだからさ。」


 サワダは泣きそうだ。機密満載の特殊部隊が態々メディアに出てスキャンダルを広めるなんて馬鹿げている。


 なんでそんな自爆行為をせねばならないのか。


 これでは部隊のカリスマ性をアピールして世論を味方につけ、融資を増やそうという作戦が水の泡になってしまう。


 番組では何事もなかったかのように天気予報やニュースを読み上げて進行している。どうやら独占ロングインタビューは諦めたようだ。


「それでは最後になりますが、特殊部隊のお2人から見てくれている人達になにかお伝えすることはありますか?……事前に決めた通りにお願いしますね。」


 アナウンサーが話しを振ってくる。最後の一言は小声で言ったが勿論マイクが拾っていてスタジオ内や視聴者からは失笑が漏れる。


「我々は現代の魔王の横暴は必ず止めます。もし手を借してくださる方がいらっしゃいましたらこちらの番号にお願いします。」


(良かった。最後はちゃんと言ってくれたわね。)


 アナウンサーは心底ほっとしていた。しかし……


(ソウイチの癖に格好つけちゃって!コレが全国に流れるなんてちょっと癪だわね。)


「何か豚が格好つけてるけど、訓練は厳しいわ。でも全部丁寧に教えて貰えるから、安心して連絡して下さいね。」


 ニコッと大抵の男なら見惚れる笑顔で〆ようとするミサキ。


「猫撫で声のドS女が何か言ってるが騙されないでくれ。こいつは笑顔で人の尊厳を踏みにじゴフッ」


「こいつは優しい顔して女風呂をのぞキャッ!」


 余計なことを言い出したソウイチの脇腹をドSパンチでつつく。反撃でミサキの柔らかな脇腹をくすぐるソウイチ。


「この豚野郎!全国放送で何晒してくれてんの!」


 ミサキの渾身のビンタ……ではなくゲンコツが彼の顔面に向けて伸びはじめる。



「そう簡単にやられるか、重力で反らしてやる!」



 ミサキのコブシは急激に下方向へ向けて振り下ろされる。

 その先に在ったモノは……



 カァーーーーン!



「ぐおおおおおおおおおお!!」


 大事な所を高重力の振り下ろしパンチで痛めたソウイチは、ソコを抑えながらスタジオ内を転げ回る。


 タイミング良くゴングのSEを入れたスタッフは、正しくプロと言って良いだろう。


 ミサキはお手製ソウイチくん人形を彼の席のテーブルの上に置くと、


「楽シイ仲間トやりがいノアル訓練。充実シタ未来ヲ取り戻ス為ニミナサマ応援ヨロシクお願イしマス。」


 腹話術を披露しながらにっこり笑顔でカメラに手を振るのであった。


(やだもう、初めて男の子のアレを触っちゃったわ!)


