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60 アンド

 


「どうやら終わったようじゃな、若いの。」


「アンタは何者なんだ!?なぜ刑務所に居ない?」


「ナカジマ・ゲンゾウ。ここの主催者として騒ぎを収めてくれて感謝しておるよ。ワシの事を詳しく知りたければ上司に聞くと良い。」


「主催者だって!?」


「それよりこやつらの連行と救護はいつ来るのかね?」


 2010年2月14日。国際展示場でのテロ騒ぎは収まったが、現場となった東1~3ホールでは負傷者が続出していた。パッと見で助かるのか怪しい者達もチラホラ見かけ、それは地獄と言っていいレベルの光景だった。


「教官、もうどっちも要請はしてあります。人数が人数なので時間が掛かるそうですが。」


「そうか、ならば出来る事をやろう。メグミはミキモト教授を救助、その後アケミと参加者たちの手当をしてくれ。」


 本当はヨクミも回復魔法が使えるが、それは黙っておく。部下とは言え異世界人。扱いは慎重に、だ。


「じゃあオレたちはこの連中の見張りですね。」


「名簿作りも忘れずに頼むぞ。」


「「了解!!」」



「アケミ、無事ー?うわ、そのラブラブっぷりなら大丈夫ね。」


「ゲンゾウさん、そろそろライブをしようと思うのだが。」


 ショウコはモブ男に抱きかかえられたまま、アケミ達に近づいてくる。セリフも合わせて突っ込みどころしか無い絵面だった。


「ショウコの方こそ、いつの間にかモブ男さんとイチャイチャして!」


「この状況でライブだと?お前フザケてるのか!?」


「この状況だからこそだよ、君ィ。見ろよ、みんな満身創痍だ。救援が来るまで時間がかかるのだろう?その間、簡単な拘束しかされてない犯人達とこの場で無言で過ごせと?」


 相手の認識を変えているせいか、調子に乗っているマスター。だがこういう時はこれくらい強気でないと話は通せないのだ。


「それに今日は男女の特別な日だろう?こんな虚しい終わりでこの場のカップルたちが納得すると本気で思っているのかい?」


「しかしだな、これ以上の騒ぎは!」


「はいはーい!私はモブ男さんに一票!見れなくなったライブをやってくれるなら嬉しいわ。」


「「「右に同じく!」」」


 アケミやショウコ、教え子達にまで賛成されてしまい立つ瀬がないケーイチ。


「お前らそれでも公務員か……爺さんも主催者なら止めてくれ。」


「HO、HO、HO。お主の負けじゃよ。みんな楽しむ為にここに来た。主催者としては、その”気持ち”を尊重せねばならんな。」



「マ……プロデューサーさん!準備出来たよーー!」

「マイクは奪い返しました。後は会場を魅了させるだけ!」

「私のラビットステップで錯乱させてあげますわー!!」


 シーズの3人はやる気全開でこちらにアピールしてくる。ケーイチはどうにでもなれと説得を諦めた。


「わかったよ、好きにしてくれ。」


「「「やったー!」」」


「よーし、お前達!許可が降りたぞー!張り切って行こうか!」


「「「おおーー!」」」


 こうしてミニライブは無事に開催されることになった。



 …………



「バレンタインに舞い降りた3人の電脳メイドアイドル!その名はシイイイイイイイイイッズ!!」


「「「みなさんこんにちはー!」」」


「ちょっとお寝坊しちゃったけどミニライブ、始まるよ!!」

「落ち込んだ心とお耳に歌声の清涼剤を口移しです!」

「張り切って大好きな人にチョコわたそーねー!」


「「「救助が来るまで私達の歌をお届けします!」」」


 チカラの紙吹雪と共にかなりのテンションの高さで挨拶するが周囲は怪我人だらけなので歓声は無い。


「なんだなんだ?」

「へぇ、ライブ?主催者も粋な計らいをするな。」

「何あの子達、カワイイわ。」

「でもなんか左の子はXクっぽくない?」

