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52 テンキ



「年末に院長から呼び出し。絶対碌な事じゃないわよね。」



2009年12月28日曇り。ショウコは院長室の前で躊躇していた。

24日のレクリエーションをサボっただけなら直属の上司からお叱りを受けて信用が下がる程度だろう。


しかしわざわざ院長室に呼ばれるとなると、例の事もバレた可能性がある。

覚悟を決めてノックをし、室内に入ると院長ともう1人のお爺さんが居た。


「か、かい……」


思わず会長と言いそうになって思いとどまる。何故かそこには警察に捕まったはずの幻想生物変身教の会長がいた。


「忙しい中呼び出して済まないね。ショウコ君。さ、こちらへ。」

「い、いえ……」


院長が出迎え。前に出るように促す。


ショウコは考える。これは後ろに警官が潜んでいて関与がバレたら逮捕されるパターンではなかろうか。


「そう固くならなくていい。別に罠なんぞしこんでないからな。」


「は、はぁ。」


「君を呼んだのは他でもない、君がこの御方と知り合いと聞いてね。」


「うむ、彼女こそ私を手伝ってくれた勇敢な女性だ。」


「院長は会長さんとお知り合いなのですか?」


「直接は知らなかったが、さるスジでは有名な御方だ。今回はありがたい事に、当院への多額の寄付を申し出てくれてな。なんでも、困っている所を君が助力したそうじゃないか。」


「君が居なければ、会場に入ることすらままならん状況じゃったしな。その報酬を払いに来たのだ。院長殿、説明してくれ。」


「ショウコ君、君は仲間から不当な扱いを受けているそうだな。私からよく言って聞かせ、更に休日や賃金などの待遇も改善しよう。」


「ええ!?ですがそんな事をしては……」


「なに、気にすることはない。今後とも我が病院をよろしく頼むよ。」


院長はこの先も会長とのコネを繋ぎ止めておけと言いたいのだろう。

そんなニュアンスの口調だった。


ショウコは呆気にとられながらも、会長に目を向けるとウインクされる。

どうやら約束は守ってくれたようだ。


「それとこれも渡しておこうかの。」


あの日に約束した金額の入った封筒を渡される。かなりの分厚さだ。


「えっと、本当に良いんですか?」


「警戒するのも無理はないか。しかし正当な報酬じゃ。」


「ではありがたく。それにしても会長さん、なんでここに――」


「それは聞かないほうがいいじゃろうな。ワシも色々あるからのう。」


「ショウコ君。世の中とはそういうものだ。詮索は無用に願おう。」


「は、はい!判りました!ではこれにて失礼します!!」


ヤバい空気を感じ取ってさっさと逃げるショウコ。


結果的には大儲けをして今後の休日も増える。しかし素直に喜ぶのは保留にして、売店で雑誌を買う事にした。


その雑誌はアケミの記事が載っていたのだ。見出しには【特殊部隊の戦う看護師、報道陣の胃袋を魅了!】と書かれている。


(やっぱりアケミは面白いなぁ。これは完全保存ね。一緒に飲みに行くことが出来たらこれでからかおう。)


