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51 サダメ その2

 


「むにゃむにゃ。からだがふわふわするー。」



 私は急に激痛から開放されて宙を漂う感覚に包まれていた。

 目は良く見えないが感覚でどこかの豪華かつ清潔な部屋だと判る。


 まるで微睡み中の夢の感覚だ。とても心地よくてずっとこうしていたい。

 しかし急激に意識が戻ってくる。目を開けるとそこは知らない部屋だった。


「あれー?ここはどこ?」


「オレの家の客室だ。良かった、気がついたんだね。」


「○○ちゃん!やっぱり助けてくれたのね!」


「当然だろう。でも助かったと言うにはちょっと早いな。」


 頭上に?マークを出しながら○○ちゃんが指差す方を見る。

 そこにはお腹に大穴を開けた自分がベッドに横たわっていた。

 下手に動かすと上半身と下半身が離婚しそうな危機的状況に見える。


「ええ!?これ私?でもここに私は居るし……○○ちゃん、見ちゃ駄目!」


 私は一生懸命大穴を隠そうとするけど半透明なのでスケて見えちゃう。


「さすがにソレに興奮するほどオレは歪んでないよ。」


「それもそっか。で、私はどういう状況なの?」


「部分治療ができなかったから、空間凍結して魂だけ引っこ抜いたんだ。トキタさんの必殺技ヤバイね。短い間隔で分解効果のパイルバンカーが何度も撃ち抜いてくるなんて。死散光の応用かな。」


「そうみたい。私にも教えてくれなかったけど心を覗いちゃった。」


「相手のスマホを覗くのと変わらんよねそれ。」


「う、浮気チェックよ!……それより私はどうなるの?」


 同意の上だし!一応アケミさんの事も気になったし!

 それよりそう、こんなにポッカリ穴空いちゃってて大丈夫かしら。


「もちろん元より綺麗に治すから安心して。ただ普通に治しても同じことの繰り返しになる可能性が高いんだよ。」


「ケーイチさんの事ね。普段はあそこまで分からず屋ではないのだけど。」


「完全に頭に血が上ってたよねー。あ、こっちに座って。」


 椅子に案内されてふわりと座る。霊体での活動ってふわっふわよね!

 スカートだと危ないかも。


「それとこれもどうぞ。まだケーキ食べてないだろう?」


 いつの間にか紅茶とショートケーキが用意されていていた。

 時間停止って便利よねぇ。以前も地味ながらカユイ所に手の届く活躍をしてたのを思い出す。


「霊体だから位相を合わせるか。ちょっと失礼。」


 ○○ちゃんは私の手を握って何かを調べてる。

 ティーセットにチカラを当てると満足したのか手を離す。

 わ、私は人妻なんだからそんな事しちゃだめよ?


