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50 マオウ その3

 


「事件は微妙な結末だったし、犯人を護送したらオレ達の帰りの足もない。全くひどい話だぜ!オマケに雪まで降ってきやがった。」


「仕方ないわ。秘密の特殊部隊と言っても威厳も何もないもの。ウチの予算はあの子達優先だし、傍から見れば寄せ集めもいいトコだし。」



 12月24日、事件解決後。市民ホールの東の通りから住宅街を駅に向けて徒歩で移動するトキタ夫妻の姿があった。


 その聖夜の空からは雪が降り出し、凍える寒さとなっている。

 トモミの言う通り、この特殊部隊には威厳や畏怖は感じられなかった。

 能力こそ高いが大半が子供であり、大人のスタッフも寄せ集めだ。


 予算も維持でカツカツ、今回だって移動には県警の車を借りていた。本当は莫大な予算が使われているのだが、管轄が違うので彼らは知らない。


「でもあなた、たまには二人で散歩も良いんじゃない?」


 ホワイトクリスマスよ?とトモミは笑う。確かに考えようによっては、いつも訓練だ・事件だ・出動だと落ち着かない2人には心の休息と言える。


 しかしケーイチは男として、妻にはもっといい生活をさせてやりたかった。その点を思うと、素直に喜べない自分を自覚していた。


「それもそうだが……風邪引かない内に駅まで行こうぜ。」


「ええ、そうしましょう。」


 人気のない住宅街を歩く。すると路地に一匹の猫がうずくまっていた。


「あら、この子危ないわね。」

「どうした……オレたちじゃ助けられないぞ。」

「それでもこれくらいはしてあげたいの。」


 トモミの手からは温かい精神力が流れ出し、猫を覆う。猫の精神力がみなぎり、立ち上がると物陰に向けて走り出す。トモミの支援技、魂覚醒である。


「病は気からって言うし、元気になれば生きる為の対策もとれるわ。」


「お前は優しい女だな。」


 白い息を吐きながら笑いあう。ケーイチは自分の心も暖まるのを感じていた。



 …………



「テンチョー!片付け終わりました。」


「いい加減マスターと呼んで欲しいんだが。」



 水星屋は本日の営業を終わらせ、帰宅準備をしていた。

 既にサクラは転移で帰している。この場はマスターとキリコのみである。

 メニュー看板等を片付け、あとはハリボテの屋台を倉庫に送るだけだ。


 キリコは外で作業するにはメイド服では目立つし寒いので、マスターとお揃いの黒いローブを付けている。密かにお気に入りなのだ。

 マスターもいつもは黒マントだったが、冬は寒いのでキリコとお揃いのローブを新調していた。


「では片付けようか。」


 空間に穴を開け、屋台を丸ごと飲み込む。


「今日はこれで終わりだね。そろそろ家に帰ろう。」


「はーい。でもマスター、結局何も起きませんでしたね。」


「キリコ、そういうのフラグっていう――」


 ブワッ!!


「マスター!! 何か来ます、お下がりを!この感覚はまさか!!」


 何かを察知したキリコがマスターの前に出てナイフを抜く。

 まだマスターのチカラを繋いで居た為、異常を察知した。


(この感覚はいつかの喫茶店で……)


 そして暗殺者の勘が彼女に理解させる。向かってくるのはヤバイ奴だと。


 マスターも既に勘付いていた。

 先程発せられた精神力。サイトの魔女の技、魂覚醒である。


「何かあるとは思っていたが。そういうことですか、社長。」


 近づく者の正体に気がついた彼は、この営業場所を選んだ社長の意図の得心がいった。



 …………



「今日は色々なことがあったけど、どれも忘れられない思い出よ。」


「そうだなぁ。そういうの、大事にしてきたいな。」



 猫を助けた2人は再び歩きだしている。



「でもこれだけ頑張ったんだから、サンタからご褒美でも貰えたら文句ないんだけどな。」


「ふふ、よくばりさんね!帰ったらゆっくり……?」


 急に足を止めて辺りを見回すトモミ。


(あれ?……この懐かしい感じは?)


