54 トキタ その2
「アケミさん、いらっしゃいますか?……ってちょっと!!」
「キョウコさんか!?助けてくれ、アケミが上で……よだれが胸に!」
2010年1月4日朝。
事務所に顔を出さなかったアケミを探して医務室に来たキョウコ。男に乗りかかっているアケミに近づくと、念の為”確認”する。
(下は無事だけどダダ漏れ感が残ってるわ。胸も下着は付けてるし特段ズレてもいない。)
「うへへ、ケーイチさんはお尻が先がいいんですかー?胸もモゾモゾします。外し方わかりますー?」
「お、おい!オレが勘違いされる前に起こしてやってくれ!」
寝ぼけたアケミが、キョウコの”確認”をケーイチの悪戯と勘違いする。焦るケーイチだがキョウコは意に介した様子は無い。
「昨夜はお楽しみでしたね。」
「今何も無いって確認しただろう!?アケミを降ろしてくれ。」
「冗談ですよ。でもトキタさんのコレが引っかかって降ろせません。」
「キョウコさんってシモネタいける口だったのか?」
「楽しめる所は楽しみますよ。オ、オトナですから。」
ちょっぴりどもったのを隠すようにアケミの身体を横へ転がして、ケーイチの上から隣のベッドへ運ぶ。
「アレはキョウコさんの差し金か?」
「ドレかは知りませんがミキモト教授からの指示です。」
「なるほどな。それでアケミが張り切ったと。」
「それで、少しは我々を頼ってくれる気になりましたか?」
「アケミと約束したしな。話せる所は全部話すさ。だが――」
「ええ、曖昧な箇所の解読は私達がやりますね。」
「おはようございます。あー!隣のベッドに居る!ケーイチさんに悪戯される夢を見たのに起きたらガッカリよー!」
寝起きのアケミは頭がお花畑になっていた。
そして深夜の約束通り、ケーイチの過去を聞くことになる。少しでもヒントを得られればとキョウコも参加することになった。
事務所の仕事については部下に丸投げだ。
…………
ケーイチはトキタ家の長男だった。あまり裕福とは言えぬ家だったが、高校はなんとか卒業して解体屋に務めていた。
力仕事や工場などは、良く言えば職人気質の男が多い。
彼の職場もそうだったが、面倒見の良い先輩が教育係になったので仕事を続けることは出来ていた。
「いいか、ケイ。仕事は心でやるもんだ。技術や力なんてのは後でどうとでもなる。まずやる気、そして知って考えて行動するんだ。」
先輩曰く、まずは気持ち。闇雲に言われたことだけやるのではなく、作業対象の確認。それの対処法と準備、そして行動。
それらを考えて行動することが大事だと教わった。
「これは人間関係でも同じことだぜ。そのうえで、だ。男は黙って格好付けて生きていれば、大抵なんとかなるもんだ。こういうコートなんて羽織ってバイクに乗ってみたりしてな。」
格好良いファッションとは無縁だった彼には、先輩の姿は男らしく見えた。
金を貯めて先輩のマネをして革のコートを身につけるケーイチ。バイクはまだ手が出ないが形から入ることにしてみた。
時は流れ、21歳の時に街で外国人にナンパされている女の
助けに入った。実は友人同士で遊んでいただけだったので赤っ恥である。
だがそれがトモミとの出会いであり、面白くも頼れる男と認識されて休日に遊ぶ仲になる。
その日も2人で街中を歩いていると、青汁の試飲・販売に捕まった。ガタイの良いケーイチはそれを話のキッカケにグイグイ勧められた。
彼は女の前だったので明らかにマズイであろうソレを断りきれず、飲み干すとイメージと全然違う美味しさに驚いた。
「ね?苦く無いでしょう? スッキリ美味しく身体も健康になる新型の青汁、今なら1箱このお値段です!さぁさぁ、彼女さんもぜひ試して下さい!」
女店員に押し切られて2箱も買ってしまったが、その効果は高かった。疲れて悲鳴をあげる筋肉の痛みが波が引くように消えていった。
購入時にアンケートに答えて少し安くしてもらえたし、これは良い買い物をしたなと2人で笑いあったものだ。再度手に入れようにも2度と手に入れることはできなかったが……。
ちなみに市場でよくある粉タイプではなく、真空パックに入れられた液体を好みの飲み物で割るタイプであった。何故こんな手間を掛けるのか解らないが、良い物特有のコダワリなのだろう。
その時はそう思っていた。
それから体調も良くなりバリバリと仕事をこなす。