「これで霊体でも食べられるようになったよ。」


 なんだ、そういうことか。位相みたいのをズラしてたのね。お供え的な。

 でもなんか○○ちゃん、前より遠慮がないというかグイグイ来るわね。セクハラ親父になったら悲しいなぁ。


「ありがとう、頂きます。○○ちゃんって本当に人間じゃないのね。」


 あら美味しい。ふわっふわだわ!イチゴも輸入品じゃなくて国産ね。

 紅茶もいい香り。一呼吸で贅沢品だと判るわ。


「気に入ってもらえてよかった。妻の手作りなんだ。」


「ふぐっ、なかなかやるじゃない?○○ちゃんは食べないの?」


 奥さんの女子力の高さに思わず変な声が出る。

 ごまかすように尋ねるとニヤニヤしている。もう、笑わないでよう。


「いやオレは後で一緒に食べる約束をしててな。」


「仲は良好のようね……奥さんについてはすごく気になるけど、話を進めましょう。」



「そうだね。トモミは話を聞いてくれたから手助けできるけど、トキタさんは正直どうしようか迷ってる。なんであそこ迄嫌うかなぁ。」


「その、前もそうだったじゃない?私と○○ちゃんは同級生だし、チカラの性質上ベタベタくっつくのが気に入らないのよ。」


「それはサイト時代、結婚前の話だろう?今じゃ会うこともないし、お互い結婚してるんだし気にする程か?」


「だからこそよ。私からしたら馬鹿らしいし可愛らしい話だけどね。自由な○○ちゃんと、ほぼ縛りプレイの旦那。比較しちゃうのよ。」


 結婚についてはさっき知ったばかりだけど、旦那はそういうトコあるからなぁ。男っていつまでも子供よね。


「死者に引っ張られてるなぁ。彼はいっそ改変しないでおくか。どこまで意地を張るのか、勝手にやっててもらおう。」


 案外バッサリ言うのね。他人に抑圧されていた時とは大違い。ていうか改変?何のこと?


 色々疑問はあるけれど、まずはアレを言っておこうかな。


「あのね、○○ちゃん。助けて貰う前に色々謝らないといけない。」


「今までのこと?それは別にどうでもいいよ。あの経験があったから異次元空間でこうして幸せに暮らせてるんだし。謝罪だ何だでそれを否定しないでほしい。そっちの方が不愉快だよ。」


 やっぱりサイトウさんのパクりなのね、ココ。窓の外が全部宇宙だし、そうじゃないかと思ったわ。


 でもやっぱり謝罪は受け取ってもらえないか。じゃあアレだけでもお礼を言わなくちゃ!