「どうしたんだ?急に立ち止まってよ。」


「この先、気になることがあるの。あなた、何かあっても冷静にね?」



 水星屋がトモミのチカラを察知したのと同じように、彼女もまた、マスターが屋台を片付ける時のチカラを察知していた。



 …………



「キリコ、下がるのは君の方です。元暗殺者とは言え、普通の人間では彼らに太刀打ちすることは出来ない。」


「しかしそれでは……私は店員だ!マスターの側に居ます!」


「もう営業は終わってる。それに旧友の顔を見るだけです。心配しなくてもすぐ戻るよ。」


「くっ……本当にすぐ戻ってきてくれるんですよね?」


「ああ、それとみんなに伝言をお願いします。モンブランだけはとっておいてくれ、と。」


「それ食べられちゃうフラグですよね?」

『それ食べられちゃうフラグよね?』


「○○○まで……さっさと行きなさい!」


 空間に穴をあけてキリコを放り込む。


『あなた、私は食べないで待ってますからね。』

「ああ、一緒に食べような。」


「はてさて、どうなることやら。」


 マスターは時間を停止して3人だけの会合の舞台を作った。

 周囲に結界を張って流れ弾や音漏れの心配を無くす。


「ん?あれは……あいつは!?おいおいこれは何の冗談だ?」


 ケーイチは綺麗な2度見で目の前の黒装束を確認する。


「本当にサンタのプレゼントが降ってきたぞ、おい。」


「やっぱり貴方なのね……○○ちゃん。」


 2人はその黒装束に駆け寄り、適切な位置で止まる。

 元戦友である。本当に危ない射程距離も把握しているのだ。


「ようやく会えたな○○○○!それとも現代の魔王と呼ぼうか!?」


「○○ちゃん!」


「これはこれは、夫婦揃って散歩ですか。雪の中お熱いことで。」


「へっ、随分普通に喋れるようになったじゃないか。」


「当時はご迷惑をおかけしました。しかしもう4年になりますか。」


「○○ちゃん、思ったより元気そうね。普通に話せてるし。」


「てめえには聞きたいことが山ほどあるんだ。昔話は豚箱で聞く!とっとと捕まえさせてもらうぜ!?」


 どことなく相手を案じる声に苛つきを覚えたケーイチが吠える。


「積もる話は有ると思いますが、お互い仕事上がりで疲れてるでしょう。後日改めて、というのはどうですかね?」


「ふざけんなよ、仕事ってことは今回の件はお前が絡んでいたのか?」


「今日は本業の方ですね。クリスマスなのに休日出勤でした。それより冷えるでしょう。ここらでお開きにしません?」


 先程からマスターが彼らを遠ざける発言をしているのも理由がある。

 人間、他者の言う事の逆をしたくなるものだ。敵対相手の言葉は特に。


 つまり誘いを掛けている。



「お気遣いどーも!でも心配御無用よ。大人しく一緒に来てくれない?」



「あいにくと予定が入っていてね。遠慮しておくよ。この後は家族全員でクリスマスパーティーなんだ。」



 その言葉に2人は衝撃を受ける。今、現代の魔王はなんと言った?


 コミュ障のキモオタゾンビもどきが家族でパーティー?

 彼の家族は死んだはず。つまり新しく自分で作ったと?



「なん……だと……?」


「う、ウソでしょ!!○○ちゃん、結婚したの!?」



「そんな世界の終わりみたいな顔をしなくてもいいと思うんだ。一応、式の招待状はサイトの本拠地に届けに行ったんだけど。」


 そこで2人は思い当たる。2006年始めに現れた魔王のことを思い出す。


「もしかして2006年の?そっか、あれが結婚式の招待状……」


 トモミはそんな大事なものを受け取れなかった事を後悔する。その表情を見たケーイチは義憤と嫉妬の思いで激昂する。


「”そんな事はどうでもいい!” ついて来る気がないなら、無理にでも引っ張らせてもらうぜ!」


『いけない!まだ仕掛けてはだめ!!』


 そんなトモミのテレパシーも虚しく流されてしまい、戦闘態勢をとる。


 ケーイチは剣を形成して魔王に斬りかかる。



 ザシュッ! ガィィイン!!