「うーん、胸は少ないけどカワイイ。」

「ちょっとぉ、私以外をやらしい目でみないで!」

「こんな時にフキンシンな。」

「いいじゃない、落ち込んだまま終わるよりは。」

「お手並み拝見だな。」


 しかしこの状況で始まったステージに、皆が興味を示す。賛否両論あるけれど、シーズの雰囲気で塗りつぶせば良い。


 幸いな事に今はホールの一角だけでなく、3ホール全ての参加者を独り占めできるのだ。


「最初の曲は新曲から!」

「心を込めて歌います!」

「皆の心も踊らせます!」



「「「献身!メイドインラブ!」」」



 イントロが始まるとマスターの3Dホログラムで貴族風のお屋敷内部を再現して、シーズの3人の衣装も変更する。


「すごーい!まるで本当にお屋敷みたい!」

「このホール全体に同じものを映してるわ!」

「これは、立体映像かの?凄まじいチカラじゃ!」


 感激するアケミとメグミ。治療を受けながら驚くミキモト教授。


 AメロとBメロでは境遇の違う3人の女の子の、愛する人との出会いを描いた歌詞とダンスとなっている。


 それぞれシオンが学生服のクマリ役、リーアが割烹着のカナ役。ユズちゃんが忍者衣装風のキリコ役を演じている。


 そう、この曲は魔王邸の女の子達の出会いと発展の物語風なのだ。


 前曲の運命スリーウェイのお披露目ライブを見たカナが「なんで私に出番がないカナ!?」とシーズに詰め寄った。

 私も色々有ったんだから歌にして!とお願いして作った曲である。


「あの衣装変更はどうなってるんだ?まるでアニメじゃないか!」


「ユウヤ凄いよ。この会場の何処に居ても同じものが見えるみたい。」


素直な感想のユウヤと、怪現象に気付くモリト。


「なんてパフォーマンスなの?私のキョーイク魂がうずき始めたわ。」


「ヨクミ、自重なさい。私も飛び出したくなってくるわ。」


異世界組も興奮している。


 Bメロからサビに切り替わる一瞬で3人がクルリとステップを踏むと身体が光りに包まれ上等なメイド服に衣装チェンジする。


 サビではテキトーな作りのご主人様の人形相手にお世話する様子が描かれている。


 シオンとリーアが人形の身だしなみを整え、ユズちゃんがラビットステップで大げさにお料理してからの配膳だ。


「この歌声、こんな広い会場なのに耳元で歌われてる!?」


「HO、HO、HO、これは凄いのう。強制的に引き込まれるわい。」


 ケーイチとゲンゾウは仕掛けに気付くが完全に飲み込まれていた。


 間奏に入るとステージが黒背景と、緑の0と1の電脳世界に早変わり。3人の衣装がメイド服からサイバーパンクな衣装に変わる。


 特にシオンは版権的にギリギリな見た目になるが、それ以上にステージの変わりっぷりに観客は目と心を奪われていた。


 2番が始まると電脳世界でわちゃわちゃする3人が表現される。そう、2番は彼女達自身の物語なのだ。


「この急変っぷり、科学技術じゃ……ないよな?」

「周囲にそんな機材は無いからチカラだと思うよ。」

「なにこのステージ、まるで異世界みたいじゃない!」

「異世界で異世界を再現するってどれだけ暇なのかしら。」


「ケーイチさん、凄いライブですね!私感激です!」

「ユウヤ!一緒に見ましょう!」


「アケミにメグミ?治療は良いのか?」

「メグミ、サボりはよくないぞ。」

「サボってないわよ。でも不思議なのよね。」


「なんかみんな治ったので2人で楽しみたいなって。」

「なんだそれ?」


 もちろん全員が完治したわけではない。だが時間が経つにつれて勝手に治療と回復が済んでしまっていた。


 この歌声にマスターが疑似的な治療効果を持たせたのだ。


 なぜ疑似かというとマスターには回復能力自体は無いからだ。傷を塞いだり苦痛を和らげる事はできる。だがメグミの様に治せるわけでなく、修復と言ったほうが正しいかもしれない。