 各方面に全力土下座のサワダと悶え続けるソウイチを尻目に、ミサキは顔を赤くしながら右手の感触を思い出していた。



「「「…………」」」



 食堂内では沈黙が支配していた。ケーイチは頭を抱えてアケミは顔を手で覆っている。


「教官さん、忙しいだろうしサインは遠慮するよ。あとお代は2人で1800○(円)な。」


「「はい、お騒がせしました……」」


 ケーイチは2000○渡すと釣りも領収書も受け取らずにアケミと一緒に外へ出た。


「あの2人には特別訓練が必要だな。」

「任せます。私がいくらでも治すから。」


 大恥をかいて赤くなる2人は何も知らない人からすれば初々しいカップルに見えたかもしれない。



 …………



「結局お前まで目立ったら、台本無視した意味が無いだろうが。」


「あんたが変に格好つけてるからよ。私まで恥かいたわ。」


「ミサ姉さんもソウ兄さんもそれくらいでね?」


「私達は楽しかったよ?ユウ兄さんもヨク姉さんもお腹抱えて大笑いしてたし!」


「「はぁ……」」


 2月20日の夕方。ソウイチ達は特別訓練学校に戻っても

 言い合いを続けていた。しかしその言葉には覇気がない。


 今はミサキの部屋に集まっているが、生放送の後 昼食も食べる暇なく連行されて防衛省のお偉いさんに怒られた。


 その後はミキモト教授と助手サワダ。最後に教官が仁王立ち。まさにお説教のフルコース、メシは抜きだがお腹は一杯だ。


「しばらく誂われそうね。あっちは出演できないのはズルイわ。」


「ユウヤなら言い返せるけどヨクミさんには敵わないしなぁ。」


「私達も兄さん達を助けられたらいいんだけど……」


「お前らが出たら世界中から叩かれるからな。」


「それにアイカ達はチカラがバレたら洒落にならないわよ?」


 日本は秘密裏に少年兵を使ってるなどと囃し立てられるだろう。


 だが実はこの双子こそが特殊部隊で1・2位を争う強さとは誰も思いもしないだろう。


 平行世界と自由に交信できる。それは強いと言うよりズルい。それこそ魔王級のチカラなのだ。


 上司達も双子が別の世界と交信出来るのは知ってはいるが、あくまで”今後自由に出来るかも”という可能性だけだ。


 訓練でも上手く加減して隠しているので、実は既に自由に使えるという事はバレた様子はない。


「バレねえように……しないとなぁ。」


「あっちのチームとも話は付いてるし、実家も”一応”協力的よ。あとはアイカ達が16歳になる前までに準備を終えて――」


「後はタイミングも重要だよな。遊園地に行くんじゃ無いんだし。」


「「でも、私達の面倒までいいの?」」


「子供は気にしないの。それに住み分けって大事なのよ。普通とそれ以外とでね。でないとすぐに食い物にされるわ。」


「だがいいのか?学校中が盗聴されてるからデート中にこの話を持ちかけたんだろう?」


「こことヨクミさんの部屋は無力化してあるから平気よ。」


「ああ、あの時チンマイ部品をいろいろ買ってたもんな。」


「ミサ姉さんはスパイみたいだね!」

「頼れるー!」


 自身を拡張して他者を操る秘術。その考え方の応用で盗聴に気が付き対策もする。人ゴミは苦手だが陰湿さでは敵う者は少ない。


「ふふーん!そうだ、ソウイチ。あんた、周りには私と付き合ってることになさい。」


「「キャーー!!」」


「な、なんでだよ!この流れでオカシイだろ!?」


「頭まで豚になったの?事ある度に私の部屋に来る口実の話よ。」


「あ、あぁそういう……焦ったぜ。どんなツンデレかと。」


「あら?もしかして期待させちゃったかしら。ようやくあの時の責任でも取る気になった?覗き魔のお豚さん?今まで何晩何回、妄想の中で私をXXしたのかしら。」


「くそっ、わかったよ。好きにしやがれ。」


 ソウイチはこれ以上追求されるのは良くないと判断したのか、顔をそむけつつもぶっきら棒に同意する。


「「きゃーー!!ミサ姉さんおめでとう!」」


「いや、ただのフリだからね!?」


 双子は大はしゃぎではあるが、あくまでフリの同意を得ただけだ。天井では風精霊が口に手をあてながらニヤニヤしてるが、霊体なので当然4人からは見えていない。


 ともかく、安心して”退職”の為の計画を進める4人だった。



 同日の就寝時間、ミサキは火照った顔でベッドに潜り込んでいた。モジモジしながら先程の会話を回想する。


(回数を聞いた途端大人しくなった……つまりは、ゴクリ。)


