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06 キリコ その3

 


「君をウチの店で雇いたい。是非君の力を貸してほしい。」


「だが断る。」



 異次元宇宙に超巨大な球体バリアを浮かべ、その中に浮いている邸宅○○○○邸。

 名前が表示できないので、便宜上魔王邸と呼称する。いやむしろ住人からもそう呼ばれていた。


 その応接間で、家主である水星屋マスターと客人のキリコが向かい合っていた。


「どうしてだい?」


「私はあんたを殺すためにあの場所に行く予定だった。理不尽で阿呆な理由で追われる身になったけど、貴方のことは許せない。」


 栃木の拠点の時の淡々とした口調ではなく、敵意をにじませながら答える。


「オレの何が許せないのか教えてほしい。」


「まず、私達の仕事を奪った事。おかげで食後のスイーツなんて夢のまた夢のだったわ!次に追われる身になったとは言え、組織を消した事。魂まで消したら弔いすら出来ないじゃない。最後に私の体重を重いと言ったことは断じて許せない!」


 キッっとマスターを睨んで口をつぐむ。


(えぇ? あの時気絶してたじゃん。何で知ってるの!?)


 時間を止めて動揺を消しさり、しばし答えを吟味する。

 再び時間を動かして相手の目を見て答える。


「まず1つ目だ、 商売敵同士の切磋琢磨はそういうもの。それにウチで働くなら、衣食住は全てこちら持ちだ。3食好きなだけ食べればいい。 真面目に働くなら1年で1億○(円)出す。」


 衣食住揃って年俸1億○。 キリコにはとても魅力的な待遇に思えたが、頑張って睨んだままの表情を保つ。


「2つ目は、そうしなければ君は間違いなく殺されていた。魂まではやりすぎなんだろうけど、オレも副業の方は雇われの身なんで逆らえないんだよ。」


 社長の指示に”確実に”という単語が有った事を伝える。

 逆らったら不思議パワーで何をされるか……。


「3つ目、あの勢いで衝突したなら仕方がないだろう。ここに運んだ時はとても軽かったよ。この家や店の中は一定以上太らないし老いないから、気になるなら尚更ここで暮らすのが良いと思うよ。」


 この男、都合のいい環境を作っているがこれには理由がある。

 年俸1億にも関わる話だが、この家と店は時間の流れ方が普通ではない。


 ”現状”の水星屋マスターのスケジュールだと、現実の1日で主観時間が1週間前後もある。


 これに普通の状態の人を付き合わせると、現実ではせいぜい10年程度で寿命を迎えてしまう。

 これを防ぐために魔王邸の施設内では不老にしてあるのだ。


 なお不老といっても新陳代謝は普通にある。

 細胞分裂による老化やテロメアの劣化が起きないだけである。なので身体の成長を阻害したりはしない。それはそれで成長しすぎになったりするので調整は必要だが。


 そして仕事に対する報酬も、主観時間に合わせて増やさないと割に合わないのだ。


 そこまで聞いてキリコが答える。


「あんたの言い分は解ったわ。私でいいならお願いする。でもね、私はあくまで店員として雇われるわ。メイドや愛人になるつもりはないから、それを忘れないでね。」


「あぁ、よろしく頼む。」


 そう言って契約書を2枚取り出す。

キリコはそれを受け取りーー


 サクラの時と比べて密度の濃い契約書をじっくりと確認し、サクラの時と比べて容量の小さい胸に押し付けるのだった。



 …………



「こんばんはー!」


 気合を入れて作った笑顔で元気に挨拶しながら、水星屋に桃色髪のスーツの女性が入店する。


「いらっしゃいませ! 水星屋にようこそ!」

「いらっしゃーい。」


 愛想よく元気に返すマスターと、淡々とした口調で返す女の子。


 (女の子?)


