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57 キサキ

 


「キサキ、あなたのお勤めが決まりました。」



 1950年1月。山奥にある荘厳な屋敷の一室で、和装の女性が告げた。長く伸びた緑髪が蝋燭の炎に照らされて妖しく煌めいている。


「お母様、お勤めとは?」


 齢9歳の娘、キサキは不思議そうに小首を傾けながら尋ねる。戦時・戦後のゴタゴタでやや発育の遅れた身体は小動物のようだ。


「我が家は世間様の枠を外れ、秘術――呪術の血統を紡いでいます。ですがそれが許されるのは、有事の際に国への助力を約束しているからです。」


「また、戦争なのですか?」


 きゅっと身体を強張らせつつ、母の目を見返すキサキ。


「今回は、治安維持のための出向です。ここの所、ナイトと名乗る集団が世間を騒がせています。」


「!!」


 武装人権保護組織ナイト。その発端は戦時中に遡る。

 1940年代に一般人には無いチカラ、超能力を扱えるものが現れ始めた。そのチカラで国に貢献した者もいるのだが、好き勝手に行動したものも多い。


 その結果。チカラ持ちというだけで周りから疎まれ、忌み嫌われた者たちが続出する。そんな人間社会から蹴り飛ばされた者達が作った裏の社会の組織である。


 去年辺りから組織的に活動を始め、様々な分野で戦後の社会に浸透し始めたのだった。


「異常なチカラを持った集団に対して対応が後手に回っている為、我々の秘術を借り受けたいと政府より申し出が有りました。」


 ナカジョウの秘術――その実態は呪術の類である。


 幼い頃から代々伝わる緑色の怪しげなクスリを服用し、身体中に触媒(髪や骨などの加工品)を埋め込む。


 徐々にその身体を変質させて高い身体能力を得たり、針や糸や髪などを操作してみせる。条件次第では他人の身体を自由に操ることも可能なのだ。ちなみに、その修業の過程で髪が緑色に染まる者が多い。


「確かに納得のいくお話ではありますが……」


「わかっています。本来ならば成人を送り出すのですが、主人を始め若い衆は先の戦争で亡くなり 私も既に戦えぬ身。キサキには少々早いとは思うけれど、外の世を見る契機でもあります。」