2週間もすると、手から妙な暗い光が出せるようになった。それがなにかに触れると砂のように崩れ落ちる。
同じ日にトモミから連絡があり、彼女もまた不思議な現象が発現していた。どうやら噂に聞くチカラ持ち。所謂超能力者になったようだった。
ケーイチの「分解」のチカラは職場で重宝される。
先輩の教え通り、対象の弱点を探ってチカラを使うだけで驚くほど仕事が捗った。
トモミの「精神干渉」は2人の未来に夢を持たせてくれた。お互いの気持ちが誤解なく伝わるのはとても素晴らしい事だと思えた。
聞けば彼女には夢があり、国境や言葉を超えた相互理解を進めたいらしい。とても気の遠くなる話だが、彼女のチカラと非常に相性が良いと言えた。
それから数ヶ月の交際を経て2人は婚約をしたが、ケーイチの前に政府の使いと名乗る者が現れる。それは青汁の販売員であった。
彼女の顔は既に忘れていたが、当時のモノマネで一発で思い出した。何やら才能がありそうな人に例の青汁を売りつけていたらしい。
あの青汁は薬液入りだった。体力の回復を促すだけでなく精神的な才能を引き出す効果があるそうだ。
そうしてチカラ持ちになった者をある組織に勧誘しているらしい。
アンケートに住所を書かせたり、その最中に顔写真を盗撮して情報収集もしていたようだ。
何故そんな回りくどい事をするのか尋ねると、彼女は真剣な表情で答えた。
この社会にはウラの顔があり、ナイトと呼ばれる非合法組織に秩序が脅かされているらしい。そこで政府はナイトに対抗する組織としてサイトを立ち上げ、何十年も戦い続けているようだった。
そして今日はケーイチをサイトに勧誘しに来たという訳だ。
彼の「分解」は直接的な戦闘において、とても有効だと判断されたらしい。
とても信じられない話では有ったが、埼玉のとある喫茶店に連れて行かれてその中身を知ったら納得せざるをえなかった。だが――
「オレには婚約者が居る。危ない橋は渡れない。」
「あの時の彼女さんですか?それはおめでとうございます、ノロケんな。」
「なんで睨まれてるのかしらねえが、今回の話は無かった事にしてくれ。」
その場でハッキリ断ったが、そこからケーイチの生活に変化が出始めた。
彼の勧誘を諦めなかったサイトは、彼の務める解体会社に掛け合い転職するよう働きかけた。頻繁に彼に公務員を勧めるようになったのだ。
仕事先の近所でナイトと思わしきチカラ持ちが事件を起こしたりもした。
自分だけでなく、婚約者が怪しい人影に怯えるようになったりもした。
それは不自然な変化だった。ナイトにも目を付けられたのか、それともサイト自身の仕込みだったのか。
それでも戦いに身を投じる事を拒んでいたが、婚約者に危害を及ぶ可能性を考えてついにはサイトへの入社を決めることになる。
その際に自分の手で婚約者を守る事と、彼女の自衛の意味も含めてトモミもサイトへ入社することを薦めた。
こうして後にサイトの死神・魔女と呼ばれる2人は埼玉の喫茶店で住み込みで働くことになったのだ。
ケーイチが22歳、トモミは20歳の時の出来事である。
…………
「かなり早足だったが、サイトに入るまでの経緯はこんなもんだな。」
「へー、解体屋さんだったのですね。とても似合ってます!」
「アケミさん、そこは問題じゃないわ。気になる点が2つあります。」
ケーイチの話を聞き入っていたアケミが呑気な感想を言う。呆れた顔でキョウコがツッコミを入れて話をすすめる。
「青汁と、勧誘方法か?」
「ええ、1つは。その青汁、効果から見てウチで使っている薬液ですかね?」
「身体の治療に精神の強化、たしかに似てるかも。」
「多分そういう事なんだろうな。今より効果は控えめだったが。ナイトとの戦いでの兵員補充のつもりだったんだろうよ。」
「勧誘も聞いた話だと怪しいわよね!絶対政府がなにか――」
「もう1つはトモミさんの行方不明になった時期です。年齢的に2000年ですよね?」
アケミが鼻息を荒くして陰謀論に持っていこうとするが、スルーして別の件を話し出すキョウコに押されてモジモジして黙る。
「そうだが、まさか……」
「記録では、ちょうどその頃に行方不明となっています。普通なら参考人という名の容疑者として連行案件ですね。」
「キョウコさん!それはあんまりですよ!それを疑ったら政府側が一番怪しいじゃないですか!」
「ともかく、最後まで話しを聞いてからにしてくれ。」