「じゃあお礼!人としてお礼だけは言わせて。」


「結婚の?別にソレもいいよ。」


「違うわ、私の家族を生き返らせてくれたこと。ありがとう。」


「うぇ!?てっきりその話は墓まで持っていくかと思ってた。」


 ○○ちゃんの家族が亡くなってカタキを追っていた時期に、私の実家も襲われた。でも誰よりも早く現場に駆けつけてくれてた。


 だが家族は既に事切れていて、助からなかった。そこで○○ちゃんは私の家族を時間遡行で復活させたのだ。


 じゃあなぜ自分の家族は復活させなかったのか。

 実は蘇生はリスクを伴うし条件もすっごく厳しい。経過時間や周囲の認識で失敗率もその後のリスクも跳ね上がる。


 彼の家族はその条件を満たせなかったのだ。

 遺体確保に時間が経ち過ぎていたし、そこそこの人数に知られていた。


 私の家族の蘇生についてはリスク上、私にも言わなかったけれど後に彼の心を制御した時に判明したのだ。


 本当はその事を口にするのもリスクが高いのだけれど。


「でも、言える時に言わないとすごく後悔するから。」


「わかった。受け取っておくよ。」



「それで、どういう策があるのかしら。さっき改変とか聞こえたけど。」


「オレの本来のチカラは「運命干渉」だ。だから制限はあるが、割りと自由に対象の歴史を弄ることが出来る。」


「ど、どどどど?」


 あらやだ私ったら、驚きすぎて言葉にならないわ。

 驚愕している自分と冷静な自分が、手を取ってダンスを始めだした。


「うーん。言葉だと伝わりにくいしコレでいいか。」


 彼は黒いチカラをこちらに伸ばす。私も同じチカラで握手する。

 いえ、握手する意味は無いのだけど。


 お互いの情報が高速でやりとりされて何をしたいのかが解る。

 便利よねぇ、「精神干渉」での相互理解。統一言語みたいなものだもの。


「うんうん、なるほどねー。」


「どうだろう。君達にとってはツライ選択になるけど。」


「私はこれしか無いと思うわ。今はツラくても将来の可能性はある。今のままジリ貧で突き進むよりはよっぽど良いわ。」


「あー、悪いな。せっかく結婚出来たのに。」


「それを言ったら私なんていくら謝っても足りないわ。」



 彼が提案したのは私が旦那と別れて暮らすことだった。ただの別居という訳ではなくて、歴史を改変するのだ。


 つまり結婚した事実すらなくなるということ。今回の件もそうだけど、私が幸せになれないかららしい。


 現時点での運命を弄っても意味がないみたい。もっと過去を変えないと、いずれは旦那に殺される運命が待っているとか。なにそれ怖い。


 もし旦那が……いえ、ケーイチさんが心変わりをしたならその時にまた笑って会えるはず。その時はもう夫婦ではないけれど……。


 本当はキチンとケーイチさんと別れ話をするのが筋なのでしょうけど、それが出来ればこんな事になっていないのが悲しいところよね。



「それにしても○○ちゃんのチカラって凄いのね。3つ目もあるなんて。」


「正確にはそっちが本来のもので、今までのは10徳ナイフのカンキリやコルク抜きの様な物だけどね。それに良いことばかりでもないよ。使った時の代償もバカ高いし。」


「代償?さっき情報をチラッと見たけど世界のルールだっけ。でもそれじゃあ私を改変する時に問題がでるんじゃない?」


「それはうまく分散するさ。ただ、ある程度の寿命は覚悟した方が良い。今回ので本来は死ぬはずだったのを改変するからね。」


 そっか、私はそういうレベルでお世話になるのよね。これは何かで恩返ししないとバランス悪いわ。


 その為には彼の事、もっと知らなくちゃいけない。

 私はふわっと浮き上がって彼に近づいていく。

 そのまま飛び越えそうになった私を彼は掴んで引き寄せる。


「ねえ、もっと話を聞かせてもらっても良いかしら。これまでのこと、これからのこと。いろいろとね。」


「構わないよ、それにこの家はいろんな施設もある。しばらく休息を取るのもいいだろう。ただ頼みが有って……」


「え、なになに?私が叶えられるなら”何でも”いいわよ。」


 足元は浮いたまま彼の首筋に腕をまわして顔を近づける。

 あらあら、ちょっと汗かいてるわね。何をドキドキしてるの?


 ダメよ?私は人妻を辞めるけど、貴方には奥さんがいるんでしょ?

 それでもグイグイくるなら……いえコホン。ともかくニヤニヤしながら反応を楽しんでみる。


「今何でもって……いや、ちょっと離れてくれ。先程から妻の視線が

 レーザービームなんだ。」


「え!?」


 彼の視線を追うと、銀髪でスタイル抜群の女性がこちらを見ていた。

 ウソ!?私が人の気配に気が付かないなんて!!この女性何者なの!?


「オレと心を繋いでいるからね。会話は筒抜けだし同じチカラも使える。」


 そういう事は早く言ってよ!めっちゃ誘惑したみたいになってるじゃん!


「初めましてトモミさん?私が彼の妻の○○○です。過去に彼を選ばなかったにしては随分仲がよろしいのですね?」


「えっとその、これはそういうのではなくてですね……」


 ひええええ!!すっごい目で見てる!でも超キレイな人!

 しかも過去バレしてる?ヤバイわー。

 やってしまったわよ私!す、すぐ謝らなくちゃ!