そんな事を考えながら、ショウコは仕事に戻るのであった。


曇っていた空と心には、晴れ間が覗き始めていた。



…………



「ゲンゾウ君、元気してる?」


「うおッ!出おったな性悪女め。」



ショウコへの義理を果たしたゲンゾウ、幻想生物変身教の会長は自宅に戻るとスタイル抜群の金髪の女が待ち構えていた。


「ひさびさに会ったのにご挨拶ね。ほらほら、これが気になるでしょう?」


「消える魔乳なんぞ誰が手を出すものか!」


「あなたも新人君と同じこと言うのね。」


「悪趣味な奴め。新人も可哀想に、同情するぞ。」


名も知らない新人に同情する。かつては自分も騙されたものだ。

戦争中だったのでソッチ方面には飢えてて打たれ弱かったのもある。


「……もしかしなくても新人って現代の魔王か?」


「そうよ、私プロデュース。これ以上無いくらいの成果だったわ。」


「性悪よのぉ。ワシの時も戦地を駆け巡らされたもんだが……」


「彼は優秀よ。頭のネジがトンでるし、扱いにくいけれど。」


「あんたでも手こずるとは面白い。一度会ってみたいが。」


「やめておいた方が良いわ。私の悪口だけで5日は掛かるわよ。」


「自覚しておるなら少しは直せ!それで、要件はなんじゃ。」


「別に。ゲンゾウ君にしては派手に動いたなと思ってね。」


「ふん。部下のあんなミスで全員を不幸にするわけにはいかんだろう。カネとコネで解決出来るなら何も問題ないわい。」


彼の言う通り、本人も含めて事件関係者は取引によって釈放された。

もっとも占拠を決めた各サークルリーダーはある程度の罰を受ける。

それでも相手の対応の不味さも鑑みてかなり軽減されている。


「相変わらず優しいのね。でも資金は大丈夫なの?契約満了してからも相当稼いでいるみたいだけど。」


「余計なお世話じゃ。今回の件は財産の1割にも満たぬ。今後の活動にも何も影響など無いし、むしろ宣伝になったまである。」


「逞しくなったわねぇ。出会った頃とは大違い。」


「強制的に鍛えられたからの。新人とはちゃんと交流をはかったほうが良いぞ。あんたは言葉も配慮も足りぬ。」


「今回は配慮したつもりよ。でも老人の言葉は頂いておくわ。」


「ふん、オレより何百倍も生きとる癖によく言うわい。」


「その分なら大丈夫そうね。困ったことがあったら言いなさいね。」


そのまま空間に穴を開けて姿を消す金髪性悪女。


過去の契約奴隷の様子を見に来るくらいには、配慮が出来る様になったらしい。


「どうせ頼ったら代償がでかくつくのだろう……」


ナカジマ・ゲンゾウ。過去の戦争で生き延びる為にあの女と契約し、チカラと富とコネを得た老人はため息をつきながらお茶を入れる。


彼はナカジョウ家の分家の人間であり、声を媒介にした秘術を使う。

そのチカラをもって今も現役の元気な老人であった。



…………



「バ、バイト君!休憩、休憩にしましょう。貴方、腕を上げすぎ!」


「いきなり強制的に”誘われ”たのは意味わかりませんでしたが、社長もそんな表情ができるんですね。」


『やったわ!あなたの勝利ね!』



異界の木造住宅の奥の部屋で、社長の意外な一面を見るマスター。

最初は憤りながら自宅で監視していた○○○も機嫌を取り戻している。


この後は水星屋での営業もあるので、時間はずっと止めてある。

動けるのはマスターと社長と副社長。そして魔王邸の面々だけだ。



「お2人とも、お茶をどうぞ。」


「ありがとう。監視役を付けろと言った意味がわかったわ。ブレーキがないと馬鹿になっても続けちゃいそうよ。」


「領主様に何かあってはこの異界が大変なことになりますので。」


マスターと社長はお互いの匂いが充満する部屋でお茶を飲む。


「でもなんで急にお誘いを?」


「あの2人と話をする機会をあげたのだから、その御礼を貰おうと思ってね。」


「その件はありがとうございました。」


「マスター、領主様は自分だけ体験できなかったお前の新技を試して欲しかっただけだ。この1年数ヶ月、たまにソワソワしていただろう。」


「なるほど、案外可愛いところがあるんですね。」


「くっ、仕方ないじゃない。あれから補佐官だけツヤツヤしてるし、資金の計算も合わないし絶対バイト君の所に通ってるでしょ!」


「領主様。互いに肉欲を交わすだけとはいえ、仕事の信頼関係を結ぶのには役立ってるとは思いますが。」


「私との信頼関係は!?寝ている時も計算づくしな私を放って置いて補佐官だけ楽しんでるなんてズルイわよ。」