 しかし当然のごとく魔王の無敵のバリア、次元バリアに防がれる。


「1つ、どうしても聞きたいことがある!」

「私もよ!これだけは絶対に!!」


「良いでしょう。お互いこの数年の成果を試しながら、ね?」


 魔王はニヤリと笑う。ケーイチは必死に剣を振り回し何度も斬りつける。

 トモミは反撃されないよう、ひたすら幻覚で牽制する。


(このままではダメだわ!彼の本当の特性は防御ではなくカウンター!いずれ反撃されればすぐに終わってしまう!!)


(――なんて思ってるんだろうね。幻覚も絶妙に外してるし。)


魔王は読みにくいトモミの考えを推測しながらフラフラと立ち回る。


(ここで会えたのは僥倖、こいつはオレに手を出さない。今日でこの生活に終止符を打ってやる!)


(こちらは考えが浅いな。その顔からは相当の苦労が見て取れるが……)


対してケーイチには厳しい評価を下す。


「てえええい!」


 ブォォオン!


 ケーイチは横薙ぎの一閃の後、バックステップを挟んでチカラのナイフを3本投合する。その全てが防がれてしまうが、怒鳴り合いの会話は出来る距離を保つ。


 魔王は虚空からリボルバー拳銃を取り出し5発撃ち出す。


 バァン!バァン!バァン!……


「「何!?」」


 かつては無かった、自分たちへの反撃に驚く2人。

 しかしその銃弾は、全て足元への至近弾であった。

 とはいえ地面は大きくえぐれており、当たれば無事では済まない。


「いい武器でしょう?今は実銃を調整して使ってるんだ。」


(エアガンでさえ凶悪な殲滅力だったのに実銃かよ!)


(ワザと外した!でも反撃には変わりない。やはり彼の優先順位は私達より上のものがある!)


 それを教えるために銃を抜いて見せたのだろう。

 今は家族が居るというのはブラフではないと。


「2007年、何故魔王事件なんて起こしやがった!お前はひねくれた分からず屋だが、そこまで酷い奴では――」


「奥さんってやっぱり美人!?私よりおっぱいは大きいの!?料理の腕は!?夫婦仲は!?夜の頻度はどれくらい!?」



「「は!?」」



宣言通りに質問した2人だったが、サイトの魔女様のお言葉に男連中は間抜けな声を出した。


「お、おおお前、こんな時に何言ってるの!?」


「だって、だって気になるじゃない!!」


 ケーイチは妻のトモミの発言に混乱していた。


 この戦い、緊迫した魔王との決戦のはずだ。


 魔王は神出鬼没で極悪非道。


 世を乱し、生き残った全員が被害者遺族と言って良い程だ。


 滅多なことでは会えない人類の敵が今、此処にいるのだ。全力で戦うのが魔王を倒す者の役目だろう。


 事件の真相を暴いて糾弾して、正義の下に打ち砕くモノじゃないか?


 なのになんだ?おっぱい?魔王の嫁のおっぱいがそんなに重要なのか?

 見ろよ、さすがのアイツも呆れて固まってるぞ。すげースキだらけだ。


 ケーイチは戦闘中にも関わらず頭を抱えそうになる。


(よし、これで少しは緊迫感が紛れたかしらね。)


「ちょっとは空気を読めよ!お前そういうの得意じゃないか!」


『何よぉ、読んだ結果がこーなったのよ!彼は反撃できる。このままじゃあなたの身も危ないのよ!?』


『アイツは攻撃は当ててこない。ナメられてる内にケリつけるんだ。』

『どーしてそうなるのよ!神様に言われた事を忘れたの!?』

『女の話をしろって、こういう事じゃ無いんじゃね?』

『あのえっちな神様が言うんだからこういう事でしょう?』


 魔王が2人を見ると高速でグダグダな思念が飛び交っている。


(うーん、なんだこれ。だがトモミの狙いは穏便な話し合いか?それはそれで悪くないが、相棒にやる気があり過ぎてなぁ。)