「ご、ごめんなさいぃぃいいいいい!!」



 慌てて飛び退き頭を下げる私。とりあえず許してもらえたけど……うう、あの目はトラウマになりそうね。



 …………



「よくぞ呼んでくれた。危うく何も判らず終わる所だった。」


「赤いのを使うなら詳しい方が必要ですもの。」


「あああ、オレのモンブラン……」


「○○ちゃん、ごめんね?」


 当主様と○○○が先程の客室に来て、モンブランをむしゃむしゃ食べている。

 この事態を引き起こしたトモミ(霊体)が申し訳無さそうに謝る。


「一緒に食べる約束じゃ……」


「あなたが持ってきたオシゴトのしわ寄せよ?」


「くっ、だがオレは約束は守るぞ。」


 マスターはムッとしながらモンブランを頬張る○○○に近づき、強引にキスをする。それどころか口を開かせ、中のケーキを奪う。


「ちょっあなた。こんなごういんに……みんなみてるわ。」


「はわわわわわわ。」

「うわーー!うわーー!」


 強制口移しでモンブランを頂くマスターは満足そうだ。

 当主様とトモミが頬を上気させながら食い入るように見ていた。


「これで一緒に食べたことになるだろう。」


「も、もう。そういうのは寝室でしてよね!」


「○○ちゃん、変わったわね……」


「トモミとやら。彼の過去を知っておるようだがもはや別物だぞ?愛人を幾人も作っておるし、世界中に子供がおるしの。」


「○○ちゃん、ちょっと後で話し合おうか。」


 友人として乱れた性生活のマスターを見過ごせなくなったトモミ。


「話を進めよう。オレはこんな感じで改変しようと思うが、どう思う?」


 くろもやー。


「異議あり!」


 黒いモヤでその内容を伝えるマスターだったが、異議が申し立てられる。


「こやつの幸福のために過去から改変するのは解る。しかしこの改変ではマスターが途中で死ぬぞ。もう少し手を加えねば我等の生活が変わる。」


「そっか、オレが今居るのは奇跡的なバランスだもんなぁ。」



 マスター・ケーイチ・トモミは運命に干渉すると影響が大きい。

 それだけ関わりが強いということだ。


 そしてこれに気が付かないで実行してしまうと、当主様の危惧していた今日以降の未来がなくなる事態になっていたのだろう。



「私達の出会いや生活を崩さないで改変って出来るの?」


「まぁなんとか出来ると思うよ。ただトモミにはちょっと負担がかかる。」


「えっと、どんな負担が?」


「記憶が2重になるね。チカラで制御出来る範囲だろうけど。そうだ!改変時に旧記憶と新記憶でフォルダ分けしておこう。これなら負担は減る。」


「わかったわ。必要に応じて切り替えればいいのね。」


「そうしてくれ。それともう1つ、何か夢はあるか?改変した人生には叶えられなかった夢に近しい物を用意できるよ。」


「本当に!?じゃあさ、海外で暮らす事に出来る?」


「ああ、それくらいは楽にできる。オレもそう改変するつもりだったし。」


 ケーイチと別れて暮らすとなれば国内だと簡単に見つかる可能性がある。

 なので海外で生きてもらおうと思っていた。


「でもいいの?わざわざ安全な日本から出るなんて。」


 ○○○が疑問を口にする。今は陰謀うごめく日本ではあるが、海外よりは暮らしやすい部分が多いのも事実である。


「私はもっと人類がわかりあえたらなーって思ってて。多分このチカラも、そこから発現したものだと思うの。」


「なるほどな、君のチカラなら……だがそれは神への挑戦と同義だよ。」


「世界最強の○○ちゃんと仲直りできたんだもん。自信がついたの。」


「オレより強いのなんてごろごろいるけどなぁ。それじゃあ手始めに彼女を説得してもらおうか。」


「うん?説得?」


 その時客室のドアがあいて、小柄のメイド服の女の子が乱入してくる。


「マスター、ご無事ですか!?って、うわあああああああ!なんで魔王邸に、あのヤバイ女が居座ってるんですか!?水星屋店員、サトウ・キリコが命じる!マスターから離れろ電波塔女ッ!」