 ただし、生きている者に限った話である。死者は当然生き返ったりしないので、顔を隠して寝かせてある。




 ライブは2番のサビに掛かり、1番と同じく3人がお世話するシーンが流れていく。

 使用人にしては距離が近くて家族のような立ち振舞を見せていた。


「ねぇ、あんなふうに献身的な女の子が良い?」

「メグミは充分尽くしてくれてるぜ?」

「えへへー。大好き。」


「ねぇ、ケーイチさん。帰ったら……」

「お、おう。」

「ちょっとアケミ、今夜は飲み明かすのよ!」

「ひどーい!」


 ショウコがステージ裏のマスターのもとから戻ってきてツッコむ。彼が演出に集中していたので邪魔しないように戻ってきたのだ。


 ラストのサビの前の間奏で、華麗なステップを踏むシーズの3人。彼女達は突如6人に分身して1番と2番のキャラクターが勢揃いになる。


 ラストのサビになると全員がそれぞれの場面でお世話をする演出が入る。


 掃除・洗濯・炊事・子供の世話・主人の世話・お散歩デート。

 ステージが6分割されて場面がスライドされて6人全員が1通り巡る。


 最後はバレンタインチョコを全員で渡す素振りを見せてシメだった。


「「「わあああああああああ!!」」」

「「「きゃああああああああ!!」」」


 大歓声が3つのホールに溢れかえる。開始時は静まり返っていた参加者達は完全に魅了されていた。


「これは凄いな。オレたちもこうすれば良かったのか?」

「リーダー、生きてればいつかできるぜ。」


 実は端の方で隔離されながらもアンドウとナカ○○もライブを鑑賞した。

 冷めた会場をここまで盛り上がらせるライブを見た彼らは、自分達の行いの拙さを実感していた。



「みんなー!応援ありがとう!」

「女の子たちの献身的な愛の歌、参考になったカナ?」

「大変な事に負けないで、グイグイ押していこうね!」


「「「わあああああああああ!!」」」


 リーアが役から抜けてないのか、カナの語尾を真似してしまう。しかし見知らぬ参加者達は関係なく盛り上がる。


「私はシオン!この甘い声をこの日に添えて応援するわ!」

「私はリーア!この清涼ボイスで踏み出す勇気をあげる。」

「私はユズよ!このステップで彼の心をクリティカルヒットよ!可愛くユズちゃんって呼んでね。」



「「「電脳メイドアイドル・シーズです!よろしくーー!!」」」



「「「わあああああああああ!!」」」

「「「きゃああああああああ!!」」」



「続いて行くよ!運命(サダメ)スリーウェイ!」



 次曲のイントロが始まり、3人の衣装がまたもや変わる。シオンとユズが男装し、リーアが小綺麗なワンピース姿である。


 ステージは喫茶店や事務所・取引先・旅行先など、非常に多い。


「今度は三角関係の歌か?バレンタインに?」

「女の子ウケは良いかも知れないよ。」

「こらモリト!勝手なレッテル貼りはやめてよね。」

「私は一途なのが良いかな。」

「ごめんごめん、大人しくしておくよ。」


 設定の割にドロドロしたものではなく、コメディ調で歌は進む。シオンがリーアにアプローチしては、ユズが華麗なステップでその場を引っ掻き回すスタイルだ。


「この子達の歌ってストーリー仕立てが面白いね。うふふ、ほら見て。ユズちゃんのステップで大慌てよ。」


「……気の所為だよな、疲れてるのか。」


 喜ぶアケミと何やら思わしげなケーイチ。

 彼はこの歌のモデルになった3人のウチの1人なので、気がつく部分があっても不思議ではないだろう。


 もちろん色々とボカして作成されたので決定的なバレはしない。


 そうこうする内に曲は進んで2番のサビが終わると、3人は宇宙服に着替えてシャトルも使わず宇宙へ飛び立つ。


 最後は宇宙空間でそれぞれ別の星を目指しながらラストのサビを歌って曲が終わった。