どっちにしろまともに動けないケーイチには話すくらいしか出来ない。
ちなみにトモミが行方不明なのは、この改変世界における”設定”だ。
認識を参考にしたパラレルワールドのトモミも、元のこの世界の彼女も2000年に行方不明などにはなっていない。
しかし身を隠す都合上、そう設定する必要があると判断したマスターのアドリブ改変である。でなければ彼女の家族経由ですぐにバレただろう。
「絶対逮捕しちゃだめですからね!!」
ぷんぷん怒るアケミだったが、キョウコに促されてケーイチは昔話を再開させる。
自分が聞き出す役なのに……と若干落ち込み気味だ。
…………
「2人とも良くやってくれたな。今日はもう休んでくれていいぞ。」
「「了解です!」」
時は2001年。埼玉県久喜にある喫茶店サイトに仕事を終えて帰還したケーイチ達は、マスターであるサイトウ・ヨシオに労われる。
「ほら、ちと遅いがメシを食っておけ。」
「「はい、頂きます!」」
「お主らは今やウチのエースだからな。倒れられても困る。」
「エースだなんて。先輩達にはいつも助けられてます。」
「ケーイチさん、結構そそっかしいから。」
「この仕事は最初の1年が1番危ないが、よく生き残ってくれた。」
「最初は焦りましたけどね。でもトモミのサポートが有りますから。」
「索敵だけならね。今考えている技が完成すれば、もっとお役に立てると思うわ。」
当時はまだ技の完成度は低かった。それでも幻覚や索敵は大したモノで、敵を完封することも少なくなかった。
「だが油断はしないようにな。分解も精神干渉も強力だが無敵という訳ではない。」
「ええ、常に先手を取るつもりで気を引き締めておきます。」
チカラ持ち同士の戦いは不意打ちであっさり終わるか、もしくは泥沼の戦いになりやすい。なるべく先手を取って有利にしたい。
その点、トモミの精神干渉は非常に優秀だった。周囲の待ち伏せや作戦などが全てわかってしまうので簡単にウラをかける。
また、ケーイチの分解も不意打ち戦法と相性が非常に良かった。なにせ当たれば大抵の相手は、死ぬか戦闘不能になるからだ。
このコンビがサイトに入ってから、不利だった戦局はほんのわずかずつだが持ち直し始めていた。
サイトはこの50年の間、ナイトに押されている。
奴らは世界中の似たような組織を取り込み活動している。
政府側も対抗組織のサイトを作るが人員不足・諜報被害・練度不足で手も足も出てない状態だったのだ。
中には強い者も現れたが、敵の諜報員に踊らされて死んでいった。だがトモミのチカラのおかげで、逆に諜報員や内通者の炙り出しに成功する。
敵は成長し続けて世界規模の巨大な組織であったが、少しだけ光明が見えたと言えよう。
2002年になると超能力者専門の研究所から1人の助っ人が送られて来た。クスリで戦闘能力を高めた男だった。
後で知ったことだが、ミキモト教授の研究所からの派遣だったらしい。
彼は戦闘意欲が高くチカラを身体に纏わせて使うタイプの超能力者だ。
アタッカーが2人になった事で、更に余裕を持って勝利を収める事ができるようになっていた。
防御面では難があるものの、そこは装備とチカラとチームワークでカバーしてきた。
そして2002年の年の瀬、露天商のフリをした諜報員から連絡が入る。非常に貴重なチカラ持ちが現れたとの報告だった。
「ついに来たか、時間干渉の能力者!」
サイトウは並べた資料を見て興奮しながら部下に伝えた。
「良いか、こやつは必ず!必ずウチに引き入れねばならぬ。この機会を逃せばサイトどころか世界が滅ぶと思え!!」
そう。この男こそが後の現――
…………
「うぐっ、ぐがっ……」
「トキタさん?」
「ケーイチさん!?」
突如言葉を飲み込み頭を抱えてしまうケーイチ。彼は後の現代の魔王について語ろうとしたら苦しみだした。
アケミが精神安定剤を投与し、暫くするとケーイチは落ち着いてくる。キョウコは注意深くその様子を観察していた。
「アケミ、すまないが今日はここまでにしてくれ。」
「ええ、今お茶を入れますので飲んだら寝て下さい。」
「まって、その前に確認だけしておきましょう。」
「キョウコさん、それどころじゃ……」
「容態の方はアケミさんに任せるわ。でもこれだけは聞いておきたいの。今、時間干渉の超能力者について話したら苦しみだしたわよね?」
「あ!そうか、クリスマスの話も似たような症状が!」