「ていうか意外ですね。1年以上我慢してるだなんて。社長って奴隷達と百戦錬磨どころか一騎当千だと思ってました。」


「ちょっと、変なこと言わないで!私だって貞淑さくらいは――」


「男の奴隷を取る度に、消える魔乳を披露してどの口がいいますかね。」


「あー、他にも被害者が居たんですね。可哀想に。」


「最近、補佐官が私に厳しいのだけど。」


「しかし先程の魔乳封じは見事であったぞ。まさか自分の腕を液体や気体に変化させるとは思わなかったが。」


「お陰様で日々研究していますので。」


「仕事の研究もしなさいよね。ある意味これも仕事絡みだけども。」


「”もう少しスマートに”といつも言われてますからね。思うに世界中に遺伝子を撒いたのは暴走しない為の抑止力ですか?」


「少しは考えたみたいね。なら魔王事件の、あなたの考えを聞かせて?」


「魔王事件で言えば、経済効果に繋がる物が多いです。人類共通の敵が

出来たのも大きいかと。例えば――」


肥大した各市場から不正やグレーゾーンを間引いて金の流れを良くする。

費用対効果の低い、無駄金と言える施設やプロジェクトを潰す。


度を超える強気・陰湿な人物を間引いて経済だけでなく人間関係の改善。

それらが溜め込んだ金を子供の養育費に当てることで資金洗浄。


既に表面化してしまった”問題”は焼け野原にして証拠を消す。


そして全てを「現代の魔王が悪い。」として処理すれば良い。

人類に都合の良い事は享受させて、都合の悪い事は魔王に押し付けるのだ。

これで死んだ者以外は、誰も責任を取る必要がない。


世界の敵を作りつつ、人間社会の構造改革を強制的に行う。

これが魔王事件の真相ではなかろうかとマスターは語る。



「バイト君にしてはまずまずかしらね。まだまだ足りてないけれども。でも一生懸命考えたご褒美として、娘の名前を聞く権利をあげるわ。」


「うわッ、そっちが狙いか。絶対罠じゃないですか。なんで見え見えの地雷を踏む必要があるんですか?」


「失礼ね、男としてその発言はどうかと思うわよ。」


「オレ達の関係でそのセリフを言う時点で罠確定だと思います。」


脅迫による誘導と、パワハラで娘を作らせておいてそれはないだろうと抗議をするバイト君。


「聞きなさい。娘の日本名はマリ。いずれは異界を任せるかもね。」


勝手に告げる社長。地雷が積極的に抱きついてきやがった。


「察するに万物の理ですか。社長の娘らしい良い名前だと思います。

ていうかオレは社長の名前も知らないのですが。」


「化物というのは正体不明だから化物なの。簡単には教えられないわ。」


「領主様の言うとおりだ。そこは自重するのだ、マスター。

お前だって名前が消えたからこそ強大なチカラを発揮できるのだぞ。」


『あなた、やっちゃいましょう。』


「では勝手に名前を教えてくれたお礼に、勝手に休憩を終わらせますね。」


「で、では私はマリ様のお世話に向かいますのでごゆるりと。」


マスターの発言のトーンから察した副社長が逃げる。監視役はいいのか。



「え!?バイト君、ちょっとまだ……補佐官も逃げないで止めてーー!」



マスターに組み伏せられて再度、多様な技を駆使される社長。


エイジスライダーで年齢を好き勝手に弄られる。いろんな年代の彼女はその全てでデキあがり、自ら懇願して彼の熱を受け止めることになった。


魔王VS大魔王(仮)の模擬戦は魔王の勝利で終わる。


領主様のお仕事は1週間ほどお休みになってしまい、ビクンビクンしながら寝正月を迎えることになるのであった。


何気にマスターは、領主に初めて強制的に休暇を与えた者となった。

彼女の生活は計算とともにある。たまには休んで療養するのも良い。


領主にとってただの奴隷だったはずのマスターは、環境的にも感情的にも転機をもたらす存在なのかもしれない。


要約するとバカに弱い天才の一言で済んでしまうのだが。



…………



「「いらっしゃいませ、水星屋へようこそ!」」



なんとか営業に間に合わせたマスターは、お客さんを向かえ入れる。

社長の所で思わぬ時間を食ったが、きちんと身体も洗浄している。


「今日はマスターの領主様討伐達成のお祝いでサービスするわ!」


ざわ……。


(おいおいウソだろ?あの領主様だぞ。)

(でもこの店ってウソだけは言わないぜ?)

(じゃあこれからはマスターが真の領主ってか?)

(私、マスターの事ちょっといいと思ってたのよね。)

(私も!でも奥さん居るし、禁断の関係になるわね。)

(奥さん公認で抜け道があるってウワサよ。情報集めなくちゃ!)