「「「わあああああああ!!」」」


 荒唐無稽すぎるラストではあったが、演出は臨場感にあふれておりイベント参加者達は大満足で声援を送る。


 この曲も会場全てがマスターの演出に巻き込まれていたので、それに魅了された人々は演出が終わっても興奮しっぱなしである。


「フユミちゃん、どうしよう。教育者の血が煮えたぎってる!」

「落ち着きなさい。私もこう、ゾクゾクしてたまらないの!」


「ヨクミさん。今乱入したらそれこそテロだよ。」


 エンターティナーな異世界人が乱入したくてウズウズしている。


「みんな楽しんでもらえたかな!」

「皆さんのおかげで私達もすっごく楽しいよ!」

「救助隊は……まだこないかな。じゃあもう一曲行っちゃう?」


「「「いっちゃおおおおおおお!!!」」」


「はーい!それではリクエストにお応えしてっ!」

「次の曲は私達の初めての歌です!」

「気に入ってくれたら嬉しいな!」



「「「有罪(ギルティ)マーメイド!!!」」」



 イントロが始まると会場全体がライトアップされた海の中になる。シーズの衣装は最初は水をイメージした白と青のフリフリである。


 異界でのデビュー時は水族館の巨大水槽から映像をひっぱってきた。しかし今回は臨場感を出すために異世界の海の中に光を宛てて映像を作っている。その異世界とはウプラジュだった。


 となると当然反応する女の子が出てくるわけで。


「あーーッ!?これサタナー島の海に似てない!?あそこを左に行くと八百屋で右が魚屋よ!?その先にかまぼこ工場!」


「え、海底でも魚屋とかかまぼこ工場があるの!?」


「そう言われても、私は空しか知らないわ。」


「材料は現地調達だから楽じゃん。新鮮だし!」


 この歌は人魚が陸に上がって恋人を故郷に連れて帰るストーリーだ。

 Aメロでは人魚が海での生活から陸を目指すシーン。

 今回はユズが人魚役としてステージ上を所狭しと泳いでいる。


 Bメロになると陸での出会いの歌詞になるので、背景も陸に変える。今回は地球でのライブなので、茨城県の大洗をモデルにしている。


 メインボーカルのリーアが透き通った歌声を披露すると、その両脇で男装シオンと人魚役のユズが出会うシーンが入る。その夕暮れと海水で2分割されたステージは大変美しい演出だった。


 そのままサビに入ると陸と海の混ざったステージになり、透明感のあるメインパートと2人の甘く可愛いハモリが合わさる。


 これも観客1人1人の目の前と耳元で聞こえる細工により、人によってはよく解らない歓声をあげてる者も居る。


 2番になるとシーズメンバーが何故か5人に増えていた。

 明らかにオカシイが、最初の曲では6人になってたので皆スルーだ。


 ラストのサビで全員人魚衣装にして浮遊しながら歌うシーンでは、1人だけ自前の身体で空中を泳いでいた。



「「「君と、海へ帰ろうーー!!」」」



「「「うおおおおおおおお!!!」」」

「「「うわあああああああ!!!」」」


 曲が終わり大歓声で迎えられる新生シーズの”5人”。


「「「みんな、ありがとうーー!!」」」


「やーやー、ありがとう!水を大事にするのよ!」

「山もね。大気汚染なんてダメよ?」


「何でヨクミさんとフユミさんは勝手にステージに上るんですか!!」


 そう、増えたメンバーは勝手に乱入した異世界組だった。


「むしろなんで飛び入りメンバーに演出を合わせられるのよ。」


「陸のフユミさんと海のヨクミさん。上手くステージに溶け込んでて、違和感無いのが怖ろしいよ。」


 モリトのツッコミの後にメグミとユウヤも感想を漏らす。


「いやー君たち、中々の逸材だね。ウチでアイドルやってみる?」


「「本当ですか!?」」


 スパンッ!!