「で、どうなんだ?黙ってないで何とか言ってみろ!」


 上から目線の人が好んで使うセリフをケーイチが放つ。この場合は何を言っても不正解。詰将棋の過程みたいなものだ。

 なので自分の正解を臆さず突きつけるのが、言われた側の正解だ。


「もちろんステキな女性ですよ。宇宙一の良い女と言って良いでしょう!その容姿も!香りも!言動も!触り心地も!彼女の全てがオレの心を揺さぶり惹きつける!出会った瞬間にすべての価値観が上書きされた!そして何より心!お互い認め合い・解り合い共に成長できる、人類史上最も希少で尊い魂を持った素晴らしい女性だ!」



「そっちじゃねえよ!無駄に長え!」


「良いツッコミです。」


 満足してサムズアップしてあげると、ケーイチは怒りに顔を震わせる。


『もう、あなたったら!そこまで言われると恥ずかしいわ。』

『なに、本当のことだ。いつもありがとう!』

『えへへー。』


 魔王夫婦が心でイチャつく中、トモミは魔王の言葉の真贋を探っていた。


(あの○○ちゃんが本気でそこまで言う相手?これはマズイわね。)

(トモミの方は正しく認識してくれたようだな。)


「でえい!」


 ガイン ガイン ガイン ガイン!


 ケーイチは華払いにて魔王の次元バリアを突破しようと試みる。

 範囲攻撃ならスキが出来るかも……との考えだがそれでは考えが浅い。

 トモミは自身達に魂覚醒を使って精神力を底上げしている。


「こんなものですか。なんだ、以前と余り変わらないようですね。」


「お前は変わったよ。魔王なんて言われて良い気になりやがって!」


(相変わらずこの男は、悪意でしか物を見れないのか?これではまともに答えるのも癪だな。どうせまともに聞かないし。)


バリアで攻撃をしのぎながら諦めに近い思考をする。


「あの事件はオレにまつわる関係者や状況の全てがそうさせた。あなたにもわかりやすく言えば、”仕方がなかった”ってトコですね。」


「どれだけの人が苦しんだと思っていやがる!そんな言葉で纏められてたまるかー!!」


「さすがに許容できないわ!一体どういうことなの?」


「人類の多くがそれを望み、その任がオレに課せられたのさ。これでも反対する側だったんだ。詳しくは国連の報告書を読んでくれ。」


「国連!?何のことだ!」


「まさか、あの雑誌の話は本当なの!?」


 オカルト雑誌スカースカに載っていた、事件の詳細を記した報告書の存在。それが本当なら今までの問答が茶番になる。


「オレは唯の実行犯であって全ての事件の詳細なんて知らない。アレを見るのが一番早いよ。閲覧出来るかどうかは別だけどね。」


 雑誌の一報以外に情報がないという事は余程見せられない内容か、情報量が膨大なのだろう。まぁ恐らく両方だ。



「そういう事を聞いてるんじゃねぇ!何故お前が加担したかだ!」



 今度は死散光で一点突破を狙うケーイチ。

 3連続の死の剣がレーザーのように撃ち出されるが、簡単にかき消える。


「せっかく論点ずらしたのに。まぁオレにも事情ってモノがあるからね。尻尾振って引き受けるしか無かったのさ。」


(まてまて、考えるのよ私!彼は無理やり事件を――。雑誌の内容が正解だとすれば――。もしや協力者か黒幕が――)


(いくらトモミでも情報量の多さに焦ってるか。)


「つまり何か?結局はお前の都合で世界を変えちまったって事で良いんだな!」


「あなた、ちょっと落ち着いて。」


「あはは、色々省けばそういう事ですよ。オレが殺し、奪い、破壊して廻った。何処にも紛れはありません。」


「何を笑っていやがる!だったら何も遠慮はいらねえよな!」


(マズイわ。ケーイチさんは怒りで興奮している。まだ考える余地が!)