さすがは魔王邸きっての爆弾魔、キリコである。化物たちが一斉にざわつき、ウワサを立てる。


「キリコ、なんて不穏なセリフを言うんだ!」


「だってあの怖ろしい笑顔の社長に勝ったんでしょ?奥さんが凄い喜んでいたわよ。カナさんとクマリちゃんも万歳してたし。」


マスター夫婦の苦労と苦悩を知ってるなら、その反応も解らなくはない。

しかし、キリコはきっと大事な部分が抜けている。


「お前、多分”内容”を知らないだろ。」


毎度お馴染みの黒モヤで概要を送るマスター。爛れたスクリーンショット付きだ。


みるみるうちに顔が真っ赤になっていくキリコ。


「テンチョーのバカ!なんて勝負で勝ってるのよ!あの人のアヘ顔なんて見たくなかったわ!」


ざわ……。


(おい、アヘ顔だって?ってことはつまり……)

(あの領主様が夜伽で負けたってことか!?)

(夜伽ってか口ぶりからして今日の昼間にしたんだよな?)

(でもよぉ。領主様に挑んだってことはあのニオイにも……)

(そうだよな、七夕の時に使用人Bちゃんが暴露して嘔吐してたヤツ。)

(そ、そんなに絶倫なの?私自身がないかも。)

(妖精の私にはそもそもサイズが……)

(彼は空間を操れるからワンチャンあるわよ!)


追い打ちの爆弾が投下されてざわつく一同。

ここに来てキリコがやってしまった!といった顔になる。

この話が広まって社長の耳に入ればタダでは済まない。



「えー、お客様に申し上げます。只今ウチの店員が不穏で不適切な発言をしてしまい、混乱を招いてしまった事をお詫び申し上げます。我々は領主様とは良好な関係を築いており、先程の発言はただの戯言でございます。どうかお気になさいませんようお願いします。」