「多分トキタさんは会ったのよ。現代の魔王に!」
「……オレにはその辺は何も言えないらしい。」
「ということは!魔王の精神干渉を受けたってことですね!」
アケミはお茶を入れるのを思い出してそそくさとティーセットを用意しに立ち上がる。
こころなしか軽い足取りのそれは、アケミの心とリンクしていた。
(彼は現代の魔王に偽の記憶を植え付けられたんだわ!つまり彼はフリーだった!私は押せば押すだけチャンスが、くふふ。)
「きっと碌でもない事を考えてるわね。」
「奇遇だな。オレもそう思うぜ。」
幸せな勘違いをするアケミだがそれも仕方のないことだろう。人間誰しも自分がオカシイとは思わないものだ。
…………
「挨拶も来ずに何をしてるかと思えば、トモミが拐われただと?」
「すみません、マスター。動くに動けない状態でして……」
1月5日。サイトのマスターが特別訓練学校の医務室に現れた。
サイトウは魔王の赤いチカラを免れていた。2005年の名前消失事件と同じ理由、自身の異界に居たせいである。
彼以外の者はクリスマスなのもあってほとんど出払っており、記憶は改ざんされている。
「だが良かった。誰もトモミの事を覚えて無くて、良い加減オレの方がオカシイのかと思ってましたよ。」
「まったく、お前ら無茶しおって……。連絡もなければ他の者の認識も少々ズレてて何事かと思ったぞ。」
「あの、サイトウさん?やっぱりケーイチさんはご結婚を……」
アケミは恐々としながらも聞かずにはいられなかった。その手にはカラの容器を持ち、既に精神安定剤を服用していることが判る。
「うむ、今回は記録まで改ざんされておるらしいが確かに入籍してたぞ。」
「ガーン!儚い夢だった……いえ、記録上フリーなら実質私の……」
あっさりと事実を突きつけられてショックを受けるアケミ。せっかく昨日の考察では彼が独り身だと思ったのにコレである。しかし現在の記録的にはフリーであるのは変わらない。ならば……。
そんな事を考え始めたアケミを見てサイトウは面白そうに目を細める。
「ケーイチは相変わらず女にモテおるな。それで、どうなんだアヤツは?」
「すみません、マスター。オレはイイのを貰っちまったみたいで、直接伝えられない状態になってます。」
遠回しにならなんとか発言できるし体調も悪くはならないようだった。しかし具体的な言葉は自身を締め付ける。迂闊には伝えられない。これは言葉だけでなく、ペンやキーボードでも同じだった。
「精神干渉か。しかし今回のは規模が怖ろしいの。」
「今まで、マスターとトモミといろいろ推測してたじゃないですか。死人を追うなとかその辺、実は当たっていたみたいです。」
「やはりか。今までの事件も人を辞めたからこそ出来たわけだな。」
「人を辞めるって、どういうことでしょう?」
キョウコやアケミは突拍子もない話にきょとんとして問いただす。
「チカラは使いすぎると人の身には堪えるでな。」
「そうなると我々では手がつけられないのではないですか?」
その説明では解らないことも多いが、超常の存在と仮定して
話を勧めるキョウコ。彼女はヤリ手である。
「普通に考えれば別の付き合い方を考えるほうが良いだろうが、政府はそうは思わないだろう。メンツというものがあるしの。」
「それではどうしたら良いのでしょう。」
「オレは体を治したら追わせてもらうぜ。トモミを取り返すんだ!」
「ケーイチさん、ダメですよ!今度こそやられちゃいます!」
「このお嬢さんの言うとおりだ。お主はもう辞めたほうが良い。次は自分の身が滅びることになるぞ。アヤツのやり口は知っておるだろう。」
現代の魔王は容赦がない。しかしそれは相手の出方次第でもある。今回はトモミが抑えてくれたからケーイチは生き残ったのだ。
彼に危害を加えようとすればするほど、徐々に取り返しがつかなくなる。それはサイト時代からでも見て取れる特徴だった。
「しかしこのままでは、オレは……何のためにここまで……」
ケーイチも認めたくないだけで、状況は把握している。自分の浅慮で取り返しがつかない事態に片足を突っ込んだ事を。
それすら認めずに更に先に進むと、今度こそ両足を突っ込む事になる。それでは何も無くなってしまう。今では命と思い出しか無いが、それすらも。
完全に黙ってしまった一同だが、1人だけその沈黙を破る心を持っていた。
