53 トキタ その1
あけましておめでとうございます。
年も新章もスタートということで、よろしくおねがいします。
「オレは何のために戦ってきたんだ……」
2010年1月3日。トキタ・ケーイチは医務室のベッドの上に居た。
クリスマスイブに愛する妻をこの手で貫き、その身柄を現代の魔王に奪われたあげく歴史を改竄されてしまい誰もトモミの事を覚えていない。
そのショックから立ち直れずに居たのだ。
「オレは、アイツを追わなければ……なのにこのザマだ。」
あの日の身体のダメージは少しずつ癒えて入るが、心はそうはいかない。消耗した心を回復させようと睡眠時間が伸びている。しかしその度にあの日の悪夢を見て心を消耗させる。悪循環だった。
たとえ立ち上がれても、暴走を警戒されて医務室担当のアケミに止められる。魔王を追おうにも場所もわからないし情報も無い。今まで通りだ。
そもそも彼はチカラの制御が怪しくなってきている。クリスマスで無茶な使い方をしたのもあるが、やはり心のダメージが大きい。
「ケーイチさん、起きたのですね。お茶飲みます?」
ハーブティーを淹れて持ってくるアケミは笑顔だ。
(くそっ、トモミが拐われたのになぜ笑顔なんだ!)
それはただの八つ当たりでしか無いのだが、頭に血が上った彼は彼女に返事をすることもしない。
もちろんアケミはケーイチに落ち着いてもらおうと善意での行動だ。
「そんな怖い顔しないでください。トモミさんのことは解りませんが、きっと大変な事があの後あったのでしょう?このお茶、いい香りでとても落ち着きますよ?」
「…………」
イラついたケーイチはティーカップを払おうと腕を動かす。
しかしゲル状のハーブティーが飛び出して腕を迎撃、ヤケドを負わせてそのまま這いずって医務室を出ていく。
「あっつ!?」
「あらあら大変!今すぐ氷を持ってきますので、冷やしましょう!」
ティースライムとでも言うべきか。アケミが心を込めて淹れたお茶は料理スライムの亜種となっていたようだ。
「すみません、私のチカラはどうにも不安定でして……」
氷嚢を持ってきて、謝りながらケーイチの手首に乗せる。アケミのチカラはハッキリとはしないが回復系の何かのようだ。
絆創膏で食中毒や骨折を治してきた手腕は相当のものだ。しかし心を込めすぎると、大事な時ほど暴走する欠点がある。
「…………」
イラついてはいたが、自業自得なので黙って手当を受ける。黙ったまま枕に頭を落とすとそのまま目をつぶる。
アケミはネガティブな表情が出ないように注意しながら、マイナスイオン発生装置のスイッチを入れて机に戻る。
彼女もまた彼のあの様な態度が堪えないわけもないのだが、それを出さないように気をつけていた。
…………
「ふーむ、やはり量より質が問題じゃな。」
「とはいえ最近は手に入り難いですからねぇ。」
ミキモト研究所 NO.6で芳しくない研究結果を確認しながら、ミキモト教授とサワダは頭を悩ませていた。
「これじゃあいっそ、海外から調達したほうが良いまでありますよ。」
「そうじゃのう、当面はそれで良いにしても解決には至らんのがな。」
彼らの悩みのタネ、それは緑色の薬液の材料であった。
あまり大手を振って公言できるモノとは言えずにこそこそ集めていたが、最近では手に入りにくくなっていた。
原因の1つは現代の魔王による妨害である。
どういう言うつもりか知らないが、今も彼が度々起こす事件では薬液の材料が品薄になっていく。
その気になればいくらでも手に入るが、何でも良いわけでなく食料と同じく質も大事なのだ。
目をつけていたモノが手に入らないのは非常に苦しい。なぜならこの研究は時間との戦いでもあるからだ。
「このままではワシの理論の実証が間に合わんのう。」
「実質国営ですが大手のスポンサーは必須ですもんねぇ。」
教授が提唱するミキモト理論。それは魔王を倒しうる理論だ。現代の魔王が未だにのさばっているのにはポイントが有る。
一つは神出鬼没で位置の特定が難しいこと。この際これは横へ置いておく。いつ何処で出るかわからないが、出てこないわけではないのだ。
もう一つは彼が使う絶対無敵とされる次元バリアの存在だ。サイトの情報によると、空間を固定し物理的な攻撃を弾く。そこに精神干渉のチカラで膜を張り、精神攻撃の類も弾く。
しかもそれはあくまで基礎の話であって、何らかの方法でダメージが通るとそれを解析して強化されていく。