マスターが珍しくマイクを使って謝罪と説明をする。


「せめてものお詫びとしまして、ドリンクを各自1杯無料とさせて頂きますので、どうか穏便にお済ませ頂ますようよろしくお願いします。」



「「「了解したぜマスター!」」」


「「「わかったわ、黙っておくね!」」」



それぞれにお酒を配り終わるとキリコの判断で時間が止められ、マスターの袖がくいくいと引っ張られる。


「ますたぁ、ごめんなさい……」


涙目のキリコが謝ってくる。思わず引き寄せて頭を撫でる。


「そんなに気にするな、店が盛り上がったのは確かだ。」


「でも、これで1人前の店員がまた遠のいちゃった……」


『へいへい、あなた?モノにしちゃうチャンスよ!』

『テンション高いね、○○○。』

『だって彼女、可愛すぎなんだもん。今日は気分もいいし!』


「あのな。お前は店員としてはとっくに”1人前”なんだよ。」


「ふぇ!?わたたたたたた……」


唐突に認められて脳の情報管理が横へスライドされてバグる。


「見てみなよ、お客さん達の盛り上がりをさ。オレだけじゃこんなにはならない。看板娘のキリコだから出来たんだ。」


お客さん達の動きは止まっているが、みんな熱の籠もった表情で酒や腕を振り上げている。


「ででででも私は余計な……空回りばっかりよ。」


「責任はオレに押し付けろ。守れるだけは守るから。自分で責任を取るのは自分の店を持ってからでいいだろう。」


「ふぇええ!?まままままままじじじじじじじ……」


「バグりすぎだろう。正気に戻ってくれ。」


抱きしめて撫で回しながら軽くキスをする。


「きゅ~~。」


そのままキリコは気絶して時間停止が解除される。気がついたら

お客さん達の見守る中、店員を抱きしめたマスターが立っていた。


「「「うぉぉおおおおおおおおお!!」」」


「「「キャアアアアアアアアアア!!」」」


店内が阿鼻叫喚の盛り上がりを見せる。再度時間停止を発動させてキリコを部屋のベッドに寝かせておく。


店に戻って営業再開するも、お客さん達の喧騒は収まる気配がない。


これはもうどんな言い訳をしても言い訳にしかならないが、心を殺して盛り上がりに身を任せるマスター。



『本当にコロっちゃったのはキリコちゃんのハートだけどね!』


『あの調子ならのんびりやっていけばいいさ……』



結果的には盛り上がっている。注文も殺到している。

キリコのファンがヤケ酒を始めたのだ。つまりほぼ全員だ。


ヒサビサに1人で営業をこなすハメになったが、問題はない。



「なんだなんだ、今日もまた凄い盛り上がりだな。」


「いらっしゃいませトウジさん。水星屋へようこそ!」


「今日もオススメの和食を……なんか豪勢だな。」


「トウジさんのアドバイス通りにしたら、仲間を1人開放出来ました。その御礼です。じゃんじゃん召し上がってくださいね!」


「おおーそうかそうか。オレの助言が役に立ったなら何よりだ。」


嬉しそうに飯を食べ始めるサワダ・トウジ。



彼は1年前に、敵になったチームメイトの話の中で「実力行使しかない!チャンスが有れば躊躇なくやった方が良い。」と助言していた。


それを受けてすぐ、当主様の未来予知が効かなくなった経緯がある。

実は発端はこの助言である。


下手にやる気を出したマスターのせいで、未来が大きく分岐する可能性が出てしまい危機的状況になったのだ。


その後さまざまな方面から助言を受けて良いバランスの所に落としたが、彼の助言だけでは危ないトコロであった。


だがそれでも感謝して美味しいご飯を提供していくマスター。

みんなが彼の為を思って意見をくれる。それは素晴らしい人生と言えた。


この場合、お互いに死んだ存在ではあったが。



…………



「お2人揃って姫納めですか。お疲れさまです。」


「何故貴女が対応してるんです?」


「顔見る機会がここしか無いからじゃないカナ?」


「その語尾ウザイです。」


「スイカちゃんは酷いんじゃないカナ?カナ?」



魔王邸にトリプルエイチを利用しに来たトウカとスイカ。

本当は1人1部屋だが、トウカの部屋に合流してハンセイ会(意味深)を

開いている。


年の瀬ともあって大満足コースを満喫した2人にお茶をだすカナ。


「彼の技は2年前に比べると雲泥の差よね。あれは全部カナの仕込み?」


「私は基礎を教えただけです。昇華させたのは旦那様ご自身ですよ。」


「子を授かった時以上の熱い夜を過ごせましたわ。」


「私の技でトウカ様達が悦んでるのを見るとゾクゾクします。」


「萎えること言わないで!余韻が台無しよ。」


「それよりトウカ様、お聞きすることがあったのでは?」


「そうそう。クマリさんの所の孤児院、問題ないかしら。」


「こちらはバッチシですよ。消えた2人のことなんて今思い出したくらいです。さすがはNTの出向組だとお褒めの言葉を頂きました。」


「そう、それなら良いわ。反対派閥には災害地域に行ってもらったから1年半後には自動的に結果が出るわよ。」


「あはは、自分の棺桶作らせてるんですね。頑丈なら生き残れると。」


「もちろん失敗したら責任はその場で取ってもらうわ。とてもわかりやすい形だと思うのだけれど。」


「スイカちゃん、トウカ様が旦那様みたいな捻くれ方してない?」


「案外オトコに染められるタイプなのでしょう。」


「ところで身体を治したようだけど、今はもう大丈夫そうなの?」


「月のモノも来てるし問題ないです。ご心配おかけしました。ていうかアレって結構だるいのですね。」


「カナさん、良かった……」


「その苦しみは女の証よ。甘んじて受けなさい。」


「はーい。その分、旦那様に甘えて癒やされます。」


「「それは納得いかないのよね。」」



そのまま3人でじゃれ合い始める。

別々に暮らすことになっても仲の良いNT組だった。



…………



「お前は特殊訓練学校、ならびに特殊部隊を何だと思っているのだ!!」



時間は12月28日の昼に遡る。防衛省のお偉いさんに呼び出されたアケミは怒涛の説教を受けていた。既に涙目で言葉も出ない。


「犯人ではなくマスコミに襲いかかって大々的に報道されるなど言語道断である!今すぐ処刑してしまいたいくらいだ!」


お偉いさんは机に雑誌や新聞を叩きつける。

それらにはアケミのハッチャケ記事が記されていた。


アケミは今すぐ逃げ出したい気持ちだったが、彼女の左右にはライフルを構えた隊員が固めておりそれも不可能だった。


お偉いさんは今にも血管が吹き飛んで吸血鬼が喜びそうなシャワーを撒き散らしそうになっていたが、ここで助け舟が入る。



「まてまて、そう脅すでない。彼女にはまだ死なれては困る。」



前回も助けてくれたミキモト教授である。

今回もまた彼女が呼び出されたと聞いて駆けつけてくれたのだ。


「また教授か!もちろんこの女の有用性は判っておる。しかしだ。機密に溢れた特殊部隊が民衆にチカラを振るったのだぞ!」


「襲ったとは言いますが、全員ケガもなくむしろ元気になってます。

彼女のチカラは、ただの治療で収まらない可能性があります。」


白衣とメガネのサワダも現れて説得に加わる。

彼はミキモト教授の助手である。もっと言えばトウジの息子だ。


「若造めが、私に意見すると言うのかね!」


「ならワシが続けようではないか。ワシの理論を実証・完成させるには彼女のチカラが必要じゃ。更に言えばトキタ君を治すのも彼女が適任だとワシは思っておる。なにか反論はあるかの?」