 ナイフを構えて大騒ぎしながら突撃してくる、恋する爆弾魔・キリコ。

 トモミが妖怪みたいな扱いだ。その勢いで容赦なく首を切りつけられるが、霊体なので空振りすることになる。


「さぁ、どうぞ。」


「ヤバイ女……電波塔女……○○ちゃん、私泣きそう。」


「電波塔女よ、我が魔王邸に踏み込んだのが間違いだったな!」


 ガクッと膝をついて悲しむトモミ。勝ち誇るキリコ。別にこの家はキリコの所有物ではない。


「世の中こんな感じだから、程々に頑張ってね。」


「ううー……」


 せっかく生まれた自信は砕け散ったようだ。



 …………



「それでは始めよう。」


「よろしくおねがいします!」



 ベッドに横たわる穴あき死体を前に、皆が見守る中で作業を開始する。

 当主様はマスターの尻に手を置き準備も万端だ。


 マスターから赤いチカラ、「運命干渉」が吹き出す。

 同時にすぽーん!と死体の服が千切れ飛んで消える。


「○○ちゃん!み、みちゃだめ!」

「診ないと治せないよ。気にしたら負けだ。」

「でも、ちょっと今日はお手入れがあまり……」

「気にするのはそこなんだ。なら平気だよ。」


 手をかざすと死体の上に空間の穴が2つ空き、それぞれ青い球体が現れる。


 右が今の地球で左がパラレルワールドの地球だ。両方、時間は停止してある。


 左の地球に力を注ぎ込みトモミの認識、記憶と記録を吸い上げてコピーする。それを右の地球に注ぎ込んで上書きしてしまう。


 本来なら当事者をチョチョイと直接改変するだけで済む話である。だが今回は大規模な改変になるのでこの様な形を取ることにした。


 これで彼女の認識が変わるはずだ。だがケーイチにはその改変はしない。

 彼にはきちんと罪の意識を持って生きてもらわねばならない。


「周囲の認識はこれでよし、次は身体を治そう。」


 マスターは死体に手を置き、ベタベタ触って全ての情報を確保する。

 左の地球のトモミの情報を呼び出して同様に確保する。


「ちょっと○○ちゃん!そこは見ちゃダメ!それも触っちゃダメ!」


 トモミはきゃーきゃー言っていたが、○○○に首を捕まれ大人しくなる。

 ○○○もマスターの精神干渉を借りて霊体に触れるのだ。


 マスターは気にせず2つの設計図を見ながら作業を進める。


「赤い糸で上手いこと情報を移植して……ここはこうか。む?食生活が違うせいで体型もちょっと違うのか。トモミ、ちょっとウエストが太くなるけど良い?」


「きゃーー!なんてこと言うの!?」


「OKね。内臓もいくつか変わるなぁ。こいつはこうしてっと。ついでに少し若返らせて活力も増やしておくか。」


 設計図とは言え臓器を弄り倒すマスターにトモミの心が折れそうになる。

 臓物をパソコンの組み立てのようにされれば平常心では居られない。


「それ、大事なとこよね!?○○ちゃん、もうちょっと遠慮して!」


 傷ついた内性器に触れて情報を移植、上書きしていると抗議される。


「トモミさん?遠慮したら余計恥ずかしい時間が延びるわよ?」


「妻の言う通りだ。諦めてくれ。」


 飛び込みの際に傷ついた足の筋肉なども全て治療のメドが立つと、赤いチカラで設計図を死体に押し込む。


「ひぎゃっ!」


 ついでに妻から霊体を受け取ってそれも押し込む。地球とトモミの身体を赤く包んで、細かい調整をしていく。



 最後に代償の振り分けだ。今回のことで発生した運命の齟齬を、慎重に振り分けていく。


 今回は運命を直接変えるというよりは、事実に別の運命を付け足す形だ。


 他人にはトモミの認識だけ別物になる。

 トモミには両方の記憶が存在することになる。

 ケーイチには元の認識だけが存在することになる。


 マスターは両方把握しているが、魔王邸の面々もケーイチと同じ形だ。


 トモミとケーイチが出会ってから約10年分。事実と違う運命を辿った事にするには期間が長い。


 なので代償の扱いも慎重にならざるをえない。だが公安事件の時のように人物指定にするとこちらの精神力が保たない。なので人物指定は行わず、事象指定のみだ。


 そのとき、そこに居たものが代償を受ける。何か戦場を駆ける兵士みたいになった。



 すべてが終わると赤い光が薄れていく。

 完全に治療されたトモミがベッドの上に現れ、意識を取り戻す。



「もう、お嫁に行けないじゃない!!」



「九死に一生を得た第一声がそれでいいのか?」


 大事な所を隠しながら涙目で叫ぶトモミ。慌てて渡された浴衣を羽織る。


 なにかズレた印象を受けながら、ぶっ倒れるマスターであった。



 …………



「今回も随分消耗したわね。はーいあなた、お洋服を脱ぎましょうねー。」



 魔王邸大浴場にて、意識のない旦那を引っ張ってきた○○○は服を脱がす。

 気力を使い果たした彼にはその治療と補充が必要なのだ。


 マスターを寝湯に浸けると、自身も裸になった○○○は寄り添い精神力を浸透させていく。彼の心を補足するとゆっくり包んでいく。


「奥様、トモミ様の案内、終了しました。」


「ご苦労様、どんな感じでした?」


 カナは露天風呂にトモミを案内して治療に参加すべく現れる。

 今日はソレだけでなく、あの女性への探りも頼んだのだ。


 カナは既に脱ぎ終わったあとで、○○○同様にマスターへ寄り添う。

 彼女のチカラ、精神制御でサポートするのだ。


「彼女には悪意がありませんが、だからこそ油断すべきではありません。旦那様の人生の成功振りに興味関心があられたのと、私の立場にも関心が見られました。私からすれば正直歓迎できません!」


「そう、旦那の優しさにつけこんできそうなのね。身体の方は?」


「若返ったのもあってスペックは高いですよ。少なくとも小綺麗に纏めてもらった私よりは出るトコ出てます。詳細はシーズの方から。」


「判ったわ、ありがとう。それでは旦那の回復に専念しましょう。」


「畏まりました。旦那様~存分に味わって下さいな~。」


 2人はひたすら精神力を注ぎ込む。疲れる頃にはクマリも呼んで精神力を補充させてもらう。彼女はチカラ持ちではないが、○○○かカナが居れば注ぐ手伝いなら出来るようになる。