「んな事、許されるわけねえだろうが!」


 目を輝かせた2人は後ろからケーイチに叩かれて涙目だ。


「教官、痛い……」


「プロデューサー、ウチのモンが乱入して済まなかった。」


「構いませんよ。おかげで会場は更に盛り上がりました。出来れば本当にスカウトしたいくらいですよ。」


 彼が指し示す方からはアンコールの連呼が聞こえてくる。

 その熱狂的なコールに圧倒されそうになるケーイチ。


「悪いが訳ありでな。移籍はできねえんだ。」


「それは残念。ではアンコールは別の曲で――」


「それよりアンタ、何者だ?機材も無しであんな演出するってのはチカラ持ちなんだろうが……あの出力はタダもんじゃないだろう。」


「見ての通り何処にでも居るモブ男ですよ。ただちょっと変わった演出が出来るだけのね。」


「そういや何処の事務所だ?アンタの名前も聞いてないが。」


「なに、小さい個人事務所です。名前はネームサファルなので言っても意味は無いですよね?」


「ああ、そりゃ済まなかった。だからそんなチカラを身に着けた?」


 ネームサファルは酷い目に会いやすい。おかげで精神力が増す者も多いのだ。そのせいで更に迫害される悪循環もあり、解決は程遠い。


「そんなところです。ゲンゾウさんに誘われなければ彼女達のデビューは無かったでしょうね。ではそろそろアンコールに移っていいです?会場が熱い内にコトを済ませたいのですが。」


「あ、ああ。邪魔して済まなかった。」


 ほとんど答えを待たずにさっさとシーズ達のもとへ行き、手早く打ち合わせをし始める。


 すると様子を見ていたアケミとショウコが近づいてきた。


「もう、ケーイチさんったら!邪魔しちゃダメよ。」


「彼氏さんが疑い深いのは職業病?その割に簡単にあしらわれてましたが。」


「あ、いや。あまりに強力だったんで良かったらウチにスカウト出来たら良いなと思ってな。まぁ結果は見ての通りだ。」


「タイミングが悪いですよ。プログラムが終わったらアンコールがあるのが一般的ですよ。デートで演奏会とか行かないんですか?」


「そうだったか。そういうのにはちと疎くてなぁ。」


 トモミともアケミともデートでライブやコンサートは行かなかった。そんな暇はほとんど無かったし、有っても別のジャンルを選んだ。万年疲労状態のケーイチは開始1分で寝る自信があったからだ。