 突撃するケーイチと止めようと追うトモミ。


「食らう側は初めてだよね?A・ディメンション。」


 周囲が異次元宇宙空間になり、2人は簡単に身動きが取れなくなる。

 足場も重力も無ければ当然の話しだ。



「ミチオールクゥラーク。」



 2人の視界全てに自分を襲うエネルギーの弾が迫っていた。

 それはまるで流星の様で、秒間100発は超えていた。ユウヤとはモノが違うそれは、確実に2人を飲み込んでいった。



「ば、馬鹿な!?ぐあああああああ!!」


「きゃあああああああ!!」



 全身に痛みが走り、意識が遠のき何も感じなくなる。


 だが気がついたらどこにもケガはなく、同じ場所に立っていた。


「はぁはぁ、今のは……?」


「はぁはぁ、幻覚?それにしてはリアルな感覚だったけど……」


「これすら見抜けないのか。本当に2人ともサイトの死神と魔女か?」


「クッ、きさまっ!」


 魔王は馬鹿にしてくるが、致命傷を受けたと同時に2人の時間を戻しただけである。歴戦の2人なら冷静に考えれば気づけていた。



(○○ちゃんは強くなっている。まるで制限がないかのように!何とか話を引き出して落とし所を見つけないと殺られる!)


「じ、人類が望んだってどういうこと?あなたの裏に誰か居るの?」


「よく聞いてるね。特定の誰かではないよ。だから種族で答えたんだ。」


「トモミ!こんな奴の話は聞くなッ。やつは自分の利益の為にやったとすでに自白しているんだぞ!」


 彼は息も絶え絶えで諌める。大きく息を吸うと1番言いたい事を叫ぶ。



「仕方がないで殺されちゃ堪らないんだよ!」



「それでは駄目よ!能力者のチカラは気持ち。相手の真意を掴まないと勝てない!あなたが良く言っていたことでしょう!?」


(トキタさんは変わらないなぁ。少し揺さぶってみますかね。)


 彼の言い分は至極まともで、正論だ。だがその言葉は現代の魔王に対しては説得力の欠片も無い。それを証明してあげようと思案する魔王。


「どうも先程から、オレの言葉を軽く捉えているようですね。では今度はこちらから質問させてもらうとしますか。」


「なんだと!?」


「何年も前ですが……人質がいるにも関わらず、あなた方が無策でコトを進めてとある一家が皆殺しにされた事件がありましたよね?」


「「!!」」


「そう、オレの家族のことだ。それについてはどうお考えで?」


「い、今更なにを。あれはお前をナイトに渡す訳には行かなくて、他に方法もなく、仕方が――!」


「あ、ああああ……」


 ケーイチは自分の言葉をぐっと飲み込むしかなかった。

 トモミは今年に入ってからの悪夢が蘇って身体が震えだす。


「お答えになれませんか?緊張しているならほぐしてあげよう。」


 魔王はチカラで1つのフックを作り出して右手に持つ。

 フックに更にチカラを乗せてこちらへ突撃したかと思えば、何もない空間にフックを引っ掛けてケーイチ達の後方に投げ飛ばす。


 フックは空間を引っ掛けたまま飛んでいき、引っ張られた空間は後方に伸びるように歪んでいた。2人の身体の一部も後方に伸びている。


「これは!?何をする気だ!」


「W・スマッシャー。」


 パチンと指を弾く仕草をするが、上手く鳴らなかった。ダサい。

 だがその瞬間フックが消えて、引っ張られた空間がゴムの様に戻る。


「「うわああああああ!!」」


 彼らの居た場所に、空間の波が押し寄せありえない衝撃を受ける。

 自分のいる場所そのモノが地震や嵐のような災害を受ける感覚。


 空間そのものへの攻撃であり、発動すれば防御も回避も普通は不可能だ。

 とある戦闘SLGの技からヒントを得て魔王なりにアレンジしたものである。


「程よくほぐれたはずだが、沈黙のままか。では質問を変えてみようか。」


 ほぐれるも何も、ダメージでまともに喋れなかっただけである。


 その後も魔王の質問は続く。いくつも問いかける。だが答えは簡単なのだ。

 どれもこれも仕方がない理由が有って、彼が被害を被った話ばかりだった。


 結局それを端的に説明するとなれば1つの答えしか無いのだが、ケーイチはそれを封印せざるを得ない。でないと負けを認める事になる。


「オレを意図的に式に呼ばなかったのはいいとしても、その後支部の汚職を暴いたオレを処刑するよう進言したそうじゃないか。与えられた護衛の仕事は完璧にこなしたというのに。」