つまり時間を掛ければ掛けるほど手がつけられなくなるのだ。
これを攻略する為にはこの理論が必要であり、実用化されれば現代の魔王とて生きてはいられないハズだった。
だがその為には世界中にこの理論の武器を配備せねばならないし、当然運用する為の資金と組織が必要だった。今の日本だけではそれは難しいのだ。
ミキモト理論は一言で言えば高次元エネルギーと科学の融合である。言うのは簡単だしモノさえ有れば実行自体も恐らくは出来るだろう。それだけ研究を重ねてきた物だった。元は対ナイト用の研究だったが。
問題は材料である。融合に必要な薬液もそうだが、攻撃手段に使う為の高次元エネルギーの調達手段が限られている。
なので部下に薬液の研究を進めさせ、水面下で融合させる兵器の開発。そして自分達は各種材料集めに奔走しているのだ。
「まずはアジア圏を回って数をかき集めて……次は南米辺りかの?」
「北欧やロシアでもそれなりに期待はできそうですけどね。」
「さっそく手配しておいてくれ。それとトキタ君はどうなってる?」
「アケミさんの話だとまだまだのようです。情緒不安定が続いていると。」
「心の病なら原因を特定せんと先に進まんのだが。」
「正直何言ってるか解らないそうですからねぇ。」
「嫌な傾向じゃな。ヨシオの話だと現代の魔王もそうじゃったらしいが。」
「さすがに寝返ったりはしないでしょう。アケミさんにはもっと親身になって臨むように伝えておきます。」
「うむ。命令書でも何でも作って、そうしてもらってくれ。」
まるで悪巧みをしているマッドサイエンティストな会話をしている2人だったが、彼らも現代の魔王を打ち倒すために必死なのだ。
…………
「みんなは正直どう思う?キョーカンの具合。」
「可怪しくなったようにしか見えないのよね。」
「うなされて架空の女?の事を案じてるからなぁ。」
「僕にはさっぱりだよ。アケミさんに任せるしかないんじゃ?」
1月3日夜。
ヨクミの部屋に集まった4人はいつもの集会を開いていた。
緘口令が敷かれているとは言え、身近な存在の異変に興味を抱かない若者はあまり居ないだろう。
「私としては後ろ盾に居なくなられると困るんだけど。」
ヨクミは異世界人なので身元保証人のケーイチの存在は大きい。
「むしろオレ達全員死活問題だぜ?教官であり部隊長なんだから。」
「そうなんだよね。正式隊員とは言え僕達はまだ未成年だ。」
「アケミさんならすぐ治せると思ったんだけどな。」
「身体は治せるけど心まではね。下手に治すと暴れちゃうし。」
「となると問題は原因なんだけど――」
クリスマスイブの夜、教官は“1人”残った。
それが優しい嘘だったのはすでに皆が知るところにある。
だがその帰り。1人で駅に向かう彼に何かが有った。そして翌朝、ボロボロで帰還した教官が医務室で治療を受ける。
「あの事件の残党に不意打ちされたとか?」
「それも教官の様子を見る限り、精神攻撃を受けたとか?」
「あの事件、チカラ持ちが多かったし可能性は有るかしら?」
「精神干渉持ちっていうと、まさかって気はするけど魔王とか。」
「あのホールから駅までの街中に出現する意味がわからないわ。」
「「「「うーん……」」」」
悩んでも答えが出ないユウヤチーム。だがそれは大人達も同様だった。
キッチンでクッキーを焼いたイダーが事務室に持っていく。
「一体何が有ったのかなぁ。」
「それを聞き出すのが貴女の仕事ですよ?」
「クッキーを持ってきました。お茶にしましょう?」
事務室ではキョウコとアケミが本日の業務を終えた所だった。他のスタッフは既に帰っており、今居るのはイダーも含めて3人だ。
アケミはケーイチの机に突っ伏しており目に見えて疲労している。彼女は何度もケーイチから事情を聞こうとしているが、要領を得ない。
魔王のチカラで情報を本人の口から伝えるのを禁じてあるからだ。もちろん彼女達はそれを知らないので余計にケーイチが可怪しく見える。
「キョウコさんの方はどうでした?例のトモミさんの事。」
「まず、彼には結婚歴は無い。そのうえで聞いた特長を基に調べたけど、見つからなかったわ。」
「その御方は存在しない人物だという事でしょうか?」
「いえ、正確には多少条件に当てはまる人は居たの。」
「ええ!?ではその人を追えば何か分かるかも知れない?」
「行方不明中だったわ。もう何年も前からね。」