 入り口左にある券売機で、食券を買いつつ疑問に思うサクラ。


「ちょっとマスター、 この子は?」


「この子はキリコ、佐藤 霧娘。今日がデビューの新人店員だ。キリコ、こちらはコジマ・サクラさん。雑誌記者でウチの独占取材を勝ち取った女性だ。」


 マスターがお互いを紹介する。

 キリコの名字は本人にも不明だったが、弔いの意味を込めてシュガーのボスから取ったのだ。


「はじめまして、キリコです。まだまだ勉強中の身ですがよろしくです。」


 ぺこりと軽く頭を下げてこちらに視線を向けてくる。

 黒の調理服に、膝までかかったエプロンを着用している。

 エプロンには右手に包丁を持ったウサギのキャラクターがプリントされていた。


「サクラよ。こちらに通わせてもらってるわ。よろしくね。」


「記者ってことは、私のことも取材?」


 こてんと首を傾げてこちらを見てくる姿が可愛い。


「それはマスターの判断を聞いてからだけど。貴女はどうしてここへ?」


 チラチラとマスターの顔色を伺いながら、軽く質問を振ってみる。


「仕事中に気絶して、気がついたら魔王城で寝てた。」


「マスターさん!? 誘か「そこまでだ。」


 青ざめながら不穏な言葉を投げかけようとしたサクラを止める。


「危ないところを助けて、行き場所がないから面倒を見ることにしただけだ。きちんと契約もしている。」


 契約っという単語にうめき声をあげそうになるが、一応人助けなのかなとほっとする。


「おまえも誤解を生むような発言は控えてくれよ?」


「私からしたら、そのまんまだったんだけど……」


「言い方というものがあるだろう。」


 これは教育が必要かなと小さく呟くとため息一つ。


「そ、そうだマスターさん。 少しずつここの事を掲載することになりまして!原稿をお持ちしたのでご確認いただいてもいいですか?」


 空気を変えるべく、今日の本題の1つ目を振ってみる。


「では見せてもらえますか。でもよく上の許可が降りたね。」


「そりゃーもう、頑張って根回ししましたから。」


 マスターに現代の魔王とミミック屋台の2種類の原稿と食券を渡して、カウンター席に座ると同時に「どーぞー。」という

声とともに料理が並べられる。相変わらず早い。


「あはは、いいねこれ。話してない部分までよく考察されてる。よく調べたね。」


 アイスティーを一口飲んだ頃にはマスターが記事を読み終わり、声を掛けてきた。


「ありがとうございます。ではその内容で宜しいでしょうか。」


「ほぼこのままで良いんだけど、このミミック屋台というのはちょっとイタダケないかなぁ。」


 水星屋側の原稿を見ながら指摘してくる。


「私もそれはどうかと思ったのですが、すでにネット上では都市伝説として広まってまして……」


「うへぇ、そうなのか。なんとか呼び名を変える方向でお願いしていい?」


「わかりました。今回は名前を変えず、段階を踏んで別の名にしていきましょう。伝説の屋台~とかの名前でまとめサイトでも作れば、イメージの浸透も早いでしょうしね。」


 相手は現代の魔王なのだ。断れるはずもない。

 HPの制作という仕事が増えたが、命には変えられない。


「それじゃそれで。 あと気になったのは――」


 くっまだ有ったのか。


「この”さくらもち”ってサクラさんのペンネーム?」


「そこに食いつきますか。なにかオカシイですか?」


「いえ、柔らかそうだなと。ただそれだけ。」


「はぁ、どうもです?」


 内心は某所は魔法銀ですけどね。ケッ!と自棄気味である。


 お酒が飲みたい気分になり、チラっとメニューを確認する。


「あとウチでは酒のんでいいよ? オレは気にしないし。」


 一応仕事だし相手が相手なので遠慮していたサクラだったが、許されるならありがたい。


 マスターの発言が終わると同時にキリコが瓶ビールを持ってきて、グラスに注ぎ始めている。


「もっちゃん、どーぞー。」


(もっちゃん!?)