 なので勇み足で話を聞きに行ってしまったが、まさか逆にヨクミ達をスカウトされそうになるとは思わなかった。


 だがもしここで現代の魔王の下へ異世界組が行っていれば、彼女達は元の世界に戻る事は出来ただろう。


 この世界で馴染んでいる彼女達にとってそれが幸福かどうかはさておいて。


 アンコールでもう一度献身メイドインラブを歌ったシーズは、大盛況の中ステージを後にした。


 ほとんど間を置かずに警官隊がぞくぞくと訪れ、参加者や犯人達を連れて行った。大抵は病院で検査を受けた後に事情聴取が待っている。



「えええ!?もう帰ったってどういうコト!?聞きたい事がまだあったのに!!なんであの海を知ってたの!?」


「事情聴取も受けずに居なくなったのですか?」


 ヨクミ達はライブ中の演出で知っている海の映像が使われた事を問いただそうとしていたが、空振りに終わる。


「何やら急ぎの用があるとかでな。何、彼らは事件とは無関係じゃし別に困ることも無いじゃろう。」


「それにしたって話くらいは聞くのが決まりだ。あの連中の連絡先を教えてくれ。知らないって事はないだろう?」


 たいしたことじゃないと主催者のゲンゾウがマスターを庇うが、一緒に来たケーイチが食い下がる。それが仕事ではあるので当然だ。


「落ち着け若いの。ワシが保証する。彼らは無関係じゃ。」


「アンタの保証で世の中動いているわけじゃ――」


「そこまでじゃトキタ君。この御方に絡むのはやめなさい。」


「ミキモト教授!?」


「君は知らないかもしれぬが、この御方はこの国にとって大事な御方なのだ。ウチのスポンサーの1人でもある。」


「ミキモト君か。今日は災難じゃったな、怪我は無いか?」


「はい、お陰様で。ワシの部下が無礼を働き申し訳ない。」


「気にせんでええ。知らなきゃワシもただのジジイじゃしの。」


「そういう訳じゃ、もうトキタ君は仕事に戻っておけ。」


「ですが……いえ、わかりました。すみません。」


 ペコリと頭を下げるとケーイチはヨクミ達を連れて戻る。彼も部下共々、警官に事情を伝えねばならないのだ。




「あーあ、もう少しプロデューサーさんと話したかったなぁ。」


「ええ!?ショウコってああいうのが好みなの?」


「ち、違うけど!お礼くらいはちゃんと言いたいじゃない?でも聴取は長引きそうだし、どっちにしろ無理だったかな。アケミともひさしぶりに飲みたかったんだけど……」


「仕方ないわね。ほら、新しい連絡先を交換しましょ。言っとくけど全部録音されてメールも検閲あるから注意してね。」


「うわー、厳しすぎじゃない?でもSNS経由でなら――」


「私の職場だとSNS禁止なのよ。情報漏洩が怖いから。」


「まるで牢獄ね。よく続けてられるわ。これも愛の力?」


「まぁねー。でもそれだけじゃなくて……いけない。何も言えないんだった。」


「酷い職場ね。そういやさ、彼氏さんには言ったの?昔のコト。」


「うん。付き合うのにグイグイ行っちゃったし、ちゃんと言わなきゃって。大人なんだし色々あるさって頭撫でてもらったわ。」


 アケミの容姿や性格上、過去に言い寄られた経験はある。普通に付き合おうとしたことも、怖い目に遭うこともあった。


 だが自覚無きチカラの発動で散々な目に遭ったのだ。主に”相手”が、である。


 その辺の事は全部伝えた上で話し合い、これからの事に目を向けて2人で解決して行こうと決めた。


「かー、良い男だねぇ。私もイイ男見つけたいわー。幸せになんなよ、応援するからさ。今後はたまには会いましょ。」


「ええ、そうね。まだ順番かかりそうだしショウコの話も聞かせて。」


「私は……マズイ、私も言えないことが多い気がする。」


「なにそれー!ショウコも問題児のままなの!?」


「”も”って何よ。アケミよりは……まぁいいわ。この事は後でハラ割って話しましょ。その時は寝かせないぞ~!」


「もう、やだ~。」


 2人で笑い合って友好を温める。成長しつつも変わらない2人は無事に再会出来た事、今日の事件を生き残った事に安堵した。


(あのナースさんは特殊部隊と縁があったのじゃな。)