「ッ……はい!」


 キサキも修行は始めており、歴代の中でも早い速度で術を習得していた。


 戦争によって家族を失った反動で覚醒っ!というわけでもなく、半分くらいはその時の負の感情に触媒が呼応して呪術がその身に満遍なく浸透してしまった為である。


「それと、わかっているとは思うけれど 貴女にはもう一つ。」


「はい!ナカジョウ家の女として、良き殿方を捕縛してくるのですね!」


「よろしい。ここに以前のとは違う、追加の手ほどき書があります。出立まで短い時間ですが、研鑽に励むとよいでしょう。」


 そういって幾つかの書物をキサキの前に差し出す。


 それをそっと手に取り確認したキサキは「おおー! こ、これは!」と目を輝かす。


 戦後のモノがない時代、それでもチカラを高める為にかき集められた書物。カストリ雑誌や夫婦雑誌などと呼ばれた――エロ本であった。


「お母様、ありがとうございます。より一層努力し、素敵な殿方を捕まえてまいります。」


「気に入ったようで良かったわ。貴女の才能には期待していますよ。」


 うふふふふ……と怪しい笑い声の旋律が響くその隣の部屋で――


「はわわわわわ……」


 ふすまに耳を当てていた次女のミツキが戦慄し震えていた。

 彼女には少々刺激が強いお話だったようだ。



 …………



「はぁ。あれだけ気合を入れて上京したというのにこのざまか~。」


「コウコウ様、2日目にして懐郷病ですか?」


 1951年4月、某県某所にある歓楽街の小さな工口コウコウ神社。人として死んだキサキは、突然の神様生活に気が重くなっていた。


 目の前には巫女さんが座っており、先程までこの街の状況を説明してくれた。


「そのコウコウというのはやめてほしい。私はキサキよ。」


「ではキサキ様。先ほど説明した通り、この街の治安を回復させるのがキサキ様のお仕事になります。さしあたっては神通力の練習をしましょう。」


「そんなの昨夜の内に使いこなせるようになってるわ。」


 その証拠に手からウネウネした神パワーで鶴の形を造ってみせる。いつの間にか神の末席に加えられた彼女は、神通力も秘術と同じ要領で使えるようになっていたのだ。


「素晴らしい!大変素敵な素質をお持ちのようですね。それではさっそくお仕事にかかりましょう。」


 巫女さんはこの街の大きい地図をだして見せてくる。

 そこには区画や建物毎に注意書きがされており、どのような問題があるかひと目で判るようになっている。


「”色”による問題はツブすと街の存続まで危うくなるので、暴力沙汰の問題から解決されるのがよろしいかと思います。」


「どれも非合法な組織が後ろについてて面倒事しか無いわね。」


「そこで神通力の出番です。神としての決まり事を街に施せば、それに従わざるを得なくなります故。」


「決まり事?私の法を作るって事ね。なら簡単よ。とりあえずは武器を全て取り上げてしまいましょう。」


 キサキは神パワーで決め事を造っていく。数十年後の世界で言うならまるでパソコンでプログラムを汲み上げていくかのように、目に見えないチカラで構成していった。


「さっそく施工しましょう。悪人共よ、ナカジョウの……いえ、神のチカラを思い知るが良い!」


 社から光の柱が立ち上り、その噴き上がった光が街の敷地に沿って降り注ぐ。それはこの歓楽街を完全に覆い、外からは結界が張られたように見えただろう。


 もちろん見える人間は極僅かではあるのだが。



「ア、アニキ!?こんな街中でマグナムをおっタてちまって!!オレはそっちのケは無いんで勘弁してくだせえ!」


「バカヤロウ!これはオレのマグナムじゃねえ!はうわ!」


 ガラの悪そうな男がズボンに入れていた銃が布地を突き破って空へ飛んでいく。



 パリン!パリン!パリン!……



「なんじゃぁ!カチコミか!?」


「ひやあああ、お助けぇぇぇぇええ!」


「うわああ、騒霊現象だああ!!」


 怪しげな男達の事務所からドスや銃などが窓や天井を破って空へ昇る。


 街中の武器とされる物が奪い去られ、程なくして武器の持ち主に電流が走る。天からのイカズチは身体を貫き、その内部に神パワーが侵食していく。


「「「ぎゃああああああ!!」」」


 武器の所持者達は血管や筋肉や神経がジワジワと侵され痛みを発生させる。死んだり気絶したりはしない。だがその分長く苦痛を与えられてしまう。


 痛みは1時間ほどで消えるがその頃には身体すべてが呪われている。今後は道を踏み外そうとすると同じ苦痛を与えられる。


 神パワーで呪術を再現するというキサキの目論見は成功した。


「何と神々しい光でしょう!ここまで神通力を使いこなせるとは!」


 神社の巫女さんは自分の仕える神のチカラに感激している。

 ついでに境内に集められた武器の数々に、「売れば美味しいゴハンが!」と皮算用も始めている。


「その鉄クズは売ってしまいましょう。オシオキの方はナカジョウ式の呪術を組み込んだから悪さなんて出来なくなるわ。これも宣伝しておいて。」


「神命、承りました。ではさっそくおフレを出しましょう。」


 ”この地は武器の持ち込みを禁ず。逆らう者、一生モノのタタリ有り。”


 神社からのお達しに街の人々は恐怖した。神相手ではどうにもならない。これ以降この歓楽街の治安は急速に良くなっていく。


 もちろん武器が無いだけでは悪さをする者も居たが、その都度結界の術式を強化して対応した。


 新たなコウコウ神の存在は、歓楽街の平和を勝ち取る事に成功したのだった。



 …………



「ヨシオ。僕はサイトを抜けることにした。」


「そんな気はしていた。だがあの日の約束は良いのか?」


「このままここで戦っていても何も変えられない。僕は研究に専念してサイトの全体的な強化に貢献したいんだ。それが平和への道だ。」


 1953年。ソウタはサイトを辞めて国営の父の居る研究所で働くことになる。そんな勝手は普通は許されないが、親のコネとナカジョウのクスリのサンプルを手土産に移籍を許可されたのだ。


 キサキが戦死して以降、ナカジョウ家にひたすら頭を下げて手に入れたクスリとキサキの遺体の一部。彼は自分や政府がナカジョウに貢献することと引き換えにそれらを手に入れた。