「キリコちゃん、ありがとう。貴女もお仕事早いのね。」


「刃物の扱いと足さばきは得意なの。」


(あ、この子もアレだ。)


 ドレだとは言わないが、そう感じたサクラは自身のチカラを発動させて詳細を知ろうとするが――


「もっちゃん、それはマナー違反じゃない?」


 すかさずマスターからツッコミを受ける。


「ご、ごめんなさい!でもマスターはもっちゃん禁止!」


 そうなのだ。世の中知らないほうが良いことも多い。

 今までそれでトラブルになっていたのだから、少しは行動を改めねばならない。


 知って良いことかどうか知るには、普通に聞いてみれば良いのだ。 駄目なら答えないし。


「キリコちゃんも、超能力者だったりするの?」


「私は生粋の暗殺者よ。あんなチカラに頼らずに努力で生き残ってきた。」


 と胸に手を置き、ドヤ顔で語るキリコちゃん。


「ブフー!」


 こっちが注意してても、相手が言わなくて良いことを喋らないとは限らないのだ。

 どんなに注意しても交通事故が0にならないのと同じである。


「サクラさん大丈夫? 食神の名前みたいな噴き出し方したけど。」


 こちらを気遣いながらもテーブルを拭き終わり、新しいおしぼりで私の口元を拭いてくれるマスター。


 綺麗になったテーブルには新たなビールとオツマミが並べられていた。


 お詫びの品なのか、唐揚げのお皿が増えている。ラッキー!

 ていうか、何この素早い連携。


「あ、ありがとうマスターさん。」


 男性に口を丁寧に拭かれたことに顔を赤くするサクラ。


「もっちゃん赤くなってる。テンチョーが好きなの?」


「ち 違ッ! ちょっと私は男に免疫無いというか、うん。そういう、ね? 今まで男っていやらしい視線か、罵声とかしかなくてだから優しくされてちょっといいかなとか、あわよくばミスリルを突破なんて考えてないし!」


 安全運転にシフトしたはずのもっちゃん号がブレーキの部品を外し、思春期っ子のような妄想をばらまく。

 交通事故が0にならないわけである。


「あの瞬間にそこまで妄想したんだ……。でもテンチョー、ミスリルって何?」


「マスターって呼べ。 ミスリルってのは真の銀とか言われる架空の金属だよ。 ゲームとかだと魔法銀とも言われる。」


「ふーん。よくわからないけど、もっちゃんにマスターは難しいと思うよ。」


「それは 私の方が相応しいぞコラッ!的なアレ!?凄く仲よさそうだし、初日なのに連携も取れてるし!?」


 ブレーキの部品はまだ発注したばかりで届いてない。

 その結果がこのざまだ。


 キリコは困った顔でマスターに視線を送ると、意図を察したマスターが頷く。それを見て答え始めるキリコ。


「それは違うよ。 私は店員。 それ以上でもそれ以下でもない。難しいと言ったのは、相応しさがどうとかじゃなくて――


 ”マスターには奥さんがいる。”


 ものすごく美人で優しくて強い。でも変わり者かも。なんでマスターと結婚したのか意味がわからない。」


 暴走するもっちゃん号に爆弾が投下される。

 ブレーキが効かなければ爆破すれば良いじゃない!