「お前だってわかってるだろ!どれもこれも仕方が――くそっ!」


「うう、ああああ……」


「挙げ句、言い掛かりで政府に追われるオレに追い打ちでしたっけ。こちらの事情はトモミを介して伝えていたはずだ。」


「うぐっ……ううう。」



「で、さっき貴方はなんて言いましたっけ?たしか”仕方がないで殺されちゃ堪らない”とかなんとか。」



「…………」


「ぐす、ごめんなさい……ごめんなさい……」


(やべ、トキタさんを煽る為に意地悪しすぎたか。)


『あーなーたー。泣かせるまで突っつくことないでしょ!』



 悪夢が完全に蘇り泣き出すトモミ。ツッコミを入れる○○○。

 これは気マズい。


 トモミが悪夢に苛まれている事を知らない魔王は、ケーイチに一泡吹かそうとしてやりすぎてしまったのだ。


 どうしたものかフォローを考えていると根性でケーイチが立ち上がる。

 そしてそのまま魔王に向かって攻撃を再開する。


「うぉぉぉおおおおお!!」


 ガイン!ガイン!……


「お前の言いたいことはわかった!だがオレ達が憎いならオレ達を狙えよ!世界中に迷惑掛ける必要な無いはずだ!」


 その言葉も正論ではあったが間違いとも言える。魔王は呆れた笑いを漏らしながら両手を広げて挑発する。


「あっはっは、呆れた勘違いですね。恨んでなんかいませんよ?おかげで今の充実した幸せな日々があるというのに。貴方が考えることをやめているので少し突っついてみただけです。」


 小馬鹿にしたセリフとともに、トモミに銃口を向け引き金を引く。


 バァン!


「!?」


 チカラの込もった銃弾はトモミに命中する直前に虚空へ消え、ケーイチの背中に直撃する。防弾コートとは言え衝撃は凶悪だった。


「ひ、卑怯な……」


「あっはっは、トキタさんには負けますよ。素人リロードだ!」


 意味もなくリロードをしてみせる魔王。今度は弾丸をこぼさなかった。


(恨んでない。本当に?彼はそれでいいの?)


「そもそもあなた達を結婚させるために頑張ったのに、この程度か。あまりガッカリさせないでほしいですね。」


「てめえ!どこまで人をおちょくるつもりだ!」


(いや違う。○○ちゃんはまだ、私達にチャンスをくれている?)


「会って解ったけれどトキタさんは変わってない訳じゃないね。オレを下に見たいが為に、死者に引っ張られています。」


「何を知ったふうな……死者、だと!?」


「マスターも言ってたけど……まさか……」


「オレは2005年に陰謀で記録を抹消されて社会的に死にました。そして2006年1月末、チカラの使いすぎたオレは寿命で死にました。」


「そんな!!○○ちゃん!?」

「そ、それでは今のお前は……」


「幽霊、ではないですよ。さる御方と契約して魂のランクを上げました。この身体もオレのチカラで調整・再現をして使っています。言うなれば悪魔です。昔の渾名的にも覚えやすくて良いでしょう?」


「世迷い言を!そんな言葉に惑わされてたまるか!」


「どうです?ここらで武器を降ろしてお開きにしては。死人を追い求めても、自身が死ぬだけですよ。」


 いつぞやにサイトウに言われた言葉を思い出す2人。


(○○ちゃんは、完全に手の届かない所に?幸せだと言うけれど、それは寂しいことだと思うわ。)


 だたそれは彼女が言えた話ではないのでぐっと堪えて黙っておく。


「ふざけるな!お前が手の届かないモノになって、オレ達はどうなる?政府に監視・脅迫されて戻れない所に来てしまった!お前をなんとしても倒さなくてはならないんだ!」


「あなた……」


「それこそ自分で選んだのでしょう?あの時オレを排除してまで。どうしてもと言うなら相手になるけどさ。オレを倒したら倒したで、次の実験動物や魔王があなた達になるだけですよ?」