 貢献とは金銭や権利だけでなく、研究の産物を”納品”することだ。

 ただでさえ苦しい状況のナカジョウ家。その長女を奪う形になった

 政府側としては、今後の助力を受けるためにも飲まざるを得なかった。


 しばらくして。


 物があふれる時代になってもサイトの戦況は苦しいままだったが、ソウタが開発した新型のクスリのおかげで徐々に地力を付けていく。


 理由は超能力者を意図的に作れるようになったからだ。まだまだ確率は低いが、戦力補充が出来るのは喜ばしいことだった。


「必ず約束は果たすぞ、キサキ!」


 今日も新たな実験のために研究室へ入室する。

 それが彼が人道とは違う道へと踏み出す第1歩となった。



 …………



「サイトウ・ヨシオ、辞令だ。心して聞くように。」


「司令、オレはまだ全身包帯巻きなのに仕事ですか?」



 1970年。ヨシオは病室のベッドの上で実の父親から辞令を受ける。彼は数日前、何十人という一般人を人質に取られた状態での戦いを強いられてしまった。


 仲間との情報の行き違いにより、一般人を逃がせなかったのだ。その結果20年ほど前のキサキと同じ様に、銃とチカラで蜂の巣にされた。


 さすがにヨシオも同じ轍は踏まない。血筋的にも地位的にも狙われる事が判っていた彼は、自身の臓器を空間の複製により作り出していた。


 さらにそれを自分だけの異空間に保存しておいたので、致命傷を受けてもすぐに身体に上書きすることで生き延びた。しかし蜂の巣にされたことに変わりはないので入院生活を余儀なくされた。


「サイトウ・ヨシオ。貴様にはサイトの司令官を命ずる。」


「……父さん、いくらなんでもボケるには早すぎだ。」


「茶化すな。今は司令の最後の仕事として来ている。」


「申し訳有りません、司令。」


 司令は真剣な口調を崩さず、ある種軍人らしい顔つきのままだ。


「とはいえ急に押し付けられても困るだろう。まずは新たな拠点を構築し、偽装工作を施すのだ。サイトの司令官に”場所”が無いとか笑い話にもならんからな。」


 司令は拠点の候補地の書類をドサドサと置いていく。


 今回のヨシオの怪我も内通者が絡んでいると見ている。


 でなければ情報の行き違いなど早々起きない。その様に訓練してきた。なので司令官を変えると同時に本拠地もまるっと変えるつもりなのだ。


「司令、偽装と言われましたがどのような物でもよろしいので?」


「これからはお前の時代だ、お前の好きにするが良い。だがもう戦えぬ身なのだ、これからは裏方に専念するが良いだろう。」


 もう司令の返答は、息子を案じる父親の口調でしかなかった。彼の言葉通り、ヨシオは一命を取り留めたものの身体を俊敏に動かす事が出来なくなっていた。無茶な延命の代償である。