 着実に外堀を埋めていくミサキではあったが、割と自爆技ではなかろうかと自覚し始めていた。


 ちなみにこの方法はメグミと編み出したものである。

 実際に男の子と付き合い、触れ合うには自分は未熟でまだ早いと考えるミサキ。最近のデート等でそれは承知していた。


 その意志を汲んだメグミは、なら他に取られないように外堀を埋めれば良いのではと提案したのであった。


 自らの心の外堀まで埋めてしまうのは確かに自爆技ではあるが、世の中そんなもんである。



 …………



「そんな訳で町の実権はほとんど父が手に入れたわ。」


「それはめでたい。今度お祝い持って挨拶にいくよ。」


「ふふ、ありがとう。ほとんどマスターのおかげだよ。あとは市になれば完璧ね。」


「もっちゃんならきっとすぐランクアップできるわ!」


「すみませーん。」



「「いらっしゃいませ、水星屋へようこそ!」」



 2月20日の23時過ぎ、神奈川県の温泉地で営業をしていた

 水星屋におそらく最後の客であろう男が入店する。

 顔に赤みが差しており、既に飲んで来た後なのだろう。


「よくぞ参られた、この硫黄漂う悪魔の地へ!まずは悪魔の釜で羽根を休めし竜のアギトに――」


「ここの所、お客さん増えてきましたね。」

「サクラのホームページのおかげかな?」


 すかさずキリコが接客に出向き、料理の準備を始めるマスターにサクラが感想を伝える。


 彼は今日で12人目のお客さんであり、休日営業では公安を除けばトップクラスの客入りだ。


 すでにテンプレさんも終わっており、売上的にはホワイトデーのお返しを高級品にしても充分支払えるであろう額を手に入れていた。


「む?カードは使えないのか?」


「すみません、ウチは現金のみとなっております。一応ツケもできますが当店は移動式の為、ATMも終了した今ですと少々面倒なことになりかねません。」


「ふむふむそうか。しかしシメのラーメンは惜しいな。一筆書くのでよろしく頼むよ。今は現金を持ち合わせてないのだ。」


「わかりました。ご住所もあればお伺いすることも出来ますので。」


「これで良いかな?これから少し忙しいから、支払いは来月の終わりくらいでお願いするよ。ではとんこつラーメンを頼む。」


「はい、承りました!こちらへどうぞー!」


「はい、お待ち!替え玉は2玉まで無料ですのでお気軽にどうぞ!」


「ありがとう、なんていい店なんだ。なぁ店長、この街に居着くつもりは無いかい?」


 お客さんは嬉しそうにらーめんを食べながら水星屋を褒める。


「嬉しいお誘いですが、ウチは色々と事情がありましてね。広くとんこつラーメンを広めたいんですよ。」


「夢があるのだな、結構結構。無理にとは言わないさ!」


「お客さん、ご機嫌ですが良い事でもありました?」


「お嬢ちゃんは慧眼だな。わかってしまうか!」


 誰でも判るレベルの上機嫌さなので、これで慧眼ならサクラは千里眼だ。


「温泉がらみの商談でね。詳しくは言えないが、新商品を大手でも扱って貰えることになったんだよ。その交渉の後に、ふと普通のラーメンが食べたくなったというわけさ。」


「それはおめでとうございます。ちょっと見ただけですが良い街ですからね。ここが賑わうなら日本の宝となるでしょう。」


「店長、話がわかるねぇ。いつか一緒に酒を飲みたいよ。」


「恐縮です。」


「これで事業も流れに乗る。これなら家族にも楽をさせてやれるってもんだぁ。」


「ご家族も、きっとお喜びになりますよ。」


 家族の為と聞いてしみじみするマスター。それが判ったキリコとサクラはくすりと笑う。こういう所だけ見れば彼が現代の魔王とは思えない。



「それじゃあ店長さん、世話になったな。悪いけど支払いは後で取りに来てくれ。その時は酒を振る舞わせてもらうよ!」


「「ありがとうございます。気をつけてお帰り下さい。」」


 外までお見送りして別れる水星屋とサラリーマン。ツケとは言えいい気分になるマスター。


 こっそり調べてみた所、名前も住所も本物だしお礼として振る舞われるお酒も楽しみにしていた。


「ああやってツケを支払う気があるお客さんばかりなら、大阪みたいな自爆事件は起きないんだけどねぇ。」


 サクラは以前の集団自爆事件を思い出しながら、シメのらーめんを食べるのであった。


 あれは自滅と言ったほうが正しいが、人命含めて財産が全て消し飛んだ事を考えれば自爆と言っても過言ではないだろう。



 …………



 2月22日の神奈川のローカル新聞に、小さな記事が掲載された。


 会社社長カトウ・ダイチ(45歳)が20日深夜に轢き逃げに遭い死亡。

 ダイチさんは酒に酔っていたと見られ、関連を調べている。犯人は逃走中で警察が行方を追っている。


 このニュースはテレビや大手の新聞では特に取り上げられず、人の目にほとんど触れること無く風化していった。


お読み頂きありがとうございます。

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