ミキモト教授は長年の研究により独自の理論を構築した。

しかし実証には超能力者が必要であり、アケミなら可能性がある。


学校の教官であり、部隊長のトキタ・ケーイチは戦意喪失している。いや戦意だけは有るが暴走気味だ。あれではまともな戦いは出来ない。彼を救うにはずっと支えてきたアケミが1番だとの判断を告げる。


「むう、分かった。今回は見逃そう。しかしこれ以上の狼藉は許さぬからな!覚えておきたまえ!!」



3人は執務室を出ると同時にため息をつく。


「ミキモトさん、サワダさん。今回もありがとうございます。」


「あやつは頭も血管も固いからのう。処刑しか考えておらん。」


「さっきも言いましたがやってもらうことは増えますのであまり楽観もしていられませんよ?」


「一体何をすれば良いんですか?」


「まずはトキタ君の治療じゃな。彼が回復せんと何も始まらん。」


「その後は我々の研究所で簡単な実験に付き合ってもらいます。時間がかかるものですから、毎日でなくて結構ですけどね。」


「なるほど、それくらいなら……あ!でも、人員補充って可能です?

多分トキタさんに付きっ切りだと通常業務がおぼつかなくなります。」


「それは構わない。教授の部下は多いから、僕も含めて応援に行くよ。」


「それが良いだろう。アケミさん、くれぐれもよろしく頼むぞ。」


「はい!医療班アケミ、頑張らせていただきます!」


なんとなく敬礼して学校に帰るアケミ。

それを見送る教授達は、貴重な人材を救えて本気で安堵していた。


「ケーイチさん、只今もどりました。」


医務室に戻ったアケミはケーイチのベッドへ向かう。今は落ち着いたのか、安らかな表情で眠っている。


「うぇ!?なんで壁にこんな大きい穴が!?」


魔王に吹き飛ばされた衝撃の産物だったが、それには思い至らない。

無意識でチカラが暴発したものと考える。


不思議な事はこれだけではなかったのであまり気にしない。


(私って彼の事を好きだったのに、なんで消極的だったの?)


もうアケミとケーイチは出会ってから2年になる。

彼女は最初からベタ惚れだったし、お互いフリーだったはずだ。


親友のショウコや水星屋に相談したこともある。

だから前向きに生きてきたのだが、そもそも何を悩んでいた?