 臓器の上書きに成功したものの、所詮は素人医学だ。

 日常生活すらリハビリが必要だし、全身が幻痛に悩まされている。今はソウタのクスリで何とか馴染ませている所だ。


 息子が死と隣り合わせの体験をしたあげく後遺症があると知り、心配しない親は居ないだろう。


「……ならばやってみたい事があります。」


 しかしヨシオはもっと別のモノに気を取られていた。拠点の偽装工作である。サイトの仲間と出会ってから生まれた夢。


 本拠地を喫茶店にしてしまうのだ。


「その顔、もしや既に計画していたか?」


「ただの妄想でしたが、実現するにはこの時しか無いと思います。」


 ヨシオは語った。誰もが気軽に集まれる体を装い、そのウラでは大勢の仲間を収容できる本拠地のプランを。


「ほう、面白いな。今ある現実の空間を全て偽装として、異次元空間に本拠地を構えるか。やはり司令官の座はお前がふさわしいようだ。」


 そのやり方は本拠地だけでなく、世界中にある支部にも使える方法だ。直接戦闘が出来なくなっても落ち着いていればチカラは使えるのだ。


 そういう発想こそが未来を作ると実感したタダシは、息子に後を継がせることの心配が無くなった。笑みを浮かべてよろしくな、と肩を叩く。


「いたたたた!父さん、まだ治ってないんだから気安く触れないでくれ!」


「わっはっは。それでだ、私はしばらく補佐として仕事はする。だがいずれは自分たちで賄えるようになってもらわねばならぬ。事務方や昔馴染みとよく相談するようにな。」


「心得てます。父さんが安心して引退できるように励んでいくつもりです。」


「こいつめ、急に言うようになりおったな。」


 かくして喫茶店サイトへの道がひらけたヨシオ。

 19年前にキサキやトウジが冗談で言ったことが実現に向けて動き出した。



 …………



「わははは、本当に珈琲で戦う日が来ようとはな!!」



 1972年、トウジは敵に囲まれていた。


 ナイトの本拠地らしき場所が佐賀県にあると諜報員が掴み、トウジは多くの超能力者を有する部隊を率いて強襲した。


 しかしそれは偽の情報であり、サイトの超能力者を大幅に減らす為の敵の作戦であった。そう、元々佐賀には何もなかったのである。


 その場所には山を改造した基地が有るとの事だったが、守りにくい立地の集落があるだけだった。まんまとおびき寄せられた彼らは敵に囲まれて窮地に立たされていた。


「な、なんだこいつ!人間か!?」


 バシャッ!ズバッッ!!


「ギャアアアアア!!」


 トウジは身体の「伸縮」を利用して読みにくい軌道で敵の包囲に突っ込み、魔法瓶の中にある珈琲を敵の顔面にぶちまけて怯んだスキに特製ナイフで首を切る。


「こいつがトウジか!?全員火力を集中しろ!」


「当たらねえな。弾丸もチカラも全員一直線に放つだけ。オレはどんな姿勢からでも避けられるんだぜ?」


 言葉通り手足だけでなく胴も不思議な伸縮で、まるでゴム人間のように戦場を駆け巡るトウジ。


「手榴弾いくぞ!!」


 ドッガーーン!!


「なんのこれしき!」


 炸裂した手榴弾の破片を全身に「伸縮」を発動させて弾き飛ばす。衝撃による痛みも軽減され、傷に至っては1つもない。


「こいつ本当に人間か!?」


「お前らだって似たようなものだろうが。オレはさっさと福岡に戻ってうまい飯を堪能するつもりなんだ。手早く片付けさせてもらう!」


 勝利の美酒は福岡で、と出撃前から決めていたのだ。そのための軍資金もたんまり確保している。


 トウジは尚も怯まずナイトの部隊に攻め込んでいく。もはや包囲を崩さないと戦線を維持できない程に構成員が減っていく。


「畜生!佐賀にも美味いものは有るだろうが!」


「落ち着け!そういう問題じゃない!」


 あまりの人外っぷりに、佐賀出身と思われるナイトの構成員が混乱して叫ぶ。そして即座に同僚に諌められている。


「止まれ、こいつらがどうなっても……ゴポ。」


 後方のサイトのメンバーを人質に取るも、セリフを最後まで

言えずに首が落ちる。とんでもない瞬発力で一瞬だけ戻ったトウジは再度前線に飛び込んでいく。


「さぁさぁ、拠点はなかったようだがこのまま全滅させれば何も問題はない。相手は卑怯なことしか出来ない臆病者だ!」


「言わせておけばっ!!」


 ダラララララララ!!


「ほい、ほい。これで君はおしまいだ。」


 ザシュッ!!


 ヘイトを集めては蹴散らす。トウジはたった1人で嵐のような働きをした。


 その間仲間達はと言うと、包囲が崩れたのを見て一目散に逃げ出していた。


 トウジが露骨にヘイトを稼いでいるのもそれを援護するためだ。リーダーらしき男の首にナイフを突きつけながらトウジは息を整える。周りには他の構成員も居るが、手を出すべきか躊躇っているようだ。


「はぁはぁ。さーて、これは仲間を逃がすまでも無かったか?たった1人にここまでやられるとか、なんてザマだよお前ら。」


「さすがはサイトの初期メンバーだけあって手強かったな。」


 その過去形のセリフに訝しむトウジ。諦めたのか、奥の手が有るのか。


 周りの構成員たちが、一斉に懐から取り出した何かを周囲にばら撒く。


 リーダー格の男は白い玉を取り出すとそれをトウジに投げつける。


「チッ、危ねえ!のわっ!!」


 思わず飛び退くトウジだったが見えない壁にぶつかって押し戻される。先程のバラ撒いた物は、この障壁を作るためだったようだ。白い玉はそのまま音もなく地面に転がっている。


「共に味わおうじゃないか。これが”次元”爆弾だ。」


 カッ!!