「「!!」」


 それはそうだろう。世界最強の魔王を倒すという事は、自称偉い人達に目を付けられるということだ。

 その先には当然幸せな生活などありはしない。


「別に辞めちゃえば良いんじゃないかと。お2人なら追手なんて簡単に”処理”できるでしょう。子供でも作って幸せになればいい。」


 その言葉に籠絡されかかるトモミ。子供の部分に反応してしまった。


「ねぇ、あなた?」


「騙されるなよ。こいつは正に、悪魔の囁きだ!」


「あっはっは!上手いこと言いますね。」


「オレ達が逃げたら学校の子供達はどうなる。散々政府に利用されて使い捨てられて、いずれは殺されるだろう。」


「それは!!」


 それが解っているならさっさと行動するべきだったが、他人を利用することは出来ても自分が動くのは嫌だったらしい。


 そんな皮肉めいた感情が湧いてくる魔王だが、さすがにコラえる。


「ネガティブですねぇ。ナイト戦のポジティブさは何処に行ったのやら。憂事があるなら自ら後手に走る必要は全く無いというのに。良かったら請負人を紹介しますよ?」


饒舌に批判しダイレクトに自分を売り込む魔王。


「お前に何がわかる!もうウンザリなんだよ!お前を倒して全てが終われば、オレだって幸せな生活を送れるんだ!」


 吠えながら何度目か判らぬほどの斬撃・刺突・投擲を繰り返す。当然全てが弾かれて何の意味もない。体力と時間の無駄づかいだ。


「駄目よ!彼には何も通じない!少なくとも私達だけでは勝てない!」


「お前はどっちの味方だ!!くそっさすがに堅いな。だが、オレはまだまだ終わらない。こんなもんじゃないぜ!」


 健気にも無駄に剣を振り下ろしているが、何も通じる気配はない。


(嫁の言葉すら届いていないな。なら自身の痛みで解ってもらおう。)


 魔王は片腕を上げて何かを持ち投合するような態勢を見せる。

 2人は警戒するが魔王の手の先には何も見えない。


 が、唐突にそれは現れた。重量のある黄色の車体。

 少し前の路地に放置されていたアイツだ。

 おそらくケーイチ達の時間を止めて持ってきたのだろう。


「あ、あれは!!」


「近所に落ちていたのを借りてきました。やっぱりオレのチカラだと、これは抑えておきたい一品だよね?」


「あのオタク野郎め!」



「ロードローラーだッ!!」



 空中に浮かぶ車体を2人に向けて投げつける。


 ドガアアアアアアン!!


 ケーイチとトモミは左右に別れてそれを躱す。


「ぐぇッ!!」

「キャァ!!」


 衝撃に悲鳴があがるが2人とも無事だ。しかしそこで終わらなかった。

 黒いモヤが周囲に渦巻いて自己主張している。だがダメージは無い。


『あなた、無事?』


 しかし応答がない。すぐさま思い当たる節を見つけて状況を把握する。


「分断されたうえに、これは精神ジャミング?私のチカラが上手く届かない!」


「まったく……どこまでもフザケたやつだ。」


 ケーイチの怒りは殺意になっていた。魔王の自分勝手な行動に弄ばれ、

 妻とのリンクも切られてタガも外れている。


「成果を見せる、だったな。なら取っておきのをくれてやる!」


「受けて立ちますよ。」


 全力でチカラを溜めるケーイチ。

 魔王は軽く手を前に出して応える。ケーイチは怒りで気が付かなかったがトモミからは彼を覆うナニカが変化したのを見て取れた。


「バリアの色が変わった?」


 変わると言っても些細な変化。一瞬だけ明滅しただけだ。


(○○ちゃんは家庭を持つことで今まで以上の生存意欲があるはず。なのにケーイチさんの本気を受けて立つ?そんな訳ないじゃない!)