記憶が定かではないが、今がチャンスであるのは確かだ。

これを機に距離を縮めるしかないだろう。



「ケーイチさん、必ず私が治療して……魅了してあげるわ!」



彼の頬を愛しげに撫でるとこっそりと、しかし力強く宣言する。


アケミは自分の人生の風向きに手応えを感じ始めていた。



…………



「ここからの表現は綺麗だけど、ちょっと恐怖を煽りすぎ?」

「もう少し明瞭な表現でもいいくらいよ。」

「この部分はゆっくりにしすぎじゃないかしら?」



魔王邸の練習室でシオン・リーア・ユズリンが試行錯誤していた。

そのデータの試行速度は目まぐるしく、人間では追うのは難しい。


「ここの映像エフェクトは面白いかも。猫が可愛い!」

「この部分は綺麗に歌うわね。ラーラーラー。」

「うわぁ、このエフェクトほぼハダカじゃない!ポイしますポイ!」


最初は小さなデータだったが、3人のお陰で少しずつ大きくなっていく。


「食事の表現はこうでいいかな。」

「感情はむき出しの方が受けるかしら。」

「身体で空気を感じる、臨場感?があっていいかも。」


「「「これぞニンゲンって感じよね!」」」


「盛り上がっているな。今は何をやってたんだ?」


「「「マスター!」」」


マスターが様子を見に来ると、シーズの3人が飛びかかる。

棒倒し状態になるが、顔に張り付いたユズリンを剥がして床に立たせる。


「ねぇねぇ実は今、私達で曲を作ってたの。オリジナルよ!」


「ほう!それは凄いな。作曲を覚えたのか。」


「えっへん!でもね?曲はルールに沿って音を配置すれば良いけど、歌詞はまだうまく出来なくてね。」


「それでマスターの体験を使わせてもらえたらなぁって。」


「もちろんヒミツの部分は喋ったりしないからお願い!」


「別にいいけど、どの辺を題材にするんだ?」



「「「過去は戦友、今は敵との3角関係!!」」」



「爛れてるなぁ。それと別に3角関係じゃないと思うよ。一応収まってたじゃない。歪だったけど。」


「単純で複雑な恋模様がウケるとネットには有ったのですが。」


「女の子はそういうの好きそうだよね。でも――」


「いっそバラバラな感じに……3WAYショットとかにしちゃおうか!」


「じゃあタイトルは”運命(サダメ)スリーウェイ”でどうかしら。」


「「それで行きましょう!」」


「決まるテンポ早いな。」


「「「電脳幻想メイドですから!!」」」


「お、おう。せっかくだし好きに作ってみてくれ。楽しみにしてるよ。」


「「「お任せ下さい、マスター!!」」」


マスターが練習室を去ると3人は曲の制作に戻る。



シオンは曲と舞台エフェクトを創っていく。


(外に出て色々学べたわ。その私が小さな世界を紡いでいる。)


リーアは歌詞と視覚エフェクトを創っていく。


(外に出てヒトの心を学べたわ。その私が愛を綴っている。)


紫炎のユズリン・ヴォーパル・ムーンバニー・シュガーナイトがダンスを創っていく。


(外に出て楽しい日々に出会ったわ。皆で飛び跳ねるくらいに!)



それぞれがそれぞれの想いを持って制作に当たる。

シーズの3人はメイドとしてもアイドルとしても活躍に期待できそうだ。


(あの歌、私の出番はあるのカナ?)


監視役で付いて回ってたカナは、ひっそりひそかな期待をしていた。



…………



「アドリア海を眺めながらピッツァやワインを頂く。贅沢ね。」



トモミは1人、レストランで夕食を食べていた。

戦いとは無縁の、静かな落ち着いた夕食はいつぶりだろうか。


この地の服を来て、この地の食事を1人で食べる日本人女性。

もちろん男達は放っておくつもりはないのだが、彼女の席の周りには精神力の結界が張られていて近づけないでいる。


「新しく始まった生活なのだから、彼らと話してみるのも一興かもしれないけれど。今はそんな気分じゃないのよね。」


辺りをウロウロする精悍な男達をチラ見しながら日本語でつぶやく。


今の自分には2つの人生が刻まれている。片方は積極的に交流を図るのもありだと言ってる。


もう片方は2人の男の印象が強すぎて他を考えられなくなっている。1人とは結婚してたし、もう1人とはお互いの事を知り尽くしている。


「見る目がなかった?いえ、優柔不断なだけよね。」


自分が居なくなったのだからアケミは猛アプローチを開始するだろう。世界に見放された友人は、既に最高の妻を見つけている。


中途半端に流されて来た自分には何が出来るのだろう。この調子では自身の夢見た人類の相互理解は遠そうである。


「一度相談してみる?でも奥さん達に睨まれたくはないのよねぇ。」


魔王邸の女性陣は自分を快く思っていない。悪い人たちじゃないのは見れば分かる。あくまで私の過去のせい。


ならば時間が必要だろう。こっちの生活に慣れるのも時間がかかる。

まずは生きていくしか無いのだろう。


ゴハンは美味しいし景色もいい。後は自分次第なのだ。


急な人生の転機に戸惑いを隠せないトモミだったが、彼女がチカラを使えば簡単に街に馴染むことは出来るのである。


「うん、きっと大丈夫!今度こそ自分の意志で生きていくわ!」


流されて戦場で死にかけるのは御免だ。自分で決めて自分で生きる。

前向きに人生の転機に挑む事を決めたトモミだった。


ここまで約48万文字、お読み頂きありがとうございます。

物語的には第二章の終わりといった感じでしょうか。

本年の更新はここで終わりです。皆様、良いお年を。

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