 直後に空間”が”爆発して中にいた者たちは塵も残さず消え失せた。その場所は激しい戦闘が嘘のように静まり返っていた。



 サワダ・トウジ。仲間を守り1人で敵に立ち向かい相打ち。

 この訃報を聞いたヨシオは、悔し涙で一晩飲み明かした。


「オレたちは、一緒に夢を叶えるんじゃなかったのか。なあトウジ、お前はどこまで行ってしまったんだ……」


 本来なら親友の下へ今すぐ駆けつけたいが、遺体どころか遺品すら残らない戦いだったと聞く。


「お前、子供が出来たばかりじゃないか。なんで逝ってしまうんだ……」


 悲痛な表情と声のヨシオは、酒を飲んで泣くことしか出来なかった。




「うーん、どうなってんだこれは。」


 森の中で目を覚ましたトウジは困惑していた。

 先程までとは明らかに景色が違う場所。怪我を確かめようと自分を見るとだいぶ透明度の増した腕や足がみえる。


「見た感じ生きてるとは言い難いが、死んだ後ってどうすれば良いんだ?」


 特殊な爆弾で次元を超えたトウジはアテもなく異界を歩き始めるのであった。



 …………



「この者が我らの希望だ。お前のチカラで鍛えてやってくれ。」


「あーー、おーー……ヴァァーー」


「ただのゾンビではないか!!」



 2003年5月。神を始めて50年以上経過したが、ナイトは倒せなかった。むしろ苦戦の連続である。


 強力な2人が参戦して末端構成員とはそれなりにやりあえているが、本拠地が見つからないのだ。


 初期の頃のメンバーも要職につくなどしてバラバラだ。


 目の前の元分隊長、ヨシオは司令になったとたんに喫茶店を始めて自身をマスターと呼ぶように徹底している。


 トウジは罠にハマった部隊を救出すると同時に死亡。サイトの英雄譚の1つとなってしまった。

 ソウタはナカジョウのクスリを発展させる為に研究に没頭している。その結果生み出した強力な戦士を、目の前のゾンビ君にあっさり殺されてしまったようだ。そこで彼を本格的に育てる事にしたらしい。


 だが連れてこられた男はモブ顔で、言動はどう見てもゾンビだ。


「彼は彼で悲惨な目にあってきたのだ。だからこそキサキが教えるに相応しいと考え連れてきた。繰り返すが彼は平和の為の希望だ。」


「ふーむ。そこまで言うならやらんでもないが、言葉は通じるのか?」


「こちらの言うことは理解している。というか今はショック状態なだけで落ち着いている時は普通に喋れるから安心しろ。だがあまり戦線に穴も開けられんし、1ヶ月程度で頼む。」