 ゲンゾウは遠巻きに2人を、興味深そうに眺めていた。



 …………



「おかえりなさい、あなた。」


「パパ、おつかれさま。格好良かったよ!」


「「「マスター、お疲れさまです。」」」


「旦那様、お疲れさまです。」


「マスター、お帰りなさい!」



 魔王邸に戻ると家族揃って出迎えて貰えるマスター。幸せを感じるが無視できない気だるさも感じていた。駆け寄ったセツナを抱きしめながら気を失いそうになってしまう。


「あなた、疲れてるわね。まずは回復しましょうか。」


「私の出番ですね!たっぷりサービスしちゃおうカナ?」


「あの!その、良かったら私もお手伝いしましょうか?」


「あらキリコちゃん、どんどん積極的になってるわね。とても可愛いけれど、この場は私達に任せてもらうわ。」


「はうっ、すみません。でしゃばった真似を……」


「師匠の可愛さに歯止めがかからない!ねえキリコちゃん師匠、私達と露天風呂に行きませんか?」


 はしゃぐ女性陣だがマスターは既に気絶していた。抱き枕状態のセツナは嬉しそうである。


 しかし無情にも母とカナに取り外されてしまい、悲しそうだ。そのままマスターは2人に両脇から担がれて引きずられる。


「あれだけ張り切っちゃったし仕方ないわよね。お疲れ様、あなた。私達に任せてゆっくり休んでね。」


「あはー。寝顔がたまりません。旦那様、いい子ですね~。」


 2人は優しく声を掛けながら移動する。セツナが名残惜しそうに見送っているが、それは他の女達も同じ気持ちだった。



 …………



「よ、ユウヤ。成りそこねたヒーロー様のご帰還か。お疲れ様!」


「何とでも言ってくれ。好きで休日出勤したわけじゃないさ。」


「「「疲れたー!」」」


 2月14日21時45分。特別訓練学校に戻ってきたイベント組。

 ニヤニヤ顔のソウイチに出迎えられるが、疲労でそれどころでは無かった。


 優先的に聴取をしてもらったが、全員の事情聴取が終わったらすっかり夜になっていたのだ。今も警察署では犯人や参加者の聴取は続けられている。きっと彼らは徹夜だろう。


 子供達もだが大人組は特に疲労の色が濃く、冗談に応える気力もない。


「さすがに家に戻る気力がないわ。今日は学校に泊まりね。」


「そうですね。日曜くらいは自宅でゆっくりしたかったですが、普段から半分以上はここで泊まってますし。」


「みんなごめんねー、テロが起きるとわかってれば誘わなかったのに!」


「アケミさん、いいっこなしですよ。仕方ありません。」


「みんな疲れただろう。今日は仕事なんてせずに休もう。」


 ケーイチの提案に全員が賛成だった。

 巻き込まれた大人組はアントの精神波をモロに浴びたので、疲労感が拭えない。ライブで少しは回復したが事情聴取で帳消しだ。



 全員が風呂やシャワーを終えた後、ケーイチは食堂でモソモソと食事を摂っている。するとミキモト教授が現れた。


「疲れている所を悪いのじゃが、此度の被害状況が出たのでな。書類だけ渡しておくから確認しておいてくれ。」


 渡された書類には暫定と書かれている。さすがにこの短時間では決定稿は難しかったのだろう。


「巻き込まれた参加者が約9千名。死者は200名超えか。アントは総数130名程で70名以上が精神疾患、死者32名。ライブの事がバレたら総叩きされそうな被害だな。」


 ここでケーイチはふと思う。

 だからあのプロデューサーはさっさと退散したのだろうか。

 彼は何者だったのか。チカラは何時ぞやのシンドウに似ていたが。


「クリスマスと違って規模が大きかったからのう。この人数で9千人を相手にしようと思えば過激にもなろうが……」


「アントの動機ってわかりました?本当にカップルへの嫌がらせだけでここまでするわけ無いと思うのですが。」


「世間への積年のウラミだそうじゃ。だがキッカケはクリスマス事件じゃがの。アレの残党が徒党を組んだようじゃ。」


「はた迷惑な……せっかく穏便に済んだ事件だったのに。」


「血の気が多い者が多かったのじゃろう。ゲンゾウさんも逆恨みで狙われておったらしい。」


 去年のクリスマス事件は結果的には半分笑い話のような扱いで終止符を打った。死人が出なかったのも大きい。

 もちろん責任者はかなりの代償を支払った。


 被害者側は必要分の2倍の札束の補償で黙ることになったが、加害者と当日参加しなかった仲間の中には納得いかない者も居た。


 それらが集まり助っ人として自称魔王を招き入れ、今回の事件を起こしたのであった。


 負傷者どころか死者も多く出た今回は穏便には終わらない。

 後日ゲンゾウ氏は被害者救済の基金を立ち上げるが、加害者側には厳しい裁きが待っていることだろう。


「あの主催者も助けた仲間に狙われるとは、同情するぜ。」


「仲間というか別グループだったようじゃがな。事実、彼のサークルからは今回誰も参戦しておらんよ。」


 クリスマスの事件は複数のサークルが共同参加だった。中にはリア充殲滅教などの過激派も居たのだ。


「あぁ、情けをかけた結果噛みつかれたのか。でもあの爺さん、なんでそんなに気ィ使ってたんです?」


「彼は若い頃に大変な目に遭ったらしいの。それで若い者達には青春を謳歌してもらおうと、様々な取り組みをされておる。もちろんイベントだけじゃなく社会に貢献して秩序と経済を支えてくれている、素晴らしい御方なのじゃ。」