「それはっ、私と出会う為です!!」
いきなり大声をあげるアケミに一同ぽかんとした表情だ。
皆の心の声を纏めるならば、何を言ってるんだコイツ。であろう。
彼女はケーイチに顔を近づけて言葉を続ける。
「私はケーイチさんに出会えて幸せでした。それをケーイチさん自身で否定されると心がとても痛いです!」
「お、おう……?」
「そこまで お、奥さんを追うと言うなら止めませんし応援しますが、医務室担当として条件があります!」
奥さんと言いたくなくてどもるが、そこを認めなければ始まらない。自分で2日前に言い出したことでもある。
他の者は何を言い出すのか耳を傾けている。
ケーイチは壁際に追い詰められて銃を突きつけられた気分であり、サイトウはただの看護師が何を言うのか興味深そうであり、キョウコは聞く前から呆れることが解って呆れていた。
「それは私とお付き合いすることです!私は貴方の身体の責任者です。だから貴方も、私の心と身体の責任を取って下さい!」
「どんな理論よそれ。」
「辻褄合って……ないよな。いやしかし、これは面白くなってきたな。」
「だからオレには妻が――」
「今はフリーじゃないですか!トモミさんの事は信じてあげます。でもその証拠はこのお爺ちゃんの証言だけで結婚の記録も無いです!」
「そうだけどなぁ、オレの中には……」
「こんなにボロボロになって1人で何が出来ますか!私が居ればもう絶対にこんな事にはさせません、私のチカラなら!」
「…………」
「だから結婚を前提に付き合って下さい。後悔はさせません!」
「微妙に条件を釣り上げたわね。」
「絶妙なタイミングではあるがの。」
「……その条件を飲んだら、結局オレはトモミに顔向けできない。」
「それでもです!魔王とは今まで何年も掛かって1度会えたきり。しかも心も身体もボロボロじゃないですか。サポート抜きで追うつもりなら私は手を貸せません。医務室からも出せません。」
「…………」
「決まりだな。お主のチカラは強力だが、攻撃に関してだけだ。今までもトモミのサポートがあったから生き延びたにすぎん。」
(あるいは現代の魔王の、な。)
対ナイト時代は○○○○のサポート抜きでは死んでいただろう。ついでにいえばサイトウによるサポートもだ。
そして彼らが言いたいことはケーイチにも解っていた。現代の魔王の事以外はわりと聞き分けが良いのがケーイチだ。
「わかった、受けよう。決めた以上はオレも後悔はさせない。」
「やっっったぁぁぁあああ!!もう取り消しちゃだめですからね!?」
パリィィィイイン!!
その時何かが割れるような高音が響いた。同時にケーイチから黒いガラス片の様な、昔の3Dゲームのテクスチャの様な破片が飛び散った。
精神力で出来た破片はそのまま音もなく消えていく。
「「キャア!!」」
「何事だ!」
「このチカラの破片、アイツが何か仕掛けてやがったのか?」
「ッ!!トキタさん、現代の魔王の事話せてます?」
「もしやアヤツのチカラを「分解」したのか!?」
「確かに、これは……」
(そうか、あの時の言葉はそういう!やられたぜ!)
後半は声に出さずに発言する。
『トキタさんはそうですねぇ。あの看護師さんとでも仲良くしてあげたら良いんじゃないですか?』
現代の魔王の、去り際の最後の言葉。
それがこの状況を突破するカギだったのだろう。
「ケーイチさん、凄いです!私と組めば魔王なんてすぐ倒せますよ!」
「これは希望が見えてきましたね。では私は仕事に戻らないと。」
「ケーイチよ。アケミさんを泣かせるんじゃないぞ。」
そんな事をしらない周りの者達は、魔王のチカラを破った彼の可能性に気持ちが高ぶっていた。
(アイツめ、これを読んでいたと言うことか?)
若干冴えない顔のケーイチだったが、大人しく彼らの言に乗ることにする。そうすればとりあえず自由になれる。だが約束は守らねばならない。
「ケーイチさん、お風呂いれてあげますね―。今までも全身拭いてたし恥ずかしがらなくて良いですよー。」
「オレは気絶中に好き勝手されてたわけか……」
まあ医者や看護士という職業故にだろうが。
こうして、新たな信頼関係を築きつつケーイチは魔王を追う事になる。教官の復活の知らせは、子供達も素直に喜んだ。
お読み頂き、ありがとうございます。
前話の後書きにも書きましたが、毎週1話か2話の更新になります。