 シーズの3人やキリコはそこまで仲が進行してないので無理はさせない。

 いくら意中の相手とは言え相手に意識がない中、アレな行為はさせられない。


「うわぁ、マスターって意識が無くてもお元気……いえ、報告します!」

「監視対象のデータを持ってきました。御覧ください。」

「我々にも精神干渉でアクセスしようとしており、危険度は高いです。」


 シオンが毒気にアテられているが報告が始まる。

 3Dデータと彼女の言動についての考察が始まり、作業をしながらもしっかり聞いている○○○とカナ。


 どうやらここの住人としては、彼女は歓迎できる存在ではないらしい。



 …………



「○○ちゃん。ここのメイドさんて、いつもこうなの?」


「何を言ってるのか解らないが、何が有ったかはだいたい分かる。」



 改変が終わって確認の為にお風呂に行ってきたトモミと、いつもの通り倒れて妻達による回復作業がおわったマスター。


 今は客室で2人きりだ。身体と魂のシンクロ率の調整や身体の細かいチェックなどをしている。



「はぁ、私って皆さんのお邪魔だったかしら。」


「ただの見極め作業だよ。みんな心配になってるのさ。」


「カナさんは急に怖い顔になるし、キリコさんは狩る目でみてたし3人組には身体の隅々まで実況・解説付きで洗われたよ。魔王邸の旦那様はずいぶん愛されているのね。」



 カナは雪の中での会話をサポート室で見ていた。それを見た上で過去に自分の気持ちが届かなかった原因の女を歓迎できなかった。


 キリコはセツナの相手をしていて見ていなかった。しかし想い人の人生を狂わせた1人を良い目では見れなかった。


 シーズの3人は彼女の身体を洗いながらAIの勘で感じ取っていた。過去は解らないが、彼女が自分達のマスターに近づくのは良くないと。


 ○○○は憤っていた。旦那の優しさを利用しておいて何よ、と。使用人たちに探りを入れさせるくらいには信用してなかった。



「うちのが失礼したね。不快にさせてすまなかった。」


「あ!違うの、不快とかじゃなくて言葉通りの意味よ。ただその……フクザツなご家庭なのね。」


「訳ありばっかりだからね。ここの事は地球に戻っても話さないでね。」


「その、私がここにご厄介になるという可能性は……あひっ!」


 淡い期待を込めての言葉を放つが最後までは言い切れなかった。

 部屋のあちこちから嫉妬めいた殺気が沸き起こる。


 きっとサポート室の監視役の思念が逆流しているのだろう。マスターの心にも同様に感情が送られてきている。


「今はやめておいた方が良いよ。君だけが悪いわけじゃないけど、感情っていうのは単純かつ複雑に絡み合うモノだからね。」


「そ、そうね。私は私の道を進むわ。」


 トモミは治療を経てわかっていた。

 彼を利用して使い潰した自分がまた、彼を頼ることに良い感情を持たれるはずもない事に。それだけ彼は愛されている。


 ここのメンバーは数奇な人生を歩んでいるが、幸せそうである。

 自分も結構な人生だと思うが、受け入れられはしない。


 この差はなんだろう。そんなの解りきったことだった。


(”彼を認める”かどうか、それが分岐点だったわけね。)


 誰だって自分を認めず利用するだけの者と一緒にはいたくない。

 が、認めてほしいと努力するのもまた人間であった。それを更に利用する形になり、今に至ったのだ。


(感情は単純かつ複雑に絡む、ね。正にそのとおりだったわ。)