「判った。基礎の概念くらいは教えよう。ナカジョウと神の技をな。」


「よぉぉぉーーまぁぁぁあアア。」


「本当に大丈夫か?こやつ。」



 こうして後に現代の魔王となる○○○○の修行が始まったのであった。




 3日後。




「ふむ、精神力の流し方はサマになってきたのう。ちょっと目を離すとあらぬ使い方をしよるが、まぁこんなもんであろう。」


「すみません、どうもカオスな使い方がしっくり来るといいますか。」


「しゃべったあああああ!!」


「今までも普通に喋っているつもりなんですけどね。どうもオレの言動って認識にズレがあるみたいです。」


 この3日間で初めてまともな言葉を発した○○○○にビビるキサキ。


「こほん、それはともかく。あなたは習得速度はイマイチのようね。でも基礎は大事だからチカラの流し方、構成の仕方は繰り返し練習なさい。」


「はい。早く師匠のような使い方が出来るようにがんばります!」


「師匠、師匠か……」


 神になって50年。この容姿のせいで甘く見られたり、チカラのせいで畏れられることは多々有った。しかし敬われる経験は少なく感動していた。


 なにせ相手は22か23くらいの大人の男だ。

 発育遅れの10歳の姿そのままな自分に、ここまで敬意と憧れを持ってくれているこの者は良い奴なのだろう。


「が、頑張るのは当然じゃ!その先に何を掴むかが重要と知れ。」


「はい!」


「よし、では応用訓練としよう。今までの訓練パターンを繰り返しながら本屋で今週発売のえろほんを全て買ってくるがよい!」


「はい!……えええええ!?」


「何じゃその返事は。不満でも有るのか?」


「それはオレが貰って良いって事ですか?」


「私が使うに決まっているだろう。」


「使っ……意外と、意外ですね。神様なんだからえっちというかソッチの方も色々できそうですけど。」


 本気でビックリした顔をしながらこちらを見る弟子。


「神だからってナニもかも出来ると思わないことね!」


「チカラで全て解決できると限らない。そういう事ですね!」


「解ったらさっさと行くがよい。領収書はコウコウ神社でな。」


「了解しました。行ってきます!」


 身体の中に精神力の流れを発生させながら買い出しに行く弟子。

 どうやら今月は無事にえろほんが手に入りそうだ。巫女に頼んでも中々買ってきてはくれんからのう。


「あの、キサキ様?殿方には秘め事はお隠しになられた方がよろしいかと思われます。勘違いして襲われたらコトですよ?」


「む?巫女よ、弟子は大人。この身にタギる物など無かろう。それに霊体である私は実体化を解けば何も問題ないぞ。」


「ですが世の中には特殊な方がたくさんおられますわ。そういう目で見られる事自体がキサキ様の為になりません。」


「そういうものなのか。しかし50年もこの姿で過ごした身としては、現実の恋愛や姦淫など無縁のモノと思うのだがのう。」


 私も言葉遣いだけは少しだけ老けた気がするが、これは仕方ない。意識は徐々に衰えるものだ。


「ただいま戻りました。結構な量になったので店員さんに心配されましたよ。絶倫なんですか?って。」


 そうこうしている内にゾンビ君が戻ってきたようだ。

 時間を操れるだけあって早いわね。



 …………



「弟子よ、来てやったぞ!」


「うわ、師匠!?何で入ってきてるんですか!せめて隠して!」



 くふふ、弟子が風呂に入ったので乱入してやったぞ!


 ちょうど身体を洗っていた場面だったようで、慌てふためく弟子が前を必死に隠していた。まぁ神パワーで確認してから来たのだがな!


「そんな邪険にするでない。せっかくの本物を見る機会……いや、師弟の交流を図る機会ではないか。」


「本物ってなんですか!師匠なら街の店をいくらでも覗けるでしょう?」


「あれはあれでオツだが結局は映像なのだ。ほれ、恥ずかしがらずに前を晒すが良い!」


「ちょっ今はその、最近の禁欲でえらいことになってますんで!」


 そうであろうな!この街に来て数日、一度も”遊ばず”に修行三昧。美しい巫女と私に囲まれ、えろほんで刺激を受けたはず。さぞかし立派なテントの骨組みを――


「ひえっ!それ、そんなになるのか!?」


「だから言ったじゃないですか。師匠は凄い人なのは分かるけど身体はお子様なんだから、コレは目に毒です。出ていって下さい!」


「だって、こんなに迫力あるなんて知らないわよ!」


 色も凄いし血管もアレだし、不気味に動いてるし!この世のオナゴはみんな、あんな物を手懐けておるのか!?


「あの、師匠?じっくり見ないでほしい。ってか手足を神パワーで拘束しないでほしいのですが。」


「減るものでもなしに細かいことを気にするでないわ。それよりここから吐しゃするところを確認したいのだが。」


「師匠。万一ここで果てたりしたら警察のご厄介になる羽目になります。そうなればナイトとの戦いどころじゃなくなるのですが。」


「ぐぬぬ、それはヨシオに申し訳が立たぬな。そうだ!ならば修行じゃ!修行の一環として色々教えよう。」


「教えるって……この状況で、無茶するのをやめてほしいんです。立場が上の者が無理やりするの、パワハラって言うらしいですよ。」


 私も言葉くらいは知っていた。2年くらい前に提唱され始めた言葉だ。


「そんな事言ったら、神である私は何も出来ぬではないか!それにほら、私も隠しておらぬ。オアイコというやつよ。」


「くっ、とんだエロ幼女ですね。ならばオレのチカラで……」


 時間を操っても私の拘束は解けないわ。少なくとも今の弟子ではね!もっと強力かつ繊細な技でないと神のチカラの前には赤子も同然よ。


「師匠、拘束は自力で解けないと思ってますね?でもオレもチカラを飛ばすくらいは出来るんですよ!」


「む?何をしたのだ?」


 がららら……戸が開く音がして巫女のやつが入ってきた!空気の振動を空間ごと外へ伝えたのか!