「それでは結局、トキタさんのお話と辻褄が合わないと思います。」
「そうなのよね。だから重要なのは拐われた女性じゃないのよ。」
「あの夜、トキタさん本人に何かをした者がいた。それを何とか把握することが心の治療の第一歩だと思うわ。」
「やっぱりそこに戻って来るんですよね。」
「そういえばアケミさん。これを渡しておくわ。」
「はいはーい。うわ!良いの?こんなの貰っちゃって!ひゃっほー!」
「ひっ!どうなされたのですか?」
書類を確認して急に立ち上がると、くるくると小躍りしながら喜ぶアケミ。
「国に私の恋を認められたわ!!これでやりたい放題よ!」
「そ、それはおめでとうございます?」
「イダーちゃん騙されちゃダメよ。さっさとトキタさんを治せっていう命令書なんだから。しかも手段は問わないっていう。」
「つまり私はこの国の名の下に、ケーイチさんにアタックできるのよ!」
ハートのクッキーを指で弾いて唇でキャッチしながらポーズを決める。
「それ、治療と関係ありますかね?もう少し貞淑さを持たれた方がよろしいかと思いますが。」
「アケミさん、悪化だけはさせないでよね。」
キョウコは一応注意するが、内心は割と安心していた。
アケミへあんな命令を出したらすぐ良い結果になると分かっているのだ。
クッキーと紅茶を頂きながら、3人は別の話題に移る。
新規生徒の戦意喪失による転校の防止だ。1期生以外誰も残らないのだ。
裏方・事務方としてはこちらも重要な問題だった。
…………
「マスター!とんこつラーメン12!替え玉16です!」
「はい、お待ちッ!」
1月3日の水星屋はとても混雑していた。3が日の最終日とは言え例年以上の来客、そしてとんこつラーメンの注文率だった。
出来たそばから2人がかりでお客さんのもとへラーメンを届ける。現在店内に居るお客さんは88名。退店した者と合わせて150名を超える。いつもの1日の来客数は多くても50名程なので大繁盛と言える。
マスターの「時間干渉」で空間を広げて客席を確保してはいる。しかしここまで来ると個人経営のラーメン屋と言うより、スパ銭の食事処かホテルの大宴会場にしか見えない。
「キリコ、これ出し終わったらタイムアウトだ!」
マスターは更に追加注文された酒と料理を20人前出していく。
「はい、マスター!こちらお出しします!」
いつものポニーテールではなく降ろしてセミロングの髪をなびかせる。衛生面ではあまり良くはないが、化物のお客さん達には好評である。
数日前の大晦日の魔王邸にて除夜の煩悩暴露大会が開催された。
テレビの除夜の鐘が1つ鳴る度に煩悩を暴露し合うのだ。
12回目の鐘で「女性のうなじ&鎖骨からの胸元。」と発言したマスター。後ろから覗き込んだ時の物だろうそれは、背が低くポニテのキリコにピンポイントで当てはまった。
照れと恥じらいに襲われた彼女は仕事中は髪を下ろすことにした。これなら視線を気にせず仕事に集中できるからだ。
好きな人には見てもらいたいが、それは出来れば2人きりの時に集中して見てもらいたい乙女心の現れでもあった。
キリコは先月28日に1人前と言われてから、色気づいたのだった。
必死に給仕してまわってる内に出し終わり、時間停止して小休憩に入る。キリコは冷たい麦茶を飲みながらマスターに疑問をぶつけてみる。
「マスター、いくらお正月でもこの客入りはヤバくないですか?それにいつもより女性のとんこつ率が高いです。」
「その言い方は誤解を生むぞ。ちょっとした宣伝効果じゃないかな。」
「宣伝?どんな詐欺を――仕込みをしたのですか?」
「言い切ってから言い直すのがキリコらしいね。とんこつラーメンの特番の録画を見せて回っただけだよ。」
「とんこつに美容効果が!の奴ですか。実際に効果は有るんですか?」
「ウチの仕様じゃ実証出来ないから何とも言えないなぁ。番組では偉い先生が出てきて、可能性があるって表現をしてたけど。」
「それを各勢力の愛人に見せた結果がこれですか。」
「世継ぎ契約者な。この異界の住人はテレビに免疫が無いからねぇ。」
魔王邸とその敷地の一部に配置されている水星屋では不老である。必要以上にエネルギーを摂取しても劇的な変化はない。
だが年始の”ご挨拶”のネタで特番を見せたら各勢力でウワサになる。そしてウワサを聞きつけた女性達がこの店に殺到したのであった。
「やっぱ詐欺じゃないですか?実証されてない情報で釣るなんて。」