「○○ちゃんが本当に望んでいたのは、そういう事だったのね。」


「……わかってくれて嬉しいね。」


 マスターは彼女の言った意味がよく解ってなかったが、そう答えた。

 この男は相変わらず大事な所でしょうもないが、丸く収めることは出来た。


 身体のチェックが終わるとマスターは携帯端末を渡す。


「これは電波ではなく思念で連絡がとれる携帯だ。オレの携帯とも通信ができる。緊急時はこれで連絡してくれ。」


「わかった。いざとなったらお願いするわ。」


 携帯を受け取り身支度を済ませる。


 本当は今すぐ謝り、何をしてでも精算をしたかった。

 でもそれは彼が望んでいなかったし、周りの女性達が許さないだろう。


 今こうして生きているだけである種の奇跡なのだ。

 今はもう新しい生活に集中するのが良いだろう。


 こうしてトモミは用意してもらった家に”帰る”のであった。



 …………



「なるほど、ケーイチさんとの出会いから分岐してるのね。」



 12月25日。イタリアのアドリア海の見える港街に彼女は居た。

 この街を選んだのには理由がある。


 ここには大聖堂があり、悪いモノを退けるチカラが有ること。

 他の有名な街と比べれば見つかりにくく追跡されにくい点だ。


 この国にもサイトの支部はある。そして大抵の支部は情報収集に優れる。

 精神や探索系の能力者が確保されているからだ。

 だがこの街ならケーイチの手配で探索が始まっても時間は稼げるだろう。



 トモミは与えられた家の寝室で情報を確認していく。

 日本で彼と出会わなかった運命を自身のチカラで飛ばし読みしているのだ。


「仕事はレストランの店員なのね。男性歴は……これは後でじっくりで。これは実家とは連絡取れないなぁ。そして餞別のお金がどさりと。」


 仕事は軽めのものをアテられていた。餞別の100万euphoもそうだが、別の街に移動する可能性も考えてのものだろう。


 実家とは連絡を取れないのは当然だ。そこからバレる危険があるので事実とは設定を変えられていた。


 恋愛に関しては今はフリーだが、5人から言い寄られている最中らしい。

 昨日の今日でこの状況はちょっと困る。


 もう少し落ち着いた状況にして欲しかったが、この国なら仕方ないのだろう。


「昨日で死ぬより余程良い環境よね。ともかく生きていきましょう。」


 トモミは新生活に向けて気持ちを切り替えるのであった。



 …………



「うう……トモミ……」


「大丈夫ですよー。私がすぐ良くしてあげますからね―。」



 12月28日。特別訓練学校の医務室でうなされるケーイチは、

 アケミの看病を受けていた。


 アケミの見立てによると、外傷よりも精神的なショックが大きい。

 下手にケガを治そうとすると暴れるので自然治癒に任すことになった。

 ずっと一緒なのでアケミ的には嬉しい誤算と言える。


「あらいけないわ。偉い人達に呼び出されてるんだった。もしかしなくてもこの前の大騒ぎの件よねぇ。ちょーっとやりすぎちゃったかなぁ。」


 クリスマスイブで報道陣と野次馬相手に、失敗レーションを大判振る舞いした件は大きく報道された。


 意外なことに悪意のある記事は少なかったものの、特殊部隊に携わる者として目立つのはあまり良いことではないだろう。