「そんなに騒いでどうなされました?まぁ、荒ぶってますね。」


「巫女さん、キサキさんを止めてくれ!」


「キサキ様、殿方の入浴に付き添うなんて10年早いです。いい子ですから外に出ましょうねー。」


 巫女が後ろから脇に腕を通して引きずって外に出そうとする。


「離せー!私に10年後など来ないのよ。だから今こうして本物を――」


 何十年も同じ身体なのだ。10年後も成長してるとは思えない。


「いけませんわ。あんな素敵な物、目に毒ですよ。」


 お前も言うか。もっと見たかったのに!眷属たる巫女に手を上げるわけにもいかず、引きずられる私だった。



「ふー、危ない所だった。ってあれ?拘束が解けてないぞ。」


 そのまま2分ほどで巫女さんが戻ってくる。

 どうやら無事に隔離することに成功したようだった。


「さて、○○○○様。貴方にも聞きたいことがあります。コレはキサキ様のお肌で張り詰めてしまったのですか?」


「ち、違います!これは禁欲生活の賜であって、あのエロ幼女は乱入してきただけで!」


「その割にはご立派に……もしや特殊な御方ですか?」


「特殊は知らないけど、これは巫女さんのうなじを思い出して――」


「まぁまぁ、神に仕える私で?いけない人ね。」


 そのまま妖しい目つき手付きで近づいてくる巫女さん。


「あ、今のナシで……おっふ!」


 そのまま○○○○の手足を撫でていく。それと連動して元気に跳ねる。


「ふふふ。何を期待してるんですか?拘束を解いてるだけですよ。キサキ様を許してあげてくださいね。あのお方も寂しいのです。」


「そりゃ50年も引きこもってては可怪しくもなりますよ。」


「ソコは元かららしいですが、容姿が変わらないのは堪えるようで。よろしければこの後にでもお話を聞いてあげて下さい。」


「ええ、そうします。てかあの性格は元からなのか。」


「それと伝言です。1回も抜かずに来るようにと。」


「嫌な予感しかしないので部屋で寝ていいですか。」


「ダメです。」


 意気消沈して風呂場から出て浴衣に着替える○○○○。

 悶々としながらも師匠の部屋へ向かうのであった。



 …………



「来たか○○○○。さっきは急ぎすぎた。すまなかったな。」


「いえ、わかって頂ければ構いません。」



 小さな社内に2人で座る。私は距離感を探りながら弟子と会話する。


「そのな。実はさっきのも本当に修行の一環でもあるのだが、どうも生きた時代も性別も違う故にこのような事になってしまった。」


「生き物って難しいですからね。仕方有りません。伝えたいことがあるのならお話は聞きますので、気楽にどうぞ。」


「うむ、どこから話したものか……」


 弟子の申し出は嬉しいものだったが言いたいことが多くて纏まらない。


「順番は気にせずとも良いです。時間も止めます。いくらでもどうぞ。」


 こやつは優しいな。ならば思いつくままに話し始めよう。


「私は一族の契約と再興のためにサイトに入ったの。」


 そこで出会った仲間たちとの固い約束の事。

 すぐに死んでしまって神になった事。

 かつての仲間が居場所は別れても平和を目指してる事。


 自分も彼らの役に立ちたいから弟子を受け入れた事。

 弟子の習得速度はイマイチだが発想は光る物がある事。

 さらなる高みへ目指すにはよりお互いを理解する必要がある事。


 それらを語る際に徐々に自分のしたいことが見えてきた。


 最終的には、自分という存在を何とかして欲しい事。


「何とか、ですか。」


「具体的にはよく判らぬ。10歳でここに来て、それなりに愛着もある。だが徐々にチカラも衰えだして、このまま終わるのは口惜しいのだ。」


「師匠の言動を総合するに、大人になって恋愛したいって事ですかね?」


「そうかもしれぬ。だからお主のチカラを求めてしまったのかもな。だが叶わぬ願いだ。もう私に身体は無く、実体化もマヤカシにすぎん。」


 実体化は霊体に障壁の一種を張って身体があるように見せてるだけ。肌の感触は有るけれど、あくまでチカラで感じ取って認識するのだ。


「叶わぬ願い、か。オレも他人事じゃないんで手助けしたいですが。」


 ふむ、もしや叶わぬ相手に懸想でもしておるのか?どおりで風呂場で消極的だと思ったわ。


「今すぐにとはいかんであろうな。これから上等な修行をつけても1ヶ月以内には終わらない。元々秘伝のものだから難しい故な。」


「それでも教えて下さい!今は無理でも将来は可能性があります。」