「オレはテレビ番組という物をチラ見せしてきただけだよ。」
「その代わり愛人のアレコレをガン見してきたわけですね。」
「やけに絡むね。心配しなくてもキリコには側にいてもらうよ。」
「そっ!ういう話では……でも疲れたから労いのごにょごにょ。」
「はいはい、かわいいかわいい。妻がオレの背中を押すのも判る。」
「もう!終わったらちゃんと労ってくださいね!」
「唯一の店員は大事にするさ。それじゃもうひと仕事行きますか。」
再開前に「時間干渉」と「精神干渉」と合わせた予知を使って
10秒以内の注文を把握する。今度もまたとんこつラーメンだ。
ラーメンの具を怒涛の勢いで切り刻んで補充するキリコ。
ひたすら麺とスープを用意して注文に備えるマスター。
彼の妻は○○○だが、本業のパートナーは間違いなくキリコと言える。
彼女とはまだ交際契約をしてないが、下手な愛人より仲が良かった。
…………
「や、やめ――もう、やめてくれ!」
雪の降る寒い夜。目の前には敵。必殺の杭。割り込む妻。
そして咲き散る鮮血の花火。
「またあの日の夢か。このままではオレは……んあ!?」
肩で息をしながら深夜に目覚めたケーイチは、横から自分を覗き込んでいる者が居る事に気がつく。医務室担当のアケミだった。
看護服を着たアケミがズズイと顔を近づけてくる。
「ケーイチさん。お目覚めですか。」
「……またオレにクスリを打つのか?」
ケーイチはアケミを信じられなくなっていた。ここ数日でただ抑えつけてくるだけの存在と位置づけている。
だがアケミは彼を心配し、たとえ深夜でも寄り添っている。寝不足はクスリで抑えて看病しているのだ。
長く側に居る彼なら、少し考えれば判ることであった。それが判らないから、あのクリスマスを経て現状があるのだろう。
「お話を聞かせて下さい。あの日、何があったのか。」
「無駄だ。君だってわかってるだろ?オレはあの日の事をまともに話せなくなっている。その理由も伝わらない。だからオレが解決させるしかないんだ。」
「それでも聞かせて下さい。どんな事でも良いんです!私が協力します!そんな身体で1人で何処かに行こうとしないで下さい!」
「……君の気持ちは知っていたつもりだったが、今の君はオレにはわからない。認識に大きく齟齬が生じているこの現状ではな。」
「だからこそです。ケーイチさんには大事な女性が”居た”。まずはそれを認めた上で、きちんとお話したいと思ってます。」
「アケミ……?」
「だから少しずつで良いので私の事も認めてくれませんか?」
アケミは左手で彼の片手を自分の胸の間に、ケーイチの胸に自分の右手を置いて信用を求める。ケーイチはちょっとばかしドキドキしている。
自分を信じてくれるのか?彼女を信じていいのか?半信半疑のケーイチだが、逆に言えばそこまでは持ち直したアケミ。
「私は貴方の事を詳しくは知りません。なのであの日だけでなく、ケーイチさんの事を何でも教えて下さい。まずはそこからです!」
「……わかった。だが明日にしよう。」
「あら、また眠くなっちゃいました?それともシたく――」
「アケミはロクに寝てないだろう。美容に良くない。」
自分を気遣ってくれる、優しいケーイチが戻ってきてくれた。そう実感した彼女は嬉しくなって口のニヤケが止まらなくなる。
「ふふ。それでは今夜はお開きにしましょう。でも、保証が欲しいです。」
靴を脱いでベッドに上がってケーイチに馬乗りになる。
「保証?な!?何をする気だ!」
アケミは鎮静剤を取り出すと口に含む。そのまま動けない彼の顔を両手でロックすると、口をつけて強引にこじ開けクスリを流し込む。ここぞとばかりに感触を味わうアケミ。
「!?」
「これで私達は共犯です。もしケーイチさんが先に起きたら少しくらい悪戯してもいいですよ?」
そのまま自分も鎮静剤を飲むと即効で意識を失う。とさっとケーイチの胸に倒れ込んで、すやすやと寝息をたてていた。やはりここ数日無理をして疲労が蓄積していたのだろう。
(共犯!?これはちょっとマズいか!?オレにはトモミが……)
もう声を出すことも出来ずにケーイチの意識が遠のいていく。
あの日以来初めて女に添われながらの睡眠は、寝苦しかったが心はとても安らかだった。
お読み頂き、ありがとうございます。
都合により毎週の更新話数を1話か2話の更新とさせていただきます。
更新日は今までと変わらず毎週水曜予定です。