「そんなわけでトキ……ケーイチさん、ちょっと偉い人に会ってきます。いい子だから安静にしててくださいねー。」


 ケーイチに一声かけると医務室から出ていくアケミ。


「それにしてもトモミさん、だっけ?クリスマスからずーっと言ってるけど、一体誰なんだろう。やっぱり彼女?でも振られたとか?ぐぬぬ、負けるわけにはいかないわ!」


 そのままパタンと戸を閉めて出ていく。代わりにパタンと戸を開け

 入室する者が居た。彼は全身黒尽くめの男だった。


「失礼しまーす。」


 呑気な声で入ってくる現代の魔王。ケーイチのベッドに近づくと、黒いモヤで強制的に意識を取り戻させる。


「お、お前!?どうしてここに、誰か居ないのか!?」


「無駄ですよ。時間は止めてあります。でもご安心ください。今日は報告に寄っただけなので。」


「貴様、トモミに何をした!?」


「彼女を貫いたのは貴方であって、オレは治療しただけですが。」


「ぐ……そうじゃねぇ!みんながトモミの事を覚えていない!お前の仕業なんだろう!?彼女をどうしたんだ!!」


「もちろん、綺麗に治しましたよ。ただし、トキタさんの元へは帰ってくることはないですが。」


「トモミを拐って自分のものにでもする気か!?今すぐ返せ!!」


「誰がそんな事するものか。他人の女には手を出すつもりは無い。彼女は政府の言いなりにならない道を選びました。貴方とは別れてね。」


「そんな馬鹿な!!オレと一緒に居るって、幸せにするって誓ったのに……」


「貴方に殺されるのが幸せとは思えません。子供も作らずによくもまぁ。」


「それはお前が!!」


「勝手にあなた方が追ってるだけで、お互いに関係は無くなった筈だ。どこまでオレを言い訳にすれば気が済むんですかね。」


「くそっ、お前さえ居なければ……」


「結婚もできませんでしたよね?途中で2人とも死んでいたでしょう。」


「ぐう……」


「オレは彼女の人生に細工をして、違う生き方をしてもらってます。だからここの人間たちがトモミの事を知らないのも無理はない。なにせ彼女に会ったことも無いのだから。」


「お前が何を言っているのかサッパリわからねえが、とんでもねえ事をやらかしたのは判る!」


 急に起き上がって掴みかかってくるケーイチ。


 ズドォン!


 その腹にクリスマスに受けた銃弾と同程度の衝撃が突き刺さり、彼は医務室の壁に激突してクレーターを作りヒビが入る。


「ぐふっ。」


「そこで自分も続こうとか考えない辺り、相変わらずですね。やはりこの選択で正しかったようです。トモミを貴方のエゴに巻き込まないで済みますからね。」


 ケーイチを浮かせてベッドに戻し、毛布も掛けてあげる。

 代わりに黒いモヤでマスターの情報を漏らさないように細工する。

 ちょっとした条件を付与して。



「さて、オレはそろそろ行きますよ。トキタさんはそうですねぇ。あの看護師さんとでも仲良くしてあげたら良いんじゃないですか?」



 さり気なくアケミへの援護をしつつ、空間に穴を開けて去っていく。

 ケーイチは意識が急速に失われていく中で魔王の言葉を聞いていた。


お読み頂きありがとうございます。

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