「元よりそのつもりであった。なんだ、お主はゾンビだ何だと思っておったが存外気が合うではないか!」


「ええ、意思の疎通って大事ですよね。」


「なら約束しようではないか。ナカジョウの秘伝の技術を教える。その代わりに落ち着いたら私を助けに来てほしい。」


 約束は制御。心を制御すればより強いチカラを生み出す。

 だから約束にはチカラがある。そして彼は更に強力になるわ。


「わかりました。いつの日か必ず。」


「よく言った。では時間もないし覚悟してもらうぞ。」


 スルスルスル……。


「うぇ!?」


 私は神通力でお互いの服を剥ぎ取って端へ寄せる。


「この貧相な身体では大人の殿方には不十分故、少々無茶をするわよ。」


 実体化を解いて霊体になると弟子の身体に憑依する。


『これからこの身にチカラの使い方を叩き込むわ。いろんな感情や感覚が襲いかかるけど、死なないようにね。』


「うわあああああああ!!」


 嬉しさ・悲しみ・緊張感・脱力感・怒り・憎しみ・苦痛・快感……あらゆる感覚を味わいながら、しばらくして倒れる○○○○。いろいろ”果て”てしまったようだ。



 最初はこんなところね。実体化した私は部屋の片付けを始める。まずは弟子の身体を拭いて布団に寝かせてあげる。


 意外な方法でアレの瞬間を見てしまったり、攻撃的な男の香りを嗅ぐことができてちょっと得した気分。私はやっぱり色・エロな幼女なのかもしれない。歳だけは違うけどね。


 彼の発したソレを片付けながら将来を期待する。ともかくこれを続ければ1ヶ月でマシな超能力者になれるであろう。


 翌朝挨拶に訪れた巫女が香りで察して、


「やっぱり特殊な趣味の御方だったのかしら。」


 などと言っておったが実質何も間違いは起きていないから問題ない。


 昼間は前夜に学んだことの実践訓練、夜はナカジョウ秘伝の術式を身体に教え込む。


 身体に良い事ではないが、ちょっと寿命に影響するくらいであろう。


その後。


「うーむ。秘伝の難易度は高く分量も多いとは言え、進捗は2割程度か。私は5歳で習得したのだが……常人ではこんなものか。」


「ふしゅるるるるる、ぼぉぉぉおおお。あーーー。」


「良い良い、気にするでない。私も毎晩良いモノを拝見・体験させてもらったしのう。クククッ、若返った気分じゃった。」


 体験と言っても取り憑いている間の感覚共有であって何か有ったわけではないぞ。私では大人のソレは荷が重い故な。


「それにしても結局ゾンビ君に戻ったままだったな。何を言っとるかは大体判るようになったが……。」


 我が弟子は物覚えは良くないが、覚えたことは手足の如く扱えるようになっていた。ナカジョウとしてはまだまだだが、一般兵に比べれば上等だ。


 ヨシオよ、泣いて感謝するがよいわ!

 そして我が弟子よ、必ず約束を守るのだぞ!



 …………



 余談であるがマスターがチカラを夜伽に使う概念は、始まりはこの修業からきている。


 身体の内部からイジられて感情や感覚を操作されたのは、後々の大きなヒントになった。


 毎晩盛大に粗相しても精力が枯渇しなかったのは、ソコだけ時間を戻していたからだ。それは銃を使う際の自動リロードにも応用している。


 だが彼に教えたキサキは知識は豊富だが実践経験が乏しかった。なのでカナが魔王邸に来た時には溜め込んだ知識を爆発させ、妻どころか化物達も大満足なセイギの魔王になったのである。



 …………



 そして2007年夏。



「あのバカ弟子め!魔王なんぞに成り果ておった!約束が違うぞ、さっさと私を助けに来んかーー!!」



 神社の境内で、神通力入りの叫びをあげるキサキ。


 巫女さんはそれを近くで見ていたが、それよりも自身に宿った生命の方を気にしてお腹を撫でていた。


 2005年の記憶消去を経ても、彼女達にはマスターとの記憶が残っていた。キサキは一応は神であるせいか、この街に張られた神パワーの結界が守ってくれたようだ。


 案外マスターのチカラはガバガバだった。苦し紛れの一手ではこんなものなのだろう。


 しかしいくら神パワーの叫びとはいえ異次元には届かなかった。


 実の所マスターは日々を生きるのに手一杯で、すっかり忘れていた。だがいつか支払うことになるだろう。世の全ては巡っているのだから。


 その支払いが正当な報酬としてか、代償という形になるのか。それはマスター次第ということになるだろう。


お読み頂き、ありがとうございます。

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