「……私、何やってるんだろう。」


 あまりの恥ずかしさに心と体のシンクロ率が50%を割り込む。カウンターに突伏して、小型の可愛い魂が頭から登っていく。

 マスターがそれを掴んで身体に戻すと バリアで梱包しておいた。


「どんまい、気にしないで下さい。 オレも気にしない。」


 内心、酒が入ると面白いなと思いつつ慰めるマスターであった。



 …………



「もっちゃん、今日のは私が悪かった。ご馳走するから元気だしてほしい。」



 さすがに気まずさを覚えたのか、キリコがサクラに歩み寄る。ご馳走という響きで 顔を上げてキリコを見るサクラ。


「私は学校にも行ってない暗殺者な人生だったの。 心の隙きを作ることばかりで、他人と仲良くなる方法を知らないんだ。」


「私もチカラに翻弄されて人付き合いが苦手だったわ。よかったら仲良くしてくれる?」


「ん。」っとお互いに手を伸ばして握手をする。


 そんな様子をマスターはご馳走を準備しながら、したり顔でうんうん頷きながら見ていた。



 …………



「なんだぁ この店はよ! おい店長ッ!誰に許可取って営業してんだ、あぁ?」



 ご馳走を一緒に平らげて仲良くなったキリコとサクラ。


 雑談を交えつつ取材してると”テンプレさん”2名がご来店。


「オレがこの店のマスターです。食事なら券売機で食券をお買い求め下さい。」


「んなことあうひじょkpl;@」


 何を言っているのか聞き取れないが、意味はわかる。

 というのも水星屋は、外で営業するたびにこの手の連中に絡まれる。


 わざわざ人通りの少ない場所を選んでも必ず来るのだ。

 なのでマスターにはテンプレさんと呼ばれている。


「いいkr みkjmとhがpjgj ぐっ!!」


 いい加減いつもどおりの対処をしようとした所、急に二人共黙りこくる。ぼとりと二人の頭が落ちた後、盛大に首からシャワーを撒き散らす。



 見るとキリコがドヤ顔でこちらを見ていた。

 エプロンのウサギが持っている包丁部分に

 返り血が垂れていて、現状をよく表している。


「テンチョー、対処が遅い。 こういうのは先手必勝。」


「マスターだ。」


「マスター、私はゴミを捨ててくるから掃除お願い。」


「はい 0点!」


 酷評を叩きつけながら キリコの頭にチョップも叩きつける。

 なんで? と上目使いで問いかけるキリコ。

 商売の邪魔は排除し、痕跡も排除する。 完璧なはずだ、と。


「では新人さんの為に対処法を教えていくよ。まず相手の所属を聞き出そう。事を構えるときは、相手の情報を知れば有利になるし、見返りも大きくなる。」


 これはキリコも理解できた。

 暗殺任務のときには相手の情報をかき集めるからだ。


「次に血と肉はできるだけ確保しよう。関係者への良いお土産になる。勿体ない事はしないでほしい。」


 骨か呼吸器系を攻めると良いぞとアドバイスを受ける。


 これはよく解らない。だが化物たちに手土産を渡すなら、血肉が選択肢に入るのだろうとキリコは覚えた。


「次にドロップ品の回収をしよう。赤字経営の穴埋めにもなるし、証拠も消せる一石二鳥だ。今回は名刺もだ。相手の所属が解るからね。」


 これの気持ちはわかる。

 この店は他の店の半額近く安い値段で営業している。

 値上げすればいいと思うけど、なにか拘りがあるのだろう。


「名刺があったな。なるほど、近所に事務所があるのね。キリコは店番を頼む。オレはちょっとご挨拶に行ってくる。」


 そう言ってさっさと店を出るマスター。


 店番を頼んでおきながら10秒で戻ってきたマスターは、戦利品であろう、6個のアタッシュケースを宙に浮かべながらホクホク顔だ。


「これで今日も黒字に転換だ!」


「やっぱり、ミミック屋台で良いんじゃないかしら。」


 一言も発せずに経緯を見守っていたサクラは、的確なツッコミを入れていた。



 営業終了後、マスターは考え事をしていた。

 キリコの働きぶりについてだ。


(身体も技術も一流だが、やはり心がネックか。)


 地雷を踏むのはもちろん、その後の事や周囲の事に対してアサシン的なズレた言動が目立つ。これについてはマスターも世間とはズレているがそこは棚上げだ。


 サクラと仲良くなったのは良いことだが、休日の営業でこれなのだ。平日の忙しさでやらかすと目も当てられない。


(やはり、ちょっと教育が必要だな。)


 そう結論づけると、プランを練るマスターであった。



 …………



「こんばんはー!」



「よく来たな、 血と金に目の眩んだ欲深き冒険者よ!

 この漆黒のキリコ・ヴォーパル・シュガーが

 今宵のお主を導いてやろう!

 まずはそこな横たわる竜のアギトに

 白銀の供物を3つ以上捧げるが良い!!」


 半月ぶりに再開した元暗殺者は厨二病を患っていた。

 今回は上等な黒いメイド服と、そのエプロンに例のウサギプリントをしてご降臨である。


「やっぱりな。記憶を読んだときから思ってたんだ。 厨二的シチュエーションが大好きなんじゃないかって。」



 そんなマスターの言葉が聞こえてくる。

 どうやらマスターの趣味のマンガやアニメ、ゲームなどを叩き込んだらしい。


 かわいいドヤ顔で接客するキリコの姿に、サクラは顔をひきつらせることしか出来なかった。



お読み頂きありがとうございます。

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