「立派な考えを持ってるんですね。それを踏みにじるたぁ、あの連中も罪なやつらだ。」


 そのまま沈黙が訪れる。それはアケミがキッチンから「おかわりどうですか?」と尋ねるまで続いた。


「それではワシはこれで失礼するよ。」


「せっかくだし、食べていかないんですか?」


「このトシになると汁を啜って生きているようなもんじゃしの。それにワシも若者の邪魔をしたりせんよ。」


 そのまま白衣を翻して確かな足取りで食堂を出ていく。


「元気なお爺ちゃんよね。教授って。」

「だな、学ぶべきことは多い。今日は特にそう思うよ。」


 ケーイチはゲンゾウの事も思い出しながらそう言った。



 ミキモト教授が外へ出るとすかさずサワダの運転する車が寄せてくる。


「今日は大収穫でしたか。顔見れば分かりますよ。」


「ふむ、昼間は危なかったが、良い勉強になったわい。」


「生涯学習って言葉もあるくらいですしね。」


 ミキモト教授は沈黙して考えを巡らせていた。


 銀髪美女にシーズ。彼女達は閑古鳥・意気消沈状態の周囲を魅了して大盛況に持っていった。


 アントと自称魔王。彼らは極少ない戦力で9000人を相手に大立ち回りを演じてみせた。


共通するのは継続された強い心。意思。そういう物に大衆は右へ左へ踊らされるのだ。ならば今後の計画は誰もが畏れる象徴を立てて行うのが効率がいいだろう。


「サワダ君。確か特殊部隊への取材依頼がきておったな。」


「はい、今回の件も有って各メディアが殺到してますよ。」


 特別学校では最後の気力を振り絞ってチョコの交換会が行われている頃、ミキモト教授の計画は静かに進行していた。



 …………



「マスター、渾身のチョコケーキを食べると良いわ!」

「キリコちゃんが私より早い!?あなた、これは私から!」

「パパー、これどーぞ!私にもケーキちょうだい!」

「「「「旦那様、私達からはこれを。」」」」

「「「私達からはこれです!」」」

「我からは――」

「バイト君には――」

「――」

「――」



 2月14日23時。献身的な回復作業で復活したマスターは

 魔王邸リビングで即座に女性達に囲まれてしまった。


 キリコ・妻・セツナ・クマリと孤児院スタッフ・シーズの順にチョコレートを貰う。何故か異界メンバーも現れては渡していく。


 ものの5分でチョコの包の山が出来上がった。セツナが感激してダイブしたくてウズウズしているレベルだ。


「さあさあバイト君。全員分今日の内に味見しておいてね。来月のお返しは期待しているわ。」


「なんで社長がここに入ってきてるか解らないのですが。」


「今回のイベント、大成功だったらしいじゃない?そのお祝いを直接言いに来たのよ。」


「もしかしてアントをヤル気にさせたのって社長ですか?」


「まさか。私はあの風使いを貴方の隠れ蓑にしようとしただけ。あとは日頃の仕込みの成果かしら。」


「あの自称魔王ですか。精神力は大したものでした。」


「でも残念ね。あの被害では死刑でしょうし。」


「つまり救出ミッションがあると?」


「さぁ、それはバイト君とゲンゾウ君の気持ち次第かしら。」


「解りました。彼に連絡取ってみます。」


 話が済むとさっさと居なくなる異界女性ズ。彼女達は全員いい笑顔で手を降って消えていった。


 速攻でセキュリティを強化しつつチョコの山を見る。

 これをあと1時間足らずで処理しなければならない。でなければ何かのペナルティが用意されているのだろう。


 だが物は考えようである。

 マスターは家族揃って甘味を楽しむことに決める。


「それじゃ、さっそく頂こうか。みんなも是非一緒に――」


「パパー!!らすけれーー!」


 セツナは既にチョコの山に埋もれて足をバタバタさせていた。


「「「かわいい!」」」


 まずは可愛い娘の撮影から入る魔王邸の面々だった。



 …………



 その日、国際展示場でのテロのニュースが全国に流れた。

 大抵の者は死者の多さに驚き、不謹慎ライブに物議を醸す。


 だが犯人の話になると一気に興味を削がれて諦めが顔を出す。犯人の中に自称とは言え現代の魔王の名が有ったからだ。


 今やニュースでこの名が出る事自体が未解決事件の代名詞となっており、首をツッコむと碌な目に合わない。


 本物の現代の魔王が絡んでいた場合は当然として、偽物を

使って彼に罪を押し付けるパターンも厄介なのだ。


 大抵の場合はどこかのお偉いさんが絡んでいて、探った記者は闇に葬られる。


 そういう理由でメディアは真相の追求には消極的である。代わりにライブがやり玉にあげられるが、それこそ追求は不可能だった。


 勿論日が経てば何かしらの捌け口を見つけるだろうが、この日はここ止まりである。



 そんな事より無事にチョコを渡せた女性たちは安堵のため息を漏らすことで今年のバレンタインは終わるのであった。


お読み頂き、ありがとうございます。

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