「いけない、あなた!それを撃っては駄目!!」


「邪魔するなトモミ、ここで決着を付けるんだ!」


 魔王は目の前の2人を見て考える。


(これでトモミは危険な一撃からは排除できる。トキタさんを無力化すれば、後は言いくるめて2人とも政府から開放できるだろう。あの社長にしては粋なクリスマスプレゼントだな。)


 どうせこのウラではたんまり儲けているんだろうけどな。

 そんな事を思いながら適切なカウンターの角度を決めていく。



 ケーイチは目の前の魔王を見て考える。


(この一撃はヤツにも見せてない。ならば通じるはずだ。ここで全てを終わらせ、妻と普通の生活を送るんだ!学校の子供達もこれ以上利用されて苦しむこともない!)


 その意識の底には、妻の心をかき乱す元凶を消すという思いがあった。

 正確に言い換えれば自分の嫉妬心を煽る元凶を消す、だが。


 彼は極限まで圧縮した精神力の針を何重にも重ね、あらゆる防御を無効化する”杭”を生み出していった。



 トモミは目の前の光景は見ずに考える。


(ジャミングのせいでケーイチさんを止められない。アレが放たれれば間違いなく旦那の方が死ぬ。全員が無事で済むには○○ちゃんの協力が必要よね。なら私が取るべき行動は!)


 彼女は精神力を身体に巡らせて身体能力を上げていく。

 病は気から。ならば活力も気からだ。


 強制的に身体のリミットをオフにする。



「こうなったら、覚悟を決めるッ!!」



 ケーイチは放った。必殺の多段分解のチカラを。


 魔王は待ち構える。相手の意志を跳ね返す盾で。


 トモミは駆け出す。必殺同士のその中間へ。



「「なに!?」」



 次の瞬間、トモミの腹に分解の杭が刺さっていた。


 トモミはそれだけでは杭が止まらないと判断すると最後のチカラで

 突き進む杭の向きを上空へ向ける。まるで花火のように飛んでいく杭。


「こ、これで借りは1つ……精算、できたかしら……?」


 しかし花が咲いたのは彼女の身体からだった。

 白い雪景色に真っ赤な鮮血の華が咲き、散っていった。


「そんなバカな!!」


 ケーイチが叫ぶ。その瞬間には魔王はトモミに駆け寄り時間遡行を施す。

 しかし分解が止まらない。徐々にその傷口が広がり、危険な状態だ。


「崩壊が止まらない!部分治療では駄目か!」


「なんで、そんな奴を庇うんだよ……そいつはオレ達の敵なんだぞ……お前は本当は、そいつのことが……?」


「あなたはまだ、そんな事を言っている!」


 自身のやらかした事にショックを受けたのか、妻に駆け寄りもしないでぶつくさ言っているケーイチ。そんな男に苛立つ魔王。


(彼女を空間ごと凍結しよう。一時しのぎは出来るはずだ!)


 トモミの身体を結界で包んで内部を凍結させる。

 さらに圧縮することで30cmほどのクリスタルの様になる。


「お、おい何をしている!トモミをどうする気だ!?」


「あなたじゃ治せないでしょう、死神さん?」


 そのまま帰ろうとする素振りを見せた魔王にケーイチが詰め寄る。


「待てよ、おい!」


「トキタさんはさ、オレを否定して下に見たいだけでしょ。だからオレの言葉に聞く耳なんて持たないし、状況判断も間違える。」


「な、何の話だ。」


 薄々彼も自覚していたが、触れられたくない部分なのでトボケる。


「オレが家庭を持ったことで、絶対に死なない方法を選ぶとなぜ考えなかったのですか?それを察した彼女が貴方を守るために全てを投げだして間に入ったのでしょう?」


 既に優先順位はあなた方の方が低いんですよ?と教える魔王。


「この機会に他人の見方を変えてみては?オレが言った所で”そんなことは、どうでもいい”と貴方は言うんでしょうけどね。」


 魔王はそれだけ言うと、空間に穴を開けて各所を経由して魔王邸に帰る。



「うぁぁぁあああああああああああ!!」



 ケーイチはその場で膝から崩れ落ち、雪の聖夜に咆哮した。


 しかし空も心も、何一つ晴れることはなかった。


お読み頂きありがとうございます。

記念すべき50話。内容は感情剥き出しエピソードです。

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